井口健二のOn the Production
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2008年03月30日(日) 春よこい、カスピアン王子(特)、ラスベガスをぶっつぶせ、闇の子供たち、長い長い殺人、リボルバー、ブルー・ブルー・ブルー

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『春よこい』
殺人を犯して逃亡した夫であり父親である男性を待つ家族を
描いた作品。
主人公の一家は代々釣船屋を営んでいたが、夫はもっと実入
りの良い漁師を目指して高速船を購入する。しかし、漁師は
一朝一夕にできるものではなく、嵩んだ借金は悪質な取り立
て屋の手に渡って、しつこく男がやってくるようになる。
そして、その取り立てが暴力的になったとき、夫は行き掛か
りでその取り立て屋を殺害、そのまま高速船で逃亡。やがて
船は見つかるが、夫の姿はなく行方不明となる。そして交番
には、指名手配の写真入りポスターが張り出される。
やがて4年が経ち、9歳になった息子は父親の顔を忘れまい
と、交番の前でポスターに見入るようになる。しかしその姿
が新聞に報道され、事件を忘れかけていた町の人々は再びそ
のことを口にするようになってしまう。このため家族への嫌
がらせも始まる。
その息子の担任教師は、実は記事を書いた記者の妹で、状況
に苦慮することになるが、その記者の側にも報道を行うある
事情があった…
出演は、工藤夕貴、西島俊秀、時任三郎、宇崎竜童、吹石一
恵、高橋ひとみ、それに子役の小清水一揮。因に、工藤の日
本映画での主演は久しぶりのことだったようだ。
監督は、『オリオン座からの招待状』などの三枝健起。また
主題歌を『涙そうそう』の夏川りみが歌っている。
報道のあり方を問うという観点では、かなり微妙なところを
描いている作品だろう。記者側の言い分にも一理はあるのだ
が、犯罪者ではない息子の姿を無断で掲載するのは、やはり
プライヴァシーの侵害に当ると思われるものだ。
ただしこの物語では、その記者の側の事情にも微妙なところ
があって、その点からは報道の是非というより別の面が描か
れる。そこらの人間ドラマは確かに面白いし、これによって
家族のあり方のようなものが際立たされることは確かなのだ
が…
なお、映画の後半にはちょっとしたサスペンスの展開があっ
たりもして、その構成はなかなか面白かった。でもまあ、こ
れをしてしまうのも、多少問題であろうとは思えるところだ
が。

『カスピアン王子の角笛』(特別映像)
5月21日に日本公開される『ナルニア国物語/第2章カスピ
アン王子の角笛』の特別映像の上映と、カスピアン王子役の
ベン・バーンズ、それにプロデューサーのミニ記者会見が行
われた。
作品の予告編はウェブなどでも観ることができるが、今回は
VFXなどが未完成のシーンも含まれているとのことで、実
際にタムナスさんの末裔と思われる人々の中に、青タイツ姿
の俳優がいたり、吊り用のワイアーハーネスが消されていな
かったりもしていたものだ。
それに、内容的にはいろいろな戦闘シーンの羅列が多く、そ
れぞれ目新しさはあったが、物語や製作状況などに新たな情
報が公開されたというほどのものではなかった。
ただ導入部分で予告編には出てこない、子供たちのロンドン
での生活ぶりなどがあって、そこは物語の展開として納得で
きたものだ。また、ナルニアの民たちとの交流シーンは、予
告編には未公開で、ここに未処理の青タイツも出てきたが、
VFXにはかなりの苦労がありそうだった。
それとは別に日本版の予告編が物語重視でアメリカ版より良
いとのことで、その上映も行われた。確かにその予告編は、
ウェブで観ていたアクション中心のアメリカ版より物語への
誘いとしては良い感じのものだった。
ただしこれは、原作の認知度の点でアメリカの観客との差が
あるためとも思われるし、それぞれのお国柄もありそうだ。
なお、ミニ記者会見では、プロデューサーから次回作“The
Voyage of the Dawn Treader”への言及があったり、バーン
ズのサーヴィス精神旺盛な応対もあって、いろいろな意味で
期待を抱かせる特別映像の上映と会見だった。
映画は、完成された本編を観なければあまり語ることはでき
ないが、取り敢えず予告編にも出てくるロンドンの地下鉄駅
での導入部分の展開は、心魅かれるものにもなっているし、
今回観られた特別映像も併せて、5月の公開が一層楽しみに
なってきたところだ。

『ラスベガスをぶっつぶせ』“21”
マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授が計算能力に長
けた学生を使ってカード賭博に挑み、ラスヴェガスのカジノ
で数100万ドルを荒稼ぎした実話に基づくとされる2002年発
表の書籍“Bringing Down the House: The Inside Story of
Six M.I.T. Students Who Took Vegas for Millions”を映
画化した作品。
その手口はブラックジャックを標的としたもので、その手法
は場に晒されたカードを一定範囲ごとに+1、±0、−1で
カウントを続ける。そしてその数字がある値に達したら、残
りカードは予測できるので、それに従って勝負を仕掛けると
いうものだ。
この手法はカウンティングと呼ばれ、1962年に公表されてい
るもので、カジノ側も当然心得ている。従って、長時間に渡
ってテーブルに座り続け、あるときから突然勝ち続けたら、
それはカウンティングを行っていたとしてマークされてしま
う。
そこで教授が編み出した手法は、1人がカウンティングを行
い、それがある数値に達したら合図を送る。そしてやってき
た仲間には、符丁でその数値を知らせるというもの。これな
ら、その2人が仲間と見破られない限り、安全にカウンティ
ングが駆使できる。
物語の主人公は、MITで学び、ハーヴァードの医学部にも
合格した学生。しかし彼には数10万ドル掛かると言われる学
資の工面ができていなかった。一方、その学生は高い計算能
力を身に付けており、それが数学科の教授の目に留まる。そ
して教授のブラックジャック・チームに誘われるが…
実話の背景は1993年とのことで、今ではカジノ側のセキュリ
ティもさらに高くなっていると思われるが、映画には、生体
認証などを駆使した最新セキュリティと、昔ながらの警備員
との確執なども描かれて、単純に勝負に勝つだけの物語では
なくしている。
そのフィクションの部分が、どれほど真実に近いかは判らな
いが、その部分もそれなりに面白く描かれていたものだ。
出演は、製作も兼ねるケヴィン・スペイシーと、ジュリー・
テイモア監督の“Across the Universe”にも主演している
ジム・スタージェス。他に、ケイト・ボスワース、ローレン
ス・フィッシュバーンらが共演。
監督は、2001年『キューティ・ブロンド』などのロバート・
ルケティックが軽快に纏めている。

『闇の子供たち』
タイを舞台に、人身売買、幼児売春、さらに生体臓器移植に
つながる闇の世界の現実を描いた梁石日による同名の原作の
映画化。
見終っての感想は一言「恐ろしい」に尽きる。こんな人非人
のなすようなことが現実に行われているのか? 確かに今の
社会の動きを見ていると、あってもおかしくない話だろう。
そしてそれは、自分も感じる男の性として、必ずしも否定で
きない話だ。
そのことは、原作者の視点もそこにあると感じられるものだ
し、監督の感覚も同様のようだ。そんな自分自身に対する後
ろめたさのようなものが、一層、この映画を「恐ろしい」も
のにしている。
主人公は、タイに単身赴任している新聞社の特派員。その彼
にある日、本社の社会部デスクから心臓移植のためにタイに
向かう少年について、その受け入れ側の様子などを取材する
依頼が届く。
それは日本国内では認められない子供のドナーによる臓器移
植を行うもので、アメリカでは手続きが煩雑で金も多く掛か
るが、タイでは費用も安く、また医療水準はアメリカに劣ら
ないという。こんな情報を基に、主人公は闇ルートに通じた
情報屋から取材を始めるが…
そこには、信じられないような現実が存在していた。それは
人身売買された子供の生体から心臓を取り出し移植するとい
うのだ。これでは当然ドナーの子は死ぬことになる。それで
も日本人の両親は移植手術を希望するのか。
この主人公に、タイで子供の人権擁護を行うNGOに参加し
ている日本人女性や、フリーの日本人カメラマンなどが加わ
って、人の心の闇に潜む物語が繰り広げられて行く。
こんな難しい題材を映画化したのは、阪本順治監督。僕が観
ているのは、1996年の『ビリケン』と昨年の『魂萌え!』だ
けだが、その2本とは全く違う、途轍もなく社会的な作品が
作り出された。
出演は、江口洋介、宮崎あおい、妻夫木聡。それにタイのブ
ランドン・スワバーン、プライマー・ラッチャタ。さらに佐
藤浩市、豊原功補、鈴木砂羽らが共演している。
幼児ポルノが日本でも社会問題になり、法律で取り締まる動
きが出ているが、現実はそんなに甘いものではない。この社
会の根底に巣くう事実こそ、日本人はもっと知らなくてはい
けないことだろう。
本作では主演の3人に誘われて観に来る人も多いかも知れな
い。そして現実を突きつけられる。それも良いと思われる。
今年一番の問題作に出会えたと感じた作品だ。

『長い長い殺人』
宮部みゆき原作ミステリー小説の映画化。
登場人物の財布を語り部にして、連続殺人事件が語られて行
くという、ユニークな構成の物語。それは刑事の財布であっ
たり、探偵の財布であったり、被害者、目撃者、犯人の財布
であったりもする。
しかも、物語の展開には一見関係ないようで、実際に事件の
解決にも直接的な関係のない登場人物が、読者(観客)には
重要な意味を持っていたりもする。その辺の描き方は、宮部
作品の面白さがそのまま映画に出ていると言えるだろう。
実は原作を読んでいないので、ここでその比較をすることは
できないが、以前に読んだ宮部作品のイメージからは、それ
がそのまま伝わってくるような作品。その意味では、多分原
作の読者も満足できるのではないかと思わせる映画化になっ
ているものだ。
物語は、1人の男性の殺人事件から始まる。その男性には多
額の生命保険が掛けられ、被害者の妻の態度にも不審なとこ
ろがある。しかしその妻には明白なアリバイがあった。
やがて第2の殺人事件が起きる。それは一見関係なさそうな
事件だったが、その被害者にも多額の保険金が掛けられてい
た。そしてそれらの事件が、遠大な計画に基づく連続殺人で
あったことが解き明かされて行く。
基本的には殺人事件に絡むアリバイ崩しがテーマとなるが、
最初は単純な交換殺人と思われていたものが、さらに複雑な
背景を持ち、しかも犯人と目された人物たちがマスコミを利
用する劇場形の事件へと発展して行く。
元祖劇場形とも言われたロサンゼルスの三浦事件は新たな展
開を見せているところだが、本編ではさらに複雑な物語が展
開される。そしてその物語では、心理学的な真犯人へのアプ
ローチなど、事件のいろいろな側面が多彩な登場人物によっ
て描かれて行くものだ。
そんな物語が、長塚京三扮する刑事と仲村トオル扮する探偵
を中心に、40人を越える主要なキャストによって描かれる。
そのキャスティングは、谷原章介、平山あや、大森南朋、酒
井美紀、窪塚俊介から、伊藤裕子、西田尚美、佐藤藍子、小
清水一揮、さらに長谷川初範、小野寺昭、森次晃嗣まで、恐
らくオールスターと言ってもいくらいのものだろう。
そんな華やかな雰囲気の中で、劇場形の連続殺人事件が展開
されて行くもので、これは原作者も読者も満足の行く映画化
と言えそうだ。
ただし、映画としてどうかというと多少疑問も生じるところ
で、特に上映時間の135分というのは、このテーマではちょ
っと長すぎる感じがする。もちろん、原作を忠実に映画化し
たらこれは仕方のないことではあるのだが、劇場興行でこの
長さは上映回数も減るし、いろいろ問題になるものだ。
実は本作の製作はwowowで、テレビ放映でならこの上映時間
も問題はないと思われるが、映画館での興行を考えるなら、
上映時間は2時間以内の方が良い。その時間の中で物語を描
き切る、実はそんな映画的な工夫がこの作品には不足してい
るように感じられた。

原作者や、恐らく原作の読者には満足の行く作品であること
は確かと思うが…

『リボルバー』“Revolver”
イギリスの異才ガイ・リッチー監督による2005年作品だが、
アメリカ公開も昨年12月に漸く行われたようだ。それくらい
の問題作と呼べる作品。
物語は、ジェイソン・ステイサム演じる主人公が刑務所から
釈放され、レイ・リオッタが扮する昔の貸しのあるカジノの
オーナーと対決して行くというものだが、主人公は医者から
余命を宣告されてもおり、そこからいろいろなストーリーが
展開して行くことになる。
物語は多分に哲学的であり、また実は…という展開もある。
しかもその展開は複雑に入り組んでいて、1回観ただけでは
ストーリーを把握することも難しい。実際、僕はまだ1回し
か観ていないから、その把握もちゃんとはできていないと思
われる。
でもまあ、映画の全体はリッチー監督お得意のイギリスの裏
社会もので、ファンにはその雰囲気だけでも充分に楽しめる
ところではある。これで物語がちゃんと把握できたら言うこ
となしだが、ヒントには気付いてもそれを確認できなかった
ところも多々あったものだ。
それ以外にも、細かい仕掛けもいろいろ仕組まれた作品で、
それらを全部確認するのにも、あと数回は観る必要がありそ
うだ。
まさしく「いやはや」と言いたくなるような作品だが、この
映画の場合は、それだけの深い部分も備えて作られており、
決して監督の名前に騙されて観ていると言うようなものでは
ない。その監督が構築した迷宮を存分に楽しめる作品とも言
えそうだ。
なお、映画にはエンドクレジットが無く、エンディングでは
数分に渡ってピアノ曲の演奏と黒い画面だけが上映される。
これには、監督が哲学的な意味を持たせたという解釈もある
ようだが、その意図も明らかにされているものではない。
僕は、昔の映画館のように、この間は客席の灯を点けてカー
テンも下げてしまって良いようにも感じたが、監督からの具
体的な指示はされてはいないようだ。また、映画は最初にも
短い黒画面があって、映画の全体がその画面に括られている
ようにも観える。それをどう解釈するか…
因に、本編の上映時間は115分だが、昨年スカンジナヴィア
で発売になったDVDでは、ディレクターズ・カットと称し
て101分のものがリリースされたそうだ。

『ブルー・ブルー・ブルー』“Newcastle”
オーストラリア東部の港湾都市ニューカッスルを舞台に、プ
ロサーファーを目指す若者たちの姿を描いた青春ドラマ。
主人公は、プロサーファーを目指す若者。港湾労働者の父と
母親、そしてゲイの弟と共に暮らしているが、実は彼には地
域のチャンピオンに輝き将来を属望されながら挫折した腹違
いの兄がいた。
そんな主人公だったが、地区の予選大会では気負いから発し
た強引なライディングが禍して代表の座から落ちてしまう。
その彼を励まそうと、仲間達は少し離れたビーチへの旅行を
計画するが、そこには弟も付いてきてしまった。
そしてビーチでは、憧れの彼女との一夜も過ごした主人公だ
ったが、翌日、絶好の波の立つ中でサーフィンを始めた彼ら
の前に、兄たちのグループが現れる。こうして高い目標を目
指す主人公と、地域、親子、そして兄弟との絆を描く物語が
展開する。
同様の作品では、2002年の『ブルー・クラッシュ』が記憶さ
れるが、女性サーファーの闘いだった2002年作に対して今回
は男性。スポーツもので女性の後を男性が追うというのも珍
しいが、そこにはいろいろ技術的な問題もありそうだ。
実際、本作の出演者たちにはそこそこサーフィンもできるメ
ムバーが選ばれているようだが、それでも劇中描かれる華麗
なサーフィンテクニックは、プロのサーファーたちによって
演じられている。
そのプロサーファーの演技に、CGIの合成が施されるのは
『ブルー・クラッシュ』と同じだが、今回の主人公たちの体
型まで含めて合成するのは、女性の場合より難しかったのか
も知れないと思ってしまうところだ。
ということで、実際の高度なサーフィンテクニックはプロサ
ーファーによって演じられているが、その華麗さは今までの
サーフィン映画では観たこともないようなもので、その映像
は大いに堪能できた。
また撮影には、サーフィン専門のカメラマンが参加している
とのことで、特に海中からの波の映像や、ライディング中を
クロースアップで捉えたサーファーの姿などは、過去に観た
サーフィン映画とは一線を画したものと言えそうだ。
なお、出演者は日本では無名の顔ぶれがほとんどだが、中で
ゲイの弟を演じるハビエル・サミュエルは、一昨年の東京国
際映画祭でも上映された『明日、君がいない』に出ていたよ
うだ。また、仲間の1人スコッティ役のイスラエル・カナン
は本業はミュージシャンで、映画のエンディングロールに流
れる曲も歌っているものだ。



2008年03月23日(日) MONGOL、スシ王子!、アウェイ・フロム・ハー、Mr.ブルックス、休暇、最高の人生の見つけ方、1978年冬

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『MONGOL』“Mongol”
13世紀初頭にモンゴルを統一し、その後には当時の文明国家
の半分を支配したとも言われるチンギス・ハーンの若き日を
描いた作品。
『コーカサスの虜』でカンヌ映画祭批評家連盟賞を受賞した
セルゲイ・ボドロフ監督が、主演に日本人の浅野忠信を起用
して製作した作品で、今年のアカデミー賞で外国語映画賞部
門にもノミネートされた。
物語は、テムジンが9歳にして嫁を決めに行くシーンから始
まり、部族の崩壊や敵国の虜囚となるなどの苦難の時期を経
て、最後は幼い頃に血の契りを結んだ義兄弟ジャムカの軍を
破ってチンギス・ハーンとなるまでが描かれる。
物語の期間は、2006年12月に紹介した日本映画の『蒼き狼』
とほぼ一致しており、その点では比較せざるを得ないものだ
が、全体的な印象は、豪華絢爛の日本映画に比べると生活様
式などはシンプルに描かれている。
特に衣裳には、高価な贈り物として黒テンの毛皮などという
ようなものも出てはくるが、全体としては質素さを前面に描
かれている感じがした。
そして何よりこの映画で特筆すべきは、全編がモンゴル語で
描かれている点で、主演の浅野はもちろん、ジャムカ役を演
じた『初恋のきた道』などのスン・ホンレイもモンゴル語の
台詞を話しているものだ。
その実力のほどは僕らには判らないものだが、テムジンの妻
ボルテ役の女優はモンゴル人だそうで、その辺のチェックは
されているのだろう。それに、まあ大時代的な日本語の台詞
が飛び交うよりは、観ていて気持ちの良いものだ。
それにこの作品では、日本映画では描かれたテムジンとその
息子との確執などはカットされており、この点でもシンプル
に話が進められている。その点では、恐らく西欧人には目新
しいであろうアジアの1人の英雄の物語として判りやすく描
かれているものだ。
その点の善し悪しは観る人の判断になるが、リアルさという
点では間違いなく本作の方が勝っていることは言ってしまえ
るだろう。
それから浅野の演技は、日本の映画では何となくシャイな感
じの印象を持つ俳優だが、本作では凛々しく立ち回りも披露
しており、さらに妻や子供たちへの愛情の注ぎ方など、正に
適役に感じられた。
なお撮影は2005年と翌年の2期に別けて行われたそうだが、
実はちょうどその間に行われた映画の試写会で浅野を見掛け
たことがある。その時は腰近くまでの長髪で、「役作りなの
で」と物腰柔らかく話している姿が印象的だった。
僕はその当時にもこの映画のことは知っていたので、役作り
も大変だなあと思いつつ浅野の姿を見ていたが、アカデミー
賞のノミネーションを勝ち取る素晴らしい作品ができて、そ
れも報われたと言うところだろう。

『銀幕版スシ王子!〜ニューヨークへ行く〜』
先にテレビ朝日系で放送されたシリーズドラマの映画版。
自然流琉球唐手の奥義を目指し、日本全国津々浦々で寿司の
修業に励んできた主人公が、シャリの極意を学ぶため、その
達人の店のあるニューヨークへやってくる。
オリジナル版のテレビシリーズの全部は観ていないが、主人
公の決めポーズなど、いわゆるシチュエーションコメディの
典型だと思われる。従ってこの種の作品を楽しむためには、
観客もそのシチュエーションにどっぷりと浸り込む覚悟が必
要になるもので、それができない人がとやかく言うような代
物ではない。
それでは観客が制限されると思われるかも知れないが、そこ
は人気タレントを起用したテレビシリーズが基にあることで
問題はクリアされるものだ。
しかも本作では、この銀幕版の製作はテレビシリーズの企画
当初から考えられていたとのことで、テレビシリーズに取っ
て付けたような劇場版ではなく。シチュエーションの連携も
しっかりとしているし、劇場版らしいスケールも生まれてい
る。
そして物語では、ニューヨークの「八十八」という店を目指
してやってきた主人公だが、繁華街の同名の店は寿司の道を
外れ、ようやく見つけ出したのは場末の寂れた店。しかもそ
こはマフィアの手先による地上げの標的にされ、存続も風前
の灯火だった…
と言うことで、あとはお決まりの主人公の大活躍で店を復活
できるか?となるものだ。そしてそこに、いろいろな背景を
持った人間たちのドラマや、奇想天外な主人公に対する修業
の様子などが織り込まれる。
先にも書いたように、観客はまずこのシチュエーションに浸
り込むことが肝心だし、それができない人には「もったいな
いねえ」と言う外はない。でもそれができれば、作品は問題
なく楽しめるし、映画館の大画面でそれを堪能できる作品に
は仕上がっている。
出演は、堂本光一、中丸雄一のテレビ版レギュラーに加え、
北大路欣也、伊原剛志、釈由美子、石原さとみ、太田莉菜。
特に北大路が、周囲の尋常でない状況の中でも落ち着いた演
技を見せているのは、流石という感じだった。
原案と監督は、『金田一少年の事件簿』『トリック』などの
堤幸彦。昨年は、映画『自虐の詩』なども発表しているが、
今年は『20世紀少年』『まぼろしの邪馬台国』も公開される
そうだ。

『アウェイ・フロム・ハー/君を想う』“Away from Her”
アルツハイマーの妻と、その妻を介護施設に入れながらも想
い続ける夫の姿を描いた作品。妻を演じたジュリー・クリス
ティが、1966年『ダーリング』の初ノミネートで受賞以来、
4度目のオスカーノミネートを達成した。
妻のフィオーナはアルツハイマー型認知症を発症し、短期記
憶の喪失が始まっている。そんな妻も普段は気丈だったが、
ある出来事によって自ら介護施設への入所を希望するように
なる。しかしその施設には、入所時にある特別なルールがあ
った。
実は僕の両親も、母親が認知症で父親はそうではないという
状況にあり、その体験からもこの映画には大いに共感できる
ものだった。
ただし僕の両親の場合は、父親も高齢になったために現在は
一緒に施設に入ってもらっているが、それ以前に母親だけを
入れた時の父親の姿などには、本作の夫の姿を見るような思
いだった記憶がある。
だからこの映画の中で、そのルールが実は看護師の手抜きの
ためだと言うような台詞が出てくると、「やっぱりな」と思
うところもあり、それにショックに感じると同時に、一種の
納得もしてしまったものだ。
それにしても、この処置のために、夫がどれだけの苦しみに
襲われるのか。その症状自体は韓国映画の『私の頭の中の消
しゴム』などでも描かれていたものではあっても、本作はそ
れを夫の立場から描くことで、より鮮明にその恐怖も感じら
れるものになっている。
認知症を描いた作品は、その他にも『きみに読む物語』など
見てきているが、どの作品も身につまされるところがある。
また、その現象が周囲にはなかなか判ってもらえない病気で
あるだけに、このような作品でもっと周知してもらいたいと
思う気持ちも生じるところだ。
共演は、『リトル・ランナー』でジニー賞(カナダのアカデ
ミー賞)で助演賞候補になったこともあるカナダ人俳優のゴ
ードン・ピンセント。他にオリムピア・デュカキス、マイク
ル・マーフィら。
脚本・監督は、2005年『死ぬまでにしたい10のこと』などの
主演女優でもあるサラ・ポーリー。本作はアカデミー賞脚本
賞にもノミネートされた。

『Mr.ブルックス/完璧なる殺人鬼』“Mr.Brooks”
ケヴィン・コスナーが「完璧なる殺人鬼」役に挑んだ作品。
舞台はオレゴン州ポートランド。Mr.ブルックスは、地元の
名士でもある大実業家。家族を愛し、家族にも愛されるその
男の裏の顔は…連続殺人鬼だった。
殺人中毒症。そんなものが現実にあるのかどうかは知らない
が、映画に出てくる連続殺人鬼には確かにそういうような感
じのものも登場する。しかも『ゾディアック』などは実話に
基づく訳だから、そういう病気があってもおかしくないのか
も知れない。
しかし、今までの映画作品では、連続殺人の現象は描いてい
ても、その殺人鬼の心理を追ってはいなかった。本作はそれ
を殺人中毒症という観点から描いてみせたものだ。と言って
も、別段心理学的や精神医学的な裏付けはないようで、そこ
は娯楽作品として仕上げられている。
その脚本と監督を手掛けたのは、『スタンド・バイ・ミー』
でアカデミー賞脚色賞にノミネートされたこともあるブルー
ス・A・エヴァンスとレイノルド・ギデオン。すでに監督経
験もあるエヴァンスが本作も監督し、ギデオンは製作も務め
ている。
そして主演はコスナーとなる訳だが、実は脚本は最初からコ
スナーを想定して執筆されたそうだ。そして駄目元で脚本を
送ってみたらコスナーが乗ってきて、製作まで引き受けてく
れたとのことだ。
さらにそのコスナーの口利きでウィリアム・ハートが共演、
またコスナーの関連でデミ・モーアまで共演している。その
他には、『噂のアゲメンに恋をした!』のデイン・クックな
ども共演している。
エヴァンスとギデオンは、1984年『スターマン』や1997年の
ターザンパロディ『ジャグル2ジャングル』の脚本なども手
掛けていて、ちょっと捻った題材を描くのが得意のようだ。
連続殺人鬼というと、最近ではアカデミー賞脚色賞にも輝い
た『ノー・カントリー』が話題作になるが、本作はその連続
殺人鬼という題材をさらに大きく捻って作り上げた作品。こ
の脚本にコスナーが乗ったのも判る気がするし、豪華な共演
陣も楽しめる作品だ。

『休暇』
日本の死刑制度を正面から見据えた吉村昭の同名の短編小説
の映画化。
主人公は、甲府刑務所に勤務する刑務官。実直で中年まで独
身で来たその男は、見合いした子連れの未亡人と結婚話を進
めていたが、その連れ子とはなかなか打ち解けられないでい
た。しかも、以前の事情で有給を使い果たしていた男は、新
たに休暇を取って新婚旅行に行くこともできない。
そんなとき、その刑の執行に立ち会えば特別休暇が貰える死
刑の執行命令が届く。そして以前に立ち会いをしたことのあ
る主人公は、周囲の反対を押し切って、休暇を得るために死
刑の立ち会いを志願するが…
執行命令のの発行から死刑の実施までの段取りは、ドキュメ
ンタリータッチと言うほどではないが、かなり克明に描かれ
ている。そこでは、日本の死刑執行が直前まで囚人に悟られ
ないようにしているなど、ちょっと意外な事柄も紹介されて
いた。
そして死刑執行が、単に囚人に死を与えるだけでなく、それ
を執り行う刑務官たちにも多大な影響をもたらしているとい
うことなど、今まで考えてもみなかった事実がいろいろと描
かれていた。
正直に言って自分は刑務官でもないし、死刑囚になることも
まず無いと思っているが、そんな自分たちに対してこの事実
は、やはり国民として知っておかなければならないことのよ
うにも感じられた。これから裁判員制度も始まるときに、こ
の作品は特に重要な意味を持つものだ。
出演は、小林薫、西島秀俊、大塚寧々、大杉漣。それに柏原
収史、菅田俊、利重剛、榊英男らが脇を固める。
監督は、以前『棚の隅』という作品を紹介している門井肇。
前作は、以前に招待されていた映画学校の作品発表会の関連
として試写を見せてもらったものだが、その卒業生が、本格
デビューを飾るものだ。
なお、映画の製作を山梨日日新聞がバックアップしており、
そのためなのだろうが、映画の中でJリーグ・ヴァンフォー
レ甲府のラジオ中継が聞こえてきた。それから映画の中のあ
るシーンで登場する水差しが、我が家の洗面所に置かれてい
るものと同じで、それにはちょっと驚いた。

『最高の人生の見つけ方』“The Bucket List”
ジャック・ニコルスンとモーガン・フリーマン共演で、余命
を定められた2人の男が、それまでに味わったことの無い、
最高の人生を楽しもうとする物語。
原題は「棺桶リスト」と訳されているが、死ぬまでにやりた
いことを書き出した人生の目標リストのようなものらしい。
以前にサラ・ポーリー主演『死ぬまでにしたい10のこと』を
紹介しているが、本作はその男版というところでもある。
ただし、本作でニコルスンが演じるのは大金持ちで、それこ
そ金を湯水のごとく使ってやりたいことをする。それは世界
を駆け巡るものでもあるが、時間制限が余命にあることも確
かなことだ。
そう言えば『受験のシンデレラ』も同じような話になるが、
どちらも主人公が金持ちという設定なのは、自分が男性とし
ては多少哀しいところでもあった。でもまあ、男の夢という
のはそんなものなのだろう。主婦が切々と家族を思うのとは
違う物語だ。
それで本作では、スカイダイビングをしたり、ライオン狩り
をしたり…となるのだが。それが描き方によっては、空しさ
になってしまったりもするところを、見事なエンターテイン
メントにしているのも本作の素晴らしさとも言えそうだ。
製作総指揮と脚本のジャスティン・ザッカムは、本作がデビ
ュー作とのことだが、原題と同名の著作があり、その本では
ヒュー・ヘフナーから世界一小さい男性、さらに普通の人た
ちなどにも取材した「棺桶リスト」がまとめられているとの
ことで、かなり深い裏打ちのある作品のようだ。
監督は、『スタンド・バイ・ミー』では少年たちが「死体を
見つける」という目標を達成するまでの冒険を描いたロブ・
ライナー。本作はその延長線上の作品という捉え方もされて
いる。
とは言え本作は、間違いなく名優2人の共演が見所となるも
ので、フリーマンの思慮深さとニコルスンの豪快さが見事に
マッチしている。因にニコルソンは、ライナーと共に台詞の
一つ一つを検討して、作品を練り上げるのにも協力したそう
だ。
一方、フリーマンの「棺桶リスト」のトップは、ニコルスン
との共演だったとか…

『1978年、冬』“西干道”
昨年の東京国際映画祭では、『思い出の西幹道』の題名で、
コンペティション部門に出品され、審査員特別賞を受賞した
作品。
実は、映画祭で観たときにはあまり気に入った作品ではなか
った。主人公の若者のしていることがあまりに愚かで、いた
たまれなかったということがその理由だったように思う。そ
の感想は今回見直しても、さほど変わるものではなかった。
今回の一般公開で題名にもなった1978年は、中国で文化大革
命が終結し、人々に自由が戻り始めた時代であるようだ。し
かし、国家はそうであってもこの映画の舞台のような地方都
市では、中途半端な自由が若者たちを迷わせている。そうい
う時代だったのだろう。
夢を追って若者たちは生きている。でも現実はそんなに甘い
ものではない。団塊の世代である自分のことを考えると、夢
が現実にならないことを知ってしまった世代であって、それ
はしらけ世代などとも言われたものだ。
しかし自分より5歳年上の兄たちの世代は、まだ夢を追って
いたようにも思える。それは僕らから見れば実現するはずの
無いもので、それが疎ましくもあったものだが…。そんな兄
たち姿を、この映画の主人公に見ているような気もした。
時代は日本とは10年ほどずれるのかも知れないが、ちょうど
そんな時代が1978年の中国に一致するのかも知れない。そし
て、その若者たちを多分監督の眼である主人公の弟が、冷静
な眼で見つめているものだ。
その弟の姿も含めて、僕自身には身につまされるところの多
い物語が展開するものであった。その意味では見事な作品で
あることは確かだろう。でも、その部分が僕には辛くもある
ものだ。
脚本、監督は、映画美術家出身のリー・チーシアン。廃虚の
ような建物や工場街を列車が巡回している町は、多分実在の
ものなのだろうが、その独特の雰囲気は見事だった。3本目
の監督作品で、過去の2作品でも受賞歴があるそうだ。
出演者は、ほとんどが映画初出演の俳優たちだが、中でヒロ
イン役のシェン・チアニーだけは演技経験があるということ
だ。それにしても、下放の時代は終っているはずだが、この
ヒロインはなぜこの町に来たのか、その状況がよく判らなか
った。
        *         *
映画とは関係ありませんが、この週末に九州熊本の光の森と
いうところまで行ってきました。実は「青春18切符」を使っ
て、ムーンライトながらとムーンライト九州という夜行快速
を乗り継ぐ強行軍でしたが、行きには大阪で1日余裕ができ
て天保山のIMax-3Dなどを観て充実させました。
IMax-3Dは、『ブルー・オアシスII3D』“Deep Sea 3D”と
『ダイナソー・アライブ3D』“Dinosaurs Alive!”の2本
を観ることができましたが、特に『ブルー…』では、視野一
杯の大画面に海中の生物が3Dで写し出され、それはまるで
自分が海中にいるようで、その迫力は満点でした。この設備
が東京から消えてしまったのが非常に残念に感じられたとこ
ろです。
3Dのシステム自体はReal-Dの方が優れているかと思います
が、視野一杯がスクリーンになるIMax-3Dにはそれとは別の
臨場感があります。できることなら、ドーム状のスクリーン
で目一杯に楽しんでみたい気持ちにも駆られました。関東の
どこかの会場で上映してもらいたいものです。



2008年03月16日(日) 光州5・18、僕の彼女はサイボーグ、パリ恋人たちの2日間、●REC、ミラクル7号、おいしいコーヒーの真実、歩いても歩いても

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『光州5・18』“화려한 휴가”
1980年5月、韓国全羅道光州で発生した軍による民間人弾圧
事件を描いた作品。
先に紹介した『なつかしの庭』では、事件の渦中にあった運
動家のその後の悲劇を描いていたが、本作では事件そのもの
が再現されている。その中で市民軍は、一旦は戒厳軍の撤退
を勝ち取るが、最後は戒厳軍の総攻撃によって壊滅する。
その犠牲者の数は公式発表で186人とされているが、巷では
2000人以上とも言われ、公的な追跡調査は現在も行われてい
ないそうだ。
事件は、もちろん軍政下の言論統制など不自由な政策に対す
る不満などが直接の原因とされるが、その背景はいろいろあ
るようだ。その辺の状況は韓国民であれば直ちに判るのかも
知れないが、それが判らない自分には、その点が心苦しくも
感じるところであった。
実際、この映画を観ていると、最初に空挺部隊が南方に飛ん
で行く状況から理解できないもので、何故に軍政権がここま
で全羅道を弾圧しようとしたのか、その状況も判らない。さ
らに、それに従順に従うだけの兵士たちの思考も判らないも
のだ。
状況としては、4月の新学期から全国規模で始まった学生運
動が5月に入って沈静化したが、その中で全羅道だけが運動
が継続していたなどの問題があったようだ。しかし、韓国人
なら当然知っているはずのその状況が僕には不明だった。
しかもそうなるまでの全羅道の地域性など、多くのことがこ
の映画には描かれているようで、それらのことをもっと詳細
に知りたくなるのも、この映画の副次効果のように思えた。
それらの点の一部は、韓国の観客にとっても同じなのではな
いかとも思える作品だ。
韓国民にも知らされていない多くのことが、この事件の背景
には隠されているようにも見えた。それらは、今後に製作さ
れる映画の中でいろいろ明らかにされるのかも知れない。も
ちろんそれは、このような映画を製作する傾向が続いて行け
ばのことだが…
監督は、前作はコメディ映画というキム・ジフンの第2作。
出演は、『殺人の追憶』のキム・サンギョン、宮崎あおい共
演『初雪の恋』のイ・ジュンギ、『小猫をお願い』のイ・ヨ
ウォン、『酔画仙』のアン・ソンギなど。主な配役は、全員
が市民側の登場人物という作品だ。

『僕の彼女はサイボーグ』
『猟奇的な彼女』などのクァク・ジェヨン脚本・監督による
新作。ただし主演は綾瀬はるか、小出恵介、舞台は東京で、
製作費も日本側が調達した日本映画ということになる。
主人公は、誕生日を祝ってくれる友もいない孤独な大学生。
彼は、誕生日には自分自身に宛てたプレゼントを買い、レス
トランで1人スパゲッティを食べる。それが例年の行事だっ
た。ところがその年の誕生日はちょっと違っていた。
2007年11月22日の誕生日。彼は街で出会った1人の女性との
時間を過ごす。それは正に夢のような時間だった。しかし、
その夢の時間が過ぎたとき、女性は彼の前を去ってしまう。
そして、そんな彼女を思い続ける彼の前に2008年11月22日、
彼女は再び現れる。
実は、彼女の実体は未来から来たサイボーグで、その出現は
彼の生活にいろいろな変化をもたらすが…
そのサイボーグは、彼を危機から救うために未来の自分が送
り出したものだという。しかし1つの危機を脱すると、歴史
はそれを修復するため別の危機を生じさせる。だから、最後
の日まで彼と一緒にいて彼を守り続けると言うのだが…
未来の自分が過去にサイボーグを送り込むということでは、
『ターミネーター』か『ドラえもん』の流れとなりそうだ。
さらに彼の危機を救うということでは、『T2』以降の『タ
ーミネーター』が基本と言えそうだ。
しかも、1つの危機を回避すると、別の危機が招来されると
いうアイデアは、『ファイナル・デスティネーション』のよ
うでもあり、それをタイムトラヴェルを絡めた点はなかなか
のものに思える。
しかし、タイムトラヴェルものは常にパラドックスの危険を
孕むもので、この映画では、描かれたエピソードの1つが、
かなり問題なタイムパラドックスを起こしているように見え
た。実は、送り込まれたサイボーグが、その記憶にはないは
ずの行動をしてしまっているのだ。
これは、物語上では些細なことではあるが、それがその後も
繰り返されると、多少気にもなってしまうところだった。さ
らに監督(脚本家)は、そのパラドックスに気付いているの
かいないのか、それも気になったものだ。
そこでパラドックスに気付いているとして、この展開でも辻
褄の合うように話を再構築するとどうなるか考えてみた。
この映画では、最後に1人の女性が彼のそばに居続けたこと
になっている。であるなら、その女性が記憶をサイボーグに
植え付けたことにはできる。ただしそのためには、この物語
の中で時間の流れが何度か循環していることが必要になる。
しかも映画では、その繰り返された時間流のいくつかを横断
して物語が描かれていることにもなりそうだ。このことは、
サイボーグが自己の破壊を記憶していないことと、最後に完
全体のサイボーグが再登場することでも示唆されているよう
にも見える。
でもそこまで考えると、この物語の本質は、主人公を救う度
に歴史を修復するための危機がどんどん拡大し、それでも主
人公が勝ち続けられるか…、という解釈にもなってしまうも
ので、監督(脚本家)にそこまでの考えがあったかどうかは
疑問に感じられた。

素晴らしいアイデアが根底にあるのは確かな作品だし、一般
の観客はそれだけでOKなのかも知れないが、ここにはもう
一歩、SFの専門家の意見も取り入れて欲しかったという感
じのする作品だ。これではせっかくのアイデアが勿体無くも
感じられた。でも、どうすればこのパラドックスは解消でき
るのか、それはまだ僕も思い付いていない。
なお、映画の主題歌をリズメディア所属歌手のMISIAが
歌っており、個人的にはこの春先にこの歌を聴く機会が増え
そうだ。

『パリ、恋人たちの2日間』“2 Days in Paris”
フランス=ドイツの合作映画だが、原題は英語表記が正式の
ようだ。
フランス出身で、アメリカ映画の『ビフォア・サンセット』
や、テレビの『ER』などにも出演している女優のジュリー
・デルピーが、製作、脚本、監督、主演、編集、音楽を手掛
けた2006年作品。因にデルピーの監督は4作目で、現在5作
目を撮影中。また、歌手としてはCDも出し、ヨーロッパツ
アーも行っている。
物語は、イタリア旅行からアメリカに帰国途中のカップルが
主人公。男性はアメリカ人だが、女性はパリに実家があり、
両親が住み彼女の部屋も残されているその家に1泊すること
になっている。そしてフランス語が全く判らない男性がそこ
で遭遇する事態は…
映画は、デルピーによる英語のナレーションから始まる。や
がてパリに着いた2人は、早速フランスの醜い側面に遭遇す
るが、アメリカ人の男性も、同胞に対してあまり良いとは言
えない行動にでる。
それ以降も、フランスとアメリカのカルチャーのぶつかり合
いのような話の連続で、それがかなりシニカルなユーモアで
綴られて行く。多くの日本人はアメリカもフランスも西欧と
いうことでは一緒と思っているが、この映画を観るとそうで
ないことがよく判る。
それにしてもデルピーの視線は、自分がフランスを祖国とす
る女性なのに、フランス人や女性に対してかなり辛辣なよう
にも感じられる。しかし、その姿勢が爽快と言えるくらいに
潔くて、観ていて気持ちの良い作品になっている。
さらに、その返す刀でアメリカ人や男性にも手厳しいところ
がバランスも良く、映画全体を素敵なものにしている。ちょ
っと特殊な状況の2人ではあるし、人間的にあまり共感した
くないキャラクターではあるが、それなりに愛らしいという
か許せるところも魅力だろう。
国のそれぞれには事情があって、それは外国人からは見えな
い部分も多い。そんなフランス人の隠れた姿を、フランスと
アメリカの両方で暮らすデルピーが、見事に描き出した作品
でもありそうだ。
なお、台詞は英語とフランス語がチャンポンに出てくるが、
字幕ではあまり明確に区別されていない。物語の雰囲気で容
易に理解はできるが、観客もその辺は注意して観てもらいた
い作品だ。

『●REC』“[Rec]”
『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』などと同様、事件を取
材するヴィデオカメラの視点だけで描かれた作品。救急要請
で出動した消防隊員と、それを取材するテレビクルーが異常
な事態に遭遇する。
主人公は、深夜に働いている人々を取材するテレビ番組のレ
ポーター。その日は消防署を取材対象にして、カメラマンと
2人で取材を続けていた。しかし大きな事件もなく、時間は
淡々と過ぎていった。
そこに、アパートで女性が叫んでいるという通報が届き、消
防隊員が出動することになる。現場に到着すると、住人たち
は1階のホールに集まって様子を伺っており、隊員たちは階
上の叫び声が聞こえたという部屋に向かうが…
部屋に入った隊員の1人が叫んでいた老婆に噛みつかれ、慌
てて病院に搬送しようとした彼らは、そのアパートが外側か
ら封鎖されていることに気付く。しかも、再三怪我人の搬出
を要請しても、返ってくるのは待機しろという指示のみ。
その内、中にいた住人の一部に異常な行動が始まり、主人公
たちはアパートの中を逃げ惑うことになるが…

ゾンビ物のようでもあるが、設定自体は病原菌による感染症
と説明もされている。なお外国映画に日本語字幕が付くと、
マスコミ向けに完成披露試写というのが行われるが、今回の
それは「感染披露試写」と銘打たれていたようだ。
ただ、感染症であるなら、感染から発症までの潜伏期間の問
題があるるが、この映画では最初に感染していていたはずの
人物の発症が後であるなど、多少あやふやな感じもした。そ
れに映画の後半に出てくる因縁話も何のことなのか、今一判
断に窮するところだった。

でも、ホラー映画としての水準はクリアしているように思え
るし、P.O.V.(Point of View=主観撮影)と称される撮影
方式も、それなりに上手く使われている感じはした。実際、
久しぶりにぞくぞくする感覚は味わえた。
それから住人の中に東洋人の一家がいて、映画では「日本語
か中国語か判らない」というような台詞も出ていたが、その
台詞は日本語で、少なくとも母親役を演じている女優は日本
人だったようだ。

『ミラクル7号』“長江7號”
『少林サッカー』などのチャウ・シンチー監督が、『ET』
からのインスパイアで作ったというSFファンタシー。
主人公の家は、今時珍しいくらいに貧乏な生活の父子家庭。
でも、子供に教育は必要という考えから息子は私立学校に通
学している。しかし、学校での成績は芳しくなく、金持ちの
子供からのいじめにも遭っている。
そんな息子は、金持ちの子供が持っている犬型ロボットが欲
しくて仕方がない。そしてある日、父親がごみ捨て場から不
思議な物体を拾ってくる。その物体は、緊急発進したUFO
に乗り遅れたETらしいのだが…そんなETを巡って、親子
と子供たちの物語が展開する。
チャウの監督、出演作ではあるが、華麗なアクションがある
訳でなく、主人公も父親と言うよりは息子の方という作品。
しかも、その息子を演じているのが実は女子なのだそうで、
その子が空を飛ぶシーンなどはあるが、元々がアクションを
見せようというものではないようだ。
むしろ、作品は子供たちとETの交流を正面から描こうとし
ているようで、映画ではこのETを通じた主人公の成長や、
互いに理解しあって行く子供たちの姿が描かれる。そしてそ
こにいろいろなVFXシーンなどが挿入されているものだ。
ただし、スピルバーグ監督の『ET』では、公開時にはピー
ターパン・シンドロームなどとも呼ばれて、映画全体の幼児
性が指摘されたが、本作は比較的大人の目線が保持されてい
て、子供を主人公にしていても幼児性は感じなかった。
その辺がスピルバーグとチャウの資質の違いとも思えるが、
そのどちらが良いかは難しいところだ。従って『ET』のよ
うに、大の大人が涙を流すようなお話にはなっていないが、
逆に大人も安心して楽しめる作品にはなっている。
なお映画のエンディングには、『未知との遭遇』を思い出さ
せるようなシーンがあって、これは同じスピルバーグの作品
に対するオマージュかなとも思わせた。

主人公を取り巻く子供たちにはかなり個性的なキャラクター
が揃っているが、実は、じめっ子役を演じているのも女子、
さらにその用心棒役も女性。一方、主人公を助ける巨漢の女
子の役は男性とのことで、かなり興味深い配役になっている
ようだ。
その他の大人の配役は、ほぼシンチー映画の常連たちが顔を
揃えている。

『おいしいコーヒーの真実』“Black Gold”
世界を巡るコーヒートレードに関するドキュメンタリー。
以前に、世界一美味しいとされるジャマイカ産のバナナが、
最大消費国のアメリカ合衆国に輸出できないという話を聞い
たことがある。それは、世界の食品貿易が一部商社によって
牛耳られており、そこを通さない流通が行えないためだと言
うことだった。
それと同じことがコーヒーにも起きているようだ。
そのコーヒー貿易を牛耳っているのは、クラフトフーズ、ネ
スレ、P&G、サラ・リーの4社。因に、サラ・リー(Sara
Lee)はアメリカの食料品商社で、1999年にMJBなどを買
収したが、2006年に手放しているようだ。本作は2006年製作
の作品になっている。
そして4社は、1989年にWTOの勧告によって国際コーヒー
協定が破棄されて以降、ニューヨーク先物市場においてコー
ヒー豆の価格を暴落させ、コーヒー原作国エチオピアを始め
とするアフリカ諸国のコーヒー農家を困窮に陥れている。
そのコーヒー豆価格の実態は、例えば市価で330円のレギュ
ラーコーヒー1杯に対して農家に渡る金額が3〜9円(1〜
3%)だということだ。またこの価格は、先物市場における
投機筋の思惑のみで決まるため、農家の実情を反映しないと
いう説明もされていた。
そこで、エチオピアでは協同組合を作って、商社を通さず適
正な価格でコーヒーを輸出することが試みられており、その
活動を続ける男性への取材も織り込まれている。
映画の中では、その男性が食料品店のコーヒー売り場でエチ
オピア豆を探すがなかなか見つからず、逆にインスタントコ
ーヒーの原材料の中に含まれているという事実を発見すると
いうエピソードも挿入されていた。
つまり、最高品質とされるキリマンジャロなどのエチオピア
のコーヒー豆が、適正な価格では市場に出回らず、買い叩か
れてインスタントの原料にされているという実態も明らかに
されているものだ。
世界の貿易高で、コーヒーは石油に次ぐ規模とも紹介されて
いたが、石油価格が産油国によってコントロールされている
のに対してコーヒー豆はそうではない。価格協定が公正な貿
易の姿でないことはもちろんだが、コーヒー貿易の歪んだ実
態も良く判るドキュメンタリーだった。

『歩いても 歩いても』
『誰も知らない』などの是枝裕和監督の新作。京浜三浦海岸
の坂上にある元内科医院の家を舞台に、そこに住む両親と、
亡くなった長男の15回目の命日に集まった弟妹の家族たちの
姿を描く。
その家には開業医だった老人の父親と母親が暮らしており、
その家に、家業を継がず外で暮らしている次男の一家と、妹
の一家が訪れる。ただし、主人公である次男は医師ではない
別の専門的な職業に就いているが、その事業はうまく行って
いないようだ。
僕も妹のいる次男で、現在の境遇も主人公に似ている自分と
してはいろいろ考えさせられる作品だった。
ただし次男本人の家族形態は、僕とは異なるのでその点は気
が楽だったが、全体的には、成功者の父親と不況に喘ぐ子供
世代という、現代の日本の其処比処にある家族の標本ような
一家の姿が描かれている。
そして、そのような家族の物語の中で、悪気はないのかも知
れないがふと口を突いて出る辛辣な言葉や、漏らされる本音
が家族の辿った歴史をも明らかにして行く。
なお試写会では舞台挨拶が行われて、主演の阿部寛は、「自
分の中で物語の解釈の整理が着いていない」と語っていた。
確かに、観る人によって如何様にも取れる作品ではありそう
だ。しかし僕には、家族を見つめる監督の視線は明確であっ
たように思えた。
一方、父親役の原田芳雄は、撮影中は和気藹藹でしたと語る
他の出演者の中で、ただ1人「針の筵のようでした」と語っ
ていたのが、映画を観ると実にその通りで、これは納得もで
きて面白いところだった。
この他の出演者は、母親役に樹木希林、次男の妻役に夏川結
衣、妹役にYOU、その夫役に高橋和也など。
なお題名は、映画に出てくるある事柄に由来するが、その由
来を解釈すると、この物語はどんなことに晒されても家庭を
守り抜く決意のようなものを感じさせる。それは、『誰も知
らない』にも共通するテーマのようにも思えた。
僕が是枝作品を観るのは、多分本作で4本目だと思うが、フ
ァンタシーの『ワンダフルライフ』は別格として、その他の
作品の中では1番好きな作品と言える。『誰も…』が名作で
あることは間違いないが、僕には本作の方が好ましい作品の
ように感じられた。



2008年03月15日(土) 第155回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 まずは記者会見の報告から。
 3月3日に『魔法にかけられて』のジャパン・プレミアに
伴う記者会見が行われ、ケヴィン・リマ監督、作曲アラン・
メンケン、そして弁護士役で出演パトリック・デンプシーの
話を聞くことができた。正直に言ってこの顔触れでは、自分
の専門分野としてはあまり聞くことはなかったのだが、質問
が途切れそうになったので手を挙げた。その質問内容は、大
ベテラン作曲家のメンケンを前にして、リマ監督がどのよう
なコラボレーションをしたのかというものだったが…
 その答えでは、意外なことに監督が参加した時点ではまだ
物語のコンセプトがあるだけで、音楽は作られていなかった
のだそうだ。そこから監督と作曲家の話し合いによって音楽
も作られて行ったとのこと。しかもメンケンからは、「監督
は最初の話し合いの時にすでに楽曲の題名も考えていて、こ
んな熱心な監督は珍しいと思った」という発言も出てきた。
さらに今回歌の無かったデンプシーからも、続編には自分用
の歌も作って欲しいという要望も飛び出すなど、かなり熱心
に答えてもらえた。
 というのが僕の質問に対する反応だったが、監督の参加時
点で音楽がなかったというのは意外だったし、また、ここで
続編の話題が聞けたことは、このページの主旨としても嬉し
かった。その続編が実現するかどうかはまだ不明だが、メン
ケンの様子は満更でもない感じで、海外での興行成績も順調
のようでもあるし、これは期待して待ちたいところだ。
 以下は、いつもの製作ニュースを紹介しよう。
        *         *
 まずは、海外では昨年後期に公開された“Youth Without
Youth”で、公式には1997年の『レインメーカー』以来10年
ぶりの監督に復帰したフランシス・フォード・コッポラが、
オスカー助演賞を受賞したハヴィエル・バルデムを主演に迎
えて、“Tetro”という新作の撮影を3月31日に開始する。
 内容は、ブエノスアイレスを舞台にした「悲劇と裏切りで
損われた家族の物語」とされており、コッポラの自伝的な要
素も含まれているとのことだ。ただし、完全な自伝ではない
としている。
 コッポラ家の悲劇というと、家族の死などいろいろ想像で
きるものもあるが、裏切りの部分は…、いろいろ話題になり
そうだ。共演は、ヴィンセント・ギャロ、それに『パンズ・
ラビリンス』などのマリベル・ヴェルドゥ。バルデムがコッ
ポラを演じるとして、ギャロは息子かニコラス・ケイジ? 
ヴェルドゥは夫人か、それともソフィアなのだろうか。
 なお、ギャロの起用に関しては、「意外と感じる人もいる
と思うが、そういう人たちを驚かせるようなものをお見せす
る」と、コッポラは語っている。
 因に、コッポラの監督復帰を「公式には」と書いたのは、
2000年のSF映画『スーパーノヴァ』があるためだが、この
作品ではウォルター・ヒルの降板の後、コッポラは編集のみ
担当したというのが定説のようだ。
 また、前作の“Youth Without Youth”は、ティム・ロス
主演で、第2次世界大戦前のヨーロッパを舞台にした生命の
神秘に関わる物語とのこと。10月20日に開催されたローマ国
際映画祭でワールドプレミアされている。難解という評価が
多いが、かなり幻想的なシーンも登場する作品のようだ。
        *         *
 お次は、『レミーのおいしいレストラン』でオスカー長編
アニメーション賞を受賞したブラッド・バード監督が、次回
作では、ピクサー/ディズニーとワーナーの共同製作による
実写作品に挑戦する計画を発表した。
 作品は“1906”と題されたもので、内容は、現代の大学生
の主人公が自分の父親が殺された事件の捜査を続ける内に、
1906年のサンフランシスコ大地震に関る謎に突き当たるとい
うもの。ジョン・ローガンのオリジナル脚本から、バード監
督がリライト中とされているが、『スウィーニー・トッド』
や『ラスト・サムライ』の脚本家の作品には興味を引かれる
ところだ。
 なお、ピクサー社の実写映画進出は以前から噂があったも
のだが、ディズニーとの合併でその計画は消えたと思われて
いたようだ。しかし今回の計画でそれが実現することになる
もので、今後の進展も注目されている。また、今回の製作に
共同で参加しているワーナーの存在も気になるものだ。
        *         *
 一方、ディズニー製作で進められるマペット・ムーヴィの
新作には、4月18日に全米公開される“Forgetting Sarah
Marshall”というコメディ作品が話題の俳優兼脚本家ジェイ
スン・シーゲルと、脚本家兼監督ニック・ストーラーのコン
ビの起用が発表された。
 この2人は、2月3日付の『燃えよ!ピンポン』の紹介に
登場した昨年の全米ヒット作“Knocked Up”などのジャド・
アプトウ監督門下生ということだが、新作“Forgetting…”
では、別れた恋人が人気女優になって未練たらたらの売れな
い脚本家を主人公にしており、実はその主人公が映画の中で
執筆中とされる脚本が、人形劇で演じられる“Dracula”の
ミュージカル版という設定なのだそうだ。
 ところが、その人形劇シーンを映画ではジム・ヘンスンの
マペッツに演じて貰ったところ、そのアイデアを気に入った
マペッツ側が反応し、シーゲルにそれを現実の脚本にするこ
とが依頼されたというものだ。そしてシーゲルからはストー
ルの協力を要望して企画が実現されることになった。吸血鬼
物と言っても、そこからの物語がどんな捻りになるかは判ら
ないが、取り敢えずはシーゲルとストールによる脚本の執筆
が進められることになるようだ。
 なお2人のコンビでは、次回作“Five-Year Engagement”
も含めて、今までの作品は常にシーゲル主演とストール監督
で行われてきたようだが、今回はさすがに主演はマペッツで
シーゲルは脚本のみ、ただしストールは監督も担当すること
になっている。因に“Forgetting…”はユニヴァーサル作品
で、そこからディズニー作品が誕生するというのも面白いと
ころだ。
        *         *
 続いて、前回“Black Hole”という計画を紹介したデイヴ
ィッド・フィンチャー監督の新たな計画として、パラマウン
トで進められているアニメーション作品“Heavy Metal”の
製作に参加することが発表された。
 作品は、1981年と2000年に製作された作品と同様、1977年
に創刊された同名の雑誌のコンセプトに沿った複数の短編の
オムニバスになるもので、フィンチャーにはその内の1本の
監督が予定されている。
 他には、『TMNTニンジャ・タートルズ』のオリジナル
のクリエーターで、現在はHeavy Metalの出版社のオーナー
でもあるケヴィン・イーストマンと、さらにアニメーション
の製作を担当するブルー・スタジオ主宰のティム・ミラーが
参加、フィンチャーを含めた3人は製作も務める。
 短編は全部で8〜9本が予定され、その他の監督は近日中
に発表の予定だそうだ。フィンチャーは前回紹介の実写作品
と並行しての監督になるかもしれない。
 なお、Heavy Metalの関連では、2003年8月1日付第44回
に脚本家フランク・ダラボンの関る企画を紹介しているが、
今回の計画はそれとは別のものようだ。
        *         *
 一方、フィンチャーの関連で、2005年7月15日付第91回な
どで紹介してきたアーサー・C・クラーク原作“Rendezvous
with Rama”(宇宙のランデブー)について、突然動きが出
てきているようだ。
 これは今回、上記の記事に関連してフィンチャーの情報を
検索をしていて気がついたものだが、信頼を置いている映画
データベースのIMDbに、2月23日付の更新で製作情報が掲載
になっている。
 その情報によると、監督フィンチャー、主演モーガン・フ
リーマンと、製作会社のパラマウントは以前の情報と変わら
ず、製作状況は原作を脚色中というものだ。またその脚本家
には、2001年のテレビ・ミニシリーズ『バンド・オブ・ブラ
ザース』などのブルース・C・マッケナ、2002年12月に紹介
した『ケミカル51』などのステル・パヴローの他、アンド
リュー・カーン、スコット・ブリックという名前が挙がって
おり、ブリックが現在の脚色を進めているようだ。
 またこの企画は、元々フリーマンが権利を獲得して、長年
映画化を目指しているものだが、そのフリーマンが主宰する
プロダクションRevelations Entertainmentのオフィシャル
サイトでも、トップページに1番大きなイラストが掲載され
るようになっており、これはかなり確度が高そうだ。
 物語の舞台は、2130年の未来。人類はもはや宇宙唯一の知
的生命かと思われていた時代。そんな人類の住む太陽系に、
突然直径20km、長さ50kmという巨大なシリンダー状の人工物
が進入してくる。そしてその調査に向かった主人公たちは…
 原作は、1973年に出版されてヒューゴー/ネビュラの2大
SF賞を同時受賞した名作として知られるが、1973年という
と、映画『2001年宇宙の旅』の公開から5年後のことで
あり、クラークが必ずしも思い通りに行かなかったとも言わ
れる『2001年』の物語を、自分なりに再話した作品とも
言えそうなものだ。因に、『2001年』の続編の“2010:
Odyssey Two”はさらに9年後の1982年に発表される。
 そしてこの作品の映画化に関しては、かなり以前から期待
されていたものだが、実は、今年1月発行のある映画雑誌に
掲載された「実現しない映画企画ベスト10」の1本としても
紹介されていたもので、その時には、製作費が1億ドル以上
になるのが問題とされていたようだった。しかしその記事で
も、今のVFX技術ならそこまではかからないはずとの指摘
もされており、その記事が今回の動きを後押しした可能性は
ありそうだ。
 ただし、IMDbの記事では2009年公開予定となっているが、
上記の企画と併せると、フィンチャーが今すぐに取り掛かる
のはちょっと難しそうだ。しかしここまで勢いが出てきたの
なら、このまま実現に向かうことを期待したい。また原作に
は、第4部までの続編も発表されているものだ。
        *         *
 『ポセイドン』などのウォルフガング・ペーターゼン監督
が、コロムビア製作のSFスリラー“Uprising”の監督を契
約したことが発表された。
 作品は、強力なエイリアンに占領された地球を舞台に、レ
ジスタンスを繰り広げる地球人たちの姿を描くというもの。
脚本は、2001年『光の旅人』や一昨年の『ブラッド・ダイア
モンド』などを手掛けたチャールス・リーヴィットが執筆し
ており、2001年作品の感じからするとSFへの理解度も高そ
うで、楽しみな作品になりそうだ。
 一方、ペーターゼンは、『トロイ』『パーフェクト・スト
ーム』など最近ではワーナーでの仕事が多かったが、元々の
『Uボート』や『ザ・シークレット・サービス』の頃はコロ
ムビアだったもので、ハリウッド進出を果たした当時の古巣
に戻ったことになる。
 そして、そのコロムビアの首脳からは、「本作は、アクシ
ョンとサスペンス、それにドラマがミックスされた作品で、
正にペーターゼンのための作品だ」との期待が表明されてい
た。製作は、『グラディエーター』などのルーシー・フィッ
シャーが担当する。
        *         *
 『アンダーワールド』シリーズなどを手掛けるレン・ワイ
ズマン監督が、コロムビア製作で“Shell Game”と題された
SFスリラーを監督することを発表した。
 作品の内容は、不老不死を扱う危険なブラックマーケット
の捜査を進めていた刑事が、モラル上のディレンマに陥ると
いうもの。それ以上の詳しい情報はないが、ジャスティ・ボ
ンディとアンドリュー・ルディントンによるオリジナル脚本
から、ワイズマンと2004年の『セルラー』などを手掛けたク
リス・モーガンがリライトを行ったとのことだ。
 実はワイズマンは、この企画を5年も前から温めてきた。
しかし製作規模が大きく、製作費も多額になると予想される
作品の製作にはなかなか乗り出せないでいた。ところが昨年
『ダイ・ハード4.0』を手掛け、同シリーズで最高の興行成
績を達成した監督に、漸くその規模の作品を製作できる状況
が整ったとのことで、ついに実現に向かって動き出したもの
だ。
 発表された内容を読むと、『ブレード・ランナー』にも似
た作品の印象を受けるが、そこに相当額の製作費が注ぎ込ま
れるというのは期待したい。因にワイズマンは、『メン・イ
ン・ブラック』や『Godzilla』なども手掛けた視覚効果用の
美術スタッフ出身で、『アンダーワールド』でもその美学は
表現されているが、今回はその究極の映像が観られそうだ。
 具体的な製作時期は未定だが、発表はワイズマンの次回作
として行われている。
      *         *
 未来アクションスリラーと称されている“Doomsday”が、
3月14日にフォーカス映画社のジャンル部門ローグから全米
公開されたニール・マーシャル監督の次回作として、同じく
ローグの製作で昔の西部を舞台にした“Sacrilege”という
ホラー映画の計画が発表されている。
 物語は、西部劇としても華やかなゴールドラッシュ時代を
背景にしたものだが、この時代は、その一方でDonner Party
事件など悲惨な出来事にも象徴される暗黒の時代でもあった
とのこと。本作はその暗黒面を描いた「歴史ホラー映画」に
なるそうだ。
 因にイギリス出身のマーシャル監督は、幼少時からホラー
映画もその他の映画も同等に観て育ってきたとのことで、そ
れらのジャンルを融合した作品を作ることが夢だったとして
いる。そして本作に関しては、アメリカの怪奇作家H・P・
ラヴクラフトが描く『許されざる者』とも称しており、さら
に監督は、「私は火種となるものを常にいくつか内に持って
いるが、この作品はその中でも最も長く自分の心を虜にして
きた」として、映画化に意欲を燃やしているものだ。
 製作時期は未定だが、マーシャルはただちに撮影台本の執
筆に取り掛かるとのことだ。
        *         *
 またまたコミックスの映画化で、ヴァリアントコミックス
というところから出版された“Harbinger”というシリーズ
の権利をパラマウントが獲得し、ブレット・ラトナー監督で
実写映画化を進める計画が発表された。
 内容は、特殊な能力の発現した「先駆者」と呼ばれる若者
たちを主人公にしたもの。その能力は、「オメガ」と呼ばれ
る者たちによって発現させられるが、そこには悪人も存在し
ている。そしてその悪人は、特殊能力を使って巨大企業を作
り上げたりもしている…という展開になるようだ。
 因に、1992年にクリエーターのジム・シューターによって
スタートされたシリーズは、2005年に選出された「1990年代
に誕生した最も重要なコミック10作」の中でNo.1にも選ばれ
た作品とのことで、かなりの期待作になりそうだ。また作品
には、若者を主人公にした『ブレード・ランナー』という呼
び方もされていた。
 その映画化がラトナーに任される訳だが、ラトナーは言う
までもなく『X-men3』の監督も手掛けた人であり、彼自身
がそれに続くスーパーヒーロー物のシリーズ作品を探してい
たところに、今回の企画が提案されたということのようだ。
とは言え、前作と同じような超能力者集団を描く作品に、ラ
トナーがどのような手腕を見せるかにも注目が集まる。
 ただしラトナー自身には、以前に紹介した“Playboy”な
どの企画も目白押しになっているものだが、今回の計画では
それらの作品を進めている間に、脚本家が脚本を完成させる
ことなっている。従って実現までには多少時間が掛かりそう
だが、いずれにしても面白い作品を期待したい。
 それにしても、最近のテレビや映画でも超能力者の集団の
登場する作品が目立つ感じだが、これは一体どうした訳なの
だろう。因に本作で、悪人の「オメガ」は日本人という設定
のようだ。
      *         *
 もう1本、こちらはグラフィック・ノヴェルの映画化で、
アメリカで活躍する日本人作家・イラストレーターのカズ・
キブイシ原作による“Amulet”というシリーズの権利をワー
ナーが獲得し、アキヴァ・ゴールズマン主宰ウィードロード
と、ウィル・スミス主宰オーヴァブルックの製作で映画化す
ると発表した。
 物語は、父親を亡くした兄妹が、曽祖父の遺産の家に引っ
越すが、そこで母親が地下世界から現れた獣に連れ去られ、
母親を救出するための冒険を始めなくてはならなくなるとい
うもの。そしてこの映画化では、『幸せのちから』に出演し
たジェイダン・スミスと、『アイ・アム・レジェンド』に出
演のウィロー・スミスの兄妹が主演するとのことだ。
 この2人は言うまでもなくウィル・スミスの子供たちで、
共に父親との共演で映画デビューは果たしているものだが、
ジェイダンはその後にフォックス製作“The Day the Earth
Stood Still”に出演。またウィローも、ピクチャーハウス
製作で6月公開される“Kit Kittredge: An American Girl
Mystery”という作品に出演しているとのことだ。そして今
回はその兄妹の共演となるものだが、このままでは、映画の
内容よりそちらの方が話題になってしまいそうだ。
 しかし我々としては、原作者が日本人であることにも注目
したいところで、紹介されているイラストを見ると、かなり
日本のマンガ的な作風でもあるようだが、それがどのように
実写映画化されていくかにも興味が湧くところだ。なお原作
は、全5巻が予定されているもので、その第1巻が今年1月
に出版され、第2巻も今年中に刊行予定。第1作の映画化が
どこまでを描くかは不明だが、シリーズ化は間違いなく行わ
れるものだ。
        *         *
 最後は、続報をまとめて紹介しておおこう。
 まずは、今年11月に公開予定の『ハリー・ポッターと謎の
プリンス』に続くシリーズの最終巻“Harry Potter and the
Deathly Hallows”は、当初2010年11月公開が予定されてい
たものだが、さらにこの最終巻を2部作で製作し、その本当
の最後の映画は、2011年5月に公開する計画が発表された。
元々このシリーズの原作本はいずれもかなりのヴォリューム
で、今までの映画化でも割愛されたエピソードは数多いが、
最終巻では多少緩和されることになりそうだ。なお監督は、
『不死鳥の騎士団』以降はデイヴィッド・イェーツが最終話
まで担当する。
 続いて、当初は今年8月15日に予定されていた鳥山明原作
“Dragonball”の公開が、2009年4月3日に延期されること
になった。その理由は明らかにされていないが、今年の夏に
はワーナーが『マッハGo!Go!Go!』の公開も行うことから、
同じ日本アニメからの映画化作品の重なることを避けた可能
性はありそうだ。いずれにしても、4月上旬というのも興行
的に悪い時期ではないし、封切りに迫られて拙速な作品が作
られるよりは、たっぷり時間を掛けて納得の行く作品を作り
上げて欲しいものだ。
 最後の最後に、アーサー・C・クラークの訃報が届いてし
まった。今回は記事を書いていたところであり、個人的にも
多少関りがあったのでショックが大きいが、今はご冥福を祈
りたい。(3月20日追記)



2008年03月09日(日) P2、パーク・アンド…、西の魔女が…、ノー・カントリー、幻影師…、悲しみの乾くまで、センター・オブ・ジ・アース(特)、88ミニッツ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『P2』“P2”
2006年6月に紹介したフランス製サスペンス映画『ハイテン
ション』の監督アレクサンドル・アジャが、本作では脚本と
製作を務めたR−18指定のサスペンス作品。
クリスマス休暇の前日、残業をして最後にビルを出ようとし
た女性が、地下駐車場に閉じ込められる。そこには、いつも
彼女を遠くから見詰めていた警備員がいて…。因に、題名の
『P2』は、パーキングの2階という意味で使われているも
のだ。
休暇中のビルに閉じ込められるというお話は、他にもいろい
ろありそうだが、近年の携帯電話を始めとするコミュニケー
ション手段やセキュリティーの問題を絡めると、なかなか信
憑性のある作品は難しい。
そんな中での本作は、比較的巧みに作られた作品と言えそう
だ。しかも、R−18指定になるような描写も取り入れて、そ
れは観客を満足させるように作られている。他にもトラウマ
になりそうな痛い描写もあって、その辺もよく計算されてい
る感じがした。
通常、セキュリティーと言うのは2重3重に掛けられるもの
だが、こういう犯罪者が警備員として入り込んでしまうと、
こうも無防備になってしまうものか。お話として出来過ぎの
部分も当然あるが、ある意味、これは警鐘として捉えたくな
る部分もある作品だ。
監督は、『ハイテンション』には俳優として出ていたフラン
ク・カルフーン。MTVやCFの経験はあるようで、本作が
長編監督デビューだが手堅い演出を見せている。因に本作で
は出演もしているようだ。
出演は、TV『エイリアス(第5シーズン)』に出演のレイ
チェル・ニコルズと、『アメリカン・ビューティー』などの
ウェス・ベントリー。因にニコルズは、この後、トム・ハン
クス主演“Charlie Wilson's War”、新作“Star Trek”、
映画版“G.I.Joe”などにも出演している。
また、主人公の上司の役を『ダーク・ウォーター』や『SA
W IV』にも出演のサイモン・レイノルズという俳優が演じ
ているのだが、信頼しているIMDbという映画データーベース
に掲載されていなかった。どうした訳なのだろう。

『パーク・アンド・ラブホテル』
2005年に情報誌のぴあが主催するPFFアワードを受賞した
熊坂出監督が、PFFスカラシップによって製作した作品。
今年のベルリン映画祭に出品されて新人監督賞を受賞した。
ラブホテルの女主人と3人の女性の交流が描かれる。
最初の女性は、プチ家出をしている少女。髪を白く染めて、
街角の風景をポラロイドで撮りながらそのラブホテルの前に
やってくる。すると、老人から幼い子供までの男女がそこに
入って行くのが目に留まる。
好奇心から後を追った少女は、そのラブホテルの屋上が小さ
な公園になっていることを知る。それはそのホテルの女主人
が、遊び場のない町の人たちに開放しているものだった。そ
して女主人から寝床を提供された少女は、しばらくそこで暮
らすことにするが…
次の女性は、女主人が毎日路上を履き掃除している頃に、速
歩でその前を通過していた。しかし今まで言葉を交わしたこ
とはなかった。それが16年目に初めて言葉を交わす。その女
性は夫に不満があるらしく、無給でいいから働かさせてくれ
と頼み込む。
3人目の女性は、学究者らしい。彼女は金属製のアタッシュ
ケースを手に、毎日違う男とホテルにやってくる。そんな女
性を疎ましくも思う女主人だったが、ある日女性は、女主人
の秘密を知ってしまう。
こんな3人の女性と女主人の生きる姿が暖かな視線で描かれ
て行く。シチュエーションは特異に見えるが、ふと在っても
いいような感じにも思え、本当に在ったらいいなとも思える
ものだ。そんな温かさも魅力的な作品だった。
熊坂監督は、新人と言ってもテレビマンユニオンに参加して
NHK/BS−Hiのドキュメンタリーに挿入されるドラマ
部分などを手掛けているようだ。従って演出は手堅いものだ
が、本作では全体的に素人っぽい感じに作られているのは狙
いなのだろうか。でもまあ、全体の雰囲気は良い作品だ。
登場する女性たちを演じるのは、リリィの女主人と、梶原ひ
かり、神農幸、ちはる。リリィはいろいろな映画で観ている
気がするが、本格的な主演は初めてだそうだ。また、ちはる
は久しぶりに見たが、アイドル時代とは違って落ち着いた雰
囲気だった。

『西の魔女が死んだ』
1994年の発表以来、すでに発行部数が100万部を越えている
という梨木香歩原作のロングセラーを、長崎俊一監督で映画
化した作品。繊細さ故に登校拒否となってしまった少女を主
人公に、少女が自然の中で暮らす祖母と共に生活し、成長し
て行く日々を描く。
主人公の少女は、新入学の学校でクラスのどのグループにも
入らなかったことから、全員からのいじめを受けることにな
ってしまう。そんな少女を両親は、母方の祖母の許に預ける
ことにする。その祖母はイギリスから来日して祖父と結婚し
たという人だった。
山間の家に住む祖母は、ハーブを育てたり野イチゴを摘んで
ジャムにしたりして暮らしている。そんな祖母の家には、庭
仕事の手伝いをしてくれる近所の男や、郵便配達が出入りし
ていたが、その中で近所の男は何か怪しげだった。
そんな環境の中で少女は、閉じ籠もっていた自分から抜け出
し、徐々に自分を開放していくのだが‥。その基本となるの
が魔女修業。実は祖母はイギリスでは魔女の家系の末裔で、
主人公にもその血が流れていると言うのだ。
映画は、ほとんどのシーンが少女と祖母の2人だけで進行す
るが、大自然の中でそれは心地の良い物語が展開されるもの
だ。僕は原作は読んでいないが、2人の間の温かい雰囲気が
素晴らしく、なるほど原作がロングセラーになるのも判る感
じがした。
しかもテーマは魔女修業。ハリー・ポッターのような魔法が
登場するわけではないが、これが本物の魔女なのだというこ
とは理解できるように描かれており、それもまた素晴らしい
ものだった。
この少女役を新人の高橋真悠、祖母役を、アカデミー賞女優
シャーリー・マクレーンの娘で、2歳から12歳まで日本で暮
らしていたというサチ・パーカーが演じている。
因にパーカーは、1990年代前半まではテレビや映画にも出演
していた(『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『ペギー
・スーの結婚』などにも出ていたらしい)が、その後は夫の
仕事の都合で芸能界を離れていたようだ。それが久しぶりの
復帰作となり、しかも初主演というものだ。
その演技は、如何にも自然体という感じの素敵な雰囲気で、
日本語のせりふも多少たどたどしくはあるが、元々外国から
来日したという設定なら、こんなものだろうという感じのも
のにはなっていた。
他には、りょう、大森南朋、高橋克美、木村祐一が共演。ま
た、主題歌を『ゲド戦記』での起用が話題になった手嶌葵が
歌っている。

『ノー・カントリー』“No Country for Old Men”
今年のアカデミー賞で、ジョエル&イーサン・コーエン兄弟
が作品(製作)、監督、脚色、それにハヴィエル・バルデム
が助演男優賞に輝いた作品。
麻薬取り引きに絡む多額の現金を横取りした男と、その犯人
を追って組織から送り込まれた殺し屋、それに地元の警察官
たちがいろいろなドラマを繰り広げる。
物語の展開はかなり殺伐としたもので、特にバルデムが扮す
る殺し屋が、ところかまわず容赦ない殺人を繰り返す様は、
『13日の金曜日』の殺人鬼を思い出させるくらいに凄まじい
ものだ。
しかも、組織の命令という前提はあるが、殺人のほとんどは
無意味なもので、罪がないとは言わないが、あまり無関係な
人間まで次々殺されるのには、かなり参ってしまった。
でもまあ、振り返ってみればコーエン兄弟が初オスカー(脚
本賞)を受賞した『ファーゴ』もかなり殺伐とした話だった
し、これが彼らの持味でそれが評価されているのだから、こ
れは仕方ないとも言えるものだ。
それにしても血しぶき一杯の作品だが、元々コーエン兄弟と
言えば、サム・ライミと共にスプラッター映画を作っていた
時期もあった訳で、その延長線上の作品と考えれば、これも
納得できるところではある。
そう考えれば、この作品は『13日の金曜日』を芸術的に描い
たとも言えるものだし、スプラッター映画もこうやって撮れ
ばアカデミー賞が貰える(しかも3個同時に)ということに
もなる訳で、これはある意味コーエン兄弟がハリウッドに勝
利したとも言えるのかも知れない。
それにしても、バルデムが演じた殺し屋は、史上最恐とも評
価されているようだが、その髪がおかっぱ頭というのも意表
を衝くところで、全体は「ふかわりょう」を思わせる風貌の
男が、有無を言わせず相手を殺すというのもすごい発想と言
えるものだ。
因にこの作品は、『すべての美しい馬』などのコーマック・
マッカーシーの原作によるものだが、原作の殺し屋にはこの
ような風貌の描写はないのだそうで、それをこのように演出
したというところにもコーエン兄弟の非凡さがあると言える
のだろう。
バルデム以外の出演者は、原題の意味を体現しているような
トミー・リー・ジョーンズ。他にジョッシュ・ブローリン、
ウッディ・ハレルソンなど。
なおマッカーシーの原作では、2007年ピューリッツァー賞を
受賞した“The Road”が製作中とされているが、核戦争後の
世界を描くと言われるその作品も楽しみになってきた。

『幻影師アイゼンハイム』“The Illusionist”
ピューリッツァー賞受賞作家のスティーヴン・ミルハウザー
原作による短編小説の映画化。
19世紀末のウィーンを舞台に、オーストリー=ハンガリーの
二重国家となって崩壊寸前のハプスブルグ帝国皇帝の座を巡
り、ハンガリー王家の娘との政略結婚による再統一を企む皇
太子と、その前に現れた1人の幻影師の物語が描かれる。
その幻影師アイゼンハイムは、見事なマジックでウィーンの
人々を魅了していた。ところがある日のこと、劇場に現れた
皇太子の婚約者が幼い頃に手品を見せていた幼馴染みの女性
だったことを知る。その昔の彼は、身分の違いから彼女の許
を去ったのだった。
その少年が、幻影師となって彼女の前に戻ってきた。やがて
その人気から王宮に招かれて技を披露することになったアイ
ゼンハイムは、その見事過ぎる技によって皇太子の不興を買
うことにもなってしまう。
そして幻影師と婚約者の仲も疑う皇太子は、腹心の警部に幻
影師を陥れることを命じる。しかしそれは婚約者の信頼を失
わせることになり、それが引き金となって皇太子はある事件
を起こしてしまう。
その事件の後、アイゼンハイムは皇太子への報復を企むこと
になるが…
この物語が、幻影師にエドワード・ノートン、皇太子にルー
ファス・シーウェル、警部にポール・ジアマッティ、そして
婚約者にジェシカ・ビールの配役で描かれる。
脚本・監督のニール・バーガーは本作が2作目という新鋭だ
が、2002年のデビュー作では映画祭での受賞などもしている
ようだ。そして本作では、短編小説の原作から、当時の歴史
的な背景なども取り入れて見事な脚本を作り上げている。
因に、原作には婚約者の女性は登場しないのだそうだが、映
画はその女性の存在が素晴らしいドラマの根幹となっている
もので、その脚色は見事なものだ。また、観客によって如何
様にも取れる結末が、最高の情感を生み出している。
アメリカでは『プレステージ』と同時期に公開されて魔術師
物の競作となったが、大手スタジオが4000万ドルの製作費を
掛けた作品に対して、1650万ドルのインディペンデント作品
の本作は一歩も退くことなく、51館の封切りから最後は全米
1432館の拡大公開を達成、ほぼ同等の興行成績を記録した。
また本作は、スティーヴン・キングが、「何度でも観たくな
る!」と絶賛し、2006年度のTop 10に推薦したとのことだ。

『悲しみの乾くまで』“Things We Lost in the Fire”
昨年9月に紹介した『ある愛の風景』などのスサンネ・ビア
監督のハリウッド進出作品。
ベネチオ・デル=トロとハリー・ベリーの共演で、銃社会の
アメリカでまったく無辜の夫がその犠牲になった一家と、そ
の夫が唯一の親友だった男性を描くドラマ。
デイヴィッド・ドゥカヴニーが扮するその夫は、子供の頃に
は知恵遅れかと疑われるほどに実直だった男。彼は住宅デザ
イナーとして素晴らしい才能を発揮し、ベリー扮する妻と、
幼い2人の子供と共に幸せな暮らしを送っていた。
ところがある日のこと、家族に頼まれた買い物に出た夫は、
道端で女性に暴力を振るう男を止めに行き、男に銃撃されて
帰らぬ人となってしまう。その葬儀は気丈に進める妻だった
が、やがて夫が支援していたデル=トロ扮する男性の存在を
思い出す。
その男性は以前は優秀な弁護士だったが、麻薬に溺れて、世
間からも疎まれるような存在となっていた。しかし実直な夫
は、そんな彼を支援し続けていたのだ。そんな男性にとって
も夫の死は世間とのつながりを失ってしまうものだった。
そして、夫を失って生活に穴の空いたようになった妻は、夫
の親友だった男性を家に引き取ることにするが…
日本公開はPG-12の指定となっているが、一般的に考えられ
るような描写のある作品ではない。これは飽く迄も銃の表現
に関わるものと考えられる。
もちろん、一つ屋根の下に男女が暮らすのだから、そこには
身悶えするような感情も存在するが、それを女性のビア監督
が見事な演出で表現して行く。
特に、その感情の変化が手に取るように描かれて行くのは、
監督と2人の出演者の見事なパフォーマンスの勝利とも言え
るものだ。そしてそこに描かれる大人の男女の関係が、この
映画のテーマを深く掘り下げる。
製作情報を追っていたときには、fireの文字から「火事」が
テーマになるのかと思っていたが、アメリカでfireというの
は「銃撃」が先になるようだ。そんな銃社会を背景とした作
品で、その恐ろしさも見事に描かれていた。
共演は、アリソン・ローマン(ホワイト・オランダー)、オ
マーベンソン・ミラー(シャル・ウイ・ダンス?)、ジョン
・キャロル・リンチ(ゾディアック)など。見事な共演陣が
物語を支えている。

『センター・オブ・ジ・アース3D』(特別映像)
ジュール・ヴェルヌ原作『地底旅行』の3D映画化が、アメ
リカは7月、日本でも8月に公開予定されており、その冒頭
20分の特別映像が披露された。
まだ全体は観ていないが、物語は現代化されているようだ。
しかし、主人公とその息子が火山に設置された地震計の回収
に行くなどの前振り部分を除けば、地下に潜ってからの冒険
は原作とあまり変わらないことが予想されるものだ。その冒
険が今回は3Dで描かれる。
上映されたのは、その地下世界に入り口に到達するまでの部
分だったが、そこまでにも、『インディ・ジョーンズ/魔宮
の伝説』を髣髴とさせるトロッコの暴走など、3Dの魅力を
最大限に発揮する映像が次々に登場した。
しかも、その映像のほとんどがCGIだからその立体感もク
リアだし、その一方で火山を登るシーンなどの実写で写され
た3Dの素晴らしさも堪能できる物だった。
出演者は、『ハムナプトラ』シリーズのブレンダン・フレイ
ザーと、『テラビシアにかける橋』のジョッシュ・ハッチャ
ースン、それにアイスランド出身の新進女優アニタ・ブライ
ム。フレイザーの主演では当然コメディタッチの作品ではあ
るが、アクションアドヴェンチャーの要素もタップリの作品
になりそうだ。
なお今回の上映は、舞浜イクスピアリにあるReal-Dの劇場で
行われたが、8月の公開ではDolby-3Dと、ニューライン社が
この作品のために新開発した35mmフィルム用の3Dシステム
も採用して、日本全国400館規模での3D上映が目指される
そうだ。
因に、新開発のシステムはカラーフィルタを用いるアナグリ
フ方式のようだが、現状では詳細は秘密にされている。アナ
グリフ方式も最近では、従来の赤青より進化したブルー×ア
ンバーのシステムも報告されており、その詳細を早く知りた
いところだ。
それから、一緒に紹介された宣伝戦略では、イヴェントムー
ヴィ、デートムーヴィ、ファミリーピクチャーとして5〜40
歳の男女がターゲットとされていた。しかし、ヴェルヌの原
作を読んで育った世代は50歳以上にも多いはず。
予告編には地底に携帯電話が掛かってくるなどの描写はある
にしても、物語のテーマからいって、原作からあまりかけ離
れた作品になるとも思えないし、ここはぜひとも、50歳以上
の観客を映画館に引き戻す切っ掛けの作品としてもアピール
してもらいたいものだ。

『88ミニッツ』“88: 88 Minutes”
1995年公開『8月のメモワール』などのジョン・アネット監
督が、アル・パチーノと組んだ犯罪スリラー。パチーノ扮す
る犯罪心理学者が、過去に関った犯罪者の死刑執行の日に、
突然「残された時間は88分間だ」と告げる電話を受ける。
映画の上映時間は107分だが、その中の88分間はほぼ実時間
で物語が進行する。その限定された時間の中で、自分に降り
かかる冤罪の火の粉を振り払いながら、真犯人を追求して行
く主人公の行動が描かれる。
監督と主演がベテラン+ベテランの顔合せを納得させる映画
で、存分に楽しめるサスペンス一杯の作品になっている。特
にパチーノが、ちょっととぼけながら核心を突いて行く演技
は、正にベテランの味という感じのものだ。
それに、携帯電話も駆使した現代的な犯罪実行の手口や、そ
の裏を掻く主人公の推理などの描き方も納得できるもので、
さらにいろいろな仕掛けなどもよく考えて作られている。
なお、脚本のゲイリー・スコット・トムプスンは、2000年の
『インビジブル』や、2001年の『ワイルド・スピード』など
も手掛けた人のようだ。
共演は、『ママが泣いた日』のアリシア・ウィット、『美し
い人』のエイミー・ブレネマン、『ディープ・インパクト』
のリリー・ソビエスキー、『クラッシュ』のデボラ=カーラ
・アンガー。女優たちが見事なアンサンブルを繰り広げる。
他に、2002年『容疑者』のウィリアム・フォーサイス、『父
親たちの星条旗』のニール・マクドノー、テレビの『The O.
C.』のベンジャミン・マッケンジーらが共演。
実時間で進行する作品は最近いろいろ増えてきているが、や
はりトリッキーな作品であることは変りがない。しかしそこ
にパチーノクラスの俳優が出てくると、それなりに締まりの
ある面白い作品ができあがるものだ。
それにしてもパチーノは、2002年の『シモーヌ』や、2003年
の『リクルート』など、いわゆる大作ではない捻った作品に
好んで出ているようで、彼の作品にはいつも驚かされるし、
面白くも観てしまう。



2008年03月02日(日) ハンティング・パーティ、受験のシンデレラ、なつかしの庭、丘を越えて、ブレス、ブラックサイト、ゼア・ウィル・ビー…、紀元前1万年

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ハンティング・パーティ』“The Hunting Party”
リチャード・ギア、テレンス・ハワードの共演で、ボスニア
−ヘルツェゴヴィナの戦争犯罪を追うジャーナリストを描い
た作品。
ギアは、オスカーの受賞式でもチベット問題を発言するなど
国際政治に関しては一言ある人だ。そんなギアの主演で描か
れたボスニア問題。撮影は主にはクロアチアで行われている
が、サラエボの現地で撮影された衝撃的なシーンも次々登場
する。
物語はエスクァイア誌に載った記事に基づくとされており、
その記事ではいまだ未逮捕の戦争犯罪人ラドヴィアン・カラ
ジッチを3人のジャーナリストが追跡し、その間にCIAに
間違われるなどして、隠蔽された驚愕の事実を知るというも
のだそうだ。
この映画はそこからヒントを得たフィクションだが、映画の
最初には「この物語の嘘だと思うような部分こそが真実だ」
というようなテロップが表示される。
昨年9月に紹介した『カルラのリスト』が、やはりボスニア
の戦争犯罪を追うドキュメンタリーで、その中でも当事者の
各国が戦争犯罪人を匿っているのではないかという疑いが提
示されていたが、本作も同じ疑問を提示する。
しかもそれにはCIAも関わっているかも知れないという話
は、最近の他のハリウッド映画も観ていると、もうアメリカ
人も驚かない真実のようだ。なお、懸賞金500万ドルの懸け
られたカラジッチは、今も「行方不明」だそうだ。
ギア、ハワード以外の出演者には、3人目のジャーナリスト
役に『イカとクジラ』などのジェシー・アイゼンバーグ、映
画ではフォックスと呼ばれる戦争犯罪人にクロアチアの舞台
俳優のリュボミール・ケレケス。他に、ダイアン・クルーガ
ー、ジェームズ・ブローリン、ディラン・ベーカーらが共演
している。
映画の最後には、映画のキャラクターと実在の人物との対比
なども紹介され、まあこれらのことが事実だと認めざるを得
ないものではあるようだ。
ただこの映画の結末は、ここまでを事実だとすると、ちょっ
と話がおかしくなってしまうもので、物語としての結論は欲
しかったのかも知れないが、これは蛇足だったようにも感じ
られた。


『受験のシンデレラ』
灘高、東大理科3類卒業の精神科医で、東大在学中から塾講
師としても名前を知られていた和田秀樹の原案・監督による
東大受験とガンの終末医療を題材にした作品。因に和田は、
大学生時代には自主映画を制作した程の映画マニアで、念願
かなっての監督デビューだそうだ。
物語は、末期ガンで余命1年半と知らされた塾講師が、町で
見掛けた恵まれない境遇の少女を、高校卒業認定を経て東大
受験にまでに導くというもの。その受験のテクニックは和田
自身の経験に基づき、終末医療に関しては、中川恵一=東大
付属病院/緩和ケア診療部長のアドヴァイスを受けている。
「受験の神様」と呼ばれ、年収も億を越えるという塾講師の
五十嵐が、検診で末期ガンと診断される。治療のためにはい
くらでも金を積むと言い放つ五十嵐だったが、親友でもある
担当医は最新の現代医療を持ってしても治療は不可能と告げ
る。
そして担当医は、余命を伸ばすことは出来ないが、その残さ
れた時間を濃くすることは出来ると語り、適切なケアを行え
ば、死の直前まで平常の生活を維持してその間に充実した人
生最後の時を過ごせると説明する。
一方、家庭の事情で高校を1カ月で中退した真紀は、小さな
梱包会社に勤めながら放蕩な母親との生活を支えていた。そ
の彼女には、コンビニで商品を1個ずつ購入することで消費
税を倹約するような才能はあったが、生活は行き詰まってい
た。
そんな2人が巡り逢い、五十嵐は最後の時を懸けて真紀を東
大に合格させようとするが…
映画は、終末医療の部分では感動作となるが、同時に東大受
験のテクニックに関しては、昔の伊丹十三映画のようなマニ
ュアル趣向で、結構受験の役に立つ情報が満載されている。
それも、かなり盲点のようなものもあって、一々頷けるもの
ばかりだった。
その他にもいろいろ細かな設定や、特にお金の出所、そのや
りとりなどにも工夫があって、細かいことにも神経の行き届
いた作品のように感じられた。脚本は、和田の原案からテレ
ビドラマで活躍中の武田樹里が担当している。
出演は、昨年リメイク版の『転校生』に主演した寺島咲と豊
原功輔。また浅田美代子、田中実らが共演。他に、清水圭、
橋爪淳、林真理子、梶原しげる、辰巳琢郎らがゲスト出演。
なお本作は、モナコ国際映画祭に出品されて、作品、主演男
優、主演女優、脚本の4冠を達成したそうだ。

『なつかしの庭』“오래된 정원”
朴正熈大統領暗殺を描いた問題作『ユゴ|大統領有故』のイ
ム・サンス監督が、1980年代の韓国民主化運動の活動家の姿
を描いた作品。韓国の代表的文学者ファン・ソギョンによる
同名の原作の映画化。
物語の主人公は、1980年5月18日に起きた光州事件から辛く
も脱出した活動家のヒョヌ。しかしその後に逮捕され、長期
の刑に服することになる。そしてその罪は、1995年の特別法
の制定により解消されて釈放となるが、それまでには長い歳
月が流れる。そしてその間に起きていたことは…
主人公は、逃亡生活の中の一時期を、美術教師ユンヒによっ
て田舎の家に匿われていた。そんな過去の思い出と共に、当
時の事件の様子が再現されて行く。
日本の学生運動を始めとする民衆の政治活動は、70年安保以
降は局地的なものに限定されていってしまった印象だが、韓
国では、1979年10月26日の朴正熈大統領暗殺によって戒厳令
が発令され、12月12日の全斗煥の粛軍クーデターによって軍
政化、戒厳令の解除などを要求する民衆との抗争がエスカレ
ートして行った。
そして光州事件となるが、その実態はマスコミ統制によって
韓国民には全く知らされず、僅かに海外の報道を傍受するし
かなかった。この映画の中では、NHKの番組のヴィデオを
観たという台詞が使われていた。
そんな当時の暗部を抉るような物語が展開して行く。そして
その物語を、『ユゴ』では見事なアクションで捉えたサンス
監督が、今回は一転、男女の細やかな情愛の世界の中で描き
切って行く。
出演は、『チャングムの誓い』のチ・ジニと、『サッド・ム
ービー』などのヨム・ジョンア。特にチは、17年の長い年月
に渡る物語を見事に演じている。
光州事件に関しては、この後に『光州5・18』と題された
作品もあって、これからいろいろな側面が明らかにされて行
くことになるようだ。その中で、男女関係を中心に置いた本
作は、最初の取っ掛かりとしては良い感じのものになりそう
だ。
なお本作は、3月に東京と大阪で開催される「韓流シネマフ
ェスティバル2008春」の1本として上映される。
韓流シネマフェスティバルの関連ではもう1本、崔洋一監督
『ス』の試写も行われたが、スケジュールの都合で観られな
かった。また東京開催のフェスティバルでは、3月1日から
5月30日までの間に全部で14作品の最新韓国映画が上映され
ることになっている。

『丘を越えて』
猪瀬直樹が2004年に発表した原作小説『こころの王国』を、
今野勉脚本、高橋伴明監督で映画化した作品。1930年頃の東
京を舞台に、菊池寛が主宰する文藝春秋社に出入りする男女
の姿が描かれる。
主人公の細川葉子は、樋口一葉が住んだことでも知られる下
谷竜泉寺町で母親の女手一つで育てられ、女学校も出して貰
った。ところが、折からの不況で勤め口がない。そんなとき
知人に文藝春秋社を紹介され、面接を受けることになる。
その出版社にも採用の枠はなかったが、菊池に気に入られた
葉子は個人秘書として仕事を貰えることになる。こうして勤
め始めた葉子の周囲には、菊池の運転手の長谷川や、朝鮮貴
族の息子の馬海松らの姿があった。
そして、満州事変へと向かう世情の中で、出版社へは日本刀
を振りかざす暴漢が押し掛ける一方、菊池に連れられて行く
銀座の街や、帝国ホテル、ダンスホールなどの風俗も華やか
さを増していた。
こんな昭和初期の風俗が、「丘を越えて」「アラビアの唄」
「東京行進曲」「君恋し」などの楽曲と共に再現され、さら
に江戸地口や東京言葉などが物語に彩りを添える。
出演は、葉子役に池脇千鶴、菊池寛役に西田敏行、他に西島
秀俊、余貴美子、嶋田久作、石井苗子、峰岸徹らが共演。原
作者の猪瀬直樹と、監督夫人の高橋洋子もゲスト出演してい
る。
風俗の再現も丁寧に行われていたが、台詞には江戸地口もい
ろいろ取り入れられていて、その中では「その手は桑名の焼
き蛤」や「恐れ入谷の鬼子母神」くらいは知っていたものだ
が、「びっくり下谷の広徳寺」とか、「嘘を築地のご門跡」
「そうで有馬の水天宮」などは聞いていて面白かった。
ただ、監督が高橋が奈良出身、主演の池脇が大阪出身という
のがちょっと痛いところで、「ひ」と「し」の発音や、上記
の地口もわざわざ「きちもじん」と言わせるなど気は使われ
ているのだが、やはり違和感があると言うか、台詞がスムー
スに聞こえてこない。
特に、江戸っ子の台詞ということでは、もっとポンポンポン
と威勢よく喋ってもらいところが、どうしても台詞を喋って
いるように聞こえてしまった。それ以外は頑張っていると思
われるのが、よけいに残念にも感じられたところだ。

なお、本作には「この物語はフィクションです」という但し
書きが付くようだが、映画の中で菊池が夏目漱石に言及する
文学論などは面白かった。

『ブレス』“숨”
2002年の『悪い男』や、03年『春夏秋冬そして春』などのキ
ム・ギドク監督の最新作。
ギドク作品は、実は上記の2本しか観ていないが、どちらも
鮮烈な印象を残してくれる作品だった。そして本作では、自
殺願望を持つ死刑囚と、夫に不倫されている芸術家の女を主
人公として、ちょっとファンタスティックとも言える物語が
展開する。
死刑囚が自殺を図ったというニュースがテレビで報道されて
いる。そのニュースを観ている女は塑像家で、家族は音楽家
の夫と幼い娘の3人暮らし。しかし、夫は不倫中らしく、し
ょっちゅう電話を架けている。
そんな生活に不満顔の女だったが、突然、意を決したように
ニュースに出ていた死刑囚のいる刑務所を訪問する。そして
死刑囚の恋人だと言い張った女は、保安課長の計いで面会を
許されるが…
自殺を図る度に救命される。しかし死刑の執行は目前という
矛盾した環境にいる男に対して女がしたことは、男に四季の
想い出を再現してやることだった。そのため彼女は、面会室
の壁一面に貼る風景写真をプリントアウトして、持参したカ
セットのカラオケに合わせて四季の歌を唄って聞かせる。

以前の『春夏秋冬そして春』では、大自然の中で四季の変化
が見事に描かれたが、本作の四季の変化は、これも鮮烈に描
かれているものだ。その他にも、監督の出演や、篆刻のよう
に壁に刻みを入れる同房者の姿など、共通するところは多い
作品だ。
一方、ギドクの最初の作品とされる脚本は『画家と死刑囚』
という題名だそうで、これも気になるところだ。
それにしても鮮烈と言うか、見事なドラマの描かれた作品。
常識では有り得ないような話が素晴らしい現実感を持って表
現される。感動と言うのともちょっと違うが、正しく映画を
観たという満足感を得られる作品だ。
出演は、死刑囚役に台湾スターのチャン・チェン。韓国映画
に台湾人は言葉の問題があるが、台詞無しの難しい役を見事
に演じている。女性役はギドク作品には常連のチア。他に、
監督の前作にも出ていたハ・ジョンウと、『多細胞少女』な
どのカン・イニョンらが共演している。

『ブラックサイト』“Untraceable”
ダイアン・レインの主演で、インターネット時代の恐怖を描
いたサスペンス作品。
ウェブで配信される死への生中継。そこには、アクセス数が
増すと死期が早まる仕掛けが施されていた。しかし、66億人
と言われるインターネット人口の好奇心は止められない。ア
クセスした全員が共犯者という連続殺人事件が発生する。
主人公はネット犯罪専門のFBI捜査官。普段は本部の一室
でディスプレー相手に犯罪者を捜査するのが仕事だったが、
ある日、そのディスプレーにkill with meと称する映像が映
し出され、それはやがて連続殺人事件へと進展する。
そのサイトは、ロシアなどに置かれてFBIの手の届かない
ところにあったが、犯行の現場はアメリカ国内。しかも、主
人公の住むオレゴン州ポートランドの近郊のようだった。そ
して、その犯行は徐々に主人公の近くに忍び寄ってくる。
果たして犯人の目的は、そして主人公はその犯行を止めるこ
とが出来るのか…
犯人は技術に詳しいという設定になっているが、その手口は
かなりいろいろなテクニックを駆使した手の込んだもので、
『SAW』の制作者たちが観たら悔しがるのではないかと思
われるような作品だった。
しかも、インターネットとの組み合わせ方もなかなか考えら
れたもので、警鐘を鳴らすという意味でもうまく作られた作
品となっている。一方、主人公の推理力や謎解きも偶然に頼
らない論理的なもので、その部分も気持ち良く楽しめた。
原案・脚本を手掛けたロバート・フィヴォレントとマーク・
R・ブリンカーは共に新人のようだが、着眼点も良いし、そ
こからの物語の発展のさせ方も見事なもの。しかも社会的な
目線もしっかりした感じなのはうれしいところだ。
この種の作品では、とかく反社会的なところを評価したがる
連中もいるが、社会的な目線で撮っても良い作品は出来る。
その意味でもなかなかの作品と言えるものだった。監督は、
1996年『真実の行方』や、2000年公開のSFファンタシー作
品『オーロラの彼方へ』などのグレゴリー・ホブレット。
ただし、殺人の映像に関しては、『SAW』以降のかなり強
烈な描写は踏襲しているもので、その手の覚悟はしてみる必
要はある。R−15指定は当然と言える作品になっている。

『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』
                “There Will Be Blood”
ダニエル・デイ=ルイスが1989年『マイ・レフト・フット』
以来、2度目のオスカー主演男優賞を獲得した作品。20世紀
初頭のアメリカで、社会主義の論客としても知られた作家ア
プトン・シンクレアが1927年に発表した長編小説“Oil”の
映画化。
カリフォルニアを舞台に、山師の男が金鉱捜しから油井の開
発へと事業を拡げ、悪どいこともしながら巨万の富を築き上
げて行く。しかし、彼が最終的に得たものは一体何だったの
か…という物語。
映画は、地中に潜って金鉱を探す主人公の姿から始まる。そ
れで現金を得た主人公は、次に石油を掘り始める。それらは
常に死とも隣り合わせの危険な作業だったが、彼は次々に成
功を収めて行く。そんな彼の側にはいつも幼い息子の姿があ
った。
そしてある日、ポールと名告る男から油田の可能性を持った
土地の情報を得た主人公は、息子と共に狩猟と称してその土
地に入り込み、油田の存在を確認する。そこで辺り一帯を地
上げした主人公は、見事に油田を掘り当てる。
こうして富を築いた主人公は地元への還元も忘れず、地元の
人々との友好関係も築いて行くが、そこには一つの問題が残
されていた。それは、最初に訪れた家の息子が司祭を務める
地元の宗教。最初はその存在を無視し続けた主人公だが…
原作の物語は、20世紀初頭に実在したカリフォルニアの石油
王をモデルにした500ページを越える大作ということだが、
映画化では主人公と地元の宗教家との確執に一つの重心を置
いて、ドラマを再構築している。
この宗教家が実に怪しげで、主人公の山師とも五十歩百歩の
存在。この宗教家役を、『リトル・ミス・サンシャイン』で
無言の誓いを立てたニーチェ信奉者の兄を演じていたポール
・ダノが好演している。
また主人公の息子役には、地元のオーディションで選ばれた
素人の少年が扮しているが、これも名演技を見せてくれる。
脚本・監督は、1997年の『ブギーナイツ』でアカデミー賞の
3部門にノミネートされ、99年『マグノリア』ではベルリン
金熊賞を受賞、さらに2002年の『パンチドランク・ラブ』で
カンヌ映画祭監督賞を受賞したポール・トーマス・アンダー
スン。
本作はカンヌ受賞以来の5年ぶりの復帰作となるものだが、
受賞が伊達ではないことを証明する素晴らしい作品だ。

『紀元前1万年』“10,000 B.C.”
『インディペンデンス・デイ』などのローランド・エメリッ
ヒ監督が描く紀元前の世界。マンモスの跋扈する時代に、英
語を喋る原始人が活躍する。監督自身が、「この映画で歴史
のレクチャーをするつもりはない」と明言している作品で、
自由奔放な内容の物語が展開する。
主人公の暮らす一族には、「青い目の少女と勇者が一族を新
たな世界に導く」という言い伝えがあった。そして、主人公
が幼い頃、1人の青い目の少女が現れる。一方、主人公の父
親は勇者の印の白い槍を持つものだったが、ある日突然一族
を捨てて出奔してしまう。
やがて時が流れ、主人公と少女は互いを見詰めあって成長す
るが、主人公は村人には部族を捨てた男の息子として疎まれ
ている。そして主人公にも自覚はなかった。ところが、彼が
1人でマンモスを倒した日、村が馬に載った一団に襲われ、
少女を含む村人たちが連れ去られる。
その難を逃れた主人公たちは、村人を奪還するため一団の後
を追って行くことになるが、それは彼らを伝説の白い山の彼
方へと導いてゆく。
予告編でも出ているので今更ではあるが、その山の向こうに
は比較的高い文明が存在している。実は紀元前1万年という
のは、アトランティス大陸が沈んだとされる時代でもあり、
そんなことも背景に物語が進むものだ。
それどころかもっとニヤリの設定も展開されるが、残念なこ
とに、それが映像では明確に提示されない。披露試写を南山
宏さんと一緒に観たが、試写後には「どうせやるなら、最後
にどーんと出して欲しかったね」と言う話になった。

出演は、スーパーヒーローコメディ『スカイ・ハイ』に出て
いたスティーヴン・ストレイトと、『ストレンジャー・コー
ル』のカミーラ・ベル。
なお、10,000 B.C.に続くエメリッヒ監督の次回作は、未来
に飛んで、2012 A.D.となるようだ。



2008年03月01日(土) 第154回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 まずはアカデミー賞の結果の報告から。
 主要部門の結果に関してはご存じの方も多いと思うが、僕
が注目していた部門では、VFX賞は『ライラの冒険−黄金
の羅針盤』が獲得した。予想はVES賞も受賞の『トランス
フォーマー』だったが、投票直前の12月公開作の方が印象が
強かったと言うことなのだろう。特に去年の夏は、他にもい
ろいろあったのが印象を散漫にした可能性はありそうだ。
 続いてメイクアップ賞は、こちらもちょっと意外な『エデ
ィット・ピアフ』の受賞となった。でもよく考えると、作品
の評判が極めて悪い“Norbit”は、日本人としては残念だが
仕方のないところで、『パイレーツ…』はメイクというより
はCGIエフェクトの印象が強い。投票者の多くが俳優であ
ることを考えると、俳優が身体を張っている作品が選ばれる
のは順当というところかもしれない。
 一方、長編アニメーション賞は、正しく磐石という感じの
『レミーのおいしいレストラン』だったが、この受賞式では
プレゼンターとしてスティーヴ・カレルとアン・ハサウェー
が登場し、そこに“Get Smart”のテーマが流されたのは嬉
しかった。もちろんこれは、2人がそのリメイク版に主演し
ていることによるものだが、6月20日の全米公開を目指して
プロモーションは順調のようだ。なお“Get Smart”の日本
公開は10月11日の予定になっている。
 この他、『スウィーニー・トッド』が美術賞を獲得。それ
に助演女優賞を『ナルニア』の白い魔女でもあるティルダ・
スウィントンが『フィクサー』で受賞したのも嬉しかった。
また、主演女優賞のマリオン・コティアールは本人も驚いて
いたようだが、これで男優も含め演技賞が全員ヨーロッパ人
というのも珍しい結果になったものだ。
 後は、『ノー・カントリー』のジョエル&イーサン・コー
エン兄弟が、脚色、監督、作品賞を総ざらえしてくれたが、
初期の頃にはサム・ライミの協力者でもあった2人が、正に
スプラッター映画を髣髴とさせる連続殺人鬼を描いた作品で
受賞するというのも見事なことだ。
 それから、名誉賞を受賞した98歳の美術監督ロバート・ボ
イルが、ヒッチコック、ノーマン・ジュイスンと共に、ドン
・シーゲルの名前を挙げてくれたことも嬉しかったが、この
人たちは何れも彼にオスカーノミネーションをもたらしてく
れた監督だったようだ。そしてその間の映像では、ヒッチコ
ック監督の『鳥』のデザイン画と映像が紹介されたが、この
他に彼は、1953年の3D映画“It Came from Outer Space”
や、1985年のジョー・ダンテ監督作品の『エクスプローラー
ズ』なども手掛けた人(『エクス…』では出演もしている)
で、SF/ファンタシー系映画になじみのある人の受賞は、
特に嬉しくも感じられた。
 今年は、全体としてSF/ファンタシー系の受賞は少なか
ったが、ポイントでの話題はいろいろある受賞式だった。
 以上でアカデミー賞の報告は終りにして、以下はいつもの
製作ニュースを紹介しよう。
        *         *
 最初は、前回の最後に追加で紹介したテリー・ギリアム監
督作品“The Imaginarium of Doctor Parnassus”の情報の
続きで、前回報告したジョニー・デップ、ジュード・ロー、
コリン・ファレル3人の参加が確実になっている。
 この件に関しては、前回の報道で物語が多少詳しく紹介さ
れていて、それによると、物語の中で主人公が旅する想像の
世界は3つあるのだそうだ。従って、その3つの世界を3人
の俳優がそれぞれ受け持てば、各自の負担も小さくなるとい
う考えで交渉が進められたようだ。
 一方、3人の俳優の状況だが、まずデップは第154回でも
紹介したように“Public Enemies”の撮影開始は3月10日と
なっており、その前に撮影を行うならもう実際に動いている
ということだろう。
 またローは、主演の“Repossession Mambo”という作品が
ポストプロダクション中とのことで撮影は完了しており、次
の“King Conqueror”はまだ話し合いの段階で、これなら今
回の撮影には支障なく参加できそうだ。
 さらにファレルは、主演した“Pride and Glory”という
作品は完成済で、次の作品の“Dirt Music”はまだプレプロ
ダクションの段階となっており、こちらも身体は空いてる状
況のようだ。
 ということは、撮影期間に問題があるのはデップだけで、
彼のスケジュール調整さえできれば、実現は可能となってい
たものだ。もっとも3人の撮影はばらばらで良いものだが、
その他の出演者とのスケジュール調整は必要になる。それと
もう1点重要なのは、その経緯を説明する脚本の改訂だが、
これもストライキの終結で順調に行うことができたというこ
とで、3人の計画参加が実現したものだ。
 実は、前回の記事はまだ噂の段階で書いていて、その後は
なかなか公式の報告がなくやきもきしていたが、今回は信用
の置ける海外のデータベースにも掲載されたもので、これで
ようやくすっきりできたところだ。
 それにしても、故ヒース・レジャーに加えて、デップ、フ
ァレル、ローの共演が実現するとは大変なことになったもの
だが、この作品の配給権については、クロアチアを除いてま
だ契約されていないようで、これからカンヌ映画祭などでの
争奪戦が激化しそうだ。因に、製作を行っているデイヴス・
フィルムスは、過去には『バイオハザード』や『サイレント
・ヒル』などを手掛けているが、ハリウッドの大手などは付
いておらず、各国の配給権はばらばらに契約が進められる。
各社の買い付け担当者の腕の見せ所になりそうだ。
        *         *
 お次は、『ノー・カントリー』でアカデミー賞を受賞した
コーエン兄弟が、再びピューリッツアー賞受賞作家の作品の
映画化に、脚本と監督で挑むことが発表された。
 発表されたのは、2001年に受賞したマイケル・シェイボン
が、2007年に発表した長編小説“The Yiddsh Policemen's
Union”の映画化で、原作の内容は、アメリカ政府によって
進められたユダヤ人のアラスカ入植計画と現地の先住民との
問題を背景に、ヘロイン中毒のチェスの天才の殺人事件を巡
って、凶暴な警官が登場する物語とのことだ。
 何ともコーエン兄弟らしい題材だが、製作は『ノー・カン
トリー』と同じくスコット・ルーディンが担当する。ただし
原作の映画化権はコロンビアが獲得しているもので、製作会
社は同社、配給もソニーとなるものだろう。因にシェイボン
は、2004年に『スパイダーマン2』のストーリーを提供した
ことでも話題になったもので、製作会社との関係は浅からぬ
ものがある。
 一方、ルーディンは、シェイボン作品に関わるのは2000年
の『ワンダー・ボーイズ』以降、本作が3作目。本作の前に
は2001年の受賞作“The Amazing Adventure of Kavalier &
Clay”の映画化も、シェイボン自身の脚本により、パラマウ
ントで進行中となっている。
 またコーエン兄弟は、ワーキング・タイトルとフォーカス
フューチャーズ宛に2作品の契約を実行中で、現在は“Burn
After Reading”というスパイコメディ作品のポストプロダ
クション中。さらに『ファーゴ』のようなダークコメディと
される“A Serious Man”という作品の準備を進めており、
本作はその後の作品となるようだ。
        *         *
 ネット書店の最大手Amzon.comが、満を持して映画製作に
乗り出すことを発表した。
 発表された計画は、キース・ドノヒュー原作による“The
Stolen Child”というファンタジー小説の映画化。物語は、
少年の時にいたずら妖精に誘拐された男性と、その後釜とし
て人間界に潜り込んだ妖精のそれぞれを主人公にした冒険が
描かれているとのことだ。
 そして発表によると、アマゾンは2006年の末に本作の映画
化権を獲得し、今回は20世紀フォックスに製作拠点を開設し
て映画製作を始めるというもの。それは単なる出資者として
ではなく、20世紀フォックスとの共同での映画製作から、そ
の後のウェブサイトを活用したプロモーションまで、映画の
公開に至る全般に関わるとされている。因に、アマゾン系列
のウェブサイトの総アクセス数は月間6000万件を下らないと
のことで、これは強力な宣伝媒体になりそうだ。
 またアマゾンでは、すでにリドリー&トニー・スコット監
督との共同事業で、“Anazon Theater”と称してウェブ上で
短編映画の公開も行っており、その流れから長編映画の製作
に乗り出すことは時間の問題と予想されていたようだ。
 そして今回の計画では、脚色に1993年の『フィラデルフィ
ア』などを手掛けたロン・ナイスワーナーが契約しており、
実はWGAのストライキ前に着手していたが、ストの解除で
公式に発表できるようになったとのこと。さらに、今回の計
画に当ってアマゾンでは、映画製作のための特別な担当者を
置くことはせず、全社的に複数の部門が映画製作に関わる体
制を採るとしており、これは映画会社の勝手にはさせないと
いう意志の現れとされている。
        *         *
 『ゾディアック』のデイヴィッド・フィンチャー監督が、
パラマウントとMTVで進められている“Black Hole”と題
されたグラフィックノヴェルの映画化を手掛けることが発表
された。
 原作のグラフィックノヴェルは、タイム誌の表紙なども手
掛ける画家のチャールズ・バーンズが、10年を掛けて12冊に
纏めた作品で、2004年の刊行時にはコミックス関連の賞も受
賞するなど話題になったものだ。内容は、性行為によって媒
介されるBugと呼ばれる奇病を描いたもので、それに罹ると
身体の一部に変形が始まるというホラーじみた設定のお話。
紹介されていたイラストは白黒だが、かなり禍々しい雰囲気
のものになっていた。
 そして今回の映画化では、2006年3月に『ベオウルフ』の
ロジャー・アヴェリーとニール・ゲイマンが脚色を契約し、
一時はアレクサンドル・アジャの監督で進められていたが、
これが頓挫、それをフィンチャーが引き継ぐというものだ。
撮影開始時期は未発表だが、この様子では早めに行われるこ
ともありそうだ。
 なおフィンチャーは、1922年に発表されたF・スコット・
フィッツジェラルド原作のファンタシー系の短編小説“The
Curious Case of Benjamin Button”の映画化を、ブラッド
・ピット、ケイト・ブランシェット、ティルダ・スウィント
ン、エリ・ファニングらの共演で進めていたが、その撮影は
すでに完了し、ポストプロダクションの段階になっている。
ただし、この他にも“Torso”“The Killer”といった計画
も進行中とされていて、この内からどれが次回作になるかは
未定のようだ。
        *         *
 『紀元前1万年』が3月7日に全米公開されるローランド
・エメリッヒ監督が、次回作として同じくハラルド・クロー
サーとの共同脚本による“2012”という計画を発表した。
 つまり、B.C.10,000の次はA.D.2012となりそうだが、実は
この年号はアズテカの暦がこの年の12月23日で終っていると
いうことでも話題になっているもので、詳しい内容は未発表
だが、どうやらそれに絡んだ話になりそうだ。製作は今年の
後半に開始され、公開は2009年夏とされている。
 そしてこの脚本が2月下旬にハリウッドの映画各社に提示
され、争奪戦の結果、ソニーが推定2億ドルで契約したこと
も発表された。因にエメリッヒの監督作品では、『インディ
ペンデンス・デイ』が全世界で8億1120万ドルを稼ぎ出して
おり、『デイ・アフター・トゥモロー』は5億2800万ドル、
『Godzilla』も3億7580万ドルとのことで、2億ドルの契約
なら危険はないと判断されたようだ。
 また、会社側は当然提示された脚本を読んだ上で契約に臨
んでいる訳だが、その評価では、『ID4』以上にエキサイ
ティングなビッグアイデアだという意見も紹介されており、
ストライキ中に脚本に飢えていた映画会社には、格好のもの
だったとされていた。
 因に、ソニーとエメリッヒは、『Godzilla』と『パトリオ
ット』でもコラボレートしているが、実は『ID4』以前の
『スターゲイト』はMGM配給、さらにその前の『ユニバー
サル・ソリジャー』はコロムビア配給だったもので、その経
緯からも今回の契約は理解できるところだ。
        *         *
 一方、ワーナーからは2009年の夏向けにDCコミックスの
“Justice League of America”=JLAの映画化を進める
ことが発表されている。
 このJLAの映画化については以前から紹介しているが、
ジョージ・ミラー監督が進めていた計画では今年の始め頃に
キャスティングもほぼ決定したと伝えられた。しかし、脚本
家組合のストライキの影響で配役に合わせた脚本の改訂が不
能となり、その改訂作業の遅れから1度は製作の延期も発表
になった。
 ところが『紀元前1万年』を配給しているワーナーでは、
当初はエメリッヒ監督の次回作の配給権獲得も確実と考えて
いたようで、それが突然ソニーに浚われてしまったことで、
2009年夏の公開予定に穴が開く事態にもなりかかっていた。
その影響かどうかは不明だが、JLAの製作開始が急遽発表
されたものだ。
 因に配役では、フラッシュ役にテレビの“The O.C.”など
のエイダン・ブロディが扮する他、タリア・アルグール役に
『ディセンバー・ボーイズ』のテレサ・パルマー、グリーン
・ランラン役にラッパーのコモン、スーパーマンにD・J・
コトローナ、バットマンにアーミー・ハマー、ワンダーウー
マンにミーガン・ゲイルなどが報告されている。
 そして撮影は、オーストラリアとアメリカで行う計画で、
すでにオーストラリアのスタジオにはセットの準備も進んで
いるという情報も報告されている。
 ただしミラー監督の意見では、オーストラリアの行政府が
定めたハリウッド大作映画の製作の際に生じる国内映画製作
者支援のためのリベートの問題が解消されないとのことで、
このままでは製作費削減のためにカナダでの撮影も検討しな
ければならない事態になるとのことだ。
 実は、ミラー監督が母国オーストラリアでの撮影に拘わっ
ているのには、さらに次に製作予定の“Happy Feet 2”に向
けてオーストラリア映画人の再結集も目指しているもので、
その真意が伝えられないことに不満も抱えているようだ。し
かし製作が急がされれば、経済の原理が優先されることは仕
方がないもので、その前にミラー監督の真意が行政府に伝わ
るかどうか、事態は切迫しているものだ。
        *         *
 昨年11月の第146回で紹介した“My Sister's Keeper”に
ついて、ダコタ&エリ・ファニング姉妹の出演がキャンセル
され、エリに予定された主人公を、『リトル・ミス・サンシ
ャイン』のアビゲイル・ブレスリンが演じると発表された。
 因に、キャンセルの理由は、姉役のダコタが役柄上頭髪を
剃らなくてはならないことに抵抗し、エリもそれに同調した
とのことで、その姉役にはイライジャ・ウッド主演の“Day
Zero”などに出演したソフィア・ヴァシリーヴァが起用され
るようだ。撮影は3月に開始の予定。
 なおブレスリンは、コメディ作品の“Definitely,Maybe”
が2月14日に全米公開されたのに続いて、ジョディ・フォス
ターと共演の“Nim's Island”が4月4日公開、さらにタイ
トルロールを演じる“Kit Kittredge: An American Girl”
が7月2日の公開予定となっている。
 一方、エリ・ファニングは、サンダンス映画祭で上映され
た“Phoebe in Wonderland”が一般公開待機中の他、主演を
張った“Nutcracker: The Untold Story”と、デイヴィッド
・フィンチャー監督による“The Curious Case of Benjamin
Button”の撮影が完了している。
 さらにダコタは、主演作の“Winged Creatures”と、SF
スリラーと伝えられる“Push”、さらに“The Secret Life
of Bees”と、声の主演を担当している人形劇“Coraline”
がポストプロダクション中とのことだ。
        *         *
 後は短いニュースをまとめて紹介しよう。
 まずは日本製アニメからの映画化の話題で、以前から紹介
している手塚治虫原作“AstroBoy”(映画化はこういう表記
になるようだ)のCGアニメーションによる製作が進行し、
主人公アトム役の声の出演に、『アーサーとミニモイ』も担
当したフレディ・ハイモアが発表されている。この作品は、
香港に本拠を置くイメージ・スタジオが製作を進めているも
ので、脚本には『スペース・ジャム』やアーノルド・シュワ
ルツェネッガー主演『ツインズ』などを手掛けたティモシー
・ハリスが参加し、監督には『マウスタウン』のデイヴィッ
ド・ボワーズの起用が発表されている。公開は2009年の予定
で、アメリカ配給はワーナー、他はTWCになるようだ。
 もう1本、大友克洋の原作で、1988年に大友自身の監督で
アニメ化もされた“Akira”の実写によるリメイクが、ワー
ナーとレジェンダリー・ピクチャーズの製作で進められるこ
とが発表された。さらにこの計画には、レオナルド・デカプ
リオ主宰のアピアン・ウェイも参加しており、デカプリオの
出演もあるかも知れないとのことだ。監督には、2001年製作
の“Fifty Percent Grey”という作品でアカデミー賞短編ア
ニメーション部門にノミネートされたルアイリ・ロビンスン
が起用され、脚色は、テレビの『スター・トレック/ボイジ
ャー』やゲームシナリオなども手掛けるゲイリー・ウィッタ
が担当している。なお、原作は全6巻で発表されているが、
映画化ではこれを2部作で製作する計画とのことだ。
 『エンジェル』などのフランソワ・オゾン監督が、特殊な
能力を備えた子供の登場する“Ricky”という作品に着手し
ている。物語は、『パンズ・ラビリンス』のセルジ・ロペス
と、アレクサンドラ・ラミーが演じる普通の夫婦の家庭に、
ちょっと普通でない子供が誕生するというもので、オゾン監
督は、「スリラーとホラーとSFとコメディと御伽噺の要素
がミックスされた作品」と称している。撮影は2月25日にパ
リで開始されており、また本作のVFXを、“Astérix aux
jeux olympiques”や『スパイダーマン3』にも参加して、
パリに本拠を置くBUFが担当している。オゾン作品には、
いつも何かファンタスティックな雰囲気が漂うが、VFXま
で使用した本格的な作品は楽しみなことだ。製作は『エンジ
ェル』と同じテオドラ・フィルムが行っている。
 最後に、11月の公開が予定されている“Harry Potter and
the Half Blood Prince”の撮影で、原作にはない追加シー
ンが作られたという情報が流れている。これは、ヴォルデモ
ートが引き起こす災害を描くもので、ここでは原作にはほと
んど描かれないマグルの様子が登場するとのことだ。大規模
な災害シーンは映画の売り物になるものだが、特に今回は、
魔法社会とマグルとの関わりも明確にして、マグル観客向け
のサーヴィスにもなりそうだ。


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井口健二