TRPG回顧録
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2002年03月31日(日) サイバーパンク考

今日は小岩でシャドウランオンリーコンベンションがありました。





別に俺は参加してませんけど。



知り合いが主催やってるんですよ。









今日までね。






なんか忙しくなるんで後任に任せるらしいです。




どうでも良い事ですが俺はSNEが行っているサイバーパンクの展開のさせ方が大嫌いです。





特にGURPSのサイバーパンク。



いや、別にあの訳者あとがきさえ無ければ良い本だったんですが、


>サイバーパンクっていまいち暗いイメージが持たれているジャンルですよね。なんたって世界設定が暗い。                
(中略)
日本でサイバーパンクするならもっと明るく正義の味方をやるべきだ!(以下、見るに耐えないので省略)
                  




日本人ゲーマーにアメだけを与える毒虫がぁ!
>劉鳳調で。





だって、サイバーパンクが暗くて汚いイメージがあるのは当然でしょ!




そもそもアメ公が麻薬やってラリった頭で考えた荒廃した未来世界なんだからさ。


聞いた話によるとルネッサンス時代に麻薬やってラリった状態で詩を書くのが流行ったらしいんですが、その延長で近年、麻薬やってラリった頭で考えた荒廃した未来世界がサイバーパンクの世界というものらしいです。(これをドラッグカルチャーと言うらしいですが。)      




なので、そもそもがそんな世界で明るい正義の味方をやる事がナンセンスだと思いますよ。




だってそれは





サイバーパンクじゃなくて、ジャパニメーションでしょ?





だから、文庫版D&Dも海外で


あのD&Dも、ジャパニメーションの国へ行ったらこうなる!


なんて吊るし上げられるんだと思いますよ。




それはさておきまして、あの自分が嫌いなんだから君たちも嫌でしょ的な展開のさせ方が嫌い。




なんか日本のタチの悪いゲーマーと同じ感覚。
というよりそういう奴らってSNEに毒され過ぎでああなったんじゃ?
って思うときがたまにありますけど。




前にも書いた、俺がわからないんだから周りの人もわからないんだよ?的な感覚?




日本人のゲーマーの大半は事なかれ主義の集まりだと思いますし。



それに他人の評価した物しか評価できない。



あるコンベンションでこんな事がありました。


シャドウランの話になって某シャドウランの未訳サプリの話になって、そう言えば某サークルのリプレイ同人誌、巻末に使った未訳のアイテム有ったよねって。


彼はそのモノフィラメント・ソードがカタナと同じレベル斬れ味しかない事(同人誌でも同じ様にツッコまれていました。多分それを元に自分で想像を膨らませた嫌いがありますね。)にエラく不満の様子で、


「なんでもバターの様に斬れるって書いてるから
絶対、FASA(シャドウランの発売元)の誤植だ。」


とか、

「対衝撃レーティングを半分にする事を翻訳し忘れているんだ。」


などと仰っていましたが、私が


「ただ単に日本人の作ったカタナに負けない武器を作りたかっただけじゃないの?」




(その可能性は充分にあるかと思います。)


っと言っても耳を貸す気は無いようでした。



まあ、いずれにしろTRPGといい、サイバーパンクといい、日本人が正確に機能させるにはそもそも国民性に合って無いと思いますよ。


少なくとも、稚拙な事なかれ主義はいち早く根絶しないと日本のTRPG業界は衰退していく一方だと思いました。


2002年03月21日(木) ゲームマーケット2002に行ってきました。

今日はゲームマーケット2002へ行ってきました。


去年は開場の(確か)30分前に行ったら(いや、もっと早かったかも?)9階の会場から2階下の階段(もっと下だったかも)のところくらいまで並んでいたので今年は開場の1時間半前に会場に行きました。




そしたら人が全然来ていなくて喫煙所??ロビー??みたいな場所で他の参加者の人たちと待機。




ゲーム談議に花を咲かせる。





しかし、話をしていて思ったのは





ゲームのコレクターという生き物についてです。






“はっきり言って、高価格の中古ゲームは遊べネェ”





などと吹いていたのに腹が立ちました。




あと、D&Dは死ぬからダメだ。





クトゥルフは死ぬゲームだから良いんだけどね。



とか言っててさ。



その癖、ディプロマシーは人間関係が壊れるゲームだよねという話題が上った時は










あのゲームはそれを承知で遊ぶゲームだから壊れる方がおかしいんだ









などと仰っていたので









「さっき言ってたD&Dだって同じゲームなんですから


そういうゲームだって思って遊ぶものでしょう?


さっき言ってたディプロマシーとだって同じですよ。










って言ったら途端にだんまりを決め込みやがりました。









この手の自称ベテランさんは自分の意見が最も正しいと思い込んでいる節が見られるのですが、






この手の人間は





自分の意見をひっくり返す意見、








気に入らない人間の意見は





一律に聞き流す、







または





聞こえないフリなどをして










その発言自体を始めから無かった事にする









という行動をとります。







はっきり言ってそういう行動をとる人間が、現在のゲーム人口をどんどん減らしていっているという事を理解すべきだと思いますよ。








僕の周りににも猛打さんという人が居るのですがその人はコンベンションでゲームマスターをする際、










自分の用意したシナリオのレールに乗れないプレイヤーは一律に下手糞だと認識している嫌いがあるのですが、




















ああ、間違えた。
















同じゲームしている時も、自分のルールの読み込み方(または常識判断能力)が一番優れていると思っているので、少しでも自分と違う遊び方をしてたり、そのルールに慣れてなくて試行錯誤して色んな立ち回り方しているとそのプレイヤーにダメージを与えるような発言するんですよ。









前者はルールを初心者にレクチャーしてたら途端に手で制してきて








ここここルールとして必要無いから









後者はルールに慣れようとして積極的に戦闘に参加していたら






「おまえ、さっきやってたロールプレイと全然違うな!!」








ですって。









猛打氏は自分の判断が他の日本人全体の一般常識の総意だと思い込んでいるらしいです。









だから、自分が理解できない事を言われると、











何言ってんの?









お前の言ってる事は俺が理解できないから













他の人も理解できないんだよ?










見たいな顔するんですよね。











それはさておきまして、









今日言いたかったのはアナログゲームに対する敷居の高さですよ。











まあ、この場合は主にTRPGについてなんですが。









現在は企業が新規を取り入れる気が無い。









某所の作っているゲームは特にこの傾向が強いんですが、読み込まないと遊べないゲームや読み込んでもルール解釈でプレイヤーと揉めるゲームしか作ってないんで話にならないっすわ。
(一説では意図的にそういうゲームを作っている、または現在業界に居るプロ(主して○.○.○.○.の某氏1と某氏2と順位置)に日本語を書く能力が無いと言われています。)














それと一番の問題はそれを遊ぶ購買層ですわ。









さっきの自称ベテラン共がゲームを勝手にランク付けしてプレイに敷居をつくる。











EX) ○○○○はこういうゲームだからこう遊ぶんだ









みたいな。










俺からすると(それが例えD&Dの高評であっても)迷惑千万ですね。










そういう風に吹聴されると勝手な先入観が生まれるので未経験者が後込みしてしまうんで。











大概上記のことについて触れると、









「だってそういうゲームじゃん。」










などと、言ってろくに人の話も聞かずに逃げるんでしょうけど。









はっきり言ってTRPGというもの自体に敷居はあってもシステム間にある敷居という物は









自分らで勝手に作っているもんだと俺は思いますけどね。










少なくとも俺はゲームを(例え高価でも)遊ぶためにしか買わないし、TRPGだけじゃなく人と遊ぶゲームは何でもしたいと思っていますので如何に先入観をなくしてニュートラルに遊ぶかを考えていこうとしていますしね。










たちの悪い自称ベテラン共よりは新しい人間を誘うということはしているはず……(遠い目)











今後の命題はTRPGを特別扱いしない意識改革と

たちの悪い自称ベテラン共の早期粛清が急務だと思いますね。


2002年03月09日(土) 昨日の続き。

そして昨日の続きなのですが、






・・・キャラクターの思考とプレイヤーの思考を切り離すことに慣れていない。







という事です。












別にそんなこと出来なくていいじゃん。


















別にで出来たからどうだっていうわけでもありませんが










自分としてはRPGを長く遊ぶための秘訣ではないだろうか?






と考えています。





自分は昔(といっても2〜3年前ですが)コンベンションに行ったら








何時何処でゲームやっても同じシステム、同じようなキャラクターでしか遊ばない。








という人間でしたので非常にゲームがマンネリ化してきていました。




まあ、コンベンションに行くようになったのは上京して来てからなので飽きるということはありませんでした。





とういうのは、コンベンションに行っていろんな人に会って刺激を受けたという事もありましたけどね。





でも、その影響を受けて思った事はRPGというものは








全く別の他人の或る日の一日をロールプレイするものではないかという事です。






これを踏まえて、プレイヤ−(広義でゲーマー)がゲーム中に管理する情報というものは









大きく分けて次の3つに分かれるのではないでしょうか?





1.プレイヤーが知っていて、キャラクターも知っている情報




2.プレイヤーが知っていて、キャララクターは知らない情報




3.プレイヤーは知らないけど、キャラクターは知っている情報






3.についてはその都度マスターが説明すればいい事なので特に問題はありません。








問題は、1.と2.の境界線です。







これらは、ほとんどプレイヤーの裁量に委ねられるので、個人差があるということです。





簡単に説明すれば、





例えばここに同じ100(便宜的に)の経験を積んだプレイヤーが二人居ます。




そしてどのゲームでも構いませんが同じゲームで1LVのキャラクターを作成して遊びました。





片方はその100の経験をフルに駆使して経験豊富な1LVのキャラクターを作成しました。





もちろん大概の局面に対して常に柔軟に対応できます。





もう片方はその100の経験をフルに活用して経験の全く無い




未熟な1LVのキャラクターを作成しました。



彼のキャラクターは多様な局面に対して柔軟に対応は出来ませんでしたが


未熟な1LVのキャラクターとしてのシチュエーションを



彼のプレイヤーは楽しむ事が出来ました。








しかし一緒にゲームをしていた周りのプレイヤー達は



その二人が同じゲーム経験を積んでいる事がわかりません








片方は(半ば意図的に)プレイヤーとキャラクターの経験(または知識)を一緒にして





1LVでも大概の局面に対して対応できるようにしました。




もう片方は(こちらは完全に)意図的にプレイヤーとキャラクターの経験(知識)を切り離して
(ほぼ)完全な1LVのキャラクターをつくりました。



そして、こちらは必要に応じてプレイヤーの経験を反映させます。






これらのプレイスタイルは傍目から見て、

前者は、100の経験を持ったプレイヤーとして、

後者は10の経験を待ったプレイヤーとして感じるわけですね。







話がそれてしまいましたが、





要は自分とキャラクターを






どれだけ客観的に見れるかの








違いなので一概にどちらが勝っている劣っているかという事とはまた別の話です。





ここで書きたかったのは、




考え方をほんの少し変えるだけでゲームの楽しみ方が増えるという事です。








飽きないようにいろんな楽しみ方を考えてみる。







それが大事な考え方ではないでしょうか?

 


2002年03月08日(金) ちょっと息抜き更新。(今日は自分のゲーム環境の話)

いやあ、なんか一月以上こっちを更新していませんでしたが、

レンタルスペースが消えていないか、


正直不安でした。(笑)


なんだか、サークルのリプレイ

半年近く滞らせている

ような気がするのは気のせいです。


ゴーストハンターのリポート

書いてない気がするのも気のせいです。



さて今日は、自分を取り巻くゲーム環境のお話。




最近、D&Dを昔からやっていらっしゃる人たちと

ゲームをするのが主になってきたんですが、




よく




最近のコンベンションではゲームしたくない




という話を聞きます。




というのは、一つには




RPGというゲームにプレイヤーが慣れてない





ということが挙げられるとの事。






この、慣れていないというのは、








 張ャラクターが死ぬ事に慣れていない。






◆張ャラクターとプレイヤーの
思考を切り離す事に慣れていない。

(つまりはロールプレイのスタイルを自分なりに確立していない)








…自分より上の人間を認めることに慣れていない


(これは俺の勝手な見解)






あと、純粋にライトファンタジーに慣れすぎて、





ぁ超力な魔法やマジックアイテムを使うことに慣れていない。







というのが分析できます。



いやぁ、自分で痛い目にあったから余計にそう思うのですが、
最近のTRPGをコンベンション主体でやっている人間を見ていると
そういう人が増えたなと(正確には残った?)思います。



勿論、全部が全部という話では全くありません。





 弔海譴論里らいるタイプですね。






死ぬのが嫌だから



そのゲーム自体をやろうとしない


という傾向の人。






EX)洋モノは死に易いから外せば大丈夫♪





別にコンベンションに限って言えば、貴重な休みを割いて遊びにくる訳ですから一概に間違っていることではないと思います。






あと、死んだことを


ゲームマスターや、そのゲーム自体の所為にしてしまう人。


<そしてそのことでスタッフに駆け込んだりするヤツ(ホントにあった)



これはどうしようもないパターンでしたが、それはさておきまして





まずこの場合、考えて頂きたいのが、







どうして死んだか?


(或いは何故負けたのか?)





と、言う事です。




TRPGは一般に(一般的か?)


勝ち負けが無いゲーム、



上手い下手がわかりずらいゲーム



と言われていますが、

テーブルトップセッションタイプ・ロール・プレイング・ゲーム



言うからにはゲームと言う性質を(または側面)を持っています。





ゲーム(GAME)は遊びという意味の他に、競技勝負という意味も持ち合わせています。





勿論、TRPGのプレイセットは一般にルールブック等と
呼ばれますから、明確にルールというものが存在します。

<たま〜にルールが無いような国産ゲームってあるけどさ。



>ねぇ、順位置訓(謎




脱線していしまいましたが、もしルールに従って負けたのなら、
どうして自分が死んだか考えてみましょう。

<勿論ルールが全てだって話でもないですが。







こういう話って昔からの命題みたいなものだと思うのですが……







ただ活躍したいだけなら、帰ってプレステやってろって俺は思うんですよね。





ロールプレイングゲームの醍醐味に

全く別の人間の、ある日の一日をロールプレイする
(または擬似体験する)

という側面があると思うんですよ。





それがいつも予定調和ならすぐ飽きてしまうと思うんですよね。





予定調和なんてクソくらえ。<それスクライド。



それこそ帰ってTVゲームやってろって言う話だし。




折角、自分以外の誰かで遊ぶなら普段(これはTVゲームも含めて)出来ないことが遊びたいわけで、



だから一辺自分のキャラクターが死んでみる体験はするべきですよ。




だって普段、死ぬ体験なんて出来ないでしょう?




だから僕は一度キャラクターを殺してみることをお勧めします。








なんだか色々書こうと思ってたら長くなってしまった。(汗



続きは気が向いたら書きます。








テロ牧師

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