井口健二のOn the Production
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2015年11月29日(日) 未体験ゾーンの映画たち2016(SPY TIME −スパイ・タイム−、エリザベス 神なき遺伝子)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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未体験ゾーンの映画たち2016
『SPY TIME −スパイ・タイム−』
             “Anacleto: Agente secreto”
1940年代後半から活動しスペインのコミックス界で数多くの
キャラクターを生み出した人気漫画家マヌエル・バスケス・
ガジェゴが1964年に創造、作者の中でも最も人気が高かった
スパイ=アナクレトを主人公とする実写作品。因に9月4日
公開のスペインでは2015年度のアクション映画オープニング
記録を達成したそうだ。
巻頭、アナクレトは砂漠に向かって乗用車を運転している。
そして到着した一軒家で名告り招き入れられた牢獄から1人
の囚人を連れだす。それはアナクレトが過去に捕えた極悪人
で、その囚人を別の牢獄に護送する任務だったのだが…。
護送車が襲撃されて囚人は脱走。しかし身動きできないアナ
クレトを囚人は見逃し、「先にお前の息子を殺す」と宣言し
て姿を消す。
一方、とある店で働く平凡な若者が恋人から「変化のない生
活に飽きた」と離別を宣言させる。ところが彼はその直後に
襲ってきた暴漢を鮮やかな手捌きで倒す。しかし彼自身には
なぜそのような動きができたのか理解できなかった。
そしてその後も、次々に襲い掛かる危険を彼は難なく回避し
て行くが…。

出演は、アナクレト役に2011年6月紹介『ペーパー・バード
/幸せは翼にのって』などのイマノル・アリアスと、若者役
は「スクリーム・フェスト スペイン2013」にて上映された
『ラスト・デイズ』などのキム・グティエレス。
監督は、同じく「スクリーム・フェスト スペイン2013」で
上映された『ゴースト・スクール』などのハビエル・ルイス
・カルデラが担当した。
実はよく似た内容の作品では、ジェシー・アイゼンバーグと
クリステン・スチュワートが共演する『エージェント・ウル
トラ』“American Ultra”というハリウッド映画があって、
どちらも平凡というか少し内向的な若者が突然極大の戦闘能
力を発揮するという展開が描かれる。
しかしそれがハリウッド作品では都市伝説的なアメリカ政府
の秘密計画が背景とされるのに対して、一方の本作では家族
の秘密が大元とされるもので、ほぼ同じ発端でもこんな風に
違った展開になるのは興味深いところだった。

公開は1月23日より、東京はヒューマントラストシネマ渋谷
他でロードショウとなる「未体験ゾーンの映画たち2016」の
1本として上映される。
なお本作について海外の映画データベースを検索したら、ス
ペイン本国のものも含め上映時間が87分と記載されていた。
ところが今回鑑賞したサンプルDVDは98分。これはタイム
コードでも確認したもので、事情は不明だが取り敢えず長尺
版での上映となるようだ。

『エリザベス 神なき遺伝子』“Closer to God”
ヒトクローンを題材として、カナダ・モントリオールで開催
のファンタジア映画祭で2014年の脚本賞を受賞した作品。
開幕は女児の誕生。エリザベスと名付けられたその子の誕生
を巡って情報開示が論議される。しかし機密が漏洩、已む無
く行った記者会見は、研究の是非を巡って紛糾する。その後
に女児は研究者の邸宅に引き取られるが…。
邸宅の門前では過激な反対派がシュプレヒコール繰り返す事
態となり、さらに邸内には別の存在も影を落としていた。そ
して研究者は、原題にも繋がるさらなる高みを目指す研究を
進めていた。

製作主演は、2002年ロバート・レッドフォード主演の『ラス
ト・キャッスル』などに出演のジェレンミー・チャイルズ。
脚本監督は、本作が長編デビューのビリー・セニーズ。
ファンタジア映画祭の受賞作だが、内容的にはファンタシー
というよりはかなり真面目にヒトクローンの問題点を描いた
もので、それに絡まる諸々の事象も含めて監督らの真剣な眼
差しも感じられる作品だ。
ただまあ、個人的にはもう少しファンタスティックな展開を
期待してしまったもので、特に研究者が目指す高見の具体性
や、邸内に隠された存在との関連などは、もう少し丁寧に描
いても良かったのではと思ってしまう。
特に81分の上映時間(これは海外データベースも同じ)は、
何か全体に言葉足らずの感じもするところ。その辺をもっと
丁寧に描いても監督らが最終的に描こうとする本作の方向性
からも外れなかったと思うのだが。
とは言え本作はファンタジア映画祭の脚本賞受賞なのだが、
元々この映画祭は、2014年の作品賞が『太秦ライムライト』
で、今年は作品賞が『リアル鬼ごっこ』、脚本賞が『味園ユ
ニバース』なのだから、僕の感覚とはかなり違うものだ。

公開は1月16日より、東京はヒューマントラストシネマ渋谷
他でロードショウとなる「未体験ゾーンの映画たち2016」の
1本として上映される。
なお「未体験ゾーンの映画たち2016」ではこの2本を含めて
50作品が上映される予定で、東京は1月2日から、関西地区
はシネ・ルーブル梅田にて1月23日から開催される。



2015年11月22日(日) 母と暮らせば

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
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『母と暮らせば』
2013年12月紹介『小さいおうち』などの山田洋次監督が長崎
原爆について描いた作品。
主人公は、戦後間もない時期の長崎の郊外に暮らす女性。兵
士だった夫と長男を戦場で亡くした彼女は、医大生になった
次男は戦場に行かなくて済むと思っていたが、医大のすぐそ
ばに投下された原爆がその夢を打ち砕く。
そんな彼女は遺品も遺骨の欠片さえ見つからない次男の死を
なかなか受け入れられなかったが、献身的に支えてくれる次
男の婚約者だった女性の姿に、最早次男の影を追わないこと
を決心する。ところがそこに次男の幽霊が現れる。
こうして登場した次男の幽霊との対話によって新たな生きが
いの生じた彼女は、周囲にもその影響を与えるようになって
行くが…

出演は、吉永小百合、人気グループ嵐の二宮和也、『小さい
おうち』でブレイクした黒木華。さらに浅野忠信、映画出演
は約30年ぶりという紫綬褒章受章の舞台俳優・加藤健一らが
脇を固めている。
山田監督については以前にも書いたかもしれないが、かなり
昔にSF映画本の編集に携わっていた際、『スター・ウォー
ズ』の披露試写後に出てきた監督に編集者がコメントを求め
たところ、「僕には関係ない映画ですね」とすげなくされた
ということだ。
これに対して当時の僕は「それならこっちも関係ないな」と
思っていたところがある。本作はそんな監督の幽霊譚という
ことで、それが純粋なファンタシーではないとは言え、その
描き方などに興味を持ったものだ。
そんな気分で観に行ったのだが…。観始めてすぐに気が付く
のは、この作品がファンタシーのオブラートに包まれた反戦
映画だということだった。それは長崎原爆という未曾有の事
態に対して純粋な反戦を描いている。
これは「戦闘を描写したら反戦は描けない」という僕の持論
にも合致して納得できる作品だった。そこで翻って先の監督
のコメントを考えると、『スター・ウォーズ』は題名の通り
戦闘を描いたものであり、それは山田監督には関係のない作
品だったとも言えるのだろう。
勿論『スター・ウォーズ』はSF映画であって戦争映画では
ないという反論もできるが、それはSF映画ファンの言い分
であって、一般の観客にそれは通用しないのだ。
その一方で本作には、幽霊の存在が主人公だけの幻想ではな
いとする「仕掛け」があるのだが。それが映画の途中で仄め
かされて結末で明示される展開で、さらにその瞬間に映画の
前半のシーンが甦ってくる。そんなドラマの巧みさにも感動
を覚える作品だった。

公開は12月12日より、全国一斉ロードショウとなる。



2015年11月15日(日) リザとキツネと恋する死者たち

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
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『リザとキツネと恋する死者たち』“Liza, a rókatündér”
ハンガリー国内で11年間に150本以上のCMを手掛けてきた
というウッイ・メーサーロシュ・カーロイ監督が日本文化に
触発されて、初めて長編として完成させた正しく珍品と呼べ
そうな怪作。
背景は1970年代のハンガリーの首都ブダペスト。元日本大使
の未亡人の家に住み込みの看護士として働くリザは、未亡人
がこよなく愛する日本の恋愛小説や歌謡曲に囲まれて暮らし
ていた。しかし未亡人がカセットで歌謡曲を聴くとき現れる
謎の幽霊は、リザにしか見えない存在だった。
そんなリザの30歳の誕生日、彼女は初めての休暇を願い出て
お洒落をし、浮き浮きした気分で町へと繰り出す。その姿を
幽霊は複雑な顔つきで見送っていた。斯くしてリザの留守中
に惨劇が起きる。ベッドからお菓子を取ろうとした未亡人が
転落し死亡してしまったのだ。
しかも葬儀に集まった遺族は、遺産の全てがリザに贈られる
と知るや、リザを殺人者として警察に訴える。この訴えに警
察は地方から赴任してきた刑事に捜査を命じるのだが、その
後もリザの周りでは死亡事件が相次ぐことに…。そして刑事
は自ら被害に遭いながらも誠実に捜査を進めて行く。
物語は日本の九尾の狐伝説をベースにしたもので、妖怪の呪
いで恋する人を次々に奪われてしまう女性が、その呪いを解
いて恋を成就させようとする姿を描いている。ただし舞台は
東欧、そこに日本風の狐の影が写し出されるというのも摩訶
不思議な感覚の作品だ。

出演は、19世紀から続くハンガリーの国立劇団に主演女優と
して所属し同国の舞台やテレビでも活躍しているモーニカ・
バルシャイと、デンマーク生まれで日本人の母を持ち一時は
日本で修行の後、現在はハリウッドでアクション俳優として
活動しているというデヴィッド・サクライ。
他には、ハンガリーの舞台演劇などで活躍するベテラン俳優
のサボルチ・ベデ=ファゼカシュ、ガーボル・デヴィッキら
が脇を固めている。
劇中には何曲もの昭和歌謡風の楽曲が流れるが、プレス資料
にはその歌詞が掲載されている。すなわちこれらはJASRACの
承認不要で、つまり全てオリジナルのもの。しかも日本語の
歌詞はカーロイ監督自らがハンガリー在住の日本人と相談し
て書いたとのことで、傾注ぶりが伺える。
そしてその歌手という設定のサクライが演じる幽霊の名前は
トミー谷。ソロバンは持っていないが往年のトニー谷を彷彿
させる。因にメガネは太い黒縁も考えたが本作の設定に合わ
せて大人しめにしたのだそうだ。音楽も昭和歌謡風に巧みに
創作されており、思わずニヤリだった。

公開は12月19日より、東京は新宿シネマカリテ他にてレイト
ショウとなる。



2015年11月08日(日) 007/スペクター

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『007/スペクター』“Spectre”
2006年11月紹介『007/カジノ・ロワイヤル』でイングラ
ンド出身のダニエル・クレイグが6代目ジェームズ・ボンド
に扮してから4作目となるスパイシリーズの最新作。
監督は前作に引き続いて2011年1月紹介『お家をさがそう』
などのサム・メンデスが担当し、ボンドの出自に関わる問題
や、何とそこに起源があった宿敵との対決が描かれる。
物語の開幕はメキシコシティの死者の祭り。2003年にユネス
コ無形文化遺産にも登録された奇祭を背景に、ボンドの任務
が遂行される。ところがそれは思わぬ結果を引き起し、それ
が公式の作戦ではなかったボンドは責任を問われることにな
る。実はそこには重大な事実が隠されていたのだが…。
このためMから謹慎を命じられたボンドだったが、ボンドの
活動は止まらない。Qの研究室からアストンマーティンを拝
借したボンドは、自分の居所が一時不明になるようQに依頼
して作戦行動を再開する。それはボンド生涯の宿敵との対決
だった。

共演は、2012年11月紹介『007/スカイフォール』に引き
続いてのレイフ・ファインズ、ベン・ウィンショー、ナオミ
・ハリス。それに2012年1月紹介『おとなのけんか』などの
クリストフ・ヴァルツ、2011年12月紹介『ミッション・イン
ポッシブル/ゴースト・プロトコル』などのレア・セドゥ。
さらにモニカ・ベルッチらが脇を固めている。
脚本は前作に続いてのジョン・ローガンと、1999年『ワール
ド・イズ・ノット・イナフ』以降の全作を手掛けるニール・
パーヴィス&ロバート・ウェイドが担当している。
映画のエンドロールにminiature effects supervisorという
項目が掲げられてクリス・コーボールドという名前が記載さ
れている。同じ項目は『カジノ・ロワイヤル』でも観られた
ものだが、前の作品では最後の運河に建物が沈んで行くシー
ン、そして本作では巻頭のビルの倒壊シーンがミニチュアで
撮影されたようだ。
ハリウッドではCGI−VFXが全盛の時代にミニチュアは
どうなのかと考える人も多いと思うが、本作を観ればその認
識を新たにすることは間違いないだろう。それは『ゴースト
・プロトコル』でクレムリンをぶっ飛ばしたような無茶苦茶
さはないけれど、間違いなくそこにある建物が倒壊して行く
迫力は、本作の映像の方が優っていると感じたものだ。
当然ここにはCGIによる補正も施されている訳で、これが
新時代のミニチュアワークと言える見事な映像が展開されて
いる。それが楽しめるのもジェームズ・ボンド映画の魅力と
言えそうだ。

公開は12月4日より、全国一斉のロードショウとなる。



2015年11月01日(日) 第28回東京国際映画祭<コンペティション部門>

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
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今回は10月22日−31日に開催された第28回東京国際映画祭で
鑑賞した作品について紹介します。

<コンペティション部門>
『さようなら』(2015年10月4日付で紹介済み)

『家族の映画』“Rodinný film”
両親の海外旅行中、学業などで居残った姉弟が飛んでもない
ことを引き起こすという有り勝ちなシチュエーションで始ま
る物語。そこに奔放な行動をする姉の女友達と、一応は良識
人らしい父親の弟が絡むのだが、そこからの展開が尋常では
ない。しかもそれがローラーコースター・ムーヴィのような
勢いで進んで行く。ただし物語自体は破綻もなく進むので、
観ていて極めて気持ちの良い作品だった。ペットの犬も大活
躍で、カンヌ映画祭ならパルムドッグ賞ものの作品だ。

『ぼくの桃色の夢』“我的青春期”
1990年代の中華人民共和国農村部を背景に、貧しい暮らしの
中から進学の道を進んで行く少年を描いた作品。と言っても
少年は同じ学校の年長の少女に憧れ彼女の関心を呼ぶことに
必死になるという、1981年生まれという監督自身の体験に基
づく作品のようだ。後半に多少の捻りはあるが、全体的には
有り勝ちな作品かな。因に英題名は“My Original Dream”
で、同時に出た漢語字幕では“我的春夢”となっていた。上
記の原題はフィルム面とポスターにもあるものだが…。

『ボーン・トゥ・ビー・ブルー』“Born To be Blue”
1950年代にジャズトランぺッター/ヴォーカリストとしても
一世風靡したチェット・ベイカーの栄光と影を、2015年1月
紹介『プリデスティネーション』などのイーサン・ホーク主
演で描いた作品。著名な人物の伝記映画であり、劇中には名
曲とされる「My Funny Valentine」などもフィーチャーされ
て、ファンには堪らない作品と言える。往年の映画ファンに
はジャズファンと重なる人も多いようで、海外の映画祭でも
この種の作品の出品は多いもののようだ。

『残穢−住んではいけない部屋』
小野不由美原作ホラー小説の映画化で、来年1月30日の全国
公開が予定されている作品。実は本作までは映画祭前の事前
試写で観たので、先週中の紹介も考えたが、時間が足りずに
叶わなかった。作品はホラー映画を観馴れている者には虚仮
威かしもなく、ビクビクするものでもないが、お話の展開が
結構理詰めでマニア的には楽しめた。特に次から次へと提示
される怪異現象のオンパレードは、思わずニヤリとしてしま
うもの。ドラマもしっかりして中々の良作だ。

『ルクリ』“Roukli”
何処の国とも判らない自然の土地に暮らす若者たちを主人公
とした物語。しかしそこに爆音が響き始め、近隣の町が攻撃
されていることが知らされる。そして組織に追われていると
いう男たちが現れ、主人公たちの生活が脅かされる。物語は
寓意に基づくものと思われるが、それが何を語ろうとしてい
るのかが今一つピンと来なかった。しかし感覚的には何か突
き付けられるものもあった。後半には何かが瞬間見えた感じ
もして、その辺をもう一度確認したくもなった。

『地雷と少年兵』“Under Sandet”
第2次大戦後のデンマークの海岸線を舞台に、ナチスが設置
した200万個とも言われる地雷の撤去に従事するデンマーク
軍人と元ナチス少年兵とを描いた作品。デンマークは1932年
に戦時捕虜に関するジュネーブ条約を批准しており、本作に
描かれた行為は明らかな条約違反のものだ。しかし本作は実
話に基づく作品であり、本国ではタブーの出来事のようだ。
その経緯から本作はグランプリに値するとも思えたが、結果
は男優賞に止まった。でも見応えのある作品だ。

『スナップ』“SA-NAP”
卒業後は都会に出ていた女性が、同級生の結婚式出席のため
故郷に帰ってくる。そこには将来を誓っていたがある事情で
別れざるを得なかった元恋人の姿もあった。彼女の姿は卒業
アルバムからも消されるなど、相当の理由があったようで、
そこには政治的な問題も絡んでいるようなのだが、映画を観
ていてその辺の事情がほとんど理解できなかった。製作国は
タイで、背景には8年間に2度のクーデターがあったという
国情が絡むようなのだが…。

『フル・コンタクト』“Full Contact”
アメリカ・ネヴァダ州の砂漠でドローンを使った中東攻撃に
従事する米軍人を描いた前半と、ヨーロッパでアラブ人との
格闘技を闘う後半。その間にバスケットボールとカッカーが
絡む幕間劇を挟むという構成の物語。言いたいことは判らな
いでもないが、ドローン攻撃の非人間性を訴えるということ
では、先に公開されたイーサン・ホーク主演の『ドローン・
オブ・ウォー』の方が優れていたようにも思える。これでは
後半の展開も活きていなかった。

『ニーゼ』“Nise - O Coração da Loucura”
ロボトミー治療が主流の時代のブラジルの精神病院で、作業
療法を実践して数多くの芸術家を誕生させた女性精神科医を
描いた実話に基づく作品。本作では上映後のQ&Aにも参加
したが、それによると映画に登場する絵画や塑像は全て実際
に患者たちの手で作られたものだそうで、本作ではその素晴
らしさも堪能できる。また女医の生涯における業績はこれだ
けではないとのことで、さらに続編の計画もあるとのこと。
それも待ちたい作品だ。

『神様の思し召し』“Se Dio Vuole”
優秀で厳格な外科医の息子が神父の道を目指す。しかも息子
が師事する神父が少し怪しげで…、という科学と神学の対立
を真っ向から描いた作品。テーマ性も含めて見事なドラマだ
った。なおこの上映でもQ&Aに参加したが、イタリアでは
教会派、反教会派の双方から賛否があったそうだ。また作中
の息子の部屋にゴジラのフィギュアが置いて有り、ファン的
にはそれが気になって質問してみたが、特に意味はなかった
ようだ。でもまあそんなことも嬉しくなった作品だ。

『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』
            “Un Monstruo de mil cabezas”
タイトルは顧客の要望をたらい回しする保険会社を揶揄った
もので、大半の観客にはかなりの共感を呼ぶと思える作品。
ただ作品の展開がどちらかというとアクション映画的な乗り
で、もっと深く突っ込んで欲しい部分が何となくはぐらかさ
れている感じがした。まあ映画製作も保険に頼っている面は
あるから、保険の種類は異なるとはいえ気にしたのかな。そ
んな皮肉な見方もしてしまう程度の作品だった。

『スリー・オブ・アス』“Nous trois ou rien”
中東クルド民族の問題を描いた実話に基づくとされる作品。
フランスで人気のコメディアン=ケイロンが自分の父親を描
いた作品で、中東紛争の中に生きる困難さを克明に描いてい
る。ただ、映画の前半の舞台が中東なのに登場人物の全員が
フランス語を話している違和感は、フランス生まれの監督が
自ら主演もしているから仕方ないのかな。でもそれが国際映
画祭という場には何となくそぐわない感じもした。僕以外に
も気にした人は意外と多くいたようだ。

『ガールズ・ハウス』“Khaneye Dokhtar”
イスラム社会に生きる若者の悲劇を描いた少しミステリーの
要素も含む作品。女子大生の主人公が結婚式の前日に死んだ
学友の謎を追う内に、イスラム社会の恐ろしい現実に突き当
たって行く。映画の前半は不思議なムードも漂うミステリー
で中々と思っていたが、後半で提示される現実に震撼とさせ
られた。勿論この現実を訴えたいと思う監督の気持ちは大い
に理解するが、前半の雰囲気からの落差の大きさが受け止め
切れない。その衝撃が狙いなのも理解は出来るのだが…。
        *         *
 今年のコンペティション部門には16本がエントリーされ、
その内から上記の14本を観ることができた。残る内の『カラ
ンダールの雪』に関しては、申し込んだ上映が機材の関係と
かでキャンセルとなり、追加上映の案内も貰ったがその時間
は別の作品の鑑賞と重なって観ることができなかった。この
作品は賞にも絡んでいるので、何とか後日にでも鑑賞の機会
が欲しいものだ。
 そして各賞の受賞は
東京グランプリ:『ニーゼ』
審査員特別賞:『スリー・オブ・アス』
最優秀監督賞:ムスタファ・カラ(カランダールの雪)
最優秀女優賞:グロリア・ピレス(ニーゼ)
最優秀男優賞:ローラン・モラー/ルイス・ホフマン
                   (地雷と少年兵)
最優秀芸術貢献賞:『家族の映画』
観客賞:『神様の思し召し』

 上記の紹介文はほぼ受賞結果を知る前に書いたものだが、
今年の受賞作に関しては1作品を観てはいないが、概ね異論
を挟む余地はなかった。審査員特別賞はちょっとあれだが、
他に選ぶ作品もないのが正直なところだ。3本もあった日本
映画が全く選ばれなかったことは仕方なさそうだ。


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井口健二