昨日の日記について2通ばかりメールを戴きました。1通については、メールアドレスが分かっているので個人的に返事をしましたが、もう1通については「捨てアド」からのメールなので、ここに返事を書かせてもいます。メールの返事については、よほどの物でない限りメールで返事をしていますが、今回は返事の方法が無いので悪しからず。なので以下の文章は私信となります。明日からは、また普通の日記に戻ります。
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T様
昨日の日記の文章…特に、注意をしてきた男性についての表記は自分を正当化しているようで、がっかりされたとの事ですが、それについては御指摘の通りです。昨日も書きましたが、いまいち釈然としない部分があり、いまだ素直に謝ることが出来ないでいます。
電車の中でメールを打つ行為がマナー違反かどうか? と言う点について疑問が残ると言う事が理由の1つ。男性に明らかな悪意を感じたからと言うのがもう1つの理由です。
いっそ自分の非を認めないならメールを打つのを止めない方が潔かったのかも知れませんが、彼の口調等は、見ず知らず人に向ける物にしては常軌を逸したものがあり「逆上されたらマズイ」と思い、謝りもせずに携帯電話を片付けました。そのあたりの事については、私が書きたい問題の本質ではなかったので、あえて詳しく書いていません。
昨日の日記は貴方が持つ私のイメージからすると失望するような内容だったのだと思いますが、それはそれで仕方が無いないと思っています。私も決して「善」の部分だけで生きている訳ではないのです。そのことについては卑下する気もなければ、かと言って開き直るつもりもありません。
今まで「電車の中(満員時はのぞく)での携帯電話はマナーモードにして通話をしない限り、メールやウェブ閲覧等はOK」と認識していたのですが、ちょっと考えを見直しても良いかな……と思ったのも本当です。
今回、メールを打つ音で不愉快になった人がいるのは事実ですし、電車の中で、どうしても携帯電話を触らなければならない理由なんて無いしなぁ……とも思うのです。ただ、仕事上そうも言っていられない場合もあり「明日からは電車の中では携帯電話の電源は切ります」と言い切れないところもあり、電車の中での携帯電話の使い方については、今後、考えていきたい問題です。実際問題、ちょっと携帯電話に頼り過ぎだな…と反省する部分は大いにあります。
そんなこんなで言い訳に言い訳を重ねる形になってしまいましたが、私からの返事とさせていただきます。貴方からのメールから悪意は感じませんでしたし、ちゃんとした返信先を書いていただければ同じ内容のお返事を差し上げたと思いますが、今回は日記スペースにて失礼します。
白蓮
通勤電車で30代と思しき男性から注意を受けてしまった。公共の場所で他人から苦情を言い渡されるなんて初めての経験だ。
彼から注意を受けた時、私は携帯電話でメールを打っていたのだけど「携帯メールのカチカチする音が耳ざわりでうるさい」との事だった。彼は座っていて、私は彼の前に立っていたのだけど、私は身長が144センチしかないので、座っている彼の頭のすぐ上から携帯を触る「カチカチ」と言う音がしたのだと思う。言い訳するつもりはないが、私は決してメールを打つのが早い訳でもなければ「カチカチ」いうほど爪だって長くはない。しかも「さて、メールを打とう」とて数文字入れたところだったので、正直なところ、注意を受けるほど悪いとは思えず、メールを打つのは止めたもののお詫びの言葉は口にしなかった。
電車の中で電話をするのはマナー違反だが、メールならいいだろう……と思っていただけに、ちょっと吃驚した。もちろん携帯電話が心臓のペースメーカーに及ぼす影響等は承知しているので「満員」の時に使わないという程度のことは心掛けているけれど「携帯メールを打つ音よりも、ヘッドホンの音漏れの方がうるさいんじゃないか?」と思う部分もあって、素直に「ごめんなさい」と思えなかったのだが、こういう不愉快のツボは人それぞれ違うのだから、自分を正当化する理由にはならない。
それにしても「ちょっと神経質過ぎるんじゃないかな?」というのが正直な感想。ただ、通勤電車に乗っている人って多かれ少なかれ精神的にも肉体的にも消耗していることが多いから、いつもなら気にならないことだって、カチンときてしまう事もあるかも知れない。私に苦情を言った男性は「ちょっとイケてる仕事の出来そうな人」風ではあったけれど、草臥れた顔をしていたし、少し目が泳いでいた。
ちょっとムッっとさせられたが考えさせられる出来事ではあった。本当なら電車の中では携帯電話はマナーモードにするだけでなく、電源を落としておくべきなのだろうし。私自身、携帯電話の使い方について少し考えなおす必要があるかも知れないなぁ……って事で、今日の日記はこれにてオシマイ。
本日はバレンタインデー。
職場では「白蓮さんちは新婚さんだし、どんなプレゼントをするの?」と聞かれたが、恥ずかしいことに何も用意をしていなかった。ここのところ、ちょいとイレギュラーな用事が入ることが多くて、とても落ち着いてプレゼントを買うような余裕が無かったのだ。もっとも、もっと早くに用意しておくのが賢い妻。しかし不出来な私は何もしないまま当日を迎えてしまった。
夜勤に出掛ける夫が出勤する前に帰宅しようと思ったら、百貨店に寄り道することも出来ないし、だからと言ってスーパーやコンビにのチョコを渡すのもしのびない。どうしようかと迷っていたら新大阪の駅の蓬莱でバレンタイン用に「ハート型の豚饅」なんてものを売り出していた。たいして美味しくないチョコを買うなら、いっそ笑いを取った方が良いかも……とてハート型の豚饅を買って帰宅した。
夫と2人、ワクワクと豚饅の包みを開いたのだが……ハート型の豚饅と名乗っているものの、お世辞にもそれはハート型には見えなかった。あえて表現するなら「ハート型っぽい」って感じだろうか。いささか、がっかりしたが夫はそれなりに喜んでくれたようだったので、よしとする。
まだ2月の半ばだというのに、気味が悪いほど温かい。寒がりの私でさえマフラーを暑いと感じている。昨年の今頃は雪が降ったりしていたのになぁ……と思うと不思議で仕方が無い。寒がりの私にとっては嬉しいことのはずなのに、いまいち嬉しく思えないのはどうしたものだろう。
週末まであと2日もあるのに早くもエネルギー切れ。まったくもって不甲斐ない。さっさと片づけ物を済ませてベッドに撤退しよう……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。
伯父がノー・ワックスの伊予柑を沢山送ってくれたので、伊予柑の皮でママレードを作ってみた。
自称「老後にジャム屋を開きたいくらいジャム作りが好き」な私だが、結婚してからは1度もジャムを作った事が無かった。我が家では毎朝果物を食べるのが習慣化しているので「果物が傷んできたのでジャムにしなくちゃ」なんて事態に陥らないのだ。もっとも、本気で作りたければ果物屋さんでジャム・ジュース用として売っているB級品を買ってきて作れば良いのだけれど。
子供の頃はママレードが大嫌いだった。たぶん、生まれて初めて食べたママレードが給食のパンについていた美味しくないママレードだったから、その印象が強すぎたのだと思う。大人になって「美味しいママレード」を食べてから「ママレードも悪くないな」と思った覚えがある。ほんのりとした苦味と酸味が良い感じ。自分で作ると甘さの加減が好きなように出来るのでなおのこと美味しい。
家でジャムを手作りすると美味しいには違いないけれど市販品よりは高くかかってしまうように思う。ママレードの場合は「柑橘類の皮」だから、まだマシだけど、生の果物だとそれだけでもけっこうなお値段。それにお砂糖だのその他の追加アイテムだの。ガス代だって相当の物だ。ジャム作りはどこまで行っても趣味の領域。ことこと煮込んでいって、台所中に甘い匂いが広がる感じとか、出来上がった時の嬉しさとか、そういう楽しみが無ければ、わざわざ手作りしないように思う。
夫と2人でバニラアイスクリームに出来上がった温かいママレードを添えて食べた。ちょっと高級デザートっぽい雰囲気。ちょっとだけ贅沢なおやつタイムだった。
のんびり過ごした3連休も今日でオシマイ。明日からまて通常モードに戻らなきゃ……と思うと、いささか憂鬱だが、これも仕方の無い話。残り少ない休みの時間を惜しみつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。
結婚1周年の記念にと地元の写真館へ記念写真を撮りに出掛けた。
いつもより少しだけお洒落をして出発。夫は年末に仕立てたスーツを。私は乙女な母が若い頃に着ていたワンピースを着用。たまには、ちゃんとした格好に身を包むのも良いものだ……と思う。
駅前にある写真館はオーナーカメラマンのお店。カメラマンの店主は、まるで古き良き英国の執事を思わせるようなキッチリとした服装が良く似合うダンディな紳士だった。ポーズ等はカメラマンさんにお任せで撮影をしてもらった。それにしても腕の良いプロのカメラマンさんってのは、一事が万事抜かりが無いなぁと感心させられることしきり。結婚式の時に撮ってもらった時とは全然違って、被写体をリラックスさせるのが上手なことと言ったら。そういう部分もカメラマンの腕前のうちなのだろう。
撮影した写真をPCで確認して気に入った1枚を選ぶ……なんてのは、今時な感じ。自分の顔が、やたらと白くて吃驚した(別に化粧が濃いわけではなくて冬場で日焼けしていない為)。そして、自分が想像していた以上に「年相応」の顔をしていた事に驚いた。私は背が低いので年齢よりも若くみられる事が多いのだけど、ちゃんと年齢を重ねているらしい。「老いる」というのは寂しいことではあるけれど、まっとうに年齢を重ねていけるって幸せなことだと思う。なかなか良い感じに撮影してくれていて、出来上がった写真を受取るのが楽しみ。
帰りにちょっとだけ高級な甘党屋さんで、あんみつを食べた。結婚すると「夫と外でお茶を飲む」なんて機会が無いので、ちょっと新鮮な感じがした。夕方、帰宅。ごろんと横になったまま、少しお昼寝をしてしまった。そんなこんなで夕食はまたしても鍋料理。美味しく出来たのでヨシとする。
明日は自宅でのんびり過ごす予定。3連休の中日。なかなか充実した1日だったなぁ……って事で、今日の日記はこれにてオシマイ。
最近、我が家の食卓は鍋料理の登場回数がやたらと多い。週に1回くらいの割合で鍋料理をしている気がする。
もともと食べることが好きなので食事の支度をするのは、それほど苦にはならないのだけれど、仕事から帰ってきて草臥れていたり体調がイマイチだったりして料理を作りたくない日……ってのがどうしてもあるのだ。外食とかお惣菜を買うとかって手段もあるのだけれど「簡単だけど一応自分で作ってる」と言い訳めいたところに甘えて鍋料理に逃げてしまうのだ。一応、味付けを変えたりしているものの、どんなに趣向を凝らしてみても鍋料理は鍋料理以上のものには成り得ない。
各御家庭で食事の用意を担当している人達は毎日、どうしているのかなぁ……と、ふと思う。たまになら楽しいくも知れないが「毎日」となると楽しいだけでは済まされない。料理好きの人ならまだしも料理が苦手だったりしたら食事の仕度を毎日するなんて苦行以外の何物でもないだろう。食べるって作業は生きることに直結するから「今日はオヤスミ」って訳にいかないのが辛いところだ。
……などと言い訳めいた事を書いているのは、今夜も鍋料理逃げてしまったから。今日は豚肉の辛味噌鍋。〆はラーメンの予定。明日はちゃんとオカズらしい物を作ろうと思う。
まぁ、しかし。仕事ってのは本来しんどくて当たり前。成人した大人で毎日ぐうたら出来るのは遊び人か、ご隠居さんくらいだろう。私は遊び人でもないし、ご隠居さんと呼ばれる年齢でもないのだから文句を言っていないで精進せねばなぁ。適当に力を抜きつつ、頑張っていきましょうかね……って事で今日の日記はこれにてオシマイ。
世の中の御夫婦は、どんな風に結婚記念日を過ごしておられるのだろう?
少し贅沢なディナーとか、小旅行なんて話をよく耳にする。我が家も食事にでも行こうかと話していたのだけど、夫も私も外食率が落ちているせいか「どうしても行ってみたい店」が、すんなり出てこなかった。勿論、その気になりさえすれば、本やネットで良さげなお店を調べる事だって出来るのに、なんとなく動く気になれないまま初めての結婚記念日は過ぎ去ってしまった。実際のところ2人とも外で働いていたら「その日」に何かイベントをするだなんて無理な話だ。
週末あたりに職場にでも行こうか……と思っていたら夫が「写真館で記念写真を撮るのはどうだろう?」と夫が言った。そう言えば私達夫婦はどこかに遊びに出かけても写真を撮る習慣が無い。年に1度、プロのカメラマンさんに撮ってもらうのも良いかも知れない。昨年の秋に夫の祖母の田舎で古いアルバムを見て「なかなか良いなぁ」と思ったものだが、私達もそんなアルバムをこれから作って行く事になる。
そんな訳で週末は地元の写真館へ出向いて写真を撮ってもらおうと思っている。今風のお洒落な「写真スタジオ」ではなくて、店頭に子供の入学式や七五三、あるいは家族写真なんかが飾っているような写真館。私も子供の頃に、その写真館で七五三の写真を撮ってもらった記憶がある。
私達夫婦は、これから何枚の記念写真を撮るのだろう……
そんなこんなで週末は一張羅を着て写真館に出かける予定。ちょっと特別な感じがドキドキするなぁ……って事で、今日の日記はこれにてオシマイ。
2月に入ったばかりだと言うのに近所の御宅の白梅が美しい。
2月という月は1年中で1番寒い季節だと思っていた。たしかサムイル マルシャーク の『森は生きている』という物語の中でも、2月の兄弟は年輩者だったような気がする。3月からはじまる「春」を司る兄弟は若者だったような。今年の2月は私の知っている2月とは少し違うようだ。なんだか、よく分からないけれど暖か過ぎる。
白い木蓮の花が咲きはじめる、春を待つ気持ちがたかまってワクワクしてくるものなのだが、今年はワクワクのはじまりが少し早いようだ。たぶん気候のせいだと思う。本格的に暖かくなるのはまだ先なのに「今年は、どこの桜を見ようか」なんて事を考えてしまう。なんだか先走り過ぎ。
「待ってる時間」とか「待たされている時間」というものは、じれったいながらも幸せな時間なのだろう。それは出来事だったり、あるいは人間だったりその時折によって変わるのだけど。その先に素敵な何かの予感があるから、待っていられるのだろう。
明日も暖かい1日になるそうな。このまま暖かくなるとは思えないのだけど、しばらくは2月の暖かさを楽しもうと思う。良い1日になるといいなぁ……って事で、今日の日記はこれにてオシマイ。
今日、夫と私は紙婚式を迎えた。夫と暮らすようになって1年経ったのかと思うと感慨深い物がある。
夫は結婚してから随分と変わった。体重が減り、体脂肪の値が下がった。「結婚してから随分、見やすくなったわ」と義母談。実の母親が息子に対して「見やすくなった」とは酷い話だが、私は義母のおおらかさが結構好きだ。夫は見た目たけでなく中身も随分変わったと思う。結婚前よりも、結婚してからの方が優しくなったし、僻みっぽいところが無くなった。『マイ・フェアレディ』の話ではないけれど、誰かから大切にされている…と言う意識が夫を変えたんじゃないかと思う。
一方、私は…と言うと「結婚しても、ちっとも変わらないねぇ」と、よく言われる。一応、誉め言葉として受取っているが、人生の大きな節目を通過して「変化無し」ってのは、いかがなものかと思ったりする。しかしながら、独身時代よりも結婚してからの方が、心身共に楽ちんなのだから、変わらないのも仕方ないかなぁ…とは思う。結婚すると、自分達だけでなく双方の家族との付き合いも発生するので気苦労も多いと聞いていたが、夫側の家族からは気苦労させらるどころか甘やかされている始末。つくづく、ありがたい。
1年間、夫と2人で穏やかに過ごすことが出来て嬉しく思う。と、同時に夫と私は、いまだママゴト遊びをしているに過ぎないのだとも思う。
私達夫婦は大変な事態に直面したことが無いのだ。養育すべき子供もいないし、親の介護もしていない。重い病気も、怪我もしていない。そういう時にこそ労わり合える夫婦になりたいものだなぁ……と思う。どこまで行けるか分からないけれど、真摯に夫と向き合っていきたい。
1年間、穏かに暮らしていけたことに感謝しつつ今日の日記はこれにてオシマイ。
この日記には自分自身のことや、自分が実際に見聞きしたことを書こうと思っているからか、時事ネタはさほど書く気にならないのだけど、野党の審議拒否については、いささか頭にきているので少しばかり。
国会議員は国家に雇われて働いている人なのだから国会にはちゃんと出席していただきたいと思うのだ。サラリーマンが大事な会議の日に「気に入らない事があるので会議には出ません」とて出社拒否するなんてことは、まずもってありえない。もし実行したとすれば、速攻で首が飛ぶと思われる。なのに国会議員は国会に出なくても首にならないなんて、なんだか釈然としないものを感じずにはいられない。
「仕事」の捉え方は人それぞれ違うと思うけれど「仕事が生き甲斐」とか「好きな仕事をしています」なんて人は少数派だと思う。たいていの人はお金を得るために働いているんじゃなかろうか。賃金を得て、その分だけの仕事する。これが基本。国会議員はそれなりの賃金を得ているのだから、それ相応の仕事をして当然だと思うのだけど、彼らはいったい何を考えているのだろう。そして肝心の予算案は彼ら無しで通過しちゃっている。審議拒否するからには、予算案がどんな物であったとしても、後になって文句を言わない……ってくらいの覚悟はあるのだろうか?
私は派遣社員として何年も働いているので、余計にそう思うのかも知れないけれど「賃金=仕事の価値」だと思っている。『鋼の錬金術師』風に言うなら、これもまた1つの等価交換。貰った賃金に見合う仕事をしないというのは社会人として恥ずべき行為だ。国会が社会のルールを守れない人達の集まりだなんて情け無いことである。
思想の違い、方向性の違いが生じるのは仕方のないことだと思うが、国民を代表する立場にある人達には最低限「まっとうな社会人であること」を強く望みたいものだ……って事で今日の日記はこれにてオシマイ。
昨日、職場で隣に座っているT嬢が私のいない隙に上司から「白蓮さんの家庭って上手くっているの?」と聞かれたらしい。
T嬢は「仲良くしているみたいですよ」と答えたのだけど上司はイマイチ納得がいなかった模様。「白蓮さんの口からご主人の話とか、家庭の話とか聞かないから心配で」とのこと。
職場へは遊びに来ている訳じゃないのだからプライベートな話なんて、そうそうするものではない。休憩時間に親しい人達と話をするとか、飲み会で何気にプライベートな方向に話題がいかない限り、自分からそのテの話をする訳ないのに……と一笑したが、ふと思い起こせば相棒のCADオペレーターは自分と夫との生活を職場で話たがるタイプ。上司……と言っても、彼はエリートコースを走る切れ者で「上司」とは言うのもの私と同い年。本格的に「管理職」についたのは1〜2年前だから、CADオペレーターの相棒が「部下の女性」の基準になっているのだろう。まぁ、そ考えれば彼が心配するのも無理からぬことだ。
今回のことに限らず私は恋人や伴侶のことを人に話さないタイプなのかも知れないなぁ……と、ふと思った。秘密主義という訳ではないので、聞かれれば答えるけれど、そういう類のことは親しい友人にも、あまり話していないかも知れない。もっとも、恋愛観や結婚観を話し合うことならあるけれど。
そう言う類のことは自分とパートナーとの間だけの秘め事だから……という思いもあるし「話をする相手が知らない人間のことを語ってどうするよ?」という意味合いもある。本人にとって、いくら大切な人(恋人・妻or夫・子供)でも話す相手にとっては「まったく知らない赤の他人」に過ぎないのだから。
……と、私は思っているのだけれど一般的には、そうでもないかも知れないなぁ……と思った。そう言えば、プライベートなことを聞きたがる人って存外多いものなぁ。それにしても上司の発言は、いささか腑に落ちない感が残る。私は彼から心配されるような顔で仕事をしているのかなぁ……とか思ったりして。また機会があれば、彼を安心させるようなエピソードなとご披露しましょうかね……って事で、今日の日記はこれにてオシマイ。