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あるこのつれづれ野球日記
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2001年09月29日(土)
「ごうまん」ちゃん?!


 秋季京都大会2次戦2回戦 東宇治ー平安 於・福知山球場

 東宇治 0−5 平安

 知人に東宇治高校の関係者がいるのが縁で、同校の試合を今春から2,3回見ている。2年生主体のチームであったので、今年は期待できるなとは思ってはいたが、まさかここまでくるとは失礼ながら思わなかった。夏のトーナメント制だったら、ベスト16にあたる。前の亀岡戦で勝利を収めたあと、「相手は平安やしなあ、でも、コールドはイヤやし。0−6とかやったら充分ちゃうか?」というのが、周りの声だった。学校のある土曜日なので一般生徒は来れなかったが、これは一大イベント(?)。父兄会は応援バスを出して、朝早くから地元・宇治を出た。
 甲子園メンバーの数多く残るチームに0−5は相当な善戦だと思う。最大の功労者は、東宇治のエース・伊藤投手だ。上背のそれほどない右投げ。しかし、球のでどころがわかりにくい(相方談)ので、平安の打者の見逃しが目立った。最後まで集中力の切らさないピッチングで三振も7,8個は奪ったはずだ。守備で印象に残ったのはサード・加茂選手。約2ヶ月前、この球場で行われた夏の京都大会の洛西戦にも出ていた選手だ。1−3で敗戦後、球場の外でうつむき、微動だにせずにずっと泣き続けていた。ここぞという打球がひたすらサード戦を襲ったからだろうか。そのあたりはよくわからないが、「ずいぶん練習したんやろうな」と思った。平安のバッターから放たれる強烈な打球に負けていなかった。球を裁くのも怖がっているような選手がいたことを思えば、その成長は伺える。
 しかし、試合が締まった訳を明確に指摘せよと言われたら、1回表のこのプレーを挙げる。
 1回表、平安の攻撃。先頭バッターはストレートの四球で出塁。スタンドが数段しかなく、そこから選手の表情が見えてしまうような小さな球場で、甲子園さながらの声の応援をやられたらびびらないピッチャーもそういないだろう。そのあと、堅実に送りバント。攻守の要・3番・今浪選手に託された。今浪選手は期待通りセンター前に打った。それを見て、二塁ランナーがホームを狙った。前進守備をしいていた東宇治のセンターが捕手に向かってワンバウンド送球。ランナーはホームでタッチアウトになった。これで、東宇治サイドは俄然盛り上がった。「自分たちはやれる!」。そんなところだろうか。このプレーは単なる暴走ではない。相手守備をなめきった走塁だ。前述したが東宇治のセンターは極端ともとれる前進守備をしいていた。打球はセンター前、である。サードにいるならいざ知らず、もしこれが強豪を言われる学校が相手だと間違いなくサードで止まっていたはずだ。確かに格下の相手かもしれない。でも、公式戦で3つ勝ってきたチームだ。あの距離でホームで刺せないとは思えない。
 「平安、苦戦するんちゃうか」と思った。先発の倉谷投手がすばらしく、東宇治打線が全くと言っていいくらい手がでなかったので、表向きは「快勝」。しかし、本来なら初回でもっと攻め込むことが平安の実力なら可能だったはずだ。
 

追伸:平安の応援団もなかなか迫力があったが、1球ごとに甲高い声の上がる東宇治父兄会の応援もなかなアジなものだった。「おかあちゃんパワー」はやはりすごい…。
 父兄もみなさま、お茶とおにぎりをいただき、まことにありがとうございました。試合終了後におっしゃっていた言葉ではありますが、本当に「いい試合」だと思いました。
 



2001年09月28日(金)
未知なる力はどこにいく…


 友人から「阪神の戦力外通告リストを見て厳しいなあと思った」といった内容のメールを受信した。
 ああ、今年もまたそんな時期がやってきたのか。ややも気が重くなる。戦力外になった選手を何人か教えてもらった。仕方ないなと思える選手もいれば、「うそ、まだまだこれからやのに」と驚愕してしまう選手名もあった。
 「自分で取った選手くらい責任もって育てろや!」というのは容易い。でも、それが本当に首脳陣の無責任によるものかどうかを判断するための情報は一ファンでしかない私にはない。助っ人外国人にしろ、こうもとっかえひっかえの補強をされたら、前述のようにぼやきたくもなる。
 プロで大成する選手が限られている。それはいうまでもない。でも、大成できなかった選手にもそれなりにチャンスがあたえ、最善を尽くして育成し、選手も納得してその事実を受け止めるのなら誰も何も言わない。でも、そうでないのなら、どんなすばらしい補強をしたって、金を積んだって一緒だと思う。
 今年も志半ばで、若い選手が球界を去るだろう。山村や北川のような選手はごく希だ。
 なんという制度か忘れたが、数年たっても一軍にあがれない選手は自動的に自由契約出来る制度がアメリカにはあるらしい。野球の発展のために選手を有効的に使うためのものだ。毎年この時期になると、日本には是非この制度を、と切実に思うのだ。



2001年09月27日(木)
城陽市に野球場を!


 インターネットを始めて、各地の高校野球の情報が入りやすくなった。そこで気付いたこと。京都って球場が少ないんだな。冷静に数を数えれば、8つある。しかし、そのうち4つが北部に固まっており、また黄檗球場は長年使用されていない。厳密には球場が少ないのではなく、球場のある場所が偏っているだけなのだが、自分の住んでいる地域にはその数が少ないため、どうしても「球場って少ないんだな」と勝手に思いこんでしまうようだ。
 球場の存在が偏ると起こることの一つが秋季あるいは春季大会にある。1次戦の行われる会場が、北部では球場、南部では学校のグランドになるのだ。南部には北部の倍以上の参加校が固まっているにもかかわらず、公式戦で使える球場は2つ(西京極・太陽が丘)と北部のそれの半分しかなく、全試合を球場で行うのは不可能だ。そこで、ある一定の広さを備えたグランドを持っている学校に試合会場にしてもらうように連盟が依頼する。しかし、グランドの状態はいろいろで広さもメジャー球場なりの規模のところから、普通のグランドに毛の生えてような広さのところもある。また、グランドの立地条件や施設等により、変則的に「グランドルール」たるものが存在したりする。最善の努力が成されているのはよくわかるがどうしても、ホームランの出やすいところ、そうでないところ、守りやすいところ、そうでないところなどの格差が出てしまう。また会場校にあたる学校は自チームのグランドで試合を行うので、運営等が大変ではあるが、勝手知ったるところでする試合なので、優位であるとこは否めない。北部勢は時として、練習試合ですら球場で行うという。本番(夏の京都大会)はもちろん球場であるので、より球場での試合経験を積んでいた方が有利に働くことは間違いない。西京極球場は、京都のメイン野球場的な役割を果たしているため、大学・社会人・プロと様々な試合で使用されるので、高校野球で使える回数も限られてきている。このところ、北部勢がレベルを上げてきているが、球場が充実し、それをフルで利用できる環境もその一因なのではないかと思う。
 球場が欲しいと思う。贅沢は言わない。南部にあともう一つだけでいい。京都市内、宇治市内にはあるので、あと足りないのはあそこだ。そう、京都府城陽市。宇治市の南隣の都市だ。サッカーをご覧になられる方にだったら、パープルサンガの練習場のあるところと説明したらおわかりいただけるかと思う。
 城陽市はスポーツがさかんで、もちろん野球もその例にもれない。今は苦戦しているが、オリックスに在籍する川口投手も城陽出身だし、ヤクルトで中継ぎ投手として活躍している河端投手は西城陽高校(ここも体育コースである稽爐剖疥戮離好檗璽珍手が集まる)のエースとして甲子園にも出場している。また隣の京田辺市には少年野球の名門チームがあり、ここからも数多くの逸材が巣立ったいる。残念ながらその大半が京都府外の高校に行ってしまうのだが。これも、近くに球場が出来、高校の選手のプレーをリアルタイムで見る機会が増えれば少しは解決出来るのではないかと考えてしまう。同市には野球場を作るための条件が整っているし、立地の効果が一番期待出来る場所だと思うのだが。
 細かい事情や情勢のことはよくわからない。しかし、ここ数年で2度の全国大会準優勝。また多くの選手がプロでも活躍している。京都の野球のレベルは決して低くはない。あとひとがんばりで、昭和31年春以来遠ざかっている優勝旗にも手が届くはずだ。関係者の方々に是非先行投資をお願いしたい。



2001年09月26日(水)
つれづれ“大阪近鉄優勝”日記


 今日、近鉄が勝てば12年ぶりのリーグ優勝が決まるという。昨日あたりから、おそらく今日の日記には大阪近鉄の優勝について書くのだろうなと薄々予感はしていた。私がテレビの前に座ったときは8回裏で2−4と大阪近鉄がリードされていた。9回表には更に1点を追加され、普通ならここで「あ、今日の胴上げはおあずけだな」となる。しかし、私はテレビの前から離れられなかった。きっと、ご覧の多くの方のそうだったはす。結果は周知の通り。あまりに壮絶で何をどう書いたらわからない。時間が経つにつれいろんなことを思い、考えさせられた。今回はテーマを絞らす、項目別に感じたことを書いていきたい。

☆ トレードされてよかったね!
 9回表が、2つのエラーをした吉岡選手から始まると知り、「もしや」と思った。こういう試合、多くが汚名返上に燃える選手が活躍しているからだ。
 また、満塁となる四球を選んだ益田選手、あまり注目されないが、あの場面でボールを冷静に選ぶのはそう容易いことではない。代打である以上、「打ちたい」という気持ちが先にあるだろうし。もし、彼が塁に出ていなければ、ホームランが出ても同点にとどまっていたし、試合もどうなっていたかわからない。ほこるべき「優勝への四球」だと思う。
 最後をドラマチックに決めたのは、北川選手。阪神からトレードで入団した選手だ。だからでもないが、彼が決めてくれたことで、阪神ファンもこの優勝を人ごとで済ませられないはず。私も必要以上に嬉しかった。「阪神に残ってくれてたら…」なんて野暮なとこは言わない。バースデーサヨナラ打といい、松坂からのホームランといい、大阪ドームの女神に惚れられたのかなとさえ思ってしまう。

☆ 子供に戻れる「仕事」
 プロ野球選手にとっては、野球は「仕事」である。「オールスター時には休みたい」「年俸を上げろ」など、私たちファンから見ればキレそうな態度も、それが「仕事」だという認識のもとにあると、気持ちわかるなあと思う。しかし、プロ野球選手、こんない素敵な仕事はないと思う。「優勝」という大きな仕事を成し遂げた大阪近鉄ナインの表情た仕草は完全に野球少年に戻っていた。うらやましいなと思った。私たち一社会人はどんなにすごい仕事をしても、子供にはまず戻れない。でも、私たちの心のどこかに「子供への帰巣本能」が残っている。だから、スタンドに観客がいるんだなと思った。

☆ 梨田監督のインタビュー
 興奮冷めやらぬ中、優勝監督インタビューが行われた。梨田監督は終始、「ファンのみなさんの応援のおかげで」とか「ファンが後押ししてくれた」などと、ファンへの感謝を口にした。確かに、そこまで口にしてしまうほど大阪ドームのファンは凄かった。特に今まで閑古鳥の鳴いているようなところでの試合が続いただけに感激も他球団以上にあるはずだ。大阪ドームは満員だった。あれだけ込んでたら、ビールを買うところかトイレに行くのも困難だ。私は10年来の阪神ファンだが、こんな窮屈なスタンドで観戦したことがない。試合を見るときも、純粋に試合を楽しむというより、お酒のつまみにしている感も否めない。それはそれで楽しいのだが、いつしか、飲み食いを忘れるほど試合に没頭できる気分を味わってみたい。
 普通ならここで、「まだ日本シリーズがあるので」といって、喜びを自重する監督が多い。しかし、梨田監督は違った。「今はこの優勝の喜びに選手とファンのみなさんとで浸りたい」。非常に素直なコメントだなと思った。そう言わせてしまうだけの幕切れではあったが。

☆ 歓喜の大阪ドームから1年後…
 9回裏に逆転満塁ホームランを浴びてしまったオリックス・大久保投手はルーキーぴちゃー。抑えの切り札的存在とはいえ、優勝のかかった相手チームでに登板は少々荷が重かったのかな。大久保投手は昨年松下電器とエース格として、ここ大阪ドームで行われた社会人選手権大会で、見事優勝に輝いている。勝敗はつかなかったが2番手投手としてマウンドにも立った。その思い出の場所で1年後、こんな形でプロの洗礼を浴びるとは。きっとどんな投手が投げたって吸い込まれるようにボールがど真ん中に行くような試合展開ではあったが、「ばばぬき」で最後の最後でジョーカーを引いてしまったような何とも後味の悪い気分だろう。でも、ルーキーである彼にとってはかけがえのない経験になることを信じている。これから、緊迫した試合でも登板はいくらでもある。そのときに、この経験を思いだして、そして生かして欲しい。(松下電器時代のチームメイト・愛敬投手は今年もまたこここで優勝を手に入れた。元チームメイト同士でこうも明暗が分かれるとは…)

☆ ちっぽけな人たち
 こんな試合の元では、私たちの存在や自分の抱えている悩みがちっぽけに思えてしまったりするのだが、今日の試合を見て、さらにちっぽけな人たちを見つけた。
中継のアナウンサーと解説者である。
 試合終了後、両者の間で見にくい「知ったかぶり対決」が繰り広げられたのだ。歓喜に湧く選手をよそに、「私が先ほど言いました通り近鉄は…」とか、「シーズン前から僕は感じていた‥」とか、あたかも自分が最初から近鉄が優勝するのがわかったいたよと言いたげな態度。解説者の存在にそれほど否定的ではない私だが、今回ばかりは「あんたらの自慢話なんてどうでもいいから、ちょっとは黙ってて!」と言いたくなった。確かに、野球の見方の一つに「予想屋的要素」はある。順位予想に始まり、ナイター中継のおかげで球場にもあちこちにいる解説者的観戦者、アマ野球選手を見て「この選手はプロで通用する、しない」とあれこれ評論するのもその類だ。しかし、他人がどんな予想をしようと何を思おうと世間は案外興味がないものである。今日の試合内容が内容だっただけにいつになく、そのちっぽけさが浮き彫りになっていた。

☆ 優勝、おめでとうございます。
 大阪近鉄ファンのみなさん、優勝おめでとうございます。ひとえに12年といえど、みなさんにとっては歴史が変わるくらいの長い年月に感じられたのではないでしょうか。長い間下位に低迷した間もけなげに応援されていた方、また心を鬼にして球場に足を運ばなかった方、愛情表現は人それぞれだと思いますが、そんなみなさんから勇気をもらったように思います。私ももう少しひいきチームを応援してみようと思います。日本シリーズでの健闘も期待しています。なんたって、「ファンは10人目の野手」ですから。




2001年09月25日(火)
2001冬

 外は、まだ日差しが照りつけ、夏の面影も幾分か残しているが、全国の高校球児の多くはすでに冬に季節を迎えている。
 私の四季はひいきチームの勝敗と共に過ぎていく。夏の大会で負ければたとえ7月であろうと、気温が30℃後半であろうと夏が終わり秋が始まる。秋の大会で負ければ、こたつと手袋の季節になる。

 ひいきチームの予想だにしなかった惨敗。こういうときは試合展開より、「冬にいかにがんばるか」という話で盛り上がる。ただのファンである私にとって、冬がどれだけしんどい季節かを知らない。だから「冬がんばれば…」という無責任な一言で敗戦の呪縛から逃れようとする。
 そこで、今年の冬は私にとってもつらい季節にしようかと考えている。8月からジムに通っているが、一向に減らない体重をなんとかしようと思うのだ。別に誰が見ているわけでもないのだが、やはりスタイルはいいに越したことはない。以前やせていたころは何事にも積極的に取り組めたように思う。今、私がマイナス思考傾向に走っているのはもしかしたら体格がもたらす自信のなさも一因しているのかもしれない。
 また、この日記を始め、ホームページ制作にも力を入れようと思う。あるホームページの管理人さんにお話を聞いたら、やはりシーズンオフには訪問者の数は減るらしい。でも、そこで今までためておいたものをどれだけ更新できるかがそのホームページの成長度合いの目安になるはずだ。一冬越して、訪れた方に「うわ、しばらく見ないうちにいいページになったなあ」と思ってもらえるようになりたい。
 
 失敗は成功のもと。
 今回の大敗、同じ大敗なら後で「あのとき負けてよかった」と言えるものであって欲しい。



2001年09月24日(月)
勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けはなし。


 秋季京都大会2次戦 東山ー京都学園 於・太陽が丘球場

 東山 1−10 京都学園(7回コールド)

 一体、何を書けというのだろうか(なら書くなって)。
 敗因は自滅。投攻守の悪いところが、膿のように全て出きった試合。負けるべくして負けたという言葉がぴったり当てはまる。試合開始当初、満員に近かった東山の三塁側スタンドは回を追うにつれ、一人減り、二人減り…と観客が球場をあとにし始めた。ジェット風船を飛ばし終わった7回裏の甲子園球場じゃあるまいし…。高校野球でこんな現象を見るのはおそらく初めてだ。3回の7失点は悪い夢でも見ているかのようだった。正直、次の立命館宇治のことが頭にあり、私自身も今日の京都学園戦のことはあまり考えていなかった。
 3回終了地点で9−1。5回コールドペースだったがなんとか7回までもってくれたのが唯一の救い。
 試合展開を追う気になどとてもなれない。



2001年09月23日(日)
送りバントに泣き笑い?!


 秋季京都大会2次戦1回戦 東山ー洛西 於・あやべ球場

 東山 7xー0 洛西 (8回コールド)

 スコアだけ見たら、東山の楽勝かに見える。しかし、そこには様々な喜怒哀楽が見えた。

 昨秋出来たばかりのあやべ球場に行くのは、もちろん初めてだ。相方に車を出してもらって、朝8時半に地元を出発した。車で2時間半。試合開始直前に球場に着いた。町外れにあり、外観は大きな煙突の輪切りにしした感じ。大男がミニチュア球場の模型を作ったらきっとこんな感じになるんだろうな。晴れていたこともあり、土も芝生もスタンドも色鮮やかだった。欠点は日陰が少ないこと。フィールドにいる選手はまぶしくてとても守りにくそうだなと思った。観客席のわずかな日陰は。スタンドの最上段。すでに観客の多くがそこを陣取っていたが、なんとか間に入り込むことが出来た。
 
さて、観戦である。
 中盤までの東山の攻撃はちぐはぐだった。3度試みた送りバントは全て失敗。あまりに打球が素直だった。送りバントを多用するチームなのであまり失敗することがないだけに、少し動揺した。毎回ヒットを打ったりした出塁しているにもかかわらずなかなか得点出来ないのもやむ終えないなと思った。
 一方、東山の先発・沢田投手(フォームが阪神のカーライルにそっくりらしい。私はよくわからないけど(^^;))は上々の立ち上がりを見せた。奪った三振は3、許したヒットは1。そのヒットも投手・セカンド間に落ち、投手とセカンドが交錯したいる間にバッターが一塁にたどりついた内野安打だった。声かけがきちんと出来ていなかったのかおもしれないが、積極性故のものであるため、お見合いよりはなんぼかマシだと思った。死球が二つあったが、与四死球は4イニングでその二つだけ。前回の鳥羽戦を思えば充分な投球だ。
 洛西・佐伯投手は、夏に一度見ているが制球力がよく、打たせた取るピッチャーだ。バントの失敗のことを前述したが、彼のフィールディングか何かにそうさせてしまうものがあったのかもしれない。しかし、ついに先制点を奪うときがやってきた。先頭バッター・4番・梅田選手が右中間と破るツーベースで出塁。このところ一発へのこだわりを捨てた感のあり、このところは二塁打が多い。そして、5番・井上選手はバントの構え。序盤ですでに3回の失敗。一抹の不安があったが、4度目の正直(?)でようやく成功した。山崎監督の野球はどうやらこの送りバントに重点を置いているようだ。以前にも、バントから相手投手を崩し大逆転した試合があった。6番・今堀選手は倒れたものの、7番・立本選手がライト前に打ち、二塁ランナー・梅田選手がホームイン。ついに先制!回は中盤だったが、すごく待ち遠しい先制点だった。
 しかし、試合の流れは動かなかった。洛西の佐伯投手は次打者・代打の深井選手を冷静に三振に仕留めて、追加点を許さなかった。5回から代わって関投手も好調でほど洛西の攻撃を毎回三者凡退に抑えた。すもうの力士ががっぷりよつに組んでまったく動かないような試合展開。このままだと、そろそろ追加点が欲しい。こういうときにダメを押せないと、終盤に入ってから不利になる場合が多い。
 7回表は、三振と二塁ランナーの三盗をさしてゲッツー、続く8回表は二死三塁のピンチにセセンターへの大飛球を野口選手が好捕。スタンドが一気に盛り上がった。次の回、もう1,2点は欲しいなあ。この勢いをなんとか攻撃に持っていきたいところ…。
 8回裏。思いがけないエンディングが待っていた。 
 先頭バッター・那谷選手がライト前のヒットを好走塁でツーベースにする(タイミングは際どかったが、「こういう場合、中継が入ってたらセーフになるんや」とは相方談)。ここはとりあえず「もう1点」が欲しい場面。3番・藤井選手には送りバントが命じられたようだ。1−1からの3球目がサード線に転がった。ボールはファウルグランドに逃げていくかに見えた。洛西の野手はボールを見送った。あと5センチくらいでファウル線。これはダメか?しかし、その時、ボールは緩やかに方向転換してフェアグランドに入った。藤井選手は一塁キャンパスが駆け抜けていた。「うまい!」「すごいバントや」「やった、やった!」。軽い動揺と歓声が三塁側スタンドを覆った。これ、狙ってやったんかなあ?私は「嘘みたいやなあ」と半分信じられない思いでいた。しかしながら、「この試合、決まった!」と初めて確信に近いものを感じた。次打者・梅田選手はライト前タイムリー(今日、猛打賞!)。そして、5番・井上選手のバントもまたサード線に転がった。前回の藤井選手と全く同じ打球。洛西野手は今度も見送るとこを選択。しかし、またボールは切れる直前にフェアグランドへ!前回の再現VHRでも見てるのかと思った。スタンドのボルテージも上がるばかり。
 流れは完全に東山。6番・今堀選手、7番・立本選手の連続タイムリーで、スコアはすでに6−0。隣にいらっしゃった某選手のお母さんが、「あと1点、あと1点!」と声を上げていた。一瞬「??」と思ったが、すぐに気付いた。
 バッターは8番・関投手。先日の南陽戦では彼がスクイズを決めて、8回コールド試合を決定づけた。そして、同じ8回裏、あと1点というところで、また打席に立つことになるとは…。結局、相手キャッチャーのパスボールで、関選手がバットを振るまでもなく、サードランナーが還ってきて、試合終了のサイレンが鳴った…。

 正直、こんな展開になるとは思わなかった。
 序盤は苦しめられていたバントに終盤助けられるなんて。全く試合展開ってわからない。
 洛西の佐伯投手はコントロールがよく安定していたピッチャーだった。ボールは特に速いというわけではないけれど、打ち取ることが知っているピッチャーで。きっと平安とか成美とかいう強豪打線でもそこそこ抑えることの出来る投球をしておたように思う。最後は、あのバントヒットにやられてチーム全体が集中力を切らしていたため、大量点をとられるはめになったが、本来はこういう崩れ方をする投手ではないはずだ。
 あのバントヒット、東山にとっては「奇跡のバントヒット」だったが、洛西は一概に「不運はバントヒット」だけではすませないはずだ。2度目のバントヒットは一度目のバントヒットを許していたら、ファウルになるのを待たずに処理が出来たのではないかと僭越ながら思ってしまう。(気のせいかもしれないが、ファウル線の周辺は土が少し盛り上がっているように見えた)
 コールドを決めたものを始め、洛西の捕手のパスボールが目立った。今日一番悔やんでいるのはこの選手だと思う。洛西の放った2安打はすべてこの選手が放ったものだっただけに…。



2001年09月22日(土)
彦根球場の風


 今日は約半年ぶりに滋賀県の高校野球を見に行った。場所は彦根球場。秋季大会2回戦が行われている。今回急遽決めた観戦なので、対戦カードも何もわからなかった。でもそれはそれでおもしろいだろう。小さな期待を胸にJRに乗り込んだ。
 JR彦根駅から徒歩15分程度で彦根球場に着く。なかなかきれいな球場だ。一塁側内野席後方には彦根城がくっきりと見える。プロ野球のオープン戦も行われたことがあるとか。今日観戦したのは二試合。

 第二試合 甲西 6−1 伊吹

 3−1の僅差が一つのエラーをきっかけにじわりじわりと甲西が差をつけていったという感じだ。伊吹のショートがエラーをしたのはツーアウトランナー二塁からだと記憶しているのだが、センターのバックアップが遅れた。そのため、二塁にいたランナーが一気にホームインしてしまったわけだが、このあとのショートの再三にわたるファインプレーを見ていたら、センターのカバーが遅れたわけがわかった。カバー遅れは誉められたものではないかもしれないが、それほどショートの選手の守備を信頼していたということにも成りうる。ショートの選手は送球もよかったし、見るたびになんであのときに限ってエラーしたのと歯痒い気持ちになる。打つ方では、エースでもある丹后選手がよかった。逆らわないで素直なバッティングが出来ていた(まさに「ボールにくらいつけ」という言葉が似合ような)。ただ、チャンスに彼とまともに勝負にいかなかった甲西バッテリーの冷静さも見事だった。
 甲西は内野手の守備の積極性が印象的だった。高くバウンドするゴロが多かったのだが、それは待たずに果敢に前に出てきて裁いていた。下手な野手なら間違いなく後逸だが、しっかりボールを捕らえているので、それもなかった。伊吹のショートがあの当たりをどう処理したかを見てみたかった。
(伊吹の応援では随所に阪神・和田選手のヒッティングマーチが使われていた。彼の引退決定となにか関係なるのだろうか)

 第三試合 草津東 11−1 湖南農業 (5回コールド)
 
 湖南農業にはおそらく他に数人の部員がいたように思ったのだが、実際背番号をつけて試合に臨んだのはちょうど9人だった。試合前湖南農業ナイン(本当の意味で「ナイン」)がノックを受けるフィールドに散ったが、やけに広く見えてしまったのが印象的だった。部員が少ない=弱いと決めつけるのはよろしくないが、フライ捕球で野手が次々落球するのを見て、「大丈夫?試合、出来る?」とか失礼ながら思ってしまった。
 試合はやはりワンサイドゲームだった。でも、2回にはクリーンナップの鮮やかな連打で1点を奪っている。吉井投手の高めの球のときたまではあるが威力がある。

 彦根球場は寒い。風の吹き通しがいのか、よく風に吹かれれる。お出かけの際には上着は必需品です。特にバックネット裏はほとんど影になっていて救いようがありません。スタンドは幾分か日が当たっているのでましなのですが、あそれでも由型ころには寒くてふるえていました。
 まだ2回戦なのだが、2試合とも控え部員とマネジャーそしてごく少数のクラスメートらしき子が数人応援に駆けつけていて、アカペラで声援を送っていた。豪華なブラスバンド演奏や華やかな人文字もいいけれど、こういう手作り即興応援の素朴で良かった。私が滋賀の高校野球に対して持っている印象は「暖かく見守る目」である。マスコミのそうだし。また応援している人たちもそうだ。そして何より彼らも与えられた立場で精一杯高校野球を謳歌している。滋賀県の高校野球を見ていると、「ああ、高校野球って部活動の一貫なんだな」と認識させてもらえる。
 日が傾き、冷たい風が身に染みる。一方的な試合展開の中にあっても応援団は元気に声を張り上げていた。「子供は風の子」という言葉をふと思い出した。

追伸:彦根球場の裏には近江高校がある。この日は翌日の試合にそなえてか野球部がグランド前面を使った練習をしていた。そして、第二試合途中に準Vメンバーの3年生が球場に顔を見せた。めざとい女の子たちが写真を撮ってもらっていた。

 



2001年09月21日(金)
和田選手の引退決定に思う。

 今日、夕方のニュースで阪神の和田豊選手が今シーズン限りで引退することが伝えられた。
 最初に思ったのが、「ついにこの時が来てしまったか!」。ここ2年くらいはまともな使い方をされず、今シーズンはコーチ兼任。引退は時間の問題だということは冷静な目で見たら明らかだった。しかし、私は阪神ファンである。何の根拠もなく、「和田は阪神が優勝したら引退するんや。始め(入団1年目)と最後が優勝というドラマチックなシナリオが出来上がってるんや」、そう思っていた。野村監督就任当初はマジで3年目には阪神は優勝出来ると思っていた(今思ったらその根拠のない依頼心みたいなのも多少問題だったのかもしれないとは思うが)。和田選手本人も「現役のうちにもう一度優勝したい」と話していたという。
 引退はどんな選手も必ずむかえる。だからそれ自体をどうこう言わない。最後の2年ほどは「和田選手の無駄使い」的要素があったのではないかなと思う。若手を育てるために、まだまだやれる和田選手が半分干されたような状態のときはファンでない私でも辛かった。誰もが通り世代交代への道。でも、あんなに易々と道をあけてもらっては若い選手のためにもならないように思った。彼をコーチにしたがる球団の気持ちはなんとなくわかる。でも、現役選手である以上、グランド内でも彼の姿勢を選手、特に若い選手に見せるのも大事なことだったのではないだろうか。
 和田選手は個性ある選手だと思った。ボールをじっくり見極めてから打つタイプだからだ。だから、「初球で振れないとダメ」という代打には向いていない。なのに、最後は代打で使われていた。一向に打てない和田選手を見て、「新手のリストラや」「不適材不適所使やな」と思ってしまった。
 阪神はお世辞でも強いチームとはいえない、どこかの球団のように逸材中に逸材ばかりを集めるわけにはいかない。だからこそ、現戦力を精一杯生かし、戦っていかなければならない。それは若手もベテランも一緒だ。世代交代のために、強引にでも若手を使い、ベテランを脇においやるのであれば、せめて若手のためにベテランが出来る最大限のことを発揮出来る環境があればいいのにと思う。「和田選手の無駄使い」と前述したのは、今回の和田選手の使われ方が犠牲として機能していないと思ったからである。
 これで、85年Vメンバー全員が現役を退いたことになる。10/1は巨人戦でチケットを取るのは非常に困難ではあるが、なんとか甲子園に足を運びたいと思う。
 ♪男なら命かけて ボールに食らいつけ 打てよ 打てよ 和田豊 おまえの出番だぜ〜
 「おつかれさまでした」の代わりに声が枯れるまで、他のファンとともに歌いたい。



2001年09月20日(木)
孤独の影


 せっかくフリーなんだから、平日を有効に使うために野球を見に行こうと思った。今日は、西京極球場で社会人野球がある。昼と夜が逆転している生活を何とか改めるべく、早起きをして地下鉄に乗り込んだ。
 第一試合はすでに4回まで進んでいた。プロ野球選手も輩出している滋賀県下にある専門学校と京都の企業チームとも対決だった。体格もなにもかも違いすぎる。でも、そんな中で試合が出来るのは専門学校に生徒にとってはとても有益なことだと思う。試合内容も書きたいのだが、今日は第二試合に登場したチームに在籍しているある元プロ野球選手に焦点を当てたいと思う。
 この数年著しくプロアマ規定が緩和されてきている。その傾向の一つが、元プロ野球選手のアマ球界への復帰だ。ここ1,2年で数人が社会人チームのプレーヤーあるいはコーチとして第二の野球人生のスタートを切っている。私の記憶する限りでは、プロアマ規定が出来てからアマ球界への復帰第一号は、元阪神の林純次投手であるはずだ。某雑誌でのインタビューで、初登板のときに浴びた辛辣なヤジについて話していたが、世間には厳しい視線があるのは否定出来ない事実であろう。その選手が一人入ることによって、確実に別の一人が野球への道を断たれるからだ。
 元プロ野球選手の話はいろいろなところで見聞きしている。でも、その大半が転身の成功例である。ところが、実際は一般社会になじめなかったり、裏方に仕事にプライドが傷ついて球界を離れる選手も多いはず。このアマ球界復帰もしかりである。復帰を果たしたチームで元プロの経験を生かして、熱心に練習に取り組んだりして、チームのお手本になるような選手や元プロというプライドを本当に意味でかなぐり捨てて野球が出来ることに素直に感謝出来る選手もいるだろう。しかし、実際、華やかなプロの世界と不景気のあおりを受けている社会人野球の世界とはあまりに違いすぎる。中には一軍を経験出来なかった選手もいるだろうが、昨今のファームも設備はいいし、野球をするための環境は十分に整っている。野球に専念すればよかった生活から、仕事との両立、野球は生活のすべてから生活の一部に変わる。試合だってそれほど観客が足を運んでくれるわけではない(今日の観客を数えたら、57人だった?!)。
 むしろ、馴染めなくて当然ではないか。
 前述した選手は、セ・リーグ2球団を渡り歩いた一軍半の選手だった。甲子園にも出場した投手で、当時はそこそこ話題になった選手だ。18歳の秋にドラフト3位指名を受け、プロ野球選手になった。なまじっか器用だったためか、投手から野手、野手から投手と何度となくコンバートをされた。プロでの成功の是非はその大半が能力以外の要素が原因なのではないかと思う。その選手は今、投手として登録されている。
 おかしいなと思ったのは、試合が中盤に向かったころだ。自チームの攻撃が終わってもベンチに入らないのだ。投手なのだからブルペンにいるのかと思ったが、ブルペンには別のピッチャーがキャッチャーを座らせて投げ込みをしている。彼は、何をするでもなく、そこに立っていた。サードコーチャーの斜め後ろ辺りが彼のポジションだった。見ている限り、チームメートと話すことも皆無だった。ときおり、話しかけようと側に寄ってはいたが、タイミングを逸しているようにも見えた。そしてまたチームメイトから離れていく。チームメイトも特に彼に話しかけることもなかったし、ベンチ内もほとんど声がなかった。監督らしき年輩の男性がときおり彼に話しかけいた。しばらく話し込むとその人はベンチに戻ったが、彼の足がベンチに向くことはなかった。もしかしたら、そこにいることが彼に科せられた何かの役割なのかもしれないが、どうもそういう風にも見えなかった。
 彼自身、苦しんでいるのかもしれない。プライドと孤独の狭間で。どうやってチームになじんだらいいのかわからない。ふいに投げ出してしまいたくなるときすらあるかもしれない。その葛藤が彼の足をベンチに向かわせないのであればそれほど苦しいことはない。元プロのアマ復帰はかかなりの精神的リスクを伴う。とりあえずは結果を出していくしかないのか。
 昼さがり、誰もいなくなったブルペンに彼の影が色濃く映っていた。

 



2001年09月19日(水)
秋季京都大会2次戦を予習する。


 朝刊に昨日抽選会が行われた秋季京都大会2次戦の組み合せが載っていたので、さっそく独断と偏見(?)で予習をしてみたい。
 組み合せを見てまず思うことは、「こうもきれいに強豪校がばらけることもそうないなあ」ということ。順調にいくと、大会終盤では非常にレベルの高い好ゲームが期待できる(もちろん、序盤が決してレベルが低いという意味ではない)。秋の地点にもかかわらず、今年は守備が鍛えられたチームが多いように思う。極端な大量点差試合か、1点を争う接戦かどちらかになる展開が多そう。
 さて、優勝候補となると、やはり昨夏の甲子園ベスト8メンバーが残っている平安という声もあるが、もう一つ京都成章をあげたい。投打ともに悔しい夏を経て成長しているとのこと。目立たないが、関係者の中でも成章を警戒する声が挙がっている。鳥羽は昨年よりスケールが小さい印象を受けるが、卯瀧采配は侮れず、V候補リストから外してはいけないだろう。サウスポー・入江投手がいい。また持ち前の打撃に堅実さが加わった守備で上位を伺う立命館宇治、昨夏の主力が多く残る福知山成美も上位に顔を出してくるはず。
 ダークホースとしては、試合巧者の北嵯峨を上げたい。ゾーン優勝決定戦では延長逆転サヨナラ勝ちをやってのけた。洛西にも制球力抜群のエースがいる。昨夏2試合ほどみたが、こちらもなかなかの試合巧者だ。また、1次戦で鳥羽に惜敗した東山は打線のチーム。1番・野口選手から始まる上位打線は集中力がある。1次戦では上位を中心に足のあるところも見せた。投手力にやや不安があるが、鳥羽戦で好投した1年の沢田投手とエース・関投手がいる。先発・沢田、リリーフ・関の継投でV候補校をなんとかかわしたい。
 初戦一番の好カードはおそらく、「福知山ー洛水」ではないかと思う。実力が均等しており、かつ守りのチーム。福知山は鍛え上げられた守備で投手を助け、洛水は好投手・永友がいる。福知山の勝負強いバッター・審選手は1次戦ですでにホームランを放っており、「永友ー審」は注目の対決の一つ。
 その他、好投手・大隣のいる京都学園やこのところ力をつけている東稜、昨夏の経験者の多く残る東宇治の戦いぶりが注目される。



2001年09月18日(火)
聖域


 先日、ある方と野球の話をしていて、印象に残った言葉がある。
「大差試合だからといって必ずしもつまらないとは限らないし、また接戦といえど面白いとは限らない」というものだ。
 大差試合でも面白いというのはなんとなくわからなくはないのだが、接戦で面白くないというのはどういう試合のことなのだろう。
 簡単に言えば、面白くない接戦とは締まらない試合なのだ。ピッチャーの四死球が多い、エラーが多い等…。しかし、ピッチャーに四死球が多いからといって、エラーが多いからといって、イコール「面白くない接戦」とも限らないのだ。訳がわからないと思われる方も少なくはないだろう。だが、私の野球観を180度変えた試合は、「面白くない接戦」の条件を満たしていた。

 女子校で育った私にとって公立の男女共学校はある種羨望の対象だ。だから、必然的に逆の感情も生まれてくる。極度な公立校嫌いだった。当然、公立校の試合など見向きもしなかった。それは本当に偶然だった。友人が府立の某高校に勤めており、教え子か誰かが出るから京都大会を見に行きたいと言った。彼女は高校野球観戦経験が皆無で一人で行くのは不安だったらしく、「野球が好き」な私に声をかけてくれたのだ。私は対して意味なく「いいよ」と応えた。その試合は開幕第一試合だった。少し早く出て開会式を見たいと思った。動機はそんな単純なものだった。
 友人がゲームに出ている教え子のエピソードみたいなのを教えてくれたので、今までにない観戦となった。こんな楽しみ方のあるんだなと思った。試合は接戦だった。常に相手にリードを許していたが、何とか追いすがり突き放されずに食らいついていた。この試合、両チームともエラーが多かった。ヒットとエラーの数がほとんど同じなのだ。ずっと強豪校と呼ばれるチームの野球しか見ていなかった私は心の中で「なんや、普通校ってこんなにレベルが低いのか」などととても失礼なことを思っていた。そんなわけで塁上のランナーはなかなか減らないし、いたずらに時間が経っていく。ダラダラした展開に正直疲れていた。
 しかし、9回2点のビハインドを見事克服し、試合は延長戦に入った。姿勢を正した。この試合、おもしろいかも。友人の勤めている学校は、エラーをしてもなんとかくらいついている。野球のセオリーは「エラーしたら負け」なのに、すごい粘りだ。逆に相手校はせっかくエラーでもらっているチャンスを再三生かしてはいたが、自チームも同じようにエラーをして、いまいち流れをつかみきれずにいる。結局、延長10回裏、そのチームがサヨナラ勝ちをした。最後もやはり相手校のエラーで決まった。
 はたから見たら、なんて締まらない試合なのだろうと思う。けれど、私は「ええ試合やったなあ」と何度も友人に話していた。試合終了後、帰り辛くて友人と球場出口にいた。双方のクラスメートや父兄やファンが木陰の下なのに固まっている。一言「おめでとう」と言いたくて、一言「おつかれさま」と言いたくて…。
 30分くらい経っただろうか。先に勝ったチームの選手が出てきた。みんな満面の笑み。クラスメートらしき男の子が数人、彼らにお祝いの言葉を言い、じゃれ合っていた。これが野球の強豪校とかだったら、あの試合展開では満面の笑みはなかったと思う。でも、このチームにとっては勝利はどんな形であれ嬉しいのだろう。その素直さがいいなと思った。
 ふと目線を変えると、みんなから少し距離をおいたところに背番号「1」をつけた選手がいた。なにしてるんだろう、みんなと一緒に喜んだらいいのに…。よく見ると、彼は顔を伏せて一人で泣いていた。びっくりした。なんで泣いているのだろい。エラーが絡んだとはいえ、7点も取られたピッチングに納得できなかったのだろうか。ピッチャーという人種にならありえなくない理由だ。でも、ふとそれは違うと思った。彼は声を上げずに静かに泣いていたからだ。もしかして、これはうれし泣きなのではないだろうか。試合前、このチームは公式戦であまり勝てないチームだと聞いた。だから、3年の最後の夏には「勝ちたい」という思いがとても強かったはずだ。立ち上がりからエラーの連続で、再三ピンチに立たされた。延長に入るまでは常にリードを許す展開。一生懸命投げているが本当に勝てるのだろうか。野手のエラーに対しても複雑な感情を持ち、心の中で葛藤を繰り返していたかもしれない。試合中、そんな様々な思いを抱えて緊張状態が続いていたかもしれない。今日つかんだものは、まさに「苦しみの末の勝利」だ。ふと緊張の糸が切れた、泣いてしまったとしても何らおかしなことでなはい。
 私の目線は彼に釘付けになった。18歳でこんな泣き方が出来る子はそういない。私は、彼のその姿だけで彼の人格や野球にたいする思い入れみたいなのをくみ取れたようにすら思えた。まもなく、そんな彼に気付いたクラスメートやチームメイトが彼の側に歩み寄った。肩を抱いたり、頭をなぜたりして、「よかったな」「よかったな」と声をかけてた。彼はうなずきながらもなかなか泣きやむことが出来なくて、またしばらくすると一人で泣いていた。仲間たちは彼をそっと見守ることに決めたようだ。私は一歩も動けずにいた。クラスメートやチームメイトたちのように、彼の側によることも、またその場を離れることも出来なかった。私と彼の間はある距離は2メーターもなかったと思う。でも、その2メートルは永遠に縮まらない2メートルだった。私みたいなただの観客は立ち入りできない高校球児の聖域。夏は、高校野球は、誰のものでもなく、選手のものだと思った。残念だけど入り込む余地はない。
 この試合を見たことを境に、私の公立校に対する過剰なこだわりが消えた。今まで見ていた強豪校の野球も高校野球だが、ここにあるのもまた野球だなと思えた。
勝った、負けた、レベルが高い・低い、そんな基準だけで野球を見るのはもったいないなと思った。みんな一生懸命なのだ。球児の数だけ夏があるのだ。

追伸:後に、彼の担任をしていたという先生とお話する機会があった。彼は練習熱心で野球に対して真剣だったと教えてくれた。現在は奈良県内の大学に通っているようだが、野球をしているかどうかはわからないという。

 



2001年09月17日(月)
ささやかな乾杯!


 縁あって、応援している地元の高校がある。
 きっかけを話せばとても長くなるのだが、応援をし始めたのは高校1年の秋ごろだ。おっかけの相方でもあり親友のともきちとともに、公式戦はもちろん練習試合にも足を運んだ。当時は高校卒業と同時に終わるだろうと思っていた追っかけだが、大学に進学しても社会人になった今も続いている。いつか、「このままいくと10年選手になるで」とともきちと話していたが、この秋で本当に10年になってしまった。
 応援して得たのもはあまりにも多い。ありきたりの言葉だが、出会いと野球の魅力と感動と…。そして、誇り。
 学生のころはそれほど思わなかったが、ここ1、2年、自分の年代で特定の高校を追いかけるというのはどうかという疑問が浮かび始めた。思いこみに過ぎないのかもしれないのだが、グランド観戦でひどく居づらさを感じることが多くなった。ほんまにもう辞めようと思った。しかし思うところあってとどまったが、もう今年1年が限界だと思っていた。
 しかし、昨日、OB(といっても今年の3年生)の父兄さんとお話する機会があった。何を思ってか私は前述したことをせめたてるように話してしまった。すると、その方は私の話したことをやんわりと否定し、「辞めんどきや、追っかけ」という一言をくださった。今まで「応援ありがとう」「また来てや」程度のことは何度か言われたが、こんなに強い言葉を聞いたのは初めてだった。嬉しかった。
 何をやっても続かない私が、この応援だけは続いている。もちろん運動や仕事のように毎日継続するものでもないし、好きなものだから当然といえば当然なのだが、もしかしたらこれは誇れることではないかと思い始めている。
 私の原点はこの応援にある。野球が好きなのも、こうして日記を書いているのもすべてこの応援があったからだと思う。
 そして、応援を続けてこれたのは、ともきちが私に声をかけてくれたからに他ならない。今でこそわかってくれる人がいるし、こうして日記をかいして人に話すこともできる。でも、学生時分はわかってくれる人がいなくて、いつも2人でチームについてのいろいろな話をしていた。この応援がなかったら、私は今頃どういう人生を歩んでいただろう。もしかしたらまともな社会人して今頃会社員4年目をむかえ安定した収入を得、「不景気だ不景気だ」と言いながらも夏休みには海外旅行とかに行っていたかもしれない。今の私は野球に取り憑かれたかのように試合を観戦し、ホームページを作り野球に関わろうとしている。ここ数年旅行らしい旅行もしていないし、洋服も安物で済ませている。お金は優先的に野球に消えていく。夏の大会があれば、仕事なんてしてられない。会社員になったらそうもいかないから、足を踏み入れることに躊躇している。考えが甘いのかもしれない。でも、一度しかない人生だから、したいとこをする。意味も理由も利益もないかもしれないけれど、私は応援を続ける。勝った負けたではなく、試合を見れることだけでも幸せだと思うのだ(とくにこのところの不安定な情勢を目の当たりにしてからは、その思いが更に強くなった)。
 今度、ともきちと10周年を祝うために飲みに行こう。失業中の身分だからおごってもらうことが多いけど、今度ばかりは私がごちそうしたい。



2001年09月16日(日)
勝利の女神に振られる…


 秋季京都大会1次戦4日目 Eゾーン優勝決定戦(再試合) 東山ー鳥羽 於・京都外大西西山グランド

 東山 5−6 鳥羽

 前日友人宅に泊まっていた私は、読みかけの本を枕に知らぬ間に眠りにおちていた。目覚める少し前のうとうとした感覚の中、携帯電話が鳴っていることに気付いた。寝ぼけまなこで電話に出たら、昨日お世話になった父兄さんの声がした。
「おはよう、寝てたんか(笑)。昨日の再試合な、今日やねんて」
 …え。
「10時から、昨日と同じところで」
 …今、何時??
「私、行こうと思うねんけど、どうする?どうせ足(車)ないやろ?」
 …8時45分。今から化粧して、電車に乗って…。
「行きます、行けます!」
「じゃ、何時頃来れる?昨日と同じところで待ってるけど」

 昨日の今日、再試合があるとは思わなかった。もし、父兄さんから電話をいただかったら、熱戦を見逃すことになっていた。感謝感謝につきる。
 試合開始は10時半に変わっていた。選手がアップをしている。鳥羽高校のベンチ前にはすでに選手が集まり、試合前のリラックスなのか二の腕をマラソンランナーの早送りのように動かし、「いっちにっ、いっちにっ」と言っていた。二の腕ダイエットに最適かも、なんて思いながらバックネット裏の席を陣取って観戦準備を始めた。
 今日は先制された。3回裏、一死ランナー二塁から連打とワイルドピッチで2失点。なおも一死一二塁のピンチだったが、ここは見事ダブルプレーで切り抜けた。「今日はボコボコにやれられるんちゃうか」というのが周囲の予想で、私のそれは否めないなと思っていた。だからこの2点だけですでに不安がよぎっていたのだが、選手はめげていなかった。ダブルプレーが取れたのもあるだろうが、今までより一層声が出てきて、元気になった。これはひょっとして…?かすかな期待が心の中に芽生えた。
 4回に長打を打たれ、更に1点を追加された。しかし、ここもファインプレーでさらなる追加点を与えなかった。
 反撃に転じたのは、5回表から。相手ピッチャーは苦手の変則サウスポーではなったが、昨日も対戦しており、またピッチャーは連投となっている。必然的に捕らえやすくなっているとうことだ。その反撃は2死ランナーなしから始まった。2番・那谷選手がライト前に打つと、3番・藤井選手の打球はやや前進守備のセンターの横を抜けた。那谷選手は判断よくホームを陥れた。ベンチは俄然盛り上がった。そして、6回表は下位打線で2点を叩き出し一気に同点に追いついた。このままの勢いで次の回くらいで逆転しておかないと、やられてしまうように思えた。6回裏を先発・沢田投手をリリーフして関投手(彼が出てくると、鳥羽ベンチはまた昨日と同じように大騒ぎだった。好きなんかなあ…?!なわけない、か)が三者凡退に抑え、いい流れを作っていた。
 7回表の攻撃は圧巻だった。先頭バッター・那谷選手が四球で出塁。次打者・藤井選手たいする投球の4球目がパスボールとなり、二塁進塁。そして、これが功を奏する形となる。藤井選手は三振に倒れたが、4番・梅田選手の打球がセンターに抜けた。二塁ランナー・那谷選手がホームインし、ついに逆転!そのあと、二死一三塁となったときに、一塁ランナー・今堀選手がキャッチャーのスローイングを誘発するようにじわじわを塁を離れた。キャッチャーは「刺せる」と思ったのかボールをファーストに送球。挟殺プレーが始まった。かなり冷や汗ものだったが、セカンドキャンパス上の塁審はセーフの判定。サードランナー・梅田選手はすでにホームインしていた。これで5−3となった。昨日みたいな何かがおかし鳥羽からではなく、きわめて普通に鳥羽からリードを奪っている。野球ってわからない。昨日と今日となれば、間違いなく東山がやられているはずだが。
 悪夢は8回裏だった。かすかに勝利の文字は見え始めたまさにそのときだった。
代わった関投手は昨日とはまるで別人の好投ぶりだった。6回から投げて三振は早くも5つ奪っていた。ツーアウトでランナーは一塁。鳥羽はこの回代打構成だった。別にそれ自体にそのような意味があるのかはわからないが、打球はふらふらーと上がり、野手の前にポンと落ちた。勢いもなにもない。ピッチャーは完全に打ち取った当たり…。野手の後逸、送球の処理の甘さも加わって、まさかの3失点。形勢は一気に不利に傾いた。攻撃はあと1回。取らねばならない点は、最低でも1点…。
 9回表、一死一三塁まで責め立てたものの、結局得点することは出来なかった。5−6。逆転。再逆転の熱戦は前日の2時間54分と合わせて5時間ちょうどで幕を閉じた。
 負けたら終わりという試合ではないのだが、やはり負けると残念だ。予想を超えた健闘ぶりだし、これからの可能性を信じたい心境になったが、まだ今すぐには整理のつかない気持ちがある。
 バックネット裏の狭い階段を両校の選手が上がっていく。勝った方も負けた方も表情にそれほど差がなかったのが印象に残った。

 
 こんにちわ。
 「つれづれ野球日記」たるものを書いております。「あるこ」と申します。今まで使用していた日記帳が故障のため、復旧のめどがたたなくなりましたので、本日よりこちらで書かせていただくことになりました。
 今後ともよろしくお願いいたします。

なお過去の日記は当面約3ヶ月程度、下記にアクセスしていただければ見れるはすですが、なんせ復旧していない箇所も多いので、必ず見れるとは限りません。悪しからずご了承ください。

http://suk2.tok2.com/user/tohzan25/index.html

          2001、9、16 深夜 管理人・あるこ



2001年09月15日(土)
雨中、霧中、夢中の決戦?!


 秋季京都大会1次戦3日目 Eゾーン優勝決定戦 於・京都外大西西山グランド

 東山 8−8 鳥羽 (8回裏降雨ノーゲーム)

 
 鳥羽高校には借りがある。
 一つは98夏の京都大会初戦、もう一つは昨秋の京都大会準々決勝だ。とくに昨秋はコールドをやられているだけあって、なんとか一矢報いて欲しいと思った。だけど、勝利なんて更々意識していなかった。今日負けたからといって、選抜大会への道が途切れるわけではない。他で勝つべきときがある。その時のためにいや〜な印象を与えておく。それだけで十分だ。
 午後から天気が芳しくないとは聞いていたが、まさしくその通りだった。前の試合、「北嵯峨ー西城陽」が延長戦に突入しており、試合開始も遅れていた。グランド状態がよくなく、エラーが心配だなと思った。

 東山は表の攻撃だった。四球とヒットでいきなり一死一三塁のチャンス。ここで、鳥羽の内野手にまさかのエラー。三塁ランナーが還り、思わす先制点。鳥羽高校の選手も人間なんやな(おいおい)、コンディション不良に感謝感謝。しかし、このすぐ後に、キャッチャーの牽制悪送球で2塁ランナーもホームイン。ラッキーな2点をいただいた。
 「鳥羽高校がおかしい!」
 1回裏に1点を取られたが、そのあと難なく追加点をとることが出来た。ランナーが出たら、野手がことごとくエラー。はじく・落とす・逃がす…。相手校ながら心配になってしまった。「これが鳥羽?嘘やろ??」。6回表を終わった地点で、8−1だった。嘘みたいなスコア。あと2回鳥羽の攻撃を抑えれば、「7回コールドゲーム」??!スコアボードに並ぶ数字を疑った。
 試合の数日前、私は自HPの掲示板で「鳥羽戦で2番手の投手を使ってみても面白いのでは?」と書いていた。しかし、実際はあり得ないと思っていた。ところが、今日最初にマウンドに登ったのは、背番号「10」の1年生右腕・沢田投手だった。制球難がともなったが、上背があり、威力のある球を投げ込む。スピードガンに出る数字より速く感じた。鳥羽打線が沢田投手にてこずっていたのは、おそらく昨年も対戦したエース・関投手が出てくるのと読んでいたのではないかと思う。
 ゲーム中盤、外野後方が霧で白くなりはじめていた。それが、東山にのしかかる暗雲でもあったようだ。
 先発・沢田投手はおそらく「5回まで」と言われていたのだろう。6回裏にピッチャーが代わった。同じ1年生のピッチャー。旧チームから練習試合では何度か登板している。しかし、公式戦初登板のためか緊張からか力みが否めず、沢田投手以上の制球難に陥った。結局この回だけで2点を取られた。ただこの時はそれほどの不安はなかった。本来の鳥羽を考えるとこれくらいの反撃当然だろう。まだ点差は5点もあるのだから、アウトを優先的に取る「点差をふまえた守り」(甲子園大会にの「近江ー松山商」戦で解説の方が口にした言葉で、個人的にかなり気に入っている表現だ)をすればスコア差は縮まるが勝機はあるはずだ。
 雨もすでに本降りになっていた。
 やばいと思ったのは7回裏に入ってからだ。
 6回途中から交代した2年生投手もピリッとしない。更に2点を許した地点で主審が「ピッチャー・関くん!」と声を上げた。私はネット裏で見ていたのだが、そこにいた東山関係者が「え?!関くん出すの?」と動揺を隠しきれなかった。小耳にはさんだところ、今日、関投手に登板の予定はないはずだ。普段ならピンチにも強くリリーフも出来る関投手だが、今日に関してはことに不安が先にたった。
 鳥羽ベンチは俄然元気づいた。「おー、やっと出てきてくれたやんけー」「よしよし!」。相手にしたら、2番手を出されて決して愉快ではなかったのだろうと思う。(別にそこまで喜ばんでええやん、とは思ったけど(^_^;))
 不安が的中した。連打にバッテリーエラー…。あっという間に同点に追いついた。関投手は普段では考えられないほどボール球が多かった。四球を連発しなかったのは彼がエースたる所以だろう。なんとか同点でくいとめた。
 攻守交代を始めようとしたとき、主審が双方の選手にベンチに戻るように指示した。試合中断だ。外野後方にあった霧がいよいよ外野を覆い始めたのだ。内野手の構える少し後ろまで白く、外野手は霧の中にぼんやり浮かんでいるような感じでかすかに姿を見せるだけだった。これでは試合ができない。
 霧による中断は数分で解けたが、今後は雨だ。グランドはため池か川状態になっていた。観戦していた女子高生から「かわいそう…」という声があがった。周りではにわかに「降雨ノーゲーム説」が流れ出した。話を聞きながら、「ああ、その方がいいかも」と思った。今のままでは流れは鳥羽でし、まず間違いなく逆転される。一時に点差を考えるとチームが受けるダメージは小さいものではない。また鳥羽も序盤の屈辱的「エラー祭り」はなんとか消し去りたい事実だろう。
 午後4時前、主審が出てきて、ホームベース前で「ノーゲーム」を宣告した。疲労だけが残ったゲームだった。翌日新聞でスコアだけ見て人になら、「東山もやるやん」程度のお言葉はいただけるかもしれない。でも、今日は間違いなく「勝てる試合」だった。「勝ってください」と言っていた。なら継投の失敗か?それは違うと思う。先発・沢田投手は今日のあの環境設定のもとで好投が出来たのだろう。欲張って7,8回まで投げていたら、どうなっていたかはわからない(もちろん好投の可能性は十二分にあるが)。なまじっかリードをしていただけに、難しい選択に迫られた場面が多かった。本当なら関投手をあの状態で投げさせたくはなかっただろう。でも、頼れるピッチャーは最後には結局エースだ。負けたら終わりではない試合ではなるが、無下に勝ちを放棄することはそう容易く出来るとこではない。
 仕切直し、とにかく仕切直しだ!



2001年09月09日(日)
笑顔でいこう 〜京都・南陽高校の場合〜


 試合開始前に選手がベンチの前で円陣を組んで大声を出す。キャプテンが何か気合いを入れるように叫んだあと、他の選手がそれに続くのだが、あの最初の一声が何を言っているのか未だによくわからない。一瞬で終わる得体の知れない叫びなのだ。
 今日の試合で見た南陽高校のそれは「叫び」ではなかった。太陽が夕方に向かっていく晴れ渡ったグランド。三塁側・南陽高校ベンチ前に部員が円陣を作った。試合開始前とあって。グランドは静かだった。外野の彼方にいた私にも「声」が聞こえてきた。主は円陣の中心にいた。
 「どんなときも笑顔。いつでも笑顔…」
 会社で朝礼で唱える社訓あたりを女性シンガーソングライターが詩にしたらきっとこんな感じなんだろうなと思った。そして、最後の締めくくりは、「笑顔でいこう!」。…円陣が解けた。
 この光景を見て。南陽高校というチームがどんな戦い方をするのかに興味を持った。対戦相手は東山高校。一時期ほどの強さはないものの、上位を中心に集中だの出る打線のチームだ。しかし、南陽高校も昨秋2次戦に進出した実績もある。旧チームからの主力選手も残っている。周りが言うほど自分たちが不利とは思ってはいないだろう。

 先制点は南陽高校に入った。2回表のことだ。初回こそ三者凡退2三振と東山の左腕エースに完璧に押さえ込まれた。制球、とりわけカーブのコントロールのいいピッチャーだ。そこに意識がいってしまったのかもしれない。しかし、攻撃が終了した地点でこう考えたのではないだろうか。
 「カーブを捨ててまっすぐだけをセンター返し」
 1回裏に二死満塁のピンチを迎えたがそれを三振で仕留めたのも先制の後押しをしたのかもしれない。
 先頭バッターが鮮やかなセンター前ヒットで出塁。バックネット裏の南陽高校関係者はここぞとばかりに大喜び。5番バッターにバントをさせ、1点をもぎ取る作戦。6番が三振に倒れたが、7番が2−0と追い込まれながらも打った打球サード横を抜けた。ここを抜けると長打コースだ。二塁ランナーがホームイン。東山ナインがマウンドに集まる。動揺が見えた。まさかこんな序盤だ、こんなに真っ芯でボールを捕らえられるなんて…。
 この回、内野安打で更に1点を追加した。しかし、その裏にあっさり同点に追いつかれてしまう。2−2。どちらとも決めてのないまま試合に中盤に入った。
 均衡を破ったのは東山だった。南陽高校のピッチャーが極度に荒れていたこともあり、じらされてなかなか打てなかったのだが、この回は違った。先頭バッターの左中間に飛んだ打球、金属音が鋭く耳についた。ボールを捕らえられた当たりだった。その後は四球と連打で気付けば6点を取られていた。2−8。一気に点差が広がったしまった。それまでは、どちらかといえば、試合の流れは南陽高校の方にあった。毎回ヒット、三者凡退のイニングはなかった。しかし、チャンスに牽制や盗塁を差されたり、走塁のツメの甘さで長打が少なかったのが響いたようだ。チャンスをじらされると勝利の女神がご機嫌を損ねるみたいだ。
 しかし、ここからン南陽高校に長打が出るようになった。「あと1点でコールド負け」ではなく、「あと7点で逆転」と考えたのか。また、東山も攻めきれずにいた。結局、8回裏にスクイズを決められコールド負けとなったのだが、点差以上に緊迫した試合だった。ヒットも長打の数も相手のそれを上回っていた。スコアだけ見れば、ピッチャーの与四死球12が目立つ。しかし、それが敗因ではないと思うのだ。ピッチャーのボールは速かったし、また荒れ球だったからこそ相手打線がてこずったのだろう。観戦していた知人が、「このまま行くと夏には140キロくらい出るんじゃないか」と言っていた。無責任かもしれないが、コントロールにこだわりすぎて何かを失うような投手にはなって欲しくない。
 バックネット裏に陣取っていた同校の父兄さんから「悔しいなあ」という声がきかれた。普通、コールド負けでこの言葉は出ない。きっと何か手応えを感じたのだろう。
 ベンチを引き上げるためにあと片づけをしていた南陽高校の選手に試合前に言っていた「笑顔」が当然なかった。みんな黙々を荷物をカバンの中に詰めていた。監督らしき人が「これで終わったんやないぞ!」と声を荒げていた。
 帰り、背番号「3」をつけた選手は顔を伏せて泣いていた。夏の大会ではよくある光景だが、秋では非常に珍しい。この選手は4番を打っていて、試合中でも積極的に声を出しチームを引っ張っていた感があった。一体何を思って泣いていたのだろう。私には知る由もないが、それは「負けた」という事実と自分の中の何かを結びつけてのことだと思う。

 この日、ある方とお話をしていて、「大差がついたからといって、その試合が面白くないとは限らないし、むしろ面白いときもある」という内容の話になった。気合いの代わり、「笑顔でいこう」と言ったチームの展開したのはまさにそんな試合だった。



2001年09月08日(土)
礼っ!


 打席に入るときに一礼するバッターが好きだ。
 指導者からの教育かもしれないが、必ず全員がしているわけではなしし、している選手でも照れからかいい加減にすませているように見える選手もいる。今この打席に立てることに感謝し、審判に判定をお願いする意味での「礼」。ある宗教書に「高校野球は宗教的だ」と書いてあったのにも頷けた。
 高校野球はとにかくよく「礼」をするスポーツだ。試合開始と終了、試合中も伝令に入る選手がファウル線をまたぐときに一礼、またバッターにボールをぶつけてしまったピッチャーが一礼する。球場やグランドに入るとき、そして出るときもそうだ。先輩や父兄、OBとすれ違うときもしっかり「礼」。
 高校球児の「礼」は別格だと思う。見ていて気持ちがいいし、そして見ている者の背筋まで伸ばしてくれる。
 少し前だが、元高校球児の男性とお話する機会があった。別れ際に「おつかれさまでした」と一礼されたのだが、その角度といい姿勢といい見事だった。そして、なにより気持ちがこもっているように思った。一朝一夕では出来ない仕草だ。「礼」で始まり、「礼」で終わる3年間の高校野球生活がなし得た技。そして、高校野球を離れて数年経った今でもそこにあるのがすばらしい。私もそれに精一杯応えようとしたが、到底無理な話。「礼」もろくに出来ない自分が恥ずかしかった。
 
 高校野球をやっていていろいろんなものが残ると思う。今の高校球児にもどうかこの「礼」をなくさないで大人になって欲しい。
 決して甘くはない社会だが、「礼」一つで切り抜けられたりするものだ。
 社会人の先輩はそんな風に思ってたりする。



2001年09月02日(日)
9番・ファースト


 秋の大会が始まった。私の応援するチームは打撃が爆発。12−2のコールド勝ちした。幸先のいいスタートだ。
 今年は打線がいい。1〜6番くらいまでは平気で長打を打つし、下位からホームランが飛び出すこともある。しかし、そんな中、地道にがんばる選手がいる。彼のポジションは「9番・ファースト」。ファーストといえば、そのチームの主力打者がつくポジションだと相場は決まっている。たまに6番7番あたりを打つ選手も見掛けるが、9番なんて正直聞いたことがない。このチームのまた夏までは4番を打つ選手がファーストの守備位置にいた。
 私個人はファーストの守備も侮れないと思っている。アウトの約半数がファーストがボールを受けることによって成り立っているからだ。しかし、彼を見ている限り、下手ではないが特別うまいこともない。それなら打撃がすごいのかといえば、そうではない。だから9番に入っているのだろう。
 彼は背が高い。チームでは数少ない180センチ台だ。その背の高さと買われているのかどうかはわからない。では何故、4番を押しのけて9番である彼がファーストのレギュラーポジションを獲得出来たのだろう。
 よくわからないが、彼からは野球に対するひたむきさが伝わってくる。基本に忠実に野球をしようとしているのではないかと思う。そして、それが好結果を生んでいるのだ。打席に入ったらその大半は送りバント。しかし、ときおりそれがバントヒットになる。特別足が速いようには感じないし、またバントヒットを狙っている様子もない。それでも全力で駆け抜けたら、審判が手を水平にしているのだ。バントをしないのは、塁上にランナーがいない場面で打席に立つときだ。そこで彼がやることは、センター方向を意識した転がすバッティング。相手がどんな投手であろうとおごることばく、しっかりと打球を転がす。今日はそれが広めの二遊間を抜き、センター前ヒットになった。前の試合ではピッチャー強襲ヒットを打っている。「打線は水もの」と言われるが、こういう地に足の着いた選手が困ったときの救世主となりえるのかもしれない。漠然とそう思った。
 もちろん、長打を打てる選手を否定しているわけではない。ボールを遠くまで飛ばすことはすばらしい芸術だし、なんといっても野球は点取りゲームだ。ある人の受け売りで恐縮なのだが、それぞれの選手の良さが生かせる野球。それで勝てたら最高なのではないか。
 「9番・ファースト」君は次回どういう活躍を見せるのだろう。今からとても楽しみだ。