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| 2001年12月16日(日) ■ |
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| 今日は掃除と飲み会 |
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私や妻の台詞なら、誰も驚かない。(笑) しかし、朝から出かけてなかなか帰ってこなかった 高校二年生の娘の台詞だから、気になる一言。 午後六時過ぎ、やや顔を赤くして陽気に帰ってきた娘の姿が なんだか妙に嬉しかった。 春から自分の意思で行き始めた、美術研究所の打ち上げだという。 どうも、ワインを少し飲んだ様子だが、 そんな行動をするとは思っていなかったから、嬉しかった。(^^;; 親の予想・枠を外れた行動こそ、彼女に必要な部分だと思っていた。 この体験が、構図をはじめとした彼女の絵に、 プラスとして働いてくれれば、と願っている。 (親バカと言われようが、久しぶりに許せる行動であった)
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| 2001年12月15日(土) ■ |
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| 川って、こんなにキレイなんだ |
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久しぶりに、柿田川をみようと、のんびり出かけた。 全国から、この湧水を見に多くの観光客が訪れている。 展望台から見る柿田川は、鮎の産卵か、川が真っ黒になるほど 集まっている。驚きのシーンである。 私にとっては、いつも見慣れている風景であるが、 どこまでも透き通っている川を眺めていた観光客の一人が呟いた。 「川って、こんなにキレイなんだ」 えっ?当たり前でしょ、そう思ったがこう続けた。 「こんなきれいな川を私たちは、汚しているんだね」と。 全国の人に、この柿田川を見せること。 それが私たちに出来る、環境教育であるような気がする。
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| 2001年12月14日(金) ■ |
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| 今日は、年寄りの風邪が強く・・ |
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ラジオで天気予報を聴いていた。 「今日は、年寄りの風邪が強く、寒くなるでしょう」?? よく、考えれば「西よりの風」なんて、誰でもわかることなのに。 久しぶりに、笑いのつぼにはまってしまった。 最近、特に寒くなってきた。富士山は真っ白。忘年会のシーズン。 こういうネタを貯めておこう、と思う。 せっかくの飲み会。仕事の話は無しにして、楽しい宴席にしたい。 「今日は無礼講でいこう」と言われて、本当に無礼講で飲む人がいる(笑)。 飲んだ時の人間ウォッチング、楽しみである。
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| 2001年12月13日(木) ■ |
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| 自分史は、その土地に生きた人の歴史書 |
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「まちづくり会議」で聴いた町民の台詞。 文化財とか、歴史って、なかなか難しいと思いながらも、 なんとか、その土地の風土を次世代に伝えていきたいと思っていた矢先、 とても貴重なヒントをいただいた。 私に出来ることは、町民(特に高齢者)に、自分史の書き方を教えること。 それが増えることにより、その土地の昔の様子が浮かび上がってくる。 町史って、偉いどこかの先生が書くものと考えていた。 来年度、ボランティアで自分史の書き方、教えてあげようかな。 社会に対して自分ができる貢献って、こういうことなのかな?って 思ってメモをした。
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| 2001年12月12日(水) ■ |
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| 抱擁に力はいらないよ |
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相手のことを寛大に受け入れられる心の大きさ。 「包容力のある人」を目指し、 いつからか、「包容力」が欲しいと思い続けてきた。 勿論、いろいろな場面で書いてきた気がする。 しかし最近、漢字変換をしてて、ふと気付いたことがある。 「包容」より先に「抱擁」という単語が先に・・。(笑) まさか・・・「抱擁力が欲しい」なんて変換して、 そのままメールしたことはなかっただろうか?って。 もらった人は、困ったことだろうねm(_ _)m まぁ「力強く、ぎゅ〜っと抱きしめる」ということでは、 望んでいる力ではあるが・・・。 やっぱり恥ずかしいね、相手もいないし。 誰かメールくれないかな。 「抱擁に力はいらないよ、知らないの?」って。(笑)
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| 2001年12月11日(火) ■ |
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| 芸術家の多くは、はめがない |
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N響アワーで聴いたのを、その時は「なるぼと」と思いメモをした。 ところで「はめを外す」ってなんだろうと、素朴な疑問。 そこで意味を調べた。 調子にのって度をすごす。「つい飲みすぎて―・す」 〔「はめ」は「はみ(馬銜)」の転で、 「はみ」を外して馬を自由にする意からとも〕 芸術家は、最初からはめを嫌う。既成概念とか枠という「はみ」。 秋野不矩さんの「不矩」と同じだと、一人で考えていた。 しかし、そうしなければ芸術家ではないのか?とつい反論したくなる。 与えられたステージで花開いている芸術家も、たくさん知っている。 いやいや、芸術家は「はめを外す」という言葉すら知らないのだろう。 やっぱり私は、芸術家になれないな・・とはめの中でコラムを書く。
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| 2001年12月10日(月) ■ |
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| 人はいずれ死ぬから、わざわざ殺す必要はない |
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昨日のNHK大河ドラマ「北条時宗」の最終回。 時宗が、息子たちに伝える遺言である。 この台詞の前に「人を殺すな、誰も殺すな」と前置きをしている。 この言葉は重い。 世界の各地で戦争が起きているのを始め、生活レベルでも殺人事件が相次ぐ。 そんな世相に対して、作者の苦痛の叫びとも受け取れた。 「褒美もいらぬ、休みもいらぬ、生きとうござる」と 兄・時輔にすがりつく姿は、見ている私の胸を熱くした。 34歳という若さで他界した北条時宗のドラマ。 数々の「気になる一言」を私に残してくれたな、と感謝しながら、 最後の台詞を、システム手帳に記録した。
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| 2001年12月09日(日) ■ |
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| 東海道500年祭に向けて |
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宿駅制度制定から400年の今年、江戸から京まで、関連する都府県は ウォーキングを中心に、数々のイベントを繰り返し、 毎日のように、新聞紙上を賑わしてきた。 大切なのは今年を契機に、日本の歴史・文化財に関心をもたせる、 そんな仕組み、雰囲気づくりだと思っていたが、 きっと来年はサッカーのワールドカップへと、 国民、県民、町民の話題が移っていくんだろうな、と諦めていた。 ところが、今日のイベントで 「400年祭は終わっても、100年後には500年祭があるわけで」 とウィットに飛んだ挨拶があった。 嬉しかったのは言うまでもないが、 来年は「東海道401年祭」を規模を縮小しても続けていこうと思う。
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| 2001年12月08日(土) ■ |
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| 厳重警備より、恨まれないことが大切 |
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「核とテロリズム」という講演を聴いた。 いろいろな角度で、このタイムリーな話題をわかりやすく説明してくれた。 彼の講演を聴いて思ったこと。 今、世界で起きている事件。ほとんどが「恨み」から起きている。 その根本を解決せずに、警備体制を強化しても意味が無い、ということ。 テロから恨まれない行動こそが、一番大切であることを知った。 どんな攻撃をされるか想定して、いろいろな守備を固めるよりも、 攻撃されない関係を築いたほうが、得策である。 これは国際関係だけではない、私たちの人間関係でも同じことが言える。 心がけたい、と思う。
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| 2001年12月07日(金) ■ |
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| ねぇ、知ってる? |
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最近、いろいろな人からメールをいただくが、 こう問い掛けてくる人が増えた。(笑)なぜか、とても嬉しい。 こんな事、聞いたけど、誰かに話したくて・・・ しもさん、聞いてくれる?というメッセージである。 「おわだまさこ・かわしまきこ、縦に書いてジグザグに読んでも同じ」とか 「Q33NY(アメリカテロの飛行機)」を wingdings という書体に すると、大変な文字が現れる・・なんてね。 「いつか、これがコラムになることを夢見て・・」なんてメッセージ付き。 私を喜ばすコツを知っている人達が増えた(笑)。 泊まりで出掛けると、メールが気になってしまう今日この頃である。
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