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| 2008年05月20日(火) ■ |
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| アルトは、お饅頭の餡子(あんこ) |
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同級生で編成している混声合唱団、先日の練習風景から。 女声ソプラノと、男声は、意外と(笑)覚えやすいが、 アルトだけは、音程が難しい・・と感じていたら、 指導してくれている同級生が、面白いことを言った。 (女声コーラスでは、メゾ・ソプラノ) 「アルトが上手いと、その合唱団は上手い。 私は、アルトは、お饅頭の餡子(あんこ)だと思っている」と。 (「ツナサンドのツナ」とも、言ったかもしれない) とにかく「多過ぎず、少な過ぎず」、バランスが大切。 声で言えば「大き過ぎず、小さ過ぎず」である。 主張しすぎてもダメ、消極的でもダメ、ということだろう。 このバランスは、聴いている観客が一番わかるのかもしれない。 (私は「あんこ」がいっぱい詰まった饅頭が好きだけどね) この表現っていろいろな場面で使える気がする。 会社では「中間管理職」、3兄弟では「次男」みたいに 目だだないけれど、真ん中の大切な役割について。 間違っても、あんこのパートの方々の体型ではないよ。(笑)
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| 2008年05月19日(月) ■ |
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| していない後悔は、日に日に大きくなる |
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書籍「生き方名言新書」(小学館刊・林真理子著)から。 「婦人公論2002.7.22号」に掲載された彼女の主張の一部。 全文は、 「したことの後悔は、日に日に小さくすることは出来る。 していない後悔は、日に日に大きくなる」である。 とってもシンプルで、とってもわかりやすい生き方だと思う。 それなのに・・私たちは「したことの後悔」に引っ張られ、 クヨクヨしながら、時間が経つことが多い。 しかし、いつしか「したこと」を忘れてしまう。 逆に「していない後悔」は、「〜たら」「〜れば」を口にし、 「あ〜あ、しておけば良かったなぁ」と思う。 今のうまくいっていない自分の言い訳として 「あれをしてれば、こんなことにはならなかったんだ」と言い、 実行して成功した人を見るにつけ、 「俺だって(私だって)、してれば成功したのに・・」と言う。 それならば「しなかった後悔」を無くすために、 日に日に小さくなり最後には忘れてしまう「したことの後悔」を した方がいい・・となる。さすが、直木賞作家。(笑)
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| 2008年05月18日(日) ■ |
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| 花よりも紅葉よりも素晴らしい |
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書籍「日本の歳時記」で見つけた「若葉」のことである。 実は私は「桜」や「紅葉」より、いまの季節が好きだったので、 とても嬉しくてメモをしてしまった。 正確な情報源は、兼好法師の「徒然草」(第139段) 「卯月ばかりの若楓、 すべて万の花・紅葉にもまさりてめでたきものなり。」 同じ若葉でも、若葉の輝き、若葉が踊る、など表現も違う。 この初夏、とりどりの若葉の緑があるのもまた嬉しい。 そういえば、映画「小さな恋のメロディ」のサントラ版(Bee Gees)で、 私が一番好きな曲も「First Of May」(若葉の頃)。 楓は「初夏の若葉」と「秋の紅葉」、二度の見どころがあるから、 大きな庭があれば、桜を植えるより、楓を植えた方がいいなぁ、と思う。 また、若葉なら、名所でなくても、どこでも鑑賞できる。 これがまた、私の好きな理由の一つである。 もうしばらく、この「若葉の輝き」を楽しもうっと。
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| 2008年05月17日(土) ■ |
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| 「弔電披露」「供花の名札」は不必要では? |
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2日間で、なんと3人の告別式に参列した。 宗派や葬儀会場、亡くなった方の年齢により、 多少の違いはあったが、ほぼ同じ流れで式は行われた。 今回の一言は、久しぶりに私の「葬式」に関する意見である。 (今回だけでなく、ずっと感じていたことを文字に残すことにした) 告別式で、故人に話しかける形で行われる「弔辞」、 これはどんなに長くても、故人の生前の人柄を知ることができ、 葬式では、私の一番好きなセレモニーである。 「弔辞」を読みたい人が多くて式が長くなっても私は気にならない。 しかし、それに続く「弔電披露」だけは、勘弁願いたい。 なぜか・・それは、わざわざ葬儀会場に来ている人の前で、 会場に来ていない人の名前を、延々と司会者が読み上げる。 名前から役職まで、ご丁寧に披露するが、その意味がわからない。 特に、政治家や市町の首長名がずら〜っと・・。 (気に障った方、ごめんなさい、一般論の話ですから・・) 売名行為とまでは言わないけれど、ちょっと度が過ぎると思う。 また業界にもよるが、北から南まで「○○支店」「○○営業所」は、 もう会社の宣伝としか感じられない。(誰もメモをしていないのに(笑)) さらに、祭壇の横に飾られる花に付けられる「名札」だっていらない。 主役は故人なのに、妙に「他人の名前や会社」が目立ってしまう。 送り主の名札がないスッキリした祭壇を、私は見てみたい。 お葬式こそ、形式化されず、いろいろな形があってもいいと思う。 生きてきた証だから・・その人らしいお葬式を。
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| 2008年05月16日(金) ■ |
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| 拡めることが私の修行だから |
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こうたて続けに、お通夜・告別式が続くと、 どうしても、人生や生き方について書きたくなるのだが・・。 今回は、映画「少林少女」(本広克行監督)から。 以前、日本の道場で「少林拳」を修業し、 その後さらに中国へ行き、厳しい修行を積んで帰国すると、 あれほど熱心に修行していた人たちが、主人公の彼女(柴咲コウ)に向かって 「少林拳なんてやって、なんになる?」みたいな言葉を浴びせる。 けっこう攻撃的なきつい言葉だなぁ・・と感じながら、 こういう言葉で、やる気のある人たちが意気消沈するんだなぁと思われた。 しかし彼女は、諦めずに、1人でコツコツと「少林拳」を拡めようとする。 その時の台詞が、かっこよかったからメモをした。 「拡めることが私の修行だから」 これって、ストーリーの中ではさらっと言いのけたけれど、奥が深い。 意外と、自分が信じたものを続ける理由になると思うから。 ひとりでも多くの人に、私のこの考え・この企画を拡げたい。 そう思ったら最初うまくいかなくても「修行」と思えばいい。 そうすれば、簡単に拡がらなくても、じっと我慢できるはずだから。 よし、このフレーズを支えにして、私も拡げよう。 ちょっと、拡げたいことがあるんだ、実は・・。(まだ内緒だけど)
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| 2008年05月15日(木) ■ |
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| 他人に喜びを与えたか? |
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映画「最高の人生の見つけ方」(ロブ・ライナー監督)から。 この1週間、信じられないくらい「訃報」が続いている。 亡くなり方は違うけれど、職場の先輩の義父、父親代わりだった伯父、 親友の父親、そして、同級生の御両親・・。 実は先週末、この映画を観て、自分の人生や生き方を振り返った。 自分も、棺おけに入る前にやっておきたいことを書き出した、 “棺おけリスト(バケット・リスト)”を書いてみようかな?、 いやいや、その前に、生きるってどういうこと?を考えなくては・・と 久しぶりに、寝付かれない夜を過ごした。 映画のメモを、何度も何度も読み直し、後悔しない生き方を探った。 そして、私が選んだ台詞は なんと「自分の人生に喜びを見つけたか?」ではなく、 「他人に喜びを与えたか?」だった。 ストーリーの中では「そんなことは相手に聞いてくれ」とふざけたが、 自分の喜びではなく、他人(家族も含む)に喜びを与える生き方って、 私の目指す生き方に近い気がしたから・・。 なかなか難しいけれどね、本音は。でも、努力したいと思っている。
PS. 今週亡くなった方々に、心を込めて・・・合掌。
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| 2008年05月14日(水) ■ |
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| 湯〜らんバス |
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山陰・米子あたりを走っている「遊覧バス」。 愛称なのか、そこまで調べなかったけれど、 なんとなく気持ちよさそう・・と思ってメモをした。 温泉を観光の売り物にする伊豆としては、 こんな名称も参考にしたらどうだろう。 単なる「当て字だろう」で軽く考える事なかれ。 「遊覧バス」と「湯〜らんバス」 どちらが、乗ってみたい・・と思うだろうか。 以前紹介した「ON泉・OFF呂」も同じ。 「温泉・お風呂」より、イメージが伝わってくる。 ロゴとか、キャッチコピーって、とても大切であり、 人間の欲求に、フィットした時、その威力は倍増する。 暇があると、本屋で、観光ガイドをペラペラめくってみると、 面白い言葉に出逢うことがある。 言葉って力があるなぁ、と思う瞬間である。
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| 2008年05月13日(火) ■ |
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| ほかの誰がやるの? 冒険は始まっているわ |
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映画「ライラの冒険 黄金の羅針盤」(クリス・ワイツ監督)から。 「ライラの冒険」3部作の最初の作品らしい。(笑) 実は「ハリー・ポッター」のように、子供向けの映画かな、と 思いながらも、「予告」につられて鑑賞したのだが、 予想以上に、大人でも楽しめる内容だった。 大前提の「人々が皆、守護精霊(ダイモン)を連れている世界」 を、文字では説明しにくく、(何度も書き直したが) こればかりは、観てもらうしかないな、と表現を諦めた。 さて、物語のラストシーン。このフレーズが私の記憶に残った。 3部作らしい終わり方、といえばそれまでだが、 このフレーズは、生活・仕事でも使えそうだと思ったから。 「どうするの?」「やるの?やらないの?」と迷っている人に、 背中を押すようにこの一言、 「ほかの誰がやるの? 冒険は始まっているわ」。 誰かが始めるのをまっているつもり?あなたがやるしかないでしょ? そう言われているような気がした。 やっぱり、俺がやるのが一番なんだよなぁ・・・と思いながら メモしたのは、言うまでもない。
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| 2008年05月12日(月) ■ |
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| 人間は自分の顔をみないで死んでいく |
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あれ?誰の言葉だろう。メモし忘れた。(汗) だけど、妙に引っかかるフレーズである。 まぁ、人間だけではないだろうけれど、 自分の顔を気にするのは、人間だけだろうから。 鏡などを通して、自分の顔を見ることはあっても、 自分の目で自分の顔を見ることはできない。 鏡に映っている自分の顔は、本当の意味では 自分の顔ではないかもしれない、ということだ。(笑) そんなことを考えたら、自分で見ることができない 自分の顔を気にしても、仕方がないと思えた。 そんな事言ったって・・と女性陣は言うかもしれないが、 もっとお金と時間を、顔以外に使うといいのに・・。 いつから、女性がメイクにこだわるようになったのだろう。 それが豊かさの象徴なのだろうか。 顔が大きくたって、目が小さくたって、それが私。 そんな私が好き・・ってならないんだろうなぁ。
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| 2008年05月11日(日) ■ |
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| 先生は「先生」という職業しか知らない |
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働く女性の会(ATG)4月例会の講師は 「子どもたちのキャリア教育プロジェクト」を演題とした (株)フジコムインターナショナル 代表取締役・安藤肇氏であった。 そもそも「キャリア教育って何?」から「今後のキャリア教育」まで、 とてもわかりやすい内容で、メモも増えた。 その中でも、特に彼が何度か繰り返したフレーズを選んでみた。 「働くことの意味」を、小中高校生に伝える「キャリア教育」、 このカリキュラムを組むのが、学校の「先生」だとしたら、 それはなかなか難しい、という視点には、私も大賛成。 その理由が「先生は『先生』という職業しか知らない」からである。 子どもたちに多くの職業意識を植え付けるには、 多くの働く人たちの生の声が欲しいからだ。 ただ「どんな職業に就きたいか」「将来、何になりたいか」ではなく、 「この職業を選んだ理由、きっかけ」「今でも続けている理由」を、 子どもたちは知りたがっているに違いない。 あんな真面目だった人が、どうしてこんな職業を選んだのか、逆に、 あんなに悪い人だったのに、どうしてこんな真面目な仕事をしいるのか、 子どもたちの関心は、そこにある気がする。 こればかりは、さすがに先生たちには答えられないだろう。 10人10色、100人100色、1000人1000色の回答があるから。 こんなきっかけで、今の仕事を選んだのかを教えること、 それが「キャリア教育」だと思う。もちろん職業に優劣はない。 そういう意味で、今仕事に就いている人は、みな講師になれるはず。
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