今日はアイナリーホール10周年記念講演会でした。
健やか人生講座「今に生きる」と題して、酒井雄哉(さかいゆうさい)大阿闍梨による講演でした。
84才になられる師は赤ちゃんのようにピンク色の艶やかなほほに優しい笑顔をのせて、世間話のように冗談を交えて、奥深い人生のお話をわかりやすく語ってくれました。今回は千日回峰のことではありません。
人生の機微についてですが、中でも強調されたのは「常行」ということでした。
比叡山の大学を卒業し、所定の作法などを学んだ後、住職になる資格を取るには、90日間の「常座三昧」か「常行三昧」かをしなければならないそうです。
いずれも食事以外、24時間の不眠不臥読経を90日間続けるもので、「常座」は座ったままの姿勢を、「常行」はお堂の中をぐるぐるめぐる事を指します。
中でも「常行三昧」はあまりに過酷で、明治のころ、千日回峰行を達成した方がその勢いでこの行を行い、終わって1週間後に亡くなったというのです。 その方の遺言で、この行が封印された形になり、その後誰も行わなかったそうです。
酒井師は敢えてこの厳しい「常行三昧」の行を選びました。
同じところをお経を唱えながらただぐるぐる回るだけなので、実際の時間より長く感じてしまうのだそうです。部屋の四隅に立てられたロウソクの減り具合で時間を感じるのです。
3日目ともなると、足がはれて動けなくなり、のどに力が入らず声が出なくなり、頭はもうろうとなって幻覚が出てくる。そんな追い詰められた状況で、突然依然教えられた歩き方をふと思い出し、一歩出すごとに息を吐く・吸うを繰り返し実践したことでそれを乗り切ることができたと話されました。
お話はこの「常行」の大切さでした。
日常は同じことの繰り返し。何かつまらなく感じるかもしれませんが、大切に、丁寧に続けることが人生を積み重ねる、「今に生きること」こそ常行三昧と同じだ言われました。
そのほか、大局を見ること、根本である母と子の絆に帰ることなど、淡々と話される内容はじつに奥深いものでした。
無邪気なまでの身のこなしはまさに「生き仏」といわれる姿そのものでした。
孫の風雅が帰ってきました。
夜中だったのですが、とても元気で、嬉しそうに笑顔を振りまいてくれました。
今回は1ヶ月あまりしか離れていなかったので、私の顔を見るなり泣くことはありませんでした。
最初は少し警戒気味でしたが、すぐ慣れて、遊びの輪の中に入ることができました。
少し見ない間にずいぶん成長したようです。歩き方もしっかりしてきました。
居間周辺、台所、玄関周り、洗面所などをワンちゃんともども探検して回り、自分のテリトリーを確保しているようでした。
子供がいると家の中がいっぺんに明るくなります。
日中はいよいよ春めいてきましたね。
三寒四温といわれるのもこれからです。
今日は「子育て支援ネット」提供会員の方々の春の研修会でした。
今回の講師は私です。
当院の経営方針の本筋が子育て支援であること、支援ネットはその大切な一翼を担っていることからお話を始めました。
提供会員とは託児や産後のお手伝いなどのボランティアとして参加してくださる方々で、当院で出産したかたという条件が付いています。
10数人の方々が集まって、熱心にお話を聞いてくれました。
不思議なことに、みなさん身内のような方々ばかりでした。
夜は柔道整復師専門学校の授業でした。
ホスピタリティマインドについて話し合ったのですが、人間関係の中で一番分かり合えないのが夫婦かもしれないということが話題になりました。
なぜなら、わかってくれているだろうというという幻想をお互いに持ちやすいからだというのです。
確かに、相手のためを思ってする行動や会話が自分を基準にしていることに気がついていないというのもしばしばあるからです。
自分を無にして純粋に相手を想うのは、恋燃え上がっているときぐらいですものね。
あるところからお産への想いを書くように連絡がありました。
お産が好きで産科医になったのですが、好きになった理由は何だったのだろうと、ふと思いました。
学生の頃は産婦人科を選ぼうとは夢にも思いませんでした。
内科系よりは外科系をと漠然にイメージしていたくらいだったようです。
それがなにかに導かれるように、産科医として人生を送るようになっていました。
私とお産との出会いは、わずかに記憶の残る幼児期でした。
母が妹を出産し、産まれたばかりの赤ん坊を産婆さんが産湯に入れていたところに、呼ばれて入ったときのことです。
赤ん坊の顔は全く憶えていないのですが、たらいのお湯の中に、長く白い臍の緒が、ゆらゆら漂うように揺れている光景が、デジャヴェのように浮かんできます。
田舎では当時、自宅出産が普通でした。
ほかの兄弟のときなど、産気づいて大急ぎで産婆さんを呼びに行ったこともあります。
難産だったのか、今でいう微弱陣痛でへとへとになった母親を励ます産婆さんにお金を渡されて、生卵を買いに走らされたこと、卵パワーなのか、なんとか無事に産まれて、隣の部屋でかたずをのんで待っていた家族と喜び合ったことなども、昨日のように思い出します。
昭和35年(1960年)以降10年間で、出産のほとんどが病院などの産科施設で扱われるようになったのですが、それまでの産婆さんの社会的地位はとても高いように感じました。
生活の一部としてのお産という位置づけはこの頃まででしたね。
| 2010年01月20日(水) |
おなかの赤ちゃんへのお知らせ |
今日は久しぶりの暖かさ。
縮こまっていた常緑樹の木々の葉も、心なしかゆったり開いているように見えました。
予定日が近づいて妊婦検診に来られたお母さんが、産む準備は全部整っているのに、なかなかくる気配がないと訴えていたそのとき、全館アナウンスがありました。
“職員にお知らせします。ご退院の準備が整いました。”
(このアナウンスが響くと、医師たちを含め、スタッフは可能な限りお見送りに集まって退院を祝い、赤ちゃんとお母さん、ご家族の幸せを祈って、手を振って見送ります。)
アナウンスが終わると同時におなかの赤ちゃんに手を置いて言いました。
「おなかの赤ちゃんにお知らせします。生まれる準備が整いました。いつでもどうぞ、待っています。」
お母さんと顔を見合わせて大笑いしました。
おまじないが効くでしょうか?!
出産が近づくと、まだかコールが妊婦さんを追い詰めます。
朝から晩まで、産まれた?(本人が電話に出ているのに?!)、まだ産まれないの?、陣痛は?いつごろになるの?(ご本人が聞きたいくらい)、ごろごろしてちゃだめ!、階段の上がり降りがいいわよ!(知ってるって)などなど“小さな親切、大きなお世話”の電話やメールがとてもストレスになります。
そんな暇があったらむしろ、話し相手になったり、一緒に散歩したり、買い物に付き合ったりと、楽しい時間を送る配慮が嬉しいかもしれません。
夜半お産が続けてあり、ふと気がつくと東の空が濃い橙色に輝いていました。実に印象的な美しさでした。
日が昇ると快晴です。
木々たちもすっきりした姿で、天に向かって枝を伸ばしています。こぶしの木はネコヤナギのような白い綿帽子を枝先につけて、春が少し近づいたのを知らせているかのようです。
乳がん検診に来られたお母さん。5歳、3歳、1歳のお子さんがいます。
母乳育児真っ最中の、とっても飲みやすそうでこなれたおっぱいでしたので、今授乳中ですか?と尋ねますと、柔和な笑顔で、「ええ、全員現役おっぱい人生なんですよ。5歳のお兄ちゃんも時々飲みに来るんです。お姉ちゃんと下の子は夜はずっと吸い続けです。私が横になると子どもたちがみんなおっぱいに寄ってくるので、動物になったみたいです。」
すごいですね。まさに人間という動物の「生きもの性」の体現そのものです。性の仕組みは育児を含めてすべて体を使う「生きもの性」の部分です。
私らしくありたいとか、自己実現のための仕事をするとかというのは「人間性」という種の中の存在ではなく、私個人の人生課題ということになります。
「二人目を産んだ時ぐらいからある意味、自分の時間ということをあきらめました。そうすると育児が楽しくなりました。」と笑顔で話されるのを聞きながら、達人に通じるように感じました。
妊婦検診に来られたお母さんに、先日書いたこどもの不思議な記憶力のお話をしました。
「うちの子はいま2歳ですが、私もある時聞いてみたのですが、“そんなん知らん”て言いました。ただかなりおかしいのは、お風呂に入るとよく“おしり見せて!、おしり見せて!”と言うので後ろを向くと、頭をおしりに入れようとするんです。変ですよね。」
ひょっとしてお母さんのおなかに帰ろうとしているのかもしれませんね。
全国的に雪です。
なぜか岡山市だけは薄曇りから晴れです。
さすが風は冷たく、四季を通して半袖の白衣で過ごしているので、退院のお見送りで外に出ると、素肌を指す風は北海道育ちの昔を思い出させてくれます。
順調に出産を終えた方が、ふといわれた言葉が「赤ちゃんてすごいですね。生まれたばかりだというのに、もうこんなに元気ではい上がってくるなんて!お話が出来るようになったらいろいろ聞いてみよう。」というのです。
私が赤ちゃんの持っている優れた能力に相づちを打つと、「親しくしている近所のお母さん方がいろいろ教えてくれるんです。逆子で生まれたこどもが股関節脱臼になったんですね、その子が少し大きくなって言うのには“足が痛くて下ろせなかった”んですって。別のお母さんは“こどもがおなかにいるとき、中からつねられているように感じたのに、先生にたずねると赤ちゃんが中からつねることはありませんと言われたんですね。後からこどもに聞いてみると、ピンク色の明かりのお水の中で、つまむ練習で遊んでいたのと言うのよ”と話してくれたんです。」
こどもの記憶の不思議さにはいつも驚かされます。
今では確かに先天性股関節脱臼は、胎内でおこっているといわれています。恐るべし!
ナナカマドが新芽をしっかりふくらませています。
それにしても冷え込みがきついです。
回診をしてますと、3人目を出産したお母さんの所へお父さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、お見舞いの方とお部屋が満杯になっていました。
小学生の兄弟にとって、待望の赤ちゃんがやってきたものですから、二人とも大変な喜びようです。
お兄ちゃんは同伴したものですから、そのタイミングで眠りに落ちてしまった妹に少し優越感を持っているそぶりです。
でも嬉しくって躁状態の妹はそんなことにはお構いなしで、赤ちゃんを抱っこしている私とそばにいるお父さんを写真に撮るのに夢中です。
そんな大騒ぎの中、抱っこされている赤ちゃんは嫌がりもせず、そばにいるお父さんををじっと見つめていました。
これでまた、家族に新しい絆が生まれることになります。
今年から父親学級が土曜日になります。
今日はその第一回目、「親と子の絆」です。
この受講が同伴分娩の必須条件となります。土曜日で、なかなか来にくいのかなと思ったのですが、さすがいつもと同じように100人を超す人数となりました。
同伴分娩は特別な条件など要らないようにも見えるでしょうが、出産はある意味では修羅場です。
何のイメージも持たないで同伴すると、驚かされることがいくつもあります。
スタッフは当然ですが慣れています。しかし、陣痛から始まる出産の過程は夫にとって初めての連続です。
妻のつらがる様子、得体の知れない陣痛のエネルギー、どうしてあげることも出来ないもどかしさ、分娩の体位、モニターから聞こえる胎児心音、出産が始まると信じられないくらい大きな頭が狭いはずの産道から出てくる光景、ぐったりして息をしていない赤ん坊、スタッフがあわただしく動く仕草、やがて産声が上がり妻が安らかな表情に戻る安堵感など、日常とは違う世界にいる感覚の強いストレスを感じて当たり前です。
以前あまり制限無く同伴をして、トラウマになったご主人のカウンセリングに悩まされたことがきっかけになって、この父親学級を開く動機の一つになりました。
幸い、開業してから同伴分娩のトラブルを経験することなく今に至っています。
もちろん、父親になるスイッチ・オンの準備として、意識を持ってもらうという大事な役割も果たしています。
ありがたいことに、毎回100人を超すご夫婦で賑わう、当院の目玉となっています。
父親学級が済んで、今年初めてのガラス教室へ出かけました。
しばらくガラスと格闘していますと、お産の一報が入り、とんぼ返りでした。でも、ガラス仲間との新年の挨拶が出来て何よりでした。
朝、家を出るとあたりの田んぼは一面の霜でした。
それほど寒さは感じなかったのですが、朝方ぐっと冷えたのでしょうね。
当然快晴で、朝日が眼を射るようです。
朝の冷え込みでアプローチの花壇の花たちが身を縮めていました。
でもお見送りにでた昼には、陽の光をいっぱいに受けて嬉しそうに咲いていました。
生命に関する全ての営みを研究する学問を「生命誌」と名付けた中村桂子氏が立ち上げた研究所から送られてくる機関誌の、今回のテーマは「地下世界」でした。
私たちが目にする地表の世界の全ては、地下世界が作り出しているエネルギーに依存しているというのです。
人間千差万別、ミミズを始め多種多様な地中生物に、飽くなき興味を持って研究している人たちがいます。
今話題のCO2削減などということも、地中の微生物が吸収・分解しているし、無限の可能性を持っているようです。
何しろ、植物は地中の微生物が分解したものしか栄養分として吸収できないというのですから、それ以後の食物連鎖を考えると、地下世界はまさに縁の下の力持ちが住んでいるといえましょう。
昨日のメジロはやはり渡りの途中だったのでしょう、今日はいっこうに姿を見せませんでした。
寒さがわずかにゆるんできました。昼の退院のお見送りでも風の冷たさがそれほど苦にならなくなったので分かります。
暖かいときは木々の葉の色つやが少し明るく感じます。
今日は午前中のみの外来診療なので、午後は少し気持ちにゆとりがあります。
このところ密度の高い診療が続いたので、ちょっとほっとします。
回診で患者さんと少し無駄話をするのもこんな時です。
沙羅双樹の新芽が入院質からよく見えます。それを眺めながら、去年の夏見事に咲いた情景と、純白の花を咲かせたその日に、次々と咲いたまま散る見事さをお話ししました。
聞く人の身にもならず、つい自分の世界に入ってしまい、恥ずかしいかぎりでした。
夕方には今年最初の太極拳教室に顔をのぞかせました。
凛とした寒さの中に出かけるのは気持ちのよいものです。
玄関を出ると、朝日がまぶしくめをいるようです。
よく晴れ渡っています。
駐車場公園には朝早くから、庭のお世話をしてくれている岩尾さんご夫妻が芝生や花たちの手入れをしてくれています。おかげで塵一つ無い朝の庭をみることができます。
年始年末養生していた芝生はさすがにきれいで、刈り込まれた黄緑の絨毯は生き生きしています。
この冬は冷えが厳しいように感じるのですが、さすが北の生まれの木々たちは逆に嬉しそうに新芽をふくらませています。
沙羅双樹も新芽の薄皮を脱ぎ始めました。
いのちを感じさせる木々たちです。
午前中の外来は意外にも落ち着いた日常に戻ったようでした.
外来が終り、明日の山陽ラジオの収録がありました。
新年のご挨拶とをしたのですが、その中で詩を読ませていただきました。
星とたんぽぽ 金子 みすず
青いお空の底ふかく、 海の小石のそのように、 夜がくるまで沈んでる、 昼のお空は眼に見えぬ。
見えぬけれどもあるんだよ、 見えぬものでもあるんだよ。
散ってすがれたたんぽぽの、 瓦のすきに、だァまって、 春がくるまでかくれてる、 つよいその根は眼にみえぬ。
見えぬけれどもあるんだよ、 見えぬものでもあるんだよ。
これをもとに、当院がすすめている母乳育児は、「お母さんに抱かれておっぱいをもらう→おっぱいを吸われることで愛情ホルモンが出る→かけがえのない存在として赤ちゃんをかわいがる→愛情シャワーを一杯に浴びた子どもの心の中に「母いのち」の刺青がしっかり彫られ、お母さんへの絶対的信頼感が養われる→見えないものがわかる力を養う」ことを目的にするというお話をしました。
昼食にあがると、食事中のスタッフたちが何かに注目しています。食堂のガラス戸から眺めると、当院のメインツリー、ケヤキの巨木の枝先にたくさんのメジロがとまっているではありませんか。
渡りの途中に羽根を休めているのでしょうか、何か幸せな気分になりました。
| 2010年01月05日(火) |
胎児心音とこどもの反応 |
夜半から明け方にかけて出産が続きました。
お一人目は初産婦さんで、入院後2時間でいいお産でした。同伴されたご主人は寄り添うようなお世話をされ、赤ちゃんが生まれた喜びをかみしめているようでした。
お二人目は経産婦さんで、入院後間もなくのお産になりました。あまりの早さにお母さん自身とても驚いていました。もちろんご主人もびっくりです。
お産の経過は実に様々です。
夜中のお産で良いことは、日中の慌ただしさの中でなかなかとれない、書類の整理や、本を読んだりするゆったりした時間です。
今朝も2時間ほどそんな時間を楽しみました。
今日も外来は大賑わいです。手術やお産もあったので、つい時間は押せ押せになりました。
妊婦健診には冬休みなのでお父さんとこどもたちがおなかの赤ちゃんを見に来ます。学校や幼稚園が始まるとなかなかこれないので、みんな大はしゃぎです。
気が気ではないのがお母さんです。私たちの迷惑にならないかと気を遣われるのですが、こどもたちはもちろんお構いなしです。
診察室には珍しいものが結構あるので、すぐに遊びだします。そんな中、赤ちゃんの心音が鳴り出すと一斉に集中します。原初の音ですから注意を引きつけるのですね。
心音を聞いたときのこどもの反応は年齢によって大きく分かれます。
2才前後のこどもは本当に懐かしそうに、あるいは嬉しそうに、あるいは驚いたように、じっと超音波の画面を見つめます。時には指さしまでします。
いたずら盛りの3~5才になると、男の子は恥じらったり、うるさいといって耳をふさいだりといった行動を取ります。女の子は逆に小さなお母さんや、お姉さん気取りの感じで、お母さんと赤ちゃんの談義になります。
小学生はいのちの不思議に耳を傾けます。
面白いものですね。
今日から仕事始めです。
年末年始は12月29日から1月3日まで十分な心身のお休みをいただきました。
一年ぶりの家族一泊旅行、家籠もりのお年取り、新年の墓参と年賀の挨拶、間で読書など、普段できない時間の過ごし方でした。
昨日は半日隠れ出勤をして、たまっている仕事を少し片付けたり、メールの整理をして仕事始めの助走をしていました。
おかげであまり休みぼけもなく仕事に入りました。
さすがに外来は混み合いました。
間に分娩なども入り、外来診療が終わったのは久しぶりに夜8時半を回っていました。活気にあふれた一日になりました。
今年は元旦が満月だったこともあって(?)年末年始はお産などで立て込んでいました。どうやらサン・クリニックにとって、ご用繁多な一年を予感させるような年のはじめです。
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