A Thousand Blessings
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2004年06月30日(水) 残念ながら、やはり駄作だ。ブライアン・ウィルソンのニューアルバム。

本日のささやかなるドッカァーン。

僕 「キャバクラの店長も楽じゃないみたいだよ」
母 「キャバクラって、女の子が写真撮るところだろ?」
僕 「それは、プリクラだろうが。っていうか、プリクラに店長は
   いないだろうが。」

実話です。父は横で何度も「競馬はやっぱりいいな」と呟いています。
年老いていく家族の肖像。


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でもって、ぶっちゃけ萩原健太さん(音楽評論家)よー、正直なところ
どうなのよ?

ブライアン・ウィルソンに関する情報はほとんど彼のHPから
入手している。現在のロックの評論家の中では最も信頼のおける人であり、
かつ体制に組しない反骨心もあり、その嗜好・思考には
共感できる部分が多い。

ブライアンの新譜「ゲティン・イン・オーヴァー・マイ・ヘッド」に関して
萩原さんは傑作とは言わないまでもかなりの評価はしているようなんだが、
う〜〜む・・そっかなぁ・・・??ちょい疑問を感じる点があるんだなぁ。
こういうことを書いている。


『今やブライアンの音楽的な“治りっぷり”はかなりのものだ。
 そんな彼が、自らの過去を振り返って、
 精神的/肉体的にダメージを受けていた時期に作って、
 ほったらかしにしていた作品群を、
 ここにきて自ら精力的に再発見している、と。

 彼の音楽生活には、確かに長く悲しいブランクがあった。
 けれども、今の彼は、自分の貴重な歳月を残酷にも奪っていた
 様々な苦悩から解き放たれ、
 過去に埋もれざるをえなかった自らの傑作曲たちを
 積極的に掘り起こし、それらに新たな息吹を吹き込もうと
 し続けているのではないか。』


ちょっと好意的すぎません?
過去の未発表作品を掘り起こす作業は歴史家がやれば
いいことであって、現役の音楽家がやる行為としては
ちょっとネガティブなんじゃないの?ということ。
もうひとつ掘り起こされた作品が萩原さんが言うような
傑作ではないという点が気になるなー。

駄作ではないが、聴かなければならない、というほどのものではない。
ぶっちゃけ、つまらん曲ばっか。聴かなきゃ良かったと思う曲ばっか。
ってことは、やっぱ、駄作かぁ〜・・・。駄作だな。

思うんだけど、ブライアンは「曲が書けなくなった」のではないか。

才能はいつかは枯れるものだが、実は前作の「イマジネーション」
ですでにその兆候は見え始めていた。
完全復活の大騒ぎで見過ごされがちな部分だが、「イマジネーション」には
1曲たりともブライアンの天才を感じさせる曲は入っていなかった。
それが悲しかった。
あの程度の曲なら誰でも書ける、という事実がちょっとブライアンの
熱狂的なファンとしてはきつい。
萩原健太さんでも中山康樹(何故か呼び捨て)でもそうだけど、
ブライアンのステージ活動再開の喜びで作品への正しい評価が
出来なくなっているのでは。

ちょっと、引いて見てみようよ。

DVD「ペットサウンズ・ライブ・イン・ロンドン」のライナーで
中山康樹はほとんど今のブライアンを絶賛しているが、
僕には単なる「勘違い」にしか思えない。
バックのバンドにしても非常に上手いし、オリジナルのサウンドを
再現しようとするその真摯な姿勢には評価すべきものが
あるが、でも再現された音はやはり再現でしかない。
ハル・ブレインやキャロル・ケイの「あの音」が持つ独特の
周波数まで再現することは絶対に不可能だし、、、、
その周波数の部分で僕は感動していたわけだ。
目の前に御大がいらっしゃる、という感動とゴッチャにしては
いけない。


なんてね、いろいろ書いたけど、
実際のところ、僕は非常にガッカリしている。
エルトン・ジョンやエリック・クラプトン、あるいは
ポール・マッカートニーといった超大物との共演が売り文句に
なるようなニューアルバムがどうにもね・・・。
そういった共演でお茶を濁すような次元ではないでしょ?ブライアン
というアーチストは。
でも実際はそういう次元になってしまっている訳で、
それは、やはり大いに悲しむべきことだ。

永遠に懐メロにはなり得ないオリジナルの「ペットサウンズ」を
はじめとする傑作アルバム群がまだ活き活きと呼吸している以上、
どんなに頑張ってもそれらを越える事は、出来ない。
唯一、完成しなかった「スマイル」の2004年版には
期待が繋がるが。
さて、どうでしょう。。


2004年06月29日(火) 僕らはまだ明日を知らない。野沢尚と岡崎律子。

自殺した脚本家・野沢尚の母親にマイクを執拗に向ける
芸能レポーターの醜悪さにヘドが出そうだった。
まず、お前ら芸能レポーターが死ぬべきだ。
僕が野沢の母親の立場だったら、間違いなくぶん殴るね。
世間様に顔向けできないほどの「恥かしい仕事」で食っているあのうじ虫ども
に生きている価値はない。早死にすべし。

野沢尚の自殺には驚いた。
ついこの前、テレビドラマ「砦なきもの」を観たばかりだ。
44歳。いろいろあるんだろうが、脚本家としてはこれからの20年が
最も充実した時期になるはずだった。
若かった大竹しのぶが主演したテレビドラマ「手枕さげて」(1987年)
が懐かしい。

44だもんなぁ・・・。何にも言えなくなる。
漠然とした不安感か・・・。
墨田よ、お前はどうなの?さあ、どうだか・・・。わからん。


先月、肺血症性ショックで亡くなったシンガーソングライターの岡崎律子も
享年44歳だった。
遺作となった昨年2月発売のアルバム「LIFE IS LOVELY」を再購入。
何故、一度手放したのか今となっては理由がわからない。
今夜、しみじみと聴き入ってしまい、不覚にも落涙してしまった。
「人生は愛おしい」。何という切ないタイトル。

『僕らは まだ 明日を知らない
 それは素敵な また はじまり』  “SWEET DREAMS”より

今の僕には、というより今日からの僕にとってかけがえのないアルバム
になった。音の向こう側にふとブライアン・ウィルソンの幻影がちらついて
いたりして、ハっとしてしまう。


僕らは本当にまだ明日を知らない。
それがいつ突然やってくるの知らない。
知らない方がもちろんいいのだが。。。


2004年06月27日(日) ブライアン・ウィルソンのニューアルバムは、、ちょっと、ね。

ビートルズの「ラバーソウル」を聴いたブライアン・ウィルソンは
衝撃を受け、ビートルズを打ち負かしたい一心で「ペットサウンズ」を
制作する。
その「ペットサウンズ」にとてつもない影響を受けたビートルズ(特に
ポール・マッカートニー)は、「サージェント・ペパーズ」という形で
ブライアンにお返しをすることになる。かなりきついお返しだった。

しかし、もしもブライアンの創作活動が「ペットサウンズ」以降も何の支障もなく続いていたら・・・。
「サージェント・ペパーズ」発表の前にブライアンは「スマイル」を完成させていただろう。
そして、それはビートルズにかつてないほどの衝撃を与えていたに違いない。
それを糧としてビートルズはさらなる高みへと登りつめていく。
さらにブライアンも精進していく。切磋琢磨の歴史がはじまるのだ。

そのような健全なライバル関係の可能性がすべて断ち切られてしまったわけだ。
ブライアンはまだ20代の半ばだった。若すぎ!

「ペットサウンズ」から約40年。
ブライアンは、十分に歳をとった。
ポール・マッカートニーも歳をとった。

そんな二人が、ブライアンのニューアルバム「ゲッティン・イン・オーヴァー・マイ・ヘッド」で一曲だけ共演している。
驚くほど瑞々しいポールの声に対して、ブライアンの声は
音程も震えがちでどこかぶっきらぼうだ。
そんなブライアンがたまらないという人もいるだろう。
人生の重みを感じるという意見に反論する訳ではない。

でも、でもねー・・・。
違うんだよねぁ・・・。どうしても今のブライアンの声や歌い方に
馴染めない。大好きで大好きで大好きでたまらないブライアンゆえに
僕は、「駄目」なのだ。

ニューアルバムとは言っても、お蔵入りしていた曲の新録音がほとんどである。
どんな大物をゲストに持ってこようが、カールと涙の共演をしようが、
元気いっぱいのブライアンの声が聴けようが、バンドが素晴らしい演奏をしようが、僕にはのめりこむことは出来ない。
これがブライアンだと若い人に思われたくない、という
気持ちが強いのではないか?

秋には「スマイル」が新録音ではじめて公式に発売される。
ポップス界にとっても僕にとっても大事件なのだが、
一抹の不安は、声。
あの声に拒否反応を起こして、せっかくの「スマイル」を
堪能できないのではないか、、と・・・・。
ああ・・・・なんで、なんで、「スマイル」は発表されなかったの?!
痛恨の極み。


2004年06月24日(木) 選挙と懲りない国民性。ドラマー、江口信夫を聴け。

日本を戦前に戻したがっている腐った連中。
たとえば、石原慎太郎。
暴言・妄言を繰り返しながらも、多くの支持を得ているという現実。
かつて、友人に石原のファンがいて口論になったことがある。
友人はお決まりの「リーダーシップ」という言葉を持ち出す。
仮にリーダーシップがあったとしよう。
しかし、そのリーダーが連れて行こうとしている先をお前は考えた事が
あるのか?!と。
そんな簡単なことすら見えなくなってしまうのは何故だろう。
考えるに、音楽と同じで本物とニセモノの区別を自分でつけられなくなっている、思考・感性の弱体化があるのではないか。
都知事選の時の、あのおぞましい石原軍団の応援演説を覚えているだろうか?
あの程度で、そうなんだ、あの程度でコロっと騙された都民は
石原を都知事に据えた。どうしてこうもマインドコントロールされやすい
国民なんだろう。情けなやー・・・。


何度でも騙される、懲りない国民は参議院選でも
その国民性を十分に発揮してくれることだろう。
「なんだかんだ言っても自民党じゃなくちゃな」
友人のセリフには何の説得力もない。

なお、母性本能をくすぐるはにかむ表情というだけで
民主党の岡田は支持され始めているという。
もういい加減に本質とは関係ない部分で評価するのは
やめようよ。


僕は、やっぱ敦夫さんかな。
一番大切なことを彼は説いていると、思う。
「みどりの会議」のような誠実でシンプルな発想を持った政党を
僕は知らない。





古内東子のアルバム「10 STORIES」を聴いていて、
あまりのドラムスの素晴らしさに改めて感動。
ドラムフェチの僕としては、こういうソウルテイスト溢れた
ジェームズ・ギャドソン系のドラマーは、手放しで絶賛してしまう。
間のとりかたですよ!間の。

ドラマーの名前は江口信夫。
ユーミンを初めとする数多くのアーチストのレコーディングに参加し、
浜崎あゆみのツアードラマーとしても活躍している。
しかし、僕としてはやはり川本真琴のデビューアルバム
「川本真琴」でのプレイが印象的だった。
ただしあの“愛の才能”は残念ながら江口ではなく、山木秀夫。

それにしても古内東子はいいなぁー。
アレンジも彼女自身が手がけているが、無駄な事は
一切していない。イメージとは違って、実に男っぽい仕事ぶりだ。
年々、そんな古内東子が好きになってくる。
アルバム「フツウのこと」を買わねば。やはりドラマーは江口信夫だ。


2004年06月23日(水) 「無人島へ持っていく一枚」。。。「ミュージック・マガジンCDレビュー」より。

評論家の能地祐子(評論家・萩原健太の奥さん)とイラストレイターの
本 秀康が編集した『無人島レコード』(レコードコレクターズ増刊)より
興味深いものを10点ほど。なお、この企画には97人の著名人が
参加している。
「無人島レコード」とは、「無人島に1枚だけレコードを持って
いくとしたら?」という意味。解説することもないかぁ。


あがた森魚 「ブライアン・イーノ/ヒア・カムズ・ザ・ウォーム・ジェッツ」
小西康陽 「マイルス・ディビス/マイルス・アヘッド」
筒美京平 「ナット・キング・コール/アフター・ミッドナイト」
直枝政広 「ニール・ヤング/渚にて」
萩原健太 「ビーチボーイズ/トゥデイ」
山本精一 「ビーチボーイズ/ペットサウンズ」
ジム・オルーク 「ヴァン・ダイク・パークス/ソング・サイクル」
鈴木祥子 「ジョン・レノン/ジョンの魂」
能地祐子 「はっぴいえんど/風街ろまん」
アート・リンゼイ 「ジョアン・ジルベルト/ジョアン 声とギター」

以上が僕も激しく同意した10枚。
特に大好きなジム・オルークと直枝政広(カーネーション)が選んだ
1枚には、思わず「そうそう!」と頷く。

さて、僕、墨田妖児が無人島に持っていく1枚は、、、、
やっぱ3枚にしていい??
あまりにも好きすぎてコメントするのももったいなやー。

【ビーチボーイズ/ペットサウンズ】
【マイルス・ディビス/オン・ザ・コーナー】
【シベリウス交響曲全集/ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル他】
※これは違反でしょ?(笑)5枚組だもん。

J−POPから1枚選びたかったが、難しかった。
30枚なら選べるが。


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『MUSIC MAGAZINE 2004年7月号』より


「良いか悪いかという以前に、好きか嫌いかで語られてしまう男。
 (中略)やはり強烈な個性のアーチストだった。(中略)
 ファルセットや鼻にかかった歌い方を多用する唱法は
 本作でも駆使されている。この辺が好き嫌いの分かれる
 最大のポイントだろう。(中略)歌詞はスケールが大きく、
 時に地球規模の視点になり、時に時代をも超越する。
 (中略)ぜひ有無を言わせぬ孤高の存在へと
 登りつめて欲しい。本気です。」    宗像明将


「NHKKK的な優等生歌手の新作。
 (中略)妙に熱くて、妙に難しい単語を使ったり、
 妙に文学臭い。スカっとしねぇなぁ。
 歌唱もカーティス・メイフィールドが激怒しそうな
 Г離モイ(死語)ファルセットしかり。
 作為的すぎかもよ。」    保母大三郎


共に森山直太朗の初アルバム「新たなる香辛料を求めて」の評。

宗像氏の勘違いは甚だしく、こういう人が持ち上げるから
アーチストはその気になっちゃうんだよなぁ、と思った。
僕は、ニセモノか本物か、で語る。
でもって、直太朗はオレオレ詐欺並みにニセモノのインチキと
いう判断を下した訳だ。
僕は1月3日の日記で直太朗の「やり方」について書いている。
お暇なら読んでね♪
しかし直太朗の歌詞を、宗像氏がここまで評価してしまうのは何故か?
誰かがずっと以前にこんなことを言っていた。
「さだまさしごときを天才だと思い込んでしまうくらい
さだのファンは音楽的民度が低いのね。」

一方、保母氏はもっと突っ込んで書かなくては。何を遠慮してるの?
で、こう書き換えさせてもらった。

「宗教団体的なインチキ・カリスマ歌手の新作。
(中略)妙にこけおどしで、妙に手垢のついた単語を使ったり、
妙に一見文学的。頭、悪そうだなぁ。
歌唱もカーティス・メイフィールドの名前を持ち出すのも
おこがましいほどキモい粘着裏声しかり、
作為が見え見え。」

アルバムタイトルの「新たなる香辛料を求めて」で、
直太朗の作為を見破らねばいけない。
たとえこのタイトルが直太朗のものと知らなくても
僕はけなす。
「新たなる」と「香辛料」の言葉の重みの落差。
それこそが直太朗の得意技なのだが、ヘドが出るほど気持ちが悪い。
彼はそのことを分かっていてやっている。(でなきゃ、馬鹿だ)
誰よりも言葉を粗雑に扱っている直太朗が文学的と
評されるほど、この国の若者は本を読まないのか?
本は読んでおいたほうがいいぞー。
老眼になると億劫(死語)になるぞー。

今日は直太朗で通したが、やはり字面からいって
ナオタロが相応しいだろう。




今夜はロバート・ワイアットの「ロック・ボトム」が静かに
流れている。
ジャズ・ピアニストには絶対に弾けないフレーズ、
そしてリズム感覚。
ドラマーとしての語法がそのままピアノに置き換えられたように
思える。このアルバムを体験するもしないも自由だが、
僕にとっては耳のぶつかり稽古になった。
そして、自分のものとした。


2004年06月22日(火) 変だぞ。大仁田厚、皇室報道、桃井かおり。いいぞー、古内東子。

しつもーーん!
大仁田議員って、この3年間で何をやってきたんですかぁ?
荒れる国会のSPだという噂も聞きます。
鈴木宗男を応援しに行っちゃったのは、自分の所属政党を知らなかった
からなんですか?おバカなんですかぁ?
神取忍二等兵も大仁田上等兵を見習って、
恥かしい国会議員になっていくのですかぁ?

で、参議院選挙は、どうなのよ??
自民・公明は問題外、下の下(げのげ)として、
共産の閉鎖的な体質には馴染めないし、、
社民はすでに虫の息だし、
民主もどこか胡散臭い。
え?!日本ってこんなのしかないんだぁ・・。超ヤバめ。



皇室報道は変だぞ。
伝えるキャスターの敬語が二重・三重に絡まっちゃって、
何だか訳の分からない表現になっている。
我が家では、天皇に陛下はつけないし、皇太子に様はつけない。
時にはヒロノミヤ・アヤノミヤ・ノリノミヤと呼び捨てにする。
アイコを女帝にするかどうかの議論で盛り上がっているようだが、
女帝と言った時点で、すでに憲法違反では?知らんが。
「帝」という響きが嫌だな。大日本帝国の帝を連想させる。
皇室ジャーナリストというのもつまらん商売だね。
ジャーナリストというからには、皇室批判もあるんでしょ?
あるわけないか、じゃあ、皇室宣伝営業と名前を変えなくちゃね。
営業マンの背中には大きな日の丸。社歌は君が代。
ちょっと季節の早い怪談だな。鳥肌が立った。

そういえば「開かれた皇室を」という言葉があるが、
いつのまにか皇室の存在、つまり天皇制の問題については
国民全員のコンセンサスをとりつけたかのような錯覚を
起こさせる報道が日々当たり前のように流されている。
コータイシのオクサンがどうしたこうしたなどと。
それに対し、クナイチョーがどう反応したとか、
どうでもいいことが、さも人権にかかわる事であるかのように
報道され、急進的文化人だと僕が考えていた人物までが
それについてコメントする始末。なんというていたらく。

ちょっと待てよ、と。皇居の中の構造的な問題を
外の我々に考えさせるなよ、と。 うざいんすよ。
いかにも普通の家庭人といったコータイシの描き方は
やめなさい、って。
皇居の外では、日の丸・君が代問題で不愉快な思いをしている
人々がもがいているんだ
簡単に騙されちゃうんだから。もう。





「悩んで自殺するって、もう流行んないでしょ?」と桃井かおり。
こういうアホ発言をする女優の演技(たとえば、『前略おふくろ様』や『幸せの黄色いハンカチ』や『疑惑』)にかつて惹かれていた自分が悲しい。
芸人は芸だけで勝負すればいい、と言われるが、
僕はそこまで割り切っては考えられない。
別に芸人に社会道徳を求める訳ではないが、
考え方の根本的な部分での「間違い」に自身が気付かずに
堂々と言い切ってしまう、そういう「厚顔無恥さ」を一度知ってしまったら
残してきた過去の全てが色褪せて見えてしまう。
少なくとも僕はそういう人間だ。非常に偏狭な考え方と
思われるかもしれないが、仕方がない。性格なもんで。
知らない方がよかった事は、世の中いっぱいあるんだよねー。

それにしても、桃井かおりよ、
あなたの喋り方って、もう流行んないでしょ?


※ もう削除してしまったが、昨日の日記に、和歌山の3人が高波に
  さらわれた事故の映像をテレビ局のスクープ映像と書いたが、
  間違い。視聴者のスクープ映像だった。すまん。
  その視聴者は3人が事故にあった直後、119番に通報したらしいが
  あの映像は「そうなること」を「期待」して撮られていたものだと
  考える。3人が波にさらわれた瞬間でも画面がブレない。
  普通なら、驚いてブレるはず。撮影者の焦りや驚きが映像にも
  そういう形で残るものだ。
  まるで映画のワンシーンのように撮影されたあのスクープ映像には
  撮り手の功名心が見え隠れしていて、非常に気味が悪い。
  テレビ局がいくらで買ったのか知りたい。



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鈴木祥子、古内東子、バッファロー・ドーター、坂本真綾、森田童子
を聴く。
気がつけば、全員女性アーチスト。

古内東子の才能を再確認できた。
「古内東子/BEST SELECTION」(1998年発表)
音楽的な語り口はどの曲も似ているが、
ここまでくればひとつの芸だろう。
決して何でもこなせることが優れているわけではない。
一番つまらないのは器用貧乏だから。

ちなみに僕が一番好きな古内東子のアルバムは
「HUG」。彼女の芸風が確立されたアルバムだ。
女性J−POPの傑作としても記憶されていくべき作品集である。


2004年06月21日(月) テレビのニュース映像が伝えるもの。

テレビのニュース映像が伝えるもの。

暴風雨の中、防波堤で無邪気に遊んでいる若者3人組を高波が襲う。
2人は救助されたが、ひとりは行方不明。
映像に映し出された若者は明らかにはしゃいでいた。
彼らには数秒後に起きる事態が全く予測できていない。
あまりにも子供、あまりにも幼稚。あまりにも愚か。
25〜6歳だという。(ひとりは30代!)
事件現場のテレビカメラの前で携帯片手に
バカ騒ぎする連中と同じ人種だろう。
親はかなわないねぇ。バカ息子を持つと。


イラクの武装派に捕らえられた韓国人民間人。
24時間以内に首を切られるという。
前例からみて、おそらく彼の首は切り落とされるのだろう。
食事時に見て、気分が悪くなった。
武装派のやり方も理解しがたいが(これではただの殺人集団にすぎないではないか。イラク人以外の多くの反米主義者すら敵にまわす可能性がある。)、
ここまでひどい状況に彼らを追い込んでしまったブッシュやブレアーらの
犯罪行為が永遠に裁かれない現実にも愕然とする。
自衛隊が多国籍軍に参加する。
日本は戻れない道を突き進みつつある。確実に。
次の断首のターゲットは日本人民間人ではないだろうか?
拉致された韓国人の両親の姿をみて、食事の味がわからなくなった。
破壊されていく秩序。これが世界の現実。


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僕の日記をずっと読んでくれている人からメールが届き、密かに喜ぶ。
急に今まで見えなかった人々が、身近に感じられてくるから
不思議だ。
四方八方に(ある種、破れかぶれで)放射していた電波を受け止めてくれたその事実が嬉しい。
日記とは言っても他人に読んでもらうために書いている。
きちんと読まれている事がわかっただけでも、
励みになるし、また日記を書く楽しさも増してくる。
精進せねば。どうもありがとう!




深夜に友人と電話で語りあう。
関口宏が嫌いだと、友人は言う。
古館伊知郎が嫌いだと、僕は言う。お互いに納得する。

森山直太朗の話題になり、「ニセモノほど本物らしく見えるんですよ」と
いう点で激しく意見が一致する。
ナオタロなんかどうでもいい存在だが、彼に心酔している連中の
耳元で「騙されるなよ」と囁きたい衝動に駆られる。
今日の朝日新聞の夕刊にナオタロのインタビュー記事が載っていた。
毎度毎度の発言であった。

詐欺師は、「私は詐欺師です」という態度は決してとらない。
ただし、ちょっとした行動の綻びから詐欺師と見破られることがある。
それは、詐欺師が慢心した時なのだ。
詐欺師が自分のテクニックに「酔った」時なのだ。
それを見抜けない人は、自分が詐欺に合っているとは気付かない。
もしかしたら一生気付かないかもしれない。
それはそれで幸せな事なのかもね。なんか、インチキ宗教っぽいね。


今夜の音楽は、
「PAUL MOTIAN/:rarum XVI」と「UA/ILLUMINATE(2枚組ベスト)」。

共に極めて音楽的であり、正真正銘の本物だ。
ドラムを叩いていたから分かるが、
モチアン(最近ではモーシャンと呼ばれているが、僕らの世代は
やはりモチアンの方が馴染みがある)のような叩き方は、
テクニックだけでは到底無理。誰と共演し、何を学んできたか、
その蓄えの多さが通常のドラマーのレベルを遥かに超えていると思う。
しかも、常に第一線。
天才である必要なんかない。柔軟な思考とスポンジのような吸収力を
持った豊かな感性、それと強靭な生命力があればあなたも
モチアンになれる、、、かもよ。














2004年06月20日(日) 卓袱台返しを覗いてくれる方へ、さんきゅ。

アジアンチックな刺青を背中に入れた若い母親の周りを、
3〜4歳の娘がグルグル回る。
「うっるせーなぁ!こいつは!(女性です)」
こういう光景を目の当たりにすると、何故か生きていくのが
嫌になってしまう僕だ。
やはりこの国に未来はないと思う。

若者の目が一様に冷たく無表情だ。
正直言って、気味が悪い。

人生でほぼ最悪に近い精神状態と激しい眩暈。
受験の時もここまでではなかったな。
ちなみに今までの記録的最悪は、10数年間勤務した会社で
心に沈殿したガスに点火し大爆発した時。
様々な有形無形のものが破壊された。(正確には破壊したのか?)
真っ白になるっていう精神状態を体験できたのは貴重だ。

結局、人間ってモチベーションで生きてるのね。

おやおや、って感じ。



こんな稚拙な日記でもありがたいことに読んでくれる人がいる。
多いのか少ないのか判らないが(ま、少ないんでしょう)
毎日20人くらいは覗いてくれている。
そのうち、身内がひとり。熱心なファン(ファンだって!(笑))がひとりくらい。
あとは通りすがりのお方だとしても、やはり嬉しい。
投票が極めて少ないのは、書かれている内容に起因するものだろう。
(だと、いいな。無反応ではないからね。)
まあ、投票もね、身内票でごっそりっていうのも何だし、
投票結果で商品券とか貰えるなら、どんな手段を使ってでも
頑張るが。(笑)

ただ、たまにはファンレター(ファンレター?!(笑))かご批判メールでも
欲しいとは思うが。
きちんとお返事書きますよ!
さあ、みんなでミスチルについて、ジャズについて、ロックについて、
政治について、企業について、鬱病について、ブライアン・ウィルソン
について、堂本剛について、オザケンについて語り合いましょう!
って、ゲロゲロやな。


「埼玉卓袱台返し」の「卓袱台返し」とは、
「巨人の星」の星一徹の決め技。

当方、極めて下世話なものを好む傾向あり。
しかし、下品は嫌い。
ちなみに下品の反対語は「上品」ではなく、「下品ではない」だ。

たとえば下品とは、
小泉純一郎であり、石原慎太郎であり、ビート・たけしであり、
森山直太朗であり、松山千春であり、さだまさしであり、久本雅美であり、
某巨大宗教団体であり、アントニオ猪木であり、小林よしのりであり、
下世話な大衆娯楽を見下す高級な人間であり、
腐った目をした若者であり、
それらが住む日本国である。



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本当に久しぶりにマーラーの交響曲を全曲聴き返している。
20代の半ばから40代の初めまでマーラーを初めとする幾人かの作曲家は、
いつでも僕のお気に入りだった。
あの頃は、長大な作品をゆっくり鑑賞できる時間があったのだろう。
40代に入って、(きっかけはわからないが)音楽趣味の裾野が
群と広がり、なかなかそういったものばかりにかまけていられなくなった。

日本人の音楽とラディカルなジャズ、それに新しいロックの世界に急速に
興味を持つようになり、あれほど好きだったグレン・グールドの
CDでさえ埃をかぶる始末である。

そういう時期が7〜8年続いた。

その間に熟成していたようだ。寝かせてみるもんだ。
久々のマーラーはいきなり真打の9番から聴きだした。
いきなり戻ってきた、あの感覚。
と言っても、懐かしさではない。あの当時の感覚のアンテナが
今、全く錆びつかずに機能することで、「今の僕の音楽」として
自然においしさを味わえるのだ。
ディテールまで記憶している音楽だが、どうしようもなく
新鮮。
長いインターバルがまるで一瞬の日々であったかのように
錯覚させる。
音楽の価値を知ることのシフク。

ショスタコーヴィッチ、シベリウス、R・シュトラウス、ベートーベン、
バッハがあとに控えている。
一枚一枚、熟成加減を確かめていきたいと思う。

       ミスチルとジョー・マネリとマーラーを同じ耳を使って
       平等に聴き、平等に何かを得られる事のしあわせ、
       この感覚を忘れてはいけないと、ひとり思う。。・'゜☆。.:*:



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2004年06月17日(木) 久本雅美の好感度ナンバーワンは、実は嘆かわしいこと。槙原はインチキ健康食品。

槙原がNEWアルバムで“世界に一つだけの花”をセルフカヴァーする。
そのことが話題になっている。
あの世紀の駄曲・愚曲で槙原自身はふたたび世間にメッセージを
送るつもりなのだろう。
善良で疑う事を知らない羊たちは、またもや騙されるのである。
何度でも何度でも騙される。
騙されている事に気付かない。
いいですか、槙原はますますその気になりますよ。
ただひたすら、儲かっていくだけ。インチキ健康食品のようなもんだ。



「あいのり」のインチキさにも気付かず泣いている出演者が悲しくも
恥かしい。
思えば、最近の「芸NO人」はよく泣く。
感動という物のレベルダウン化に拍車をかける馬鹿ものども。
今の芸NO界のタレントの80%は必要ない。
ちなみに僕が大嫌いなタレントワースト3は、

第1位  久本雅美
第2位  飯島愛
第3位  ビート・たけし

久本雅美が好感度第一位というところに今の日本人の嗜好がみてとれる。
(ま、どこかの団体の組織票がある可能性も。
って、どういう方法で選ぶのかは、知らんが。)
全てが軽佻浮薄になっている。
上っ面だけの笑顔を駆使して手癖のような、仕事と称するお遊びを
画面の中で繰り広げる浅はかさに虫唾が走る。
内容がまったく無い(万歳屋みたいな便利な存在。)ゆえに多くの視聴者
(つまりは善人ども)から安心して支持されるのだろう。
自己を主張し始めたら、一気に好感度は落ちる、はず。
そういうばかげたことが当たり前のようになっているのが、
今の芸NO界であって、それを野放しにしている視聴者には
責任がある。

数十年前、末広亭に落語を見に行ったことがあるが、
当時の観客は話のつまらない落語家には、冷たかった。
真打ちクラスではなくても、個性的で楽しませてくれる落語家には
大きな拍手を送った。
つまり、観る側がきちんとした基準(芸を見抜く)で選別していたのである。
そんな基準が崩壊して随分経つ。
今、基準があるとしたら、それは「テレビにどれだけでているか」、という
ことかもしれない。
テレビに出演する頻度が高ければ高いほど、芸のレベルが低いタレント・役者であると思って間違いない。

ここでまたもやロッカー73登場。(なにせ元気なもんで)
「役者が楽で儲かる仕事を選んだら、終わりだね。
一回そういうのを覚えると、元には戻れなくなる。」
黒沢年男や高橋英樹や中尾彬にも聞かせたいね。



DAVE HOLLANDの「:rarum」を朝から聴いていた。
彼のベースプレイを堪能するには、スピーカーから大音量で聴かなければ
ならない。
非常に面白いリズム感を持ったベーシストだなぁ。
音色も硬質で、リズム感とあわせてみれば、極めて弾力性のある
天然ゴムといった趣だ。
スティーブ・コールマンとのセッションでその傾向は
顕著になる。
ドラマーのマーヴィン・スミスは以前から上手いとは思っていたが、
ちょっとうるさい気もする。それと、意外と普通。
ディジョネットとのセッションの方が、演奏の自由度が高いのでは?

個人的ベストトラックは1曲目の“HOW’S NEVER”。
ジョン・アバークロンビー、ディジョネットとのセッション。
エイトビートを叩くディジョネットとの相性は最高である。
1994年の録音。極めてヒップな感覚に満ちていて、
ハっとさせられる瞬間も多い。



・’゜☆。.:*:・’゜★゜・’゜☆。.:*:・’゜★゜・’゜☆。.:*:・’゜★゜



こうなったら、布教活動だ。
堂本剛のマキシシングル「WAVER」、何十回目かの鑑賞。
以前の日記にも書いたが、“original color”の決めは、
『繊細な仕草(センサイナシグサ)』。
“ココロノブラインド”の決めは『あはは』。
今後もこの2つの決めを軸にして、布教活動に励む。

フルアルバムの発売が待ち遠しい。



2004年06月16日(水) 対人恐怖症とECMの魔法。

友人は信じないだろうが。
僕は対人恐怖症である。
神経科でもそのように診断されているので、事実なのだ。

他人の目には物怖じしない性格の陽気な人間として映っているだろうが、、
実際には「そういう人間」に見られなくては世の中を渡って行けない、
と無理をしている部分が大いにある。

本当に気を許した相手でなければ、
「目を見て話すこと」が出来ない。
相手の視線が怖いのだ。相手の目の表情の微妙な変化に敏感すぎるので
あえて目を見ないようにする。
それが対人恐怖症の一つの特徴だ。

赤ちゃんの頃から、その傾向があったみたいで、
ロッカー73(僕を産んだ女性)曰く、
「誰があやしても表情も全然変えないし、
とにかく笑わない子なんだよ。恥かしかったね。」と。
きっとじっと見つめられて「いないいないばー」されるのが
怖かったのだろう。笑うどころではなかったのだろう。かわいそうに。

対人恐怖症のくせして、いや、だからこそかな?わからんが、我が強い。
自分と向き合う時間が長すぎるせいもあるだろう。
他人との関係に時間を割き、その関係がこなれていけば
自然に我の強い部分は抑えられていくはずだ。

相手が怖い。相手がどういう人間かわからないことが怖い。
それは恋愛でも同じだった。
やっと気を許せる関係になっても、自分の我がいつ剥き出しの
攻撃性に変わるか心配でならない。
僕は突然、攻撃的になる。ああ〜こわッ!
過去、そのようにして何人もの友人をなくしてきた。
今年の1月1日にもひとり友人を失った。
まあ、その件に関しての責任は僕だけではなく相手側にもあるが。

理想の友人関係というのは、
やはり同じ価値観を持っていること、その一点に尽きると思う。
こんな僕にもそういう友人はいる。
不思議なことだが、彼に対しては最初からまったく
対人恐怖の意識をもつことは無かった。
まっすぐに目を見ていたように思う。

どちらがピッチャーでどちらがキャッチャーでもいいのだが、
要は、相性のいい相手、すなわち相棒(この言葉、大好き)を
見つけられるかどうかなんだよな。

ジョー・マネリの話からミスチルの話へと自然に
移行していける、お互いが持っている音楽に関する無差別主義
が心地よい時間を作り出してくれるのだ。
これが今の僕の楽しみになっている。

鬱病は一向に完治する気配もなく、毎朝辛い思いをしながら
会社へと這っていく。
会社に着けば、笑顔で親しみやすい墨田君へと変身する。
しかし、心の中の視線はいつだってそっぽへと向けられている。
なんなんかなー??僕の性格って。

今日のBGMも「EBERHARD WEBER/:rarum」
これは夜に聴く音楽集だ。
いくつか聴いたこの:rarumシリーズの中では、
ヨン・クリステンセンのものと並んで気に入っている。
ヨンもそうだったが、これも実にECMだなぁ(笑)
僕は今この年齢になってECMに出会えてよかったと思っている。
ジャズに関しては、モダンジャズ一辺倒の青春時代だったが、
人生の晩年へと向かうBGMとしてECMは最適だと思うのだ。
ふと最近、マイルスもエヴァンスもロリンズもショーターも
聴きたいとは思わなくなっている自分を発見したりする。
これって、僕にとってはすごい事なのだ。
トニー・ウィリアムスよりもヨン・クリステンセンの方が
ずっと深い気がするのは、ECMの魔法にかかったせい?




2004年06月15日(火) 明大野球部のピッチャー、一場には、ロッカー73の爪の垢を煎じて飲ませよ!

明大野球部のエース、一場が巨人を指名した。
根性の座った奴だと密かに応援していたが、これでさらばじゃ。
寄らば大樹の陰か?親方日の丸か?
何から何まで情けない。一番有名なチームに入りたがるその心意気の
無さ加減に幻滅する。
一番有名なチームをカモにするピッチャーになってみろよ!一場!
イチローは偉かったね。
プロでできるだけで嬉しい。そういう気持ちから始めてあそこまでの
大選手になったんだよ。
上昇志向ばかりの一場に、向上心のかたまりのイチローの爪の垢でも
煎じて飲ませてやるのももったいないわ!
一場が巨人で成功しないことを祈る。
ナベツネのバカもさぞや嬉しいだろうよ。二人して滅びろ。


堂本の“original color”ばかり聴いている。
“ココロノブラインド”もいい。
ショーケンのコンサートに行った我がおふくろ「ロッカー73」こと、きよちゃんは「この国に未来はない」と言いながらも、堂本のこの曲には鋭く反応した。
「声がとにかくいいね。曲も素晴らしいし、バックの演奏も最高だね。
特にドラムが!」

ロッカー73はその名のとおり73歳の年金生活者である。
ロッカー73の亭主は、競馬が趣味のちょっと耳が遠い78歳になる、
風呂場でのぼせて転倒したじいさんである。
ボブ・ディランの「ブロンド・オン・ブロンド」を
CDで聴くロッカー73から3メートルほど離れて、
じいさんは競馬の出目の研究に没頭している。
耳が遠いのでロッカー73も気兼ねなく音楽を聴く事ができる。
ちなみにこの転倒じいさんは音楽は演歌しか知らない。
けれど驚くほど若い女性タレントの名前を知っている。
あらゆることにボケまくっているじいさんだが、
女性タレントを見る時だけは、獲物を狙う鷹のような眼をしている。

小泉純一郎と石原慎太郎をゴキブリ以下と言い、
本多勝一と山田太一と佐高信と松尾芭蕉と林芙美子とボブ・ディランと
エルビス・プレスリーと武満徹とイチローと野茂と中田ヒデとジャズベースに傾倒するロッカー73が作る俳句は見事だ。アマチュアだが俳人といってもかまわないだろう。
言葉の表現について一家言持っている。
そこらへんの若者と話すよりずっと刺激的でためになる。
明日、一場に関するコメントを求めてみよう。

野球に関しては常々「ナベツネが死なないと何も改善されないね」が口癖。


今日のBGMは、EBERHARD WEBERの「:rarum」。


2004年06月10日(木) 小泉純一郎>相田みつを>森山直太朗。


『ラジオ・チャリティ・ミュージックソン』のテーマ

作詞 森山 直太朗/御徒町 凧
作曲 森山 直太朗
唄 森山 直太朗


『あの日のように 大空に歌おう Let's sing a song.
 覚悟はいいかい 大声で叫ぼう Let's sing a song.

 さあ 高らかに歌おうや隣人 誰かのために
 今、真夜中の子供のように 願いを込めて
 もう一人だけじゃ どうしようもないから

 さあ 朗らかに歌おうや隣人 自分のために
 ビバ!恥じらわずみんな輪になれ 世代を越えて
 少しでいいから

 戦争を知らない子供たちのそのまた子供たち
 身の丈を知り得る術もなし まして傷付く意味もなし
 右も左も関係ない お茶を濁した愛想笑い
 その場凌ぎのハイテンション 意味を求めてイミテーション
 生きているだけで儲け物 なんせ空が青いんだもん
 さあ此処いらでスイッチオン 目覚ませ怠け者
 予想を越えぬその向こう やっぱ来る未来のため
 100年後どうなってるの? 愛すべき人にも伝えるために

 さあ 健やかに歌おうや人類 明日のために
 あの夕暮れのカラスのように 涙を堪え
 さあ 艶やかに歌おうや人類 地球のために
 いざ駆け抜けろ疾風のように 時代を越えて
 少しでいいから 少しでいいから』



・・・・・阿呆の歌である。
ナオタロはついに師匠・相田みつをと阿呆度で肩を並べた。
偉大なる師匠を超える日も近い!精進せよ!

そういえば、相田の愚作群が収められている電子辞書がある。
教育勅語のようにそこまで庶民に押し付けてどうする?
どこのメーカーかは言わないが、かなりの阿呆な人間の発想であることは
間違いない。

佐高信の「相田みつを批判」には胸がすく思いがするが、
他には誰が批判しているのか?ぜひ読んでみたい。
あれだけ書店のスペースを独占している作品群であり
売上げも相当なものらしい。阿呆な国の阿呆な国民が阿呆な作家の
本を買うという単純な図式なのかもしれないが、
それだけではない、何か気持ちの悪いものを予感したりして
しまう。

余談だが、ナオタロのおふくろさんは、話すとき、
「CD」を「シーディー」ではなく「スィーディー」と
発音するオバハンである。
あれはやめた方がいい。気持ちが悪い。
発音記号を覚えたての中学生みたいだ。
行動パターンがやはり親子で似ている気がする。
恐るべし!DNA。


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小泉のバカがサミットで、イラクの多国籍軍への
自衛隊の参加を事実上表明しちゃったんだって?
おいおい、って感じだなぁ、と同時にあのバカなら
やりかねないと思った。
いつのまにか「協力」を「参加」へと変化させていく。
しかも国内では何の議論もされていない問題だ。
お調子者もいい加減にしろ!とまともな44%の国民は怒っているだろう。
バカな首相を頂く国民は、何かのバチが当たったとでも思って
諦めるしかないの・・・?
実際にバチがあたる事をいっぱいやってきたからね。
親の因果が子に報い。


佐世保の小六少女殺人事件について
井上喜一有事法制担当相が
「元気な女性が多くなってきた」と発言した。
それを嗜めない小泉。まるで他人事のように傍観するだけ。
こんな奴らを国会議事堂に入れちゃって、いいの??
食事をしている時に、親がポツリとつぶやいた。
「この国に未来はないね・・・。」
孫には聞かせられない言葉だなぁ・・・。



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卓球の愛ちゃんと一緒に聖火リレーした石原慎太郎
の顔がサマランチに見えた。
愛ちゃんはまだ何も知らなくていいからね。

久々に以前録画した愛ちゃんの2時間ドキュメンタリービデオ
を観る。
1〜2歳の頃の愛ちゃんはその名の通り、実に愛らしい。
僕も娘が欲しかった。
その前に嫁さんが欲しかった。これは嘘。欲しくない。


・’゜☆。.:*:・’゜★゜


小室等の1stソロアルバム「私は月には行かないだろう」をまたしても
聴いてしまう。
このアルバムの魅力を言葉で表現するのは難しい。
BOXを買ってもらうしかない。
以前も書いたが、カリスマになった早川義夫よりもずっと好きだ。
佐藤允彦、富田勲、クニ河内、青木望、そして小室等の
アレンジがそれぞれに素敵だ。
70年代初頭の音って、ぜんぜん色褪せない。不思議。

『もぎたてのりんご
 かじったこともあるし
 海に向かってひとりで
 歌ったこともある
 スパゲティ食べて
 おしゃべりもしたし
 大きな赤い風船
 ふくらませたこともある
 あなたを好きとささやいてそして
 しょっぱい涙の味ももう知っている
 そんな私のくちびる・・・

 いまはじめて
 あなたにあげます
 世界中が声を
 ひそめるこの夜に』 作詞・谷川俊太郎 作曲・小室等





今日は休日なので、朝8時に起き、前夜からの続きで音楽を聴きまくる。
ある種の精神的な軌道修正と考えている。
そちら側に行かないための。

ただしアルバムを一枚通して聴く事は最近はあまりしない。
つまみ食いのクセを覚えると、それが一番体調にあっている。


(使用音盤)

「小室等/私は月には行かないだろう」
「堂本剛/WAVER」
「キース・ジャレット・トリオ/ウィスパー・ノット」
「シンク・オブ・ワン/シュヴァー・エン・ポー」
「梅津和時KIKIBand/ライブ・アット・メールス・ジャズ・フェスティバル」
「DAVE HOLLAND/:rarumX」
「かの香織/裸であいましょう」
「アジカン/サイレン」
「プリンス/ミュージコロジー」
「キャド・アシュリ/リベルテ」
「パティ・スミス/トランピン」
「あがた森魚/雪谷日記」
「ミスチル/タガタメ(ラジオヴァージョン)」
「岡崎律子/フォー・フルーツ・バスケット」
「堀江由衣/フォー・フルーツ・バスケット」
「映画サントラ盤/Tokyo.Sora 音楽・菅野よう子」
「アニメサントラ盤/エイリアン9」
「BUGGE WESSELTOFT/FILM ING」
「宇多田ひかる/DEEP RIVER」

宇多田は再評価せねば!と思う。



今夜のお楽しみは、
「小室等 ニューヨーク24時間漂流コンサート」(2枚組)
3度目の鑑賞になる。
1981年小室等・井上陽水・吉田拓郎の3人がニューヨークの
街角やガード下、公園などで生ギターを伴奏に歌ったストリートライブの
記録。
環境音に歌声が溶け込んで、実に気持ちがいい。

セントラル・パークで陽水と小室がビートルズの“アンド・アイラブ・ハー”
を歌っている時、目の前をオノ・ヨーコが偶然通り過ぎていく。
何という偶然。唖然とする3人のやりとりが可笑しい。
「こうなると知っていれば、ジョンの曲を歌っていればよかった・・・
(“アンド・アイ・ラブ・ハー”はポールの曲)」と後悔する
陽水の気持ちは良くわかる(笑)

ただし、CCCDであるのは減点。フォーライフレコード。



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欠陥の全てを把握していた三菱自動車の人殺し、
河添・元社長がついに逮捕された。
死刑にすべし。さもなくば、遺族の元で生涯辱められながら生きるべし。
腐った企業は多い。わが社も腐っていると思う。
そのうち何らかの膿が出るのは間違いない。
ただし、人殺しだけはしていないのでまだましか。
わが社の罪は、アルバイトに対する労働基準法違反と
社員への強制過剰労働罪。
上が腐っていれば、上昇志向の強い下もやがては同様に腐る。
そのうち会社それ自体が腐りきった己の膿の重さに耐え切れずに、
落下する。
その前になんとか辞めなければ。
巻き添えは御免だ。







2004年06月09日(水) 繊細な堂本剛。“original color”を聴きましょう!

購入してまだ2日。
すでに20回以上聴いている。(職場でもリピートしている)
堂本剛のNEWマキシシングル「WAVER」のなかの“ORIGINAL COLOR”。

TBSドラマ「ホームドラマ」のエンドテーマ曲として毎回「画面」では
聴いているが、こうして改めてCDで聴くと、音作りのこだわりの部分が
非常によくわかる。
作詞・作曲は堂本自身。
彼のソングライターとしての資質はこれで全面開花したと断言して良い。

役者として真剣に演じる時の彼は、バラエティで道化を演じる彼の
数倍魅力的である。(それは、「ホームドラマ」で共演しているユースケ・サンタマリアにも当てはまることだ。)

彼は声がいい。素のままの関西弁で話す時も、ドラマで演じる時も、
歌う時も、彼の声には周囲を共振させる独特な響きがある。
それは、金田一少年時代から感じていた事だ。
はじめてKinki Kidsを聴いた時も、光一の声は耳を素通りし、
剛の声だけが耳に残った。
その後も、やはり多少は上手くなった光一だが、剛の声にマスキング
されてしまう傾向がある。

さて、“ORIGINAL COLOR”だ。
歌詞にこういう部分がある。

『溢した砂を掻き集めるような
 繊細な仕草が』

この『繊細な仕草が』の声の響き方に強烈に感じるものがあった。

センサイ・ナ・シグサガ。

「ナ」を挟んで、「セ」「サ」「シ」「サ」とサ行の言葉が飛び石で
置かれている。
これは、おそらく偶然だろうが、発明だと思う。
実際に聴いてもらえば分かることだが、
非常に耳に残る「音」の連なりである。
彼は、あえて無声音風に(当然、有声音だが)発音して
ニュアンスを醸し出している。

これが、僕がハマった箇所である。
もうひとつ言うと、「グ」と「ガ」の存在も見逃せないのだが。


曲のアレンジはご存知、亀田誠治。
ブリティッシュロック・テイストばっちりのギターソロも素晴らしいが、
何と言っても、ドラムスでしょう。
ドラムフェチの僕を十分満足させてくれるものだった。

冒頭の歌詞。

『僕がもうちょっと
 多分もうちょっと
 明日を無視して笑えたらな 
 いつかもうちょっと
 そうねいつかもうちょっと
 無鉄砲な僕に逢えたらな』

『笑えたらな』の『な』の後に入ってくるドラムスのリムショットから
始まるわずか数秒間の快感。
このドラマーのセンスの良さが全て味わえてしまう。
こういう何気ないわざを是非評価して欲しいと思う。

“ORIGINAL COLOR”を、2004年度上半期のベストソングとしたい。
3曲目の“ココロノブラインド”も“ORIGINAL COLOR”同様、
桜井和寿の影響が大だが、非常にいい曲だと思った。
特に最後のリフレインで歌われる
『あはは』が素晴らしい。

いやいや、、堂本剛。本物だぞ!


2004年06月07日(月) 吐気を催す「愛し君へ」。・・・・・・・ジャンプ。

さだまさし原作のフジテレビドラマ「愛し君へ」のタイトルの語感が、
狙いがわかるだけに非常に気持ち悪い。
それは吐気を催すほどの気持ち悪さだ。
しかし、仮に「愛しい君へ」であったとしてもほとんど痴呆的なタイトルだと
思う。さだがタイトル決定に関係しているのか?
しかし原作のさだの小説「解夏(げげ)」だって、、ゲゲッだもんな。
無意味に意味ありげな言葉を操るさだならではの傑作だ。
内容がない男は内容がない仕事をする、という典型と捉えてよし。
でもって、ドラマの主題歌はさだ以上に内容がない男の
森山直太朗が歌うゲロナンバー“生きとし生ける物へ”。
フジテレビの月9ドラマ、さだまさし原作、ナオタロの主題歌。
完璧なトライアングルだな。バカになるからヤクザに脅されても、見ない。

それにしても、街中にナオタロの歌、溢れすぎ。
うるさい。
アルバムは売れつづけているのだろう。
何かの番組でジャーナリストの鳥越がナオタロを誉めていて
がっかりした。
ナオタロを評価するかどうかで僕はその人を評価するぞ。
しかし、善人ほど騙されやすいっていうからな、単純に
評価するのも危険かも。

僕は人間じゃない、って本当に思っているのは、窪塚君の方だろう。
助走をつけてジャンプ。家族も仕事も未来も捨てて、二度と戻れない
ところへジャンプ!のはずだったのだが、何という強運。
これを機会にさらに彼は深いところへ入って行くのか。
腫物に触られるような日々が始まるのだろう。
それはそれでしんどいなー。

「ピースな愛のヴァイブスでポジティブに生きる。
とにかく戦争反対。」
彼の発言に見られる幼児性には、ちょっと、ね。という感じだが
キャラクターとしては決して嫌いではない。
もっと、いろいろ深いところを勉強していけば、いい役者になり
いい発言者になれるだろう。

それにしても目の前で落下を目撃しちゃった少女は
トラウマになるだろうなー。こういうのは罪深いぞ。窪塚。
死ぬなら、独り部屋で死ね。




“タガタメ”をもっと重要な形でテレビメディアに登場させるべき。
カップ麺ごとき(これは蔑視ではない)の売上げアップに協力すべきではない。

子供は被害者になり、加害者になった。
終末へと向かわせるシグナルは確実に発信されていたのだ。
大人だけが気がつかなかった。

しかし、こうも思う。
心の深すぎる闇を照らす音楽なんて、、ない。
僕らも仕事のストレスがたまっただけで、音楽を「感じられなく」なる。
たった、それだけのことで音楽が無力になるのだ。
やはり音楽は心のBGM(間接照明)であるのが正解なのだろう。
音楽が命を救うとか、心の間違った決定を覆すことはないのかもしれない。
でも、、ないか?よくわからん。



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あがた森魚の“雪谷日記”が日増しによくなっていく。
バックトラックを作っているライオンメリーの才能にも注目だ。
一瞬の静寂を演出する音作りには、学ぶべき点が多い。



2004年06月04日(金) 森山直太朗君、おめでとう!僕はメニエール状態であがた森魚の“雪谷日記”を聴く。

森山直太朗君、NEWアルバム、オリコン初登場1位おめでとう!
あなたの薄っぺらな歌がそれだけ評価されたということです。
それは、日本人の「耳」の質の低下が証明されたことでもあります。

本物と偽物とに強引に分ければ、あなたの歌は偽物の部類に入れざるを得ません。
ただし、あなたが意識的に偽物を作っているとは思いません。
あなたは無意識に本能のおもむくままに、あなたが持っている
偽物としての資質を裸で我々に提示しているにすぎないのです。
それが、結果としてあなたへの過大な評価を生んだだけなのです。
相田みつをへの評価と酷似しています。

あなたの歌に感動する人々は、これからも増えていくでしょう。
それは日本の「音楽を必要とする人々」の質を大きく変えていくことに
なるのです。
そのことの重大さに気付いている人が意外と少ないのが残念です。

っていうか、ぶっちゃけ、ヤバいっす。ナオタロ。


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昨日、友人宅で定例音楽鑑賞の儀をとりおこなっていた際、
突然のメニエール症状。
耳鳴りとジャック・ディジョネットのシンバル音が微妙にシンクロして
ちょっとしたトリップ状態を体験した。
今回は吐き気を伴わない症状だったのでよかったが、
通常はメニエール症の場合激しい吐き気に襲われる。

でもって、今日、職場で吐いた。
正確に言えば、職場のトイレで吐いた(笑)。←笑ってるぞ。
この病気はなんなんすかね?
鼻血とかが、ブファーって出れば周りの人たちも心配してくれるだろうが、
何しろ見た目には元気なお調子者にしか見えない、、僕。
一回、職場の通路で吐いたろか。
伝説のゲロおじさんとして、後世に名を残すぞ。

今日は、さすがに眩暈と吐気に耐え切れず、早めに上がらせてもらった。
パソコンのように一点を見つめていると、症状は安定している。
立ち上がって歩いたり、周りをキョロキョロ見ると、眩暈がひどくなる。

以前、サッカー中継を見ていて吐いた。



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友人作成のオリジナルCD-R「雪谷日記」を解説を読みながら聴く。

あがた森魚の“雪谷日記”は昼間に友人宅で聴いた時より
数倍よかった。(友人宅の環境云々の問題ではない)
ようするに夜にひとりで聴く音楽なんだ。
あがたのナレーションの向こう側に懐かしい風景が広がっていく。
実は催眠術をかけられて、見てしまった風景なのだが。8月15日。

キース・ジャレットの“The Song is You”でのジャック・ディジョネットの
暴走は素晴らしい。
17分間も続く演奏の最後、ジャレットの終わらせ方に感動。
やはり、いいな。


2004年06月03日(木) 岡崎律子さんを想う。

「肺血症性ショック」をネットで調べていて虚しくなった。
先月5日にシンガーソングライターの岡崎律子さんが亡くなったことは
日記でも書いたが、病名についている「ショック」という言葉が生々しくて
彼女のイメージと重ならない。

自身のホームページに掲載された「最後の日記」の終わりには
こう書かれている。

「連休、どうぞいろいろお楽しみをみつけて過ごしてね。」

その連休の最後の日に亡くなってしまった。

“for フルーツ・バスケット”を聴いている毎日だ。

6月発売予定だったNEWアルバムは、まだ未完成であったために
無期延期になるようだ。録音済みのものだけでも収録された
素晴らしいトリビュート盤の発売を願う。お世話になった声優も多いだろう。



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小室等についてはいつかきちんと書きたいのだが、
とりあえず、「小室等BOX」の発売は個人的には快挙だ。
「六文銭BOX」とあわせれば、ベルウッド時代の小室の仕事のほとんど
が聴ける事になる。さらにフォーライフ時代の諸作を購入すればもう完璧だ。

中でも、圧倒的な傑作は1stソロアルバム「私は月には行かないだろう」。

“比叡おろし”と“私は月には行かないだろう”の編曲に
若い頃しびれまくったものだが、
まさか富田勲の編曲とは思わなかった。何故、今まで気がつかなかったのだろう?こういう見過ごしが結構あるのが、僕の特徴だ。

1971年のアルバムだが、僕は早川義夫の例のアルバムより
こちらの方がずっと好きだ。比べるのは変かな?

そっかぁ・・・変かぁ・・・?

こむろさん、過小評価されすぎ。

そうだ、思い出した。
新六文銭があった。かつてTBSのパック・イン・ミュージックで
ライブの模様が放送されたが、拓郎のヘナヘナリードギターが
よかった。
CD化は無理なんだろうなぁ。
変なバンドだった。

小室等・吉田拓郎・後藤次利・柳田ヒロ・チト河内。
オープニングナンバーは“比叡おろし”だった。
拓郎がギブソン・メロディ・メイカーで奏でるイントロのフレーズは秀逸だったと思う。記憶のなかでは。

ああ・・聴きてぇー!



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今日のBGMは

「小室等/デッドヒート1974ライブ」
「ボニー・ピンク/プレゼント」
「キャド・アシュリ/リベルテ」


響 一朗

My追加