久しぶりに梅雨らしい雨の中、クリニック2階のベランダにある、大きな鉢植えの「ねむの木」がメルヘンチックな淡いピンクの、鳥の冠のような花を咲かせています。
わたしが最初に「ねむの木」と出会ったのは35年前、神戸にいたときでした。
サンロードの並木がそれだったのです。
その花に気がついたとき、その可憐な優雅さに思わず見とれてしまいました。それ以来好きな花の一つになりました。
先日山陽道を走っていると、ところどころに大きなねむの木が花を咲かせていました。
いくつか思い出がぶら下がった木や花を記憶の片隅に持っておくと、結構日常に花を添えてくれます。
久しぶりの梅雨空です。
木や草が恵みの雨に喜んでいます。
昨日は少し足を伸ばして呉の「大和ミュージアム」ヘ行ってきました。
映画「男たちの大和」で一躍有名になった、実際の戦艦大和の1/10の大きさがある堂々たる大和の模型がシンボルでした。
近くの港に香港の巨大な船が建造中でしたが、展示されている大和の船体と同じような形と配色でした。
親しい友人が、大和建造に使われた鉄の量は、北海道から九州までをつなぐ複線のレールに相当することを教えてくれました。
第二次世界大戦当時、世界最大最強を誇った戦艦大和が、完全に制空権を握られている中を、沖縄へ向かって片道の燃料しか積まずに、ハチの大群のようなアメリカの戦闘機に襲われ、沈められるのが分かっているのに出航した理由が未だ正確に伝わってこない。
私の記憶では、映画「男たちの大和」の中でも明確にはされなかったように思います。
大和ミュウジアムには微に入り、細に入り大和の資料が展示されていましたが、ここにも“なぜ?”の答えはありませんでした。
大和関連の他に、名状しがたいつらさを感じさせる人間魚雷「回天」の実物、神風特攻にも使われた名機「ゼロ戦」の完全復元機なども展示されていました。
「回天」搭乗員の肉声の遺言は、内容は国を思い、家族を思う崇高なものでしたが、その声は国そのものが殺人集団と化す戦争を弾劾していました。
日本はヒットラーやムッソリーニのような独裁者が戦争に引きずり込んだわけではありません。いうなれば明治政府から始まる富国強兵政策の巨大な渦が自滅的戦争を引き起こしたと思います。
展示されている戦争の歴史を眺めていると、なにやら現在の北朝鮮の姿がダブるようでした。
夜中からお産や入院が相次ぎ、中身の濃い当直でした。
暑い中、午後から少し遠出したのですが、出会った知り合いの方に“汽車の時間があるので・・・”というと、「今でも汽車が走っているの?!」とからかわれました。
電車というと私の中には路面電車のイメージが強いのです。
高校を卒業するまで機関車の終点駅に暮らしていて、蒸気機関車弁慶号からD-51(デゴイチと呼んでいました。)まで、遊びや生活の中に根付いていた「汽車を見に行く、汽車に乗る」という感覚がどうしても消えません。
久しぶりに海を見ながら電車に乗れたことは、こころ休みの時間になりました。
| 2009年06月26日(金) |
コミュニケーションスキル |
熱帯夜が続いていますが、朝ずいぶん気持ちよく寝た気分で起き出してみると、なんとエアコンがつけたままになっていました。消し忘れを気をつけねばと反省しました。
昨夜は柔整師学生への講義に行きました。
コミュニケーションスキルを高めるためにはに、自分を知り、相手を知ることが必要です。 しらずしらずにだす言葉や行動は、意識に自分と相手をおいていないことが多い。
自我(エゴ)と自己(セルフ)、アイデンティティ、パーソナリティ、など日常的に聞く言葉にはそれぞれ意味があります。
それらを実際の活動に生かせるようにするのが講義のねらいです。
それにしても、聞いている学生の反応こそ、わたしのコミュニケーションスキルを試されているのです。
まだ真夏日ではないのに、熱帯夜の様相がここしばらく続いています。
寝苦しい夜も、朝方になるとしばし涼しく、気持ちの良い数時間をプレゼントしてくれます。
昨夜はちょっとしたハプニングで、ハチ騒動がありました。
アシナガバチが庭のベンチに巣を作っていたのを妻が発見し、かわいそうでしたが除去しました。
昨年はそうたいしたことにはならないだろうと様子を見ていましたら、あっという間に大群になっていて、制空権を奪われてしまった苦い経験から、今年は早めの対策に転じました。
今日は医師会の子宮ガン・乳ガン集団検診の当番に出かけました。
わずかに時間がありテレビをつけますと、感動的シーンが映し出されました。
三重県の高校の調理師養成科の高校生が運営するランチ専門レストランを取材したものです。
お客様は地元の方々のみならず、関西からも沢山やってきて、朝9時には10数人が待っていて、開店後200食限定の数種類のランチがあっという間に完売されるという、すぐれものです。
指導している先生は即戦力を養いたいという学校の求めに応じて招聘された、調理学校の講師をしていた、本物の和食職人なのです。
熱血先生の本気の指導が生徒達を動かし、本気で学ぼうとするひたむきな姿勢を産み出しています。
その姿に食事にくる多くの人たちが感動していました。
本気が生み出すすごいパワーを感じました。
駐車場公園のケヤキたちの緑が随分色濃く茂りました。
枝を飛び回るすずめの数が随分多く目につくようになりました。
まさにすずめのお宿になっているのでしょう。
付近の水が入った田んぼに、白サギや青サギが餌を求めてじっとたたずんでいます。
日本古来のわずかに残った伝統の姿です。
雨模様が続いて散歩できないせいか、朝からワンちゃん達がじゃれ合って騒いでいます。
運動不足はペットも人間も心身のフラストレーションを招くようです。
診察室のカーテンを開けると、ちょっとはいるのをためらわれる空気が漂っていました。
置物のように、身じろぎもしないでイスに座っている彼女には、よどんだオーラが身体を覆っていました。
不眠や頭痛、関節痛、なにもやる気が起きない、など心身症からくる不定愁訴に数年来悩まされていると言うことでした。
いろいろな要因から、気分が優れなくなり、仕事もやめ、家庭に引きこもったものの、次第に動くのも嫌になって、寝ていることが多くなっていきました。
最初は心配していた夫も、午前中ほとんど寝ている彼女にさじを投げたようです。
まさに鬱状態ですが、心療内科の薬は合わなかったようで、今は服用していないということでした。
更年期障害ではないかと思って来院したというのですが、30代後半ではその範疇に入っていないことをお話しすると、怪訝そうな表情で、「ネットに30代の若年性更年期障害があるとのっていましたけれど?」と抗議するようにいいました。
プチ更年期ですか?と尋ねると、「そうです!」と初めての笑顔です。
現在のこころと身体の状態をお話しし、漢方を使うことと、生活スタイルを変えることをすすめ、同意されました。
土いじりが好きとのことで、実家のはたけを手伝うこと、壁磨きスクワットやストレッチにでかけることなど、身体を動かすことから始めるようです。
身体を動かすことが心身症の治療のはじめです。
昨夜少し降ったようで、梅雨らしい湿った空気に満ちていました。
この時期、雨が降るたびに緑の地面は盛り上がり、木々は枝葉は緑のカーテンを空に広げます。
木陰は精霊が宿っているかのように空気が変わります。
沙羅双樹の花が百花繚乱のごとく、路上を白く被って、妖しい景観をかもし出しています。
クリニック周辺の田んぼに水が入り、田植えが始まりました。
青々とした稲が、涼しげに風に揺れています。
これまでそこのにわずかに流れていた用水には満々と水が流れ、市の周辺の田んぼに水を供給します。
こどもたちの魚釣りの季節が始まります。
ひさしぶりのブローグラスです。
今は小物に挑戦しているのですが、なかなか難しいものです。
種の取り方や、形の微妙なゆがみが直接出来具合に影響します。 また、ポンテといって器の形を整えるために底を鉄の棒にくっつけて、口の部分を切り離すのですが、くっつける部分が中心からわずかでもずれると、それだけで変形します。
などなど、いろいろな要因の影響で、ガラスの種を取るときに描いていたイメージと実際の作品の形は、段階をたどる毎にどんどん変わっていき、出来上がったときにはため息が漏れるという具合です。
夜は法則史学講座「日中人物伝」がありました。
今回は吉田兼好「徒然草(つれづれぐさ)」が教材でした。
その一部、 三十七段 朝夕(あさゆふ)へだてなくなれたる人の
原文:朝夕へだてなくなれたる人の、ともある時、われに心おき、ひきつくろえるさまに身ゆるこそ、「いまさらかくやは。」など言ふ人もありぬべけれど、なほ、げにげにしくよき人かなとぞおぼゆる。うとき人の、うちとけたる事など言ひたる、また、よしと思ひつきぬべし。
訳:日々すっかり親しくなじんだ人が、なにかの折、急にあらたまって、ていねいにとりつくろう様子を見せるのは、「今さらそんな他人行儀だなあ。」などと言う人もいらっしゃるけれど、そうはいっても私には、しっかりしているいい人ではないか、と思われます。また、日頃親しくしていない人が、うちとけた事などを言ってくるのも、またいいものだ、などと思いがつきないものです。
原文中の“げにげにしく”のところを講座を主宰する林英臣先生は注目され、「“げに”とは“そのとおり”とか“そうだ”という意味がありました。今、国会答弁などで野次で内容が聞こえなかったりするようなので、“げに”と短く合いの手を入れるくらいにするといいですね。」と話されました。
まさに、「げに!」
今日も1日晴れました。
NHKテレビに動物写真家、金森光彦さんの特集がありました。
数分しか見れませんでしたが、興味深い会話を聞くことができました。
“大人は虫を嫌うけれど、子供は嫌わない。子供は虫たちと自分と同列においている。友達関係に近い。素晴しい感性で虫たちと交流する。”と話したのに対し、“アナウンサーが大人になるごとに感性が鈍くなるのはなぜでしょう?”とたずねました。
“好奇心がなくなるのでしょう。見て、知っているから、もう見なくていいという見たつもり、思い込みが好奇心を薄くしていくのだと思います。”と語っていました。
昆虫に見せられ、昆虫の目線で表情豊かな写真を撮り続けている人の言葉です。
6月から市の子宮がん・乳がん個別検診が始まりました。
毎日数人の方が訪れます。2年ぶりに顔を見せた方が「びっくりしました。知らずに前のクリニックへ行きましたら、何か少しさびしい感じがして、先生に何か変わったことがおこったのでは?と心配になりました。なんと新しくなったのですね。」と言ってくれました。
また、別の方は、「山内逸郎先生のモニュメントをみて、とっても懐かしい思いをしました。」と言われました。
今日もこころが喜ぶお話を聞くことができました。
| 2009年06月18日(木) |
むくみとうどんめぐり |
明るく晴れた一日でした。
今日の山陽放送ラジオは私の当番でした。
話題はむくみについてです。
妊娠浮腫は妊娠高血圧症候群(なじみの妊娠中毒症のこと)の最初のサインです。腎臓に負担がかかっているむくみが中毒症の引き金になります。
基本的に、妊娠中は胎児への酸素や栄養を送るため、子宮血流が増えるので、生理的に軽い水血症(水っぽい血液)の状態になります。その延長上でむくみが出やすくなるのですが、これは中毒症にはなりません。でも体が重く、倦怠感や冷えを増強させるので、少しでも軽くする方がいいでしょう。
いずれにしても、腎臓に負担をかけないように、塩分制限(うすあじ)、十分な休息、睡眠、少し汗ばむくらいの適度な運動、冷房はやさしく、などが肝要です。
夏は濃い味が美味しく感じられますので、要注意です。 ひやむぎ、そうめん、冷麺などが美味しくなります。汁をつけすぎないように!
今日、1週間前むくみで薬を出した妊婦さんが受診されたのですが、むくみがきれいにひいていました。そのわけを、新しい発見をしたように嬉しそうに話してくれました。
「じつはあの時、高松でうどんめぐりをしたのです。3箇所で、美味しくいただいたのですが、そのせいでしょうか?うどんは塩分が濃いですものね。それに行列のできる店が多く、大分くたびれたのも影響していますよね。」さもありなんでした。
妊婦さんばかりではありません。冷房の中にいる日常は皮膚の汗腺を閉じてしまい、水の着物を羽織っている状態になることがよくあります。 さまざまな影響がありますから、気をつけたいものです。
夕方、瀬戸内テレビが沙羅双樹の撮影に来ました。 緑の特集のようです。
こんなにも見事に咲いているのを県内では見たことはないと、感嘆符で語ってくれました。 多分皆様の目にとまるかもしれません。
気持ちよく晴れています。
当院の看板が近状の方々の目に触れるようになりました。
コンクリートが十分乾くまで、地肌がやや黒ずんで見えたので、ピンクのシンボルマーク(なでしこの花)とグリーンの葉が少しぼやけてみていました。
このところなんとか落ち着いたようです。
“やっとできたね”とか“上品でいい”といった好意的評価をいただきました。
夏椿が見ごろを迎えています。
近所の方がスタッフに“つぎつぎ花が落ちてくるので、この木は枯れ始めていますよ。”と教えてくれたようです。
一夜にして花が落ちるのを勘違いされたのですね。
綿帽子のようにつぼみが白く膨らみ、清楚な花を開くと、その夕方にはスッと落ちてしまいます。もののあはれの世界ですので、お釈迦様にちなんで、沙羅双樹に見立てたといわれます。
夕方、突然の激しい雷とバケツをひっくり返したような雨音に驚きました。
ドーンという落雷の音と共に停電。
説明を聞いていた方が思わず身を縮めました。
ふと子どもの頃を思い出しました。
昭和29年(私が小学校5年の時)台風の最中、大火のため町の2/3が焼けてしまいました。
その年は天変地異が多くおこったのですが、その一つが雷雨と竜巻でした。
焼け野原の向こうに日本海の荒波が真っ黒い雲に覆われ、時折、驟雨にあたりがかすむ中、雲の中から円錐形の渦が海面に向かってスルスルと降りると同時に海水が巻き上がり、まるで竜が天に舞い上がるように竜巻が縦横無尽に海面を駆け巡ります。
つぎつぎと舞い上がる竜の舞を、時のたつのも忘れて、呆然と見入っていた記憶があります。
その年、漁船の遭難が相次ぎ、何人もの漁師さんが波間に消えました。
そういえば、青函連絡船「洞爺丸」がこの台風で沈没し、多くの犠牲者を出して、洞爺丸台風と名づけられました。
そして私の町、岩内の大火から始まる、水上勉が発表した「飢餓海峡」の舞台となったのです。
雷様が記憶の糸をほどいてくれました。
| 2009年06月15日(月) |
ぼくも一番になりたい |
梅雨だというのに、夏の入道雲が顔を見せていました。
産後1ヶ月健診に来られたお母さんに、4才のお兄ちゃんが嬉しそうにまとわりついています。
そのお兄ちゃんに聞きました。「赤ちゃん、かわいい?」
「うん、かわいい」と即答です。
この子は妹が生まれる前から、誕生をとても楽しみにしていて、お母さんの健診には必ずついてきて、一緒に超音波の画面に映る赤ちゃんの映像をを楽しんでいました。
お母さんは、お兄ちゃんが赤ちゃんの受け入れになんと積極的なことかをよく話されていました。
お母さんにお兄ちゃんが我慢をしていないか、いい子であることにお母さんが甘えていないかを尋ねました。
「そうなんです。つい我慢をさせてしまうし、行けないと思いながらつい叱ってしまうこともあるんです。でもよく耐えてくれています。」と話してくれました。
いい子ほど気を使ってあげなくてはならないことや、我慢しているとどこかにひずみが出ることをお話しすると、「確かに夜泣きをするようになりました。それと、私が抱いているのはいいのですが、休日などお父さんが抱っこするのは許さないんです。どうしてでしょう?」
それを聞いていたおにいちゃんはニッとしました。 「お母さんは我慢するけど、お父さんはおにいちゃんだけだものね!」とたずねると、ウン、ウン、とうなづきます。
そうなのです。やはりどこかで自分が一番大事にされている実感がないと、上の子の意識は萎縮してしまいます。
愛されたことのないこどもは、ひとを愛することができない、といわれるゆえんです。
「お父さんには一番にお兄ちゃんと遊んでもらって、それから赤ちゃんを抱っこしてもいいことにしようか?」ともちかけると、ウン、ウンとちょっとこころが動いたようです。
梅雨入りしたというのに、ほんのおしめりだけでした。
久しぶりの出張で午後、新幹線を利用しました。
会議への準備の分厚い書類に目を通しながらではありますが、車窓に新鮮な季節を感じ、うたた寝をし、小説を楽しむこころ休みの時間でした。
しかし、夕方から明日の夕方まで、かんづめの、密度の高い時間を過ごします。
岡山も梅雨入り宣言です。
夜、野村楽天監督の野球人生を語るテレビを観ました。
印象的な言葉、「野球は一球投げたら休憩ですよ。こんなスポーツはない。」
なるほど、投げた瞬間ゲームが動き、一段落すると、次の一球まで両チーム全員が動きを止める。
よく、この一球にかける!といいますが、投手は投げた瞬間が全てですが、彼が歩んだ捕手人生は、投手に投げさせるまでの駆け引きが全てなのですね。
将棋や囲碁に通じる知的ゲームですね。
そういえば「つぶやき野村」といわれた間の駆け引きに、ほとんどの選手たちが惑わされましたが、ただ1人長島茂雄巨人監督だけはまったく乗らなかったそうです。
自分の世界に浸りきった長島選手はさすが宇宙人ですね。
| 2009年06月11日(木) |
アイ!アイ!貴重な時間 |
暑いくらいの一日でした。
エンジョイ親子サークルからの帰り、アイナリーホール横の花壇で1歳半くらいの女の子がお母さんとお花を摘んで遊んでいました。
「暑いくらいですね」とお母さんに声をかけ、その子に「こんにちは、お母さんと一緒でいいね」と話しかけると、しばらく警戒するように私を眺めていましたが、ニコッと笑って「アイ、アイ!」とつまんでいたレモングラスの小さな赤い花を差し出しました。
うれしくなって、「くれるんだね、ありがとう!」と手を差し出すと、「アイ!」とそこにのせてくれました。
大きなプレゼントでした。大切に持ち帰りました。
お部屋周りをしていると、ベランダの前のベンチにお父さんが赤ちゃんを抱いて、いとおしげにあやしていました。
かわいいですね!と声をかけると、「最高です!本当に可愛い!」とにこやかに赤ちゃんから目を離さずに答えてくれました。
そのお母さんのお部屋にはいると、お母さんとお兄ちゃんが楽しく遊んでいました。
お父さんと赤ちゃんだけ、お母さんとお兄ちゃんだけ、それぞれの貴重な時間を、みんな心地よく味わっているように感じました。
夜半から降り出した雨が夕方まで降ったり止んだりの気候でした。
昨夜は爆笑問題のインタビュー番組「爆問学問」を偶然観ました。インタビュー相手は生まれつき全盲全聾の東大教授、福島智さんで専門は「障害学」です。
障害とは、そして障害者とはなにか?について考えさせられる深みのある番組でした。
まず驚いたのは手話点字でした。点字訳者の方が、彼の両方の指をピアノの鍵盤をたたくように、言葉を伝えていました。それも実に素早く、会話の切れ目がないのです。
その繊細な技術に感動しました。指の使い方で微妙な感情も伝え、それに対する彼の受け答えはまた実に正確で、全盲全聾とはとても思えませんでした。
障害者ということについて彼は、「障害者とは身体的にて意義付けられるものではない。産業革命から始まる大量生産による均一化という社会の方向性、つまり経済的仕組みから外れたものを障害者とされたのです。 そして、そこから浮かび上がってくるのが“生きる”とはなんなのか?ということです。」と問題を投げかけました。
福島さん福島さん自身は自分を障害者などとは思っていないように、親をはじめ、誰かがというか、社会がレッテルを貼っていることは確かに間違いありません。
それはとりもなおさず私自身の意識そのものです。というか、思い込まされているといった方が正しいかもしれません。
この番組は、忘れてはならない大切なこころ、意識の持ち方について石を投げてくれました。
終日曇り空が続きました。
里帰り出産で、最後の健診にこられた初産婦さんが、順調に育っているし、母体にも以上がないことを伝え、自分を信じてお産に向かうようエールを送りました。
ちょっとはにかむように、「じつはとってもお産が怖いんです。それだけが心配で!」と顔を曇らせました。
そこでいつものように、陣痛はどこからか来るのではなく、赤ちゃんを産むように自分に用意された自然の仕組みなので、流れに身を任せるように、わき上がるエネルギーにまかせると必ずうまくいくこと、スクワットや床磨きなど身体作りをすること、などをお話ししました。
すると「よく分かっています。おトイレも和式を探していくようにしているんです。最後に握手をしてもらっていいですか。力が出ると思います。」といわれました。
喜んでしっかり握手しますと、「うれしい!では頑張ってきます!」と帰られました。
ああ、言葉ではないんだ。お守りのように、自分を支える何かが要るんだな、と改めて気づかされました。
たしかに、指しゃぶりから始まって、人間は洋の東西を問わず、自分を支える心の杖を身につけ、心に抱いていた。究極は信仰で、信じる力を獲得した、人間ならではのエネルギーかもしれない。
おだやかな暖かい一日でした。
クリニックの看板がやっと姿を見せ始めました。
これで紛らわしさが多少改善されるでしょう。
午後、アイナリーホールで、坂田道信先生による定例の読書会がありました。坂田先生はもちろん複写はがきの「はがき道」のパイオニアです。
ご講義の中で、読書会の真髄について話されました。
「読書が大切なのは、本の中に光っているものがあるからです。何年も、何十年も私を待っている言葉がある。その言葉に出会ったとき、その言葉によって生かされ、家族も友人も、幸せにすることができる。読書会はそんな意味がある。」
まさに読書の真髄ですね。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。 驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。 猛き人もついに滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。」
ご存知平家物語冒頭の1節ですが、日本では育たない沙羅双樹を夏椿で代用してきたのですね。多分平家物語の作者も本物は見ていなのでしょうね。
朝に咲いて夕には散るというたたずまいが、お釈迦様のなきがらを包んだ白い清楚な花を髣髴とさせるのいうことで、沙羅双樹と呼んだのでしょうか。
その夏椿の花が、次々と咲き、そして散っています。まだ残っているユキノシタのカスミソウのような花の群落に隠されていますが、重たげにたくさんつけているつぼみが、まもなくその群落を白で包むことを予感させます。
夜、休み休みですが続けている吹きガラス教室の生徒展打ち上げがありました。楽しい仲間と楽しい会話を存分に楽しみました。
感謝!
待ち遠しかった夏椿(沙羅双樹)の花が開きました。 椿に似た白い清楚な花が咲いては落ち、咲いては落ちする情景がしばらく続きます。
クリニック北側の5つの株立ちの木がそれです。
昨日夜、柔整師養成校での講義は「こころの成り立ちとふるまい」について話し合いました。
こころの起源に触れながら、自我(こころの状態)と自己(アイデンティティとふるまい)へと話題を進め、エゴグラムで受講生個々の自我状態をゲーム感覚で味わってもらいました。
自分を知り、相手を知ることはコミュニケーションスキルとしてとても大切です。
コミュニケーションの目的は中野裕弓さんがいつも口ずさむ「自己肯定・他者肯定=ウイン!ウイン!Win!Win!」だからです。
自宅の庭の「ミオヤナギ」が見事に満開になりました。 5枚の濃い黄色の羽根のように薄い花を広げ、絹糸ほどの細さのおしべを冠のように震わせながらそよ風に揺れています。 花は密集していますので結構華やかです。
夜半より3人の赤ちゃんがやってきました。
お二人はとてもスムーズなお産で、赤ちゃんもさぞかしストレスが少なかったものと思いました。
最後の方もしっかりと陣痛に向き合い、いいお産をされました。
今日の赤ちゃんは皆ラッキーです。
ただ、私たち立ち会う側から見た安産と、産んだご本人が感じた楽さかげんとは随分違うようです。
初産だからつらかったというわけではなく、案外二人目出産がつらかったといわれる方も少なくはありません。
初産は無我夢中で産んで、やすらぎホルモンが出るため、速やかにつらさを忘れてしまいます。 また、初めてのことには関心が高くなり、緊張もしますが心の準備もできやすいと思われます。
2回目ははじめに比べお産が軽くすむといわれるので、そのつもりでお産に臨みます。しかし陣痛は何人目でも強さは変わりませんので、陣痛が強くなる毎に予測値を上回る痛みを意外に感じ、前回出産の記憶よりつらいと感じてしまうのでしょう。
まぎれもなく分娩時間は半分以下になり、スムーズな出産がほとんどなのですが、つらさは今のものなので、予測値(期待値?)をこえた分だけつらいのでしょう。
山陽放送ラジオの収録がありました。
今回は子宮内膜症についてのお話をしました。
原因はまだよくわかっていませんが、子宮の内膜細胞がおなかの中にもれて、子宮の根元や骨盤、腸管の表面、卵巣などに増殖していくことで、癒着や、卵巣嚢腫など骨盤の炎症状態を作り出して、激しい生理痛、腰痛、排卵痛、過敏性腸炎、過多月経、貧血症、不妊症など、女性を困らせます。
20年余り前までは、癒着した部分を切り取ったり、はがしたりする手術療法とピルが主流でしたが、それぞれ問題があり、その後根本原因である月経を一時的に止めて、自然消退を期待する方法になり、現在に至っています。
ごく最近低用量ピルの一つが子宮内膜症への保健適応になって治療の幅はかなり広くなりました。
いづれにしても、子宮内膜症はつらい状態です。生活習慣も関係はするのですが、我慢するだけではなく、医療と手をつなぐことも必要かと思います。
真夜中に、満を持したように、赤ちゃんとお母さんの呼吸がぴったり合った自然の営みとしての出産がありました。
当然のように赤ちゃんはとても元気で、お父さんは大感激でした。そのお父さんに、お母さんが「ビデオが遅れてるよ。仕事!仕事!」と声をかけました。
お父さんははっと気がついたようにビデオを回し始めました。「ひどいでしょう、先生!お産のときの私の働きが、父親としての一生の評価になると脅すんです。」うなづきながらお母さんはニコニコ。
周りのスタッフは急いでお父さんを力づけました。 「お父さんがよくがんばってくれたから、こんなに安産になったの。立派な仕事をしましたよ。」
お父さん、少し嬉しそうに顔をほころばせました。
妊婦健診に来られた方がにっこり微笑んで言われました。 「何があっても、おなかの赤ちゃんにまかせることにしました。そう決心したら気持ちが軽くなりました。お父さんも覚悟したようです。」
思わずこころの中で赤ちゃんに言いました。「おめでとう、よかったね。君が家族を救うんだね。」
私が大好きなご家族に、新しい生命が授かりました。
午後の外来はとてもゆったりしていました。 こころ休みをいただきました。
| 2009年06月01日(月) |
ソフロロジー式分娩法 |
今日はとてもすがすがしい気持ちのいい朝です。
昨日(日曜日)はスタッフ研修の日でした。
佐賀県唐津市に“たなべクリニック(産婦人科)”を開かれている、田辺良平院長をお迎えし、ソフロロジー式分娩法について講演していただきました。
ソフロロジー法は、 陣痛を「赤ちゃんを生み出すための大切なエネルギー」と考え、 赤ちゃんと一緒に乗り切ろうという積極的な考え方が基本にあり、 最高にリラックスした状態で出産できるように、妊娠中からイメージトレーニングを行います。 その最高にリラックスした状態をソフロリミナルな意識段階(眠りに入る前の状態)といい、 そこからソフロロジー法と呼ばれています。 (たなべクリニック ホームページよりコピー)
日本におけるソフロロジー式分娩法の第一人者で、赤ちゃんになったかのような臨場感あふれる語り口は、お産に関わる私たちの心を強くゆすぶりました。
胎児期と出産は時に人生を決定づける大切な場面です。 なんと大きな責任だろうと日々思い知らされます。
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