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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2002年06月30日(日)
「失うものは、何もない」

 今日は、応援している高校の最後の練習試合を見に、地元にある同校のグランドに足を運んだ。生憎の天気だったので、出足が鈍ったが、運動がてらの30分ウォーキング。

 試合は、6回まで進んでいた。同点だった。時々雨が降り、楽しみにしていたデジカメ撮影を断念した。

 試合は終盤にお得意(?)の集中打で9点をたたき出し、勝利を飾ることが出来た。次のバッターを信じてつなげた打者一巡。いい試合を見せてもらった。

 さて、試合中、いつもお世話になっている父兄さんに、「このあと、激励会やるんで、残っといてね」と声をかけられた。この学校では、例年抽選会の翌日にシングルで練習試合をしたあと、グランド横にある室内練習場で激励会を行う。

 試合終了後、1時間弱で準備が整い、激励会が始まった。選手や父兄さん、OB、学校関係者というそうそうたるメンバーの中、どさくさにまぎれて潜入。

 父兄さんの司会のもと、激励会は順調に進んでいく。そんな中、一番印象に残ったのは、監督さんの言葉だ。

 ある日、試合に負けたあとミーティングをしたそうで、そのとき話したのが、「失うものは、何もない」ということだったという。

 その試合。私も見ていた。対戦相手は、ほぼ毎年試合するチームだが、見た限り今まで負けたことはなかった。それが、今年はただ負けるどころか、大敗だったのだ。

 どんな試合にも、どんな選手にもいいところはある。そう思い続けた私だが、この試合に関しては、どんなにがんばっても、いいところを見つけることができなかった。勝ち負け以前の問題だった。

 目につくもの、耳に入ってくるもの、その全てにイライラし、うだるような暑さが体にまとわりつくだけだった。

 「野球、なめとんか!」などと野暮なことを言いたくなった。ここで一発怒鳴って、応援生活をジ・エンドにしようかとも思った。

 ああ、あれがどん底だったのか…。
 当時のことを思い起こしてみた。

 「失うものは、何もない」。
 監督さんの明瞭ながら低い声は、私の胃袋の奥に沈み込むように響いた。

 言葉自体は失礼ながら、使い古されありふれたものである。けれど、今日ほど真摯に受け止めたことはない。そのあと、“エラーはいいから、前向きにプレーしよう”と続いた。

 春の大会の敗戦から、このチームを信じられなくなったことは否めない。今でも素直に“甲子園目指してがんばって〜”とはよう言わない。“とにかく、野球をしてください。勝ち負けはそれから”というのが正直な思いだ。

 一時は、嫌悪感すら抱いていたほどだ。先週の試合を見に行きさえしなければ、アンチになっていたかもしれない。

 しかし、ここに来て、その原因が少しわかった。当時のチームは、自分のイヤな部分を写し出す鏡のようだったのだ。自己嫌悪に陥りそうなので、具体的なことは言わない。それに、選手もチームも当時とはちょっと違ってきている。もちろん、いい意味で。

 だから、「失うものは、何もない」という言葉が響いた。今の私も「失うものは、何もない」のかもしれない。

 いや、失くしたくないものはある。家族、友人、恋人…。でも、私自身には何もないと思う。卑屈な意味ではない。ただ何もしていないから。それだけのこと。

 エラーが怖いからと言って、ボールを追わないんじゃ意味がない。ボールは、グラブを差伸べない限り、永遠に捕れない。けれど、下手でも何でもグラブを差し伸べたら捕れるかもしれない。捕れるようになるかもしれない。エラーのことは、エラーしてから考えればいい。

 でも、一歩を踏み出すには、まだほんのちょっと勇気が足りない。仕事のこと、将来のこと、体重のこと…。

 この夏、また選手から教えてもらうことが増えそうだ。


追伸

 このところ、試合を見に行くと、「HP見ているよ」とか「HPやってるんやって」とか声をかけていただくことがある。“嬉し恥ずかし”というのは正直な心境。(でも、ありがとうございます。やっぱり、嬉しいです)

 激励会が終わったあと、父兄さんに声をかけられた。
 「ホームページに、うちの子のことを書いたもらったそうで…。いい記念になります」
 心臓が飛び出そうになった。

 6/23付の日記で取り上げたA君の親御さんだった。お父さんとはよくお話をさせていただくのだが、お母さんとお話させていただく機会にはあまり恵まれなかった。でも、書きたいと思える選手に出会えたことに感謝をしています。



2002年06月29日(土)
ここが見たい、京都大会♪


 私的にすべての野球の中での最大メインイベント“全国高等学校野球選手権京都大会”。その組合せを決める抽選が本日行われました。

 昨年は、“京都大会を予習する”題して、自分なりの展望を書いていましたが、この1年で自分は自分が思う以上に京都の高校野球を知らないことに気付き、恐ろしくなり、今年はやりません。

 相互リンクさせていただいています“ベースボール倶楽部”さんで特集がされているので、展望等はそちらでご覧いただければ(勝手に勧めていいのかな?)と思います。(当HPのリンク集からどうぞ)

 トーナメント大会、何が面白いって、やはり初戦ですよ。今年の京都は、初陣・京都明徳高校も加わり77校になりましたが、いろんな特徴と事情を抱えたチームが同じ舞台で闘うのです。こんな楽しいことはないです。また、初戦は、強豪校が躓いたり、思わぬ学校が勢いをつけて活躍するきっかけにもなるので、目が離せません。

 というわけで、今日は京都大会初戦の組合せを日付順に紹介すると共に、私の観戦スケジュールを公開させていただきます。


7/13 開幕日 長野から友人が来るので、共に観戦。晴れろ!

西京極
11:00?〜 開会式 選手宣誓・山城高校・正木主将
第一試合 西宇治ー城南
(ご近所さん対決)
第二試合 大谷ー農芸
(近畿大会準V校、早速登場。友人もここの名前は知っているので、ホッ)

7/14 まず間違いなく、舞鶴に行きます。

西京極
第一試合 八幡ー紫野
(八幡、昨年の無念を晴らせるか?) 
第二試合 久美浜ー京都韓国学園
(すごくコアなカード、体が2つあれば見に行きたい)
第三試合 洛星ー園部

太陽が丘
9:00〜開場式
第一試合 綾部ー南京都
第二試合 北稜ー海洋
第三試合 京都両洋ー南陽
(両洋・古川選手の守備と南陽・藤本投手の投球に注目。体が3つあれば…)

舞鶴
9:00〜 開場式
第一試合 須知ー洛陽工業
(昨夏を経験した洛陽工の戦いぶりが気になるところ)
第二試合 西城陽ー洛西
(洛西・佐伯投手の投球に注目)
第三試合 北嵯峨ー洛水
(試合巧者・北嵯峨の戦いぶりと洛水バッテリーに注目、やっと見れる(と思う))

7/15 宵宵山 とりあえず、昼からぶらっと太陽が丘

西京極
第一試合 莵道ー北桑田
第二試合 西京商業ー加悦谷
第三試合 西乙訓ー京都学園
(去年は、西乙訓の2年生投手に苦戦したな、今年はエースかな?)

太陽が丘
第一試合 伏見工業ー鴨沂
第二試合 山城ー西宇治・城南の勝者
第三試合 京都明徳ー塔南
(明徳の初陣を見守ろう)

舞鶴
第一試合 亀岡ー木津
第二試合 立命館宇治ー府立商業
第三試合 舞鶴高専ー花園

7/16 宵山 ことと場合によっては、朝から西京極にべったり。

西京極 
第一試合 東舞鶴ー京都両洋・南陽の勝者
第二試合 洛東ー堀川
第三試合 須知・洛陽工の勝者ー洛北

太陽が丘
第一試合 同志社国際ー京都共栄
第二試合 大谷・農芸の勝者ー西舞鶴
第三試合 北稜・海洋の勝者ー網野

舞鶴
第一試合 日吉ヶ丘ー綾部・南京都の勝者
第二試合 京都翔英ー府立工業
第三試合 朱雀ー宮津

7/17 鉾巡行 どこに行くか?そんな野暮なこと言わんでも…ねぇ?

西京極 
第一試合 東山ー西城陽・洛西の勝者
第二試合 向陽ー京都成章
(精神的な余裕があれば、成章の好投手を謁見)
第三試合 北嵯峨・洛水の勝者ー教大付

太陽が丘
第一試合 峰山ー嵯峨野
(2年前見た1年生投手、今はチームの大黒柱らしい。←峰山)
第二試合 田辺ー城陽
第三試合 伏見工業ー鴨沂の勝者ー立命館

舞鶴 
第一試合 大江ー京都外大西
(夏に強い外大西、こわいなあ)
第二試合 桃山ー同志社
第三試合 福知山ー八幡・紫野の勝者
(昨年、執念の守りにしびれた福知山。今年もその守備力は健在か?)

7/18 泣いても、笑っても舞鶴球場

西京極
第一試合 鳥羽ー久御山
第二試合以降は3回戦

太陽が丘 
第一試合 福知山成美ー南丹
第二試合 久美浜・京都韓国学園の勝者ー南八幡
第三試合 桂ー洛星・園部の勝者

舞鶴 
第一試合 東宇治ー平安
(秋の再戦。東宇治・伊藤投手のふんばりが試合を鍵を握る?)
第二試合 莵道・北桑田の勝者ー東稜
第三試合から3回戦

 ()のコメントは極力控えました。()のないところ。ここにも、未知なる感動や新たな魅力と出会える可能性が秘められています。事前に情報や知識があるのもより試合をより楽しむために必要ではありますが、白紙のキャンパスに絵を書くような楽しみ方も面白いと思います。私自身、気分が変わって、白紙のキャンパスへ向かうかもしれません。

 追伸:会社を辞めて明日で1年です。昨年は何とも思っていませんでしたが、入場料、高いです。チケット屋で550円あたりで売ってくれませんかねえ(苦笑)。 



2002年06月28日(金)
天才


 2,3日前から、肘が炎症を起こしているらしく、痛くて肘をついていられなくなった。母から、「あんた、右肘が別物やで」と言われた。触るとすごく熱い。

 というわけで、菌が体内に回る前に処置しようと、病院へ行った。予約なしで行ったため、ものすごく待たされた。

 やっと治療かと思いきや、原因を特定するために、肘に注射をしたいと言う。“ひえ〜、止めてくれや〜”と思ったが、口に出すことは出来ず…。

 顔立ちのきれいな女医さんは、“はい注射行きます〜”の“行きま”くらいで、私の肘にぶすっと針を差し込んだ。痛いと感じるヒマもなかった。さすが医者や。

 総所要時間4時間の末、出た結論は、「よくわからないけど、ま、治るでしょう。炎症を抑える薬出しておきます」。そんないい加減な…。


 病院内にいる時間の大半が待ち時間。そんな中、私はずっと本を読んでいた。ちょっと前に出た「松本裁判」(ロッキングオン社)。これにすっかりはまってしまい、待ち時間をそれほど長く感じなかった。

 松本人志という人は、やっぱり天才なんやなあと思った。書いてあることに対して、「あ、わかる、わかる」なんて厚かましくて思えないが、「ああ、こういう人はこんな考え方をしているんやなあ」、それがわかっただけでも、読んでよかったなあと思う。

 家に帰って、ネットで彼の他作品を一気に注文した。手に入り次第、どっぷりと松本ワールド(?)に浸りたいと思う。

 歳を重ねるにつれ、「天才」と呼ばれる人間への憧憬が増すばかりだ。昔なら、「天才は、天才の苦しみがあるよて、凡人の方がいいわ」と思っていたが、年々、それは、自分がそう思いこもうとしていたことを痛感させられる。

 「天才」を辞書で引いて見ると、“生まれつき備わっている、並はずれてすぐれた知的才能・創造的才能。また、それを持っている人”(「旺文社国語辞典」より)と出ているが、私的には“天から授かった才能”と解釈している。自画自賛するわけではないが、いい響きだし、彼らにはそれが似合うと思うのだ。

 私の野球界での“天才”のイメージは、最近では、イチロー(イチローは天才ではないという世論もあるけど)とか松井(秀)とか松坂あたりにある…そうそう、あと新庄とか(笑)。

 プロ野球選手になるような人たちは、ケタはずれた野球の才能を持っているはず。高い能力を兼ね備えている選手も少なくない。でも、それと“天才”とはちょっと違うように思う。

 じゃあ、お前はイチローや松井(秀)や松坂や新庄のファンなのかと聞かれればば、答えは「NO」。

 天才という人種は、好き嫌いとは別の次元にあると私は思っている。あなたたちは、ただ自分の思うような野球をしていてくれればいい。それを見るだけで充分だと思う。

 今の私に出来ることは、そんな“天才”たちを目の当たりにし、ただ感嘆にくれることくらい。

 だから、今度生まれ変わるときは、何かの“天才”でありたい。しみじみそう思うのだ。



2002年06月27日(木)
泉くんに願いを♪


 こんばんわ。久しぶりに仕事が入ったにもかかわらず、いきなり寝過ごすという失態をやらかしたあるこです。この3ヶ月弱で、私は自分が思う以上に人として堕落しているようです。どうしましょう…。


 それはさておき、私は「自分には野球しかない」と言ってのけ、実際ほんまに野球しかないような選手が好きだ。

 ずっと嫌いの部類に属していた巨人・清原選手に関しても、某番組で彼の口から「自分には野球しかないと思った」という言葉が出たとき、それまでの嫌悪感が溶解した。

 残念ながら、最近の風潮は「野球バカになるな」なので、そういう選手はだんだん減ってきている。いや、表に出ないだけで実際にはいるのかもしれないが、それでも確実に数は減ってきている。

 勉強や常識や秩序の正しさや…。今、野球選手には野球以外のいろんなことが求められている。

 たとえば、「テストで赤点を取ったら練習させない」というチームも少なくないようだが、その子個人の能力が許す限り精一杯やっても、赤点を出してしまうような子はどうなるんだろうと思うことがある。

 ライターの武田薫さんという方の言葉なのですが、「文武は両道ではなく、平等であるべきだ」。私はこの言葉がすごく好きだ。

 そんな中、久しぶりに出会った「自分には野球しかない」選手。宇都宮学園・泉投手だ。

 2年前の夏、実質的なエースとして、甲子園に登場。2回戦で負けてしまったが、将来を楽しみにされていた注目の好投手だった。

 ところが、秋の大会に2試合出たきり、高校野球界の表舞台から消えてしまった。

 いろいろあったらしい。ネットで飛び交った悪い噂もあながち嘘ではないとか。本人も雑誌のインタビューでかなり正直に告白している。

 しかし、紆余曲折があったものの、結局、今は野球をがんばっている。そんな彼がグランドに戻ってきた理由が「自分には野球しかない」というものだ。

 確かに、そんな感じがする。やんちゃそうだし(笑)、成績がいいとか、他に取り柄があるという話は聞かない。

 チームメートや野球部および学校の関係者の寛大さには感心するが、それをもさせてしまうのは彼の素質というかカリスマ性とも考えられるかも。

 人の受け売りで恐縮なのだが、彼には野球で幸福になって欲しい。勉強の出来る子は、それで幸せになればいい。でも、おそらく彼が幸せになる方法は野球しかないような気がする。

 野球で幸せになる。それは、甲子園かもしれないし、日本のプロ野球かもしれないし、メジャーリーグかもしれないし、オリンピックかもしれないし、はたまた私の頭では考えつかないような場所にあるかもしれない。

 いわゆるアウトロー系の選手。若干10代にして、人生のレールから脱線することもアリと知っている選手。

 それでも、夢は叶うんだ。それを証明して欲しい。

 私も今、人生のレールから脱線し始めている。「うわー、もう止まらへんわ〜」という諦めと「これからどうなるの?」とう不安はが交互に訪れる。そんな私に、「まだ間に合うよ」と言って欲しい。

 出来れば、日本のプロ球界で暴れて欲しい気もするが、今の球界体制やファンを思うと彼がつぶされそうな気がする。メジャーの方がいいかもしれない。通用するにしろ、しないにしろ。

 2年前より一回りも二回りもデカなった彼の体には、野球の可能性が一杯つまっている。




2002年06月26日(水)
願いごとの逆説

 私には応援している高校がある。

 どんなに強いチームでも、そうでないチームでも、「出来れば甲子園に行って欲しい」と思う。

 でも、今年はちょっと違うのだ。


 昔、学校の七夕の短冊作りをした。私は体育が嫌いだったので、「体育の日は雨になりますように」と書いた。

 すると、それを見たクラスの男子が、「じゃあ、俺は体育の日は晴れますようにって書こ。そういうことになるやん。せやから、そんな自分勝手なこと書くな」と茶々を入れてきた。

 そのとき、ふいに思った。神様はどっちの願いを叶えるのだろう。私の願いを叶えれば彼の願いは叶わなく、彼の願いが叶えば私の願いは叶わない…。神様もそこまで面倒みきれんやろ、正直。

 そのとき、願いごとをすることがちょっと残酷な行為に思えた。私の願いが叶ったら、誰かの願いが叶わなくなる。長い人生、トータルで考えたら平等なのかもしれない。でも、それも正直よくわかわらない。

 願いごとは、自分の希望や目標の確認作業。最近は、そう思うようになってきた。

 私が応援している学校の甲子園出場を願うことは、イコール残り76校の夢が破れることを願っていることになる。

 私の応援している学校の選手たちががんばっているように、彼らもがんばっている。それ以下の子も、それ以上の子も、同じくらいがんばっている子も…いろいろいる。

 彼らの夢が破れることを願うことに、ちょっと胸が痛む。いや、長い人生、甲子園だけが全てではない。でも、今を生きる彼らにとっては、全てであるかもしれない。

 自分の思い入れという名の垣根を取っ払ってしまえば、みんな大好きな野球をがんばるかわいい選手たち。私はありのままの結果を受け止め、その範疇で野球を慈しむしかない。

 怪我がないようにと言うけれど、誰も怪我したくてしているわけではないし、悔いの残らないようにというけれど、誰も残したくて悔いが残るわけじゃない。

 屁理屈言って、ごめんなさい。
 でも、この時期、どうしても考えてしまう。

 選手にはどういう言葉が心地いいのか。
 私は、そんな彼らの繰り広げる野球とどう関わっていけばいいのか。
 答えなんてないかもしれない。
 でも、探し続ける。

 



2002年06月25日(火)
あるこのライブin京都 “この女、無職につき。”(くだらないので、飛ばしましょう)


 こんばんわ。今日は指向を変えて、ライブをお届けしたいと思います。

 夜も深くなってきました。よい子のみんなやシャレや冗談のわからない方は、今日はここまで。苦情は一切受け付けませんので、また明日お会いしましょう。あと、ご機嫌ナナメな千葉ロッテファンの方のこれ以上立ちいられることをオススメしません。


“というわけで、お集まりのみなさん、こんばんわ。あるこです。
 今日はお忙しいところ、誠にありがとうございました。
 みなさん、ご存じの通り、私はただいま就職活動中です。
 足かけ3ヶ月、アタックした会社(店)の数は13。
 そして、玉砕した数も13です。(笑)
 そんな私は、昨日から今日にかけてこの思いを詩に託して、歌にしてみました。 気づくと明朝4時半。睡眠時間2時間半。頭の中はグロッキーです。
 でも、明らかにこんなことしている場合ではないのです。
 そんな私が作った歌を聴いてください。…“ムショクの唄””
(ここらで、ポロロンというギターの音が欲しいところ)


 M・U・S・Y・O・K・U  無職!

 履歴書の清書 最後で 「あっ、間違えた!」
 会社はそこまで見てへんて
 思えど やっぱり 書き直し

 Word Excel 出来る方
 25歳までの方 
 実務経験2年以上  もう聞き飽きた

 金なし 職なし あるのは皮下脂肪だけ

 M・U・S・Y・O・K・U  無職!
 今日は失業 明日は求職
 Wow Wow 不景気 Yeah Yeah 就職難
 会社が憎い こんな社会に誰がした
 されど 一番憎いは無能な自分だったり

 履歴書詐称はほどほどに hey!

 (セリフ)

 “なんや、姉ちゃん、仕事してへんのか? 
 え、やめとき、やめとき。今は、どこも不景気や。
 それより、彼氏いいひんの、彼氏。
 永久就職があるやんか”


 先月の失業率 5.6%です
 ブラウン管の向こうには
 淡いスーツの中堅女子アナ

 彼女がもし 学生時代の
 クラスメイトだったりしたら
 ごっつブルーになるやろな   な〜んてね フフ

 金なし 職なし あるのは皮下脂肪だけ
 
 M・U・S・Y・O・K・U  無職!
 やりたいことではなく できること
 Wow Wow 内定  Yeah Yeah 雇用促進
 私を拾う神は どこにいる?
 若くもないし 油の乗り切った歳でもないし
 何より 中途半端は やる気なさだったり

 父さん 母さん ごめんなさい hey!

 (セリフ)

 ピピピピ(携帯の着信音)
 “もしもし?私。給料日やし、飲みに行こうや”
 “う、うん。で、でも、その…”
 “何言ってんの。私と自分の仲やで。おごるやんか”
 “行く、行くぅ〜♪”

 
 求人広告を 意味なく 3000分割する
 新聞紙の上 哀れな姿に
 会社をギャフンと 言わせたつもり

 勉強しとけばよかったな
 資格があれば
 ちょっと歳くってしまったか  もう後の祭り

 金なし 職なし あるのは皮下脂肪だけ
 
 M・U・S・Y・O・K・U  無職!
 失業保険も もう尽きた
 Wow Wow 不景気 Yeah Yeah 就職難
 面接の交通費がもったいない
 採用しない それならば
 せめて アシ代だけは “返しさらせってんだぁー!!!”

 (ラップ調の早口で言っていただけると嬉しい)
 時給820円 経験者優遇します 土日入れる方 昇給随時 履歴書(写真貼) 持参 研修期間100H 未経験者歓迎 完全週休2日制…ah!

 日本の明日を笑え 自分を笑え
 千葉ロッテの連敗記録に 追いつけ 追い越せ 
 なぁに 死にゃしないさ  絶対…いや、多分 

 M・U・S・Y・O・K・U  無職!

 “もういっちょ!”

 M・U・S・Y・O・K・U  無職!

 
“どうもありがとうございました”


 「ムショクの唄」
 作詞:わたし 作曲:あなた

 各レコード会社様からの著作権交渉は、メールにて受け付けます(笑)。

 



2002年06月24日(月)
そこには、何者でもない私がいるだけで。(暑苦しい話です。飛ばしましょう)


 最近の私は感情起伏が激しいと思う。やたら感動したり、くだらんことで家族に怒鳴り散らしたり、意味なく絶望してみたり、全く忙しい。

 今日は、ドラマ「空から降る一億の星」を(今日だけ)見て泣き(キムタクも深津絵里も死ぬんじゃな〜い!!)、やらせバラエティーと名高い「あいのり」を見て泣いた(芳ちゃ〜ん!)。
 
 このちょっと前には、女子大生刺殺事件のニュースを見ていた。彼女を知る人が「将来の夢とかに向かって一生懸命がんばっていた子なのに…」と涙ぐんでいた。そんな彼女が死んでしまって、私が生きているのはなんだか申し訳ない。ただ無言で、求人広告を破ってた。

 さらに前は、年金暮らししてる叔母に「ええよなあ、何もせんと金が入ってきて」と毒気ついていた。

 その前は、「ちちんぷいぷいぷい」(関西ローカルのテレビ番組)を見ながらアホみたいに笑っていた。


 私のやりたいことって何だろう。

 少なくとも仕事ではないような気がする。でも、仕事をしないと食べていけない。パトロン募集中〜!なんてアホなこと言っても誰も相手にしてくれないだろうし(苦笑)。

 ドラマを見る、文章を読む。

 感動するその度に、このままではいけないという思いに駆られる。いや、これを教訓に強く生きようとかそういうんじゃなくて、“私も何か作らねば”と思うのだ。「誰もお前に求めてへんから、アホちゃうか」とも思うのだが、何故かそう思わずにはいわれない。

 自分の存在にキラリと光るものはない。だから、せめて人が発信しているキラリと光るものを別の誰かに伝えたい。ともすれば見過ごしてしまいがちな、そして本人ですらわからないようなささやかサインをも見逃さないでいたい。

 自分の感性に自信があるとは思わない。自分が魅力を感じたことでも、人にとっては何とも思わないということが多々ある。

 それでも、私は自分が見つけた誰かのキラリを人に伝えたい。きれいごとかもしれないけれど、たった1人でいいから、それを受け止めてくれる人がいればそれでいい。

 人のことについて書く、それが私の自己表現の方法なのかもしれない。

 音楽、写真、絵、オブジェ、料理…様々な自己表現方法が世の中にはある。その中で私は文章を選んだ。正直、それが何故なのかはわからない。


 プロになりたいの? それとも趣味なん?

 こないだそういうことを友人に訊かれた。もういい年なんだから、ちゃんとしなさいということなんだろう。

 確かに、今の私はどっちつかずだ。元々はプロになりたかった。だから、この野球日記を始めた。でも、実際(野球)日記を書き始め、様々の情報を知り、私には足りない物が多すぎることに気づいた。

 コネやツテがない。野球の基本知識がない。取材をするときには欠かせない積極性が足りない。休みが不規則になることによって、自分の時間がなくなることへの覚悟が出来ない。出版関係の仕事など、採用されるわけないと端から諦めてしまっている。

 本当にプロになりたい人は、一生懸命作品を書き続けるだろうし、自分を売り込むだろし、一度や二度は出版関係の仕事を求めて会社を訪れれていることだろう。

 ところが、私にはその経験が一度もない。やはり、この夢はただの夢だったようだ。そう思えたのは、昨年末くらいだった。当初は、まだお金にも余裕があった。

 かと言って、野球は趣味の一貫という割り切り方も出来ないようで。今でも、「もうすぐ夏に大会やしなあ、下手に仕事決まったら、試合見に行かれへんのやろな」などと考えている。

 また、雑誌や記事を見て、「あ、それ私も書きたかったのに!」と妙に悔しくなったり、いい文章を見ると感動すると同時に、自分との実力差に愕然としてしまうのだ。妙な負けず嫌い魂が姿をちらつかせる。

 だから、野球や野球を書くことは究極の趣味だと決めていたのに、今になって「ほんまにいいの?」という思いがふつふつと沸いてきている。前述した友人の質問にも答えられなかった。

 お金がないからかもしれない、仕事がないからかもしれない。

 私はいつだってそうだ。仕事がイヤになったら、「やっぱり好きなことをしたいかから、プロになりたいなあ」と思い、いざ書き始めたてうまくいかないと「やっぱり好きなことを仕事にしたらあかんやんなあ」と思い直す。

 なんじゃ、そら。

 そんな私が今取っている手段は、「運を天に任せる」だ。聞こえがいいが、ものすごく受動的。縁があれば、プロになるし、なければそれまでだ。でも、今この1歩も動かない現状に正直すごく焦りを感じている。

 同じように野球日記を書いている友人たちは、「スポーツライターになりたい」と明言している。私の目指すものはスポーツライターというより、エッセイストに近いものだが、それでも、私は彼らのように断言はできない。

 彼らは、自分たちにとって大事な人に、ライターを目指すにおいて大きな影響を与える言葉を投げかけられている。そのことを聞いたとき、サクセスストーリーを先行して見せてもらったような気分になった。

 かくいう、私はどうだろう。実は、こんな私に相方が投げかけた言葉はこうだった。

 「自分は書いてたらええやん。それしかなさそうやし。成功とか失敗とかそんなんやなくて、自分ワールドを炸裂させといたらええやん」

 …なんかちょっと無責任な発言だ。


 これから進む道、早く白黒をつけなきゃいけない。でも、気持ちとは裏腹に、そこにいるのは何者でもないただの自分。

 一体何をどうすればいいのか。今後はもっと具体的に考えたい。

(というわけで、私の友人、知人と自認されてる方には、相談の魔の手が及ぶ可能性があります。真剣なので、何かアドバイスをくださいね)



2002年06月23日(日)
A君の好投


 高校の練習試合を見に行った。

 山の中腹にある高校のグランドは広く、空気がおいしかった。外野席から見る野球もまたオツってなもので。誰がどこにいるのかほとんどわからなかったけど、あのユニフォームを着ている選手がフィールドを駆け回っているのなら、それでいいや。

 このところ、見に行く試合、見に行く試合で負け続けていた。今日も正直期待していなかった。でも、ここにきて、2試合とも快勝。大きなエラーもなかったし、打線は基本に忠実なつなげるチームバッティング。こんな痛快な勝ち方を見たのは、いつ以来だろう。その間隔の広さにちょっと驚く。

 試合終了後、スコアをじっと眺めていると、こみ上げてくるものがあった。

 そんな中でも、一番感激したのは、第二試合に登板したA君の好投だ。大量14点のリードに守られての完封(5回コールド)。それでも、昔のA君を見ている私としては、ハラハラした。

 A君は、現在3年生。初めて彼の登板を見たのは、2年前の夏、彼が1年生のときだ。試合は13−7の大量リードでの登板。これなら安心して投げれるだろうと思いきや、先頭打者のストレートの四球を与えた後、痛打を浴び続け、味方のエラーも相まって、たちどころに追いつかれ、逆転されてしまった。当時私はスコアをつけていたのだが、彼の登板したところだけは、かわいそうなくらい赤く染まっている。

 いつの日か、彼が完封するところを見て届けてやる。
 今日のこと、しっかり覚えておこう。

 何故かわからないけれど、そう思った。

 それから、彼の登板を2回見た。でも、2回が2回とも同じようなパーターンで降板した。結果が出なかった。11月の練習試合を最後に彼の姿を見ることはなかった。

 あんな洗礼浴び続けたんだもの、辞めてしまったかもな。見たところ、そんなに気が強そうには見えないし…。

 冬が明けた。春一番の練習試合を見に行ったとき、大勢の控え選手たちが目の前を駆けて行った。その後方に彼の姿があった。よかった、辞めてへんかったんや。

 春季大会後、外野席で観戦する2年生の父兄さんがいた。お父さんたちはおそろいの帽子をかぶっている。そこで、彼のお父さんを見つけた。

 挨拶程度が出来るようになったときにふと訊いてみた。「息子さん、がんばってはりますか?」。お父さんは、「思う通りいかへんで苦しんでいるみたいやわ。家帰ってきたら、犬に八つ当たりするときもあって、犬もブルブル震えてんねん。…せやけどな、これも自分で越えていかなあかんもんやからね」と答えてくてた。

 A君は諦めていないんだ。そう思った。

 再びマウンドに登るA君を見たのは、この年の秋のことだ。約1年ぶり。2年生になった彼は、前の年のように打ち込まれることはなくなっていた。でも、四球を連発し、ピンチを招くことが多くなり、お世辞でも成長したとは言い難かった。

 チームメイトの父兄さんで彼を良く知る方が、「上がり症なんかなあ?なんか特効薬でも飲ませてやってほしいわあ」と話してくれた。

 でも、彼のいいところも発見した。それはフィールディング。四死球や痛打でよれよれになっていても、無死一二塁のバントでセカンドランナーをサードで刺してみたり、意表をついた牽制をしてみたり…。
 
 登板のたびに四球を連発するようなピッチャーが、実に的確にそれをやってのけるのだ。まったく不思議なピッチャーだ。結果がなかなか出ずとも、使いたくなる指導者の気持ち、わからなくはない。いい意味で、ピッチャーしかできない子なのかもしれない。

 また、冬を越した。
 
 春、今まで以上に登板のチャンスに恵まれるようになった。どうにか0点で抑えることが出来るようにはなっていたが、まだ投球が不安定で首脳陣の信頼を得るには足りない。

 A君もここでおしまいかな。不覚にもそんな思いが脳裏をよぎった。

 ところが、今日、投げていたA君は別人だった。スコアをつけなくなったので、よくは判らないが、私がわかる限りでは四死球はない。ヒットは2,3本打たれたがいずれも単打。野手のチームメイトもよくがんばり、またベンチも彼の名前を呼んで声援を送っていた。

 ときどき、過去の名残を思わせるクソボールもあるが、それもご愛敬。トータルすると、丁寧に打たせて取る投球をしているようだ。

 側で観戦していた父兄さんが、彼の好投はまぐれでもなんでもないことを教えてくれた。前の登板では強豪校相手に1失点完投したのだという。

 息子が打ち込まれても、試合に出れなくても、熱心にグランドや球場に足を運んでおられたお父さんは、車で買いだしに行き、暖かい飲み物を私たちに差し入れしてくださった。せっかく息子さんがいいとこ見せているのに、見てなくてもいいのかなあと思ったりしたが、こういう形もまた親心?

 A君はまだ公式戦の登板がない。
 最後の夏に向かって、今ラストスパートの真っ最中だ。

 そうそう、もし彼が公式戦に登板したら、名前のアルファベット表記を外ししょうか?

 Aくん、それでもいいかな?




2002年06月22日(土)
“れんさはんのう”


 縁あって、少年野球の練習というものを見ることが出来た。意外に思われるかもしれないが、実は初めての経験だ。

 今日は、友人のナビつきで、某高校のグランド訪問をしたのだが、野球部員の姿がないうえ、立地条件からものすごく撮影のしにくい場所で苦戦した。

 そんな私に友人が、側にある公園からの撮影を勧めてくれたので、無事撮影することが出来た。ぬけるような青空に風が心地いい。私たちはたわいもないことを話ながら、しばらくそこで佇んでいた。

 すると、後方から打球音や歓声が聞こえる。

 …野球?

 私は、瞬間的に姿勢を正して、音のする方を見た。数メーター後方にグランドがあり、ユニフォーム姿が見えた。

 野球部はここで練習しているの?

 しかし、ちょっと様子が違う。よくよく見てみると、少年野球のようだ。私は友人に言って、側まで行ってみることにした。

 公園のちょっと奥まった場所で、2つの少年野球チームが練習をしていた。ユニフォーム姿の大人の大きさがすごく目立つ。それだけ、小さい子が多い。

 目の前をうろつかれたら蹴飛ばしてしまいそうなほど小さな子供が、ダブダブのユニフォームを着て、ちょこまかしている。手にしているバットが重たそうだ。

 かわいい〜♪

 私は一旦カバンにしまったデジカメを再び取り出し、いそいそと撮影を始めた。野球場や高校のグランドよりはるかに距離が近い。いい絵が撮れるかも?そんな目論見も否定出来ないのだけれど。

 私は子供が嫌いなのだけど、野球をやっている子供ってなんであんなにかわいのかなあと思う。1人くらいお持ち帰りしたくなる(あかんで、そんなんしたら〜)。

 また、目線を移すと、彼らの倍はあるんじゃないかという子が同じユニフォームを来て、トスバッティングに励んでいた。小学6年生くらいだろうか。子供の成長なんて、あっという間なんだろうな。

 高校野球での選手撮影はちょっと気がひけるけど、少年野球のそれは不思議と平気だった。私の年齢なら、子供によっちゃ“お母さん”だ。端から見てても、「熱心なお母さんだこと」で済んでしまうだろう。

 いいね、少年野球。早くも味をしめたかもしれない…。

 すると、友人が「54番の子、撮って〜」とねだってきた。彼女、野球には興味ない。私が練習を見始めたころは、退屈そうに木にもたれかかって、「好きやのう」と言った目線で私を見ていたのだ。そんな彼女ですら、知らぬ間にのめり込んでしまったのだ。

 54番の子は、私も気にかけていた子だった。小さな子供がそろいにそろっている中でもまだ小さく、コーチとかも指導するというよりあやす感じでその子に接していた。

 その日の練習は試合形式のようだった。ピッチャーは小さいながらダイナミックなフォーム。高校生くらいなら“威力があって怖そう”となるのだが、これくらいだと背伸びしている子供。意地らしくて、かわいい。

 また、ランナーがたまると、サードの子がマウンドに駆け寄って、ピッチャーの子に一言言って、お尻をポンと叩いていった。高校生くらいなら当たり前に近い行為。でも、これもまたかわいい。

 そして、こんな小さなころから、こういうことが習慣づいていることに感心した。そりゃ、進学や就職において体育会系が優遇されるのもわかるわと変なところで納得してしまった。

 かくして、私の少年野球でデビューは好感触を得たわけだが、気になることが1つだけあった。

 グランドの片隅で、違うチームらしき子が輪になっていた。ミーティングかな?と思って見ていたのだが、聞こえるのは指導者らしき大人の荒い声だけ。子供たちは小さな背中を小さくしてただ黙って聞いている。

 怒鳴るなんてよくない、とは思わなかった。
 いくら相手が子供とはいえ、悪いことは悪い。真剣に叱ってやるのは愛情だ。

 でも、九九を覚えたてくらいの子供に「連鎖反応」って言われても…。

 ピリピリしているミーティングだったが、私の中では一遍にコメディーになってしまった。このおっちゃん、それで子供たちを指導したつもりでいるんやあ。

 子供たちに、「れんさはんのうって何?」と口を挟める余地はない。わけわからないけど、大人の人が怒っているから、いけないことなんだろうな、って感じだろうか。でも、それじゃあ進歩にはつながらない。子供たちは怒られ損だと思うのは、私だけだろうか。

 あ、そうそう、連鎖反応っていうのは、「1つのことをきっかけに次々と同じようなことがおこること」を意味するんだよ。今回の場合は、「エラーが続けて起ってしまうこと」って感じかな。

 この日記も子供が見ているかもしれないから、念のため。 

 



2002年06月21日(金)
フラワーアレンジメントに見る自主性野球の効用


 …珍しく野球日記らしいタイトルにしてみましたが、書いていることはたいしたことないです。まずはお断りまで。

 さて。

 私の母は、今春からフラワーアレンジメントを習い始めている。母は元々、大の花嫌いの私と血がつながっているのが信じられないほど花が好きで、私たち姉妹が幼い頃はアートフラワーを習っていた。中学・高校と私たちがややこしい時期に入ったので、子育てに専念することを余儀なくされていたが、そんな娘2人もどうにか成人し、生活に余裕が出来たようだ。

 月2回、早めの夕食をこしらえて、手にお稽古道具を抱えて出かける。夕食は帰宅後。テーブルの上にその日手がけた花が置いてある。母は、今日のお稽古のことを饒舌に話す。

 しかし、今日はちょっと様子が違った。「帰りにビール買ってくるから、一緒に飲も」と言われていたので、母が帰宅する時間に合わせて台所に降りてくると、母は苦悩してた。

 「どうしたん?」と私が訊くと、「納得いかへんからやり直してんねん」という答えが返ってきた。

 母のよると、普段は先生が手本を示してくれたり、手直しをしてくれるそうだが、今回に限っては「好きなようなしてください」と言って一切手を出されなかったそうだ。

 私からすると、好き勝手やれていいやんとなるのだが、母はどうもそれに納得いかない。

 「だって、何していいかわからへんし、ここをこうしたいと思っても、どうしていいかもわからなへん。でも、やる以上はやぱりいい物作りたいやん…」

 母の言葉に考え込んでしまった。自由というものは、基本が出来てないと、満喫出来ないんだなあと。

 
 よく高校野球とかで、自主野球とか選手たちが自分たちで考える野球とかいうものがある。そして、それは多くの人の指示を得ている。

 もちろん、きちんと出来ているチームもあるだろう。しかし、表には出ていないが、間違った自主性野球が育まれてしまっているチームもあるのではないかと思うのだ。

 自分たちで考える練習、トレーニング、試合運び、ベンチ入りメンバー…。

 先日、友人がこんな話をしてくれた。

 たとえば、ベンチ入りメンバーを投票で決める場合、実力はあるけれど、チームで孤立している子が選ばれる可能性は少ないんじゃないかな?それって、果たしていいことなのかな?そんな感じのことだった。

 練習も、トレーニングも、試合運びも、何がいいのか何がいけないのかを選手が判っていなければ、うまくなれないはず。それを示してあげるのが、指導者の役割だと思う。

 
 今日の母の苦悩は、基本をたたき込まれていないまま、「さあ、試合をしなさい」と球場に放り込まれた野球選手のようで見ていてちょっとかわいそうだった。

 余談だが、母は「花やってると、ビール飲みたくなるわあ」と言って、合間に一杯やっていた。間違いなく、この人とは親子やなと思った。



2002年06月20日(木)
そんなもの。


 さきほど、サッカーW杯の韓国ーイタリア戦で決勝ゴールを挙げた韓国代表選手(イタリアセリエA所属)が、チームを解雇(契約を更新しない)されるというニュースをネットで知りました。

 記事によると,元々試合にはあまり出ていない選手とのことですが、このタイミングでの解雇なので、「もしかして、イタリアの逆恨み?」なんて疑ってしまいます。
 
 真意のほどなんてわからないままでしょうが、こんなタイミングで解雇したら世間に悪いイメージを与えてしまうやんと思うのですが、これがサッカー界のやり方なのでしょうか?

 これって、オリンピックで新庄が日本代表で出ていて、アメリカ戦でサヨナラヒットを打った日本が勝った翌日にサンフランシスコジャイアンツが彼に戦力外通告をするのと似たような感じなのかな?と野球に置き換えてしまうと、韓国サポーターの心境は人ごとには思えません。

 このニュースを知ったとき、ふと日本野球界にある閉塞感を思いました。ああ、どこのスポーツ界もそうなのかと拍子が抜けました。

 私はサッカーのことをほんまに知らないので、もしかしたらこの日記は早合点の産物なのかもしれませんが、いつかW杯で日本とイタリアが対戦するようなときが来、日本が勝ったりしたら、今回の韓国代表のように解雇される選手が出てくるのでしょうか?

 たとえば、その決勝ゴールを決めたのが中田選手級の選手だったらどうなるのだろうか?…とりとめのない思いを巡らせてしまう自分がいたりします。

 むろん、サッカーに詳しい方からしたら「それくらい当然だよ」となるのかもしれません。そして、「それでも、僕は(私は)サッカーが好きなんだ」と付け加えるでしょう。

 私だってそう。野球を取り巻くイヤなこといろいろ知っている。素人の私でそうなのだから、ほんまの内部はもっとドロドロしているんだろう。けれど、「それでも、私は野球が好きです」と言える。

 そんなものなんだ。



2002年06月19日(水)
さようなら。

 オルゴールが苦手です。

 あの音色がたまらなく切なくて、いらんこと思い出しそうで、いつからか苦手になっていました。

 いや、携帯の着信音のオルゴールバージョンやCDのオルゴールサウンドはそれほど抵抗ないのですが、ネジを回したら音色が流れてくるあれがダメなんです。

 最初は快調な音も、ネジのため(というのでしょうか?)がなくなってきたら、だんだんペースが遅くなり、最後には力尽きてしまう…。

 これを哀しみを言わずに何と言う、などと思ったりするんです。おかしいですかね?

 
 部屋の整理をする際、一番心悩ませるのが、人形と呼ばれるものの存在なんです。

 子供のころ、両親や叔母がプレゼントにぬいぐるみや人形をくれることが多かったのですが、それらは今も私の部屋の片隅に置いてあります。

 埃もかぶっているし、かわいそうなくらい変色しているし、いっそ神社かどこかに預けて処分してあげた方がこの子たちも幸せなんじゃないかなと思ったりするのですが、やはりダメなんです。

 やはり、1体1体に想い出があり、当時の自分が抱いていた気持ちが鮮やかによみがえってきます。

 あれから20年近く、当時の私は自分が仕事もろくに出来ないしょーもない大人になるなんて夢にも思ってなかったことでしょう。それなりに生きてきたつもりだけど、ふと“一体、どこで人生を間違えたんだろう”と思ってしまう。

 捨てるもの辛い、見ているのも辛い。大好きなぬいぐるみや人形は、そんな存在でもあります。


 やっかいなことに、その2つが合体したオルゴール人形が1体あります。小学2年生のとき、叔母が買ってくれました。

 ブルーのチェックの洋服を着、おそろいの帽子をかぶっている女の子。ネジを回すと、マイウェイという曲が流れ、女の子の首が切なそうに回る。

 先日、部屋の整理をしていたときにどうしていいかわからないでいたら、母が「預かるわ」と言って、下の居間に置いてありました。


 今日、昼ご飯を食べて、ボケーッとテレビを見ていると、マイウェイが流れてきました。ハッとして振り向くと、母がそのオルゴール人形を持っていました。

 母はしばらくそのオルゴール人形をもてあましていましたが、おもむろにはさみを手にして、帽子に切り込みを入れました。

 「何してんの」

 私は、一種の危機感を持った。

 「捨てようと思って。もう古いやろ」

 予感が当った。「やめて」という言葉が、のどの先まで出かかった。でも、声になることはなかった。生まれ来たものは、いつか滅びる…。

 母は、はさみを動かしながら言う。「いや、人形の状態もままで捨てるのはなんかなあ。だから、せめてこうやって…」。母もやっぱり辛いんだ。

 顔にはさみが入る。ふと、自分の顔にナイフが入ったらどうなるんだろうと思った。テレビ番組をそっちのけで、母の動かすはさみの刃に釘付けだった。

 顔部分が切れ、皮をめくるようにはがすと、中から土台になっていた発泡スチロールが顔を出した。母は、間髪入れずに、下半身にはさみを入れる。すると、下も同じように発砲スチロール。

 目の前には、丸い発砲スチロールの塊が二つに、青や肌色や白い布、黒や赤のフェルトに3,4cm四方のオルゴールの音源。

 そうか、あのオルゴール人形は、これらを人形の形にしたものに過ぎなかったんだ…。人の形をしているから捨てるのが辛かったし、今も人形の形を意識しているから、こういう状態がちょっと哀しい。

 でも、もし、何も知らない状態で、これらを見たら、何も思わず、ゴミ箱に押し込めただろう。

 形あるものには感情を抱き、形ないものには無感情になれる。ふと、自分が恐ろしく思えた。何かを見誤りそうで怖い。

 私の大好きな人形は、命と引き替えにそんなことを教えてくれた。

 実は、先日、神宮大会を観戦したとき、もっと野球を知らなきゃいけないし、知りたいなと思った。もちろん、それは充分必要だとは思うけど、私は極端な行動に走りがちなので、ルールやスコアなど形あるものだけを追いかけてしまうことになりかねない。今日のこの出来事は、そんな私にかけられたブレーキなのかもしれない。


 なんかかなりこじつけの日記になってしまいましたが、“人形には命が宿る”と信じる私は、どうしても今日のことを書いておきたかったのです。



2002年06月18日(火)
緊急特番(?)『道頓堀ダイブの明日を考える』

 26年間の人生の中で、今日ほど道頓堀ダイブについて熱く語り合った日はない。(そして、多分もう二度とない)

 語らい相手は、「すみのいぶし銀な(?)野球日記」でおなじみの野球日記作家・すみさん。今日は、このスペースを借りて、そのトーク内容の全貌を明らかに(?)します。

 注:ホンマにアホらしい企画なので、読むのを止めるなら今のうちです(苦笑)。また、苦情は一切受け付けません、あしからずご了承ください


 1,道頓堀ダイブの禁止の是非

 これは、無理ですね。

 彼らは日本語を読解する気がありません。(すみさん曰く「阪神語で書けばどうか」。そんなん、あるんでしょうか。)

 だから、いっそのこと、より飛び込みやすい環境を整え、気持ちよく飛び込んでいただいた方が賢明です。

 具体的には、水をきれいにする。川底を深くする、ダイブ後地上に上がるためのはしごの完備などなど。

 ただし、怪我しようが死のうがこっちの知ったこっちゃなし、ということで。

 人には、内に貯めたものを発散するために、大声で叫んだり、思い切り体を動かすことが必要。W杯であろうが、阪神であろうが、暴れればいい。そういう考えを責めることは出来ません。それは、日頃からいろんなことを抑制してきた社会が悪いんだと思います。

 だって、おしっこしたいのに出来なかったらたまらないでしょ。それと似たようなものなんじゃないかな、と。そういう意味でも、道頓堀はダイブ出来る場所であり続けて欲しい。

 ただし、怪我をしにくい飛び込み方の修得や心臓麻痺などをおこさないよう日頃から体を鍛えておくことは言うまでもありません。それは、道頓堀に対する礼儀です。


2,日本文化?

 今回のW杯で道頓堀ダイブを試みた人は、何も日本人だけではありません。外国人が日本の文化に触れようと、川へポチャーン。

 ま、これを日本文化と思いこんで帰国していただくのには戸惑いを感じるのですが、いっそ関西の文化にしまうというのはどうでしょう。諸外国には、成人になったら、バンジージャンプみたいなのをする習慣のあるところもあるようですし。


3,そんな仕事、うちがするよて。

 今回、某スポーツ新聞社が独自で道頓堀ダイブした人の人数を調べているそうですね。そういう野暮なことを新聞社のエリートさん(たとえバイトの子でも、私からしたら、充分エリート)がしなくてもよろしい。そんなん、私みたいな雑魚にさせといたらいいんです。交通費込みの時給900円でいいさかい、やらせてください。


4,商売しよう。

 それでも、行政的には道頓堀ダイブはよろしくないのかもしれません。やはり怪我や死亡者等が出ると、世間は「国の責任だ」と声高に口にするでしょう。

 だったら、いっそのこと、ダイブを有料にしましょう。それで、ダイブが減ればいいし、減らなかったら大阪市は儲かる。

 15歳以上の男女。1ダイブにつき、男は500円、女は100円とか。週末やW杯あるいは阪神の優勝など大きなイベントがあるときは、ちょっと割高にしてぼったくり♪

 また、見物人の中には写真を取り出す人もいるでしょう。これも神宮球場方式で、三脚を利用する人には申請を要請し、有料化してしまいましょう。

 回数券の発売したり、スタンプカードの発行して全部集まると1ダイブ無料サービスとか、すばらしいダイブをすると料金の一部返還、女性デーやカップルデーなどなど…すんません、いきすぎましたm(_ _)m。

 問題は、支払い方法なんですが…。


5,ダイバー?!

 ダイブにもいろんな形があるわけで、やはり奇抜な格好をしたり、きれいに決まったりすると、周囲の観客もどよめくのでしょう。

 印象的なのは、20代そこそこの青いシャツ着た若い女の子が2人で、手を取り合って飛び込んでいたことでしょうか。

 これは、すみさんとも意見が一致したのですが、すみさんは男性ですので、「もっと、映せ!」とのこと。“水もしたたるいい女”ということでしょうか?

 ただし、20代の後半である私がダイブする場合、迷惑条例が許してくれるかどうかは不明です…。


6,緊急速報、『ザ・ダイブin道頓堀』ビデオ、DVD発売決定!(ダイブ
写真集発売も検討中?)

 …嘘です(汗)。

 120分間エンドレスでただひたすら道頓堀に飛び込む人を撮しているだけの代物。

 男も女も老いも若きも、みなダイブ。ま、一部男性諸君は、女性のダイブシーンばかり繰り返し見ることでしょうけど(苦笑)。

 巻末に、正しいダイブの仕方、女性のための透けないダイブ下着のススメ、カリスマダイバーインタビューなどもつけておきましょうか。

 すみさんは「俺、絶対買う!」と言っていますが、私はレンタルで充分です…。

7.道頓堀ダイブを熱く語るわけ

 決まってるじゃないですか!秋(いつの?)は我らがタイガースのファンの番だからです。

 ここで、下手に規制がかかったり、橋にフェンスが出来たりしたらたまりませんからね。

 サポーターって、いい言葉ですが、スタジアム(って言うんですかね?)を出たあと、街で騒いでる人たちをさしていう言葉ではないと思いますね。

 スタジアムではサポーターでいいのでしょうけど、スタジアムを出たあとに迷惑行為を省みないのは“ただの暴れてる人たち”なんじゃ?これは、野球ファンにも言えるんだけどね。

8,とびこめ〜

 そんなことばっかり話していたら、飛び込みたくなってきました。早く阪神優勝してくれないかなあ…。

(けど、すみさん、「○○○を着てダイブ」は、いくら私でもイヤです)


最後に。
 
 今日、サッカー日本代表がトルコと試合をしたのですが、そのハーフタイムの間に、道頓堀では、六甲おろしを歌う人やジェット風船を飛ばす人、そして、ダイブする人が続出したそうです。

 君らなんでもいいんかいっと思わないかったわけではないのですが、こんなときでも阪神のかけらを忘れないでくれた人たちの存在がちょっと嬉しかったりして…。



2002年06月17日(月)
あるこの神宮シリーズぁ組岾以圈

 今日は、試合以外で印象に残ったことを書きたいと思います。

 〜選手名鑑で遊ぼう〜

 1,出場選手の出身高校(3人以上いる高校・順不同)

 3人→市立松戸、東海大浦安、桜丘、岐阜・中京(中京商業を含む)、浜名、三重海星、日本文理、敦賀気比、神戸弘陵、大産大付、滝川第二、智弁和歌山、柏原、近江、東海大仰星、南部、八幡商業、姫路工業、箕面学園、京都成章、観音寺中央、徳島商業、南陽工業、専大玉名、東筑紫学園、波佐見、創成館、西日本短大付属、福工大城東、鹿児島城西

 4人→興南、北嵯峨、北陽、松山商業、尽誠学園、東邦、聖望学園、桐生第一、浦和学院、光星学院、専大北上

 5人→仙台商業、智弁学園、神港学園、大阪桐蔭、近大付属、崇徳、沖縄水産、柳川

 6人→平安、京都外大西(京都西を含む)、明徳義塾、創価、仙台育英

 7人→横浜、桐蔭学園、報徳学園、関西創価、上宮、

 10人→PL学園、東海大相模

 2,南から北へ…

 東京農大生物産業学部は、北海道大学野球連盟の代表校ですが、ここでショートを守っている稲嶺選手の出身校は、なんと沖縄水産!まさに日本の端から端へ飛んだ選手なんですねえ。私の長年の夢である、飛行機で北海道から沖縄へというのも、彼なら経験済みなんでしょうね。どんな感じか、訊いてみたい。

 3,私より若い!

 北海道大学・松井啓太監督と四国学院大学・吉田心平監督は、ともに24歳。私より2歳も若いんです。それなのに、選手を全国の檜舞台に導いたんですね。すごいですね。私はこの26年、一体何をしてきたんだろう。ちょっとへこんでしまう。

 4,輝け第1回コメント大賞決定(2回目は多分…ない)

 各校選手を紹介しているページには、この大会に向けた抱負を主将と主務がコメントしています。こういうの、楽しみにしているのですが、実はそれほど目を引く文章がないんですね、変に型にはまったいうか、言わされているという感じで…。ですが、今回、ハッと惹かれるものがあったので、この場を借りて紹介します。

 日本文理大学・木村寛主務が寄せた大会の抱負

 「全日本大學野球選手権大会出場は初めてですが、緊張していたのではもったいないので楽しみたいです。今まで野球に費やした時間が無駄ではなかったことを神宮球場で証明します。」

 彼は、絶対小さい頃から作文を書くのがうまい子だったと思う。いいコメントするなあ。惚れ惚れしました。こういうの、待ってたんです。

 5,見習おう

 名鑑では、各選手の顔写真が写っています。こういう写真では写真うつりの悪い選手もいたりして、見ていてかわいそうなときもあるのですが、そんななか、ほぼ全員がベストショットであるチームを見つけました。大会初出場に石巻専修大学です。

 まるで誰かが指導したかのごとくの見事な表情。何が違うんだろうと見ていると、大半が、顔は正面に向いているのですが、体が気持ち右に寄っているんですね。う〜ん、右に寄るというより、左肩をちょっと後ろに引いている感じ。絶対、写真撮す業者の人がアドバイスしたんや、とにらんでいるのですが、どうでしょう。私も何かの機会のときに参考にしよ〜っと。

 6,スイッチヒッター天国

 出場選手650人の中で、スイッチヒッターは18人いますが、うち7人が東亜大学の選手です、すごい密度だと思いませんか?びっくりしました。

 7,スタンドの応援団の印象

 奈良産業大学→同行した友人がバカ受けしてました。ちょっと前まで大学生だった方は、あの応援を見たら、飲み会を思い出します。何故か六甲おろしを歌っていました。(もっとも、今回地域関係なしに阪神の応援を採用しているチームは多かったのですが)かまわないので、そのまま突っ走ってください…。

 近畿大学→部員はどこ行った?、部員は!学ラン着た応援団5〜6人じゃ、地元大学相手にかわいそう。でも、負けてなかったな…。

 関東学院大学→サザエさんからサウスポーにもっていく応援は、胸に迫るものがあった。

 早稲田大学→やっぱ違うわ。一般人が立って応援しているし、腕とか組んでた。何かの歌を歌うときに手を上下させるのですが、スタンドのあちこちで誰かしらがやってた。すごすぎる。千葉ロッテ応援団と血がつながってるんやろな。あと、黄色い声も多かった。

 九州共立大学→各選手の応援曲の大半が阪神の選手のものを使っているのに、それでも最後に歌っていたのは「いざゆけ、若鷹軍団」。やっぱり九州やしね。

 龍谷大学→早稲田の次に黄色い声が多かったと思うのに、身びいきだろうか。あと、チアガール20人は最多だと思う。また、個人で発する声が一番多かったのがここ。ピンチになると、「がんばって〜」「龍大ファイト〜」という声が飛んでいた。余談だが、女の子が口々に「杉山さん、がんばって〜」と言ったあとで、低い声で「杉山さん、がんばって〜」という声が聞こえてきたときは、一人でウケてしまった。それだけに、応援に特徴が無かったのが、残念。

 亜細亜大学→ダイスケという選手がいるようで、「ダイスケ、ファイト」と言っていたようだが、私の耳には「大助、花子」と聞こえてならなかった。あと、コアラって誰のことですか?

 国際武道大学→太くて、ボリュームのある声が破壊力満点。球場が揺れるかと思った。スタンドには柔道部員もいたようで、すごい数の(それも男だらけの)応援団だった。

 8,その他びっくりしたこと

 ○東京に「阪急」がある…。

 ○神宮で売っているビールは、瓶からコップに移す。

 ○素で観戦している安倍さんと小関さんを見かける。でも、お二人とも第二試合が始める頃にはいらっしゃらなかった。もしかしてW杯観戦?

 ○10年来野球ファンやっていて、初めて観戦中に地震を経験。ひたすらビビる、意味無く、スタンド後方を眺める。グランドの選手や審判はどうしていたんだろう。まだ自分には、野球ファン根性が足りないようだ。

 ○ふと前を見ると、今時の若い女の子が4人で試合を見ていたが、4人が4人ともスコアをつけていたのは、ある意味、不気味だった。

 ○第二試合の主審の人、落ち着きがなく、そわそわしていた気がする。W杯、見たいのかな?

 ○ネット裏の女子トイレの側にはロッカールームがあるので、試合が終わると、選手や記者がたまるから、し辛くて困る。でも、したけど。あの構造はちょっと考えて欲しかったなあ。

 ○やっぱりいた、W杯パブリックビューイング帰りの観客…



2002年06月16日(日)
あるこの神宮シリーズ〜1998年、北嵯峨高校野球部〜


 大学野球選手権は、言うまでもなく全国大会である。故に全国から来た大学を見ることが出来るわけだが、自分には縁もゆかりもない地方の大学に、地元出身の選手がいたら、思わず応援したくなる。

 遠くで、がんばっているんだなあ、と感心する。地元大学でがんばっている選手の存在も嬉しいが、それと同じくらい他地方の大学でがんばる選手の存在も嬉しい。
 
 というわけで、地元以外の大学にいる地元出身の選手を調べてみた。そこで、わかったのが、北嵯峨高校出身の選手が多いということ。それも全て4回生。

 帰宅してから、1998年の高校野球京都大会の選手名鑑を引っ張り出してきた。10ページ目が、北嵯峨高校の選手紹介の欄。ピッチャーから順に名前を追う。

 キャッチャー・堂前選手は東北福祉大、二塁手・谷選手は東亜大、キャプテンだった萩原選手は八戸大、ピッチャー・周栄選手は大阪体育大学の選手として、今大会に出場している。

 すごい確率だと思う。それでも、この年の北嵯峨は、甲子園に行くことが出来なかった。京都大会準決勝で、この年甲子園準優勝に輝いた古岡投手擁する京都成章高校に1−7で負けている。

 さて、その4人のうち、プレーを見たのは3人。うち、印象に残っているのは、堂前選手と谷選手の2人(萩原選手、ごめんなさい)だ。

 共にキャッチャー。そして、チームは失策がきっかけで、敗戦を喫し、自身もその一旦を担ってしまった。

 谷選手の方は、中盤にタイムリーツーベースを打って汚名返上をした。当時の名鑑で堂前選手の紹介欄に「勝負強さはチーム1」と書かれていたが、今回に限っては、それは谷選手に当てはまる。

 一方、堂前選手は汚名返上する機会もないまま、無念の敗退となってしまった。

 試合後のインタビューは、ネット裏の女子お手洗いのすぐ側で行われる。この試合後、私もお手洗いに行ったのだが、ちょうどそのとき、堂前選手がインタビューをされているようだった。距離はわりと近い。表情も多少はわかり、何を言っているかよく判らなかったが、声も聞こえた。

 第一印象は、不覚にも、「肌、きれいやな」だった。野球をしているとは思えないほど、優しい顔つきだった。

 気のせいか、目が赤く充血していた。涙声だった。胸に迫るのもがあった。

 1998年当時北嵯峨高校を指導していた監督さんは、今他校の監督をされている(注:鳥羽高校の卯滝監督ではありません)。今回の選手権で、教え子ががんばっていることをご存じだとは思うが、これもまた指導者冥利に尽きるのではないかなと思う。



2002年06月15日(土)
あるこの神宮シリーズ◆喪妨董我が母校〜


 早稲田の和田がいる、九州共立の新垣もいる、昨年の優勝校の東海大もいる。松坂世代と呼ばれる数多くの選手が姿を見せている…。そんな見所の多い今大会だが、私がわざわざここに足を運んだ最大の目的は、我が母校の試合をこの目で見ることにあった。

 大学野球をよく見るという方なら、校名程度は耳にされたことがあるかもしれない。私の母校の名前は、龍谷大学という。京都にある佛教系の4年制の私立大学だ。

 ありがたいことに、ここ数年、プロ野球選手を輩出しており、一軍でがんばっている先輩や後輩もいる。別に私は野球部とは何の関係もないのだが、それが嬉しかったりする。


 小学校のとき、父がふいに「お前は、龍大(に行く)やろ」と言った。当時の私は、「私、坊さんになるわけじゃないから、イヤや」と答えた。父は、「別に坊さんにならんでもいいやん」と言ったが、「でも、イヤや」と返した記憶がある。

 それが、10年後、ものの見事に龍大に入り、それも、バリバリ坊さん系の佛教を専攻することになるとは…。親の勘とは恐ろしい。また、他にも3,4校受験したが、受かったのはここだけ。中には、合格安全圏と言われた大学もあったが、ものの見事に落ちた。私は、ここと縁があったんだろうな。今にして思うわけだが。


 母校の試合を見るのは、8年ぶりだ。8年前、1994年、大学1年生だった私は、友人につきあってもらい、応援バスに乗り込んだ。神奈川大学、中央学院大学を破り、ベスト8で駒大にコールド負けした。

 中央学院戦と駒大戦は連戦だったため、応援団は近くの築地本願寺に泊めてもらった。広い床の間にチアガールも選手の友人知人も、私のような単なるファンもみな、雑魚寝状態。チアガールの子たちは、試合終了後からバスの出発時間までの間に、東京でブランドものの洋服を買い込む計画を立てていた。


 その母校、今日の第二試合に登場した。対戦相手は、九州国際大学。試合前の光景を見ていると、不覚にも泣きそうになった。

 よくわからない。あのグランドにも、応援団にも知っている人はいないし、指導者も当時とは違う方だ。あの頃の面影は、何も残ってないはずなのに…。

 以前、読者の方から「(野球部のOBではないのですが)母校が甲子園に出たので試合を見に行きました。試合が終わって、部員が挨拶のためにうこちらに向かってくるのを見て、何故か涙があふれてきました」といった旨のメールを頂戴したが、それをふと思い出した。

 試合は、ひょっとしたら、初回の攻防で決まっていたのかもしれない。

 1回表、龍大は、先頭バッター・川原選手のセンター前ヒットでいきなりチャンスを作るも、その後、バスターの失敗で、ランナーを無くし、バッターも三振。結局無得点に終わった。

 対する九州国際大学は、先頭バッターがツーベースーで出塁した(これも野手がやや目測を誤ったような感じの妙な追い方だった)。その後、エラーと併殺崩れでイヤな感じで先制された。

 実は、この併殺くずれ、判定が微妙だった。龍大の二塁手が塁審に何か言っていたが、認められなかったようだ。イヤな流れだな、と思った。

 その思いが的中してしまう。何でもないピッチャーから一塁手へのトスでも捕逸したりで、5回までに失策数は「5」(公式記録では「4」)。信じられない光景に言葉が出なかった。(あ、でも、一回だけ、悪送球を見て思わず、「アホタレ」と口走ってしまった。ごめんなさい!)

 元からこんな程度の守備力なら、リーグ戦を制して、ここまで勝ち上がってはこれなかっただろう。同じ関西の近畿大学もこういう感じで敗れ去った。一体、何があったのだろう。

 また打線も、九州国際大・安達投手の緩急をつけた投球に翻弄され、チャンスすらつかめない。ひょっとしたら、コールド負けするんちゃうかとすら思った。それだけ、重苦しい雰囲気だった。

 しかし、最後の最後で後輩たちは魅せてくれた。

 相手のエラーが絡んで1点が入り、1−4で迎えた8回裏、龍大は、エース・杉山投手を投入した。敗戦濃厚な試合。本来ならあり得ない采配。しかし、この杉山投手が、自らまいた種とはいえ、無死満塁のピンチを切り抜けた。すでに野手にエラーは出ることはなくなっていた。9回表の出来事は、これは伏線になっていたのかもしれない…。

 9回表、先頭バッターの代打・米澤選手が、セカンドへの内野安打。そして、5番・成田選手の放った打球は、まっすぐレフトスタンドへ向かった。「これは、行った!」。近くの観客の声が聞こえた。私は、この目で、ボールがスタンドインし、審判が腕を回すのを見届けるまでは油断できまいと、前屈みの姿勢で打球を見守った。時間が、すごく長く感じた。

 ウワァーと歓声が上がった。ホームランだ。

 私は、試合を冷静に見守る人ばかりが集まったネット裏2階席で、「やった〜」と大声で叫び、手を叩いた。

 成田、最高や!ようやった!
 
 本人が聞いたら、「なんやねん、こいつ」と思うようなことを心の中で叫び、声援を送った。

 ちょうど、そのとき、前の席に試合を終えた九州共立大の選手が観戦していたのだが、そのうちの一人が、ポツリと、「イヤやな、龍大とやるの」とつぶやていた。

 流れはこっちに来た!そう思ったりもしたが、結局、あと1点が取れずに敗退。でも、不思議と気分は良かった。ホームランのせいだったのかもしれないし、ただ母校の試合を見ることが出来ただけで幸せだったのかもしれないし…。

 でも、試合内容としては、いただけないものだった。まだまだ若いチーム。秋の選手権出場への道は、春以上に厳しいが、“一歩前に出る力”と“緩急に負けない打撃”を身につけて、挑んで欲しいと思う。

 今回は叶わなかったが、応援団の後輩にも是非、築地本願寺の雑魚寝を経験させてあげたいな。
 



2002年06月14日(金)
あるこの神宮シリーズ 全兩鏥とキラリ星〜

 神宮球場の最寄り駅『信濃町』駅に降り立つと、空は厚い雲で覆われていた。辺りでは、青いシャツを着た人たちがサッカーに興じている。

 今日は、W杯の日本戦がある。歴史的な試合になるであろうゲームは、私の地元から電車で1時間ほどの長居スタジアムというところで行われる。

 にも、かかわらず、私は関西を離れ、東京に来て、大学野球を観戦する。同行していた友人が、「今から神宮で野球見ま〜すって、大声で叫びたい気分」と言ったが、その気持ちはよくわかる。ある意味、“勝ち組”。妙な優越感。

 いつか、誰かと結婚し、子供が出来たとき、「お母さんは、その日、神宮で大学野球見てたんやで」と誇り高く言って聞かせたい。

6/14

第一試合 八戸大2−1奈良産業大

 球場に着いたときに、奈良産業大が、併殺崩れの間に1点を入れ、1点差にした。そのあとは、守りでしのぎあい、結局、八戸大が逃げ切った。投手の継投もうまくいった。同大学は、光星学院の系列のようで、同校出身の選手もいる。今後さらなる野球の強化がなされることだろう。接戦に強いという印象を持った。

第二試合 関東学院大学5−4近畿大学

 今日、この試合ほど“守備がいかに大事か”を痛感させられて試合はなかった。小雨が降る中のゲーム、双方守り辛かっただろうと思う。近畿大学は、よもやの5失策。何かに呪われたかのごとく、グラブからボールがこぼれる。関東学院も、それをすかさず得点に結びつけるところに地力を感じた。終盤、近大が本領を発揮し、1点差にしただけに序盤の失策が惜しまれる。

 どうでもいいけど、関東学院大のユニフォームはかわいい…。

 ☆キラリ星 近畿大・大西宏明選手(PL学園)

 おおよそ、トップバッターらしくない一生懸命なフルスイング。気持ちいい空振りをする。最初は「負けてんねんから、とりあえずは塁に出るバッティングをしたらいいのに…」と思っていたが、飛ばす打球は確かにすごかった。でも、監督やコーチは何も言わないんだろうか。それでも、最後には、「もう一度彼の打席を見たい」という不思議な衝動に駆られた。彼はこれでいいのかもしれない。


第三試合 創価大10−0東京農業大学生物産業学部

 終盤、8回までは2−0。東農大生産学部(略称)がなんとかふんばっている印象があった。しかし、9回表、創価大・絵鳩選手の満塁ホームランが出ると、流れは一気に創価大に。このあともう1本ホームランが出、この回だけで8得点を挙げた。東農大生産学部は、終盤まで踏ん張っていただけに、9回に出した走者の数が悔やまれる。創価大は、森川投手のふんばりが大量得点を呼び込んだ?!それにしても、創価大投手陣は左腕が多い。

 6回表、一死ランナー三塁で、東農大生産学部・小森投手(彼もよくふんばっていた)がバッターを三振に斬って取ったあと、すぐさま監督が伝令に走ったのが印象的。こういういうときにふと気が抜けて、痛打を浴びることも少なくない。その後、次のバッターをレフトフライに打ち取ったわけでが、あのときの伝令がなければ、もっと違う展開になっていただろう。

 ☆キラリ星 創価大・絵鳩隆雄選手(創価)

 打った球は、真ん中低めのストレート。満塁ホームランは、公式戦初。大きな目と、笑ったときの白い歯が印象に残る選手。西武・松坂投手の中学時代の女房役だが、一野球選手としても充分に注目に値する選手だ。

 ☆キラリ星 創価大・森川慎太郎選手(関西創価)

 気持ちで投げれる創価大の投手陣の柱。OBの中村隼人投手(日ハム)よりいいという声もある。当日、中村投手が来ていたらしい。

第四試合 早稲田大4−1東亜大

 序盤、東亜大は失策絡みで3点を失う。しかし、東亜大打線は、6回表、それまでノーヒットに抑えられていた和田投手から初ヒットを放つと、谷選手のタイムリーツーベースで1点を返した。谷選手は、序盤にミスをした選手の一人。バットで汚名返上をした形となった。しかし、終盤に1点を追加され、追いつくことができなかった。東亜大は、米澤投手が好投していており、また早稲田・和田投手も本調子でなかっっただけに、こちらもやはり失策が悔やまれるところだ。

 ☆キラリ星 東亜大・米澤裕二選手(下関中央工業)

 序盤、味方野手に足を引っ張られた形となったが、キレることなく、最後まで丁寧に低めをつく投球で味方の反撃を待った。

 当日は、早稲田の和田投手を見に行ったのだが、心惹かれたのはむろんこの米澤投手。173cmと決して大きくはないが、丁寧に投げる。すごく好きなタイプ。

 出身校は、下関中央工業高校。相手投手、和田投手も同じ中国地方の高校出身で、対戦したかったのだとか。その夢がかない、互角に投げ合えたのは今後の自信になるのでは?もう一度見てみたい投手だ。

6/15

第一試合 九州共立大3−2東海大

 九州共立大・新垣、東海大・久保の引き締まった投げ合いとなった。2−2の同点で迎えた9回表、九州共立大がスクイズで挙げた決勝点を守りきった。

 好投手同士の投げ合いは、やはり見ていて気持ちがいい。九州共立大・新垣投手は、緩急をつけた投球内容だったが、四死球が目立ち、調子としてどうだったのだろうという疑問が残った。また、ボテボテのゴロが内野安打になってしまうのもやや不運だったかな、と。

 東海大・久保投手は、安定した投球。4回から8回まではノーヒットに抑えていた。それだけに、9回は相手がスクイズをせざる終えなかったということにもなるのだが。私は3回から試合を見ていたので、2回に3本にヒットを打たれ、2点を取られているのが不思議でしょうがなかった。

第三試合 亜細亜大10x−0東北福祉大(6回コールド)

 好カードのはずだった試合は、よもやのコールドゲーム。

 2回、亜細亜大は、小山選手のホームランで先制した。その後、東北福祉大はお見合いや悪送球や捕逸もあり、ノーアウト満塁のピンチ。ここで、ピッチャーが、橋本投手から木谷投手に交代。木谷投手はツーアウトまでとり、次打者もカウント2−3まで踏ん張ったが、押し出しとなり、亜細亜大が1点追加。

 ここからは雪崩のように東北福祉大が崩れていき、気づいたらコールドゲーム成立。試合終了後、亜細亜大の選手はベンチを飛び出したが、東北福祉大の選手は何が起こったかわからず、呆然としていたのが印象に残った。

 ☆キラリ星 亜細亜大・松田宣浩選手(岐阜・中京)

 4/7に岐阜中京高校を訪れた際、父兄さんとお話をさせてもらって、「誰か有名な選手とかいるんですか?」と訊いたときに、彼の名前が出てきた。2年の夏に甲子園に出場し、スカウトも注目をしていた選手。双子のもう一人は、社会人野球でがんばっており、彼と同様将来のプロ候補だとか。

 実力は伊達ではなく、強豪・亜細亜大で、1年生にした3番を任されている。2本の三塁打を打ち、パワーとうまさと駿足を観客にアピールした。

 彼のもう一つの良さは“顔”。いや、“かっこいい”とか“かわいい”とかそういうことではなく、すごくいい面構えをしているのだ。ここで説明するより、当HPでもリンクしているサイト『Team 4U』のコラムに顔写真が出ているので、興味のある方は是非ご覧ください。

 元々の出身は滋賀県らしいので、注目度はさらにアップ。(違ってたら、ごめんなさいね)



2002年06月13日(木)
今秋、道頓堀に飛びこみそうな人に85の質問(あるこver.)


 この質問は、『すみのいぶし銀な(?)野球日記』のすみさんより頂戴しました。すみさん、サンキュウです。

1.お決まりの質問ですが、HN、生年月日を教えてください。

もういいやん。

2.野球ファン歴はどれくらいですか?

これも。

3.阪神ファン歴はどれくらいですか?

12年程度。

4.年に何回タイガース戦を観戦しますか?

平均10回程度。

5.主に観戦する球場はどこですか?

甲子園。

6.阪神戦以外も見に行きますか?

たま〜〜に。

7.アマチュア野球は見に行きますか?

はい。

8.一回の観戦で何杯のビールを飲みますか?

阪神戦なら、最低3杯(500mlをね)。

9.甲子園に行ったことはありますか?
  行ったことがある人は何回くらいですか?

あります。
う〜ん、100回くらいは。

10.六甲おろしを歌えますか?

はい。
(ただし、2,3番はうろ覚え)

11.阪神で好きな選手は誰ですか?(一人だけ)

今は、藤本敦士選手♪

12.その選手の魅力は?

う〜ん、藤本くんだから。

13.他球団で好きな選手はいますか?(複数可)

います。

14.その選手の魅力は?(いない人は飛ばしてください)

ピンときた。

15.ジェット風船はいくつ飛ばしますか?

2つ。

16.ジェット風船をうまく膨らませるコツはありますか?

膨らませる前に、上下を手でほぐしておく。
空気が抜けないように、鼻をつまむ。

17.ジェット風船、周りが飛ばす前に誤って飛ばしたことありますか?

あります。

18.17であると答えた人。その時の気持ちは?

あっちゃー、やってしもたー!

19.ジェット風船を飛ばせないドーム球場、あなたは好きですか?

嫌い。

20.今までみてきた阪神の選手の中でNO.1投手は?

井川くん。期待も込めて。

21.今までみてきた阪神の選手の中でNO.1野手は?

新庄。いろんな意味で。

22.現在のベストオーダーを組んでください。

難しい質問だなあ。飛ばしていい?

23.今までみてきた全ての選手でベストオーダーを組んでください。

オーダーわからんので、選手名だけ。
濱中・桧山・坪井・新庄・藤本・アリアス・オマリー・矢野・井川…ちょうど9人かな?

24.応援グッズで一番好きなのは?

メガフォンです。

25.どのメガホンが一番好きですか?

昔あった灰色のヤツ、今は入手不可能やけど。

26.好きな応援歌は誰のですか?

桧山。

27.応援歌はどれくらい歌えますか?

10人くらはいけるかな。

28.愚問だとは思いますが、巨人は嫌いですか?どこが嫌いですか?

愚問です(笑)。

29.だいたいの観戦勝率は?

今年に限っては、10割。

30.現段階でMVPを選ぶとするならば誰?

井川くん。

31.井川投手は何勝すると思う?

15勝くらい。

32.では、藪投手は?

13勝くらい。

33.では、カーライル投手は?

10勝くらい。

34.バルデス投手は何セーブあげると思う?

30前後。

35.濱中選手は何本ホームランを打つと思う?

20本くらい。

36.では、アリアス選手は?

30本近くは、打ってくれるでしょ。

37.では、ホワイト選手は?

20本弱。

38.では、関本選手は?

15、6本。ここぞというときに。

39.広澤選手は何回六甲おろしをお立ち台で歌うと思う?

今年はないな。

40.5年後のクリンアップを考えてください。

濱中以外は、これから入団する人か移籍組だと思う。

41.5年後のエースは誰だと思いますか?

井川くん。今もだけど。

42.印象に残ってる外国人選手は?(野手)

現役時代を知らないけど、バース。

43.印象に残ってる外国人選手は?(投手)

急所にライナーをくらってしまった郭李

44.エバンス選手と橋本投手(元西武)のトレードについての感想は?

私的には最高。
だって、橋本さんが阪神に来てくれたから♪

45.今の阪神のビジターユニフォームは好きですか?

まあまあ。

(ちょっと阪神からはずれます)

46.好きな食べ物は何ですか?

おにぎり、魚、酒、軟骨の唐揚げ。

47.好きなテレビ番組は何ですか?

何故か、今『あいのり』に夢中。
どうなる芳ちゃん?!

48.理想の異性のタイプを一言で。

素朴な人。

49.今、恋をしていますか?

してるのかなあ?
しているんだろうなあ。

50.好きなお酒の種類は何ですか?

ビール。
麒麟端麗「生」(それはもういいから…)

(戻します)

51.川藤幸三さんは阪神ファンにとってどんな存在ですか?

なんやようわからん。

52.阪神ファンの芸能人といえば、誰が真っ先に思い浮かびますか?

松村邦洋。(あと、山田雅人ね)

53.前監督、野村克也氏に一言。

おつかれさまでした。

54.前監督夫人、サッチーに一言。

コメントは差し差し控えさせていただきます…。

55.前監督息子、カツノリ捕手に一言。

腐らずにがんばってください。

56.現オーナー、久万氏に一言。

契約更新のこと考えると、心境複雑なんじゃないですか?もしかして。

57.現監督付き広報で85年V戦士、平田勝男氏に一言。

がんばれ、長崎海星高校OB!

58.現特命コーチ、オマリー氏に一言。

いいですねえ。
いや、頭にのっかってる帽子が。

59.現マスコット、トラッキーの中に入ってる人に一言。

ごくろうさまです。

60.阪神戦を生観戦後、声はかれてますか?

はい。

61.阪神戦を生観戦中、興奮しすぎてメガホンを壊してしまったことは
   ありますか?

もちろん。

62.持っている応援グッズを全て教えてください。

はっぴ。帽子。メガフォン。
そんなもんかな。

63.今まで、生観戦した阪神戦で一番印象に残ってる試合は?

いつや忘れたけど、伊藤智仁投手が投げたT−Y戦の延長15回引き分け。

64.今までの全ての阪神戦で一番印象に残ってる試合は?

99,6,12。新庄の敬遠サヨナラ打の出た試合。

65.阪神戦以外で印象に残ってる試合は?(アマ可)

90年夏の甲子園3回戦「平安ー丸亀」戦。

(また阪神から外れます。阪神に限定すると疲れるんですわ)

66.嫌いな食べ物は何ですか?

納豆、漬け物、マヨネーズ、他多数。

67.好きなミュージシャンは誰ですか?

ミスチル

68.好きな芸能人は誰ですか?

これという人はいない。

69.思い出の曲はありますか?

あります。

70.走るのは速いですか?

ありえないくらい遅い。

(戻します)

71.今年の阪神の好調、一番の要因は?

世界7不思議やね。

72.今年のペナント、この先どんな展開になると思いますか?

さあ、前向きには考えられんな。
長年裏切られ続けているので。


73.今年、デイリースポーツを買う回数が増えた?

いいや。

74.阪神が負けてもスポーツニュースは見ますか?

負けたのが判ってたら見ない。
何も嬉しくないし。

75.あなたにとって阪神タイガースとは?

私という人間を形成する細胞の一つ。

76.阪神タイガースの一番の魅力は?

ようわからんところ。

77.77といえば星野監督、彼を一言で表すのならば?

闘将。

78.前回の優勝は覚えてますか?その時何をしていましたか?

覚えています。
小学4年生を営んでいました。

79.阪神優勝、その時あなたはどうなると思いますか?

想像出来ない…。

80.道頓堀に飛びこみたいですか?

そりゃ。
でも、サッカーファンがすでにやってるし、二番煎じって感じやなあ。

81.トラッキーにも飛びこんで欲しい?

おう、やれやれぇ〜!

82.道頓堀はもう少しキレイにすべきだ?

そうですね。
彼らは、電流流しても飛び込むと思うので、諦めて、よりよい環境で飛び込んでいただくことを考えた方が賢明です。

83.日本シリーズの相手はどこがいい?

近鉄かオリックス。
関西だけで盛り上がりたい。

84.ずばり、X−DAYはいつ?

こればかりはわからんな。

85.最後に一言。

♪ 阪神タイガース〜 六甲おろしに颯爽と〜 蒼天駆ける日輪の〜
(永遠に続く)

お疲れ様でした。



2002年06月12日(水)
100球目の不思議


 野球中継を見ていると、実況アナウンサーが、「次が○○投手の100球目になります」とか、「今のが○○投手の100球目でした」とか言う。

 100球目というのは、一種の区切り目なのかもしれない。「今のが○○と投手の50球目です」とか「200球目です」と言うことはまずないと言っていい。

 私の野球観戦経験なんてたかがしれているのだが、その枠内で言わせていただくと、100球目というのは、ボール球だったり、ヒットを打たれたりと、ピッチャーに不利に働く場合が多い。

 そう言えば、阪神にいた湯舟投手は、100球目を境にガタッと調子が落ちることで有名だった。また、メジャーでは100球が投手の投球のメドだと聞いたことがある。

 腕を大きく振って、軸足に体重を預ける動作を100回も繰り返したら、いくら鍛えているスポーツマンといえど、疲れるだろう。

 今日、何気なくテレビで阪神ー中日戦を見ていたのだが、2−1と阪神がリードしているときに、井川投手がゴメス選手に一発を浴びた。奇しくも、それが井川投手の100球目だった…。



2002年06月11日(火)
「何かスポーツはやっていましたか?」


 今日は、昼からバイトの面接へ行ってきた。

 面接会場である店に行くと、店員さんたちが準備作業に忙しく、「そこ、一番右の奥のテーブルに座っといて〜。そうそう、隣のテーブルにコップとお茶があるから、セルフでお願いしますわ〜」と言われた。

 き、緊張感抜けそう…。

 面接で、お茶をセルフサービスするなんて初めての経験だ。学生時代の就職活動を含め、通算6回目の求職活動になるが、ほんまにいろんなことに遭遇する。「つれづれ面接日記」なんていう1冊の本にしたら、わりと楽しいかもしれない(そんなんやから、いつまで経っても職が決まらんのやろな)。

 「楽にしてください」と言われて、ほんまに楽にしてしまう自分もたいてがいアホだと思うけど、今日は、純粋に面白かった。面接というより、“突撃!居酒屋店長インタビュー”みたいな感じだった。

 どうも私は、気分が高揚すると話し過ぎる傾向があり、今日の面接もその癖がもろに出て、採用される見込みはなさそうだ。

 しかし、飲食店の面接は好きだ。何度も書いている通り、“志望動機”なんている野暮なことを訊かれないからだ。店の方針や現状を話したあと、聞いてくるのは、“出来るか出来ないか”。ただそれだけ。そして、よりいい条件の人を選ぶ。合理的でいいと思う。


 さて、今回求職活動をしていて、自分が20代後半のフリーターであるが故にされる野暮な質問もあるのだが、それ以外で、以前までは訊かれたことのない質問があり、「おっ」と思うことがある。実は、今日も訊かれたのだが。それは、

 「何かスポーツはやっていましたか?」

 というもの。

 確かにスポーツは就職や進学に有利だと聞いているが、私のようなアルバイター希望の人間にはそれほど関係ないと思っていた。

 幸いわたしには、スポーツ経験があるため、その旨を伝えたが、今日もあまりいい反応が返ってこなかった。「う〜ん、それだけ…ですか」。

 ダンスも立派なスポーツじゃい!確かに土日祝、長期休暇のときは完全にオフだったけどさ。

 どうも面接官の言うスポーツ経験とは、高校の野球部のようなものであるようだ。選手の中には、進学・就職のために野球をするという子もいるようだが、気持ち、わからなくもないと思った。


 野球をやる動機。

 いい大学に行きたいから。いい会社に就職したいから。女の子にモテたいから。プロ野球選手になってお金持ちになりたいから。

 純粋に野球というスポーツが好きだと最初から思って、野球を始めた子は私が思うほどいないかもしれない。

 かくいう私も、純粋に野球というスポーツが好きというところから野球ファンになったわけではない。

 だから、動機なんて野暮だと思うのだ。

 そういや、阪神の関本選手の野球を始めたきっかけは、近所の駄菓子屋のおばちゃんが「アイスあげるから、野球やりなさい」と言ったことだという。要するに、彼の野球をする動機は、「アイスをもらえるから」となる。

 私のひいき球団は、アイスのおかげで、どうにか首位をキープしている。
 

 ☆心得ておきたい“20代後半のフリーターであるが故にされる野暮な質問”☆

 1,失礼ですが、おいくつですか?←失礼なら訊くな。

 2,ご結婚の予定はありますか?←男と女のことですか、いつどうなるかわかりません。

 3,長期の旅行や留学等の予定はありますか?←あっても、「ある」なんていうバカ者はまずいないと思って賢明です。

 4,月にいくらくらいお金をもらいたいですか?←こういう質問をしてくるところは、高いと落とされる危険性大。学生では平均3,4万らしい。

 5,会社を辞められてからは何をされていましたか?←大事なのは、何をしてきたかではなく、これから何が出来るかではないのでしょうか…なんてね。

 6,かけもちでアルバイトをされていますか←していても、「しています」というバカ者はまずいません。

 7,一人暮らしですか?←保険やお金も問題で敬遠されるか、しっかりしている人だとプラスに働くのかどうかはわからない。

 



2002年06月10日(月)
言葉で挨拶しよう。(読書感想文)

 読んだ本:中村ブン著『風の中の天使たち〜ボクらの甲子園〜』(東京新聞出版局)

 内容:筆者が出会った東京都内にある少年野球チーム「上馬北パワーズ」について、ドキュメンタリータッチで書かれたノンフィクション。折に触れ、現在の教育について筆者が思うことや、筆者自身の過去を振り返る箇所も出てくる。

 
 私は子供が嫌いだ。あんな正体不明な生き物、他にない。

 でも、球場でもそばにユニフォームを着た子供がいると、「かわいいなあ」とじっと眺めていることが多い。だから、野球少年だけは別。

 そんなわけで、前々から少年野球を見てみたいと思ってはいるのだが、とっかかりがないまま、今に至っている。

 そういう話を友人にしていると、その友人の口をついたのが、この作品だった。

 筆者中村ブン氏は作家ではないため、文体が柔らかい。(「〜なの」という語尾が大半なので、柔らか過ぎるとも言えなくはないのだが)なんか、喫茶店に張って、向いの席でアイスコーヒーでもすすりながら、おしゃべりを聞いているような錯覚に陥る。

 そのため、少年野球初心者である私にも、少年野球チームとはどういう団体で、何をしているところなのかを把握することが出来た。

 このチームの子供たちは、まぶしいくらいまっすぐで素直な子ばかりだ。実は、この作品は平成の始めのものなので、彼らはだいたい私と同世代ということになる。

 私の周りにいた同級生の男の子に、こんないい子は一人たりともいなかった。ヘドが出そうな小学校時代を過ごした私は、「ああ、あのとき、こういう子と出会っていれば人生変わっていたんだろうなあ」と改めて、出会いの大切さを痛感した。

 指導者は、野球だけではなく、礼儀や思いやりといったものも教えていく。私はひねくれものなので、そういうまっすぐすぎる教えで社会に出てかえら子供が苦しむことになるまいかという心配も多少しないではないが、やはり知っていると知らないとでは全然違う。

 一番、印象に残ったのは、[「アリアターシター」という言い方ではなく、「ありがとうございました」って、はっきり言ったのね]という箇所だ。

 「アリアターシター」とは、実によく言い得ている。確かにそう聞こえる。日頃から野球に携わっている人や、長年野球を見ている人は、それを「ありがとうございました」と言っているように思えるものである。

 しかし、実際は「アイアターシター」である。

 アマチュア野球選手の多くは、挨拶もし、礼儀正しいと言われる。でも、あれは挨拶なんだろうかとふと思うときがあるのだ。

 何言ってるかわからないのだ。「こんっちわ」なんていうのは、ずいぶんまともな方。こっち見て礼をしているので、挨拶だとわかるが、言葉は、「うぃっす」なのか「ちっす」「よっす」なのか…。

 う〜ん、やっぱりわからない。挨拶の仕方を教えるのは、先輩か指導者か知らないけど、何故ああいう他人に伝わらない挨拶がまかり通っているのだろう。

 野球部だから?野球部独特の?

 挨拶は、野球部の人だからするんじゃないよ。一人の人間としてやるんじゃないの?そんなの関係ないよ。

 「ちっす」や「ういっす」ではなく、「こんにちわ」。
 「アリアターシター」ではなく、「ありがとうございました」。
 「っしまっす!」ではなく、「お願いします」。

 ま、こんなところで、私がいくら吠えたって、野球部のあの挨拶が変わるわけなないんだけど。実際、ちゃんと「こんにちわ」という言葉で挨拶しているチームに出会ったのはたった1回しかない。年間70ほどの試合を見る私でも、である。

 あ、そう言えば、阪神の安芸キャンプに行ったとき、阪神の打撃ピッチャーの人は、少年ファンにちゃんと、「おはよう」と言葉で挨拶してたなあ。




2002年06月09日(日)
恋より仕事より野球♪の季節


 今日は、福井県小浜市で行われた小浜市長杯を観戦した。この大会は、福井県嶺南地方にある5つの高校(若狭・敦賀気比・敦賀・敦賀工業・美方)で組まれたトーナメント大会だ。例年、この時期に行われているようだ。

 試合会場は、小浜市郊外の山の麓にある小浜球場。小浜湾を背にした小さな地方球場。入り込んだ場所にあるため、地元の人ではないと判りづらい(私は地元の方に連れて行ってもらいました、感謝感謝です♪)。

 敦賀気比のノックを見なければと試合開始1時間前に球場に到着。気比ナインはすでにキャッチボールを始め、若狭高校の部員はグランド整備をしていた。

 場内に入ると、敦賀気比の父兄さんがすでに来られており、「おはようございます」と声をかけられた。

 誤解のないように申し上げておくと、同校の父兄さんに知り合いはいません。ただ息子さんたちが出るの試合を見に来てくれているという意味での挨拶だったんだと思います。こういう挨拶の出来る父兄さんは、わりと少なくないです。

 ネット裏に4,5段のスタンド(日陰なし!)と両内外野は芝生(ここは木陰があり、日よけは出来そう。でも芝生だから足下は群れるかのしれないなあ)。スコアボードは、高校のグランドにある、プレートを取り付ける方式のもの。

 バックネット裏最上段に腰掛けると、小浜湾の方から冷たい風が吹いていて、首筋から肩もとにかけては涼しかった。

 しかし、これが油断の元で、気づいたら顔も手も焦げたように焼けていた。帰りの電車の中で、思い出したかのように熱を帯びる腕の憎たらしいこと。

 と、話を元に戻して。

 小浜市長杯は、週末の2日で行われる。初日で1日3試合を行い、決勝に出るチームを決める。今年は、若狭と敦賀気比だったのだが、若狭高校は前日の夜7時半まで試合をしていたとあって、なかなかハードな日程だ。

 そのためか、今日の試合はどうもピリッとしない内容だった。選手たちは、昨日の疲れが取れていないだろうし、球場が狭い上、風は追い風。また、夏前ということもあり、双方主戦投手の登板はなかった。“打ち合いをしてくれ”という条件が整いきっているのである。

 でも、間違いなく試合である。出れない選手は、メガフォンを持って応援する側に回わり、スタンドでは両校の父兄や生徒、地元の野球ファンが見守る。私の地元では、春・夏・秋という大きな大会以外の公式戦がない。だから、こういう試合はものすごく新鮮に映った。

 今日の試合で印象に残ったのは、若狭高校の2番手で投げた1年生のピッチャー。四球がちらほらあったり、痛打されたらがっかりうなだれたり、まだ上半身だけで投げているという欠点があったものの、それですら“この子はまだ伸びるという証拠”と思えることが出来る雰囲気を持っていた。

 前出した通り、点の取り合いで、油断ならない試合展開だったは、中盤から投げ、どうにか踏ん張り、チームの優勝に貢献した。

 試合終了後、閉会式があった。小浜市の人(肩書き忘れた)が、閉会の挨拶のしたのだが、マイクなしだったのが、この大会の素朴さを象徴しているような気がしてならなかった。ちなみに、それでもしっかり聞こえていました。

 見上げると、背中越しにある小浜湾の水に色に似た空と、試合前、準備の整ったグランドにしかれたラインに負けないほどの白い雲。梅雨はどこへ?と思うほど、まばゆい太陽。

 やっぱり野球だなあと思う。

 相方とのおデーの約束をキャンセルし、求職活動もそのままに…。それでも、今日は野球でよかった。


追伸:敦賀気比が数年前から、全国レベルで活躍するようになり、こういう大会がありがたいものだとわかったとは地元の友人談。そんなチームと試合をすることによって、他の4校のレベルも底上げされつつあるようだ。



2002年06月08日(土)
(野球日記なのに何故か)職探しの話


 こんばんわ。あるこ、26歳、独身、無職。ただ今求職中です。そんなわけで、今日は、今まで体当たりし、玉砕した会社(店)で印象的だった出来事、コメントを紹介させていただこうと思います。

 世の中にはこんなアホなヤツがいます。職のある人も、ない人も、探している途中の人も、その立場は一旦横においといて、とりあえず読んでみてやってくださいな。あなたの心のオアシスとなれば、作者冥利に尽きます。


 1,駅前のファミリーレストランホールスタッフ・時給880円

 不採用の理由:「うちはそんなにたくさん入って(勤務して)もらえないんで。なんなら、支店があるので、そちらはどうでしょうか?」→遠い上、時給が130円も安いため、断る。

 2,徒歩3分。地元畜産会社事務・時給720円

 「PC出来ますか?」の一言にビビッて、電話の地点で応募を却下。

 3,四条界隈の居酒屋ホールスタッフ・時給1000円

 電話口に出たおっさん、感じ悪すぎ。頭に来たので、面接をすっぽかす。ホールで何故時給1000円なのか、瞬時に悟る。

 4,駅前大手予備校事務補助(契約社員)・時給1000円

 史上2番目に最低な面接(1番は、学生時代の就活で受けた大手スーパーH和堂)。

 5,四条界隈公務員予備校事務補助・時給800円

 面接日にうっかり相方とのおデーの約束を入れてしまう(このバカ女!)。

 6,市内個人指導型学習塾教務・日給7000円

 史上3番目に最低な面接。

 「なんで正社員にならないんですか?」って言うけど、こっちからしたら、「なんで“なんで正社員にならないんですか?”って訊くの?」と言いたい。

 私の教育界アレルギー、生涯治らないと悟る。

 7,駅前居酒屋ホールスタッフ・時給850円

 条件が合わなかった。こっちの希望は「週4日以上・土曜日は月に1回は休ませて欲しい」で、あっちの希望は「週3日まで・土曜日は必ず」だった。

 すごく雰囲気のいい店だけに残念だったけど、これを無駄足を言わずに何と言う。

 でも、飲食店って、「志望動機」などという野暮なこと訊かんし、いいね♪

 8,駅前居酒屋ホールスタッフ・時給900円

 これまでの職探しの中で最高待遇にして、初めて心から「ここで仕事がしたい!」と思えた店。

 不採用…。→ヘドロ本格化。

 翌週、まだスタッフ募集していて、さらにヘドロになる。

 9,大津市内喫茶店ホールスタッフ・時給800円

 電話で、「ウエートレス希望ですね」と言われ、「ハイ」と言えず、受話器を置く。

 私の顔をご存じの方は、いかにウエートレスから遠いタイプかよくおわかりいただけると思うが。

 一生の不覚…。

 10,地元メガネ店販売員(契約社員)・時給900円

 今朝、行ってきたてホヤホヤの面接です。

 求人雑誌には、パートと書いてあったのに…。ま、会社ってそんなものです、ハイ。

 面接の前に、自分の住所・名前・生年月日を言わされたのには驚いた。あるのか?替え玉面接?!

 面接後、姉の友人(♀・バツ1・子持ち)が、駅前のパン屋(それも平日のみ!)の仕事に内定したと訊き、焦ることなかったと自省。

 やはり日曜日休みに狙い球を絞ろう。とりあえず、めぼしいところ、2,3見つけたから、今度こそ本気でいきまっせ!

 というわけで、ここ、どうか採用されませんように!


 最後にちょろっと、野球の話。

 1,カメラワークに注目。

 今年の阪神戦を見ていると、観客席が写るとき、子供が多い。これが、優勝した1985年頃になると、若い女性が多い。

 これは、この時代に、野球を見て欲しいとターゲットを絞った世代を反映しているんだろうなあと思う。

 あと20年後、観客席ではどういった人が写るのだろう。

 2,広島の新ユニフォーム

 実は、まだ見慣れない。前田選手にしろ、緒方選手にしろ、金本選手にしろ、白地に赤のユニフォームを思い浮かべてしまう。

 でも、たった一人、絶好に似合うと思う選手がいる。それは、今日先発した長谷川投手だ。

 何故、あんなにあの新ユニフォームが似合うのだろう。彼のために作ったんちゃうかと思うくらい。今季、成績がいいのはユニフォームとの相性もいいからなのか?…とまで言ってしまえば大げさだけど(汗)。

 それにしても、長谷川投手はいいね。若いのに、ヒゲなんてたくわえちゃってさ。ワイルドというより、かわいいお兄さんになっちゃってる。ちょっと前のイチローの面影があるなあと思う。ピッチャーとしても能力の高いいい選手。カープ好みだなあと思う。



2002年06月07日(金)
図形問題が苦手。


 昼間、テレビを見ていると、大阪の某高校でコンピューターやモニュメントで、理数に馴染んでもらおうという試みが行われるとあった。

 学生時代頭を悩ませた様々な定理や公式が一目見てわかるように工夫されている。開催者の狙いは、学生に理系が楽しいと思ってもらえることだそうだ。

 あ〜あ、10年遅いよと思う。 
 少子化時代で、大切にされている今の子供たちがちょっとうらやましい。

 私が学生時代、数学が苦手だった。数学といっても苦手にしていたのは図形問題だった。学校のカリキュラムでは、1〜2学期で計算問題をやり、3学期には図形となっていたが、私の場合、3学期になると数学の成績が軒並みに落ちた。

 以前の日記で、絵が描けない理由を「3次元のものを2次元で表せるなんてありえない」と書いたが、どうやらこの図形問題にもそれが当てはまるようだ。

 問題用紙に直方体が書いてあり、[点Aから点Bまでいく一番近いルートを答えなさい]とか[点Cと対称になっている点はどこか]とか、なんや変な壺みたいな立体の面積を求めよという。中でも一番嫌いだったのが、[次の立体の展開図を下の選択肢から選びなさい]といった類のヤツ。

 どうも私は頭の中に立体的なことを思い描けないタイプであるようだ。この辺がこうなって、ここの面はああなって…と考えてるうちに頭がこんがらがってきて、キィ〜と山中に住む野生の猿のような奇声をあげたくなる。

 
 そんな私は、野球の観戦記を読むのが苦手だ。そして、その苦手意識から書くのも苦手になってしまった。

 以前、野球小僧さんで野球小僧大賞という企画があり、読者から野球に関する作品を募集があった。各賞の紹介の後に書かれた審査寸評で、「自分の見た試合を人におもしろく伝えることは難しい」と書いてあったが、まさしくその通りだと思う。

 試合は、立体的だと思う。
 バッターがいる、ピッチャーがいる、野手がいる、ランナーがいる、ベンチには監督がいる、試合展開がある。それらを一様に説明するのは、ものすごい文章力が必要なのではないか。

 野球経験者なら、だいたいの感覚でわかることでも、私のような経験のない者は、文章を追うのが精一杯で、試合内容や状況を把握するにいたらない。メモや簡単な図を書きながら読んでいけば、何とかなるとは思うのだが、文章を読むうちにそこまでする気力を奪われる。

 私の読解力のなさを露出するような気恥ずかしいのだが、今感じている正直なジレンマだ。もっとすっと読める観戦記、ないだろうか。

 いや、これは物事を立体的に見れない私自身の問題だから、無茶な相談かもしれないな。
 



2002年06月06日(木)
“彼”だからという理由。


 今日は、夕方から高校野球の練習試合を観戦してきました。

 夏が近いためか、平日にもかかわらず、試合が行われたのです。試合開始は、夕方5時前、まだまだ明るいのですが、すでに暑さはピークを過ぎており、なかなか快適な観戦でした。

 また、終盤にはナイターとなり、これまたいい雰囲気に。平日の高校野球、やみつきになりそうです。


 今日の試合、なかなかの接戦で面白かったのですが、私が一心に注目したのは、バット引きをしていたある新入部員でした。

 何故かわからないのですが、視界にちょろちょろと入ってきて、そのうち気になって目で追い始め、気づいたら釘付けでした。なんか恋する中学生みたいですね、ハハ(^^;)。

 この日、バット引き係をしていたのは3人の新入部員。まだ正式なユニフォームがもらえず、練習用ユニフォームを着用し、背中や腰ひもにマジックで申し訳程度に名前が書いてある。もっとでっかく書いて目立たなあかんでとか思いつつ。

 3人の新入部員は、緊張の面もちながら、とても初々しく、テキパキと役割をこなしていた。その取り組み方に特別な差はない。

 しかし、私は他の2人ではなく、その子に注目した。何故かわからない。でも、目が行ってしまう。

 ちゃんと仕事しているかな、先輩や監督に怒られたりしていないかな。かわいい弟を持つ姉の心境が分かる気がした(本人にすりゃ、見知らぬ姉ちゃん(もしかして、おばさんと思われてる?だって、年の差11だもんなあ)にそんなこと思われてもいい迷惑だろうけど)。

 真剣に試合を見守るまなざし、時間とともに拍手をし、声も出てきたことにホッとひと安心。ファールボールを取りに行くために、側を走り抜けて行ったときは、心の中で、“がんばれよ〜”の声援を送った。

 終盤、監督が部員を集めて、厳しい口調で諭す機会が増えてきた。その度に、「どうしよう」という当惑の表情を浮かべながらも、ベンチの方を向いて、先輩たちと同じように直立不動で、指導者の声を聞いていた。不覚ながら、そんな彼を見て、「かわいいなあ」と思った。

 “おいおい、自分、ヤバイんちゃうか、年考えや、年を!”
 “わかってるわい、そんなんちゃうわ!”

 頭の中で、“私”と“私”が言い争いを始めた。こんな経験は、久しぶりで戸惑った。

 私は、どこでどんな高校野球を見ていようと、疎外感を感じることが多く、頭から超強力インク消しでもかぶって透明人間になれればどれだけ楽だろう思うことがある。今日も一時期はそうだったのだが、彼の存在はそんな思いを吹き飛ばしてくれた。

 よく「彼のどこが好きなの?」と訊く人がいる。でも、私はそんなの野暮な質問だと思う。世界は果てしない。だから、自分の彼よりかっこいい人も、優しい人も、お金持ちの人もいる。それなのに、何故“彼”なのか。それは、“彼”だからとしか言いようがない。

 だから、今日の彼も、「“彼”だから」なのだろう。
 
 たくさんいる新入部員。すでに試合に出ている子もいれば、彼より体格のいい子もいる。また、彼より大きな声で声援を送る子もいた。でも、そんな中で、私は彼を選んだ。

 あ、そう言えば、ユニフォームがわりとさまになってたかな。いい選手はユニフォームの着こなしでわかるという言葉があったっけ。


 君の学校名と名前、しっかりインプットしたから、2年後、楽しみにしているよ♪

 せやから、途中で辞めたりせんどってや。



2002年06月05日(水)
サウスポー対抗歌合戦?!


 今日は、北信越大会書き残し分第二弾です。


 大きな大会を観戦するのは、久しぶりだった。フィールド内を始め、スタンドや周辺を見渡しても、気合いの入り方の違いが分かる。特に、控え部員がスタンドで繰り広げる応援が全然違う。

 攻撃のときはもちろん、守備のときも立ったままで、ピンチのときには心強い声援を送っている。私が応援団の気合いのバロメーターにするものの一つに“歌”がある。

 普通の応援団は、音楽に合わせてメガフォンを叩き、「かっとばせ〜、○○(選手名)」となるのだが、気合いの入っている応援団は、音楽の間も歌(またはメロディー)を叫び、喉に休憩時間を作らない。

 よくよく思い起こしてみると、高校野球には至るところに“歌”がある。

 たとえば、試合終了後、勝利チームが歌う校歌。学校によっては、勝利を意識づけるために、練習終了後、グランドで歌わせるチームもあるのだとか。

 あるいは、練習で度胸付けの一環として行われるアカペラで歌を歌わせる学校もあると聞いた。そして、前述した応援団が叫ぶ(どう見ても“歌う”じゃないし)歌もある。そういえば、選手アンケートとかで、好きな歌やカラオケの十八番の項目がもうけられているのもあるなあ。

 そういえば、“和製スティンゲル”と呼ばれた名将・香椎瑞穂(故人)さんが、「サウスポーの選手は、みんな歌がうまいぞ。オンチはいないぞ」(1)と言っていたという。

 今、高校野球で注目を集めるサウスポーはと聞かれてもパッと思い浮かばないのだけれど、そんな彼らのピッチングを見るのもいいが、試合が終わってから、カラオケボックスに連れて行って、1曲歌ってもらうのも面白いかもしれない。


 参考文献(1)岡邦行著「野球に憑かれた男」(報知新聞社)


 おまけ。

1,新発田南と敦賀気比は、試合前と試合後のナインの挨拶のとき、応援団もスタンドの観客の方を向いて、一緒にお辞儀をしていた。

2,上田西は推定80人程度かと思われる大応援団だが、前の6人が踊り付きで応援していた。なかなかおもしろい振り付けで、相手校応援団も真似して遊んでいた。

3,スタンド内でファールボールを拾い、場内に渡すスタッフ的役割は地元高校の野球部員の仕事だが、今日、ファールボールを拾いに来たのは、おかっぱ頭の女の子だった。マネージャーかなあと思っていたら、部員と同じグランドコートを着、下は練習用ユニフォームだった。もしかして、女性部員??

4,最近は「がんばれ〜」ではなくて、「燃えろ〜」というのが主流なんだろうか。

5,丸坊主頭に、腰くらいまである長い赤いはちまきをしている応援団の部員をしばしばみかけるが、あれはかっこいい。




2002年06月04日(火)
華を磨く


 今日の日記のスペースを使って、先日見に行った高校野球北信越大会について書き残したことを書きます。2つあるのですが、今日はその一つ目です。

 
 もうすでにご存じの通り、私は野球技術に疎い。だから、見るのは基本的に“試合”ということになる。試合なら、技術に明るくなくても、その場の雰囲気でそれなりに楽しめるからだ。

 そんな私だから、守備のうまさの是非は、捕球の是非とイコールで結べるものだと思っている。最近、ようやく、“そこそこうまい”“うまい”“めちゃくちゃうまい”がわかり始めてきたところだ。


 しかし、今日、見た敦賀気比はちょっと違った。

 昼下がりの球場、場内放送の「ノックを始めてください…」のアナウンスとともに、ナインが守備位置に散った。

 速い打球。野手の側でバウンドする捕球はかなり難しそうだ。しかし、当たり前のように低い位置にグローブを差し出し捕球する選手たち。

 パシッというボールがグローブに収まる音が、球場の上段にいるこちらの耳にまで届く。捕球音と言えば、キャッチャーのものしか聞いたことがない。新鮮な驚きだった。

 うわぁ、ノックの王者や。
 相当厳しい練習を積み重ねてきたんやろなあ。

 それが、私が同校に受けた第一印象だった。

 確かに、守備はいいし、うまいと思う。でも、このチームにはそれ以外のものがあるように思えた。

 私は、地元で高校野球を見ている。ありがたいことに京都はそうレベルの低くない地域なので、守備のうまいチームはわりとあり、それなりに舌も肥えているつもりだ。

 しかし、同校にはそんな地元校にないものを感じた。ただの“ノック”ではないと思う。躍動感あふれる選手の動きに、ノッカーから放たれる厳しい打球…。

 あれは、どう見ても“魅せる”ノックだ。

 勝手な思いこみかもしれないけれど、ノックを受ける選手の体から「俺を見てくれ!」というオーラを感じた。私は、そんなノックの光景にどんどん引きずりこまれていった。

 試合前のノックを“眺めている”ことはあったが、“凝視した”のは始めてだった。ノックだけでも充分見る価値のある内容だった。

 ちょっと前、うちのHPの掲示板に常連さんが守備に関して、「華を磨いて欲しい」と書かれていたのだが、私は同校のノックを見ていたとき、ふとその言葉を思い出した。

 華を磨いているチームが、こんなところにあったんだなあ。



2002年06月03日(月)
バカとあるこは高いところ好き


 私は、高いところが好きだ。球場に行ったら、ほぼ100%最上段を陣取る。席がなかったら、一気にテンションが低くなる。

 甲子園の阪神戦で最上段を取るのは、後ろの人に気兼ねなく立って応援することが出来るし、後ろスペースに荷物が置けるからなのだが、立って応援することのないアマチュア野球でも、やっぱり最上段を探してしまう。

 眺めがいいのだ。全体を見渡せるし、夏は風が心地いい。


 今日、就職試験のため(うちの周りこんなんばっか?)上洛してきた友人と京都でおち会い、京都タワーの展望台に登った。地元民のくせに、いや、地元民だからこそ、展望台に登る経験などそうはなく、実はこれで2回目のタワー見物だった。

 今日は天気が良く、視界良好。最上階から、360°の景色が見渡せる。「御所や、御所や」「あ、龍大あそこちゃう?」「キャハハ、伏見桃山城や〜」「平安高校ある」「清水寺はどこかな?」。どれが私の発言かは、想像にお任せします…。

 友人と飽かず、町並みを眺めていた。駅前にはたくさんのビルが建っている。普段は見上げるしかないその群れも、上から見下ろすと全くの無警戒。殺風景なコンクリートに、古びたモーター。あっちにもモーター。こっちにもモーター。

 だんだん笑えてきた。あの下でたくさんの人が働いている、そしてたくさんの人が買い物や暇つぶしのために集っている。お金が飛び交う。

 きれいな人も、そうでない人も、職を持っている人も、そうでない人も、所詮はあのモーターの下にいるに過ぎない。はんっ、たかがしれてると思う。

 やっぱり笑えてくる。誰が泣こうが笑おうが、辛かろうが、悲しかろうが、今日もモーターは回る。

 いろいろ悩んでいるのが、アホらしくなってきた。

 「人は高いところに来(こ)な」。面接でしくじった(本人談)高所大好きな友人は、満足気にそう言った。

 「ほんまやな。たまには社会を見下ろしてやらんとな」、そう答えておいた。



2002年06月02日(日)
HLC


 HLC。どこかの化粧品や洋服のブランドの名前ではありません。野球用語でもありません。

 正式名称は、「ヘドロ・ラブ・コミュニケーション」。

 なんじゃ、そら。
 
 ご名答。これは、友人が私たちに命名したニックネームみたいなものだから。

 数日前から、私と友人は、内容こそ違えど、かなりの鬱状態なのだが、友人がそんな心境を「ヘドロ状態」と言い出したのがそもそもの始まり。

 私と友人はヘドロ仲間というわけなのだが、それではあまりにもしょぼいので、友人がかっこいい名前を考えた。それがHLC。「なんか、国際機関みたいでいいやん♪」とのこと。


 それはともかく。ここ数日のヘドロ状態の中でいろいろ考えてみました。

 ほんまに落ち込むときというのは、「すべて自分が悪い」と思えたときなのではないかと思うわけです。

 たとえば、私、仕事が決まらないわけですが、採用してくれない企業を恨むより、採用されない自分を恨む方が落ち込み度が激しくなるわけなんですね。

 いろんなことを真剣にやらないまま年を取ると、自分で自分が信じられなくなります。これぞまさに、自信がない、自分を信じられないということなのでしょう。

 何か目標やしたいことが出来ても、確固たる成功経験を持っていないと、「ほんまに出来んの?」「どうせ、すぐイヤになって止めるんちゃうの?そうしたら、またへこむのは自分やで」となるんですね。
 
 去年は入っていた服が入らない。入ってもおなか周りが気になる。ウエストが苦しい。太ってる自分に腹が立つ。「痩せてやる!」と思いながらも、現状はやはり太いわけで、そのギャップがストレスを生み、してはならない「食べ過ぎ」という行為につながる。

 イヤになって、イヤになって、イヤになって。

 しまいには何で悩んでいるのか、何がイヤなのか、わからなくなる。
 
 少し前までは、野球を見ることが目の前にせまったそんな現実からひとときでも逃れられる癒しだったのですが、今は逆で、がんばっている選手を見ると、そういう現実を突きつけられます。

 実は、この日記、6/3に書いています。この日は、ほんまに歩くことも億劫で、意味なくひたすら水を飲んでいました。

 おかんが「あんた睡眠不足なんやで、寝ぇ」と言うので、試しに寝てみた。起きてたってロクなことを考えないんだろうしと思って。

 夜8時から、朝3時まで寝た。すると、少し気分が楽になって、こうしてPCのキーも打てるようになった。体調不良は鬱を促進されるんだなあと改めて痛感。


 それでも、私の鬱は終わらない。
 誰かに思いっきり叱られたい。

 何しんとんねん!しっかりせえよ。
 今日から、全身の血を入れ替えてやれ!、と。

 他力本願はよろしくないと思うが、今の自分には、自分で自分を鼓舞出来る気力はない。
 
 どうせ、叱られるなら、そこらへんのオヤジとかじゃなくて、何かすごい人に叱られ4たい。そうやな、すごいカリスマもった高校野球の監督とか。それも、昔気質の人がいい。

 「いいか、思い切り歯を食いしばれ!」。そう言ったあとで、吹っ飛んでしまうほど殴られたい。ものすごく痛いと思う。泣くかもしれないし、逆ギレするかもしれない。とにかくよくわからないけれど、そんな心境だ。

 
 夏が近づき、練習もますます厳しくなる選手たち。当然、指導者から飛ぶ声も厳しさを増すだろう。

 でも、ひとつ、「叱られてるうちが華」だと思って、堪えて欲しい。




2002年06月01日(土)
ボールを大切に。


 私にとって、高校野球を始めとするアマチュア野球では、下手であることはヤジや批判の対象にならない。特に学生のする野球は発展途上だし、人には限界というものもある。

 しかし、そんな私にも批判対象になる行為がある。それは、ボールを大切にしないこと。言うまでもなく、野球の中心にボールがある。そのボールを大切にせずに何が野球だと思う。


 今日、練習試合を見ていたのだが、このボールの取り扱いが両校で見事に明暗が分かれていた。

 たとえば、守備についていてスリーアウトチェンジになったとき、ボールを持っている選手が(何故かその選手が決まっていた。そういう役割みたいなものがあるのだろうか)、次のピッチャーのためにマウンドにボールを戻すときのこと。

 片方のチームは、やや距離のある場所から、マウンドに向かってトスするようにボールを投げた(これに対して、同行していた相方がキレてた)。

 もう片方のチームは、ボールを持ってマウンドまで行き、きちんとプレートの側に置いていた。

 さて、問題です。この試合、どちらのチームが勝ったでしょうか?

 おわかりですね。

 試合に負けた方のチームをよくよく見てみると、やはりボールにたいする気持ちがガサツだと見受けた。

 たとえば、キャッチボールでボールをこぼしてしまった後も、素早くボールを拾いに行かない。ボールがいつか止まることがわかっているからなのか、それとも誰かが拾ってくれることを期待しているのか、単なる時間稼ぎなのかはわからないが。

 このチームの行く末が心配になった。ゲームの中で、イレギュラーバウンドやエラーが発生したとき、傷をさらに広げてしまうチームであることは容易に想像できるし、実際、そういう場面を何度見た。

 そもそも夏を控えたこの時期に、キャッチボールの地点でボールを落とすって…。

 昔、夏の大会で早々に負けたあるチームの監督が、「キャッチボールも出来ないチームが勝てるわけない」とコメントしていたが、それもよくわかる。

 夏まで、あと少し。

 たとえば、京都では7月中旬に大会が始まる。1ヶ月半で出来ることなんてたかがしれているだろう。だからこそ、ボールを大切にして欲しい。

 確かに、ボールを素早く拾いに行ったり、マウンドにきちんとボールを置いたからといって、100km/hそこそこしか投げれない投手が急に130km/h投げれるとはとうてい思えないし、シングルヒットを打つのが精一杯な選手がホームランバッターになれるとも思えない。

 しかし、そういう姿勢が集中力や素早い行動を生むと思うのだ。実際、強いチームはそういうところもきちんとしている。(むろん、そうでないチームでも出来ているチームはあるが)

 何も難しいことではない。だまされたと思って、やってみて欲しいな。