江草 乗の言いたい放題
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2014年09月29日(月) 災害は忘れた頃にやってくる        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 自然災害は突然にやってくる。「まさか噴火するなんて思いませんでした」と御嶽山の噴火の時に登山者たちは思ったわけだが、火山性微動が10分前にあったこととか、数日前に多くの地震が記録されていたこととか、そうした情報は果たして共有されていたのだろうか。「噴火するかも知れない」という情報を流すことで観光客が減ることを恐れて地元側としてはそんなことを声高にアピールしたくなかっただろうし、もしもちょっとした地震まですべて報道すれば、火山国である日本は毎日のようにそうした報道が流れてかえって鈍感になってしまうかも知れない。

 ただ、今回の「噴火するとは思わなかった」と、福島第一原発の「そんな大きな津波が来るなんて思わなかった」は同じである。火山が噴火することは日本では当然のことであり、過去にも巨大な噴火や爆発で多くの死者を出している。古くは磐梯山の大爆発、最近でも島原の雲仙岳の噴火に伴う火砕流など甚大な被害をもたらした災害は起きている。備えは常に必要なのだ。

 そして、火山の噴火が与える影響と、津波で原発が破壊されることが与える影響を比べれば、人間が作り出した原発の方がはるかに大きな影響を社会生活に与えるのである。どちらの備えが大切かよくわかるだろう。

 1896年の明治三陸地震では高さ38mの津波が発生した。福島原発を建設するに当たって、なぜその規模の地震を想定に入れなかったのか。事故というのは「偶然起きなかったらラッキー」というものではない。我々が自動車を運転するときにわざわざ任意保険に加入するのは、もしも事故が起きた時に備えるためである。津波に対する防御を想定しないで建設された福島第一原発は、保険に入らずに車を乗り回していたことと同じことであり、東京電力の経営陣は原発事故に対して責任があるとオレは断言する。国家に与えた損害を思えば彼らは全員終身刑が相当だ。大企業のトップというのはそれだけ責任が重いのである。将来のことを予測できずに舵取りを誤って、プラズマ工場に巨額投資をして松下電器を赤字で崩壊させた馬鹿がそのまま会長の座に君臨していることを思えば、なんて日本は甘い国かとオレは思ってしまうのだ。

 今、原発がすべて停止しているのはしごく当然のことである。日本が地震国で有り火山国であることを思えば、このまま動かさずに全部撤去した方がいい。だったらいち早く天然ガスや石炭で火力発電する方向にシフトしないといけない。それなのに古い設備の火力発電所を無理に動かしているばかりで、当の電力会社が大型の火力発電所を建設することに対して及び腰である。原発が再稼働できればその必要がないと考えてるからである。迅速に行動できない企業トップなどいらない。その間に神戸製鋼所やJXが火力発電所を作って、将来の安定収益の柱と位置づけてるじゃないか。しかし、電力会社のような半官半民の企業に賢い企業トップがいないのも仕方がないのかも知れない。そこには競争がなく、倒産がないからだ。

 大災害は突然やってくる。大規模な地殻変動で地球上のすべての原発が破壊されるような事態になれば人類は滅亡するだろう。我々の文明はそうしたリスクの上に存在するのである。今の状況が未来永劫続くものではないのだ。

 今回の御嶽山の悲劇は、そこがロープウェイなどの整備で「初心者にも登りやすい3000m級の高山」であったことも関係している。3時間ほどで登れる山で、そんな危険が存在するなんて誰も思わなかっただろう。軽いハイキングの感覚で登っていた多くの方たちが火砕流に飲み込まれ、一瞬にして火山灰に埋もれてしまった。噴火の瞬間に火口付近にいた方々の恐怖は想像を絶するものだっただろう。噴火翌日の29日朝にはまだ行方不明者の正確な数も把握できていない状況である。

 リニア新幹線を作ったとして、それが大規模な地震に耐えられるのか? 答えは否である。山陽新幹線が阪神大震災で死者を出さなかったのは、たまたま運行していない時間帯だったという僥倖に支えられたものである。もしも新幹線走行中に高架橋が崩落していたら大惨事が起きていただろう。

 災害は忘れたことにやってくる。そして日本は自然災害の国である。我々は常にリスクの上で綱渡りのような日常を築いているということを忘れてはならない。


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2014年09月25日(木) キミは「河豚(ふぐ)計画」を知ってるか?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan


 1931年に満州事変が起き、日本は満州国を建国した。その満州国にユダヤ人居留区を建設し、ヨーロッパですでに迫害されていたユダヤ人を大量に受け入れようという計画、通称「河豚計画」という極秘プランが存在したことをどれだけの日本人が知ってるだろうか。もしもこの計画が実現していれば世界の歴史は大きく変わっていただろう。もしかしたら太平洋戦争が起きなかったかも知れないのである。あの時、日本はアメリカと戦う必要などなかったのだ。

杉原千畝の発行したビザで、シベリア鉄道経由で多くの難民が満州国とロシアの国境にやってきた。1938年3月、ユダヤ人18名がナチスの迫害下から逃れるため、ソ連〜満州国の国境沿いにある、シベリア鉄道・オトポール駅(現在のザバイカリスク駅)まで避難していた。しかし、彼らは亡命先に到達するために通らなければならない満州国の外交部が入国の許可を渋り、足止めされていた。樋口季一郎中将はこの惨状に見かねて、ユダヤ人に対し、直属の部下であった河村愛三少佐らとともに即日給食と衣類・燃料の配給、そして要救護者への加療を実施、更に膠着状態にあった出国斡旋、満州国内への入植斡旋、上海租界への移動の斡旋等を行ったという。その後も難民はどんどんやってきた。

 彼らは満州や日本を経由して亡命先へと旅だっていったわけだが。もしも満州に居住区を建設し、そこを安住の地にしていればどうだっただろうか。満州国の建国精神「五族共和」にユダヤ人を加えて「六族共和」とし、そこに多くの投資を呼び込めば逆に世界のどの国も満州国に手出しできなくなったのではないか。

日本はドイツと同盟を結んでいたわけだが、そのことで極東地域で何かメリットがあったのか? そんなもの何もないのである。ドイツと同盟を結んでいたからこそ、ABCD包囲網で攻められ、原油の禁輸などの制裁を受けたのである。日本がすべきことは国際連盟を脱退することではなく、国連で却下された人種平等宣言の精神に基づいてヨーロッパでのユダヤ人迫害に対してその非を訴えることではなかったのか。そして武士道の「義」の精神で、その難民を満州国ですべて受け入れて、そこにユダヤ人の国を作ることを認めればよかったのである。

満州国経由で多くのユダヤ人が亡命することを助けた樋口季一郎中将はその後、北部軍管区司令官となり、アッツ島玉砕やキスカ島撤退戦に関わり、占守島の戦いでは8月18日に奇襲攻撃してきたソ連軍と交戦している。占守島の戦いで多くの死者が出たことからスターリンは樋口季一郎を戦犯として東京裁判に引き出すことを要求したが、全米ユダヤ人協会はそれを阻止するためにロビー活動を行ったために樋口季一郎中将は訴追されなかったという。樋口季一郎中将は戦後イスラエル建国功労者として「黄金の碑(ゴールデン・ブック)」に「偉大なる人道主義者 ゼネラル・ヒグチ」と名前が刻印され、その功績が永く顕彰されることになった。また、樋口が終戦前後まで指揮をとっていた部隊内では、捕虜の虐待や戦争犯罪とみなされる事件はただの一件も起きていないという。

 ドイツでユダヤ人への迫害が起きていたとき、世界はそれを面と向かって非難しなかった。収容所で数百万と言われる多くのユダヤ人が殺された最たる原因は世界の無関心である。なぜそのときに日本は人道主義の立場を貫けなかったのか。オレは欧米人の語る「人道主義」なんてものは全く信じていない。アフリカから多くの黒人を奴隷として拉致し、日本の提唱した「人種平等宣言」を否決した連中の語るヒューマニズムなんてものはクソだ。

 もしもこの「河豚計画」というものが実現していれば、世界の歴史は大きく変わっていて今の世の中は全く違ったものとなっていただろう。それは間違いない。世界の覇権を握る国家はアメリカでもロシアでもなく日本だったはずである。核兵器なんてものを必要としない真の世界平和が実現できていたはずである。

 もしもあの時にもっともまともな人間が国家の舵取りを行えば、世界に向かって「義」を訴え、ヒトラーのユダヤ人迫害を強く非難し、アジア・アフリカの植民地の解放を推進する世界のリーダーとして日本という国家が君臨できる可能性があったのだ。その可能性に気づかず、無謀な戦争を指揮して自滅してしまった当時の無能な政治家や軍人どもは戦犯で死刑になって当然だ。ただ、彼らの罪は戦争で無辜の民が多く失われたことではなく、現代でもなお戦争や民族紛争がなくならないことに対する罪である。日本には世界を変えられる可能性があったのだ。


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2014年09月21日(日) 中学校選択制について考える        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan



 橋下市長は進学先の公立中学校を自由に選べるようにして、学校間を競争させようというプランをお持ちらしい。そうすることで、学校間競争を盛んにして学力UPをはかろうということである。確かにすべての中学生が「がんばって勉強したい」「少しでもレベルの高い中学に入りたい」と思っているのならば、そういうやり方はうまくいくかも知れない。しかし、中学生の中にはおよそ勉強とは無縁の世界暮らしているいわゆる「ツッパリ」という生徒たちもいる。そういう生徒に勉強させるのはかなり困難なことである。彼らの中には、勉強して少しでもいい大学に入って就職して・・・という価値観など全く持たない者も多いからだ。

 私立中学・高校の多くは進学実績を売り物にしていて、それを生徒募集の重要なツールとして利用している。東大や京大に何人進学させたかというのは、高校のレベルをはかるモノサシとしてわかりやすい客観的な評価である。一方公立高校は、トップレベルの一部の高校は進学実績を競い合ってるが、大多数の普通の公立高校は「楽しく学園生活を過ごす」ためのパラダイスとなっている。高校受験するときは、自分の目的に合った学校を選んだらいいのだ。

 住む地域によって進学先が決まっている公立中学の場合、学校の個性というのはその中学の立地する地域によって決定されることが多い。金持ちの子弟がたくさん住む地域では当然のことながら教育にきちんとゼニをかけてもらえる生徒が多くなるし、低所得者の居住地域を学区内に含む中学校には、親がヤクザとかアル中で一日中ギャンブルばかりしているという生徒が通ってくることになる。橋下市長はそうした学区制をとっぱらって中学も自由に選べるようにしようとしているのだ。するとどんなことが起きるのだろうか。極端に人気のある中学とそうではない中学に分かれてしまうだろう。貧民街に住む生徒も、なぜか金持ち地域にある学校に行きたがるからである。

 私立なら、制服が違うし宗教が違うし、校風が違う。そこに選択の基準があるわけだが、公立はそこまで極端に個性を打ち出せない。よしんば個性を出そうとしても、考えたら先生方は同じ学校で30年勤めるわけではなく転勤してぐるぐる回っていくわけで、そうなるとある特定のタイプの先生を一校に集めて個性を打ち出すなんてこともできないわけだ。公立高校や中学の転勤のシステムは、教員のレベルを平準化する方向に機能しているわけで、たとえば生徒の進学実績を上げようとして必死で努力していたオレに対して、誰も大学に進学しないような偏差値の低い生徒の集まる学校に「転勤しろ」と辞令を出してくるのである。オレが公立高校を辞めたのはそういう理由だ。

 公立学校の最大の問題点はやはり、あらゆる階層の生徒がそこにいるということなのだ。勉強したい生徒もいればしたくない生徒もいる。そして親のレベルも極端だ。子どもにきちっと勉強させたいと思ってる親もいれば、行事の時にわざと自分の刺青を見せびらかして肩で風を切り、小学生の子どもまで金髪に染めてるような親もいる。給食費を踏み倒し、くだらないことで因縁を付けて教師を土下座させようとするようなモンペたちもいるのだ。公立中学校に選択制を導入するのなら、そういう親や生徒を一校にまとめることはできないものだろうか。髪型も自由、校則もなく、極端な話だが飲酒や喫煙も黙認という中学校を各区に一校ずつ設置するのだ。いわゆる「ヤンキー」と呼ばれるアウトロー中学生たちを一校に隔離して、そういう生徒は全員そこに通ってもらうのである。普通の中学校には普通の中学生だけを通わせてそこを学びのための場所として守り抜き、勉強になじまない生徒はすべて「ヤンキー中学(仮称)」に隔離してしまうのだ。守らないといけないのはヤンキーどもの自由な学園生活ではなくて、まじめに勉強する普通の中学生の生活である。その妨害をする存在であるヤンキーどもを一校に隔離すれば公立中学が抱える多くの問題は一気に解決するだろう。

 中学校で発生するひどいいじめ事件は、ヤンキーどもが普通の中学校でのさばってることから起きるのである。両者はきちんと分離しないといけないのだ。滋賀県の大津で起きたいじめ事件にしても、加害者の連中は明らかにまっとうな中学生じゃないとわかる雰囲気を漂わせている。なぜそういう連中を入れる「ヤンキー中学」が日本にはないのか。オーストラリアでは問題児ばかりを隔離する学校があるという。日本でも学校選択制を導入するならばそのようにすべきなのだ。高校ではある程度学力でふるい分けられるので棲み分けができるのだが。中学ではそうもいかない。だから悲劇が生まれるのである。ヤンキー中学では勉強など最低限のことだけでいい。そこは教育機関ではなくて矯正機関である。まず「まっとうな人間」になれることを目指すのだ。

 こんなプランを示すと多くの人が「そんな学校に誰も行きたがらない」と考えるだろう。それはヤンキーどもの思考回路を理解していないのである。彼らは逆にヤンキー中学に入れることを一つのステイタスと考え、そこを自己実現の場ととらえる可能性が高い。だってそこには筋金入りの不良どもが集まってるのである。自分と同じような極道中学生とどんどん交流できるのだ。それはツッパリたちが変な髪型をして、変な制服を着て自己主張していることを見ればよくわかる。彼らは目立ちたいのである。だったら一番目立つのは、そういうエリートヤンキーを集めた学校に入ってそこで目立つことなんだと思わせればいいのだ。

学校自由選択制について極論を書いてみたが、オレの言いたいことはどうせやるならとことん個性的な学校をそろえて、その中で自由に選ばせろと言うことである。金太郎飴みたいな学校ばかり作っても意味がないのである。

 


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2014年09月18日(木) なぜ芸能人はASKAを擁護するのか?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan


 
 結論から言おう。覚醒剤取締法違反で捕まったASKAを擁護する発言をしたタレントは全員、自分も覚醒剤をやってるか、過去にやっていたか、やってる友人がいるのである。だからおおっぴらに批判しないだけである。だからそういうタレントは全員芸能界から排除すべきなのだ。そうしないと芸能界の薬物汚染はなくならないのである。おそらく大物俳優の中にもたくさん覚醒剤の常習者がいるのだろう。そういう方々の耳に批判的発言が届けば、「あいつを番組から降ろせ」ということになるに違いない。だから芸能界には容認派が多いのである。

 オレは覚醒剤の売人は死刑、使用者は全員強制入院か島流しでいいと思っている。薬が完全に抜けるまで絶対に市民社会に復帰させず、覚醒剤の流通に関わった暴力団員は全員死刑、末端の組員が扱っているだけで組長や幹部全員死刑ということにすればいい。そうすれば暴力団はそんなリスクのあるビジネスから手を引くだろう。末端の組員まで統制できないからである。それだけの法改正でたちまち日本の覚醒剤事情は一変するだろう。もちろん警察官の中にも暴力団とつながってる連中は大勢いるし、もしかしたら押収した薬物の一部は警察官のものにされてるかも知れない。押収したものが消えていたという事件も過去にはあった。

 法律を改正して本気で取り締まればたちまち覚醒剤なんてものは市民社会から一掃できる。赤痢やコレラ、ペストのような法定伝染病と同じできちっと使用者を隔離して病院で治療し、使用者(保菌者)をきちっと管理すればそれだけで封じ込めるのだ。それなのに取り締まらないのは、おそらくその存在は社会にとってなんらかの必要悪とみなされてるのかも知れない。もちろんオレからみればそんなものはとんでもない話である。関係者全員死刑でいいというのがオレのスタンス、極端な話、使用者も全員死刑にしてくれと思っているくらいだ。

 縁切りで有名な京都の安井金比羅宮に行くと、掛けられた絵馬の中に薬物関連のものが目立つ。「彼が覚醒剤をやめてくれますように」「夫がクスリをやめてくれますように」という絵馬が数多く掛けられているのだ。だったら夫や恋人を通報したらいいじゃないかと思うが、家族の場合なかなかそうすることもできないのである。本当の思いやりは警察に通報してやめさせることだと思うのだが、なぜかそれをかばい、DVに耐えている馬鹿が日本には多いのである。身近に覚醒剤を使用してる人がいてもその家族や周辺の人々は「怖いから見て見ぬ振り」というのが日本社会の現状なのだ。尾崎豊の覚醒剤使用を警察に家族が通報したようなことはきわめてレアケースなのだ。だからこそオレはこの芸能界の「ASKA復帰容認発言」が許せないのである。仲間だからと、家族だからと薬物犯をかばう結果、いつまでたっても覚醒剤中毒者は減らないし、逆にどんどん増えていくのである。

今回執行猶予付きの有罪判決になったASKAだが、オレは断言する。「あいつは絶対に再犯する!」 と。薬物犯の考えることはただ一つ、「今度だけは絶対にバレないようにしよう」というそれだけなのだ。ましてASKAほどの重篤な中毒者がそう簡単にクスリをやめられるわけがないのである。だからこそ執行猶予付きの判決ではなくて実刑判決にすべきだったのだ。だって、自分が使用するだけじゃなくて栩内香澄被告にも使ってるじゃないか。どうして他人へも拡散したヤツに執行猶予がつくんだ。10年以上使い続けてきた常習者がどうして執行猶予つきなんだ。ASKAのような筋金入りのシャブ中に対してあっさりと執行猶予判決を出してしまう裁判所は市民感覚から大きくずれているのである。こんなに刑罰が軽いからいつまでも日本からは覚醒剤が撲滅できないのだ。

 大阪の場合、アメリカ村や釜が崎に行けば誰でも比較的容易に覚醒剤が買えるという。最近はどうだか知らないが、以前は堺筋を南下して山王の交差点を過ぎるあたりには歩道に多くの売人が立っていて、クルマで通過する人に指でサインを送ってきていた。オレは人相風体が怪しいのか、乗ってる赤いクルマのせいか、客と間違われて必ずサインを送られたものである。やばいのでいつも絶対に視線を合わせないようにして走りすぎたのである。もしも窓があいていればそこから覚醒剤を投げ込まれて押し売りされるかも知れない。とにかく怖くて必死で通過したのだ。だったら他のルートから帰ればいいのだが、日本橋から帰る近道なのでついついそこを通っていたのである。

 今回の事件でASKAに覚醒剤を流してた暴力団組員も逮捕されている。ただ、本格的にルートが解明されたのではなくて、どうやらその組員はなんらかの理由で人身御供にされたような雰囲気である。おそらく誰も捕まえないわけにはいかないので逮捕されただけだろう。もっと大きなものを守るために犠牲にしたに過ぎない。もちろんその組のトップが逮捕されるようなことはない。

 覚醒剤をやってるヤツは顔を見ればわかる。目がイッてしまってるし、言動が変だし、オレはそいつと10分間話せば見抜く自信がある。だからおそらくASKAの周辺の人々はみんな知っていたはずだ。つまり、すべて共犯者なのである。その意味ではCHAGEも擁護などできない。彼も知っていて隠した一人であるとオレは思ってるから、同様に罰を受けるべきである。交友関係があり、薬物使用疑惑の報道後にASKA本人とやり取りをしていた歌手のNAOMIは、「色々と悪意のある報道がありましたが...全く至って本人は『動じず』です」とブログに書くなど、疑惑を一貫して否定してきた。こういうのは確信犯である。ASKAの嘘を守ろうとしていた共犯者みたいなもので、音楽活動や芸能界から潔く身をひくべきだろう。そもそも対面してASKAがシャブ中であることがわからないなんてありえないのである。

 ASKAを擁護する芸能界はクソだ。そして、その芸能界が作り出すクソみたいな番組がどんどん視聴者に見捨てられていくのは必然だ。信頼を取り戻すには芸能界からシャブ芸人を一掃して暴力団との関わりを断つしかないのである。そんなこと不可能だとオレは思っているが。

 


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2014年09月17日(水) イスラム国のもたらすメッセージ        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan



 イスラム国が建国された。もはやそれは単なるテロ集団とは言えない規模となり、国家の形態をなすようになった。統治機構は整備され、革命の戦士である兵士にはきちんと給与が支払われて住居も提供される。原油を闇市場で売却したりして外貨を稼ぎ、一方で身代金ビジネスにも手を染める。欧米が勝手に引いた国境線などというものを無視して自分たちの国家を作り上げようとしているのだ。

 オレはテロリストを擁護するつもりはないし、その活動自体を支持する気も毛頭ない。しかし、イスラム国の存在を許さないとする欧米の姿勢は果たして正しいのだろうか。そもそも中東やアフリカに勝手に国境線を引いて文化的・歴史的な地域のつながりを無視し、その土地にもともと存在した人々の幸福な日常を破壊したのは西欧の諸国ではないのか。アフリカから大量の黒人を奴隷として強制連行し、その土地の生活や文化を徹底的に破壊し尽くした欧米人はその償いをしたことがあるのか。アメリカもスペインもイギリスも、そうした人道に対する罪に対して何の謝罪もしてないとオレには感じられるのである。

 今ここでイスラム国の存在を認めないということになれば、アメリカとの間に戦争が起きるということになる。アメリカはいずれ地上部隊を投入することになるかも知れない。しかし、そうして勝手に「民主主義」を押しつけたところでその後に平和な社会が訪れるのか?

 イラクはフセイン統治時代の方がずっと平和で住みよい国だった。今は無法地帯となりつつある。アフガニスタンはどうか。タリバンは結局追放できずに勢力を保ってるし、強制排除することもできない。もしも排除しようとしたら一般住民を巻き込んだ大虐殺につながってしまうのである。欧米の論理で勝手に支配者を排除し、そこに自分たちの価値観で「民主化」などというものを持ち込んでもうまくいく国など一つもないのである。かつて植民地支配されていた国でまともになってるのは日本が支配した地域だけだ。欧米は植民地から搾取しかしなかったが、日本はそこを日本のようにしようとした。そこに決定的な差違が生まれているのである。

 イスラム国が独自の価値観に基づいて支配地域を拡大し、一つの国家を建設しようとしているとき、そしてその国がちゃんとした秩序をもって運営されているとき、それを排除することは正しいのか。少なくとも彼らは「自分たちの国を自分たちの手で自分たちらしいやり方で」治めようとしているのではないか。

 もしもイスラム国が教育制度や福祉制度を完備させて、その国民を幸せにできるような政策を導入したとき、またそれが成果を上げたとき、多くの国民が不幸な状態におかれている日本やアメリカにはイスラム国を否定する資格はないのではないか。

 かつて日本は満州国を建国して、そこを「五族共和の精神」で統治された王道楽土にしようした。そのもくろみは敗戦によって砕け散ったが、あの時代に「五族共和」という価値観を持ってそれを実践しようとしたことはすばらしいことではないのか。同じ頃のアメリカはひどい人種差別国家であった。その人種差別の価値観は欧米人にとっては至極当然のことであり、白人は有色人種を劣等民族と見なしていた。日本が国連に提案した「人種平等宣言」は却下されてしまった。日本は人道的に正しいことを提案したのに、それは白人中心の社会の中でいったん否定されたのだ。あの時代、日本だけが世界で正義を実践しようとしてのだとオレは感じるのである。ありえないことだが、アメリカでもなくドイツでもなく、日本が世界の覇者となっていれば世界は今よりもはるかに平和になっていただろう。日本だけが世界に普遍的に通用する「徳」を体現できていたのである。だから日本の植民地であった国々がその後独立を勝ち取って自立していけたのである。

 今の世界で世界に大義を示すことができる国家があるだろうか。ウクライナにはウクライナの論理があり、ロシアにはロシアの事情がある。欧米の各国は結局のところ利害だけで動く。アメリカは自国のシェールガスをヨーロッパに売るために今のウクライナ危機を利用しようとしている。だからこそイスラム国の問題に関して足並みがそろわないのである。

 イスラム国がテロリストの供給源となって、世界のいろんな都市で自爆テロを行うようになった時、世界はどのように対処すればいいのか。テロとは言いながらそれはただの無差別殺人である。しかし、我々はすでに「戦争」という名の無差別殺人を肯定しているではないか。広島・長崎への原爆投下を正当化する国家が、自国の国民に対するテロを否定するのは矛盾していないか。市民に対する無差別虐殺をかつて大統領の命令で行っておきながら、それが自国民に向けられる可能性については何も考えなかったのか。

 かつて日本の指導者たちは、本土決戦になれば爆弾を抱いて戦車に突っ込んで死ねと若者に命令した。それを愛国的行動と呼ぶならば、イスラムの指導者がテロを命じることとどう違うのだろうか。

 オレは戦争でなんか死にたくない卑怯者である。そして日本が9条で戦争放棄する理由は「そんなくだらないことで死ぬのはばかばかしい」でいいと思う。イスラム国の若者たちや戦士たちが「死ぬなんて実に馬鹿馬鹿しい」と思い、日本製のゲーム機に熱狂し、武器を捨ててくれることを願う。どうすればそうなるのだろうか。少なくとも西欧の諸国が力で中東を支配しようとしたことはすでに破綻しているのだ。彼らを屈服させられるのは核兵器を背景にした力の外交ではない。ではどうすればいいのか。オレは報道に接しつつ、そういう途方もないことを考えているのである。

 


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2014年09月15日(月) 東九州道はオシッコが漏れそうです        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 食事中の方は読まないでください


 九州を一周する高速道路がちゃくちゃくと建設中である。そんな田舎に作ってもクルマは走るのか?という疑問はあるが、北海道でもほとんど人のいない地域にもムネオロード、いや高速道路ができたのである。だから九州にも当然高速道路がどんどん完成していくのだ。

 そうして今年度中につながることになった大分―宮崎間の東九州道で、なんとその区間にできる弥生パーキングエリア(PA)=大分県佐伯市=の建設が遅れているために延長150キロにわたって「トイレ無し」区間が発生してしまうという。これは大変なことである。

 オレは年を取ってからトイレが近くなった。高速道路を走るときはトイレ休憩をこまめにとることにしている。幸い名神や中央道、中国道などはほどよい感覚でPAやSAが存在するので休憩できないなどということはない。それこそ大渋滞で次のPAにたどり着けないなんてことが起きない限りは大丈夫だ。今のところ一度オシッコに行くと1時間以上は耐えられるので、PAやSAの間隔も70〜80キロくらいなら平気である。

 しかし、150キロもの間、途中でオシッコができないなどとなるとこれは大変なことである。尿意を感じてから2時間以上我慢するということになるのだ。

 まだオシッコならいい。最悪の場合、クルマを路肩に寄せて・・・道ばたで立ちションという緊急手段もとれないこともない。しかし、ウンコ様ならどうか。激しい下痢に襲われて大爆発しそうな状況が突如やってくればどうすればいいのか。それを我慢したらどうなるのか。もしもクルマの中で大爆発してしまえばそこは阿鼻叫喚の糞尿地獄となってしまうのである。そんなクルマには絶対に乗りたくないのである。

 個人のクルマではなくてこれが路線バスなどならどうか。もちろんバスの中にトイレがあればいいのだが、そうでない場合はPAなどでトイレ休憩をとらないといけない。その休憩が2時間後となるとかなり厳しいのである。

 PAのない欠陥区間をこのまま開通させていいのだろうか。高速道路を造っておきながらその途中にPAがない、つまりトイレがないということは、もしかしたらドライバーにトイレを我慢させるという羞恥プレイを強いているのではないかとオレは勘ぐりたくなるのである。

 オートバックスなどでは携帯トイレが販売されている。子どもが小さいときは旅行の時に万一のために購入して携帯していたが、150キロもの間トイレがないということになれば、大人が使用する目的で準備することが必要になってくる。おそらくその区間の前後のPAやSAで携帯トイレを販売すれば売れるだろう。

 PAやSAの機能はトイレだけではない。運転中に気分が悪くなったり、睡魔に襲われたときには休憩することが必要だ。その施設があることで多くの過労運転や居眠り運転は防がれているのである。ところがそうした施設が150キロもの間存在しないということでは、それだけ過労運転や居眠り運転の可能性も増えるということである。これが一般道路ならコンビニとか道の駅があるからいいのだが、高速道路ではそういうわけにもいかない。またオシッコ休憩で駐停車すればそれだけで大事故の可能性が出てくるのである。このPA・SAなしというのは人命に関わることなのだ。そんな欠陥道路を開通させてしまっていいのか。

 売店や物販施設、そうしたさまざまなものを取りそろえた本格的なPAでなくてもいいのだ。駐車場とトイレしかないような施設でいいから間に設置できないものだろうか。そのための適地が150キロも存在しないなんて考えられないのである。

 このまま欠陥高速道路を開通させるのはとにかく不便だ。なんらかの対策をたててから開通させるべきである。それが「事故のない安全な高速道路」に結びつくのである。どうしても設置がムリなら、ETC限定でいいから道の駅が近くにあるICでの途中下車を可能にするべきだとオレは考えるのである。



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2014年09月11日(木) 阪神はこのまま負けて4位になるべきだ!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 阪神は中日に3連敗した後、巨人にさらに連敗して5連敗ということになった。シーズン終盤のこの時期にこの連敗、もはや優勝争いどころかAクラスも危なくなってきたのである。しかし、オレはそれをよい機会だと思っている。この際阪神は4位に落ちて、屈辱を味わうべきなのだ。そうしないと監督交代ということにはならないのである。

 オレは和田監督の現役時代を高く評価していた。あの暗黒時代の阪神で唯一記録が狙えるのが和田だったからだ。首位打者を狙ってもおかしくない安定した打率でずっと阪神を支えていたのである。しかし、監督としてはどうだったか。中村負広がろくな選手をとってこないということもあるが、采配に関しては?と思うことが多かったのも事実である。

 たとえば昨日、9月10日の対巨人戦で、マートンを1番の打順に据えたのはなかなか思い切った作戦だった。出塁率の高い選手を1番にして、出塁してプレッシャーをかけるという戦術である。菅野相手に甲子園で戦うには、やはりホームランを狙うのではなくて単打で出塁して揺さぶるのがいいとオレは思ったのだ。

 しかし、5番に新井貴浩、6番に福留孝介という打順を見て、その首尾一貫しない方針にオレは唖然とした。どうして新井なんだ。オレははっきり言ってこの広島から来た凡打製造器を全く期待していない。チャンスに力みすぎて内野フライとか三振というのがおきまりのパターンである。ホームランを打つのはいつも勝負が決まってからのどうでもいい打席という全く役立たずの、他チームなら絶対に戦力外レベルである。

 阪神のFA獲得選手でうまくいったのは金本だけである。それも最初の5年間くらいで、あとはただ連続出場記録が足かせとなって、記録のためにチームを犠牲にするという形でデメリットの方が大きかった。新井貴浩などは失敗の最たる例だ。どうしてこんなに打てない選手を獲得したんだろうと広島ファンの方に訊くと、「広島にいるときもこんなもんでしたよ」という答えが返ってきたくらいである。

 3塁に新井を入れて5番の打順にするくらいなら、今成を入れた方がよかった。そうすれば6回の先頭打者ゴメスの3塁打という無死3塁という絶好機に、今成ならスクイズのサインを出すこともできたはずだ。しかし新井は・・・・初球をサードゴロだ。なんなんだこいつは。じゃあ福留はどうか。セカンドゴロだ。あっというまに2アウトだ。全くの無策でこの回は無得点なのだ。そこで1点でもとれていれば、井端のまぐれあたりのホームランで追いつかれただけで好投していた岩田を降板させることもなく、その後に出た投手が打たれて負けるという展開にはならなかっただろう。今季はこのような采配ミスがあまりにも多いのである。

 和田は選手としては悪くはなかったが、勝負師ではない。これははっきりしている。優勝を狙うチームの将としての器には掛ける。オレははっきりそう感じているのである。そこでなんでその選手起用なんだ? という納得できないことが多すぎるのである。

 今季の阪神は強くなんかなかった。勝ったゲームは偶然相手がコケてくれたからであり、強いから勝てたというゲームは少なかった。順位ほどには強くないとオレはずっと思い続けてきた。だからそれなりの戦い方をしないといけないとオレは思っていたのである。福留がたまたまサヨナラ打を打ったからといって信頼してはいけない。一回打っても10回凡退するのである。そんな選手は相手チームとって全然恐れられる相手ではない。

 阪神はとことん墜ちるべきだ。とことん墜ちて、もうファンも球場に応援に来なくなって、こんな球団ダメだと誰もが思うようになって、そこで根本からチームを立て直すべきなのである。OBではない人を監督に据えて、そして今のぬるま湯の状態から脱却すべきなのだ。

 中村負広、あんたにはこの球団を立て直すことはできない。いさぎよく辞表を出して退いてくれ。和田監督も来季の采配を取るのはやめろ。オレはもうその無策ぶりに怒りすら覚えるのである。

 今の阪神を変えることができるのは誰か。誰か答えてくれよ。


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2014年09月10日(水) もはや家を建てる時代ではない        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 高度成長期に政府の推進した持ち家政策は完全に破綻した。もともと持ち家政策というのはサラリーマンの所得を住宅ローンという形で銀行がぶんどる仕組みをサポートするために編み出されたのであり、企業に貸し出すよりもリスクの少ない商品として銀行は積極的に住宅ローンを販売した。しかし、今や「ローンを組んで家を買う」時代ではないのである。家がこんなに余ってるのにどうしてそんなものに大金を払うのか。将来無価値になることがわかってるものをどうして借金までして買うのか。オレはそれが言いたいのだ。

 空き家率は年々上昇してるのに、新築住宅は年間に200万戸以上供給されている。このままいけば、2040年頃には空き家率は5割近くになるだろう。大阪市に隣接していて、天王寺まで準急で10分程度で出られるオレの住む街でもかなり空き家は多い。かなり値下げしないと中古住宅に買い手はつかない。そんな悲惨な状況なのである。

 バブルの頃に1億円以上の豪邸を買った人たちが、高齢になって今度は便利な駅前のマンションに引っ越したいと考えて家を売ろうとしても、駅から遠い郊外の住宅地の家は暴落してるから買い換え資金には足りないのである。

 かつて日本には伝統的な家制度が存在した。都会で暮らす人たちにはたいてい帰るべき実家があった。都会というのは「仮の住まい」であり、そこで働くのは次男や三男で長男はたいてい本家を継いだのである。失業したり離婚してシングルマザーになったりすれば実家に帰ることになり、そこには余ってる部屋があってちゃんと出戻り娘を受け入れてくれたのである。オレの父の実家も和泉市の山奥にある。時代錯誤な純日本建築の立派な家である。建て替えなくてもこのまま300年くらいは大丈夫だろう。しかし、その地域は高齢化が進んでもう限界集落に近づいている。子どもがいないのだ。子どもたちが巣立って老人だけが住む家が残され、その老人たちが死んだらあとは空き家となるだけである。都市に人口が集中する一方で、地方はこうしてどんどん過疎化が進行し、ゴーストタウンとなっていくのである。せっかく高速道路が通って便利になってるのに、少しもその恩恵を受けていないのだ。

少子高齢化で日本の人口はこれからもどんどん減っていく。人口が減るのに大学の定員を増やした結果どうなったか。誰でも入れるFランク大学を大量に生み出し、そこは実質ニート養成所になってしまった。またその高額な学費を利子付きの奨学金で払わせたために多くの借金奴隷の若者を生み出した。Fランク大学がパチンコ屋同様に貧民からの搾取の装置となってる実態を見ても、文部科学省は「大学削減」という方向性を打ち出せないのだろうか。

 安倍首相は海外から低賃金の単純労働者を呼び寄せて、今の人手不足と少子高齢化を同時に解消しようとしている。オレがこの日記でたびたび書いてるような高邁な理想もなく、ただ単に企業の都合のために低賃金の移民労働力を導入すればどうなるのか。帰国せずにそのままとどまった移民たちは今度は社会福祉のお世話になる。生活保護を受けるかも知れない。払ってくれる税金よりも受け取る公共サービスの方がはるかに多いのである。

 こんなに空き家があるのに、なぜ家賃を払って住むのか。いずれ所有者不明の物件を不法占拠する人たちが出現し、その中には怪しい外国人も混じるだろう。他人の家であっても公然と占拠して20年間住み続ければ取得時効が成立するのでいつかは自分の家になる。無住になって放棄されてる物件などそれこそいくらでもある。大阪市内でも、放置されて庭が荒れ放題の豪邸がたくさん存在する。どうすればその空き家を安く手に入れられるのだろうかとオレはその横を通り過ぎるたびに思うのだ。

 もはやわざわざ家を建てる時代ではない。家なんかいくらでも余ってる。それなのに都心にはまだまだ新築マンションがどんどん建てられてる。作りすぎたものはいずれ売れなくなる。オレはそれをじっと横目で見ているのである。誰がこれを買うのだろうかと。


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2014年09月07日(日) おめでとう山本昌        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 2014年9月5日、日本プロ野球界最年長の現役選手、中日ドラゴンズの49歳、山本昌は対阪神戦(ナゴヤドーム)にに先発し、5回無失点で勝利投手となり、1950年に浜崎真二が出した最年長試合出場記録(48歳10か月)と史上最年長勝利投手記録(48歳4か月)を更新した。オレは悔しくてたまらないが、あえて山本昌選手におめでとうと言いたい。そしてその栄誉を称えたい。

 阪神は昔から左の軟投型の投手に弱い。かつてはヤクルトの安田猛、梶間、中日の松本といった天敵たちに苦しめられてきた。そして今はこの山本昌にずっと苦しめられている。阪神ファンにとって、山本昌というのはそれこそ名前も聞きたくないどうしようもないうっとおしい存在なのである。全くもって許せないのである。

 山本昌は一度だけノーヒットノーランを達成しているが、その相手はもちろん阪神タイガースである。2006年9月16日の対阪神戦(ナゴヤドーム)で山本昌はプロ野球史上73人目となるノーヒットノーランを達成、41歳1か月での達成は当然のことながらプロ野球最年長記録である。オレはその日、「こんなジジイにノーヒットノーランされてしまうのか!」と悔しくて涙を流したのである。

 それからも山本昌は現役を続けた。もちろんローテーション入りしてるとは言えず、たまに出てくるような感じになってはいたが、阪神にとっては天敵であり続けた。なぜ山本昌は引退しなかったのか。それはおそらく彼がもっとも多くの勝ち星を挙げた相手である阪神タイガースの存在が大きかっただろう。どんなに衰えても「阪神には通用する!」からこそずっとプロ野球の世界で生き残ってこれたのである。阪神は意地でも山本昌を打ちまくってボコボコにしてやらないといけなかったのである。そうすることで現役引退の引導を渡してやることが阪神に与えられた役割だったはずだ。どうしてそれができなかったのだろうか。どうして阪神の選手たちは山本昌が打てないのか。

 その山本昌ももうさすがに50歳目前である。今季は一度も一軍登板のないままずっと若手に混じっての二軍暮らしだったという。49歳という年齢で若者に混じって二軍で戦うということの大変さを想像してみたい。その二軍でもこれまでの成績は1勝5敗である。2軍でも勝てない投手がどうして一軍戦で通用するのだろうか。通用するのである。阪神に通用するのである。阪神は弱い。どうしようもなく弱い。今季は本来勝てるはずのない試合を相手の凡プレーで拾うことが多く、本来の順位とは違うところにいるので多くの阪神ファンは勘違いしてるが、まぎれもなく今の阪神は「第二期暗黒時代」のまっただ中にいるのである。

 第一期暗黒時代に唯一記録の狙えるまともな選手だった和田豊が監督を務め、暗黒戦士たちがコーチ陣をかためている。そして暗黒時代にずっと監督だったあの中村負広がゼネラルマネージャーとして君臨し、役に立たない選手を集めてくるのである。もうどうしようもないのである。阪神ファンの多くはこの中村負広を心底嫌ってるはずだ。どうしておまえはいつまでも阪神を苦しめるのか。とっとと消えてくれと誰もが思っているのである。

 49歳の山本昌にとって、最年長での勝利という記録達成はかなり困難なことである。二軍でも勝てない彼は「でも阪神には勝てる!」という自信があったのかも知れない。彼の駆使するスクリューボールの前に阪神の打者は凡打を重ね、ついに1点もとれないままに山本昌は5回を抑え、勝利投手の権利を手にしてマウンドを降りた。あとは「マサさんに勝たせたい!」と中日投手陣が踏ん張って完封リレーの結果、6−0で阪神は敗れ去ったのである。

 もしかしたら来季も山本昌は現役を続けるかも知れない。そして、年に一試合しか投げないかも知れない。もちろんその相手は阪神タイガースである。たった一試合でベストのピッチングをするために彼は調整し、そして見事に抑えるかも知れない。そうして毎年山本昌は「年に一度阪神に勝つ」という仕事を果たすために在籍し続けるかも知れないのである。50歳での勝利、51歳での勝利、52歳での勝利というふうに記録は続くかも知れないのだ。

 その昔、「野球狂の詩」という水島新司の漫画の中で「岩田鉄五郎」というよぼよぼのじいさん投手が活躍していた。50代でも現役を続け、へろへろ球を投げるその姿は「こんなこと現実にはあり得ないだろう」という意味で面白かったのである。しかし、実際に50代を目前にした現役選手がいて、しかもちゃんと(阪神には)通用しているということを考えれば、その漫画の中の世界のこともなんだか現実に起きそうな気がしてくる。

 阪神打線は絶対に山本昌に勝たせてはならなかったのである。今季の優勝をあきらめた中日が、引退の花道を飾らせるためにお情けで先発させた山本昌を阪神は意地でも打ち込まないといけなかったのである。なにしろ阪神は優勝争いをしているのである。絶対に勝たないといけないのだ。中日は別にここで勝つ必要などないのである。だから山本昌を出せるのである。

 しかし、阪神は負けた。打って打って打ちまくって「もうあんたの時代はとっくに終わっていたんだぜ!」とボコボコにしてやらないといけなかったのに、5回を散発の5安打0点に抑えられて負けたのである。オレは思った。もしも対戦相手が阪神ではなくて大阪桐蔭高校だったならば、もしかしたら山本昌はたちまちKOされていたかも知れない。昔よく大阪では「阪神はPL学園よりも弱い」ということが言われた。今はきっと「大阪桐蔭よりも弱い」はずである。

 昨年のドラフトで大阪桐蔭の森友哉捕手を阪神は指名しなかった。キャッチャーで4番の打撃が期待できるというのは10年に一度の逸材である。今、プロ野球界には巨人の阿部慎之助しかそういうポジションの選手はいない。しかし、暗黒大魔王の中村負広はなぜか森友哉を指名させず、広島との一位指名重複にも敗れて結局は岩貞というふつうの投手を一位で獲得した。阪神のドラフト1位投手でまともに活躍したのはここ10年では藤浪晋太郎くらいである。他はたいていハズレである。岩貞もドラフト一位らしい働きをしているとは言えない。なぜ働かない選手を集めるのか。それが中村負広の使命だからだ。「チームを弱くしろ!」という秘密指令がオーナーから下されてるのかも知れない。あのイチローが活躍していたオリックスをダメにしたことからでその手腕は誰もが知るのである。

 阪神の今季の戦いは終了した。オレは今ここで終戦を宣言したい。そして山本昌には敵ながらあっぱれと言いたい。どうか来季も、その先もずっと現役でいてくれ。これからおそらくはずっと続くだろう第二期暗黒時代の阪神の天敵として、ずっとオレに悔しさを味あわせてくれ。


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2014年09月04日(木) 世界はウクライナを見捨てました        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan


 ロシアの正規軍が投入され、国境を越えてウクライナ領内に進入してきて、親ロシア派の反政府勢力と一緒になってウクライナ政府軍と交戦している。ロシアがウクライナに対して侵略行為を行ってることはもはや明白だ。しかし、オバマ大統領は相変わらず「口先だけ」だし、安倍首相もロシアとの関係悪化を恐れてか何も言わない。EU諸国もロシアを批判はしても行動は起こさない。ウクライナは世界から見捨てられたのである。

軍事力という力を行使して、国境線を変えるという侵略行為

 第二次大戦の後に確認されたのは、そういうことをやめようという確認ではなかったかそれを行おうとしたドイツや日本は連合国によって完膚無きまでにたたきのめされたのではなかったか。そうして世界秩序は構築されたはずだった。国連はそのために作られたのではなかったか。しかし実際には中国のチベット侵略は行われたし、アメリカはベトナムに介入してベトナム戦争を起こした。

 戦争が起きて誰が苦しむのか。今、ウクライナ東部からは大勢の難民が首都キエフに逃れてくる。もちろんそこで生活ができるわけではない。しかし、自宅周辺が戦場になればそこで一般市民が犠牲になるのは日常だ。親ロシア派の連中やロシア兵が住民に対して略奪行為を行ったり「民族浄化」という名のレイプをしたりすることは容易に想像できる。マレーシア航空機の乗客の遺体から金品を奪い、クレジットカードを盗んで使う連中が、住民の安全を考えてくれるはずがない。もはやその地域は、安全には暮らせない「無法地帯」になっているはずである。

 しかし世界はウクライナを見捨てたのだ。どこも救済などしてくれないのである。ロシアに向かって正面から抗議する「義」を語る国家も政治家もいない。もちろん日本の腰抜け政治家どもには箝口令がしかれているのだろう。「プーチンを刺激するな」というふうに。プーチン批判の言葉を言って言わなくても、北方領土が返ってこないことなど誰もがわかっているのに余計な気遣いをしているのである。

 ウクライナは巨額の借金で破産状態である。ロシアから天然ガスの供給を受けているがその代金も払えない。もしもEU諸国がウクライナを本気で救うということなら、ゼニを出せないといけないのだが、そんな返ってこないゼニをどこも負担したくない。そういうわけでウクライナは見捨てられているのだ。そんなお荷物をヨーロッパの諸国は仲間に入れたくないというのが本音で、ロシアにそのまま併合されてしまえば借金も解消すると思われてるのだろう。ウクライナという国家が消滅してしまえば、もはやその借金も返さなくてもよくなってしまうのである。明治維新に起きた大政奉還後の幕藩体制の崩壊で、幕府や諸藩が莫大な借金を踏み倒せたのと同じ論理である。

 世界はウクライナを見捨てた。これはまぎれもない事実だ。ロシアは軍事力で領土拡大に成功した。これもまたいずれ未来に起きることだ。それを見ていた中国がきっとアジアで同じことをしようとする。それもまた逃れられないことである。

 日本は国際社会でどうあるべきなのか。オレはただ一つのことを主張してもらいたいと思っている。それは「義」である。困ってる人を助けること、それだけを日本は果たせば良い。ロシアの侵略で家を失った人たち、故郷を奪われた人たちを支援することだ。難民となった人たちを日本に受け入れることだ。「戦争のない国で平和に暮らす」権利を彼らに与えられる国として、国際社会にアピールすることだ。

 正義を語ることは空しいことかも知れない。しかしこんな時代であるからこそ、オレは「義」を語りたいのである。ゼニのためにしか行動しない連中がオレは許せないのだ。政治家も企業人も。


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2014年09月02日(火) 「暴れん坊少納言」は面白い!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan



 ブックオフで何気なく本を探していて、オレは「暴れん坊少納言」というコミックを見つけた。ちょっと立ち読みしてみると、なかなか面白い。古典を教える教員として、ぜひとも手に入れたいと思ってオレはその場にあった1〜5巻を迷わず購入したのである。なんと一冊108円だったのだ。

 清少納言はツンデレで竹を割ったような性格の女の子である。和泉式部は色っぽいお姉さんで、中宮定子は面白いことが大好きという姫君だ。そこに傲慢不遜な性格の彰子、その教育係の紫式部が出てきて、定子に飼われている犬の翁丸も出てきて、宮中で大暴れしてもうハチャメチャな内容なのである。一条天皇は、なんだかよくわからないいつもポーッとしてるお兄ちゃんなのである。

 作品中のさまざまな場面は、どれも「枕草子」に関係する描写がある。つまり、「枕草子」を知ってるからこそ楽しめる内容が盛りだくさんなのだが、もちろん知らなくてもそれなりに楽しめるように作られている。娯楽作品としても十分によくできた漫画である。いやはやこんな面白い本があったとは・・・・と驚いているのである。

 古典を好きになるにはどうすればいいのか。そのためには古典の面白さに気がつけばいい。しかし、多くの受験生は古典が苦手で嫌いである。古典の時間は気を失ってる者も多い。その理由にはやはり「授業がつまらない」ということがよくあげられる。確かに文法中心の解釈をする授業は退屈きわまりないだろう。

 そこに描かれているのは生身の人間であり、恋愛もすれば愛憎の感情も持つ。嫉妬もすればいじめもある。そういう現代社会にも通じる人間描写こそが文学の面白さであり、それを理解するためにはどんな形で接してもいいとオレは思うのだ。そういう意味でこの漫画「暴れん坊少納言」は、ぜひとも中学校の図書館に入れてもらいたい作品だと思うのである。「はだしのゲン」を排除しようとする右翼思想の持ち主の方々も、古典文学をテーマにした漫画を排除することはないだろう。

 この作品の中にはさまざまな和歌が引用されている。もちろんそのままではみんな意味がわからないわけで、丁寧に口語訳されている。オレがこの作品を支持したいのはその部分である。和歌を理解しないと平安時代のことを理解することはできない。だからあえて和歌をきちんと使っているのである。「こんな場面にはこんな和歌がいい」という形で当意即妙なやりとりが展開されるのだが、実際にあの時代の男女はそうして和歌をやりとりしたのである。今の若者がメールで愛を語り、LINEで恋人とつながってるように、平安時代の男女は和歌で恋心を伝え、三十一文字に命をかけた。だからこそその珠玉のような恋人たちのメッセージは、今に伝わる恋の和歌として残っているのである。

 もう高校3年とか浪人という受験生にとってはこんな本を読む余裕はないだろう。だからできれば中学生、高校1年生くらいのうちに読むことをオレは勧めたい。そしてできれば「枕草子」の方も読んでもらいたいのである。

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作者の「かかし朝浩」さまのブログ


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