A Thousand Blessings
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2004年02月29日(日) 試聴機で鑑賞数点。ソニンの新曲。レジデンツのDVDとアルバム。

HMVの試聴機で何枚か鑑賞。


「キリンジ/ライブ・イン・武道館」

このグループの最大の欠陥は、ヴォーカルにある。
発声がこもる。というより歌が下手である。
下手はまだいいのだが、感情がこもっていない(ように聴こえる)。
これは、カルロス・トシキ以来である。
武道館ライブの評判がいいので、試聴したが、バックの立派さに対して
ヴォーカルが安っぽすぎ。ステレオタイプのサウンドも
そんなに評判ほどすごいか?


「つんく♂/Take 1」

まず、選曲が理解不能。
モー娘。あややに書いた曲のセルフ・カヴァーだが、
何故に、“ここにいるぜぇ!”なの?
“Mr.moonlight 愛のビッグバンド”なの?
“草原の人”なの??
すべてつんく♂のカヴァーはお手軽な安っぽさ丸出しになっている。
軍鶏を絞めたような歌い方も気になる。
ソングライターとしての決定的な評価に染みをつけるような事はすべきではない。
裏方に徹することが出来なくなってきたか?つんく♂。
モー娘。解散間近説も何となく信憑性がありそう。


“モーニング娘。おとめ組/友情”

駄曲。しかし今ラジオのチャートでは2位だとか?
半分にしたモー娘。の実力は半分以下になる。
痛々しいほど歌が下手。いつもは気にならない下手な歌がやたらと気になる。

“モーニング娘。さくら組/さくら満開”

駄曲。しかし今ラジオのチャートでは1位だとか?
以下、同文。


さくらで思い出したが、大ヒット中の河口恭吾の“桜”が
徳永英明の“僕のそばに”にそっくり(というより同じ?)だったのには笑ったなぁ。
河口の歌詞も「僕の〜そばに〜おいで〜」だしね。メロディーもそのまんま。
ヤバイでしょ?さすがに。まあ、どちらもどうでもいい曲だが。


試聴機に入れてもらえなかった
ソニンの新曲“ほんとはね”を購入。家に帰り早速聴く。
おっそろしくつまんねぇ〜曲!!
クレジットを見てびっくり。作詞・作曲はつんく♂じゃない。
より子というシンガー・ソング・ライターの曲のカヴァー。
名曲と言われていると、より子のオフィシャルサイトに
書いてあった。はぁ〜、どこがぁ〜〜???!名曲だぁ?
才能がないというのは悲しい事だ。
ソニンは果たして、つんく♂の元から羽ばたいていったのか、
それともリストラされたのか。
どっちにしても、このままじゃソニンは終わるぞ!危機感を感じるほどの
駄曲だ。ヒットするかどうか以前の問題だ。
面白かったのはPV。
電車の中にピアノを持ち込み乗客に混じって歌うという発想は、いつもの
ソニンのPVらしくて笑えた。



「うちのお父ちゃん、レジデンツのメンバーなんやで〜!」
「うそやぁ〜!」
「うそやあらへん!母ちゃんがゆうてたわー。
“内緒にしときや。お父ちゃんはな、レジデンツのメンバーなんやで。
驚いたやろ?ずっと内緒にしてたさかいにな。でもなお父ちゃんには黙っときや”
ゆうてたわー」
「やっぱレジデンツは普通のおっちゃんなんやねー。
それはきよちゃん、お父ちゃんにゆうたらあかんよ。公務員ってことにしときや。
お父ちゃんも恥かしいんやさかいになー。」
「そないなこと、死んでも言えへんわー」

レジデンツの名作(らしい、未聴なので何ともいえないが)
「デーモンズ・ダンス・アローン」のステージを収録したDVDが発売された。
早速購入。これがもう面白すぎ。この面白さを伝えられないのが残念。
全員、かぶりもの。演奏は下手ではない。
さらに、雰囲気は6〜70年代の前衛舞台芸術風。これがどうにも時代遅れで
いかしているのだ!
客の真剣な眼差しもどこか怖い。
女性ヴォーカリストもいる。
1971年デビューだから、メンバーチェンジしていなければ
少なくともメンバーの年齢は50代半ばには達しているはず。
ぶっ飛んだおやじたちだ。
フォーカスの合わない画面、激しくパンするカメラ、
かぶりものをしたメンバー自身が照明を持って演じる。
ちなみにドラマーはいなくて、マレットをもったメンバーが
安そうな卓上ドラムマシーンを叩いている。お手軽感が何ともいい。
しかし、楽しめない人にはこれほど楽しくない音楽・舞台もないだろう。
1曲ごとに暗転しフェイドアウトしていく「編集」が極めて変。
ひとつとして心に残るメロディーもなく、
音楽的な新しい発見もないのに、観終えた後、こんなに満足してしまう
理由がわからない。理由があるとすれば、
「これがレジデンツである」という一点だけか。

そんなレジデンツの幻の「ワーナー・ブラザーズ・アルバム」が
メンバー自身のリミックスで発売された。
まだ名前すらなかったグループは、演奏が収録された録音テープを
ワーナー・ブラザーズの重役に送った。1971年のことである。
しかし、そのテープは残念な事に送り返されてきた。
テープには住所だけで差出人名が記されていなかったために、
重役は仕方がなく、「居住者(レジデンツ)へ」と書き送り返した。
そのレジデンツがそのままグループ名になるのだが。

それから30数年を経て、ついに幻のテープが発売された。
今、聴き終えて書いているところである。
僕はそれほど熱心なレジデンツファンではなく、アルバムも
聴いた事があるのは5〜6枚程度だ。
しかし、彼らの音楽の面白さは十分に理解しているつもりだ。
ったのだが、、今回の「ワーナー・ブラザーズ・アルバム」の度を越した
面白さと先鋭性には完全に脱帽である。参ったなぁ・・というのが
正直なところだ。
本当にあっという間に、44分間を聴き終えてしまった。
1秒たりともダレる部分がない。全ての音に意味があり、
すでに驚くべき完成度を誇っており、極言ではなく
ザッパの次に位置する前衛性を、レジデンツという名前もまだない
グループが持ち合わせていたという事実に言葉もない。

リミックスによって、オリジナルとはある程度は異なる印象になっているのは
間違いないだろうが、それでも多くの部分、
特に音楽的発想はオリジナルそのものなのだから、すごいことだ!
1971年にすでにこのようなジャンルを「はるかに」超越した音楽があり、
それが30数年間も日の目を見なかったなんて。
この演奏テープを理解できなかった重役を責める事はできない。
誰にも理解できなかったはずだ。メンバーを除いては。

本当に買ってよかった!!感謝!感謝!!




2004年02月28日(土) 22世紀の子供たちに贈る 『The best of best of The Beach Boys』

20世紀を代表する天才ポップアーチスト、ブライアン・ウィルソン率いる
ビーチボーイズのベスト・アルバムが完成した。
タイトルは「The best of best of THE BEACH BOYS」。
今後これ以上のベスト・アルバムが発売される事はありえないだろう。
まさに快挙である。



なんちって〜♪うそだぴょ〜ん。

わたくし、墨田妖児が選曲したベスト・オブ・ビーチボーイズのことである。
(そもそもこのタイトルは英語として成立してるのか?)
これは、CD−Rに編集して、タイムカプセルに入れて
22世紀の子供達に聴かせたいと思う。
地球が残っていれば、の話だが。



1 ドント・ウォーリー・ベイビー (1964「シャット・ダウンvol2」)
2 プリーズ・レット・ミー・ワンダー (1965「トゥデイ」)
3 駄目な僕 (1966「ペットサウンズ」)
4 キス・ミー・ベイビー (1965「トゥデイ」)
5 ダーリン (1967「ワイルド・ハニー」)
6 タイム・トゥー・ゲット・アローン (1969「20/20」)
7 レット・ヒム・ラン・ワイルド (1965「サマー・デイズ」)
8 カリフォルニア・ガールズ (1965「サマー・デイズ」)
9 恋のリバイバル (1969「20/20」)
10 アド・サム・ミュージック・トゥ・ユア・デイ (1970「サンフラワー」)


ここまでがA面。って、CD−Rだろうが?!
でもいいんです。A面なんです。
で、当然ですが、ここからがB面です。


1 素敵じゃないか (1966「ペットサウンズ」)
2 ザ・ナイト・ワズ・ソー・ヤング (1977「ラブ・ユー」)
3 ディス・ホウール・ワールド (1970「サンフラワー」)
4 フレンズ (1968「フレンズ」)
5 神のみぞ知る (1966「ペットサウンズ」)
6 ヘルプ・ミー・ロンダ (1965「トゥデイ」)
7 恋の夏 (1965「サマー・デイズ」)
8 太陽を浴びて (1964「シャット・ダウン・vol2」)
9 オール・サマー・ロング (1964「オール・サマー・ロング」)
10 サーフズ・アップ (1971「サーフズ・アップ」)

「英雄と悪漢」「グッド・ヴァイブレイション」という2大名曲が入ってない。
理由は、入れるところがなかった(笑)
アルバムの流れを考えると、この2曲は初回ボーナス特典として
マキシシングルにして付けることにしよう!今、決めた。

いい選曲だと思う。
特に、「素敵じゃないか」から「ザ・ナイト・ワズ・ソー・ヤング」への流れ。
あるいは、「オール・サマー・ロング」から「サーフズ・アップ」への繋ぎ。
この微妙に長い「間」が素晴らしいと思う。

あなたはA面派?それともB面派?


2004年02月27日(金) 「smile」を忘れていなかったブライアン・ウィルソン。

部屋の明かりを消して、先日も書いたテザード・ムーンの新作
「エクスピリエンシング・トスカ」を聴く。またしても至福のひととき。
ジャズ・ピアニストの菊池雅章のグループだが、
70歳を超えたドラマー、ポール・モチアン(モーシャン)のプレイが
とにかく素晴らしいとしか言いようがない。
これはもう名人芸というべきもので、リズムとは何ぞや?という質問に
リズムとはポール・モチアンが創り出すものだ!と即座に解答したくなる
ほどである。
華々しいキャリアをもちながら、依然現在進行形のドラマーであることに
心から敬意を表したい。
ゲイリー・ピーコックのベースプレイも同様に素晴らしい。
今年のジャズの目玉となる作品であろう。聴くべし!聴くべし!聴くべし!


でもって、ここからが本題。


以下の文章は分かる人だけに向かって書かれているので、
あえて注釈や説明は省きます。っていうか、日記だからいいのか(笑)

ブライアン・ウィルソンがロンドンを皮切りにツアーを始めた。
ツアータイトルを聞いて座りションベンするなよ!
『スマイル・ツアー』だ!どうだ?参ったか?!
僕は座りションベンをしたぞ。

ロック・ポップス至上最も重要なアルバムになるはずだった
「SMILE」を生で演奏しようとするのだから、
というより、すでに生で演奏されて観客の度肝を抜いているのだが、
これはとんでもない事である。
想像もしなかった出来事と言ってもいいだろう。
何よりも重要なのは、このツアーがブライアン自身の「意思」で
行なわれているという事実だ。
意思なんだぞ!意思!!

このツアーは、おそらく誰もが永遠に封印されたと諦めていた
「SMILE」のリリース(!!)という大事件に繋がる前奏曲と言えないだろうか?
「SMILE」のリリースがどれほどの大事件かと言うと
(いかん説明モードに入っとる)、「サージェント・ペパーズ」と
「マジカル・ミステリー・ツアー」の間に超先鋭的な作品があり、
それが初めて全貌を現わしたくらいの大事件だ。
中山康樹氏よ、あなたは「SMILE」はもう必要ないとおっしゃったが、
ブライアン自身が必要としているんですよ!もう、これは平伏して
ありがたく頂戴するしかないでしょ?

ああ・・・どうしよう、「SMILE」がリリースされたら、
しかもプロデュースがヴァン・ダイク・パークスだったら
どうしよう・・・!
いや、待てよ。オリジナル演奏で発売するのだろうか?
すなわちビーチボーイズとして。
ビーチボーイズはすでに「存在しない」のだ。少なくともブライアンにとっての
ビーチボーイズは存在しない。
過去を振り返らないブライアンだ。おそらく、新録音だろう。
今のツアーメンバーは最高なので、演奏は文句ない。
問題はブライアンの声だ。『ペットサウンズ・ツアー』での
ブライアンの声に「感じなかった」僕は、果たして新SMILEに感じることが
できるであろうか。
“surf's up”のあのカール・ウィルソンの声が頭にこびりついて離れない僕は
ブライアンの今の声を受け入れられるだろうか?

ああ・・・どうしよう。心配だ。
もっと心配なのは、このままで終わってしまう事だ。
ツアーのライブ盤だけじゃ、嫌だ。
僕はブライアンの「スタジオ・ワーク」を聴きたいのだ!
やはり彼の天才が最も発揮されていた「あの時代」の「あの録音」で聴きたい。
ブライアンよ!あと一歩だ!
副調整室のミキシング・コンソールの前に座ってくれ!

1 Prayer
2 Heroes And Villain
3 Do You Like Worms
4 Barnyard
5 The Old Master Painter/You Are (Were?) My Sunshine
6 Cabinessence
7 Wonderful
8 Child Is Father Of The Man
9 Surf's Up
10 I'm In Great Shape
11 I Wanna Be Around/Workshop
12 Vegetables
13 Holidays
14 Wind Chimes
15 Mrs O'Leary's Cow
16 Water/I Love To Say Da Da
17 Prayer (Reprise)
18 Good Vibrations

以上が、『スマイル・ツアー』で演奏された「SMILE」全曲だ。
眩暈がしてきた・・・・・・。




2004年02月25日(水) “タガタメ”シングルカット希望! 。URCの魅力。 アンサンブル・モデルンの失敗。

これは僕の正直な気持ちだが、
ミスチルの“タガタメ”のシングルカットを望む。
最初はラジオだけの限定オンエアーだったが、テレビでも披露された。
あとはアルバムで発表される事になっているが、
たとえば、街でこの曲を偶然耳にした母親や父親や子供達の心のなかに
「これは何なんだ?」的なものを残していくとしたらどうだろう?
その結果ヒットして、無意識で無自覚であったとしても、
次代を担っていく若者がカラオケでこの曲を歌っている光景は、
やはり健康的であると言わざるを得ない。
真っ直ぐなメッセージを持った優れた楽曲は、できるだけ多くの人の耳に
届くべきである。
バラバラに飛び込んできた、「子供たち」「被害者」「加害者」「誰、勝った」
などの言葉が、いつかはその人の中で、明確な輪郭をもった意識へと形を
作っていくかもしれない。


URC漬けの日々が続いている。
遠藤賢司「niyago」、高田渡「汽車が田舎を通るそのとき」、
五つの赤い風船「ゲームは終わり」、西岡たかし「満員の木」、
斉藤哲夫「君は英雄なんかじゃない」、野沢享司「白昼夢」、
シバ「青い空の日」、加川良「親愛なるQに捧ぐ」「やぁ」、
早川美夫「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」、
友部正人「大阪へやってきた」「にんじん」を何度も聴き返す。
新しい発見が非常に多い。思い込みによる勘違いもいくつかあった。
五つの赤い風船で終わったと思っていた西岡たかしの1stソロアルバム
「満員の木」のぶっ飛び具合に口あんぐりだったり(ソングライターとしての
認識しかなかったが、彼はサウンドクリエイターでもあった!)、
そもそも西岡がエンケンと同じアシッドフォーク
(木田高介・斉藤哲夫とのユニットアルバム「溶け出したガラス箱」の中の
12弦ギターの音色を聴けばすぐにわかる)だったなんて、
今の今まで気がつかなかった。
シバのフォーク&ブルースシンガーとしての卓越した感性と技術に驚いたり
(特にブルースハープの上手さ)、高田渡の普遍性に気付いたり、
加川良の語りの良さ(アルバム「親愛なるQに捧ぐ」の中の“下宿屋”)が
これほどだったとは(!)と感嘆したり・・etc
それにしても五つの赤い風船の解散コンサートCD「ゲームは終わり」は、
すごいぞ。
アルバムの構成が見事だ。これを聴かずんば、URCを語れまい。



現代音楽を中心に演奏する団体、アンサンブル・モデルンの
フランク・ザッパ作品集第2弾(第1弾は「イエローシャーク」)
「グレゴリー・ペッカリー」を聴いた。
タイトル曲は20数分に及ぶ大作で、もちろんハイライトナンバーだ。
かつてザッパが発表した「スタジオ・タン」というアルバムにオリジナルが
収められている。そちらも20数分の大作だ。
アンサンブル・モデルンの演奏はオリジナルにかなり忠実なものである。
しかし、いや、それゆえに面白くない。
オリジナルが持っていた現代音楽とポップミュージックの境界線を
いとも簡単に取り払ってしまったパワーが、アンサンブル・モデルン版では
感じられない。
クラシックの人間がポップミュージックを演奏しました、
という感じになってしまっている。これでは意味がない。
所詮はクラシックにすぎないからだ。
誤解をまねかれたくないが、僕はクラシックは好きである。
しかし、クラシック側の人間が陥りやすい部分、
すなわち「クラシックというフィルターを通して他ジャンルを見る」
という部分に常に不満を感じている。
音楽のほんのちょっとしたダイナミクスの付けかたにも、
それは影響してくる。
ハメを外せないのだ。
下品になれないのだ。
ザッパを最も美味しくいただけるのは、やはりザッパ自身が調理したものでしか
ありえないのかもしれない。
今回のアンサンブル・モデルン版の“グレゴリー・ペッカリー”の最大の失敗は、
ナレーション。オリジナルではザッパ自身が担当していた。


2004年02月24日(火) 酒とシバと布袋とNOKKO。って、なんじゃ?

80年代のど真ん中に発表されたレベッカの「REBECCA 検廚海修
僕にとっての「80年代の日本のロック」だったんだなぁ、と再確認した。
“COTTON TIME” “ボトムライン” “フレンズ”の輝きが今でも全く
色褪せていないことに驚かされた。
何故ならNOKKOの声が特別だったからだ。
常に上ずりぎみにシャープする彼女の不安定ではあるが力強い歌唱法
は、その後ソロになってからの傑作“人魚”でも健在だった。
というよりその特徴がさらに顕著になっていた。
そこに魅力を感じるか感じないかで決まると思う。


氷室京介がホストクラブのお兄ちゃんにしか見えない僕には
BOOWYのカリスマ性など全く理解できないが、
ソロになってからの布袋の初期の仕事は結構評価している。
といっても2枚目のソロアルバムまでだが。
「ギタリズム供廚房められている“You”という曲に彼の魅力の本質を感じる。
まあ、そういう人がどれくらいいるかは、分からないが。
ギタリストとしての布袋をすごいと感じた事は一度もない。
あの程度はざらにいる。ギターのカリスマという布袋ファンの評価は
やはり、音楽が一種の宗教であるという事実を証明するものだろう。
布袋の良さは声にある。
リチャード・トンプソンという英国の有名シンガー(ギタリストとしても評価が高い)
の声に良く似ている。
上手くはないが、味がある。そして僕の好みの声質である。
“You”のポップの王道を行くメロディラインとアレンジに一見そぐわない
ぶっきらぼうな歌い方には氷室とは全く違う方向への可能性を感じさせたものだが、
残念な事にその後の布袋はファンが求める布袋像に忠実に従っていくことになる。
現在では何の興味もない。“You”は時々聴くが。


レベッカ「検廚鯆阿、布袋の「ギタリズム供廚鯆阿、
最後にシバの「青い空の日」を聴いた。
突然のフォーク・ブルースへの落差がいいでしょ?
憂歌団が嫌いで、シバが好き。これで分かる人には分かるかも。
まあ、憂歌団は音楽形態も完璧にブルースだが、
シバの場合はウディ・ガスリーやランブリン・ジャック・エリオットらに共通する
ブルース感覚のフォークソングを得意とする。
もちろんいわゆるスリーコードのブルースも作るが、(本格的なブルースハープは
日本でも最高峰だと思っている)、ホーボーソングのような朴訥とした歌に
強く惹かれる。
歌詞の内容も淋しげなものが多く、この歳になるとやけに沁みる。
ウィスキーの水割り3倍目くらいから聴き始めるのが正しい楽しみ方だ。
飲めない方は、楽しめないと思ってください。嘘。


余談だが、ニッカウヰスキーのモルトクラブという安物が実に美味い。
一本900円くらいかな?
金があれば、間違いなくビールを飲むが、それもサッポロの黒生だけ。
悲しい事に貧乏だ。我慢して安酒をと思い買ったモルトクラブの美味さに
ちょっと嬉しかったりして。実はすごく嬉しかったりして。
タバコの匂いは大嫌い。
コーヒーとウィスキーの香りをこよなく愛す僕であった。



2004年02月23日(月) 甚だ簡単ではありますが、田村夏樹〜テザード・ムーン〜木枯らし紋次郎。

ジャズトランペッター・田村夏樹の新作「コココケ」と
菊地雅章のテザード・ムーンの新作「エクスピリエンシング・トスカ」を
本日購入。
至福の時間を過ごす。
今年の10枚のうちの2枚はこれで決定した。
田村のペットと菊地のピアノが目指す方向は同じである。
揺るぎのない自由。僕らが日常生活の中では絶対に手にする事が
出来ないものである。音楽は精神に様々な作用を及ぼすが
これほど開放してくれる音楽はそうはないと思う。
ただし、開放されるからといって、ダラダラ聴いてはいけない。
集中する事が肝心だ。聴き終えた時、開放されている。

CD購入のために池袋へ行く電車の中で、
TVドラマのサントラ「木枯らし紋次郎」を聴いていた。
「紋次郎」の音楽は現代音楽界の重要人物・湯浅譲二によるものだ。
音はまさしく湯浅譲二のそれである。
時代劇の劇伴にこのような前衛的な(という言い方も相当古いが(笑))音楽が
使われている事に、実は誰も気付かない。
僕も気付かない。このように一枚の作品としてまとめられるとその前衛性に
目が眩む。数秒程度の音楽の断片、あるいはスケッチのようなものに
凝縮された音楽性の高さを感じた。
作曲・小室等、歌・上條恒彦の主題歌“だれかが風の中で”も素晴らしい。
しかし、このテレビドラマは革新的な内容だったなぁ。
主役を演じた中村敦夫は今、政界で最もまともで革新的な男だと思っている。


追記。

昨日の追記にさらに追記です。
ap−bankの設立者に小林武史が名を連ねている事を
不覚にも見過ごしていました。
23日早朝のTBSテレビでのミスチルドキュメンタリーで
知りました。
ということで、昨日の日記に書いた小林・桜井の関係への
危惧はすべて杞憂であった事、僕の単なる勘違いであったこと
をここに書いておきます。


2004年02月22日(日) 筑紫哲也「ニュース23」でミスチルの“タガタメ”を聴く。

筑紫哲也の「ニュース23」でミスチルの“タガタメ”を聴いた。

演奏を終えたあと、メンバーとプロデューサーの小林武史に
軽いインタビューがあった。
最後の最後、筑紫が“タガタメ”の歌詞の中のキーワードである
『被害者と加害者』について語りだした時、
明らかに小林は不機嫌な顔になった。僕にはそういう風に見えた。
メンバーが最後の挨拶で頭を下げる時も、小林はソッポを向いていた。
実に興味深い瞬間だった。

いろいろな想像が働くが、僕はこう考える。
小林は桜井和寿が「このような作品」を書く事にある種の危機感を
いだいているのではないか、と。
プロデューサーとしては、
大成したミスチルに、「今ここで」メッセージ性の濃い作品を発表してもらっては
聴き手を限定することになり、困るのではないだろうか。
音の職人として活躍してきた小林には、(詞も含めた)音楽的要素以外の
ものを持ち込んでもらうのは、気持ちのいいことではないのかもしれない。
小林の権力は絶対である。と、推測する。違うかも。
それに逆らってまでこの作品をあえてテレビで披露する、
しかもプロデューサーまで担ぎ出す桜井の強烈な自我は、
今後の2人の関係を考えると
何らかのネックになる予感が・・・・。

なんてね、これは全部僕の妄想でしょ、多分。あはは・・・・。

年末に放送された「小田和正ショー」にソロでゲスト出演して
小田と“タガタメ”を歌った桜井。
あのつまらなさの原因がどこにあったか、昨夜の“タガタメ”を聴いた人には
すぐにわかっただろう。
JENのドラムスなのだ。JENのドラムスの叩き方、音の響き方が
ミスチルサウンドの核になる部分である事を確信した。
まるでフーのキース・ムーンのようであった。
そこにピンク・フロイドのニック・メイスンの「間」を加えた感じかな?

「ニュース23」ではオーケストラをバックに従えた豪華なアレンジだったが、
果たしてCDではどうなるのだろう。
興味は尽きない。

最後に歌詞だが、世間が言うほど過激でも衝撃的でもない。
ぬるくて甘くて柔らかくて腹に溜まらない歌詞が氾濫している世の中だ。
多少本音を語れば、即過激ということになってくるのだろう。

桜井のメッセージとは、「直接的にはかかわっていない事」であっても、
「間接的には関わっている(かもしれない)責任」が個人個人にあることを胸に
しっかりと留めて置く必要がある、という事だ。

「タガタメ」に自分はあるのか?
「タガタメ」に自分は行動するのか?しないのか?
考える事は多い。



追記。

これは上の日記を書いた翌日の文章です。

友人がミスチルのテレビ出演について書いていた。
短い文章だが、非常に濃い内容で、シビレた。

「テレビ出演する以上」はあの歌詞について何かを聞かれるのは
当然のことだと僕は考える。
それはそれだけの価値がある歌詞だからだ。
しかし、小林武史の憮然とした表情が「身内としての」桜井の「気持ち」
を代弁するものであったという考え方には、
「それはあるかも」と思ってしまった。
僕は小林=権力者という図式で考えたが、ちょっと短絡的であった気もする。
2人の関係はもっと密なものであり、当然このような作品を
発表するためには何度もディスカッションが行なわれてきたであろう。
そういうことへの「想像力」が少し欠如していた僕の日記かな?と
思い始めている。真実は、当事者しか知りえないが・・・・。
たった一日で考えに変化が起きる事はよくあることなので、
あえて上記の日記は訂正せずにそのままにしておきます。


2004年02月20日(金) おぞましい“蘇洲夜曲”のカヴァー。エイミー・マンの自然体発声。群を抜く前川清。


会社帰りの電車の中に、里芋みたいな顔をした女子高校生が2人。
小さい方が唐突に言い出した。

「あたし、夕べ、侍になった夢を見た。めっちゃ人を斬ってたよ。」

僕はその娘の頭にチョンマゲかつらを乗っけて、太秦の撮影所の中に置いてみた。
その瞬間、不覚にも笑いのツボに入ってしまった。
頭の中を「侍になった」という里芋の声が何十回も響いて、
ドアのガラスに額をつけて笑いを堪えていた。
どうでもいい話でしょ?どうでもいい話なんです。

CDショップに立ち寄る。
服部良一の名曲“蘇洲夜曲”のカヴァーが流れていた。
無味乾燥なその歌声にどうにもイライラしてきて、
カウンターに行きその声の主を確認した。
平原綾香のデビューアルバムがかかっていた。
あのおぞましい“ジュピター”のさらに数倍おぞましい“蘇洲夜曲”。
どうすればここまで原曲の美しさを壊せるのだろう。
声はきれい、歌もお上手、伴奏もまとも、でもおぞましい。
それは何なんだ?と考えてある結論にたどりついた。
ようするに「歌ごころ」がないんだ。
手癖で歌ってしまっている。音大生だっけ?
学校で習ったそのとおりに歌っているだけ、アカデミックな世界の優等生が
ただなめらかな旋律に魅せられて歌っているだけ、そういう印象を受けた。
以前も書いたが、平原は今売れている。
きれいな声で歌も上手い、しかし歌ごころがないものよりも、
特別きれいな声でもなく歌も上手くない、しかし歌ごころだけは
溢れかえっている方が何十倍も「音楽的」である事は言うまでもない。
小沢健二(オザケン)がそれを証明している。
唐突な例を持ち出すようだが。
無個性で無表情なものに群がっていく傾向はさらに顕著になっている。
僕は言葉のボキャブラリーが豊富ではないので、
そういう物や事を総称して「おぞましい」と言ってしまうのだ。


エイミー・マンはいいなー。
残念ながら彼女がベーシストとして在籍したティル・チューズデイのサウンドは
覚えていない。そういうグループがあった事だけは記憶している。
ジョン・ブライオンもそこにいたとか?
エイミー・マンの魅力は、もう単純に声の良さと発声法にある。
喉の奥や口の中でこねくり回さずに(クラシックの発声法の正反対)、
自然に発声することで元々いい声を持っている人は、
その特徴を最大限に生かせるのだ。
「cause I’m〜」のcauseの発音が素晴らしい!
エミル・ハリスやルシンダ・ウィリアムスもこういう風に発音していたな。
これがもっと極端になってリッキー・リー・ジョーンズまで行っちゃうと
ちょっとうざくなる。


前から欲しかった前川清の「ミレニアム・ベスト」を中古で購入。
大好きな“雪列車”の作・編曲が坂本龍一であることを知って驚き!
思ってもみなかった。
僕の個人的嗜好だが、日本の歌謡界で最もいい声だったのは、
水原弘だったと思う。
それ以前では、ディック・ミネや小畑実もクルーナータイプの
艶やかないい声だった。がしかし、同時代には体験していない。
水原弘は子供の頃よく聴いていた。
“君こそわが命”と“へんな女”が好きだった。
裕次郎の声こそが最高だという意見をよく耳にする。
裕次郎は声はいいが歌が下手だ。
いや、特別に上手い連中の中では上手くない方だという意味よ。
水原弘亡き後は、間違いなく前川清がいい声の筆頭だと
考える。しかも彼は極めて歌が上手い。上手すぎるくらいだ。
それでも彼が細川たかしのようにならないのは、
ひとえに歌ごころがあるからだ。
しかも前川清は昔よりもさらに進歩している。
先日NHKに出演していたが、ちょっと驚いた。
すでに森進一に追いつき、追い抜いているかもしれない。
“ひまわり”(作詞・作曲は福山雅治)が話題になったが
“雪列車”の前では霞む。

「ミレニアム・ベスト」の超お薦めは4曲。
“雪列車”、三木たかし入魂の“花の時・愛の時”、“東京砂漠”、
そして“そして神戸”。

全く別の個性として、菅原洋一というのもスゴイ存在だが。
彼が「初恋」というCDの中でカヴァーした桑田の“TSUNAMI”は
オリジナルを超えて大気圏外に出て行ってしまったぞ。
絶対!聴くべき!


今日のBGMはセシル・テイラーの「コンキスタドール」。
ああ〜・・歌ごころ溢れるいいピアノだなぁ・・・。。。。。満喫。



2004年02月19日(木) URCレーベル、そして唐突にエクセルガールズ。

URCとはアングラ・レコード・クラブという意味だ。
日本で最初のインディーズ・レーベルであり、その影響力は30数年経った
今でも想像以上に大きい。
新人のフォーク、ロックシンガーやグループが好きなレーベルに
URCの名前を出す事も少なくない。

URCのカタログに残されたアーチストの多くは
いわゆるマスメディアというものとは縁遠く、消えていった者たちも多い。
しかし、作品はしっかりと残り現在でも高い評価を得ている。
それは彼らが売れることを目指さず、いい作品を作る事だけに
専念してきた結果だと考える。
志を高く持ってきたのだ。
ゼニと引き換えに魂を売る事を良しとしなかった頑固者がURCには
溢れていた。
生活できればそれ以上望むものはない。あるとすればいい作品をつくることだけだ。
そんな呟きが聞えてくる気がする。

「されど私の人生“埋もれ火のアンソロジー”」という
URCのオムニバスがある。
1974年に発表されたアルバムで、
いわゆる隠れた名曲(僕らにとっては本物の名曲!)を集めたものだが、
最近amazonの独占販売(通販)で入手できるようになった。
斉藤哲夫、野沢享司、五つの赤い風船、加川良、休みの国、ザ・ディラン
の名曲が2曲ずつ収録されている。

たとえば拓郎や泉谷や古井戸を聴くと、懐かしいなぁと思う。
ところがURCの連中の音楽を聴くと不思議とそういう感情は
湧かない。むしろ今の音楽として耳に新鮮に響いてくる。
この違いは何なんだろう?と考えてみた。
おそらく、当時の僕の耳にはURCの音楽は「大人すぎ」たのではないだろうか。
音楽の芯にまで到達する事ができないまま
時間だけが過ぎていき、今になってやっとその芯が理解できるように
なったのではないか。
そう、きっとそうだと思う。
だとするとURCのアーチストって何者だったんだ?
若干22〜3歳の若者が作り出した音楽がこれほどの普遍性を
持っていたのは驚きに値する。
高田渡に至っては、今歌うべき作品を35年前に作っていたのだから。
早熟というか、老成してたというか。

さてこのアンソロジー、URCのアルバムを一枚だけ買いたい、という人には
お薦めだ。

『長く暑い一日が終わり
 振り返るときは全てが灰色に
 心の中は荒れ果て尽きて
 先を見ることさえ苦しみ覚える』

斉藤哲夫“されど私の人生”


『今日のご飯はとびきり上等
 きょうちゃんの縁談が決まったからです
 鯵の干物に高野豆腐
 ちょっと豪勢なものです』

五つの赤い風船“えんだん”


『寒いある朝 窓辺で立っていたら
 かあちゃん 連れて行く
 天国の車が やってきた』

加川良“その朝”


『僕の背中にこだまする人々のあの歌が
 喜びの歌じゃない 追放のあの歌が
 昨日は 俺も一緒に歌ってた』

休みの国“追放の歌”

この4曲を聴くだけでも価値がある。


話題は180度変わって、一昨日のラジオドラマの続きから。
「せんせいのお時間」の主人公役を演じる南 央美といえば、
才女・三石琴乃(僕が最も尊敬するベテラン声優)とのコンビで
ブイブイ言わせた怪作アニメ「エクセルサーガ」が有名だ。
作品自体の荒唐無稽さから、さらに大気圏外に出てしまったかのような
ストーリーのドガチャカぶりも痛快だったが、
それと並んで楽しかったのが使われている音楽である。
作・編曲は増田俊郎。
まちがいなく才人である。

アニメ界には才能溢れる音楽家が何人もいる。
彼らの主たる仕事場はアニメだが、中にはそこに留まらず
広いポップフィールドに飛び出していった人もいる。
僕が特にお薦めしたいのが、菅野よう子、増田俊郎、川井憲次、根岸貴幸
光宗信吉の5人。
中でも菅野よう子に関してはあまりの才能に舌を巻きっぱなしだが、
いずれきちんと彼女について書かねば、と思っている。
アニメの世界でも音楽は映画界と同じく付属品である。
音楽を商品として売り出すためにアニメを作るという本末転倒はありえない。
あくまでも絵をバックアップするためのものだが、
映画界と違うのは、そのバックアップのために「やっていいこと」の
許容範囲が「異常に広い」ということなのだ。
つまり、何をやってもかまわない、音楽的治外法権の世界なのだ。
これは才能ある連中にとっては恰好の職場だと思う。
己の音楽的欲求を「売上げを気にせずに」思いっきりぶちまけてもいい世界なのだから。
アニメというのは音楽がどれだけ自由に爆発してもしすぎるという事がない
特異なジャンルだ。
考えてみたまえ。外国の古いアニメなどは、全ての動作に音楽が
かぶさっているだろう?あの伝統は今の日本のアニメでも生きている。
ただし、あそこまで極端ではないが。
たとえば、「となりのトトロ」で妹のメイが歩く場面では、その一歩一歩に
音楽がかぶさっていた。そんなところまで監督の宮崎と音楽の久石は
神経を使っているのだ。
逆に言えば、音楽家にとってはそこまでできる喜びを味わえるということだろう。
商業主義などという言葉が批判として使われたのは数十年前。
今や商業主義こそがまず基本にある、売れてナンボの世界である。
ヒット曲をかけない作曲家は干されるのだ。
書きたいものと書かねばならない物のギャップに苦しむ連中も多いだろう。
そんな中で、自由に才能の羽を広げられる
アニメ界の連中は羨望の的かと思いきや、さにあらず。
結局、「お金持ち」にはなれない世界だそうである。誰かがインタビューで
語っていた。好きな事をできる満足感を得たいか得たくないかだけ、だと。
先ほどのURCのポリシーと似てるでしょ?

話は増田俊郎に戻るが、
さっきも書いたが彼は「常に」才人(スゴイことだ!)なので、
どの作品を聴いてもかまわない。
全ての作品で聴き手に満腹感を与える彼の音楽的基本姿勢は
『パクる。パロる。茶化す。』である。
真面目に不真面目をやらせたら日本一だと僕は思っている。
そんな彼の最高傑作がさきの「エクセルサーガ」の音楽である。
全編元ネタあり。全ての元ネタを答えられたらあなたも音楽王!
僕も7割までは判ったが、残りの3割がここまで出てきているのに
判らない。まあ、かなりの正解率だと自画自賛しているが。
興味がある方は是非挑戦してみたらどうだろうか?
2枚発売されている。
「エクセルサーガ 大いなるサウンドトラック 実験1」
「        〃                 実験2」

さて、彼が全面プロデュースというか
好き勝手にやりたい放題をぶちかました
痛快極まりないアルバムをご紹介したい。

そのタイトルは
「エクセル☆ガールズ/golden best 20 −hatachi−」

「エクセルサーガ」のイメージガールズとして、増田俊郎が勝手に作った2人組の
ユニットの唯一のアルバムである。
「エクセルサーガ」の監督、天才ワタナベシンイチが一文を寄せている。

【またまた、増田さんと凄いものを作ってしまった。。。
今度の『素材』は「エクセルガールズ」なる無駄にピチピチな
お馬鹿小娘×2。
このアルバムでレアな「お馬鹿さ加減」を堪能してもらえるはず。
そもそもアルバムがこんな作りでいいのだろうか・・・?
・・・いいのだ。だってもう作っちまったもん!おもしろかったもん!
いやぁ、「馬鹿」ってほんっとにイイもんですねぇ。。。 】(一部略)

ということである。実際にアニメ業界ものでなければ
絶対に(!)CD化されない代物である。
おふざけといっても、お笑い芸人のそれのように鍛錬に鍛錬を重ねた「芸」
というものではなく、ほんとうのおふざけ。ほんまもんのでたらめ。
だから素晴らしい。

表ジャケには「エクセルサーガ」のキャラクターデザイン。
裏ジャケにはそれをコスプレしているお馬鹿小娘二人がポーズを
とっている痛々しい姿。
お馬鹿とはいっても「エクセルガールズ」は声優としてはそこそこの仕事をしている。
高橋美佳子と小林由美子。
特に小林の方は、大人気アニメ「ラブひな」のサラちゃん役でブレイクした!
(話がコアすぎて、怖い?)
僕はこのアルバムを年に2回聴く。
春先と晩秋に。
ココロのバランスが崩れやすい時期だ。
このアルバムを聴いてココロのずれた軌道を元に戻す。

ここまで僕の日記を読んできて、
「おお!聴いてみたい!」と思う人を僕は信用する。

名曲“ズンダカホイ・マーチ”を口ずさみながら、
明日は出勤しよう!!

『いきなりコンビを組まされた〜
 イヤだと言ったら怒られた〜
 二人はいつも抱き合わせ〜
 お得な詰め合わせだ〜 ズンダカホイサッサ〜』



2004年02月17日(火) ロバート・ワイアットとせんせいのお時間

ロバート・ワイアットの「クックーランド」を遅ればせながら聴く。
もう、素晴らしいとしか言いようがない。
彼の孤高の世界は常に僕を満足させてくれる。
進歩も退化もしない、初めからロバート・ワイアットは特別な存在であり、
その音楽的価値は昔と一向に変わらない。
おそらくは彼はこの世から消えるまで、ずっとこのままだろう。
そしてそれを僕は、いや僕らは望んでいる。
今、世界に何人のロバート・ワイアットがいるのだろうか?

フィオナ・アップルの「真実」を聴いていてきづいた。
プロデューサーでサウンドクリエイターのジョン・ブライオンの
「決め」はドラムスの音だと。間違いない。
マット・チェンバレンとジム・ケルトナーを選択する彼の音楽的嗜好は
確実に信用できる。
それにしてもフィオナ・アップルとは、とんでもない才女だ。
ジョニ・ミッチェル以来というのは、言いすぎだろうか?
1stをあのヴァン・ダイク・パークスが絶賛したという事実が
単なる社交辞令でなかったことが、この2nd「真実」で証明されている。

話は前後するが、ロバート・ワイアットの「クックーランド」に参加している
マイケル・エヴァンスというドラマーは誰なんだ?

ラジオ短波第一で放送されている人気ラジオ・ドラマに
「せんせいのお時間」というのがある。原作はももせまたみの4コマ漫画。
放送されたものは全てCD化されていて、24枚目が発売された。
もちろん過去発売されたものは全て所有している。
アニメ関係のCDは値段が高く、これも例外ではなく3000円もする。
それでも買わずにいられない魅力がこのラジオ・ドラマにはある。
内容はくだらないと言えばくだらないのだが、
1枚目から付き合っていると、そのくだらなさが自分にとって
極めて必要なものであることに気付く。
ストレスを解消するためには、人間はくだらないギャグや
荒唐無稽のストーリーを必要とするのではないだろうか?
それは漫才でもいいし、落語でもいいし、コントでもいい。
僕の場合はアニメ系のラジオドラマがそれに当たるだけの話だ。
寝る時に「せんせいのお時間」を聴くという習慣はすでに3年間続いている。
こうなるともう立派に生活の一部である。

参加している中堅・若手の声優陣が全て素晴らしい。
適材適所であり、力の入れ方も相当なものだ。
主人公の国語教師・鈴木みか先生役の南 央美は益々実力をつけてきているし、
新人(と言ってもデビューして数年経つが)の清水香里の中山千夏役もすっかり
はまり役になっている。この二人が僕は特に好きだな。
他にも上手さでは群を抜く北川役の山崎和佳奈や富永役の榎本温子、
小林役の川上とも子、委員長役の大谷育江(ピカチューの声のひと)
の存在がドラマに重厚感(?)を与えている。
しかし24枚も続くとは思わなかったなぁ。
それ以上に不思議なのは、それにハマってしまった僕だ。
僕っていったい何なんだろう?自分でも分からない。
誰か教えて。

追記

ロバート・ワイアットの「クックーランド」の
日本盤のみのボーナス・ディスク“la cancion de julieta”
が凄すぎ!これはもう聴いてもらわなければいけない!


2004年02月16日(月) 映画「マグノリア」ジョン・ブライオンのスコアー集。くるりの新曲「ロックンロール」

映画「マグノリア」のサントラ盤には2種類ある。
エイミー・マンの歌を中心とした国内盤と
映画で使われたジョン・ブライオンのスコアー集の輸入盤。
当然、両方揃えるべき。
国内サントラ盤の方の“wise up”はエイミー・マンが歌っているが
(それはそれで素晴らしい)、映画では出演者が順番に歌っていくという手法が
とられている。
僕はそのヴァージョンが大好きなので、何とかサントラに収めて欲しかった。
余談だが、国内盤に収録されたスーパー・トランプの2曲はいいぞ!懐かしいし。

さて特筆すべきは、ジョン・ブライオンの書いたスコアー。
国内盤では1曲だけ収められているが、輸入盤を聴くと
もう彼の世界が全開である。
昨日も書いたが、ジョンはフィオナ・アップル、ルーファス・ウェインライト、
イールズ、ブラッド・メルドーらのプロデューサー、
あるいは自身も演奏家として知られているが、
本当に知られるべきは作曲家としての才能。
映画の中でも感動的に使われていた音楽だが、
サントラ盤で聴くとその良さが実に良く分かる。
オケによる演奏なのだが、僕はまったく個人的な感想として(的外れだと恥かしいが)
バーナード・ハーマンという大映画音楽作家との共通点を見出した。
言うまでもなく、ヒッチコックの作品で有名になった作曲家だが、
他にも「タクシー・ドライバー」という名作の音楽も書いている。
情景描写と心象描写をシンクロさせたときの画面に最も適した音楽を書く才能。
そのへんの共通点をすごく感じた。

このスコアー集は、一般のサントラファンよりも先鋭的なロックファンの方が
その個性を理解できるのではないか?と僕は思う。
ミニマリズムの影響が濃く、旋律の不思議さとあいまって
独特な浮遊感を生み出している。ハマったら抜け出せない音楽だ。
特に2曲目の10分28秒と5曲目の6分12秒、
さらには6曲目の11分00秒は蟻地獄にハマっていく感覚だ。
ああ・・・このまま眠るように死んでしまいたい、と思う。



くるりの新曲“ロックンロール”を買った。
アルバム「図鑑」以来、くるりには注目している。
「図鑑」を最高傑作と考えていたが、この新曲を聴き
3月発売のニューアルバムへの期待が俄然高まってきた。
何ともいい曲だ。アレンジ・演奏もけれんがない正攻法なもので
こういう直球勝負は実に気持ちがいい。
複雑なテイストを醸し出す作品も作り出せる彼らがあえて挑んだ
ロックンロール。それは意味深いことだ。新たな決意表明とも言えるかもしれない。
カップリングの“さよなら春の日”もアイリッシュ・トラッド風の名曲だ。
こういう方向へも彼らは行けるのだな。なんて素敵な連中なんだろう。
もっと素敵な事がある。
このマキシシングルには2曲収録(“ワンダーフォーゲル”と“東京”のライブ演奏。
いいライブだぞ!)のDVDが初回特典としてついている。
それでもってお値段は1000円。
ゆらゆら帝国といい、くるりといい、本当によく分かっている。偉いぞ!




2004年02月15日(日) 音の繋がり。ジョン・ブライオン。BGMはフリッパーズ・ギター。

友人にジャズピアニスト、ブラッド・メルドーの「ラーゴ」をトースト
してもらい愛聴してきたが、何しろ情報のない状態での鑑賞だったので
その音楽的背景を初めて知って、非常に驚いた。
自分の耳をもうしばらく信用してみようと思ったほどだ。
まず、第一にブラッドは僕も大好きなレディオヘッドの信奉者であるという点。
レディオヘッドに彼が惹かれる理由も僕と全く同じ。
さらには、僕が【無人島に持っていく21枚のロックアルバム】に選んだ
ルーファス・ウェインライトの大ファンでもあるという!
でもってですね、ルーファスの1stのプロデューサーであり、
フィオナ・アップルの傑作「真実」(日本盤にボーナストラックとして
収録されたビートルズの“アクロス・ザ・ユニバース”を聴きたまえ!
ドラムスは「ラーゴ」と同じマット・チェンバレン)
のあの素晴らしきサウンドを作り出した
ジョン・ブライオンが何と!「ラーゴ」のプロデューサーだと言うじゃありませんか!
でですね、ジョン・ブライオンと言えば、もうひとつ忘れてならないのが
映画「マグノリア」のあの魅力的なスコアーを書いた人でもあるんですよ。
その音の残響が明らかに「ラーゴ」では聴こえてくるんです。
友人に薦められたブラッド・メルドーからレディオヘッド〜
ルーファス・ウェインライト〜フィオナ・アップル〜マグノリアと
僕の好物オンパレードへと続いていく不思議。
耳の志向ってやはり繋がっているんですね。ちょっと感動。

実はこの日記は15日の早朝に書いている。
BGMはフリッパーズギターの「ヘッド博士の世界塔」。
これって日本のロック・ポップスの中でも相当重要な位置にあるアルバム
じゃない?
彼らがリスペクトする音楽の元ネタは、そのスジの音楽を研究すればするほど
分かってくるのだが、驚くべきはそのネタの多彩さ。
あの若さで(っていっても、制作時の年齢は知らないが)
そこまで聴き込んじゃっているという事実に僕はリスペクトしてしまう。
勉強熱心であるということなのだが、彼らの音楽の優れた点は
単なる勉強の結果発表だけに留まってはいないという点だ。
明らかに、日本の音楽シーンの中で異質と言える感覚を
広く世間に広めようとする宣教師のような使命感が感じられる。
音楽オタクで終わらす事をせずに、「こんなにいい音楽があるんだよ!」と
ひとりひとりに語りかける熱心さがある。
こういう真面目さを僕は好む。
その精神はそのまま、ソロになってからの小沢健二に引き継がれていく。
小山田圭吾はちょっと、、、深く入ってしまったかな?


2004年02月14日(土) 優勝はあやや。間違いない。

川平兄弟のあさ漬の方、うざい。
いや、兄ちゃんも相当うざいが、弟はもう異常としか言いようがない。
せっかくのサッカー中継もあのツラが画面に出てくるだけで興ざめだ。
誰か投書してくれ。
俺がするか?

話は突然野球に変わるが、今年の日本のペナントレースは面白いぞ。
特にセリーグ。
僕の予想では、優勝は中日、2位が巨人、3位が阪神。
あとはズルズル。最下位はやはり横浜。いくら大魔神が復帰しても
勝ちゲームじゃないと彼は登板しないからね。
大魔神復帰=優勝と騒ぐ横浜ファンが哀しい。
それにしても巨人のオバカはどういう打順を組むのでしょう?
全員怪我もなく無事にシーズンを迎えられると仮定して、
1番、2番はともかく3番以降が難しいぞぉ〜。
3番ローズ
4番高橋
5番小久保
6番ペタジーニ
7番清原(お〜い!清原!7番だってさ!怒れ!)
って、あとはキャッチャーとピッチャーだけじゃん。
これはすでに野球じゃないね。頭の悪いガキがテレビゲーム上で
組んだラインナップだね。ガキの名前は・・わた〇〇か?

あややの新作DVDが凄いぞ!
前作から半年でもう出た!今度は秋のヒットパレード祭りだ!わっしょい!
曲目は毎回重なっているのに、どんどん良くなってきているから驚く。
肉体が筋肉質に改造されていくように表現に贅肉がなくなっていく。
楽曲の良さを120%生かしきった、160キロの剛速球を
ど真ん中高めに投げるような歌唱法で、我々をねじ伏せる。
あややはすでにそのレベルにまで達している事にきづかなければいけない。
別格ということだ。向かうところ敵はなし。今年の優勝はあややだな!!
間違いない


2004年02月13日(金) ルーファス、友部、ブラッド、安倍、バッファロー、小沢、ランディーの一日

ルーファス・ウェインライト「ポーゼス」、友部正人「大阪へやってきた」、
ブラッド・メルドー「ラーゴ」、安倍なつみ「一人ぼっち」、
バッファロー・ドーター「シャイキック」、小沢健二「LIFE」
ランディー・ニューマンの「ソングブックVOL.1」を仕事中に聴く。
って、どんな仕事なんだ??

今多くの人に聴かれるべきは、ルーファス・ウェインライトの「ポーゼス」。
ブライアン・ウィルソンのソロアルバム「ブライアン・ウィルソン」と
同次元で語られるべき超がつく傑作!僕は【無人島に持っていく21枚のロック】に
選んだ。

日本人による本物のトーキングブルースが聴きたければ、
友部の「大阪へやってきた」を聴きな。

『御堂筋はレース場で
 心斎橋はこの世の人だまり
 その中を真夜中にうろつく僕には今
 何の地位も将来も
 約束されてはいない』

映画「マグノリア」の音楽に感動したあなたは、
今すぐブラッド・メルドーの「ラーゴ」を買いなさい。
音楽の可能性に再び期待してしまう事でしょう。

安倍なつみは買わなくていい。

バッファロー・ドーターの「シャイキック」は昨年の僕が選んだ日本のロックの
第1位。このグループは、本当に終わらないと思う。日本のロックの可能性だろう。

オザケンでは「LIFE」を一番愛す。
僕の鬱を蹴散らす事ができる唯一の音楽だからだ。
これはすごいことなんだぞ!

ランディー・ニューマンの自作再演シリーズが
彼の最高傑作になるって、素晴らしいね。
歳を無駄にとらなかったことの証明だ。

こんな音楽を聴きながら、僕は仕事をしている。
僕の仕事って・・・いったい?


2004年02月11日(水) 音楽鑑賞の敵【メニエール症】に市民権を!

骨折で手を吊っているとか顔面から血をたらしている、などといった
他人にすぐにその症状が分かる病気はいいが、
困ったのは見た目が全く普通と変わりないのに、
本人は異常に調子が悪い例。
僕が10数年患っているのもそういう病気だ。
ここは音楽の日記帳ですが、今回は世間へのアピールという意味で
その病気について書こう。って、書いてどうなるものでもないが・・・。
(  )内は僕のコメント。

『メニエール症候群』

【症状・説明】

メニエール症候群とはめまいが主な症状で、難聴がいっしょに起こることが多く、
吐き気や嘔吐が起こることがある。
また、耳鳴りを伴うこともある。めまいの発作は軽いもので数分から数時間、
重いものになると2〜3日続くこともあり、一度だけで治ってしまうこともあるが、
そのほとんどが症状が治まっても、また同じような症状を繰り返すのである。 
メニエール症候群自体は、特に生命に危険があるという病気ではない。

(埼玉卓袱台返し眩暈通信の眩暈の由来はここにある。しかし、
生命に危険が全くないので誰にも同情されないとは・・ううう)

【原因】

メニエール症候群の原因には、内耳の自律神経の異常、血行不全、
迷路内リンパ圧の昂進、アレルギー説、水分代謝の異常による内耳内の水分貯留、
中枢の発作などにより平衡障害を生ずるものではないかといわれているが
十分な原因は見つかっていないのが現状である。

(そうなんですよ。原因が見つかっていないのが困るんです。
僕の場合は内耳の自律神経の異常、と言われましたが、
それすら本当だか・・・)

【対策】

薬物療法によるが、体質からくるものは全治が難しい。
発作の軽減や発作の周期をのばすことはできる。
また、肉体的、精神的な過労が誘因となることも多いので、ストレスを避け、
休息と安静が必要である。重症で薬物療法が無効なときは、手術による治療も行われる。 
もし症状が出たら突然めまいがすると驚いてしまいがちだが、
まずあわてないことが大切である。すぐに横になって目を閉じ、
しばらく安静にするとよい。
無理に頭や体を動かすと耳を刺激して、めまいが強くなったり、
気分が悪くなって嘔吐をおこす場合もあるからである。
心身ともに安静にすることが重要である。
また、部屋が明るいと物が動いて見えて気分が悪くなるので、
なるべく部屋は暗くしたほうがよい。
また、この病気は音に対して非常に過敏になり、
また耳にも響いてつらく感じるので、音楽などを遠ざけ、
音のしない静かな状態にして休むことがお勧めである。

(音に対して過敏になるのはその通り。音楽を遠ざけろ!ってそれはあなた
酷ってもんですわ。音楽がなければこの世は闇だ。
明るい場所で動くものを見ていると目が回ります。
テレビでサッカー中継を見ていて吐いた事があります。これ本当。)

◆日常の中で注意◆

1. 内耳への血流が悪くなるので、禁煙する。(タバコだけは吸っていない)
2. 塩分は一日8g以下の減塩の食事にする。(塩ラーメンが好きだ)
3. 水分を摂り過ぎない。(摂り過ぎている)
4. アルコールは控える。(控えられるわけがない)
5. 心身ともに疲れをためない。(心の疲労はピークだ)
6. 自分なりのストレス解消法を見つける。(見つからん)
7. 適度な運動を心がける。(心がけてない)
8. 毎日、充分に睡眠をとる。(熟睡できていない)
9. 入浴はぬるめの湯にする。(ぬるいと風邪をひく)

(以上、僕のメニエール症は生涯心の友達でありつづける事が
判明しました。おめでとう!そういえばかつてヤクルトで外野手として
活躍していた、現・評論家の栗山はメニエール症が原因で
引退を余儀なくされたのだった。
メニエール症に市民権を!!メニエール症にかかると、
耳から血が噴き出すとか、そういう症状がでればわかりやすいのになぁ)

今日のBGMは、静寂。


2004年02月10日(火) スティーリー・ダンの「AJA」

スティーリー・ダンの「AJA」は完璧なアルバムだと巷ではいわれている。

サウンド志向派音楽ファンの
「ジャズ・ソウル系スタジオミュージシャンの華麗な演奏テクニック」への
憧憬がそういう表現をさせたのでは?と推測する。

確かに極めて高度な技術の応酬が聴かれる。
こういうアルバム製作のアイデアは
フュージョンが全盛の時代だからこそ生まれたのだろう。

アルバムが発表された時、いわゆる「普通の」ロックファンからは
見事に無視された。
やはりフュージョンに片足(あるいは両足)を
突っ込んだAOR系ファンからの支持が高かった。
お洒落なアルバムとして、「そういう系」の雑誌によく紹介されていたものだ。
スティーリー・ダンという名は、「そのあたり」を中心に
急速に高級ブランド化していった。

2人の優れた音楽家の才能を正当に評価するきっかけは
見事に置き去りにされた。
皮肉にも、彼らは金で雇ったスタジオミュージシャンの知名度に
アルバムを乗っ取られた形になったのだ。
少なくとも「AJA」以前のアルバムでは、2人の「顔」がはっきりと見えていた。
それが「AJA」では匿名の作家が書いた作品をスタジオミュージシャンが
演奏しているという印象になってしまった。
そこがブライアン・ウィルソンの「ペットサウンズ」(唐突な引用だが、
詳しい説明はまた今度)とは大きく異なる点だ。

だが、誤解しないでもらいたい。
それこそが、このアルバムの歴史的な「意義」だと思うのだ。
方法論としては、やがてくるデジタル時代のレコーディングの先駆け
であるのは間違いない。
違うのは、スタジオミュージシャンがコンピューターに変わっていくだけの
事だと思うのだが。

「AJA」製作時のエピソードを参加メンバーが語ったドキュメンタリービデオ
を観たことがある。
そのなかで、スティーリー・ダンのドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカー
は、ミュージシャンの起用法についてかなり試行錯誤をしたことを
告白している。
ある楽曲のギターソロひとつをとっても、何人かのギタリストに
同じパートを演奏させてそのなかから一番良いものをピックアップする、
という何とも贅沢な方法までとられていた。
音作りの細かい部分へのこだわりは、まさに職人のそれで、
彼らが作る複雑な作品(特に和声において顕著)を音にする作業の
困難さが垣間見えて興味深かった。

アルバム「キャント・バイ・スリル」でデビューした
スティーリー・ダンは、その出発点において一風変わった作風の曲を作りもするが
基本的には「普通」のロックバンドだった。
やがて、ドナルド・フェイゲンのエゴがメンバーとの軋轢を生むようになり、
ウォルター・ベッカーを除いて全員逃げた。
完璧主義のドナルドに対し、ウォルターには少しばかり「緩い」部分が
ある。
ビデオ映像を観ていて、そう思った。
だからこそ長く続くコンビなのだろう。

参加ミュージシャンの中でも特にドラマーの多彩さに
ついてちょっと書きたい。

僕のドラムフェチは有名だが、このように
一枚のアルバム(全7曲)で6人のそれぞれ個性の異なるドラマーを使った
例を他には知らない。(あったら教えて下さい)
僕が「AJA」に惹かれる理由の半分はドラマーのプレイにある。
少なくとも一人を除いては、ドラマーの人選にミスは無い。

たとえば、バーナード・パーディ。
言うまでもなく、グルーヴの代名詞のようなドラマーである。
アレサ・フランクリンをはじめとするソウルアーチストの
フットワークの軽いグルーヴの仕掛け人として、彼の名前は
信じられない数の作品にクレジットされている。
“deacon blues”では、もう絶好調そのもの!
まあ、この人は演奏にむらが無い事で有名ですが、
彼が叩くだけで演奏の推進力が数倍増す。

たとえば、ポール・ハンフリー。
フランク・ザッパの「HOT RATS」での衝撃的なドラミングは
僕の個人的ドラマー偏愛史の中のハイライトに位置している。
元々はファンク系のドラマーだ。
ゆるゆるなのに、タイトな演奏。
あっさりしてるのに、コクがある、っていう言い方と
同じと思ってください。
余談だが彼が参加した一曲目の“black cow”のある部分に、
同じく彼が参加したザッパのアルバム
「over−nite sennsation」の中の一曲
“montana”のワンフレーズが出てくるのだが、気付いた方は
いるでしょうか?間違いなく、これはシャレですね。

たとえば、ジム・ケルトナー。
いまや向かうところ敵無しといった百戦錬磨のセッションドラマー。
独特のスタイルのドラミングは、一聴して彼と分かるほど個性的だ。
シンバルワークのリズムの取り方に特徴がある。
“josie”でのプレイに彼の全てが聴かれると言っても過言ではない。
僕は生まれ変わったら、ジム・ケルトナーになりたい。

たとえば、リック・マロッタ。
リンダ・ロンシュタットのバックで有名になる。
弟も有名なドラマー、ジェリー・マロッタ。
リックの特徴は正確無比なドラミング。
さらにはハイハットの使い方の芸術的な上手さ。
ビデオを観た時に一番印象に残ったのが彼のプレイ。
“peg”でのハイハットの開き方(開く幅)に彼のスゴさを見た。
あまりに上手すぎてしばらく呆然・・。

たとえば、エド・グリーン。
あまりにも畏れ多くて語ることが出来ないほど偉大なドラマー。
もちろん僕の最も尊敬するドラマーである。
ソウル音楽の世界での偉業は、ブラックミュージックが
黒人だけで作られたものではない事を証明している。
エド・グリーンも有名なマッスルショールズのミュージシャンも
オーティス・レディングの片腕であったギタリストのスティーブ・クロッパーや
ベースのダック・ダンもみんな白人である。
“i got the news”ではチャック・レイニーとの
最高のコンビネーションを見せてくれるが、彼のドラムスの神髄に触れたければ、
「マーヴィン・ゲイLIVE」を聴くべし!

たとえば、スティーヴ・ガッド。
この人については後ほど詳しく。

作品の出来のいい順番が、そのままドラマーの演奏の出来の
いい順番になっているところが面白い。
トップ3だけ挙げておこう。

第1位 DEACON BLUES(バーナード・パーディ)
第2位 I GOT THE NEWS(エド・グリーン)
第3位 JOSIE(ジム・ケルトナー)

3人の特徴をほぼ完璧に生かしきっている!
正直言って、最近ではこの3曲しか聴かない。
もちろん部屋で聴く時は、村上秀一モデルのドラムスティックを握りしめて
いることは言うまでも無い。

さて、世間では圧倒的にタイトルナンバー“aja”の評判がいい。
発表当時は、まずこの曲を聴け!といった評論が大勢を占めていたと記憶する。
いや、現在もそうだろう。
ここに国内盤のライナーがあるが、こう書かれている。

『複雑で美しい曲展開。歴史に残るエキゾチックポップス/ジャズ
の秀曲。それにしてもスティーヴ・ガッドの能弁なドラムスと
ウエイン・ショーターのサックスソロは圧巻。』

筆者は有名なアメリカン・ロック評論家。

しかし、この評論家が言ってる事はオオボケでも何でもなくて、
おそらくはこのアルバムのファンのほとんどが思っている事では
ないだろうか?
そこで僕は憂鬱になるのだ。

ウエイン・ショーターのサックスソロは圧巻でもなんでもない。
手癖で吹いているような印象すらある。
こういうプレイをウエザー・リポートではやり続けていたのだ、彼は。
お金のためと割り切っているとまでは言わないが、
それにしても全盛期を知る者としては、かなり悲しい。
(「speak no evil」を聴け!!)
そういえば最晩年のマイルスもどこかのロックグループの
演奏にゲストで参加して、お茶を濁してたな。

ジャズの秀曲??この評論家にジャズを語らせるなよ。
純真な青少年は、ジャズとはこういうもんだと勘違いするぞ。
驚いたのは、この散漫な楽曲“aja”をスティーリー・ダンの最高傑作とする
決定的評価が音楽界では下されているという事実。
凝ってはいるが、必要のない音で満たされているというのが
僕の印象。
もっとコンパクトにまとめるべきだったと思う。

元凶はスティーヴ・ガッド。
音のひとつひとつに意味が感じられない。
歌ごころがない。
テクニックを誇示しすぎ。
しかし、そのテクニックもエド・グリーンには到底かなわない。
最後のバスドラとタムロールを使ったプレイとシンバルワークの
無意味な騒々しさ。
決定的なのは、グルーヴしないこと!
スタジオ・ミュージシャン仲間では「ガッド的」という表現があるそうな。
もちろんやっかみ半分の嫌味で「テクニック誇示だけの中身のない演奏家」
といった意味らしい。
言い得て妙。
音楽雑誌ではガッドのプレイばかりが
取り上げられて、エド・グリーンなどは全く無視されていた。
スティーヴ・ガッドはスタジオ・ミュージシャン史上、
最も過大評価された男である。
すごい稼ぎだったらしいが。

もしこの“aja”でTOTOのジェフ・ポーカロが叩いていたら
どうなっただろう?凄い出来になっていたのではないか?
そんな気がしてならない。彼のダイナミックなグルーブ感は
この楽曲の別の面を確実に引き出せたと思うのだが。

最後にアルバム「AJA」の中の(ドラムス以外の)ベストプレイは
“peg”におけるチャック・レイニーの魅惑のベース!100点満点!

最後にひとつ、再結成後のスティーリー・ダンは恐ろしくつまらんです。
聴かないように。


2004年02月09日(月) 五つの赤い風船「ゲームは終わり」のはじまり

1972年にフォークグループ・五つの赤い風船は解散した。
若い人はまったくご存知ないだろうが、素晴らしい個性を持ったグループだった。
当時、僕は高校2年生だった。
深夜放送で解散コンサートの演奏を聴いた記憶がある。
何故だか当時はそのコンサートの3枚組のレコードは購入しなかった。
おそらく小遣いが無かったのだと思う。
30年経って、アマゾン通販限定発売のURC盤を購入した。
今、聴きながら書いているが、一気にあのころに戻った気がする。
五つの赤い風船というグループを自分の中で美化しすぎていた気もしたが、
改めて聴くとやはりこのグループは極めて音楽的に質の高いグループであったと思う。
政治的な主張の部分には若干の甘さがみられる。しかし、
それでも今の若者には望むべくも無い部分ではある。
青臭い主張であったとしても、主張していたという事実には感動を覚える。
それだけ僕も歳をとったということかもしれない。

リーダーの西岡たかしはその後ソロシンガーになったが
このグループで彼が書き残した数々の作品以上のものは
結局作り出せなかった。燃え尽きてしまったのだろう。

今という時代こそ、若者が青臭い主張でもかまわないから
国家に対して物を言うべき時なのに、誰も何も発言しない。
それどころかそういう主張をカッコワルイという風に考える風潮すらある。
歌謡曲には無理だとしてもロックやフォークなら、
それが可能だと思うのだが、目立った動きはない。
30年経ったら、彼らは後悔すると思うな。
いや、それほどの正義感を持ってはいないか?

「これが僕らの道なのか」と、五つの赤い風船は歌っていた。


2004年02月07日(土) 思い出はBGMと共に・・・。

会社の事務所で、万引きをした女子高校生が私服警備員の
取調べを受けている。そこに知らせを聞いた母親がやって来た。
うつむく娘の姿に気付くと、怒りで体を震わせながら娘の前に走り寄り、
いきなり頬を叩いた。
パシッ!という音に事務所内の全員がその親子を見た。
ほんの一瞬の出来事だが、完全な無音がその場を支配した。
有線でかかっていた曲を除けば。
ポルノグラフィティの曲がかかっていた。曲名は知らないが、どうでもいい曲だ。
しかし、その娘にとっては一生心の片隅に残りつづける曲になるだろう。
その曲を耳にするたびに、悲しそうな母親の表情を思い出すだろう。
(といいつつ、そんなタマではない気もするが)

僕が高校生の頃、親友と文化祭でレコード・コンサートを
DJ形式でやろうということになった。選曲を二人でしているとき、彼が言った。
「拓郎の“どうしてこんなに悲しいんだろう”を入れよう!」
もちろん賛成だった。大好きな曲だ。
親友は歌いだした。ところがある箇所に来ると彼はおかしな歌詞を歌いだした。
「ひとりごとです〜♪ 君と寝ないで〜♪」
君と寝ないでって・・・お前・・・。
正解は「ひとりごとです〜♪ 気に止めないで〜♪」
親友はそのときまで「気に止めないで」を「君と寝ないで」だと思っていたそうだ。
歌詞カードくらい読めよ。
第一、意味が伝わらんだろうが?!
親友は「君(ガールフレンド)と寝ないで」友人関係を続けようとしている男の姿を
思い浮かべたそうだが、それでも意味は通じない(笑)
今でもこの曲は好きで時々口ずさむが、つい「君と寝ないで」と
歌いそうになる、、、、訳はない。

そういえば拓郎は親父さんが亡くなった晩に
はっぴいえんどの“風をあつめて”を聴いて泣いたそうだ。
以前、ラジオでその話をし、曲をかけた。
その放送を聴いて、僕ははっぴいえんどのファンになり、
現在でもその曲は一番のお気に入りだ。曲との出会いは面白い。
偶然の積み重ねだ。

初めての大人の恋愛をした時は、石川ひとみの(三木聖子ではない)
“まちぶせ”ばかりを何十回も聴いていた。
失恋ではあったが、最後に恋したときは、かの香織の“午前2時のエンジェル”
を聴いて胸を熱くした。

歌詞にこういう箇所がある。素晴らしいんだなぁ

『さあほらBABY
 翳ったベールをはずして
 その胸にある 裸の言葉を
 渡しにいこう』

そういえば、そのときの女性に贈ったオルゴールのメロディは
ミスチルの“イノセント・ワールド”だった!
おお・・ミスチルをプレゼントしていたなんて、何といういいセンス。
しかし、何故ミスチルを選んだのかはどうしても思い出せない。
タイトルに惹かれたのかもしれないな。

我が人生最大の思い出の曲は、“ドナウ河のさざなみ”。
親しみやすいクラシックの名曲だ。
小学4年生の時、親に初めて買ってもらったクラシックのシングル盤だった。
毎日、それこそ擦り切れるくらい聴いていた。
5年生になり、全寮制の養護学校へ転校するときにそのレコードを持っていた。
親元を離れての初めての夜、僕は遊戯室のポータブル・プレイヤーで
ひとり“ドナウ河のさざなみ”を聴いて、恥かしいくらい泣いた。
あの時の事は忘れられない。
すっかり養護学校の生活にも慣れた頃、
タンスに挟んでうっかりそのレコードを割ってしまった。
悲しかったが、買いなおす事はしなかった。
大人になった、ということだ。




2004年02月06日(金) 落ち着かないんだ・・・・。

仕事帰り、電車を待つホームで加川良の“ラブソング”を口ずさむ。

『あのレールのずっと向こう
どこまでいけるのかね
ほんとこの先僕は
何をすればいいのかね
落ち着かないんだ』

冬という季節の仕業かもしれないが、冷え切った体の奥から熱い何かが
こみあげてくる。
振り返ってはいけないことと思いながら、人間は振り返る。
誰かが言っていた。
人間は、そのほとんどが「水分」と「思い出」で出来ている、って。

昨日選んだばかりの「ロック20枚」の内容が、はやくも一部代わっている。
電車に揺られていて大切なアルバムに気付き、こともあろうに
今後変わる事はないだろう!と断言したアルバムを簡単に切った。
だいたい20枚は少なすぎる。誰に命令された訳でもないのに勝手に
言い訳してる僕って・・・いったい・・。
ジェネシスを忘れてましたよ。でもって、ジム・オルークが落選、と。
ジェネシスは「月影の騎士」と「幻惑のブロードウェイ」のどちらにしようか
迷ったが、ピーター・ガブリエルが絶対的な存在であった「月影の騎士」の方を
選んだ。「幻惑〜」ではすでにグループは解体し始めている。
まあ、そこが面白いともいえるのだが。スティーブ・ハケットの頑張りとかね。
ただし、フィル・コリンズがでしゃばり始めてくると、
ジェネシスは途端につまらなくなる。

トイレの中に4コマ漫画の単行本が常に置いてある。
お気に入りは、「あずまんが大王」全4巻と「せんせいのお時間」全4巻だ。
すでに5回は読んでいるが、飽きない。楽しいトイレタイムのお友達になっている。
漫画は好きではないが、何故だかこの2冊だけは偏愛している。病気か?

今日のBGMは高木元輝の「モスラフライト」。
70年代のフリージャズの傑作だ。
ドラムスがすごい!凄いなんてもんじゃない!物凄い!
もちろん高木のサックスも凄い!凄いのオンパレードだ。
フリージャズには「凄い」というありきたりな表現がくピッタリくる。
しかし、音楽は全くもってありきたりではない。「凄い」という言葉の本当の
凄さはフリージャズを形容する時にこそ、その真の姿をあらわす。何のこっちゃ?
書いてて分からなくなった。


2004年02月03日(火) 加川良と高田渡とMJQ

池袋までCDを買いに行った。
MDウォークマンを聴きながらの電車の40分間が大好きだ。
行きはフリッパーズギターの「ヘッド博士の世界塔」、
帰りは坂本真綾の「ルーシー」。
車窓を走る風景が音楽とシンクロして心地よい風を感じた。

数年前にある事情で会社を辞めてから
生活のためにかなりの数(おそらく数千枚)のCDを処分した。
今はそれの回収作業をちまちまと行なっている。計画では20年近くかかるだろう。
って、68歳になるじゃん!死んでるかも・・・。

購入したCDのリストは以下のとおり

1 加川良 「アウト・オブ・マインド」(LPを入れると3回目の購入)
2 加川良 「やぁ」(LPを入れると3回目)
3 高田渡 「best live」(CDで2回目)
4 FAUST 「1st&2ndカップリング盤」(LPを入れると3回目)
5 テレヴィジョン 「マーキー・ムーン」(LPを入れると4〜5回目)
6 三上寛 「船頭小唄」(LPをいれると2回目)
7 ベイカー・ブラザーズ 「ten paces」(新譜)
8 MJQ 「SPACE」(初購入)
9 MJQ 「UNDER THE JASMIN TREE」(初購入)

何だか衝動的に購入したかのような雑食ぶりだが、
それなりに意味はある。説明しがたいが。

加川良は日本の男性シンガーの中では、個人的には一番好きな声だ。
発声が素晴らしい。歌詞のひとつひとつが脳髄に飛び込んでくる。
ボブ・ディランからの影響が、拓郎や泉谷以上にはっきり感じとれる。
曲作りにおいても同様。
「アウト・オブ・マインド」は彼の金字塔。
これを聴かずして日本のフォークを語ってはいけない。罰当たりである。
「やぁ」はライブ盤。語り口の妙が堪能できる。中川イサトのギターが
見事!

高田渡のライブ録音はかなりあるが、
このライブに勝るものはない。彼は何一つ若い頃と変わっていない。
若い頃から老けていた。
それでも今の彼の歌に感動するのは、吐き出される言葉に今のリアリティが
感じられるからだ。背伸びをせずにありのままの自分を自由に自然に
表現することの意味を高田渡はつかんだのだろう。
歌に実年齢が追いついた、という印象だ。

で、ここに来て睡魔に襲われた。
続きは気分が乗ったら明日書こう。書かないかもしれないが。
じゃあ、タイトルのMJQはどうなる?知らん。


2004年02月01日(日) ミスチルの至福の音を待つ日々

何人組だか知らないが、女の子がユニゾンで全編スラー気味に歌っている曲。
歌詞の中に「オレンジの月・・・がどうしたこうした」というのが出てくる。
誰かアーチスト(そんな上等なもんじゃないが)名と曲名を教えて。
もう、会社の有線で流れるたびに、吐いている。最後は胃液まで。
ど素人の上にさらにドがつく超絶ど級のバカポップスだ。製作者の神経を疑う。
消えちまえ!

もうひとつ。ミスチルによく似ているグループ。
おそらく新人でしょう。
メロディーも歌声も音作りもそっくりものまね。
それなのに音楽性が極めて低い。ビートルズのコピーバンドだって
もっと楽しいぞ。
音楽性が低い原因は、声もメロディーも音もすべて上っ面をなぞっただけの
やっつけ仕事だからだ。ミスチルになりたい!という強い願望のもと、
鍛錬に鍛錬を重ねていったものなら、
それなりに鑑賞に値するものは出来上がるだろう。その域に全く達していない。
もちろん達していたとしても、やはり本家を聴いてしまいますがね(笑)
これもグループ名と曲名を知りたい。

でもって、本家ミスチルの新譜がいよいよ4月7日に発売される!
タイトルは「シフクノオト」。至福の音。。。ふむふむ。

収録曲は

1 言わせてみてぇもんだ
2 paddle
3 くるみ
4 掌
5 花言葉
6 pink 〜奇妙な夢
7 血の管
8 空風の帰り道
9 any
10 天頂バス
11 タガタメ
12 Hero

以上、全12曲。
そのうち半分の6曲は聴いた事がある。全くの新曲は残りの6曲か。
なにしろミスチルに目覚めてまだ一年も経たない新米なので、
今までのアルバムは全て未知の曲として聴けた。
現在のようなミスチルを生きる支えにしているような状況では、
未知の曲が6曲というのは少々残念。
やはり商売としては「くるみ」「掌」「hero」「any」は収録する必要が
あるんだろうなぁ・・・。
アルバムの流れを妨げる事にはならないよね。なるわけがない、よね?
きっと杞憂に終わるに決まってる。残りの6曲が素晴らしい作品である事は
分かっているんだ。ミスチルは絶対に裏切らない。
今から待ち遠しくて眠れない。

話は変わるが、
会社のお偉方が視察にやってきた。
僕が勤務する支店は相当優秀なのだが、それでもお偉方は何かと文句を
つけていく。文句をつけることでお偉い度数の数値が上がるとでも
思っているのでしょう。頭・・悪そう。
でもって、お偉方と言っても、30代前半か20代後半のガキどもなんだなぁ。
急速に成長した会社なので、上層部を支配しているのは一部の中年を除けば
ほとんどが若い奴ら。
商売が上手いということだけ、それだけでのしあがって行った連中だ。
いばりたがるのも無理ないでしょう。
しかしそんな光景を見ているとちゃんちゃら可笑しくなってくる。
僕が社会に出た頃、おまえらは鼻たれ小僧だったんだぞ!と
心の中でつぶやく(笑)多少、、情けないが。
僕が丹精こめて創り上げた売り場を視察した際のお偉方のひとこと。
「こんなもんでしょうかねぇ・・・」
てめぇ〜!喧嘩売ってんのかぁ〜??!!殺すぞ!


響 一朗

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