ちむたんのつぶやき
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2006年09月30日(土) 週末更新ペース

9月はほぼ完全に週末だけ日記書いてるって感じでしたね。
来月はもうちょっとペース上げたいです。

今日は土曜ですが、木曜から三日連続で飲んでます。珍しいです。

木曜は、神宮に行く勇気がなく(超弱気…)、家に帰ってテレビを見るのもおっかなく、時間をつぶすために近所の居酒屋さんに初めて入りました。
ここが当たりでした。かなりおじさんぽく、喫煙率が高いのがちょっと気になりますが、お魚がとっても美味しいお店です。
そして、何と言っても愛媛名物(?)じゃこ天が、揚げ立てで食べられるのですよ。すばらしい。
最近ハマってるんです、じゃこ天。美味しいです。

金曜は期末日なのをものともせず無理矢理売上を締め、会社の近くのパスタ屋さんで開かれた「ベルギービールを飲む会」に同僚と行ってきました。
実家に戻る日だったので途中抜けしなくてはならず残念でしたが、いろんな珍しいビールを飲ませてもらいました。ビール大好きなので幸せなひとときでした。お料理もおいしいし。
で、実家には電車を乗り継ぎ、最終の特急で帰りました。ところどころ記憶がまだらです。はっと気がついたら上野を発車して1時間あまりが経っておりました。いやはや乗り越さずにすんでよかったよかった。

そして今日は父とよく行く和食屋さんへ。
松茸の土瓶蒸し。あわびのステーキ(激うま!)。牛肉の朴葉焼き。アカジの煮付け。
そのほか前菜とお造りとお蕎麦とフルーツ。
これだけ美味しいものを食べて一人あたり6500円くらい。安すぎです。
しかしぜいたくだなあ。美味しかったなあ。

ところで来週の日曜は友達の結婚式なんですが。こんなに気持ちよく食べててもしワンピースが入らなかったらどうしようと不安にもなりますけど…その時考えよう。ははは。


さて。
前回(22日)の日記ではたいへん失礼いたしました。
要は「あたしの好きな人のこと悪く言うなー!!バカー!!!(ドカーン)」と言ってるだけの文章で。個人的には「発作」とでも呼びとうございますが…。
拍手でメッセージをくださった方々、ありがとうございます。共感してくださる方がいて、本当に心慰められました。
自分が嫌いだ、生きるのがめんどくさい、という思いとは常に付き合い、折り合いをつけていかねばならないですし、無気力になる時間も人生の一部なので、こうして上がったり下がったりしながら行こうと思います。


2006年09月22日(金) 長いトンネル

(今日の日記はかなり長く、散漫かつ独りよがりかつ痛いものになりますので予め全力でお詫びしておきます。文体も“ですます”ではなく偉そうに書いてます)



私がファンになった頃のヤクルトは、連勝でもするとこちらがびっくりするくらい、とにかく弱かった。
3連戦だったら1勝できれば御の字。ピッチャーはパカスカ打たれ、バッターは三振の山。でも選手たちはどういうわけかとんでもなく魅力的で、万年Bクラスと酷評されても、仲良く楽しそうにグラウンドで躍動していた。
弱かったけど、でも大好きだった。

それが1990年、野村監督の就任から変わった。古田敦也という稀有な能力を持つ捕手に象徴される堅実な野球を繰り広げるようになり、1992年には14年ぶりのリーグ優勝、翌年には日本シリーズ制覇を実現する。そこから、巷で言われる「黄金時代」がスタートしたわけだ。
古田が入団した1990年から2005年までの15年間にリーグ優勝5回、日本シリーズ優勝4回。見事なものだ。
私個人が入れ込んで観戦していた時期は、1993年の優勝で終わっている。その年の冬に母の脳腫瘍が再発して実家で介護を始め、野球どころではなくなってしまったからだ。

その後介護が終わっても、私は神宮に足を向けることはなかった。熱心にプロ野球中継を観ることもなくなった。私ががんばって応援しなくても、ヤクルトはじゅうぶん強かったからだ。
だから私は、黄金時代のヤクルトを全く知らない。

今年久し振りに一生懸命観戦するようになって、ベテランと称される選手でさえ顔と名前が一致しないことに驚いたくらいだった。
なので、今季の成績が今ひとつ伸びず、優勝に絡むこともできなかったことに対し「ヤクルト本来の粘りの野球ができていない」「ヤクルトはもともと守備のチームのはずなのに、エラーが多くては勝てない」などとネットで書かれているのを見ると、ものすごい違和感に襲われる。まるでタイムスリップでもしてしまったかのような。
だって、私の知っているヤクルトは。
投手は能力は高いけどわりとガタガタで、守備は常に危なっかしく、打撃は当たるも八卦当たらぬも八卦というノリで、たまにホームランを連発してお祭り試合になっても、ここぞというところでは凡打がお約束、そんなチームだったから。
おかげで今年の、勝つときは花火を上げまくって大勝するけど、先に点を取られると手も足も出なくなるヤクルトを見ていると、何かとても懐かしいような気分になっていたから。ああ、変わってないなあ、なんて。

そう、私が観ていた当時と大きく変わっていることがある。
CS放送と、インターネットの存在だ。
当時、ヤクルトの試合をテレビで観られるのは巨人戦の時だけだった。あとはAMラジオにかじりついて聴き、スポーツニュースを追い掛け回してほんのわずかの映像を見るしかなかった。
それが今では、プロ野球の全部の試合が毎日どこかのチャンネルで放送されている。初期投資と多少の追加費用を払えば、ヤクルトの全試合を全て試合開始から終了まで観ることができるようになっている。
素晴らしい時代だ。
インターネットがあるから、テレビ観戦できないときでもほぼリアルタイムで途中経過が詳しくわかる。神宮球場のテレホンサービスにかけて速報を聞いていた頃がまるで夢のようだ。
ブログや掲示板で、いろんな人のいろんな感想が聞ける。情報もどんどん入る。選手の写真もたくさん見られる。
素晴らしい時代だ。

いまインターネットでヤクルトについてさまざまな意見や感想を述べている人々は、多くは黄金時代のヤクルトをよく知っている。覚えている。
だから今季の「勝率5割付近をうろうろしている、ふがいない」ヤクルトには大変手厳しい。
1試合ごとに「MVP」「あっぱれ」「戦犯」「不合格」など、ありとあらゆる呼び方で選手の働きを評価する。
昨日褒めそやした選手が今日まずいプレーをすれば、とたんに叩く。その逆ももちろんある。その変わり身の速さは目を見張るほどだ。
ベテランだろうと若手だろうとお構いなし。首脳陣の采配も例外ではない。ヤクルトファンにとっては神にも等しい存在であるはずの古田プレイングマネージャーに対してすら相当容赦なしだ。
こんなのはなかった、昔は。
あの頃なら試合後に飲み屋で交わされていただけだったろう赤の他人の言葉を、家にいながらにして聞かされてしまうなんて。

そしてどうやら私は、ばかばかしいことにそれらの言葉にいちいち傷ついているのだった。それもかなり深く。
読まなければいいのだ。目にしなければ。
この感覚には非常に馴染みがある。

チャーちゃんが花組の二番手だった頃。
私がファンになったばかりの時は、まだ宝塚のオーソドックスな人事制度が生きており、二番手であるチャーちゃんは当然次のトップスターになると思われていた。
ところが2000年春に「新専科制度」というものが出来て、各組の二・三番手であった合計10名が慣れ親しんだ組から離され、新専科へ異動させられた。
そこからはサバイバルレース、かつてのポジションは関係なし。あらゆる組の公演に出演し、馴染みのないメンバーの中で舞台を務める。
トップスターになれるとは限らないし、なれるとしてももと所属していた組ではない場合もある。劇団がそう明言したわけではないが、実際にそういう制度だった。

トップになることだけが宝塚の生徒の花道ではもちろんない。トップになれるのはほんの一握りだ。
だが、いったん未来のトップとして目された生徒がそこから公然と外される仕打ちは前代未聞だった。ファンは非常に動揺した。私も大ショックを受けた。
音楽学校卒業後の組配属からずっと花組育ちのチャーちゃんが、愛着のある花組から出されてしまったのだから。

これを読んでくださっているチャーちゃんファンの方はたいていお分かりになると思うけれど、宝塚の話題専門の有名な掲示板があった(今でもあるだろうが)。
そこでは、ファンという名の評論家気取りの人々による熱論が日々戦わされていた。脚本、演出、音楽、衣装、歌、ダンス、演技、宝塚の舞台にまつわるありとあらゆるものが議論の対象だった。
そして格好のターゲットとなったのが、新専科に異動になった10人、特にもともと二番手だった生徒だった。
「××はトップスターになれるか」といった類のスレッドが作られ、悪意に満ちた言葉が次々と書き込まれた。中にはごくまれに理性的で読むに値する意見もあったが、ほとんどが感情的な、アンチファンの罵詈雑言尽くしだった。
私がファンだったので痛く感じたという点は差し引くにしても、チャーちゃんに対する書き込みは酷いものだった。チャーちゃんがいわゆる“三拍子揃った”タイプの安定感のあるスターではなかったのは確かだが、そんな判断のレベルははるかに通り過ぎ、ただ延々とチャーちゃんをこき下ろす言葉が来る日も来る日も続いていた。
全く理解の範囲を超えていた。どうしてそこまで悪く言われなければならないのか。チャーちゃんは毎日一生懸命舞台に立っているだけだ。私にとってはたまらなく魅力的な人を、なぜこんなにも貶すのか。それで面白いのか。

だがそこを、不愉快になると百も知りつつ、私はご丁寧にしょっちゅう見に行っていた。
いつか誰かがチャーちゃんを認め、誉めてくれるかもしれないと思っていたのだ。
誰かが誉めてくれたところで、何も分かってないと打ち消す人々が殺到してもっとひどいことになるだけだというのに。
私の大好きな人を、同じ宝塚のファンの、私の知らない人が悪く言う。画面を開くと、気取った言い回しで飾られたひどい言葉が目に飛び込んでくる。
今になってみれば心底おかしくて笑ってしまうけれど、当時は本当につらかった。

人になんと言われようと好きなんだから。
見なければいいだけのことなのに。こんな簡単なことはないのに。


それから5年以上が経って、私は懲りもせずまた同じ穴に落ちている。目の前には長いトンネルが続いている。


こんなことで落ち込むなんて、いい年をして本当にばかげている。
たかが野球だ。大勢になんの影響もない。私個人の人生にさえ影響はない。あってはならない。
勝手に好きになって入れ込んでいるだけだ。自分の思い込みに踊らされてどうする。他にいくらでもやることはあるだろう。

熱くなりすぎる自分が、日々がそこそこ平穏なのをいいことになんの学習もしない自分が、大嫌いだ。
この頭は、あまりにおめでたすぎるじゃないか。


2006年09月15日(金) お誕生日

Tさん、Happy Birthday!です。
おたがい健康に気をつけて、のんびり参りましょう♪良い一年になりますように。

あっ、日記更新されてる〜。アニマックスを満喫なさってますね。あいかわらず新しい作品をちゃんとご覧になっててすごいです。(と言っても私にとっての新しい作品って、ひょっとしたらファーストガンダムより後?ってくらいかも。おいおい)

以上、思いっきり私信でございました。


今週もいろいろあった気がするんですが、なんだかバテバテで冴えなくてよく思い出せんなあ…
今日実家に戻る前、上野駅のマッサージ屋さんに飛び込んで30分揉んでもらいました。なかなか凄腕の人でした。いいとこ見つけたと思ったのに、月末で閉店だそうでたいへん残念であります。
まあせっかくほぐしてもらった後に特急に乗ってビールとおつまみにじゃこ天食べて居眠り、なんてやってたら効果もなにもあったもんじゃありませんが。
今週末は3連休、日曜に実家から帰って月曜はのんびりしようと思います。


2006年09月11日(月) ありえないこと

宝塚歌劇団の動向は、リンクを張らせていただいている「夢の花束」りささんのブログで情報ゲットしております(突然お名前出してすみません)。
で、宙組新トップのかしげちゃんが、1作で退団することを知りました。より正確にいうと、新トップコンビが揃ってお披露目公演=サヨナラ公演になるそうですね。
まだやってんのか、そんなこと。
しかもよりによって、前のトップコンビがあれだけ長く君臨した宙組ですよ。
…応援してきたファンにとって、たとえ1作限りでもトップスターになってくれるのはまだ幸せなことであるとしても。複雑ですよ。すさまじく。

チャーちゃんが来年、退団以来はじめての男役として舞台に立つというニュースを知って間もない今、こういった事態にふたたび出くわすのはいい気分ではありませんな。
スポーツのように勝敗はなくても、いちおう実力社会なので、公平とか平等といったものは所詮成り立ち得ないのですが。
やるせないね、なんとも。


2006年09月09日(土) 更新したぜ!

お待たせしました!
相棒が、仕事がめちゃくちゃ忙しい中、先日のチャーちゃん茶話会レポを書き上げてくれたので先ほどアップいたしました。
今回も本当に力作なので、トップページから是非ご覧くださりませ。
こんな濃いレポは世界広しと言えどどこにも存在しないのは請け合い。

実は当日、私も相棒に負けないようリキ入れてメモを取ろうと思い臨んだのですが、例の男役復活ばなしのあたりで例によって例のごとく滝のように泣いてしまい、そこ以降のメモが全く取れておりませんでした<役立たず
本当にわずかに補足をしてはおりますが、99%は相棒の手によるものであることを書き添えておきます。

来年また男役をやるという話にもちろん一番驚いたんですが、その話題を除いて一番衝撃だったのはやっぱり「いっきにパラダイス」出演当日ものすごい二日酔いで死にそうだった、という件ですね。
あの時の「すみれのボレロ」は私の中で永遠の愛蔵版でありまして。
タモさんのサヨナラショーで踊ってくれた「夜明けのボレロ」とあわせて、匠ひびき二大ボレロ(なんだそりゃ)に位置づけられるクオリティだと常々思っておったのですが、それがそんな極限状態から生み出されたものだったとは露知らず。
いや、極限状態だったからこそあの凄まじい気迫が備わったのかもしれませんね…
やっぱチャーちゃんってすげえ。すごすぎる。
あとでもう一回ビデオ見ちゃいます、きっと(笑)


2006年09月08日(金) ヤーヤーヤー

今日は、3月で辞めた会社の同期会があることになっていました。

月初めの忙しい時期はクリアしていたので最初から参加する予定だったんですが、突発的な出来事がいくつか重なり、結局会社を出たのが夜10時近く。
スタートが7時からだったので、てっきりもう解散しているだろうと思い、出席者のひとりに「いま会社出たよ、いけなくて残念だったー」というメールを送ったら「これから二次会行くからよかったらおいで」と返事が。
この時間から二次会か。あんたらなかなか元気だな。

お店決まってないから新橋に着いたら電話くれ、というのでその通りにしたところ、なんとカラオケ屋にいるというではないですか。
私はタダでは歌わないのがポリシーなのでやっぱりやめようかと思いましたが、歌わなくてもいいというので参加しました<冗談です

ボックスのドアを開けるやいなや流れてきたのは尾崎豊(曲目は不明)。
し、しょうがないよな、だいたいみんな30代半ば〜後半だもんな…。
とにかく、男二人が歌う歌う。ハモるハモる。
あんたたち、少年の瞳になってるよ!
しまいにチャゲ&飛鳥の「YAH YAH YAH」が炸裂した時にはあまりにツボってしまって笑い死ぬかと思いました。

私は入社当時からずっと一匹狼を気取っていたので(苦笑)同期と一緒に出掛けたことが全くなく、カラオケの席にも顔を出したことがなかったのですが、他のみんなは結構集まっていたようでした。
「あの頃よくこれ歌ったよね」と懐かしがるラインナップが、みんな耳新しくも懐かしくて面白かったです。彼ら彼女らの十年前の日々の、凝縮されたかたちを見せてもらっているようで。
このピュアなラインナップに対抗できる持ち歌もないので、黙って聴かせてもらうことに。

かくして終電も逃し、同じ方面に帰る三人でタクシーに相乗りしました。
うち一人は、体調を崩して長期欠勤しており、私が辞めたときにはまだお休み中だったため挨拶もできなかったので、今日会えてよかったです。再会を約して別れました。

同期に対して親しく接してきたとは全く言い難い私ですが、今夜の同期会はとても快い時間になりました。
人が人と一緒に過ごし、時間を共有するということは、あとになって振り返ると、心の中になにか降り積もったものを必ず遺しているものなのだな、とつくづく思いました。


2006年09月02日(土) 夏バテ反動?

やたらに眠くてしょうがないです。暑さが峠を越して、あまり寝苦しくなくなったからですかね。
そして食欲がすごいです…おなかが空くというより気分的に食べたいんですよね。怖くってここしばらく体重計に乗れないっすよ。
10月8日の友達の結婚式に向けて、来週から本気でダイエットせねばです。

そんな中ヤクルトはなんと5連勝。今季初めてだとばかり思っていたらいちおう二度目だそうで失礼しました。明日もし勝って6連勝すると、正真正銘今季初なんじゃないのかしら?(自信ありませんが)
ヨネは今日はスタメンでした。先日神宮でファウルフライを捕りに行ったときにネットで引っ掛け怪我をした右手も、問題なさそうで本当にほっとしました。
ノーエラーだったし盗塁1つ刺したし。月が変わって気分もきっと変わったはず!
デッドボールにはひやっとしました。他にもファウルチップが左肩のあたりを直撃してたり。怪我は避けられるものではないけど、ほんっとに勘弁してほしいです…。


そういえば去る30日は会社の飲み会でした。7/30の日記に書いた、8月で契約終了になってしまった派遣さんの送別会です。
なんともすごいノリでした。
ビールの王冠を両目にはめてポーズを取る人、両方の鼻の穴にタバコを挿す人、いいちこのキャップで酒を酌み交わす人々…。
すげえ、の一言です。全く勝負になりません(笑)。でもなかなか楽しかったです。社会人になると、こういう飲み会にはそうそうお目にかかれないですしね。


それと、遅ればせながらいちおうこちらでもお知らせです。
レオトモページに作ってあった掲示板を、8月31日をもちまして閉鎖させていただきました。今まで遊びにいらしてくださったみなさま、本当にありがとうございました。
蛇足ながら、レオトモページそのものは閉じるつもりはありません。今後の更新はありませんが、コンテンツはそのまま置いておきますね。


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