初日 最新 目次 MAIL HOME


しもさんの「気になる一言」
しもさん
MAIL
HOME

My追加

2005年01月26日(水)
行政改革もいいけど、住民もね

私が小さい頃に流れていたCMに
「オセチもいいけど、カレーもね」というフレーズがある。
ふっと思い出したのには、訳があった。
来年度の予算折衝をしていて、昔はこんなこと、
住民同士で解決してくれていたのになぁ、ということに気付く。
また、昔はこんなことに税金を使わなかったよな、など
「昔は・・」というフレーズが口に出てしまう。
もちろん、行政の改革も必要だと思う。
しかし、その多くは住民のちょっとしたわがままから
生まれた仕事も多いことを意識して欲しい。
国民全体が、ルールとマナーを守らなくなったから、
その対策に「人と時間とお金」をかけることとなる。
逆に考えると、住民が「ルールとマナー」を守ってくれれば
その対策に係る「人と時間とお金」が必要なくなり、
していは税金も安くなるのになぁ・・といつも思う。
やっぱり「ゆとり教育」より「道徳教育」かな。
久しぶりに、公務員のぼやきである。



2005年01月25日(火)
しずかの夫は「キムタク?」いや「のび太!」

仕事で担当している委員会の新年会だった。
その宴席に呼ばれていたコンパニオンの内の一人。
工藤静香さん似の彼女は、なんと芸名も「しずか」。
お〜っ、本当にそっくり・・と誰もが思った美人。
「しずかといいます。よろしくね」
その彼女が私にも、お決まりの名刺をくれた。
「オレね、しずかの夫に似ているって言われるんだよ」
「へぇ〜、信じられねぇ」と反応した周りの人たち。
(たぶん、キムタクだと思ったに違いない・・)
「ほら、のび太に似ているでしょ?」とおどける私に
「じゃあ、私たち結婚するんだぁ」と軽く返してくれた。
確かに容姿も可愛いかったけれど、
私はその回転の早い会話ができることに喜んだ。
「宴会のコンパニオン」と言うと、酌婦に徹したり
今では、カラオケのセット係になっているイメージ。
「なんで金払って、こっちが気を使うんだ」という
中年おやじ達のボヤキが聞こえてきそうな昨今であるから、
しっかりお客さんのギャグに対応してくれたこの話題、
気になる一言として残すことにした。



2005年01月24日(月)
努力したものがすべて報われるわけではない。

なんと、プロレスラー・長州力の言葉である。
「革命戦士と呼ばれた男」らしからぬ台詞でメモをした。
しかしこのフレーズには、大切な続きがあった。
一番大切であり、ニヤッとする台詞、それが、
「しかし、成功した者はすべて努力している」である。
冒頭のフレーズを読んだだけで、
「そうだよ、頑張ったって、自分の思うようにならない」
「確かに、長州力の言うとおりだ」と同意してはいけない。
彼が言いたかったのは、後のフリーズなのだから。
私も今回、わざと気になる一言をダイレクトに選ばなかった。
それは、言葉に隠されている面白さを伝えたかったから。
成功に限らず、「夢」などに置き換えてもいい。
「努力したものが、すべて夢を実現できるわけではない。
しかし、夢を実現した者は、すべて努力している」と。
あれ?恋愛には、この法則がなりたたない・・(汗)
努力しなくても、恋人をゲットする人たちっているものなぁ。



2005年01月23日(日)
ざれごと、ざれごと

新しいNHK大河ドラマ「義経」から初登場。(笑)
大河らしい大河・・ともっぱらの評判であるが、
言葉・台詞に関しては、ちょっと物足りない。
だから、こんな一言が気になってしまったのだが・・。
平幹二朗さん演じる、鳥羽天皇の第四皇子・後白河法皇が、
渡哲也演じる、平清盛に、近寄って言い放ったフレーズ。
耳から入る音では「ざれごと、ざれごと」。
さて、漢字では・・と考えたら、書けなくなってしまった。
【戯れ言】 ふざけて口にする言葉。たわむれの言葉。冗談。
【戯れ事】 ふざけてすること。いたずら。
どちらの意味にも取れるから、困ったのである。
「厳島神社」へ行きたい、と言ったことが「戯れ言」なのか、
「厳島神社」へ行こうとする、その行為が「戯れ事」なのか。
あ〜、脚本が見たくなってしまったシーンである。
今回の大河ドラマ、家族の絆・親子の絆が、制作意図らしい。
先日話題にした「伊豆」も、当然なんどか登場するだろう。
メモ帳片手に、楽しみに見続けていこうと思う。



2005年01月22日(土)
恐ろしく元気です

「おかあさん、お元気ですか?」と尋ねたら、返ってきた台詞。
「はい、お陰さまで」とか「えぇ、相変わらずです」・・等の
あいまいな返事を予想していたので、大笑いだった。
でも、本当に元気なんだ・・ということが伝わってきたし、
こういった表現の使い方もありだな、とメモをした。
時々、文法としてはおかしいなぁ、と思うことでも、
妙にインパクトがあり、納得してしまうことがある。
逆に、体調がすぐれない時は
「恐ろしく調子悪いです」とでも言えば、他に言葉は要らない。
それくらい調子が悪いことが、こちらに伝わるから。
前回紹介した「不思議なことに」と同様、
普段使う会話の前に、聞きなれない言葉をつけることにより、
相手に「?」と思わせる効果があることを学んだ。
キャッチコピーなどに使えるテクニックである。



2005年01月21日(金)
「伊豆」が5つも 合併で大混乱

Yahoo!のトピックスの見出し。
同じ県内に似た自治体名が続々、平成の大合併で大混乱、
そんな内容の記事であった。
伊豆の地名に慣れ親しんだ私たちでさえ、困惑しているのだから
他県の人から見れば、いい加減にしろよ、と言いたくなる、
その気持ちは良くわかる。
違う県ならまだしも、同県内では混乱は避けられない。
以前「静岡市」と合併する前までは「清水市」が存在した。
そのため「清水町」と「清水市」はよく間違われた。
それも地域は、静岡県の中部と東部、
人口でも大きく隔たりがあるのに、何度も何度も間違われた。
それが、今回は同じ地域に五つも「伊豆」の地名を持つ自治体が
出現するとなっては、もう間違えないほうが不思議。(笑)
観光・集客力のキーワードとなる「伊豆」の乱用が、
かえって「伊豆」地域の住民意識レベルの低さ、を
全国民に広める結果となってしまった気がする。
「伊豆ブランド」を残すためにも、ここはぐっと我慢して欲しい。
「伊豆はひとつ、なのか、ひとつずつなのか」
自動車の「伊豆ナンバー」も話題になっているが、
「沼津ナンバー」との境はどこか、それすら私にはわからない。



2005年01月20日(木)
子ども達に夢を語ってください

地元中学校の総合学習だろうか、講師の依頼が届いた。
なんと「夢講座」と題するプログラムで、
町内外から16人の大人が、生徒に夢を語るらしい。
その依頼内容が、気になる一言。
いつもなら、このテーマで・・と依頼されるのであるが、
今回は「講師にお任せ」だから、かえって難しい。
私は「言葉の力」と「継続の力」を伝えたいと思っている。
殺伐とした世の中、時には夢をみてごらん、と伝えるのか、
夢はみるものじゃない、叶えるものなんだ、と伝えるか、
私なりの悩みであるが、
夢は一気に叶うものじゃない、毎日の積み重ねなんだ・・を
経験から感じている言葉として伝えようと思う。
今回、こんなチャンスを戴き、先生方に感謝している。
そう、自分の夢なんて、こんな機会でもなければ、
あらためて考えることもなかったから・・。
ただ困ったことに、夢がわからなくなってきているのも事実。
これって夢じゃないよなぁ、あっ、これは目標だよなぁ、
考えれば考えるほど、わからなくなっている。(笑)
さて、当日までに、自分の夢がわかるだろうか・・



2005年01月19日(水)
料理は五感で作るものだからね

朝から夜まで、農業・観光関連の広域イベントに参加した。
ただし、何をすると言う訳でもないのになぜか疲れて帰宅。
今日は「これだ」という言葉に出逢わなかったなぁ、と
一日を振り返り、コタツに入りながら、テレビを観ていたら
料理の鉄人・陳健一さんが「えびのチリソース」を作っていた。
私の知っている彼は無口、味で勝負というタイプ。
しかし、今回はお馴染みの中華鍋ではなく、
どこの家庭にもあるフライパンを使い、
お喋りしながら楽しそうに作っているので驚いた。
若い頃の修行時代、師からはレシピで教わったことがない。
全て、ジューという音とか、サクッといった感触、
美味しい時の匂いなどを何度も経験して覚えたらしい。
「小さじ〜杯」ではなく全て「これくらい」という感覚、
それを称しての発言が、気になる一言だった。
最近、私の周りで「五感」という単語が飛び回っているから
とても不思議な気持ちでメモをした。
「料理は足し算だから」というアドバイスも、
薄味から濃味へ、自分の味覚で覚えなさい、の意味だろうか。
一気に濃い味にしない、そんな料理の基本中の基本を
とても簡単な台詞で説明してくれた。
時には料理をしてみようかな、そんな気になる一言だった。



2005年01月18日(火)
中村教授とイチロー選手の声が似ている

なんだろう・・全く根拠がないが、
パソコンを操作しながら聞いたの耳覚で、ふとそう思った。
青色発光ダイオード(LED)発明の中村教授、
アメリカ、メジャーリーグで記録を塗り替えたイチロー、
どちらも、天才肌、アメリカで結果を出している人なのに、
日本人の私には、インタビューの受け答えが気に触る。
声のトーンが似ているのだろうか。
あの独特の、日本を小馬鹿にしたような口調や、
やや冷静さを保ちながらも感じる、みなぎる自信。
話すテンポも、どことなく似ている。
どちらも、自分1人の努力で成し遂げたような態度が
私のアンテナには、どうも引っかかる。
2人とも、抜群の成績、歴史に名を残す快挙なのだが、
チームワーク、和を大切とする日本では、受け入れにくい。
2人のことを何も知らないくせに・・という批判もあろうが、
私の感じたことをメモしただけだから、御勘弁願いたい。
将来の私のライフワークとしたい「人間ウォッチング」、
今回は聴覚だけれど、また違った五感で人物紹介が出来れば・・
と試行錯誤中。また、楽しみが一つできた。



2005年01月17日(月)
書きたい・・と心から思った「1.17阪神大震災」

あの震災から10年目の「1月17日」を迎えた今日、
当時、私は何を感じていたのだろうか、振り返ってみた。
それは今でも忘れない出来事だった。
私の心の中で、くすぶっていた何かが弾けたのを覚えている。
調べてみると、すぐわかった。
1995年01月19日(木) 朝日新聞・朝刊(声)に
「被災地援助に全力あげよう」(36歳)、
1995年01月20日(金) 静岡新聞・朝刊(読者のことば)に
「自然の脅威を目の当たりに」(36歳)
と題して2日続けて、投稿欄に掲載されている。
http://www.enpitu.ne.jp/usr3/bin/month?id=39016&pg=199501
震災後、なにか書かずにはいられなかったのだろうか、
私の投稿歴の中でも、2日続けて掲載・・というのは珍しい。
心からの叫びを文字にして、勢いだけで投函したようだ。
「朝日新聞」に取り上げられたことは自分でも驚いたし、
その後の投稿に拍車がかかったことは言うまでもない。
言い換えれば、この阪神大震災が人生の転機になった、
と言っても過言ではないであろう。
今でも覚えている、あの時の「書きたい」という想いが、
今もこうして、書き続けさせているのだとしたら、
私にとって、忘れることの出来ない1日に違いない。
あらためて、被災者に黙祷を捧げたい。合掌。