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しもさんの「気になる一言」
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2005年05月26日(木)
迷惑でなく、誘惑です!!!

またまた迷惑メールのタイトルである。
もちろん、本文は読んでないのでわからないけれど、
ちょっと開いてみようかな・・と思わせてくれる、
私にとっては、危ないタイトルには違いない。
この言葉のリズムが、私をニヤッとさせる。
「迷惑」という単語と「誘惑」という単語、
なにも脈絡がないにもかかわらず、うまくコラボしている。
特に最近、迷惑メールが激増し、ちょっとイライラしていたので、
余計にはまった、メールタイトルかもしれない。
その他、危ないメールタイトルは、
「迷惑メールが多いので、メルアド変えました」
というタイトルの迷惑メール。(笑)
本文を読んで欲しかったら、もう少し工夫しろよ、
日を追うごとに増えている迷惑メールを見ながら、そう思った。
まだまだ、私の迷惑メール・タイトルフェチは、続きそうだ。



2005年05月25日(水)
恋をしたら 情けなくて みっともないこと いっぱいあるよ

やばい、読みはじめたら止まらなくなってしまった漫画、
少女漫画「りぼん」で連載されていたらしい
「天使なんかじゃない(完全版)」(矢沢あい作)である。
娘の本棚で見つけ、ちょっと暇ができたので読み出したら、
本当にはまってしまった。
学園ラブコメディとでも言えばいいのか、
主人公「冴島翠」の明るさと切なさが、妙に私の心を引き止めた。
「みっともないことしちゃった ばかみたい」
「そんなことないよ ばかみたいじゃないよ」
「恋をしたら 情けなくて みっともないこと いっぱいあるよ」
「みんな そうだよ」
こんな台詞が、全編を通して散りばめられており、
私のメモ帳は、あっという間に黒くなった。
私にも、こんな高校生時代があったなぁ、と懐かしみながらも、
これからも、意外なジャンルの本が読みたくなった。



2005年05月24日(火)
どういう視点で、世界の中の日本を見てきたのか

ある本で見つけた、論文の書き方である。
書くことは好きだけれど、論文となると・・という輩は多い。
一度、この視点で自分の考えをまとめてみるといい。
あっという間に、簡単な論文が出来上がるはずである。
自分の仕事、自分の趣味の視点で世界を見る。
これって、難しそうで意外と簡単な気がするから。
誰も考えてない視点で、ものごとを考えて文字にする。
これだけで、立派な論文になることを覚えておきたい。
とにかく、日本で誰も研究していないことは、研究対象。
あの分野は、あの人が詳しい・・だけでいい。
事件、事故があった時、突然出てくる「評論家」も
たぶん、この感覚が強いのではないだろうか。
えっ、こんなこと研究している人いるの?って思うことを
見つけることが一番大切なのかもしれない。
もしかしたら、その道の大家として活躍することも夢じゃない。



2005年05月23日(月)
ゆっくりと言葉を押し出していく

最近、第132回直木賞作家・角田光代さんにはまっている。
彼女の作品は、どこにでもありそうな光景をとても丁寧に文字にしている。
今回は「あしたはうんと遠くへ行こう」(角川文庫・230頁)から。
実は「ゆっくりとー注釈ー言葉を押し出していく。」が正しい。
その注釈には、 
「先生にあてられた生徒みたいに、ゆっくりと言葉を選んでしゃべるときは、
意味合いが正しく伝わることを切望しているときだ」と入る。
私の蓄積している表現の中では、
言葉を「押し出していく」という形容がなかったのか、とても新鮮だった。
例えも、誰にでも経験があるようなフレーズなので、わかりやすい。
ただ面白いことに、彼女は「違いない」という言葉を文中でよく使う。
「たった数か月かそこらで、
人の運命ってびっくりするほど変わることもあるよね」
「数か月じゃない、人の運命を大きくかえるできごとが起きるのは、
たった一日あれば充分なのに違いない」
こんな形である。「たった一日あれば充分なのよ」ではない。
もっと読み込んで、そのへんの謎を解き明かしたい。



2005年05月22日(日)
生まれて初めてもらった「おひねり」の快感

第8回の舞踊まつりが、町公民館で開催された。
今年からオリジナルダンスの担当とはいえ、
まさか、賛助出演として大勢の前で踊ることになるとは・・・。
久しぶりの緊張感で顔が引きつっているのが自分でもわかる。
そんな私をリラックスさせてくれたのは、1曲目が終わった時に
舞台に投げ込まれた、驚きの「おひねり」(お捻り)。
着物姿の女性が「しもやまさ〜ん、いいわよ〜」そんなかけ声と共に、
紙に包んだ硬貨を舞台に4つ投げ込み、会場はなぜか笑いの渦。
私は、驚きを隠せず照れながら、それを拾うことになった。
おかげで2曲目は、とてもニコニコしながら踊ることができた。
舞台に上がる前、冗談で「拍手はいいから花束か、おひねりで」と
おねだりしたのが現実となってしまい恐縮しているが、
母親の年齢に近いであろう女性には、いまだ大人気を実証してみせた。
実はこのイベント、社会教育課配属の時、私がはじめた企画の一つ。
だから着物姿の女性陣は、知り合いが多い・・ということもあり、
この発表会ではあまり例を見ない「おひねり」が飛ぶことになった。
良かった演技に対しての古典的なチップである「おひねり」は、
銭をそのまま裸で投げるのではなく、
紙に包んで一ひねりして投げたので「おひねり」というらしい。
まぁ、私の踊りが良かったとは言い難いけれど、
会場の雰囲気を変えるには、一役をかったと思うのだが・・。
理由はどうあれ、黄色い声援とおひねり。
う〜ん、やめられませんねぇ、舞台に立つ快感を知ってしまって。



2005年05月21日(土)
夫婦っていいなぁ〜

結婚している私が言うのもおかしな話だけれど・・。
今晩は、以前より楽しみにしていた「亀工房」のコンサート。
2年前にも聴いた「ハンマーダルシマー」と「ギター」演奏は、
今回も、私の心を癒してくれた。
夫婦デュオは、そんなに珍しくないのかもしれないが、
一曲弾き終わる頃、お互い目で合図しているのか、
見つめあいながら、ニコッとして終わり、自然と同時におじぎする。
二人のほんわかムードに、見ている私たちまでニコッとしてしまった。
ギターを演奏するのに、結婚指輪をしていて、おやっと思ったので、
コンサート後、気になって尋ねたら演奏には問題ないらしい。
とにかく、イチャイチャしている雰囲気ではなく、ほんわか。
演奏ステージがどこのコンサートよりも近くにあるためか、
その2人の息づかいが伝わってくる感じがした。
演奏ももちろん素晴らしかったけれど、今回は私の感想が一言。
夫婦が共同でひとつのことを成し遂げる喜びを教えてもらった。
恋人同士ではなく、夫婦ならではの雰囲気ってある気がする。
でも、なかなかむずかしいんだよなぁ、そういうのって。(笑)
普段感じてないから、こんな言葉が、気になる一言になるのかな。



2005年05月20日(金)
ON泉・OFF呂

あれ?、情報源のメモがない。(汗)
たぶん伊豆の観光ポスターだったと思うが・・。
久しぶりに「上手い!」と唸った、キャッチコピーだった。
「ONとOFF」の切り替えを、視覚で訴えかけている。
言葉にすると、普通の「温泉・お風呂」なのだが、
文字にすると「ON泉・OFF呂」となって、
私の心のアンテナに引っかかることとなった。
観光地としての伊豆は、普段の生活を「ON・OFF」する空間。
そんなイメージまで広がってくる、楽しいフレーズである。
たしかに単なる言葉遊びかもしれないが、
その心のゆとりがまた、温泉・お風呂にはぴったり。
大げさに言えば「英語と日本語のコラボレーション」、
日本独特の文化が、国際化になった感じさえする。
「温泉・お風呂」「ONSEN&OFURO」と比べて欲しい。
「ON泉・OFF呂」の面白さに気が付くはずだから。



2005年05月19日(木)
私は誉められて伸びるタイプなんです

「自分で言うのもなんですけど・・」と前置きをして。(笑)
職場の同僚が、初対面の人にサラッと言ったので大笑いだった。
それもしらふで、飲んでいる人にビールを注ぎながら。
当然、私もいつか使おう・・とメモをした。
以前「私は、叩かれて伸びるタイプなんです、叱って下さい」を
使おうと思ってメモしておいたけれど、使う機会がなかった。
正直、タイミングが難しかった気がする。
しかし今回の台詞は、いつでも使えそうだと思う。
自己紹介でもいい、どんどん使いたい。
そのうち、私が言う前に
「わかってるよ、誉められて伸びるタイプなんだろ?」って
言われるようになるまで・・。
「自分で言うのもなんですけど・・」のフレーズも、
いろいろ使えるなぁ、とまたまたメモしたのは言うまでもない。
異動のシーズン前、人事担当者に
「私は、暇な課で力を発揮するタイプなんです」
というのも、応用編らしい。なるほど・・とまた大笑いだった。



2005年05月18日(水)
生も死も運命と心得ております。

何気なく本棚にあった「文藝春秋 2005.1号」を手にしたら
特集は「各界著名人58名が望む理想の死に方」だった。
最近、事故等で「死者〜名」の見出しを見ることが多いからか、
私の視界に飛び込んできた「死」の漢字に引っかかったのだろう。
瀬戸内寂聴さんからダライ・ラマ14世まで、本当に多くの方の
「死」に対する考え方が読めて、とても勉強になった。
ピアニスト、フジ子・ヘミングさんは「灰は鳥のさえずる森に」
元プロ野球選手、江夏豊さんは「甲子園の土に還りたい」・・
その中で複数の人が「野垂れ死」を望んでいたのには、驚いた。
自分の死に方を自分で選ぶことができるのなら・・の問いに
「三笠宮殿下」のタイトルは「無題」、
そしてたった一行で、こう書き記したのが印象に残りメモをした。
事故や天災で若くして多くの方が亡くなる現代において、
残された家族の悲痛な叫びを画面を通して見るたびに涙が溢れるが、
どうしたら、亡くなった方への想いを振り払えるかと言えば、
最後は「運命だった」と考えるしか割り切りようがない気がする。
私は今回の胆のう摘出手術をする前に、
全身麻酔をして目覚めなかったらどうしようという不安があった。
大事な家族を残して死ねない・・という想いが強かった。
しかし今考えると「三笠宮殿下」の一言で、一掃された気がする。
こうしてPCに向かい「気になる一言」を書いているということは、
神様がまだ生かしてくれた・・ということと解釈した。
「死」について考えることは、どうやって「生きる」かに繋がる。
だからこそ、毎日を悔いなく過ごさなければ・・と心から思う。



2005年05月17日(火)
「治癒力」より「再生力」

先週末、講演で「耕さない田んぼ(不耕起)の自然再生力」の話を聞いた。
稲刈りの後も、水を張りそのままにしておく。田植えの前にも耕さない。
放っておくことにより、強い稲が育ち、絶滅危惧種だった生物も増える。
いいことずくめのこの農法がなかなか広がらないのは、
農家の人たちが、雑草を取る作業を嫌うかららしい。
ちょっと前までは手作業でしていた除草作業が、農薬のおかげで減った。
わざわざ、今さら苦労する必要はない、そんな感覚なのだろう。
「本当の絶滅危惧種は農家」というフレーズは、けっこう笑えた。
稲刈り後のワラの価値に目を付け、さらに「自然再生力」を利用して、
田んぼを肥沃な土にしようとする試みは、基本的には理解できるけど、
この活動している人が、農家でなかったのが残念、説得力に欠けた。
私のアンテナに引っかかったフレーズは「放っておくこと」。
言い換えると、ひとつひとつの命の働きを活かすこととなる。
そういえば、今回私は術後、薬を何も飲まなかった。
主治医が処方してくれなかった、と言えばいいのか。(笑)
薬に頼らず、私という人間の持つ「再生力」だけで、回復してきた。
おかげで副作用もなく、とても早い期間で、普段の生活に戻れたと思う。
取ってなくなった胆のうの分を、他の臓器でカバーしあい、
私と言う人間が、確実に「再生」されていることを実感できる。
そんな体験を雑感にすると、気になる一言となった。
やっぱり「治癒力」より「再生力」の方が言葉の響きとして力強いな。