井口健二のOn the Production
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2022年08月28日(日) 日本原 牛と人の大地

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
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『日本原 牛と人の大地』
日露戦争後の1909年に陸軍省によって 265万坪の土地が買収
され、中にあった2カ村を廃村にして開設された日本原演習
場。岡山県奈義町と津山市に跨るその場所を巡る歴史と現状
を描いたドキュメンタリー。
2カ村は廃村になったものの旧村民による入会権は認められ
ていたそうで、それに基づく田畑の耕作や柴刈りは行われて
いたようだ。そして第2次大戦敗戦後は占領軍による接収を
経て全面返還が発表される。
これに対して保守系で占められる地元の奈義町議会は自衛隊
の誘致を議決。その取り決めに当初は入会地を巡った附則が
あったものの徐々に形骸化され、1970年、その運用を巡って
旧地元民による反対運動が勃発する。
以来50年、当時の反対運動に参加した岡山大学医学部の学生
は地元民の婿養子となり、最後の村民として演習場内の田畑
を耕し、牧草で酪農を行いながら反対運動を続けている。そ
んな人物の暮らしぶりが綴られる。
僕自身が70年安保世代で、学友の中には成田闘争に参加した
者もいるが、東の成田に当時の学生で今も地元で反対運動を
続けている闘士がいる一方で、西の日本原にも闘争を続けて
いる人を見られたのは嬉しく思えた。
と言いながら僕自身は、過去も現在も日本原のことなど考え
たこともなかったが、今や演習場として米軍による単独訓練
も実施されるなど状況が悪化している現実には、言葉を失う
恐ろしさを感じてしまった。
沖縄だけでなく、本州の中にもこんな演習場が現存している
とは…。これは日本人として深刻に受け取るべき事象と言え
る。確かに反対運動の規模は小さいが、それが次世代に引き
継がれている状況には素晴らしさも感じられた。

撮影と監督は早稲田大学文学部映像学科を卒業後に日本映画
学校で学んだという黒部俊介。2012年に岡山県に移住し一度
は映画の道を諦めたものの、本作の題材に巡り合い。食肉セ
ンターでアルバイトをしながら撮り上げたという作品だ。
公開は9月17日より東京はポレポレ東中野、大阪は第七藝術
劇場、さらに岡山では10月7日よりシネマ・クレール他にて
全国順次ロードショウとなる。



2022年08月21日(日) 裸のムラ、メイクアップ・アーティスト

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『裸のムラ』
兵庫県出身で大学卒業後に富山チューリップテレビ入社、同
局で日本民間放送連盟賞優秀賞や文化庁芸術祭優秀賞などの
ドキュメンタリーを制作した五百旗頭幸雄監督が、2020年に
石川テレビに移籍して発表した2本のドキュメンタリー番組
を基とした作品。
2022年3月、それまで7期27年続いた前知事に替って元プロ
レスラーで前衆議院議員の馳浩が新県知事に当選した。その
裏面に蠢く人間模様と同じ石川で暮らすイスラム教徒一家、
さらにヴァンライファ―の暮らしぶりが描かれる。
普通このような複数のテーマを追う作品では、一つを縦軸に
他を横軸になどと書くが、本作の場合は横軸はなく、三つの
テーマがそれぞれ独立に描かれる。そこでこの三つのテーマ
に関連性があるかと言うと、それも全くない。
ではなぜこの三つを一緒に描いたのかと言うと、その状況の
説明もされることはなく、それらが入れ子で描かれる作品は
観る者を混乱に陥れるだけで、それがそれぞれのテーマ性を
希薄にしているとしか思えなかった。
それはテレビドキュメンタリーなどでは、ただ風景だけを写
す観光映画のような、テーマ性の無いものもあるが。監督の
出自からしてそれを狙っているとは思えず、深遠な思惑があ
るのかもしれないが、僕にはそれは理解できなかった。
出来ることなら、これらの三つのテーマをそれぞれに掘り下
げた3本の独立した作品を観たいものだ。例えばヴァンライ
ファ―、若しくはイスラム一家を縦軸に県知事選を彩り程度
に差し込んだ、そんな2作品を観たいとも思った。

公開は10月8日より、東京はポレポレ東中野と石川県は金沢
市のシネモンド他にて全国順次ロードショウとなる。

『メイクアップ・アーティスト:ケヴイン・オークイン・ス
トーリー』“Larger Than Life: The Kevyn Aucoin Story”
1990年代に革命的ともされるメイクアップ技術を駆使し一世
風靡したアーティスト生涯を、自らもメイクアップ・アーテ
ィスト出身のティファニー・バルトーク監督が描いたドキュ
メンタリー。
1962年ルイジアナ州生まれの少年は、生後1カ月でフランス
系一家の養子となり、同じく養子の妹・弟と共に成長する。
しかし野球のコーチだった養父の男らしさを求める養育には
ついていけなかった。
そんな中で歌手バーブラ・ストライサンドのメイクに興味を
持った少年は、美しい女性の絵を描くようになり、やがて保
守的な故郷を飛び出しニューヨークへ向かう。そこで自らを
「醜い=悪」と思っていた少年は、「美しい=良い」という
思想でメイクアップによる美を追求し始める。
そして無料でモデルのテスト・メイクをしながら食い繋いだ
若者はめきめきと頭角を現し、8ヶ月で「ヴォーグ」誌の撮
影に呼ばれ、ファッション業界に足場を築き上げる。さらに
21歳の時にはレブロン社のクリエイティヴ・ディレクターに
起用されるまでになる。
ところが2000年頃から頭痛や精神的圧迫に悩まされるように
なり、やがて薬剤の摂取などによる障害がアーティストの身
体を蝕んで行く。それはある難病が原因だったが…。
映画ファンとしてメイクアップと言われると1981年から授賞
が始まったアカデミー賞の部門を思い浮かべてしまうが、本
作でもちょうどその頃からアーティストの活躍は始まってい
るようで、そういう時代背景なのかなとも思ってしまう。
正直に言って僕のメイクアップへの認識はそんなものだった
が、本作を観ているとその奥の深さみたいなものも理解でき
る感じがした。そして天才と呼ばれる人の素晴らしさも理解
できる作品だった。

公開は10月7日より、東京は渋谷ホワイトシネクイントにて
先行上映の後、10月14日からはアップリンク吉祥寺他で全国
順次ロードショウとなる。



2022年08月14日(日) リキッド・スカイ、よだかの片想い

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『リキッド・スカイ』“Liquid Sky”
1940年モスクワ生まれで、1976年にニューヨークに移住した
スラヴァ・ツッカーマン監督が、その6年後の1982年に本作
の主演も務めているアン・カーライルと共に作り上げた当時
のカルチャーを色濃く反映したSF映画。
物語の舞台は貿易センタービルを遠望し、エンパイアステー
トビルを見上げるような位置に所在するアパート。その屋上
に小さなUFOが着陸する。そしてどうやら住人の様子を観
察しているようだが…。
そのアパートのペントハウスには1人の女性が住んでおり、
モデルの彼女はドラッグの売人でもあるようだ。そして彼女
の薬を狙うかのような男女も出入りしている。そんな様子が
鏡で反射してUFOに届いていた。
一方そのUFOを追って西ドイツの科学者が登場。科学者は
UFOを見張れる部屋に住む女性に取り入り、その部屋を監
視基地として観察を開始するが、その女性には他の思惑もあ
るようだ。
そんな展開が進む中で、性に奔放なモデルの彼女が連れ込ん
だ男がコトの最中に突然死。その死体の処理に困るが、次の
同じ状況ではその死体が消失してしまう事態となる。そこで
モデルの彼女はそれを復讐に利用し始める。
何ともはやというお話だが、そこにディスコなどの当時の風
俗や、ソラリゼーションなどの映像処理を混合して、ある種
独特の作品に仕上げている。正にカルトという感じの不思議
な世界観の作品だ。

製作、脚本、監督はツッカーマン、脚本はカーライルとの共
同で、さらに脚本にはアソシエイトプロデューサーのニーナ
・V・ケローヴァの名を連ねている。因にケローヴァは出演
も果たしている。
以前の公開でも観たはずだが、正直に言ってほとんど覚えて
いなかった。辛うじてソラリゼーションのシーンに朧げな記
憶がある程度だ。ただ今回観ていて意外と話は辻褄があって
いて、それなりかなという印象にはなった。
でもまあ時代を反映した、典型的なカルトムーヴィという感
じの作品だろう。それにしてもこれが『E.T.』と同じ年に
作られたとは…。

公開は9月17日から10月7日まで、新宿のK's cinemaで開催
される「奇想天外映画祭2022」の1本として上映される。
なお同映画祭では、1959年ジョルジュ・フランジ監督の『顔
のない目』や、1951年ルイス・ブニュエル監督の『昇天峠』
なども上映される予定になっている。

『よだかの片想い』
2017年8月6日題名紹介『ナラタージュ』などの島本理生の
原作を、2019年4月7日題名紹介『今日も嫌がらせ弁当』な
どの松井玲奈主演、2022年5月紹介『ビリーバーズ』などの
城定秀夫の脚本、本作が長編2作目の安川有果監督で映画化
した作品。
主人公は左頬に大きな痣のある女性。小学生の頃に揶揄われ
たことはあるが、それ以上にしっかりと自分を見つめて人生
を歩んできた。とは言うものの、人間関係や恋愛には一歩引
いてしまう。
そんな女性は大学の研究室で自分の研究に勤しんでいたが、
とある書籍に自らの経験を語ったインタヴューが掲載。その
表紙を彼女自身が飾ったことから人生が動き出す。それは今
まで封じていた恋愛へと繋がるが…。

共演は、2020年2月紹介『水曜日が消えた』などの中島歩、
新潟県出身で韓国に進出してキム・ギドク監督の映画にも出
ているという藤井美菜。さらに2016年4月紹介『秘密』など
の織田梨沙らが脇を固めている。
タイトルに関しては、劇中に宮沢賢治の書籍も登場して少し
心配したが、ある意味それを踏み台にした前向きな話だった
のにはほっとした。前回ここで紹介した作品に比べても、主
人公の生き方に共感できる作品でもあった。
その他いろいろな知見にも触れられる素晴らしい作品だ。原
作に思い入れのある主演者は少し戸惑うところもあったよう
だが、これが映画というものだ。城定秀夫の脚本に賛辞を贈
りたい。

公開は9月16日より、東京は新宿武蔵野館他で全国順次ロー
ドショウとなる。



2022年08月07日(日) ソングバード、バビ・ヤール、さすらいのボンボンキャンディ

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『ソングバード』“Songbird”
COVID-19より強力なCOVID-23が蔓延している近未来を描いた
2017年4月紹介『パージ:大統領令』などのマイクル・ベイ
製作による2020年本国公開のSFアクション。
COVID の後の数字は当該コロナウイルスが確認された年号と
されているから、この物語は2023年以降の出来事ということ
になる。その新型コロナウイルスは感染力も致死率も桁違い
に高いようだ。
このため人々は家に閉じこもり、外気に触れることすら極端
に避ける生活を送っている。そんな中で主人公はCOVID-23に
免疫を持つことが確認されている人物。そこで主人公はバイ
ク便で人々に荷物を届ける仕事に従事している。
そんな主人公はある若い女性に恋をしている。それは彼が荷
物を誤配したことから始まったようだが、外気に触れること
も危険な彼女との逢瀬は、ドア越しの会話だけで直接触れ合
うこともできない切ない恋だ。
一方そんな世界では、わずかな免疫者が社会の実権を握るこ
とも容易で、検疫行政を行う部署の頂点となった免疫者は、
発症者の出たアパートの全住民を隔離地区に送致するような
極端な施策を繰り広げていた。
そして彼女の暮らすアパートで発症者が出てしまう。

出演は、2017年スタートのテレビシリーズ “Riverdale”で
ブレイクしたKJ・アパと、ディズニーチャンネルのオリジ
ナルムーヴィ “Descendants”でも人気の俳優兼歌手ソフィ
ア・カースン。
他にブラッドリー・ウィットフォード、デミ・モーア、クレ
イグ・ロビンスン、アレクサンドラ、ダダリオ、ポール・ウ
ォルター・ハウザー、ピーター・ストーメアらが脇を固めて
いる。
脚本と監督は、2000年のデビュー作 “The 13th Sign”から
一貫してホラーサスペンス作品を手掛けている1975年生まれ
のアダム・メイスン。なお脚本は盟友サイモン・ボーイズと
の共同のものだ。
SF映画を長年観てきたが、この種の作品を当事者の立場で
観ることになるとは予想もしていなかった。それは当事者の
目からすると、いろいろ突っ込みたくなるものも散見される
のだが、それを超えてよく作ったという気持ちにもなる。
今全人類が感じていることを素直に表現した作品とも言えそ
うだ。

公開は10月7日より、東京はTOHOシネマズ日比谷他にて全国
ロードショウとなる。

『バビ・ヤール』“Бабин Яр. Контекст”
1941年9月29日と30日の二日間に、ウクライナ・キーウ郊外
のバビ・ヤール渓谷で起きた惨劇をアーカイヴ映像で描き、
2021年カンヌ国際映画祭のドキュメンタリー部門≪ルイユ・
ドール≫で審査員特別賞に輝いたウクライナの名匠セルゲイ
・ロズニツァ監督作品。
事の始まりは1941年6月。ナチスドイツはソビエト連邦との
間で結んでいた不可侵条約を一方的に破棄してウクライナに
侵攻。各地に傀儡政権を樹立しながら支配地域を拡大して、
9月19日にキーウを占領する。
そんな中の9月24日、キーウの市街で多くの市民を巻き込む
大規模な爆発が発生、それをユダヤ人の仕業としたナチス軍
は市内に住むユダヤ人のほぼ全員を集め、郊外の渓谷に連行
して銃殺。その数3万3771名は史上最大の虐殺とされる。
しかしその事実は、ソ連支配下ではもちろんその後も長らく
ウクライナ人の間で歴史的タブーとされ、実際に1964年生ま
れでキーウで育った監督も近年まで知らなかったということ
だ。
そんな隠された歴史が白日の許に晒される。その映像の多く
はナチス軍が記録のために撮影したものだが、その撮影後は
プロパガンダ等に利用されることもなく、各地の資料館や個
人などが死蔵していたもの。
それらの映像を監督がコツコツと収集して、レストア編集に
より公開したものだ。それは正しく貴重な映像だが、正直に
言ってかなり強烈な描写もあり、観る側にもかなりの覚悟が
いる。しかしこれが人類の所業なのだ。
そして今現在ロシア軍によるウクライナ侵攻が続く中で、正
に歴史は繰り返されると言わざるを得ない。そんな状況が描
かれた作品だ。

公開は9月24日より、東京は渋谷のシアター・イメージフォ
ーラム他にて全国順次ロードショウとなる。
なお、上記の原題ではウクライナ語のものを記しています。
試写会ではロシア語の題名が記されたものが上映されたよう
に思いますが。昨今の情勢に鑑みて、敢えてこのようにさせ
ていただきます。

『さすらいのボンボンキャンディ』
2018年1月21日題名紹介『名前のない女たち』などのサトウ
トシキ監督が、ラジオ・プロデューサーでもある作家延江浩
が2002年に発表した短編集『7カラーズ』の一篇を映画化し
た作品。
主人公は30代半ばで夫が長期の海外赴任、過ぎる日々を無為
に過ごしてきた女性。そんな女性が一人の男性と巡り合う。
そして意気投合した二人は深い仲になって行くが、男は突然
姿を消してしまう。
そんな彼女には男の弟から姿を消した理由が伝えられるが、
彼女には到底納得はできない。それでも男を忘れるためか他
の男性とも付き合ってみるが…。まあ男女の関係なんてこん
なものかなという物語が展開される。
とは言うものの、男女の関係に何らかの洞察がある訳でもな
く、ただ単純に男女関係のみが描かれるのは、これが現代と
いうものなのだろう。

出演は2022年6月紹介『激怒』にも出ていた影山祐子と、俳
優原田芳雄の息子でミュージシャンの原田喧太。他に2017年
11月紹介『霊的ボリシェヴィキ』などの伊藤洋三郎らが脇を
固めている。
因に原田の出演は原作者の要望だそうで、父親芳雄の遺作と
なった2011年6月紹介『大鹿村騒動記』の原作も延江浩だっ
たそうだ。
公開は10月29日より、東京は渋谷のユーロスペース他で全国
順次ロードショウとなる。


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井口健二