子育て情報交換
sunclinicの日記

2007年07月25日(水) 地球の音に耳を済ませよう

いつものことですが、時間はあっという間に過ぎていきます。
“幸運の女神は前髪しかない”ということわざがありますが、「一瞬の時」にアンテナをめぐらせていないと、運が雲散霧消となりかねません。

忙中閑あり、7月16日久しぶりの休日。妻と連れ立って、朝9時頃から映画を見に出かけました。龍村仁監督の6作目「地球交響楽第6番」です。ガイアシンフォニーといったほうがよく知られているかもしれませんね。

今回のテーマはいつもと違い「音」。
龍村仁監督はこの映画のパンフレットの中で次のように語っています。

“1989年、この映画シリーズをスタートするに当たって、タイトルを『地球交響楽(ガイアシンフォニー)』と定め、「地球の声が聴こえますか?」という呼びかけからはじめた。巨大な生命体であるこの地球のシステムは、今、この一瞬にもライブ演奏されている「交響楽」のようなものだと直感したからだった。
今私たち人間は、明らかに調和を乱す不協和音を奏でている。調和を求める宇宙の「大いなる意思」に依って、私たちそのものが抹消されてしまうのか、それとも、新たな調和の音楽の創造に参加することができるのか、その選択は私達自身に委ねられている。
今こそ私達は、自分以外の存在が奏でる‘音楽’を聴く第三の耳を開かなければならない。
それが、第六番のテーマを「音」と定めた私の動機であった。“

人間と自然の在り様、人間の中の神性などに焦点を当て、人間のこころそのものをとり続けてきた竜村監督ならではの世界観がこの作品で音に集約されたように思う。

圧巻はシタールとイルカの歌でした。

シタールの巨匠、ラヴィ・シャンカールの奏でる音色は、まさにインドの神々が今にも現われる臨在感に満ちていました。心が震えました。
ちなみにシタールには楽譜がなく、伝承がすべてであるということをはじめて知りました。

イルカの鳴き声は知っていたものの、きちんとした旋律を持った歌を歌うことを、海洋学者、ロジャー・ペインが証明してくれました。こちらはイルカの声紋という楽譜がありました。なぜか懐かしくも哀しい、胸に迫るものでした。

音のチャネリスト、ケリー・ヨストのピアノは不思議な透明感にあふれていました。彼女の5歳の頃ひと夏過ごした、ネイティヴ・インディアンが住むレッドフィッシュ湖畔に、スタッフを案内する小旅行した時に質問された「なぜ、ここによく来られるのですか?」という問に対し答えた、「this is my home」を聴いた瞬間、なぜか私のこころ琴線が震えだし、涙がとめどなく流れました。不思議な感覚でした。

地球の音に耳を澄ませよう。



2007年07月13日(金) シャーラ船と子どもたち

朝NHKテレビで“人間ドキュメント「シャーラ船と15歳の夏〜島根・隠岐」”を出勤時間を気にしながらつい、観てしまいました。

隠岐の西ノ島には、100年以上前から伝わる「シャーラ船流し」という風習があります。竹などで骨組みを作り、麦わらとわらで覆って長さ10mもの船を北前船に似せて作り、お盆の16日朝、精霊船として供物を積み込み、海を渡り神社のある島の入り江につなぐという賑やかな行事です。地区ごとに建造するのですが、取材していたのは代々中学3年生がその作り手になるというところで、中学最後の夏休みを船作りに関わる子供たちの姿を追ったドキュメンとです。

島には高校がなく、本土に出て行かざるを得ない現状に、子どもたちの心が複雑にゆれます。そんな中、半強制的に借り出される船作りにほとんどみんな乗り気ではありません。

指導者として長い間仕切ってきた一人のおじさんが、根気よく子どもたちを引っ張っていきます。お盆に里帰りした先輩たちも手伝い、次第に子どもたちに熱気が回って、ついに自分たちの手でやり遂げます。

沈まず無事曳航され、鳥居の島につなぎ終わった子どもたちの満足感と、面倒を見てきたおじさんの素晴しい笑顔に心打たれました。

世の中が便利になりすぎて、協力しなくてもほとんどのことが間に合うこの時代は、助け合うという人間本来の成り立ちさえ忘れてしまう気にさえなります。

子どもたちに、一人では出来ない何かを感じさせているこの伝統行事を取り上げた番組に拍手!



2007年07月12日(木) 七夕の祈り

当院の受付ロビーの花壇と食堂に七夕の飾り付けがあります。
どちらもたくさんの短冊が、願い事を満載して重そうです。

願い事で多いのが、お母さんからのもので、子どもの健やかな成長と、家族の健康でした。(中には宝くじ当選という、楽しげで現実的なものもありましたが・・・)
一つ一つ読んでいると、子どもの頃の七夕を思い出します。

戦後それほどたっていなかった50年前ごろ、家の隅々や土地そのものに神々が宿っていることを感じる感性が、大人から子どもに伝えられ続けていました。
四季折々の節句も、神々の舞い降りる世界を作り上げていました。

北海道の西の端にある故郷では、初夏の七夕のころ、空気の澄み渡った空に天の川がとうとうと流れていて、彦星と織姫の悲恋物語に現実味を与えていました。
家々ではそれぞれ趣向を凝らした竹飾りが門先に据えられ、家族みんなの願い事が揺れていました。親たちの短冊はやはり子どもの成長と家族の健康、家内安全でした。

七夕があけると、次々に海に流しました。海の向こうにいる神様が願いをかなえてくれるように祈りながら・・・。

今思うと、こども達は節句のたびごとに繰り返される、親たちの祈りに支えられて育っていたようです。

子育ては祈りの中にあるのでしょうね。



2007年07月11日(水) こころが洗われる

今日は朝からこぬか雨。

出勤途中、登校中の小学生の群れに出会いました。たくさんの子どもたちが色とりどりの傘をさして、楽しげに歩いています。6年生の班長さんたちは、前後でその群れを守るように声をかけています。

どの傘もほとんど同じものはなく、花や水玉、キャラクターなど、その子や、お母さんのセンスを表現しているようで、思わず目を奪われてしまいました。中には窓が開いている傘もあるんですね!

横断歩道で止まって子どもたちの通るのを待っていると、ゆったりした子どもたちもいたり、友達とふざけあったりで、渡り終えるのが少し遅くなりました。先に渡った上級生が、早くわたるように促しました。グループが渡り終えると、最後尾についていた別の上級生がこちらに向かって深々と一礼しました。

まさにこころを洗われる思いでした。

梅雨もまた楽しからずや!



2007年07月08日(日) オカリナコンサート鳥取へ

オカリナ奏者、本谷美加子さんのコンサートを聴きに、鳥取市にある「流し雛の館」へ出かけました。直前緊急手術が入ったため少し遅れて出発しました。妻と久しぶりのドライブです。

鳥取へはひさしぶりです。
子どもたちが小さかった頃、何度か浦富海岸へ海水浴に通ったので、懐かしくその頃の話などをしながらドライブを楽しみました。幼い頃の子供たちの話題は、何度同じ内容を語りあっても新鮮ですね。

途中、山間のすてきな喫茶店で少し休憩し、美味しいコーヒーで気分をよくし、少し遅れてコンサート会場に着きました。

本谷さんは当院のアイナリーホールで2回コンサートをしていただいた方です。
まるで妖精のような素敵なたたずまいはさらに磨かれ、巧みに操るオカリナの音色は大地のたくましさと木々を渡る風の軽やかさ、森で小鳥たちの歌声に囲まれているような楽しさに満ちていました。

わずかな出会いに旧交を温め、帰路につきました。
途中道の駅に寄り、野菜を抱えて満ち足りた気分で帰宅しました。

本谷さんの後楽園ライブが7月29日夜、後楽園内の野外ホールで開かれます。



2007年07月02日(月) あかちゃんもうくるしくないね

妊婦健診のお母さんが、少し眼を潤ませて話してくれました。「娘が今日幼稚園で、はじめてバイバイしてくれたんです。3日前から練習していたみたいで、“おねえちゃんだからだいじょうぶ!おねえちゃんだからだいじょうぶ!”と夜になると一人でぶつぶつ繰り返し唱えるように言っていました。子どもなりにがんばっているんですね〜。いじらしくって涙が出そうになりました」

上のお子さんは3才10ヶ月、ちょうど性の自認がはじまり、性役割に目覚めところです。赤ちゃんが生まれることにも、とても興味を持つ時期です。自分で一生懸命考え、自分の役割を果たそうとします。

「そういえば、なかなか卒乳できなかったのですが、私が下痢になりおなかが痛いといっていると、自分がおっぱいを吸うからおなかが痛くなると思ったらしいのです。おっぱいをもう飲まないといって、“これであかちゃんもくるしくないね”とおなかをなぜなぜしてくれました。思わずジンときました」と、感動の瞬間を話してくれました。

どんな子でも赤ちゃんがえりはありますが、自立の過程を垣間見せてくれることもあります。子育ての大きなプレゼントですね。

しばらく日記を休んでいました。いろいろな方々からお叱りを受けました。時々のぞいてみるものの、更新していないのでさびしいというありがたい言葉に励まされて、また再開します。


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