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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2002年04月30日(火)
嗚呼、梅田応援団


 阪神が元気だと、やはり阪神ファンも元気だ。というより、アホが爆発する。

 昨日の試合終了後、場内の閉門で半ば追い出された形になってしまった虎キチたちは、球場周辺でまだメガフォンをドンドン叩きまがらバカ騒ぎをにふけっていた。

 「阪神ファン、アホばっかりや」。そう口にはするものの、このアホさ加減がものすごく嬉しい。ここ数年、負けた時は当然として、勝ったときでもこんな光景、見受けることは出来なかった(ま、去年は3勝12敗だったんだけど)。


 そのバカ騒ぎは、人の流れとともに移動する。球場を出ると阪神「甲子園」の駅前で同じことがなされる。そして、駅前を過ぎると、電車の中。今はどうかわからないが、90年代前半までは電車でメガフォンをドンドン叩き、応援歌を歌い、意味のない奇声を発するなどという公害的な行為が平然となされていた。

 そんなバカ騒ぎの終着駅は、大阪・梅田である。私も梅田を過ぎると、さすがにメガフォンを手にしているのが恥ずかしくなる。

 今は、JR「甲子園口」から帰宅するようになったので、この梅田に立ち寄ることはないのでが、数年前までは、私もバカ騒ぎの始発から終点まできっちり参加
していた。

 虎キチたちを乗せた電車が終着駅「梅田」に着くと、改札を出て間なしの広場で、またバカ騒ぎが始まる。

 先頭に立って声を張り上げる人が2,3人いて、交代してバカ騒ぎの指揮・陣頭をとる。その周りにはまた騒ぎ足りないファンが集まる、輪が二重三重になる。

 六甲おろしの熱唱→応援歌斉唱(これは、次第に古いもの、マイナー選手へとエスカレートする)と、今初めてやるかのごとく気合いの入った叫び声が響き渡る。

 そして、その日が何戦であろうとおかまいなしに始める読売巨人軍ヤジ大会。内容はここにはとても書けないので割愛させていただくが、よくそこまで思いつくよなあと同じ阪神ファンでありながら、呆れ混じりの感嘆のため息がこぼれる。

 そんな中に、会社帰りの酒気帯びたサラリーマンが乱入してくる。その騒ぎで明らかに阪神が勝ったことを分かってながら、「おぅ、兄ちゃん、今日、阪神どないやった?」と聞いてくる。阪神が勝ったことを伝えると、にわかに起こるオヤジコール。握手を求め、抱き合い、「今年は優勝や」と口にし、最後はこれまたオヤジコールでお見送り。君ら、なんでもええんか。(往々にして、こういう団体はオヤジをもてはやす傾向にあるように思う)

 そうそう、以前、いつも通り、「お、今日、どないやった?」と効いてきたおっちゃんがいたので、仕切っていた兄ちゃんが阪神が勝ったことを伝えると、そのおっちゃんは、「なんや、ワシ、巨人ファンやのに…」とつぶやいてその場を去って行った。本気なのか、単なるボケの一種だったのかよくわからないが、みんなで「帰れ」コールをして、応えてあげた。

 梅田構内では、そんなバカ騒ぎがいつ果てるともなく続いていた。自分が観戦していなくても、大阪に遊びに行った帰り、この団体の有無で試合結果が分かった。

 ここ数年、お目にかかっていないが、今は復活しているだろうか。21世紀になっても相変わらず「○売新聞、便○紙」(これ以上書けない…)などと叫んでいるのだろうか。今度は、梅田に立ち寄ってみよう。



2002年04月29日(月)
中日ファンの凄まじさ。


 今日、今季初の阪神戦を見に甲子園に足を運んだ。あいにくの天気と連敗で、観客は思っていたよりかは少なかったが、それでも、券売にたどり着くまでに25分かかり、ライトや一塁側の席は行列の途中に、「売り切れ」の看板を持ったスタッフの兄ちゃんが立っていた。

 試合展開は、逆転→再逆転を経て、5−3で勝利。ホームランってこんなに簡単に出るものかと、半ばあきれかえるような痛快な攻撃。私のような自虐的阪神ファンは、「これで我がを失うことにならなければいいのだけど」と返って心配になるほどだ。

 と、今日の感慨に浸るのはこの辺にしておいて、ちょっと印象的だったことを書かせていただきますね。


 試合が終わって、六甲おろしや選手の応援歌を歌う勝利の儀式も一区切りすると、観客はぞろぞろと球場を後にするのだが、そんな人影がまばらになったスタンドに捨て去られたゴミたちを見て歩くのがなかなか面白い。
 
 ビールの入っていた紙コップ、お菓子の袋に弁当のパック、以前は紙吹雪(今は禁止)に使った小さく刻まれた広告やスポーツ新聞の切れ端が至る所にこびりついていた。ジェット風船は風に流されるので、スタンドにはそれほど残っていない。また、雨天中止が決まった後は、半券が落ちていることがあるので、なかなかおいしい。

 今日観戦していた場所はレフトスタンドで、ファンの陣取る席も阪神と中日ファンとがごっちゃになる。人がいなくなったあとでそれらを見分ける方法は、やはりゴミにある。

 勝ったチームの応援席にはほぼ皆無で、負けたチームのそれにあるのが、メガフォン。今日も多くのドラゴンズメガフォンがスタンドに転がっていた。負けたときのメガフォン、私も捨てるようにしている(スタンドに置きっぱなしにはしてません。念のため)。負け癖がついていそうで、そのメガフォンで応援していたら、次も負けてしまいそうだから…。

 今日も強者のゴミと出会った。
 
 ドラゴンズファンが陣取っていたスタンドには、なんと服が脱ぎ捨てあった。目をむいてしまった。ふ、服や…。

 誤解を招く前に申し上げておくと、服とうより応援衣装に近いものだった。それも、文字通りの「脱ぎ捨て」で、その姿を見ていただけで、どういう風に脱ぎ去ったか分かってしまうほどだ。

 きっと今日の報われない試合展開に、「やっとられるかい!!」とメガフォンを捨てる感覚で服を脱いでしまったんだろう。服に負け癖がついてもかなわないだろうし。

 そんな光景は初めてであっけに取られて、その服をただ眺めていた。阪神が負けたときのゴミもたいがい凄い物が転がっていたりするが、さすがに服の脱ぎ捨てにお目にかかったことはない。

 「中日ファンって、マナー悪いなあ」などといい子ぶった発言をする気は更々ない。ただ、その凄まじさに、ある意味、畏敬の念を抱いてしまった。


追伸:ゴミは所定の場所に捨てましょう…と言っても所定の場所に収まらないのが現状なのだけど。



2002年04月28日(日)
愛犬・シロと高校野球の月日


 今日の昼間、「家族やから」という番組を親子3人で黙々と見ていた。この番組は、家で飼っている犬の“老い”とどう向き合っていくのかを問うドキュメントだった。

 番組は、4,5匹の老犬を取り上げ、その暮らしぶりを追いかけたり、家族の話によって構成されている。

 交通事故で体が不自由になった犬、痴呆で深夜に吠え続ける犬、寝たきりになってしまった犬などが、取り上げられていた。中には取材中に亡くなってしまった犬もいた。

 犬といえば、元気に走り回っている姿を真っ先に思い浮かべるが、犬も生き物である以上、年をとる。番組を見て、その介護がいかに大変か痛感した。

 しかし、これも我が家では人ごとではない。うちには犬がいる。毛並が白いことから、つけられた名前は「シロ」。なんて安直な…。紀州犬と秋田犬の雑種で、近所の人の軒先に住み着いた野良犬が生んだ子犬だった。家の人が困って保健所に連れて行こうかと思案していたところを、親が引き取ってきたのだ。


 1991年4月5日。阪神甲子園球場では、センバツ高校野球大会の決勝戦が行われていた。対戦カードは、松商学園ー広陵。どちらも名門校だが、前評判ではV候補には全く挙がっていなかったと記憶している。

 松商学園は、緒戦で大会屈指の好投手・鈴木一朗選手擁するV候補の一角・愛工大名電を3−2という僅差で下したあと、続く、天理・大阪桐蔭・国士舘とこれまたV候補を全て完封でなぎ倒し、決勝戦に駒を進めた。

 原動力は、もちろんエース・上田佳範投手。信州っ子を思わせる白い肌に、今では考えられないほど太く濃い眉毛が端正さを引き立てていた。申し分のない投球内容で、強豪を次々と倒していく。最後のバッターを討ち取った瞬間は、オーバーなほどのガッツポーズに満面に笑顔。そのさわやかさがもてはやされ、甲子園にはたちどころに“上田フィーバー”が巻き起こった。

 私もそのフィーバーに巻き込まれたファンの一人だった。スタンドには、頭を丸刈りにして、油性のペンで「上田」と書いて応援していた気合いの入った年輩男性もいた。この日も、上田投手の完封で松商学園が勝つことを信じて疑わなかった。

 対する広陵高校は、緒戦の三田学園戦で、終盤までリードを奪われていたが、土壇場で同点に追いついた。その後、悪天候のため、引き分け再試合が決定し、それを見事にものにしている。

 それからは、するすると勝ち上がっていった。一つ特筆するとすれば、ベスト4で、2試合連続逆転サヨナラ勝ちをおさめ、“ミラクル”と称されていた市川をそつのない試合運びで、下しているミラクル止めをしている。ともすれば、この上田フィーバーをも止める可能性は十二分にあったはず。しかし、当時の私はそこまで頭が回らなかった。

 試合結果は言うに及ばす。5−5の同点で迎えた9回裏、二死一二塁から、広陵・下松選手の放った打球は、ライトへぐんぐん伸び、精一杯差し伸べたライトのグラブのすこし先をあざ笑うように抜けていき、緑の芝生に落ちた。すでにスターを切っていたセカンドランナーがホームを駆け抜けていた。ライトを守っていたのは、途中で降板したフィーバーの張本人・上田選手だった。

 あまりにも非情なドラマに放心状態になった。上田君、かわいそうと思った。事態が飲み込めず、結果をとても信じられなかった。


 シロが我が家に来たのは、そんな日の夜だった。犬の嫌いな私は「えらいことになったな」と気持ちがますます沈み込んだ。段ボールの中に入った子犬が夜泣きするのが耳障りでかなわなかった。家族に承諾なく、勝手に犬を飼う親に腹立たしさすら覚えた。人生、自分の思うようにはいかない。この日、そんなことをかすかに感じたっけ?

 月日がたち、家族はシロを抱いたりあやしたりしてかわいがったが、私は一向に関わろうとはしなかった。だから、子犬だったころのシロについてはあまり記憶がない。

 それから、2年ほど経った。姉が大学に進学するための入学準備品を買うため両親と出かける機会が多くなった。当時我が家には祖母が同居してたが、留守番を申しつけられるのは、やはり私だった。シロが一人で寂しがらないようにと、家の中に入れて、両親と姉が出かけていった。

 1階の居間には、私とシロの二人(?)きり。私は、シロに構うことなく、テレビを見たり、本を読んだりしていた。しかし、そんな日々も積み重ねてみるもので、シロは自然と私になつくようになった。私のそのころには、犬はただかみつくだけの動物ではないことがわかり、ちょっとずつだがシロと関わるようになった。

 今では、「犬ってかわいいなあ」と思う。両親や姉に比べると、まだまだ愛犬意識は希薄だが、それでも「シロがいなくると、泣くかもなあ」と思うし、いつか必ず訪れる別れの日を思うと、切なくなる。

 シロは、今11歳。人間にたとえると60歳。還暦を迎えたおじいちゃんだ。家族が過剰にえさをやるため、丸々と太ってて、成人病が心配なくらいだが、今のところは元気だ。それでも、気づいたらよく眠っているし、以前ほど部屋を駆け回らない。また、散歩でも途中で疲れてしまうみたいだと父が言い、時々訳のわからない吠え方をすると母が言う。シロにも確実に“老い”は忍び寄ってきている。


 シロが我が家に来た日、悔しい敗戦を喫した上田選手は今、日本ハムファイターズの中堅選手としてがんばっている。
 
 その年の秋、ドラフト1位で日本ハムに入団した。入団当初は投手で、会見では「200勝投手になりたい」というコメントを残している。しかし、それも叶わず入団3年目かで外野手に転向。一時はレギュラーを張っていたが、今はもっぱら代打で出る程度になってしまった。

 テレビに映るたび、当時の上田選手の姿を思う。実況アナウンサーや解説者も「“あの”上田選手」という風に口にする。

 日頃は、あちこちによだれを垂らしたり、寝ているところを「(体)さすってくれ〜」と伸びた爪でお手をしてくるので、顔がいたくてかなわない。だから、「あ〜。うっといなあ。どっか行けや!」とシロを邪険に扱ってしまったり、気分の悪いときにやはた吠えられると、思い切りしばくこともある。

 でも、テレビで上田選手の姿を見かけるたびに、「もう少し優しくしてやらなあかんなあ」と思う自分がいる。

 



2002年04月27日(土)
無題


 史上最低の試合だ、と思った。 

 今日、応援している高校がよもやの敗戦をくらった。いや、言い切ってしまおう。負けるべくして、負けた。

 個々の能力を考えたらこんなところで終わるチームじゃないし、もっとやれるチームだと思う。

 また今の選手だけでも真っ白なユニフォームに身を包んでいたあどけない顔した新入生に頃から見ていて、それなりの思い入れがあるし、いいところも知っているつもりだ。

 また指導者が目指している野球にも魅力を感じるし、だからこそここまで応援してきた。

 また、父兄さんにもお世話になってるし、OBや関係者など、応援生活で得てきた出会いや思い出はかけがえのない宝物だ。だから、「最低の試合だ」なんて言うと、それらに泥を塗ってしまうようで心許ないが、それを振り切ってでも、こう言わずにはいらなかった。

 先制し、中押しもし、点差を詰められたら、突き放し、機動力を生かし、バンバン盗塁し、打球もよく飛ぶ。ピンチになれば、三振も取り、野手の大ファインプレーに場内がわいた。それでも、気づいたら、逆転負け。一体、何がどうなってんの?

 大きな違いは、やはり守備力。…いや、精神力かもしれない。

 今日の試合はとにかくエラーの多い試合だった。終盤は、とくに先頭バッターがエラー(あるいはきわどい内野安打)で出塁するシーンを頻繁に見受けた。

 大きな明暗は、エラーでランナーを出してしまったあとにある。勝ったチームは、そのあとときちんと抑え、負けたチームはそれが出来なかった。

 1つのエラーは連鎖反応を呼ぶ。それは、1つのエラーで、他の野手も「どうしよう」と不安になってしまうからなのか、「なんとしてでも抑えなければ」と力んでしまうからなのか、それはわからない。

 でも、秋も同様の原因で敗れている以上、いい意味で「エラーはあって当然」くらいに開き直って、そのあと思い切ってプレーをするという気持ちの切り替えが出来れば、より野球が楽しくなるんじゃないかな?と何も知らない私は思う。


 もうええわ、さっさと負けたら?

 こんな感情は、初めてだ。
 つい昨日、いや今日の試合の中盤までは、「応援しているチームの勝利を願うのは当然」と一点の曇りもなく信じていた。

 でも、今日の試合、どこをどう考えても、点差がついてもあきらめずにこつこつがんばっていた相手校が勝たなきゃ嘘だ。

 今日の敗戦を選手や首脳陣はどう受け止めているんだろう。悔しいのか、情けないのか、恥ずかしいのか、ショックなのか。

 
 試合が終わったあと、しばらくその場で放心状態になって、ただぼーっとグランドを眺めていた。

 おそらく選手が抱くであろうそんな気持ち、鏡の反射のように私にも重くのしかかっている。

 「がんばらなきゃ」と思いながら、ズルズルダラダラして日々が過ぎていく。のんびり、ゆったり。そんな自分もいいさとまた物事の全力でぶつかる機会を逸する。自分はどうせがんばれないから。自信がなく、すぐ近くにある夢やチャンスから目をそらす。なんでがんばれないんだろうと自分で自分を問いつめる。考えるより行動。頭では分かっているのだけれど、そこにふみとどまったまま動こうとしない自分…。

 私なんかに選手やチームのことをどうこう言う資格はかけらもない。だから、こそ、今日の試合は見ていて辛かった。


 春で良かった。型どおりのことを思い、癒されたい自分がいる。これ以上の雪辱が他にある?よくあるサクセスストーリーのように、夏には飛躍した選手を見ることが出来るのだろうか。出来れば見たいと思う。でも、それも以前ほど強く願わない。

 残り少ない高校球児生活を精一杯謳歌するのか、それともこのまま適当に流されていくのか。それは、選手が決めること。

 「一生懸命がんばって欲しい」なんて言葉を送る気など毛頭ない。はっきり言って私がすることでもないし、言えた義理でもない。

 私は関係者ではないので、高い実績や甲子園やプロから注目される選手が出てくることなど、それほど望んでいないし、正直現状では期待できない。

 願いはただ一つ。
 たとえ、京都大会1回戦コールド負けでもいい。
 心の底から、「みんな、よかったよ。よくがんばった!」。そう声に出来る試合が見たい。

 でも、その前に私もこの雪辱を人ごととは思わず、来るべく夏に備えて何か自信をつけておきたい思う。

 このチームを見切る・見切らないはそれからでも遅くない。私がファンを止めたって、彼らには痛くも痒くもないし、知ったこっちゃないだろうから。




2002年04月25日(木)
タイガースな店@天六


 関西に限っていないかもしれないが、阪神圏内にはタイガースにあやかった居酒屋がわりと多い。

 今日行った「吾作どん」のそのひとつ。大阪・天六(天神橋筋六丁目)にある知る人ぞ知る店だ。

 聞くところによると、阪神が勝ったその瞬間から生中が100円になるとのことで、テレビで阪神がリードしていることを確認すると、一路天六方面へ。

 店に入ると、威勢のいい「らっしゃい!」という声が聞こえた。タイガースのハッピを着た女性の店員に、テーブル席に案内された。店内にある2台のテレビは共に倉敷で行われているタイガース戦が映し出されていた。

 店内は7割程度の混み具合。テレビを気にしている人は、思ったより少なかった。店のいたるところに選手のポスターやタイガースグッズがちりばめられていた。

 注文を危機にいた女性店員は、「阪神が勝つとね、生が100円になるんですよ、粘って行ってくださいねえ」と一言。口調がなんとなく尾崎小百合に似ていた。

 ハラハラドキドキしながら、試合を見守っていた。リードしてはいるものの、カープも2位は伊達ではなく、常に追いすがる体制見せていた。

 勝利を確信したのは、9回表のアリアスの3ランが飛び出したときだ。(今日、3HRだったんだね、この人。アナウンサーが勝手に「悩める人」なんているキャッチフレーズをつけていたけど…)。さすがにこのときは、冷静を装っていた客も「うぉ〜!!」と言ってわいた。

 最終回の攻撃、店員さんが「盛り上がってくださいねぇ〜」と言って、私たちに小さなメガフォンを貸してくれた。他にも2,3組にメガフォンを渡していたようだが、全員ではなかったことから、気合い入ってるファンとして選抜されたのかもしれない?!

 勝利の瞬間は、ひとまず盛り上がったが、思ったほどではなかった。この店は、魚物がおいしいとあって、純粋に飲みに来ているだけの人もいるようだ。また、試合終了前後に、立て続けで客が来た。明らかに狙っているのに、それをおくびにも出さないポーカーフェイス。憎いねえ…。

 ゲームセット直後は、案の定、生の注文が殺到した。しかし、店員さんも手慣れたもので、それほど待たされることもなかった。6回表から入店していたとあって、100円ビールの恩恵をそれほどあやかれなかったのがちょっと残念ではあったけれど、メガフォンとビールで阪神を応援したのは、今季初だった上、なかなか家で見ているよりかは遙かに球場気分に浸れたので、楽しかった。

 その後、店内の有線が六甲おろしや選手応援歌のカラオケに切り替わった。しかし、試合が終わってからわりと間があったので、盛り上がって口ずさんでいたのは、私と相方ぐらいだった。もう少し早かったら、横にいた気合いの入った兄ちゃんやおっちゃんが席に残っていたのに…。そうしたら、もっと盛り上がっただろうなあ。

  



2002年04月24日(水)
寮長の親心


 これから書くのは、今から2年ほど前の話です。この日、私は友人に連れられて、生まれて初めてファームの試合を見に行きました。

 
 鳴尾浜球場の横に、阪神タイガースの寮「タイガーデン」がありますが、そこで寮長の梅本さんとお会い出来たのです。

 同行していた友人が好きだった選手(仮にA選手とします)が、この前のシーズン限りで引退(戦力外通告による退団)したので、進路が知りたいからと試合終了後、「梅本さんに聞いてみる」と言い出したのです。

 彼の熱心さには感心しましたが、そう簡単に教えてくれないだろうし、まして会えるかどうかもわかりません…。

 ところが、梅本寮長がふらっと表に出てきたではないですか! 私と友人は、慌てて追いかけました。

 梅本寮長は、友人に質問に快く答えてくださいました。A選手は、今、プロゴルファーを目指して修行中とのこと。どの師匠についているのか、また今どこにいるのかも詳しく教えてくださいました。そして、、「また、寮に電話しといで」とまでおっしゃっていただき、友人もかなり感激していました。

 しかし、最後に一言。
 「けどな、今はそっとしといてやってくれへんか。あいつは今、一生懸命なんや。ワシもここ2.3ヶ月連絡を取ってへんのや」。

 聞いたその瞬間は、「冷たいなあ」と思いましたが、「ああ、これが優しさなんだな」と思ったもの、また事実です。

 寮長というのは、私たちファンが知りたくても知ることの出来ない選手のプライベートの奥の奥まで知っている、いわゆる父親みたいな存在。「そっとしといてやって…」も一言もそれ故に出てきたものなのでしょう。

 確かに、A選手はプロ野球選手としては成功しませんでした。だからこそ、大事。今は、今度こそ成功するためにガムシャラになってがんばっている時期。それを邪魔してはいけない。寮長の心境はおそらくそんな感じなのでは?と思います。

 A選手は、今、野球に対する未練や悔しさと戦っているのかもしれません。私たちは、それをただ見守るしかありません。声をかけない優しさというのは、間違いなく存在するのです。梅本寮長から、そんなことを教えてもらいました。

 どんなにすごい活躍をした偉大な選手でも、結果を出せずに無名のまま球界を去ってしまった選手でも、寮長にとってはみな“かわいい息子”。野球を続けていても、また離れても、その「親心」に変わりはないのでしょう。

 A選手の次なる成功を祈ると同時に、このような場面に巡り会えたことを感謝しています。



2002年04月23日(火)
Restart 〜がんばれ、藤原監督!〜


「あんたの部屋、どうにかならんか。あのアホみたいに積んである野球雑誌。足の踏み場がないやないの」

 そういや、あまりの汚さに我ながら嫌気がさして、ここんところ、自分の部屋でゆっくりすることがない。たまるばかりの野球雑誌の存在は分かってはいたけれど、何かのときのために…とずっと捨てるに捨てれず、今日に至っていた。

 でも、いつまでの山積みにしておくわけにもいかない。一発発起して、部屋の掃除をすることにした。カーテンを開けると誇りが舞い、思わず咳き込んでしまった。お恥ずかしい限り…。

 手始めに指摘のあった野球雑誌の処分から着手した。処分と言ってもやはり名残惜しい記事はあるわけで、それを1冊1冊調べて、切り抜いていった。

 出来るだけ非情な目を持って、容赦なく古雑誌ボックスに入れて行ったが、そんな私の手もある野球雑誌を見て止まってしまった。

 「輝け甲子園の星(1992年3+4月号)」

 今から10年前の野球雑誌。日刊スポーツ出版社が出している10代の女性にターゲットを絞った高校野球専門雑誌だ。

 この号は、センバツ大会に出場する選手を紹介しているいわゆる選手名鑑号。当時の私は、これを見てお気に入りの球児くん(ああ、恥ず)たるものを作って来るべき甲子園に備えていた。

 パラパラとページめくってみる。
 今ではすっかりメジャーになってしまったプロ野球選手たちもあどけない顔で紙面におさまっている。ああ、若いなあ。なんて思って見ていた。

 北から紹介されている名鑑も、PL学園まで読み進んだ。当時のPLには、松井(稼頭央(当時は、和夫)=西武)や今岡(阪神)など豪華なメンバーがいる。

 「あー、すごいなあ。おもしろいなあ」などと独り言を言いながらページをめくろうとしたとき、ふと1人の選手の名前に目がいった。紙面の一番端っこ。背番号「15」の選手。名前を、藤原弘介という。

 身長171cm・体重61kg。控え捕手で、右投げ左打ち。昭和49年7月27日生まれで、50Mを6.5秒で走る選手。

 選手紹介の最終項目「こんな男です」と称された自己PRの欄には、「将来は監督になりたい」。

 PL学園・藤原弘介現監督、その人だ。
 お若い監督だとは思っていたが、まさか同世代(1つ上)だとは思わなかった。びっくりした。それに、10年前の夢をきちんと実現させているなんてすごいなあと思う。名鑑に写っていた当時の監督は、やはり今よりかはあどけないが、面影はしっかり残っていた。

 ここから彼は何を思い、どういう人生を歩んできたのだろう。そして、指導者となった今、何を思い、選手にどういうこと伝えようとしているのだろう。無性にPLを応援したくなった。

  こういう発見が出来るから、野球雑誌はなかなか捨てられない。


追伸:藤原選手の甲子園通算成績は、1打数0安打。緒戦の四日市工業戦で代打出場し、その後ライトを守っている。

(一部敬称略)

参考文献:「輝け甲子園の星(1992年3+4月号)」(日刊スポーツ出版社)
「報知高校野球1992年5月号」(報知新聞社)



2002年04月22日(月)
性懲りもなく100の質問


 今回の100の質問は、「すみのいぶし銀(?)な野球日記」のすみさんより拝借いたしました。すみさん、サンキューです♪

1 あなたのお名前(ハンドルネーム)を教えてください。

あるこ
 
2 あなたの性別を教えて下さい。

みなさん、どない思われます?

3 あなたの生年月日を教えて下さい。

阪神・中林くんの生まれるちょうど8年前
 
4 あなたの住んでいる場所を教えて下さい。

巨人・川中選手の実家の近くです。(知らんがな)
 
5 たまらなく野球好き歴はどのぐらいですか?

ごく普通になら12年。
たまらなくは、ここ3,4年の話。
 
6 あなたの好きなチームはどこですか?(プロアマ問わず)
 
東山高校

阪神タイガース

7 その球団を好きになったきっかけは?

ツレが「かっこいい人がいるー」と言って、グランドにつきあわされた。

ノーアウト満塁で1点しか取れない際だった弱さ。
 
8 あなたの嫌いなチームはどこですか?(プロ限定)

在京セ・リーグうさぎ球団
(京といえば、京都やっちゅねん!)
 
9 その球団が嫌いな理由を教えて下さい。

関西人として。人として。
 
10 年何回、プロの試合を観に行きますか?

10回程度。
  
11 年何回、アマの試合を観に行きますか?

50回はくだらない。

12 あなたがプロで好きな選手は誰ですか?

今は、阪神・藤本選手が一番。
  
13 その選手の魅力はなんですか?

かわいいから。
 
14 あなたがプロで嫌いな選手は誰ですか?

うさぎ球団の外野を守っている某選手(松井じゃないよ)。
  
15 何故その選手が嫌いなの?
  
初めて見たその瞬間、「あかん、受け付けへん」と思った。
以来、嫌い歴10年。
生涯貫き通すぞ!
年季が違いますよて。

16 あなたがアマで好きな選手は誰ですか?

東山の選手、全員。
 
16 その選手の魅力はなんですか?

なんやかんや言っても、かわいいねん。
  
17 あなたが今までのプロの監督で好きなのは誰ですか?

大沢親分でしょう。
  
18 その監督の魅力はなんですか?

豪快なところ。
  
19 あなたが今までのプロの監督で嫌いなのは誰ですか?

わからない。
  
20 なぜその監督が嫌いなんですか?

プロの監督にはあまり興味がないから。

21プロ野球界が巨人中心に動いている現状は誰が一番悪い?

なべつねちゃん??

22 地上波では試合終了まで放送しない事が多いですが、
 それをどう思いますか?

試合時間が長すぎるからしゃあない。
もっとテキパキしなへれ。
  
23 地上波でも、巨人戦以外の試合をもっと放送すべきだと思いますか?

すべきだね。
特にオリックス戦。
  
24 好きな選手の直筆サインは持っている?
 
今は、ない。

26 好きな選手にファンレターを出した事はあります?

あります。
  
27 2月のプロキャンプが始まると燃え始める?
  
ちょっとは…。

29 プロキャンプを観に行った事はあります?

あります。
  
30 アマの練習を観に行ったことあります?

あります。

31 最高年間で何試合、プロの試合を観戦したことありますか?

20試合強かなあ。

32 最高年間で何試合、アマの試合を観戦したことありますか?

80試合程度。

33 自分が応援しているチームのファンのマナーについてどう思いますか?

良くはない。
  
34 観戦する時は外野席が良いと思う?それとも内野席?

断然外野。でも、アマ野球は内野。
  
32 何故外野席(内野席)が良いと思うのですか?
  
眺めがいいし、大声張り上げられるから。

33 好きな球団の選手応援歌はほとんど歌えますか?

歌えます。
 
34 応援団のトランペットって上手だと思う?

まあまあ。(何様?)

35 好きな球場はどこですか?(プロ限定)

阪神甲子園球場
  
35 何故その球場が好きなのでしょうか?

ビールがおいしく飲めるから♪
ここで飲んで、悪酔いしたことがない。
 
36 好きな球場はどこですか?(アマ限定)

皇子山球場(改装前)

37 何故その球場が好きなのですか?

思い出がたくさん詰まっているから。

38 よく行く球場はどこですか?(プロアマ問わず)

甲子園球場。
  
37 行ってみたい球場はどこですか? (世界中で)

富士北麓球場
  
38 メジャーリーグと日本のプロ野球で決定的に違うと思う所はどこですか?

選手の体格
  
39 現在メジャーに行く選手が増えていますが、
  その事についてどう思いますか?

がんばってください。
あなたの人生は、あなたのものです。
  
40 現在日本で活躍している選手で、メジャーでも通用すると思う選手は?

わかんない。
  
41 その選手がメジャーでも通用すると思う理由を教えて下さい。

だから、わかんないんだってば!
    
42 メジャーで活躍するためにもっとも大切だと思うのものは?(技術面で)

体当たりされても最低限の怪我ですむようなよけ方。
  
43 メジャーで活躍するためにもっとも大切だとおもうものは?(精神面で)

肉のかたまりみたいな選手を見てもひるまない強心臓

44 メジャーとはパワーが違うとよく言われていますが、
  あなたはどう思いますか?

やっぱり違うと思う。
  
44 イチローの活躍についてどう思いますか?

すごい。
  
45 新庄の活躍についてどう思いますか?

最高♪
  
46 メジャーの試合を生で観たことありますか?

ありません。

47 46で「はい」の人、何回ありますか?感想は?「いいえ」の人、観たいと思いますか?

マイナーリーグや独立リーグの試合の方が興味ある。

48現在の審判の権限についてどう思いますか?

ちょっとかわいそう。
  
49 明らかなボールを主審がストライクと判定、判定は覆るべきだと思う?

キリがなくなるから、貫き通すか、審判退場OR試合出場停止処分。
  
50 ようやく半分です!背伸びしてリラックスしましょう!!

う〜〜ん!
よっしゃOK!

そういやメジャーでは、試合途中にストレッチの時間があるね。

51 将来絶対に殿堂入りするだろうと思われる選手は?

松井秀喜
 
52 野球殿堂の価値はどれくらいだと思う?

野球版国民栄誉賞。

53 1日野球選手になれるとしたら誰になりたいですか?

西武・橋本武広選手
  
53 その選手になったとしたら何をしたいですか?

中継ぎで、中村ノリを打ち取る。
  
54 あなたは野球をやっていますか?野球歴は?

やっていない。
  
55 学生時代、何か部活をやってましたか? 
  
やっていました。

56 なぜその部活を選んだのですか?

ダンス甲子園にもろ影響された。
  
57 3年後に活躍しそうな選手は?(プロで)

広島・天谷選手

58 2年後のドラフト1位になりそうなのは誰?

計算が苦手なので、わかりません。

59 近い将来、大投手になりそうなのは?

井川くんかなあ。いや、やや願望でもあるけど。

60  近い将来、大打者になりそうなのは?

イチローが出たし、松井もいるし、しばらくは出ないでしょう。

61 外にいる時、携帯等で途中経過を見てしまう程試合が気になる?

ない。

62 契約更改のニュースは気になる?
  
 ならない。

63 良く読む野球関係の雑誌を教えて下さい

「野球小僧」かな。
  
64 野球のテレビゲームを持っている? 持っていた?

持っていない。

65 スポーツ新聞を購読している?

していない。

66 スポーツ新聞のどこから読む?

阪神の載っている面から。
 
67 スポーツ新聞の占いを気にする?
  
え、占いなんてどこに載ってる?!

68 自分に背番号を付けるとしたら何番を付ける?

25か32か9。
  
69 その番号を選んだ理由を教えて下さい。

好きな数字、もしくは好きな選手の背番号だから。

70 あなたの人生、野球のポジションで言うとどこですか?

敗戦試合の守備固め(それも外野)
  
71 そのポジションを選んだ理由を教えて下さい。

多分、人生負け組…
  
72 ドラフトの逆指名制度についてどう思いますか?

逆指名したヤツにFA権なんぞいらない。
基本的には抹殺希望。
でも、どうせ裏金が回ってて、同じことが行われてるんでしょ。

73 FA(フリーエージェント)制度についてどう思いますか?

良いと思う。
でも、残留ボーナスみたいなのはよした方がいいと思う。
  
74 高校野球の21世紀枠についてどう思いますか?

いらない。
お願いだから、明日にでもなくして。
でも、洛星を出してくれるならいい。  

75 将来自分の子供を野球選手にしたい?

したいね。
でも、無理だね。
だって、私の子どもやで。
 
76 160キロの速球を投げられそうな選手の名前を挙げて下さい。

今のプロにはいない。きっと高校生だろうよ。
  
77 [ライバル対決]と聞いてすぐに思い浮かぶのは?
  
 松坂ー杉内

78 タレントの始球式についてどう思う?

国内ならいいけどねえ。
  
79 野球以外で好きなスポーツを教えて下さい。

見るのは、バレーボールやフィギア、ラグビーもいいね。
  
80 そのスポーツの魅力は?

わかりやすい。
華やか。
たのもしい。
 
81 好きな球種を1つ教えて下さい。

スローカープ(ビバ星野伸之!)
  
82 何故その球種が好きなのですか?

打者が空振りすると気持ちいい。
人生がかぶってしまう。
  
83 あなたが観てきた中でプロ最高の打者は誰?(現役、引退問わず)

松井秀喜
  
84 あなたが観てきた中でプロ最高の投手は誰?(現役、引退問わず)

伊藤智仁
 
85 映像でしか観たことない選手で、生で観たかったと思う選手は?

故津田恒美さん。
庄司智久さん。
  
86 人類は一体何キロの速さまでボールは投げられると思う?

170KM/Hくらいかなあ?
  
87 人類は一体何メートルまでボールを飛ばせると思う?

200メートルはいくでしょう。
  
88 野球の華はホームラン?三振?
  
ホームラン♪

89 長嶋茂雄は国民栄誉賞を受けるべき?

べきでしょうね。
 
90 イチローは国民栄誉賞を受けるべき?

べきでしょうね。
  
91 怪我などで離脱した選手の背番号をヘルメットに貼ることをどう思う?

ほんまにそう思ってる?
特に同じポジションの選手。
今がチャンスやねんで。
  
92 好きな焼肉のメニューは?

とにかく肉。
レバーはいや。
  
93 プロでタバコを吸う選手をどう思う?

ベンチ内で吸いな。
仕事中に吸っているサラリーマンも然り。
勤務中に酒飲んでるのと一緒やで。
  
94 好きな球団のユニフォームを持っている。

もっていない。
  
95 実は好きな球団のユニフォームが普段着だ?

きっとこういう人、いるんだろうな。
 
96 あなたの応援している球団が最後に優勝したのはいつ?

1985年。
ちなみに私はそのときを知らない。
  
97 あなたはその瞬間をどこで見ていましたか?その時の気分は?
  
だから、知らないんだってば!

98 ビールかけをしてみたいですか?したことある人はどんな気分?

してみたい。
次の日は体中がゲロ臭いんやろな。
うっほほ〜いだ。
 
99 あなたは自分の事を[野球バカ]だと思いますか?

思わない。
  
100 最後です!あなたにとって野球とは?一言でお願いします。

一番の趣味。



2002年04月21日(日)
雨が降って、地固まる。


 今日はあいにくの雨で、予定していた試合もないだろうと、ともきちと神戸でデートした。

 「よく当たる」と言われる占い(ちなみに、私は、「来年結婚して、子供も直ぐ出来る」と言われてしまいました。今のところ、その気配はまったくなし。果たして、この占い(予言?)は当たるのでしょうか。乞うご期待)で見てもらい、ケーキを2つたいらげ、高架下のカウンター10席くらいの小さな餃子屋で、餃子2人前を胃袋におさめて、ともきち邸でオリジナルの広島焼き(ボリューム満点でおいしい。いつもありがとうございます)をいただき、「あいのり」をビデオで鑑賞し、帰路についた。

 とまあ、今日はこんな感じで終わった。

 ともきちと2人での試合観戦を予定しておいて、当日、雨が降っていたときは、こんな感じで遊ぶ。


 3年ほど前、6月下旬だったか、応援していた学校の練習試合を見に行こうと、最寄り駅で待ち合わせたが、ものすごい雨で、傘をさしていても、ずぶ濡れになってしまった。

 これは中止やろ。

 私たちは、すぐさま大津の映画館に出向き、当時流行っていた映画「タイタニック」を見に行った。(余談だが、タイタニックのどぎつい光の映像で気分が悪くなり、帰宅してから吐いてしまった。「ポケモン」を見て気分が悪くなったという事件がこの少し前にあったが、まさか映画館でその症状におそわれるとは…)

 観賞後、駅前のケーキ屋でお茶して、解散したのだが、後日、父兄さんからその日試合があったことを聞いた。「すごい雨でな、グランドなんか浸水してんの。ボールと一緒に水しぶきが飛ぶから、たまったもんやなかったわ」。

 夏目前、待ったなしの時期だった。でも、下手すれば怪我のもと。そこまでして、大雨の中、試合を強行したのは、一体どういう意図があったのだろうか。

 ちなみに、この年のチームは前評判を覆す快進撃で、京都大会決勝まで勝ち残った。




2002年04月20日(土)
肩、痛い。


 PCが突然故障し、肩痛が偏頭痛になった。阪神が勝ってくれたのが唯一に救い。

 野球選手に故障の痛さがどれくらい壮絶なものかわからない。でも、痛いときのつらさはわからないでもない。

 ほんまに肩が痛い。キーを打つのはしんどい。

 野球選手の肩痛は、夜も眠れないほどもひどいのもあるという。私の肩痛程度なら、ひとまず夜は眠れる。でも、しんどい。生活のいろんなことがおっくうになる。

 野球選手はそれを遙かにしのぐ痛さのなか、もっとハードなことをする。よほど野球に思い入れがあるんだ。そう考えるのはたやすい。実際、そういう人しか成功しないのだろうし、そういう人しか表で取り上げられない。

 野球選手の弱音を聞いてみたい。苦しみに耐えられなくて、挫折してしまった選手の心の葛藤を知りたいと思う。



2002年04月19日(金)
距離の取り方


 昨日、派遣会社から電話があり、「急で申し訳ないんですが、明日1日だけの短期バイトをお願いできませんか」と言われた。

 場所を聞くと、不便そうなところで「ゲッ」と思ったが、時給が今までのより100円高いし、どうせヒマだからと、話を受けた。

 朝6:30起床。すし詰めの電車とバスに乗り、時間ぎりぎりながらようやく勤務先に到着。

 ところが、ところが、現地の担当者に名前を告げると、どうやら名簿には私に名前がないことが発覚!どないなってんねん。

 しばらくすると、「ちょっと」と担当者に呼び出され、会社のミスで人数を1人余分に頼んでしまっていたというのだ。昨日に夜に発覚したことだそうだが、それをオペレーター(担当者とは別人)が私に連絡するのを忘れていたのだとか。腹立つのを通り越し、笑けてきた。

 直後に会社にいる担当者からお詫びの電話があった。ここまで来るのにかかった交通費の請求の仕方を聞き、電話を切った。

オ:「本当に申し訳ありませんでした」
私:「ハハ、次から気をつけてください…」
オ:「交通費なんですが…」
私:「そりゃあ、当然頂かないとねいけませんねえ:-)」

 かくして、私は仕事場に向かう皆と離れて、すごすごと最寄りのバス停へ。何故か、頭から火が吹き出そうな恥ずかしい思いで一杯だった。恥ずかしいのは、私ではなく、こんな基本的なミスを犯した会社側なのに…。

 帰り、会社に寄り、交通費600円程度をもらい、家路についた。でも、朝にバスラッシュ地獄やUターンの恥ずかしさを思ったら、こんな金額やすまへんで実際…。

 しかし、こちらは派遣の身。仕事をいただく立場にあるため、うかつな行動が出来ないのがつらいところ。かといって、「いいですよ、気にしないでください」と下手に出ると、「なんだ、そんなものか」と相手側に気持ちの甘さを生み、今後もナメた対応をされかねない。

 なんとも身の振る舞い方の難しいこと。かゆくもないのに、頭をぼりぼりをしてしまう複雑な心境だ。


 野球部における先輩後輩の関係も、こんな感じなんじゃないかなあと思う。厳しすぎても後輩が萎縮するし、かと言って甘くても「(先輩なんて)こんなものか」となめきって、チーム自体に引き締まりがなくなることが懸念される。

 どこだって、人間関係は難しいということか。



2002年04月18日(木)
車窓野球


 私の苗字の頭文字は50音でも終盤に位置し、学生生活の大半を名簿順最終者として過ごしている。名簿が最後であって、得したことはそれほどない。しかし、定期試験のときは席位置が名簿順になるので、いつも窓側、それも最後列。学生生活の終盤、勉強を投げ出していた私にとって、窓から見える景色は格好の暇つぶしになった。

 電車に乗るときも、極力窓側の座席に座ることを心がけている。新幹線や特急電車の席を予約するときも、予約用紙にわざわざ「窓側」と追記する。

 93年にJリーグが誕生して以来、車窓から「野球」を探している自分がいる。

 たとえば、家の軒先で、公園で、淀川河川敷で。

 お父さんとキャッチボールをしている子供、プラスティックのバットを持って、プチ野球をしている子供達、こぎれいなユニフォームを着た少年野球の選手たち、ちょっとしたグランドでは草野球を楽しむおっちゃんたち。もちろん、高校野球部の練習風景を目にすることもある。

 そんな光景を見ると、なんだかほっとする。何故か心が安らぐ。

 別にこれで野球界の危機が測れるとは思えない。けれど、こういう光景を見ると、野球というスポーツにいつまでもなくならないでいて欲しいと思うのだ。



2002年04月17日(水)
そこが知りたい、プロ野球。


 今季はいつになくプロ野球中継をよく見る。おそらくそれは、阪神の快進撃が無関係だとはいえない。

 従来なら、我が家で試合の勝敗を気にするのは私と父くらいなものだったが、今ではそれに母と姉が乱入。私以上に「阪神は、どうやった?」と気にする始末。野球に興味を持ってくれるのはうれしいのだが、突然の事態に戸惑うばかりで、妙に落ち着かない。

 さて、今日は残念ながら完敗。オープン戦を含めても今季初の連敗となってしまった。

 何回だったか記憶が定かではないのだが、谷中ー吉本のバッテリーで先制点を取られた。ブラウン管の向こうの解説者は、「あんなインコースばかりのリードをしていれば、そりゃ打たれますよ」と言った。

 その少し前に、ショートの横をぬけるヒットを打たれているのだが、当たりはボテボテ。ところが、ショートの沖原がセカンドベース寄りにポジションを取っていたため、打球に追いつけなかった。解説者は言う。「私はこれはダブルプレーだと思ったんですがね。なんであんなところ(セカンドベース付近)からヒットになってしまったんですね。ピッチャー、不運ですよ」。

 はっきり言う。
 そんなことくらい、野球素人の私だってわかる。

 世間のニーズと私のニーズが「=(イコール)」で結ばれるわけではないのでが、もしかしたら、ファンが解説者に求めていることってこんなことではないような気がする。

 少なくとも、私が解説者の口から聞きたいのは、「インコースばかりを攻めていたら打たれる」ということでも、「セカンドベース付近にポジションを取っていたら、ボテボテの当たりがヒットになってしまう」ということでもない。

 プロ野球選手は、その名の通り野球のプロだ。端から見たら「何じゃそら?」と思うことでも、それなりに意味があってしている。私はそう信じたい。

 だから、私が知りたいのは、「何故、インコースばかりのリードを延々と続けたのか」であり、「何故、沖原はセカンドベース寄りにポジションを取っていたのか」である。

 もしかしたら、それが功を奏していた可能性は充分あるし、また守備はそのためにあるものだ。今回はよくない結果になってしまったが、どういうときにその守備体系や攻め方が功を奏するのか。それが知りたかったのに…。




2002年04月16日(火)
18.44m


 もう時効だと思うので、書いてしまおう。
 実は、昔、友人と2人で夜の某野球場に侵入したことがある。


 誰もいないので、カギでもかかっているのかと思っていたのだが、小規模な球場だったためか、いとも容易くお邪魔することができた。

 誰もいない夜の野球場をロマンチックだと思い、ほのかな憧憬を抱くのは、きっとテレビ番組「熱闘甲子園」を見過ぎたからかもしれない。あの番組では、ほぼ毎回最終回には夜の甲子園球場が登場する。

 シーンと静まりかえった場内に、キャスターただ一人立っていて、しみじみと過ぎゆく夏と熱い戦いに思いを馳せて語りかける。

 いいなあ、私もあそこに立ってみたい。そう思ったのは、きっと私だけではないはず。

 そんなわけで、私と友人は、人影におびえながらも夢ごこちで土の感触をかみしめた。

 ベンチの中やスコアボードを見て歩き、一段落がついたとき、友人がおもむろにマウンドに向かった歩き出した。私はいつ来るともわからない人影が怖かったので、ひとまずは打席に立ってみることにした。

 小高い丘の上に立った友人、元々小柄な子なんだが、更に小さく見えた。コンタクトの調子も良くなかったためか、輪郭がぼんやりとすらする。

 「うわぁ、マウンドってほんまに“小高い”んやなあ。すごい眺め、ピッチャーはこんなところから投げてるんやなあ。」

 友人は感激しっぱなしだった。

 「ここからバッターまでの距離って14.何mやったっけ?すごい遠いなあ」
(※正確には、タイトル通り18.44mです)

 ほんまに遠いなあ。
 彼女の無邪気な一言に、しんみりしてしまった。

 バッターはここから、あんなに遠い場所にいるピッチャーと勝負しているんだな。この距離が遠く思える日や近く感じる日をいくつも重ねて、みんな大人になっていくんのだろう。

 この日、初めての、それも憧れていた夜の球場侵入、沢山のことに感激したはずなのに、今の私の中に残っているのは、不思議とこの時の“遠さ”だけだ。

 



2002年04月15日(月)
ノック練習、いとおかし。


 見るのは天国、やるのは地獄。
 ノックを定義すると、ま、そんな感じだろうか。

 このところ、野球部の練習を見ることにハマっている。グランド訪問をしても、「練習試合はいいから、練習だけはやっててくれよ」と願をかけて出かける自分がいる。

 たった1回見ただけで何がわかるわけでもない。しかし、私の中では色々なことが新鮮に映る。

 今日は、「練習を見るのって、楽しいなあ」と改めて実感させてくれたある高校の練習について書きいていきたい。


 この学校は実践を重んじているらしく、ノックを受けるために全ポジションに野手を配置し(ピッチャーは投げないでフィールディングのみ)、バッターやランナーまで置いていた。また、途中から自発的に塁審をやっていた部員がいた。練習に緊張感を持たすためには、なかなかいいアイデアだと思った。

 状況設定は、一死二・三塁。
 内野ゴロで三本間でランナーを刺す挟殺プレーを成功させること。

 1回目のプレーでは、見事に成功。サードランナーを三本間に挟んで刺したうえ、セカンドランナーも進塁できずにいた。これ以上にない、完璧なプレー。しかし…。

「そうだ。守ってる方は、いいよ。最高のプレーだ。それでいいからな。
 でも、ランナーにとっては最低のプレーやわな。三本間で刺されるのなら、せめて二塁ランナーを三塁まで進塁させて、ツーアウト三塁にする。それが最低限の役割だろ。わかるな」

 熱心にノックバットを振るう指導者の声だった。

 ほぉ〜、なるほどね。
 これは、ノック練習でもあり、走塁の練習でもあるんだ。

 私はそんな指導に興味を覚えて、足を更に一歩、グランドに近づけた。

 その後も、指導者の声はひっきりなしに飛んだ。今まで目の当たりにしてきた練習における指導者の声は、怒鳴り声だったり、檄だったりしたので、練習を見ているだけでは、野球の具体的なことはほとんどわからなかった。

 しかし、この学校の指導者の言うことは、すごくわかりやすかった。素人の私でもそうなのだから、選手にとってはもっと明瞭に聞こえているのではないだろうか。

 前述の「」内の言葉のそうなのだが、例えば、「そんなんじゃ、試合に使えない」言われるのと、「ワンナウトでランナーが三塁にいるときにエラーをするサードなんて、試合には使わない」と言われた方が、はるかに効くだろう。少なくとも、私ならそうだ。

 
 高校野球のお偉方は、「野球部の監督は、学校の教師であるのが好ましい」という考えを持っておられるようだ。実際、ある都道府県では、学校の先生しか野球部の監督は出来ないのだという。

 そんな野暮なこと言っちゃって、なんて思っていたけど、実はこれにもなかなか意味があるようだ。

 私の叔父は、学校の教師をしている(母方は、教師に始まり、保育士や講師など「教える系」の職についている人が多い)。

 一昨年、祖父の葬儀で親族が久しぶりに集まったのだが、そのときの進行を取り仕切ったのが叔父だった。明瞭な声で、話がきちんとした文章になっている。他人に伝えるための話術に長けていた。母は、「さすが教師やなあ」としきりに関心していた。

 今回の指導者のことは、全く知らないのだが、ほぼ間違いなく学校の教師をされている方だと思う。

 また、声のかけ方にも工夫があり、厳しくピチャリと言いつけることもあれば、「守備位置がちょっと前すぎるんじゃないか?」「もう一歩前で守ってみぃ?そうすれば、ホームへの返球が楽になるから」などとオブラードに包んだ優しいアドバイスという形を取るときもあった。

 「レフト」「サード」という風にポジション名で呼ぶときもあれば「○○」という風に、姓名や下の名前で呼ぶときもある。

 声の大きさも違う。遠い外野手には裏返りそうにあるくらいに声を張り上げるが、側にいるキャッチャーの何か言うときは、こちらではほとんど聞こえないくらいのささやき程度で済ませる。

 私は知らぬ間にグランド側のブロック塀に体重を預ける形で、じっとその練習光景に見入っていた。

 次は何を言うのかな、どういうことをするのかな。それがただ楽しみだった。私のように分厚い野球技術書を見るのは気がふさぐという方には、こういうノック練習を見ることを是非オススメしたいと思う。

 
追伸:何度か練習を見ているが、何故か文中に出てくるようなランナーがサードにいるときのシミュレーション練習に出くわすことが多い。これは単なる偶然なのか、それとも全般的にそういう練習が多いものなのだろうか。私の中でちょっとした謎として残っている。

 



2002年04月14日(日)
よい子はマネしない方が…いいよ。


 今日、応援している学校の今季初の公式戦が行われた。昨季までなら、試合開始に合わせて、家から駅までの時間などをきちんと計算していたが、今日は一人ではない。なんと約八ヶ月ぶりにともきちとの試合を見に行くことになっていたのだ。

 一人観戦には一人観戦の、二人観戦には二人観戦の魅力がある。今日は、二人観戦を存分に楽しもうと思った。

 試合前の京都駅前の喫茶店で軽く昼食を済ませ、うだうだと話をした。話し足りなくて、試合の行われるグランドに向かう途中も、しゃべり続ける。必然的に足が遅くなる。

 会場校に着いたら、なんと4回が終了したばかり!約半分を見逃すことに。でも、それをどうこう思わなかった。1−0とそれほど試合が大きく動いていなかったこともあるが、今すぐこれまでのいきさつを知りたいとやっきにはならなかった。不思議だ。

 もしかしたら、観戦前にもしっかりと心ウォームアップをしていたから、あわてる必要がなかったのかもしれない。とにかく、今こうして試合を見れることが、大事だと思ったし、誰かと一緒に試合を見ていることがただうれしかった。


 試合は苦戦を強いられながらもどうにか勝った。春独特の穏やかな日差しが差し込み、空の晴れ渡った昼だった。

 「ビール、飲みたいな」
 ともきちがポツリとつぶやいた。
 「そやな。ほな、祝杯といきますか」

 今までなら、そのまま夕方になるのを待って居酒屋に駆け込むか、自販機で缶ビールを買い、ともきち邸にお邪魔するかのどちらかだった。

 ところが、すぐ近くにあったコンビニの「酒」という看板が私たちの目に飛び込んできた。私たちは、あうんの呼吸でコンビニに入り、思い思いの缶ビールを購入した。

 私は、350mlの発泡酒を1本レジに差し出した。20代の後半までくると酒の飲み方も変わってくる。二十歳そこそこのころは、量を飲んでなんぼみたいなところがあったが、今は、350なら350,500なら500の限られた量をいかに楽しむかに重点を置いている。よくビールは最初に一口がおいしいと言われるが、私は最初から最後までおいしいを目標として、酒を楽しみたいななどと思っている。

 さて、店から出てきた私たちは、数歩も歩かないうちに、缶のプルトップを引いた。シュッパと小さく炭酸が弾ける音がした。

 「勝利を祝して、かんぱぁ〜い♪」

 アルミ缶同志を合わせても音は出ない。でも、私たちは至ってご機嫌。昼日中から、20代女性2人して、歩きながら酒を飲み始めるという暴挙(??)に出た。

 元々喉が渇いていたとあって、一口一口が喉に頭に気持ちいい。二人でいればそれでなくてもよく喋るのに、更に饒舌になった。

 こうしていると、根拠もなく何もかもがいい方向にいくように思える。明日はきっといいことがある。いつかきっとなりたい自分になれる。

 アルコールっていいね。ぽかぽかの春の昼下がりはいいね。友達っていいね。

 
 なんて、いい気分に浸っていたら、試合を終えたばかりの選手乗った乗用車が通りかかった。選手の座っていた後部座席も窓は全開。

 なんかいぶかしげな表情でこちらを見ていたような気が…する。いや、気のせいや、気のせいのはず。気のせいであって欲しい…(汗)。

 
 そうそう、高校生のみなさん、酒なんてまだ早いよ。もっと人生を経験したら、おいしく飲めるので、それまでしばし我慢をしてくださいね。たいしておいしくもないモン飲んで、試合に出れなくなるなんて、あまりにかっこ悪いよ。

(ま、中には酒の味をしめている子もいるんだろうなあ。でも、やっぱり違うと思うな、味わいは)



2002年04月13日(土)
出会いの神秘を思う。

 
 野球選手、ことにプロ野球選手ともなると、成功の是非はきっと本人の才能以外のことで決まってしまう。

 それが、私の持論です。


 選ばれて入ることのできる、ごく一握りの人の世界。きっと持っている身体能力や素材に大差はないはずです。

 ですが、かたや年俸ん億円プレーヤー、かたや2,3年で自由契約…。

 それは、怪我や同一球団内にいる選手層やチャンスの活かし方や、本人の性格など、様々な要素は絡み合っていることでしょう。

 雑誌やテレビ等で様々な成功談を聞く。そしてそれらに共通するのは、「人生を変える出会い」。

 あのとき、あの人と出会わなければ、今の自分はなかった。

 成功者に限らず、私達にもそういう人はきっといることでしょう。まだいないのから、これから出会うのかもしれません。

 ということは、その逆も考えられるのです。

 あのとき、あの人と出会っていれば、今の自分ではなかった(もっと成功していた)。

 出会い損ね。

 それも運命や本人の実力のうちと言ってしまえばそれまでなのですが、何て切ない響きなのでしょう。


 学生時代、いずれ友人になる予定であった女性が交通事故で亡くなった。

 彼女はとても几帳面な人だった。大学の講義で真面目にノートを取るなど考えられなかった私にとって、講義中の図や表をわざわざコンパスや定規を使って書き写す彼女は、おおよそ住む世界の違う人だった。

 でも、だからこそ興味を持った。当時は、誰でもいいから話をして、一人でも多くの友達を作りたいと意気込んでいた時期でもある。特に、個性というか何か特徴のある人となれば、尚のこと、関わってみたいという思いが強くなった。

 4月に出会って、連休が明けたときには、もうこの世の人ではなくなってしまった彼女。特別深い話をしたわけでもないので、お葬式に列席したり、涙をハンカチで拭ったり、実家までお墓参りをしにいくような関係でもない。かと言って、知らぬ騒然で見過ごせるわけでもない。

 彼女の実家は、長野県だった。何故か出身高校の話になった。彼女が言った。
「うちはね。県立じゃなくて、長野県長野高校っていうの」
 今でのその言葉が頭を離れない。そのときの彼女の顔や声色や着ていた服装や、教室の雰囲気まで覚えている。

 ひょっとしたら、彼女は私の人生にわりかし大きな意味をもたらすはずの人物だったのではないだろうか。今にして思う。

 もし、連休に彼女が実家で交通事故に遭わなければ、今ごろ、私はどうなっていただろう。もう少し几帳面な人間になっていたのかなあ?

 野球に「たら」「れば」はない。すなわち、人生に「たら」「れば」はない。

 わかっている。
 けれど、ふとそんな思いを馳せるときがある。



 



2002年04月12日(金)
ちょっと待ってぇや、まだ用意できてへんねん


 タイトルは、今の阪神に抱いている私の正直な心境だ。

 実は、テレビでではあるが、今日初めて阪神戦を見た。結果はご存知の通り、1−0、10勝一番乗りを果たした。井川は完封で今季3勝目。1点はアリアスのソロHRというある意味阪神らしい勝ち方だったように思う。

 うれしい。間違いなく、うれしい。このままいくと、10ん年ぶりの優勝もありえなくもない。でも、心の片隅で戸惑っている自分がいる。

 なんせいきなりの快進撃。また、その快進撃の始めまりを自分の目で見れなかったが故に、なんだか取り残されてしまったような心境になっているのだ。

 阪神のチームカラーからして、優勝するとしたら、このようなスタートダッシュをかけるのが一番の近道だとは思う。

 でも、ひとまずは余裕のあるスタンドでのんびりビール片手に落ち着いて観戦してからでも、遅くないやんとも思う。

 私が甲子園に足を運ぶ理由の一つがそれだからだ。今のスタンドを見ると、移動もままならないだろうし、早くから並ばないといい席は取れないだろう。

 野球を見ることはいいが、最近めっきり年をとって体力がなくなってきたのか、移動や待ち時間や席取りがかなりのストレスやプレッシャーになっている。

 実際は3万人台の入りなのだが、平日にしてはやはり多いし、1万人台前半の外野席の知っている者としては、やはり「窮屈」なのだ。

 今年は大丈夫だと思う、たぶんきっと。

 だからこそ、いきなりUSJかどっかのテーマパークに出かけることになって、あわてて用意する子供のように、うれしいのだけれど、「ちょっと待ってよぉ〜」と半べそをかきそうになってしまう。



2002年04月11日(木)
「ミスタールーキー」を見てきました!(ネタバレ注意)

 以前、ここでも書いたエキストラを体験した映画「ミスタールーキー」がすでに先月末から上映されている。バタバタした日が続いていたため、なかなか時間が取れなかったが、ようやく落ち着いたので、友人と2人、夜の映画館に向かった。

 感想を一言で言えば、「楽しかった」。

 でも、それはあくまで私が阪神ファンであること、そして、末席の末席でありながら、この映画の製作に参加し、いわば裏側から見ているという経験によるものだ。

 話の内容自体は、いたってありきたりなので、人に「絶対、オススメ、見てね」などと言う気は更々ない。また、アンチ阪神やアンチ野球という人が見れば、はっきり言って腸煮えくりかえると思うし、人によってはストレスの倍増もありうる。

 これは、ただ「楽しい」「笑える」だけの作品だと思う。だから、野球や阪神に何の愛着もない評論家によって、ああやこうや言われる筋合いはない。

 ここから、人生教訓や建設的思想や映画の発展を見い出せという方が、お門違いなんじゃないの?と思う。そして、そんなお気楽さや突拍子になさが阪神というチームカラーにはものすごく似合っているように思う。

 この「ミスタールーキー」に描かれている人物や世界観が私はものすごく好きだ。

 物語の設定は、200X年であるが、その画質(映画の画質ってどうしても、時代を古く見せてしまうと思うのは、私だけではないと思うのですが…)や町並み、役者たちが醸し出す味やスタンドの雰囲気は、まるで80年代前半だった。全然、現代っぽくない。ああ、そういえば、最後に阪神が優勝したのは、80年代だったなあとふと思いおこした。

 私は、この80年代カラーが好きなのだ。あと10年早く野球を知っていればとその縁のなさを悔やんだものだ。

 桧山選手や藪投手、矢野選手などの現役バリバリの選手の出演に嬉々とし、バースが登場したときには、85年を知らない私ですら、感嘆のため息をついてしまった。

 また優勝決定戦のシーンでは、結果がどうなるのか分かっていながらも、ドキドキしたし、ミスタールーキがバッターを打ち取ったときは、思わず「よっしゃ!」という声を漏らしてしまった(端からみたら、変な客だっただろうなあ)、また無意識のうちに、メガフォンをたたきくようにして、小さく手を叩いていた。

 周知の通り、この映画の主役であるミスタールーキー役は、長嶋一茂氏である。世間ではこのキャスティングを「話題集め」だとか、「長嶋(茂雄氏)人気にすがっている」と言っている人もいるようだ。確かにそうかもしれない。でも、映画を見てみたら、この役は彼にしかできないハマリ役だなと思った。

 野球選手の役、それも試合に出て投げるというリアルな役柄は、やはりどんない素晴らしい演技派俳優(あるいは女優)でも、無理があると思う。かと言って、バリバリの野球選手を起用すると、ミスタールーキーの持つもう一つの面「普通のサラリーマンであり、一児の父」を表すのが極めて困難になるのだ。

 そういう意味で、長嶋一茂氏は、バランスのしっかり取れた人材だと思った。私はいろんなことに鈍感なため、彼の演技の上手い下手は言えない。でも、味のある役者になるんじゃないかと密かに期待をしている。

 また脇を支える妻役の鶴田真由さんや「どっからそんなそっくりさんを見つけてきてん」と思うほど一茂氏の子供っぽい子役の男の子、意外な一面を見せてくれた監督役の橋爪功さんなどなど。これまた痛快に役を演じきっており、見ていて爽快だった。

 あーあ、お腹いっぱいになってしまったなあ。
 現実の優勝?!
 あと130試合も残ってるんやろ?
 ああ、気が遠くなりそう。


追伸:エンディングの「六甲おろし」は、多くのエキストラの声を集めたものだと思います(どう聞いても素人声だったし)。そういえば、ロケ終了後、景気づけななにかのために「みんなで歌いましょう」ということになって、アホみたいに歌っていた記憶がある。まさかアレを使っているとは、やるねえ、ミスタールーキー製作委員会…。



2002年04月10日(水)
あるこの九州シリーズ〜野球のこと〜

 
 シリーズ最終回は、やっと本題の野球のことを書きます。

 訪問したグランドは3校。今の地点では校名を伏せ、印象に残った出来事だけ書くことにしました。(ヒントを書いておきました。どこだろうと推測するお楽しみも残しておきますね)

 ☆ 第1校目(今回の旅のメイン訪問校。甲子園出場経験もあれば、プロ野球選手も輩出しています)
 
 野球マンガでよくあるシーンが、集中個人ノック(特守)。気持ちがたるんでいる選手などに気合いを入れるため、集中的にノックを浴びせ、ボールに対する闘争心や諦めない気持ちを思いおこさせるために使われている。

 今日、これを生まれて初めて目の当たりにした。

 指導者の声が響く。「最初っから諦めてかかるな」「もっとボールにくらいつけ」「出来る、お前はもっとできるはず」「捕れる。捕れるから、捕ってみろって!」

 多少お国訛りが入っていたため、言葉にニュアンスが違うかもしれないが、ま、そんな感じの檄が飛んでいた。

 集中ノックを浴びせされたサードは、右へ、左へ、前へ、後ろへ、走る。グラブのわずか向こうをボールが抜けていく。足元がおぼつかないのは遠くからでもわかった。

 グランド単位で野球を見ていると、いわゆる怒鳴り声を身近に感じることになる。私は自分が怒鳴られるのが嫌いだし、怖いので、怒鳴る指導者が無条件で好きではなかった。

 でも、よく耳を澄ましてきると、いい意味での怒鳴り声というのもある。

 前述したように、ここの指導者の怒鳴り声はその大半が肯定的な言葉で構成されている。「こんなんも捕れないのか」より「これは捕れるだろ」と言われた方が、やる気の出方も違うし成功の確率も高いように思う。

 お前は出来る。

 選手が仲間を信じるように、指導者も選手を信じることが大切なのかもしれない。

 また、部員が少ないのか、ファーストでノックを受ける選手がおらず、選手はノックの捕球後は、ファーストベース上に置かれたネットを目がけて投げていた。練習の効率化を図るちょっとした知恵、なのかな?


☆ 第2校目(甲子園出場経験あり。その甲子園では、初戦でその後すごい記録を打ち立てたピッチャーと対戦している)

 市内校外の同校、これと言った交通手段がないため、ひたすら歩いたにもかかわらず、練習はおこなれておらず、静まりかえったグランドがあるだけだった。「今やらずに、いつやる!」、ネット裏に横断幕が掛けられていた。

 私が、それくらい気合いを入れれることって、こういうバカ旅くらいだなあ。人は好きなことしか出来ひんのやって。なんてね。


 ☆ 第3校目(お城の真下にある市内随一の進学校。甲子園出場経験はない)

 実は、今回の訪問で一番印象に残っている学校はここだった。

 抜群のロケーションに、比較的身近で見れる練習風景。そして、生まれて初めてのシーンを目の当たりにする。そして、おそらく最後になるだろう。それは、背番号授与式(ニュアンスでわかってやってください)。

 マンガなどでは、部室内で行われるこの光景。今回、訪問した学校は、なんとグランドの片隅で部員が円になって指導者を囲む形で行われた。

 !!

 こんなチャンス二度とないぞ。

 ジャージを着た女子マネージャーが、監督(らしく人)に一枚一枚背番号を渡していく。それは、ノックボールを手渡すときに似ていた。

 「1番・○○。2番・○○…」、という感じで、次々と名前が読み上げられていく。呼ばれた選手は、「はいっ」と気合い125%の低音で返事をし、手にしていたグローブをそっと地面に置くと、監督の前にたち、卒業証書や社長直々のボーナスをもらうときのように、深く頭を垂れて、「ありがとうございました」の一言と共に背番号を手にした。

 もうすぐ春季大会があるようだ。

 全ての背番号が配られ、監督が2,3話をしたあと、次の練習に入るために、1回解散となった。部員たちは、それでも気を抜かず、てきぱきと行動し、次の練習に必要な準備をしたり、タオルで汗を拭いたりしていた。

 手渡された背番号をどうしていたのかは、わからなかった。



2002年04月08日(月)
あるこの九州シリーズ 狙路は続くよ、どこまでも編〜


 こんにちわ、あるこです。

 4/8〜10まで、九州に行っていました。
 この日記では、3日間の旅の思い出を3つのジャンルに分けてました。今日は、「線路は続くよ、どこまでも」と題して、野球以外の旅の思い出を書きます。

 ☆ 総乗車時間26時間?!

 乗客の話し声が、「〜やんか」から「〜じゃけん」そして、「〜しとっと?」へと移ろうまで、半日以上かかった。

 京都〜岡山間は快調だったが、広島〜山口間の長かったこと長かったこと!でも、下関から門司で入るときは、さすがに興奮した。

 乗客は、買い物帰りの主婦やビジネスマン、学生などなど当たり前と言えば当たり前だが普通の人達ばかり。この人らの本州越えは日常やねんなあ。私なんか、1週間ほど前からワクワクしてたのに。

 鹿児島本線の車窓からは、昨夏甲子園に出た九州産業大学九州高校が見えた。「もしや」と思って、目を凝らしていると、野球部が練習をしていた(ようだ)。すぐ近くに駅があったので、気合いを入れてグランド訪問をすべきだったのだろうけど、すでに半日近い乗車時間だったため、とてもそんなパワーが湧いてこなかった。今度こそ、行くからね。

 その鹿児島本線の場内アナウンス。
「危険ですので、走り込みはおやめください」
 …それ言うなら、「駆け込み」ちゃいますの。そんなんやったら、野球のピッチャーどないしますねん。

 ☆ 同姓駅を発見!

 実は、今回の旅の沿線の中に、私の姓名が駅名になっているところがある。妙な感じだった。もし、ここで電話でもかかってきたら、乗客の格好のネタにされてたんやろなあ。今度は途中下車してみよう。

 ☆ 民は心得ている?!

 電車に乗っていると色々な会話が耳に入ってくる。岡山あたりでおばさんがこんなことを言っていた。

 「ほら、この時期18切符の人らがようけ来るから。いつも早めの電車に乗るようにしてるんよ。ま、10日までだけどね」

 すんません、みなさんの日常生活に介入してしまいましてm(_ _)m。

 ☆ 一目でわかる「18キッパー」?!

 あの、電車に乗っていると、一目でかるんですよ。あ、この人、18切符で旅しているって。やたら、でかいカバン(案外リュックでない人が多い)を抱えて、「JR時刻表」を広げているから。

 だから、私は一目で18キッパーと悟られないようにと妙にがんばってしまう。なんとなく、気持ち、わかってくださいますか?

 年代では、20〜30代くらいの男性が多く、女性は見たことない。

 ☆ 立ち食いそば(うどん)デビュー

 友人からのメールがもとでふと「立ち食いそば、食べたいなあ」と思った。駅のホーム内にあるのをしばしば見ていて、気にはなっていたのだが、一応私もうら若き女性(?!)なので、入っていく勇気もなかった。

 旅は人の気持ちを変に大きくしてしまうのか、博多駅で勇気を出して、食券を買ってみた。

 吹き抜けの店で風が入ってきて寒かったけど、うどんを食べているとすぐに温まった。230円という安さ、席について荷物を置いたらもう出来ているという手早さ。そして、程良いボニュームに、腰のある麺。素朴な味だった。

 私が食べている間にも、おじさんや兄ちゃんやおばちゃんが出入りしていた。妙に「一人じゃないんだ」と思えた。

 実言うと、私の究極の目標は「一人居酒屋デビュー」である。今回は、その大きな大きな一歩になりうると思う。

 一人旅、それも移動の多いこういう旅は、食事の購入や時間、場所にすごく迷い神経を使うのだが、この「立ち食いそば屋利用」でその負担も大きく軽減されそう。次回から、旅がもっと楽しくリーズナブルになる?!

 ☆ ビバ“唐津”

 日記で再三書きましたが、唐津はいい町です。海があり、町の真ん中に大きな川が流れていて、橋が架かっていて。唐津城や宝くじの当たると言われている神社など、観光スポットもある。でも、変に作られたところがないし、観光客に媚びていない。ごく自然の町の中にとけ込んでいる。

 また、今回の旅では非常に多くの犬や猫と出会った。飼われているのも、野良もとにかく人なつこい。動物好きの同行者の友人は終始写真を撮り続けていた。そして、やはり長崎寄りとあって、しっぽの長い猫が多かった。

 道中、いろんな人に話しかけられた。犬の散歩をしているおばあちゃんや観光に来ていた熟年夫婦の奥さん、小さなスーパーの軒先で佇んでいたおばあちゃんには何故か親戚の娘さんに間違えられ当惑した。車内で高速バスの不便さを話していたら、降りしなに運転手のおっちゃんに「今度から本数増えるから」と言われ、苦笑い。昼下がりの住宅街を歩いていると、幼い子供に「こんにちわ」と言われ、思わず「こんにちわー」と返してしまった。なんかいい人になって気分がした。九州弁がとて温かく聞こえた。

 唐津でのお薦めは、やはりイカ。ほんまおいしい、マジでおいしい。リーズナブルにイカを楽しみたい方には、やはり唐津駅構内の「萬坊」というお店がオススメ。市内にしか出ていない店のようなので、オリジナル性は抜群。

 市内の移動はバスが便利。私は幸い地元の友人の強力ナビつきだったので、なかなか効率よく回ることが出来た。(ありがとね)
 



2002年04月07日(日)
1日岐阜中京高校野球部ファン体験記


おはようございます。あるこです。ただいま、大垣を出発する電車に揺られています。

 練習試合のため、相手校のグランドにむかっていたわけですが、さきほど留守電に「中止です」とのメッセージが入っていました。多少は予想していましたが、「あちゃー、やられたぁ」って感じです。

 ま、昨日の一件で高校野球に凹んでる私にとっては、いい休養となるでしょう。ここで引き返すのは癪なので、とりあえず現地まで行ってしまいます。雨のグランドも悪くないでしょう。


 ↑というわけで、グランドまで行ったのですが、えらい展開になりまして、とても有意義な一日が過ごせました。

 今日訪れた中京高校は、のっけから好印象だった。多くの有名校と同様、ここも学校とグランドの場所が別だったので、勇気を振り絞って、職員の人にグランドの場所を聞くと、地図を書いてくださる等非常に丁寧な対応をしてくださいました。

 グランドは小高い山の上にあり、ホーホケキョ♪と鶯の鳴くのどかな場所だった。当日は小雨のため、グランドコンディションが良くなく、バケツとぞうきんを持った部員がいたるところで、グランド整備にあたっていた。

 同校野球部は、「社会に通じる挨拶」を念頭に置いているためか、部員の挨拶もしっかり聞き取れるものだった。その場で、動きをしっかり止めて、きちっと頭を下げて、「こんっちわ」。動作の一つとして流さないその態度が良かった。こっちも、思わず、「あ、どうもお邪魔してます」。好印象を持った。日常生活からかけ離れた挨拶をする野球部って、案外少なくないのだ。

 何気なく並べてある野球帽や桜の木の下にあった甲子園出場記念の石碑等、目に付いたものをデジカメに収めると、いよいよすることがなくなった。

 ぼちぼち帰ろうか。しかし、一つに気になることがあった。試合は中止のはずなのに、何故か別の学校の父兄さんがお見えになっているのだ。

 「なんでもいいから他校の父兄さんに話をしてみる」。以前ここで紹介させてもらった練習試合観戦術に乗っ取って、そこの父兄さんに、練習試合の有無を聞いてみることにした。別にそれを聞いたからどうってことないし、ましてや試合があったとしても、観戦することは頭になかった。

 小柄で話かけやすような男性の方を選んで、声を掛けた。
「あの〜、すみません。今日、試合、あるんですか?」

 これがすべての始まりだった。
 
 その方は快く私の質問に答えてくださった。私がどういういきさつでここにいるのかを話すのはちょっと億劫だったけど、「ほぉ、すごいな。ここまで見に来るなんて。野球、好きなの?」と聞かれたので、悪い気はしなかった。

 この学校は、東京の高校で、80年代には全国制覇を果たしている強豪校だ。東京の高校野球のこと、そのチームのことを色々聞いているうちに、話はちょっとした野球談義に発展した。

 「男の子だったら、野球、してみたかったでしょう?」
 そう聞かれたとき、返事をちょっと躊躇してしまった。私には無理だな。

 ちなみに、このちょっと前に、ここの部員に「すみません、今、何時ですか?」と訊かれた。そのはっきりとした口調に、感心した。

 高校生時分って、案外目上の人に対してきちんとした言葉で話せないものだ。実際、私もそうだったし、高校野球の現場でもそういう選手を少なからず見てきた。だから、すごく感心してしまった。日本の高校野球の未来は、明るいぞ!!
(おいおい、昨日はあれだけ凹んでたのに…)

 そんなこんなしているうちに、「この後、中京高校さんが取ってくださっている球場(実際は総合グランドでした)に移動して、試合をすることになっているんですよ。よかったら、見て行きませんか?」ということになった。

 た、大変な展開だ。

 「ちょっと待ってて、場所を訊いてきるから」。その方は、小走りでどこかに行ってしまった。

 その方が戻って来られたとき、別の男性に「こんにちわ」と声を掛けられた。私はあっけに取られながらも挨拶を返した。

 実はこの方、中京高校の父兄さん。試合のある球場まで、車に乗せて連れて行ってくださるというのだ。こんな機会は、めったとない!私は遠慮せずに、お言葉に甘えることにした。

 車は、前述の父兄さんと別の選手の父兄さん、そして、その選手の弟らしき子供、そして私という異様な取り合わせを載せて、一時間ほど走った。

 同校の父兄さんにとって、私の存在は珍しかったらしく、色々質問をされた。「いつから応援しているの?」「誰か弟さんとかいるの?」「今日は、どうやってきたの?」。

 そして、同校に京都から来ている選手がいるという話になって、県内の高校野球の話へと発展した。いろんな話が新鮮だった。(後になって、雑誌等で同校の話題や注目選手を知った。こうなると分かっていれば、もっと調べておくべきだったなあ)

 道中、道路標識に「長野県」とあった。えっ、私、これからどこに連れていかれるの?!と一瞬焦ったけど。

 そんなこんなで到着したのは、山間部の村にある小さなグランド。山の上から雲が立ち上っていることから、かなりの高地だと感じた。天上で野球をしているような、幻想的なソワソワした気分になった。もし、私がピッチャーなら、落ち着いて放れない。しかし、あくまで一観客なので、眺め抜群の光景に思わずカメラをパチリ。

 実は、このグランド、地元の少年野球チームが使う予定にしていたのを、急遽揺すり受けたものらしい。そのため、すでに少年野球の子供たちがスタンドにいた、グランド整備や準備・後かたづけを手伝っていた。

 試合中は、体育座りをして、じっと高校生のお兄さんたちのプレーを見つめていた。なんだかすがすがしい気分になった。選手には、お礼代わりにいいプレーを見せてあげて欲しいなあと思った。みんな、素敵な野球選手になってね。

 試合は、ホームチーム・中京高校の大勝となった。両方の父兄さんにお世話になった身をしては何とも複雑な気分だったけど。

 中京高校では、先発した小柄なピッチャーと、ショートの選手(どうやら京都出身のようだ)、そして、3番を打っていた選手(のちに某野球雑誌に未来のドラフト候補として名前が掲載されていました)、そして、この日対外試合初のホームランを打ったキャッチャーが印象的だった。

 ピッチャーの子は、あどけない顔をしていて、活躍したら人気が出るだろうなあと漠然と思った。また、球のそこそこ早く、丁寧にコーナーをつけるタイプと見た。

 ショートの子は、とにかく「上手い」!
 今日は、再三難しい打球が襲ったけど、エラーなし。安心してみてられた。

 3番の子は、センスを感じた。まだ2年生とは驚いた。ボールをしっかりミート出来ていた。

 ホームランを打ったキャッチャーは、叱られているときも不平な顔をせず、しっかり話を聞いていた。また、試合後、駐車場で本人を間近で見たのだが、照れ笑いのかわいい子だった。(実は、彼のおかあさんにもお世話になっていたので、そういう意味でもHRはうれしかったです)

 相手校で印象に残ったのは、ピッチャー。
 かなりの失点をくらったのですが、ずっと投げていた。ときおり威力のあるボールが来ていただけに、不用意にも見えた四死球がもったいなくてならない。また、この選手、打撃もよかった。

 同校の父兄さんには本当によくしていただいた。また、気軽に話かけてくださったり、どなたからどう伝わったのか分からないが、私のことをきちんと名前で呼んでくださった。

 帰りは、別の父兄さんに駅まで送っていただいた。とても陽気なおかあさん方で、車内では終止笑いが絶えなかった。

 同校のファンならいさ知らず、他校ファンの私をきちんと受け入れてくださったのは本当にうれしかった。私の応援している学校にしろ、同校にしろ、同じ高校野球というカテゴリーの中にある。寛大なお気持ちでそこをくみ取ってくださったのかもしれない。今日1日、貴重な経験と新たな感動がまた私の心のポケットに収まった。

 また、相手校の父兄さんも「よかったら一緒に見ませんか?」などと話しかけてくださったりした。今回は、中京高校のことを中心に書いたが、感謝の気持ちは同校に勝るとも劣らないくらい持っている。

 今日の素敵な一日と、貴重な経験と、出会った多くの方々に、感謝の気持ちを込めて、この日記を捧げます。

「また、どこかで会えたらいいね」
「そうですね。できれば、兵庫県のあの球場で」



 

 

 


 



2002年04月06日(土)
野球選手である前に…

 こんにちわ、こう見えても実は私、怒っています。
 いや、不愉快というか悲しいというか「あーあ、あほくさ」というか…。ま、そんな感じの心境なんです。


 実は、今日某所で行われた高校野球の公式戦を見に行ったのですが、試合もろくに見ずして、球場を出るという事態に陥ったのです。

 高校野球に関して不愉快なことや腹の立つことは腐るほどあるのですが、それはあくまで選手やチームをとりまく人々や環境やルールなどに対してそう思っていたに過ぎず、選手や野球そのものには決してそのような感情を抱いたりしませんでした。

 ところが、今日、はじめて、選手に対して、「腹が立つ」出来事が起こってしまったのです。

 球場についたのは試合開始5分ほど前のこと。それほど大きな大会ではなかったため、観客はまばらで席も選んで座れるほどの余裕がありました。私は、ネット裏、打席が真正面に見える最上段に腰を下ろし、試合前にノックを見守っていました。

 すごく見やすい場所で、「試合開始前に来ると、こんないい席が取れるんかあ、ラッキーやなあ」と漠然と思っていたものです。

 小さかったのですが、なかなか味のある球場で、また両校の応援も気合いが入っていました。私は、これから行われる試合を思って、ワクワクしていました。

 ところが、試合開始直前になって、一人二人と、某高校の野球部員たちがネット裏にやってきました。数人が私のすぐ近くに陣取りました。確かに見やすいところです。側に選手がいるのはなんか緊張するなあと思いながらも、それほど気にせずに「今日は書いて見よう」と思っていたスコアブックを取り出しました。

 しかし、その選手が更に数を増やし、ついに私の横にまで進出してきました。私は「え〜(-_-)」と思いながらも、席を立ちました。本当は離れたくなかったけど、選手に囲まれるのはさすがに辛いし、いい場所で試合を見ることで選手の勉強になるならそれでいいや、と。

 そんな私の姿に気付いた部員の1人が、「あ、すみません」と言ったので、それはそれでよしとしました。

 すでにプレーボールの声がかかり、部員の流れも止まったので、もうこれ以上増えることはないだろうと、2列ほど前の席に移った。前より見づらくなったけれど、見れなくもない。

 ところが、ところが、部員入場はまだ続いたのです。そして、彼らは集団でまたまた私のテリトリーに侵入してきたのです。

 …げ、イヤな予感:-)。

 私はさっきの一件を思い、はやくも荷物をまとめて彼らの様子をうかがった。案の定、私は彼らに圧力を掛けられた格好になりました。中には試合を見ている私の前を平気で足でまたいでいく部員までいてあっけにとられてしまいました。

 お前らいい加減にしろっ、ボケッ!!

 喉の先まで出かかった言葉をぐっと堪えて、2度目の席移動と相成ったのです。今度は、「すみません」などという甲斐性ある言葉をかけてくれる部員などいませんでした。

 で、そこまでして取った席で彼らが何をしていたかというと、まるでくだらない話。「○○の彼女はなんたら」とか「あれはボールやろ」(そんなん、私でも見たらわかるし、ボールのランプついてるやん)とか。

 はらわた煮えくりかえって、とても観戦する気になれない!

 私は片道1時間強の道のりと1000円弱の交通費をものともせず、滞在時間20分でUターンを決めた。

 道を歩いていても、電車に乗っていてもイライラは収まらない。出来るなら、もう1回引き返して、怒鳴り散らすか責任者を呼んで話をしたかったくらい。自分でも何故ここまで腹が立っているかわからないくらい頭に来た。

 あのな、君ら。
 確かに野球場では野球選手が主役なんやろうけど、野球場は君らのものやないんやで。特にスタンドはそうや。君らもう高校生やねんからそれくらい分かるやん。

 よくよく考えれば、あそこは部員がたまるような場所だから、無警戒にいたのは私もちょっとは申し訳なかったとは思うよ。でも、基本的にあそこは誰が座ってもいいところやん。今日の君等を見てたら、あそこに座るのがさぞ当たり前みたいに思ってたみたいやし、言っおくけど。

 もし、どうしてもそこで見る必要があるならば、「すみません、席の移動をお願い出来ますか」と一言声を掛けるべきだと思う(「イヤ」と言われても、文句は言えないけれど、他でもない選手のお願いなら多くの人は快くきいてくれるはずだよ)。これは、野球選手である以前に、一人の人間としての礼儀。監督や先生に教えられることばかりが全てではないよ。

 先月、グランドで試合を見ていたら、ホームグランドの部員が観客席でお弁当を食べていた。きっと誰もいなかったからだと思う。でも、私たちが来たらすばやく席を譲ってくれたよ。君らとはまるで正反対やね。

 それか、もしあそこにいたのが、私じゃなくて他校の監督や強面のOBや父兄さんとかやったら、君ら、どうしてたかなあ?ごっつ知りたいわぁ。きっと、「うっす」とか言って、脱帽して頭下げて、そこを避けるんだろうね。まさか、監督やOBの前を足でまたいだりできひんやんなあ?

 勉強が出来たって、野球がうまくたって、甲子園に行ったって、女の子にモテたって、人間としての礼儀を見落としたままだと、社会に出たら痛い目に遭うんだから。

 ま、それから学んでも遅くないけど。何たって、君らはまだ若いんだし。




2002年04月05日(金)
今度は50の質問だっ。


 この質問は、あすかさんの「日本人に50の質問」から頂戴しました。

URL:http://ego.pussycat.jp/jpn/

1.名前と住んでいるところを教えてください。

あるこ。
京都府京都市。

2.うめぼし、豆腐、納豆、のり。好きなものから順に挙げてください。

のり→豆腐
あとは嫌い。

3.一番好きな日本の土地はどこですか?

岐阜県郡上郡八幡町
 
4.着物の着付け、1人でできますか?

できません。
約2年呉服屋にいたのに…

5.っていうか、着物を着たことはありますよね。

もちろん♪

6.一番好きな日本の歴史上の人物を教えてください。

広田弘毅

7.一番好きな日本の歴史上の出来事を教えてください。

一向一揆

8.書道、茶道、生け花など、やったことのある日本の伝統文化を教えてください。

書道→小学校のとき、地元の書道教室に通うも、年下の男の子と教室で物を投げ合う大げんか。未だに字が下手…。

茶道→「結構なおてまえで」と言って、お茶をいただいたことはある。

華道→1回だけ。花の絵を描かねばならないのが辛かったので、辞めた。

9.富士山好きですか?

好き♪

10.憲法第9条についてのあなたの考えを教えてください。

え、第9条って、何が書いてあるの??

11.鯨肉食べたことありますか?

ある。
だって学校の給食に出てたもん。

12.一番好きなお寿司のネタを教えてください。

サーモン。
ああ、よだれが…。

13.民謡、演歌、J-POP、何でも良いので一番好きな日本の歌を教えてください。

Mr.Chirdren「名もなき詩」

14.冬はこたつ出しますか?

出します。
秋から出てます。

15.蚊帳の中で寝たことありますか?

海外でなら。

16.一番好きな日本料理を教えてください。

お刺身。

17.春は毎年お花見行きますか?

ほぼ。

18.日本以外に訪れたことのある国はありますか?あれば教えてください。

カナダ・アメリカ・中国・タイ・ミャンマー

19.NHK料金払ってますか?

多分。

20.毎晩布団を敷いて寝てますか?それともベッド?

布団です。

21.空手や剣道など、日本の武術やったことありますか?

ナッシング。

22.漢字の書き順って気にするほうですか?

しない。
書けたらええやん。

23.お味噌汁の具に何を入れますか?

おあげさん・わかめ

24.温泉大好きですよね。

嫌いではない。

25.漢検受けたことありますか?

2級です。

26.国語辞典持ってますか?

3冊あります。

27.方言しゃべりますか?しゃべるひとは何弁をしゃべるのか教えてください。

関西弁を少々…・。

28.やっぱり畳の上が一番落ち着きますよね。

ですね。

29.君が代全部歌えますか?

歌えない…。

30.また消費税上がると思いますか?

なめとんか。

31.消費者の三種の神器って何のことかわかりますか?

何??

32.3Cって何のことかわかりますか?

え、私、もしかして、やばい??!

33.新二千円札と新五百円玉、普及すると思いますか?

しない。

34.五右衛門風呂に入ったことありますか?

ないです。

35.サザエさん、ドラえもん、ちびまる子ちゃん。一番好きなものはどれですか?

サザエさん。フォーエバー。

36.おみこしって聞くと血が騒ぎますよね。

ますね。
担がないけど。

37.毎年盆踊り踊ってますか?

いいえ。
ご無沙汰です。

38.花火好きですよね。

大好き♪

39.四国八十八ヶ所巡りってしてみたいですか?

行きたいです。
明日にでも。

40.富士樹海なんて怖くて行けませんよね。

ほんまに。

41.日本と韓国の関係についてのあなたの考えを教えてください。

複雑。
若い世代はそれほどでもないんじゃ?

42.田んぼの稲刈りってしたことありますか?

ナッシング。

43.忍者好きですか?

好き。

44.侍は好きですか?

別に。

45.餅つきしたことありますか?

あります。

46.餅はどうやって食べるのが好きですか?

焼いて、海苔をつけ、醤油をたっぷりと。
ああ、よだれが…。

47.日本の国技・相撲は好きですか?

う〜ん、あんまり。
でも、朝潮時代はよく見たなあ。
48.やっぱりパンよりお米の方が好きですよね。

ですね♪

49.最も成功していると思われる日本の多国籍企業は何だと思いますか?

多国籍企業がどこかわからない(ああ)。

50.最後の質問です。日本は好きですか?

もちろん♪
やっぱ死ぬなら畳の上やね。



2002年04月04日(木)
何てったって学ラン♪

 仕事がダルい。とにかくダルい。バスで片道40分という脅威の通勤時間の上、人が多すぎて、定時通りにバス停に行っても、最低2本は見送らねばならない。おかげで今日は、いつもより早めに家を出たにもかかわらず、遅刻した。

 職員の段取りが悪く仕事が進まない。指示が一転二転する。そのたび、ささいなことで振り回される日々。イライラする。これで時給800円?そりゃないよ、せめて交通費は全額保証にしてえや。

 というわけで、最近の私は眠いかイライラしているかどちらかだ。そんな気怠い帰宅途中、出会ってしまった。学ランの高校球児。

 気持ちが、波が引いていくかのごとくおだやかになっていくのが、自分でもわかった。今では、多くの高校でブレザーのカラフルな制服が採用されており、学ランを見ることも少なくなってきた。一瞬、そのとき、その場だけ、90年代前半にタイムスリップしたかのようだった。


 電車に乗って最寄り駅に到着し、ドアが開いた。事前にドアが開く側を知っていた私は、そこにポジションを取ったいた。1分1秒でも早く仕事から離れたい、家に帰りたい。

 案の定、一番にホームに降りたったのは私だった。アスファルトに足を一歩踏み入れ、ふと階段の方に目をやると、そこにいたのが彼だった。

 ホームの壁際に軽くもたれ、うつむいて誰かを待っているようだった。詰め襟の入っていない真っ黒の学ラン。足元には、直方体の野球バック。もちろん、校名や名前が刺繍されている面をきちんと隠していた。身長は大体170cm前半だと推定する。体は野球選手の割には細い方だった。ポジションにたとえると、セカンドかセンター。打順は2番か6番くらいか。

 顔はよく見えなかったが、肌はすでに小麦色。坊主頭を隠すためか帽子をかぶっていたのだが、おそらくそれは野球部の帽子だ。

 ああ、なんかごっつ90年代!

 今どき、こんな高校球児がいるとは思わなかった。ちょっと感激。その体格、その学ランの着こなし、そのうつむき加減、背中が醸し出す子供と大人の間を彷徨う男の子のアンバランスさ。あと10年若かったら、間違いなく一目惚れコースまっしぐらだ。

 学ランって、男の子を1.5倍魅力的に映すと思う。こんなのエゴなんだけど、学ランと高校球児ってすごくマッチすると思う。90年代半ばから、地元でもパタパタと学ランからブレザーにイメージチェンジする学校が出てきて、当時はそのたびに凹んでいたっけ。

 実際、学ランを着たことないからわからないのだけれど、このブレザーメジャー時代を学ラン世代の男性はどう思っているのだろう。また、学ランの着心地ってどうなんだろうなあ。母校(中学)では、詰め襟をはずす子が多かった。さすがにあれは、犬の首輪みたいでうっとおしそうだ。

 今日の彼を見て、「あーあ、高校も共学にしておけばよかったな」なんて思った。うちの地元の公立高校は、いまだに男の子は学ランだ。



2002年04月03日(水)
ネタがないので100の質問(HPを持っていらっしゃらない方は見ない方がいいかも)


 クセス様の「管理人の本音100の質問」(http://gackt.m78.com/nouten/)より頂戴いたしました。

01.ハンドルネームを教えて下さい。
あるこ
02.出身地と現在住んでいるところを教えてください
生まれも育ちの京都です。
03.インターネット暦はどの位?
1年ちょい
04.サイト管理人暦はどの位?
もうすぐ1年
05.サイトはいくつ運営してますか?
1つ
06.サイトのジャンルは何ですか?
野球
07.サイトタイトルの由来は?
直感
08.サイトを開設しようと思ったきっかけは?
自分の書いた文章を人に読んでもらいたかった。
09.1日のアクセス数は大体どの位ですか?
わかんない。
10.Yahoo! JAPANに載っていますか?また載りたいと思いますか?
何もしてないけど、検索エンジンで出てくるみたい。
11.荒らしにあった経験はありますか?
あります。
12.その時の対処法は?
削除が一番でしょうね。
当時はまだまだ幼かった。
13.Mac派?Win派?
Win派
14.ブラウザをいくつも起動しながらネットする方ですか?
いいえ。
15.ヤフー掲示板などの大きなサイトの掲示板などへはよく書き込みをする方ですか?
以前ちょっこっとしてました。
16.ネットで知り合った人と恋愛関係になったことがありますか?
ないです。
17.更新はマメにする方ですか?
日記は。
18.レス入れは早いですか?
遅くはないと思いますが、以前に比べると格段ペースが落ちたかな。
19.常連さんはどの位いますか?
7,8(いつもありがとうございます!)
20.日記を公開していますか?
しています。
21.自分の写真を載せていますか?
サイトのどこかに。
22.サイト作成には何かソフトを使っていますか?
ホームページビルダーとかのことですか?
23.サイトのデザインにはこだわりますか?
シンプルを意識してはいますが。
24.CGIはレンタル派?自分で設置派?
レンタル派です。
25.隠しページは作ってますか?
あります。でもしょぼいので、探さなくてもいいっすよ。
26.トップページ以外をブックマークされたり、トップページ以外に直接アクセスされるのはイヤですか?
いいえ。
27.↑理由は?
わざわざトップページから入るのは、めんどくさいと思うので。
28.初めましてのお客様、好印象を受けるのはどんな書き込み?
とりあえず、「はじめまして、○○(HN)と申します。よろしくお願いします」は常識(って、この言葉も好かんけど)。
あと、HPの感想とか書いてくださっていたら、最高です♪
29.逆にイヤだなと思うのはどんな書き込み?
そういう輩は、ここに書いたことを書きそうなので、ノーコメントにします。
30.サイトの主旨などを説明しているページがありますか?
あります。
31.↑読んでくれていると思いますか?
読んで欲しい人は、読んでくれていないでしょう。
人生そんなもん。
32.BBSやチャットの利用について注意書きを書いていますか?
はい。
33.これだけはやって欲しくないという行為は?
荒らし・宣伝・常連さんや私を見下す発言
34.逆にとても嬉しいなと思う行為は?
HPの感想です♪
35.サイトを開設して友達は何人位できましたか?
10人程度
36.オフ会をしたことがありますか?
ないです。
37.ウェブ素材は自分で作っていますか?
そんな上等なこと出来ません。
38.お客様からメールをよくもらいますか?
それほどでも。(頻繁にもらうからは、お客さんではなく、常連さんやメル友になるので)
39.メールに全て返事を書きますか?
ほぼ。
40.ネットストーカーに遭ったことはありますか?
いいえ。
41.↑どんな被害でしたか?
42.自分のサイト、ここがイチオシ!ってところは?
ないなあ。
43.管理人としてのポリシーはありますか?どんなこと?
心ある常連さんを傷つけない。
44.BBSはいくつ設置してますか?
一つ。
45.新しいものはすぐに取り入れたいと思う方ですか?
いいえ。
46.自分のサイトのメールマガジンを発行していますか?
いいえ。
47.サイトを持って良かったなと思うことは何ですか?
掲示板やメールでHPの感想を書いてもらったとき。
野球を通じて、いろんな人と話が出来ること。
48.逆にサイトを持ってイヤだなと思うことは何ですか?
49.サイトを閉鎖しようと思ったことはありますか?または閉鎖経験はありますか?
あります。
掲示板や一部コンテンツの閉鎖経験はありますが、全体を閉じたことはないです。
50.↑それはどんな時ですか?
人間関係のトラブル。
他のHPの出来映えの引け目を感じた。
51.BGMを流していますか?
いいえ。
52.セキュリティーには気をつけていますか?どんなことをしていますか?
はい。でも、内容は申し上げません。
53.Flashは使ってますか?
ないしょ。
54.お客様の名前を憶えていられる方ですか?
はい。
55.メールアドレスをサイト上で公開してますか?それともメールフォームにしていますか?
メールフォームです。
それでも、平気でウイルスちゃんが来るので、ネット社会って怖いですね。
56.もしも自分のサイトを雑誌に載せたいと言われたらどうしますか?
雑誌によります。
57.もしも知らない間に、自分のサイトが雑誌やテレビなどで紹介されていたら?
あまりいい気分はしません。
58.自分のサイトは誰かのために役に立っていると思いますか?
さあ。
59.ランキングサイトなどに登録していますか?
いいえ。でも、以前、勝手に登録されててびっくりしました!
60.検索エンジンにはいくつ位登録していますか?
さあ、勝手に登録されてるみたいです。
61.ウェブリングに参加していますか?
いいえ。
62.↑何個位参加していますか?
63.自らウェブリングマスターをしていますか?
いいえ。
64.↑どんなウェブリング?
65.サイトでこんなことが出来たらいいなぁと思うことはどんなこと?(実現不可能なことでも)
日記に自分が撮った写真を貼り付ける。
あと、文字を動かしてみたい。
66.今のサイトをあとどの位続けられると思いますか?
さあ。
67.自分のサイトはどんな感じに作っていますか?例、シンプル、黒背景、キュートなど。
シンプル(だと思っているのですが)
68.リニューアルは好きですか?
はい。
69.1日どの位ネットをやっていますか?
平均2,3時間。
70.サイトを作成するのに、何か勉強したいなと思うことはありますか?
勉強は苦手。
71.ライバルだと思うサイトはありますか?
いいえ、私なんぞがライバルを持つ資格はないっす。
72.リンクはフリーにしていますか?
いいえ。
73.相互リンクしているサイトはどの位ありますか?
10くらいかなあ。
74.リンクバナーはいくつありますか?
ありません。
75.いきなり知らない人から相互リンクして下さいと言われたら?
その人のHPや人柄で決める。
76.自分がリンクを貼らせてもらいたいなと思うサイトはどんなサイトですか?
地域密着性を持つ・愛情を感じる写真がある・親しみを持てる管理人さん
77.憧れのサイトはありますか?
あります。
78.サイトの作成、運営などについては何を使って勉強しましたか?(例、学校、本など)
わからないことは経験者に訊く。
79.最高何個までなら管理できると思いますか?
2つかな。
80.サイトにスポンサーの広告を付けていますか?また付けたいと思いますか?
お金が入るならつけたい。でも、読者の方はよく思わないでしょうね。
81.アクセスアップを狙っていますか?それともヒッソリとやっていきたいと思っていますか? ひっそりと。知る人ぞ知るHPでいいです。
82.↑理由は?
大きくなると、それだけトラブルも抱えるので。
83.一番初めにサイトを作ってから、自分はどの位上達、進歩したと思いますか?
去年と今年の日ハムの成績くらい。
84.サイトを置いているスペースはプロバイダーの無料スペース?無料レンタルサーバー?有料サーバー?
無料レンタルサービスです。
友人に「初心者はそれでええ」と言われました。
85.独自ドメインを取得していますか?したいと思いますか?
したいと思います。
86.サイトを作成したり、リニューアルしたりしていると夢中になってしまう方ですか?
はい。
87.今までで、爆笑した面白いサイトに出逢ったことがありますか?それはなんてサイト?
「栄冠は君に輝かない」
88.今までで、惚れ惚れするようなステキなサイトに出逢ったことがありますか?それはなんてサイト?
「ベンチウォーマー」「ベースボール倶楽部」「尼崎の高校球児を応援しよう」
89.こんなサイトがあったら便利だなぁと思うサイトはどんなサイト?
う〜ん、わからない。
90.1日に1つも書き込みがないという日がありますか?
ありがたいことに、あまりないです。
91.相互リンくしているサイトの巡回はマメにする方ですか?
はい。マメに巡回したくなるようなサイトしかリンクしませんから。
92.サイトにゲームや投票など、BBS以外のコンテンツを置いていますか?
いいえ。
93.こんなゲームがあったら面白いなぁと思ったことはありますか?
高校野球のシミュレーションゲーム(テレビゲームがないので、ネットでしたい)
94.CGIスクリプトやウェブ素材など、シェアウェアの物を使ったことはありますか?
あります。
95.CGI配布サイトさんや、素材屋さんに質問です。フリーで配布するのがイヤになる瞬間てどんな時?
96.サイトを運営していて、ブチ切れたことはありますか?それはどんな瞬間?
大半が掲示板の書き込み内容ですね。
97.お客様から自分をどんな風に呼んでもらうと嬉しいですか?例、管理人様とか、呼び捨てとか。
普通に[あるこさん]で。
98.サイトを運営していることを、実生活での家族や友達は知っていますか?
友人は知ってますが、家族は知りません。
99.家族や友達に見られたらヤバいってことを載せていますか?
載せてます。特に家族。
100. 最後に本音を思いっきりどうぞ!・・・常識の範囲内で。(笑)
常識範囲内ですか。なら、ちょっとここに書けないですねえ(シクシク)。



2002年04月02日(火)
一人でいたくないときの思い出


 今日、急遽、晩から大津でともきちと飲むことになった。私は、自分のペースがくずされるのがイヤなので、基本的には急遽予定を入れるのはあまり好きではない。でも、飲みに行くのがメインで、相手が我が相棒・ともきちであれば話は別。ダルい仕事の後、バスとJRを乗り継いで大津に向かった。

 誰にもきっと、「一人でいたくないとき」というのがある。今日のともきちはおそらくそうではなかったのかと思う。いつになく、たくさんの酒を飲み、胃袋に食べ物を詰め込んでいた。(それでも、私のそれには及ばないけれど(^^;))

 2時間ほど居酒屋で粘ってから、酔いさましに琵琶湖方面に向かった歩いた。気心しれた相手と飲んで、ほろ酔いのいい気分になると、なぜか笑いばかりがこみ上げてくる。

 道中の神社で、満開の桜がライトアップされていた。私たちはおぼつかない足でふらふら〜と境内に入り、飽かず桜を眺めていた。やっぱり桜はきれいだな。酔っぱらって頭がボ〜っとしていたにもかかわらず、はっきりとそう思った。

 今日はともきちだったが、私にもやはり「一人でいたくないとき」があり、ともきちに何度かおつき合いを願っている。

 そのうち、たった1回野球が絡んだときの話を今日の日記としたい。


 1999年夏、ノストラダムスの予言も無事外れ(?)、甲子園出場校を決める京都大会が始まった。

 当時の東山は、前評判のそれほどよくないチームだった。事実ずっと見ていた私も、「こりゃ、1回戦突破がいっぱいいっぱいかな。良くてベスト8くらいやろ」と考えていた(ほんまにごめんんなさい!)。

 案の定というか、思いの外というか、初戦は大苦戦した。終盤まで相手校にリードを許し、父兄さんからも「ここ(舞鶴球場)で(夏が)終わるんか?」という不安に声が聞かれた。そういえば、3年前もここでよもやのコールド負けをくらっている。イヤな予感ばかりが脳裏を覆う。

 しかし、終盤、相手校がスクイズ失敗をして、追加点を取り損ねた。そして、その後にチャンスを生かし、どうにか逆転をした。いまだに、「もし、あのスクイズ失敗がなかったら…」と思ってぞっとする。

 生き返った東山の快進撃はここから始まった。3回戦こそ危なげなく勝ったものの、4回戦は逆転再逆転の大乱打戦、ベスト8では京都西、ベスト4では平安を逆転で下した。夢のような、ドラマのような、嘘みたいな試合展開が続いた。

 これぞ、まさにミラクル。甲子園行きの確立は、50%。ついにここまできた。信じられない気持ち、この勢いで(甲子園に)行けるんじゃないかという思い、でももし負けたときのことを考えてはやる気持ちを自制する。

 試合消化数に比例して、観客数が増えていく。今までどこに隠れてたんやと思うくらいおびただしい数の女子高生、一般生徒、懐かしいOBや父兄さんの顔、顔、顔…。

 みんなで甲子園に行きたいなあ。2年前の先輩たちの思いとともに、そして、この西京極で涙を飲んだ数多くの選手たちの思いとともに。
 神様、お願いします。

 結局、勝利の女神は東山には微笑まなかった。ミラクルという名で賞された「99夏」はどうやらベスト4でピークを迎えていたようだ。8ミリフィルムに収められていた「東山高校甲子園への道」は、最終章だけ何らかのアクシデントでひきちぎられたかのようだった。唐突に終わったドラマ。決勝戦、勢いを無くした選手の背中も見ながらふとそんな言葉を思い浮かべた。

 もちろん、負けたのは、相手校の方が上手(うわて)だったからに違いない。心の片方でそれは納得している。でも、もう片方は唐突に終わったドラマに戸惑っていた。体を半分引きちぎられた。ちょっとオーバーに言うとそんな感じだった。

 一人になるのが怖かった。明日がくるのが怖かった。もう少し、あともう少しだけ、この夏に浸っていたかった。

 この夏、選手から教えてもらったことはあまりにも多かった。

 社会に出て、仕事を転々としていた私は、いつも自己嫌悪にさいなまされていた。失敗や先走りばかりして、いつまでの進歩のない自分がイヤだった、もう投げ出したいと思っていたし、自分に胸を張って歩ける「明日」など来ないと思っていた。そしてまた、そんな風に考える自分のイヤだった。

 失敗しても、失敗しても、チャンスはある。勝負は最後の最後までわからない。人は自分の出来ることしかできない。でも、それですら素晴らしいパワーを生む。自分の役割をしっかり果たす。自分に出来ることは何か。自分が自分であればいい。

 夏が来る前は、試合を見て、自分の立場の嫌悪感から逃避していたように思う。でも、夏の試合を見始めてからは、「自分のやらなきゃいけない」→「自分のやってみたい」→「きっと出来る」に変わっていった。

 甲子園という大きな球場で、たくさんの観客に見守られてグランドを走り回る選手を見届けたら、私も応援生活にピリオドを打ち、もう一度就職して、人並みの社会人としてやってみよう。1回や2回のエラーが何さ。

 だからこそ、甲子園に行きたかった。今にして思うと、それもものすごいエゴのような気がしないでもないが、何かにつけて消極的な私は何かきっかけが欲しかったのだ。
 
 この日、当時バイトをしていた飲み屋に電話をし、「1時間ほど遅れる」旨を伝えると、ともきちともう一人の友人と3人で、脱力したまま、ちょっと早めの夕食を取った。「休む」ではなく、「遅れる」と言ったのはきっと選手たちの活躍が頭にあったからだ。
 
 何を話していたかはほとんど覚えていない。ただうわごとのように「明日からどうやって生きていこう」と言っていたのは記憶にある。

 「一人でいたくないわぁ」という私に、ともきちが「バイト終わったら、うちにおいでぇや。泊まっていき」とありがたい言葉をかけてくれた。

 家に帰っても、家族がいるので一人ではない。そして、母あたりは「東山、残念やったね」と声をかけて、もしかしたら、私の好物のサーモンのお刺身あたりを買ってきてくれているかもしれない。

 でも、やはりダメだった。独りではない孤独感というものもある。この日は、同じ球場で同じ思いを抱いた人に側に居て欲しかった。やはり、それはともきちしかいなかった。
  
 夏休みとあって、店にはようけお客さんが入った。忙しく走り回りながらも、試合終了のサイレンが頭から離れない。座敷席の年輩の男性客が、京都大会に決勝戦の話をしていた。「東山がなんたら」とかいう声がときどき耳に入ってきた。

 早く仕事を終えて、電車に乗り込みたかった。仕事終了時間は、午後11時。時計は10時59分を指しており、11時になった瞬間に押そうと、タイムカードを手に時計とにらめっこしていた。

 そんなとき、さっきから気になっていた泥酔状態の若い会社員が、目の前の思いっきりリバース。「ウギャ」。思わす奇声がもれる。汚いとかどうこうより、「この時間帯に吐くなよ〜。帰れへんやんけ」という思いの方が強かった。ツイてないときはとことんついていないんだなあ。客に飲ませる水をコップに注ぎながら、痛感した。

 ともきちの家に着いたら、深夜1時前だった。真夜中にかかわらず、快く迎えてきれたともきちママには感謝の言葉に尽きる。

 夜中、ともきちが撮っていた東山の試合のビデオを見て、時間を費やした。明日になれば、元気になるから。ブラウン管の向こうの選手の活躍とこれからに思いを馳せていた。

 



2002年04月01日(月)
春の湘南に、気になる女性が一人…

 
 あのとき、なんで声を掛けておかなかったのだろう。今になって後悔している。私は、彼女の事が気になって仕方がない。

 それは、昨日、平塚学園湘南球場で野球観戦をしていたときのこと。昨日は、東山・山梨市川・平塚学園の変則Wだったのだが、第二試合が始まったころに彼女が現れた。

 彼女は、細身で長い黒髪が特徴的だった。すごいおばさんのようにも見えたし、また10代くらいの若い女の子にも見えた。要は年齢不詳。

 すごくきれいな黒髪で、ブラッシングさえきちんとすればビダルサスーン(でしたっけ?シャンプーの名前)のCMに出てくる髪の毛くらいにきれいなはずだと思うが、中途半端にパーマがかかっていて、おそらくここ2,3日は髪の毛をかまっていないだろうなと思えるほど、野放し状態だった。あーあ、もったいない。

 いでたちは、薄い布地のピンクのTシャツに、長ズボンも同系統の色。これもやわらかそうな素材だった。Tシャツには小さな文字か何かがプリントしてあったかと思うが、あまりよく見えなかった。あまりの薄さに下が透けないのかなあと余計な心配をしてしまった。強いて言えば、寝ぼけ眼のおばさんが、近所のスーパーに卵でも買いに行くかのような格好。

 背中には、布にひもを通してあるランドセルを卒業した昔の小学生がよくしていたようなリュック。深い紺色で、なんと中央にはでかでかと「YH」をあしらった横浜高校のエンブレムがデザインされていた。おそらくユニフォームの肩口についているものと同じだと思う。

 横浜高校の追っかけや!

 小走りでネット裏へと走る彼女を凝視した。

 彼女は試合を観戦しながらもあちこち移動し、観客と話をしたり、スコアを付けたりしていた。とにかくよく動く人で、油断すると姿を見失ってしまう。やっていることがあまりにも自分と似ていてびっくりした。はたから見ると自分ってあんな感じなのかなあ。自分はたいていアホやなあと思ったが、上手(うわて)がいた。日本って広いなあ。

 でも、横浜のおっかけである彼女が、なぜここに?
 ちょっと無理して考えて、県内校である平塚学園の偵察もどきをしているのだとしても、このときは、その平塚学園の出ていない試合だった。それなら、何もせずに見ているだけか、特に見なくてもいいはずなのだが、スコアをつけていたようだし…。

 試合が中盤にさしかかったころ、突然彼女は席を立った。
 チャンスや、行け!
 自分にGOサインを出したが、タイミングを逸してしまい、気付いたら、彼女の姿は球場内にはなかった。

 ああ、多少無理してでも追いかければよかったなあ。色々聞きたいことがある。

 その横浜カバンはどこで手に入れたのですが?
 あなたは、やはり横浜高校の追っかけなんですか?
 いつから活動されているのですか?
 どこに住んでらっしゃるのですか?
 失礼ですが、おいくつですか?
 なぜ、ここに来られたのですか?
 追っかけをするきっかけは何だったんですか?
 もしかして、HPとかやってはりますか?
 でしたら、アドレス教えてください。是非リンクさせてくださいよ。

 もし、ここを御覧でしたら、とりあえずメールください。
 あなたとなら、話が合うような気がします。