ATFの戦争映画観戦記



【File097】あゝ邦画戦争映画は燃えているか・・・Shall We タンク!【前編】

2003年09月30日(火)

陸戦を描いた作品に華を添えるのは何と言っても�狎鐚岫瓩任△襦J睚爾�登場して小銃や機関銃を撃ち合うだけの作品も多いが、やはり�狎鐚岫瓩�登場しているといないとでは、興行宣伝的にも大きく影響がありそうだ。�狎鐚岫瓩箸いΝ牴�物�瓩�スクリ−ンに登場し、人々の幸せな暮らしを踏み潰し、立ち向かう人間たちを嘲笑うかのように威容を誇る姿・・・それに様々な手段で対抗する人間たち・・・対戦車兵器や航空機、そしてまた�狎鐚岫畆�身。海外の戦争映画では数多くの戦車にお目にかかれる・・・軍隊の所属車両や個人・団体によるコレクション車両等々。しかし邦画ではどうだろうか・・・戦後製作された戦争映画や一般作品で思いつくものを挙げてみると・・・。
戦車の登場する主要戦後公開邦画戦争映画作品※特撮は除く
1953 沖縄健児隊(M24戦車)
1958 二等兵物語/あゝ戦友の巻(M4A3戦車)
1959 人間の條件/第四部戦雲篇(M4A3戦車)
1961 五人の突撃隊(M24戦車)
1962 太平洋戦争と姫ゆり部隊(M24・M4A3戦車)
1963 独立機関銃隊未だ射撃中(模型ダミー戦車�爍複�-2?��)
1964 馬鹿が戦車でやって来る(改造ダミー戦車�犇綵住夕扱攸�甲車?��)
1968 ああひめゆりの塔(61式戦車の足廻りのみ)
1970 喜劇 右向けェ左!(M24・M4A3戦車)
1970 激動の昭和史 軍閥(M41戦車)
1971 戦争と人間/第二部(改造ダミー戦車�倏麓�戦車&九十五式軽戦車?��)
1971 激動の昭和史 沖縄決戦(M4A3・M41戦車)
1973 戦争と人間/第三部完結編(T34/85・改造ダミー日本戦車��)
1978 野生の証明(米軍M48orM60戦車)
1979 戦国自衛隊(改造ダミー�爍僑閏粟鐚岫�)
1982 大日本帝国(M41戦車)
1988 ぼくらの七日間戦争(改造ダミー�爍僑閏粟鐚岫�)
1989 2/26(改造ダミー戦車�犇綵銃鷦綾伝�甲車?��)
1990 マドンナのように(74式戦車)
1993 動乱/第二部 雪降り止まず(改造ダミー八十九式中戦車)
1993 僕らはみんな生きている(タイ陸軍M41戦車)
1994 右向け左!自衛隊に行こう(74式戦車)
1994 最後の弾丸(マチルダMk�鏡鐚�)
2000 守ってあげたい(90式戦車)
2001 アヴァロン(ポーランド軍T72戦車)
2001 ムルデカ17805(改造ダミー戦車�爍唯碍收鐚屐���)
戦後公開された邦画戦争映画は300本以上・・・それから考えると、僅か一割にも満たない作品数。海戦や空戦を描いた作品は、お家芸である円谷プロに代表される特撮技術を駆使し、戦闘シーンと俳優の演技場面の合成によって、優れた作品が多数製作された。しかし同一カメラフレーム内で、戦車と俳優が登場する場合が多い陸戦作品では、ミニチュアでは誤魔化せない・・・やはり実物大の可動戦車が必要となる。しかし日本国内では外国為替及び外国貿易法によって�犒慨蓮Σ佶ぁΦヾ惱董�戦車・・・等の兵器�瓩詫�入禁止、また武器等製造法によって�牴弍衒�射機や銃砲を搭載する構造を有する装甲車両で無限軌道装置により走行する物�瓩僚衢�は禁止。民間での可動�狎鐚岫瓩僚衢�は不可能なのだ。それ故、必然的に�狎鐚岫瓩鮟衢�する公の機関・・・自衛隊に頼らざるを得ない、と言う訳だ。

自衛隊の撮影協力と撮影制限の壁
1954年『ゴジラ』撮影時に海上保安庁が撮影協力・・・したのを最初に、3年後の1957年『地球防衛軍』では自衛隊が撮影に協力する。これは60年安保を控えた時期に、国民に対し存在をアピールしようとした表れではないか。以後自衛隊による特撮・戦争映画への協力、更には自衛隊自身を描いた作品製作・・・主に航空自衛隊・・・が盛んに行われる。特に特撮映画は未知の怪獣(敵)から国土を防衛するという、自衛隊の大義名分を顕著に具現化している。しかし撮影に際しては、自衛隊から様々な制限が科せられた。アメリカのSF映画では巨大な正義のヒーローは殆ど登場しない。それはアメリカの軍隊は常に強いから。ところが自衛隊は軍隊ではない・・・今のところそういう事になってる・・・したがって怪獣をバッタバッタとやっつける程、強すぎる訳には行かない・・・邦画特撮映画では、正義のヒーローの活躍でジ・エンドとなる場合が殆ど。しかし自衛隊にも面子がある。護衛艦や戦闘機は簡単に撃沈・撃墜されては困る・・・高い税金をかけて造っている兵器が簡単にやられては遺憾、という訳(でも戦車は特撮では結構直ぐに撃破されるが)。それに戦争映画では殆どの場合、敵戦車役で登場する。慌てふためいて逃げ惑う自衛隊員の姿は絶対NG。こんな様々な撮影制限に苦労しながら、邦画戦争映画や特撮映画は作られていた。ところが安保時代を過ぎ、左派政党の発言力が増してくると、自衛隊存在批判の増長と共に、自衛隊の映画撮影協力が国会で問題視される。貴重な税金の無駄使いではないか・・・こうして70年代後半から80年代にかけ自衛隊の映画協力は激減・・・協力するにしても以前にも増して撮影制限が厳しくなった。しかし近年、左派政党の発言力も弱まり、再び自衛隊の映画製作への協力が増している。私は未見なのだが、特撮ファンの中には『ガメラ2』を自衛隊の広報映画という方もいるし、また『右向け左!』や『守ってあげたい』の様に、自衛隊員自身を描いた全面協力作品も大手を振って製作されている。しかし相変わらず制約は根強く残り、自衛隊員が民間人を殺傷する設定や自衛ではなく侵略をイメージさせる設定は未だに御法度だ。邦画戦争映画に登場した�犲�衛隊戦車�瓩燭舛砲蓮△海Δ靴浸�代の流れや数々の御法度が常に付きまとっていたのだった。しかし自由な表現を追い求める映画人たちは、これらの制限に囚われない作品の製作を試みる・・・もっと思い通りにスクリーンの中で戦車を走らせたい・・・と、いう訳で(オイオイ今までは前振りかよ〜)邦画において制限に囚われなかった�狎鐚屬療仂譴垢觝酩吻瓩鬚款匆陲靴茲Α�それでは開演《開演ブザー》。いつものように携帯電話の電源はOFFにして。【恒例/この記述には資料的価値はない】

『馬鹿が戦車でやって来る(1964)』
1964年に公開された『男はつらいよ』シリーズの山田洋次監督、クレージー・キャッツのハナ肇主演による�倏麓�三部作(他に『馬鹿まるだし』『いいかげん馬鹿』がある)��のひとつ。因みにタイトル中の�狎鐚岫瓩廊爐擦鵑靴祗瓩任呂覆��爛織鵐���と読ませる。数々の邦画音楽に足跡を残す巨匠団伊玖磨の書き下ろした「日向村物語」を原案として、架空の農村�狷�永村�瓩鯢饌罎法�地主仁右衛門(花沢徳衛)と小作人サブ(元少年戦車兵/ハナ肇)の土地の境界争いに端を発したイザコザが、村人を巻き込んだ大騒動となる。村人たちに馬鹿にされ怒り心頭に達したサブが、終戦のドサクサに紛れて少年戦車兵学校から持ち出した戦車・・・将に豆タンクを駈って、ところ狭しと暴走、地主や村会議員の屋敷を蹂躙し捲る。山田洋次監督曰く、この主人公サブのキャラクターは、後の�狷劼気鶚瓩慮凝世世箸�・・・。日本的�爛爛薛畆匆颪琉�襲を、強烈な風刺コメディタッチのストーリーに織り込み、障害に対する偏見や差別を痛烈に批判した(現在では放送禁止用語満載の)山田洋次監督の初期代表作だ。登場する戦車は�牋υ�八十七号��イメージ的には旧陸軍の九十四式軽装甲車の様に思えるが、砲塔には小口径砲を搭載し、さらに九十七式中戦車の如くアンテナフレームの様なものが取り付けられているし、車体後部には八十九式中戦車の様な超壕装置っぽいものまで付いている。�牋υ↓瓩覆鵑凸唄峺デ室嵶召量樵阿�付けられていて、よくよく考えてみれば、日本の戦車の特徴を充分具現化・・・まるで絵に描いたような、将に戦車らしい�爛織鵐���なのだ。しかしまぁ、この戦車良く走る。元は何なのか・・・一説にはブルドーザーを改造したものだ、と言われていたが、調査の結果、どうやら雪上車を改造したものだと言う事が解った。しかしそれだけでは観戦武官諸士は納得されないだろう・・・そんな事は、既に皆さんご存知で1へぇの価値もない・・・。と言う訳で、我が戦争映画観戦記としては、もう一歩深く踏み込んだ調査を行い、ここにその結果を報告する運びとなった・・・。※因みに九十四式軽装甲車が大活躍する作品として『将軍と参謀と兵』が超オススメである・・・包囲された師団司令部を救援する為、西部劇の騎兵隊宜しく師団捜索隊所属車両が敵砲火の中を突っ走る姿が最高!
�〔瓦了絢粟鐚崕弍�・・・
実は、この映画が企画されていた時、土浦の陸上自衛隊武器学校に陳列されている三式戦車の可動復元計画が進められていた。米軍から払い下げられた三式戦車に、三菱の工場に残されていた統制型エンジンを搭載・修理して、可動状態に戻そうという計画だったらしい。当時の武器学校長が強く推進し、かなりの段階まで計画が進んでいた様だ。山田洋次監督が『馬鹿が戦車でやって来る』の撮影の為、動く旧軍の戦車は無いか、という話を戦車研究家の竹内昭氏に相談したところ、それじゃという事で武器学校の話を教えてもらったそうだ。山田洋次監督は早速武器学校に連絡を取ったそうだが、時既に遅し・・・その復元計画を推進していた校長が異動となり、新しく着任した校長は経費削減から三式戦車復元計画を中止・・・エンジンは廃棄され、また部品の幾つかも紛失されてしまい、計画は夢と消えてしまった・・・との事(以上:大日本絵画刊アーマーモデリング誌第3号に掲載されている記事がネタ元だが、当該文章については内容未確認)。もし三式戦車復元計画と映画出演が実現していれば、実車の三式戦車が走り廻っているという、将に軍オタ垂涎の邦画作品となっていたかもしれない。しかしATF的には、物々しく力強そうな三式戦車・・・軍国主義の恐怖の象徴・・・よりは、愛すべき豆タンク愛國八十七号(以下:馬鹿戦車)の方が、この映画のキャラクター的には充分正解だったと思える・・・。まだ八十九式中戦車だったら納得もできる設定ではあるが!(追記・・・この土浦武器学校の八十九式戦車も昭和50年代までは走行可能な状態だったとか・・・涙)
��馬鹿戦車の正体・・・
さて前述の如く、映画に登場させる為に本物の戦車・・・しかも旧日本軍の・・・を探していた山田洋次監督だったが、目当ての三式戦車が駄目になった為、自衛隊に戦車を借りる事も考えた様だが、これも実現不可能・・・国民を守る為の自衛隊の戦車を、国民を追い掛け回す様な役で登場させる訳にはいかん・・・って事らしい。結局製作スタッフからの提案もあって、撮影用に戦車を作る事となった。戦車のもっとも戦車らしいところは、何と言ってもあの�爛�ャタピラ��である。こればっかりは普通の乗用車やトラックを改造しようにもどうにもならない・・・グラスファイバー製の車体を被せるならまだしも・・・一から戦車を作ろうにも、それだけの技術はない(後に「戦国自衛隊」では実現・・・)となると、元々キャタピラを使っている車両を改造するしかない・・・当時映画製作の予算はたんまりあった(当時・・・今から約40年前で2500万円)のでブルドーザーを改造して戦車を作ろうという案がまず上がった様だが、山田洋次監督はストーリーの設定上、村人たちを追い廻すだけのスピーディーな動きを要求したそうだ。ブルドーザーでは馬力は出るが、懸架装置などがないので、とても軽快な動きは出来ない。でブルドーザー改造案は却下・・・本物の戦車以外にキャタピラで軽快に動ける車両・・・東北の豪雪地帯出身のスタッフがいたかどうかはわからないが、思いついたのが南極観測や豪雪地方で活躍していた�狎秕綣岫�だった訳。結局あの馬鹿戦車・・・新潟県かどこかの豪雪地帯で使用されていた民間の雪上車を改造して製作された物だという事が判明した・・・ってそんな事も既にみんな知っとるわい・・・お怒りは御尤も。それじゃと言う事で、もっと気合を入れ直して調べてみた・・・。
��ベースとなった雪上車の正体・・・
そんじゃベースになった雪上車って一体どんな車両なのか・・・。ネットを駆使して調べる事数週間!実にありがたい事に、現在日本で本格的に雪上車を製造(改造は除く)している企業は一社しかない。その企業とは大原鉄工所という新潟県長岡市に本社のある企業。以前はフォークリフトで有名な小松製作所・・・現小松フォークリフト��・・・なんかも雪上車を製造していたようだが、今ではこの大原鉄工所一社だけの独占業種となり、日本の南極越冬観測隊や陸上自衛隊寒冷地用の雪上車を一手に手がけているのだそうだ。この大原鉄工所が雪上車の分野に進出したのは昭和26年。新潟県庁幹部から、豪雪に閉ざされる冬期の交通確保の為の雪上車の開発が、当時唯一の地元資本機械製作メーカーであった大原鉄工所に依頼された。時の大原鉄工所の専務であった上村氏は、進駐軍の兵士が使用していたウィーゼル水陸両用車を参考とし、また新潟県からの補助金と旧軍戦車の資料(「戦車工学」)を基礎資料として、全くの零からの雪上車開発に着手した・・・履帯の強度、車体重量(接地圧)など様々な欠陥や問題点を解決し、幾度とない試行錯誤を繰り返し、昭和30年に漸く雪上車の実用化に成功する。現在では全国のスキー場で使用されているゲレンデ整備用の雪上車の約5割も、この大原鉄工所製の車両なのだそうだ。さて問題の馬鹿戦車のベースとなった雪上車だが、どうやらこの大原鉄工所が昭和28年に開発したKC40型という雪上車ではないか・・・という事に辿り着いた。
�ぢ膰凝換�所製KC40型雪上車・・・小松製作所製六十式3トン雪上車
このKC40型雪上車だが、実は陸上自衛隊用の寒冷地車両として開発された小型雪上車である。陸上自衛隊での試作時の名称は五十三式雪上車と呼ばれていた。ところが前述の如く、この当時まだ小松製作所でも雪上車を製作しており、このKC40型・・・五十三式雪上車(一部改良が加えられ五十八式雪上車として約60両が生産された)は、小松製作所でライセンス生産される事になる。この小松製の車両は小松六十式3トン雪上車と呼ばれ、昭和36年〜52年までの期間、合計400両以上が製造された。まぁ小松製作所の方が、元々技術や生産ラインを持っていたので大量生産し易かったのかもしれない。大原鉄工所の方では、民間仕様としてのKC40型を70両ほど生産する(小松製作所は、何故かこの六十式雪上車を最後に雪上車部門から撤退、以後大原鉄工所が日本における雪上車のオンリーワン・メーカーとなる)。さて、この六十式3トン雪上車の画像をネット上で探したのだが、結局ハッキリ映った写真は発見出来なかった。しかしこちらの大原鉄工所のサイト中の雪上車開発50周年記念のコンテンツの中で、民間用KC40型と自衛隊試作型五十三式雪上車の写真と動画を観る事が出来る。馬鹿戦車は、この大原鉄工所が開発した民間用KC40型雪上車、或いは自衛隊用六十式3トン雪上車が民間に払い下げられて使用されていた車両をベースとして、撮影用に改造された車両だと思われる。因みに六十式3トン雪上車の写真は発見出来なかったが、陸上自衛隊が採用した時の六十式3トン雪上車正式採用要綱と六十式3トン雪上車平面図は発見できた。転輪や懸架装置、エンジンや操縦機構の配置が良くわかり、改造された�牋υ�八十七号�瓩瞭睇�配置の様子が想像出来る。ビデオを観直して確認し直したが、足廻りの懸架装置や転輪配置も間違いない様だ。
�デ麓�戦車のその後・・・
この『馬鹿が戦車でやって来る』撮影後の�牋υ�八十七号�瓩里修慮紊両誕�は、ネット上からでは知ることが出来なかった。多分製作映画会社である松竹の大船スタジオの倉庫に保管されていたと思われる。ところがそれから6年後、この馬鹿戦車、再び姿を現すのである・・・なんと異なる映画会社の作品に・・・!その作品とは、日活が製作した大作映画『戦争と人間』・・・この『戦争と人間』は日活が社運を賭けて製作した大作である。新興財閥伍代家の人々を中心に、次第に軍部の暴走によって大陸での戦火が拡大していく昭和初期当時の社会を描いた日活スター総出演の一大歴史絵巻かつ大河ドラマ・・・の筈だったが興行的に奮わず、資金難の為に全四部のはずが第三部(1973)で製作が打ち切られてしまった曰くつきの作品(この後日活はロマンポルノ路線へと移行せざるを得なくなる)。無理やり完結編になってしまった第三部の後半は�爛離皀鵐魯鷸�件�瓩�メイン・テーマ・・・当時、戦闘シーン撮影の為、陸上自衛隊に協力を要請したところ断られ、ダメもとで旧ソ連のモス・フィルムに撮影協力を要請(山本薩夫監督が左翼系だった為)したら呆気なく許可され、旧ソ連軍から実車のT34/85や火砲、大量の兵員が撮影に借し出された。更に業々ソ連製軽戦車を改造した日本軍戦車を登場させる、と言った将に至れり尽せりの豪華な戦争映画として仕上がってはいるのだが、映画として作りが雑になっているのは認めざるを得ない・・・そうそう馬鹿戦車だが、この戦争映画している第三部ではなく、第二部(1971)のラストシーンにちょこっとだけ登場している。ちょうど昭和12年の�珸湛其胸�件�瓩慮紂�日本が中国での泥沼な戦争に踏み込んで行き始めるのを予兆させるシーンで、突撃する日本軍歩兵の先頭を切ってゴトゴト走っている。ところでこのシーンにはもう一両戦車が登場している。その形状からするに、どうやら九十五式軽戦車を意識している様だが、足回りはどう見てもブルドーザー・・・懸架装置なんて見えない。果たしてこの戦車の正体は・・・?この『戦争と人間』の撮影は日活のスタジオで行われていたそうで、馬鹿戦車がそこに持ち込まれた事は確かである。しかし松竹で製作された馬鹿戦車が、どう言う経緯で日活へと移ったのだろうか・・・単なるレンタルなのか、それともスクラップとして譲与されたのか(充分動いているが)・・・たった数分間のシーン・・・実際の撮影はもっと長時間かかっている筈・・・の為に、態々馬鹿戦車を買い取ったのか・・・ネット上で検索し得た情報だけでは、それは解らなかった。この辺の事情をご存知の方・・・激しく情報キボンヌ!それと馬鹿戦車がその後どうなったのか、そしてあのもう一両の戦車の正体は何なのか・・・秋の夜長に謎は益々膨らむばかりである・・・。

名作『馬鹿が戦車でやって来る』のお話、如何でしたでしょうか・・・紋切り口調で話が纏まってないぞ・・・そんな観戦武官諸士のお怒りの声が聞こえてきそうですが、書込字数制限故の処置として、平にご容赦の程を・・・そんな訳で懲りずに�狎鐚岫瓩里�話を【まだまだ続けます】


【File096】スパイとエニグマとUボート【ネタバレ警報/後編��・・・完結編】

2003年09月13日(土)

いやぁ〜何やかやと早いもので『大脱走観戦OFF従軍記』以来二ヶ月ぶりの観戦記であります。この二ヶ月というもの、まぁ思うところもあって半分はほったらかし状態だった訳ですが・・・。でも毎度更新を心待ちにして(ホントかぁ〜)日々アクセスいただいている観戦武官諸士には誠に申し訳ない次第と言う事で、お詫びという程ではありませんが別冊『よろず観戦日誌』の方は地道に更新しております(仕事中でも書けるので・・・)さて前置きはコレくらいにして、今回の観戦記のお題ですが・・・もう皆さんお忘れかもしれませんが、実は『enigma』ネタなんですわ!そう『大脱走観戦OFF従軍記』の影に隠れてしまい、私自身忘れかけてたくらいなのですが【File090】狼と羊と猟犬と・・・ココアとラム酒と海の男たちの物語【ネタバレ警報/後編� 曚虜埜紊暴颪�込んだ一文・・・次回『enigma』観戦記、あゝ堂々の完結編・・・どうぞお楽しみに【まだ続くでぇ〜ッ】って事でまだ完結してなかったのですよ(汗)そんな訳で、さっさと終わらせてしまいましょう・・・早く終わらせないとDVD発売になっちゃうしぃ〜それでは【開演ブザー】お久しぶりに携帯電話の電源はお切り下さい・・・【以前にも増して、この書き込みには史料的価値はありません】

【エニグマってどうよ・・・】
物語は1943年の第二次世界大戦真っ只中、ある日突然英軍暗号解読班にトラブルが襲いかかる・・・独軍Uボートが使用するエニグマ暗号の解読コード�爛轡磧璽�(通称:鮫コード)�瓩�突然変更されたのだ。その為、今まで解読出来ていた独Uボートが発信する暗号通信が解読できなくなってしまった。悪い事は重なるもので、丁度米国・カナダから大量の物資と兵員を満載した3つの大船団が、英国に向け出航したばかり。独Uボートの待ち伏せる海域に輸送船団が達するまで残された日数は僅かに四日間。この為、以前コードの解読に成功した天才数学者トム・ジェリコがブレッチレー・パークに呼び戻される。彼は失恋が元で精神を病み休養していたのであった。ブレッチレー・パークに戻った彼は、自分が精神を病む原因となった元恋人のクレアが失踪している事を知る。彼女はブレッチレー・パークで受信暗号の分類処理の作業を担当していたのである。彼女への想いが断ち切れぬトム・ジェリコは、彼女の失踪の原因を探り始める。手始めに彼女の下宿を訪れたトム・ジェリコは、彼女が受信されたまま未解読の独軍暗号電文のメモを下宿に持ち帰っていた事を発見する。果たして彼女は何者なのか?そして彼女の持ち出した暗号の内容とは・・・クレアのルームメイトであるヘスター・ウォーレスの協力を得て、トム・ジェリコはクレアの正体を探る為に巨大な陰謀の渦へ身を投じる・・・そんなトム・ジェリコを独側への内通者として疑う英国諜報部のウィグラム。国家的犯罪である�爛�チンの森�畛�件を背景に、物語は大きく動き始める・・・と言うのが、この『エニグマ』の粗筋である。実は私ATFは、この作品の原作である『暗号機エニグマへの挑戦』(R・ハリス著/新潮文庫刊/1996初版)を購入していた・・・と言っても古本であるが・・・のである。しかし同時に購入したその他多数の書籍と一緒に本棚に積み上げたまま、すっかり忘れていた。それが何たる偶然か、我が家を襲った爆雷攻撃・・・いや地震によって崩落した本の山を整理中に、偶然発見する・・・そして通勤電車の時間を利用して一気に読み返したのだった。そんな訳で、この作品の映画と原作を読んで気付いたツッコミ・ポイントをちょっと列挙してみたいと思う。

�´爛�イオイ輸送船団どうなったんだよ?��
物語の発端は、前述の如く暗号コード�爛轡磧璽��瓩諒儿垢砲茲螢┘縫哀洌店罎硫鯑匹�不能になった事でUボートの動向が掴めなくなり、さらにそのUボートの待ち伏せている海域へ、貴重な物資と兵員を満載した3つの巨大輸送船団が突き進んでいる、という事だった・・・それでは英政府や海軍のお偉方を大慌てさせた原因は一体何だったのか?結論から言ってしまえば、貴重な輸送船団を犠牲にする事によって、わざとUボートに輸送船団発見報告電を発信させ、その電文(暗号)内容と発信位置を元に、変更された暗号コードを解析する事。当初輸送船団が大きな被害を被る・・・と言って大騒ぎしていたのは何処へやら。その間に物語は「カチンの森の虐殺」事件を背景にした謀略戦を巡るサスペンスが主体となって行くのである。しかし、これは原作本『暗号機エニグマへの挑戦』でも、その通り描かれているので、映画の責任ではない。こうやって考えて行くと、物語の中で輸送船団の被るであろう被害は余り重要では無いという事が朧げながら見えて来る。物語の中では、如何にもUボートの発するエニグマ暗号通信の解読する事よって輸送船団を守れる様な風に受け取れるが、実はこの状況下ではUボートの暗号が解読出来ても既に対策としては遅すぎるのである。実際この段階では既にUボート戦隊が輸送船団の予定航路に散開して哨戒しており、その発信する電文は、連合軍輸送船団の発見電報しかありえない。これがパリにあるUボート総司令部と付近の海域を哨戒中の他のUボートに受信され、ウルフ・パック(群狼作戦)が展開される訳である。例えエニグマ暗号が解読出来たとしても、英国海軍総司令部が出来る事は、輸送船団を引き返させる命令を出すか、Uボートの待ち伏せを警告するくらい。輸送船団を引き返させる事は、この段階では不可能。連合軍の全ての作戦が、この船団が輸送している物資の到着を前提として動いている。ここで輸送船団を引き返させたとしても、輸送計画を中止する訳にも行かず、結局は再度Uボートが待ち受ける大西洋に送り出さなければならない。連合国側が実施していた輸送船団方式=コンボイ方式は、長年の経験によって培われた�爛薀鵐船Д好拭爾遼‖Л�に基づき、ある程度の損害を想定した上で運用されていた。したがって輸送船団を引き返させ、今後の作戦全体に大きな齟齬を発生させるよりは、ある程度の損害を覚悟した上で、Uボートの待ち伏せる海域を強行突破させる事が戦術・・・いや戦略というものだ。また1942年頃には輸送船団に所属する護衛艦や船団長座乗船など何隻かにはHF/DF(通称ハフダフ:高周波方位測定器)が搭載されており、Uボートの発する僅かな電波を探知し、それによってUボートの待ち伏せ位置(方位)を測定する事が出来た。したがって物語中に登場する輸送船団も、前方に待ち伏せるUボートの大体の位置は、Uボートからの船団発見電報によって探知出来ていた。そんな訳で�爛轡磧璽��瓮魁璽匹硫鯑匹涼戮譴蓮△海陵∩�船団の被る被害については、左程影響が無かったのはないか・・・と言える。結局輸送船団は�爛轡磧璽��瓮魁璽匹硫鯑匹琉戮法⇔匹け造箸覆辰燭鵬瓩�ないのだ・・・。ATF個人としては、わざわざ「カチンの森の虐殺」事件を伏線に持ってくるよりは、この輸送船団にからんだ暗号解読の話をメインにして欲しかった。

�↓爛肇�・ジェリコってアラン・チューリングなの?��
幾つかの作品紹介サイトを見ていたら、どうも主人公のトム・ジェリコのモデルが、実際エニグマ解読に貢献したアラン・チューリングである・・・と勘違いしているらしい記述を散見した。これは明らかに間違いである。原作本によればトム・ジェリコはアラン・チューリングのケンブリッジ大学での後輩という設定である。そしてこの物語の設定の中では、アラン・チューリングは米国にエニグマ暗号解読の為の�爛椒鵐岫瓩了愼海帽圓辰討い襦△箸い�設定になっている。トム・ジェリコは明らかに架空の人物である。アラン・チューリングについてはハーバート・ワイズ監督による『掟/ブレイキング・ザ・コード(Breaking the Code1996)』に詳しい。これはDVD・ビデオソフト化もされている。元々はヒュー・ホワイトモア原作による戯曲でブロードウェイでも人気を博し、かの劇団四季も日下武主演で舞台化している。アラン・チューリングは�犖渋絅灰鵐團紂璽拭爾良祗瓩噺討个譴襪曚匹療刑与�学者。1912年6月23日ロンドン生まれ。両親は仕事でインドに在住しており、英国に残されたアランと弟は孤独な少年時代を送った。1926年〜1931年までドルセットの名門パブリックスクール�爛轡磧璽棔璽鷙鮫瓩忘濆察�その後奨学学生としてケンブリッジ大学に入学。1936年にアメリカのプリンストン大学に入学し博士号を取る。1938年に英国に戻り、ブレッチレー・パークにある英軍の暗号研究所でエニグマ解読に尽力、彼が開発した暗号解読機�爛椒鵐�(The Bombe)�瓩蕨�合軍の勝利に貢献した。1944年世界初のコンピューター�爛灰蹈奪汽�(Colossus)�瓩魎粟�し、1946年に大英帝国勲章(OBE)を授与される。終戦後マンチェスター大学で大型コンピューターの研究に従事、人間の脳とコンピューターの情報処理のパターンの共通点を見出し、万能計算機�爛船紂璽螢鵐亜Ε泪掘璽鶚瓩陵�論を完成させる。1952年(39歳)に自らが同性愛者であると告白したことで逮捕され、その国家に対する功績から服役の代わりに、同性愛嗜好を矯正し性欲を抑える為の薬物(エストロゲン/女性ホルモン剤)服用を強制される。英国では1967年イングランドとウェールズにおいて21歳以上の男性同士の私的な同性愛行為が解禁されるまで法律として禁止されていた。チューリングが自らの同性愛嗜好を告白したのは、まだ同性愛行為が法律的に禁止されていた1952年の事だった。しかし英国の上流階級の間では、同性愛はそれほど珍しいものではなかったのだが・・・。結局チューリングは1954年6月7日チェシャーのウィルムスローにて青酸カリに浸したリンゴを食して死亡・・・自殺と言われている(享年41歳)1993年に彼の功績を称えマンチェスターの環状道路が�爛▲薀鵝Ε船紂璽螢鵐按未�(Alan Turing Way)�瓩般震召気譴拭�この『掟/ブレイキング・ザ・コード(Breaking the Code1996)』は彼の生涯を、少年時代から戦時中の暗号研究所勤務時代、不遇な晩年までと時代背景を織り交ぜながら描いた作品。原題の『Breaking the Code』は、文字通り解釈すれば�牋店罎魏鯑匹垢覘瓩箸いΠ嫐�だが、その裏には�犲匆馘�な掟を打ち破る=同性愛嗜好�瓩箸いΠ嫐�も含んでいるらしい。この事からも、ぞっこんだったクレアにふられて�珈気聖畴将畩�態になってしまう程の軟弱者なトム・ジェリコとは明らかに異なるのである。

���犒覿疋�レアって何者だったの?��
主人公トム・ジェリコを�珈気聖畴将畩�態にしてしまう美貌の女性・・・クレア・ロミリー。実のところ彼女の正体は情報部のウィグラムがブレッチレー・パークに送り込んだ密偵である。彼女に与えられた任務は、エニグマ暗号解読の中枢にいる主要人物に近づき、彼らの中にドイツ側に情報を漏らしそうな人物がいないかどうかを探る事だった・・・というのは大方の見方。しかし実際はもっと複雑で、英国内の枢軸側スパイ網を一網打尽にする為にエニグマ解読の中枢人物に近づき罠を掛け囮にして餌を蒔く事だった。ブレッチレー・パーク、特にエニグマ解読の中枢に集められた人物たちは曲者揃い・・・変人揃いなので、一般的な金銭などで母国を売るようなヤツはそうはいなかった。主人公のトム・ジェリコにしても、その精神的軟弱さ故に囮候補から落選した。結局囮として選ばれたのは、亡命ポーランド人のジョセフ・プコウスキーだった。彼は母国を蹂躙したドイツを過剰な程に憎んでいた・・・ポーランド軍将校だった行方不明の弟は、ドイツ側に捕らえられているのか、既に殺されているのか解らない。そんな時明らかになったのが「カチンの森の虐殺」事件。状況証拠から考えると、どう考えても犯人はソ連である。この事件を知った英国政府は、ソ連との友好関係から事件を黙殺する。情報部のヴィグラムはクレアに命じて、傍受された事件に関係する独軍の暗号通信を処分させる。そして極秘裏に入手(多分国際赤十字経由)した虐殺被害者のリストから、プコウスキーの弟の名を発見した事により、プコウスキーに白羽の矢を立てた。映画には登場しないが、中立国ポルトガルの外交官・・・実はドイツ側の連絡員がプコウスキーと接触する。そして英国情報部の予期した以上に事は進展、エニグマ解読に関する情報がプコウスキーによりドイツ側に伝わってしまった。これによって警戒したドイツ側は用心の為に�爛轡磧璽��瓮魁璽匹鯤儿垢垢襪里任△襦9垢鳳儿饐霾麌瑤鮨儲�させたのは、肝心のクレア・ロミリーの失踪だった。これは英国情報部の計画にはなかった事なので、ウィグラムにしても、クレア・ロミリーはプコウスキーに殺されたのでは・・・と疑わせた程。結局クレア・ロミリーは、プコウスキーに殺されていた訳では無く、自らの意思で失踪したのである。彼女の名前クレア・ロミリーは本名ではない。実際のクレア・ロミリーは外務省の役人の娘で既に事故死しており、その名前と戸籍を利用してブレッチレー・パークに潜入していたのである。彼女の本名は原作でも明らかにされていない。彼女はウィグラムによって幾多の過酷な任務に利用されていた。今回の任務でも、ウィグラムからの命令によってブレッチレー・パークの何人かの監視対象者と関係を持った。しかし彼女の精神は既に極限まで疲労していた。そんな中、彼女は自らの存在を世の中から抹殺する事によって、精神の自由を得る事を思いつくのである。英国政府や情報部、ブレッチレー・パークの面々が�爛轡磧璽��瓮魁璽匹諒儿垢砲茲蟶�乱に陥っている隙に、犯罪に巻き込まれたかの様に偽装して、自らの存在を消す事に成功する・・・ラストシーン、戦後、演奏会を鑑賞する為トラファルガー広場に面した聖マーティン教会の前で身重のヘスターと待ち合わせるトム・ジェリコの目に一瞬映ったクレア・ロミリー・・・いや元クレア・ロミリーだった女性の姿は、トム・ジェリコの記憶の中の姿より一層光輝いていた。何の束縛もない真の自由を謳歌するかの様ように。映画の中でプコウスキーは、ドイツに逃亡を計り、スコットランド北西部オーバン沿岸で迎えに来たUボートに移乗しようとして、哨戒機の爆撃を受けて死亡・・・でも真昼間からUボートがあんな沿岸に浮上するのか・・・そう言えば『マッケンジー脱出作戦』でも真昼間からUボート浮上してたしなぁ・・・するが、原作ではドイツ側の連絡員との接触中に警官隊に包囲され、射殺される。因みにヘスター・ウォレスは、原作では痩せた女性で、映画以上に大活躍する。

【おまけ】
この『enigma』は世界的ロックバンドである�爛供Ε蹇璽螢鵐亜Ε好函璽鵐梱瓩離潺奪�・ジャガー(御歳60歳・・・還暦かよ)が、初めて映画製作に挑戦した作品で、彼は作品中に巨匠ヒッチコック宜しくエキストラとして出演している。その場面は・・・回想シーンでトム・ジェリコとクレア・ロミリーがバーで躍っている場面で、背後で女性兵士を侍らして酒を飲んでいる将校役・・・。
さてこの他に「エニグマ暗号機」やUボート絡みの諜報戦を描いた作品としては・・・

まず第一に『U-571(1999)』この作品はご存知の通り「米海軍がUボートからエニグマ暗号機を奪取して死闘の末に持ち帰った」と言う、全く以ってトンデモ作品。アクション部分に力を入れすぎた為、戦争映画ファンの評価もイマイチ。英国のブレア首相も下院本会議で「英国に対する侮辱」と言った程、関係各位から多大なる抗議を受けた曰くつき作品である。D・ホープ原作の海洋冒険小説『囮のテクニック』第三巻「暗号編」と言う英国海軍省対潜水艦戦情報部の特殊部隊がUボートを乗っ取り、エニグマ暗号機を奪取する『U-571』の元ネタの様な作品もある。英国は嘗て米国の人気ドラマ『ラットパトロール』についても「米国は北アフリカであんなに活躍していない・・・」といって怒っていた!
それから『エニグマ奇襲指令(1982)』マイケル・バー=ゾウハー原作による傑作スパイアクション。原作では『ルパン三世』を彷彿させる主人公の大泥棒ド・ベルヴォアール男爵が、独占領下のパリを舞台に独情報部のフォン・ベック大佐やゲシュタポを相手に、エニグマ暗号機を奇策を弄して奪取する戦争冒険活劇ミステリーの傑作なのだが、映画では舞台を冷戦下の東ベルリンに移し、ソ連の新型暗号解読機を巡るサスペンス・アクションに変更されている。原作の持ち味は生かされているが、二次戦ものファンとしては独国防軍や親衛隊の軍服が登場しないのが残念・・・東独軍の軍服で我慢するか・・・。
お次は『ブリタニック(2000)』1916年11月21日エーゲ海で謎の沈没を遂げた悲劇の船ブリタニック号・・・かのタイタニック号の姉妹船・・・沈没の原因については今だ不明な点が多い。そこで独軍スパイの破壊工作、Uボートによる攻撃等大胆な仮説を基に、悲劇的なラブストーリーを絡めて描いたアクション戦争映画。ロマンス的な要素も多分に含まれ『タイタニック』を意識しているのは見え見えですが・・・。病院船に武器を隠して運ぼうとする英国と、それを奪取・・・不可能な場合は撃沈・・・しようとするドイツ帝国のスパイ戦・・・まあ『ヒンデンブルグ(1975)』の海洋版ってとこですかねぇ!
最後は『シーウルフ(1980)』1942年、戦局も熾烈を極める中、インドでは独側スパイ綱の情報が功を奏し、連合国側輸送船が次々とUボートに撃沈されていた。英軍特殊作戦執行部は、インド西海岸の中立国ポルトガル領の港町で、輸送船航行予定を抑留停泊中の独商船に極秘に搭載された高周波無線機によって、印度洋遊弋中のUボートに連絡しているという情報を掴む。しかし中立国領内の為、英軍は手を出せない・・・。そこで地元の在郷民兵クラブ“カルカッタ軽騎兵隊(カルカッタ・ライト・ホース)"に出動命令が下る。いよいよ作戦決行の夜、カーニバルの花火の音をカモフラージュにして、老体ボランティア襲撃部隊が独商船に突入、無線機の破壊に成功し商船自体の爆破にも成功する・・・なんと実話の映画化。G・ペックとD・ニーブンと言えば、もうお解りでしょう・・・傑作「ナバロンの要塞(1961)」の名コンビ。監督は「コマンド戦略(1968)」「ヘル・ファイター(1969)」「ワイルド・ギース(1978)」のマクラグレン。これに「ワイルド・ギース(1980)」「北海ハイジャック(1980)」繋がりからか、はたまた「オフサイド7(1979)」「007(ムーンレイカー1979)」で脂が乗ってるロジャー・ムーア(でも御歳53歳)が加わった豪華作品・・・なんですが評判はイマイチ。ATF的には大好きなんですが、戦争映画通の間では人気がない・・・監督、前年に「戦場の黄金律〜戦争のはらわた��(1979)」なんて迷作を作っちゃった後遺症でしょうか・・・この「シーウルフ」と同時に「北海ハイジャック(ロジャー・ムーア主演/1980)」なんて作っちゃってパワー使い果たしたのか?まぁ要するに主要登場人物の高齢(ペック/64歳・ニーブン/70歳・・・二人とも、そんなお歳には見えないが・・・)を気遣ったとしか思えない作りなのですわ!よくよく観直してみると、何となく物語の設定や展開が同年公開された「ワイルド・ギース」に似てなくもない・・・って言うか監督以下プロデューサー、脚本、音楽、タイトルデザインと同じじゃないか・・・そりゃ似て来るわな!

さて、とにかく『enigma』も片がついたので、次回からは本腰を入れて頑張って更新しますので、お楽しみに・・・【続く】

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