最近珍しく一日中雨で、植物さんたちもほっと一息ついているようです。
午後1時、山陽放送ラジオの収録、30分後女性セブンの取材とあわただしい時間を送りました。
ラジオでは9月26日(土)の「ニコニコサンクラブ」報告をお話して、感動のおすそ分けをしました。
雑誌は以前「孫育て」特集を組んだ際、読者からの反響がよかったので、コンビニなどで販売する小冊子(例えば「孫育て」保存版など)を作るため、加筆原稿用のインタビューが必要ということでした。
最初に質問は「母乳の利点、ミルクの利点」でした。
まずお話したのは、母乳とミルクは並列ではないことです。
育児用粉ミルクができる100年ほど前まで、他の哺乳動物と同様、その種が獲得した栄養法、つまり母乳で子どもは育ち、ヒトがひとになる過程を経てきたのです。
今盛んに話題になっている母乳の利点は、母乳育児の大切さを知ってもらうための研究成果です。
身体に安全なミルクは様々な理由で母乳を飲めない赤ちゃんにとって、命を救ってくれるありがたいものです。
ですからミルクそのものは人間の知恵がつくりだした文明の利器で、大切なものといえます。
問題はその使い方、扱い方です。
当院では院内にミルクはありません。
それは安易な使い方をしないためです。
ミルクはあくまで代替であることを忘れてはなりません。
朝一番に体調不良の方が来院されました。
先日、喜びの3様に(もらう喜び、できる喜び、あたえる喜び)について書きましたが、心身不調になると、健康なときにはできる喜びやあたえる喜びに生き甲斐を味わっていた人が、打って変わってもらう喜びに落ち込んでしまいます。
やりたくてもできないという日々を過ごしていると、してもらって当たり前の“くれない人”サイクルにはまりこんでしまうことがよくあります。
観音業という言葉があります。
いかにも奉仕活動をイメージさせる言葉ですが、人を始め、生きものを生かす働きを表す言葉だと思います。
してもらう喜びの中から感謝の念が、してくれた人へ鏡に反射するように潤いのエネルギーとして注がれることも、観音業といえます。
この時、もらう喜びがあたえる喜びへ瞬時に変わっているように思います。
仏像やマリア像が神々しく感じるのは、人々の感謝や尊敬の念が注ぎ込まれ、いっぱいになって内側から放射しているからなのかもしれませんね。
来院された方が、「こんなにつらいと満足に死ぬこともできません。」と言われたので、「大丈夫!どんな人も必ずお迎えが来るから、安心ですよ。」と答えると、はっと我に返ったのか、大笑いされました。
すっかり暑さがぶり返しています。
診察室が急ににぎやかになりました。
お母さんの妊婦検診に、おばあちゃんと一緒に来たお兄ちゃんが甲高い声で泣いています。
ベッドに寝ているお母さんのところに行きたいのを、おばあちゃんが抱っこしてあやしています。
お母さんも診察はお前じゃないから大丈夫と説得します。
こどものパニック状態のところへ、いきなりはいってゆくほどやぼではありません。
少し静かになったので、カーテンをちょっとだけ開けて遠くからこどもと視線を合わせました。
あれっ?という顔をしたので、すかさず笑って手を振りました。
こどもに近づかず、お母さんのそばに座り、私の横にイスを用意しておばあちゃんに座るよう、合図しました。
おばあちゃんに抱っこされてこどもが座った瞬間、超音波で赤ちゃんを見せて、すぐ心音を聞かせました。
ドック、ドックと規則正しい心音に、おもわず“あかたん、あかたん”と指差しながら叫びました。
そこからすっかり打ち解けていい顔になりました。
今日はいい日です。
| 2009年09月26日(土) |
ニコニコサンクラブがありました。 |
今日は午後1時から「ニコニコサンクラブ」が岡山県生涯学習センター2階を借り切って開かれました。
当院で生まれた今年度3才になるお子さんのお母さんの会です。
大切な育児支援の一つとして、スタッフ全員参加でお迎えします。
3才は育児の節目です。
生まれてきたこどもは、こころ、知恵、意志という、人間の基本的要素ができる臨界期を通り、3才の今まさに価値判断基準と性の自認、性役割の自覚が確定し、生育条件の次のステップへと進もうとしています。
第1反抗期ともいわれるこの時期に、お母さん方はイヤイヤ星人のこどもたちに戸惑います。特に2人目の子育てに入っているお母さんは、上の子の赤ちゃん帰りと自我の主張に、振り回されてしまいがちです。
この節目に、こどもの心配をせずに自分だけの時間をプレゼントすることと、今後の子育てに少しは役にたつお話や日ごろの悩みを話し合う井戸端会議などで、我に返る時間を持ってもらうのが目的です。もちろん無料です。
該当される全員にご案内し、今回は150人の参加予定をいただきましたが、新型インフルエンザやさまざまな事情で、120人のお母さんと、託児をするその子どもたちが参加されました。
懐かしい顔、顔、顔。
お母さん方の笑顔と立派に育ったこどもたちの姿が、私たちスタッフへの大きなプレゼントでした。
先日、鍵山秀三郎先生の講演で、喜びには3つあることを教えられました。
「もらう喜び、できる喜び、あたえる喜び」です。
今回の帰省で、少年時代の様々な思い出にふれることができました。
いつものことながら、思い出は嬉しいことよりはほろ苦さや苦痛を伴うことの方が多いものです。
過ぎてみると、ああすればよかったとか、こうすれば人を傷つけなくてすんだとか、出来事が起こった現場にいるせいか、かなり生々しく思い出します。
傷口をなめるように、そんな想いに浸っていると、ふと、傷つけたのは他人ではなく自分だったことに気がつきました。
記憶は思考や行動にその都度影響していきますから、知らないうちに自縄自縛の状態を作り上げます。時に見る悪夢はその吹き出し口なのかもしれません。
そんなことを考えていると、ハッと思い当たりました。
もし3つの喜びのうち、できる喜び、与える喜びの中にある今であったら、これまで苦い思い出と思っていたことはすべて、今をつくり出すために必要な出来事だったのです。
そう思うと自然に、人生はありがたいものだと、つくづく感じさせられました。
今のこの人生のために起こった一つ一つの出来事を、それでよかったのだと、先祖供養のように浄化できることがわかりました。
今をどう生きるかがいつも最重要課題です。
もらう人生なのか、できる人生なのか、与える人生なのか、意識しながら日々を送ることでしょうね。
この連休、北海道へ行っていました。
私の里で、法事をしてきました。
原発で少し知られている泊村に智竜寺というお寺があります。
大正時代、3人のニシン長者が当時のお金で一万二千円を寄付して建てたという、田舎には不釣り合いなほど、立派な伽藍です。至る所にすばらしい彫刻が目につきます。
ニシン御殿と共に、いわば伝説的なニシン景気をしのばせるものでした。
ニシンって何かですか?
よくスーパーで目にする魚ですよ。
私の故郷、岩内町はこのニシン漁と茅沼炭坑の石炭で栄えた町です。
うっすらと記憶に残っている幼い頃、春が来ると繁華街にはやん衆といわれる季節労働者が一攫千金を目当てにあふれていました。
歌舞伎や相撲、サーカスなどの興行で賑わっていました。
雪解け道をニシンではち切れそうになった荷馬車が何台も何台も行き来していました。
この頃、価値があったのはニシンの卵、カズノコです。
まるまると太って、焼きたてにジュッと生醤油をかけて食べると、何ともいえぬ美味しさと幸せ感が身体を包みます。
でも当時はカズノコを取った身は、ほとんど肥料に回されたのです。
残りは身欠きニシンという干物として保存されました。これがニシン漬けという、北海道ならではの漬け物で、どの家庭でも冬中食べる野菜として、樽や大きなカメにいくつもつけ込まれました。
もちろんカズノコはお正月になくてはならないものとして、日本全国で珍重されます。
このニシン漁の網元は今では想像もできないくらいお金持ちでした。そのお金の一部が、漁の安全を祈願するお寺への寄進だったのでしょう。
思いもかけず、懐かしいこどもの頃と出会いました。
帰りの札幌で、「ウタリ」という学生の頃よく通った炉端焼きで懐かしいニシン漬けとニシンの丸焼きをいただきました。嬉しい時間でした。
出勤のため車を出すと、アキアカネの群れに行く手をさえぎられました。
急に秋の風情満載です。
今日は土曜日です。
週に一度の赤ちゃん回診の日です。
お母さん方が朝食を楽しんでいる間、こどもたちと話をしながら、聴診器を当て、機嫌の善し悪し、体重、黄疸の程度などみていきます。
赤ちゃんはとても個性豊かです。原初のいのちを宿しているかけがえのない器です。
このかけがえのないいのちが、いつまでも大切にされるよう、子育て支援をし続けるのがサン・クリニックの使命です。
秋晴れが続いています。
駐車場公園の植物たちも少しずつ秋の装いをしているようです。
ナナカマドの少し残った実は次第にふくらみを増してきました。多分、徐々に色づくことでしょう。
夏椿はわずかに葉が色づき、実がふくらんでいます。
コブシの赤かった実は赤黒く熟しています。
鈴虫やコオロギの鳴き声にも力が入ってきました。
夕食の膳にカツオのたたきが載りました。口に入れて驚きました。適度の脂がのり、とてもおいしいのです。
そういえば、戻りガツオの時期ですね。春から海流にのって北上を続けたカツオがこの時期南下するというのです。
北の海で十分に太ったカツオですから美味しいはずです。
魚は春と秋が旬ですね。
天高く、馬肥ゆる秋、見事な秋晴れです。
お見送りに出るたびに、あまりの気持ちの良さに、スタッフの足も院内にはいるのがためらわれるほどでした。
午後、サン・クリニック共に育つ会が開かれました。
私は「かけがえのなさ」について話しました。
かけがえのなさは、いわばpricelessです。
プライスレス、値がつけられないほど貴重なもの、何物にも代え難い大事なものということでしょうか。
地球に住む私たち生きものにとって、太陽は無くてはならないものです。
太陽というかけがえのない存在によって、生きもの全ては生きることができています。
かけがえのないものを持つことは、私たちの人生を意味あるものにしてくれます。
自分の人生や、命をかけて守り抜く、やり抜くものを持つことができれば、ダライ・ラマ十四世チベット法王が倖せになるための道、“deep satisfaction”、胸の奥からわき上がるような満足感と言われた意味を体感できるように思います。
いのちを宿し、そのいのちがこどもとなって産まれる。
自分のいのちの分身を育てる。
自分のいのちにかけがえのなさを感じていればいるほど、分身であるこどもがいとおしく、我が身を犠牲にしてまで守り抜くかけがえのない存在としてこどもを大切する。
子育てこそ、日常的なかけがえのなさを感じる場であるといえます。
昨夜遅くまで見ていた韓流ドラマで、王位奪還を目指す王子に向かって、飯屋を出している親しい女性が言った言葉、「欲というのは、待っても来ないものを望むこと」はなかなかいい当てて妙なるかな、と思いました。
もしかして「果報は寝て待て」につながるか、「臥薪嘗胆」の裏技か、ドラマの筋立てにつながっていきます。
明日の12時50分からのRSKラジオの収録がありました。
今回の話題は「血の道」です。
おもしろいことに、この名前は日本特有のものです。
大体は江戸時代、中年女性のいらいら、ヒステリー症状、めまいや失神、頑固頭痛、冷えのぼせなど、今でいう更年期障害と同じ症状の原因として使われたのが始まりのようです。
その後、妊娠、出産、その他ホルモンバランスの乱れにともなう不定愁訴も血の道としています。
女性特有の生理現象から来る清浄なので、産婦人科医を「血の道医」と呼んだこともあったようです。
最近の漢方医の定義は以下のようです。
山田光胤は、1995年の著書『漢方の診察と治療:基礎編』にて「血の道症とは、成人女性のみに起こる病態であって、女性特有の生理現象と密接に関連して起こる精神・神経症状を基調とする病態である。女性の生理現象には、月経、妊娠、分娩、更年期等の正常なものと、流産、死産の異常な場合とがある。」と定義しています。
なかなか悩ましい呼び名です。
| 2009年09月15日(火) |
赤ちゃんに意志を感じる |
朝、お産の為玄関を出ると、寒いくらいの空気でした。
行きかう車に結露が見えました。
今年も急に寒くなる予感がします。
ここ数日、お産は朝のラッシュアワーです。
今日は3人のこどもがやってきました。
そのうちの一人は、今日お父さんが遠方出張の日です。
夕べ、もしかしていない間に生まれるのではないか、と語り合っていたのだそうです。
9時の出発時間でしたが、8時前に元気に生まれてきました。お母さんも、お父さんも大喜びでした。
そのお父さんの言葉が印象的でした。
「子どもの頃から、何かあるたびに母は、父に向かって“この子が生まれたとき、あんたはいなかったよな〜”と言っていました。そのときの父の顔を思うと、なんとか自分の居るときに生まれてほしかったのです。ほんとうによかった!!」
赤ちゃんに意志を感じます。
朝は随分冷え込むようになりました。
過ぎてみれば、夏が結構短かったように思われます。
つれあいが稲の生育を心配していましたが、無理もないようです。
昨日は日本ホメオパシー学会で、京都に行ってきました。
雨上がりの京都の緑はとてもきれいでした。会場は国際会議場で、山深いせいでしょうか、なんとセミがしっかり鳴いていました
まるで去りゆく夏を追いかけていくような、切なさも感じました。
学会は熱心な学びの人たちの熱気であふれていました。
私も妻と二人、熱気に押されながら比較的新しい医学を垣間見ることができました。
帰りのタクシーの運転手さんから、京都人の奥深さを聞きながら、学会の熱気を冷ましました。
その運転手さんの情報では、京都観光は1月半ばから節分までが穴場のようです。その時期はほとんど観光客はいないので、宿は親切に、お寺などは丁寧に迎えてくれるそうです。
それにしても、メインストリートは人があふれていました。
早朝、軒を打つ久しぶりの雨音に目が覚めました。
大地と自然に生命の全てを預けている植物たちは、ほっと一息ついていることでしょう。
午後、掃除道で著名な鍵山秀三郎氏の講演がアイナリーホールで行われました。
76才になられたのですが、血色もよく、昨日の大きな講演会をこなしてこられたとは思えないほど生気にあふれておられました。
講演のお裾分けです。
先生がなぜトイレやみぞなどの掃除という下座行を続けてきた理由を3つあげられました。
1、下から見ると全てが見える。
中国のことわざに「晦(かい)にあるものは能(よ)く明(めい)を見る」というのがあります。 晦は暗くて低いところ、明は高くて明るいところで、へりくだったところからしか、正確にものは見えないという意味です。
2、誰にでもできることを、誰にもできないくらい続ける。いつまでもいつまでも。(凡事徹底)
3、大きな努力で、小さな成果を得る。
限りない努力をして、小さな成果に我慢をしていくことが大事、ということです。 少しの努力で、大きな成果を期待する今の風潮が、世界の混乱を産み出していると言われました。 確かに“一攫千金”、“濡れ手に粟”とは“アリとキリギリス”のように、人生失敗の原因ですものね。
また、日本がよくなるには、“わたしさえよければ”から “あなたさえよければ”へ せめて“あなたがよければ”へ それも無理なら“あなたもよければ”へ意識を変えればすぐにでもよくなると確信を持って説かれました。
夜、法則史学研究会があり、「王陽明」について学びました。
密度の濃い学びの一日でした。
2階ベランダのねむの木が、羽衣のように美しいピンクから乳白色へのグラデーションにゆれる綿毛のような花をつけました。
夏からつぎつぎと咲いているのですが、このところ枝一杯に重なり合うように咲いています。
朝の日差しにピンクの光を放射しているようですし、夕暮れには柔らかなうぶげの鳥たちが枝に止まっているように見えます。
今日もいろいろな問題を抱えている人たちとお話しました。
子育てで一番悩み多いのは二人目が生まれたときです。
お母さんは上の子があまりに気をいらだたせるので、ついにはかわいくなくなったり、時には愛せなくなることもあります。
自分を責めてしまうと涙ながらに語るお母さんのつらさは切々と伝わってきます。
お母さんが、「どうすれば少しは楽になれるでしょう?」と聞きました。
切羽詰った感情に、ありきたりのことは言えません。
マンガ「天才バカボン」を読んだことや、テレビで見たことはありませんか?と尋ねると、昔読んだことがあると答えたので、「それでいいのだ!!」というセリフを思い出してもらいました。
まず、自分の今を認めるところからはじめましょう。
何か自分を責めたくなったら、その理由を全部挙げて、「そして、それでいいのだ!!」と、自分にしっかり語りかけることです。
言い続けることで、自己受容するのです。
そこから次の世界が開けます。
植物は大地に根ざしているからでしょうか、自然の動きに実に敏感です。
夏の終わりから、暑さに負けたのか木々の枝が部分的に枯れ始めました。ナナカマド、ケヤキ、から松(落葉松)、夏椿、とほとんどの木々に枯れ枝が見られます。
この地に植えられて一年以上になりますので、いくら水が足らないとはいっても、水脈が豊富な地域ですから十分に張った根から水の供給は足りているはずです。
毎日の木々との会話で分かりました。
夏の日に焼かれて痛んだ部分を自己修復した結果が部分枯れだというのです。そういえば、松は全体にみずみずしい新しい葉が出てきていました。
しかし、根の浅い芝生やユキノシタなどの草はそうもゆかず、今日も朝から水やりを続けています。
さて、昨日タミフルの妊婦さんへの使用をすすめる産婦人科学会のお話をしました。 製薬会社も生産量アップを打ち出しています。
ところがなんとアメリカのCDC(疾病管理局)の責任者が、新型インフルエンザでもタミフルの使用は原則的に必要ない、自宅安静で十分治る、というコメントを出しました。
理由は供給が不十分なことと、耐性菌ができるのを防ぐというもののようです。
これでまた迷わせます。
自分の身は自分で守る、生きものとしての本来の姿勢を失わせてしまった近代医学の負の代償は大きいですね。
夕食の会話で動物園の楽しさが話題になりましたが、現代医療という枠の中に閉じこめられているわたしたち日本人は、そのうち絶滅危惧種に指定されるかも?!
ブラックユーモア?
早朝からお産が続いています。
いつもは毎月5日の波が子どもたちの来るいのちの波ですが、今月は少し遅れたようです。
午後の診察に、お母さんについて、小さな恋人ゆっぴちゃんがきてくれました。
たくさんのお土産を持ってきました。
私とゆっぴちゃんを描いた絵、お花の絵、暗号のお手紙、お母さんが撮ってくれた4枚の写真、そして折り紙です。
ゆっぴちゃんはもう4才になりました。とっても愛らしく、よくお話をしてくれます。彼女はおじいちゃんと呼びたいのでしょうが、お母さんが院長先生と言いなさいと教えます。フリーマーケットで会うといつまでも一緒に遊びます。絵はもらうたびにどんどん上手になっています。
新型インフルエンザへの対応について、日本婦人科学会は第5回目の改訂を出しました。
これまでと違うところは、やむをえない場合はかかりつけの産婦人科を受診してもよいということです。産むのもかかりつけでよいことになりました。
もちろん発熱相談センター受診が優先されます。
それと、重症化を防ぐため、とにかくタミフルを服用するように勧めています。
本当にそれでいいのでしょうか?
もう一つ、出産前1週間の母体発症は母子同室はすすめられないとしています。これまでは母乳育児を優先させる動きだったのですが、根拠がはっきりしません。
くるくる変わる対応策。何かついていけない気分です。 妊婦の発症が報告されていない現在、アメリカの対応に振り回されるのも無理はないのですが、もう一つ足がちについていない気がします。
枡添えさんも新型インフルエンザにはお手上げですね。
夜半、お産のため家をでると、月は紛れもなく秋の月に変わっていました。
かぐや姫は、この秋の満月が近づいた月の光にふるさとへの郷愁を覚えたのでしょうか。
それにしても、彼女は何のために地球へ送られたのでしょうか?心優しい老夫婦を幸せにするために、危険を冒して竹の中に宿ったのでしょうか。
かぐや姫伝説は宇宙規模のお話が展開されるファンタスチックロマンのようですね。
そんなことを想像しながら、駐車場講演を歩いていると、かぐや姫も聞いたであろうさまざまな虫の声が、ここかしこからあたりに響いていました。
グリム童話「アリとキリギリス」の物語が展開するのもこの季節ですね。
もの思う秋ですが、いのちについて最も考えさせられるのはこの季節です。
朝、窓を開け、空気の入れ替えをすると、やはり季節柄すがすがしいそよ風が心地いい。
昨夜は久しぶりに映画を見てきました。
題名は「セントアンナの奇跡」です。
舞台は現代、実直な郵便局員が、定年2ヶ月前に業務中におこした射殺事件から始まります。
その郵便局員がたどった第2次世界大戦の出来事が詳細に描かれ、迷路のように入り組んだ事件のなぞを解き明かしていきます。
まさに奇跡といえる出来事の連続に、2時間あまりがあっという間に過ぎてしまいました。
ラストシーンの素晴しさは、さすがイタリアとアメリカの合作です。
そのあとの食事では、いろいろな場面について、我妻と大いに盛り上がりました。
映画って本当にいいですね!とは故水野晴郎さんの言葉でしたね。
お母さんの受診につれられて、3か月前後の子が時間差で二人来てくれました。
あやすと、じっと見て、ニコッと笑います。
手や足をチョンとつつくと、声を上げて笑います。
抱っこも嫌がらずにさせてくれます。
成長期の中で唯一この時期を、天使の時期、といえるでしょう。
どんなに忙しくとも、この素敵な出会いを見逃す手はありません。
少しでも遊んでもらうと、心がとても癒されます。
午後、あぶられるような暑さの中、楽しみのブローグラス教室へ行ってきました。
残暑というか、なかなか暑いです。
昨夜、柔整の講義がありました。
セルフエンパワーメントが主題でした。基本は自己受容にあるのですが、その先には自己解放と自己変容があります。
そのお話の取っ掛かりに、不自由な自分の認識が必要と、生徒さんたちに話しかけると、自分は安全の欲求タイプと認識しているB君が、「僕はすべて自由です」とポツっとつぶやきました。
すると次々と、不自由なんかしていない、という声があちこちから聞こえてきました。
自由の認識があまりないのがよくわかりました。
確かに、現在の日本では、行動や思考に対する目に見える束縛はほとんどありません。せいぜい家庭や職場、金銭の束縛くらいでしょう。それさえも深刻な束縛は感じないかもしれません。
そこで順番に、小さいころは家という安全と束縛が、さらには学校、職場、生活環境、結婚して家族ができる、病気、死という自分から自由を奪うさまざまなことがあるのではないかと問いました。
その一つ一つのエピソードにうなづきながら、だんだん乗ってきた彼らは、ついに「心の底から自由だと思うことは可能なのか?」という、本質的質問を出しました。
気づきの瞬間を感じるのは講義冥利と、嬉しくなりました。
駐車場公園の芝生が暑さ負けで一部が枯れ始め、土地の地肌が見えてきました。
夕方、涼しくなるのを待って、築山でスプリンクラーが回り始め、散水用ホースから芝生全体に水まきが続きました。
お父さんの帰りを待つ近所のこどもたちが、お母さんに連れられて、三々五々集まってきました。
みんな小さな噴水のように出る水に大興奮です。
そのうちに男の子がスプリンクラーに駆け寄り、周りではしゃぎ始めました。全身ずぶ濡れです。
お母さんが「せっかく洗ったばかりお洋服を着せたのにどうしましょう?!」と笑いながら言っているのが聞こえます。
こどもは水が大好きです
わが家の子どもたちも(といっても今はもう大人たちですが)、水は大好きでした。
散歩にはみんな着替えの入った自分用のリュックを背負って、いつでも水遊びができるように準備をしていたものです。
雨上がりなどは最高で、水溜りを見つけてはすぐ腹ばいになって泳ぎだします。
小鳥の森公園などに遊びに行くと、噴水に駆け寄っては水を浴び、ついには泳ぎだすのが常道でした。
幼い子どもたちが水遊びをしているのを見ると、つい懐かしく昨日のように思い出します。
朝の連ドラで初恋との別れ方を放送していました。
さまざまな行き違いから、別々の人生を歩んだ母と娘の二組の人生の再構築模様を描いたものです。
それを見ながら、私自身の母親から始まるさまざまな出会いと別れが、ほろ苦さをともないながら脳裏をよぎりました。
記憶はいろんな形をとってよみがえり、人生に影を落としていきます。その影にいつまでも縛られながら、後悔と妥協という、懲りない日常を積み重ねて、いつの間にか自分をぐるぐる巻きに縛り付けながら人生を重くしているかもしれません。
午後、アイナリーホールでハワイの問題解決法「ホ・オポノポノ」の講演会が現在の伝承者、ヒューレン博士を招いて行なわれました。今回は片腕のマーベル女子を同伴されました。
ホ・オポノポノはまさにこの記憶に縛られた人生を、記憶を開放することで、本来光に包まれて生まれてきた状態=0次元(無)に戻そうというものです。
特別なことをするわけではなく、4つの言葉「ごめんなさい」、「許してください」、「愛してます」、「ありがとう」を自分に向かって心の中で言い続けるというのです。
自分におこることだけでなく、自分に届くすべての事象(世界中の)はすべて自分に責任があるということが理由です。
そこまで広がると理解が届きにくいのですが、身近な人間関係を、すべて自分が引き起こしているのかもしれないという目で見直すと、そういうこともいえるという気になります。
効果を体験するには、まず百歩譲って、という気持ちで、何か起こるたびに、記憶のもとである現実を、自分に向かって引き寄せてしまったことに対して、4つの言葉をこころをこめて語りかけます。
この4つの言葉のどれもが、記憶を浄化する力を持っているというのがホ・オポノポノの教えです。
試してみてはいかがでしょうか!
さすが、早朝窓を開けると冷たい空気が入り込んできます。
今日は外来がしっかりと詰まっていました。
深夜、テレビで映画「渚にてOn The Beach」を観てしまいました。
1960年アメリカ映画でグレゴリー・ペックとエヴァガードナー主演の懐かしい映画です。
舞台は1964年第3次世界大戦で、世界核戦争の結果、北半球は生命が全滅し、主人公たちは南半球であるオーストラリアで最後の時を待つという設定です。
今、世界では核に対して日常的にその脅威を話題にし、廃絶を訴えているのですが、半ば日常化して、怖さを忘れているようです。
どんなに時代が変わっても、その脅威はなくなることはありません。
意識をしっかり持って行きたいと思います。
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