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| 2005年08月07日(日) ■ |
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| 風か半分になるといいんだけどなぁ |
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イベント2日目、恒例の狩野川河川敷の花火大会。 またまた今年もスタッフとして、対岸の打ち上げ場所へ。 昨年、8月8日(日) 「来年はもっと大きな花火もって来るから・・」と 約束した花火屋さんが、今年もやってきてくれた。 風が吹かなくても困るし、吹き過ぎても困るんだ、 だから花火は難しいんだよ・・と呟いていた。 そして、今年のやや強めの風を肌全体で感じながら、 私に話しかけてくれた台詞が、気になる一言。 流石、花火業界らしい言葉の使い方、とメモをした。 風か強い・弱い・・は使うけれど「半分」という単位が 妙に私のアンテナに引っかかったのかもしれない。 ほとんど、真下から花火を見ることになるが、 最後の「超特大スターマイン」は、火が消えないまま、 バラバラと私の上から落ちてくる大迫力。 突然顔の横を2つの火が通り過ぎた時、彼らが言った。 「よかったねぇ、今のが直接当たったら、火傷していたよ」 その瞬間、花火は「きれい」より「熱い」と認識を変えた。 ふう〜、この話題でこの夏はもつな。きっと(笑)
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| 2005年08月06日(土) ■ |
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| とにかく、短く、言い切ること |
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誰でも知ってる無線の使い方であるらしい。(笑) 今日は、地元のイベント当日、朝から晩まで忙しかった。 チョットしたトラブル、いやハプニングはあったものの 天気が晴れだっただけでも、大成功であった。 イベント会場内のスタッフ同士の連絡は、 今年から無線で対応したけれど、 どうやら、私の無線の話し方はなってないようだ。 一言でいえば、 形容詞が多すぎる。何をいいたいのか、わからない。 滑舌(カツゼツ)が悪く聴きにくい。 マイクとの距離が、近すぎる、遠すぎる、 指示なのか、質問なのかもわからないらしい。 どれもこれも、私の欠点だと本人も自覚しているのだが、 意識してもついつい出でしまう癖みたいなもの。 それを直すには、やはり訓練しかないのだろうか。 文を書く人間は、ついつい形容詞を付けたくなるのだが・・。 「短く、言い切る」・・少しずつでも、学習してみようっと。 みんなに、おっ、少しはうまくなったじゃん・・ と言われたいから。
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| 2005年08月05日(金) ■ |
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| はい、左向いて、それから手を振って |
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明日の地元のお祭り準備を終え、 ち〜っと軽く行くか?・・とばかり、帰り道のラーメン屋へ。 大きな交差点の角地で、車の往来が窓越しに見える場所。 ふと見ると、同じ職場の同僚が偶然横断歩道を渡っている。 そこで、あわてて彼の携帯へ電話した。 私たちがどこにいるかも知らせないまま、電話を苅テけた。 その第一声を、気になる一言、に選んでみたが・・。 ある人を誘拐し、身代金要求をし、こちらからの指示を待て、 のパターンがよくあるが、今は犯人の気分。 犯人から、身代金を持って指示どおりに動いている相手が見える、 しかし相手からは犯人の居場所がわからない、なんてケースは、 よく見かけるドラマや映画のワンシーンである。 今回、彼はがこちらの指示どおり、左を向いた先には、 同じくて手を振り、大笑いしている私たちがいた。 待ち合い場所を指定せず、近くにきたらまた指示するよ・・は 意外と面白い待ち合わせ方かもしれない。 さて約束どおり、ち〜っと軽く飲んでお開き。 明日も、暑いんだろうなぁ・・きっと。
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| 2005年08月04日(木) ■ |
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| 本当は甲子園は(県大会で)勝っていくところ |
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高知県代表の甲子園常連校・明徳義塾高校が、 野球部員の喫煙や部内暴力が判明し、 夏の甲子園大会出場を辞退したことを受けて、高知県決勝で、 明徳義塾高校に負けた高知高校の出場が決まった。 時事についてのコメントは、あまりしたくないが、 スポーツの世界では敗者復活戦で勝っても、ちっとも嬉しくない。 そんな気持ちを代表した高知高校のコメントを拾ってメモをした。 プロ野球のパリーグ・プレイオフも同じ感想を持っている。 (なんとセリーグも検討しているようだが・・) プロ野球日本シリーズは、両リーグのペナントレースの覇者だけが 出場できる試合であって欲しい。 2位や3位でも、運によっては出場できるのはやはりおかしい。 これだけは、断固として譲れない、私の考え方である。 高校野球の甲子園は、予選で負けを知らないチーム同士が、 県の誇りを背負って戦うから、見ている私たちを感動させる。 組み合わせが決まってからの処分も納得いかないが、 不戦敗扱いをせず「繰り上げ出場」を決めた日本高校野球連盟の判断、 本当に良かったのだろうか?、私は反対である。
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| 2005年08月03日(水) ■ |
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| 昨日、聴きましたよ・・ラジオ |
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先日、スタジオ収録したラジオ番組が昨夜流れた。 (これって「生」ってことになっているんだっけ?) 地元のコミュニティFMだから、聴いている人は僅か。 職場で聴いている人なんていないだろうな、 そんなことを思っていたら、なんと朝から立て続けに 同じような台詞を言われたので、気になる一言。 私なんて、ふだん運転するときしかラジオは聞かないし、 放送している時間、そして番組まで絞ると、 聴いたこと自体、すごいなぁ・・と驚いてしまう。 それにしても、ラジオから流れてくる自分の声を聴くと、 とてもがっかりすることが多い。 「え〜、こんな声?」と不満げにぼやくと ほとんどの人に「いつもの声じゃん」と言い返される。 「ボイス・トレーニング」真剣に習おうかなぁ・・。 異性を口説くことはないかもしれないけれど、 いい声にはなりたいものねぇ。 いつかDJするかもしれないし・・(笑)
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| 2005年08月02日(火) ■ |
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| 「痴呆公務員」から「認知症公務員」?(笑) |
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介護保険法等の一部改正で「痴呆」の用語を見直すことになった。 「痴呆」を「認知症」に、「痴呆性老人」は「認知症である老人」、 「痴呆性老人介護加算」は「認知症老人介護加算」へと改正された。 この話をしていたら、職場の先輩が 「では役場の職員も『認知症公務員』に変えなくちゃ」と言い、 職場は、笑いの渦に包まれた。 地方公務員を誹謗中傷するインターネットの掲示板では 「痴呆公務員」という単語が溢れ、その度に嫌な思いをしていた。 「痴呆」の言葉の意味は「おろかなこと(もの)・ばか」だから、 今から考えれば「痴呆症」とは、誠に失礼な単語だったと思う。 ただし今度の「認知」とは、認め知ること。 これで、あの症状を表したことになるのか、ちょっと疑問である。 今までの「痴呆」という言葉のイメージが強かったためか、 どうもしっくりこない。 アルツハイマー病は、痴呆の一つだけれど、 全体を表現するものではない。 う〜ん、もう少し、わかりやすい呼び名はないものだろうか?
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| 2005年08月01日(月) ■ |
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| 「どう生きるか」ではなく「なぜ生きるか」 |
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NHK番組「新日曜美術館」、私のお気に入りの番組であるが 日曜日夜は、サッカーや野球などに心を奪われ、 どうしても録画で見ることが多くなってしまう。 (本来は、午前9時からの番組なのであるが、やはり家にいないから) もちろん、今回も内容の紹介ではない。 「シリーズ戦後60年 〜戦没画学生、カンバスに込めた青春の思い」 で 「無言館」館長の窪島誠一郎氏が、呟いた台詞をメモにした。 今、本屋・図書館に溢れているのは「どう生きるか」というもの、 恥ずかしながら、私の本棚にも何十冊も並んでいる。 言い換えれば「生きるヒント」的なタイトルが所狭しと並んでいる。 しかし、生きて帰って再び絵を描くことを望みながら死んでいった、 400人近い画学生たちの絵からは、どうやって生きるか、という 生き方のノウハウではなく、生きたいというメッセージが伝わってきた。 私たちが忘れていた「生きる」ということへの執念を、 再認識させられるフレーズであった。 難しい世の中を「うまく生きる」という処世術ではなく、 ついつい、敬遠しがちな「なぜ生きるのか」というテーマについて、 これからは、ちょっぴり前向きに考えてみたいと思う。
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| 2005年07月31日(日) ■ |
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| ボランティア・ダイエット |
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朝から、これでもか・・というくらい汗をかいた。 来週に迫った、地元の祭り会場の草刈り。 背丈以上のアシ?を、約1時間半、多くの方の協力で刈り続けた。 私の仕事は、その刈り取った草を、まとめて運ぶ、という 単純な仕事。しかしその量は、半端ではなかった。 腰をかがめて草をまとめ、抱えられる程度の量を持ち上げ、 そのまま移動するだけであるが、 スポーツジム以上の運動量が、このボランティア活動で得られた。 本来は「シェイプアップ」であるのだが、巷では「痩せ」れば、 なんでも「ダイエット」の単語を使っているようなので、 あえて「ボランティア・ダイエット」と私が命名した。(笑) 単純だけれど、一人でも多くの人手を必要とする作業。 考え方によっては、1時間半の継続的なシェイプアップ運動が得られ、 さらに主催者には喜ばれ、当然飲み物の差し入れまでいただける。 こんな一石何鳥かの「単純作業」情報を、常に提供できたら 「ボランティア・ダイエット」が注目を浴びるかもしれないな。 汗だくで帰宅して、シャワー浴びてから飲んだビールの格別な味。 こればかりは、もう文字では表現できない。 あっ、そうそう、もうひとつの特典を見つけた。 「炎暑」と言う言葉の意味を、身体で実感できること。 ( ^-^)_旦~
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| 2005年07月30日(土) ■ |
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| 個人1,000円×16人より、団体700円×20人 |
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なんのことかわからないかもしれない。(笑) ある施設の入場料金について、計算をしてみた。 入場する人数は16人。 料金は1人1000円。だから支払いは16,000円。 しかし20人以上だと団体割引で料金は1人700円。 そんな時、たとえ16人でも20人分、買った方が安いよ。 そう素早くアドバイスできる人は、お金を残すようだ。 なにも4人分、余分に払うなんて・・と考えるなかれ。 20人×700円=14,000円。 確かに、2,000円も安く入場券を手に入れることができる。 もっと頭の回転が速い人は、残った4枚を700円で売れば 2,800円も利益が出る。 すなわち、4,800円も節約できることになる。 1枚1,000円で売ったら4,000円の利益、6,000円の節約。 最終的には8,000円で16人分の入場券を手に入れるのだから、 1人1枚500円で入場券がケットできる。 理論的な計算上はそうだけれど、 こんなことしたらダフ屋と同じになっちゃうな、と苦笑い。 う〜ん、でもなかなか気がつかなかった視点である。
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| 2005年07月29日(金) ■ |
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| ハタチすぎたらもうどうってことないね。 |
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娘の21回目の誕生日だった。 朝、おめでとうメールをしたら、返ってきたメールは 件名は「どうもです (#^_^#)」 本文は、冒頭の「気になる一言」に続けて、 「うれしいような、悲しいような・・まぁ、がんばりますです★」 確か昨年の誕生日にも娘にメールしたが、 「もう子供じゃないんだ」のタイトルを読んで 「エロメールかと思った」と勘違いされたっけ。(笑) あれから1年、あっという間だった気がする。 「まぁ、あ〜ハタチか〜・・という感じです」という20歳の感想。 「ハタチすぎたらもうどうってことないね」という21歳の感想。 この1年という年月の比較ができて、面白かったからメモをした。 (毎年、娘の許可も取らずに掲載してしまっているが・・) 誕生日に相模大野のアパートへ戻るところが怪しい・・とは 職場の同僚の弁。 彼氏がいたらいたで心配し、いなきゃいないで心配する父親。 この気持ちを理解してくれる人、私の読者にいるだろうか? 毎年、ちょっと複雑な気持ちになる7月29日である。
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