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2001年10月31日(水) ふとした事

彼と私が知り合ってから2年になります。
最初の頃と比べれば


「オバサン」を強調することが多くなったし
愛してると滅多に言ってくれなくなったし
えっちもかなり手抜きになったし(爆)
友人といる時は私なんかそっちのけだし



明らかに態度は変化してきている。




私にもそっくりそのまま言えることなんだけどね・・・(汗)




でも、でもね。
彼は変わらないなって思うんだ。





矛盾してる????(笑)



例えば
私時々夜中に咳き込むんだけど、いくら熟睡していても
必ず私の背中をさすってくれる。
寝てるのよ、でもね、半分無意識でしてくれてるの。




嬉しいじゃないですか♥



そんなちょっとしたことでも
私にはとてもとても嬉しいことなのです。


仕事しているとき、一人で出かけているとき
ちょっと一息ついたら彼のこと考えたりします。
いまごろ寝てるかな?
仕事頑張ってるかな?
そろそろでかける頃かな?

必ず彼のいるところに帰れる

そうした気持ちが私を安心させます。


今日はちょっとベタなノロケしちゃったなぁ^^;



2001年10月30日(火) 夜勤行く前に

昨日は2人とも夜勤でした。
前の晩、彼お手製の鍋食ったあと睡魔に負けて

夜8時前から延々寝続け
目覚めたら朝6時


いつもなら夜勤前の晩は夜更かしして
昼すぎまで寝てるんだけど、これ以上寝られるかぁっっ!!!
てなくらい寝てしまったので

とりあえずお洗濯♪


めざましテレビが「きょうのわんこ」をやっている。
彼はまだぐーすか寝てるし
「風呂でも入るか・・・」
湯船の中で今日の計画を練る。

給料も入ったことだし、久しぶりに服でも買って
一緒にお昼をどっかで食べて・・・・・

お風呂からあがっても、彼はまだ寝てる。
いったい何時に寝たんじゃ、こいつは。
でも、なんとなく目は覚めかかってるらしい。
着替えも持たずに入ったので体を拭いて
素っ裸で寝室へ下着をとりに行って
彼の目を完全に覚ましてやることにする。



目(ぢゃないトコまで)を覚ましてあげてから
2人でおでかけ。
どーして私の車使うかね、このヒトは。
「市内をちょこまかする程度で俺クラスの車を出すまでもない」んですと。
はぁ、そういうもんですか( ̄▽ ̄;)
まあ運転手になってくれるならなんでもいーか。
(運転嫌いな私)

服買って、ラーメン食って
帰りになんとなく車を見に行ったんです。
彼が前から欲しがっていたワゴン車なのですが
買う気はさらさらなくて、どんなもんかな、と見るだけだったのに
なぜか見積もりまで出してもらって資料もどっさり
もらって帰るハメに。
帰りの車の中で
「でもやっぱ新車は買えないよねぇ」
なーんて言ってたので、私もてっきりそのつもりだと思っていたのです。

しかし、帰るなり資料と見積書を広げ
過去に新車を買った時の見積書まで探し


電卓も準備



私が買ってきたパンをほおばっている間
ずーーーっっと電卓はじいている。


そして
はぁーーーっとため息をついてカタログを眺める。

そして
そのカタログを私にも見せる。








・・・かなり、危ない。






こうなった彼を私は何度も見ている。
新築マンション契約した時、携帯新しくした時、今の車にした時、
電子手帳買った時、単行本全巻揃えた時、ゲーム買った時、





全部手に入れてるぢゃねーかぁ!!!!





案の定今日も彼は車のカタログを私に何度も見せてくる。


はいはい・・・
欲しいんでしょ?
欲しいんですよね??
欲しいんだよねぇ???(泣)




別に私が買うわけじゃないからいいんだけど。



2001年10月21日(日) 今の彼へ

私が今の彼に対して言いたいことは

「あなたのやってる事はちゃんと見てるわよ♪結構私にも女の勘てあるみたい。うふっ♥(爆)」


て事です。(笑)



私は確かに年も上過ぎですし
家のことなーんもやらんで女として失格かもしれないし
彼そっちのけでネットに明け暮れてたり(爆)
えっちもよく拒んだりもするし(爆爆)
好き勝手させてもらってるし



でも、でも・・・
あなたの事が好きなもんは好き
なんだもーん。(笑)


そりゃ他の人に心が揺れたりも
電話で話し込んだりも
チャットでおしゃべりしたりもするけど



私は「こういう彼がいる」ということは隠したり、「彼はいない」なんて嘘ついたことは一度もありません。



それだけは私胸はって言えるよ。


だってそういうのって
自分の彼(彼女)に対しても相手に対しても失礼じゃないですか。


それをわかっている上で好きになったり好かれたりするのは
仕方がないかもしれない。


でも
もしダメになった時のために網張っておく
っていうやり方は







・・・最低






私が年ごまかしてたっていうのよりひどいじゃないですか(笑)


自分の日記読み返してみて
この頃の私に戻ってしまってます・・・・・^^;




とりあえず
ひねた言い方かもしれませんが



私と本気でやっていく自信がもしないならとっととそう言っておいて欲しいんすよ〜。一応年が年なので早いとこ人生修復可能なうちに別れるかもしれないっていう覚悟っつーの?そういう心構えっていうのが欲しい訳、OK?(永ちゃん風)




ということですね。(笑)



人生のメド、いい加減たたないと老後がキツイから・・・(爆)



2001年10月20日(土) 壊れる

かつての旦那が勝手に仕事辞めて
友人の口車に乗り、事業を始めたのはいいけど
結局失敗し、残ったのは借金だけ。

ただでさえ旦那の稼ぎだけでもぎりぎりで生活していたのに。

私が壊れ出したのは26歳になった頃。
借金を返すためと、旦那が次の仕事を見つけるまでの生活の為
働きに出て数年たっていました。

私の給料はほとんど借金返済で飛んでいきます。
当然生活もままならなくてやむ終えず他に借金もしてしまい
焼け石に水状態。
この頃はお金の工面のことで頭がいっぱいでした。


この時、旦那が
「お前にツライ思いさせるけど、一緒に苦労してくれ。」とか
「いつも大変だろ、すまないな。」
とでも言ってくれてたら、もっと頑張っていけたのに。

ほんの、一言の思いやりが欲しかった。

我慢の限界が過ぎた私は
不眠、過食、拒食
繰り返すようになっていました。

あとは不安行動だったんでしょうね
右の中指を異常に噛む
という無意識の奇異行為がありました。
気づいたら中指から血が出てたりしてるんですもの。

もう
同じ部屋に旦那がいるだけで落ち着かず、息苦しいんですよ。
夕食を食べて、寝るまでリビングでTVを旦那が見ている間は
意味もなく台所や洗面所を往復
していました。
動物園のクマかサルみたいですね。(笑)

実はこの頃不倫も経験しました。

男とお泊りしてようが
帰りが午前さまになろうが、
様子が明らかにおかしかろうが・・・


気づかない。(すごいでしょ?)



それにかこつけて一時はすごくハマったんですよ。







壊れてました・・ほんとうに。






このままじゃ、私ヤバイ。


そう自分で自分が怖くなったのは30代になった頃。
別れようと決断する勇気がやっと持てたのです。

しかーし、相手は「暖簾に腕押し」の人。
一回くらい「別れて」と言ったって無駄でした。
そのことを私が再度持ちださない限り
「なにもなかった」ように毎日が過ぎていくばかり。
今日こそ、と思いまた話し合おうとしても

「明日早いから寝る」

と言って逃げるような男でした。

結局勝手に家を出るという強行突破に出て
やっと私が本気だと気づいたらしく
離婚届にはやけくそで殴り書きしてジ・エンド。

結局「自分が離婚される」というのが
彼のプライドを逆なでしたみたい。
最後の最後は
私は完全なる敵
になってたみたいです。

たぶん、今も恨まれてるんだろうな・・・





2001年10月19日(金) 元旦那

結婚は当時友人の中ではめっちゃ早い方でした。



若気のいたりだもんね。




なーんにも知らない18の私は

結婚を前提におつきあいする

という意味を全くわかっておりませんでした。


気づけば


いつのまにか親に会わされ、結婚の日取りまで決まってしまった。




そして


ほわぁ〜んとしているうちに結婚


してしまってました。


結婚してから知った言葉ですが
結婚するまでは両目を開け、結婚したら片目をつぶれ
これ、ほんっっっとにそうですよ。


私は
結婚するまで片目つぶってました。

付き合っていくうちに
「どうしてこの人ってムードないんだろう?」
「もっと内容のある話できないのかな?」
「この人、私のことほんとに好きなの?」
「自分の自慢話ばっかりしてる気がする」
まあ、いろいろ疑問点やひっかかることあったんですけどね。


相手は年も年だし、親などからもせかされていたんでしょうね。
だって、付き合うと決めた時点ですでに
結婚の話が出てましたから。
普通は付き合っていくうちに考えてくるものでしょ?
だから、若かったんです、私は。
まだまだ「お嫁さん」っていう甘い響きに憧れていたんですから。
今思えば可愛いかったですねぇ(笑)


本当に形だけの夫婦でした。

若かった私はそれでも
一生添い遂げなくちゃと思っていたので
いろいろ頑張ったんですけど・・・・

結局思いやりに欠けるというか
なんでも「自分」が中心のペースなんです。
絶対崩さない。
家事を手抜きしても文句を言わないけど
文句を言わないんじゃなくてどうでも良かったんでしょうね。
だから
私が病気だろうが、機嫌悪かろうが、気づかない。
ツライとこぼすと「俺の方がツライ」と返される。

一番イヤだったのは
はじめのうちは私が専業主婦だったんですが
「俺が食わせてやっている」
という態度が見え見えだったこと。
何か急な出費が出たと言っても給料以外からは絶対出さない。
ボーナスは一銭もくれない人でした。
私が専業主婦反対派になったのはこの旦那のせいです(笑)

何か大事なことも私には全く相談すらしない人で
仕事辞めて友人と事業を始めたことすら
私は事後報告だけされたくらい。
借金も抱えたことで私も仕事をするようになったのですが
全く家事に協力することもなく
なんかこの頃私ひとりで仕事と家のことを
ヒーヒー言いながらやってましたね。

そのうち
「この人は自分のこと以外はどうでもいいんじゃないか」
と思えて悲しかったです。

悲しいと思ううちはまだ愛情が残っていたんでしょうが
いつのまにかそんな感情もなくなりました。
あきらめみたいな気持ちですね。

気づいたら休みの日でもお互い別行動するのは当たり前になってて
もう家庭内離婚状態です。

会話もなく、自分の見たいTVを見て酒のんで
夜9時になったらおやすみもなくさっさと寝る。


地獄の毎日でした。

それでもまだ、離婚なんてする勇気がなかったのです。






2001年10月17日(水) 過去

えーと、、、(汗)




本来「日記」などという継続が必要な類は
めちゃくちゃ不得手なわたくしなのでございます。

これから
現在の日記を書こうと思ったのですが・・・



ネタがない。



現在は毎日平穏な日々でございまして
幸せと言っちゃあ幸せなのでございます。


なので。。。
波乱万丈というほどでもないですが
いろいろありすぎた
20代の頃のお話
を書いてみたいと思います。


胸を張って言えるようなことはひとつもないですがね( ̄▽ ̄;)


ところで。

この日記を全部お読みになられた方はおわかりでしょうが
わたくしは結婚していた過去がございます。
その相手と知り合ったのは18歳の頃。
会えばHに励もうとするばかりの
同年代としか付き合ったことのない私にとって
9歳年上の社会人の彼
がっついたところが全くなく


「とても大人に見えた。」




・・・・見えただけでした。。。


結婚の意味を知らない馬鹿な私は
流れのまま結婚してしまいました。


若気のいたり


この言葉がぴったりですね。
この結婚で私は壊れることになるのですが…
それはまた次回の日記で。



2001年10月15日(月) 回想日記改め

今まではなれ初めから追って書いていってましたが
あっちゅう間
現在までさかのぼって追いついてしまいました。

おかげさま(?)で現在も


内縁の年上妻♥
なんとかやっております(笑)



つうことでこれからは
普通の『年の差馬鹿ップル日記』
として書いていこうと思います。


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みなみ [MAIL]

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