ATFの戦争映画観戦記



【File125】スペイン内戦勃発70周年・・・誰がために鐘は鳴るなり豆戦車

2006年07月25日(火)

日本各地に大きな被害をもたらした梅雨の大雨・・・被害に遭われた方々には深くお見舞い申し上げます。そんな中、全く以って不謹慎ながら、天候に伴う過ごし易い涼しい夜のお陰で、不覚にも夏風邪をひいてしまいました・・・歳を取ると、全く風邪の治りも遅くなるもので・・・やっとの事で観戦記の続きに取り掛かる事が出来た次第です。さて、お陰様をもちまして我が戦争映画観戦記も何とか125回目を迎える事が出来ました。嘗ては25回連載する事に、その節目として狎鐚崙遊眈廊を掲げておりましたが、何せ前回の100回目連載が2003年12月15日・・・なんと2年半も前・・・それ以前の更新頻度に比べると、如何に更新遅延しているかが身に染みております・・・(汗。まぁそんな前置きはこれくらいにして、前回に引き続き『誰がために鐘は鳴る』犖犬寮鐚岫の一席・・・今回も早速行ってみましょう・・・それでは【開演ブザー】・・・携帯電話の電源はお切り下さい・・・【いつもの如く文中の様々な書き込みには資料的価値は全くありません・・・(^o^;A】

【狆睫沈鐚岼豺罅畍犬寮鐚屐瓩脇鹽抻爐漫】
前回までの荒筋・・・戦略的要衝の鉄橋を巡るクライマックスの場面で、民兵ゲリラのラファエル氏による捨て身の攻撃によって撃破された鐘鳴戦車一号・・・の残骸は、道路を封鎖し後続部隊の進撃を妨害する破目に・・・そこで鐘鳴戦車二号の体当たりにより、哀れ真ッ逆さまに谷底へ・・・。そして遂にファシスト叛乱軍機械化部隊の進撃が再開された・・・
検証シーン(28)・・・鐘鳴戦車一号の残骸を路上から排除した後、進撃を再開した鐘鳴戦車二号・三号・四号とファシスト叛乱軍機械化部隊・・・このシーンでは謎の戦車の動向は不明です。鐘鳴戦車二号のM3軽戦車系列独特の大型誘導輪の形状が良く解りますが、それにしても車体後部上方のエンジンルームを被った謎の構造物の正体は?あれ?道路右側の小屋って今まであったっけ・・・警備兵の詰所かな?いや詰め所は確か谷底の川辺にあったはず・・・ですが。
検証シーン(29)・・・後続する鐘鳴戦車三号・四号。ルノーFT17戦車系独特の足回り走行装置が良く解る場面です。鐘鳴戦車四号は砲塔を後方に回し、砲塔後部のハッチを開放している様に見えます。後続する歩兵を載せたトラックもはっきりと見えてきました。残念ながらトラックの型式は不明です。なんとなくイタリア軍のトラックに似ていると思うのですが・・・
検証シーン(30)・・・鐘鳴戦車四号の開放された砲塔後部のハッチから、乗員の顔らしきものが確認出来ます。後続するトラックの運転席は独特な形状で興味深いです。このトラックの型式名称をご存知の方がいらっしゃいましたら、是非ご一報下さい!その後方に後続する車両も微かに見えて来ました。
検証シーン(31)・・・民兵ゲリラたちの待ち伏せ攻撃をかわして、渓谷沿の山道を鉄橋に迫るファシスト叛乱軍機械化部隊・・・その先頭を進撃するのは・・・良く見ると、なななぁんと戦車は四輌います!あの幻の戦車が再び出現しました・・・鐘鳴戦車二号の前にはっきりと映っています!
検証シーン(32)・・・場面が少し大写しになり幻の戦車の姿が明瞭に確認出来ます。後続する型式不明のトラックは、どうやら六輪(後部四輪はダブルタイヤかも?)の様です。
検証シーン(33)・・・シーンが変わると、何故か先頭にいるはずの幻の戦車を差し置いて、いきなりアップで登場するのが鐘鳴戦車二号です。車体前部や正面操縦席前方装甲バイザーハッチ・展視孔など何となく形状がおかしいです・・・前方機銃も装備されてないし・・・ざっと見た限り、車体上部構造物は、砲塔も含めて全て撮影用の作り物かもしれませんな。
検証シーン(34)・・・検証シーン(33)から続く一連のシーン。鐘鳴戦車二号の側面の様子が良く解ります。M3戦車系列の操縦席前方装甲バイザーハッチとは、明らかに異なり、如何にも現場で急いで加工したって風な二段型の展視孔になってます。
検証シーン(35)・・・検証シーン(34)から続く一連のシーン。いよいよ戦闘態勢に入り、操縦席前方ハッチを閉める鐘鳴戦車三号・四号。更に鐘鳴戦車四号は砲塔を旋回させ、主砲を前方に向け直しています。
検証シーン(36)・・・検証シーン(35)から続く一連のシーン。カメラの直前を通過する鐘鳴戦車三号の排気マフラー?と超壕装置の一部が確認出来ます。
検証シーン(37)・・・鉄橋に爆薬の設置を完了して退避する主人公ロバート・ジョーダン。対岸には幻の戦車を先頭に鐘鳴戦車二号・三号・四号及び輸送トラック群のファシスト叛乱軍機械化部隊が迫っています。鐘鳴戦車四号に後続する輸送トラックは何か火砲らしきものを牽引してます。その後に続くのはサイドカーでしょうか?ここで興味深いのは、画像の色相調整をしたところ鉄橋の上部と下部で色あいが異なってしまった点です。これは原画像が修正・加工されている時に良く見られる現象です。ひょっとするとこの場面は、部分的に合成されている可能性があります。ところで倒れている警備兵役の俳優さん、民兵ゲリラのおじさんに手を踏まれてしまう可哀想な方です・・・(笑
検証シーン(38)・・・主人公ロバート・ジョーダンの身を案じ、起爆用手榴弾の安全ピンに繋げた紐を引く事を躊躇った民兵ゲリラのおじさん。仕方なく我が身を省みず激しい銃撃下に飛び出して起爆用の紐に駆け寄る主人公ロバート・ジョーダン。ファシスト叛乱軍機械化部隊の後続する輸送トラック群が、かなりな台数である事が解ります。この場面では、鐘鳴戦車四号の操縦席前方ハッチと砲塔後部ハッチがまた開いている様な・・・。
検証シーン(39)・・・爆薬起爆用の紐を拾いあげようとする主人公ロバート・ジョーダン。鐘鳴戦車四号の操縦席前方ハッチと砲塔後部ハッチは間違いなく開いてますね。白黒斜線迷彩の警備兵詰所が良い雰囲気を出してます。模型ジオラマのセットに入っていそうです。
検証シーン(40)・・・ファシスト叛乱軍機械化部隊の先頭を突っ走っていた幻の戦車が、エンジンを勢いよく噴かして、いよいよ鉄橋に差し掛かりました・・・でも良く見てみると・・・オイオイ後続の鐘鳴戦車二号はOKなんだけど、その後ろの戦車は一体何なんだ、こりゃ?鐘鳴戦車三号・四号のどちらでもないなぁ・・・またしても新たな幻の戦車(二号)が登場しましたよ・・・型式的にはルノー系って言うよりも、M3戦車系をちっこくした様な感じの戦車です。そして後続するトラック・・・こりゃどう見ても模型ですな・・・結局このシーンより以降は、ミニチュア模型を使った特撮で撮影されている様です。結局幻の戦車(二号)が登場するのは、この僅かなシーンだけでした・・・
検証シーン(41)・・・いよいよクライマックス最大の見せ場・・・幻の戦車一号が鉄橋を渡り始めた途端、間一髪で爆薬が爆発!ところでよく見ると、鉄橋に続く対岸の岩肌の道路には樹木が生えていますね・・・こんなのありましたっけ?それと後続するトラックは一輌しかない様ですな。細かいところは、かなりの手抜きです。古代ローマ様式の様な鉄橋の橋脚の造りが目を惹きます。
検証シーン(42)・・・中央部を爆破され崩れ落ちる鉄橋・・・幻の戦車一号の断末魔の姿です・・・車体が一瞬後ずさりする様に見えますが・・・。砲塔上部が焼け焦げているのか、赤茶けて見えるのは気のせい?後続する鐘鳴戦車二号の砲塔と、トラックの荷台に乗った兵士たちらしい姿が僅かに見えます・・・
検証シーン(43)・・・対岸の橋脚部分を道連れに崩れ落ちる鉄橋・・・そして落下しながら宙に浮いた、哀れ幻の戦車一号の最後の姿。やはり後続するトラックは一輌だけしか見えません。特撮シーンはここまで。
検証シーン(44)・・・鉄橋が崩れ落ちた後、残った橋脚部分のギリギリまで前進した鐘鳴戦車二号・・・ここから再び実物撮影に戻ったようで、鐘鳴戦車二号の操縦席前部装甲バイザーハッチが全開され、内部には乗員の姿が・・・砲塔ハッチからも戦車長らしき兵士も顔を覗かせています。様子を見る為に駆け寄って来たファシスト叛乱軍の高級将校たちの後ろには再び鐘鳴戦車三号・四号の姿が・・・鐘鳴戦車四号の砲塔後部ハッチは閉められていますが、砲塔自体は後部に向けられたままです。
検証シーン(45)・・・今まで影になったりして、はっきり確認出来なかった鐘鳴戦車二号の車体前部部分(牽引用フック等)が、明瞭に解ります。鉄橋爆破による噴煙も薄れ、後続するトラックの姿も見えてきました・・・右上にご注目・・・一瞬ですが画面上に現れる謎の黒い物体・・・多分劇場でのフィルム映写時にロール交換の目印となる爛僖鵐銑瓩噺討个譴詭椣だそうです【Air-Attache様にご教示頂きました】
検証シーン(46)・・・停車した鐘鳴戦車三号・四号とトラックの横を騎兵部隊が通り過ぎて行きます・・・この後、渓谷の浅瀬部分を渡河して対岸の民兵ゲリラを追撃します。機械化部隊も、やはり四足の馬には敵わなかった様ですね。
検証シーン(47)・・・対岸を横切って脱出を図る民兵ゲリラに向けて砲撃を加える鐘鳴戦車二号と銃撃するファシスト叛乱軍の歩兵たちです。こちら側って意外と開けていたんですね。歩兵たちは独式フリッツヘルメットを被った装備の良い部隊です。鐘鳴戦車二号の砲塔は、自棄に四角張って見えます。前方装甲バイザーハッチが開けられていますが、展視孔部分に妙な格子状の覗き窓が付けられています。
検証シーン(48)・・・脱出を図る民兵ゲリラに砲撃を加える鐘鳴戦車二号の砲塔のアップシーン。とても37mm級の豆鉄砲とは思えない大口径・・・少なくとも75mmはありそうな主砲です。砲塔は殆んど旋回しませんが、多少は左右に動く様です。コマンダーキューポラ部分にも展視孔があります。開放された操縦席前部装甲バイザーハッチの装甲厚は50mmはありそうです・・・M3系列の前部装甲も、確かそれ位だったと思います。でもこの場面、ひょっとしたら・・・いや妄想はこれくらいにしときましょう・・・(大汗

如何でしたか・・・幻の戦車の雄姿。撮影・編集上の都合で止むを得ず登場しただけ・・・と言ってしまえばそれまでですが・・・まぁ早い話がクライマックスで緊迫したシーンが連続する中、殆んどの観客が気がつかない程の些細な事かもしれませんね・・・それに拘る私ATFって・・・(汗

【真実の鐘鳴戦車たち】
さて、このファシスト叛乱軍の戦車のモデルとなった車両は一体・・・前述の通りスペイン内戦は狢萋鷦\こβ臉錣料鮎ダ鎰瓩箸盡世錣譴討い泙后そしてファシスト側と人民戦線側それぞれを独伊ファシスト政権と旧ソ連共産政権が支援しました。この為、ファシスト側には独伊の最新兵器が、また人民戦線側には旧ソ連の最新兵器が供給されています。それでは実際にスペイン内戦では、どの様な戦車戦が行われたのでしょうか・・・

■時期/1937年3月■場所/首都マドリード北方近郊のグアダラハラ
ファシスト側/独製I号戦車及び狭羸鐚屐伊製CV(L3)33・35戦車
人民戦線側/旧ソ連製T26戦車及びBT3型、BT5型快速戦車
■戦闘結果■
人民戦線側の圧勝

■時期/1937年5月■場所/ガダラヤラ周辺
ファシスト側/伊製CV(L3)33・35戦車
人民戦線側/旧ソ連製T26戦車
■戦闘結果■
やはり人民戦線側の圧勝。ファシスト側戦車はほぼ全滅。

■時期/1937年7月■場所/ブルネテ
ファシスト側/独製I号戦車及び狭羸鐚
人民戦線側/旧ソ連製T26戦車及びBT3型、BT5型快速戦車
■戦闘結果■
戦車戦では人民戦線側が圧勝するも、独製37mm対戦車砲によって人民戦線側戦車も損害を被る。

結局このスペイン内戦においては、I号戦車及び狭羸鐚峙擇咤達(L3)33・35戦車は旧ソ連製T26戦車及びBT3型、BT5型戦車には全く無力でした。所詮機関砲及び機銃程度の装備で、装甲厚も15mm程度の独・伊製戦車が、45mm級対戦車砲を装備した旧ソ連製戦車に歯が立つはずは無かった訳です。ファシスト側では、より大型の独製傾羸鐚峙擇哭弦羸鐚屐伊製試作M11/39戦車(37mm砲装備)も試験的に戦闘に投入された様ですが、戦局には余り影響がなかった様です。しかし、戦車戦では全く無力だったファシスト側戦車ですが、対歩兵戦にはそれなりの効果は見られた様です。
人民戦線側の旧ソ連製T26戦車及びBT3型、BT5型快速戦車ですが、戦車戦ではその主砲によるアウトレンジからの射撃によって優位に立っていましたが、こちらも装甲の薄さは問題となっており、近距離ならば、ファシスト側が装備した独製37mm対戦車砲や対戦車ライフルでも前面装甲を撃ち抜かれる始末でした。
またこのスペイン内戦では、対戦車用簡易兵器として火炎瓶が使用され効果を上げました。戦車のみで敵陣に突撃したところ、火炎瓶攻撃によって返り討ちにあう事例が多々見られたそうです。戦車で敵陣を攻撃する際、砲兵や歩兵との協力・協調する戦術は、このスペイン内戦での戦訓とも言えます。数年後に行われたノモンハン事変には、スペイン内戦での火炎瓶の効果が伝わっていた様です。
1937〜1938年に行われたカタロニア戦線での戦闘では、早くも独製88mm高射砲が地上射撃及び対戦車戦闘に投入されています。スペイン戦争中の使用された88mm高射砲弾の内、その90%以上は地上目標及び敵戦車に対するものだったと言う資料もあります。
『誰がために鐘は鳴る』に登場するファシスト側戦車の内、鐘鳴戦車一号は独製宜羸鐚屬陵佑忙廚┐泙后また鐘鳴戦車三号・四号ですが、1937年にヘミングウェイ自身が製作に加わっていた、人民戦線側の支援を目的としたプロパガンダ・ドキュメンタリー映画『スペインの大地』の中のヴァレンシア・マドリッド防衛戦のシーンに、人民戦線側の仏製ルノー軽戦車(元々のスペイン軍装備車両)が映っている事から、ファシスト側でも使用されていてもおかしくありません。それでは鐘鳴戦車二号は・・・一体?火砲装備という事から、独製I号戦車及び伊製CV(L3)33・35戦車でない事は確かです。あの主砲が20mm機関砲ではないとも言い切れませんが・・・まぁ単純に考えれば独製傾羸鐚屬伊製M11/39軽戦車って事でしょうか・・・ね。

数々の名作冒険小説で知られるスティーヴン・ハンター氏の初期著作『さらばカタロニア戦線』(扶桑社文庫)はスペイン内戦を舞台にした冒険・スパイ・サスペンス作品ですが、そのクライマックスシーンではファシスト部隊の進撃ルートにある橋梁爆破作戦が描かれています。何でも主人公が迫り来るファシスト側狭羸鐚屬紡个靴篤叛州唯韮械患ヾ惱討鮨兇蠅ざし立ち向かう場面があるそうです・・・これって?・・・興味のある方は是非ご一読下さい。そうそう名誉観戦武官のお一人DJANGO機関長殿のご教授により爛織鵐吋奪董Tanketteの語源が解りました!Tankette=Tank+etteの-ette瓩箸榔儻譴寮榿語で、名詞の末「尾」に「接」続する事で、元の名詞の持つ意味を膨らませ、新たな意味を創り出すそうですが、この-ette瓩蓮元の名詞に『小(型)さな〜』と言う意味を持たせるとの事・・・って事でTank+ette=戦車+小型=豆戦車なのでした!DJANGO機関長殿、大変ご教授ありがとうございました。
最後に、第二次大戦後も生き続ける狷戦車の後裔たちを紹介させていただきます。これは旧ソ連製ASU-57空挺自走突撃砲で輸送機やヘリで輸送されパラシュート降下が可能。乗員は3名で57mm砲を装備した空挺部隊火力支援用車両ですが、現在では既に退役しております。そして独製ヴィーゼル型空挺戦闘車です。20mm機関砲や対戦車ミサイル搭載型が生産され、現在も様々なバリエーションの車輌が配備されている様です!【続く・・・はず】


【File124】スペイン内戦勃発70周年・・・誰がために鐘は鳴るなり豆戦車

2006年07月19日(水)

しかし毎日の如くワイドショーネタが尽きませんなぁ・・・吉本所属のお笑いタレントが、未成年少女に淫らな行為を働いて解雇されたらしいですが・・・でもこんな話題は今更ながらで以前にも色々噂はありましたからね。更にその煽りを喰って野球界に新風を巻き起こした某社会人チームも解散だとか・・・私はお笑いは詳しくありませんが、同じ吉本の稼ぎ頭の某タレント(元漫才師)は、以前女性に暴力を振るって話題になりましたが、今じゃ何処吹く風でテレビで見ない日はありません・・・でも今やジャニーズと業界を二分する勢いの吉本でも、今回の一件は揉み消す事が出来なかったって事でしょうか・・・それとも件のタレントは、そこまでする価値が無かったって事なのか・・・。さていよいよ本題です!(チェッ前置きが長げぇ〜んだよ・・・全く)。第二次大戦の前哨戦とも言えるスペイン内戦を描いた映画史上に残る名作映画『誰がために鐘は鳴る』ですが、軍オタ・戦車ファン、中でも特に狷戦車ファン=タンケッテ教徒のマニア心を大いに擽る作品でありました!そう言う訳で今回も早速行ってみましょう・・・それでは【開演ブザー】・・・携帯電話の電源はお切り下さい・・・【いつもの如く文中の様々な書き込みには資料的価値は全くありません・・・(^o^;A】

【名も無き鉄橋の攻防戦】
映画『誰がために鐘は鳴る』一番の見せ場は、何と言ってもクライマックスの鉄橋爆破シーンですな。しかし、この鉄橋何処にあったんでしょうね。原作の記述によれば舞台となったのは、スペインのほぼ中央にある首都マドリッドの北西約60マイルに連なるグァダラマラ山系の中にある一渓谷に架かる鉄橋という設定で、時期的には1937年5月の最後の週の土曜午後から翌週火曜の昼までの4日間・・・ほんの70時間余りの間の出来事です。登場人物はアメリカ人の義勇兵ロバート・ジョーダンと人民戦線側の民兵ゲリラたち・・・ゲリラと言っても、元々この地域に住んでいた農民やジプシーたちです。スペイン内戦と言うと人民戦線側の主力だった労働者階級出身民兵や国際義勇旅団の外国人義勇兵が有名ですが、この『誰がために鐘は鳴る』には、主人公のロバート・ジョーダン以外には、これら労働者階級や外国人出身兵士は、主要登場人物としては描かれていません。実は1937年5月にバルセロナにおいて、人民戦線側の主要な勢力であった急進的労働組合であり労働者自治(アナルコ・サンディカリズム)革命を志向するアナキスト(無政府主義)系全国労働連合(CNT・FAI)及び反スターリン系マルクス主義統一労働党(POUM)と、コミンテルン(共産主義インターナショナル/国際共産党)の指導下にあったスペイン共産党(親スターリン派)の民兵が衝突・・・激しい市街戦が繰り広げられ500人近い死者と1000人もの負傷者を出しています。結局この後人民戦線側の主導権を握ったスペイン共産党は、対立する他組織勢力への粛清を繰り広げてます・・・スペイン内戦での人民戦線側の敗因のひとつに、人民戦線内部での権力闘争が上げられますが、まぁ旧ソ連が絡んだ為に自滅したってとこでしょうね。原作者のヘミングウェイもこんな状況に失望して、作品中の人民戦線側の主要登場人物としては描かなかったのかもしれません。世界各地から反ファシズムの理想に燃えて集った義勇兵たちによる国際義勇旅団も、結局は1938年11月に旧ソ連の圧力によって解散させられています。そしてこれら元義勇兵たちは、祖国に帰国した後、西欧では狎崋蹐雖甬譽熟△任廊爛肇蹈奪ー派狩り瓩冒うなど迫害されたそうです。全く踏んだり蹴ったりです・・・やっぱスターリンが絡むと碌な事がない様です。この辺の事情は、前述のケン・ローチ監督による『大地と自由(LAND AND FREEDOM/1995)』の中で詳しく描かれています。さて閑話休題・・・クライマックスの鉄橋爆破シーンですが、この鉄橋はマドリッド方面への重要な交通の要衝だった様です(でも名無し・・・)。この鉄橋がなくなると重火器や物資輸送が困難になるのは明白です。でも歩兵や騎兵は、鉄橋が無くても渡河は可能な様ですな・・・映画のラストシーンを観れば解るとおりです。映画の筋からするとロバート・ジョーダンと人民戦線側の民兵ゲリラによる、この名もない鉄橋の爆破作戦は、人民戦線側の総攻撃(反抗?)作戦に呼応した作戦で、ファシスト叛乱軍部隊が渡橋する前に是非とも爆破しなければなりませんでした。と言う事は登場するファシスト叛乱軍部隊は、人民戦線側の作戦に対して大いなる脅威だったと思われます。このファシスト叛乱軍部隊の渡橋によって、人民戦線側の側面或いは背後が脅かされる危険が高かったのでしょう。したがって鉄橋爆破は、人民戦線側にとって極めて重要な作戦でした。しかし、この作戦に人民戦線中央から派遣されたのは、僅かにロバート・ジョーダン一人で、残りは数名の現地の民兵ゲリラたちでしかありません。それに対しファシスト叛乱軍側も、この戦略的要衝のはずの鉄橋守備(警備)には、下士官指揮下の分隊程度の兵力しか配置していません。これなら鉄橋爆破は難なく可能なはずでした・・・しかし前述の様にファシスト叛乱軍部隊・・・戦車を装備し歩兵もトラックに乗車した機械化部隊で、またかなりの数の騎兵をも有する強力な部隊が鉄橋の間近まで迫って来ていたのです。こうしてロバート・ジョーダンたち民兵ゲリラとファシスト叛乱軍機械化部隊との息詰まる鉄橋の攻防が繰り広げられる訳です。戦車が渡橋する前に鉄橋を爆破する・・・って設定は、後の『レマゲン鉄橋』や『遠すぎた橋』など橋が重要なキャラクターとして登場する定番戦争映画の将に先駆的な作品とも言えますね。

【誰がために鐘はなるなり・・・幻の豆戦車】
鉄橋爆破の息詰まる攻防戦もさる事ながら、狷戦車ファン=タンケッテ教徒のマニア心を大いに擽るのは、何と言ってもファシスト叛乱軍機械化部隊の先頭を突っ走る装甲戦闘車両・・・その将に豆戦車たる勇姿を見逃す事は出来ません(コレでやっと本題だよ・・・)。映像上で解る範囲で見てみると・・・最初に登場する車両は、マーモン・ヘリントン系の車体に米軍のM1歩兵支援戦闘車っぽい砲塔を搭載した車両・・・(命名/鐘鳴戦車一号)。次に登場するのが一見M3軽戦車っぽい車両ですが、車体後部上方に何やら変な構造物がくっ付いている車両・・・(命名/鐘鳴戦車二号)。そして三輌目と四輌目として登場するのが、明らかに仏製ルノーFT17戦車の米国版コピーであるM1917戦車・・・(命名/鐘鳴戦車三号・四号)であります。さてここで重要なのが、これら四輌の戦車な訳なのですよ・・・そう確かに四輌しか登場していませんよねッ、お客さん!ところがですよ、私ATFはこの『誰がために鐘は鳴る』のクライマックスシーンを何度か観ている内に奇妙な事に気がつきました・・・それが何かって?そう、いるはずのない幻の戦車が登場してるんですよ、この『誰がために鐘は鳴る』には・・・とりあえず時系列に従って、その幻の戦車てぇのをご紹介させていただきます!

検証シーン(01)・・・ファシスト叛乱軍機械化部隊が最初に登場するシーンです。この段階では鐘鳴戦車一号、鐘鳴戦車二号、鐘鳴戦車三号の順番で進んでくるのが明確に確認出来ます。因みに手前の岩場に隠れて待ち構えているのは、民兵ゲリラの頭目パブロ率いるゲリラたちです。
検証シーン(02)・・・検証シーン(01)が部分的に拡大されたシーンです。鐘鳴戦車一号、鐘鳴戦車二号、鐘鳴戦車三号の順番を更に明確に確認出来ます。また鐘鳴戦車一号と二号の砲塔には、戦車兵の姿も確認出来ます。
検証シーン(03)・・・この方が殊勲の民兵ゲリラ兵士ラファエル氏であります。素朴で陽気な農民って感じなおじさんです。
検証シーン(04)・・・進撃する鐘鳴戦車一号を車体前方から見たアングルの場面です。砲塔のハッチが自棄に大きいのが解ります。このシーンで気になるのは、鐘鳴戦車一号の前方の路上に真新しいキャタピラの痕跡が見られる点・・・果たしてこれはリハーサル中に付いたものなのか?それとも実はもう一輌前方に車両がいるという事なのか?
検証シーン(05)・・・検証シーン(04)に続くシーンで、カメラの横を鐘鳴戦車一号が通り過ぎて行きます。マーモン・ヘリントン系戦車の独特なサスペンションの構造が良く解るベストショットです。
検証シーン(06)・・・再び殊勲の民兵ゲリラ兵士ラファエル氏の映像です。迫り来るファシスト叛乱軍機械化部隊を前に、何かグッド・アイデアが閃いたのでしょうか!
検証シーン(07)・・・件のラファエル氏、ひとり岩山を攀じ登ると、取りい出したる独式棒付手榴弾の狙いを定め・・・頃合を見計らって、いざ投下ッ!
検証シーン(08)・・・鉄橋に迫るファシスト叛乱軍機械化部隊・・・その先頭は鐘鳴戦車一号。待ち伏せる民兵ゲリラたちの間に緊張が走ります!
検証シーン(09)・・・次の瞬間、ラファエル氏が投下した独式棒付手榴弾が大爆発・・・しかしそれは鐘鳴戦車一号の遥か前方の岩場。こりゃフライングなのか、それとも何か考えがあってのことなのか・・・。
検証シーン(10)・・・独式棒付手榴弾の爆発による噴煙が治まると、そこには・・・巨大な岩石が路上に転がり落ち、道路の一部を封鎖しておりました・・・たかが手榴弾でも結構な威力っですなぁ。
検証シーン(11)・・・路上に転がる巨大な岩石の為に、先頭を行く鐘鳴戦車一号の進撃が多少鈍った様に見えますが・・・どうやら道路の一部を封鎖した岩石を避ける為に、進路を変更する様です。
検証シーン(12)・・・三度登場のラファエル氏。岩肌を下ると、今度は肩から下げたバックからパイナップル型手榴弾を取り出しました!
検証シーン(13)・・・岩石を避けて突き進む鐘鳴戦車一号に、素早く駆け寄るラファエル氏。右手にはしっかりとパイナップル型手榴弾が握られています。結果的に岩石を避ける事によって、鐘鳴戦車一号のスピードを幾らか低下させる事に成功し、ご老体のラファエル氏でも容易に車体上に飛び乗る事が出来た様ですね。前方には破壊・横転したトラックが・・・でも鐘鳴戦車一号の後部に取り付けられた装備って一体何?
検証シーン(14)・・・これは色々と見どころの多いシーンです。素早い身のこなしで鐘鳴戦車一号の車体に飛び乗るラファエル氏。鐘鳴戦車一号の右起動輪横には独軍戦車のサイドスカートアーマーのみたいな鉄板?が貼り付けられています・・・しかし同車の左側には何も付いていませんでした・・・想像するに、万が一ラファエル氏が鐘鳴戦車一号の車体に飛び移る事に失敗した場合、キャタピラや動輪に巻き込まれる事故を防ぐ為の撮影用の安全カバーではないかと思われます。鐘鳴戦車一号の車体後部上面の独特な形状にも注目。右側の突起した装置は排気装置か、はたまた冷却装置か・・・半円形の構造はエンジンルームのカバーでしょうか?更に良く見ると、前方の岩場上には民兵ゲリラの姿が見えます。
検証シーン(15)・・・無事に鐘鳴戦車一号の車体に飛び乗ったラファエル氏は、すかさず砲塔の銃眼?の隙間にパイナップル型手榴弾を押し込みます。装備されている機銃はチェコ製ZB26機銃か又はルイス機銃でしょうか?銃口の自棄に大きなノズル部分が気になります。機銃は砲塔に固定されているのではなく、銃眼から突き出しているだけの様ですね。それにしても車体左側操縦席?横の格子状の構造は何なのでしょうか?最初登場した鐘鳴戦車一号には、この様な構造物はありませんでした。更に良く見ると車体右側の展視孔からも、向こう側の格子状構造物が見える様に思えるのですが・・・
検証シーン(16)・・・パイナップル型手榴弾を鐘鳴戦車一号の砲塔に押し込んで、素早く飛び降りるラファエル氏。画像右側には後続する鐘鳴戦車二号の姿が・・・。
検証シーン(17)・・・路上に転がる岩石を避けて何事もないかの様に進撃する鐘鳴戦車一号。パイナップル型手榴弾は未だ爆発せず・・・乗員は気付かないのか、それともパニック状態になっているのでしょうか。後続する鐘鳴戦車二号の車体後部には妙な形状の構造物が・・・砲塔と一体となってる様な構造物に見えますが・・・。
検証シーン(18)・・・遂に大爆発です!吹っ飛ぶ砲塔・・・あたり一面を包み込む噴煙・・・しかし多寡がパイナップル型手榴弾一発で、これほどの大爆発が起きるとは・・・恐るべし。
検証シーン(19)・・・やったぜ〜ッ!歓喜のラファエル氏。思わずBGMに爛譽泪殴鹽感境瓩離董璽泙聴こえてきそうです!
検証シーン(20)・・・次の瞬間、突如登場し機銃を掃射する鐘鳴戦車・・・エェェェェッ・・・この戦車は一体何?・・・型式は鐘鳴戦車一号と同じ様だけど、鐘鳴戦車一号はたった今大爆発したばかりじゃないか〜ッ!それに鐘鳴戦車一号に後続してたのは鐘鳴戦車二号だったはず・・・それじゃこの幻の戦車は一体何なの?ストーリーの進行上、爆発した戦車とは別の車両なのでしょうが・・・でもそうなると戦車は四輌じゃなくて五輌いたって事になるよなぁ・・・うあああああ頭が痛くなって来た・・・
検証シーン(21)・・・哀れ、幻の戦車から発射された機銃弾に倒れる殊勲のラファエル氏・・・南ぁ無ぅ〜(´人`)
検証シーン(22)・・・後続する鐘鳴戦車二号及び三号・四号に銃撃を加える民兵ゲリラ兵士たち。鐘鳴戦車二号に比べ、三号・四号の車幅が狭い事が良く確認出来るシーンです。それにしてもルイス機銃の円盤型弾装って携帯には不便そうですな・・・弾装って言うよりも、どちらかと言えば地雷って感じですね。
検証シーン(23)・・・検証シーン(22)から続く一連のシーン。鐘鳴戦車二号の車体後部上面の構造形状が確認出来ます。砲塔上面から車体後部エンジンルーム上面へと、上部装甲板が一連に繋がっている滑らかな形状の構造物ですね。
検証シーン(24)・・・検証シーン(23)から続く一連のシーン。民兵ゲリラ兵士たちの攻撃に応戦する鐘鳴戦車三号・四号・・・立ち篭める噴煙の中で、向って右側の戦車の砲塔付近に発砲煙らしき物が確認できます。まるで『プライベート・ライアン』のジャクソンが鐘楼から総撃している様なアングルです。ルノーFT17系戦車独特の形状が良く解ります。
検証シーン(25)・・・ラファエル氏の捨て身の攻撃により大破・擱坐炎上し、路上を塞いでしまった鐘鳴戦車一号?を、体当たりで排除しようとする鐘鳴戦車二号・・・って言う事は幻の戦車は一体どこに行ってしまったのでしょうか?あれだけの大爆発の割には、鐘鳴戦車一号?の車体は殆んど完全に残っています・・・って言うか砲塔が吹っ飛んでねぇよ(オイオイ。車体右側前方機銃座横の格子状構造物からは、車体内部が炎上している様子が見えます。それにキャタピラ巻き込まれ防止用安全カバーは見当たりませんね。何となく機銃の形状も爆発前とは違っている様な気もします・・・炎上専用のハリボテ車両でしょうか?後方には輸送トラックの縦隊が待機しています。
検証シーン(26)・・・鐘鳴戦車二号によって路上から排除される鐘鳴戦車一号?の残骸。『バルジ大作戦』で橋上から強制排除されるM24戦車のシーンを彷彿させられます。
検証シーン(27)・・・遂に路上から排除され、谷底へと落下していく哀れ鐘鳴戦車一号?・・・ただいまの決まり手は突き落とし、突き落とし・・・。鐘鳴戦車三号や四号では、こんな大技は到底出来そうにありません!

し、しまった・・・またも書き込み字数制限が・・・謎の戦車はこの先一体どうなるのか?そんな訳でまたもや次回に・・・【続く】


【File123】スペイン内戦勃発70周年・・・誰がために鐘は鳴るなり豆戦車

2006年07月18日(火)

まだ梅雨も明けきらないというのに・・・と書いた先から天候は大きく崩れ、大雨によって各地に大きな被害を出しております。被災された地域の皆さま、お見舞い申し上げます。さて前回に引き続き豆戦車のお話を・・・と言う前に、今日はスペイン内戦勃発70周年という事で、ちょっとスペイン内戦についてお話させていただきます。ご存知の通り、第二次大戦の前哨戦とも言えるスペイン内戦なんですが、軍オタの間でも余り話題になりません。それは一体どうしてでしょうか?そう言う訳で早速行ってみましょう・・・それでは【開演ブザー】・・・携帯電話の電源はお切り下さい・・・【今回も文中の様々な書き込みには資料的価値は全くありません・・・(^o^;A】

【1936年7月18日スペイン内戦勃発・・・スペイン現代史概説】
第一次大戦で中立を保ったスペインは、諸国からの需要により好景気が続いていましたが、戦後はその反動から不景気となり、政治不安も増長し国内各地で労働運動が激化しました。この様な状況下、1923年9月にプリモ・デ・ルベラ将軍による軍事クーデターが発生、国王アルフォンソ13世の承認により軍事独裁政権が樹立。反体制派への弾圧を強めた反動政治が行われます。しかし1930年1月にリベラ将軍が失脚すると独裁政治体制は崩壊。1931年4月に行われた地方議会選挙において左派共和派が圧勝し王制廃止が決定され、国王アルフォンソ13世は家族と共にイタリアに亡命し、共和制政府が樹立されます。これがスペイン(共和)革命です。しかし、この共和制政府も安定せず、混沌した政治状況が続きます。1936年2月に行われた総選挙では、辛うじて左派共産主義人民戦線が勝利し政権を獲得しましたが、政権内部では相変らず権力闘争が続き、スペイン国内では社会的混乱が続いていました。そんな中で軍部による人民戦線政府に対する不満は日増しに増大して行きます。さて1910年に陸軍士官学校を卒業した後、モロッコでの民族運動鎮圧で功績を上げ、30歳の若さで陸軍少将の地位に昇ったフランシス・フランコは、その後も順調に昇進し、1935年には陸軍参謀総長の職にありましたが、1936年に人民戦線政府が成立するとカナリア諸島守備隊司令官職に左遷され憤懣を募らせていました。そして国内外の軍部不穏分子と語らい、遂に1936年7月16日にスペイン領モロッコのメリリャ駐留軍を率いて武装蜂起・・・これに呼応してスペイン本土各地でも叛乱軍の蜂起が発生し、人民戦線政府軍との間で戦闘が始まります。叛乱軍は、マドリードやバルセロナ等では人民戦線政府軍によって鎮圧されますが、結局モロッコやスペイン南部・北部など国土の約三分の一を掌握します。こうして人民戦線政府と叛乱軍が国内を二分して血みどろの戦いを続ける事となるスペイン内戦が三年近くに渡って続く事になります。フランコ将軍率いる叛乱軍は、モロッコ駐留の陸軍が主流だった為、内戦勃発当初にはスペインの海・空軍は、人民戦線政府側に忠誠を誓っていました。その為、モロッコから地中海を渡ってスペイン本土に叛乱軍兵力を送り込む事が出来なかったフランコ将軍は、1936年8月ドイツとイタリアに援助を求めます。これに応じたドイツからは、空軍のユンカースJu52輸送機が提供され、スペイン本土に叛乱軍部隊を空輸。スペイン北部の叛乱軍部隊に呼応して、首都マドリッドを南北から挟撃する作戦を展開、更に全土の約三分の二を支配下に置きますが、その後戦線は膠着状態に陥ります。ここに至って叛乱軍と人民戦線政府は諸外国に本格的な支援を要請します。実は1936年9月に英仏主導により爛好撻ぅ麁眄鑄坿馨聴儖会が設立されており、英仏を始め独伊そしてソ連など27カ国が参加して不干渉協定を結んでいたにも関わらず、結局は叛乱軍側には独伊両国が、人民戦線政府側にはソ連がそれぞれ支援を表明し、内戦へ大きく介入して行きます。叛乱軍側の支援を表明したドイツからはコンドル軍団と呼ばれた空軍義勇飛行隊や戦車隊を含む陸軍部隊が、またイタリアからも大規模な陸・空軍部隊が派遣されました。これに対し人民戦線政府側には、ソ連から軍事顧問団や大量の戦闘機、戦車、火砲等の兵器の援助が行われ、さながら新兵器や新しい戦術の実験場的様相を呈して行きます。また世界各地から自由主義・共産主義・反ファシズムを支持する多くの知識人や労働者から成る義勇兵が集り、最終的に57カ国7万人以上となる国際義勇旅団(Brigada Internacional)も編成されました。こうしてスペイン内戦は第二次大戦の前哨戦とも言える国際紛争と化し、1937年4月史上初の戦略無差別爆撃と言われるゲルニカ爆撃を始め、多く血が流される悲劇が繰り返されました。1939年1月、叛乱軍によるカタロニア地方制圧の為の最大規模の攻勢が開始され、軍事的要衝バルセロナが陥落、2月には叛乱軍がカタロニア地方を完全に制圧し仏国境に達し、これによって西欧諸国からの支援手段を断たれた人民戦線政府側は、内部での反ソ連(スターリン)派と親ソ連(スターリン)派との対立抗争の激化もあって急速に戦力を喪失し、3月末には首都マドリッドが陥落。遂に叛乱軍の勝利によって内戦は終結しました。その後フランコ将軍は国家主席兼首相の地位である総統に就任し、独裁軍事体制を確立します。第二次大戦時には、開戦一年後の1940年10月に独総統ヒトラーから枢軸側への参加を要請されますが、英国本土航空戦での独空軍の敗退を目の当たりにし、枢軸側の勝利に対する疑問を感じていたフランコは、ヒトラーの要請には応じませんでしたが、内戦時に支援して貰った恩義もあり、大戦中は犖造蠅覆枢軸側に近い中立という立場を維持しました。こうして1975年11月20日に死去するまで、36年間もの長きに渡ってその地位を維持します。フランコは死去する際に牴制復活瓩琉筝世鮖弔掘△海譴砲茲辰1931年に廃位させられた前国王アルフォンソ13世の子ファン・カルロス1世が1975年11月22日に即位します。即位後ファン・カルロス1世はフランコの独裁体制は受け継がず、民主政治を推し進めました。1977年には41年ぶりに総選挙が実施され、1978年の新憲法承認により国王は儀礼的な役割を果たすのみとなり、スペインは立憲君主制へと移行、民主主義政治が確立されました。

【スペイン内戦に関連する映画作品】
第二次世界大戦の前哨戦とも言われたスペイン内戦ですが、それを描いた(背景にした)映画・・・特に戦争映画的には余り知られていません。これは朝鮮戦争についても同様なのですが、やはり第二次世界大戦(太平洋戦争)の存在が大き過ぎ、それを題材とした戦争映画の膨大さの影に全く埋もれてしまったと言う事が出来ます。しかし探せばあるもので、幾つかの作品はビデオ・DVD化されており、購入やレンタルによって観戦する事も可能です。

希望/テルエルの山々(ESPOIR:SIERRA DE TERUEL)
監督:アンドレ・マルロー/主演:アンドレフ・メフート/公開:1939年/製作:フランス・スペイン合作
仏文化相だった作家アンドレ・マルローが自らの体験を基に、スペイン内戦で叛乱軍を支援する伊空軍部隊に奇襲攻撃をかける義勇航空隊と農民たちの活躍を描いたスペクタクル。宮崎駿監督の著書『妄想ノート』の中で「農夫の目」と言うエピソードでも紹介されている。【ビデオ】
日曜日には鼠を殺せ(BEHOLD A PALE HORSE)
監督:フレッド・ジンネマン/主演グレゴリー・ペック&アンソニー・クイン/公開:1964年/製作:アメリカ
スペイン内乱から20年後、反フランコ派活動家の英雄だった男の生き様を通じ、人間の執念を圧倒的なパワーで描き切った骨太なヒューマンドラマ。【DVD】
戦争は終った(LA GUERRE EST FINIE/THE WAR IS OVER)
監督:アラン・レネ/主演:イヴ・モンタン/公開:1965年/製作:フランス・スウェーデン合作
スペイン人元反体制派活動家センプランが、自らの体験に基づいて書いた脚本を基に抑圧の中で自由を熱望する人間の有様を濃密に描き出したヒューマンドラマ。【ビデオ】
ミツバチのささやき(EL ESPIRITU DE LA COLMENA/SPIRIT OF THE BEEHIVE)
監督:ビクトル・エリセ/主演:アナ・トレント/公開:1973年/製作:スペイン
スペイン内戦を背景に、一人の少女が体験する現実と空想の交錯した世界を繊細に描き出し、死をテーマに少女の心の成長を鮮烈に描いたファンタジードラマ。
エル・スール(EL SUR)
監督:ヴィクトル・エリセ/主演:オメロ・アントヌッティ/公開:1982年/製作:スペイン・フランス合作
故郷爛┘・スール(スペイン語で「南部」の意味)瓩鮗里董∨棉瑤飽椶蟒擦鵑隻磴了僂髻▲好撻ぅ麁眄錣篷困貽世摸人への想いを絡め、娘の目を通じて描いたヒューマンドラマ。
歌姫カルメーラ(IAY,CARMELA!)
監督:カルロス・サウラ/主演:カルメン・マウラ/公開:1990年/製作:スペイン
スペイン内戦によって芸人一座が辿る運命を通して、誇り高きプライドを持ち歌と踊りにその生涯を賭けた主人公の生き様を描いたヒューマンドラマ。
大地と自由(LAND AND FREEDOM)
監督:ケン・ローチ/主演:イアン・ハート/公開:1995年/製作:イギリス・スペイン・ドイツ合作
心臓発作で急死した老人の遺品を整理する孫娘の目を通じて、国際義勇旅団に参加した若者たちの栄光と挫折の日々を描き、内戦の真実に迫ったヒューマンドラマ。【ビデオ】
ロルカ、暗殺の丘(DEATH IN GRANADA)
監督:マルコス・スリナガ/主演:アンディ・ガルシア/公開:1997年/製作:スペイン・アメリカ合作
内戦最中の1936年8月19日にファシストによって惨殺されたスペインを代表する天才詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカの死の謎に迫るサスペンス・ミステリー。
蝶の舌(LA LENGUA DE LAS MARIPOSAS/BUTTERFLY TONGUES)
監督:ホセ・ルイス・クエルダ/主演:フェルナンド・フェルナン・ゴメス/公開:1999年/製作:スペイン
心優しい先生との交流を通じて成長していく病弱の少年がスペイン内戦前夜という時代の中で、やがて悲劇を迎えるまでを描いたヒューマンドラマ。【DVD】
デビルズ・バックボーン(EL ESPINAZO DEL DIABLO/THE DEVIL'S BACKBONE)
監督:ギレルモ・デル・トロ/主演:エドゥアルド・ノリエガ/公開:2001年/製作:スペイン
スペイン内戦下の孤児院を舞台に、そこへ連れてこられた一人の少年が、怨みを抱えた少年の霊に恐怖しながら、やがて真相に近づいて行くサスペンス・ホラードラマ。【DVD】

【誰がために鐘は鳴る・・・撮影悲・・・いや秘話】
そんなスペイン内戦を描いた映画作品の中でも、最も知られているのが何と言っても『誰がために鐘は鳴る(FOR WHOM THE BELL TOLLS/1943)』でしょう。我が観戦武官諸士の皆さんは、この作品を観た事がない・・・なんて方は、まさかいないでしょう?万が一未観戦という方がいたら、今すぐDVDを購入して観戦する事をお薦めしますよ・・・今じゃ著作権が切れて版権フリーとなったパブリック・ドメイン作品として、ワンコイン500円程度でDVDが購入出来ますからね!さて『誰がために鐘は鳴る(FOR WHOM THE BELL TOLLS/1943)』ですが、スペイン内戦を描いた戦争映画と言うだけでなく映画史上に残る名作でもあります。自らスペイン内戦に義勇兵として参加した文豪アーネスト・ヘミングウェイが1940年に発表し大ベストセラーとなった同名小説を、マルクス兄弟の喜劇シリーズや『チップス先生さようなら(1939)』で知られるサム・ウッド監督がゲーリー・クーパーとイングリッド・バーグマン主演で映画化。ロマンスとアクションが見事に融合した上映時間2時間半以上にも及ぶ超大作であります。内容については今更ここで多くを伸べる必要はありませんね。まぁ字数に余裕もないので・・・汗。

1937年内戦の最中のスペイン。アメリカの大学でスペイン語を教えていたロバート・ジョーダンは、正義と自由の信条の為、自ら義勇兵に身を投じ叛乱軍と戦っていた。敵の重要な輸送路である山間の峡谷に架かる鉄橋の爆破を命じられたジョーダンは、現地の人民戦線側のゲリラ部隊に協力で鉄橋を爆破しようとする。ゲリラの頭目パブロはファシストに追われて怖気づいていたが、その妻ピラールは勇敢で部下と共に協力を約束する。そんな中、ジョーダンは両親を殺されてゲリラに加わった娘マリアと恋に落ちる・・・。別のゲリラが敵機に発見され全滅する中、マリアは両親が殺され自分も犯された過去をロバートに話し、二人は固く結ばれた。次の日、計画通り鉄橋を爆破して脱出を試みるが、負傷し逃げ切れない事を悟ったロバートは、別れる事を拒むマリアを説得しピラールに託しすと、追って来たファシスト部隊に対してルイス機銃の銃口を向けるのだった・・・

■秘話
当時ヘミングウェイの親友であったゲーリー・クーパーは、パラマウント社のプロデューサー兼監督のセシル・B・デミルに、『誰がために鐘は鳴る』映画化の話を持ち込みました。パラマウント社は、当時としては最高額の15万ドルを払って映画化権を獲得。ヘミングウェイは主役として、彼の小説の最初の映画化作品『戦場よさらば』でも主演を務めたクーパーを指名し、クーパーも大いに乗り気だったそうですが、実はクーパーはサミュエル・ゴールドウィン(SG)社と専属契約を結んでいた為、簡単には出演は出来ませんでした。しかしクーパーの主演を望む声が昂まった為に、パラマウント社は自社のドル箱コメディアンだったボブ・ホープと人気脚本家コンビのビリー・ワイルダー&チャールズ・ブラケットをSG社に貸し出す事を条件に、クーパーの出演許可を取り付けます。更に当時SG社においてクーパー主演で企画中だった『打撃王(1942)』の監督が決定していない事を知った監督のサム・ウッドが『打撃王』の監督も引き受け、結果的にクーパー主演、ウッド監督で二本の映画が並行して撮影されました。
■秘話
ヘミングウェイは、共演のマリア役に『別離(1939)』での演技が評価されていたイングリッド・バーグマンを熱望し、彼女もこの役に乗り気だったのですが、またしても当時バーグマンは、独立系映画プロデューサーだったD・O・セルズニックと専属契約を結んでおり、なんとセルズニックはバーグマンの出演許諾料として15万ドルを要求して来ました。既にクーパーの出演交渉時に一悶着経験していたパラマウント社は、これ以上巨額な出演許諾料を払うつもりは無く、監督もバーグマンの起用を諦め、他の女優候補の中からバレリーナ出身のヴェラ・ゾリーナを抜擢しました。
■秘話
女闘士ピラール役には、ギリシャ出身で当時ロンドンの舞台で活躍していたカティーナ・パクシノウが起用されますが、出演の為に英国から米国に向かう途中、乗船が独Uボートに攻撃され、18個もの衣装ケースに詰められた多くの衣装が海の藻屑となりました。パクシノウは撮影助手カメラマンとしてもクレジットされています。
■秘話
撮影はスペインの山地に似ているカリフォルニア州北部シエラ・ネバダ山脈で、1941年7月2日から開始されました。平均標高が2550〜2850mと空気は薄く、11月を過ぎると温度が氷点下の吹雪の中で余りの寒さに撮影機材が凍って動かなくなったり、監督やスタッフが危うく凍死しそうになったりする中で撮影は続けられます。ところが主演女優のゾリーナは、撮影中にバレリーナの命である脚を痛める事を心配し演技への集中が出来なくなり、監督とパラマウント社は協議の結果、彼女の降板を決定します。既に役作りの為に髪を短く切っていた彼女は、パラマウント社を告訴すると騒ぎますが、結局示談で解決。彼女には別の映画への出演が約束されました。
■秘話
ヴェラ・ゾリーナの降板後、マリア役の為なら喜んで髪を切ると言っていたバーグマンへ再び白羽の矢が立つ事に・・・結局莫大な出演許諾料が払われました。ゾリーナで既に撮影済みだったシーンは、改めてバーグマンによって全て撮り直されました。
■秘話
叛乱軍爆撃機の空襲シーンの撮影は1941年12月7日に行われ、スタッフと出演者は極寒の山頂で待機していました。ところがいつまで経っても爆撃機が現れない・・・そうこの日は真珠湾が日本軍に攻撃された日で、アメリカ全土は厳戒態勢下にあり軍用機以外の飛行が禁止されていました。そんな訳で、結局この日の撮影は中止されました。
■秘話
最終的に当時の金額で300万ドルもの巨費が投じられた『誰がために鐘は鳴る』は、クーパーとバーグマンの初共演も話題を呼び、その年の全米興行成績第2位を記録、世界的にも大ヒットして、アメリカではヒロインの髪型を模したマリア・カットが大流行。第12回アカデミー賞では作品賞を含む9部門にノミネートされ、パクシノウが助演女優賞を受賞しました。ヘミングウェイ自身は、バーグマンは小説のマリアのイメージそのものだと絶賛していましたが、映画自体は政治的な表現が曖昧となっており、お気に入りの場面も殆んどカットされていた為、大変不満だったそうです。事実小説の中で重要な登場人物である叛乱軍のベルレント中尉は、映画では登場していません。
■秘話
バーグマンは『誰がために鐘は鳴る』への出演オファーが来た時、『カサブランカ(1942)』の撮影中だったのですが、『誰がために鐘は鳴る』出演の事で頭の中が一杯になって気も漫ろだったとか。バーグマンの代表作のひとつと評される『カサブランカ』ですが、彼女自身は年間に50本くらい大量に製作されていた大衆向娯楽映画の一本くらいにしか思っていなかったそうで、それが偶然大ヒットしただけって事らしいですな。劇中で彼女が唄い映画音楽の名曲と評される『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』という曲ですが、撮影後に他のもっと良いと思われた曲と差し替える事になったのですが、その時既にバーグマンは『誰がために鐘は鳴る』出演の為に髪を切っており、もう撮影出来ないと言う事で仕方なくそのままになったらしいです。
■秘話
原作・映画共通のタイトルである『誰がために鐘は鳴る』ですが、これは英国の詩人ジョン・ダン(John Donne/1572〜1631)の『Devotions upon Emergent Occasions』と言う非常に長い詩の一節から引用されています。

No man is an island, entire of itself;
なんぴとも一島嶼にてはあらず
every man is a piece of the continent, a part of the main.
なんぴともみずからにして全きはなし ひとはみな大陸の一塊 本土のひとひら
If a clod be washed away by the sea, Europe is the less,
そのひとひらの土塊を 波のきたりて洗いゆけば 洗われしだけ欧州の土の失せるは
as well as if a promontory were,
さながらに岬の失せるなり
as well as if a manor of thy friend's or of thine own were:
汝が友だちや汝みずからの荘園の失せるなり
any man's death diminishes me,
なんぴとのみまかりゆくもこれに似て みずからを殺ぐにひとし
because I am involved in mankind,
そはわれもまた人類の一部なれば
and therefore never send to know for whom the bell tolls;
ゆえに問うなかれ 誰がために鐘は鳴るやと
it tolls for thee.
そは汝がために鳴るなれば

・・・って書いたところで、また書き込み字数制限が・・・肝心の狷戦車瓩里話は次回のお楽しみだ〜ッ【続く】


【File122】スペイン内戦勃発70周年・・・誰がために鐘は鳴るなり豆戦車

2006年07月17日(月)

まだ梅雨も明けきらないというのに、既に何日も真夏日並みの気温の日が続いております。しかも世の中では物騒な事件ばかり・・・秋田では、やはり事件が起きた当初に誰もが想像した通りの結末となりつつあり、北の将軍様の打ち上げ花火は全世界的に批難されたにも関わらず、将軍様にとっては何処吹く風・・・世界一の共産党大国も、実は将軍様を持て余しているのではないでしょうか・・・全く以って厭な世の中になって来たものです。さて話変わって、実は『血戦奇襲部隊』を題材とした前回の観戦記は、ご存知の通り事情があって一度はボツとなった観戦記企画だったので、今回観戦記として新たに発表するに当り、以前書きかけの原稿を補完しつつ発表しております。そして、その補完の過程で、新しい資料や関連する幾つかの作品を調べ直したのですが、その中で幾つもの興味深い事柄を発見しました。そんな訳で今回の観戦記は、それら闇に埋もれかけた狄深足に光を当てさせたいと思います・・・それでは【開演ブザー】・・・携帯電話の電源はお切り下さい・・・【いつもの如く文中の様々な書き込みには資料的価値は全くありません・・・(^o^;A】

【やっぱり豆戦車が好きでしょ!】
世に戦車(模型)マニアは多かれど、その殆んどがドイツ軍戦車が好きだとか米軍や旧ソ連軍の戦車が好き・・・尚かつティーガー戦車が好きだのパンター戦車が好きだの、T34が良い、M4シャーマンが一番・・・一歩譲って英軍や日本軍、そしてイタリア軍の戦車がたまらん・・・等々と言った方々であろう事は明白であります。戦史を彩った数々の名戦車たちの影で、名も知れず歴史の闇に消えていった数々の戦車たちの姿があった・・・って、それじゃ前回の観戦記と同じ出だしだよッ!・・・第一次大戦の欧州戦線で登場した戦車は、現代に至っては、分類的にほぼMBT(Main Battle Tank/主力戦闘戦車)に統一されつつあります(一部偵察専門用途の戦車があるくらいでしょうか)。第一次大戦で英軍の開発したMk.儀神鐚岼聞漾∪こΤ胴颪砲いて様々な型式の戦車が開発されました。各国での主要分類的には、重戦車・中戦車・軽戦車の三種類(それに加えて各種火器を搭載した自走砲戦車)・・・この内、重・中戦車は現代のMBTに、また軽戦車が偵察戦車へと発展して行きます。戦車誕生国である英国では、巡航戦車・歩兵戦車・軽(偵察)戦車と言った各国とは少し異なった分類に分かれますが、やがて各国同様に巡航戦車・歩兵戦車が統一されてMBTへと進化して行きました。また第二次大戦中の欧州戦線では独ティーガー戦車や露JS戦車、米M26パーシング戦車の様な重武装・重装甲の戦車たちが火花を散らしたのは、皆さんもご存知の通り。しかし有力な敵の機甲戦力や対戦車兵器が存在しなかった中国大陸や、大規模な戦車戦には不向きな太平洋の島嶼を戦場とした日本軍では、ほぼ戦前に開発された九七式戦車チハが主力のまま・・・将に爛屮螢の棺桶で、強力な火力を有した米英軍部隊と対戦した日本軍戦車隊が大きな犠牲を払ったのも、また皆さん十分ご承知の通りです。しかし、そんな激戦を繰り広げた各国の戦車たちとは別に、全く目立たない戦歴を辿った戦車たちが数多く存在しているのです。一部の天邪鬼な戦車ファン・・・俺はティーガーやT34、M4戦車なんて全く興味ないぜ!と宣たまう方々(オイオイ・・・私ATF以外にもいるのか?・・・いやッ絶対いるって・・・検索すると、なんと多くの関連サイトがある事か・・・)の興味を惹いて止まない地味な戦車たち・・・そう、それが狷戦車=タンケッテ(Tankette)なのであります!

【豆戦車=タンケッテって何?】
調べたところ狷戦車=タンケッテとは、軽戦車よりさらに小型・軽武装な戦車の事を総称した名称です。装甲(自動)車とは違うのか・・・基本的には走行装置がキャタピラ(無限軌道)という点が装甲(自動)車とは異なります。乗員は1〜2名で、その多くには砲塔は無く、武装も多くは機関銃1〜2挺、精々20〜37mmの小口径砲1門を備えただけの軽武装。一説には、第一次大戦後の1925年に英陸軍少佐ジョージ・マーテル卿(Sir George Martel/後陸軍中将)が、自宅ガレージで旧式乗用車やフォードトラック等の様々な自動車部品を利用して試作した一人用豆戦車が、その元祖と言われています。その後、量産用試作車両が自動車メーカーのモリス社において4両製作され、1926年3月に完成しました(モリス・マーテル豆戦車/Morris-Martel Tankette)・・・その4両中3両は一人乗りでしたが、試乗の結果、操縦しつつ機銃を操作するのが困難として乗員が2名に変更されます。このモリス・マーテル豆戦車が、カーデン・ロイド社に引き継がれ、後の豆戦車へと発展、その多くが第二次大戦前の1930年〜1935年頃にかけて開発・生産されました。これら豆戦車は、その低コストさから第一次大戦後に新たに独立した新興国家や十分な軍備予算のない小国家、大規模な戦力を派遣するほど余裕の無い大国の植民地などに多数配備されました。これらの豆戦車は、大型の火砲や厚い装甲を有した各国の主力戦車には全く歯が立ちませんでしたが、有効な対戦車兵器や戦車を有さない反政府組織(独立or叛乱軍・反政府ゲリラ等)を相手とした場合においては、装甲された自走装甲機銃座として極めて有効な兵器となりました。また戦闘時以外では、砲や物資の輸送・牽引用のトラクター代わりにも用いられ、小回りの効く万能兵器だった訳です。因みに第一次大戦中にフランスで開発された、初の全周型砲塔を搭載したルノーFT17軽戦車を、豆戦車の祖だと言う説もあります・・・【以下は各国の主要・有名豆戦車】
イギリス/カーデン・ロイド(Carden-Loyd)系(MkI〜MkVI)ユニバーサル系多目的キャリア
イタリア/CV(カルロ・ベローチェ)33/35系
ポーランド/TKS(TK-3)系
日本/九四式軽装甲車系九七式軽装甲車系
因みに狷戦車=タンケッテ(Tankette)のTankette瓩慮豸擦任垢、調べてみたところ・・・はっきりとは解りませんでした・・・(汗。ご存知の方、是非ご教授下さい。一説ではKette瓩箸脇噺譴猫猴帯=キャタピラ瓩了だとか・・・英語で戦車を示すTank瓩汎噺譴陵帯を示すKette瓩合体した単語なんでしょうか・・・ね?

【工業大国アメリカの戦車開発史序説】
第一次大戦中、米国では仏製ルノーFT17軽戦車をコピーした6点鐚屬魏良・国産化したM1917戦車を開発していましたが、結局第一次大戦末期に参戦したにも関わらず、自国軍戦車を実戦に参加させたという記録はありません。これは戦場における戦車の運用・整備技術が未だ確立されていなかった事と、既に英軍や仏軍が大量に戦車を投入していた為に今更投入する必要がなかったからだと考えられます。結局M1917戦車が正式に採用されたのは第一次大戦後の1919年になってからでした。実は米国では1916年にホルト社の民間用トラクターに装甲と旋回砲塔を取り付けて改良した独自原型戦車を開発されていましたが、結局仏製ルノーFT17軽戦車をベースとしたM1917戦車を採用する事となったのは、周囲を海に囲まれ欧州の戦場からも遠く、対外戦争構想の中心戦力は海軍で、また当時は当面外敵の侵略の心配も無く諸外国との外交状況も良好、国内の治安対策の方が優先されていた為に、まだ兵器としては生まれたばかりで海のものとも山のものとも判断するのが難しかった戦車を独自で開発するより、既に欧州の戦場で実績のあった仏製ルノーFT17軽戦車をライセンス生産・改良し配備する方が有効であると、時の政府や軍の首脳が判断した為だと思われます。結局M1917戦車は1930年代まで第一線部隊で運用されます。しかし1930年代には世界各国では第二世代戦車の開発が進み、M1917戦車は一挙に旧式化。その為、米国においても軍や民間各社において様々な装甲戦闘車両の試作・開発が進みます。その中には後の旧ソ連や英国戦車に多大な影響を与える事になる、独特な懸架装置により高速走行を可能としたクリスティー製(T5/M1931)戦車がありましたが、米軍では余り重視されませんでした。そんな中で後の米軍戦車の祖とも言えるT1(M1)型コンバットカー(歩兵支援戦闘車)が開発されます。1932年からはマッカーサー陸軍参謀総長による陸軍の機械化計画が進められ、前述のT1(M1)型コンバットカー(戦闘車)を基にしたT2(M2)軽戦車が誕生・・・更に発展・改良が続けられ、第二次大戦前半の米英軍軽戦車の主力となるM3軽戦車の開発へと続いて行くのでした。

【参考作品 曄悒僖奪肇鸞臉鐚峽鈎(PATTON/1970)』でパットン将軍を演じたジョージ・C・スコットが、同じくパットン将軍の晩年と臨終を演じた『パットン将軍最後の日々(THE LAST DAYS OF PATTON/1985)』と言う作品の中の回想シーンでは、若きパットンが頭の固い米陸軍の騎兵将校たちの前で、新兵器である戦車のデモンストレーションを行うシーンがあります。ここではなんとパットン夫人がカールデンロイド型の豆戦車の操縦を行っています。女性でも簡単に操縦出来るって言う事をアピールしたかったのでしょうか・・・ね。実話なんでしょうか?
【参考作品◆枴胴餬沙ドラマ『特捜刑事マイアミ・バイス』や『刑事ナッシュ・ブリッジス』で知られるドン・ジョンソン主演の『遥かなる栄光(IN PURSUIT OF HONOR/1995)』は、マッカーサーによる米陸軍の機械化計画の為、手塩にかけた軍馬が屠殺される事に反抗した米軍の騎兵たちが、軍馬を引き連れてカナダへ亡命するという実話を基にした作品ですが、この中で逃亡する騎兵たちを追跡する部隊は、M1917戦車やM2スカウトカー等を配備した機械化部隊です。しかし肝心のM1917戦車は長距離の追跡が不可能な為、通常トラックに積載されて移動するのですが、いざ逃亡騎兵たちを攻撃する場面ではエンストを起こし全く役に立ちません・・・トホホ。

【工業大国アメリカの戦車開発史補説・・・マーモン・ヘリントンの系譜】
1930年代に世界各国で第二世代戦車の開発が進む中、米国においても軍や民間各社において様々な装甲戦闘車両の試作・開発が進みます。米軍の豆戦車と言うと、まず思い浮かぶのがフォード社が開発した3点鐚ってのがありますが、この豆戦車は余り実用性が無かった様です。当時既に自動車社会であった米国では多くの自動車製造会社が存在しておりました。そのひとつにマーモン・ヘリントン社(Marmon-Herrington Company)があります。マーモン・ヘリントン社は、現在では乗用車や装甲車両の他に大型のトラックやバス、自動二輪車の製造で知られています。マーモン・ヘリントン社では、1935〜1942年の期間に米軍のみならず海外向けの様々な型式の商業用軽装甲車両が開発・製造されました。米軍内での車両は一部が海兵隊に採用されただけで、他の殆んどが様々な国々に輸出されたので、戦車ファンでも余程のマニアにしか知られていないと思われます。MH-CTL(Marmon-Herrington Combat Tank Light)として知られている初期のシリーズは、旋回砲塔を持たず、上部構造を高くして機銃を取り付けていました。 海兵隊はこれらMH-CTL系列の戦闘車両開発に資金を供給し、導入を推進した海兵隊少将ハロルド爛戰謄瓮好拭璽にちなんで、これらMH-CTL系列の戦闘車両をBettiesの愛称で呼んでいました。初期のモデルは、独特のリーフ・スプリング・サスペンションと強化ゴム製履帯を採用していましたが、1938〜1939に開発されたCTL-3M型からは独特な板バネ型の懸架装置が採用されました。またCTL-6型からは特殊鉄鋼マンガン製の履帯が採用されています。1940〜1941年には海兵隊からの需要に応える為、小型砲塔を搭載した最初のモデルCTM-3TBDが開発・生産されています。この車両は小型砲塔に50口径機銃2挺、また車体前部には30口径機銃3挺が装備された3名乗りの軽装甲車両でした。海外向け車両としては、オランダ領インドネシア駐留の蘭印軍から628両の発注がありましたが、全車両の納入が完了する前に蘭印軍が日本軍に降伏した為、残った車両は他のオランダ系植民地の部隊に納入されました。第二次大戦中におけるマーモン・ヘリントン社製の軍用車両としては前述の豆戦車たちよりも、実は英軍で使用された装輪装甲自動車が良く知られている様です。英軍にはハンバー、ダイムラー、ガイ等多数の装輪装甲自動車が装備されていましたが、数多くのマーモン・ヘリントン社製装輪装甲自動車も、北アフリカ戦線から欧州戦線まで幅広く活躍し、現在でも軍用や警察用の装輪装甲自動車が開発・製造されています。また米軍初の正式装備ハーフトラックであるM2兵員輸送・火砲牽引型ハーフトラックの車体の母体となった試作T9ハーフトラックも、マーモン・ヘリントン社において試作されました。

【工業大国アメリカの戦車開発史補説・・・最も有名なマーモン・ヘリントン製戦車】
しかし何と言ってもマーモン・ヘリントン社製の装甲車両で、戦車ファンの間でも最も良く知られているのは、敵占領下後方に降下・強襲を行う空挺部隊の支援用として開発されたM22空挺戦車(Locust/いなご)ではないでしょうか。米軍では1941年に空挺部隊に随伴できる新型戦車の開発を決定。この要求案に対し大手自動車メーカー3社が試作案を提示した結果、マーモン・ヘリントン社案が採用、試作車両は「T9型」と命名されます。武装はM3軽戦車系列と同じ37mm戦車砲Mk.6を採用。主砲同軸に30口径機銃1挺を装備。全長3.93mX全高1.75mX全幅2.23mで総重量は7.3tとコンパクトな仕上がり。ライカミング社製空冷6気筒(162馬力)ガソリンエンジンを搭載し、最高速度は56.3km/時。航続距離は180kmでした。砲塔は鋳造式で車体は圧延鋼板の溶接式装甲、最高装甲厚は前面で25mmでした。しかし当時の連合軍には、この車両を搭載できる輸送機が存在せず、航空機に搭載するという要求はクリア出来ませんでしたが、この車両に目をつけた英軍からの要求で改良が行われ、最終的には砲塔を取り外し、車体を輸送機の機体下に吊り下げて空輸する方式が採用され、また更なる車体軽量化の為に予備機銃、砲塔の電動式旋回装置、ジャイロ・スタビライザー等が取り外されました。しかし脱着式砲塔にした事で、着陸後に別途輸送機から砲塔一式を降ろして取り付ける手間が生じ、これによって空挺部隊の持つ奇襲性が発揮出来なくなりました。米軍からは、試作中の1942年4月に早くも500両の量産命令が出され、更に試作車両の性能試験結果が良好だった為、新たに1400両が追加発注されました。しかし1944年2月、830両が完成した段階で生産は打ち切られます。結局本車輌がM22戦車として正式採用されるのは生産が打ち切られた後の1944年9月の事でした。その後280両が英軍に送られ「ローカスト(いなご)」の愛称で呼ばれます。英軍は大型グライダーGAL49ハミルカーを保有していた為、1945年3月に実施されたライン川渡河作戦時に、英軍第6空挺師団所属の12両が実戦に参加しますが、独軍の抵抗が殆んど無く活躍の場を得る事は出来ませんでした。結局それ以降実戦に参加する事なく終戦を迎え、戦後は一部が訓練用として短期間使用されただけで退役。英軍所属の一部車両が中東に渡り1948年に勃発した第一次中東戦争で使用されたらしいですが、定かではありません。全くそこそこ有名な割には全く恵まれない戦車ですな。
※乗員やM4戦車の大きさと比べて、日本軍の戦車並みに車体の小さな戦車なのが良く解ります

さてマーモン・ヘリントン社製豆戦車のお話は如何でしたでしょうか・・・マーモン・ヘリントンと聞いてピンと来た貴方・・・そうです、前回の観戦記で紹介した犒貔鐇鐚孱換罩の改造母体となった車体がマーモン・ヘリントン社製の豆戦車でしたね。そこで次回は『血戦奇襲部隊』以外にマーモン・ヘリントン社製の豆戦車が大活躍する、あの作品・・・もうバレてるって!・・・をじっくり堪能していただきます。それでは次回もお楽しみに・・・そうそう今年の7月18日で、スペイン内戦勃発70周年なんですよ!【続く】

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