初日 最新 目次 MAIL HOME


しもさんの「気になる一言」
しもさん
MAIL
HOME

My追加

2003年08月28日(木)
「切れ悪くなった」と実感したから・・

ニュースステーション。久米宏キャスター降板、会見。
「余力持って辞めたいと思った」
この台詞が、クローズアップされているが、
私は、もうひとつの感想を、とり上げたい。それが「気になる一言」。
18年間という時間、継続は力なり、なのか、継続はマンネリなのか。
今回に関しては、その評価は自分がした、と言える。
周りは、まだまだ彼のコメンテーターとしての発言に一喜一憂し、
その影響力は、彼本人が一番知っていたと思う。
しかし、コマーシャル直前に呟く辛口コメントが影を潜めた頃から
これはまずい、と感じていたのだろうか?
自分の実力は自分が一番知っている。そして、その評価も。
だから、思いきって潔く、身を引く。
その影には、古館伊知郎さんのめざましい活躍がある気がしている。
そろそろこいつに任せても・・そんな気持ちになってもおかしくない。
しかし彼のイメージは、ニュースキャスターではなく、コメンテーター。
どこまで、早く、正確に伝えられるか、
彼の評価はこれから決まる、と思って間違いない、視聴者によって。






2003年08月27日(水)
「自動シートベルト装着装置」を映画の中に見つけた

帰り道で、シートベルトの未装着、一斉取締りをしていた。
あぁ・・なんとシートベルトをしていない人が多いことか、
それだけで罰金なんて、可哀想に・・と眺めていた。
そんな時、ふと(本当に突然)、映画のシーンが蘇ってきた。
「彼女をみればわかること」
キャッチコピーは「しあわせの、かすり傷」。
(五人の大物女優がそれぞれの生き方を綴った映画だったかな?)
私の記憶が正しければ、第三話。ホリー・ハンター主演。
向いの家に越してきた男性アルバートに声を掛けて、車に乗るシーン。
運転席に座り、エンジンをかけたら、自動的にシートベルトが
前の方からスルスルと動いてきて、セットされた。
(だれか、詳しい人、確かめてくれませんか?)
へぇ・・と思ったからだろうか、メモは取らなかったけれど
インパクトの強いシーンとして、残っていたのだろう。
話をもとに戻す。もし、映画のシーンが普通の生活であるのなら
どうして、日本で「自動シートベルト装着装置」が話題にならないのか、
それが不思議だったから「気になる一言」にとり上げてみた。
(厳密にいうと「気になるシーン」だけれど・・)
地図のナビゲータもいいけれど、まずは安全装置。
もしかしたら、壊れやすくて、メーカーが作りたがらないのかな、
私の疑問は、大きくなるばかりである。



2003年08月26日(火)
大学受験は「志望動機」より「進学の目的」

朝日新聞で見つけた、
お茶の水女子大学学長、本田和子(ますこ)さんの考え方。
「高校時代に自分の将来を決めてしまうのは無理。
理系で入学しても、文系の面白さに気付くこともある。
必要なことは、大学側が転学部、転学科を容易に出来る体制。
だから、大学の志望動機なんて、そんなに大切じゃない」
そんなことが書かれていたので、嬉しくなってメモをした。
ただ、目的もなく進学を選んではいけない、とも語っている。
「自分を知りたい」「社会にとって自分の存在意義を探りたい」
そんな大学進学の目的でいいらしい。
大学を「模索と試行錯誤が許されるとても贅沢な場所」と位置づけ、
勉強オンリーの大学生に警鐘を鳴らしているようにも感じた。
「世界には色々なことが起こり、色々な人々がいて、
それぞれ懸命に生きているのだと気付く機会を持って欲しい」と
まとめた言葉に、私はとても感激した。
浪人生の娘を抱え、最近少しイライラしていた私にとって、
貴重なアドバイスをいただいた気がする。
私も「四年間で自分探しをしてきて欲しい」と思うようになれた。
大学時代、どれだけ多くの人と逢ったり、好きな本を読んだり、
映画を観るといった時間の使い方が出来るか。
そんなことが、大学に行く目的なんだな、と彼女の言葉で知った。



2003年08月25日(月)
のようなもの

ある方の日記サイトで見つけた、気になる一言。
「よく殺人事件なんかのニュースで聞くセリフ。
『刃物のようなもので・・・・』『バットのようなもので・・・・』
ようなもの、って・・・・刃物やバットそのものじゃないんですか。
『バット』って言って、ものすごーく対象絞ってるのに、
また『ようなもの』でチョロマカスんですか・・・・。」
と書いている。
断定できないから、というわけなんだろうけれど、
確かに曖昧が好きな日本人らしい表現だなぁ・・とメモをした。
ついでに、yahoo!で「のようなもの」で検索した結果は、
なんと約699,000。
(文中で使われていればヒットしてしまうけれど・・)
どんなWEBがあるのか、興味津々で眺めてみたら
「日記のようなもの」とタイトルがつけられた日記。
「詩のようなもの」と書かれた詩など、
ほとんど「のようなもの」ではなく、そのものであった。
自信がないから? 気を引くため? それとも・・。
どうして「のようなもの」という曖昧な表現が好きなのか、
おかしな国民性だな、と苦笑いをした。
英語の look like とは、ちょっと違うような気がするが・・。
もし、私が使うとしたら
「口の周りに口内炎のようなものができて・・」
というような場合だろう。
自分の知識では知らないものを、自分が知っているもので例える。
それが「のようなもの」の使い方であろう。
これからは、新聞記事やニュース番組を注意して観たい。
「のようなもの」という表現がされていても、
思い出して笑わないで欲しい。



2003年08月24日(日)
SEXシーンより、指を絡めるシーン

これだけでわかったら、よっぽどの映画好きか、
昨晩のテレビで映画「ゴースト~ニューヨークの幻」を観た人。
私は、この作品でデミ・ムーアが好きになり、
「アンチェイド ・メロディー」が何度も聴きたくて、
サントラ盤のCDを買った思い出がある。
あとの曲は、幽霊を感じさせる暗い曲ばかりだったけれど。
そして、何度となく、この作品を観ているが、
毎回毎回、私の気になるシーンか違うから、これまたおかしい。
さて今回は・・・
先週、今週とDVDで映画を観まくっているせいか、
SEXシーンがやたらと画面を賑わせていたが、どれも感じなかった。
一番艶っぽいと感じたのが、この「ゴースト」の冒頭シーン。
ろくろを廻しながら、ふたりの指が粘土質の材料で汚れながらも
絡み合う場面だと、私は思っている。
そして、振り向きながらキスをする場面・・やっぱり最高だった。
愛の表現にはいろいろあるが、
直接的なシーンより間接的な表現の方が観ている人の想像が膨らみ、
私は好きである。
自画像のような人物写真より、人の気配を感じさせる風景写真の方が、
なぜか暖かみを感じる私である。
言葉でも、そんな表現を目指したいと思っている。
(暑さで、頭がぼ〜っとしていてるわけではありません、あしからず)



2003年08月23日(土)
Off the record (率直に言って・・)

映画「I love trouble」をDVDで観た。
(ニックノルディ、ジュリアロバーツ主演)
ストーリーもアクションも、なんだか中途半端だった気がする。
内容についての感想は、もっともっと詳しい人にお任せする。
私の場合は、その中で気になった場面だけれど・・
ライバルの二人は張り合っているけれど、気になる存在。
なかなか自分の気持ちを伝えられずにいるが、ある時、
同じ部屋で寝ることになる。
そこで、ジュリアロバーツから「私のこと、嫌いだと思うけれど・・」
の台詞のあと、Off the record と前置きをしてから
「実は、私、嫌いじゃないのよ、全然」と告白するシーン。
日本語吹き替えは「オフレコだけど・・」字幕は「率直に言って・・」
私の感覚では、ちょっと違う気がしたので、気になる一言。
(本人を前にして)「これ、内緒だけれど・・」とか
「本人がいないから言うけれど・・」
みたいな感覚なんだけれどなぁ、私としては。
新聞記者らしく「オフレコ」という単語をうまく訳して欲しかった。
ところで、最近、DVDで見始めてから気が付いたけれど、
日本語吹き替えでプレイ、さらに日本語の字幕を出すと
訳し方が違うことに。(?)
これって、どうして? わかる人、是非教えて。



2003年08月22日(金)
○○さんって、使い捨てですよねぇ

焼き肉を食べ、ビール飲みながら聞いた話だけど・・、
私の笑いのツボにハマってしまったので、気になる一言。
言った女性、てっきりコンタクトの話だと思い込んでいた。
言われた男性「へぇ? はぁ?」と動揺を隠せない。
それはそうだよね「あなたは使い捨てですか?」って聞かれて、
なんと答えていいのか、わからないのが普通だから。
単語が足りない話って、こんな勘違いを生むんだという笑い話だった。
それくらい言わなくてもわかっているだろう、から生まれた誤解。
夫婦や親子には、よくあることである。
そういえば「ねぇママ、水」と言った子どもに
「飲むの?かぶるの?」と聞き返した親がいたことを思い出した。
わかっていたけれど、子どもの躾のために、聞き直したという。
実は、とても大切なことである。
いくら、親しい仲だって、意思が通じないこともある。
だからこそ、常日頃から、大切な言葉は略さない、
そんな癖を身に付けたいと思う。
ただ、全員がコンタクトレンズの話をしていた時は、逆に
このフレーズ、是非聞いてみたい。
「うん、私は使い捨てだよ」と返事があれば、思わずニヤリである。
「ふ〜ん、○○さんって、使い捨てなんだ・・」と聞き返そう。
相手の反応が楽しみである。



2003年08月21日(木)
「当たり前」を楽しむ境地

犠打の世界記録を達成した、ジャイアンツ川相選手、
記事の扱いは、どの社もタイ記録に比べ小さかった。
その中で・・私たちに役立つコメントを・・と
探してみた、そしてメモをした。
「21年続けてきた中でつかんだ極意とは?」の問いに
「極めるには数をやらないと。
数をやるには練習しなくてはいけない」
そんなメッセージが、私のシステム手帳には記された。
中でも、私のアンテナに強く引っ掛かった言葉を紹介したい。
「僕が出てくれば『決めて当たり前』と思われるじゃない。
逆にそれが楽しいんだよね。そういう中で決める喜びもある」
だった。
単純に「期待される」という喜び方もあるけれど、
「期待されて期待どおりの結果を出す」喜び方もある。
しかし、期待もされず「当たり前」「当然」と思われている中で
普通の人がやれば、本当は難しいことを、
ごく普通のようにやり遂げることに喜びを感じる。
その境地こそが、彼の偉大さを表現するに相応しいな、と思った。
どうしたら、こんな境地に立てるのだろうか。
やはり、数をこなすしかないのだろうか、なぜか羨ましかった。
私も職業に就いて、彼と同じ21年を越えたからこそ、
なにか、あいつがするんなら当たり前だよ、という特技を
持ちたいな、と心から感じたメッセージであった。



2003年08月20日(水)
自分の体験を話すだけでも、社会貢献となる

静大主催の社会教育主事講習会の講師とパネラーを頼まれ、
「はい、いいですよ、私でよければ・・」と軽く受けてしまったが
実際は、久しぶりの緊張、島倉千代子だった。(このギャグ古い?)
受講生に、私の想いがうまく伝わったかどうか、心配ではあるが
お土産の資料は持たせてあげられたかな・・と振り返った。
最近、町内より県内で、私を必要としてくれる機会が増えている。
「すいませんね。こんなところまで・・」と声を掛けてくれるので
私も、つい「私なんかでよければ、使って下さい」と切り返す。
そして「お役に立つなら、どこへでも・・」と続く。
誰かの役に立っている・・その感覚がとても心地よい。
社会貢献って、こんなことなのかな?と思いながら、マイク片手に
自分の経験を話すことに夢中であった。
なにも、ボランティアでスコップを持って汗を流すことだけが、
社会貢献とは限らないことを、私は体験の中で気が付いた。
私のつまらない説明も、真剣にメモを取ってうなづいてくれる。
講義が終了しても、わざわざ質問に来てくれる。
そんなひとつひとつが、私も少しは役に立っているのかな・・・と
気付かせてくれた、受講生に感謝したい。
自分の住む小さな町に留まらず、私を必要としてくれるところがあれば、
自分の成長のために、出かけていきたい、と心から思った。



2003年08月19日(火)
港区刊行物、晴れ着集団も「差別」

産経新聞に取り上げられていた記事が気になった。
その見出しが、気になる一言。
今、私の中では「男女共同参画の定義」で疑問が溢れている。
関心ごとではあるが、やや否定的な立場なので、ご了承願いたい。
まずは最近のポスターやパンフレット、注意して見て欲しい。
わざわざ、男女の数を同じにしたり、洋服の色まで気を使って
製作しているケースが多く見受けられる。
背の高い男性、髪の長い女性のイラストでさえ、
「差別や偏見を助長する」を理由に指摘を受ける時代である。
(本音は、これさえ理解できないが・・)
成人式を彩る女性の晴れ着姿は、男性も参加しているのに・・と
指摘を受ける。
保育所の送り迎えのシーン、男性だって送り迎えすべきだから・・と
指摘を受け、スーツ姿の男性が保育園の園庭に複数登場。
女性も、ショートカットに黒のパンツスーツ姿で描かれ、
子どもと手を繋いだ母子のシーンは削られた。
私たちが目指す男女共同参画社会って、本当にそうだろうか?
ポスター、パンフレットは、全体の雰囲気を伝えるものだと思う。
成人式だって、艶やかなお祝いの雰囲気を伝えるために、
晴れ着集団にカメラを向けてしまう。これって変ですか?
そもそも他人の「意識改革」なんて、簡単に出来るものではない。
だから私は「個人の意識を変えるのではなく、周りの雰囲気を変える」
ことをお奨めしている。
その積み重ねが、自然と意識改革に繋がってくる、と思っているから。
やはり、男性側の一方的論理だろうか?