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| 2006年07月13日(木) ■ |
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| スポーツ選手が現役引退くらいでテロップ流すなよ |
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メル友が、TVタックルを見ていた時の話、 突然ニュース速報が鳴り響いて「誰か死んだのか?」と思ったら 「サッカーの中田英寿選手が現役引退」だった時の感想である。 私も同感・・と思ったので、ちょっと遅くなったけれど、 本人に「この感想、借ります」と借用願いを出しました。(笑) そもそも「ニュース速報」って、本当に緊急に伝えたいこと、 それだけでいいと思う。 大きな事故や事件で、多くの犠牲者を出したなら仕方ないけれど、 「スポーツ選手が現役した」ことが大事件とは思えない。 だから、私も同感・・とメッセージを送った。 「橋本元首相が逝去」と同じレベルで、報道されているが、 各局「ニュース速報」となる基準があるのだろうか。 「ニュース速報」に慣れ過ぎてしまうと、 本当に大切な情報を伝えたい時に、緊張感がなく心配である。 一度、誰かが声を出さなくちゃいけないと思って。
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| 2006年07月12日(水) ■ |
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| 「会話」は文字通り「会って話す」こと |
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「最近、子どもとメールで会話をしています」という人が増えた。 子どもだけでなく、夫婦、兄弟姉妹など、 とても身近な人でも、メールという手段で会話しているらしい。 でも、ちょっと待って欲しい。 確かに、メールでも意見の交換や連絡の伝達はできる。 もしかしたら、文字に残っている分だけ、 直接話しているより確かなのかもしれないが、やはりおかしい。 「会話」は、会って話すから「会話」という。 相手の顔色や、声のトーンで体調の良し悪しや、 話の内容の真実などを探りながら、自分の中へ取り込んでいく。 それが「会話」であり、メールでは変わることができない。 メールは「会話」をしていると、錯覚しているに過ぎない。 人と会って話すことを、面倒くさがったり恐れてはいけない。 人間として、一番楽しい時間は「会話」のはずだから。 そうそう、彼女や彼とメールで喧嘩してはいけないな。 喧嘩は、お互いの顔色を見ながらするものだからね。
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| 2006年07月11日(火) ■ |
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| サッカーW杯より、子どものPK戦の方がつらい |
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4年に1度のサッカーW杯は、イタリアの優勝で幕を閉じたが、 決勝戦をはじめ何度か目にした、延長戦後の「PK戦」。 決まることが当然のPKを外した時の落胆ぶりは、 目を覆いたくなるほど可哀相になるが、 地域で頑張っているスポーツ少年団の試合でも同じ。 いや、その落ち込みと言ったら、W杯の試合より大きいようだ。 自分のシュートが入らなかったために、試合に負けた。 そんな思いは、なぜか大きくなるまで引きずるもの。 それほど、子どもには精神的ダメージが大きいらしい。 サッカーW杯のPK戦を見ていて呟いた、 スポーツ少年団の保護者の台詞をメモにした。 しかし、勝負は時の運。 子ども達にとって、その時の悔しさがバネになって・・と 諭そうと思ったが・・なかなかうまくいかない。 サッカーのPK戦って、けっこう残酷だよなぁ〜と思う。 どうせなら、PKを止めたGK(ゴールキーパー)なら良かったな。 駄目でもともと、防いだら評価されるのだから。
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| 2006年07月10日(月) ■ |
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| やはり「言葉は刃物である」 |
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サッカーW杯決勝、のフランスのジダン選手が、 イタリア選手の暴言に対して、頭突きをして退場。 このシーンをテレビで見た時、おやっと思った。 どんなに激しい体のぶつかりがあっても、 常に冷静な動きをしていた彼が、 ある言葉に、プツンと切れて驚く行動に出たのである。 それほど「言葉には力がある」ことが証明された。 (どんな会話が交わされたのか、その方が興味深いけど) この決勝戦で引退を表明していた彼にとって、 この行為を「汚点」だと、周りは騒ぎ立てているけれど、 人の言葉に興奮した彼こそ、人間味が溢れていた気がする。 (これはあくまで私の主観であるが・・) 勿論、私の支えとなっている「言葉は力だ」を思い出した。 「一つの言葉で喧嘩して 一つの言葉で仲直り 一つの言葉でおじぎして 一つの言葉で泣かされた 一つの言葉はそれぞれに 一つの心を持っている」 今回は「言葉が刃物になった」気がする。 使い方を間違えてはいけない、心からそう思った。 だからこそ「言葉の力」を伝えていきたいと考えている。
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| 2006年07月09日(日) ■ |
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| 富士市の三島さん、三島市の富士さんからのリクエスト |
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ラジオから流れてきた、お便り紹介コーナー。 県内の放送局ということもあるが、メモは増えた。 聴き終えてから考えたのは「富士市の富士さん」や 「三島市の三島さん」より面白いなってこと。 実在するのかわからないけれど、 「熱海市の伊藤(伊東)さん」「静岡市の清水さん」など ラジオで現住所と名前を紹介されると、こんなことになる。 では、会社では・・と考えたら、いろいろと思い付いた。 「日産の豊田さん」「トヨタの本多さん」(笑) 名前って、面白いなぁ・・と久しぶり感じた瞬間である。 全国的にも、同じような地名と名前、あるんだろうなぁ。 でも・・やっぱり、ローカルネタだけど 「望月商事の望月正二さん」が、一番インパクトあるよ(笑)。 (名前違っていたらごめんなさい・・)
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| 2006年07月08日(土) ■ |
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| ピアノが上手いと歌いやすいんだね |
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月に1度の同級生素人合唱練習。 2曲目もなんとか形になってきたのだが・・ 今までは、恩師の先生が指導しながらピアノを弾いた。 もちろん、私たちも素人だから、 先生のミスタッチをお愛嬌として、受け止められるのだが、 同級生にピアノの先生がいると知って、伴奏をお願いしてみた。 すると同級生の我侭な想いを快く受けてくれて大助かり。 私たち合唱団にも、ついに専属のピアニストが仲間入りした。 練習を始めてすぐ、私の48年間の固定観念が崩れた瞬間を 気になる一言のフレーズにしてみた。 ピアノって単なる合唱の伴奏だから「上手い・下手」はあっても、 歌いやすい、歌いにくい・・なんて考えもしなかった。 それがどうだろう、彼女のピアノに引き出してもらうかのように、 いつもより、自分の声が出ていることに気が付いた。 これは、私だけの感覚ではない。 参加しているメンバー全員が、きっと感じたことに違いない。 恩師の先生も指導に専念できるし、う〜ん、満足のいく合唱練習。 あとは、秋の芸術祭に向けて、頑張るだけかなぁ。(汗)
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| 2006年07月07日(金) ■ |
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| 七夕の日は、いつもバタバタ |
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毎年、この時期になると梅雨空を見上げながら、 七夕伝説を思い浮かべるのであるが、 天文を少しかじった私にとっては 「彦星」「織姫」ではなく、 「こと座のベガ」と「わし座のアルタイル」、 そして天の川(ミルキーウェイ)を2人が渡れるように 大きな羽を広げているのは、デネブを中心に「はくちょう座」。 三つの星座のα星は、なぜか忘れない。 しかしそんな単語が浮かんでしまい、ロマンチストの欠片もない。 さらに浮かんだフレーズが、今日の忙しさを表現するように 「七夕の日は、いつもバタバタ」だから始末が悪い。 前年度の施策の成果と新年度の進捗状況確認等、 この7月前半は、いつもバタバタしている時期だから、 つい、こんな言葉が浮かんでしまった。 七夕伝説は、晴れの確率が多い旧暦で考えるとして・・ 今日はバターつながりで、あさりバター、コーンバターでも頼んで ビールでも飲みたかったなぁ(笑)。
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| 2006年07月06日(木) ■ |
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| 思春期ってのは、心が痛みやすくなるんだ |
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読み終えて、しつこいくらいメモが残ったから 「夏草冬濤」(なつぐさふゆなみ)から、このフレーズ。 (井上靖著・新潮社・743頁) 仲良し3人組が「思春期」について話している。 「思春期ってのは、女の子のことを考える時期なんだ。 (思春期って)(憤ったり)、泣いたりし勝ちになる。 心が痛みやすくなるんだ」と。 これは、面白い定義だな、とメモを残した。 思い出すなぁ、私にも心が落ち着かない時期あったなぁ。 以前、紹介した「たりだりの日々」(東君平作)を思い出した。 「思春期って、心が痛みやすくなる時期」・・ なかなかいい表現だと思うのは、私だけだろうか。 まだ異性に対して心が痛むようなら、いくつになっても思春期、 そう定義したいところだが、 今のところ、私の思春期は終わったまんまである。 ちょっぴり、寂しい・・(笑)
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| 2006年07月05日(水) ■ |
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| 親を泣かせる・先祖の顔に泥を塗る・お天道様が見ている |
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以前紹介した「国家の品格」(藤原正彦著・新潮新書・191頁)を 読み直したら、懐かしいフレーズにぶつかったから、ご紹介。 (なぜか1度目は、私のアンテナに引っかからなかったようだ) 話は、万引きなんかしたら・・について。 「家族の絆」が強かった時代、 日本は「万引き」をする子は少なかった。 それは「親を泣かせることになるから」、 「先祖の顔に泥を塗ることになるから」、 そして「お天道様が見ているから」だったから、と言う。 「お天道様」を「太陽」のこと、と知らない人も多いが、 昔は「天国から神様が見ているよ」の表現を変えて、 「お天道様が見ている」と言っていた気がする。 太陽の存在って、私たちにとっては大きかったから、 悪いことをしてはいけない・・と自然に思えたのかもしれない。 「親を泣かせることになる」なんて、今は誰も口にしない。 「先祖の顔に泥を塗る」なんて、よほどの名家でなければ使わない。 これらに変わる素敵なフレーズは、ないものだろうか?
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| 2006年07月04日(火) ■ |
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| 「みっともない」と「もったいない」 |
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なんとなく発音は似ているけれど、全然違う意味。 「もったいない」(mottainai)は、 世界共通語になりつつある、日本の残したい文化であるし、 これだけ全国各地で財政危機なのだから、 「みっともない」なんて言ってられないのが現実である。 ただ、今までの慣習を大切にする日本人にとって、 「そんなみっともないこと出来るか」という発想は なかなか捨てきれないのも事実。 「でも、もったいないです」という発言をするのに、 意外と勇気がいる行動となってしまうから・・。 「費用対効果」を考えれば、誰にだってわかることでも、 「みっともない」という見栄のために、 どれほど「もったいない」ことをしているのか、 私たち自治体職員は、常に意識しなければならない。
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