井口健二のOn the Production
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2009年01月31日(土) スラムドッグ、イエスマン、ロックンローラ、トワイライト、ビバリーヒルズ・チワワ、アンティーク、レイチェルの結婚、ベルサイユの子

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『スラムドッグ$ミリオネア』“Slumdog Millionaire”
『28日後...』などのダニー・ボイル監督の最新作。日本
でも話題を呼んだクイズ番組「ミリオネア」のインド版を巡
って、史上最高の賞金2000万ルピー(約3600万円)に挑む若
者の苦難に満ちた半生が描かれる。
その若者は、賞金2000万ルピーを賭けた最後の問題に挑もう
としていた。しかしそこで放送時間が終了し、最後の問題は
次回に持越しとなる。ところがスタジオを出ようとした若者
は警察に拘束され、不正が行われていたのではないかとの尋
問を受ける。
その若者はムンバイのスラム街の出身で、仕事は電話会社の
オペレーター室のお茶汲み。まともな教育を受けたこともな
く、それまでの回答を知識として知っていたはずがないと疑
われたのだ。
ところが、警察での取り調べが進む内に、彼がそれまでの人
生の中でそれぞれの問題の答えを知るに至った過程が明らか
にされて行く。それはスラム街出身の若者が辿った恐怖と悲
しみに満ち溢れた物語だった。

原作の小説はあるようだが、ボイル監督がこの映画で目指し
たのはインド・ムンバイ版の『シティ・オブ・ゴッド』では
なかったかと感じた。特に前半のスラム街の中を縦横に走り
回る子供たちの姿は、ブラジル映画とは違う意味で生き生き
としていたものだ。
しかしその子供たちが、ブラジル映画以上に過酷な運命に晒
されて行く。インド国内では「現実と違う」という批判も出
たようだが、過酷な運命に立ち向かって行く子供たちの逞し
さは見事に描かれていた。
脚色は、『フル・モンティ』でオスカー候補に挙がったサイ
モン・ビューフォイ。脚本家は3度インドを訪問し、その際
にスラム街で感じ取った人々のヴァイタリティを脚本の描き
込んだということだ。
またその脚本は、物語の展開や構成も見事で、実はいくつか
のシーンでは今年初めて落涙する羽目にも陥ってしまった。
なお本作は、先に発表されたゴールデングローブ賞で、ドラ
マ作品、監督、脚本、音楽の4部門を受賞しており、アカデ
ミー賞(オスカー)では作品賞を含む9部門で10個の候補に
挙げられている。

『イエスマン』“Yes Man”
ジム・キャリー主演の今回は真性ファンタシーではないが、
ちょっとファンタスティックなコメディ作品。
主人公は銀行の融資窓口の担当者。職業柄‘no’と答えるこ
とが多く、実生活でも何かにつけて‘no’と答えてしまう。
その上、2年前の離婚を引き摺ったまま人付き合いが億劫に
なり、カウチポテトの生活は友人たちにも心配されていた。
ところが、偶然出会った昔の友人に誘われたセミナーで、彼
は行き掛かりから「‘yes’としか言わない」ことを誓約さ
せられてしまう。しかも破ると天罰が下るという条件付き。
もちろんそれは本心からではない主人公だったのだが。
最初は出任せに‘yes’を連発してみると…、さらに‘no’
と言ってしまうと…。そして物語は、‘yes’を連発したこ
とで巡り会った女性とのロマンスを縦軸に、ショートコント
のようなエピソードをちりばめて展開されて行く。
ジム・キャリーというコメディアンは、なかなか日本人の感
性には合わないようで、本作でもちょっと眉をしかめたくな
るようなエピソードも登場する。でもそのファンタシーの志
向は、実は僕は大いに気に入っているもので、今回もそれは
存分に楽しむことができた。
中でも本作の「‘yes’としか言わないことで、普通は拒否
されることが肯定され、それによって良い結果がもたらされ
る」という展開は、特に今の時代には重要なメッセージのよ
うにも思えた。
脚本は、2008年『寝取られ男のラブ♂バカンス』では監督を
務めていたニコラス・ストール。彼はキャリーとは2005年の
『ディック&ジェーン 復讐は最高!』以来の再会となる。
因に、物語はダニー・ウォレスという人の書籍に基づくが、
原作は小説ではないようだ。
監督は、1991年に“Back to the Future”のテレビアニメー
ションなどを手掛けたペイトン・リードが担当している。
共演は、『テラビシアにかける橋』などのズーイ・デシャネ
ル。他にテレンス・スタンプが重要な役柄で登場し、物語の
要所を締めている。
まあ基本的には夢物語ではあり、何事もこんなにうまく行く
とは思えないところではあるが、今の世の中にはこんな考え
方も必要なのではないかな。しかもそこにはちゃんと現実的
な側面も持たせてあって、その辺りの見識が作品の質を高め
ているようにも思えた。

『ロックンローラ』“RocknRolla”
2000年『スナッチ』などのガイ・リッチー監督によるロンド
ン裏社会ものの新作。
リッチー監督のこの種の作品は定評のあるところだが、今回
は突然の不動産バブルに踊るロンドンを舞台に、ロシアなど
から流入する巨額資金を巡っての裏社会の混乱が描かれる。
と言っても、情勢は変わっても伝統あるロンドンの裏社会の
気風は不変のものだが。
その裏社会を仕切るのは、2007年『フィクサー』などで2度
オスカー候補になったトム・ウィルキンスン扮する顔役。彼
は大型開発の建設許可を巡って裏で市議会議員を操り、うま
い汁を吸い続けている。
その罠に引っ掛かったのが、ジェラルド・バトラー扮するワ
ンツーらのチンピラ一味。お陰で彼らは多額の借金を背負う
ことになり、その挽回のため危ない橋を渡り始める。一方、
もっと危ない橋を渡りたがる女会計士がいて…
これに若くして財をなしたロシア男や、顔役の右腕、さらに
ジャンキーやロックローラの失踪事件などが絡んで物語が進
んで行く。
まあ何とも危ない連中ばかりが登場するお話で、まともな奴
は1人も居ない。でもそれがリッチー作品の面白さだし、そ
のリッチーワールドが存分に展開されている作品だ。
しかも今回は、不動産バブルという日本でもお馴染みの状況
が描かれるから、これは日本人にも理解されやすそうだ。特
に行政を巻き込んだ建築許可を巡る話などは、日本でも同じ
だったんだろうな…と想像させる。
共演は、2004年『リディック』などに出演のタンディ・ニュ
ートン。昨年末公開の『ワールド・オブ・ライズ』にも出て
いたマーク・ストロングなど。
製作は。『マトリックス』などのジョール・シルヴァ。彼が
主宰するダーク・キャッスルの作品で、この会社は元々ホラ
ー映画専門として立上げられたはずだが、このような映画も
製作することになったようだ。
なお、撮影は全編がHDヴィデオで行われているが、サッカ
ーの聖地ウェンブリー・スタジアムが初めて劇映画のセット
として使用されたり、ロンドンの地元の人も知らないような
風景が出てくるということで、それらの背景も楽しめる。

『トワイライト−初恋−』“Twilight”
2005年に発表されたステファニー・メイヤー原作の映画化。
全米では昨年11月に公開されて、社会現象とまで言われるほ
どの興行成績を上げた。
物語は、ワシントン州の小さな町に引っ越してきた少女が、
転校した高校で異様な雰囲気を持つグループと出会うことか
ら始まる。彼らは全員が校医の養子となっているが、美男美
女の集まりで、他の生徒たちとは一線を画している。
一方、主人公の少女も、南から来た転校生ということで人気
者になるが、彼女自身は生物の授業で一緒になった養子グル
ープの1人に心を引かれて行く。しかしその彼は彼女とのつ
きあいを避けたがっているようにも見える。
それでも彼への想いを募らせる主人公は、やがて彼らの重大
な秘密に近づいて行くことになるが…
彼らがヴァンパイアであることは、今更ネタバレにはならな
いと思うが、人間は襲わないと誓っている彼らと、人間を食
料としか見ていないグループとの抗争や、それでも彼女の血
を吸いたいとの想いを止められないヒーローの葛藤などが描
かれる。
ヴァンパイアたちが人間を超えた能力や不死性を持っている
にも関らず、自分らを怪物と見做して主人公の女性を仲間に
引き入れられないとか、いろいろと微妙な設定はあるが、結
局のところは、物語の全体は女性向きのロマンスストーリー
が展開されて行く。
その辺りは、1994年に映画化された『インタビュー・ウィズ
・ヴァンパイア』など、同様の作品はいろいろあるが、中で
も本作は、特に若年の女性にターゲットを絞ったことが成功
の秘訣とも言える作品になっている。

そして映画化に当っても、脚本には『アリーmyラブ』のメリ
ッサ・ローゼンバーグを起用し、監督には『サーティーンあ
の頃欲しかった愛のこと』のキャサリン・ハードウィックを
招請するなど、少女向けの作品に万全の体制がとられている
ものだ。
主演は、『パニック・ルーム』『イントゥ・ザ・ワイルド』
などのクリスティン・スチュワート。そしてヴァンパイアの
恋人役に、『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』でセドリ
ック・ディゴリーを演じたロバート・パティンソンが扮して
いる。
なお、続編“New Moon”の製作もすでにスタートしており、
全米では今秋公開となるようだ。

『ビバリーヒルズ・チワワ』“Beverly Hills Chihuahua”
ビヴァリーヒルズの女社長に飼われていたセレブ犬のチワワ
が、とある事情でやってきたメキシコで保護者とはぐれてし
まい、闘犬場に拉致されたり、メキシコ原産である自分のル
ーツに触れたり…の大冒険を繰り広げるファミリー映画。
大事に飼われていたお嬢様犬が町に迷い出て…という展開で
は、1955年のアニメーション“Lady and the Tramp”(わん
わん物語)を髣髴とさせるが、同じディズニーが製作した実
写の本作でも、闘犬場の檻のシーンなどにはアニメ作品を思
い出させるところもある。
しかも実写化ということでは『102』も思い出すところだ
が、200頭を超える実際の犬を調教によって演技させて、さ
らにCGI技術も巧みに使用したこの作品は、動物(犬)主
演の映画では最高レヴェルの作品と言えるものだ。
映画には他にも、メキシコで彼女のサヴァイヴァルを援助す
るジャーマンシェパードや、その仇敵のドーベルマン、ヒス
パニックの飼い主と共に救出に駆けつけるチワワの雑種犬な
ど多彩な犬種も登場して、犬好きには堪らない作品になって
いる。
原案・脚本はテレビ『恋するマンハッタン』などのジェフ・
ブシェル。監督は、1999年の『25年目のキス』や、2002年
『スクービー・ドゥー』などのラジャ・ゴスネル。自ら犬好
きと称する監督がアニメのスクービー以来の犬の主人公を見
事に演出している。
そして、これらの実写の犬たちを演技させたのは、2006年版
の『南極物語』などを手掛けたマイク・アレキサンダー。彼
は『チャーリーとチョコレート工場』のリスの演技でも知ら
れるが、今回は豊かな犬の表情を見事にフィルムに写し撮ら
せた。
一方、コメディー・リリーフとして登場するネズミとイグア
ナのコンビはオールCGIで作成されているが、これを手掛
けたのが『ジュラシック・パーク』などのティペット・スタ
ジオ。『スター・ウォーズ』なども手掛けたフィル・ティペ
ットが率いるこのスタジオでは、コミカルな動物のCGIは
お手のものだ。
人間の出演者は、2006年『プレステージ』などに出演のパイ
パー・プラーボ。またチワワの飼い主役で、『ハロウィン』
などのジェイミー・リー・カーティスが登場する。
さらに、犬などのヴォイス・キャストでは、ドリュー・バリ
モアが主人公のセレブ犬を演じる他、アンディ・ガルシア、
ジョージ・ロペス、チーチ・マーリン、そして3大テノール
の1人プラシド・ドミンゴらが登場している。
小さな愛玩犬チワワのルーツが描かれたり、映画の最後には
動物を飼うことの心構えが訴えられるなど、ペットブームの
現状もしっかり見据えた作品にもなっていた。

『アンティーク』“서양골동양과자점 앤티크”
日本では、テレビドラマ化やアニメ化もされているよしなが
ふみ原作「西洋骨董洋菓子店」の韓国版映画化。
子供の頃の誘拐事件のトラウマ(?)からケーキを食べられ
ない男性が何故か洋菓子店を開店し、そこにゲイのパティシ
エや元ボクサーの見習い、さらに無器用なウェイターなどが
集まって、新たな誘拐事件に絡むドラマが展開する。
日本での映像化がどうなっていたかは知らないが、今回の韓
国映画では、巻頭に男同士の愛の告白シーンなどゲイが前面
に描かれていて、これがまあ若い女性には受けるのかも知れ
ないが、中年過ぎの小父さんにとっては何かなあという感じ
のものだ。
美形キャラが登場する作品といっても、『カフェ代官山』な
どは、映画の作りが稚拙でもまあ許すのだが、どうもここま
でくると、ゲイを認知しろと迫られてもいるようで、多少そ
の圧迫感に辟易する感じもした。
オカマ文化は別として、日本でゲイがどのくらい受入れられ
ているのか判らないが、でも多分、韓流の美形若手男優がそ
ろっているということでは、日本の韓流ファンにも受けるこ
とが期待される作品なのだろう。

出演は、去年1月に『俺たちの明日』という作品を紹介して
いるユ・アイン(見習い役)以外はテレビドラマの俳優のよ
うで、主人公の店主役には『魔王』などのチュ・ジフン、パ
ティシエ役を『コーヒープリンス1号店』などのキム・ジェ
ウクが演じている。
物語は、過去の誘拐事件や現在の幼児誘拐事件などが適当に
絡まり合って、それなりのものが展開されている。また、い
ろいろ登場する洋菓子も美味しそうなものを見せてもらえる
し、特に若い女性には格好の作品というところだろう。
因に、パティシエを演じるキムとユは、それぞれ数ヶ月の修
業の末、撮影では一切吹き替えを使わずに洋菓子作りの手際
を披露しているようだ。その他、フランス語やダンスなども
レッスンとトレーニングの成果ということで、かなり本格的
に観られるものだ。
若手の俳優を使ってじっくり映画作りをする。これも映画製
作では重要なポイントだ。

『レイチェルの結婚』“Rachel Getting Married”
『羊たちの沈黙』などのジョナサン・デミ監督が、2004年の
“The Manchurian Candidate”(クライシス・オブ・アメリ
カ)以来の劇映画のメガホンを取った作品。
因にこの間のデミ監督は、ハリケーン・カタリーナ以後のニ
ューオーリンズの姿を追ったドキュメンタリーや、ニール・
ヤング、ボブ・マーリーらのミュージシャンを題材にしたド
キュメンタリーを手掛けていたようだ。
そのデミ監督の5年ぶりの作品は、長女の結婚式を2日後に
控えた一家を巡るドラマ。その次女がある施設から帰ってく
るが、彼女の精神状態は穏やかでなく、また過去にもいろい
ろなトラブルがあったようだ。
そして帰宅した次女は、自分が花嫁の第1介添人に選ばれな
かったことから怒り出す。さらに介添人の衣装の色などにも
次々難題を吹っかけるが…その次女は、依存症患者のミーテ
ィングで自分の過去に起きた悲しい出来事を語り出す。

語られる時間軸は一つだが、そこにさまざまな過去の出来事
が甦ってくる。そこには構成上でのトリッキーな要素はない
が、巧みな描き方で徐々に登場人物たちの心情が解き明かさ
れて行く仕組みだ。
恐らくその脚本の巧みさが、デミ監督を動かしたことにもな
るのだろう。その脚本を執筆したのは、名匠シドニー・ルメ
ット監督の娘のジェニー・ルメット。映画化が実現したのは
本作が初めてのようだが、演劇の先生でもあるという彼女の
力量は確かなものだ。
出演は、本作でオスカー主演賞候補にもなっているアン・ハ
サウェイ。他に、ローズマリー・デウィット、デブラ・ウィ
ンガー、バンドTVオン・ザ・レディオのメムバーのトゥン
デ・アデビンペ、中国系の詩人のボー・シアら多彩な顔ぶれ
が共演している。
なお撮影は、ソニー製映画用HDヴィデオで行われており、
エンドクレジットには久しぶりにCineAltaのロゴマークが表
示されていた。
またパーティや結婚式のシーンなどでは、出演者が持つカメ
ラで撮影された映像も使用されており、その撮影者としてデ
ミ監督の師匠のロジャー・コーマン監督などがゲスト出演し
ていたようだ。

『ベルサイユの子』“Versailles”
フランスの名優ジェラール・ドパルデューの息子で、昨年の
11月に急逝したギョームの主演による昨年のカンヌ国際映画
祭‘ある視点’部門の出品作品。
マリー・アントワネットが栄華を極めたヴェルサイユ宮殿の
周辺の森には、現在ではホームレスたちのテントや掘っ立て
小屋が数多く見られるのだそうだ。この映画では、そんな掘
っ立て小屋に住む男の許に置き去りにされた幼い少年を巡る
物語が展開される。
その少年は、最初は母親と共にパリの町を彷徨っていた。そ
してヴェルサイユの収容施設に入所が決まり、2人はその施
設にやってくる。ところが母親は施設に居ることが疎ましい
らしく、翌朝には施設を出てパリ行きの列車の駅を目指そう
とするが…
歩き始めた2人は森で迷い、1軒の掘っ立て小屋の前にたど
り着く。そこには1人の男が暮らしており、男は2人を小屋
に招き居れる。そして1夜を過ごした母親は、男を信用でき
ると思ったのか少年を残して去ってしまう。
こうして始まった男との共同生活ではいろいろな出来事が起
き、やがて男は少年を守るために町に戻ることを決心する。
こんな大人たちの勝手な思惑や行動に、少年は健気に付き随
って行く。

この少年を、パリの学校に通う小学生で、映画出演は初めて
というマックス・ベセット・ド・マルグレーヴが演じて、正
に天使が舞い降りたような、演技かどうかも分からないほど
の見事な仕種や表情を見せてくれる。その健気さは観客には
堪らないものだ。
一方、本作でセザール賞の候補にもなっているドパルデュー
は、2003年以降は右足が義足のはずだが、そんなことは感じ
させない見事な演技を展開している。父親との確執もいろい
ろあった俳優だが、他人の子供への父性を描いた作品で候補
というのも皮肉な話だ。
なお本作は、セザール賞では新人作品賞の候補にも選ばれて
いる。
未曾有の世界不況の中、お先真っ暗な日本でもホームレスは
激増しているのだろう。しかし何かを糧に未来を切り開いて
行こうとする。そんなこの映画の主人公の姿は、どこかに共
感を呼ぶものにもなっている。



2009年01月25日(日) パラレル、桃まつりkiss!、エリートヤンキー三郎、フロスト×ニクソン、60歳のラブレター、バーン・アフター…、ダイアナの選択

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『パラレル』
元Jリーガーだったスポーツ選手が車椅子の必要な身体とな
り、その状況からパラリンピックの日本代表選手となって行
くまでを描いた実話に基づくドラマ。
室蘭大谷高校のサッカー選手だった京谷和幸は高卒で古河電
工サッカー部に入部、Jリーグ発足と共にジェフ市原とプロ
契約を結びJリーガーとなる。そしてフランスW杯の日本代
表を目指す一方、チームのチアリーダーの女性に一目惚れし
結婚の約束を勝ち取る。
ところが結婚式を目前に事故に遭い、下半身が不随となって
サッカー選手の道を閉ざされる。このため最初は落ち込んで
しまうのだが、やがて車椅子バスケットボールに巡り会う。
しかもそこでは元Jリーガーの実力を発揮、パラリンピック
日本代表への階段を登り詰めて行く。
もちろん最初にJリーガーであることからして一般の人とは
条件が違う訳だが、それは足を奪われただけで今まで賭けて
きたことの全てが失われてしまうような、一般の人以上に厳
しい条件であったことも理解できるところだ。
そんな中で、それでも彼を支えていこうとする婚約者の理解
などは特に重要な話だと思われるところだが、実はこの映画
化ではそんな部分をすっ飛ばして、ただ感動の物語が綴られ
ただけものになっている。
それが良いか悪いかだが、まあ最近の日本映画のレヴェルは
大体こんなもので、それを考えれば悪い作品ということには
なりそうもない。Jリーグもそれなりのネームヴァリューが
あって、北京パラリンピックの印象もまだあるうちなら、こ
れで良いだろうというところだ。
ただし、映画を観ていて何かもう一歩の踏み込みが物足りな
いような気分にはなった。その足りない部分が何かと言われ
ると詰まってしまうところだが、何か1つインパクトに欠け
るというか、パンチが足りない感じがするのだ。
とは言っても、物語は実話に基づいているから無茶なことは
できないが、例えば最後に実際の北京パラリンピックでの活
躍の映像を挿入するとか、何か一工夫が欲しい感じはした。
それは権利の問題などで叶わなかったのかも知れないが。
出演は、主人公に要潤と、その妻役に歌手で主題歌も歌って
いる島谷ひとみ。島谷の演技は悪くないし、2人のファンに
は満足できる作品なのかな。なお本作は、文科省選定(青年
・家庭向き)の映画となっている。

『kiss!』
昨年2月に紹介した『真夜中の宴』に続いて、女性映画人に
よる「桃まつりpresents」との冠の付けられた短編映画集。
東京では3月14日から渋谷ユーロスペースでの公開が予定さ
れている。
なお上映は、A、Bの2プログラムに分けて全9本の予定の
ようだが、昨年と同様今回も2作品が未完成とのことで、試
写が行われたのは7本だけ。その中から特に気に入った作品
を紹介しておく。
「マコの敵」
べリーダンサーを主人公に、恋人を奪われた女性の執念が描
かれる。主人公は海外公演も行うほどだったが、ダンスにの
めり込みすぎて恋人に逃げられてしまう。ところが、その恋
人を奪った女性が、事情を知らずにダンスを習いたいと彼女
の前に現れる…
かなり特異なシチュエーションだが、それなりに話の辻褄は
合わせてあり、結構面白く観させてもらった。挿入されるダ
ンスシーンの感じも悪くないし、結末まで一気に観せてくれ
る構成はしっかりしている。短編映画としては完成された作
品だ。
「クシコスポスト」
炎天下のビルの屋上に集う家族のような面々。しかしそこに
は母親は居ず、主人公の少女はいつも「お母さんが欲しい」
と思っていた。そんな夏休みのある日、少女は母親を求めて
行動を開始するが…世間の事情はいろいろ複雑だった。
炎天下の屋上の風景などはシュールで見事だし、少女の行動
から始まる周囲の反応にもいろいろと面白いところがある。
全体の演出をもっとアヴァンギャルドにすれば、この風景の
中での物語がもっと活きるようにも思えたが。
「地蔵ノ辻」
道端の地蔵を熱心に撮り続けているカメラマンがいる。その
カメラマンに1人の女性が声を掛け、山里の祭りの写真を撮
りに行こうと半ば強引に誘いだす。そして、彼女の後に付い
て山路を登るカメラマンは…
『真夜中の宴』でも紹介した竹本直美監督の作品。今回は会
場で監督と話す機会があったが、この作品のファンタスティ
ックな雰囲気は良い感じだし、この感覚は大事にしてもらい
たいものだ。なおハリウッド映画の『7つの贈り物』と比較
してみるのも面白そうだ。
この他の「月夜のバニー」はホラー仕立てにしても良かった
のではないかな。重いテーマを見せるには、案外そんな手も
有効なものだ。一方、「収穫」はもっとファンタスティック
なものを期待したのに、これはちょっとはぐらかされた感じ
がした。
さらに、「それを何と呼ぶ?」と「たまゆら」では、主人公
たちの関係が女性には判るのかも知れないが、男性の僕には
ちょっとピンと来なかったのが正直な感想だ。
でも全体的には、どの作品も構成はしっかりしていたし演出
も悪いとは思えない。これからも期待して観ていきたいと感
じたものだ。

『エリートヤンキー三郎』
2000年から足掛け9年間も連載が続いているという阿部秀司
原作ギャグマンガの映画化。同原作はすでにテレビドラマ化
されており、本作はその劇場版となっている。
私立徳丸学園高校。そこは屈指の低偏差値を誇りヤンキーた
ちの巣窟と化していた。その学園にかつて入学した大河内家
の長男・一郎と次男・二郎は、そこを足場に県内各校のヤン
キーたちを掌握、大河内帝国を作り上げた。
ところが、徳丸学園校長の英断で2人は退学処分となってし
まう。そして新たな春の入学式。その学園に大河内家の三男
・三郎が入学してくることとなった。その三郎には、一郎、
二郎の跡を継ぐべくヤンキーたちの総長の座が用意されてい
たが…
現れたのは見るからにひ弱そうな少年。しかし彼には一郎、
二郎も一目置くヤンキーの熱い血が流れていた。その熱い血
はある条件の許で発揮されるもの。そして入学式早々、三郎
のヤンキーを血を滾らせることになる事件が起きる。
これにヤンキー撲滅を目指すエリート刑事やヤンキー刑事、
さらにヤンキー間の抗争や、ゲームオタクの美少女などが絡
んで物語が進んで行く。
血を滾らせたときの三郎の変身振りは、去年の夏頃ににどこ
かで観たことがあるような…とか、いろいろ気になるところ
はあるが、取り敢えずそれはパロディとして了解することと
して、アクションからVFXまでを取り揃えたギャグ映画が
展開する。
出演は、『仮面ライダー電王』などの石黒英雄がテレビ版に
引き続き主演の他、お笑いコンビインパルスの板倉俊之、映
画『うた魂♪』に出演の山本ひかるなど。さらになだき武、
竹内力らが共演している。
監督は、2004年『魁!!クロマティ高校』などの山口雄大、脚
本は、2007年『スピードマスター』などの木田紀生。
ただし山口監督の作品は、どちらかと言うとスプラッター系
の作品ではその過激さが活きるが、アクション系の作品は多
少空回りする感じがある。本作でも、1つ1つのシーンは良
いが、全体としてみたときに何となくバランスが取れていな
い感じがするところだ。
アクション系でも『クロマティ高校』などは良いと思うのだ
が、その落差がちょっと気になる。でもまあVFXなどは、
それが好きな人間にはそれなりに楽しめるものになっている
し、取り敢えず次回作にも期待することにしよう。


『フロスト×ニクソン』“Frost/Nixon”
1974年8月9日、アメリカ史上初の自ら職を辞した大統領と
いう不名誉を纏ってリチャード・ニクソンはホワイトハウス
を後にした。その生中継を観た視聴者は全世界で4億人。コ
メディアン出身のテレビ司会者デイヴィッド・フロストもそ
の1人だった。
イギリスとオーストラリアでトーク番組を持ちながらも将来
に不安を感じていたフロストは、その視聴者数に驚くと同時
に、もしニクソンとの単独インタヴューに成功したら、自分
をもっと高みに導くことができると思い立つ。そしてその準
備を開始するが…
一方、政界復帰を目指すニクソンは、起死回生の弁明のチャ
ンスを伺っていた。そこで、単独インタヴューを申し入れた
フロストに与し易しと判断した側近たちは、法外な出演料で
牽制しながらも単独インタヴューに応じることを回答する。
ところが、コメディアン出身の司会者が老練な政治家相手に
単独インタヴューするという無謀な企画には、スポンサーも
容易に見つからない。そして充分な準備もできないままに、
収録の日がやってきてしまう。
1977年3月23日からイースター休暇を挟んで4回に分けて行
われるインタヴューで、フロストはニクソンから全ての真実
を聞き出すことができるのか…。1977年5月の放送ではアメ
リカテレビ史上最高の視聴率を叩き出したとされる番組制作
の裏側が明らかにされる。
基はピーター・モーガンがロンドンで上演した舞台劇。モー
ガン自身が舞台劇として完成させた戯曲をさらに映画用の脚
本として再構築し、2001年『ビューティフル・マインド』で
オスカー受賞のロン・ハワードの監督で映画化した。
出演は、舞台でも同じ役を演じたニクソン=フランク・ラン
ジェラと、フロスト=マイクル・シーン。他に、ケヴィン・
ベーコン、トビー・ジョーンズ、オリヴァー・プラット、サ
ム・ロックウェル、マシュー・マクファデン、レベッカ・ホ
ールらが共演している。
僕は、ちょうど1974年8月9日に夏休みを利用してロサンゼ
ルスに行っていて、実は生中継は観ていなかったが、辞任を
報じる新聞の号外は部屋のどこかにしまってあるはずだ。
従ってこの出来事には思い出深いものがあるが、映画はその
時の話ではなくて、その後のフロストとニクソンの対決が描
かれている。それは正に死力を尽くした戦いであり、それに
よって1人が勝ち残り、1人が葬り去られた。
しかしそれは政治上の話であって、この映画が描く人間的な
側面では互いの名誉も充分に尊重されている。だからこそ、
この作品は名作と呼べるのであって、そこにはニクソンの遺
族の協力も得られているものだ。
なお撮影は、ニクソンの住居だったラ・カーサ・パシフィカ
からビバリー・ヒルトン、さらにシネラマドームまで、ほと
んどが実際の場所で行われている。またクライマックスの後
の登場するミニチュアダックスの老犬の姿も印象的だった。

『60歳のラブレター』
2000年から毎年募集され、すでに8万通を超える葉書が寄せ
られたという住友信託銀行主催の企画からヒントを得て製作
された作品。
中村雅俊と原田美枝子、井上順と戸田恵子、イッセー尾形と
綾戸智恵が演じる3組のカップルを巡る熟年男女の生き様が
描かれる。
1組目は、建設会社の重役で定年を迎えるまで家庭も顧みず
やってきた男とその妻。2組目は、医療の研究職を目指しな
がら研究は海外に先を越され、その後は医者になっても妻の
病も見つけられなかった男と、仕事一筋で恋に恵まれなかっ
た女性翻訳家。
3組目は、GSブームの頃にはバンドを組み芸能界も目指し
た男とその追っ掛けだった女。でも結局は家業を継いでこつ
こつ魚屋を営んできた。こんな正に団塊の世代の男女が60歳
を迎えて、将来や健康やその他の諸々のことに惑い、そこか
ら一筋の道を見つけだすまでが描かれる。
映画の物語は、3つの物語が互いに交錯しながらも独立に進
んで行く構成となっており、その脚本はスマートに作られて
いる。その脚本を手掛けたのは、『Aways三丁目の夕日』な
どの古沢良太。人の情感の機微を描くことはお手のものだ。
そして監督は、昨年公開された『真木栗の穴』の深川栄洋。
監督の前作も僕は評価しているが、監督、脚本家共に1970年
代の生まれの若い感性が、年配者の気持ちを暖かく包み込ん
でくれているような作品になっている。
正直なところは、3組のカップルとも比較的恵まれた生活環
境で、昨今の不況下の60歳が同じだとは言い切れないところ
もあるが、でもまあこれもある種の夢として鑑賞できれば良
いというところかな。自分もひょっとしたらこうなっていた
かも知れないものだ。
共演は、星野真理、内田朝陽、石田卓也、金澤美穂、原沙知
絵、石黒賢、佐藤慶。特に、若手の俳優陣には注目株が集ま
っている。
ケータイ小説の映画化など、未熟な恋物語が幅を利かせる日
本映画界で、たまにはこんな大人のラヴストーリーも良いか
も知れない。「夫婦50割」の推薦作品にでもしてもらいたい
ところだが、その制度を行っている映画館も減ってきている
ようで、それは残念だ。

『バーン・アフター・リーディング』
                “Burn After Reading”
前作『ノーカントリー』では、アカデミー賞の監督と脚色、
それに作品(製作)賞の主要3部門を獲得したコーエン兄弟
による最新作。ワシントンのスポーツジムのロッカー室に置
き忘れられたCD−ROMを巡って、途轍もなくブラックな
コメディが展開される。
前作『ノーカントリー』は上映時間2時間2分、内容もかな
り重いものだったが、今回は上映時間1時間36分。しかも主
演には、常連のフラシス・マクドーマンドとジョージ・クル
ーニーを据えて、さらに本人が参加を熱望したブラッド・ピ
ットの共演。
その上、脚本はマクドーマンド、クルーニー、ピットには当
て書きで書かれたものということだから、これは間違いなく
コーエン兄弟が自ら楽しみたくて作った作品だ。従って作品
は、だからこその楽しさに溢れ、観客もその楽しさに酔いし
れることができる。特にピットの演技は出色のものと言える
だろう。
物語は、これも当て書きのジョン・マルコヴィッチ扮するC
IA職員が、長年のアルコール依存症がばれて離職させられ
るところから始まる。ここで飲酒に関してモルモン教に対す
る皮肉が出る辺りからコーエン節は全開という感じだ。
一方、ティルダ・スウィントン扮するCIA職員の妻は、ク
ルーニー扮する連邦保安官の男と不倫状態にあったが、その
恋を全うするための離婚の準備を進めようとしている。
そしてマクドーマンド扮するジムの女性従業員は、出合系で
クルーニーを含む複数の男性たちと交際していたが、恋を成
就させるには全身整形が必要と思い込んでいた。
そんなとき、ジムのロッカー室に1枚のCD−ROMが置き
忘れられ、そのCD−ROMをピット扮するインストラクタ
ーが開いてみると、そこにはCIAの機密情報と思しきファ
イルが記録されていたが…
実は、物語の真相はこれだけなのだが、そこに登場人物たち
の思惑が複雑に絡み合い、思いも拠らぬ展開が繰り広げられ
て行く。しかもそれがコーエン兄弟らしく、正にブラックに
展開されるのだ。
登場人物の全員が良からぬことを企んで、しかもほぼ全員が
見事に失敗する。甘い汁を吸えた者もいないではないが、そ
れもかなりの皮肉に満ちたもの。しかしそこにはカタルシス
もあり、特にアメリカ人のCIAに対する不信感が小気味よ
く描かれていた。

『ダイアナの選択』“The Life Before Her Eyes”
アメリカから時折というか、かなり頻繁に聞こえてくる学校
での銃乱射事件。そんなアメリカ人なら誰でも遭遇しうる事
件を背景に、1人の女性の選択した人生を描いた作品。
その女性は高校時代からドラッグに手を出し、親友となった
女生徒はミッション系の出身で彼女にいろいろとアドヴァイ
スをしてくれるが、彼女自身はほとんど聞く耳を待たない。
それでも親友の2人は、近所の留守宅のプールで勝手に泳い
だり、青春を謳歌している。
しかし、その日の授業の直前に遅刻を覚悟で洗面所に入った
2人は、遠くから叫び声と銃声が響くのを聞く。そして2人
の佇む洗面所にマシンガンを構えた男子生徒が押し入ってく
る。その男子生徒は「どちらかを1人を殺す。死ぬのはどっ
ちだ?」と問い掛けてきた。
大人になった女性には、エマという名の幼い娘がおり、娘は
ミッション系の学校に通っているようだ。しかし娘は問題児
でいつも先生たちを困らせている。そして女性の通っていた
高校では、追悼式典が開かれようとしていた。
デビュー作の『砂と霧の家』でいきなりアカデミー賞にノミ
ネートされたヴァヂム・パールマン監督による第2作は、概
要を聞くだけで見に行くことを躊躇うような重い物語。しか
しアメリカの現実が見事に反映された作品でもある。
躊躇っていては何も始まらない。まずはこの映画を観ること
から1歩進むことができる…というような作品。特にクライ
マックスに用意された衝撃は、この物語の真の恐怖を炙り出
してくれるものだ。
出演は、ユマ・サーマンと、『アクロス・ザ・ユニバース』
などのエヴァン・レイチェル・ウッドのダブル主演。それに
女優スザーン・サランドンの娘のエヴァ・アムーリ、『ゴー
スト・ライダー』などのブレット・カレン、子役のガブリエ
ル・ブレナンらが共演している。
なお、映画の結末に関しては箝口令が敷かれているが、僕は
何となくほっとする気分になれたこの結末に満足した。これ
こそが映画の醍醐味と言える。作品は原作もので、結末が同
じなのかどうかは判らないが、劇中に流れる音楽を含め、こ
の映画の構成は本当に見事なものだ。



2009年01月18日(日) 風の馬、This Is England、四川のうた、シェルブールの雨傘、7つの贈り物、ハリウッド監督学入門、ロシュフォールの恋人たち

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『風の馬』“Windhorse”
1993年のニューヨーク・タイムズ紙に、1人のアメリカ人女
性がチベットの首都ラサでデモを撮影したことを理由に中国
警察に逮捕されてフィルムを没収されたという記事が掲載さ
れた。その記事に基づき1998年に製作された劇映画。
映画は、事件の当事者であるジュリア・エリオットが自らの
取材に基づく脚本を執筆。彼女の叔父でアカデミー賞受賞者
のドキュメンタリー監督ポール・ワグナーが演出。ジュリア
の仲立ちでカトマンズに住むチベット難民の人々が協力して
製作された。
物語の主人公は、地方から家族と共にラサに移住してきた兄
妹。その妹はディスコ歌手として中国人のプロデューサーに
も認められ掛かっており、一方の兄は、中国人の支配は嫌い
だが特に抗議行動をするでもなく、仲間とつるんで酒やビリ
ヤードに明け暮れている。
ところが抗議行動をした尼僧が逮捕される事件が起き、やが
て「尼僧を釈放するから身柄を引き取りに来い」という連絡
が家族に届く。その尼僧は兄妹の幼馴染みの従兄弟で、そし
て引き渡されたのは、拷問により瀕死の状態となった尼僧の
身柄だった。
その姿を観た兄は、偶然知り合っていたアメリカ人女性にそ
の状況をヴィデオで撮影することを依頼。そのカメラの前で
尼僧は刑務所での残虐な拷問の様子を語り始める。しかしそ
の動きは警察に知られることとなり…
この他にも、チベット警察が行う僧院弾圧の様子や歌手の妹
が毛沢東を賛美する歌曲をレコーディングするシーンなど、
中国政府によるチベット弾圧の実態が再現されて行く。
しかも撮影はMTVと称してラサ市内でも敢行されており、
撮影された街路に屯する人々の様子や破壊された仏像などの
シーンは本編の中に巧みに挿入されている。
さらに、カトマンズのロケセットで行われたクライマックス
シーンの撮影後には、内容を察知した親中国のネパール警察
による捜索も受けたが、その直前に撮影済みテープの国外持
ち出しに成功したとのことだ。
そして完成された映画の上映では、中国政府による抗議や妨
害が繰り返されたが、サンタバーバラ映画祭でのプレミア上
映を初め、フロリダ、ワシントンDC、トロント、ロッテル
ダム、東京、メルボルン、シドニーなどの各地の映画祭でも
上映されたということだ。
1997年にはブラッド・ピット主演“Seven Years in Tibet”
と、マーティン・スコシージ監督の“Kundun”が公開され、
チベット問題が注目された時期ではあるが、これらの大作が
モロッコや南米でチベットを再現したのに対して、本作では
現地ロケが敢行されている。
それは予算上の問題などもあるが、それだけ現地に近い作品
ということは言えるだろう。そしてここに描かれたチベット
の状況は、昨年北京五輪前にも明らかになったように、10年
経った現在も全く変っていないものだ。
なお本作のクレジットでは、中国政府の訴追を怖れるため尼
僧を演じた女優を始めとする多くの名前の欄に‘withhold’
の文字が記載されていた。

『THIS IS ENGLAND』“This Is England”
1982年のフォークランド侵攻を進めるサッチャー政権を時代
背景に、中東からの移民に職を奪われたとするイングランド
人の間に巻き起こる国家主義の姿を描いた作品。
主人公はまだ幼さも残る少年。学校では虐めも受けているそ
の少年が、ちょっとした偶然で町の不良グループと付き合い
始める。しかしそれは、やがて国家主義者たちとの交流も深
めていくことになる。
その不良グループにはジャマイカ出身の黒人青年などもいた
が、国家主義者たちはその状況も踏まえて巧みに彼らに近寄
ってくる。そして純粋な少年は、彼らの主張に容易に感化さ
れて行ってしまうのだが…
1998年に公開されたブライアン・シンガー監督、イアン・マ
ッケラン、ブラッド・レンフロ共演の“Apt Pupil”(ゴー
ルデン・ボーイ)は、スティーヴン・キングの原作から身近
に潜むナチスの残党の恐怖を描いたものだったが、本作もそ
れに似た恐怖を味わえる。
もちろん、映画の中でも「俺たちはナチスではない」という
発言は聞かれるが、国家主義というものがまさに同じ危険を
孕んでいることは、この映画の中に明確に描かれているとこ
ろだ。そしてそれは若者を容易に虜にして行く。
当時のイングランドの不況の状況は、サッチャーと同様の保
守政権下の日本の現状にも似たところがあり、これから竹島
問題などが妙な方向に進めば、これは日本でも容易に起こり
そうな問題にも見える。そんな日本への警鐘とも取れそうな
作品だ。
因に映画の若者たちはスキンヘッズであり、その姿はネオナ
チを連想させる。しかし物語は1980年代前半を背景としたも
ので、彼ら自身が国家主義者とは描かれていない。むしろ彼
らは自由を謳歌しようとしているのであり、それは国家主義
とは容れないものだ。
しかしそんな自由を目指す精神が、容易に別のものに変質さ
せられて行く。そこには主人公の幼さだけで説明してはいけ
ないような、現実の危うさも描かれている。そんな昔も今も
厳しい現実に晒されている若者の姿が、真摯に描かれた作品
とも言えそうだ。
なお本作は、2008年のイギリスアカデミー賞(BAFTA)
で最優秀イギリス映画賞を受賞した。

『四川のうた』“二十四城記”
四川省・成都に在った巨大軍需施設420工場。1958年に創業
されたその工場は2007年末に閉鎖され、その跡地は新たな住
宅街「二十四城」へと生まれ変わろうとしている。
その工場閉鎖式に立ち会った2004年『世界』などの名匠ジャ
・ジャンクー監督が、その記録のために行った元従業員への
インタヴューに基づき、さらにその一部を俳優にも演じさせ
て再構成したセミドキュメンタリー作品。
その手法は、あえて再現ドラマとするのではなく、それぞれ
のエピソードに合せた会場を設定して各自の語りだけで構成
されたもので、その姿は極めて分かり易く、工場の歴史とそ
れに対応する当時の中国の情勢などが描かれて行く。
その中では、政府命令で強制的に移住させられた旅の行程で
息子と生き別れた女性(『古井戸』のリュイ・リーピンが演
じる)の話や、ジョアン・チェンが演じる工場のアイドルと
呼ばれた女性など、周囲や政情に振り回された様々な人生が
描かれる。
さらに、『世界』などジャ・ジャンクー作品の常連チャオ・
タオ(若い女性のバイヤー役)や、テレビシリーズ『美顔』
で田中麗奈と共演していたチェン・ジェンビン(社長室の副
主任役)らが、模造されたインタヴューの語り手を演じる。
一応、キャストとして発表されているのはこの4人だけで、
従って他の語り手は実際の元従業員のようだが、その語り口
調は大げさにドラマティックではないものの、静かに苦難の
時代を噛み締めているようにも感じられた。
俳優によって語られるエピソードはもちろん見事だが、そう
でない登場人物たちがそれぞれの口調で語る喜怒哀楽の内容
にも重みがある。
経済の好況や不況などは世界のどの国でも同じようなものだ
と思うが、さらにそこに政治が加わると、その苦難は倍加し
て行くようにも見える。そんな中国人民が味わった苦難の歴
史がこの映画の中に集約されているのだろう。
なおエピソードは1950年代から90年代にまで及んでおり、そ
れぞれの時代背景に合せた音楽にも彩られる。その中にはテ
レビドラマ『赤い疑惑』の日本語による主題歌や、中国語の
『インターナショナル』なども含まれていて、それらにも興
味を引かれた。

『シェルブールの雨傘』“Les Parapluies de Cherbourg”
カトリーヌ・ドヌーヴ主演、ジャック・ドゥミー脚本監督作
詞、ミシェル・ルグラン作曲による1964年カンヌ国際映画祭
グランプリ受賞作品。
フランスの湊町シェルブールを舞台に、世情に翻弄される若
者の愛が全篇を歌だけの構成で演出されている。
日本でも1964年に公開されている作品だが、僕自身は同じ顔
ぶれの『ロシュフォールの恋人たち』と2本立てで名画座で
観たものだから1967年以降、多分大学に入ってから1970年前
後のはずだ。それでもまあ40年振りぐらいの再見となった。
台詞がすべて歌になっているという構成は、オペラなどでは
当たり前のものだが、当時の映画で、しかもオリジナルとい
うことでは斬新だったのかな。それに衝撃的な結末も高い評
価に繋がったものと言えそうだ。
でもそれを今見直していると、僕自身にはドヌーヴが演じる
ヒロインの身勝手さがかなりきついものにも感じられた。多
分昔は自分も純真で、それでも感動したのだろうが、今では
身籠もって3ヶ月で他の男に魅かれて行く女ってどうなの…
という感じだ。
その背景にはアルジェリアでの戦争があって、それに翻弄さ
れる男女の姿ではあるが、当時の自分の中にそれほど重くア
ルジェリアのことがあったとは思えない。もちろんフランス
本国での評価はそこにもあるのだから、それはそれで正当な
ものだが…
因に今回の再上映は、ディジタルリマスターにより行われる
もので、フィルムの傷なども修復されて実に観やすくなって
いる。ただし色彩が鮮やかになり過ぎている感じはあって、
特に赤い部分が浮き上がっていたり、白壁にモワレが出てい
る感じの部分もあった。
とは言え、1943年生まれ、撮影当時20歳のドヌーヴは、特に
前半では正しくフランス人形のように可憐で愛らしく、その
美しさは存分に楽しめる。それがこんなことをしてしまうな
んてという展開は、当時は本当に衝撃だったものなのだ。
若い頃に感じた感動を、年齢を経てから再び得るのは難しい
ことなのかも知れない。特にラヴストーリーは、初な自分と
擦れた自分が違ったものを見せてくれるようで、その落差も
衝撃になってしまうようだ。

やはりこういう作品は、若いうちに観ておくべきものなのだ
ろう。

『7つの贈り物』“Seven Pounds”
2006年『幸せのちから』のガブリエレ・ムッチーノ監督と、
ウィル・スミスが再び組んだ感動のドラマ。
アメリカ財務局の徴税官の男がいろいろな人物の人柄を調べ
ている。彼のメモには多数の名前が列記されているが、彼は
調査の結果で問題ありと判断した人物の名前を削除している
ようだ。そして彼には大きなトラウマの陰も見え隠れする。
そんなメモに残る1人が、エミリーという名の若い女性だっ
た。彼女は古典的な凸版印刷機を使って招待状などの印刷を
請け負っているが、体力のいる仕事は難しくなっているよう
だ。そして犬の散歩中に倒れてしまう。
そんな彼女に接近する主人公だったが、最初は厳しい調査の
はずだった彼の心は、懸命に生きようとする彼女の姿に徐々
に魅かれて行ってしまう。しかしそれは、彼に究極の選択を
迫るものだった。
正直に言って、現実にはかなり困難な物語のように思える。
確かに制度の発達したアメリカでなら可能なのかも知れない
が、それにしても情報にはセキュリティもあるだろうし、適
合の問題など、そんなに簡単にはリストの作れるものでもな
いだろう。
トップクラスの大学を出た人間ならそれも可能ということな
のかも知れないが、それは逆に彼の最後の選択に繋がらない
ようにも感じてしまう。それほどの人間ならもっと他にやる
べきことがあるのではないか、そんな感じもしてしまうとこ
ろだ。
でもまあこれが現実ということなら、それはそうとしか言い
ようがないのだが…

共演は、エミリー役に『シン・シティ』などのロザリオ・ド
ースン。他に『俺たちダンクシューター』のウッディ・ハレ
ルスン、『父親たちの星条旗』のバリー・ペッパー、『バー
バーショップ』のマイクル・イーリーらが脇を固めている。
なお、映画の中には素敵な手動の凸版印刷機と、他にもオフ
セット印刷機なども出てきて見事な動きを見せてくれる。エ
ンディングクレジットには印刷博物館の協力も記載されてい
たようで、この種のメカが好きな人にはその動きも楽しんで
もらえそうだ。

『ハリウッド監督学入門』
『リング』『仄暗い水の底から』でジャパニーズ・ホラーの
世界評価を確立し、『ザ・リング2』でハリウッド進出を果
たした中田秀夫監督が、ハリウッドでの映画製作の裏側を綴
ったドキュメンタリー。
中田監督は、過去に劇映画以外にも「日活ロマンポルノ」や
アメリカの映画監督に関するドキュメンタリーを発表してお
り、今回はその3作目となる。そして今回は、自身が関った
映画製作の顛末に迫ったものだ。
因に中田監督は、元々は“The Eye”のハリウッドリメイク
のために渡米したのだが、それが『ザ・リング2』になって
しまう。それでドリームワークスという大会社に関係するこ
ととなり、お陰で真のハリウッドの裏側に迫れてしまう。
それは、アメリカ進出と言っても他とは全く状況の異なるも
のであり、さらにそこにはウォルター・パークスやハンス・
ジマーといった現代ハリウッドを代表する人々もいて、その
証言も収集されているのは本当に貴重なドキュメンタリーと
言えるものだ。
『ザ・リング2』の舞台挨拶では、「スタジオに行くと、シ
シー・スペイセクとナオミ・ワッツが其処にいるんですよ」
と嬉しそうに語っていた監督が、実はこんなに苦労していた
ということも驚きだったが、ここにはハリウッドの特異性が
明白に描かれている。
それは映画が産業として成立しているハリウッドの特殊性で
もある訳だが、そのシステムの是々非々は別として、いつも
自分が鑑賞しているハリウッド映画がこんな風に作られてい
るのだと理解するだけでも、満足できる作品だった。
そして中田監督は、その後の日本での映画製作においても、
一部にハリウッドスタイルの良いところを取り入れていると
のことだった。
なおWebのデータベースによると、中田監督は現在ハリウッ
ドで“Chatroom”という原作ものホラー映画を準備中、他に
“The Ring Three”の計画も進んでいるようだ。過去の経験
を踏まえて、それらが早期に実現することも期待したい。
また、日本では第2作『らせん』までしか映画化できなかっ
た鈴木光司原作の第3作『ループ』も、ハリウッドでなら実
現できると思うのだが…中田監督の力でそれは何とかならな
いものなのだろうか。

『ロシュフォールの恋人たち』
           “Les Demoiselles De Rochefort”
カトリーヌ・ドヌーヴ主演、ジャック・ドゥミー脚本監督作
詞、ミシェル・ルグラン作曲による1967年製作のミュージカ
ル作品。
『シェルブールの雨傘』の3年後に同じ顔ぶれが再結集した
ものだが、同時にこの作品には、ドヌーヴの実姉フランソワ
ーズ・ドルレアックが双子の姉妹役で主演の他、ジーン・ケ
リー、ジョージ・チャキリスの2大ダンサー、さらにダニエ
ル・ダリュー、ジャック・ペラン、ミシェル・ピコリら、米
仏の豪華なメムバーが共演している。
フランス南西部の海辺の町ロシュフォールで開催されるフェ
スティヴァルに向けて国中からパフォーマーたちが集まって
くる。その会場となる広場の脇には、気さくなマダムの経営
するカフェがあり、そこもパフォーマーたちの出入りで賑わ
い始めている。
そのマダムには、美しい双子の姉妹とまだ小学生の息子がい
たが、その双子の1人は音楽家を目指し、もう1人はバレリ
ーナを目指していた。そしていつか町を出てパリで勝負する
ことと、まだ見ぬ恋人との素晴らしい恋愛も夢見ていた。
そんな姉妹の夢が、パフォーマーたちの出現で現実のものに
なりかけて行く。一方、姉妹の母親にも、心に秘めた切ない
恋の思い出が甦ってくるが…
『シェルブール』とは打って変わって陽光粲々の明るい雰囲
気の中、見事な恋のすれ違い劇が展開される。そして町中で
繰り広げられるダンスシーンなど、正にハッピーという感じ
の作品。ドヌーヴ、ドルレアック姉妹が歌う「双子の歌」な
どは、今聞いても心が浮き立ってくる感じもするものだ。
それに衣装までもカラフルな町の風景は、リアルを追求する
映画というより、少しデフォルメされた舞台劇のような雰囲
気も漂うもので、その中に展開されるすれ違い劇も舞台を見
ているような気分のもの。長引く戦争の陰や猟奇殺人など、
ちょっと厳しいスパイスも利いており、それがまた斬新な感
じにもなっている。
なお、フェスティヴァルでチャキリスらの演目のスポンサー
がHONDAになっていて、ダンスシーンの舞台にはオート
バイも登場する。懐かしい翼のマークも付いていてこれは嬉
しい驚きだった。
因にドルレアックは、この作品の後、イギリス映画の『10億
ドルの頭脳』を残して1967年6月26日に交通事故でこの世を
去っている。



2009年01月15日(木) 第175回

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※このページは、SF/ファンタシー系の作品を中心に、※
※僕が気になった映画の情報を掲載しています。    ※
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 今回は賞レースの情報から。
 その最初は、12月15日付第173回でも紹介したアカデミー
賞VFX部門の候補作について、その時にも説明したように
7本に絞られた2次候補が発表された。その7本は、
“Australia”
“The Crious Case of Benjamin Button”
“The Dark Knight”
“Hellboy II: The Golden Army”
“Iron Man”
“Journy to the Center of the Earth”
“The Mummy: Tomb of the Dragon Emperror”
 この7本についてVariety紙の記事では、“Journy…”が
残って、“Indiana Jones”“Cloverfield”“Hancock”が
落選したことを意外と捉えられていたようだが、僕の考えで
は、残った7作品のVFXはその方向性が、若返りのメイク
アップFXからモンスター、現代から古代の戦闘などヴァラ
エティに富んだもので、未見の“Australia”以外の選択は
順当なように感じられる。僕自身としては、その前の15本の
選択のときの方が意外性は大きかった。
 因に“Journy…”は、アカデミー賞史上初の3D映画での
選考となったもので、このためアカデミー会員向け上映会の
メイン劇場となるゴールドウィンシアターには、3D上映の
ための設備が緊急で設けられたとのことだ。そしてこの劇場
では1月15日、最終候補の選考に向けたそれぞれ15分間の抜
粋版の上映と、専門部会員によるスタッフに対するQ&Aな
どが行われている。なおこの抜粋版の上映とQ&Aの模様は
無料で一般にも公開されたそうだ。
 そしてこの中から最終候補の3本が選ばれる訳だが、僕と
しては“Benjamin Button”の選出は固いとは思うものの、
後は大ヒットした“Iron Man”“The Dark Knight”かな?
ここでもし“Journy”が残ったら、3D化の流れはいよいよ
本物になると言えそうだ。
        *         *
 続けてアカデミー賞メイクアップ部門も予備候補が発表さ
れている。こちらも7本が発表されたもので、その作品は、
“The Crious Case of Benjamin Button”
“The Dark Knight”
“Hellboy II: The Golden Army”
“The Reader”
“Synecdooche, New York”
“Tropic Thunder”
“The Wrestler”
 残念ながら、こちらは未見の作品が半数近くあるので評価
はし難いが、観ている作品はそれぞれ納得できるものだ。そ
してこの中から最終候補の3本が選ばれることになる。僕の
予想としては、こちらも“Benjamin Button”の選出は固い
と思うが、さてどうなるだろうか。
 その他、外国語映画部門の予備候補には9作品が発表され
て、その中には日本映画の『おくりびと』も含まれている。
こちらは世界中から65本の推薦が在った中から選ばれたもの
で、最終候補は5本。4本が落とされるだけというのも微妙
なところだが、果たして日本映画はその関門をくぐることが
できるのだろうか。
 アカデミー賞の全部門の最終候補は1月22日に発表され、
受賞式は2月22日となっている。
 なお、1月11日に発表されたゴールデングローブ賞では、
“The Dark Knight”の故ヒース・レジャーが助演男優賞を
獲得したが、果たしてその勢いがアカデミー賞にも波及する
かどうかも興味が湧くところだ。
        *         *
 ここからは、製作ニュースを報告しよう。
 まずは、シーア・ラブーフ主演作の『ディスタービア』と
『イーグル・アイ』を手掛けたJ・D・カルーソ監督が、童
話「ジャックと豆の木」の大人版と称する“Jack the Giant
Killer”という計画を、ニューラインで進めることが発表さ
れた。
 物語は、人類と巨人たちは長く平和な関係を保っていたと
いう設定で始まる。ところがある日のこと、人間のプリンセ
スが巨人に誘拐される事件が起き、両者の関係が崩れてしま
う。そして主人公となる農夫の若者は、プリンセス救出のた
め危険な巨人の国への遠征を行うことになる…というもの。
脚本は、1975年『星の国から来た仲間』に基づくディズニー
の新作でザ・ロック主演による“Race to Witch Mountain”
を手掛けたマット・ボマックが担当。製作はニール・モリッ
ツという作品だ。
 なお、今回題名の“Jack the Giant Killer”は、「ジャ
ックと豆の木」(Jack and the Beanstalk)の別題としては
比較的多く用いられているもので、同じ題名での映画化も、
1962年ネイザン・ジュラン監督作品などがすでに製作されて
いる。そしてこの作品でも、美しいプリンセスを巡る冒険物
語が展開されていた。因にこの作品は、1970年『恐竜時代』
(When Dinosaurs Ruled the Earth)などのジム・ダンフォ
ースが特殊効果とアニメーションシーンを手掛けたとも言わ
れているものだ。
 という作品だが、前の2作では現代技術の最先端を扱った
カルーソ監督がどのような巨人の国を描いて見せるかにも興
味が湧く。そして若き農夫役をラブーフが演じるかどうかも
注目になりそうだ。ただしカルーソ監督の予定では、2008年
2月15日付第153回で紹介したコミックス原作“Y: The Lost
Man”の映画化の計画も進められており、今回の計画がその
前になるか後になるかは未定のようだ。
        *         *
 お次は、“Terminator: Salvation”の公開を控えるMcG
監督の次回作に、ディズニー製作で“20,000 Leagues Under
the Sea: Captain Nemo”という計画が発表された。
 この作品は、2006年にトニー・スコットが監督した『デジ
ャヴ』などのビル・マーシリの脚本を映画化するもので、内
容は、1954年にディズニーで映画化されたジュール・ヴェル
ヌ原作『海底二万哩』に登場するネモ船長のキャラクターを
使ったオリジナルの物語とのことだ。
 因に、1954年版の“20000 Leagues Under the Sea”(,の
ないのが正式らしい)は、ディズニーがアメリカ国内で製作
した初の実写作品とされる(ディズニーは1950年に凍結資産
解消のためイギリスで実写作品の『宝島』を製作している)
もので、同年の興行成績は第2位を記録した他、アカデミー
賞でも3個のオスカーを獲得している。また東京ディズニー
ランドなど各地のテーマパークのアトラクションとしても人
気の高いもので、つまり今回は、オリジナルのリメイクと、
アトラクションの映画化の2面を持つものだ。
 詳しいストーリーなどは発表されていないが、ファミリー
向けの映画になるとのことで、ディズニーでは、できれば今
年中の製作を期待しているようだ。
 一方、McG監督には『ターミネーター』の続きも期待され
ているものだが、監督自身の意向でその前に別の作品を1本
撮りたいとしていたもので、今回の作品はそれに合致するも
の。ただしこの次回作の契約には各社が争奪戦を繰り広げた
もので、ディズニーでは800万ドルの契約金から配給収入の
7%という破格の契約条件を提示したという情報も報告され
ている。
 主人公のネモ船長役にはウィル・スミスが興味を示してい
るという噂もあるようで、いずれにしても超大作の冒険映画
が期待できそうだ。
        *         *
 アメリカ航空宇宙局(NASA)の協力の許で製作が進め
られている“Quantum Quest: A Cassini Space Odyssey”と
題された3Dアニメーション作品に、『スター・トレック』
で新旧カーク船長役のウィリアム・シャトナー、クリス・ペ
インと、『スター・ウォーズ』で新旧ダース・ヴェイダー役
のジェームズ・アール・ジョーンズ、ヘイデン・クリステン
センの声優での共演が発表されている。
 作品にはこの他にも、サミュエル・L・ジャクスン、マー
ク・ハミル、『X−ファイル』のアマンダ・ピート、『ブラ
インドネス』のサンドラ・オー、『幸せの1ページ』のアビ
ゲイル・ブレスリン、さらにニール・アームストロング船長
らの声優出演も発表されていて、SF/ファンタシー映画の
ファンにはニヤリとするところだ。
 物語は、太陽の中で暮らしていた光粒子の主人公が、太陽
から飛び出して大宇宙の存亡を掛けた戦いに巻き込まれて行
くというもの。其処には、オールドファンには懐かしいNA
SA関連のジェット推進研究所(JPL)で製作された往年
の宇宙探査のシミュレーションCGアニメーションもフィー
チャーされるようだ。
 脚本は、『スター・トレック:ボイジャー』なども手掛け
たことのあるハリー‘ドック’クロアーが執筆したもので、
彼は1996年からこの計画を構想していたとのこと。つまり、
『ボイジャー』当時からの構想だったというものだ。また本
作でクロアーは、『ライオンキング』などにも参加している
ダン・セントペリエーと共に監督にも挑戦している。
 製作は、台湾のディジマックスというアニメーション会社
が担当し、今年中にImax-3Dでの上映が開始された後、一般
映画館にも配給されるとのこと。日本の3D上映館も増えて
いるようだが、3D映像はできればImaxで観たいものだ。
        *         *
 2008年2月1日付の第152回で紹介したマリアド・ピクチ
ャーズとスタジオ407の提携第2弾として、これもホラー
コミックス原作による“The Night Projectionist”という
計画が発表されている。
 内容は、ハロウィン前夜の小さな町の映画館を舞台にした
もので、オールナイトのドラキュラ映画大会に映画ファンが
大集合。ところがその上映中に映画館には外から鍵を掛けら
れて観客は中に閉じ込められてしまう。しかもそこには本物
のヴァンパイアも紛れ込んでいて…というもの。原作のコミ
ックスは2月からミニシリーズで発行されるとのことだが、
この内容はホラ・コメかどうかも微妙なところだ。
 ただし、映画館が舞台のこの手の作品もいろいろあるが、
特にジャンルに詳しいマニアが集まっているとなると、いろ
いろ相手の裏をかくこともできそうだし、まともに作っても
お話は面白くなる。ヴァンパイアものはいろいろ仕来りも煩
いところだが、それを逆手に取る楽しさも期待したい。
 なお第152回で紹介した“Hybrid”に関しては、2004年に
シリーズ第3作となる“Cube Zero”を監督したアーニー・
バーバラッシュの起用が発表され、深海モンスターものとさ
れる作品の映画化は来年の撮影開始を目指すとのことだ。し
たがって普通に考えれば、第2弾とされる今回の映画化はそ
の後ということになるが、いきなりVFXの多用される作品
というのも厳しいところで、お手軽な作品を先に撮る可能性
はありそう。後は日本の配給会社が順調に決まることを祈り
たい。
        *         *
 もう1本はちょっと残念な情報で、2002年6月15日付第17
回などで紹介してきたオースン・スコット・カード原作によ
るヒューゴ・ネビュラ同時受賞作“Ender's Game”の映画化
が棚上げになってしまったようだ。
 この情報は、原作者のカードがシリーズ最新作の“Ender
in Exile”のプロモーションの席で発言したもので、それに
よると、当初は熱心の映画化を進めていたウォルフガング・
ペーターゼン監督はすでに監督の座を離れており、計画が再
始動する可能性は薄れたとのことだ。
 また、原作者自身が、現在のハリウッドで映画化するのは
難しいとも考えているようで、それは原作のテーマが単純な
アクション・ヒーローものではないこと、それに原作に描か
れる人間関係が、いわゆる映画で描かれるものとは異なって
いることなどがハリウッドに合っていなかったとしている。
 第17回の記事を書いた頃には、原作者と監督は相思相愛の
ようにも感じられたが、結局、そのペーターゼン監督の降板
が映画化を行き詰まらせることにもなったようで、これでは
仕方がないということになりそうだ。
 なお、原作のシリーズはすでに11作が発表されているが、
中には異なる視点による並行シリーズが含まれるなど、かな
り複雑な構成になっているようだ。そこで今回の記事の紹介
によると、1985年に発表された“Ender's Game”の後には、
“Speaker for the Dead”“Xenocide”“Children of the
Mind”“A War of Gift”があって、今回発表された“Ender
in Exile”はその続きとのこと。つまり正編シリーズの5冊
目の続編になるものとのことだ。
 全11冊ということは、この他に並行シリーズが5冊あるこ
とになるが、これだけのシリーズを前に映画会社が指をくわ
えているというのも面白いところだ。



2009年01月11日(日) 雷神、映画は映画だ、PLASTIC CITY

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『雷神』“Kill Switch”
スティーヴン・セガール印のアクション映画。
物語の舞台はアメリカ南部の町メンフィス。そこで発生して
いる連続殺人事件を追う刑事が本作の主人公となる。しかし
その主人公には、子供の頃に双子の兄を目の前で殺されたと
いうトラウマがあり、その幻影に悩まされ続けているという
シーンも挿入される。
その主人公が追う事件には、娼婦ばかりを狙う第1の殺人鬼
と、被害者の身体に占星術の印を刻んだ暗号で挑戦をしてく
る第2の殺人鬼がおり、凶悪度を増している第2の殺人鬼に
対してはFBIも捜査に参入してくる。
こうして主人公の過去や現在の人間関係や犯人逮捕の華麗な
合気道アクションや、さらに銃撃戦など、諸々の事態が渾然
とした物語が展開されて行く。
と言っても、物語の全体は、縦糸はあるが横糸があまりはっ
きりとはしていない感じで、描かれるエピソードはどれもば
らばら。有機的に繋がっていないから、何かをそこで感じさ
せるようなものにはなっていない。
つまり描かれるそれぞれのエピソードは、ほとんどが他のエ
ピソードには繋がって行かないもので、一体何のために描か
れているのかも判らなくなってしまうのだが…でもまあ、そ
れがB級アクション映画というものなのだろう。
それらをセガールのアクションで繋いでいれば、それで見所
にはなっているというようなものだ。因に本作はアメリカや
オランダ、イタリア、イギリスといった国では直接DVDで
の発売となっているものだが、なぜか日本でだけは劇場公開
される。
2003年以降のセガール作品の大半は同様の公開形式となって
いるが、それでも年2〜4作を作り続けるエネルギーは大し
たものだし、それでそれなりの成果となっているのなら、そ
れも見事なことだと言える。
カナダ製作で共演者にはカナダ人の俳優が多いが、中に昨年
8月に亡くなったアイザック・へイズが出演、これが遺作と
なったようだ。製作総指揮と脚本はセガールが担当し、監督
には、アカデミー賞受賞監督ポール・ハギスのカナダ時代の
盟友だったフェフ・F・キングが起用されている。

『映画は映画だ』“라프 컷”
『悪い男』などのキム・ギドク監督が原案・脚本及び製作を
担当し、愛弟子チャン・フン監督のデビューを飾った作品。
韓国テレビドラマの人気者、ソ・ジソブとカン・ジファンの
映画初共演を実現し、昨年公開の韓国では140万人の動員を
記録しているそうだ。
傍若無人な性格の上に、アクションシーンの相手役に怪我を
負わせてしまったことから、主演映画の配役に行き詰まって
いるスター俳優が、本当の殴り合いになることを了解条件と
して、偶然知り合った本物のヤクザの男を共演者に選ぶ。
そのヤクザの男も、実はヤクザの仕事が行き詰まっており、
また以前には端役で映画出演するなど俳優を志望していたこ
ともあって、その話に乗って2人は互いに夢の実現を目指す
ことになるのだが…
一見、かなり荒唐無稽な感じもするお話だが、これにキム・
ギドク直伝のリアルな演出と現実的な道具立てが相俟って、
それなりに納得のできる物語が展開して行く。そして鮮烈な
結末に至るまで、正に映画を堪能させてくれる。
しかも、映画スターの方はそこそこ戯画化されて描かれるの
に対して、ヤクザの方は人情味も含めた描かれ方になってお
り、その辺で作品全体が、ファンタシーではないけれどメル
ヘンな雰囲気も漂う不思議な感じのものにもなっている。
特に、主人公2人のそれぞれ女性関係を巡るエピソードや、
ヤクザの男の身の処し方などがそれなりに心に響くお話にも
なっており、しかもそれらを期待を裏切らない形で鮮烈に纏
め上げて行く、その脚本も見事だった。
基本的に白と黒の衣装を纏っている主人公2人が最後は共に
灰色になっていたり、挿入される映像や映画製作の裏を見せ
るような遊びも楽しめる。もちろん韓国映画らしい強烈な格
闘技アクションも用意されており、その辺のサーヴィス精神
も満点だ。
共演は、『宿命』などのホン・スヒョン、デビュー作が韓国
ホラーの旗手アン・ビョンギ作品というチャン・ヒジン。さ
らに『親切なクムジャさん』や『グエムル』に出演のコ・チ
ャンソク、伝統舞踊の人間国宝でもあるソン・ヨンテらが脇
を固めている。

『PLASTIC CITY』“荡寇”
撮影監督としてジャ・ジャンクー監督の『世界』などを手掛
けてきたユー・リクウァイによる監督作品。ブラジル・サン
パウロの東洋人街を舞台に、オダギリジョーと、『ハムナプ
トラ3』にも出ていたアンソニー・ウォンの共演で描く人間
ドラマ。
「ブラジル国境」と書かれた看板の立つ川沿いのジャングル
の中を幼い子供の手を引いてさまよう日本人夫婦と、武装し
た男に護送されている東洋人の男。そんな彼らが遭遇し、銃
撃戦の末に夫婦は射殺され、子供は逃亡に成功した東洋人の
男に拾われる。
そして時は流れ、東洋人の男はサンパウロの東洋人街で勢力
を張る顔役となり、彼に拾われた子供は、男の息子としてコ
ピー商品などを捌く右腕となっていた。しかしその東洋人街
を狙う新たな勢力との抗争が勃発する。
基本的な物語は裏社会ものということになるが、それと同時
に血の繋がらない親子の特別な関係が描かれる。ただし、そ
れは明確には描かれておらず、それでも強い絆があるという
展開はドラマとして納得はするが、もう少し丁寧に描いて欲
しい感じもした。
しかもそれを、宗教も絡めたかなり幻想的な描き方で進めて
行くことには多少の違和感も感じてしまったところだが…。
実はこの幻想的な部分には別の魅力も感じたところで、この
摩訶不思議な感覚が、この作品の真の狙いなのかとも思えて
くる。
この辺の2面性は、多分に意図的でもあるのだろうが、僕自
身も含めたその種の作品が好みの人には評価されそうな魅力
にもなっているものだ。まあそれに誤魔化されているという
感じもしないではないが、それも映画というものだろう。
共演は、『呉清源 極みの棋譜』に出ていたホアン・イー、
アン・リー監督『恋人たちの食卓』などのチェン・チャオロ
ン、ブラジル人でモデル出身のタイナ・ミュレール。
それにしても、アマゾンというのは、1985年のジョン・ブア
マン作品『エメラルド・フォレスト』など不思議な雰囲気の
漂うところで、この作品にもそれは充分に表わされていた。
なお、映画は全篇ブラジルロケで撮影されており、オダギリ
はポルトガル語と中国語だけの台詞で役を演じている。



2009年01月01日(木) 第174回

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※このページは、SF/ファンタシー系の作品を中心に、※
※僕が気になった映画の情報を掲載しています。    ※
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 明けましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いいたします。
        *         *
 まずは新年最初はめでたく選出の話題から、アメリカ議会
図書館が選定する永久保存すべき映像の最新版に、『シンド
バッド七回目の航海』と『ターミネーター』、それに1933年
版『透明人間』の選出が発表された。
 この選出は1989年から毎年25本ずつ行われてきたもので、
すでに『スター・ウォーズ』や『2001年宇宙の旅』なども選
ばれているが、その合計が500本となる記念の25本の中に上
記の3本が選ばれたものだ。因に、昨年は『バック・トゥ・
ザ・フューチャー』と『未知との遭遇』が選ばれている。
 一口に500本と言っても、短編やドキュメンタリーも含め
て数10万本以上あると考えられるアメリカの映像作品の中か
らの選出ということで、それだけでも素晴らしいものだが、
実はその中に、少なく見積もっても30本以上のSF/ファン
タシー系の作品が選出されており、僕としてはそれも嬉しく
なってしまうところだ。
 すでに選ばれている作品では、『博士の異常な愛情』『ブ
レードランナー』『E.T.』『エイリアン』『地球の静止す
る日』『猿の惑星』から、『ナイト・オブ・ザ・リビング・
デッド』『ハロウィン』まで様々あるが、まだまだ選ばれて
欲しい作品はたくさんあるところで、それも来年以降に期待
したい。
 なお2008年版には、1972年『脱出』、1967年『冷血』や、
1954年『大砂塵』なども一緒に選ばれており、一般映画の名
作と呼ばれる作品もまだまだ選出が続いているものだ。
        *         *
 ここからは製作ニュースで、その新年1本目は、遂に本格
始動したディズニー製作“TRON 2.0”の情報から。
 1982年に公開された電脳SF映画『トロン』の続編に関し
ては、実は2002年2月1日付第8回で最初に報告しているも
のだが、この時の計画は、結局2003年に発表されたヴィデオ
ゲーム版の“TRON 2.0”として完成されたものだ。因にこの
ゲームからは、2004年“Tron 2.0: Killer App”という続編
も発表されている。
 これに対して映画の情報は、2005年2月15日付第81回でも
紹介しているが、この時はリメイク計画として、ブライアン
・クラグマン、リー・スタンタールという脚本家チームの名
前が挙がっていた。しかしこの計画は、その後は立ち消えに
なってしまったようだ。
 その情報が続編として再登場してきたもので、実はこの情
報も2007年9月15日付第143回の頃からちらほらと聞こえて
いたが、今回の発表では出演者として、前作に主演のジェフ
・ブリッジスと、前作のトロン役でその後のヴィデオゲーム
の声優も務めたブルース・ボックスレイトナーの登場も報告
され、本格的な続編の計画となっているものだ。
 そしてこの作品に、2007年11月紹介『ボビーZ』に出演の
オリヴィア・ワイルドと、2008年5月紹介『近距離恋愛』に
出ていたビュー・ガレットの2女優の出演も発表された。た
だしこの2人の役柄では、ワイルドはヴァーチャル世界でマ
スター・コントロール・プログラム(MCP)との戦いを支
援する労働者、ガレットはヴァーチャル世界の女神となって
おり、物語の主人公はそれ以外にいるようだ。
 と言っても、ブリッジスやボックスレイトナーが主演とい
うことはないようで、噂ではこの主人公役に、新作の“Star
Trek”で若き日のマッコイ役を演じているカール・アーバン
の出演の情報も流されている。
 脚本は、テレビシリーズ“Lost”などの製作総指揮も務め
るアダム・ホロウィッツとエドワード・キトシスが担当。ま
た監督には、第143回で紹介したように“Logan's Run”にも
起用の報告されているCF監督のジョセフ・コジンスキーが
発表されているもので、さらに今回の発表によると、撮影は
2月に開始され、公開は2011年の予定となっている。
 物語の詳細は公表されていないが、横暴なMCPが君臨す
るヴァーチャル世界の解放を目指して、ハッカーたちが再び
挑戦するお話ではあるようで、最新のCGIで再々現される
ヴァーチャル世界がどのように進化しているかも楽しみだ。
なお題名は“TR2N”としている情報もある。
 それにしても、ブリッジスとボックスレイトナーは、現実
世界の役柄では年齢的な変化も理解できるが、ヴァーチャル
世界での風貌は年を取るのかな。これも最近の映画を観てい
ると、CGIでならどのようにでもできそうだが、本作では
どう処理するか、その辺にも興味を引かれるところだ。
        *         *
 続いても長年の情報で、最初は2002年1月1日付第6回に
報告したコロムビア製作“Sinbad”シリーズ再開の計画が、
今春『ベッドタイム・ストーリー』の公開を控えるアダム・
シャンクマン監督で発表された。
 この計画に関しては、2005年3月15日付第83回でも報告し
ているが、以前にはジョン・シングルトンやロブ・コーエン
の名前も挙がっていた本作の監督に、『ヘアスプレー』など
のミュージカルやコメディが専門と思われる監督の起用が発
表されたものだ。この起用が何を意味するかは微妙なところ
だが、以前あったキアヌ・リーヴスの主演は不明なものの、
ニール・モリッツの製作は変っておらず、アクション映画と
いうスタンスは変えていないようだ。
 一方、映画化のストーリーに関しては、中国を舞台にした
アラジンの魔法のランプを巡る物語とも言われており、基本
はディズニーに本拠を置くシャンクマンとしては、この辺も
微妙なところだ。アニメーションと実写、主人公も異なるも
のだから競合にはならないが、ランプの精ジニーは登場する
のだろうし、その表現はどうするのだろうか?
 ただしシャンクマンの予定では、ディズニーで“Bob the
Musical”という計画も進行中で、他人の心の中の音楽が聞
こえるようになる…という、ちょっとファンタスティックな
趣もあるこの作品と、どちらを先に撮るかは決まっていない
とのこと。しかし、海外紙の報道では監督が次に撮る2作と
されているもので、それはつまり12月1日付第172回で紹介
した2011年公開予定の“Hairspray 2”の前に、今回の2作
を撮るということになる。
 2作ともキャスティングなどはまだ発表されていないが、
シャンクマンの周辺は年明けから忙しくなりそうだ。
        *         *
 次はちょっと最近の情報で、デイヴィッド・フィンチャー
監督が、製作母体のパラマウントからの移行を表明している
アニメーション作品“Heavy Metal”の計画に関して、監督
自身による進行状況の報告が行われた。
 それによると、まずアンソロジーの各篇の監督にはゴア・
ヴァビンスキー、ザック・スナイダーが参加しているとのこ
とだ。また内容的には、「今まで誰も考えなかったようなも
のを用意している。それは『24』のような展開になるもの
で、その内の1本をスナイダーが撮り、ヴァビンスキーにも
気に入ったものがある」とのことだ。さらに監督自身も1本
か2本撮る余裕はあるとしており、全体で8本か9本を作る
資金は用意しているとのことだ。
 「『24』のような展開」というのがどのようなものか判
らないが、テレビの印象からすると、キャラクターや物語は
連続しているものの、それぞれの回で異なる監督が別々の展
開を描くということになりそう。それがうまくまとまるかど
うかは、監督の間で相当の連携と信頼が必要になりそうだ。
うまく行くことを祈りたい。
 ただし、以前の報道でソニーに持っていくとした製作母体
はまだ決定していないようで、「何処でもいいからやらせて
欲しい」というようなニュアンスの発言もあった。この年末
の経済はどの会社も厳しい状況になっていると思われるが、
『ベンジャミン・バトン』の評価も高くなっているし、なん
とか実現してほしいものだ。
 なおフィンチャーは、原作となる雑誌及び1981年の映画化
については、「『ブレードランナー』も『エイリアン』も、
Heavy Metal抜きには誕生しなかった。それに世界中の何処
のCGスタジオに行ってもこの雑誌が必ず目に留まる。その
影響力は計り知れないものだ」として作品の価値をアピール
していたようだ。
        *         *
 新規の情報で、アメリカのSF作家フリッツ・ライバーが
1943年雑誌発表した長編小説“Conjure Wife”の映画化を、
ソニー傘下のユナイテッド・アーチスツ(UA)とフランス
のカナル+の共同で進める計画が発表された。
 原作の物語は、大学教授の主人公が不思議な幸運に恵まれ
ていることに気づき、それが妻の魔力によってなされたもの
であることを知って…というもの。単純には映画化もされた
『奥様は魔女』を連想するお話だが、この原作からは1944年
に“Weird Woman”、1962年にはイギリスで“Night of the
Eagle”(アメリカ題名は“Burn, Witch Burn”)、1980年
に“Witches Brew”の題名での映画化がすでにされていると
のことだ。
 因に、1962年の映画化はSF作家のリチャード・マシスン
とチャールズ・ボーモントが脚色を務めたもので、その未出
版の脚本は2月に発行されるマシスンのトリビュート短編集
“He Is Legend”に収載されるそうだ。
 そして今回の映画化は、その1962年版の権利を獲得した上
記の2社がリメイクを進めるもので、その脚色と監督には、
2003年『ニュースの天才』などのビリー・レイの契約が発表
されている。このレイ監督は、脚本家として2005年の『フラ
イトプラン』や、ワーナー製作“Westworld”のリメイクの
脚本にも起用が発表されており、この他にも、1994年のSF
テレビシリーズ“Earth 2”の全21エピソードの脚本も手掛
けたとのこと。彼のSFセンスに期待したいところだ。
 それから本作の原作本は以前に翻訳されたことはあるが、
現在は絶版のようで、これを機会にその再刊も期待したい。
        *         *
 次もUAの情報で、製作者として『魔法にかけられて』な
どを手掛けたバリー・ソネンフェルドが、監督復帰を目指し
て“The How-To Guide for Saving the World”と題された
アクションコメディの計画を進めている。
 この計画は、昨年4月に紹介した『シューテム・アップ』
にアシスタントとして参加していたというベンデイヴィッド
・グラビンスキーの脚本を映画化するもので、そのお話は、
異星人の侵略から地球を守るべく活動してきた秘密の防衛組
織が壊滅し、残された防衛マニュアルがある男の手に渡る。
ところがその男は全くヒーロータイプではなく、しかも彼を
嫌っている女性がそのマニュアルの存在を知ったことから、
否応なしに地球を護らされる羽目に陥る…というもの。
 かなり強烈なお話になりそうだが、ソネンフェルド監督は
元々『メン・イン・ブラック』の監督も手掛けた人だから、
この手の作品はお手のもの、それに設定自体が『MIB』に
共通するところもあり、これは面白くなりそうだ。
 因にソネンフェルドの監督は2006年“RV”以来となるが、
その間はテレビシリーズなどを手掛けていたようで、満を持
しての監督復帰にも期待したいものだ。
        *         *
 ということで、今回は情報収集期間がクリスマス+年末と
いうことでもあって目に付く情報が乏しく、ここらで筆を置
くことにしたい。今年も製作情報と映画紹介をがんばります
ので、ご愛読の程よろしくお願いいたします。


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井口健二