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| 2002年04月05日(金) ■ |
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| 人の話を、耳と目で聴ける一年生になりましょう |
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小学校の入学式、校長先生が新一年生に向かって、 「人の話は耳で聴きますよね。他には?」と話し掛けたら 目をキラキラ輝かして「目」と大きな声で答えた子供がいた。 校長先生は嬉しそうに、 「そうだよね。人の話は耳と目で聴くんだよね。 話している人の目を見て、聴くことが大切なんだよ」と答えた。 「目で聴く」 我々大人では考えつかない発想だっただけに、 私も嬉しくなって、写真を撮るのも忘れてメモをした。 小学校の入学式、桜は散ってしまったけれど、 とても暖かい話をお土産にいただいた。
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| 2002年04月04日(木) ■ |
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| 日本人は赤が好き |
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ある会合で、版画家として活躍している方の話を聴いた。 テーブルの上には、彼の作品のひとつをハガキにした、 赤い蟹が書かれていた。 せっかくの機会だからと、 会議参加者に一枚ずつのプレゼントとしてくれたようだ。 元来、国旗の日の丸を始め、赤富士などを好むことは確かである。 こんな赤という色で、景気を少しでもよくしていただければ幸いです、 と纏めてくれたその話は、とても落ち着いた雰囲気だった。 確かに、地球儀の日本なども、真っ赤である。(笑) 赤という色の魅力を、版画家らしい観点で表現し、 忘れかけていた私たちの「赤」に対する思いを教えていただいた。 色の持つ魅力、もう少し勉強してみようかな・・・。
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| 2002年04月03日(水) ■ |
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| 本当に必要なのは、心の贅肉を落とすこと |
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女優、山咲千里さんのコメントであった。 痩せていることは偉くない、 すごいのはスリムに見える人だ、と言う。 でも、今の私に必要なのは、心の贅肉を・・と続けた。 長く生きてると、体の贅肉だけでなく、 いろいろな心の贅肉が付く。これはダイエットが難しい。 そう思う人が多いかもしれない。 しかし、逆に本人がその気になれば、 心の贅肉は、体の贅肉より落とせるような気がするのだが・・。 一度、自分の体型だけでなく、心の贅肉を調べてみよう。 心がスリムになると、体型もスリムになる気がする。 暖かくなったし、ちょっと挑戦してみようかな・・。
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| 2002年04月02日(火) ■ |
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| 「出ない杭は抜く」時代 |
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新年度初日の昨日、各企業のトップが新入社員を前に 自分の想いを伝える記事は、興味深い。 今年、目を引いたのは、ミサワホーム社長。 良いと思うことは積極的に。 従来「出る杭は打たれる」と言われたが、今は「出ない杭は抜く」時代。 とコメントしたことが新聞で掲載されていた。 面白い発想ではないか・・。 出すぎた杭は抜かれる時代かと、少し自重していたが、 このコメントを見て、やっぱり抜かれないように頑張ろうと、 決意を新たにした。 個性は、隠しても目立ってしまうもの・・・。 そんな言葉が、私の中で輝いてきた。
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| 2002年04月01日(月) ■ |
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| もう1年、一緒に仕事がしたかったです・・。 |
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こんな嬉しい言葉はなかった。 文字にすると、とても薄っぺらく感じてしまうが、 送別会で聴くこの台詞は、私の涙を誘うには充分すぎた。 もう1年、教えてもらいたかった。 もう1年、叱ってもらいたかった。 そして、もう1年、私の成長を見てて欲しかった。 そんな気持ちが込められていたように感じたからだ。 あれほど、泣かないと決めていたのに、やっぱり駄目、 気づかれないように、汗を拭く仕草で誤魔化したが・・。 二次会で、みんなが肩を組み歌ってくれた「贈る言葉」は 忘れることが出来ないだろう。 一人で仕事していては、絶対味わうことの出来ない連帯感。 充実した4年間、 言葉にするとやっばり「感謝・ありがとう」になってしまう。 ちょっぴりセンチになった私であった。
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| 2002年03月31日(日) ■ |
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| あなたの笑顔は、げんこつを握手に変える力がある |
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金八先生、最終回でメモした台詞だったが、実感が掴めず 私の「言葉の納戸」にしまわれて終わるはずだった。 しかし昨晩、笑顔の素敵な人たちに触れて、 取りあげられることになった一言である。(笑) 昨日に引き続き、ホームコンサートの感想。 音楽専用ホールで、緊張した顔で演奏する彼女の雰囲気と、 まったく違った、おしゃべり大好きなその人柄は、 曲を演奏し終わるたびに、肩をすぼめたり、首を傾げたり その仕草に、とびきりの笑顔がつくのだから、 聴いている私たちの心は、優しい気持ちにさせてくれる。 その時、思ったこと。 喧嘩をしている人達に、仲直りの方法として、 「クラシックと笑顔」をプレゼントしてはいかがだろうか? きっと、グーだった握り拳がだんだんパーになって、 帰りには握手できる雰囲気になるに違いない。 金八先生の発した言葉の意味が、やっと実感できた瞬間である。
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| 2002年03月30日(土) ■ |
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| 下駄箱係の父、調理係の母、そして演奏者の私 |
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知人のお招きで、自宅のリビングを開放して開かれたコンサート。 ピアニストの彼女は、そのコンセプトを、こう表現してくれた。 本物の「アット・ホーム」な雰囲気は、カルチャーショックに近い。 私たちも、コンサートを年間に何度も企画し、 コンセプトは「アット・ホームな雰囲気で・・・」をよく口にする。 しかし、本当の「アット・ホーム」を知ったら、 今までの私たちのコンサートは、まだ足元にも及ばない。 暖かい雰囲気、形に捕らわれない企画、身近な演奏者などを総称して そう呼ぶだけで、実は何もわかっていなかったかも・・と反省した。 演奏のプログラムはなくても、休憩中に母親が作って出してくれた 「ごまの白玉団子、苺のババロア」のお料理レシピが配られる。 それが、また自然で、とても羨ましかった・・・が感想かな。 帰りの車の進行方向には、 また来てね、と満月に近い月が誘っているかのように輝いていた。 もう少し、通ってみようかな、と思わせるコンサートである。
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| 2002年03月29日(金) ■ |
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| 壊れないモノより壊さない工夫 |
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金八先生の最終回、涙ながらに見た人が多いと思う。 言葉好きの人は、幾度となくメモしたに違いない(笑)。 私は、この台詞を拾ってみた。 教育委員会に派遣として配属され、まずしたいことが 給食の食器を本物の食器に変えることだという。 ブラスチックの食器、それは確かに割れないし、腐らない。 しかし、そこにはモノを大切にしようとする心は育たない。 そう思ったのだろうか? 食器だけではない、なんでも壊れないようにと 本物の陶器や木製品から、プラスチックに変えているケースを よく見かけるが、そこには愛情すら感じられない。 たかが、テレビドラマかもしれない。 されど、テレビドラマであった。 (教育委員会での金八先生の活躍を、是非見たいと思う私である)
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| 2002年03月28日(木) ■ |
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| 死んでからの生き方 |
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新聞を広げたら、目に飛び込んできたキャッチコピー。 公共広告機構の臓器提供に関する記事であった。 死んでから生き続けるもの・・それはあなたの意思。 臓器提供をしようという内容ではなく、 「する」「しない」という意思を呼びかけている。 「意思はずっと行き続けます、あなたの意思を示してください」 こうまとめてある文を読んで、なるほどな、と思った。 死んでからの生き方、なんて考えたことがなかった。 しかし、自分の生きた証づくりとして、本を残したいと続けている。 これが私流の「死んでからの生き方」なのかな?と 私の意思を文字に託していきたい、と思う。
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| 2002年03月27日(水) ■ |
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| 一言一句間違ったら、割腹自殺 |
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文化財の会議で、私が作成した資料に誤字脱字が見つかった。 何度も読みかえしたつもりなのに・・・。 昔は、筆で細かい字を書いても間違いがないのにすみません、と 先生に平謝りだった。 どうして、昔の人は間違えなかったんですかねぇ?という私の呟きに ある委員さんがこう言った。 「それはそうだよ、昔は一言一句間違ったら、割腹自殺だったんだから」 嘘か真か、定かではないが、そんな心構えで文字を書いたことは 確かであろう。 それに較べて、私たちといったら、変換をコンピュータ任せ。 間違っても「すみません」とぺコリを頭を下げれば許してもらえる。 私が戦国時代に生きていたら、いくつ命があっても足りないに違いない。 誤字脱字をしない、いまさらながらに心がけたい、と思う。
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