みのるの「野球日記」
==すいません、ちょっと宣伝です==

●『中学の部活から学ぶ わが子をグングン伸ばす方法』(大空ポケット新書)

新刊が発売になりました。
しらかし台中(宮城)の猿橋善宏先生の
指導法などが掲載されています。
詳しくは、大空出版HPをご覧ください。
http://www.ozorabunko.jp/book/gungun/

●『グラブノート』(日刊スポーツ出版社)
BBA梅原伸宏さんのグラブ本。構成を担当しました。
親指かけ・小指かけの結び方、グリスの入れ方など、
グラブをよりよくするための方法が書かれています。

*ツイッター始めました
@mino8989 です。

2002年05月25日(土) 東林中学 日本一への挑戦(1) 

 試合終了から20分後。東林中の選手、先生が保土ヶ谷球場の選手通路から出てきた。チームを率いる佐相先生は、子供たちを待っていた父母と一言二言会話を交わした後、柱を背に疲れた表情で力なく腰を下ろした。


 春季神奈川県大会2回戦。東林中はベスト4進出を懸け、城山中と対戦した。序盤、相手のエラーで1点を先制し、背番号6を着けた主戦投手も危なげないピッチング。1−0ながら、東林中の勝利は揺るぎないように見えた。
 しかし5回裏、無死で出塁した一塁走者をバントで送ることができず、追加点のチャンスを逸する。直後の6回表、城山中の先頭打者がライト手前に詰まったライナーを放った。東林中のライトは、中途半端にノーバウンドで捕ることを試み、結果、打球を後逸。無死、二塁のピンチを招いてしまった。次打者には3バントを決められ、判断を迷った投手のミスによって、打者走者まで生かしてしまい、無死一、三塁のピンチ。流れが一気に城山中に傾いた。それを象徴するかのように、その後、レフト前に落ちるポテンヒットで同点。押し出しの四球で1−2と逆転された。
 7回表には先頭打者の内野フライを投手、三塁手、遊撃手の3人の野手がお見合い。このミスをきっかけに、2点の追加点を許してしまう。7回裏には二塁走者が、牽制で刺され、万事休す。傾いた流れに、抵抗することはできなかった。


 控え室から選手が出てくると、佐相先生は重い腰を持ち上げ、全選手を集めた。その後、約40分間、大きな大きな声が選手ひとりひとりに向けられた。敗戦のきっかけを作った選手には容赦ない声を浴びせた。耐え切れず、涙を流す選手もいた。

「奈良に行く気あるのか? こんなバッティングじゃ無理だろう! ほんとに行く気あるのかよ!」

 先生の言葉から、何度か「奈良」という言葉が出てきた。今年の8月、全国中学野球大会が開催される場所だ。7月から始まる市大会、県北大会、県大会、関東大会、4大会およそ14試合を勝ち抜いて、初めて出場権を得ることができる。
 東林中は8月の奈良を目指している。そして、佐相先生は全国の頂点を目指している。東林中は過去に2度、この全国大会に出場している。97年、のちに東海大相模で全国制覇を成し遂げる筑川利希也を擁し、ベスト8に進出。翌年は現在桐光学園のエースである清原尚志の活躍でベスト4に進んだ。
 だが、その後は夏の全国の舞台は踏んでいない。県で優勝しても、関東大会で敗れるなど、3年間遠ざかっている。昨年はKボール全国中学生野球大会で日本一に輝いたものの、夏の全国には進めなかった。


 選手への話が終わった後、「今年のチームは全国に行ったときより、打力はある。でも、外野の守備力、とくに脚力が足りない。それに、全国へ行ったチームはベンチが元気だった。気持ちの強い選手が多かった」と私に話してくれた。

 この日の4失点は気持ちの強さがあれば、全て防ぐことができた失点だった。自分に自信がないから、同点に追い付かれるポテンヒットが生まれた。二死、一、二塁。3番打者の場面で、佐相先生は深めに守っていたレフトに何度も前に来るように指示を出した。6回、7回と「前へ来い!」とジェスチャーを送った。けれど、レフトはじりじりと前へ進むだけ。結果、その少しの差がポテンヒットを生んだ。
「今日は中学生には広い保土ヶ谷球場だった。中学野球の定位置で守ると、後ろがかなり大きく感じる。自分の頭を越えたらどうしよう、それが彼はずっと不安だったんだと思うよ」


「気持ちの強さが欲しい」
 レフトの彼にだけでなく、佐相先生は全ての選手にその言葉を向けていた。



2002年05月24日(金) スコアブック

 先日、神宮球場の一塁側控え室の近くで選手を待ってると、記者バッジをつけた記者が2、3人、私と同じように選手を出待ちしていた。私はこの記者バッジなるものに非常に敏感だ。Yシャツの胸のあたりに、直径8cmほどのバッジを着けている。何のへんてつもない、ただのバッジだ。だが、あのバッジがあれば、記者室に入れるし、腕章がなくても、取材スペースに入ることができる。新聞記者になりたいとは思わないが、あのバッジだけは欲しい…。
 
 バッジを着けている=スポーツ新聞の記者。これは大学野球の場合、ほぼ間違いない。一般紙は、そうそう取材には来ない。
 バッジを見ると、瞬間的に「この人はどこの新聞社の人なんだ?」と思う。もし、自分と同じように取材をしていたなら、この記者はどういう視点で書くのだろうか。翌日の新聞で記事を読んでみたいからだ。「あ、あのコメントをこうやって使ったのか」とか、「あれだけ取材して、こんなに書くスペース小さいのか」だとか。そんなことを思うのも楽しかったりする。悪趣味か?

 どこの記者なのか。これは、スコアブックを見れば大体分かる。各社、それぞれ独自のスコアブックを持っているので、表紙に「OO新聞社」と記されているのだ。一時、このOO新聞社と印字されたスコアブックに憧れを持ったこともある…。

 で、スコアブックである。某大手スポーツ新聞社のスコアブックを覗き見した瞬間、「お〜!これがまさしく、おれが求めていたスコアブックだ!!」と思うぐらい、最良のスコアブックに出会ったのだ。
 一番の特徴は、「ストライク」「ボール」「空振り」などを○、−、△と記すスペースが、市販のものに比べて数倍のスペースをとっている点だ。そこには、「●144km」というように1球1球の球速が記されていた。市販のものだと、あまりにもスペース(特に横幅)が狭すぎて、家に帰って見直したときに、「これ、何の記号だ?」と分からなくなるケースが多々ある。球速を書き込めるぐらい大きければ、その心配もなさそうだ。

 もうひとつ目に付いたのは、イニングスコアを記す、得点表がないことだ。「ん?どこに得点が書いてあるんだ?」と目を凝らして見てみると、市販の場合だとスコアブックの下の方に必ず設けられている「得点」欄が数倍もでかくなっていて、そこに数字を書き込んでいるのだ。これだと、得点表がなくても、何回に何点入ったのか非常に良く分かる。

 この大手新聞社のスコアブックの特徴は、とにかくひとつひとつのスペースがでかい。極力、いらないものを排除している。例えば、どのスコアブックにも右端に必ず設けられている残塁や失策など、細々したマス目のようになっている欄がない。そこを削っているから、1球1球の球速を記すスペースが生まれている。

 私はこのスコアブックを目に焼き付けて、自宅に戻ってから、早速Excelで作ってみた。とにかくスペースを大きく、メモを書き込める欄も作りたい。自分の求める要素をふんだんなく入れて、なかなか良いスコアブックができた(自分にとってです)。今はそれを重宝してるしだいです。自分オリジナルのものなので、周りの方にチラチラ見られると、ちょっと恥ずかしいんですが(笑)。
 もし、興味のある方はmailを下されば、添付ファイルでお送りします。「もっと、こうやった方が良い」など、より使いやすいスコアブックにするためのアドバイスも頂けたら嬉しいです。



2002年05月21日(火) 首都大学優勝決定戦 東海大vs城西大

 首都大学の優勝を決める大一番が今週末に行われる。01年春まで5季連続で優勝を飾っていた東海大学。01年秋、その東海大を破り、9季ぶりに頂点に立った城西大学。ここまでともに、8戦全勝で勝ち点4。土曜日からの直接対決で勝ち点を収めたほうが、首都大学の覇者となる。
 両校は昨年の春は開幕カードであたり、城西大が2−0、6−0と連勝。秋は0−1、2−1、3−1と城西大が2勝1敗で勝ち点をものにしている。初戦は久保に完封を許すも、第2戦は延長17回の接戦を制した。優勝を懸けた第3戦では久保を打ち崩し、東海大を下した。

 昨年、両校は全国大会でも結果を残した。春の全日本大学野球選手権では東海大学が優勝。秋の明治神宮大会では、城西大学が決勝で駒沢大に敗れるも、準優勝に輝いた。城西大を率いる原田監督は決勝戦後、「首都は東海大だけと思われたくなかった。ここまで来て、正直ほっとしている」と話していた。「今度は東海大に追われる番ですね」と問うと、「そんなわけはない。うちは東海大に挑戦する立場です」と力強く答えていた。

 6大学や東都ほど注目されない首都大学だがレベルは高い。全日本選手権2連覇のためには、ここでは負けられない東海大と、初の2季連続優勝を目指す城西大の対決。神宮で6大学見るより、等々力に足を運んだ方が面白いかもしれませんよ! そんな私は中学野球を見に行きますが・・・(笑)。 
 
         ここまでの成績
 城西大 7−0 筑波大    東海大 2−0 筑波大
       3−1 筑波大         7−1 筑波大
       5−1 日体大         2−0 帝京大
       2−0 日体大         6−0 帝京大
       6−2 帝京大         7−2 日体大
       6−1 帝京大        11−4 日体大
      12−4 東京経済大      5−2 東京経済大
       5−4 東京経済大      1−0 東京経済大

         主な投手の成績
濱元 30回 5責 1.50   久保 36回 4責 1.00
比嘉 35回 5責 1.29   中嵜 34回 4責 1.06
久嶋  5回 0責 0.00   筑川  2回 0責 0.00




 



2002年05月09日(木) ゆず『今』

 悲しくなったとき、泣きたくなったとき、何かを思い出したくなったとき、私は必ずゆずを聴く。元気なとき、物事が順調に進んでいるときは、決して聴かない。
 3年前の夏。初めてゆずを聴いた。女友達が言っていた。「失恋したときは、ゆずがいいよ」。その通りだった。ブルーな心が、さらにブルーになった。『いつか』『サヨナラバス』。気持ちを代弁してくれているようだった。
 同じ年の夏の甲子園。桐生第一が初優勝を飾った。その夜放送された『熱闘甲子園』。エンディングテーマを聴きながら、ずっと泣いていた。録画したビデオを何度も巻き戻し、何度もエンディングテーマを聴いた。初めて耳にする曲だった。敗れ去った球児が涙をこぼす映像に、見事にマッチしていた。でも、私の心には違う映像が写っていたかもしれない。画面の右下には、「ゆず『今』」と表示されていた。翌日、近所のツタヤでCDを借りた。『今』を繰り返し聴いた。『今』はこう始まる。

「今、あなたは自分の夢を誰かに語れますか?」

 1週間ほど前、25歳になった。数日後、ゆずを聴いた。聴かないと、自分がどうにかなりそうだった。そんな心境だった。
 ほぼ1年ぶりに『今』を聴いた。『いつか』も『サヨナラバス』も聴いた。色んなことを思い出した。思い出しながら、あれから自分は成長したのだろうかと自問自答していた。

『今』を耳にすると、胸が締め付けられる。出だしでやられる。「夢を誰かに語れるか?」そんなド真ん中の直球で訊かれると、200%の覚悟と自信がないと打ち返せない。とりあえず今はファウルで逃げている。でも、このまま行ったらそのうち打ち取られるだろう。

 もう25歳? まだ25歳? 今後の自分次第だ。

  



2002年05月07日(火) 甲子園のヒーロー宮地克彦

 7回表、2アウト二、三塁。日本ハムバッテリーは、前打席でホームランを打っている鈴木健を敬遠し、7番バッター宮地との勝負を選んだ。一塁ベンチ後方から、宮地に対する野次が飛んだ。「武藤!大丈夫だぞ!1割バッターだから、打てねぇって!」スコアボードに目をやると、打率1割8分8厘。投手の打率のようだった。

 鈴木健への敬遠が明らかになると、ネクストで待っている宮地のもとへ、広橋打撃コーチが近づいた。「代打かな?」と私は一瞬思ったが、そうではなさそうだ。広橋コーチの声に耳を傾け、ウンウンと宮地は何度も頷いていた。打席に向かうとき、今度は三塁ベースコーチの伊原監督が宮地のもとへ歩み寄った。またもや、何度も頷いた。
 
 武藤が投じた初球は内角ストレート。宮地は何の迷いもなく、バットを振りぬいた。打球は角度よく上がり、ライトスタンドへ吸い込まれた。宮地はほぼ全速力でダイヤモンドを回り始めた。三塁ベースを踏んだとき、前走者の鈴木健を追い抜きそうなほど。プロ通算4本目のホームラン。感慨に浸る暇もなく、ホームに戻ってきた。


 宮地は私が小学6年生のとき、甲子園で活躍した。香川・尽誠学園のエースとして、夏ベスト4進出。準決勝では大越(ダイエー)のいた仙台育英に延長戦の末、2−3で惜敗した。
 174cmと投手としては小柄な部類に入る身体を目一杯に使い、ボールを投げ込む宮地が好きだった。小学6年といえば、甲子園を見始めて数年がたった頃。夏が来るのが楽しみだった。幸い、実家が西宮にあったので、何度も甲子園に足を運ぶ機会がった。そんなとき、宮地の姿に惚れた。
 今でも甲子園で尽誠学園のユニホームを見ると、なぜか宮地を思い出す。我が家のビデオラックには、当時テレビ朝日系で放送していた『思い出甲子園』のビデオも保管されている。
 そんな宮地が、大好きな西武に入団が決まったときは、飛び上がるほど嬉しかった。

 宮地は今年でプロ入り13年目になる。ここまでの通算成績は66試合、3本塁打、打率2割2厘。ここ数年、1軍のチャンスを掴みながら、それをいかせないでいた。今年もこの試合まではそうだった。
「ぼくのスタートはここからなんです。ここからが勝負なんです。明日打たないと、また2軍に落ちてしまいかすから」
 宮地はヒーローインタビューで喜びを見せながらも、頭はすでに明日に移っていた。

 今日の日本ハム戦。相手先発は右腕の金村。7番センター、あるいは2番センターで宮地のスタメンが濃厚だ。今年こそ1軍定着へ。私の甲子園のヒーロー宮地の活躍を願う。



2002年05月06日(月) カブレラの超特大HRを奪った東京ドーム特別ルール

 1−1の同点で迎えた9回表。カブレラは日ハム先発シールバックの初球、内角ストレートを引っ叩いた。これぞまさしく打った瞬間、ホームランと分かる当たり。観客席からは「ウォ〜!」と大歓声。高々と放物線を描く、打球の行方を追った。打球の角度からいけばレフト後方にある看板の上部、あるいは看板よりももっと上、今まで見たことのないような超特大ホームラン。私は打球を見失わないように、じっと目を凝らした。

 打球音がしてから2秒後ぐらいだったと思う。怪人カブレラは考えられないことをやってのけた。じっと行方を追っていた打球は、何とレフト定位置よりも後ろの天井にを当たった。当てたというよりは、突き刺したという表現が正しいかもしれない。軌道と勢いを見れば、看板をはるかに超えた当たりだった。

 カブレラの打球は天井に当たると勢いを失い、レフトフェンス2、3m手前にポトリと落ちた。スタンドに突き刺さると思っていた観客は、沈黙した。打球が放たれた瞬間に沸き起こった歓声は、打球が天井に当たり、ポトリとレフト後方に落ちる間、時間が止まったかのように静かになった。

 西武ファンの私は嫌な予感がした。いつもホームランと確信した瞬間、走ることをやめてしまうカブレラの方に目をやった。打球が落下した瞬間、カブレラは案の定一塁ベース手前をジョギングしていた。しかも、悠々とベース一周を試みようとした。レフトに目を移すと、クローマーが中継の奈良原にボールを返球。「カブレラもどれ!!」と私は思わず叫んでしまった。カブレラは一塁コーチャーの苫篠に何やら叫ばれ、ようやく歩を進めるのを止めた。

 中継のボールがセカンドに戻ってくると、沈黙していた場内が一斉に沸いた。伊原監督がサード塁審のもとへ走り寄ると、ホームランを促す手拍子が場内に響いた。「あれ? 西武ファンこんなにいたの?」と思ってしまったほどだ。

 では、ここで東京ドーム特別ルールをおさらいしてみましょう。
‖乃紊フェア地域とファウル地域の区別なく、天井に当たった場合は、ボールインプレイで、落下した地点または野手が触れた地点で、フェアボールかファウルボールの判定をする。この打球を野手が地上に落ちる前に捕球すれば、打者はアウトとなる。
打球が内野のフェア地域内にある天井の穴または隙間にはまりこんだ場合、あるいは懸垂物に挟まった場合は、ボールデッドとし、打者、走者ともに二個の安全進塁権が与えられる。
B乃紊外野のフェア地域にある懸垂物に当たるか、挟まった場合は、本塁打とする。
ぢ乃紊内野のフェア地域内の懸垂物に当たった場合は、ボールインプイで、落下した地点または野手が触れた地点で、フェアボールかファウルボールかの判定をする。この打球を野手が地上に落ちる前に捕球すれば、打者はアウトになる。
ヂ乃紊ファウル地域にある天井の穴または隙間にはまり込んだ場合、あるいは懸垂物に当たるか挟まった場合には、ボールデッドとし、ファウルボールとする。

 今日のカブレラの打球は,謀たる。結果、超特大ホームランは単なるシングルヒットになってしまった。
 三塁塁審の栄村はルールブック通りの判定をした。それはそれでもちろん正しい。でも、私は釈然とせず、怒りの気持ちでいっぱいだった。別に西武ファンだったからというわけでなく、明らかに誰が見ようと、とんでもない距離の特大ホームランだった。それが東京ドームの特別ルールで、ただのヒットになった。

 東京ドームの天井は最も高い地点で地上から62mある。施行した竹中工務店が、「強打者がフルスウィングした場合、角度40度で58メートルの高さまで上がる」というコンピューターの判断を基準に作った。完成時は「絶対に天井まで当たらない」と豪語していたらしい。
 でも、実際には近鉄のブライアントがスピーカーに当てる認定ホームランを記録したし、巨人の松井なんて2度も天井にぶつけている。コンピューターの基準なんて、使いものにならないのが現実だ。
 
 記録の神様・宇佐美さんのコラムによれば、2000年9月までドーム球場の天井に当たった回数は東京9回、大阪6回、ナゴヤ2回、福岡1回である。こんなにぶつかって良いのだろうか。設計ミスじゃないの?
 これからますます、年を経るごとにプロ選手の打撃力は向上していくだろう。筋トレ信仰も進んで行くし、怪力選手も増えるだろう。すぐに天井を高くするのは難しそうだけど、せめて今のうちに「東京ドーム特別ルール」を変えるべき!

 一塁に出塁したカブレラは、いつも以上にやる気が感じられなかった。「何でホームランじゃないの? やってらんねぇ!」という気持ちが120%出ていた。それが原因か分からないが1アウト二塁、鈴木健のショートゴロでサードへ暴走して、楽々タッチアウトに。カブレラのやる気が失わないことを、西武ファンとしては切実に願うばかりだ。

 それにしても・・・。カブレラの打球は何メートル飛んだのだろうか。もし、屋外球場だったら、どこの球場でも場外に消えていたことは間違いない!
 幻の特大ホームラン。GWの最後に、一生忘れられない軌道を見せてもらいました。



2002年05月04日(土) 東海大相模「走塁」への意識

 保土ヶ谷球場で行われた春季神奈川県大会決勝、東海大相模対日大藤沢を観戦した。試合は序盤から東海大相模の打線が爆発。13−6で日大藤沢を下し、7年ぶり5度目の優勝を飾った。
 
 これで夏のシード16校が次のように決まった。
・第1シード 
 東海大相模、日大藤沢、桐光学園、横浜商業
・第2シード 
 神奈川工、藤嶺藤沢、桐蔭学園、平塚学園
・第3シード
 県川崎、横浜商工、向上、横浜隼人、県商工、慶応、横浜、相模田名

 この振り分けを見ると、7月から始まる夏の県大会は第3シードの横浜がどのゾーンに入るか。ノーシードに終わった私学の強豪・横浜商大、鎌倉学園のクジにも焦点が集まりそうだ。

 さて、今日の決勝戦、東海大相模の「走塁」に目がいった。
 99年に村中監督(現・東海大甲府)から現在の門馬監督に変わってから、相模の野球は変わったと言われる。豪快に打ち勝つ野球から、投手を中心した守備で守り勝つ。走塁に重きを置き、長打がなくとも点を取れる野球に変わった。
 00年センバツ優勝メンバーで、現在は東海大学で活躍する瀬戸選手は「門馬さんになってから、走塁・守備の練習時間がめちゃくちゃ増えた」と話しをしていたほどだ。

 センター前にシングルヒットを打つ。多くの選手は一塁ベースをオーバーランし、センターから中継のショート、あるいはセカンドにボールが返ってくると、当たり前のように一塁ベースに戻る。ひどい選手になると、中継にボールが返球される前に、一塁に戻る。「どうせシングルヒットだから」と決め付けているかのようだ。中継の間に何が起こるか、もしかしたらセカンド、ショートが気を抜いて、二塁ベースを空けるかもしれないのに、そんなことを気にする素振りはない。

 相模の選手の場合はどうか。中継から投手にボールが戻るまで、獣のように鋭くボールの行方を追っているのだ。投手がボールを手にしてようやく、一塁ベースへ戻る。
 印象に残ったシーンがある。初回、相模が1点を追加して、なお2アウト三塁。ここで5番坂下がライト前へタイムリーヒットを打った。坂下は打球の行方を見ながら一塁をオーバーランをすると、ライトからショートへの返球を睨むように追い続け、その動きは投手にボールが返るまで続いた。「ちょっとした隙があったら、二塁を狙ってやる」という意思が強く感じられた走塁だった。
 なぜこのシーンが印象に残ったのか。初回、1−0から2−0に広げる価値ある
タイムリーだったのに、喜ぶ素振りも何も見せずに、次の塁を狙う動きを見せたからだ。
 試合を通して見ると、坂下に限らず、出塁したランナーすべてに次の塁を狙う意思が見えた。徹底された意思だった。

 相模は1977年を最後に夏の甲子園から遠ざかっている。もう20年以上もだ。今年は昨年から主力として活躍していた選手が多く残り、前評判も高い。
 昨秋は優勝候補に挙げられながら、準決勝で平塚学園に0−1で惜敗。平学のエース柳川を全く打てなかった。好投手を前にして、思うように打てないとき、どのように点を取るか。その意識がさらに高まったのでないだろうか。
  
 今年の神奈川を見渡すと、例年以上に好投手の存在が光る。桐蔭学園・栂野、日大藤沢・阪口、藤嶺藤沢・門司、横浜・福井など、夏には必ず対戦するであろうライバル校のエースだ。
 25年ぶりの夏の甲子園へ。次の塁を意識した「走塁」で激戦区神奈川の夏を制覇することができるか。



2002年05月02日(木) GW=野球観戦週間?

 明日からGW。休日とあって、各地で野球の試合が行われる。当たり前だが、自分の身体がひとつしかないことにガッカリする。楽しみな試合がたくさんあるのに、全試合見に行くことができない。明日からのGWを控え、どの試合を観戦しようか、頭を悩ませている。

 明日3日は、私の中でのビックイベントがふたつある。保土ヶ谷球場で行われる春季神奈川大会準決勝と、相模原の横山球場である相模原市中学野球春季大会準決勝・決勝だ。前者のお目当ては桐光学園。後者は東林中学だ。全国的に見れば、かなりマイナーな両校だが、私にとってはビックネーム。応援している学校だ。ぜひとも両校を見たい。けれども、ともに試合開始が10時と10時半から。どう考えても、ひとつに絞るしかない。
 考え抜いた結果、中学野球を選んだ。選ぶ予定だ。なぜなら、桐光の試合はネットで検索すれば、それなりに詳細な情報を得ることができる。だが、中学の試合となると、私の知る限りでは、ない。だからこそ、自分の目で見なければと強く思うのだ。

 明後日4日は、桐光学園が準決勝を勝ち上がることを信じて、春季神奈川大会の決勝を観戦する予定にしている。でも、桐光が負けてしまうと・・・。
 神宮の大学野球に目を移せば、東大ー早大の試合がある。注目している東大の試合。しかも第1戦。2年生エース松家の登板が確実だ。開幕後、徐々に調子を上げているだけに、早大のエース和田との対決に期待がかかる。大学野球にも興味が惹かれる。いずれにせよ、3日の桐光学園の結果次第になりそうだ。

 5日はプロ野球と大学野球で悩む。千葉マリンで西武vsロッテの試合、相模原球場で首都大学リーグ、東海大vs日体大がある。けれども、どちらも「どうしても見たい」という欲求がそんなには強くない。千葉マリンは先々週初めて観戦に行ったのだが、風が強いうえ、かなりの寒さで散々だった。5日はデーゲームとはいえ、ちょっと気乗りがしない。
 首都大学は筑川が投げれば間違いなく見に行くのだが、今季に入ってまだ登板がない。第1戦・久保、第2戦・中崎のローテーションが出来上がっている。しかも両投手とも絶好調。今節の登板も微妙な状態だ。

 GW最後の6日は、唯一決定している。東京ドームで行われる西武vs日本ハムだ。デーゲームなので、たとえ試合が長引いたとしても、7日からの仕事には響かない。
 でも決定していると言いながら、4日の東大vs早大で万が一にも東大が先勝すると、この6日に3回戦が行われる(2回戦は99%負けるだろうから)。となると、どっちを見ようか迷ってしまうのだ。

 こう書いていると、私にとってのGWは間違いなく野球観戦のために存在する。これだけ面白い試合が続けてあるのに、もし仕事で見に行けないなどとなったら発狂しそうだ。野球を見る=仕事、すなわちライターや記者はうらやましいと、改めて思う(見に行く試合は選べないけど)。



2002年05月01日(水) 図書館の便利さに複雑な思い

 3月4日の日記『小説中毒』の中で、「最近小説にはまっている」と書いた。以降も週に2、3冊のペースで小説を読んでいる。
 小説を読む回数に比例し、古本屋に行く回数も増えた。できるだけ安く購入したいので、書店では買わない。ハードカバーを読むとなれば、プロ野球の外野席と同じぐらいの値段もする。本は読みたいけれど、手痛い出費となる。

 昨日、2ヶ月ぶりに図書館に行った。目的は、新聞と週刊誌のバックナンバーをチェックすることだ。それが終わると、スポーツノンフィクションが並んでいる棚に向かった。
 だいたい、これが図書館に行ったときの私のパターンだ。新聞で調べ物が終わると、スポーツノンフィクション、特に野球関係の本で面白そうなものを何冊か借りて帰る。昨日も2冊借りた。織田淳太郎氏「巨人軍に葬られた男たち」。海老沢泰久氏「巨人がプロ野球をダメにした」。まだ織田氏の本しか読んでいないが、私の知らない巨人の「陰」が詳細に書かれており、大変興味深い作品だった。

 野球関係の本を見終わり、受付に本を持っていこうとすると、『日本文学』という文字が目に入った。そのとき、ふと思った。今まで微塵も考えつかなかったことだが、「図書館で小説を借りれば良いんだ。古本屋で買うより安い」。安いというか、タダだ!
 さっそく、棚の前に行くと、ハードカバーがずらりと並んでいた。古本屋で探し続けていて、読みたくてたまらなかった宮部みゆき『理由』、東野圭吾『秘密』も当然のようにあった。「ラッキー!」と思い、野球の本と合わせ、合計4冊を借りた。
 けれど、「ラッキー!」と思うと同時に、これが作家の立場を考えると、素直に喜べないなと思った。もし私が将来何かのきっかけで本を出版することになったとすると、自分の本が図書館でタダで回し読みされていたら、経済的につらいだろう。仮に定価が1500円だとする。それを100人が図書館で読む。この100人が図書館で借りるのではなく、書店で購入するとなると・・・。印税でかなりの差が出る。
 
 そんなことを思っていたら、昨日(4月30日)の朝日新聞の文化総合面に『図書館の「無料貸本屋」論争 ルール作りへまず一歩』という記事が掲載されていた。要約すると、図書館を利用する市民は「新刊ベストセラーを早く読みたい。だからたくさん揃えて欲しい」。一方の著作者・出版社側は「何らかのガイドラインを作って欲しい。ベストセラーはせめて1点1冊だけにして」という思いがあるそうだ。
 記事によれば、世界的なブームを巻き起こした『ハリー・ポッターと賢者の石』は東京区内7館で80冊所蔵で、30回の貸し出し実績があったという。区内の図書館だけで2400回読まれ、図書館が購入した分を除けば、著者や出版社は2320冊分の利益が失われたことになる。

 今は利用者である身の私が、こんな心配をするのはバカげているが、物書きを目指す人間として、生活に密接に関わってくる問題である。何十年後か、本当に切実にこのような悩みにあたれば、それもまた幸せなのだろうけど。


 最後に・・・、『理由』を二日で読み終わりました。日記を読んで下さっているかたで、「この作者の小説面白い!」というのがありましたら、ぜひ教えてください。それと、お薦めの野球小説ありませんか? この前、伊集院静氏の『受け月』読みました。作品を読んだあと、余韻に浸っていたいような、幸せな気分になれました。 


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