井口健二のOn the Production
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2006年11月30日(木) 守護神、エクステ、サンタクローズ3、ラッキーナンバー7、ハッピーフィート、イヌゴエ2、スキトモ、刺青

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『守護神』“The Guardian”
ケヴィン・コスナーの主演で、海難救助に当る沿岸警備隊レ
スキューの姿を描いた作品。
主人公は、幾多の海難事故で数100の人命を救助してきた伝
説のレスキュー・スイマー。しかし、ある日の救難活動中に
相棒を失い、心も身体もずたずたに傷ついた彼は、家庭の事
情もあって一時的に一線を退くことを余儀なくされる。
そして主人公がやってきたのは、全米のレスキュー・スイマ
ーの訓練を行うAスクール。その訓練教官として赴任した主
人公は、そこで天才的な泳ぎを見せる若者に出会う。その若
者は、主人公が打ち立てた記録を次々に塗り替えて行く。
しかしその若者には、どこか投げやりなところがあり、訓練
に遅刻したり、町の酒場で乱闘をしたり、本当に人命救助に
向いているかどうか疑問符が打たれる。そんな彼を気に掛け
る主人公は、彼の本心を探り出そうとするのだが…
アメリカ沿岸警備隊というのは、1790年に設立された組織で
法の執行権も持ち、僕は、その名称も活動内容もそれなりに
知っていたつもりだった。ところが、海は海軍が仕切ってい
ると考えるアメリカ国民の間では、その存在はあまり有名で
はなかったそうだ。
しかし、昨年のハリケーン・カテリーナの災害の後、ニュー
オルリンズで救助に当たる沿岸警備隊の活躍が報道されて国
民に知られるようになり、この映画の企画もそれで立上げら
れたとされている。従って映画の中では、カテリーナでの救
助活動の話が出てきたり、海軍との確執が描かれたりもして
いるようだ。
物語は3幕構成で、その1幕と3幕には荒れ狂う海での海難
救助の様子が描かれる。それはCGIも大量に投入されて、
かなりの迫力を持って描かれたもので、荒れた海の描写は、
『パーフェクト・ストーム』以降のCGIの定番になったよ
うな感じだ。
そして第2幕では、過酷な訓練の様子が描かれる。その訓練
自体は、主人公がそれまでの訓練は実情に合わないとして変
えてしまうものだが、確かに主人公の主張の方が正しくも見
えるもので、その辺の実際はどうなのか多少気になった。
しかも、鬼教官が居たりの展開はステレオタイプで、ちょっ
と作り過ぎの感じもあるところだが、まあその辺は1幕3幕
の迫力の前に免じることにしたい。そのレスキューのシーン
にも多少疑問の点はあるが、実際の海洋で撮影されたシーン
は素晴らしかった。
なお、若者役は『バタフライ・エフェクト』などのアシュト
ン・カッチャー。モデル出身ということで、今までの作品で
は、何となくにやけた雰囲気が気になっていたが、本作では
かなり硬派でちょっと見直した。

『エクステ』
園子温監督の新作ホラー。
園監督と言うと、何と言っても『自殺サークル』の衝撃が忘
れられない。今年はその続編の『紀子の食卓』も公開された
が、どうしても都合がつかず見に行けなくて悔しい思いをし
ていた。そこに本作の試写状が届いたもので、これは正直嬉
しかった。
しかも、園監督の作品は、今まではいずれもインディペンデ
ントの扱いだったと思うが、本作は東映が来年2月17日に全
国配給するもの。その上、俳優も主演に栗山千明と大杉漣、
脇には佐藤めぐみ、つぐみ、佐藤未来、山本未来らを配する
などかなり力の入った作品だ。
物語の発端は、海外からのコンテナが山積みのコンテナヤー
ド。その一つから異臭が発生し、税関吏が開けてみると、中
には人毛がぎっしりと詰まっていた。それ自体は正規の輸入
品なのだが、その中から少女の遺体が現れる。
その遺体は、司法解剖に附されるが、その遺体にメスを入れ
ると、そこからは体内に充満しているかのように毛髪が溢れ
出てくる。そして遺体は安置所に収容されるのだが、そこに
は大杉演じる髪フェチの男がいて、男は遺体に興味を持って
自宅に持ち帰ってしまう。
一方、栗山が演じるのは、とある美容室に勤めるヘアスタイ
リストの卵。彼女には、腹違いの姉がいて、粗暴な姉は我が
子に暴力を振るったり、妹の家の前に置き去りにしたり…、
そんな姉に振り回される生活を送っている。
そしてある日、彼女の勤める美容室に、髪フェチの男が素晴
らしい品質の付け毛(エクステ)を持って現れるが…
親による実子の虐待や、その前にはコンテナの遺体が内臓や
眼球を抜かれていて臓器密売の疑いが持たれるなど、現代的
な要素も次々に登場し、もちろん基本がホラーであるから興
味本位な扱いではあるのだけれど、現代を反映した物語作り
は良い感じだ。
それに大量の毛髪と言うのが、それ自体がかなり無気味で、
ホラーの設定としては面白く感じられた。
そして本作では、遺体の少女の怨念を宿した毛髪が、次々殺
人を犯して行くものだが、その展開や、その際のVFXも結
構見られるものになっていた。特に、大杉の末路は秀逸とも
言える。
正直に言って、『自殺サークル』の衝撃を期待して行くと、
今回大量なのは血糊ではなく毛髪だから、衝撃の点では多少
薄れる。しかし今回はインディペンデントではない訳で、メ
イジャー作品だとこの辺が限界かなと言うところ、これは仕
方がない。

園監督には最初から注目していたし、その後に見せられた私
小説的作品では多少退いたところもあったが、今回の作品で
は、プロとしての力量も感じさせてくれた。特にホラーだか
らといって妙にカルト的な方向に走るものでもなく、常識的
な物語を展開してくれるところが好ましい感じだ。
この線で、これからも頑張ってもらいたいものだ。

『サンタクローズ3』
       “The Santa Clause 3: The Escape Clause”
ティム・アレンの主演で、1994年に第1作、2002年に第2作
が公開された人気シリーズの第3作。アメリカでも今年11月
に公開されたばかりの新作だ。
第1作では普通の人間だった主人公が、ふとしたことからサ
ンタクロースの仕事を引き継ぐことになり、第2作ではその
主人公がMrs.サンタと巡り合い、さらに今回は、初めての子
供が誕生するというもの。しかも物語は、第2作は第1作の
8年後、今度は12年後ということで、律儀に年代も合わせて
作られているものだ。
つまり、お話は見事に繋がっているもので、となると前の作
品を見ていないと駄目かと言うところだが、実は僕も前の2
作は見ていなくて、それでも楽しむのに支障はなかった。結
局のところ、ベースの展開は極めて常識的なもので、別段前
の作品を見ていなくても、簡単に理解できる、その辺は安心
して見てもらえるようになっていた。
そして今回のメインの物語は、子供の誕生や妻の両親の訪問
など、クリスマスの直前だというのにいろいろな混乱が発生
して、ちょっと疲れ気味のサンタクロース。そこに付け込ん
で、悪役ジャック・フロストがサンタの仕事を奪い取ろうと
するものだ。
実はこの経緯というのが、フロストは季節を代表するキャラ
クターの一人で、その名の通り霜の使い手の彼は、何でも凍
らせる凄い能力を持っているのだが…いつもサンタの前触れ
のような扱いで、人々からは認められず、いじけているとい
うもの。
他の映画では、フロストはサンタの兄弟という説もあって、
悪役となることが多いが、こうしてみると、テーマは違って
も、結構人間の世界にもありそうな話で、大人はそれなりに
身につまされたりもするところだ。
しかも、このフロストが実行してみせるサンタの仕事を奪う
作戦が、かなり手の込んだもので、その辺りにも納得して見
られた作品だった。そしてその解決法も、それなりに納得し
て見ることができた。
アレン以外の出演者は、ジャック・フロスト役にマーティン
・ショート、妻の父親役にアラン・アーキンなど相当の顔ぶ
れが揃っている。特に、ショートと妖精役の子供たちが歌い
踊るショウのパロディの場面は見ものだった。
ディズニーが、新たなフェアリーテイルを作ろうとしている
かのような作品で、「こういうのを作れるのはディズニーだ
けだろうな」と思わせる。それと、本作の中で地球温暖化の
問題が扱われているように感じたのは、ちょっと考えすぎか
な? それから、ちょっと馬鹿にしたようなカナダの描き方
も面白かった。

『ラッキーナンバー7』“Lucky Number Slevin”
失業して、恋人にもふられ、しかもやってきた町ではいきな
り強盗に襲われる。そんな不運続きの男が、さらに辿り着い
た友人の部屋でその友人と間違われ、敵対する2つギャング
団のボスのそれぞれから貸した金を返せと迫られる。
しかし、友人の部屋に向かいに住む女性は何となく好意を寄
せてくれているようで、彼女の協力で事態は意外な展開を見
せるのだが…
最初から競馬の八百長に絡む悲惨な話が登場し、いきなり人
が殺される。その後も次から次と人殺しの連続で、まあR−
15指定も仕方ないという作品だ。
しかし物語は実に面白く展開して行くもので、それをジョッ
シュ・ハートネット、ブルース・ウィリス、ルーシー・リュ
ー、モーガン・フリーマン、サー・ベン・キングスレーとい
う錚々たる顔ぶれが演じ込んで行く。
物語の裏と表が次々に入れ替わって、誰が善人で誰が悪人な
のかも次々に変って行く。そんな脚本が実に楽しかった。人
死には過剰だけれど、それはお話だし、死ぬ人間にはそれぞ
れ殺される理由もあるから、納得はできるところだ。
奇妙な壁紙のアパートや、敵対する2人のボスが対峙する道
路を挟んで立つペントハウスなどの映像も、ある意味シュー
ルで、なかなか良い感じだった。
ハートネットとウィリスの共演ということでは、どうしても
『シン・シティ』が浮かんでしまうが、あちらは女性主役、
こちらは男性が主役というものだ。しかし、グラフィックノ
ヴェルのような雰囲気は見事に踏襲されており、その辺は意
識している感じもあった。
ただし本作は、一つの物語を丁寧に描き切ろうという考え方
のもので、最後には全ての物語がパズルのように組み合わさ
って行く。その伏線を次々に明かして行く後半が心が踊るよ
うに楽しめた。
それにしても男ばかりの作品だが、その中で唯一の女性ルー
シー・リューの大車輪の活躍も楽しめた。

『ハッピーフィート』“Happy Feet”
『マッドマックス』『ベイブ』のジョージ・ミラー脚本製作
監督によるペンギンを主人公にしたミュージカルCGIアニ
メーション。
ドキュメンタリーが話題になった皇帝ペンギンの子育ての物
語を中心に、周囲とはちょっと違った子供が、一つの才能に
よって大きなことを成し遂げるという物語。
ドキュメンタリーでも出てくるが、産卵を終えた母ペンギン
が捕食から戻ってきたとき、迷わず元の相手のところにやっ
てくる。それは何故かという疑問の答えとして、皇帝ペンギ
ンが個体ごとに独自の歌を持っていて、その歌で聞き分ける
という説があるようだ。
この作品のアイデアはそこから生まれたと言われている。
それぞれが歌の上手い両親の間に生まれた主人公。しかし彼
は生来の音痴。そんな子供は皇帝ペンギンの落ちこぼれと言
われてしまうが、彼にはダンスの才能があった。そしてダン
スを通じて皇帝ペンギン以外の友達も出来てくる。
ところが、伝統を守ろうとする長老たちにはそんな主人公は
目障りだ。事あるごとに迫害を受け、遂には海の魚がいなく
なったのが、彼のダンスのせいだとまで言われてしまう。そ
こで彼は、その真相を探る旅に出ることになるが…
この主人公の声をイライジャ・ウッドが充てているのだが、
何となく『LOTR』を思わせる展開なのはニヤリとすると
ころだ。しかも長老の声はヒューゴ・ウィーヴィングなのだ
から念が入っている。
一方、主人公のダンスは基本的にはタップなのだが、そのダ
ンスに偏見を持たないのがイワトビペンギンというのも笑え
るところだ。このイワトビペンギンの声はロビン・ウィリア
ムスが担当して、見事なパフォーマンスを聞かせてくれる。
この他、主人公の両親をヒュー・ジャックマンとニコール・
キッドマン。また幼馴染みのガールフレンドをブリタニー・
マーフィなど豪華な声優陣で、しかもミュージカルで、ほぼ
全員が歌うというのも凄いところだ。
そしてその歌には、ウィリアムスがスペイン語で歌うMy Way
(A Mi Manera)や、ジャックマンのHeartbreak Hotel、マ
ーフィはBoogie Wanderland等々、聞き慣れた歌が次々出て
くるので、それを聞いているだけでも飽きさせない。
基本的にはお子様向けなので、3月の日本公開では吹き替え
版も上映されるはずだが、これをカヴァー出来る声優を探す
のも大変そうだ。それに大人はぜひとも原語で聞いて欲しい
もの、特にキッドマンの甘い声には聞き惚れてしまった。

『イヌゴエ/幸せの肉球』
昨年11月に紹介している作品の続編というか、物語に繋がり
はないがまたまた犬の声が聞こえるようになった男の物語。
主人公は20代後半、30歳目前の女性と同棲している。しかし
性格的にいい加減な彼は、彼女の30歳の誕生日を忘れて、遂
に愛想を尽かされてしまう。そして彼女は家を出てしまうの
だが、ずぼらな主人公は、彼女の勤め先はおろか、友達も実
家も聞いておらず、行き先の手掛かりが全くない。
そんな主人公が、行き付けのペットショップに行くと、いつ
か飼いたいと思っていたフレンチブルドックが彼女の声で話
すのが聞こえてくる。そこで主人公はその犬を買い取り、犬
の声を頼りに彼女の実家へと向かうのだが…
昨年紹介した作品は、戌年を前に、干支企画として製作され
たものだったらしいが、その戌年の最後を目指して12月2日
に緊急公開されるという作品だ。しかも試写が2回だけとい
うのは、本当にぎりぎりで完成したということなのだろう。
でも、いくら何でも即席に作った感じで、作品自体ヴィデオ
製作なのだが、特に脚本が全く練れていない。一応、保健所
での処分の話なども出して、それなりの問題意識は持ってい
るようなのだが、如何せんお話が主人公の性格と同様、行き
当たりばったりなのだ。
しかもこれが、内容的には悪いと決めつけられるような作品
ではないから、余計に困ってしまうところでもある。
やたらと長回しのカットが続くのは、脚本のエピソードだけ
では1時間35分の上映時間に足りなかったためとも考えられ
るが、全体的にバランスが取れていない感じは否めない。多
分もう一つぐらい何か事件が起きれば、ちょうど良い感じに
なったと思うのだが…
とは言え、どうしても今年中に公開したかった気持ちは判る
し、これはもう仕方がないとしか言いようのないところだ。
前作は、結末のちょっと捻った感じが良い後味を残したが、
そんなものが本作にも欲しかった感じだし、とにかくもっと
練られた脚本で続編を見たかった。出来たら次の続編も期待
したいが、それは12年後の戌年までお預けのようだ。

『スキトモ』
上映時間は67分。主演はミュージカル版『テニスの王子様』
の主役コンビということで、正直に言って余り期待はしなか
った。ところがこういう作品が、希に気に入ることがあるか
ら、疎かにはできないものだ。
物語の中心は、大学3年のボクシング部のエースと、彼とは
血の繋がっていない中学3年の妹、それに隣家に住む幼馴染
みで同じ大学の新聞サークル所属のカメラマンの青年。
実は、青年はエースに思いを寄せている節があり、エースも
青年を気に掛けている。そして、妹は血縁の無い兄に対する
もやもやした気持ちを整理できていない。
原作表記はどこにもなかったが、まあ見事に少女マンガの世
界という感じの設定で、50過ぎの小父さんとしては、基本的
には全然見る気は起きなかったものだ。実際見た理由は、時
間の隙間で移動が面倒だったということもある。
ところが見ている内に、何となく登場人物の一人一人が気に
なり始めた。もちろん男同士の関係には、ホモセクシュアル
なイメージも持たされているのだが、この作品にはそれを超
えた人としてなすべきことが上手く描かれていた。
一方、妹の健気さも丁寧に描かれ、良い感じがしたものだ。
さらにそれを取り巻く人々の描き方も、良く目が行き届いて
いる感じがした。因に脚本は、2004年NHK朝ドラ『天花』
などを手掛けた金杉弘子が担当している。
出演は、エース役の斎藤工と、幼馴染み役の相葉弘樹、妹役
の小松愛梨、さらにその同級生役の寉岡瑞希、女子大生役の
西秋愛菜。この5人が、何と言うか、共感できる演技をして
くれるのも、思いの他に良い感じだったものだ。
それは別に自然な演技と言うのではないし、正直臭いところ
もないではないのだが、何か見ていて判る感じがする。しか
も演じている5人が、本当にそこらにいそうな感じで、それ
も見ていて感じが良かったのかも知れない。
特に小松愛梨は、来年夏公開の『夕凪の街、桜の国』にも出
ているということなので、それにも期待が高まるところだ。

『刺青』
谷崎潤一郎原作の4度目の映画化。今年の1月に3度目の映
画化を紹介したばかりだが、今回は1990年代にピンク映画の
四天王の一人と呼ばれた瀬々敬久監督が映画化した。
物語は、原作からは刺青によって女性の生き方が変って行く
というテーマだけを取り出して、そこから先は自由に構築さ
れている。そしてこの映画の主人公は、出会い系サイトでサ
クラをやっている女と、自己啓発セミナーの勧誘員の男。
その男が女を誘い出し、セミナーの主催者に引き合わせる。
その主催者は女を勧誘する代わりにラヴホテルに連れ込み、
翌日主人公に女をある場所につれて行くよう指示する。
そこは天才肌の彫師の家で、彫師は女を麻酔で眠らせ背中に
女郎蜘蛛の下絵を描く。その行為に主人公は怒るが、目覚め
た女はその刺青を入れることを希望する。そして刺青を彫ら
れるうちに、彼女自身が変って行く。
一方、男はセミナーが警察の摘発を受けるなどして社会の下
流へと流されて行くが、やがて女と再会した男は、ある目的
に向かって歩み出そうとする。
実は、1月に紹介した作品の物語は、かなり捻った猟奇連続
殺人が背景にある話で、それには興味を引かれたが、如何せ
ん撮り方が下手で作品としては認められないものだった。
それに比べると今回は、主演の川島令美は脱ぐところはチャ
ンと脱ぐし、撮り方も丁寧でヴィデオ作品ではあるが画質も
まずまずだった。
でも今回は、物語が普通すぎるというか、もちろんこんな話
が普通の話であるはずはないが、それでも1月の作品に比べ
るとかなり普通に近い話で、その辺がちょっと物足りない感
じがしたものだ。
出来たら、1月の作品の脚本をもう一度練り直して、瀬々監
督の手で取り直してもらえると、一番満足できる感じがする
のだが、監督は自分の領分ではないと考えるだろうか?



2006年11月20日(月) あなたになら言える秘密のこと、鉄コン筋クリ、硫黄島からの手紙、Mr.ソクラテス、インビジブル2、カジノ・ロワイヤル、百万長者の初恋

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『あなたになら言える秘密のこと』
          “La Vida secreta de las Palabras”
2003年8月に『死ぬまでにしたい10のこと』という作品を
紹介しているスペインの女性監督イザベル・コイシェと、主
演のサラ・ポーリーが再び組んだ作品。
騒音の激しい工場。従業員たちがみな耳栓を付けて作業をし
ている中で、一人だけ何も付けず黙々と作業を続ける女性。
そんな彼女が帰ろうとしたとき、同僚が肩を叩き構内放送を
聞けと指示する。そこで彼女は補聴器のスイッチを入れる。
呼び出された部屋で彼女は、無遅刻で休暇も取らず、働き詰
めの仕事ぶりが労働組合で問題にされていると告げられる。
そして有給休暇を取ることになるのだが、やってきた海辺の
街で、彼女は緊急で看護人を探す男性に声を掛ける。
それは海底油田の掘削基地での仕事で、事故で火傷を負い、
一時的に盲目にもなっている男性を、搬送できるようになる
までの看護するというもの。火傷治療の経験もある元看護師
と名告る彼女は、その仕事を引き受けることになる。
こうして看護を始めた彼女に、患者の男性は彼女の身の上を
問いかける。しかし彼女は、いつもはぐらかして、決して自
分の身の上を語ることはない。そんな頑なな彼女だったが、
絶海の孤島のような掘削基地で過ごすうち、徐々に心が開放
されて行く。
そんな彼女の変化が、白飯とチキンとリンゴしか食べないと
言っていた彼女が、基地のコックが作ったニョッキを口にし
て、貪るように平らげてしまったり、基地に駐在する海洋学
者の熱弁に感動したりという微妙な表現で描かれて行く。
しかしそれでも口にすることのなかった身の上話を、男性が
搬送される日の前日、ついに彼に語り始めるのだが…
ここからは、多分宣伝でも使われることはないものだが、こ
こで語られる内容の衝撃は、尋常ではなかった。実際に物語
の中では、もっと彼女の身の上を知りたいと言う男性に対し
て、「あなたはもっと恐怖を味わいたいのか」という答まで
用意されているものだ。
しかも、その物語の背景は、たった10年ほど前のことでしか
ない。それに、ここで語られることが事実として起きていた
ことを、恥ずかしいことに僕は知らなかった。それは報道さ
れたことかも知れないが、僕はそんな報道を見ていないし、
それが皆の口に上るほどには報道もされなかったはずだ。
こんなことが現実に起き、それがすでに忘れ去られようとし
ている。当然、当事者たちは忘れるはずもないことだが、そ
の当事者たちは、生き残ってしまったこと自体を恥として、
それについては心に秘めたまま口を開くことさえしない。
そんな重たい現実が胸に突き刺さってくる作品だった。

共演は、重症患者の男性にティム・ロビンス、基地のコック
役に『トーク・トゥ・ハー』などのハビエル・カマラ、そし
てジュリー・クリスティーが重要な役で出ている。
本作は、今年の東京国際映画祭と併催の女性映画祭で上映さ
れた。でもそれは六本木と渋谷のメイン会場ではなく、表参
道のウィメンズプラザで上映されたものだ。何故この作品が
メイン会場で上映されなかったのかにも疑問を感じた。
なお、映画の途中で、突然日本語の歌が聞こえてきた。その
歌は、エンドロールによるとKENKA WA KIRAIという題名だそ
うだが、アニメの主題歌のような感じのものだった。その他
にも、“Voyage to the Bottom of the Sea”“Mr.Magoo”
などの話題が出てきたり、その辺はちょっと不思議な感じの
作品でもあった。

『鉄コン筋クリート』
松本大洋原作のコミックのアニメ化。
20世紀の色を残しながらも再開発の波に晒され、新しい街へ
と変貌しつつある宝町という名の下町を舞台に、街を守ろう
とする少年たちと、再開発に加担する大人ヤクザとの闘いを
描いた作品。
その街にはネコと呼ばれる2人の少年がいた。それぞれの名
前はシロとクロ。彼らの前には、他の街からの挑戦者も現れ
るが、そんなものは一蹴し、街を熟知した土地勘とヤクザも
震え上がる暴力で街を守っている。
しかしその街にも変化の波は押し寄せて来る。古い町並を破
壊し、「子供の城」と呼ばれるアミューズメントパークを中
心とした再開発が進められているのだ。そして、その再開発
に加担するヤクザたちは、邪魔になるネコたちを排除しよう
としていた。そのため送り込まれた3人の殺し屋や、ヤクザ
内の抗争、さらに警察の動きなどが交錯して巨大な群像劇が
描き出される。
監督のマイクル・アリアスはカリフォルニア出身で、『アニ
マトリックス』のプロデューサーなども務めているが、元々
はCGI技術者。そのアメリカ人が、10年ほど前の来日中に
出会った原作の虜となり、同じく『アニマト…』に関わった
STUDIO4℃と共にこの作品を作り上げた。
物語的には、主人公たちが空を飛んだり荒唐無稽なところも
あるが、それがアニメーションとして提示されると、一種の
心象という感じにもなって、抵抗感が薄らぐ。これもアニメ
ーションの特性を活かした作品と言えそうだ。
しかも描かれる子供たちの躍動感は、プロダクションノート
によると、フェルナンド・メイレレス監督の『シティ・オブ
・ゴッド』が参考資料として配られたということで、その意
図がよく判る作品になっている。
確かに暴力描写などはかなり過激だが、それ以前に、そこに
追い詰められて行く主人公たちの心情などが丁寧に描かれ、
それは理解できるように作られている。そして何よりクロと
シロの互いに思いやる気持ちが見事に描かれていた。
このクロとシロの声を、二宮和也と蒼井優が演じているが、
二宮の抑え気味の声の調子や、蒼井の微妙なせりふ回しは、
何とも言えない情感を醸し出して見事だった。特に、蒼井の
シロは素晴らしかった。

『硫黄島からの手紙』“Letters from Iwo Jima”
10月に紹介した『父親たちの星条旗』に続くクリント・イー
ストウッド監督による硫黄島2部作の2本目。渡辺謙が演じ
る硫黄島総司令官・栗林中将を中心に、圧倒的な勢力の米軍
を37日間も足止めさせた日本軍の姿が描かれる。
物語の発端は現代。硫黄島で遺骨の収集や調査をしている人
たちが、洞窟内で地中に埋められた布袋を発見するところか
ら始まる。そこに入っていたものは…そして物語は、太平洋
戦争末期、栗林が硫黄島の総司令官として着任するシーンへ
とつながって行く。
このような布袋が本当に発見されているかどうかは知らない
が、原作になっているのは、栗林がアメリカ留学中に家族に
送った絵手紙集ということだ。その絵は映画の中にも何度か
出てくるが、そんな絵を愛し、家族を愛した男が玉砕して行
く物語だ。
何度も書いているが、基本的に戦争映画は好きではない。特
に人殺しを英雄のように描く作品は不快そのものだ。しかし
この映画にはそのような英雄は出てこない。栗林にしても、
戦略的な能力を発揮しはするが、描かれるのは現実に苦悩す
る司令官の姿だ。
それにしても、第1部に描かれたアメリカの戦費が綱渡りで
あったこと、従って、硫黄島がもう少し時間を稼げれば日本
は負けなくて済んだかもしれないということ。しかし、第2
部に描かれた日本軍の上層部の無能さ故に、硫黄島が到底こ
れ以上は守り切れなかったこと。
この2つの状況を通して見せられると、現在A級戦犯と呼ば
れている連中が本当に無能で、アメリカ軍にとって以上に、
日本国民にとって戦犯であったことがよく判る。そして、こ
んな奴らを毎年詣でている今日の政治家の馬鹿さ加減もよく
判るものだ。
実際、米艦隊がサイパンを出発したことは即刻情報が入るの
に、栗林自身、着任するまで日本海軍がすでに壊滅したこと
を知らされていなかったり…その辺の軍部の情報操作が、結
果として無意味となる玉砕を生んでしまったことを、映画は
明らかにして行く。
その一方で、「硫黄島を守る栗林中将」という歌が作られ、
ラジオで放送されていたということにも驚かされた。
なお、映画では主人公に赤紙が来るシーンや内地での憲兵隊
の横暴を描くシーンが、まるで日本映画のように描かれ、イ
ーストウッドが、その辺も実に良く準備研究したことが理解
できた。そんな日本人の心に立った作品とも言える。
渡辺以外の出演者は、兵卒役の二宮和也、1932年のロサンゼ
ルスオリンピック馬術で金メダルに輝いたバロン西役の井原
剛志、他に加瀬亮、中村獅童、裕木奈江ら。年内のアメリカ
公開が実現したら、二宮の助演賞候補は有り得そうだ。

『Mr.ソクラテス』(韓国映画)
ヤクザのチンピラが、警察組織内に足掛かりを作ろうとする
ボスの手引きでスパルタ教育を受け、警察官になる…という
お話。最近どこかで聞いたような話だなあ、と思いつつも、
しかしそこからの物語は全く違うと言うか、一捻りも二捻り
もあって本当に面白かった。
前半は、主人公が連れ込まれる謎の学校での異常なスパルタ
教育ぶりが描かれるが、元々チンピラで勉強など嫌いなはず
の主人公が、目的も聞かされずに、しかも猛勉強をするよう
になる過程を、それなりに納得できるように描いているとこ
ろが見事な脚本だ。
さらに後半では、最初は交通警官の主人公が刑事に抜擢され
て行く経緯や、最後の真相を突き止めるまでの展開、またそ
れを彩るアクションなども丁寧に描かれていて、この辺は本
当に映画をよく判っている人の仕事だという感じがする。
何しろ、拷問とも言える前半のスパルタ教育も映像的だし、
後半は主人公の疾走シーンや銃撃戦、その他のアクションも
盛り沢山に、しかもタイミング良く織り込まれていて、観客
を飽きさせない工夫が随所に見られるものだ。
しかも全体はコメディを基調として気楽に楽しめるようにな
っているが、スパルタ教育で実際に描かれる教育の内容は、
物理法則の説明などもそれなりに理に叶っているなど、細か
い点にも良く配慮が行き届いている。
脚本・監督のチェ・ジノンは本作が第2作。本作の準備には
3年を費やしたということだが、周到な準備が充分に活かさ
れた作品とも言えそうだ。
出演は、主人公に『マイ・リトル・ブライド』などの恋愛も
ので人気を得ているキム・レウォン。前作は2005年4月に紹
介しているが、基本的には甘いマスクに、今回はかなりワイ
ルドな感じも出ていてファンには喜ばれそうだ。
他には、スパルタ教育先生役のカン・シニル、主人公の先輩
刑事役のイ・ジョンヒョク、悪徳弁護士役のユン・テヨウら
が良い味を出していた。なお、この種の話で女っ気がほとん
ど無いというのも、最近では珍しい作品と言えそうだ。

『インビジブル2』“Hollow Man 2”
2000年にポール・ヴァーホーヴェン監督によって映画化され
た透明人間物の続編。本作でヴァーホーヴェンは製作総指揮
を務めている。
前作で軍の秘密研究として進められていた人間の透明化の実
験は、透明化には成功したものの、被験者を元に戻すことが
できず、さらに被験者の精神状態が徐々に変調して、殺人鬼
になって行く過程が描かれた。
透明人間が精神に変調を来し殺人鬼になって行くという考え
は、元々のH・G・ウェルズの原作にもあるもので、その意
味では2000年の作品は、ウェルズの原作を正統に継承した映
画化だとも言えたものだ。
そしてその続編では、軍が継続した研究はすでに成功の域に
達しているという設定で始まる。しかしある事情で、被験者
というか透明化して特殊任務に着いた男が、軍に反抗して逃
亡しているというものだ。
この透明になった逃亡兵をクリスチャン・スレーターが演じ
るが、実は主人公は彼ではなく、その後を追う刑事と元軍の
研究員だった女性科学者が主人公になる。特に、この女性科
学者が、あるときは囮とされ、またあるときは研究者として
逃亡兵に立ち向かって行く展開だ。
その刑事役は、『サキュー・ボーイズ』などのピーター・フ
ァシネリ。また、女性科学者役にはテレビでイラク戦捕虜の
ジェシカ・リンチを演じたローラ・レーガンが扮している。
全体としての作りはB級だし、実際アメリカでは劇場公開も
されなかった作品だが、物語の展開はそれなりに破綻もなく
しっかりしているし、CGIも前作ほど豪華ではないにして
も、それなりに見せ場は作っている。
ただし、なぜ兵士は逃亡したかの理由付けが、一応台詞で説
明はされるのだが、その根本の理由が抜けているような気が
した。多分、そこにも何らかの問題があったのだろうが、そ
の事情が不明だと、今回提示されている結末にも多少疑問が
生じてしまうものだ。
しかし、第3作の伏線も敷かれていたようだから、その辺の
事情はシリーズが進めば明らかにされて行くのかな? 第3
作の製作情報はまだ来ていないようだが…

『007/カジノ・ロワイヤル』“Casino Royale”
007映画シリーズの第21作にして、イアン・フレミングが
執筆した小説シリーズ第1作の映画化。この映画化の経緯に
ついては、製作ニュースの第81回にも書いているが、ソニー
によるMGM買収記念としては最高の作品になった感じのも
のだ。
しかも今回は、第1作の映画化ということで主演にも新たな
俳優を起用し、物語も原点に戻して007の誕生から始めら
れるという願ってもない展開になっている。
物語の背景は現代。新たに00の資格を得たボンドは、最初
の任務としてマダガスカルでテロ組織の資金源となっている
謎の男を追う。そして謎の男からの司令を受けた爆弾男を追
い詰めたボンドは、そこが某国の大使館であるのもかまわず
男を射殺してしまう。
この事態に英国外務省はMに抗議するが、ボンドは次の手掛
かりを求めてバハマ諸島へ、そこで武器商人のディミトリオ
スを突き止め、さらに舞台はマイアミの国際空港へと移る。
そして再び爆弾テロを直前阻止したボンドは、ついに謎の男
ル・シッフェルへと辿り着く。
ル・シッフェルは、爆弾テロを利用して闇の資金を操り巨額
の富を得ていたが、ボンドが相次いで阻止したために窮地に
陥っていた。その損失を補填するため、カードの名手でもあ
るル・シッフェルがモンテネグロの「カジノ・ロワイヤル」
で勝負に出ると知ったボンドは、英国財務省から資金を調達
してその勝負に参加、資金を奪い取る作戦を立てるが…
これに、財務省から派遣された美女ヴェスパー・リンドや、
CIAのエージェント、地元のエージェントなどが絡んで、
ドラマが展開して行く。脚色は『クラッシュ』『父親たちの
星条旗』などのポール・ハギス。
ところで007というと、最近では派手なアクションが注目
を浴びることが多い。本作ももちろんアクションは強烈だ。
しかし今回は、まず敵を追って走ることを基本に、どれもが
地に着いたというか、実際には不可能かも知れないが、いか
にもやれそうな感じのするアクションが次々に展開する。こ
の辺が今回の作品の第1の魅力と言えそうだ。
そしてそのアクションを、新ジェームズ・ボンド役のダニエ
ル・クレイグが見事に決めている。
共演者には、M役は5作目のジュディ・ディンチを始め、エ
ヴァ・グリーン、ジャンカルロ・ジャンニーニ。他に、デン
マーク出身のマッツ・ミケルセン、フリーランニングの提唱
者セバスチャン・フォーカンらが登場する。
一方、本作のエンドクレジットでは、VFXと並んでミニチ
ュア担当のスタッフの名前がかなり長く続く。実際、本作で
はそれを必要とした見事なミニチュアシーンが展開される。
元々007シリーズは、『サンダーバード』のスタッフらも
加わったミニチュアワークが売り物だった時期もあるシリー
ズだ。また、今回の監督マーティン・キャンベルが、前回担
当した『ゴールデンアイ』は、実はミニチュア特撮マンのデ
レク・メディングスの遺作であったりもしている。
それらを引き継ぐ本作は、CGIとは違ったミニチュア特撮
の魅力も存分に楽しませてくれるものだ。
いよいよ再開された007。次回作の題名等は未発表だが、
フレミングの第2作“Live and Let Die”をリメイクするの
も良いような気がしてきた。

『百万長者の初恋』(韓国映画)
原題がどうかは知らないが、この邦題だけを見ると、女友達
は沢山いるが本当の恋を知らない大金持ちの男性が、ふと知
り合った女性と恋に落ちる、そんな『プリティ・ウーマン』
のような物語を想像した。しかし、一筋縄では行かないのが
最近の韓国映画だ。
物語の発端は、主人公が高校3年になり、ホテルオーナーだ
った父の遺産を相続できる年齢となるが、その相続の条件と
して、とある田舎の高校に転校し、そこを卒業しなければな
らなくなる、というまあ映画としてはありそうな展開。
ところがその前に、ちょっと変わった少女が彼のホテルに現
れたり、その少女がある女性の許を訪ねたりという描写があ
って、その繋がりが興味をそそられる。そしてその少女は、
彼が転校した先の高校の学級委員長だったという繋がりにな
るのだが…
そこから先は、何と言うかかなり厳しい条件付の物語を、実
に巧くドラマに仕立て上げているという感じで、ええっ?と
思いながらも、何となく納得して見てしまったものだ。しか
もそれが、文章では描き難い、実に映画的な面白さのように
も感じられた。
かなりずるいと言うか、設定は作り過ぎの話だし、その意味
ではあざとくもあるのだが、見ている内に観客も素直な気持
ちになれる、そんな感じもしてきた。実際この話を下手に作
るとただの嫌みになると思うのだが、その辺のバランスが良
いと言うところだろう。
監督は、2001年『火山高』、2004年『オオカミの誘惑』など
のキム・テギュン。主演は、ヒョンビンとヨンヒ。俳優の2
人は共に映画は初主演のようだが、監督は過去の作品でもい
ろいろなスターをブレイクさせているということで、この2
人にも注目が集まっているものだ。
因にヒョンビンは、すでにテレビで人気が沸騰しているよう
だが、本作はそのテレビのキャラクターを髱髴とさせるもの
になっているそうだ。一方のヨンヒは、テレビの主演もない
そうだが、実は日本のマクドナルドのCMに登場していると
いうことだ。
恐らく来年にブレイクする、そんなニュースターの誕生を、
自分の目で見て確かめておくのも良いという感じの作品だ。



2006年11月15日(水) 第123回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 11月10日にこのページのヒット数が10万件を超えました。
第1回は2001年10月22日ですから約5年掛かりましたが、実
は9万に到達したのが今年8月8日で、そこからは約3カ月
で1万ヒット増になっています。読んで下さる皆さんのお陰
です。これからも気力と体力のある限り続けますので、どう
かよろしくお願いします。
        *         *
 ということで、今回はこの話題から。
 アジアを代表してハリウッドでも活躍する2人のカンフー
スター、ジャッキー・チェンとジェット・リーが共演する計
画が発表された。
 この計画は、『ライオン・キング』や『スチュアート・リ
トル』などのロバート・ミンコフ監督が進めているもので、
脚本は、『オーシャン・オブ・ファイアー』や、TWCがチ
ャン・ツィイー主演で進めている“The Seven Samurai”の
リメイク計画にも参加しているジョン・フスコ。また、『マ
トリックス』などのユエン・ウーピンがアクション監督を担
当し、来年4月からの撮影が予定されている。題名は未定だ
が、J&Jプロジェクトと呼ばれているようだ。
 内容は、中国の伝説に基づく猿の王の物語とされており、
この猿の王が行う「不死を求める冒険の旅」を描くというこ
とだ。といっても、監督の今までの作品傾向から考えると、
殺伐としたものにはなりそうもなく、ファミリー向けのアド
ヴェンチャー映画が予想される。
 そして計画では、リーが猿の王など2役を演じ、チェンは
それに対抗する僧侶を演じるものだが、この2人の対決も用
意されているということで、そこにウーピンが絡むと、これ
は大変なことになりそうだ。元々ウーピンとリーはワイアー
アクションが強そうだが、チェンのアクションは、それとは
ちょっと違う訳で、その組み合わせは興味深い。
 なお、リーは『SPIRIT』の完成後にマーシャルアー
ツは封じるとしていたが、今回の作品はアクションアドヴェ
ンチャーの中にマーシャルアーツ的な要素が挿入されるとい
う程度のものだから、その禁には触れないようだ。むしろ、
生身のマーシャルアーツでは出来ないような派手なアクショ
ンを期待したいところだ。
 製作はリレイティヴィティという新興の会社が担当し、製
作費は7000万ドル。配給権は11月初旬に開催されたAmerican
Film Market(AFM)でセールスされたようだ。
 因に、このリレイティヴィティという会社はヘッッジ・フ
ァンドの資金で運営されているというものだが、第121回で
紹介した“3:10 to Yuma”のリメイクや、第68回で紹介した
ブライアン・デ・パルマ監督『アンタッチャブル』の前日譚
“The Untouchables: Capone Rising”の製作も進めている
ようだ。そしてこの前日譚では、製作費7000万ドルで、デ・
パルマが再び監督し、アメリカ配給を当初計画していたパラ
マウントが担当することも発表されている。
        *         *
 第3回と第66回でも紹介した日本製テレビアニメシリーズ
“Speed Racer”(マッハGo!Go!Go!)を実写でリメイクする
計画で、ウォシャウスキー兄弟による『マトリックス/リヴ
ォルーションズ』以来となる監督が正式に決定し、来年夏の
ヨーロッパでの撮影と2008年夏の公開が発表された。
 この実写版の計画は、製作者のジョール・シルヴァが10年
以上も前から進めて来たものだが、その間、ジュリアン・テ
ンプルやガス・ヴァン・サント、アルフォンソ・キュアロン
ら、幾人もの監督の名前が挙がったものの、製作費が掛かり
過ぎるなどの問題で実現できなかった。
 しかし今回は、兄弟が新鮮で実現できる規模のアイデアを
提供し、『マトリックス』と同じくワーナー+ヴィレッジロ
ードショウの共同製作で進めることになっている。物語は、
マッハ号を操る主人公と謎のレーサーXとの関わりを描くも
のになりそうだが、兄弟と製作者は、Rレイトで公開された
『マトリックス』より広い観客層を想定した物語にするとし
ており、脚本は、現在兄弟が執筆中とのことだ。
 ただし、このレーサーXとの関わりを描くというアイデア
は、第66回で紹介したように俳優のヴィンス・ヴォーンが提
案したものだったはずで、その辺のことは配役も含めて今回
は報告されていなかった。
 また、撮影をヨーロッパで行うことに関しては、『Vフォ
ー・ヴェンデッタ』をドイツで撮影した経験から当地のVF
Xの実力を見極めたということだが、アニメの荒唐無稽な映
像をどこまで実写のVFXで再現できるかも期待される。な
お、VFXのスーパヴァイザーは、最初の『マトリックス』
でオスカーを受賞し、その後も手掛けたのジョン・ガーエイ
ターが担当しているが、『マトリックス』の最後ではCGI
に頼り過ぎて失敗した経験を活かしてもらいたいものだ。
        *         *
 前回と前々回の記事の続報で、トム・クルーズがMGM傘
下のユナイテッド・アーチスツ(UA)の再生に向けて協力
することが発表された。
 これは、具体的にはクルーズの盟友ポーラ・ワグナーが、
UAのCEO(最高経営責任者)に就任するというもので、
今後UAはMGMとさらに親会社のソニーの意向を受けて、
低予算から中規模(製作費5000万ドル以下)までの作品を中
心に、毎年4本程度ずつ製作して行くことになる。ただし、
製作費はもっと大形のものも容認されているようで、ここに
は前回紹介したクルーズの支援者からの資金投入もあるとさ
れる。その製作計画は、近日中に発表されるとのことだ。
 製作会社としてのクルーズ/ワグナーは、トム・クルーズ
主演の大形映画を製作する傍らで、以前からインディーズ作
品の製作にも手を貸していたから、今回UAのブランドを持
つことは、その延長線上の仕事ということにもなるものだ。
ワグナーはCEO就任に当って、「よりアーチストにフレン
ドリーな製作会社を目指す」としている。これでチャップリ
ンらが設立し、ウッディ・アレンやロバート・アルトマンを
開花させたUAが、再び新しい歴史を刻み始める。
 ただし、クルーズ個人はMGM/UAと専属契約を結んだ
ものではなく、今後も他社の作品にも出られるということ。
またクルーズ/ワグナーも他社との提携を認められているよ
うだが、クルーズの次回作には、今回の提携をアピールする
意味も含めてMGMの大形作品が優先される可能性は高く、
そこには“Terminator...”の噂もあるようだ。
        *         *
 2000年にビリー・ボブ・ソーントン監督、マット・デイモ
ン、ヘンリー・トーマス、ペネロペ・クルスらの出演で映画
化された『すべての美しい馬』の原作者コーマック・マッカ
ーシーの新作“The Road”の映画化権が、インディペンデン
スの製作者ニック・ウェクスラーと契約され、ガイ・ピアー
スの主演で“The Proposition”という作品を撮り終えたば
かりのオーストラリア出身の監督、ジョン・ヒルコットの手
で映画化されることになった。
 物語は、息子を安全地帯に連れて行くため、荒野を旅して
いる男を主人公としたものだが、実はこの荒野というのが核
爆発後の悪夢のような世界というもので、『すべての…』に
描かれたような西部劇の世界とはかなり違ったものになりそ
うだ。しかもこの作品には、餓死寸前の落伍者や彼らを襲う
強奪者の群れ、さらにカニバリズムなどのダークな要素もあ
って、大手の映画会社では製作できないとされたもの。しか
し、ウェクスラーはインディペンデンスの強みとして、クリ
エーター達には最大の自由を与えて映画化を目指すとしてい
るものだ。
 なお、マッカーシーの原作からは、すでにジョエル&イー
サン・コーエン監督で、トミー・リー・ジョーンズが主演す
る“No Country for Old Men”が撮影完了しており、また、
ジョッシュ・ブローリンの主演で“Blood Meridien”という
作品の映画化も進められている。これらはいずれも西部劇の
ようだが、各社引く手あまたの原作者が、その各社から断ら
れたという原作の映画化には興味津々というところだ。
 因に、今回の映画製作に関しては、シュワルツ・コミュニ
ケーションズというPR会社が関係しており、同社が設立し
たチョックストーン・ピクチャーズというプロダクションか
らウェクスラーに話が持ち込まれている。このプロダクショ
ンでは、すでにテレンス・マリック監督の次回作で、劇作家
イスラエル・ホロヴィッツ脚本による“Eager to Die”とい
う政治スリラー作品の製作も手掛けているそうだ。
        *         *
 ドリームワークス・アニメーション(DWA)の“Shrek
the Third”は来年5月18日に公開されるが、その第3作に
も登場している「長靴をはいた猫」の主人公にした派生作品
“Puss'n Boots”について、当初予定されていた2008年にD
VDで直販する計画を変更、2010年に劇場公開する方針が発
表された。
 この計画変更は、同社のCEOのジェフリー・カツェンバ
ーグが決断したもので、「DVDの直販用だと、どうしても
作品の品質が下がるため、『シュレック』シリーズで培った
ファンの期待を裏切る恐れがある。そこで、この作品は劇場
公開を目指すこととし、その品質を高めるために公開時期を
2年遅らせる」というものだ。
 因に、同社が昨年秋に株主向けに報告した業務計画では、
2008年以降は毎年2本の劇場公開と、1本のDVD直販作品
を製作するというものだったが、その最初の直販作品が消え
ることになる。また、すでにDVD直販で展開を始めている
『マダガスカル』のペンギンたちを主人公にした派生作品に
ついては、テレビシリーズ化を並行して行うということで、
直販の路線を消滅させるものではないとしてはいるものの、
今後は基本的には直販のみを目的とした作品は製作しないこ
とになるようだ。
 また同社では、併せて2009年の夏と秋に劇場公開する2作
品についても公表している。
 まず、2009年の夏5月22日公開の作品は、“Monsters vs.
Aliens”。以前は“Rex Havoc”のタイトルで紹介されてい
たもので、エイリアンと闘うモンスターハンターを主人公に
したホラーコミックスが原作の作品ということだ。
 さらに2009年の秋11月22日公開は、“How to Train Your
Dragon”。クレシダ・コウェル原作の児童書を原作とするも
ので、ヴァイキングの族長の息子が親の跡を継ぐ証として、
ドラゴンを捕えて訓練するお話となっている。
 なお来年の公開予定は、5月18日の“Shrek the Third”
と、“Bee Movie”が11月2日の全米公開となっている。ま
た、2008年は5月23日に“Kung Fu Panda”と、11月7日に
“Madagascar”の続編ということだ。
 そして、多分2010年の夏に“Puss'n Boots”となりそうだ
が、この他に同社では“Punk Farm”、『マウス・タウン』
に続くアードマンとの共同製作で“Crood Awakening”、そ
して“Shrek 4”などが予定されているものだ。
        *         *
 クリーチャーFXの第1人者、スタン・ウィンストンが主
宰するプロダクション(SWP)と、映画セールス会社のオ
デッセイ・エンターテインメントが契約を結び、SWPが製
作する複数作品のセールスを担当することが発表された。
 因に、この映画セールス会社というのは、プロダクション
と配給会社の間に立って、各社が企画を売り込むフィルム・
マーケットなどの会場で、主にインディーズ系や海外の配給
会社に配給権のセールスを行うもののようだ。
 そしてSWPとオデッセイでは、すでに“The Deaths of
Ian Stone”という作品で協力を開始しており、イタリア人
のダリオ・ピアナ監督が、1000万ドルの製作費で今年の夏に
ロンドンとマン島で撮影したこのホラー作品に関しては、撮
影されたフィルムも使ったセールスプロモーションが、AF
Mで行われている。
 さらに今回の契約に基づいては、“Speed Demon”という
作品の事前セールスもAFMで行われている。この作品は、
砂漠のハイウェイを舞台に、裏社会の執行人がハイウェイ沿
いの小さな町に逃げ込んだチンピラを狩る内、自分が謎めい
た恐ろしいクリーチャーに後をつけられていることに気付く
というもの。ドイツ出身のピーター・ウィンサー監督による
ホラー映画だが、現在プレプロダクション中で、このセール
スに基づいて来年春に製作開始となるようだ。
 またSWPとオデッセイでは、続けて“Way Station”と
いう作品も準備している。この作品は、今回の報道ではSF
チラーと紹介されていたものだが、第78回で紹介した“The
Way Station”との関係が気になるところだ。
 なお、SWPはウィンストンが独自に企画した作品を製作
するもので、『T2』『ジュラシック・パーク』『エイリア
ン2』で3度のアカデミー賞に輝くウィンストンが、他社の
作品のVFXを手掛けるときは、スタン・ウィンストン・ス
タジオの名称で行うということだ。
        *         *
 後半は、久しぶりにヴィデオゲームからの映画化の話題を
3つ紹介する。
 まずは、“Oddworld”というシリーズが話題となっている
ローン・ラーニングとシェリー・マッケナというゲーム開発
者が、CGIアニメーション専門のヴァンガード・アニメー
ションとの共同で、彼らが新たなゲームとして開発している
“Citizen Siege”という作品に基づく大人向けの長編アニ
メーションを、ラーニングの監督で製作することを発表して
いる。
 この計画は、ラーニングらが“Oddworld”の製作を続けな
がら数年前から映画とゲームの両面で展開することを目標に
企画してきたもので、当初は大量のVFXを使った実写作品
として各社に売り込んでいたということだ。この時にはラー
ニングは自分で監督することは考えていなかったそうだ。
 ところが、ヴァンガードに売り込みに行ったところ、元D
WAで『シュレック』の2作目までを手掛けた製作者で、同
社CEOのジョン・ウィリアムスから、この作品をCGIで
製作し、さらにラーニングが監督も手掛けることを提案され
たとのことだ。因にラーニングは、ゲーム開発者になる以前
は映画のVFXの仕事をしていたということで、映画製作に
ついての知識も備えているようだ。
 なお物語は、近未来を背景にしたダークな政治スリラーと
いうことだが、ウィリアムスは「『マトリックス』と『ター
ミネーター』の間に位置するような作品」とも評している。
そしてこの作品には4000万ドルの製作費が算定され、その資
金調達のためにAFMでのプロモーションが行われている。
ただしヴァンガードには、スターツ・メディアという会社が
30%の資本参加をしており、配給権は同社が持つことになる
もので、今回のプロモーションは出資者のみを募るものだ。
        *         *
 お次は、マイクロソフトが鳴物入りで始めたゲームソフト
“Halo”の映画化が頓挫する可能性が出てきた。
 この映画化では、ピーター・ジャクスンが製作を担当し、
1億2800万ドルの製作費が計上されて、当初はフォックスと
ユニヴァーサルが共同で配給を行うとされていた。しかし、
スターも出演せず、新人監督(コマーシャル出身のニール・
ベルムカンプという26歳の監督が予定されている)が起用さ
れるというこの作品に対して、マイクロソフト社側が興行収
入の19%を得るという破格の条件に折り合いが着かず、両社
との契約はすでに解除されたものだ。
 そこで引き継ぐ会社は…というところが、ゲーム機ではラ
イヴァル関係にあるソニーと、同じくアップル社のCEOが
現在最大の株主で、取締役会のメムバーにもなっているディ
ズニーは除外。さらにジャクスンと係争中のニューラインも
無理。となると、残りはワーナーとパラマウントだが、両社
もあまり乗り気ではないようだ。
 また、通常この種の交渉では、製作者側が数字を下げるな
どの取り引きが行われるものだが、今のところマイクロソフ
ト社にはその気配もないのことだ。因にマイクロソフト社で
は、メル・ギブスンの『パッション』の製作に対して資金を
提供し、同様の配給交渉を行った実績があるようで、その成
功が強気にさせているとの観測もある。
 第81回で紹介したアレックス・ガーランドの第1稿から、
“Ender's Game”のD・B・ウェイス、さらに『ヒストリー
・オブ・ヴァイオレンス』のジョッシュ・オルスンがリライ
トした脚本もすでに完成し、ニュージーランドのウェタスタ
ジオでは撮影準備も始まっているということだが、このまま
では全てが無駄になってしまう可能性もありそうだ。
        *         *
 もう1本、1994年にゲーム会社のカプコンが、エドワード
・プレスマン製作、スティーヴン・E・デスーザ脚本監督、
ジャン・クロード・ヴァンダムの主演で映画化した“Street
Fighter”を、今回はアメリカの映画会社ハイドパークとの
共同製作でリメイクすることが発表された。
 前の映画化は、『ダイ・ハード』などの脚本家のデスーザ
が自ら初監督したものだが、ヴァンダムを中心にゲームの全
キャラクターが登場するという構成で、格闘技ものとしては
まずまずと思う反面、最後の敵(ラウル・ジュリアの遺作と
なった)との闘いがあっけなかったりして、ガイドブックで
の評価も星3つ対BOMBと2分されているものだ。
 それに対して今回は、女性ファイターのチュン・リーを中
心とした物語となるということで、ジャスティン・マークス
という脚本家が手掛けた詳しい内容は秘密にされているが、
ちょっとひねった展開が期待されそうだ。
 監督や配役は未発表だが、カプコンでは2008年のゲーム発
売20周年に合せた公開を狙っているようだ。
        *         *
 後は短いニュースで、
 まずはキルスティン・ダンストが、“A Jealous Ghost”
と題されたA・N・ウィルスン原作のサイコスリラーの映画
化に、製作主演で参加することが発表された。この作品は、
ロンドンの大学に通う女性が1人の教授に近づく内に、悪魔
を見るようになるというもの。『シャイニング』や、1965年
にロマン・ポランスキーがカトリーヌ・ドヌーヴ主演で映画
化した『反發』のような傾向の作品と言われている。そして
ダンストは、このダークな題材に自ら興味を持って製作を買
って出たということだ。
 最後は、サミュエル・L・ジャクスンが、レニー・ハーリ
ン監督の“Cleaner”と題された犯罪映画に主演する。内容
は、犯罪現場の掃除を行うことを専門にするスペシャリスト
の男が、ある日、殺人現場のクリーンアップに呼び出される
が、それはまだ通報されていないもので…というもの。明ら
かに犯罪が絡んでいる感じだが、映画はそこからの恐怖の体
験を描くことになるようだ。なお製作は、『エターナル・サ
ンシャイン』や“Babel”などを手掛けるアノイマス・コン
テンツと、ミレニアムが共同で進めているもので、片や文芸
映画、片やアクション映画のプロダクションの共同製作とい
うのも面白いところだ。



2006年11月10日(金) 酒井家のしあわせ、めぐみ、沈黙の傭兵、恋人たちの失われた革命、パプリカ、ファミリー、華麗なる恋の舞台で

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『酒井家のしあわせ』
サンダンス・NHK国際映像作家賞・日本部門を2005年に受
賞した呉美保の監督デビュー作。この賞は脚本段階で選考さ
れるもので、大林宣彦監督の下にいたこともある呉は、フリ
ーランスのスクリプターをしながら脚本を書き上げ、栄冠に
輝いたということだ。
そしてその脚本を自らの初監督で映画化したものだ。
物語は、三重県伊賀上野が舞台。酒井家は、中学2年の息子
と5歳の娘を含む4人家族だが、実は母親は再婚で前の結婚
では夫と長男を事故で亡くしている。そして息子は先夫との
間の子で、娘は再婚後の子供だが、父親は別け隔てなく接し
ようとしている。
しかし息子は思春期で、両親の存在をウザク感じており、一
方、しつけに厳しい母親の態度に対しては、夫婦の間も何と
なく言い争いが日常茶飯時となっている状況だ。そんな家庭
の姿が、息子の目を通して語られて行く。
とまあ、ここまではどこにでもありそうな一家の風景なのだ
が、ある日、父親が突然ゲイをカミングアウトして家を出て
行ってしまったことから、一家に危機が訪れる。そして母親
は、その町を離れ、実家のある大阪へに引っ越しを決めるの
だが…
ちょっと普通ではありそうもない話だが、もしかしたらどこ
にでもあるかも知れない、そんな物語だ。家族の幸せを一番
に考える父親と、その考えを理解し切れていない家族。監督
は女性だが、僕にはこの父親の行動が何となく良く理解でき
るような気がした。
僕も同じ立場になったら、こんな行動も考えてしまうかも知
れない。ふとそんなことも考えてしまった。もちろん、物語
は映画的でやり過ぎのお話ではあるが。これがある種の男の
ロマンでもあるかもしれない、とも思えた。

出演は、息子役を3歳の時から芸歴があるという『血と骨』
などの森田直幸、父親役をユースケ・サンタマリア、母親役
を友近。そして幼い妹役が鍋本凪々美。実際に中学2年とい
う森田の演技が良く。また、両親役の2人も見事に填ってい
た。
他に、濱田マリ、栗原卓也、三浦誠己、谷村美月、本上まな
み、赤井英和、高知東生。
同級生を演じる栗原は、大阪府大会優勝経験もあるサッカー
少年だそうで、同じくサッカー好きという森田とのボールを
使ったシーンは様になっていた。また谷村は、「海賊版撲滅
キャンペーン」のキャラクターとしてお馴染みの顔だ。

『めぐみ』“Abduction: The Megumi Yokota Story”
北朝鮮による日本人拉致事件を、初めて日本人以外の目で追
ったドキュメンタリー。監督はアメリカ在住のクリス・シェ
リダンとパティ・キム夫妻。製作を『ピアノ・レッスン』な
どの女性監督ジェーン・カンピオンが手掛けている。
1977年11月15日朝、普段通り学校へ向かった少女は帰ってこ
なかった。当時13歳の少女・横田めぐみを襲った拉致事件。
認定被害者数16人とされるこの国際的陰謀を、彼女の両親で
ある滋、早紀江夫妻と、同じく被害者・増元るみ子の兄照明
の姿を中心にまとめている。
1977年というと、SF映画史的には『スター・ウォーズ』が
アメリカで公開された年だ。それからすでに30年が経過して
いる訳だが、それでもまだ歴史の中に織り込むには早過ぎる
という感じがする。現時点でも動いている事件という感じの
するものだ。
実際、新潟の事件が報道され、世間に知られるのは1997年の
ことだから、それからはまだ10年しか経っていない訳だが、
恐らくそれまで政府にも相手にされなかったものが、一転、
小泉パフォーマンスの材料にされるなど、政府に利用され続
けた事件とも言える。
彼女の生死を含め、北朝鮮が隠し続ける事件の全貌はいまだ
明らかでないし、その点ではこのドキュメンタリーも中途半
端な形で終わらざるを得ない。しかし、事件は決してうやむ
やにしてはいけないものだし、その意味でこの作品が世に出
ることには意義がある。
ただし日本人にとっては、ここに映される映像の大半は何度
も見てきたものの繰り返しに過ぎないし、新たに得られる情
報はほとんどない。さらにそのカメラの先にあるのは被害者
の家族ばかりで、それに対する政府の動きなどもほとんど描
かれない。
その点では大いに不満も感じるが、この作品がまず拉致事件
を世界に知らしめることを目的としたものであるとき、それ
は仕方のないことと考える。実際、この作品が来年のアカデ
ミー賞の候補にでもなったら、それは大きな力を生むことに
なるはずだ。
現時点で、北朝鮮以上に事件に幕を引きたがっているのは、
北朝鮮への食料支援名目の農作物の買い付けにより農家票を
獲得したい政府与党のように思えるが、この作品が世界の世
論を動かして、事件の幕引きを阻止してくれることを期待し
たい。

『沈黙の傭兵』“Mercenary for Jstice”
スティーヴン・セガール主演によるアクション作品。
『沈黙』シリーズ最新作と銘打たれるが、以前にも書いたよ
うに別段主人公などが共通するシリーズという訳ではない。
それにしても、この『沈黙』という冠を最初に付けたのは、
1992年“Under Siege”の邦題を『沈黙の戦艦』としたワー
ナーだが、はっきり言って台詞廻しが下手で寡黙になりがち
なセガールの作品には、見事に填ったものだ。
ということで、今回のセガールの役柄は、CIAの手先とな
って隠密任務を遂行する傭兵部隊のリーダー。折しもアフリ
カの独裁国の内乱で、民主化を目指す反政府側に加担してい
るが、実はその裏では利権を巡る取り引きも進んでいた。
しかし主人公たちは、そんな裏取り引きには関知せず、犠牲
者を出しながらも上層部からの命令のままに任務を成し遂げ
る。と言っても寄せ集めの傭兵部隊は、内部のいさかいも絶
えず、そんな中で主人公は、信頼できる一部の人間を核に任
務を遂行して行くものだ。
そして、次ぎなる任務として、南アフリカの最高難度の刑務
所に収監された男の奪還作戦が命じられる。しかしそれもま
た利権に絡むもので、それを察知した主人公は…しかも守ら
なければならない戦友の家族を人質に取られて…そんな複雑
な状況の中で作戦が繰り広げられる。
まあ単純にアクション映画だし、展開には多少無理があるに
しても、見ている間だけ楽しめればそれで良いという作品。
その意味ではかなり楽しめるし、見た後の爽快感もそれなり
に感じられる。それだけあれば充分だろう。
それに今回は、特に前半の戦場のシーンなどはかなり大掛か
りで、それも充分に楽しめる。基本的に戦争映画は好きでは
ないが、この作品は戦争の是非などを描くものではないし、
ましてや戦争を美化するような英雄的な描き方もしていない
から、その意味では気楽に楽しめた。
製作は、『沈黙の聖戦』『…標的』『…脱獄』に続けてラン
ダル・エメットとジョージ・ファーラ。『悪魔の棲む家』の
リメイクに参加、“Day of the Dead”“Red Sonja”などの
リメイクも計画して、最近のアクション映画では特に注目を
集める2人のお陰で、セガールも存分に力を発揮できるよう
になったようだ。

『恋人たちの失われた革命』“Les Amants Reguliers”
1968年のカルチェラタン闘争を発端に、最終的な年号の表示
はなかったが、恐らく1970年までの3年間のパリの若者たち
の姿を描いた上映時間3時間2分、モノクロ・スタンダード
の作品。
監督・脚本のフィリップ・ガレルは1948年の生まれだから、
1968年にはちょうど20歳。そしてこの映画の主人公のフラン
ソワも20歳の設定という作品だ。
16歳のときから作品を発表している監督は、この当時はすで
に認められた存在で、そんな監督と学生運動との関わりがど
うであったかは判らないが、この作品が監督による当時の出
来事に対するオマージュであることは間違いない。
物語は、カルチェラタンの闘争に参加して革命を叫びながら
も、結局、革命は成就せずに挫折を味わった当時の若者たち
の姿を写して行く。
主人公は20歳だが、詩人として有望視されており(当時の監
督の分身というところだろう)、闘争の後は、画家や彫刻家
などの芸術家のグループの一員となっている。しかしそのグ
ループは、革命の挫折を繰り言のように話しながら、やがて
はヘロインなどの麻薬に溺れる集団になってしまう。
そんな中で主人公は、彫刻家の恋人を得て、いつしか将来を
夢見るようになるのだが…
日本での学生運動は1969年がピークで、監督より1歳下の僕
はちょうどそのさ中を大学生として体験してきたものだが、
日本の場合は、70年安保は最初から止めようもないと諦めて
いたし、その後に成田などもあったから、それほどの挫折感
は持たなかった。
それに比べると、フランスの学生は本当に革命を夢見、挫折
して行ったことが、この作品でよく判った。そんな中で、主
人公の祖父が挫折感を漂わす孫に檄を飛ばすシーンなどは、
ちょっと微笑ましくも感じられた。因に、主人公とその祖父
は、監督の息子と父親が演じているものだ。
ただし、映画はそれぞれのシーンをかなりの長廻しでじっく
りと撮っているもので、懐かしさを持て見られる僕にはそれ
なりに入って行けたものだが、そうでないとちょっと取っ掛
かりがきついかも知れない。でもまあ、こんな時代が40年前
にあったということを理解してほしいとは思ったものだ。

『パプリカ』
1991年に雑誌連載で発表された筒井康隆の原作小説を、『東
京ゴッドファーザーズ』などの今敏が脚色、監督したアニメ
ーション作品。
他人の夢の中に入り込む装置SDミニの開発を巡って、その
未完成の装置が盗難・悪用されて、装置の暴走により現実と
夢が入り混じり始めた世界を描く。
パプリカとは、この物語の主人公で、装置を使って相手の夢
に入り込み精神分析を行う女性の呼び名。ところがある日、
最終調整の済んでいない装置が盗難に遭い、その装置に関わ
ったことのある人々の現実の中に夢が侵入し始める。
それは最初に装置の開発を行ってきた研究所の所長を襲い、
次いで開発の中心人物だった天才科学者も襲われる。この事
態にパプリカは、昏睡した科学者の夢に乗り込み、その根源
となっている夢を探し出して、盗まれた装置の所在を突き止
めようとするが…
先に『悪夢探偵』を紹介したばかりだが、本作は悪夢と言う
より誇大妄想狂の造り出した夢世界で、何しろ次から次に奇
っ怪なものが登場してくる。その映像はパレードの形で表現
されるが、いろいろなものが列を為して練り歩く姿は見もの
だった。
夢を描く映像というのは、イマジネーションの極致とも言え
るもので、生半可な作りでは観客を満足させられない。この
作品の場合は、原作にある程度のことまでは書かれていると
は言うものの、これはまさに原作者の頭の中を覗いている感
覚で、筒井康隆の奔放なイマジネーションが見事に映像化さ
れたものだ。
それはまた、生物でないもののが生物化したり、メタモルフ
ォーズや液状化など、まさにアニメーションの世界そのもの
と言えるもので、最近はCGIなどで実写でもかなりの映像
が造り出せるが、この作品こそは、アニメーションの特性が
最も活かされた作品と言うことができそうだ。
また最近のアニメーションでは、実写でもできると思わせる
作品も見かけるが、この作品はアニメーションだからこそ、
と言える感じのものだ。それに、2面性を持ったパプリカの
愛らしさやセクシーさも、なかなか生身の俳優では描き出せ
るものではない。
また、作品には映画青年の夢みたいなものも描かれていて、
その点でも気に入った。さらにプロの声優たちに交じって、
筒井、今の声の登場も聞き物となっている。

『ファミリー』(韓国映画)
窃盗と傷害で3年の刑に服した女性が保護観察付きで出所し
てくる。彼女は、保護官の斡旋で美容院に勤め始める。美容
師は彼女の幼い頃からの夢だ。
そんな彼女が自宅に戻ったとき、歓迎してくれたのは、収監
中は日本へ語学勉強に行っていると聞かされてきた幼い弟だ
けで、父親は早く家を出て行ってくれと言い放つ。彼女もま
た、今は亡き母親の苦難を言い出し、父親との仲の悪さが描
かれる。
ここで彼女が改心していればまだ救いようもあるのだが、彼
女はその足で昔蔓んでいたやくざの許を訪れるといった有り
様だ。しかも、そこでも彼女は、収監前に事務所の金が紛失
したことを疑われて、ボスに殴り飛ばされる。
そんなどうしようもない娘でも、父親にとっては我が子であ
り、最後には許さざるを得ない。そしてその父親が白血病で
余命いくばくもないことが判ったとき、彼女は初めて父親の
愛の大きさに気付かされる。
父親が彼女のために出世を棒に振った元刑事であったり、弟
が本当に弟であるのかどうかなど、いろいろなサブプロット
も絡めて、かなり激烈な物語が展開する。
まあ、いくらなんでも話を作り過ぎているという感じもする
が、これが映画というものだろうし、仮にこういうシチュエ
ーションがあったら、こうなってしまうだろうなあという程
度には、話も出来ているものだ。その分、結末は見えてしま
うものだが…
主演は、韓国テレビで「涙の女王」と称されるスエ、映画は
初主演。父親役は、『友へ チング』でも主人公の父親を演
じていたチュ・ヒョン。そして「弟」役を、『奇跡の夏』の
パク・チピンが出演しているが、実は本作の方が先に撮られ
たもので、これがデビュー作だったということだ。
韓国では2004年に公開、『ブラザーフッド』『オールド・ボ
ーイ』などの男性映画を相手に回して、女性主演の作品では
最高の200万人の観客動員を記録したとされている。なお、
韓国映画で家族を描いた作品では、父子または母子の片親で
あることが圧倒的に多いそうだ。理由は不明のようだが。

『華麗なる恋の舞台で』“Being Julia”
サマセット・モームが1937年に発表した『劇場』を、『戦場
のピアニスト』でアカデミー賞脚本賞受賞のロナウド・ハー
ウッドが脚色。ハンガリー出身で『太陽の雫』などのイシュ
トヴァン・サボーが監督した作品。
1930年代のロンドン・ウェストエンドを舞台に、人気絶頂だ
が美貌が気になり始めているスター女優と、彼女を取り巻く
人々を描く。
彼女の名前はジュリア。スター女優らしく奔放な生活を続け
るジュリアだが、興行主で舞台監督の夫は、暖かくそれを見
守っている。そして、彼女はパトロンとも優雅なときを過ご
すなど、満ち足りた人生だが、そろそろ美貌の衰えが気にな
っている。
そんなある日、夫の許に興行経営術を学びにアメリカ人の青
年が現れる。彼女の大ファンだという青年は、彼女を自宅で
のお茶に誘い、情熱的に彼女に迫ってくる。そしてベッドを
共にしたジュリアは、舞台での演技にも一層輝きを増すこと
になるが…
程なく青年には若い女優の愛人が登場し、その愛人をジュリ
アが次に予定している舞台の共演者にと推薦してくる。しか
も、野心家の愛人はジュリアの夫にも手を伸ばしているよう
で、夫の演出は彼女にばかりスポットライトを当てているよ
うにも見える。
そんな状況にジュリアは為す術もなく従ってしまうのだが…
このジュリア役をアネット・ベニングが演じて、昨年のアカ
デミー賞で主演女優賞候補にもなった作品だ。そして彼女の
周囲を、ジェレミー・アイアンズ、マイクル・ガンボン、ミ
リアム・マーゴリーズ、ジュリエット・スティーヴンスンら
イギリス演技陣が固める。
つまり、ロンドンの演劇界が舞台の作品にアメリカ人の女優
が主演している訳だが、なるほどこの華やかさはハリウッド
スターという感じのもので、周囲の堅実な演技の仲で一層華
やいで見える仕組みのものだ。
物語は、モーム原作らしくユーモアと皮肉に満ちたもので、
この原作からハーウッドは、最後に思わず喝采してしまうほ
どの痛快なものに仕上げている。見終って直ぐもう一度見た
くなるような作品だった。
なお、個人的な話だが、映画の登場人物がビールを注文する
際に、beer a pintと言っているのが嬉しかった。
これは以前にイギリス旅行をしたときの体験だが、レストラ
ンで昼食にビールを飲もうとして、普通に頼むとhalf pint
でしか出てこない。それではちょっと物足りなくて、お変わ
りを頼めばいいのだが、それもまだるっこしい。
それが2日目に隣のテーブルの人が、beer a pintと言って
いるのが聞こえてきた。1英パイントは約0.56リットルで、
昼食に飲むには手頃だったものだ。その後はそうやって飲ん
でいたが、何日目かにアメリカ人らしい旅行客の男性が、う
らやましそうに僕を見ながら小さいグラスで飲んでいるのを
見て、優越感に浸った思い出もある。
そんな訳で、この台詞には嬉しくなってしまったものだ。



2006年11月09日(木) 東京国際映画祭2006コンペティションその2

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※このページでは、東京国際映画祭のコンペティションで※
※上映された作品から紹介します。          ※
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『チェンジ・オブ・アドレス』
今年の審査委員長をジャン=ピエール・ジュネが務める関係
からか、コンペティションにはここ数年選ばれていなかった
フランス映画が2本選出されている。その内の1本。
舞台は現代のパリ。楽団に入るために上京したホルン奏者の
ダヴィッドが部屋を探している。そこに声を掛けたアナは、
友人のものとして部屋を紹介するが、実はその部屋は彼女の
もので、2人はルームメイトとなる。
ダヴィッドの引っ越しが完了した晩、2人はワインで乾杯し
ベッドを共にするが、アナは他に恋人がいると宣言。一方、
ダヴィッドも資産家の娘ジュリアにホルンを個人教授するこ
とになり、彼女に好意を寄せて行く。
そしてジュリアの本心を知りたいダヴィッドは、アナの助言
で、ジュリアを誘ってアナの所有する海辺の別荘に週末旅行
に出掛けるが…
まあ、何とも古典的な恋愛ドラマを見事に現代に甦らせたと
いう感じの作品。でもそこに展開する物語は、巧みに現代を
反映させているし、その手腕はなかなかなものだ。
脚本監督と主人公のダヴィッドも演じるエマニュエル・ムレ
は本作が第3作。前作がセンチメンタルな作品だったから、
本作では陽気な作品を目指したということだが、見事に納ま
って行く物語には思わず笑みがこぼれた。
それにしても女性2人を相手にするこのような物語は、下手
をすると願望充足に陥ってしまうものだが、この作品はそう
いうところにも落ちておらず、最後まで洒落た感じのドラマ
に仕上げていることにも感心した。

『十三の桐』
町中をラクダが歩く中国西部の小都市に暮らす10代の少年少
女たちの物語。
主人公の少女は、腕の立つボーイフレンドと共に、校内でも
一目置かれる存在だ。そんな彼女達のクラスに、2人の転入
生がやってくる。その1人は兄が死んで保険が下りたという
金持ちの息子で、もう1人は西域からやってきたちょっと粗
暴な少年。
その西域から来た少年は、顔繋ぎに昼飯に学校近くの屋台で
バーベキューを奢ると言い出すが、その実は金持ちの息子に
たかる魂胆だった。ところがそれに文句を言った主人公に少
年は好意を寄せるようになり、一方、元からのボーイフレン
ドは女性教師の寵愛を受けて疎遠になって行く。
そんな状況の変化の中で、主人公と少年関係は深くなって行
くが、ある日2人が揃って試験に遅刻したことから、学校は
2人の行動を問題にし始める。そして暴力行為を働いた少年
に学校は停学処分を課し、それに反発した少女は…
物語の背景は1999年となっているが、10代の少年少女の行動
というは、国の体制がどうであれ、あまり変わらないものだ
と再認識される作品だ。恐らく同じようなことは日本でも起
きているのだろうし、アメリカでもあるのかも知れない。
監督はこの物語を驚きの目を持って描いたようだが、日本人
の感覚というか、日本で描かれているドラマからするとさほ
どの驚きは感じられない。その点では、この作品は甘いよう
にも感じられた。今の時代には、もっと厳しい現実が待ち構
えているものだと思う。

『リトル・ミス・サンシャイン』
今年のサンダンス映画祭でも話題になったアメリカ映画。
成功のためのアクションプログラムを講演で唱えながらも、
自身は全く成功していない父親と、ニーチェに心酔し空軍の
テストパイロットを目指して無言の行を続けている長男。そ
れに、ドラッグ漬けのグランパ。
そこに転がり込んできた全米1のプルースト学者を自認しな
がらも2位の学者に嫉妬して自殺を図ったゲイの叔父さん。
その叔父の妹でもある母親。
そんな一家と共に暮らすオリーブは、全米美少女コンテスト
「リトル・ミス・サンシャイン」の座を目指す健康的な少女
だ。そして、惜しくも2位になった地区予選で、1位が辞退
したために転がり込んできた全国大会出場に向けて、一家総
出の旅が始まる。
何しろ長男は筆談でしか会話しないし、父親は自分の本の出
版で頭が一杯、そんな訳で各自ばらばらの一家が、末娘の晴
れ舞台のために旅を続けるのだが、使い古しの車は、途中で
クラッチが故障し、押し掛けでしかエンジンが掛からなくな
るなど波乱万丈。
そんなこんなで、最初は不承不承だった長男も徐々に心を入
れ替えて、最後は家族一丸となって行く。そんな家族再生の
物語だ。しかも、グレッグ・キニアやトニ・コレット、アラ
ン・アーキンといった芸達者に交じって、オリーヴ役のアビ
ゲイル・ブレスリンが溌溂とした演技を見せる。
きっちりと計算された脚本も見事だし、多分今年のコンペテ
ィションの中では一番完成された作品と言えるものだ。

『クロイツェル・ソナタ』
ロシアの文豪トルストイが1889年の発表した中編小説を、現
代のスイスを舞台に、イタリアの監督が映画化した作品。
資産家の息子がピアニストの女性に恋をし結婚する。女性は
家庭に入り、子供を生んで音楽からは離れるが、やがて子供
が成長すると、再び音楽への情熱が甦り始める。そして妻は
奔放に芸術家としての生活を始めるが、そんな妻に夫は嫉妬
し、それは夫婦の間に深い溝を造り出して行く。
そんな物語が、天候不順で飛ばなくなった飛行機を待つ一晩
を掛けて語られて行く。しかも、最初に「僕は妻を殺した」
と言う発言から始まるのものだ。
原作は、出版禁止の処分を受けたということだが、この映画
ではそれほど過激な描写ない。逆に、流麗とも言える映像で
魅了して行く作品でもある。監督は、ドキュメンタリー出身
ということだが、しっかりしたスタッフの支えられて存分に
物語を語っているという感じの作品だ。
なお、妻役はヴァネッサ・インコントラーダという女優が演
じているものだが、ピアノの演奏シーンは見事だった。
そして、その妻が弾き語りで“Beyond the Sea”を歌うシー
ンが終盤に登場する。この曲は元歌がフランスのシャンソン
だが、何故かここでは英語で歌われる。映画のせりふはイタ
リア語だったから、これがイタリア語で歌われても判らない
ところだが、敢えて英語で歌われたことが、夫婦の溝を見事
に描き出しているようにも感じられて出色な感じだった。
しっかりした物語で、映画的には破綻のない作品。ただそれ
がちょっと物足りなくもある。
        *         *
 以上で今年のコンペティション部門の15本を紹介したが、
今年は昨年に比べて作品の粒は揃っていた感じだ。しかし、
全体的にはどれもが小粒で、どんぐりの背比べという感じの
コンペティションでもあった。
 その中では、『リトル・ミス・サンシャイン』が頭一つ抜
け出ている感じだったものだが、ただしこの作品は、すでに
サンダンス映画祭でも絶賛を浴びていたもので、それなりの
評価は定まっている。それを敢えてコンペティションに選出
する理由が判らなかった。実際、この作品は日本での公開も
決まっているものだし、上映するなら特別招待作品でもおか
しくはないものだ。
 それがコンペティション部門で上映されて、しかも審査委
員会からは監督賞と主演女優賞を贈られた訳だが、審査員の
一人が元某アメリカ映画会社の重役で、この作品がその会社
の作品であることには疑問を感じてしまう。特に7歳の子役
に与えられた主演女優賞に関しては、確かにその愛くるしさ
は好感を呼ぶが、これが果たして演技なものかどうか。その
意味では監督賞の方は納得できるが、その両方が与えられる
のは矛盾しているようにも感じた。
 ただし、今年の15作品の中で純粋に女優が主演と言えるの
は、『魂燃え!』『考試』『十三の桐』と、この4作品しか
ないもので、この中から選ぶことになる訳だが、素人と子供
相手は不利とは言うものの、僕は唯一真面に演技をしていた
風吹ジュンに取ってもらいたかったところだ。
 でも今回一番意外だったのは、やはりグランプリの受賞作
『OSS117 カイロ、スパイの巣窟』だろう。もらった
本人が一番驚いていたという話も伝わっているが、確かに国
際映画祭でコメディがグランプリというのはあまり聞かない
ことだ。ただし作品としては、悪いものではないし、コメデ
ィを受賞作に選ぶのも、それなりに勇気のある選択ではある
から、その意味で、この選出は素直に称えたい。
 ただし僕は、そのコメディを外して『ロケット』を選びた
かった。これは多分に自分の好みの問題もあると思うが、普
段スポーツチームの応援などもしていると、この作品に描か
れているチームの様子などは、応援しているチームの姿とも
重なっていとおしく感じられたものだ。したがって、この作
品からの主演男優賞の選出は嬉しかった。
 審査員特別賞に関しては、作品紹介にも書いたように、こ
の作品の内容には納得していない。確かにこの作品も社会問
題を扱ってはいるが、これに比べたら『グラフィティー』の
ほうがその意味は強かったと思える。
 芸術貢献賞に関しては、この作品を見ていないので何とも
言えないが、コンペティション作品以外から選ばれるのは、
やはり奇異に感じられた。



2006年11月05日(日) 東京国際映画祭2006コンペティションその1

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※このページでは、東京国際映画祭のコンペティションで※
※上映された作品から紹介します。          ※
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『魂萌え!』
今年も日本からは2本選出された内の1本。桐野夏生の原作
を、『亡国のイージス』などの阪本順治が脚色監督した。
主人公は59歳の専業主婦。夫は定年退職となったが、かと言
って彼女自身の生活はあまり変わるものでもない。しかし、
突然夫が他界して告別式も終った日、夫の携帯電話が鳴りだ
して、受信すると親しげな女性の声が聞こえてきた。
一方、夫が趣味と言っていた蕎麦作りの会には毎週通ってい
たはずなのに、弔問に訪れた会長の言葉では、最近はあまり
顔を出していなかったという。果たして毎週出かけていた夫
は、その間どこで何をしていたのか。
これに、アメリカに渡ったままだった長男が葬儀で帰国する
や遺産相続として家屋を要求したり、見ず知らずだった老女
の面倒を見ることになったりと、平凡だった主婦の生活に、
ジェットコースターのような波乱が巻き起こる。
まさに波乱万丈という感じのお話だが、僕自身が主人公と同
じ団塊の世代の人間として周囲を見渡すと、これが結構思い
当たるような部分も多々あるものだ。それに物語には多分に
痛快な要素も含まれていて、見ていて拍手を贈りたくなるよ
うな作品だった。
正直に言って、死んだ夫も含めて、僕が男として共感を呼べ
るような男性は出て来なかったが、妻がこんな風に元気でい
てくれるのなら、僕も先に逝ってしまっても良いかなとも思
えて、何だかほっとさせてくれる作品でもあった。
なお映画の後半には、映画ファンにはサーヴィスのような展
開もあって、それも嬉しく感じられるところだった。

『ロケット』
20世紀前半にロケットの愛称で親しまれた実在のフランス系
カナダ人のアイスホッケー選手、モーリス・リシャールの半
生を追った作品。
フランス系であるがゆえにイギリス系が支配するスポーツ界
では数々の差別を受け、それでも前人未踏の大記録を打ち立
てたり、劣勢の試合を大逆転に導いたりする。そんな不屈の
闘志と何より闘争心を体現した選手。しかも彼自身は寡黙で
差別に異議を唱えることもなくゲームに邁進し続ける。
そんなリシャールだったが、選手としても絶頂期のある試合
中に、相手選手の悪質な行為に反撃した暴力行為でリーグか
ら出場停止処分が下される。そしてそれを理由にチームが彼
の解雇を決めたとき、それは同様の差別に欝積していた人々
の心に火を点ける。1955年3月17日、カナダ史にも名を残す
リシャール暴動が発生したのだ。
と言うリシャールの半生が、1932年からの戦前戦後の記録映
像も絡めて描かれる。映画ではドラマ部分もかなり色調を落
として描かれ、モノクロの記録映像との違和感も少なくなる
ように工夫されていた。また、一部には映画の出演者が記録
映像に合成されたりもして、それも良い感じだった。
ただ、これは日本語版だけの問題だが、仏英2言語で話され
ている台詞が字幕で区別されていない。このため映画の後半
で、それまでは英語でしか話さなかったコーチが、初めてメ
モを見ながらたどたどしいフランス語で選手を称えるシーン
は、本来なら最高に感動的なシーンとなるはずのものだが、
それが理解し難かったのは、少し残念な感じがした。

『アート・オブ・クライング』
1970年代前半のデンマーク・南ユトランド地方を舞台にした
家族のドラマ。
精神的に過敏で、直ぐに自殺を図ろうとする父親。そんな父
親に妻は諦め顔で、長男は家を出て都会で暮らし、長女は暴
走族と付き合っている。11歳の次男の主人公はそんな一家を
必死に纏めようとしているが、すでに家庭は崩壊寸前だ。
しかしその父親には、葬儀で会葬者全員が涙するほどの弔辞
を述べるという特技があった。そして父親がまた自殺を図っ
たとき、主人公は家族を平穏に保つため、父親が弔辞を述べ
る機会が増えるように、手を貸し始める。
この少年のキャラクターが実にユーモラスに見事に描かれて
おり、その意味では子役に勝る名優なしという類の作品だ。
しかし、いくら何でも物語がグロテスク過ぎる。物語では少
年が死を演出して行くことにもなる訳で、その辺の感覚が単
にお話として了解するには、ちょっと描き方が違うようにも
感じられた。
原作があるということだが、映画はそれぞれのシークェンス
ごとにテーマとなる登場人物がテロップで表示されるなど、
いろいろ面白い工夫もされているし、演出や俳優の演技にも
問題はない。その辺の手腕は充分にある監督と思われるが、
如何せん題材が過激すぎる。
主人公の少年を演じたヤニク・ローレンセンは芸達者だが、
煙草を吸ったりという描写は今時必要かどうかも疑問に感じ
た。それに、テーマの一部に近親相姦が描かれるのも、あま
り了解できるものではなかった。

『ドッグ・バイト・ドッグ』
日本の配給会社の出資で香港で製作された作品。ただし、製
作以外のスタッフキャストには日本人は一切関わっていない
ようだ。
カンボジアで孤児を集め、互いに殺し合いをさせて最強の殺
人者を育てる組織が送り出した殺し屋と、父親の背中を見て
警察に入った刑事との対決を描いたアクション作品。
この殺し屋をエディソン・チャン、刑事をサム・リーが演じ
る。他にラム・シューやペイ・ペイが共演。監督のソイ・チ
ェンは、すでにホラー映画などで実績を積んでいるというこ
とで、その意味では充分に名のあるスタッフキャストによる
作品と言える。
物語は対決する2人を交互に描くが、その内の殺し屋に関し
ては、ジェット・リーが主演した『ダニー・ザ・ドッグ』と
の共通点が否めない。そこで刑事も主人公になっている訳だ
が、こちらは憧れの的だった父親が実は汚職警官だったりと
いう、ちょっと食傷気味の展開となる。つまり、どちらもが
2番煎じの感じになってしまったものだ。
実際に、本作の企画とリー作品の公開との時間的な関係がど
のようであったのかは知らないが、僕はもっと殺し屋の話を
しっかりと描いて欲しかったと思うものだ。もちろんそれは
リー作品との類似点を指摘されてしまうものだが、それでも
カンボジアでの経緯などがもっと克明に描かれれば、充分に
勝負できる作品になったと思える。
それに比べて香港の刑事の話は如何にも陳腐で、取って付け
たような感じがしてならなかった。

『OSS117カイロ、スパイの巣窟』
1955年のエジプトを舞台に、各国入り乱れて繰り広げられる
スパイ合戦を描いたコメディ作品。
製作はフランス・ゴーモン社だが、巻頭のロゴマークにはそ
のモノクロ時代の古いものが使用され、それに続いて昔のラ
ンク映画を思わせる大きなドラが打ち鳴らされるというパロ
ディが登場。この辺から僕はニヤニヤし通しだった。
そしてプロローグはナチスドイツの機密を狙う作戦で、この
部分はモノクロで描かれるが、それに続く007を思わせる
タイトルから徐々に色彩が入ってきて、本編はカラーという
洒落た演出もあった。こういう遊び心で一杯の作品。
さらに舞台がエジプトということで、スエズ運河の景観が登
場するのだが、これが多分見事なCGIで、古い感じの運河
を昔のままの船が航行している様子には感心してしまった。
また、時代設定を50年代にしているために、植民地に対する
差別的な発言が繰り返されたり、その一方で、プレゼントと
称して大統領の写真を配るエピソードなどは、フランス人が
見たら、僕ら以上に笑えるものなのだろうが、その辺が充分
に理解できないのは悔しいところだ。
因に、OSS117シリーズは1960年代に何作か作られているが、
本作でそのシリーズ再開となるものかどうか。映画の最後で
は、次ぎはイラクでの作戦となっていたようだが…
それから、台詞では「ソビエト」と発言され、日本語字幕も
「ソビエト」となっていたシーンで、映画祭では決まりの英
語字幕にはそれが「ロシア」になっていた。アメリカの意向
なのか、その辺はちょっと奇異な感じがしたものだ。

『浜辺の女』
ホン・サンス監督による2004年の『男の未来は女だ』に続く
最新作。実は、映画祭の直前に行われたプレス向けの試写会
ではフィルムの到着が遅れて日本語字幕が付くかどうか微妙
な状態だった。一応字幕は間に合ったものだが。
映画監督が、シナリオ・ハンティングのために訪れた海浜の
リゾート地で繰り広げるアヴァンチュール。
そこには以前からの友人のスタッフも同行するが、そのスタ
ッフが連れて来た若い女性や、通り掛かりでインタヴューを
した女性など、次々に関係が結ばれて行く。しかもその行動
範囲が狭いために徐々に女性たちが交錯したり、ややこしく
なって行く。そんな他愛もない話が綴られる。
ホン・サンス監督は、前作でも映画監督を主人公にしていた
が、本作はそれに続く作品だ。ただし今回は前作で監督役の
キム・テウはスタッフの役となっている。
多分本作もシノプシスだけ書いて、台詞は現場で作り上げて
行ったものと思われるが、その場で展開される会話などは極
めて現実的で、その描写は面白く感じられた。
ただしこの種の即興的な作品では、その世界にうまく浸れる
かどうかでどうしても評価が別れてしまう。
その意味では、今回の作品は人物があまり動き回らないだけ
入りやすかった感じもするが、それほど派手な事件が起こる
訳でもないし、見終えて何だと言われれば、この通りとしか
答えられない。でもいろいろ交わされる会話には、かなり含
蓄もあって、僕は面白かったのだが。
なお、前作で過激だったセックス描写はかなり緩和された。

『考試』
中国北西部の黒龍江省第2の都市チチハルからさらに数10km
離れた場所にある扎龍自然保護区の湿原地帯を背景に、その
中にある村の小学校で唯一人の教師として20年間勤めた女性
と、彼女の4人の生徒とを巡る物語。
その小学校で、年に一度の全国一斉のテスト(考試)が行わ
れることになり、先生は徒歩で湿原を抜け、往復8時間を掛
けて町まで試験問題を取りに行く。しかしそのついでに町に
住む娘2人を訪ねた彼女は、娘の1人が火傷を負い、仕事に
就けなくなっていることを知る。
それを知った彼女は、家族を守るために町の学校への転勤を
願い出るのだが、そのためには考試で地域トップの成績を取
ることが求められる。しかしそれは、毎年優秀な成績を収め
ている彼女の学校の生徒たちにはた易いことだったが…
「湿原を徒歩で抜け」と書いたが、それは増水期には船も通
う水路を、船の運行できない渇水期に胸まであるゴム長靴を
穿いて掻き分けて行くと言うもの。そのために湿原の両側に
は着替えのための事務所も用意されている。
ちょっと信じられないような情景だが、実は物語は実話に基
づいており、主人公の先生も4人の生徒も全部本人たちが演
じているという作品だそうだ。従って中国には、今でもこん
な過酷な生活が残っているようだ。
それにしても、このような湿原なら、フロリダのエヴァーグ
レイズにあるようなプロペラ船を使えば、いつでも簡単に行
き来できそうなものだが、鳥類の棲む自然保護区では使用が
禁じられているのだろうか。

『グラフィティー』
モスクワの美術学生が、ふとした切っ掛けで田舎の村を訪れ
る。そこで村の幹部の肖像を入れた風景壁画を頼まれた主人
公は、気軽にそれを引き受けるのだが、描き始めるとそこに
肖像を入れてくれるように写真を持ってくる村人が現れる。
それに対して主人公は、卒業製作の期限が迫っているなど、
時間を気にするが、村人たちはお構いなしに次々に写真を持
って来始める。そして主人公は、それが村人たちにとっては
重大な意味を持つものであることに気付かされる。
その写真に写されているのは、その村で起きた戦闘や、チェ
チェン紛争、さらには遠くアフガニスタンなどで戦死した村
出身の若者たちの姿だったのだ。
映画では巻頭に主人公が町で落書きをしているところを咎め
られ、バイクや自転車に乗った若者たちの集団から逃げ惑う
シーンが描かれる。それはかなり見応えのアクションで、そ
んな軽い乗りの作品かと思わせたのだが、実際の作品はその
ような軽い作品では全くなかった。
実際にチェチェンやアフガニスタンなどでどれほどのロシア
の若者たちが命を落としたかは知らないが、この映画に描か
れたように、それによって老人ばかりが残され、活気を失っ
た村が多数存在することは想像できるところだ。
しかし、映画の巻頭に描かれているような若者では、そんな
事実さえ気にせずに暮らしているのが現実とのことで、この
作品はそんな現実を描くことを目的とした作品のようだ。
僕自身を含めて、戦争を知らない日本人には想像もできない
現実がここには存在している。

『2:37』
映画の巻頭で、1人の学生が自殺を図って自らを傷つけたこ
とが示唆される。その時刻が午後2時37分。そして物語は、
その朝からの5人の男女学生の行動を追い始める。
作品では、インタヴューと実写のシーンが交互に展開される
が、最初は冷静なインタヴューの発言が徐々に危うい物語を
紡ぎ始め、それに呼応するように実写のシーンでも最初写さ
れていたシーンの裏に潜む厳しい現実を描き出して行く。
映画は、自殺したのが誰かという謎解きの興味で観客を引っ
張って行くが、実は描き出されるのは、そんな謎解きのよう
な甘いものではなく、10代最後の時を迎えている若者たちが
直面する厳しい現実の姿だ。
そこには身体障害という自分自身が直面することの無いもの
もあるが、多くは将来や家族の問題、また妊娠やゲイなど、
現代社会においてはいつでも起こりうる現実的なものだ。
だからこそこの作品は、カンヌ映画祭で20分間ものスタンデ
ィングオベーションで称えられたのだが…ただし、映画を表
面的に見てしまうと、特に謎解きに絡めた辺りがどうしても
納得できない部分になってしまうものでもある。
でも実は、この作品の狙いは、こんな現実に晒されても生き
て行かなければならない残された若者たちを描くことであっ
て、自殺してしまうことが何の解決にもならないことを主張
しているものだ。
なお作品は、監督が19歳の時に書き上げた脚本を2年掛けて
完成させたということだが、物語だけでなく、各シークェン
スの時間軸を重複させて描く演出なども見事な作品だった。

『松が根乱射事件』
1990年代前半の物語。主人公は小さな村の平和を守る巡査。
ところがある日、村でひき逃げ事件が発生し、死んだと思わ
れていた被害者の女が息を吹き返す。そしてその女は退院す
ると、怪しげな男と共に、主人公の祖父が所有する空き家に
住み始める。
それは、主人公の双子の兄が許したらしいのだが、その後、
カップルはいろいろ怪しげな行動をし始める。このカップル
の行動を中心に、主人公の一家が遭遇するいろいろなエピソ
ードが綴られて行く。
脚本監督は、『リンダ・リンダ・リンダ』の山下敦弘。監督
自身がいろいろな見方ができる作品と称しているが、正直に
言って焦点が定まり切っていない作品で、観客として何を見
ていいのか判らない。
刹那的な面白さを見ればいいのかも知れないが、それにして
はあまり面白さを感じられなかったし、ブラックな笑いとい
うには、タブーや道徳感に挑戦するものでもなく、ちょっと
ブラックさが足りないような感じがする。
それに乱射事件という題名には、どうしても『ボウリング・
フォー・コロンバイン』のようなものを思い浮かべてしまう
訳で、それに対してこの映像は余りに弱すぎる。監督は多分
その辺も笑いの対象と考えているのだろうが、これでは笑わ
れるのは監督本人になってしまうものだ。
いずれにしても全体的に散漫な印象で、これはという見所を
見つけることができない作品だった。監督の前作は好きだっ
ただけにちょっと残念な感じがした。

『フォーギブネス』
1948年4月9日に約1000人の住民が虐殺されたというパレス
チナの村。その場所に立てられた精神病院。そこにはホロコ
ーストで精神を病んだユダヤ人の患者たちが収容されていた
が、治療の目的で村を発掘する作業に従事した患者の前に、
パレスチナ人の霊が現れ始める。
主人公は、アウシュビッツを生き延びてアメリカに渡り成功
した音楽家の息子。彼は志願してイスラエルの兵士となり、
パレスチナの街を警備中に障害を受けて、その精神病院に収
容されている。しかし心に受けた傷は深く、なかなか回復の
目処が立っていない。
そんな彼に、薬物により記憶を選択的にブロックし、精神的
な障害を取り除く治療法が提案される。この知らせに父親も
来院して治療が開始されるのだが、その彼の前にパレスチナ
人の霊が現れ、彼の負った傷の真実が明らかにされる。
この物語に、帰国後のニューヨークでの主人公とパレスチナ
女性との交流などが織り込まれ、時空を超えた物語が繰り広
げられる。
正直に言ってかなり複雑な物語で、物語の中でもどこまでが
真実でどこからが主人公の心の中なのかも判然としない。そ
して物語は、題名にあるように「許し」を描いたものという
のだが、それも何だかユダヤ側からの一方的な主張のような
感じで、釈然としないものだ。
少なくとも映画は、パレスチナ人に対して一方的に「許せ」
と言っているだけで、他方のドイツ人に対して「許す」とは
一言も言っていないもので、それにも納得できなかった。



2006年11月01日(水) 第122回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 まずは10月29日に閉幕した東京国際映画祭の報告から。
 今年の映画祭で鑑賞できたのは、コンペティション部門は
事前試写の6本を含めて15本の全作品と、「アジアの風」部
門は12本。他に、特別招待作品を1本とニッポン・シネマ・
クラシックを2本見た。10月31日付で紹介した特別招待作品
以外の個々の作品の紹介は、後日纏めて行うことにするが、
その前に、自分なりに選んだ各賞を記しておくと、
グランプリ:ロケット
審査員特別賞:グラフィティー
監督賞:ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス
            (リトル・ミス・サンシャイン)
女優賞:風吹ジュン(魂萌え!)
男優賞:ロイ・デュビュイ(ロケット)
芸術貢献賞:2:37
観客賞:リトル・ミス・サンシャイン
アジア映画賞:多細胞少女
とした。
 この内、グランプリは、自分なりにスポーツチームの応援
などもしていると、アイスホッケーを描いたこの作品には感
情移入もしやすかったもので、その辺を割り引かなくてはと
も思ったが、映画祭の日報に掲載されたジャーナリストの星
取表でも3人が満点を付けており、意を強くして選んだ。
 審査員特別賞と観客賞を勝手に決めるというのも変なもの
だが、それぞれ自分がその立場にいたらこれを選ぶという意
味合いで、特に『グラフィティー』に関しては、今年のコン
ペ作品では現代世界の状況を反映したものが少なかった中、
この作品がそれを描いていた点を評価したものだ。
 監督、女優、男優賞は、それぞれ順当な線だと思う。芸術
貢献賞は、内容的には好き嫌いの分かれる作品だと思うが、
時間を前後にずらして重ねて行く手法はちょっと面白く感じ
られた。アジア映画賞は、全作を見てはいないので何とも言
えないが、僕が見た中では一番面白かった作品を選んだ。
 これに対して、実際に選ばれた各賞は、
グランプリ:OSS117カイロ、スパイの巣窟
審査員特別賞:十三の桐
監督賞:ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス
            (リトル・ミス・サンシャイン)
女優賞:アビゲイル・ブレスリン
            (リトル・ミス・サンシャイン)
男優賞:ロイ・デュビュイ(ロケット)
芸術貢献賞:父子
観客賞:リトル・ミス・サンシャイン
アジア映画賞:父子
となっている。
 我ながらよく外すものだと思ってしまうが、今年も3つし
か一致しなかった。もっとも、アジア映画賞に関しては受賞
作自体を見ていないので何とも言えないのだが…それにして
もグランプリはちょっと意外な結果だった。この辺のことに
関しては、作品紹介の時に改めて書くことにしたい。
 なお、作品紹介は、11月5日頃に掲載の予定です。
        *         *
 お次は、映画祭で行われた記者会見の報告で、『ロディと
リタの大冒険』については昨日付の作品紹介の中で報告した
が、もう1本、作品は10月10日付で紹介した『ブラザーズ・
オブ・ザ・ヘッド』の記者会見に出席し、登壇した2人の監
督に映画に登場しているブライアン・オールディスについて
聞いてみた。
 それによると、映画に登場しているのは原作者本人ではな
く、俳優が演じているとのこと。その理由は、「彼が演技を
できなかったから」ということだが、映画との関りについて
は、監督たちは一緒に酒を飲みながら話し合ったそうだ。そ
してその際にオールディスは、本は全部自分の想像で書いた
もので、実話ではないと繰り返し述べていたということだ。
しかし、イギリスにもそういうバンドがあったと言い出す人
たちがいて、困惑しているようだったとも話していた。
 日本でも、実話かフィクションかを曖昧にして宣伝を行う
ことになるようだが、観客はその辺を心して見てもらいたい
ものだ。なお、会見場で配られた資料によると、原作本が、
1月に河出書房から柳下毅一郎訳で出版されることになった
ようで、これは嬉しいことだ。
        *         *
 東京国際映画祭の話はここまでにして、以下はいつものよ
うに製作ニュースを報告しよう。
 まずは、お騒がせ男トム・クルーズの再始動の情報が報告
されている。
 8月に発表されたパラマウントからの突然の契約解除の際
には、宗教を巡る問題や、最近の常軌を逸した言動が問題と
されていたものだが、そのどちらも彼の演技者としての資質
が問題にされたものではない。そこで、すでに彼が出演する
3つの企画が進行しているようだ。
 その1本はワーナー製作で、湾岸戦争を背景にした“The
Ha-Ha”という作品。戦場で負傷し、その影響で失語症にな
った帰還兵が、同じ戦場で行方不明となった女性兵士の9歳
の息子の面倒を見ることになるというもの。クルーズで帰還
兵というと、彼自身がオスカー候補にもなった『7月4日に
生まれて』が引き合いに出されるが、設定が失語症というの
は、舌禍騒動に見舞われている俳優には皮肉な作品とも言え
そうだ。デイヴ・キングの原作小説をチャック・リヴィット
が脚色している。
 2本目はフォックス製作で、“Selling Time”と題された
作品。人生の最悪の時を修復する時間セールスマンを描く物
語ということで、ちょっとSF的な作品のようだが、ダン・
マクダーモットの脚本から、スパイク・リーが監督する。ク
ルーズと監督はすでに何度か話し合いを行っており、現在は
リーが脚本のリライト中とのことだ。
 そして3本目は、“Lions for Lambs”と題されたロバー
ト・レッドフォード監督主演、メリル・ストリープ共演によ
る作品で、マシュー・カーナハン脚本によるアフガニスタン
戦争の兵士を巡る政治劇ということだ。この作品でクルーズ
は政府関係者を演じ、ストリープが問題を追求するジャーナ
リストの役とされている。情報は3本目が一番詳細なようだ
が、この作品は配給が決まっていない。
 一応この3本が、クルーズの次回作として公表されている
ものだが、現状で契約などは結ばれていないものの、クルー
ズの支援者には、野球チームのオーナーやアミューズメント
パークのCEOなど財界人も動いているようで、計画が動き
出したらクルーズ自身も製作者に加わって、映画製作は支障
なく行える体制のようだ。
 ただしクルーズは、今年2月の段階でも同様に3本の計画
に関っていたそうで、その3本とは、現在ラッセル・クロウ
の主演で進行中の“3:10 to Yuma”と、マシュー・マコノヒ
ーで進められている“Fool's Gold”、それに“Two Minutes
to Midnight”。この内、3本目は代役が決まっていないも
のの、いずれもクルーズは計画から降板してしまっている。
従って今回の報告も…というものではあるようだ。
 一方、契約を解除したパラマウントでは、『M:I4』の
主演を、史上最高4000万ドルでブラッド・ピットにオファー
しているという情報もあるが、『M:I3』に続けて“Star
Trek”の新作を進めているJ・J・エイブラムス監督が、
同作にクルーズの出演を要望しているという話も伝わってお
り、どちらもすんなりとは決まらない状況のようだ。
        *         *
 お次は、ワーナーとパラマウントの共同配給で、来年11月
の公開が予定されているロバート・ゼメキス監督の歴史ファ
ンタシー“Beowulf”について、全米で1000館を超える映画
館での3D上映が実現することになった。
 この作品の撮影は2Dで行われたものだが、先にIMaxでの
3D化上映が成功した『ポーラー・エクスプレス』と同じく
パフォーマンス・キャプチャー方式で撮影されており、同様
の3D化が可能なものだ。ただし今回の3D化には、『ナイ
トメア・ビフォア・クリスマス』の3D化を手掛けたリアル
Dのシステムが採用されており、基本的には通常サイズとな
るが、ワーナーはIMaxでの上映も希望しているようだ。
 因に、2004年に公開された3D版の『ポーラー・エクスプ
レス』は、アメリカでは昨年のクリスマスシーズンに再上映
が行われるなど定番の人気作品になっているということで、
3D映画の普及には多いに貢献したと言われている。
 しかし、IMax中心だった3D上映では、全米200館以上で
の上映はなかったものだが、昨年の『チキンリトル』で採用
された一般館で対応可能なリアルDシステムは急速に普及し
ており、このシステムの設置が来年11月までに全米で1000館
を超える計画とのことだ。
 なお、今後の3D作品では、すでにゼメキス製作のソニー
作品“Monster House”の全米公開が始まっている他、当初
から3D製作されたディズニーアニメーションの“Meet the
Robinsons”、ニューライン製作で『地底探検』をリメイク
する“Journey 3-D”がすでに決まっており、ジェームズ・
キャメロン製作の新作も3Dでの撮影が発表されている。こ
のように作品の供給体制が整ってくれば、全米映画館の3D
化は一気に進んで行くことになりそうだ。日本はどうなる?
        *         *
 10月1日付第120回で紹介した“The Hobbit”の映画化に
関して、MGMからニューライン(NL)との共同製作の交
渉に入っていることが報告された。
 この映画化については、1978年に公開されたアニメーショ
ン版の旧作との関係でMGMが配給権を持っており、一方、
映画の製作権はNLが保持しているようだが、ファンサイト
ではすでに50,000人を越す署名活動が進められ、そのバック
アップもあって共同での映画化が検討されているものだ。
 ただし、実はピーター・ジャクスン監督とNLとの間が、
『LOTR』での興行収入の配分を巡って裁判になっている
もので、監督はそれが決着するまでは取り掛かれないと発言
している。しかし、ファンの声は大事にする監督ということ
なので、MGMとしてはあまり気にせずに計画を推し進める
考えのようだ。
 それに加えてMGMからは、前日譚を2本製作するという
発表も出されて、その真意が測られている。因に、原作者の
JRR・トーキンが発表した作品では、“The Hobbit”の他
に、作者の没後に子息が編纂した“The Silmarillion”が、
“The Lord of the Rings”の世界が成立するまでを描いた
作品となっているが、今回の発表では2本の前日譚の全権利
を獲得したとしているもので、それが“The Hobbit”の映画
化についての全権利を含むものなのか、それとは別に2本作
られるのかも明らかではない。
 いずれにしてもMGMとしては、『LOTR』の勢いが消
えない内の公開を目指したいもので、そのためには来年中の
着手が必要と考えているようだ。
 なお、MGMでは、同じ報告の中で『T3』の続きについ
ても、題名は“Terminator…”として“4”にはしないこと
と、シュワルツェネッガーの出演に拘わらないことを発表し
たようだ。『スーパーマン』も『バットマン』も主役はどん
どん変えて存続させているという見解だが、シュワ=ターミ
ネーターはそれとはちょっと違うような感じもする。ただし
MGMには、その前に007があるものだが、今回それは事
例として挙げていなかったようだ。
        *         *
 マペットで有名なジム・ヘンソンCo.の製作で、1980年代
に日本でも放送されていたファンタシー・ミュージカルシリ
ーズ“Fraggle Rock”を、劇場用の長編映画として再製作す
る計画が発表された。
 物語は、マペットで演じられる番組の主人公(ゴーボー、
ウェムブリー、モーキー、ブーバー、レッド)たちが、彼ら
がouter spaceと呼ぶ人間世界で繰り広げる初めての冒険を
追うものになりそうで、番組では謎に満ちた彼らの棲む世界
の様子も魅力的だったが、今回はそれより分かり易い人間界
との関りの方を描くことになるようだ。
 そしてその映画化の物語を、昨年11月1日付第98回で紹介
した“The Monstrous Memoirs of a Mighty McFearless”の
原作者アーメット・ザッパが執筆することも発表された。
 因に、この起用に関しては、ヘンソンCo.の共同CEOで
もあるリサ・ヘンソンが、「ザッパと彼の本の映画化につい
て話し合っていた席で、彼が番組の大ファンであったことに
気付いて提案した」というもので、その際にザッパは、「椅
子から飛び上がって大喜びした」ということだ。
 なおこの計画自体は、数年前からネット上などで噂が絶え
なかったものだが、今回の情報は初めて公式に流されたもの
で、物語が執筆されると、映画化の実現は早そうだ。
        *         *
 ホラー作家のクライヴ・バーカーが、自らの監督で1987年
に映画化した“Hellraiser”のリメイクについて、ザ・ワイ
ンスタインCo.と契約したことが報告されている。
 オリジナルは、謎に満ちた悪夢のキューブ型パズルを巡っ
て、顔中にピンを打った怪人など、第1作でバーカーが繰り
広げたスタイリッシュな演出と鮮烈な造形美が評判を呼び、
映画作品は1996年製作の第4作までだが、その後もDVD直
販によるシリーズが展開されているものだ。
 そして今回は、その第1作がリメイクされるというものだ
が、このリメイク版についてバーカーは、監督はしないもの
の脚本と製作を手掛けるとしており、自らの創造した世界を
「大金を掛けて存分に再構築したい」とのことだ。その製作
費は未発表だが、「90万ドルで製作されたオリジナルよりは
多くなるだろう」としている。製作費だけでなく、CGIな
ど映像技術も進化したリメイクが期待される。
 なおこのリメイク権については、本来バーカーには権利が
残されていなかったようだが、今回の計画では、ボブ・ワイ
ンスタインから直々にバーカーに招請状が届いたということ
で、バーカーも気合いが入っているようだ。
        *         *
 続けて、ザ・ワインスタインCo.によるリメイク情報で、
『マッハ』や『トム・ヤム・クン』などを手掛けるタイの製
作チームが発表したサイコスリラー“13”の北米配給権と、
リメイク権を獲得したことが報告されている。
 この作品は、前2作を監督したプラチャウ・ピンカエウが
製作を担当したもので、ちょっと気弱な普通の男性が、観客
の見えない視聴者参加サヴァイヴァル番組に引き込まれ、恐
怖の体験に襲われるという内容。それに勝利するためには、
勇気を発揮することと、モラルを捨てることを求められると
いうのだが…
 因に、ザ・ワインスタインCo.では、先に『トム・ヤム・
クン』を“The Protector”の題名で北米公開しており、そ
の興行収入は1170万ドルを稼ぎ出しているそうだ。また今回
の“13”は、タイでは40万ドルで製作されたということで、
この作品もたっぷりお金を掛けてのリメイクが行われること
になるのだろうか。
        *         *
 次もアジア発の話題だが、ちょっと珍しいパキスタン製作
のホラー映画というもので、イスラムの教えに基づくと言わ
れる小人のゾンビが登場する“Zibahkhana”と題された作品
が話題になっている。
 この題名の英訳は“Hell's Ground”となるようだが、物
語は、ロックコンサートを開こうとした若者たちが、禁断の
地に足を踏み入れてしまい、その秘密を守ろうとする『テキ
サス・チェーンソウ』のような殺人一家に襲撃されるという
もの。お話はありがちな感じだが、映画には、1947年のデビ
ューで、1967年には“Zinda Iaash”(The Living Corpse)
というドラキュラ伝説を焼き直したパキスタン製のミュージ
カル映画に主演したことのあるヴェテラン俳優も出演してい
るということで、なかなか気合いの入った作品のようだ。
 監督は、本業はラホールに展開するアイスクリームチェー
ンのオーナーだが、その傍らパキスタン映画史の研究家でも
あり、この作品が監督デビューとなるオマー・カーン。また
撮影はHDのヴィデオで行われたようだが、その撮影監督に
はイギリスで学んだという人材が起用され、さらに編集には
イギリス人の編集者なども参加している。つまり製作資本は
パキスタンだが、製作体制は世界標準のものにしたいという
意図があるようだ。そして南アジアの映画にありがちなミュ
ージカルシーンと、コメディの要素は出てこないそうだ。
 なお撮影は、当初は昨年の10月に予定されていたが、7万
人以上が死亡する惨事となった大地震の発生で中止され、今
年6−7月に改めて行われたそうだ。しかし、今度は雨季に
掛かって大変だったという監督の談話も紹介されていた。
 元々西欧のホラー映画にはキリスト教の考え方が底流にあ
り、それに対して日本、韓国、香港などアジア発のホラー映
画は、基本的に仏経系の伝説に基づくことになるものだが、
イスラム系のホラーというのが一体どんなものか、ぜひとも
来年の映画祭などで見せてもらいたいものだ。
        *         *
 以下は続報を2つ紹介しておこう。
 1つ目はキャスティングの情報で、9月1日付第118回で
も紹介したイアン・ソフトリー監督“Inkheart”に、さらに
ヘレン・ミレン、アンディ・サーキス、シエナ・ギロリー、
ジム・ブロードベント、ラフィ・ガヴロンらの出演が発表さ
れている。この映画化では、すでにブレンダン・フレイザー
が主人公の父親役を演じることと、ポール・ベタニーの敵役
が紹介されていたが、今回発表された配役で、ミレンは物語
の鍵となるブックコレクター、またサーキスは敵役のカプリ
コーンとなっている。その他の役柄は紹介されていなかった
が、『バイオハザード2』のギロリーをまた見られるのはち
ょっと楽しみだ。撮影は11月にイタリアで開始され、その後
ロンドンで続けられるということだ。
 もう1つは、ファン待望の報告で、今年の夏に公開された
“Superman Returns”の続編の製作が正式に発表された。こ
の続編の製作に関しては、今年の2月頃にすでに決定という
情報も流されていたのだが、実は本作の製作費が2億ドルに
達したのに対して、全米での興行収入が2億ドルに留まった
ことから、ワーナーからは一旦保留の報告も出されていた。
しかし、全世界の興行収入が約4億ドルに達し、テレビやD
VD収入も高く見込まれることから、改めてゴーサインとな
ったものだ。ただし、続編の製作費は1億4000−7000万ドル
に抑えることが条件とされており、監督のブライアン・シン
ガーがそれを了承したということのようだ。
 これで、シンガー監督による続編が実現されることになり
そうだが、果たしてゾッド将軍以下のクリプトン星の3悪人
の再登場となるかどうか。それに7月15日付第115回で紹介
した“Superman vs. Batmann”に向けて、お楽しみは続くこ
とになりそうだ。


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井口健二