| 【File030】外伝�´爐錣譟∈F�もレンタルビデオ店にあり�� |
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2002年02月21日(木)
合衆国大統領が来日し、首相と居酒屋で会食し、前外相はレセプションの招待状が届かなかったと大騒ぎし、予算委員会でも一悶着と慌しい今日この頃。この「戦争映画観戦記」も��File030�瓩魴泙─▲札�ンドシーズンに突入します・・・なんのこっちゃ・・・。相変わらずBEST50での滞留期間が短くなっちゃって更新に焦っている毎日です。�爐發Ε優神擇譴世蹇船鱈瓩辰討任垢�(;゜゜)ウッ!い〜や〜っ、そう言う訳じゃないんですが・・・ソレハ■\(^_\)ヨイショ(/_^)/■コッチニオイトイテ!さて、この「戦争映画観戦記」の最初に�燹�File000】自称�狷�本で10番目に戦争映画を観ている�瓩弔發雖瓩箸いΔ�題で書き始めたのですが、資料室�,隆兩鏈酩淵螢好箸魎僂討い燭世韻譴舒賁槊徳魁△泙△修譴世韻虜酩覆鬚匹Δ笋辰憧僂燭里�・・・って事について書いてみようと思います。【閑話休題】ATFの自伝的�狷�本レンタルビデオ史�瓩琉貔癲∋呂泙蟷呂泙�・・・。
【レンタル創世期】 私ことATFは九州の某地方都市で青春時代(高校卒業・・・予備校まで)を過ごしていました。民放2局(UHF&VHF)と○HK総合と教育の4局だけという寂しさで、映画館も数える程。テレビで放送される映画枠も「月曜ロードショー」と「ゴールデン洋画劇場」そして春先・盆暮れの特別放送枠での「トラトラトラ」や「バルジ大作戦」「大脱走」が戦争映画との出会いでした。我が母校は県内でも有数の進学校でしたが、御多分に漏れず余り勉強もせず日々安穏と暮らしていたところ、案の定予備校生という�猝祥性瓩△訝楼未暴△�事ができました・・・(爆)思えば、この予備校生活が曲者で、中学時代の同級生や高校の悪友等と再びツルム事となり�猴夙�校生�瓩箸いγ楼未鯔�喫する事となりました。この頃、ビデオデッキなどという代物は、一般家庭ではまだ高嶺の花・・・安い機種でも20万円以上していた時代です。で予備校の友人の中に、比較的裕福な家庭の息子がいて、その家にはなんとビデオデッキがあったのです(VHSのアップローディング式)初めて録画された番組を観たのが、某ロボットモノアニメ(三段可変型戦闘ロボットと巨大母艦、中国系美少女アイドルが歌っちゃう・・・俗に○クロスってヤツです・・・おゝ歳がバレル!)予備校の模試の為、第一回放送(特番)を観ることができなかった為、その友人に録画を頼み、見せてもらったのが最初です。そんな青春真っ只中な年頃ですから、言わずもがな・・・育ち盛りの少年たちが興味を持つのは、なにもアニメだけではありません。そうH系ビデオ・・・。悪い事に、その第一世代レンタルビデオ店は、我が予備校の直ぐ近くにあったのです。外見は普通の事務所。看板も無く、中も見えず、ただドアがあるだけの、将に怪しいお店だったのです。ある日、意を決した友人一同・・・9名が集まり相談の結果、Hなビデオを借りる事が決議されました・・・そのシステムは現在のレンタルビデオ店からは想像もつかない凄いシステム。それは現在のような会員制ではない信用貸方式・・・ビデオテープ自体の代金(大体12,000円位だったと思う)を支払い、1泊貸後のテープ返却時にレンタル料金(確か3,000円)を差し引いた金額(9,000円)が返却されるというシステム。当時の少年たちには聖徳太子は大金です。9名でお金を出し合い、何度もパッケージを手に取り、熟考の上選んだHビデオ(まだAVなんて洒落た品ではありません)を借り、勇んでビデオデッキのある友人の家に・・・その日は家人が不在なのは確認済み。ビデオデッキのある居間に9名が集まり、いよいよ再生開始・・・それ以来Hビデオ・・・AVビデオのパッケージには騙され続けの人生です・・・(自爆) 【レンタル成長期】 一年間の予備校生活の後、なんとか�狢膤慇賢瓩望鎖覆垢觧�が出来ました。その時合格祝いに両親が購入してくれたのが�爛咼妊�デッキ�瓩任靴拭�HiFiなんて夢のまた夢。VHSモノラル、アップローディング方式のでかいデッキで、居間にあった25インチの木製フレームテレビの上に鎮座ましましていました。こうしてATFのビデオ人生が本格的にスタートします。でも、まだレンタルビデオ店などと言う業種は珍しく、レンタルレコード・CDの「優&愛」?っていうようなレンタルチェーンが店舗を序々に増やしていた頃です。レンタルビデオとの出会いは、大学生活に大きく影響されました。大学ではアニメ好きが必然的に選択するサークル、所謂ところの�猝仝Ν瓩貌�部・・・その後4年間を過ごすことになるのですが、このサークルでの友人たち(アニメ・漫画好きのみに限らず模型好き・ミリタリーファンも沢山いた)に触発され、数少ないレンタルビデオ店の会員になる事となります。因みにそのレンタル店は自宅から原チャリで小一時間も掛かる場所にあったのですが・・・ビデオレンタルはまだ少なく(しかもほとんどがH系)主流はLDレンタルでした。その頃、アニメファンや映画ファン御用達だったのはベータ方式のビデオデッキ。画質・音質ともにVHSは敵でなく、飛ぶ鳥を落とす勢いで、VHS派は肩身の狭い思いをしておりました(が、後にVHSがベータを駆逐するのは、確固たる事実です)この頃のレンタルシステムは、会員登録制の初期も初期。データとしてパソコンに登録するなど夢のまた夢で、入会申込用紙に記入して申込み、免許証などで身元・住所が確認され会員台帳に記録、会員番号の入った会員証(多くは紙パウチ。プラスチック会員カードが登場するのは、まだ先の事)が発行される程度。入会金も1,000円〜2,000円(中にはスペシャル会員と称し、複数本レンタルすると別料金体系になるような制度もあり、入会金5,000円を払った記憶もある)を支払ってました。レンタル料金は時間貸し・・・と言ってもレンタルしている期間の時間ではなく、ビデオに収録されている番組なり映画なりの時間に対し料金を支払うもので、確か30分500円単位だった記憶があります。この後、大学で4年間という時間を楽しく過ごす訳(優も無く不可もなく可ばっかり)ですが、この4年間にレンタルビデオ店はバブル世相を反映して爆発的に増加して行きます。需要が増えれば供給も増える訳で、これらレンタルビデオ店にソフトを供給する為、ソフトメーカー各社は争ってソフトをリリースします。今では中古ビデオ店のも滅多にお目にかかれないような作品群が、毎日のように新作コーナーに並んでいた訳です。そして大学卒業時点で、約20軒のレンタルビデオ店の会員証を持っていたような有様。まあ会員であるレンタルビデオ店が多ければ多いほど、それだけ所蔵ソフトが多い訳ですから、片っ端から戦争映画・アニメ・H系ビデオをレンタルしまくったのは言うまでもありません。この頃は、まだ各レンタル店の料金体系もバラバラでした・・・同じ映画でもA店では1,000円、B店では500円なんて事もあった訳です。また20軒も会員になっていれば、新たに入荷する新作ビデオがレンタル開始日に借りれなかった、などということも無かったように思います。レンタル日数も1泊2日か2泊3日。まだ一週間レンタルなんて珍しかった訳です。そうそう、レンタルするビデオの本数が増えるのに比例して、大学在学中に就業していたバイトの給与(比較的高額のバイト料が貰える、特殊なバイトをしてましたもんで)を注ぎ込みビデオデッキの数も増加。大学卒業時には、自宅の居間にあるビデオデッキ(初代)の他に、ATF個人の部屋には4台ものデッキが存在してました。その内2台は流通し始めていたHiFiデッキでした。この頃、友人の一人(実は年上なんですが、予備校では同級、大学ではATFの方が先輩となってしまう人物)がレンタルビデオ店でバイトしており、その伝手でレンタル業界のシステムを垣間見る事ができました。まだ業界自体の制度も確立されておらず、平気でコピーしたテープをレンタルしてたり�猯↓瓮咼妊�の存在を知る事になるのもこの頃です。 【レンタル絶頂期】 大学卒業後、大阪に本社のある、某有名流通チェーン系企業の子会社に就職したのですが、配属されたのは実家の地元の店舗でした。おかげで実家から通えて、食費を親に入れるくらいで、ほとんど給料まる使いなんて幸せな日々が3年程続きました。この間もビデオレンタルは日々増加。レンタルビデオ業界も絶頂期を迎え、大手のレンタルビデオ店チェーンも登場。会員登録もPCデータ管理・・・所謂POS連動のシステムが導入されるようになり、会員証も磁気カードへと移って行きます。やがてソフトメーカー各社は、レンタルビデオ店の需要に対し、既存の映画ソフトやH系、アニメ作品の供給に躍起になりますが、それでも供給が追いつかない状況が続きます。そして迎えるのが、邦画界では、通常の映画制作よりも安価な経費と短時間で制作できる�爍屮轡優洵瓠紛貌桟蓮Ε▲�ション活劇系・お色気系主流)H系ではAV制作会社の乱立(美少女系やフェチ専門系)アニメではオリジナルアニメ�爍錬孱銑瓩辰謄筌帖�これらがレンタルビデオ店の需要に貢献します。また旧作の一週間レンタルも普及して行き、レンタル料金も500円前後に定着して行きます。でも新作と旧作で料金を別にしているレンタルビデオ店も結構ありました。地元での約3年の勤務の後、本社勤務を命ぜられ大阪へと転勤する事となります。初めての一人暮らし。親の目を憚る事ない生活が送れるようにはなりましたが、反面テメ〜ェで稼いだ金で暮らしていかなければならない訳で、一人暮らしの大変さを実感する事となります。大阪でもレンタルビデオ店の会員証を10軒以上持っていました。会社へは原チャリで通っていたのですが、その通勤路上だけでも大小5軒のレンタルビデオ店があり、レンタルライフに不便を感じる事はありませんでした。民放も6局に増え、テレビ放映される戦争映画を観る機会も増えました・・・。そしてここには�狄生諭�ンテレビ�瓩鉢爍烹贈咫�都�瓩箸いΑ�東京12chに匹敵するドマイナー映画の放映常連地方テレビ局があったのです。この2局のおかげで当時まだ非ソフト化作品のマカロニ物やB、C級作品と遭遇する事が出来ました。また日本橋の電気街(秋葉原とは、また一味違う趣きがある)では中古ソフト店の存在を知り、苦しい?生活費を削って中古作品を買い漁りました。この間、約6年間を大阪で過ごすこととなります。 【レンタル過渡期】 大阪勤務6年目、勤務先の本社が東京に移転する事となり、晴れて東京一人暮らし生活(でも住んでいるのは○宮・・・現○い○ま市)が始まります。ここでも転居蒼々レンタルビデオの供給源確保に尽力します。おかげで現在に至っても12枚のレンタル会員証を持っています。テレビの民放局も増加。また秋葉原や神保町の中古ソフト店の数々の存在も大きく影響します。勤務先の本社が新宿○舞伎町にあった為(これ自体凄い。毎日ネオン街の中を歩いて帰っていた)非常に刺激的な生活を送る事となります。中でも�燹�タヤ新宿本店�瓩梁減澆蓮■腺圍討離譽鵐織襯咼妊�人生に大きな影響を与える事となりました。流石は�狷�本一�瓩虜澹卜未鮗�称するだけあって、地方で幾ら20軒近くのレンタルビデオ店の会員になっても観ることが出来なかった�狎鐐莟撚荳酩吻瓩帆�遇する事となります。COIの掲示板でも良くカキコしていたのですが「ATFの第○次新宿○タヤ掃討戦」と称し「戦争映画」と思える作品は片っ端からレンタルしまくった訳です。反面、バブルの崩壊とともに、レンタルビデオ業界にも変革が現れます。�爛帖�ヤ�瓩鮖呂瓩箸靴涜膽螢船А璽鷏魯譽鵐織襯咼妊�店の出店増加とともに小型レンタルビデオ店が競争の原理に基づき駆逐され始めました。一部小型レンタルビデオ店は、大手チェーン店の品揃えの中でも比較的弱いマニア系アニメ作品やアダルトビデオ(特にインディーズ系)の品揃え強化・・・特化店化を図ったりレンタル料金の低料金化により、大手チェーン系レンタルビデオ店の脅威に対抗、業界での生き残りを図ります。料金体系も新作300円前後、旧作は一週間レンタルで100円〜200円なんて価格も登場しますが、大手チェーン店も同様に価格サービスで対抗。また半額サービスデー、レディース優待デー、アニメ半額デーなど様々なサービスも登場し、競争が激化・・・やはり体力のない小型店の閉店が相次ぐ訳です。さらに携帯電話やインターネットの普及により、ネット上でのサービスクーポン取得も一般的となり�爛張拭��瓩糧廠曠�ーポンなんて多々愛用させていただいております。 【レンタル業界、21世紀の展望】 21世紀も早や1年と2ヶ月が経ちました。PS2の発売後、一挙に加速したDVDソフトの普及によりレンタルビデオ店でもDVDレンタルが普及しつつあります。ただビデオに比べ安価なソフトが多く、観賞対象としてレンタルするよりも購入を選ぶ方も多いようで、小型レンタル店舗でのDVDレンタルはイマイチ厳しい状況のようです。WOWO○やスカ○ーの普及により、自宅で映画他の番組を有料ながらも楽しめる環境が整っています。特にソフト化されていない作品の放映も多く、マニアには嬉しい限りのようですが、ATFは未だ衛星系有料放送には未加入。観たい作品が放映される折には、会社の同僚を拝み倒し、昼飯を奢り、仕事を代わってやって録画して貰っています。まあ、観たい作品の放映が少ないから良いようなものの、今後「戦争映画専門チャンネル」なんて出来た日にゃ〜人生変っちゃいますよね〜ッ。劇場公開作品のソフト化される時間も短縮され、比較的安価な値段でDVDが手に入る(しかも特典映像満載・・・)ADSLの普及により、ネット上でも映画の視聴が出来るようにもなりました。でも、やっぱりレンタルビデオが良いな〜ッ。新作コーナーに並ぶパッケージの解説をワクワクしながら見る快感。圧倒的多数な確率で騙されていながらも、レンタルしてしまうAVビデオ。未だ場末のレンタルビデオ店の棚の片隅で埃を被っている、意外な名作「戦争映画」ビデオを捜し求め、ATFのレンタルビデオ探訪の旅は今日も続いているのです・・・。
ダラダラと思いつくまま書き連ねてしまい、非常に読みにくい文面で申し訳ありません。まあレンタルビデオとともに生きてきた(大袈裟〜ッ)人生ですが、数多くの�狎鐐莟撚茘瓩冒�う事が出来、日夜「戦争映画観戦記」を更新出来るのも、偏にレンタルビデオのお陰な訳です。【続く】
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