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2005年06月28日(火)

生活保護とゆうのは
生活が苦しい人や、生活が困難な人、仕事に就けない人や
老人だったり、廃人だったり、

そうゆうを市が支援しましょう。金銭的支援もしましょう。


ゆうのだと思う。

でも、本当の話、詳しくは実は良くわからない。

少し本は読んだけれども、生活保護自体の本も少ないのだ。

とりあえず、いうなれば
人間の低、しかも最低な部分を見てしまうのだと言う。
(となりの奥山さん曰く)

そして、
生活保護自体がほとんどタブー。それ自体がタブー。
市役所の中でも、一番行きたくない所ナンバーワン。

福祉自体がそうゆう傾向にある中で、福祉の中でもピカイチに
特別扱いな気がする。

福祉事務所で扱うのは、母子家庭だったり、障害者だったり、高齢者だったり
なにかしらのはっきりしたものがあって、それに対応をしていけばいい。

けど、保護の人は、相手がちょっと精神的におかしい人や
人としてどうしようもない人たちを相手にしている。(そればっかりじゃないけど)
ひとりひとりがケースバイケース、たどりつく答えはない。

社会から見放された人たちのいわば最後の砦なのかもしれない。
最後は公でやってくしかない。税金で助けるしかない。
彼等にお金などないのだから。
最後に救うのは、役所しかないのだから。

それでも、保護費受給者は税金ドロボーといわれる。
「仕事もしないで、俺たちの税金で食いやがって」
そうゆう目はいまでも存在する。

その保護とゆう仕事をするのは、市役所でも4人しかいない。
一番きつく、一番残業がおおく、一番きたない、仕事を「運悪く」当てられた人たち
とゆう、自覚と周りからの扱いはいなめない。

いつも肩を落として公用車に向かう姿、帰ってきたあとにひどく疲れた背中でタバコを吸う姿
あと何年(この仕事をやるの)かなぁ。とぼやく声

本当にあたしはこの人たちのやってきていることを知らない
帰ってくる前になにがあったのか、どんな家でどんな人と会ってきたのか

この間、釣り人が海に落ちて溺死した。処理は、保護の仕事。
保護を受けている人が、死んだ。骨をつむのは保護の仕事。

社会から、家族から、親戚から、見放された人たちが
最後に関係を持つのはこの保護係の公務員たち。

人が何十年と生きれば
その人の背に、後ろに、過去があって、その人なりの道のりがあって
その人の人生がある。しかも、世の中でもよりすぎりのものたちばかり集まる。

「絶対に家族だけは失いたくない。大事にしたい。この仕事をしてると
 それを一番に思う。」

一応、家族にも親戚にも援助のお願いをするんだという。
でもきっと、ほとんどいい返事が返ってくるわけじゃないんだと思う。
家族を失った人をアタシの知り合いにはいないからわからないけど
想像以上につらいことなんだろうと、その言葉だけでなんとなくわかった。

本当は、保護の申請用紙はカウンターに置かなくちゃならないのに
あたしは見たことがない。申請をしても受けてくれないと、保護されたいのに
保護費をもらわなければ生きていけないほど苦しいのに。と

一方で、保護費を貰っているのに派手な生活をしているとゆう声。

あたしは、
保護の人たちになにができるんだろう。なにが言えるんだろう。

「むかついたら、ケース(保護受給者)いじめちゃえばいいんですよ」

その言葉が今でも忘れられない。

なにもいえなかった。保護をしていなければ、わからないことがある。
わからないことが多すぎる。あまりにもかけ離れた世界で住んでる人が
同じ市に住んでいる。

ただ、背中を見て「今日もがんばれ」としか、あたしは言えずにいる。
知らないアタシが軽く口に出してなにかを言えない。なにも言えない。

言う言葉が見つからない。言うべきじゃないのかもしれない。

保護をしている人間がもういっぱいいっぱいなんだ。

そこに死体があると思ったとき
人はどれくらいのやりきれなさを感じるんだろう。

あの人が死んだと聞いたとき
すこしだけよろこびが生まれてしまう自分をどう思うんだろう。

同じ公務員なのに不平等だよ。
でも、この中の誰かがやらなきゃ、いけないことだ。

悪循環が世の中を回る。
ぐるぐる、ぐるぐる。

そんな気持ちで仕事をしないで。希望を捨てないで。



 


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2005年06月25日(土)

きづかなかっただけで
充分、街はおかしいで溢れかえっていたんだ。

ってことに、きづかされた。

地下鉄への入り口が階段だけのこと、店への入り口がエスカレーターだけのこと
マックのカウンターが高いこと、店の通路がせまいこと、
エートセトラ!エートセトラ!

でも、もっと根本的におかしいなぁとも気づきはじめた。
もっと社会的なことがおかしい。

そう、こうゆうことを考えると合言葉は「おかしい」になっちゃう。

それに気付けただけでも
水曜日に銀座に行ってきた意味があった気がする。

そう、ちょっとそうゆう話を聞きに(いやそうゆう話を聞きに行くのが
目的ではないけれど)、ちょっと出掛けてみた。
とある会社の説明を聞きに

その会社は、障害者(あんまこの用語つかいたくない)とか老人とか
そうゆう人を専門に展開する旅行会社

なんか、話を聞きながら
あーなんか第二の展開にきたんだなー。と思った。

携帯デンワが第二世代・第三世代になってくと一緒で
福祉だって形が変わりはじめてる。福祉の福祉による福祉事業を専門にする
会社だけが、儲けるだけじゃなくなったんだなぁと思って

そうだよなぁ、たぶんこれから、こうゆう次の
必要になってくる会社が出てくるんだろうなと思った

この会社は行きたくてもダメだと思ってる人に
できる!ってことを、おしえるとゆうよりサポートしてくとこだと思う

障害者の人も老人も、なったことないからわかんないんだけど
あたしらが思ってるよりも、ぐーんとできるんじゃないかなぁ

できるできないの範囲を決めてしまっているのは
ハンディを持っている自分自身だったり、なんでもかんでも
かわいそうな目でみてしまう健常者だったり

そして、この会社を見つけておもうことが
あたしもこうゆう人たちを相手に仕事をすることが可能なんだなと思って

結構、何も考えずにその場その場で進路決めちゃったり、生きてきちゃったりで
今まできちゃったから
特に資格もなくて、事務しかできないから(根っからの事務屋だからいいんだけど)
次の職場を考えたときに
きっとどっかの私企業の利益をふくらますために働くんだろうなぁと
思っていたけれど、それもなぁ。と、思って

じゃあ、そういう福祉の仕事もいいなぁ。って言っても
いまから学校行き直して資格をとりに、ってゆうのもふんぎりがつかないなぁ
ってゆうのも本音で

まぁ、今は私企業でも何かの役に立つからその会社があってその仕事があるんだ
って思えるから、そんなにネガティブに考えてはないけどね
それにきっとどんな会社にしても、そこに仕事があれば役立つとか関係なく
頑張れる気がするし

ただ、その頑張った末が、そこの会社であれば
そうゆう人たちを幸せにするっちゅーことに繋がるから、それはいいなぁ。と
思ったわけなの

この会社は、障害者のあなたにも旅行ができると可能性を与え
事務員のあたしにもそういった仕事ができると可能性を与えてくれた

いうなれば「CAN!」だ。

そんなことを思った。あんたできるよ!と背中を押された気分になった。

こだわるつもりはないけれど、視野を広くしてがんばってみようと思う
まずはあたし自身のレベルアップが必要だなぁって

痛く痛感。痛く痛感って、変な日本語だ(爆



 


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2005年06月13日(月)

深夜の国道を
ぶっとばしながら、土日の出来事を思い出して

「結婚とは、神様が仕掛けたジグソーパズルなんだなぁ」と思った

アタシは
あやちゃんとたーちゃんを見ながら
本当にそう思った。

ベタながら、
この二人は出会うべくして出会って、お互いこの人と結婚するために
生まれたんだと思った。

「君と出会う為に生まれてきたんだよ、僕らはこうなる運命なのさ」

って
どっかのくさいマンガとかドラマとかで言うセリフみたいに
本当に、そんなことをマジで思った。

綾ちゃんが生まれ育って得てきたもの、
たーちゃんが生まれ育って得てきたもの、

得てきたものによって作られた綾ちゃんって人間、たーちゃんって人間、
それぞれ形づくられる

それぞれ違う場所で、違うものから学び、違う出来事を経験しながら。

それでも、二人が出会えば
ピタっとはまる。これ以上ないってぐらいに隙間なく。

パズルの答えが分かったみたいに
何千・何万ピースの中から、ただ一つのこれしかない正解を
お互い見つけたんだなぁと、考えたらなんか感動してしまった。

アタシは別にキリスト教でもねぇし、にわか仏教な人間だけど
もし神様がいるとしたら

神様は、人が生まれる前にまっさらな状態の人間に対して
そうゆうぴったりくる人を一人用意する。

で、それに出会えるかどうか、出会えてもそれまでの布石によっては
ぴったりくるものもこなくなってしまう

神様は試すわけだ。楽しむわけだ。
ちゃんとその人にたどりつけるかを。
いろんな人と付き合って別れて、この人じゃない、この人でもないと
パズルをやるみたいに一つ一つはめてみては違うピースを探す人間たちを

そうやって神様は、
ピースをばらまいた人間世界を見下ろしてたのしんでんじゃないか

って、神様信じちゃうくらいに
あやちゃんとたーちゃんは、素敵なのよ。


アタシにとっての大和みたいに、むしろそれ以上に
価値観ちゅーもんが似てるとゆうより同じ。

ドーナツでこれがうまい!と思うのも、映画をみてこれはおもしろい!と思うのも
お好み焼きが好きなとこも、マンゴーが好きなとこも、モルジヴを愛しちゃうとこも

きっと、好きなこともそうだけど、やだなーって思うことだったり
金銭感覚だったり、大きなことから小さなことまでそんなんじゃないかなぁ
って思う。

こうやって、あやちゃんはたーちゃんと、たーちゃんはあやちゃんと
紆余曲折しながら同じタイミングに同じとこにいて
ちゃんと出会ってちゃんと恋に落ちてちゃんと一緒にこれから生きてくんだなぁと
思ったら、果てしなくうれしくなってしまった。

たった、土日を過ごしただけなのに。
まだ二人の何を知ったわけでもないのに、知らないことの方が多すぎるとゆうのに
果てしなくカンドーしてしまった。いろんなことに。

わかんないけど、こんなに運命論を妄想しておきながら
前は喧嘩ばっかだったのよ。なんていわれたらどうしよう。(笑)

あやちゃんもたーちゃんもあんまりアタシ周りにはいないタイプの人とゆうより
アタシの周りでないレベルの人たちだ。
別にアタシの周りの人たちが、レベルが低いわけではないけれど

やっぱり違うと思う。上の方にひらけてるとゆうか、ケチっぽくないとゆうか
お金の使い方がかっこいい。いさぎよい。よくわかってる。
アタシみたいにせかせか貧乏くさいケッチィとこがない。バカっぽくないし。無駄に損しない。

高いものが似合うシャープさを持ち合わせてる気がする。
いいものがちゃんといいもので見えるとゆうか、着こなせるとゆうか、

アタシはいいものも安っぽくみせさせる才能があるし、
着こなすとゆうより着られてるってなっちゃうしね。
かっこつけらんないんだよね。まぁ、かっこつかないんだけど、まず。

こうゆう友達できてよかったなぁ。
すこしこんなアタシでも、友達にこうゆう人がいるのよ!自慢できちゃうし
(そこで、自慢するとこがすでにレベルの低さを物語るのよね。。)

なんか、あまりにも綾ちゃんとたーちゃんとその家が素晴らしかったので
文章にしてみたよ。あたしも頑張らねばね。

それにしても、たーちゃんはいい人だったなぁ。人当たりまろやか。
アタシャあそこん夫婦に生まれてくるであろう子供が羨ましくて仕方ないよ。

少し聞いただけでも、ビジネス新書に出てくるみたいな濃い経路を
辿ってる人だった。。
思えばこの間結婚式に出た南場の旦那も、自転車で日本一周とか意味わかんない
経歴をもっていたよ。世の中って、案外そうゆう人多いんだろうか・・。

よくわかんないけど、アタシは何故かたーちゃんが
選挙にでたらかなり推すのにな、って意味わかんない妄想をくりひろげたりしちゃったよ
(やっぱりアタシ、ミホッチョと同レベルに変わってる人なのかも)

もし、たーちゃんが国会議員になるならアタシは事務局の経理やるよ
呼んでおくれ。たーちゃんのために出来そうなことは、それぐらいしか
アタシが役に立てそうなことはない気がするよ。計算は、まかせてくれ。(爆

とりあえず
ありがとう中村夫妻。素晴らしい土日だったよ。

また調子に乗って茨城行きます。新婚生活な二人を見られてよかったなぁ。
ええにょぅぼ と えぇだんな ナイスカップルですな。ですな。

あああああたぃも、がんばろぅ。。がんばろぅぅぅぅ。。ぉー・・・



 


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2005年06月11日(土)

部屋をかたしてからというもの
あまりベットでダラダラマンガを読むことがなくなった。

(本棚の位置をずらしたからね)

それからテレビを撤去してしまったため
あまりテレビを見なくなった。
(全くもって、夜見てる番組とかドラマとかないです。朝だけ見るかんじ)

ただ
高校入学のときに買ったコンポが今更ながら
大活躍なんだよね。

それでレンタルして焼いたCD-Rとかも整理したから
昔の曲をなつかしながら聞き回してるのです。

なんだか、今の空虚感つぅか、なんとゆうのつらさ加減とでも
言えばいいの?よくわかんないけどそうゆう時期みたいで

結構ひとりを好むようなそんなことになってきてしまったいるの
だけれど

アタシはゆずが好きだったから(以前は熱狂的に)
その中でも岩沢派だったせいか、なんだか岩ちゃんのあのシュールな曲
加減が今のアタシのシュール加減とリンクして

岩ちゃんばっかり歌って聞いてる。

久しぶりに聞いた寺岡呼人とのコラボ(リトルモンスターズファミリー)の
「星がきれい」をコンポに入れてかけた。

この曲が大好きだった。
でも、なんだか忘れていた。存在とか、大好きだったこととか。

歌詞はわかるのに歌詞に泣けてきてしまった

(いつか君の笑顔も声も届かなくなる日まで 痛みを抱いて生きてゆくから)

って、おいストライクだのぉー。って

そっかぁ。そーやってくしか方法ねぇかぁって妙に納得。

きっとアタシはおかさんみたいに50をすぎてもゆずの歌を
ふと思いだしては
家事をしながら歌うんだと思うよ。そんな気がする。



 


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2005年06月05日(日)

ん?なんだか、金は払ってないが
日記が書けるようだよ?うはは?それでいいのか、エンピツさんよぉ!!

そのうち振り込みます。れへへ
罪悪感に弱い人間だから、真っ当に生きるであります。

エンピツ管理人さん、ごめんなさい。

こっちでも、また何やらを更新しようかな〜

ろほほほん。


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