Rollin' Age

2004年06月27日(日)
 引き篭もり、ドライブに行く

ハッと目が覚める。
時計を見ると、午後1時。
あちゃー、またやっちまった。
貴重な休日の午前を、寝過ごしたー。

布団から抜け出して、とりあえず煙草に火を付ける。
なんとなくテレビのスイッチを入れると、
この時間はいつも「アタック25」がやっている。
ぼへーっとクイズ合戦の顛末を見届けた後は、
洗濯機にスイッチを入れて、家を出る。
歩いて30秒の場所にあるパスタ屋のAランチ。
バゲットとサラダ、パスタとコーヒーで890円。
あー、毎日曜日こんなもん食ってたら、
糖尿病になっちまうかなぁ、なんて思いつつ。
帰宅して洗濯機から衣類を取り出し、物干しにかけて。
簡単に部屋の掃除を終えると、午後三時。

だいたい日曜日はいつもこんな感じだ。
既にパターン化していて、決まりきったように過ぎる。
じゃあその後、午後から夜は何をしているのかというと、
これが不思議なことに、ほとんど記憶に残っていないのだ。
たぶん、「貴重な週末だから」という理由で、
家や近場で何をするでもなくダラダラ過ごしているのだと思う。

さて、それで今日も午後三時。これからどうしようかと悩む。
この時点では、まさかその数時間後、
六甲山の上で「百万ドルの夜景」を眺めているとは思いもしない。

***

なんで六甲山まで行ったのかというと、理由は有るような無いような。
先日東京から尋ねてきた友人とドライブに行ったことが大きいか。
その時は明石方面へと行ってきて、これがまた楽しくて。
ドライブもそうだけど、車を走らせること自体がワクワクして。
レンタカー借りてどっか行くという選択肢があることに気づいてしまった。
7000円近く料金がかかるにも関わらず、つい、借りてしまった。

しかし、さて、どこへ行こうかと悩む。
カーナビをいじっていると、「天橋立」を見つけた。
じゃぁここまで行ってみようかー、と車を走らせる。
「2時間くらいで到着します」とカーナビが告げる。
それを信じて北上を始めると、阪神競馬場の前で大渋滞。
まったく進まない。もうほとほと嫌んなって、西へ進路を変える。

そうだ、六甲山行こう。

山道を快適にかっ飛ばし、うろうろした末にたどり着いたのは、
「六甲ガーデンテラス」。めちゃデートスポットでしたよ!
オサレなカップルが入る夜景の見える喫茶店で、
持参した新聞を広げ一人コーヒーをすする。
オサレなカップルが並ぶ展望台に上り、
一人で眺める「百万ドルの夜景」。

あー、綺麗だねぇ。

行きは目的地もはっきりせずフラフラ行ったものだから
時間がかかったけれど、帰りは早かった。30分程度。
けっこう遠くにあるかと思いきや、意外に近い観光地。
週末を少しは有意義に過ごしたのかと考えてみるけれど、
だけど俺、今日は誰とも話してねぇよなぁ。

けっきょく「自分一人だけの時間」を出てないんだよなぁ。
そんな時間が好きだから別に苦にもならないのだけれど。
そうして今日もこんなネット上で文章を垂れ流す、
「気まぐれで山の上までドライブに行く引き篭もり」に、
幸せな未来はありますでしょうか。
ないですか。そうですか。

こんなことなら同期でも誘えば良かったと思うが、
そういえばアイツもアイツも仕事なんだった。
日曜の午後三時から思いつきのドライブ。
そんなのに付き合わせていいような友人等もいない・・・。

「30代以上・未婚・子ナシ」あたりでもとっ捕まえてみましょうか。
無理ですか。そうですか。



2004年06月26日(土)
 好奇心という才能

 学生時代、新聞社やテレビ局を志望する学生を対象とするゼミに所属していた。夏が終わるにつれ、俺も含め皆に焦りが出始める。どうして彼が受かって私は落ちるんだろう。彼と私とで何が違うんだろう、というように。誰かが先生に尋ねた。「新聞記者に向く人って、いったいどんな人なんですか」。先生が答える。「それは、フットワークの軽さと粘り強さ、そしてなにより好奇心を持ち続ける人ですよ」

   +++

 新聞記事の構成というのは、きわめて単純だ。いわゆる5W1H。だれが、いつ、どこで、なにを、なぜ、どのように実施するのか。そしてその影響は。取材先にそれらすべてを尋ねることができるのならば申し分ない。だから、論文を書くとか、小説を書くとか、同じ「書く」にしても、記事を書くのはとても機械的な単純作業のはずだ。だけど、なぜだかこれが意外に難しい。

 例えばどこかに取材に行って、いろいろと根掘り葉掘り聞いてくる。それから会社に戻って、さぁ記事を書くか、となると、あれ?この点って、どうなってるんだろう?5W1Hのどれかが抜けている、もしくは不十分、ということがよくある。取材先と対面で話をしているときは、分かったような気になっていても、実は分かっていなかったりする。だから、あらためて電話で追加取材をする、というように、みっともないことになること、しばしばある。

 という状態に陥ってしまうんですよーと先輩に相談してみると、「何か一つ聞き出したら、さらに”?”を重ねるんだよ」というアドバイス。こちらが質問したことに対して、一つの答が返ってくると、「質問に対する答えを得られた」という事実について、満足してしまいがちだ。しかし後で吟味してみると、こちらの聞きたいことに対する答としては少しずれている、もしくは答になっていないということがよくある。

 もちろん、新聞記者としての取材であって、単なる雑談ではないのだから、ノウハウというものがある。上に挙げた5W1Hのように、「これは聞かねばならない」とか、「こういうふうに質問すればいい」とか。今は、そうした技術を教わったり学んだりして習得する過程。いずれは、一つの記事を書くために必要な情報を、一回の取材ですべて聞きだせるようになるだろう。

 しかし、それは小手先の技術。

 冒頭に挙げた先生の言葉。新聞記者の条件。それは、自分が納得できるまで質問を重ねること。あらゆることに問いを発し続けること。実際にこの世界に入って感じるのは、好奇心旺盛な人ほど、良い記事を書く、のではないかという感触。そしてこの好奇心という奴は、いろんなノウハウとは違って、学びようがないじゃないか、どうしようもないじゃないかという、軽い絶望。



2004年06月23日(水)
 夢のまた夢のまた夢

 まだ学生だった頃、友人に「あんた、夢ってある?」とか尋ねられ、「夢を見つけることが夢だ」などと禅問答のような答えを返した飲み会の席上。それから数年経ち、現在新聞記者として働いているわけですが、これは「夢」だったかと、暫く自問自答。すると答えは、「否」となるのです。自問自答するまでもない。そもそも夢じゃないのは分かっている。

 就職活動真っ盛りの頃は、「これが俺の夢なんだ」と無理やりポジティブシンキングに持っていったような傾向も見受けられたことだろうけれど、それでも基本的に、夢とか志とかそういうのではなくて、「いろいろある選択肢の中から最も好ましいと思われる仕事を選んだ」という範疇を出ない。

 ずるずると秋の終わりが見えかけた頃まで長引いた就活。最後の最後で手にした二つの内定。第一志望だったけれど二度落とされた今の会社。たまたま知ったけれど自分に向いていると心底思ったもう一つの会社。どちらを選んでよいのか悩んだ時、もっとも影響を受けたのは、大学の恩師と、父の言葉でした。

 「君の当初の志に従えばいいじゃないか」というのは恩師の言葉。「お前の志は、いったいなんだったんだ」と泣きながら問い質した父。志。あの頃、いや今も抱いているソレは、「食料やエネルギーが、まるで無尽蔵のように手に入るこの社会は間違っている。生産の現場を知りたい。今俺が手にしている、なんでもいい、このオニギリは、どのように作られているのか。この電気は、いつまで持つのか。その生産・流通・消費それぞれの現場の実態を知りたい。そして、それぞれの現場で、先を見据えて行動している人々の姿を追い、広く世の中に訴えかけたい」という、志。

 その想いに、嘘はない。しかし、アタマの中で考えた志だった。

 現実に、その「志」を叶えることのできる場所にいて、だけどココロは少しも動かない。なるほど、興味はある、興味はあるよ。それでも、その興味を増幅させて、頑張ってみようとか、一生懸命にしようとか、「俺はこれをやるために生きてきた」というような実感は一片も無い。とにかくサラリーマンとしての責務に追われ、疲れきっていくだけの日々、それが現実、と。

 同期が入社に際して社内報に寄せた文章。誰だったか、「自分を成長させる新たな舞台を求めてこの仕事を選びました」とかそういうようなことを書いていた。あぁ、この人と同じなんだ。「社会の木鐸として」だとか、「世の中のう最前線を追いたい」だとか、「志」? それよりも、本音で言うなら、「ナニカが変わることを期待して」今の仕事を選んだ。そうなる。自分が変わるんじゃないか、ナニカを見つけられるんじゃないか、それこそが、今の仕事に抱いたイメージ。選び取った理由。つまり、いわゆる「自分探し」の域を出ないわけだ。だから、二つの内定を前にして悩んでいた。「志」がホンモノならば、悩む余地などないだろう?

 とまぁ、ここまでは以前から考えていたし、理解していたことだ。そして現在、仕事に就いてからも、答えは出ていない。半年、一年と経てば、仕事にもなれそこそこ働けるようにはなるだろう。だけど、それが楽しいものなのか、心から楽しいものなのかは、分からない。というか、そうはならない。

 社会人にもなって、何を甘いことを言うのかなどと思われる方もいるだろう。「夢」だなんて、「志」だなんて、そんなものよりも、まず日銭を稼いで、日々しっかりやって、生きていくんだ皆。
 
 だけど、俺は。

 先の話に戻る。「どこかに自分の生きる意味があるんだ」と信じている。そして今の仕事は、それを見つける手段だと、本音のところでは思っていた。あわよくば、この仕事がそれと重なれば良い、とも。

 働いて金を稼いで良い生活をして。良い服を着て美味しいものを食べて立派な家に住んで。素敵な家庭を築いて、仕事を引退して、旅行に出かけちゃったりして。楽しくレベルの高い生活を過ごして、死んでいく。そんな人生、望んでいない。どんなもんでもいい。俺だから、俺にしか、俺のための、そんな課題が、この世のどこかに潜んでる。そう信じて、生きている。

 そんなものないよと言われたとしても。俺は「ある」と信じちまったんだから、もうどうしようもないだろう。「この生は、どこか欠けている」、そう気付いちまったんだから、探すしかないだろう。気付いたのか、思い込んだのか、それはもう、神の存在を議論するようなものだ。天国や地獄があるかという問いと同じだ。魂は21グラムなのか。死んだ時に答えは出るさ。



2004年06月16日(水)
 ニュースの条件

 「犬が人を噛んでもニュースにはならないが、人が犬を噛めばニュースなんだよ」という台詞を何回か聞く。あんまりな例えだと思うけれど、言わんとすることは分かる。要は、その出来事が珍しいか面白いかがニュースの条件であって、「動物園から犬が数十匹抜け出して何人もの人が噛まれた」となると、これはもう立派なニュースだろう。「NEWS」という言葉自体が示すように、「真新しい」かどうかが決めてとなる。

 この「真新しさ」というのは、更に幾つかの要素に分けられる。最も重要なのは、「初めて」かということだ。注意を凝らして新聞を読んでもらうと「業界では初」などといった常套句がいくつも見つけられるだろう。当然のことながら、どっかの会社にとって「初めて」であっても、他社で既に実施していることならば、極端にニュースとしての価値は下がり、取り上げることは少ない。

 「初めて」と似るが、「独自性」も大きな要素となる。「その会社だけ」とか、同じようなことを他社が手がけていても「この会社はこの点が違う」ということとかが言えれば、ニュースになる。「規模」も重要だ。特に、「全国展開」というのはポイント。何か新事業を立ち上げるとして、既にどこかの地域で限定的に実施されていたとしても、「全国規模で展開するのは初めて」という言い方ができれば、それはニュースだ。

 「実施する主体の大小」も、出来事の価値を左右する。「社員の一割をリストラ」というニュースがあったとして、それを実施するのが大企業なのか、中小企業なのかで意味合いが変わる。やはり、大企業になればなるほど、同じことを手がけるにしても、ニュースとしての価値は高まる。

 というわけで、新聞記者は記事を書くために、なにか「真新しい」ことはないかと探している。ただ「真新しい」だけでも記事にはならない。何か新製品が出るとして、それが「真新しい」ことだとして、他に聞き出すべきことはたくさんある。誰を対象として販売するのか。どの地域に重点を置くのか。どのような販売経路を用いるのか。宣伝はどうするのか。どこで製造するのか。どうやって開発したのか。何がウリなのか。第二段も予定するのか。価格は。内容量は。いつから販売するのか。売り上げ目標は。そしてこのニュースの意味するところは、新商品を投入する狙いは何なのか、減収を挽回するためなのか、更なる売り上げ増を目指すのか、同業他社との兼ね合いは・・・云々。背景、影響などについて解説も。

 だいたいこれ全部聞くことができたら、記事になります。逆に言うと、上記の情報が欠けたら、どれほど「真新しい」ことでも難しい。特に、「目標」は欠かせない。どれだけの売り上げを見込むのか、何を狙いとするのか、が無いと、あかんです。「売り上げ目標」については、いろんな事情で話してくれないことも多い。しかし、ここはなんとしても聞き出さねばなりません。

 あとは、既報ではないかということか。おもしろいニュースであっても、一日前に他紙で報道されているならば、結局「真新しく」はない。そこらへんチェックしたうえで紙面に載せるのです。これがまぁちょっと形を変えると、「抜いた抜かれた」という報道合戦になる、と言ってよいのかどうか。

 とまぁ、日記でもエッセイでもなんでもねぇ。ただ単にニュースの条件に対する、個人的な理解をつらつらと述べただけですが。だいたい間違ってないと思いますが。まぁ、こんな感じで、日々、どっかに「NEWS」が無いか、探し回ってます。「人が犬を噛んだ」ようなことがあれば、ぜひとも教えてもらいたいもんです。「その狙いや背景」も含めて。「犬が憎かった」とか、「美味しそうだった」とか、なんでもいいけどさ。



2004年06月14日(月)
 華麗なる日常

 新聞記者っつーと、だいたい二つのイメージが抱かれると思うのです。世の中の不正を暴き社会の流れを追う、というようなかっちょいいイメージが一つ。そしてもう一つは、ハイエナのようにあることないことかぎ回る泥臭いイメージ。「社会の木鐸」とか「ブン屋」とか、まぁそういう要素もあることは否定しないけれど、その実態は。特に、新米経済部記者の実態は。

 ぶっちゃけ、サラリーマンですよ。新人は、「事件が起きなさそうな」会社に回され、なんか新商品情報とかを「処理」しつつ、まぁ、もうちっと大きい事件をどっかから拾ってくる、そんな役回り、と理解している。日々まぁ何社かを回り、「なんかニュースないっすか」と尋ねてくる。帰社して、「今日も特にありませんでした」と報告すると、「馬鹿野郎!」と怒られはしないものの、「そろそろしっかりしてくれよ」という雰囲気を感じつつある、そんな三ヶ月目。

 だからこれはもう、営業(外回り)と同じなんだなぁと思ってる。ノルマ(=記事執筆)を達成するため、まぁ色々と歩き回ってさ。契約(=ニュース)を取るため、ひたすらいろんなとこを訪ねるわけでさぁ。

 今日は暑かった。午前中、新しく引き継いだ会社に挨拶に伺ったものの、特に目新しい情報は出てこない。ちょっとした内部情報をGETして、それから来月あたりシャチョーさんに面会させてもらうことをお願いして。あとは「まぁ今度飲みにでも行きましょうか、はっはっは」という、守られないだろう口約束を交わす。あー、次回はもっと情報引き出せれば良いのだけれど。

 帰り道、午前11時30分。梅田の辺りをぶらぶらしながら、食事処を探す。先日友人が若くして糖尿病を患った。朝は食わず昼はサンドイッチ、夜はラーメンやら居酒屋、そんな生活を続けての顛末。当時の彼とまったく同じ生活をしている。これではいけないと、何かマズイものを食べようと、ぶらぶら探す、町並みを。そうすっと駅の商店街で古びた定食屋を発見。

 日替わり定食を注文した。お新香とハンペンと、ハンバーグ。臭い白米に、アサリの味噌汁。隣に40−50代のサラリーマンと肩並べ、味噌汁をずずずと吸って、あぁ、涙が出そうになった。俺、何やってんだろう、と。600円。ごっそうさん。おばちゃん、また来るよ。次はもっといい米にしてくれよ。

 小学校の頃、タイムカプセルに、「21世紀の自分へ」とかいう作文を入れた。そこに書いたのは「サラリーマンにだけはならないでください」、と。お前、サラリーマン、なめんじゃねえよ。こっちはな、頑張ってんだよ。なぁ、隣のおっさんよ。訳の分からない悪態を胸の中でつき、そのまま午後も取材(=外回り)。それからいろいろ送られてきたくだらねえ新商品情報を「処理」して、明日の取材のため資料を読み込んで、気がつくと午前1時30分。今日の日はさようなら。また会う日まで。いいよもう。寝るよ。



2004年06月11日(金)
 夜の不等式

 「サザエさん症候群」という言葉をご存知でしょうか。今の会社に入って初めて知ったもんで、あまり一般的に知られる言葉でもないかと思いきや、ネットで検索してみるとけっこう引っかかるからそこそこ普及しているのかも。

 これはつまり、サザエさんが放映される日曜の夜。あー、もう週末が終わっちまった、明日から月曜だ、仕事だ、嫌だーと、簡単に言えばそういう症状とのことです。週末の終わりを意識し、新しい一週間への気だるさ憂鬱さを感じるという点から言えば、別に「笑点症候群」でも「のど自慢症候群」でも「CDTV症候群」でもいいような気もするけれど。まぁやはり、日曜の夜というのは、おそらく一週間でもっとも気分が沈みがちなひと時に違いない。

 逆に働き出して強烈に感じたのは、金曜の夜のすばらしさ。いわゆる「ハナ金」。サイコーです。とてつもない解放感。この夜は朝まで遊んでどれだけ無茶をしようとも、待ち受ける週末の二日間の休みが癒してくれる。

 さてそして、ここで問題にしたいのは、土曜の夜の意義なのです。いわゆる「サタデー・ナイト・フィーバー」。これさ、微妙。確かに土曜の夜も、翌日が休みということで人が変わったように踊りまくっても何ら支障が無いわけだけれど、その後で待ち受けるのは、疲れきった日曜。金曜の夜に比べ、希望が無いとは思いませんか。いってみれば「自由に過ごせる最後の夜」。それが終わっちまうと、あとはもう「来週」を意識しなければならない、と。

 そうした考え方によるならば、土曜の夜より木曜の夜のほうが素敵なのです。明日金曜を終えれば二日間の自由が待っている!どーせたいしたこともせずに寝潰して終わるのがオチだけど、とにかく二日間の自由が待っている!あー、仕事から解放される嬉しさを思うと、今から心弾みます。

 というわけで、

  金曜夜>>>木曜夜>土曜夜>水・火・月の夜>>>日曜夜

 という不等式が、俺のアタマの中で描かれるのです。



 週に二日の休みを貰えることを前提としている俺は、
 
 本当に新聞記者なのかどうか、怪しいもんだ。



2004年06月07日(月)
 社会復帰にはなお遠く


 寝潰した週末。この二日間で先週の残務を処理する予定だったのに、さぁどうしよう。明日の朝早くやるしかねぇ。てーか、今からカイシャ行くか?何もやる気起きず。数時間前に洗濯機から出したまま干さずに放ってある洗濯物と、とりあえずお湯を張ってみたけれどそのままにしてある湯船が、今の自分のエネルギーメーターがどれくらいなのか、如実に示していませんか。

 今日は昼まで寝てた。午後になって自宅からインターネットに繋がるようになった。その後はず〜っと、ネットでふらふらさまよってた。後はぼーっとテレビ見たり。菓子食ったり。ぼへーっとして、気がついたらもう日付変わってんの。どうしようもなく気力が生まれない。あぁもうどうしようもない。

 んなこといったって、明日仕事休めるわけでもなし。やらねばならない数多のことを、小人さんとかしゃしゃり出てきて片付けてくれるわけでもなし。いやさ、どうせ明日になったらなんとかするんだけど、ときたま、「やっぱりどうしてもやる気でない」という状態になってしまうんじゃないかと、不安になる。何もかも嫌んなって、一日中寝てるとか、京都の古跡を彷徨いに行くだとか、そういう衝動に駆られない保証、どこにあるんだ。

 高校生のころ、毎日毎日生真面目にガッコウに行くのが当たり前だと思ってた。周りの遅刻してくる奴とかを、「なに考えてんだろうか」とか思ってた。真面目というかクソ真面目というか。ガッコウごとき、もっとサボっておくべきだったと思う。社会人はサボれない。生活かかってる。逃げられねえ。その責任が、なおさら重みとなって、気分を沈ませる。

 実家にいた頃、親父は七時に起きて、八時前に家を出て、十二時過ぎに帰ってきてた。その生活を横目に見て、俺はてきとーな時間に起きて、てきとーな時間に寝て、気ままに暮らしてた。その頃の習慣が抜けない。一度知った怠惰な暮らしの甘い味が、社会人になって二ヶ月、いまも忘れられない。あの味を忘れることができたなら、俺も少しは変わるのだろうか。



2004年06月06日(日)
 右手に太陽、左手に満月

金曜夜、早々に職場を抜け出して先輩方と朝まで麻雀。
午前五時過ぎになってタクシーで帰宅。
この日は体調が悪かった。
頭痛と眠気に悩まされているところに運転手さんが話し好き。
適当に相槌を打ちながら、ふと窓の外を見る。

ちょうど淀川を渡る橋の上。
右手には顔を出し始めた朝日。
左手には沈みつつある白い満月。
彼方には山。
あー、こんな綺麗な景色が、こんなところにあったかと、少し驚く。

兵庫県は平地が少ない。
海沿いに申し訳ない程度ある平地に、線路が三本併走している。
南から、JR、阪神線、阪急線。
阪急線を北へ超えると、数キロもすれば山並みに阻まれる。
六月になって真夏日もあるほど気温が上がってきているけれど、
いまだに朝方肌寒く感じるのは、山や海が近いからなのかと考える。

タクシーを降りて、家へと歩む中で、すぐ向こうの空に山並みが見えた。
二ヶ月ここで暮らして、あぁそうだ、
俺は空を見上げるようなこと、一度も無かったっけと、少しびっくりする。
この街の夜空を見上げたこともなかったっけと驚く。

秋に祖母がこっちに来る。
俳句を愛し歩くこと自然を眺めることを日々の糧とする彼女なら、
俺が二ヶ月かかって気づいたものを最初の瞬間に分かるに違いない。

あぁ、海や山や大都市や名跡に囲まれる素敵な立地なのに、
俺はこの地を全然知らない。
せっかくあと数年暮らすのだから、
もっと足を運んでみようと思いながら、今は漫画喫茶の中。


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