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2003年10月31日(金)
相談に乗り終わること
■ 大学時代の友人と交わされていたメールのやりとりが終わった。あっさりとしたものだった。

■ 大学を卒業してからの5年間、その友人は、時にアルバイトをしたり時に実家でのんびりと過ごしてきた。一般的な見地からすれば、彼女は「若年失業者」と括られて社会への適応性を問われるのだろうが、僕はそういう生き方もいいんじゃないかと思っている。実際、僕も大学を出てから4年くらい定職に就かず、ちょこっと働いたり部屋で漫画を読んでいたり、街でCDを買ったりしていた。失業率が高いという社会的・時代的な背景が僕にそういう生活をさせたのではなく、自ら選んでこういう生活をしてきた。そのような過去を特に後悔していないし、新卒入社した人とは異なる視野を持って現在の仕事に取り組んでいることを利点に思っている。OJTで劣っている面を否めないけれど、それはご愛嬌だ。新卒で会社に入った場合にも遅れて入社した場合にも、それぞれ長所と短所がある。

■ もし自分が大学を出てからの丸5年経って就業経験が一切ないとしたら、6年目の今はどう過ごしているだろうかと考えてみる。しかし「6年目」は結局これまでの5年間の延長にしかならない気がするし、それで十分だと思う。その友人が今のタイミングで「定職に就きたい」と僕にメールで相談してきたのは、5年で作った線の延長から外れたいという意思の表れなのだろう。けれど、これまでの線から別の線へ踏み出すためには、運が必要だと思う。しかも、その運は何らかの行動を前提とするものだ。例えば、宝くじで1億円を当てるにも「1枚300円のくじを買う」という行動が必要だし、たまたま1億円分の宝くじが道に落ちていたとしても、当たりくじだといいなというちょっとした期待や老婆心、そして「拾って交番に届ける」という行動がなければ、1割の1,000万円は貰えない。

■ 今までとは別の線に踏み出すために必要となる「行動」をとった上で「面接で緊張しないためにはどうしたらいいかな」と相談してくるならば、僕の体験を話すことができるし、それを参考にするかどうかは本人次第だ。しかし実際に相談されたのは、彼女が行動に出る前についてだった。「やりたい仕事」と「やれる仕事」のどっちに向かっていったらいいのか、という相談だ。しかし、やりたいこととやれることの比較考量は仕事観に限定されない、人生観の一つだろう。そんな大きなことに口を出すわけにいかない。そんな内容のメールを送ったら、「ありがとうございました」と締め括られた。「やりたいことをやりなよ」と書いてほしかったのかもしれないが、それで失敗したと思われても責任を取れない。相談事には適切なサイズがあることを学習させられた。
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2003年10月26日(日)
諦めたりおいしいものを食べること
■ 昨日は土曜出勤日だった。午後4時半まで働いてから帰宅して、父に実家に呼ばれた。いつの間にここまで料理ができるようになったのか、父は鯛を煮たり、ほうれん草をひたしたりしていて、沢山の品の料理を作って出してくれた。あまりに多くて食べきれなかったけれど、おいしかった。久しぶりに話をすることも出来て良かった。一人暮らしの部屋に帰ってからは、下らない映画を観ている途中で眠くなってしまって、そのまま朝まで寝た。

■ 僕の勤めている会社はファッションに関連があるのに、会社のホームページはファッションとほど遠いところにある。ホームページを更新、運用する部署は僕のいるところと別だけれど、どうにかして更新の機会を貰えないかと思っている。せっかく質もデザインもナイスな商品を扱っているんだから、それを広告するツールは存分に活用すべきだ。

■ 先週の日曜日、久しぶりに文章を一つ書いてホームページに載せることができた。半年近くも更新できなかった原因は、パソコンが壊れていたことも一つにあるけれど、文章を書く気持ちがまるで湧いてこなかったのがとても大きい。別に小説家でも批評家でもないので執筆が人生そのものと言うつもりは毛頭ない(それに、もし小説家だとしても執筆が人生とイコールだとしたら寂しい)けれど、僕にとって文章を書くエネルギーは生きるエネルギーと比例関係にある。文章を書く気持ちは生命力を計るバロメーターだ。

■ 人と接する時の気持ちの持ち方を変えることにした。仕事をしていて「なんでこんなことも分からないんだ」と苛立ってみたりしたけれど、その背景には「自分を理解してほしい」という期待、願望が顕在していた。誰かが誰にでも理解を求める姿勢を示すと嫌気を覚えたが、僕も同類だったことにようやく気付いた。他人は自分のことを分からない。何も言葉で伝えていなければ、それは更に当然だ。誰も僕を分からないし、僕は誰のことも知らない。だからこそ、言葉や時に身体を使ったコミュニケーションが必要となる。相互理解が足りないことを認めるのは一種の諦念だ。けど、その諦めがあるからこそコミュニケーションの必要性を理解することができる。それだけ考えたら、この1週間は明瞭な気持ちで過ごすことができた。

■ 今日は、友人の通う高校が文化祭を催しているのを見に行った。パンもビーフシチューもおいしかった。 //


2003年10月17日(金)
振り返ってみること
■ 2年前に携わっていた仕事をもっと真面目に取り組んでおけば良かったと思う。当時はあまりにも知識が足りなかった。「この業界には何年もいるわけじゃないから、仕事にまつわる知識を勉強をしなくてもいい。それに、目の前にある仕事だけをやっつければ結構お金が貰えて楽だ」。そのくらいにしか考えていなかった。確かに当時にしてみれば、数年後の自分がシステム関係の仕事を続けているとは想像しようがない。しかし、何をしていても現在の経験が将来に全く無縁だとは断定できない。例えば、学生時代に卓球で体力を培ったおかげで一時期の引越しバイトを乗り越えたし、そのバイトで即日の給料を貰っていなければ困窮で、指針もなく実家に戻らざるを得なかった。今の自分は昨日までの展開であるとともに明日を反映するのだと痛感する。その意味で、2年前に関わったプロジェクトに対する姿勢はあまりに勿体なかったが、今となっては教訓にするしかない。

■ 仕事から帰ってきたら、修理に出していたノートパソコンが届いていた。修理報告書を読むと、キーが利かないのは単にキーボード部分が壊れてたからだった。障害部位がもしもハードウェアではなくOSなどのソフトだとしたらパソコンのデータを消去しないと復旧しなかったので、安心した。

■ 大学時代のとある友人が久しぶりにメールを送ってくるようになって、週2回ほどのやりとりをしている。慰めなければいけないような責務を負わされたようで面倒くさい。240字のメールが来た場合、最低限何文字以上書くのが親切なのだろう。例えば「大丈夫だよ」とだけ返したら、5文字しかないのは問題だろうか。メール本文の文字数は感情の度合いに比例する、と雑誌に書いてあったが、それは大分的を射ているように思ったりする。 //


2003年10月02日(木)
■ 昨夜、漫画「G戦場ヘヴンズドア」(日本橋ヨヲコ著・小学館)の最終巻を部屋で読んで、泣いた。しかし、読後に考える。結末は一見ハッピーを保証しているようにも思えるが、実際の生活では最終頁の先にある展開こそが問題となる。他人とどれだけ親しい関係を築いても、些細なことをきっかけに絶えることがあるものだ。糸の脆さに怯えながらも誰かと繋がっていられるほどの気概が、僕にはない。僕は、意図に反して親友とか恋人といった糸が一旦できてしまうと、早くその糸が切れてくれないものかと願う。但し、自分からは鋏を使わない。それさえも面倒だからだ。

■ 僕に繋がっていた一糸の片側を持っていた人が、最近ようやくその糸を切ってくれた。至極望ましい。しかし、「糸を切ったぞ、切ってやったぞ」という発憤があからさまにこちらに伝わってきて煩わしい。糸が出来てから切れるまで、僕は変わっていない。変わったのは僕に対する相手の感情だ。僕が下らなくつまらない人間であることに気付けなかったのは、相手の視力に問題があったからだろう。視力が上がって幻滅するのは構わないが、糸を切りながら名残を醸さないでほしい。本当に、僕は何も変わっていないのだ。僕は元来身勝手で、些末なことも秘密と呼びながら、胸の内で転がして楽しんでいるだけの人間だ。けど、大事な事実を周囲に明かすことさえも「素直」と呼んでしまう愚直よりは、幾分良い。

■ 今回の件で思った。相手が男でも女でも、ガンガン踏み込んでくる人とは糸が繋がりそうにない。「この人何者なんだろう」と常に牽制して距離を置く人との方が、最終的にはうまくいく。何故ならば、そういう人こそが人間は一人にしかなりようがないことを体得しているからだ。

■ 仕事は、既存のドキュメント群に秩序を持たせる必要性に面している。秩序を生むのは、シンプルで誤りの少ない日本語だ。あとは、表記法の統一。後者はUMLが大きなヒントになりそうなので、今週と来週とで基礎を身につけようと思う。仕事も日常も、もっとシンプルになりたい。 //


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