ちむたんのつぶやき
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| 2008年04月29日(火) |
またセンチメンタル・ジャーニー |
茶話会レポ、みなさまにお喜びいただけているようでうれしゅうございます。 相棒がひさびさに日記を更新してお礼言上しておりますので、よろしければのぞいてやってくださいませ。
飛び石連休の今日。小学1年〜中学1年まで住んでいた街に行ってきました。 おいおいまた両親を思い出して泣きにいく気かよー、とわれながら思っていたのですが(だったら行くなよ…)、さわやかな好天に恵まれたこともあってか、意外にメロウにはならず、楽しく歩き回ってきました。
それにしても、子供のころに広く(あるいは大きく、遠く)見えたものが、大人になってみるとそうでもない、という話はよく耳にしますが、あれは本当ですね。はじめて実感しました。
小学校の校庭や、ラジオ体操をした公園の狭かったこと。 滑り台やジャングルジムの小さかったこと。 果てしなく遠いと思っていた小学校が当時の印象よりは近かったこと。
でも相棒は坂が多くて大変だったと申しておりましたが。君ねえ、あれが大変なら、アタシの中学(転校後)の通学路を今度歩いてみるといいよ(ムリヤリ付き合わせたくせしてえらそう)。
住んでいたマンションや通学路途中の一戸建てには、知っている名前の表札がけっこう残っていて驚きました。あれから25年も経ってるのに。同級生のおうちには、本人は住んでいないケースがほとんどでしょうが。
私の中のいわゆる原風景というのは、いま実家のある街の景色や風物なのだろうとなんとなく思っていました。ここは東京近郊の大規模開発された住宅地なので、それほど強い印象はないんじゃないかという気がしていたのですね。 ですが、この街の風景も私の心の中にしっかりと息づいていることに今日気づきました。7歳から13歳までですから当然なのかもしれませんが。 記憶よりも少しずつ古びたなにもかもが、ただひたすらに懐かしく、慕わしかったです。
マンションは、いま実家がある街に引っ越すとき処分してきたのですが、その後あのバブル景気のとき6000万くらいまでどーんと値上がりして、両親はすごく悔しがっておりました(笑)。 まあたしかに、せっかく買ったマンションなのにずいぶん思い切りがいいなあ、という感じはしますね。仕事をやめてからここに帰ってくるという考えは全くなかったようです。駅からアップダウンが多い道を20分ほど歩くので、年をとったら住みにくいと判断したのでしょうか。 こんなふうに両親の足跡をたどって推理するような楽しみも、この先いろいろあるのかもしれないです。
| 2008年04月24日(木) |
更新しましたよよよよよん |
相棒がチャーちゃん茶話会のレポートを書き上げてくれたのでアップいたしました!ありがとう!!
今回チャーちゃんのお話の情報量がものすごく濃くて、メモ取るのがけっこう大変だったそうです。 終わったあと、腱鞘炎になりそうだと手首をぶんぶん振っていた、文字通り渾身の作であります。堪能していただければ幸いにございます。
とりとめない話を。
大学卒業するくらいまで、両親のことを「パパ」「ママ」と呼んでおりました。 大学4年の終わり頃に母が長い入院をしたとき、病院のなかで「ママ」と呼ぶのがどうも気恥ずかしくなって「お母さん」と呼びはじめ、それと一緒に「お父さん」と呼ぶようになったのでしたが。
父は母のことを「ママさん」と呼び、母は父のことを「パパ」と呼んでました。 兄たちも子供のころはきっと「パパ」「ママ」だったのでしょうが、さすがに大人になってからは「パパさん」「ママさん」でした。
父は孫たちに「おじいちゃん」とは呼ばせず、ずっと「パパさん」でした。おかげで姪たちは、私が父のことを「お父さん」と呼ぶと、そのたびに自分の父親(=私の長兄)と混乱していたものです。
母はすなおに「おばあちゃん」と呼ばせていましたっけ。64歳で亡くなった母がおばあちゃんで、83歳まで生きた父がパパさんなのもなんか妙ですが。
まあ父はわりと若く見えるから、おじいちゃん呼ばわりも当たらないかな、と私も思っておりました。 しかし。 先日実家に来てくれたガス工事の人が「あれ、前はおじいちゃんがいましたよね?」とバッサリ(笑)。 身内のひいき目だったか。
父が亡くなった日。
呼吸がとぎれとぎれになったのに気づきあわててナースコールをしたところ、やってきた看護師さんが「皆さんで呼びかけてあげてください。耳は一番最後まで聞こえていますから」と言うので、家族みんなでベッドを囲み、いっしょうけんめい父を呼びました。 私は最初、いつも通り「お父さん」と呼んでいましたが、途中でふと「パパ」と昔のように呼んでみました。 それで息を吹き返すというようなドラマみたいな展開はもちろんあるわけがなく、父はそのまま、叔母や兄たち、相棒や私からさまざまに呼びかけられつつ旅立っていったのでしたが。
あとで思い出すと、ちょっと芝居がかっていたなあという気がします。いつものまま「お父さん」でよかったじゃないかと。
そして、母のときに同じことを感じて、父のときは絶対に…とかねがね思っていたのにやっぱりできなかったことがあります。 もういよいよいけないとなったら、「しっかりして」などと言うのではなく、今までありがとう、とお礼を言いたかったのです。
でも、できなかったですね。ああ、今だったらまだ聞こえるのかもしれない、言うなら今だ、と思ったのを覚えていますが。 素人にはどういう状態になったらいけないのかがはっきり分からなかったというのもありますけど、一番の理由は、「ありがとう」と私が言い始めてしまったらそれはあまりにも諦めが早すぎて、まるで見切りをつけてるみたいに思えて。父を見送っているのは私ひとりだけではないのだし。
結局、父が呼吸をまったくしなくなり、素人目にもああ亡くなってしまったのだなという様子になってから話しかけることになりました。
こういう話も、いつか会ったらできるんでしょうか。 でもいざ会ったら、改まった話はしないような気がします。 大学時代に実家に遊びにきた友達に「あんたのうちは、みんなして笑いを取りあってるよね。ウケないとご飯抜きなんじゃないの?」と言われたくらいですから。
時代劇はヘンに高尚なものより荒唐無稽なチャンバラがいいとか、石川遼は騒がれすぎてやりづらいだろうとか、そんなしょうもないことばかりを、きっと。
いつもみたいに。 母もいっしょに。
| 2008年04月20日(日) |
茶話会いってきました |
白い細身のスーツ(パンツではなくスカート)に身を包み、髪はきりりとアップにしてトップでふわっとさせたいでたちのチャーちゃんは、まったくもって非の打ち所のない美女でありました。 が、例によって例のごとく、ひとたび口を開けば激烈マシンガンお笑いトークをサクレツさせてくれて、あー元気そうだなーという感じ(笑)。呼吸困難が起きそうになるほど笑わせていただきました。
これまた例によって例のごとく、詳しい内容は相棒のご報告を気長にお待ちいただきたく存じますが、取り急ぎここを読んでくださる皆様が気になっていらっしゃるであろうと思われるところをかいつまんで。
●6月のダンスコンサート「FEMALE Vol.9」 ・5月14日からお稽古開始。 ・3場面くらいかと思ってたら、けっこうたくさんの場面に出る予定。歌も1曲歌う。 ・『ブラック・ジャック』の“影”をやるみたい。 ・ヤンさんから「あんた黒燕尾持ってる?」と聞かれた。(そんなの持ってるわけないじゃないですかねぇ!とおっしゃってましたが、私はてっきりお持ちだとばかり…笑) ・おかげさまで大変多数のお申込みをいただき、東京公演は席をぎりぎりまで増やして対応、宝塚公演は宝寿の間に会場変更になった。 ・「ものすごく汗をかくと思うので、私が近くに行ったらみんなハンカチ(渡して)ね!」
●7月スタートのお芝居「もと夫婦」 ・田村亮さんの妹役。ダンスのインストラクターという設定で、もしかしたら踊る場面があって、振付を自分ですることになるかも。(演出家のかたとの打合せがまだなのでわからないけど、とのこと) ・上のような役どころなので、登場シーンの台本には「レオタード姿」とあった。 ・この公演、スケジュールがまだはっきりしていないけれど、申し訳ないことに関西方面には行かなさそう… ・7月11〜12日のシアターアプルでの公演はチケットノルマがあるので、ぜひぜひ皆さんにご協力いただければ。
●ファンクラブ「匠の会」 ・新しい事務所に移って初めての茶話会。今度の事務所は会の活動にはいっさいタッチしないので(でもそれが普通らしいです)、今回の茶話会は宝塚時代の会のスタッフの皆さんが運営してくれている。これからもいろいろ新しいこと、楽しいことをやっていきたい。 ・ファンレターやプレゼントを事務所宛に送ってもらうと、自分の手元に届くまでに日数がかかってしまうことがあるので、会の代表のかた宛に送ってください。そのほうが早くもらえるので。 ・本当は「FEMALE」の宝塚公演にあわせて関西でも茶話会をやりたかったけれど「もと夫婦」のお稽古と重なってしまいどうしても無理だった。「もと夫婦」のツアーが終わったあとにやります。 ・東京では8月(チャーちゃんのお誕生月)に次回の茶話会を開く予定。(「今年までは(=30代までは)皆さんに祝ってもらいます!」と断言)
…とまあ、こんな感じでノリノリチャーちゃんでした。 あ、今回も質問を読んでいただけました(笑)内容は「最近一番大笑いしたことをお聞かせください」。 それに対してチャーちゃんがいきなり「昨日だったかなあ」と話し出したので、内心「すごい最近だな!」とツッコんだのはナイショ(爆笑)。元気に楽しく暮らしてるみたいで私はほんとうにうれしいです。
ここを読んでくださっていて、会員ではないけどお手紙やプレゼントを送りたい!というかたは、遠慮なく私までご連絡くださいませ。(宛先は個人のお宅のため住所がここに記せませんので…)
そして、チャーちゃんも非常に力説しておられましたが、「もと夫婦」シアターアプルのノルマがけっこう大変みたいです。ぴあなどでお求めになってもノルマに貢献したことにはなりませんので、ご覧になるかたはぜひ会経由で。こちらも私にご連絡いただければ、会に依頼させていただきます。本当にどうぞお気軽に。
今度の日曜はチャーちゃんのお茶会です。 まだプレゼント買ってません。お手紙も書いてません。うわー。
人に贈り物をする場合、あたりさわりなく消え物にすることが多いのですが、チャーちゃんに食べ物あげるわけにいかないし。 過去を思い返してみると、CD・DVD・写真集のローテーションのような気が… あまりに芸がない。知り合いなら何がほしいかリサーチできるのになあああ。
最近自分がハマったものっていうと……
銀魂に仮面ライダー電王……。
ダメすぎです。どうすんだ。 明日友達と会って食事するので、その前になにか探そうかしら。
ちなみに今回、座席は当日抽選だそうです。 チャーちゃんがよく見える席に座れますように。なむなむ。
今朝がた見た、事実とは違っていますがけっこうリアルな夢の話です。 面白かったし、夢って時間が経つとどんどん忘れていってしまいがちなので、備忘のために書いておきます。
私が実家の台所にいたら父がそばにやってきました。
父:「あのお葬式のお金、どうした?」 私:「ああ、はいはい」
私は戸棚から水色の缶(ずっと昔からうちにあって、文房具などをしまっているお菓子の空き缶)を取り出して渡しました。 缶のふたを取ると(なぜか)中になにがしかの現金が入っています。父がそれを眺め、
父:「なるほどね。しかしこれっぽっちなのかあ」(ちょっと苦笑するように) 私:「だってお葬式で遣っちゃったもの。大変だったんだから」
そのあたりで終わりました。
…どうせ夢に出てきてくれるなら、こんなセコい話でなくもうちょっとロマンチックなエピソードにしていただきたいものですが(笑) お葬式のとき、父の普通預金口座に思ったよりお金がなくて、ああ三人きょうだいだからなんとかなってよかった、一人っ子だったらえらいことだったー、なんて胸をなでおろしたり、その後も実家の固定資産税やら自動車保険料やら光熱費やらを払わねばならなくなりなにかと物入りなので、そのへんから出てきたんでしょうね、たぶん。
上の「だってお葬式で遣っちゃったもの」というのを言ってるあたりで『…アレ?なんかヘン?これ夢?』みたいな気がしたのを覚えています。 話題がセコいのは父と私なのでしょうがないにしても(苦笑)、やり取りした雰囲気はとてもリアルで、いつもどおりで、ほんとうになつかしい限りでした。
しょうもない話でいいから、また夢に出てきてよ。 さみしいこの世でなんとかがんばっている私を励ましてよ。 できたら、今度はおかあさんとふたりで。
そんなふうに思ったひとときでした。
昨晩、相棒のご両親からいただいたお土産は、袋いっぱいの生わかめ。 昨日がわかめ採りの解禁日だったそうで、午前中に海で採ったばかりの新鮮なわかめを、朝ごはんにいただきました。ぽん酢と、マヨネーズ+醤油、どちらも美味。 以前いただいたときには、洗っていると小さな小さなカニ(幼生なので奇妙なカタチ)がぽろっと登場して悲鳴をあげたりしたので覚悟をしていましたが、今回は残念ながら?一匹もお見かけしませんでしたね。 相棒のお父様がおっしゃるには「あれもなかなか美味い」そうです。しらす干しにもまぎれ込んでることがありますよね。
いつもいつも相棒のご両親にはお世話になりっぱなしなのですが、今日は今日で、実家の庭の手入れをしてくださるかたをご紹介いただきました。そろそろ雑草も生え出すころで、植木もだいぶ枝が伸びてきており気になっていたのですが、実際に庭を見にきていただいて段取りがついたのでほっとひと安心。本当にいろいろと気を配ってくださって、足を向けて寝られません。
今日も桜をたくさん見て歩きました。今年の桜はことのほか心に染みる花でした。 来年の今頃、どうしているかわかりませんが、またこうして穏やかな気持ちで花を眺めることができればいいと思います。
上野朝9時の特急で実家の街へ。この土日は地元の桜まつりなのです。
二日間とも天気は上々の予報、そして桜もちょうどよく満開になっていました。 自然は人間の思い通りにならないものなので、桜まつりが開かれても雨降りだったり桜が咲いていなかったり、あるいは散ってしまっていたりとなかなかタイミングが難しいのですが、今年はなにもかもがベスト!でありました。
桜まつりの週末は市内の道路が大混雑します。実家のある山の上から、あちこちに咲き誇る桜を眺めつつのんびり歩いて降りていきました。 高校時代は毎日上り下りしていた坂道ですが、今はもう歩くのは一年通してこの時期だけ。昔の私は元気者だった。
駅から伸びる桜並木の目抜き通りがお祭りのメイン会場になっています。桜の木というのは根っこがあちらこちらに伸びるので、街路樹としては実は大変不向きというか困り者(舗装や地下に埋めた水道管などが傷むため)だそう。それでも、かつて鉱山の煙害に強いからという理由で植えられた桜の木々は、市民の手によって大事に守られて今年も見事な花を咲かせています。
とにかく桜の多い街なので、お祭り会場でなくてもそこらじゅうでお花見ができます。 私と相棒が卒業した高校の近くにも、東京だったらあっという間に花見客だらけになるだろうなあ…という感じの広場があちこちに。 そのうちのひとつ、とある神社の境内で座り、風に揺れる桜の枝を眺めました。
それから高校のまわりをぐるっと歩いてみました。 卒業生といえどもう知っている先生もおそらくいないし、中に入りにくいので、校門のところから「あそこが職員室で、あの向こうに生徒会室が…」などと相棒と話していたところ、通り過ぎた野球部の生徒さんたちが礼儀正しく挨拶をしていくのでちょっとびっくり。きちんとしてるなあ。
と、相棒が小声で「どうもー、昭和から来ましたー」と言ったので吹き出してしまいました。 そうなんですよね、私たちが卒業したのが昭和63年3月。いま在学している生徒さんたちは、もう全員平成生まれなわけで。 彼ら彼女らにとって、私たちの在学当時というのは既に歴史の一部なんだろうなあ。
ちなみに私たちが一年のときに、野球部は夏の甲子園に出場しています。今のところあとにも先にもこの一回だけです。 挨拶してくれた野球部の子たちはきっと夏の予選に向けてがんばっているのでしょう。昔話をしてあげればよかったかしら(笑)。
気持ち的には高校の頃とあまり変わった気はしないなあと、目抜き通りを見下ろす歩道橋の上に立ち、暮れ行く春の空と山々を眺めたときにつくづく思ったのですが。
そこからは、実家のあるあたりがよく見えます。 変わったのは、あの家にもう誰もいなくなってしまったということだけ。 本当にそれだけ。
父と母が私をこの街に連れてきてくれました。 桜は変わらず咲きますが、人は去ってゆきます。 今年の花をともに見てくれる人たちがいることに感謝しよう、そんなふうに思いました。
夜は相棒のご両親がお食事に誘ってくださいました。 目光のから揚げ、しめさば、美味しかったー! …そしてその後はカラオケに。八代亜紀の「もう一度会いたい」をノリ良く熱唱する相棒を見てお父様が「いやあ我が娘ながら…」と笑っていらっしゃったのがいい感じでした(笑)。
| 2008年04月03日(木) |
自分のことは棚にあげて |
先日も書きましたとおり、姪2号が第一志望の高校にめでたく合格いたしました。 彼女には祖父母がもはやひとりも存命していないので、お祝いは私が気張るしかないと心に決めて(笑)「ほしいものがあったら遠慮なく言いなさい」と申しました。 最初は携帯音楽プレーヤーがいいというので、どれがいいのかわからないから、型番まで指定してくるようにと言ったところ、ちょっと考えてみるとの返事。 それからしばらく音沙汰がなく、別件で義姉にメールしたついでに「プレゼント決まったか聞いてみて」と書いたら「音楽は携帯電話で聴けるから、電子辞書って思ってるみたい…でも3万円くらい…ちょっと高いかな」という返事が。 3万円か!ほんとに遠慮してないな!(爆笑)
ネットですこし調べてみたところ、高校生にお勧めのタイプというのは2万ちょっとくらいだったのですが、どうやらお目当てがある模様。 しばらくしてメールで知らせてきた型番のものは、どこで調べてもやっぱり3万円でした。
まあ昨今の学生には、電子辞書は必須アイテムだっていうしな……。 ここは潔く買ってやるか。<えらそう インターバルを置くと心が揺れそうなので(肝っ玉小さい)、速攻で注文しました。Yahooショッピングの最安値のお店で…(つくづくせこい)。 長兄一家は、私がよっぽど稼いでいると思っているのでありましょうか(苦笑)。
ちなみに指定された型番の末尾が「PK」だったので、これってピンクなんだろうなあ、やっぱりピンクなんだなあ、とほほえましく思っていたところ、追ってメールが届き「色はピンクがいいです」と書いてあってコケました。見りゃわかるだろう(笑)
金曜の夕方に注文して、火曜の午前中に届いたそうなので速いですねえ。 大喜びのメールがきたので「しっかり勉強して、パパさん(うちの父、もと通訳)みたいに英語ペラペラになってね」と返事をしました。
それからしばらくして思い出したのですが、私も大学に合格したお祝いに長兄(姪の父親)から辞書をもらったのでしたよ。ウェブスターの英英辞書。もう20年近く前ですから、もちろん紙ですが。 でも私、英語ぜんぜんペラペラじゃないよな。自分のことは棚にあげまくりでした(笑)。 姪がこの悪循環を断ち切ってくれることを祈るばかりです。
東京近郊の桜は早いなあ… まあ、東京といってもおそらく奥多摩あたりの見ごろはまだなんでしょうけど。
先週の土曜はすっかりお花見モードでした。 近所のお祭りに出ていた某ホテルメイドのホットワインが美味しかったです。(昼酒かよ)
午前中には自宅最寄り駅前にある魚市場に初めて足を踏み入れ、夕ごはんはそこで買い込んだ鯵のたたき、たこのお刺身、あさりのワイン蒸しでビールを飲みました。(まだ飲むのかよ)
鯵は三枚におろしてもらったんですが「ど、どうせならたたきにしちゃってください…」とのどまで出かかったのを我慢してしまい、家で後悔しました(笑)うちの包丁では、皮を剥ぐのがけっこう難しかったです。扱い慣れてないのもあるけど。 あさりのワイン蒸しが最高でした。白ワインとバターだけでテキトーに作ってもあれだけ美味しいなんてすごい。 500円で500g、二人で食べるには持て余すほどの量…と思っていたら、相棒がすごい勢いで平らげていくのでびっくりしました。そんなに好きだとは知らなかったわ。 あまったおつゆを取っておいて、しいたけを炒めてスパゲティと合わせたらこれまた美味でありました。私が作ったスパゲティとしては過去最高の出来かと。
魚市場の中に卵焼き屋さんがあるのですが、そこで使われている卵が実家の近くの奥久慈卵だったので感激しました。やっぱりそうだよね!みたいな。 卵の小売もしているので、午前中に行けば自宅でも奥久慈卵が食べられます(市場の営業時間は正午までなのです)。
日曜はすごく久し振りに銀座へお買い物に。あいにくの雨模様で花冷えでしたが、けっこうな人出でした。春休み中なので子供さんも多かったですね。 相棒がGWに結婚式におよばれするためのパンツスーツを買いました。ちょっと王子っぽくてステキです(笑)。
土日遊んでごちそうを食べてエネルギーをたくわえ、月末処理に突入。まだ終わってませんが暁は見えてきたかな。 今週末は実家に行って、またお花見をしてくる予定です。
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