コラム?
目次


2001年11月30日(金) 「ごめんなさい」が言いたい!

やっぱり昔々の話だけど
テレビで「あの時あの人にあやまれなくてずーっと気になって」と
何十年もたってから、消息がとだえたその人を探してあやまりの旅に出た話をドキュメントしていた。
その人は結婚されて姓が変わり ようやく探し出して ごめんなさいを言う。
その人は彼女がそんな気持ちをずーっと持ち続けていたことに驚いていた。思い当たるふしがないと言うのだ。でもあやまることが出来た人は心から嬉しそうだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

イイナァーと思った。私もいろんな人に あやまりたいナアと思っている。思っているけど行動に移さないのでドンドンとその思いがたまってゆく。しかも、次から次へと新しい「あやまりたい」が出現してゆく。

「はあーっ」
反省の反省。
出来うれば
もっと心が広くて
いつも優しくて
ステキな人に
なりたいんだけども・・・。
無理ダー!


2001年11月26日(月) ありがとーです。

最近とっても嬉しいことがある。
私のコラムを読んで楽しんでくれる人が出現したこと。
本当に嬉しい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「人間生きてると、いろいろと心を動かされる。
 自分一人で泣いたり笑ったりするのが、
 もったいないのでみんなにおすそわけ。」

そんなつもりで始めたコラム。
気まぐれだから何が飛び出すかわからないけど
楽しんで
楽しんで ゆきたい

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
詩(?)をひとつ。

ピーンと張った糸で
嬉しさを飛ばしたら
あっちこっちから嬉しさが
飛んで来たよ。
だからお空にも大声で
「うれしーい」

おすそわけした。


2001年11月18日(日) 本当は警察に届けるべき?

昔々 東京で学生をしていた時の話です。
電話BOXでお財布を拾いました。お財布の中をのぞいて持ち主を探し出し、(何でわかったのかは思い出せませんが)ともかく持ち主の電話を調べあて、
「お財布拾ったのですが」と電話しました。
そして教えてもらった住所に送ってあげました。
お財布と一緒に「お礼は猿の惑星のチケットで!」と手紙を入れました。
そしたら本当に猿の惑星のチケットが2枚お礼の手紙と一緒に届いたのです。
誰と観に行ったかはすっかり忘れてしまったけれど、映画をみて頭をハンマーでガーンと殴られた様なショックを受けたのを今でも覚えています。
この間 テレビでその映画をみて、その時のことを思い出しました。
私にチケットをせびられた人もこのテレビをみて あの時チケット送ってやったなーと思い出したかもしれません。
どこかにいられるだろうその人にごめんなさい。そして ありがとうございました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それにしても
どうして人間は
学習してるのに
学習能力のない行動をするのかなあ。


2001年11月17日(土) 最近心に残った言葉 パート2


───ある少年のことばです────

「みんなが優しいから僕も優しくできるんだと思います」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

はい。
本当に。
心って不思議ですね。
うつるんですね。


2001年11月15日(木) 最近心に残った言葉


風々院風々風々居士さんの

「無駄な抵抗は止めなさい」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

結構無駄な抵抗も好きなレーコさんですが。


2001年11月11日(日) 我家の菊は 切り花にはむきません。

我家の菊は
寝そべりながら顔だけあげて咲いている。
犬の性格は飼い主に似るっていうから、我家の菊も飼い主に似たのかな!
すごく良い。
あっちこっちに顔をあげて自由な姿勢で咲いている。
笑いがこみあげてくる。
みんな嬉しそうなんだもん。


2001年11月07日(水) 「ひょんなことから」って素敵です。

『ひょんなことから今、走ってます。唱ってます。料理習ってます。走るたびにもうやめようって決心して、又、走ってます。』

「ふっ」思わず楽しくなって、良いなあーって思います。
私、そんな生き方好きです。

ずーっと昔、新婚旅行でインドを旅してた時、お釈迦様が法華経を説法されたというラジギールで、良二さんっていうギターリストに出会いました。
その良二さんが甲府の人でした。良二さんとはラジギールで別れて、私達はアフガニスタンへ。
そこで出会った蝶採集の人にくっついて、ヒンドゥークシ山脈に入り、幻の蝶アオトクラトールを採集したり。(ああ、アフガニスタンに早く平和がおとずれます様に!バーミアンホテルは今もあるんでしょうか?)
タリバーンに破壊された巨大な仏像(顔面はけずりとられていたけど)のあるバーミアンにも行ったっけ。

想い出は置いといて、ただ何日かラジギールの日本寺で出会った人の故郷甲府に私達は何故か住むことに・・・。

私思うんです。あんな風に生きても、こんなふうに生きても、ずーっと先は同じ一本の道につながっているんじゃあないのかなーって。
だから何か決めなくてはいけない時に、先の先のことなどそんなに考えなくて良いと思うんです。
ただ最終的には自分が決めるってこと。
そうすればどちらを選ぼうとOKかなって。

相変わらず何を書いてるんだかわかんなくなる人なので、今日のコラムはおしまいにします。

     ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

インドを旅してた時、あちこちの日本寺にお世話になりました。
その日本寺の山主 藤井日達上人様の
文明とは・・・です。

『文明とは
 電燈のつくことでもない
 飛行機のあることでもない
 原子爆弾を製造することでもない
 
 文明とは
 人を殺さぬことであり
 物を壊さぬことであり
 戦争をしないことであり
 相互に親しむことであり
 相互に敬うことである   合掌
 
     日本山妙法寺山主 藤井日達』

     ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

         世界が平和になります様に!


2001年11月05日(月)

「うわあー きれい」
青空に何百色の黄色の葉っぱの展示会。

みんなにみんなにみせてあげたい!

我が家からバス通りに出るために近道すると、
木々に囲まれた白いペンション風のお家がある。
いかにも芸術家の若いカップルが住んでいそうなその家には、とってもミスマッチな農家のおじさんが住んでいる。(おじさんごめん。私は、とっても嬉しいんです。)
その家の玄関先に見事なプラタナスの大木がある。(実の名は知りません。)
自然の色づけのステキさを言葉では伝えられそうもないので、
で、じゃーん。


うーんこんなはずではなかったのです。
2?3日後にデジカメ持って行ったその時にはもう黄色がないんです。
本当はあの見事な黄色たちをみせてあげたかったんだけど・・・。
うーん。自然は意地悪だー。


2001年11月01日(木)

いつも ちゃらんぽらんな行動をしていると、
身近な人にも信頼してもらえなくなるってことをつい最近実感した。
身近な人にも信頼されないんだから他人なんか信じるはずがない。
でも、めったにないことだが、いつもはあいまいの記憶でも100%真実の記憶ってゆうものもあって、それを自分以外の人に証明出来ず、100%の記憶でしか証明出来ずに悔しい思いをしている人が けっこういるに違いないと思う。
神様がどの瞬間もきっちりフィルムにとって、その部分を見せてくれたら良いのになあと思う。
裁判官はその神様の見せてくれたフィルムで100%の証拠を知るのだ。
そしたらえん罪もありえない。
ウソも通らないし、世の中が信じられるようになれるのにと思う。

この世の中に絶対公平な真実のみを知っている神様(人間ではなくて)がいたら、みんなとっても清く生きられるのになあと思うんです。

ーーーーーーーだけどーーーーーーーーーーー

どうしてこう人間は おろかなのか?
同じ間違いを何回もするし、自分の事が一番大事だし。
「ホッ」
ためいきをつかないと生きてゆけない自分があって困ってしまうのだ。

私は人間性悪説 かな?


レー子 |MAILHomePage