
|
 |
| 2003年09月27日(土) ■ |
 |
| 堀内次期監督さんは「青天の霹靂」って書ける? |
 |
一晩寝ても、怒りはおさまらないが・・、ここは物書きとして あえて星野監督のコメント「若い芽を摘むな」はメモしておいて・・。 今回は、堀内次期監督のコメントに反応してみたい。 原監督の辞任会見に次の監督が同席するのは、私も納得がいかない。 さらに「青天の霹靂」と言いながら、来シーズンの豊富を語るなんて とんでもない、と私は思っている。 それは、あなたの監督就任会見の時の台詞でしょ、と呆れてしまった。 「青天の霹靂」 その言葉の意味を知らないとしか言いようがない、行動・発言である。 意味は、 〔陸游「九月四日鶏未鳴起作」より。晴れた日に突然起きる雷の意〕 突然の大事件。人を驚かす変動。 今日のような雲ひとつない蒼天に雷が起きるから、 青天の霹靂なんだよ、と教えてあげたい。 今年一番の流行語大賞にしてあげたいが、 たぶん「霹靂」は書けないし、二字だけでは読めないかもしれない。 「青天の・・」が前につくからなんとなく読めるのであって、 私でも、はっきり言って自信がない。 さらに「晴天」と「青天」を間違えている人も多いことに気付いた。 インターネットで検索すると、その多さにびっくりする。 そういう意味では「晴天の霹靂」と堂々と日記を書いている人たちに、 その文字と意味を教える機会になりました、と彼に感謝したい。 来年の書き初めで書いてみようかな、「青天の霹靂」って。 きっと、細筆が必要になるような気がする。
野球に全然関心のない皆さん、しばらく私の愚痴にお付き合い下さい。
|
| 2003年09月26日(金) ■ |
 |
| ナベツネ お前も責任とってやめろ!! |
 |
もちろん、私の心の叫びである。 明日以降、たぶん情報が飛び交い、 ジャイアンツ・原監督の辞任劇にいろいろな解説が付けられる。 そんな記事を読んでから、いくら解説を付けたって面白くもない。 この日、この瞬間の感情を表現するのも、日記の醍醐味だから。 もう既に、缶ビールは2本目に突入し、イライラは最高潮。 午後5時の記者会見を携帯メールで知らされ、それ以後、 頭が真っ白になった。仕事(残業)のやる気も失せた。 かといって、やけ酒を飲みにいく気分でもないから、即、帰宅。 こうして、感情の日記を書いている。 あとで読むと、笑ってしまうような文章かもしれないけれど、 たぶん、何年経っても、この気になる一言を読んで、 この時のショックを思い出すくらいの日記が書きたかった。 今の私の本音「ジャイアンツ・ファンを停止したい」。 同級生ということもあって、原監督には特に思い入れが強い。 先日の東京ドーム最終戦で、原監督のスピーチがなかった時、 不吉な予感がした。それが的中してしまって、悔やみきれない。 「プロは、成績が全てです」と言う人がいるけれど、私はノー。 プロは成績よりも、ファンに夢を与える事の方が大切だから。 申し訳ないが、次期堀内監督の解説は、何度もテレビで見ていて、 夢を与えてもらった記憶がないから、 私は、来年度のジャイアンツを心から応援できない気がする。 「ナベツネ、お前は今シーズン、何回東京ドームに足を運び、 思いきり選手を応援したんだ」と問いかけたい。 確かに、私の応援なんて微力だけれど、力いっぱい声を出し、 KIYOHARAのユニフォームを着て、オレンジのタオルを降り、 好きなビールも試合中は飲まずに応援したんだぞ。 どんなに負けていても、九回裏、ゲームセットになるまで 応援し続けて、最終の新幹線の乗り遅れたことさえあるんだ。 そんな私の気持ちを、思いっきり踏みにじってくれた。 それでも、やっと育ってきた若い選手を応援したいから、 「ジャイアンツファンを辞めた」とは、言い切れないけれど、 「アンチ・ナベツネ」だけは、宣言しておきたい。
だめだぁ・・書きはじめたら、止まらなくなりそうなので、 今日は、これまで。読みにくくて、ごめんなさい。
|
| 2003年09月25日(木) ■ |
 |
| 東大PC、マックに |
 |
朝日新聞の見出しだった。もちろん目を疑った。 東京大学が、大学院と学部の全学生約3万人や教職員が 学内で使う共用パソコンを、 来春からマッキントッシュにするという記事だから・・。 マックを導入する理由は、 「ウィンドウズに比べて様々なソフトの導入がしやすく、 不具合が起きても自分で直しやすい利点がある」。 なんだか、言葉に表現できないくらい嬉しかった。 マックを使い続けた、ここ数年の苦しみが救われた気がする。 「巨人、大鵬、たまご焼き」が好きなのに、 どうしてパソコンだけはマックなの?と、何度も言われた。 そのたびに「使いやすいからだよ・・」と答えたことは何度も。 さらに、ソフトは「窓」(WINDOWS)中心に開発され、 私がマックを使っていることを知ってか知らずか、 ワードやエクセルの文書を添付してきて、 私は自宅で文書が開けない・・なんてことは、日常茶飯事だった。 文字化けなんて、もう慣れっこで、気にも留めなくなった。 しかし、今度はそうはいかない。 天下の東大生がマックを使うようになる。 その光景を想像しただけで、私の胸は躍って落ち着かない。 でも、多くの人が使い出すと、 天邪鬼の私は、どう動くのかな、なんて心配してしまう。
|
| 2003年09月24日(水) ■ |
 |
| 私は、毎日同じが嫌いなんです |
 |
「だから、広報の仕事が好きなんです」と、 研修講師の浦野氏は、話し始めた。 広報が楽しい理由を説明するには、ピッタリの台詞、とメモをした。 また「いいまちづくりをしている町の広報は、良く出来ている」 といい終わったあと、逆もまた真なり 「いい広報を作ることにより、よいまちづくりができる」 と、広報担当者を激励するように言い直した。 これは、何を意味するのか? 広報の作り方次第(特に特集の組み方)で、 町民の意識を変えることが出来ることを意味しているのだろう。 (実際は、意識を変えるというより、雰囲気を変えることなんだけれど) わが町の広報を振り返り反省すると 「特集記事」が「特集」としての役割を果たしていないことに、気付く。 単なる制度の説明、データの羅列、行政として何が課題で、 それをどう解決したいのか、という主張が感じられないからだ。 行政寄りの、町民には知らせたくない記事ばかりでは、 文に説得力がなく、読者である住民の意識を変えることなんて 到底無理なことであることもわかっている。 本来なら「特集」を組む前に、編集会議を何度となく重ね、 何を伝えたいのか、徹底討論をするべきなのかもしれない。 広報担当は、総合計画を読みこなし、 まちづくりに活かす広報を作らなければならない、という 講師の一番強調していたアドバイスは、 昨年より総合計画の柱に沿って記事の構成し、戦略的に 広報作成を進めている方向性は間違いなかったという 大きな自信となったことを付け加えておきたい。 なんだか、ますます広報の仕事が好きになってきた。
|
| 2003年09月23日(火) ■ |
 |
| ねぇ、これ(協働)って、なんて読むの? |
 |
妻が、あるパンフレットの近隣市長挨拶文を読みながら、 私に聴いてきた。これって、間違っているよね・・と。 どれ?と覗いた私は、思わず笑ってしまった。 私の目に飛び込んできたのは「協働」という漢字だったから。 こんな字ってないよね・・と何の疑いもなく誤字と決めつけていた。 へぇ・・私のトリビアの泉ボタンは、押し続けられた。 これは、最近良く使われる漢字でね・・と説明したところで 自分達の業界用語ということに気が付いたから。 県知事をはじめ、多くの自治体の首長、議員が挨拶で口にする単語。 誰もが何も疑問を持たず使用しているが、 「コラボレーション=(協働)」と訳すには、ちょっと無理がある。 「collaboration」を辞書で引くと「共同」。 「collaborate」でも「共働」。 どこにも「協働」という単語は出てこないから、説明に困った。 いつ、どんなタイミングで作られた単語かわからないが、 辞書にも掲載されていない単語を、 いかにも当然のような顔をして使うことはやめたいな・・と思う。 英語の得意な皆さん、是非、私にわかりやすい説明を・・。
|
| 2003年09月22日(月) ■ |
 |
| よそうはうそよ |
 |
広報実務研修会で、講師の浦野秀一氏は、 「石原都知事が就任当時『人事と広報は俺がやる』と言ったくらい 広報は組織にとって大切な仕事なんだよ」という話をしてくれた。 こんな話で喜んでしまう私は、ちょっと単純かな・・と苦笑い。 ところで、広報という仕事、「特集記事」を書く場合、 人口予測などを含め、自分の住むまちの特徴・傾向を把握しながら 特集を組むと説得力がある、そんな話を聴いた。 確かに、自治体広報は社会全体の話をするのではなく、 「わがまち」にスポットを当てて書くことが多いから、メモをした。 しかし・・と付け加えながら板書した「よそう」の平仮名3文字。 この3文字を使って、あいうえお作文でも作るのかな?と期待したら 後ろから前に向けて、矢印。(←) 「よそうはうそよ」(予想は嘘よ)と説明して、笑いを誘った。 「わかるはかわる」(わかった、ということは変わるということ) 以来の、言葉遊びとして私はメモをした。 仕事でも、生活でも、ギャンブルでも、予想は当たらないことが多い。 (だから、人生は面白いとも言えるんだけれど・・) そんな時、このフレーズの登場となる。「予想は嘘よ」 データばかりでの予想はまちがいやすい。 最後は、自分の経験、知識で予想しなさい・・とまとめれば ジョークも、しっかりとした教訓となるから。
|
| 2003年09月21日(日) ■ |
 |
| メンバー総出の東京ドーム最終戦 |
 |
今年も、数々のドラマを演じてきた野球観戦。 優勝できなかった悔しさは、当然あるけれど、 今年はなぜか、とても楽しかったと振り返ることができる。 たぶん、毎回東京ドームで顔を会わせる人たちのお陰だと思う。 試合の結果ばかり気にしていた昨年とは違い、 今年は、誰と逢えるかな?なんて楽しみが増えたからかもしれない。 これも、ライトスタンドならではの楽しみ方である。 ビール売りやアイスクリーム売りの女性、ガードマン、 赤組と呼ばれるジャイアンツの「応援団」。 そして何よりも嬉しいのは、 三島から駆けつける私を仲間扱いしてくれる、横浜周辺の人たち。 同じ売り場で券を手に入れるので、席も近くになることが多いし、 自然と顔見知りになり、仲良くなるのだろうか。 今日は、東京ドーム最終戦。ここで知り合ったメンバーが総出だった。 なぜかとても嬉しかったので、記憶に留める為に気になる一言。 勿論、苦労してチケットをゲットしてくれる親友に一番感謝、 その上で、また来年、彼ら彼女らの笑顔を見ることができたらいいな、 と思う。 今年の私の野球観戦は、これにて打ち止め。 来シーズンは、うなぎパイをカバンに詰め込んで上京しなくちゃ。
|
| 2003年09月20日(土) ■ |
 |
| アカスリは、癖になる人が多いんですよ |
 |
なるほど・・私も癖になりそうな心地よさであった。 実父の墓参りに行った帰り、温泉に寄ってリフレッシュ。 いつもなら、サウナに入ってマッサージをする、で満足なんだけれど、 今日は、ふと「アカスリ」の看板が目に入った。 毎日、力を込めて洗っているからなぁ・・と思いながらも、 好奇心旺盛の私のこと、モノは試し、とばかり体験することにした。 「はじめてなんで、宜しくお願いします」と挨拶したものの パンツ一枚でなにされるか、不安いっぱいで仰向けになった私に 声を掛けてくれた台詞が、気になる一言。 (な、なんと女性・・(汗)、焦ったぁ) ほら、こんなに出ましたよ・・と見せられた垢は、驚くほど多い。 しかし、終わったあとの爽快感は、なんとも表現しにくい。 女性が大枚をはたいて、エステに通う心理が、ちょっとだけ理解できた。 肌が、ツルツルになるって、こういうことなのかぁ。 ぷるる〜ん・・って感覚とは違うよなぁ・・なんて思いながら。 おかげで、アカスリのあとのサウナは、思いっきり汗が出た。 そして仕上げは、湯上がりの、ノン・アルコールビール。 やっぱり、癖になりそうなアカスリである。 次は、いつ行こうかなぁ・・とカレンダーを眺めて計画中。
|
| 2003年09月19日(金) ■ |
 |
| 無理はしないけれど、ちょっと頑張る |
 |
女優、野際陽子さんのメッセージである。 「人生の転機越え、いま自然体」・・と書かれた見出しとともに 本当に充実した顔が新聞に掲載されていた。 出産、離婚などの経験をし、 生き方の基本は「無理はしない、あせらない」と決めた。 しかし「ちょっと頑張る」というフレーズがついている。 もう少しの間、健康でいたいからと、 腹筋やダンベルを持ってスクワットなどもするらしい。 この感覚が、45歳の私にも共感できたから、気になる一言。 特に、スポーツ大好き人間の私にとって 気持ちは若い時のように前へいっているけれど、 身体がついていかないもどかしさを、何度も味わい、 それが原因で怪我などをすると、もう情けなくなってしまう。 そして、だんだん運動不足になって、ビール腹になる。 典型的な中年太りの悪循環。 しかし、今「ちょっと頑張る」という台詞に出逢って、 もう一度、夢中になれる何かを見つけたくなった。 もちろん、基本的には彼女と同じように 「無理はしない、あせらない」。だけど「ちょっと頑張る」。 そして、頑張った自分に「ちょっとご褒美」を付け加えて、 私らしい生き方を見つけていこう、と思う。 「無理はしないけれど、ちょっと頑張る、ちょっとご褒美」
|
| 2003年09月18日(木) ■ |
 |
| 道頓堀騒ぎ、解決策は無視するに限る |
 |
「あれほど、危ないって言ったのに・・」 阪神タイガース、星野監督の悲痛な表情が浮かび上がってくる。 せっかくの優勝が、なんともはや・・・。 まさか、水死があった川に飛び込む人はないだろう・・が、 私の常識的考えであるが、それでも飛び込むなら勝手にどうぞ。 今後一切、道頓堀のダイブについては報道しない。 この扱いが、彼等を沈めるには、一番効果があると思う。 マスコミが騒ぐから、調子にのり大騒ぎをする。 それは、成人式での大騒ぎでも同じ論理である気がしてならない。 府知事までがコメントを出す必要があったのかどうか、 私はいまでも疑問である。 危険なところへ行く、行かないは、本人の判断。 死ぬかもしれない川へ飛び込む、飛び込まないも本人の判断。 川の下で、救助するために船を出し待っているから飛び込む。 勝手に飛び込むのなら、勝手にあがってこい。 どうして、飛び込まないで・・・とお願いしているのに そんな想いを無視して飛び込む人たちを助けようとするのか。 「のび太君を一番甘やかしているのは、ドラえもん」 そんな例え話が私の脳裏に浮かんできた。
|
|