ちむたんのつぶやき
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たまにはみんなで集まろうという次兄の提案で、新年会をしました。 総勢9名の集まりでした。 近況報告や思い出話で盛り上がり、ワイン2本が空きました。
場所はむかし家族で行っていた渋谷のロシア料理店。入居しているビルが今年3月で閉館するため、そのレストランも閉店になります。歴史のあるお店なので、別れを惜しむお客さんで賑わっていました。味はまったく変わっていなくて、とても懐かしかったです。
姪1号は彼氏がご挨拶にきたのですが、先方のお家にはまだ行ってないらしい。早く行ってきなよ(笑)。 姪2号は卒業旅行でイタリアに行くそうで、いいなあ。
拍手メッセージありがとうございました!
>Mさま お勧めありがとうございます! 漢方薬、そんなに効き目があったのですねー。すごいです! 私が行っている病院も漢方薬を使う先生で、一年くらい前に半年間飲んだ(たしか同じお薬だったと思います)のですが、残念ながら私にはそれほど効果がなく…。 今やっている注射が終わったら、他のお薬を飲んでみてもいいかもね、と先生にはいわれているので、そのときまたトライしてみたいと思います。
父の命日でした。
あの時高校受験真っ最中だった姪2号が、春から社会人ですよ。 どうですか、お父さん。孫の成長ぶりは。 ついでに不肖の娘のことはちゃんと見守ってくれていますかね。
そんな話に続けて書くのもなんなのですが… 注射、効いてないよ。いやほんとに。1本1万円もするのにさあ(涙)
前にも書いたような気がしますが、阪神・淡路大震災が起こった当時、私は実家で母を看ていました。 惨状が次々と映し出されるテレビを見ながら、もし今こんな災害に遭ったら、寝たきりの母をどうやって守ったらいいのだろうと怯えたのをよく覚えています。 それからちょうどひと月後、1995年2月17日に母は逝き、その心配は無用になったのですが。
父は2008年にこの世を去りました。 もし2011年の東日本大震災のときまだ一人暮らしをしていたら、87歳の父は大変だったろうと思います。実家のあった地域は水道の復旧に一週間かかりましたし、東京からの交通手段はかなり長期間ほぼ途絶していたので簡単には行けなかったし。
私の両親は、大きな天災にはとりあえず遭わずにそれぞれの生涯を終えたわけですね(父が生まれたのは関東大震災の翌年、1924年)。 台風で当時住んでいた埼玉の家の周りが水浸しになって、道路を舟で行き来したという話は聞いた覚えがあるなあ。あれはいつの台風だったんでしょうか。伊勢湾かしら。
わたくし今年で46歳。何歳まで生きるのかわかりませんが、この先何があるでしょうか。 考えたところで予測はできないので、できるかぎりの備えをするだけですね。 せっかく生きているんだから。
| 2015年01月05日(月) |
今年もよろしくお願いいたします |
遅ればせながら新年のご挨拶を申し上げます。 皆様にたくさん良いことがありますように。
お正月、どのようにお過ごしでしたでしょうか。 年末年始はお餅をつき、掃除をし、小学3年男子と遊び、お皿を運び、洗い、美味しいものをいただき、ビールを飲んで過ごしました。 楽しかった。 相棒の実家でやらせてもらえることが少しずつ増えていっている気がしてうれしいです。
心配していた右手の痛みと腫れは、なぜか30日あたりからすーっと引いていってびっくりでした。 もしや、パソコン使わなかったせいなのかも。
3日夜に自宅に戻ってきて、4日は羽田空港の国際線ターミナルに行き、富士屋ホテルのやっているトーストが名物のレストランでランチをいただき(出遅れて朝食に間に合わなかった)、そのあとヤマト2199の映画を観ました。 今年、もしできたら海外旅行にいきたいので、そういう意味でも国際線ターミナルでイメージトレーニングをば(笑)。
そんなこんなで、今年もどうぞよろしくお願いいたします!
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