井口健二のOn the Production
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2007年03月31日(土) ドリーム・クルーズ、ABonG、不完全なふたり、プレステージ、ストリングス、ハリウッドランド、Academy

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ドリーム・クルーズ』“Dream Cruise”
2005年に、ロジャー・コーマン、ジョージ・A・ロメロ、ト
ビー・フーパーらが顔を揃え、日本からは三池崇史監督が参
加して製作されたホラーアンソロジーMasters of Horrorの
第2弾シリーズの1篇。
今回、海外の監督の顔ぶれがどのようになっているかは知ら
ないが、日本編は『リング0』や『案山子』などの鶴田法男
が担当した。なお、本作はアメリカでは1時間枠のテレビで
放送されるが、その他の国向けに約90分の劇場版が作られて
いるものだ。
原作は、鈴木光司の『仄暗い水の底から』に収載された「夢
の島クルーズ」。謎の海域に漂う小型船の中での男女の葛藤
と、そこに現れる怨念の化身を巡る物語が展開する。
主人公は、東京の法律事務所に勤務するアメリカ人弁護士。
彼はロングアイランドの出身だが、子供の頃の海に纏わるト
ラウマがあり、今でも時々その幻影に襲われている。
そんな彼の日本人のクライアントがトラブルに巻き込まれ、
その善後策を講じるための話し合いを求めるが、クライアン
トの男は彼をマリナーへと招く。そこにはクライアントの妻
も呼び出されていた。実は、弁護士とクライアントの妻とは
不倫関係にあったのだ。
そのことを知ってか知らずか、クライアントの男は2人を夜
のクルージングへ誘い出す。そしてクルーザーがとある海域
に来たとき、突然スクリューが停止する。
作品の成立上、出来るだけ英語の台詞で物語が進むことが求
められたということだが、その点でこの展開は、クライアン
トの男もその妻も弁護士との会話はほとんど英語を使うこと
になるので、うまく処理されている感じがしたものだ。
その日本人の夫婦役を、子供時代をニューヨークで過ごした
という木村佳乃と、アメリカ映画に出演経験のある石橋凌が
演じ、またアメリカ人弁護士役には『スパイダーマン2』に
メリー・ジェーンの婚約者役で出演したダニエル・ギリスが
扮している。木村佳乃には、ようやくこういう仕事が回って
きたということでは喜ばしいことだ。
それにしても、1時間枠のテレビということでは、正味は50
分以下だと思われるが、本編88分の一体どこがカットされる
のか、それにも興味が湧くところだ。

『ABonG』
20世紀初頭にフィリピンに渡った日本人の子孫たちの物語。
この日本人たちは、当時道路建設工事のために2500人ほどが
労働者として渡ったもので、過酷な工事中に500〜700人ほど
が病気や事故で亡くなったともいわれるが、工事の終了後に
は多くの人々が現地に残り、現地の女性と結婚して家庭を築
いたということだ。
そして第2次大戦前にはバギオ市周辺に日本人町も作られた
ようだが、戦時中は、進駐した日本軍にもアメリカ軍にもス
パイと疑われ、苦労をしたとされる。しかも、現在はその存
在はほとんど忘れられ、子孫には何の保障や援助もないとい
うものだ。
そんな日系人にスポットを当てた作品。監督の今泉光司は、
日本大学芸術学部卒、卒業後はCM製作や、小栗康平監督の
助監督なども務めた後、1992年にバギオを訪れ、1996年には
生活基盤もバギオ移し、そこを本拠としてこの作品を作り上
げたという。
因に、バギオは、標高1500mの高地にあり、年間平均気温が
20度前後という暮らしやすい場所で、本作の舞台となるのは
さらにそこから奥地に入ったところのようだが、村の周囲の
ジャングルには食べられる植物が自生し、その採集だけでほ
とんど生活できるそうだ。
そんな地上の楽園みたいな場所が舞台の物語だが、主人公は
そこを脱出して都会で暮らそうとし、そのため妻は日本に出
稼ぎに行こうとするが、パスポートの偽造で日本の土を踏め
ないまま送還されてしまう。そして斡旋業者からの借金が残
ってしまうという展開だ。
さらに、そこに自生している食用植物の知識を広めようとす
るヴォランティアの男女や、ソーラーパネルを売りつけよう
とする業者や、いろいろな要素が入ってくるが、実際のとこ
ろはそれぞれの関連は希薄で、ちょっと観ていて混乱してし
まったところだ。
内容が内容なだけに、あまり批判する人はいないというか、
観た人の大半は誉めていることと思うが、正直なところは、
映画として日系人問題を描きたいのなら、もっと物語をそこ
に集中させて、明確に語って欲しかったとも言いたい。
ただし、サブストーリーの部分では、論争や解説的な台詞な
どもいろいろあって、監督の言いたかったところはそちら側
にあるようにも観えるが、それ自体は別段目新しいものでも
なく、たどたどしい英語の台詞せいもあって少し青臭くも感
じられた。
それより、日本人としては日系人の問題をもっと詳しく知り
たかったもので、今回は俳優を起用したドラマ作品だが、出
来ることならドキュメンタリーでちゃんと紹介して欲しいと
も思えるところだった。

『不完全なふたり』“Un Couple Parfait”
フランス映画祭上映作品。
昨年12月に紹介した『パリ、ジュテーム』の中では、一番気
に入っている内の1篇「ヴィクトワール広場」の演出を担当
した諏訪敦彦監督による2005年の作品。
2005年7月に紹介した『ふたりの5つの別れ路』などのヴァ
レリア・ブルーニ=テデスキと、『王妃マルゴ』などのブリ
ュノ・トデスキーニの共演で、友人の再婚の結婚式に出席す
るためパリを訪れた結婚15年の夫婦の姿を描く。
建築家と写真家の2人は、周囲からは理想的なカップルと思
われているようだが、実は…というお話が展開する。そして
その2人の姿を、固定カメラの長回しと、渡されたのはシノ
プシスだけという、ほとんどが即興劇で描き出して行く。
といっても、シノプシスは詳細なものだったようで、一つ一
つの場面設定は明確に定められていたようだ。その場面設定
の中で、俳優やスタッフのディスカッションによって物語が
作られたとされる。
簡単に言ってしまえば「痴話喧嘩」という感じの内容だが、
自分が結婚から30年近くを経た目で見ていると、思い当たる
ところも多々ある作品で、一部には似すぎていて苛々すると
ころもあるくらいに、見事に描かれていた。
まあ、夫婦も長くやっていると、こんなこともあるなあとい
う感じの作品。だから、物語はごく普通に進んで行くし、そ
こにあっと驚くような仕掛けがある訳でもない。ただ、何カ
所か示唆に富んだ台詞が登場したりするくらいのものだ。
したがって、それをどう受け取るかは観客の側の状況にも影
響されそうで、見方によっては何だこりゃにもなってしまう
かもしれない。でも、自分自身の体験として、夫婦はこんな
ものだという感じで納得したりもしてしまった。
それにしても、フランス語はほとんど判らないという監督が
通訳を介した作業で、しかも撮影期間11日でこのような作品
を作れてしまうということにも驚かされる作品だった。

『プレステージ』“The Prestige”
『バットマン・ビギンズ』のクリストファー・ノーランの監
督で、19世紀末のロンドンを舞台にした2人のマジシャンの
対決を描いた作品。
2人のマジシャンを演じるのは、『X−メン』のヒュー・ジ
ャックマンと、『バットマン…』のクリスチャン・ベール。
共演は、スカーレット・ヨハンソン、マイクル・ケイン。さ
らにデヴィッド・ボウイ、アンディ・サーキスも登場する。
主人公となる2人は、若い頃から互いをライヴァルとして切
磋琢磨してきた。やがて、一方が老練なマジシャンの指導の
許、派手な演出で人気を掴むが、彼にはもう一人が演じる瞬
間移動の技の秘密が掴めないでいた。
やがて彼は相手の日記を盗みだし、暗号を解読して、遂にア
メリカ在住の発明家ニコラ・テスラへと辿り着く。そして、
テスラの発明による高周波高電圧発生器を手に入れ、さらに
派手な演出による瞬間移動の技を編み出すが…
その演技中に事故が起き、その場に居合わせたもう一人のマ
ジシャンは殺人者として告発され、厳重な監視の下、収監さ
れることになる。
何しろマジシャン同士の話だから最初から最後までトリック
の連続で、何が真実かは最後の最後まで判らない。しかも、
展開はかなり過激で、そんな物語を『メメント』のノーラン
監督が実に楽しげに描いている。
それにしても…凄いと言えるSF作品だ。

テスラに関しては9月に横浜で開催される世界SF大会で、
新戸雅章さん紹介による彼の業績に基づくパフォーマンスも
行われる予定だが、エジソンと対決した実在の科学者で発明
家。その役を、『地球に落ちてきた男』のボウイが演じてい
るというのもニヤリとするところだ。
因に、題名は「プレッジ」「ターン」「プレステージ」と続
くマジックの展開を示す用語で、その最終段階を指すもの。
元はフランス語の「奇術、魔法」の意味の言葉から、転じて
「偉業、名声、威光」といった意味になっているそうだ。

『ストリングス〜愛と絆の旅路〜』“Strings”
2004年、デンマーク製作のマリオネット映画。
マリオネットと言われると、『サンダーバード』を筆頭にす
るスーパーマリオネーションが代名詞のようになってしまっ
たが、自分の子供の頃の思い出としては、NHKで放送され
た『宇宙船シリカ』や、小松左京原作の『空中都市008』
が懐かしいところだ。
そんなマリオネットを現代に甦らせた作品。しかもこの物語
がかなり凝っている。
舞台は、中世の雰囲気漂うヘバロン王国。その国の住人は、
ペットの鳥も含めてすべてマリオネットという世界だ。彼ら
は天からの糸に繋がれ、頭の糸を切ると死んでしまう。しか
し、その糸は天で一つになり、お互いはその糸で繋がってい
るとも言われる。
その国では、数百年に亙って戦いが続いていた。ところが、
あるとき国王が自分の頭の糸を切って自害し、息子の王子に
和平の想いが託される。しかしそこに好戦的な王の弟が介在
し、王の自害は暗殺に偽装される。そして王子は、復讐の旅
に出ることになるが…
マリオネットの頭に繋がれた糸が、人形の基本の位置を定め
る重要な糸だということは聞いたことがある。それを生命線
に準える。そんなマリオネットの特徴が物語の中にいろいろ
と盛り込まれている。
その他にも、城への出入りを封じるという場面で、鴨居のよ
うな横木が城門に迫り上がってきたときには、昔のテレビ番
組でドアを開けるとその上の壁まで開いていたのを思い出し
て、思わず笑ってしまった。
一方、実写されるマリオネットの特性を活かして、撮影には
本物の水や火も使用され、CGIとは違った映像を作り出し
ている。何しろ屋根がないから、雨が降ると皆ずぶ濡れとい
うのは、間違いなくマリオネットの世界という感じだ。
因に、映画のキャッチコピーは、「一緒に見れば、大切な人
と結ばれる!あなたは誰とつながっていますか?」なのだそ
うで、自分の年齢ではさすがにちょっと恥ずかしいところも
あるが、お話はその通りのものだ。
なお、日本公開は吹き替え版のみで行われ、その声優には人
気アイドルらが起用されているものだが、英語版は、『ナル
ニア』でタムナスさんを演じたジェームズ・マカヴォイや、
『サウンド・オブ・サンダー』や、『ルネッサンス』でも声
優を務めたキャサリン・マコーマク。
さらに、『トロイ』に出演のジュリアン・グローヴァ、『ゴ
スフォード・パーク』のデレク・ジャコビー、『ネバーラン
ド』でサー・コナン・ドイル役のイアン・ハート、『ブリジ
ット・ジョーンズの日記』のクレア・スキナー。
また、『ブラッド・ダイアモンド』のデイヴィッド・ハーウ
ッド、ブロスナン版の007でマニーペニーを演じたサマン
サ・ボンドといった顔ぶれが共演しているようで、この英語
版も聞いてみたくなるところだ。

『ハリウッドランド』“Hollywoodland”
製作ニュースの第72回と第82回で“Truth, Justice and the
American Way”の題名で紹介した作品が改題されて公開され
る。なお改題は邦題だけでなく、上映されたフィルム上でも
これになっていたものだ。
1959年6月16日、『スーパーマン』のテレビシリーズに主演
したジョージ・リーヴスの死に纏わる謎を追った作品。
僕は、リーヴスが死んだときの報道に関しては、多少憶えて
いる程度だ。テレビシリーズは見ていたし、その内容もかな
り正確に記憶しているが、死の報道自体は冷静に受けとめた
と思うし、この映画の中の子供たちのようなショックを受け
た記憶はない。
それは多分、日本での放送が、他の西部劇や探偵ものと同じ
ように吹き替えで、子供なりに物語がフィクションであるこ
とを理解していたのかも知れない。それがアメリカでは、こ
の映画の通りとすれば、僕の想像をはるかに越える社会問題
だったようだ。
しかもその死は、当初から自殺という結論で、日本での以後
の報道はほとんどなかったと思う。だがその死にはいくつも
の謎が残されていた。その謎を、リーヴスの母親に依頼され
た私立探偵が調査するという形式で紐解いて行く。
そこには、リーヴスが当時のMGM社長夫人の愛人だったと
するスキャンダラスな展開も登場する。そして、偉大なヒー
ローを演じたがために、その陰から逃れられなくなった男の
悲劇が描き出される。しかも、それをMGMなどの実名を出
しながら描くものだ。
ただし、番組終了後に『ここより永遠に』に出演したものの
上映版からはカットされたという下りでは、これはフレッド
・ジネマン監督が、「スーパーマンだったせいではない」と
明確に否定しているにも関わらず、その説明になっていたり
もする。
その辺が、フィクションである探偵の登場と共に、かなり微
妙なところだ。また、事件に対する様々な再現も登場し、そ
の判断は観客に委ねられるが、今まで字面の情報としてのみ
知っていたことが映像として提示されると、それもまた興味
深いものがあった。
出演は、リーヴス役にベン・アフレック、MGM社長夫人役
にダイアン・レイン、社長役にボブ・ホスキンス、そして探
偵役にエイドリアン・ブロディ。因に、アフレックはこの役
でヴェネチア映画祭の主演男優賞を受賞している。
それにしても、レインが「10歳も年上なのよ」と言いながら
アフレックを誘惑する下りには、確かに本人たちの年回りも
その通りなのだが、彼女を子役の頃から見ている自分にはち
ょっとショックだった。

『Academy』
オーストラリア人の新人監督による日本=オーストラリア合
作映画ということだが、実際は日本人のプロデューサーの企
画による作品。製作費も日本側が拠出したようで、キネマ旬
報のリストでは日本映画の扱いになっている。
メルボルンに実在する「ヴィクトリア・カレッジ・オブ・ア
ーツ(VCA)」という芸術学校をモティーフに、入学も難
しいし、しかも1年間で成果が現れないと強制退学という厳
しい条件のもとで切磋琢磨する若者たちを描く。
物語は、日本からやってきた男女の留学生を中心に、そこに
才能豊かなバレリーナや、母親の期待を背負うヴァイオリニ
スト、映画監督を目指す男子学生などが絡むという展開。
ただし、役柄がどれもステレオタイプの域を出ていない。
しかもそこにホモだのレズだという問題を持ち込むことは、
今の時代では何の新鮮味もないし、「ああ、またか」という
お話になってしまった。監督が新人ということであえて苦言
を呈することにするが、何となく学校の卒業製作を見せられ
た感じだった。
結局のところ監督(脚本も )は、プロデューサーの企画に乗
せられた訳だから、そこに無理矢理お話を作ることの難しさ
は理解するが、それにしても、特に後半の復讐戦に出る辺り
からは、もう少し捻った展開を見せて欲しかった。

とは言うものの、学校はモティーフにしただけとは言いなが
ら、その学校の評価を落としかねないような内容の物語を、
その学校の協力で撮影するというのも大胆な話で、学校側の
度量には感心した。
まあ卒業製作なら、それもありかなというところだが。

出演は、日本人留学生を、モデル出身の高橋マリ子と、『ウ
ルトラマンコスモス』の杉浦太陽。他は、オーストラリアの
新進の俳優たちが共演している。また、作品中に登場する芸
術作品にはいろいろ面白いものもあった。
脚本・監督のギャヴィン・ヤングスは、次回作にはカンヴォ
ジアの知的障害者の若者を主人公にした作品を準備中とのこ
とで、今度は自分の企画なのかな。完成したら見せてもらい
たいものだ。



2007年03月20日(火) ボンボン、女帝、フランドル、キャラウェイ、それでも生きる子供たちへ、300、ルオマの初恋、イノセント・ワールド

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ボンボン』“BOMBON-El Perro”
日本での登録は数10頭だけというドゴ・アルヘンティーナと
いう種類の犬を巡って、その犬種の原産地アルゼンチンを舞
台にした作品。
不況下のアルゼンチンで、主人公は最近ツイていない初老の
男性。長年ガソリンスタンドに勤めていたが、経営者が変っ
てあっさり馘になってしまったのを切っ掛けに、やることな
すこと上手く行かなくなってしまう。
そんな男が、ふとしたことから1頭の犬を飼うことになる。
しかし家族は猛反対。そこで止むなく車に乗せて放浪するこ
とになるが、その内、その犬が幸運をもたらし始める。それ
は倉庫の見張りに始まり、やがてドッグショウで評判になっ
て、種付けの依頼も舞い込むが…
アルゼンチンの不況もかなり深刻なようだが、そんな中で人
の情と信頼が次々に幸運を呼び集める。他愛もない話だし、
幸運が次々にやってくるというのも、言ってみれば甘い話だ
が、今の時代にそんな夢物語でも良いじゃないかという感じ
の作品だ。
ドゴ・アルヘンティーナという犬種は、マスティフ、ブルド
ッグ、ブルテリアを交配させて作り出され、元は闘犬用に育
成され、ピューマ狩りの狩猟犬としても使われているという
ことだが、ウェブで調べると性格はかなり獰猛とも紹介され
ていた。
ところが映画に登場する犬は、実は世界各地のドッグショウ
で受賞歴多数の名犬だそうだが、これが何と言うか動きや表
情が如何にも朴訥という感じで、幸運をもたらす犬というイ
メージにピッタリな感じだった。
一方、人間の出演者は、子役の1人を除いては全員が素人だ
そうで、本業は、監督が車を置く駐車場の係員だったり、映
画用の動物のトレーナーや映画配給業者、さらに学校の先生
だったりもするようだが、いずれもその自然な演技が実に素
晴らしい。
実は監督は、一種のドキュメンタリー的な手法で演出を行っ
ているそうだが、特に主人公が賞賛を受けたときの表情は、
実際に彼に賞賛を浴びせてその瞬間を捉えたものということ
で、これにはプロの俳優も適わないだろう。
映画の演出の手法もいろいろあるが、こんな撮り方もあると
いう見本のような作品だ。

『女帝』“夜宴”
シェークスピアの『ハムレット』を基に、古代中国の五代十
国の時代を舞台に物語を再構築して描いた中国映画。
皇帝の地位を巡って、夫婦や兄弟が殺し合った戦乱の時代。
ある国の皇帝が宮廷内で蠍に刺されて崩御する。そのとき皇
太子は、遠い国に隠遁生活を送っていたが、彼の許にも刺客
が迫り、からくも難を逃れた彼は都へと馬を走らせる。
実は、彼には若い頃に愛し合った女性ワンがいたが、彼女が
父皇帝の後妻になったために宮廷を離れ、隠遁を送っていた
のだ。しかしそのワンは、父皇帝を暗殺したと見られる新皇
帝リーの王妃となることを表明する。
一方、皇太子には宰相の娘シンチーが想いを寄せていたが…
この物語を、王妃ワンにチャン・ツィイー、皇太子にダニエ
ル・ウー、新皇帝リーにグォ・ヨウ、チンシーにジョウ・シ
ュン。その他、マー・チンウー、ホァン・シャオミンらの共
演で描き出す。
しかもアクション監督として『マトリックス』などのユエン
・ウーピンが参加、要所にはワイアーアクションが満載され
ているという作品。そしてこのアクションを、ツィイーと、
2004年に紹介した『レディ・ウェポン』などのウーが華麗に
決めている。
監督は、2003年に『ハッピー・フューネラル』という作品を
紹介しているフォン・シャオガン。それに、『グリーン・デ
ィスティニー』で共にオスカーを受賞した美術のティム・イ
ップと音楽のタン・ドゥンが協力して作り上げた。
『ハムレット』は、昔のソ連版を見た記憶がある程度だが、
シェイクスピアの原作がこんなにアクション満載になってし
まうとは…人の頭上を飛び越えたり、屋根から屋根へ飛び移
ったり、よくぞやってくれたという感じの作品だ。
一方、映画の中には、ウーやシュンによるちょっと不思議な
仮面舞踊も挿入され、その振り付け師の名前などの紹介はプ
レス資料になかったが、それぞれ興味深かった。また壮大な
宮廷の外観などの風景にはCGIも使われていたようだが、
それも見事だった。
ただし、『ハムレット』と言われると、ファンタシー好きの
僕などは父王の幽霊のシーンを期待してしまうものだが、そ
れは今回は登場しなかったようで、それだけがちょっと残念
だったかなという感じの作品だ。

『フランドル』“Flandres”
フランス映画祭上映作品。
本作は昨年のカンヌで審査員グランプリを受賞している。
フランス北部の農村地帯フランドル。人影もまばらで寒々と
した風景の中、性に奔放な女と男たちの繋がりが綴られて行
く。ところが、そんな村の若者たちに召集令状が届き始め、
彼らは戦地へと駆り出されて行く。そして彼らは、そこで地
獄を見ることになる。
一方、それは彼らを待つ女にも、悲劇をもたらす。
戦場に駆り出される若者と、故郷に残された女性という構図
は、アンソニーミンゲラ監督の『コールド・マウンテン』に
も似ている。しかし、ミンゲラ作品でも描かれた戦争の愚か
しさは、現代の戦争を描くこの作品ではさらに狂気を伴った
悲劇を描き出す。
フランスが参戦しているその戦争がどこで行われているかは
明示されないが、砂漠とジャングルのある国で、ゲリラとの
戦いに巻き込まれているようだ。そこで彼らはゲリラ掃討作
戦に従事するが、それは男と見れば銃殺し、女は輪姦すると
いう凄絶なものだ。
ミンゲラの作品では、戦争は愚かしく描いても、人間の尊厳
は保たれていたと思う。しかし現代の戦争を描くとき、人間
の尊厳の欠片もそこには描かれない。イラク戦での捕虜虐待
などがそれを現実として報じているものだ。
戦時でもジュネーブ条約などは遵守されると信じていたが、
それが反故にされたのは何時ごろからなのだろう。戦争が国
の威信をかけた戦いであった時代から、主義や教義を旗印に
したものに変ったとき、戦争の意味も変ってしまった。
なおこの作品では赦しも描かれる。だがそれは、戦争の狂気
が起こした罪に対するものではないことは確認しておくべき
だろう。この映画の制作者は、戦争犯罪は赦してはいない。
むしろそこでの微かな善を描こうとしているかのようだ。
監督のブリュノ・デュモンは、1999年発表の『ユマニテ』で
もカンヌで審査員グランプリを受賞しているが、メッセージ
性の強い作家として論議を呼ぶことが多いようだ。しかし本
作のメッセージは、僕には素直に受け取れるものだった。

『キャラウェイ』
Webなどで作品を発表している日高尚人という監督による
プロローグ+10作品の短編集。
プロローグは、デートに出かける男女をマルチスクリーンで
描いた実験的作品。本編の1本目は最近男と別れた女性に架
かってくる電話の話。2本目はSF映画を話題にする若者た
ちの話。3本目は25歳童貞男の焦りを描いた作品。
4本目は両親のいない兄弟の機微を描いた作品。5本目は女
の殺し屋を主人公にした物語。6本目はカップルの日常会話
を描いた作品。7本目は昼休みの公園で1輪の花を巡る2人
の男の物語。
8本目は新聞配達と投入口に挟まった手紙の話。9本目はド
ラゴ★ボールに奇跡を願う男の話。10本目は別れた男女の最
後の一瞬を描く物語。
という11本だが、何と言うかテーマも何もばらばらな11本の
寄せ集めというような作品。しかも、それぞれの話は何か当
り前すぎるというか、一応の落ちはあるが捻りはあまりなく
て、正直なところは、見ていて物足りなさを感じ続けた。
ところが、実はこの作品にはちょっとした仕掛けがあって、
この仕掛けが過去に類例のあるものかどうかは判らないが、
これはちょっとやられたという感じがしたものだ。
でもこれは、短編集としてはルール違反な感じもするところ
で、ショートフィルムの鬼才という冠が付いている監督の作
品としては、その辺でちょっと引っ掛かりもした。
まあ、若い人にはこれで受けるのかも知れないが、ここから
何かが生み出されてくるものとも思えない。特に今回の仕掛
けは、一度目は良いが、二番煎じを見たら多分腹を立てるこ
とになりそうな代物だ。
ただし、今回の仕掛けも含めた作品全体の感性みたいなもの
にはちょっと注目したいところもあるので、次の作品(でき
たら長編)を見てみたい。そして仕掛けに関しては、取り敢
えずしばらくは封印してもらいたいものだ。
なお、脚本は雫高徳という名義になっているが、この人の紹
介がプレス資料になかった。仕掛けの部分との関係も含めて
この脚本家のことも気になった。

『それでも生きる子供たちへ』
            “All the Invisible Children”
イタリアの女優の呼びかけから、ユニセフとWFPの協賛で
製作された世界中の過酷な境遇の中で切らす子供たちを描い
たオムニバスドラマ。この呼びかけに、スパイク・リー、リ
ドリー・スコット、それにジョン・ウーらが共鳴して、それ
ぞれの国を舞台にした7本の作品が作られた。
その1本目は、アフリカを舞台に、12歳の少年兵の姿が描か
れる。2本目は、セルビア・モンテネグロを舞台にした刑務
所を出所したばかりの15歳の少年と子供を使った窃盗団の物
語。3本目は、アメリカを舞台に両親が麻薬常習者でエイズ
の10代の少女の物語。
4本目は、ブラジルを舞台に、空缶や段ボールを集めて小銭
を稼ぎ暮らしている兄と妹の物語。5本目は、戦場での体験
による幻覚におびえるイギリス人カメラマンの物語。彼は故
郷の森で出会った子供たちに導きで、戦時下の子供たちのし
たたかな姿を知る。
6本目は、イタリアを舞台に、ナポリの窃盗団の下っ端とし
て働く少年の物語。そして7本目は、中国を舞台に裕福だが
両親が離婚した家の少女と、道端に捨てられ貧しい老人に拾
われた少女の物語。
これらの物語が、それぞれの国の監督の下、それぞれの現地
で撮影されている。ただし、アフリカ編はアルジェリア出身
のフランス人監督によってブルキナ・ファソで撮影されたも
のだが、内容は監督の実体験に基づいているようだ。
7本の中では、リドリー・スコット(娘のジョーダンとの共
同監督)の作品が、ちょっとファンタスティックな描き方で
他とは違った雰囲気になるが、他の作品はそれぞれ現実に則
した出来事を描いている。
一方、セルビア・モンテネグロとイタリア、ブラジルの作品
は多少似た感じになっているが、結局子供の不幸の裏には、
大人の思惑が絡んでいるというのは、共通の認識になるよう
だ。それはアフリカの物語にも共通するかも知れない。
それに対して、アメリカと中国の物語は、他の作品とは違っ
たそれぞれの国の深刻な現状を描いている。そしてドラマと
しての作品の質も高く、さすがにスパイク・リー、ジョン・
ウーの作品という感じがした。
因に、この作品の収益金は、ユニセフとWFPに寄付される
ということだ。

『300』“300”
100万のペルシャ軍に戦いを挑んだ300人のスパルタ精鋭部隊
の物語。『シン・シティ』の映画化では共同監督問題で物議
を醸したフランク・ミラーが、1998年に発表した自作の歴史
グラフィックノヴェルを自らの製作総指揮で映画化した。
古代ギリシャの王国スパルタ。そこでは、数々の掟に基づい
て子供たちを訓練し、勇猛果敢な兵士に育てる伝統が守られ
ていた。そして現王レオニダスは美しい妻と共に、その国を
治めていた。
そこに、東方アジアの国々を支配するペルシャが、その矛先
をギリシャに向けたとの報が届く。それを聞いたレオニダス
は、スパルタ軍を率いて迎え撃つ作戦を立てるのだが、折悪
しくスパルタは神々への感謝を表わす祭礼の時期に在り、そ
の出兵は神官たちに禁じられてしまう。
しかしレオニダスはその禁を破り、王の身辺警護の名目で集
められた300人のスパルタの精鋭を率い、ペルシャ軍の進撃
を食い止めるべく出撃するのだが…
西暦紀元前480年8月。圧倒的な数的優位に立つペルシャの
進撃を、3日間に渡って食い止め、さらに敵に甚大な被害を
及ぼし、結果その後に続いたギリシャ全土の蜂起によってペ
ルシャの野望を打ち砕いたというテルモピュライの戦いを、
グラフィックノヴェルの雰囲気そのままにCGI技術を駆使
して再現している。
圧倒的な敵軍を山間の隘路に誘い込み、大軍の利点を削いで
迎え撃つという作戦は、この他の戦いでも時々見かけるが、
その作戦を最初に編み出したのがこのレオニダスだったとい
うことだ。そしてこのテルモピュラスの戦いは、現在もアメ
リカ陸軍士官学校で、作戦研究のテーマの一つとして使われ
ているとも言われている。
またミラーはこの原作の執筆に当っては現地テルモピュライ
にも足を運び、作者自身が渾身の1作と称している作品とい
うことだ。なお、この原作は5月に翻訳が出るそうだ。
監督は、『ドーン・オブ・ザ・デッド』のザック・スナイダ
ー。CMやMTV出身のスナイダーは、本作を野外撮影は1
カットのみという徹底したCGI優先で映像化し、ミラーの
原作の雰囲気を忠実に再現している。
出演は、レオニダス王に『ドラキュリア』『サラマンダー』
『タイムライン』、そしてロイド=ウェバーが製作した映画
版『オペラ座の怪人』ではタイトルロールに扮したジェラル
ド・バトラー。他に、『地獄の変異』のレナ・ヘディーが王
妃を演じている。

『ルオマの初恋』“婼玛的十七歳”
中国南部雲南省を舞台に、その地に暮らすハニ族の少女と、
都会からやってきたカメラマン志望の青年との交流を描く。
雲南は、平地では亜熱帯気候でバナナやパイナップルもなる
という土地だが、映画の舞台となるのは標高1500〜2000mの
山岳地帯。その山頂まで築かれた棚田は、全長数100kmに及
び、その景観はユネスコの世界自然遺産にも登録されている
というものだ。
確か日本の棚田(千枚田)もユネスコに申請していたと思う
が、その規模の違いはちょっと言葉を失うくらいだ。しかも
ここでは常に水が張られているということで、その美しさは
いつか本物を見に行きたいと思わされるほどのものだった。
そんな風景を背景に、17歳の少女ルオマの初恋が描かれる。
少女は、祖母と2人暮らし、祖母が茹でるトウモロコシを露
天で焼いて観光客などに売っているが、はかばかしい稼ぎが
有るわけではない。
そんなある日、都会からやってきて現地で写真館を営む青年
がトウモロコシの纏め買いをするが、実は現金の持合せがな
く、変わりにヘッドフォンステレオを置いて行く。これで初
めて外国の音楽に触れた少女は、ちょうど帰省した幼馴染み
の少女の言葉などから、都会への憧れを持つようになる。
一方、民族衣装に纏った少女が、外国人観光客の格好の被写
体になっていることに目を着けた青年は、金を取って彼女を
モデルにすることを思いつく。そして2人は、観光スポット
で商売を始めるが…
純朴な少女と都会の青年という構図では有るが、少女だって
全く無知という訳ではない。だから物語としては、まあ我々
が見ていてもその経緯は納得もできるし、普通に初恋物語と
して見ることのできるものだった。
そしてその合間に、ハニ族のいろいろな風習や伝統の歌声な
ども登場して、それも楽しめる作品になっている。さらに雄
大な棚田の景観も楽しめるというものだ。
なお、主人公ルオマを演じたリー・ミンは、監督がこの作品
のために現地で見つけ出した実際のハニ族の少女ということ
で、その後に別の作品にも出演しているが、現在は大学に通
っていて女優を続けるかどうかは決めていないそうだ。

『イノセント・ワールド』“天下無賊”
『女帝』のフォン・ガオシャン監督による2004年作品。本作
は2005年の正月映画として公開され、同時期の『カンフー・
ハッスル』を押さえてナンバー1を記録したそうだ。
主演は、アンディ・ラウと、台湾出身の歌手でもあるレネ・
リウ。『女帝』では新皇帝役のグォ・ヨウ。さらに『シルバ
ーホーク』などのリー・ビンビン。他にワン・バオチアン、
チャン・ハンユーらが共演している。
ワン・ポーとワン・リーは、スリや詐欺などをしている男女
2人組。しかし、女性のリーはそろそろ稼業から足を洗いた
いと考えている。そして、詐欺で手に入れたBMWでラサを
訪れたとき、彼女は寺院の修復現場で働いていた純朴な青年
と出会う。
その青年は5年の年季を終えて故郷に帰ろうとしていたが、
純朴な彼は泥棒などいないと信じて5年分の給金を現金で持
ち歩いていることを広言してしまう。これを見たポーはその
金を奪うことを考え、リーはそれを守ることを決意して同じ
列車に乗り込む。
しかしその列車には、彼らの他に、組織された大人数の窃盗
団も乗り込んでいた。こうしてポーとリー、それに窃盗団の
三つ巴の戦いが始まるが…果たしてリーは青年の金を守り切
れるのか。
手品のようなスリのテクニックやかなり乱暴な強盗の手口。
またトリックなども次々に登場し、さらに列車の屋根の上で
のアクションなども満載の娯楽作品。物語上での多少のハプ
ニングは発生するが、全体の流れは緻密に計算されていて、
見応えも在った。
ラウのちょい悪ぶりも魅力的だし、リウの成熟した女性と、
対照的にコケティッシュさを発揮するビンビンも魅力的だっ
た。さらにヨウの窃盗団のリーダーと、バオチアンの純朴な
青年などのキャラクターも魅力的に描かれている。正月映画
ナンバー1の記録も頷ける作品だ。
なお、映画のオープニングを、サンパウロ生まれの日系人歌
手小野リサが歌う『ラヴィアン・ローズ』が飾っている。



2007年03月15日(木) 第131回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 今回も記者会見の報告から。
 4月28日に日本公開される『バベル』のアレハンドロ・ゴ
ンサレス・イニャリトゥ監督の来日と、日本人キャスト3人
による記者会見が行われた。一般的な会見の内容は他でも報
道されると思うので、ここでは気になった話題を一つ。
 会見の中で東京での撮影について質問が出て、監督からは
「首都高速のシーンでは日曜日の早朝にスタッフの車で渋滞
を作り撮影をしたが、20分後には警察車両が来て、『撮影を
止めなさい』という注意を聞きながらの撮影だった」とか、
「渋谷街頭のシーンでは、マスクをつけて顔を隠し、学生運
動のゲリラのような格好で撮影した」などの苦労が紹介され
た。それに併せて「東京もFilm Commissionを作って、撮影
に協力して欲しい」という要望も出された。
 実際、東京での撮影には、警察などの許可がほとんど下り
ず、かなり苦労したことが試写会でのプレス資料にも報告さ
れていたものだが、実は、都庁には2004年に発足した「東京
ロケーションボックス」という部署があって、そこがそうい
う要望に応えるようになっているはずのものだ。しかし今回
は、そういう機関が利用されなかったのか、それとも利用し
ても機能しなかったということなのだろうか。
 自らの製作総指揮で映画を作るような都知事のいる日本の
首都で、海外の映画人からこういうことを言われるのは、本
当に情けない。またこれでは、去年12月に紹介した『パリ、
ジュテーム』のような作品を東京で作ることなど、夢のまた
夢なのかな、とも思ってしまう。結局、日本の文化面の施策
レヴェルの低さが露呈されたということのようだが、それが
日本の現実なのだろう。
        *         *
 さて、以下は製作ニュースを紹介しよう。
 まずは、『ディパーテッド』で待望のオスカーを受賞した
マーティン・スコセッシの次なる監督向けとして、ワーナー
が“The Invention of Hugo Cabret”という子供向けベスト
セラー小説の映画化権を獲得したことを発表した。
 この原作は、ブライアン・セルズニックという作家が執筆
したもので、物語の舞台は1930年代のパリ。鉄道駅で暮らす
12歳の孤児の少年が不思議な事件に巻き込まれるというお話
だが、そこには亡くなった父親や、ロボットも登場するとい
うことだ。そしてこの脚色を、2004年の『アビエイター』を
手掛けたジョン・ローガンが担当して、執筆は直ちに始める
としている。
 ローガンは、撮影中の“Sweeney Todd”の脚本も担当して
いるが、『グラディエーター』や『ラスト・サムライ』など
現実的な物語の中にファンタスティックな要素を感じさせて
くれるのがうまいと思える脚本家だ。しかし、『ネメシス』
や『タイムマシン』のようなもろにSFだと、却って力が入
り過ぎてしまうようで、今回のような作品ではそれがどう出
るか、期待も大きくなるところだ。
 それにしても、スコセッシ監督で子供向けベストセラー小
説の映画化というのも不思議な感じだが、ロマン・ポランス
キーも『オリバー・ツイスト』を撮ったし、それに1976年の
『タクシー・ドライバー』では、撮影時13歳のジョディ・フ
ォスターにオスカー助演賞候補をもたらしているのだから、
その面でも期待が高まる。
 ただし、スコセッシは先日パラマウントとの優先契約を結
んで、それによると彼が監督、若しくは製作する全作品の権
利の半分をパラマウントが所有することなっているようだ。
それに対して今回のワーナーの企画がどのような位置付けか
は不明だが、因に、ワーナーで以前から発表されている遠藤
周作原作による『沈黙』の計画に関しては、その契約からは
除外ということだった。
 一方、スコセッシは、パラマウントでミック・ジャガーの
製作によりロック音楽の歴史を描く計画を、『ディパーテッ
ド』のウィリアム・モナハンの脚本で進めることも発表して
おり、さらに『ディパーテッド』の続編や、エリック・ジャ
ガー原作の歴史物で“Last Duel: A True Story of Crime,
Scandal and Trial by Combat in Medieval France”という
計画もあって、どれが次回作かは未定のようだ。
        *         *
 昨年第115回でロン・ハワード監督の計画として報告した
“The Changeling”という作品が、イマジン=ユニヴァーサ
ルの製作はそのままだが、監督をクリント・イーストウッド
が担当、主演にアンジェリーナ・ジョリーが話し合われてい
ることが公表された。
 この計画では、ハワードに関しては前回報告の当時から他
の計画が目白押しで難しいかも知れないとされていたものだ
が、そこにイーストウッド監督とは意外な展開だった。
 内容は、以前に紹介したように1920年代のサンフランシス
コで起きた実際の事件に基づくもので、若い母親が子供を誘
拐され、一心に神に祈った結果子供は見つかるが、それは彼
女の子供ではなかった…というもの。この母親役をジョリー
が演じることになるようだ。
 因に、オリジナル脚本を手掛けたマイクル・ストラチンス
キーは、第114回で紹介したブラッド・ピット製作のゾンビ
企画“World War Z”の脚色も手掛けており、ジョリーの参
加がその辺から来た可能性はありそうだ。なお、ジョリーは
“The Mighty Heart”と“Beowolf”の2作の撮影は終了し
ており、次には第111回で紹介した“Atlas Shragged”の計
画も進んでいるものだが、本作“The Changeling”の撮影は
今年後半に予定されていて、スケジュール的には問題はなさ
そうだ。
        *         *
 3回連続の登場で、『ソウ2』『3』のダレン・リン・ボ
ウスマン監督が、1981年公開のデイヴィド・クローネンバー
グ監督作品“Scanners”のリメイクに挑戦することが、ワイ
ンスタイン兄弟が主宰するTWC傘下のジャンルブランド=
ディメンションから発表された。
 超能力者たちの壮絶な闘いを描いたオリジナルは、革新的
なホラー作品と評価され、その後に派生作品も何本か作られ
ているが、今回の計画はクローネンバーグが直接タッチした
第1作をリメイクするものだ。
 そしてこの計画自体は、2002年の第21回でも一度紹介して
いるが、当時は『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』などの
アーチザンがリメイク権を設定して進めていた。しかし実現
しないままその権利が最近失効し、今回は当時のアーチザン
のトップだったリチャード・サパースタインと、ワインスタ
イン兄弟が、権利を再設定して進めるというものだ。つまり
このリメイクは、サパースタインがどうしてもやりたくて、
いろいろな手段を講じてきたもので、それがようやく実現の
目処が付いたということのようだ。
 さらに今回の計画では、脚本を、『ブレイド』シリーズや
『バットマン・ビギンズ』のデヴィッド・ゴイヤーが担当す
ることも発表されている。因にボウスマンは、前回報告した
“Saw 4”と“Repo!”の後にこのリメイクを行う予定だが、
ゴイヤーもそれに合わせて脚本を完成させるとのことだ。
 なお、今回の製作者には、“Saw”シリーズと“Repo!”も
手掛けるツイステッドピクチャーズのトップの名前も並んで
おり、ボウスマンの仕事をサポートするようだ。また、ボウ
スマンとワインスタインは2作品の契約を結んでおり、今回
はその1本目となるものだ。
        *         *
 第128回でちょっと心配な情報として紹介したM・ナイト
・シャマラン監督の新作“The Green Effect”(現在“The
Happening”と改題されている)について、この映画化をフ
ォックスで進めることが発表された。
 この作品については、以前に紹介したように、自然災害と
人類との壮大な闘いを描くという内容のもので、総製作費は
5400万ドル程度で問題なかったが、内容面で各社が難色を示
していた。その中で、フォックスが大幅な書き直しを要求し
たという情報があったものが、実際には同社CEOのトム・
ロスマンから書き直しの示唆があったということで、その示
唆に従って書き直しを行ったところ、今度は各社からの申し
入れが殺到したのだそうだ。
 しかしロスマンへの義理立てと、内容的に『インディペン
デンス・デイ』や『デイ・アフター・トゥモロー』などにも
つながる終末もので、その種の作品の宣伝ノウハウを知る同
社が最適と考えられたようだ。なお、具体的な書き直しは、
恐怖心を煽るような描写の強化だったようで、このため本作
はシャマラン初のRレイト作品になるだろうとのことだ。
 また、今回の計画では、『シックス・センス』『アンブレ
イカブル』を共に作り上げた製作者バリー・メンデルが再度
製作に加わることになり、彼の意見も有効だったようだ。
 因にシャマランは、「他人の意見に聞く耳を持たなかった
つもりはないが、一つの場所に安住して他人の意見を聞く状
況にもなかった。しかし今回は、脚本を持っていろいろなス
タジオを回り、いろいろな意見交換をして、それが認めても
らえることになった。」と、今回の経験を前向きに評価して
いるようだ。
 一方、シャマランは、第127回で紹介した“Avatar: The
Last Airbender”の計画もパラマウントで進めているものだ
が、その脚本はまだ執筆中で、その作業は8月にフィラデル
フィアで開始される“The Happening”の製作に並行して続
けるとのことだ。なお“The Happening”の公開は、2008年
6月に予定されている。
        *         *
 次はユニヴァーサルが、“Three Men Seeking Monsters:
Six Weeks in Pursuit of Werewolves,Lake Monsters,Giant
Cats,Ghostly Devil Dogs and Ape-Men”という本の映画化
権を獲得、“Napoleon Dynamite”などのジョン・ヘダーの
主演で映画化することを発表した。
 この原作は、ニック・レドファンというイギリス人が執筆
して、アメリカでは2004年に出版されたものだが、実はこの
レドファンは、cryptozoologist(未知動物学者)と呼ばれ
ている人だそうで、UFOやミステリーサークルなどの研究
でも知られている人物のようだ。
 しかもこの原作では、これらの未知動物が次元の異なる世
界の生物だと結論付けているとのことで、これはかなりやば
そうな雰囲気のものだ。因にアメリカの報道でこの原作は、
3人の男が主人公の小説となっていたが、イギリスの読者は
そうとは取っていないようで、その辺も微妙なところだ。
 なお、アメリカの報道に掲載された概要では、今まで別々
にモンスターやUFOを追っていた3人の男が、一致協力し
てイギリス各地のモンスターやUFOの出現スポットを調査
するというもの。そしてイギリス側の紹介では、3人の内の
1人がレドファンで、地元住民へのインタヴューなどの調査
の様子が記録されたものということだ。
 この原作をどのように映画化するかは明らかではないが、
少なくともヘダーはコメディ映画中心で活躍している人で、
今回の映画化にはジョンの他に、ダグ&ダンのヘダー兄弟も
企画に参加しているということだから、多分、誰もが想像す
るところは間違いないと思われるものだ。
 一方、関連の情報では、ずばり“The Cryptozoologist”
と題された計画がニューラインで進められていて、こちらは
デイヴィッド・ジルクレストという脚本家のオリジナル作品
の映画化。上記のようなモンスター・クリーチャーが、突然
サンフランシスコに出現するというお話だそうだ。
 この2作品、物語的には全く異なるものだが、この手のモ
ンスター・クリーチャー物がブームになる可能性もありそう
で、これはちょっと楽しみなことだ。
        *         *
 第128回で紹介した2008年公開のピクサー作品“Wall-E”
について、少し詳しい内容が報告された。
 それによると、物語の設定として、登場する地球は汚染が
進み、人類は地上に住むことをあきらめ、全ての生物は軌道
上に漂う巨大宇宙船の中で暮らしている。そして、地球が再
び住めるようになる日を待っているということだ。
 一方、その地球の汚染を取り除くため、膨大な数のロボッ
トが地球に降ろされたが、Waste Allocation Load Lifter--
Earth Classと名付けられたそのロボットたちは、時間と共
に徐々に機能を停止し、物語の開始時点では唯1台のロボッ
トが機能しているだけという状況になっている。
 そして、最後のロボットWall-Eは、今日もスポットと名付
けたペットのゴキブリと共に、プログラムされた任務を遂行
しようとしているが…となるようだ。
 このロボットの知能がどのくらいあるのかは判らないが、
プログラムされた任務を遂行するためだけに、毎日を繰り返
しているというのは、ちょっとサラリーマンの生活を思わせ
て、切なくもなるところだ。
 また、以前の紹介で背景が火星というのは実は地球だった
ようだが、宇宙の彼方にある家族の住む家が軌道上の宇宙船
というのは案外近くていろいろな関わりも生じそうだ。しか
もここからの展開は、人類の関り方次第でどうにでも発展す
るわけで、ドラマティックな物語が楽しめそうな設定だ。
 CGIアニメーションによるロボット物ではすでに公開さ
れた作品もあるが、さすがにピクサーはちょっと違った作品
を見せてくれることになりそうだ。
 なお、ピクサーの公開予定では、今年“Ratatouille”、
来年に“WALL-E”、そして2009年には“Toy Story 3”と発
表されていたが、この内の“Toy Story 3”が2010年に延期
されるという発表が行われたようだ。それはまあ製作の都合
で仕方がないが、それで2009年のスケジュールが空くのは問
題で、そこに何が公開されるか発表が待たれている。
 因に、2008年公開の“WALL-E”も発表は今年になってから
だったから、それほど急ぐようことのようには見えないが、
実はピクサーがロボット物をやるという情報はかなり前から
流されており、それなりの準備はあったということで、現在
そのような情報があるのかどうか、気になるところだ。
        *         *
 続いては、ヨーロッパ発の情報を短く2本紹介する。
 まずはマドリッドに本拠を置くイリオン・アニメーション
という会社が、製作費5000万ドルを投じて“Planet One”と
いうCGI作品の製作を発表した。
 この作品は、『シュレック』シリーズを手掛ける脚本家の
ジョー・スティルマンが執筆した脚本を映画化するもので、
内容は、2本の触覚と8本の指を持った住人の暮らすプラネ
ット・ワンという惑星に対する異星人の侵略を描いている。
その惑星は、ちょうど1950年代のアメリカの郊外のような世
界で、ドライヴイン劇場があったり、根強い異星人の侵略に
対する恐怖心があったりもするが…というものだ。
 そして監督には、スペインのパイロ・スタジオというとこ
ろから発表されている“Commandos”というヴィデオゲーム
シリーズで、制作のチーフを務めるジョージ・ブランコとい
う人が起用されることになった。因にイリオンは、パイロ・
スタジオの映画製作部門ということだ。
 『シュレック』の脚本家ということでは、相当にパロディ
色の強い作品になりそうだが、1950年代の侵略SFもいろい
ろあるから、これは面白い作品になりそうだ。なお、パイロ
・スタジオでは“Planet One”のゲーム化も並行して進めて
いるそうだ。
 ヨーロッパ発もう1本は、イギリスのダニー・ボイル監督
の計画で、アフリカ大陸1高い建物といわれる南アフリカ・
ヨハネスブルグに立つ54階建てのポンテ・タワーを舞台にし
たスリラー作品、その名も“Ponte Tower”という作品が進
められている。
 このポンテ・タワーは、1975年の建設当時は、アパルトヘ
イト下での裕福な白人社会のシンボルとも呼ばれ、「地上の
天国」との異名まで冠されたというものだが、その後は荒廃
してギャング団の巣窟にもなっていたということだ。そして
物語は、アパルトヘイトの末期にソエトからこのポンテ・タ
ワーにやってきた少女が、混乱の中を生き抜いて行く姿を描
くとされている。
 なおこの物語は、ドイツ人の作家ノーマン・オーラーの原
作に緩やかに基づくとされているが、その脚本を、1989年の
『スキャンダル』などで物議を醸したマイクル・トーマスが
担当しているものだ。
 製作は、イギリスと南アフリカの共同で行われる予定で、
撮影も現地で行うとされている。珍しい土地での映画には興
味が湧くところだ。
        *         *
 最後に、キャスティングの情報をまとめて紹介する。
 まずは、“Harry Potter”シリーズ主演のダニエル・ラド
クリフが、シリーズ最後の2作への出演契約を結んだことが
発表された。これはラドクリフ自身のウェブサイトで公表さ
れたもので、それによると、今年9月に撮影開始の“Harry
Potter and the Half-Blood Prince”と、その後に撮影され
る最終作“Harry Potter and the Deathly Hallows”につい
ても出演契約を結んだということだ。これで、当初は第3作
までと言われたラドクリフが、全作品でハリー・ポッターを
演じることが決定したものだ。なお、映画化第5作『不死鳥
の騎士団』は7月13日の全米公開が予定されている。
 いよいよ撮影が開始された“Get Smart”の劇場版映画化
に、オスカー助演賞を受賞したばかりのアラン・アーキンの
出演が発表された。役柄は、オリジナルではエドワード・プ
ラットが演じたCONTROLのチーフということで、これ
で、主演のスティーヴ・カレル、アン・ハサウェイ、さらに
第128回で紹介したドウェイン・ジョンスン、テレンス・ス
タンプと併せ、主要な役柄はすべて揃ったことになる。アー
キンへの出演交渉は受賞式前から行われていたのだろうが、
良いタイミングの発表で強力な助っ人という感じだ。
 『バットマン・ビギンズ』の続編“The Dark Knight”の
配役で、前作ではケイティ・ホームズが演じたレイチェル・
ドーズ役に、『主人公は僕だった』などのマギー・ギレンホ
ールが話し合われているということだ。ギレンホールは、何
となくインディペンデンス系という感じの女優だが、最近は
ハリウッドの大作にも顔を出すようになって、遂にテントポ
ール作品のヒロインということになりそうだ。因にホームズ
は、先に“Mad Money”という作品に出演が決まっており、
その発表の時点で続編への出演はないとされていた。“The
Dark Knight”の撮影は、今年の春後半か夏の初めに開始さ
れ、公開は2008年夏の予定になっている。
 もう1本は、残念な情報で、何度か紹介している“Bunny
Lake Is Missing”のリメイクについて、リーズ・ウィザー
スプーンの降板が発表された。この計画は当初からウィザー
スプーンが自らのプロダクション=タイプAで進めていたも
のだが、ようやく決まった監督のジョー・カーナハンとの意
見が対立し、結局彼女が降りることになったものだ。ただし
撮影は、監督のスケジュールの都合で4月開始を動かすこと
が困難になっており、製作会社のスパイグラスは早急に後任
のスター女優を探さなくてはならないようだ。



2007年03月10日(土) スパイダーマン3(特)、きみにしか聞…、こわれゆく世…、心配しないで、逃げろ!いつか戻れ、待つ女、ストーン…、CALL ME ELISABETH

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『スパイダーマン3(特別映像)』
4月16日に日本でワールドプレミアが開催され、5月1日に
世界最速公開される新作の約30分の特別映像が披露された。
前作『2』のときにも特別映像が披露されたものだが、前回
の時はワイアフレームの映像などもあってメイキングに近い
感じのものだった。
しかし今回は、多分本編の前半部分の抜粋で、高層クレーン
がビルを襲うアクションや、親友ハリーの化身ゴブリンとの
闘い、サンドマンとの闘いなどが次々に紹介された。特に、
サンドマンには彼の背景なども含めて編集されていた。
ただし、今回のメインの敵はヴェノムになるはずだが、その
部分は巧妙に隠されていた感じで、さらに興味をそそられる
感じがしたものだ。
他に、メリー・ジェーンとの恋の行方なども登場はしたが、
ここにも隠されている部分はたっぷりとありそうで、本当に
公開を待ち切れなくさせるようなものだった。
その一方で、今回出演しているはずのブライス・ダラス・ハ
ワードに関しては、映像も、プレス資料の紹介も一切なし。
情報によるとコミックスでのパーカーの恋人の役ということ
だが、ここにハワードクラスの配役なら、それなりに重要な
役柄となるはずだし、この辺も気になったところだ。
それにしても、ゴブリンとの闘いはビルの谷間を飛び回るス
ピード感も見事で、撮影から映像の完成までに2年間が掛け
られたというのは、掛け値なしに信じられる映像だった。
さらにこの闘いでは、ハリーとピーターの立場の違いが微妙
に反映される演出も見事で、これは本当に期待が高まったも
のだ。

『きみにしか聞こえない』
以前に『ZOO』という作品の映画化を紹介している乙一原
作の映画化。
乙一は短編の名手と呼ばれているようで、『ZOO』の映画
化も短編集だったものだ。本作は長編だが、原作には『きみ
にしか…』と共に『失はれる物語』という作品名も挙がって
おり、複数の短編を組み合わせて脚色が行われたようだ。
その脚色は、昨年『スキトモ』という作品を紹介している金
杉弘子が担当しているが、プレス資料では乙一本人が、「原
作でもこういうふうにすればよかったと、くやしい思いをし
たところがたくさんあった」と記しており、かなり独自な脚
本になっているようだ。
主人公は、校内で携帯電話を持っていないのは自分だけだろ
うと思っている女子高校生。でも気にはしていない。何故な
ら対人関係が上手く出来ず、携帯で話すような相手もいない
からだ。
そんな彼女が、ある日、公園で携帯電話を拾う。それは実は
通話などできない玩具の携帯だったのだが…その携帯に男性
から電話が掛かってくる。彼女は最初、自分の頭の中で作り
上げた空想だと思うが、ある方法でそれが実在の男性だと証
明される。
一方、その男性は、リサイクルショップで壊れた器具の修理
をしている青年だったが、実は彼は聾だった。そんな彼が、
頭の中の携帯では他人の声を聞き、普通にと話すことができ
る。こうして、普段は人と話すことのできない2人の交流が
始まる。
ここに、実は2人の時間に時差があるということや、第2の
女性との通話などが絡んで、物語は進んで行く。そしてクラ
イマックスでは、その時差の問題が見事に使いこなされてい
るものだ。特に最後の畳み掛けるような展開は素晴らしかっ
た。
それに、何しろ主人公たちが頭が良い。いろいろな状況を即
座に判断して次々に対処して行く。その展開が心地良くさえ
感じられたものだ。
時間を越えた男女の交流を描いた物語は、SF映画ファンの
目から見ると『イルマーレ』から想を得たのではないかと思
われる部分もあるが、そこからは違えられている部分が見事
に機能して、素敵な物語に仕上げられている。

出演は、『神童』の成海璃子と、『リンダ リンダ リンダ』
の小出恵介。監督は、テレビや映画の助監督を長く務めて、
これがデビュー作の荻島達也。なお、本編中に成海がピアノ
を弾くシーンがあり、『神童』を見た後ではちょっと微笑ま
しかった。

『こわれゆく世界の中で』“Breaking and Entering”
アンソニー・ミンゲラ監督による『コールド・マウンテン』
以来の監督作品。オリジナルの脚本もミンゲラが執筆したも
のだ。
主人公は、ロンドンの中心街で再開発プロジェクトを進める
建築家。彼の私生活にはパートナーの女性がいたが、彼女の
連れ子の娘のことで関係は破綻しかけている。一方、彼のオ
フィスが窃盗団に襲われ、その犯人を追った主人公は、犯人
の母親に目を留める。
そして最初は、犯人の確証を得るためにその母親に近づいて
行くのだが、親密になった彼女からは、ボスニアの戦時下で
英雄と呼ばれた夫を失い、息子だけ連れて逃れてきたという
境遇を聞くことになってしまう。
こうして、2人の女性への愛の狭間に立たされた主人公は、
やがてその2つとも失うかも知れない事態へと直面して行く
ことになる。
この主人公を、『コールド…』に続いてジュウド・ロウが演
じ、ボスニア難民の女性を、ミンゲラ監督の『インプリッシ
ュ・ペイシェント』でオスカー助演賞受賞のジュリエット・
ビノシェ。また、パートナーの女性をロビン・ライト・ペン
が演じている。
他に、『銀河ヒッチハイクガイド』のマーティン・フリーマ
ン、共に『デパーテッド』に出演のレイ・ウィンストン、ヴ
ェラ・ファーミガが共演。さらに、ラフィ・ガヴロン、ポピ
ー・ロジャースの2人の若手が素晴らしい演技を見せる。
因に、本作は2003年にイギリスで公開されているが、ワイン
スタイン兄弟のディズニーからの離脱などのトラブルの巻き
込まれて、アメリカでもようやく昨年になって公開された。
従って、共演の3人はそれぞれ記載の作品より前に出演して
いたものだ。
物語的には、2人の女性の間で自らの行動の結果に悩み苦し
む男を描いたものだが、最初の切っ掛けがどうであれ、主人
公の行動は軽率だし、男性である僕の目で観ていてこの主人
公の行動は、一概に許していいものかどうか悩むところだ。
しかも、物語は結果として、女性の理解の大きさに救われる
面も大きく、僕が観ている分にはほっとできるのだが、女性
の目にはどのように映るのだろうか?男性としては気になる
ところだ。

物語の展開は、巨大プロジェクトのプロモーションのCG映
像や、一方でガヴロンが演じる窃盗団の若者のアクロバティ
ックなアクションなど、いろいろな要素が満載され、約2時
間の上映時間は短くも感じられた。
それにしても、ロンドンのキングズクロス界隈があんな場所
とは知らなかった。

『心配しないで』“Je vais bien ne t'en fais pas”
19歳の少女がバカンスから帰ってくる。その家では、双子の
兄が父親との口論の末に家出をしたと言われる。しかし、そ
の口論の原因などははっきりしない。しかも平静を保とうと
する両親に少女は苛立ち、それが高じて彼女は拒食症になっ
てしまう。
そして、入院してもどんどん痩せ細って行く彼女に、病院側
は両手をベッドに縛り付け、強制的に栄養を供給しようとす
るが、それもなかなか上手く行かない。そして彼女の体力も
限界に来たとき、兄からの手紙が届いて一転、彼女は回復に
向かい始める。
その後も兄からの手紙は届くが、住所は転々として会いに行
くことはできない。しかもその手紙には父親への悪口が綴り
続けられる。それでも落ち着きを取り戻した彼女は、そんな
状況の中で恋人を見付けられるまでになるが…
予備知識なしで見ていて、物語の進展の仕方には驚かされ続
けた。途中ではそれなりに予測のできた部分もあったが、か
なりの部分は予想外の進展だった。特に結末には、最初はな
ぜ?と疑問符も付いたが、よく考えると、これもあるかなと
いう物語だ。

正直に言って作り過ぎの物語かも知れない。でも、もし自分
がこの立場だったら、自分ならどうするだろうかと、考えて
しまうところだ。その意味では、自分が今まで考えてもみな
かったことを提示されているような感じの物語でもあった。
脚本監督のフィリップ・リオレは、スピルバーグ監督の2004
年作品『ターミナル』の下敷きとなった『パリ空港の人々』
を1993年に発表していることでも知られるが、かなり異常な
状況を物語にするのが得意のようだ。
また本作では、主演のメラニー・ロランが、拒食症のシーン
ではかなり迫真の演じ方で、その姿にも感心させられたもの
だ。それにしても、このときの病院側のかなり酷い対応が描
かれていて、最初はその面の告発も意図しているかと思って
しまったものだ。
実際に、こんなものなのだろうとも思えるが。

『逃げろ!いつか戻れ』“Pars vite et reviens tard”
フランスで新潮流ミステリーの旗手と呼ばれるフレッド・ヴ
ァルガス原作の映画化。
舞台は2000年のパリ。いくつものアパルトマンの扉に裏文字
の4の印が多数発見される。一方、中心街の街角で、料金を
取って大声で広告文を読み上げることを商売にしている男の
許に、現金と共に謎めいたメッセージが届き始める。
そして、この2つの出来事が結びついたとき、連続殺人事件
が起こり始める。しかもその被害者の遺体は斑に黒ずんでお
り、黒死病=ペストを思わせるものだった。
裏文字の4というのはペスト避けのまじないなのだそうだ。
他にも、CLTという言葉が出てきて、これはラテン語の
Cilo,Longe,Tarde(直ちに、遠くへ、長時間)の頭文字で、
ペストに罹らないための唯一の手段と言われていたとも紹介
される。
因に、題名はこのラテン語から来たものと思われるが、映画
の字幕では「すぐに遠くへ逃げろ、ゆっくり戻れ」となって
いた。邦題の「いつか戻れ」ではちょっとニュアンスが違う
ようにも感じたものだ。
物語は、事件を追うパリ警察の警視が主人公。本来は直感で
犯人を突き止める彼が、現在は私生活の男女間系がトラブっ
ていて、勘が冴えないという状況も描かれる。その他にも、
いろいろな状況がばらばら描かれていて、そのどこが本筋か
判らないような中から、徐々に本筋に近づいて行く手法は、
なかなか見応えがあった。
ただし、殺人の背景が過去の経緯に遡って語られるのだが、
その部分がちょっと唐突な感じがして、こういう話なら、プ
ロローグの辺りで多少の前振りがあれば、もっと了解しやす
かったような気もしたところだ。

なお、原作者は考古学者で中世の専門家だそうで、18世紀に
起きたペスト(遺体が黒ずむことはないそうだ)の大流行に
関する言及などは、さすがになるほどと思わせる。
また、警察がぺストのことを極力隠そうとする経緯などは、
日本人にはちょっと判りにくいところだが、情報が漏れた後
のパニックの様子などからは、過去の大流行の恐怖が染みつ
いているという雰囲気が伝わってきた。
アクションも適度にあって、サスペンス映画としても面白い
作品だった。

『待つ女』“7 ans”
夫が7年の刑期で服役し、妻はその7年を、毎週2回の面会
日に洗濯物を届けながら待ち続ける。夫婦でありながらその
間は、夫婦の関係も閉ざされる。
監督はドキュメンタリーの出身で、過去にこのような囚人の
妻たちに取材して作品を作ったことがあるそうだ。その際に
生で聞いた声や証言などを基に、この物語を作り上げたとし
ている。
主人公の女性は、毎週2回の面会日は欠かすことなく洗濯物
を届け続ける。その洗濯物には、夫に贈られた香水が振り掛
けてある。そして彼女も、夫から渡された汚れ物の匂いを慈
しむように嗅いでしまう。
そんなある日、刑務所からの帰り道で彼女は1人の男に声を
掛けられる。男は最初は兄が収監されていると言い、後では
自分は看守だと告白して彼女に近づいてくる。そして2人は
徐々に男女の関係へと進んで行くのだが、実は男には別の目
的もあった。
物語はもちろんフィクションということだが、こんな物語を
想起するような現実もあるということなのだろう。7年の刑
期というのがどのような罪によるものかは不明だが、報道な
どで聞くと短くも感じてしまうものかも知れない。しかし現
実の7年というのは決して短いものではない。
そんな中で、お互いの心が徐々に歪んでしまうのも、有り得
ない話とは言えないものだ。そんな男女の心理を巧みに描い
た作品といえる。
出演は、妻役にヴァレリー・ドンゼッリ、夫役には『情痴ア
ヴァンチュール』にも出ているブリュノ・トデスキーニ、そ
して看守役にシリル・トロレイ。なお監督は、シリルを起用
するために看守の役柄を大幅に書き替えたそうだ。
なおこの作品は、2006年9月のヴェネチアとトロント映画祭
で上映されているが、一般公開はフランスでも2月21日に封
切られたばかりの作品ということだ。

『ストーン・カウンシル』“Le Concile de Pierre”
それぞれ映画化された『クリムゾン・リバー』『エンパイア
・オブ・ザ・ウルフ』の原作者として知られるジャン=クリ
ストフ・グランジェが2000年に発表した作品の映画化。
先に映画化された2作は共に男性が主人公だったが、本作の
主人公は女性、その主人公にモニカ・ベルッチが扮し、共演
はカトリーヌ・ドヌーヴ。しかも、物語はヨーロッパを遠く
離れてシベリアのイルクーツクで始まる。
その町の孤児院に1人の女性が訪ねてきて、モンゴル人の男
の子の赤ん坊を里子として引き取って行く。そして数年が経
って、舞台はパリ。フランス語とロシア語の通訳をしている
女性のもとで、少年は7歳の誕生日を迎えようとしていた。
その誕生日を数日後に控えたある日、少年の胸の上部に不思
議なマークが現れる。そして2人は同じ悪夢に悩まされるよ
うになる。それは森の中で何かに襲われるというものだった
が…医者に相談しても、そのマークも悪夢も心配ないと言わ
れてしまう。
ところがその診察の後、医者はどこかに電話を掛けている。
そして、その少年の存在を巡って国際的な秘密結社の暗躍が
始まっていた。
同じ原作者の前の2本の映画化も、宗教やオカルトなどがい
ろいろ関ってくるものだったが、本作ではさらにモンゴルの
伝説と、旧ソ連の秘密研究というもので、そのアイデアは結
構面白く感じられたものだ。
しかも、物語のキーとなるイルクーツクのシーンには、多分
現地にロケ撮影も行われたようで、その異国情緒というか、
ちょっと不思議な雰囲気が映画の展開に活かされていた。
脚色監督のギョーム・ニクルーは、日本での紹介は初めての
ようだが、フィルム・ノアール、特にジャン=ピエール・メ
ルビルなどのジャンル映画の大ファンということで、その雰
囲気をよく伝える見事な演出を見せている。
また、監督を支えるスタッフとして、クローネンバーグ作品
の撮影監督ピーター・サシツキーや、ポランスキー映画の音
響を手掛けるジャン=マリー・ブロンデルなどが参加。幻想
的なグランジュ・ワールドを見事に描き出していた。
さらにベルッチは、2004年に長女を出産した後の本作では、
子供を思う母親の姿を迫真の演技で表現しており、ほとんど
ノーメイクでの登場は、過去の作品で見せた妖艶さとは全く
違って、最初は別人かと思うほどだった。

『CALL ME ELISABETH』
              “Je m'appelle Elisabeth”
少女の成長を描いたドラマ。
主人公のベティは10歳。父親が院長を務める精神病院に隣接
する屋敷で、姉と両親と共に暮らしていた。ところが、姉妹
というより親友同士だった姉のアニエスが寄宿学校に行って
しまい、母親も父親と仲違いして家を出てしまう。
楽しかった生活が一転して暗いものに。しかも新学期の始ま
った学校では、親しくしようとした転校生から思わぬいじめ
を受け、また、近くの野犬収容所で処分を待っている一頭の
犬を引き取ろうとするが、父親に反対される。
そんな周囲の裏切りを受け続けたある日、ベティは通学用の
自転車を入れる納屋のそばで病院を逃げ出してきた青年を発
見する。とっさに父親の眼から彼を隠したベティは、そのま
ま彼を納屋に匿ってしまうのだが…
父親から患者の話を聞いて、いつか自分も気が変になってし
まうのではないかと不安を感じてしまうような繊細な少女。
そんな少女の試練の先に待っていたものは…
アンヌ・ヴィアゼムスキーという人の同名の原作があるよう
だが、物語は思春期の少女の揺れ動く心を巧みに描き出して
いる。ちょっと特殊な環境が背景にありはするが、未来への
漠然とした不安など少女の心理は普遍的なものだ。
匿った青年に食事を運ぶままごとのような雰囲気や、かいが
いしく青年の世話をする様子など、描かれる少女の姿はいと
おしくも感じられる。その撮り方や演出には、監督の優しさ
が伝わってくるような作品だった。
ベティ役のアルバ・ガイアは、昨年3月に紹介したフランソ
ワ・オゾン監督の『ぼくを葬る』に出ていたようだが、本格
的な映画出演は初めてとのことだ。しかし、堂々とした主演
ぶりで、将来が楽しみな女優になりそうだ。
なお、試写会では英語字幕のみのDVDだったが、元々が子
供の台詞なので英語字幕でもあまり支障はなかった。でも、
後日、日本語字幕のコピーは貰えるようなので、確認して誤
りがあったら訂正することにする。
それから、映画に登場する幽霊屋敷のステンドグラスが見事
で、これはもう一度、画質の良いフィルムの上映で見てみた
いと思ったものだ。

なお、今回紹介した『心配しないで』、『逃げろ!いつか戻
れ』、『待つ女』、『ストーン・カウンシル』、『CALL
 ME ELISABETH』は、3月15日開催のフランス
映画祭で上映される作品。また、この内、『心配しないで』
『逃げろ!いつか戻れ』と、前回紹介の『暗黒街の男たち』
の3本は、日本公開未定ということだ。



2007年03月01日(木) 第130回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 今回は、最初に記者会見の報告から。
 アメリカでは2月16日に封切られ、プレジデンツ・デイ週
末の4日間興行で5150万ドルという、同期間では新記録とな
る大ヒットの余韻も覚めない2月21日に、『ゴースト・ライ
ダー』の主演ニコラス・ケイジと監督マーク・スティーヴン
・ジョンスンの来日記者会見が行われた。
 会見ではいろいろな話題が出されたが、中で僕が注目した
のは、コミックスコレクターとして知られるケイジが初めて
スーパーヒーローに挑戦した経緯についての質問。
 これに対してケイジは、「以前にティム・バートンと組ん
でSupermanをやろうとした。その時は、ヒーロー像を根底か
らひっくり返してやろうと考えたのだが、いろいろな事情で
実現できなかった。でもお陰で、今こうしてGhost Riderを
やれたのだから、あの時やらなくて良かったと考えている。
1度コミックスヒーローを演じたら、もう2度とコミックス
ヒーローを演じることはない」という回答だった。
 ケイジがバートン監督でSupermanを演じるという計画は、
1998年頃のことだったと思うが、当時1億4000万ドルの製作
費が計上され、製作費の高騰も計画断念の一因とされていた
ものだ。でも今回の発言では、内容的にも問題があったよう
で、その辺は納得できた。
 またケイジは、Ghost Riderについては、スピリチュアル
な面に魅かれると語っていて、この辺は第124回で紹介した
ヴァージン・コミックスとの計画にも通じる感じがした。た
だし、「2度とコミックスヒーローを演じることはない」と
いう発言では、ヴァージンとの計画はどうするのだろうとい
う感じだが、まあ、その辺はまたその時がきたら聞いてみる
ことにしよう。
 一方、本作の大ヒットでは当然続編の噂も挙がってきてい
るものだが、それは別のコミックスヒーローを演じるわけで
はないから問題はなさそうだ。因にケイジは、別の会見では
「奴との冒険には、まだたくさん残された部分がある」とも
語っていて、これは続編の用意があると解釈されているよう
だ。因にこの別の会見では、ヒロイン役のエヴァ・メンデス
も続編に乗り気だったと伝えられている。
 それから来日会見では日本のコミックスについて聞かれ、
「子供の頃に『鉄腕アトム』が好きだった。アトムを作った
博士の役をやりたかった」とも語っていた。この発言は、実
写版の製作を進めている人たちにも聞かせたいところだ。
 なお映画では、ライダーへの変身シーンに注目して欲しい
とのこと。このシーンは『狼男』の変身を参考にして、痛み
とエクスタシーを織りまぜた表現を目指したそうだ。また、
映画に登場するバイクは専門家のアドヴァイスを受けながら
自作したもので、全長12フィート、実際に時速90マイルで走
行できたが、コーナリング性能が悪く、交差点は曲がれない
ものだそうだ。
        *         *
 続いては、アカデミー賞の報告で、結果はすでにご承知の
ことと思うが、前々回取り上げた中で、視覚効果賞は予想し
た通り“Pirates of the Caribbean: Dead Man's Chest”
となったが、他の部門の全滅はちょっと意外な感じだった。
一方、メイクアップ賞はアメリカでの下馬評が断然強かった
“Pan's Labyrinth”が受賞。この作品に関しては、他にも
美術賞と撮影賞にも輝いて、6候補中3個の受賞は予想以上
の結果を残したと言えそうだ。それから長編アニメーション
賞はワーナー配給の“Happy Feet”で、初めてディズニー、
ドリームワークス以外からの受賞となった。それも、ディズ
ニー/ピクサーの“Cars”が対抗馬にいての受賞は見事と言
える。
 その他、全体的には非常にオーソドックスな受賞作が並ん
だ感じで、意外性の少ない結果のように思える。特に“The
Departed”の作品、監督、脚色、編集の4冠は、個人的には
いろいろ思うところもあるが、それがアカデミー会員の判断
であれば仕方のないところだ。これで前回紹介した続編2本
の可能性はますます高くなったと言えそうだ。
        *         *
 以下はいつもの製作ニュースを紹介しよう。
 まずは、最初にも紹介したにコラス・ケイジのさらなる情
報で、『ゴーストライダー』では伝説のコミックスヒーロー
に扮したケイジが、今度はゲーテの原作に挑むことが、今秋
『ナショナル・トレジャー2』の公開を控えるディズニーか
ら発表された。
 この作品は、ゲーテの詩“The Sorcerer's Apprentice”
に基づくもので、魔法使いの弟子が、師匠の留守中に未熟な
魔法をホウキに掛けて雑用をさせようとし、大失敗をしてし
まうというお話。つまりディズニーが、『ファンタジア』で
ポール・デュカスのクラシック音楽に乗せてミッキーマウス
を主人公に描いたアニメーションを、原典に戻って実写で映
画化しようというものだ。
 ただし、アニメーションは中編だったが、1本の映画とな
るとそれなりの物語も必要になる。そこでその脚本には、昨
年『エラゴン』の脚色を手掛けたマーク・ローゼンタールと
ローレンス・コナーが起用されて、その物語はすでに完成し
ているようだ。監督は未発表だが、ケイジの主演作とされて
いる。ケイジはミッキーマウスが演じた弟子の役をやるのだ
ろうか。
 なお、ケイジの主演作では、ソニー配給の『ゴースト…』
に続けて、パラマウント配給でフィリップ・K・ディック原
作の“Next”が今春全米公開の予定になっており、秋の『ナ
ショナル…2』と併せて今年は3作品の公開となるようだ。
        *         *
 お次は、日本では『隠された記憶』の邦題で昨年公開され
たミヒャエル・ハネケ監督のミステリー作品“Cache”を、
ロン・ハワード監督でアメリカ版リメイクする計画が報告さ
れている。
 オリジナルは、ハネケが2005年のカンヌ映画祭で監督賞を
受賞した作品だが、ある日、自宅を監視するビデオテープが
届けられ、そこから生じる疑心暗鬼と家庭の秘密が浮き彫り
されて行くというもの。延々と続く監視映像などかなり大胆
な演出で描かれていた作品だ。因に、オリジナルはアメリカ
では“Hidden”の題名で、ソニー・クラシックスが公開し、
360万ドルの興行収入があったとされている。
 その作品を、今回はユニヴァーサルの製作でリメイクする
もので、同社では舞台をアメリカに移して、さらにサスペン
スに満ちた映画化を希望しているようだが、脚色などは未定
のものだ。
 一方、ハワード監督には、“Frost/Nixon”という舞台劇
からの映画化や、娘のブライスと初の親子共作となる“The
Look of Real”、それに『ダ・ヴィンチ・コード』の前日譚
の“Angels & Demons”など計画が目白押しで、本作がいつ
の製作になるかは不明のようだ。
 とは言え、ダニエル・オートゥイユ、ジュリエット・ビノ
シェ、アニー・ジラルドが共演したフランス映画が、どのよ
うにアメリカ化されるかには興味が湧くところだ。
        *         *
 続いては『ソウ』シリーズの第4作の計画が発表され、監
督を『2』『3』も手掛けたダレン・リン・ボウスマンが担
当することになった。
 この第4作に関しては、前回紹介したように昨年第3作公
開時の来日記者会見で、ボウスマン自身が「後は別の監督に
任せたい」と言っていたものだが、どうやら適当な人材が見
つからなかったようだ。その第4作は4月16日の撮影開始、
10月26日に世界一斉公開される。
 ところでボウスマン監督には、前回紹介した“Repo! The
Genetic Opera”というホラーオペラの計画を、同じくライ
オンズゲートの配給とツイステッド・ピクチャーズの製作で
進めることになっていたが、その計画については“Saw 4”
の後になると報告されていた。
 因にこのオペラについて、もう少し情報が入ってきたが、
物語は、そう遠くない未来を背景に、移植用臓器の効率的な
販売を目論むバイオテック企業の活動を描くということだ。
また、オリジナルはテレンス・ゼドゥニックとダレン・スミ
スの作曲・脚本による舞台劇で、実はボウスマンが以前にそ
の舞台演出を手掛けていたとのことだ。そして数年前からそ
の映画化を計画していたものだが、今回は12分のプロモーシ
ョンを自作して、映画会社に働きかけたとのことで、これは
『ソウ』の第1作の時にジェームズ・ワンとリー・ワネルが
採った手法を踏襲したと言われているようだ。
        *         *
 スティーヴン・ソダーバーグ監督がベニチオ・デル=トロ
主演で計画している2本のチェ・ゲバラ伝記映画について、
台詞をスペイン語で撮影することが発表された。
 この作品は、共産革命家ゲバラのキューバ革命時代を描く
“The Argentine”と、その後の姿を描く“Guerrilla”とい
うもので、共にデル=トロがゲバラを演じる。ソダーバーグ
は、「登場人物が、それぞれの母国語で話さないと信憑性が
損われる」としているが、その背景には『バベル』の成功も
意を強くしているようだ。
 なお製作は、フランスに本拠を置くワイルド・バンチが担
当するもので、製作会社は言語の問題には全く拘わっていな
いそうだ。また、配役には、ドイツ人のフランカ・ポテンテ
と、スペイン人のジャヴィア・バーデンも予定され、この内
バーデンはカストロを演じるとされている。撮影は5月に開
始される。
        *         *
 ロバート・デ=ニーロ主演、バリー・レヴィンスン監督に
よるコメディ作品“What Just Happened?”に、ショーン・
ペン、ブルース・ウィリス、スタンリー・トゥッチ、ジョン
・タートゥロ、クリステン・スチュアートの共演が発表され
3月22日に撮影が開始される。
 この作品は、ヴェテラン・プロデューサーのアート・リン
スンが、自らの思い出を基に執筆した脚本を映画化するもの
で、物語は、2度目の結婚が破綻してハリウッド的陰謀の中
で威厳が損われそうになった映画プロデューサーが、その威
厳を取り戻そうとする姿を描いているということだ。そして
そのプロデューサー役をデ=ニーロが演じるもので、他の配
役が何をするかはお楽しみのようだ。
 製作は、デ=ニーロ主宰トライベカのジェーン・ローゼン
タールとリンスン。独立系の2929プロが配給する。
        *         *
 『ナイト・ミュージアム』のベン・スティラーとショーン
・レヴィ監督が、次回作にトム・クルーズを共演者に迎える
計画を公表した。
 その作品は、“The Hardy Men”という題名で、テレビ化
もされた少年ミステリーシリーズ『ハーディ・ボーイズ』の
その後を描くというもの。設定では、彼らはその後は別々の
人生を歩んできたが、ある日、残された最後の事件を解決す
るために再び集うことになる…だそうだ。
 因に、クルーズとスティラーは、2000年のテレビ番組で、
スティラーがスタントマンに扮して『M:I2』の撮影風景
のパロディ化を行った際に、クルーズが本人役で特別出演し
てくれたときからの友人ということで、今回の共演はその友
情の成果とされている。
 なお製作には、原作シリーズの権利者も参加しており、コ
メディではあるが正式の続編作品となるようだ。
        *         *
 今回は一般作品の話題が多かったので、ここからあとは、
SF/ファンタシー系の作品の情報を中心に紹介しよう。
 まずは、すでに1本紹介したディズニーの情報で、今年は
5月に“Pirates of the Caribbean: At Worlds End”と、
秋には“Ntional Treasure 2”が公開予定の同社から、今後
のシリーズ作品についての考えが報告された。
 それによると、実はまだ“Ntional Treasure 2”(副題が
“Book of Secrets”に決まったらしい)の撮影は始まって
いないものだが、このシリーズでは“Ntional Treasure 3”
“4”を続けて作って行く方針だということだ。
 一方、3部作が完結する“Pirates of the Caribbean”に
ついては、第2の3部作という方向が考えられていて、その
第1作を2010年に公開したいという意向のようだ。これにつ
いては、実は脚本家のテリー・ロッソの方の発言もあって、
それによると「“Indiana Jones 4”のように、それを生み
出す力が作用したら実現するかも知れない。その時にはまた
脚本を書くことになるだろう」とのことだ。因にロッソは、
第2の3部作ではなく第4作としていたが、それはその時の
アイデア次第になりそうだ。
 さらに、“The Chronicles of Narnia”については、前回
も書いたように第2作の“Prince Caspian”の準備が進んで
いるが、そのタイトルロールを演じるベン・バーンズには、
3本の出演契約が結ばれているということだ。従って、この
後3作の『ナルニア』シリーズは製作されることになるわけ
だが、“Prince Caspian”が2008年5月の公開予定の後は、
“The Voyage of the Dawn Treader”が2009年のクリスマス
シーズンに公開の予定とされている。
 また、最近何度か紹介している“John Carter of Mars”
については、まだ原作者の遺族との話し合いはまとまってい
ないようだが、実現すれば全11巻の大スケールのシリーズと
なるものだ。
 もう1本、昨年第107回で紹介したジェリー・ブラッカイ
マーの製作で進められている“Prince of Persia”も、原作
となるヴィデオゲームはシリーズ化されているのだから、映
画化も当然シリーズ化で考えられているようだ。
 この他、前回紹介した“Toy Story 3”も、第3作で打ち
止めということはなさそうで、シリーズものへの期待の大き
いハリウッドでは、ディズニーもその一員であることは間違
いなさそうだ。
        *         *
 お次はヨーロッパ発の情報で、ロシアでアルカジー&ボリ
ス・ストルガツキー兄弟原作の『収容所惑星』(英語題名:
The Inhabited Island)を映画化することが発表された。
 この計画と言うか、撮影は既に開始されているようだが、
監督は、2年前に英語題名“9th Company”というアフガン
戦争を描いた作品で、ロシア国内のナンバー1ヒットを記録
したフィヨドール・ボンダルチェク。この人は、1965年から
67年に製作公開されたソ連版『戦争と平和』のセルゲイ・ボ
ンダルチェクの息子ということだ。
 そして今回の映画化では、2部作が計画されていて、その
撮影経費に1800万ドル、宣伝費に1000万ドルが計上され、総
製作費2800万ドルは最近のロシア映画では最高額と言われて
いる。ただし、『戦争と平和』も2部作だったが、このとき
はソ連正規軍を実地訓練名目で動員した戦場シーンの撮影経
費は見積り不可能と言われ、当時の金額で1億ドルは軽く突
破しただろうと言われたものだ。でも、これはソ連映画だか
ら、今回の比較対象にはなっていないようだ。
 原作は、惑星に不時着した主人公が、異文化との交流に苦
悩する姿を描いたものということで、この異文化が当時のソ
連の状況の風刺したものだったとも言われている。因に原作
は、この後に『蟻塚の中のかぶと虫』『波が風を消す』と続
く3部作の第1作だ。
 ストルガツキー兄弟の原作からは、アンドレイ・タルコフ
スキーが監督した『ストーカー』(原作題名:路傍のピクニ
ック)が有名だが、反体制の作家と監督の顔合せだった同作
に対して、今回の監督は、前作ではロシアの現政権からも評
価されているということで、どんな作品になるか楽しみだ。
 なお2部作の第1部は、2008年10月に本国での公開予定と
されている。
        *         *
 続いては、これはどこまで本気か判らないが、ワーナーで
“Justice League of America”の映画化が検討され、物語
の執筆に、『Mr.&Mrs.スミス』のリライトなどを手掛けた
カーナン&マイクル・マルローニのコンビが契約したという
ことだ。
 JLAは、1960年にスタートしたDCコミックスのビッグ
プロジェクトで、1930年代後半から40年代の、アメリカンコ
ミックスのゴールデンエイジと呼ばれた時代のスーパーヒー
ローを、一気に勢揃いさせようというもの。そしてここに、
DCコミックス(当時はナショナル出版)が所有していたス
ーパーマン、バットマン、ワンダーウーマン、アクアマン、
フラッシュらが集い、一方、こちらもチームを組んだスーパ
ーヴァリアンたちと戦いを繰り広げるというものだ。
 因に、“Fantastic Four”は、このJLAに対抗してマー
ヴルコミックスが始めた企画とされているもので、従って映
画化ではマーヴルの“Fantastic Four”の方が先に登場して
いたことになるが、何と言ってもキャラクターの知名度では
JLAに叶うものはないと言える。
 そのJLAを映画化しようということだが、果たしてこの
企画に“Batman Begins”のクリスチャン・ベール、あるい
は“Superman Returns”のブランドン・ルースが、「ハイそ
うですか」と参加するかどうか。さらに“Wonder Woman”の
計画も、2005年頃にはかなり検討されていたもので、ここで
JLAが進められると、その計画との関連も問題になるとい
うことのようだ。
 なおワーナーでは、第19回や第115回で紹介した“Batman
vs.Superman”の企画が一時進められたが、この計画はすで
に断念されたということで、それに代って登場してきたもの
のようだが、このままではいろいろ影響が大きそうだ。
 一方、本来のシリーズの計画では、“Batman Begins”の
続編“The Dark Knight”が2008年、“Superman"の次回作は
2009年の公開が予定されているものだ。
        *         *
 最後に短い情報を2つ。
 まずは、ファン待望の“Star Trek XI”を2008年クリスマ
ス公開に向けて製作することが、パラマウントから公式に発
表された。監督は、『M:I3』を手掛けたJ・J・エイブ
ラムスで、脚本も同作のアレックス・カーツマン、ロベルト
・オーチが執筆。内容はカーク、スポックのアカデミー時代
を描くもので、撮影は秋に開始される。なお配役には、マッ
ト・デイモン、エイドリアン・ブロディ、ゲイリー・シニー
ズが、本気でオファーされているという情報もあるようだ。
 もう一つ。3月1日に行われた記者会見で、“Spider-Man
3”のワールドプレミアが、4月16日に日本で行われること
が発表された。また、公開も5月1日に繰り上げられること
になり、日本が世界最初の公開国になるということだ。ゴー
ルデンウィークまっただ中。しかも毎月1日は映画の入場料
が1000円となる日だが、この日に一気に動員記録を塗り替え
ようというつもりのようだ。因に、シリーズの興行成績は、
日本がアメリカに次いで世界第2位を記録しているのだそう
で、その感謝の意味でこの計画が決まったとのこと。なお、
記者会見で上映された特別映像については、3月10日の映画
紹介で報告する。


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井口健二