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しもさんの「気になる一言」
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2020年06月30日(火)
自分の名前を見ればわかると思うので・・(音沙汰なし)


Facebookなどは、本名で登録しているにもかかわらず、
「友達リクエスト」が突然届くのだが、その後、音沙汰なし。
私の場合、いくら名前に覚えがあっても、
「友達申請しました」などのメッセージがなければ承認しない。
コミュニケーションとして、不完全だと感じているから。
(LINEやメールなどで、別の連絡が取れていれば0Kだけど・・)
「自分の名前を見ればわかると思うので・・(音沙汰なし)」
そんな上から目線を、なんとなく感じるからかもしれない。
それとも、多くの人にリクエスト出したから、
別に1人くらい承認されなくてもいいや、と思っているのか、
リクエストを出しておいて、しばらく承認されなければ、
かえって心配になるのが普通だと思うのだが・・。
匿名の誹謗中傷が話題になっているけれど、
実名だからこそ「親しき仲にも礼儀あり」という言葉を噛みしめ、
人と接していきたいと思う、今日この頃である。
名前に覚えがあるのなら、いくらメッセージがなくても
そのまま、ぷちっと「承認」を押せばいいのに、と
よく言われるけれど、それができないんだよなぁ、私の試合。



2020年06月29日(月)
もう、公務員じゃないんだから

職場のスタッフからも、家族からも、
同じフレーズを言われたのでメモしてみた。
「もう、公務員じゃないんだから」
38年間勤めた地方公務員を退職してから、一年間。
自分では、割り切っていると思ったけれど、
「あっ、この情報、あの課で使えそう」とか、
「まちづくりには欠かせない視点だな」とばかり、
雑誌を切り抜いたり、整理ができていない書類の山。
自宅でも、同じような書類が捨てきれずに、残っていた。
さらに、毎朝、地元新聞に我が町のことが掲載されていないと、
ついつい、近隣市町と比較してしまったり、
「まちづくり」についての愚痴が出てしまう。(らしい)。
その度に「もう、公務員じゃないんだから」と言われる。(汗)
いつになったら、この呪縛から逃れられるのか、
どこかで思い切って、吹っ切らなければ・・と思うのだが、
職場や部屋の掃除をしても、捨てきれない書籍や書類。
でもここ数日、なんとなくヒントを掴んできた気がする。
うまくいったら、誰かに教えてあげようかなぁ。



2020年06月28日(日)
作戦名「レクサス柿田川」

退職後一年間、柿田川の知名度を挙げようと踏ん張ってきたが、
どうも、我が町の町民には響かないことがわかってきた。(汗)
「清水町といえば柿田川」「柿田川といえば清水町」、
この手垢のついたフレーズが一人歩きして、
正直、町民が一番、その魅力を知らない・・と感じている。
そこで「作戦変更」を思いついたのが「レクサス」(笑)。
世界に認められて、逆輸入という形で評価された名車だが、
もしかしたら「柿田川」も同じではないか、と思ったからだ。
世界で認められ、その素晴らしさが評価されて初めて、
自分たちが、すごい川のある町に住んでいるんだ、と気付き、
何かしらの行動をするのではないか、と期待している。
だから「作戦名『レクサス柿田川』」
それまでは、コツコツと世界に向けて、情報発信するしかない。
そう決めたら、なんだか、心がとても楽になった。
あとは、自分のペースで、やり続けるしかないな。
まぁ、続けるのは苦ではないから・・。



2020年06月27日(土)
私は、幸齢者

62歳を過ぎると「もう、おじいちゃんだから」を言い訳にし、
「おばさんだったから、おばあちゃんでしょ」の突っ込みにも、
「それなら、おばちゃま、って呼んでくれ」と笑いながら返す。
そうやって、周りの人に支えられていることを実感しながら、
残り少ない人生を楽しもうと決めているが、
仕事帰り、本屋に寄り道をして、新書コーナーに並ぶタイトルを
ざぁ〜っと眺めると「高齢者」という文字がやたらに目に入る。
まぁ、そういう意識で眺めるからかもしれないけれど、
最近、年齢の高い、低いって、あまり意識してないからか、
「高齢者」って、何歳から?なんてことも思わなくなった。
私もスマホメモに「幸齢者」という単語だけが、ポツンと残り、
いつもなら一緒にメモする情報源も書かれていなかったので、
どこでメモした言葉が不明だけれど、私はこう解釈した。
幾つになっても「幸せを感じながら、歳を重ねていく人」を
「幸齢者」と呼び、それは「老若男女」問わず、定義できるから、
「私は、幸齢者」と機会あるごとに使いたいな。
幸せを感じない時は、口にしなければいいのだから。



2020年06月26日(金)
メモを取れ

ジャイアンツ・丸選手のエピソードから。
高校時代の恩師(野球部監督)から教わったことは、
「メモを取れ」
高校の野球練習場に入る時、メモ帳を持っていないと、
入れてもらえなかった思い出を語ってくれた。
野球に関することで、失敗したこと、上手くできたこと、
その時の感触など、その場で感じたことを、すぐメモする。
あとで・・ではなく、気づいた時に、メモできるよう、
ユニフォームのズボンのポケットに、筆記用具を入れておく。
それくらい徹底したことは、プロ野球選手になった今でも、
習慣として、続いていることを教えてもらった。
そのメモを読み直すことで、改めて気付かされたり、
新たな発見があるということ。
「メモを取ること」は、まず第一歩。
そして、そのメモ帖こそ、長い人生を振り返った時に、
ほんの数秒、ほんの数分かけて書き続けてきたメモこそ、
自分の生きてきた証として残ることを私は実感している。
そのメモを見て、思い出せればいいのだから、
全文を一字一句、メモする必要はない。
「メモ機能」って、スマホにもついているから、
すぐにできるけど、時間をかけない・・が基本かな。



2020年06月25日(木)
ウソが上手ね

映画「パリ、嘘つきな恋」(フランク・デュボスク監督)から。
フランス映画って、なんとなく理屈っぽくて暗い(汗)
そんなイメージがあったが、今回のラブストーリーは、
私のツボにはまった作品の一つかもしれない。
「ウソ」がキーワードだけれど、何度か台詞の中にも登場した。
職場・住まいと遠く離れた場所で「偶然を装う」。
(実際は、秘書が気を利かせて手配してくれたのだが・・)
主人公の彼女が演奏するコンサートが終了し、
コンサートホールを出たところで、男性が女性を待ち伏せ。
それに気付いた女性が、嬉しそうにこう話しかけた。
「偶然じゃないでしょ?、わざわざ調べて飛行機で来た?」
「いや本当に偶然だ」「ウソが上手ね」
「プラハで契約あったんだ。あなたこそウソを。
ソリストじゃないはずが1人で歌った」・・など。
ウソとわかっていても、わからないフリをするのは、
大人の恋だなぁ、とメモをした。
2人で向かい合って飲む時も(障害者で車椅子の生活だから)
「私のお尻、結構かわいいのに誰にも見えない。
キュートなお尻に!」とか「千鳥足に乾杯」など、
乾杯のたびに、何かメッセージを添えるなんて、
お洒落だな、と真似したくなった。
やっぱり、ハッピィエンドのラブストーリーって好きだな。



2020年06月24日(水)
(コンセント)「ご自由にお使い下さい」

柿田川、日の出を狙った早朝撮影の時など、
よく利用する、ファミリーレストラン「ガスト・柿田川公園前店」。
以前より、読売新聞朝刊の無料サービスはありがたく、
モーニングセットを頬張りながら、じっくり読ませていただいていたが、
最近、各席(シート)の後ろ側に、コンセントが工事されていた。
実は、このサービスは、私にとって非常にありがたい。
写真や動画撮影でバッテリーが著しく消耗されるので、
ネットなどにアップロードする時に、躊躇うことがあったが、
これからは、気兼ねなく、インターネットの利用できる。
そのうち新聞ではなく、ニュースもタプレットで読むことになりそうだ。
あっ、そう言えば、注文方法は、既にタブレットでメニュー選択している。
スタッフは、タプレットで注文された料理を運んだり、片付けたり、
知らぬ間に、少しずつ人間の仕事が減ってきている気がする。
労働者不足対応か、人件費を抑えるための対応か、
どちらなんだろうか、と考えながら、ドリングバーのコーヒーを飲む。
第三の場所・・っとこういうことなんだろうなぁ。



2020年06月23日(火)
賭麻雀も、不倫も、贈収賄も、1人ではできないのに

黒川検事長の賭麻雀事件の時も、書いたけれど、
お笑い芸人の不倫騒動も、河合議員夫妻の贈収賄も、
決して1人ではできないことなのに、
なぜか、一方だけがクローズアップされて、
もう片方が、内部告発者のように被害者意識で取り扱われ、
うやむやになってしまうことに、どうも違和感を感じる。
有名な方というか、叩きやすい方というか、
片方だけを責めている気がしているからかもしれない。
世間がどう反応するかは別問題として、
事件、騒動にも関わった双方の人たちを明示しないと、
不公平、不平等ではないか、と思ってしまう。
これだけ世の中を騒がしてしまった、
賭麻雀した3人の新聞記者、不倫した複数の女性、
そして、河合議員からお金を受け取ってしまった97人の名前、
恥ずかしながら、私は見た記憶がない。
虐められて自殺した子どもを取り上げるのであれば、
虐めた方の子どもも登場させないと・・と思う。
誹謗中傷された人を話題にするのであれば、
誹謗中傷した人も堂々と名乗るべきだと、感じる。
少なくとも「双方」が当事者なんだと自覚して欲しい。
それが、本来の「公平」「平等」ではないのかな。



2020年06月22日(月)
本能寺の変の時に、信長と濃姫(帰蝶)は一緒にいた?

放送が中断している、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」。
その代替えとして放映している特集番組
『「麒麟がくる」までお待ちください 戦国大河ドラマ名場面スペシャル』
6月14日(日)「独眼竜政宗」・6月21日(日)「国盗り物語」
6月28日(日)「利家とまつ」・7月12日(日)「秀吉」
各回、人気のあった戦国大河ドラマの「名場面集」、
出演者が語る秘話、戦国大河好きなゲストの熱いトークなどが楽しい。
今回は「国盗り物語」(2020.6.21放送)
「麒麟がくる」の原作ではないかと思えるほど、その展開は似ていて、
比較してみることで、今後の楽しみが増えるというコメントに、
なるほど・・と頷くばかりであった。
しかし、どちらの作品にも共通する気になることがある。
(歴史に詳しい方がいたら、是非、教えて欲しい)
信長の正室、濃姫(帰蝶)は、もちろん、戦国武将・斎藤道三の娘であり、
明智光秀と姻戚関係にあることには、疑問を挟む余地はない。
「国盗り物語」では「松坂慶子さん」が演じているのだが、
「本能寺の変」で、信長と一緒になって戦っているシーンがあった。
いくら正室とは言え、斎藤家と織田家を結ぶ政略結婚だったのだから、
斎藤道三が死んだ時点で、お役御免・・となったのでは?と考えるのだが、
どちらの作品も、信長と正室、濃姫(帰蝶)が仲睦まじく描かれている。
ドラマで濃姫を演じているおふたりの女優は美しいが、本物はわからないし、
カリスマ的な存在の信長に、好きな人がいてもおかしくないはず。
まぁ、堅いことは言わず、大河ドラマだから・・で納得すればいいのかな。
信長が主役の話でもないから・・(笑)



2020年06月21日(日)
自分で鳥肌が立つような音楽でなければだめだ

映画「すばらしき映画音楽たち」(マット・シュレイダー監督)から。
「映画音楽」の作曲家インタビューが中心だけど、
彼らの映画音楽にかける情熱みたいなものを充分感じた。
「斬新さを競っているわけじゃなく純粋に楽しんでる」
そんな作り手のメッセージに、なるほどな、と頷いた。
「ほとんどの映画監督は感情を音楽に変換できない」から、
音で映画を表現すると思いきや「作曲家は語り部だ」と語り、
監督もまた、映画音楽について
「音楽次第では映画のメッセージが変わったり破壊されかねない」と
その重要性を口にしている。
「刺激的な場面をより盛り上げる」
「狙った通りの反応を引き出す『感情の潤滑剤』さ」
「映像では伝えられない感覚に訴えかけるものだ」
「作品を昇華させる」など、映画音楽についてメモが増えた。
では、どんな音楽がいいのか、と興味が湧いたが、
「自分で鳥肌が立つような音楽でなければだめだ。
決しておごりじゃなく自分にガツンと響く音でないと、
観客や聴く人の心にも響くわけがないと思うんだ。
自分で鳥肌が立てば他の人でも立つ。
あの感覚の源は万人共通な気がする」とまとめてくれた。
「シーンを貫くリズムを見つけ出し」
「シンプルなフレーズをいろいろなイメージでアレンジする」
「ロッキー」然り「スター・ウォーズ」然り、
音楽を聴くだけで、映画を思い出し、シーンが蘇る映画音楽。
私の場合「小さな恋のメロディ」のビージーズかな。



2020年06月20日(土)
昔の自動販売機の写真、ない?

最近、柿田川に関する文の校正を頼まれることがあり、
じっくり読みなおすと「これ、どこから引用したの?」
「この写真、著作権は大丈夫?」と思うこともしばしば。
ただ、少しずつではあるが、誤りを訂正することにより、
「(仮称)柿田川事典」の基本データになればいいな、と
ライフワークとしても、続けている。
ところが、先日、面白い依頼を受けた。
「柿田川公園に5年ほど前に設置した、
今のではなくて、昔の自動販売機の写真、ない?」
以前から、定点観測のように撮り続けていることを知り、
もしかしたら、撮っているかも、という問い合わせだった。
柿田川公園の撮影は、5年以上前からしているけれど、
入り口に設置された自動販売機の写真となると、
さすがに、記憶が定かではない。(汗)
それでも帰宅後、データ保存してあるPCから、
もしかしたら気まぐれに撮影しているかも・・という
淡い期待とともに、検索を開始した。
AIを使った顔認証と同じように検索できればいいけれど、
こちらは、数時間かけての人力。(笑)
見つけた時の嬉しさは、ちょっと表現しにくい。
まぁ、こういう時のために、定点観測しているのだから、
大変だけど、楽しい作業だったなぁ。



2020年06月19日(金)
あの一球目は開幕ピッチャーにやってくれ

あまりテレビを観ない私が、楽しみにしている番組の一つ、
NHK「球辞苑」(「広辞苑」を真似して?)
6/19プロ野球いよいよ開幕!を受けて、編集会議を緊急開催。
そんな記事を見つけ、昨晩は、普段なら熟睡の時間23:00に、
眠たい目を擦りながら、観続けた。
無観客で開幕する今年のペナントレース・開幕戦を、
どう楽しんだらいいのか、そんなことが気になったからだ。
特に「開幕戦」をテーマにしたコーナーでは、
開幕戦のピッチャーだけが味わえる醍醐味を、
スタジオ初出演の巨人の桑田真澄投手が語ってくれた。
私たちが子供の頃からの記憶を辿れば、開幕投手といえば、
阪急の山田久志投手や近鉄の鈴木啓二投手。
(私の記憶では、巨人は斎藤雅樹投手かな?)
山田久志さんが、相手チームの一番バッターに向けて、
お願い(?)があった、と呟いた。「開幕の一球目は打つなよ」
「あの一球目は開幕ピッチャーにやってくれ」と。
そんな山田氏の映像を見て、桑田投手も頷きながら、
「あれだけは、お願いしたい」と力を込めた。(笑)
それだけ、この日に合わせて調整する大変さを感じる台詞。
今日から始まる2020シーズンだけど、無観客だからこそ、
球審の発する「プレイボール」後の初球、
開幕投手へのプレゼントとして、どんな球でも見送る、
そんな打者の「スイング自粛」をお願いしたいなぁ。



2020年06月18日(木)
1番の無念は夢が夢で終わったってことだろうがよ!

映画「キングダム」(佐藤信介監督)から。
中国春秋戦国時代を舞台にした原泰久のベストセラー漫画の映画化、
漫画は読んだことはないけれど、なんとなく人気の理由がわかる。
場面設定などを文字しても説明しきれないので、
気になった台詞だけを紹介したい。
困っている主人公に道案内するシーン、こんな会話があった。
「金目当てか?」「悪いか?」「いやそっちの方が信用できる」
「こんな顔も名もわかんねぇ奴のどこが信用できんだよ」
今の世の中、狙いをはっきり示さずに、味方のフリをする輩も多い。
最後に、大どんでん返しで裏切られる・・そんなことも。
しかし目的は「金が欲しい」、金をくれれば何でもする、
その動機に裏はない。だから、信用しやすいということ。
何気ない会話だけれど、なるほどなぁ、とメモをした。
今回、取り上げたのは、もう一つのシーン。
「無念だった」というセリフが飛び交う中、
主人公の1人が、こう言い放つシーン。
「無念、無念って、1番の無念は夢が夢で終わったってことだろうがよ!
もしお前が本当に死んだ奴らのことを思うんだったらな、
そいつらの見た夢を叶えてやれよ!」
死んでいった人たちの夢が夢で終わらないよう、弔い合戦をする。
そして、必ず勝って、少しでも夢に近づくようにしてやる。
それこそが「無念」という気持ちを行動で表すこと。
そう教わった気がする。漫画、読んでみようかなぁ。



2020年06月17日(水)
過去は変えられないけれど、過去の持つ意味は変えられる

情報源が書いてなかったメモなので、記憶を辿ると、
たぶん、映画「コーヒーが冷めないうちに」(塚原あゆ子監督)かな。
最近の記憶で、タイムスリップした作品は、これくらいだから。(笑)
NHK大河ドラマ「麒麟がくる」も同じことが言える。
「本能寺の変」が起きたことは史実だから変えられないけれど、
その事件の背景にある意味は、私たちの考え方次第・・だから、
歴史は面白いのかもしれない。
気になって映画メモを読み直してみたら、
「未来は訪れてませんから、それはお客様次第かと」
「起こってしまった事は変わらなくても人の心は変わります、
ですから意味がないわけじゃない」・・など、
同じようなフレーズが見つかったので、間違いないだろう。
今までに起きた災害、事件、事故・・それ自体は変えられないけれど、
私たちの心の持ち方により「あの過去があったから・・」と
過去の悲惨な体験を、転機として捉えることができる。
今更、あの時のあの対応がまずかったから・・と嘆くよりも、
もう少しだけ、前向きに考えることを心がけたい。
「過去と他人は変えられないけれど、未来と自分は変えられる」
自己啓発の講演会で何度も耳にした台詞が蘇ってきた。
あのフレーズ、そういうことだったんだよなぁ。



2020年06月16日(火)
いつでも、どこでも、誰とでも「ラジオ体操」

昨年の夏前から始めた「柿田川公園ひとりラジオ体操」だが、
今年初めに捻挫をしてから、早起きはしているが、
柿田川公園までの往復が辛く、どうも足が遠のいている。
しかし、コロナ騒動で運動不足が顕著に現れたので、
なんとかラジオ体操を再開したいと思っていたら、
偶然にも、iTunesで「ラジオ体操」を見つけ、衝動的に「購入」、
これで、スマホさえあれば、いつでも、どこでも、誰とでも
「ラジオ体操」が可能になった。(笑)
不思議なもので、私の変わった性格のためか、
ちょっと時間がてきると、ラジオ体操をしたくなり、
スマホで曲を流し、イヤホンをしながら、体を動かしてしまう。
おかげで、肩こりが少し和らいだ気がするし、
1人遊びには「ラジオ体操」をお勧めする。
だが、間違っても、私のように徒歩出勤の途中、
歩きながらイヤホンで「ラジオ体操」をするのはやめた方がいい。
端から見ると、怪しい人に見られるから。(汗)
周りに気付かれないように歩きながらする「ラジオ体操」。
これはこれで、結構楽しいものがあるんだけどなぁ。



2020年06月15日(月)
「ついに」というか「とうとう」というか「ようやく」というか

やや制限されるとはいえ、行動自粛が解除され、
少しばかり、期待と不安を抱えながら、再スタートを切った、
そんな感じの人が多いのではないだろうか。
さて、今までお付き合いしてくれていた人に対して、
再開します、のお知らせするのに、枕詞というか、
接頭語というか、どんな言葉を使うかな?、が気になった。
そんなことを気にしながら、YouTubeを見ていたら、
寄席による「落語」も再開が決まったらしく、
面白いことを言っていた。
さすが噺家だけあって、リズムがあるし上手い、とメモをした。
「ついに」というか「とうとう」というか「ようやく」というか、
落語の再開が決まりまして・・と、流暢に話した。
もちろん事業者(主催者)の気持ちを端的に表しているが、
それはまた待ち望んでいた観客の気持ちでもある。
このフレーズ、再開のお知らせ、冒頭挨拶に使って欲しいなぁ。



2020年06月14日(日)
大軍ではないかもしれんぞ

放送が中断している、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」。
来年もまた、44回の放送を最初からするらしい。
第21回「決戦!桶狭間」 (2020.6.7放送)
明智光秀にとっては、あまり出番がなかった「桶狭間の戦い」、
だけど、織田信長にとっては、いや、日本の歴史にとっても、
この戦いは、何度もみたいシーンである。
家臣が訊ねる。「今川の大軍に勝てますか?」
信長が答える。「大軍ではないかもしれんぞ」
さらに家臣が訊く。「もし大軍なら?」、信長「わしは死ぬ」
この短い会話が、とても印象に残っている。
「今川本陣20,000」が、皆に共有されている情報であり、
「織田軍3,000」は、どみても勝ち目はない。
だけど「鳴海城へ援軍3,000」「鷲巣砦の攻め2,000」
「丸根砦の攻め2,000」「駿府に残した軍勢6,000」を引くと、
実際の「今川本陣7,000」と計算し、勝機を感じて戦いに挑んだ。
もちろんドラマだし、本当にそう計算したかは定かではないが、
公表(情報共有)されている数字を鵜呑みにせず、
大局を読みながら、どう動けば勝てるか、を示した信長の考え方、
これって、今の私たちにも言える。
「コロナ騒動」で毎日発表される、いろいろな数字は、
現実の生活とは少しばかり乖離し、違和感を感じることもある。
そんな時、本当にこの数字?と疑ってみることも大切だな、
そんなことを考えさせてくれた、ドラマの中の「織田信長」である。



2020年06月13日(土)
アメリカは韓国と地上戦をするつもりがない

米国・中国の圧力に、周辺各国が大きな判断を迫られている。
以前、私は「関ヶ原の合戦」のようだと、書いたが、
ある方が、アメリカは韓国の出方次第では、韓国を切るよ、と
はっきり言い放った。
韓国は、中国や北朝鮮と戦争になったら、
内陸部にある大事な拠点(基地)となるのではないか、
だから、米国も簡単には韓国を手放さないだろう、
私はそう考えていたのだが、あっさりと否定された。(汗)
米国は、もう内地に上陸してドンパチなど考えていない、
海から、空からの攻撃しか考えていないから、
韓国を手放してもあまり痛手にならない、そんな説明だった。
最近、韓国に対する米国の態度が冷たいなぁ、と思っていたから、
説明を聴いて、妙に納得してしまった。
ということは、空、海の中継基地としての役割が強い、
日本と台湾は、米国にとって大切な国ということになる。
そうやって、敵・味方を判断し、陣地を広げていくなんて、
「将棋」の世界ではなく、まさしく「囲碁」の世界だな。



2020年06月12日(金)
「情報」は届かなければ意味がない

最近、Facebook始めました、insta始めました、
YouTube開設しました・・という連絡を受けることが増えた。
外出自粛を受けて、SNSの大切さがわかり、自分も始めました、
実行に移したこと、それはそれで、評価したい。
しかし、ちょっと厳しい言い方をすれば、
始めたことを多くの人に周知しなければ、独り言に近い。
特に、Facebookページを利用し、情報発信をしようと考えたら、
そのページの存在を知ってもらわなければ、意味がないのだから。
実は、開設することはそんなに難しいことではないけれど、
そのあと、どれだけ多くの人に知ってもらうか、が大切だと思う。
「情報」は発信だけではダメで、伝わらなければ意味がない。
もっと簡単に言えば、届かなければ意味がない。
伝えたい人に届かなければ、それは「発信しなかった」と同じ。
そんな気持ちで、情報発信を考えて欲しい。
しかし、この情報発信方法って、なぜかマニュアルがない。
何度も何度も投稿してみて、経験から覚えるしかないんだよなぁ。



2020年06月11日(木)
眠れる森の美女になった気分(笑)

昨日、梅雨入りの報を耳にして、反応した私の脳は、
明日から、サワガニとカタツムリが主役の映画が撮れるな、だった。
案の定、サワガニは、下を見て歩かないと踏み潰してしまうほど、
それに比べ、カタツムリは数匹。この違いが気になった。
しかし、それ以上に喜んだのは、サワガニ撮影をしていると、
普段あまり目にしない、チョウチョやトンボが
私の体の周りを近ず離れず、飛び回ってずっとついてきたこと。
なんだか、眠れる森の美女になった気分(笑)である。
今日は、公園エントランスを撮影した時から、
スズメをはじめ、多くの鳥たちがさえずり、いつもと違う雰囲気、
さらに、川面の立ったら、カワセミが私の目の前を横切り、
大きな鳥たちが、一斉に飛び出した。
植物は、小雨に濡れて、いつもより輝いていたように見えた。
スカートでも履いていたら、グルグル回ってしまいたくなるほど、
自然の動植物たちに囲まれ、通勤中、贅沢な時間を過ごした。
こうした体験、文字にしてもわかりにくいかもしれないけれど、
記録として残したくなったので、今日の一言。
でも、森の妖精たちは見かけなかったなぁ。



2020年06月10日(水)
なんだか運動場みたいだね

柿田川公園で耳にした、ショックキングな台詞。
新緑が眩しい季節の柿田川公園、トイレも改装され、
三密を避けるには、この周辺では気軽に訪れやすい場所、
老若男女が適度な距離を空けて楽しんでいた。
テイクアウトでゲットしたお弁当なのか、
適度に配置されたテーブルは、ランチが並んでいた。
しかし、残念なことに、餌付けされてしまった鳩の群れと、
芝生が完全に剥げてしまった「芝生広場」の土ぼこりが、
楽しそうなピクニック気分を壊してしまっていた。
梅雨入り直前の乾燥した土が舞い上がる様子をみながら、
公務員現職時代に手がけた工事だったので、胸が痛んだ。
それを見越してか、こんな会話が私の耳に入っていきた。
「なんだか、運動場みたいだね」
「いや、もっとひどいんじゃない」・・
これ以上は書けないが、両手で耳を塞ぎたくなった。(涙)
「宝の持ち腐れ」って言葉は、厳しかったなぁ。



2020年06月09日(火)
「冷房の28度」と「暖房の21度」って?

季節の変わり目、会議室を使うにあたって、
空調の設定で悩んだことがある。
ある人は「冷房の28度じゃ、寒いんじゃないの?」と言い、
だから「暖房の21度くらいでいいんじゃないの?」と言われた。
私は、頭の中が整理できず、「冷房の28度」と「暖房の21度」と
メモをして、しばらく忘れていた。
クーラーもほとんど使わない私は、あまり意識したことがないが、
読者はどうだろうか?
自宅のエアコンで「冷房・暖房・除湿」の切り替えがあるのは
知っているが、それを使い分けているか、と訊かれれば、
恥ずかしい話、Noだ。
夏は扇風機だし、冬はホットカーペット、
これさえあれば、なんとか乗り切れる体質だし、
特に冬は、寒かったら、すぐ布団に潜り込むタイプだから、
機械の温度に興味がないのかもしれないなぁ。



2020年06月08日(月)
ただ今、32度。暑いですねぇ(35年前の甲子園大会)

スポーツ観戦好きの私は、新型コロナ自粛で寂しいが、
毎回、見入ってしまうテレビ番組がある。
放送局までメモしなかったが、
テレビ番組「あの試合をもう一度!スポーツ名勝負」。
特にお気に入りは、高校野球の白熱した試合中継。
今回は「1985夏 PL学園vs宇部商 決勝戦」
あの「KKコンビ」(桑田・清原) 最後の夏の大会。
清原選手の決勝戦2本のホームランは、インパクトが強く、
桑田投手の力投も見逃せない。
だけど今回メモしたのは、35年前の実況中継。
「甲子園の決勝、涼しいのは似合いません」
うんうん・・確かに熱気ムンムンで、ヒートアップ。
画面から聞こえてくる応援団の演奏は「アラレちゃん」(汗)
しかし、もっと驚いたのは、アナウンサーの一言。
「甲子園の決勝、涼しいのは似合いません」の後に、
「ただ今、32度。暑いですねぇ」
そうか35年前は、32度で暑かったんだ・・とメモをした。
今では、梅雨入り前の6月初旬でも、30度を超え、
32度では、涼しいねぇ・・という会話が交わされるのに・・。
暑さの質が違うのかなぁ、32度で暑かった35年前。
地球は氷河期向かっているというのに、おかしな現象だよね。



2020年06月07日(日)
池上さんに説明してもらえばいいんじゃない?

地元地域別に実施している月に1度の資源ごみ回収。
行動自粛をしていたためか、空きビン・空き缶をはじめ、
持て余した時間を庭の草木の手入れをした人が多かったのか、
短い枝木が詰め込まれた袋も、前年に比べて大幅に増えた。
さらに、新型コロナウィルス感染症の世界規模感染拡大を受けて、
古着類の海外輸出が困難な状況となり、今月から当面の間、
古着の回収も自粛することが求められたにもかかわらず、
残念なことに、古着は山のように運び込まれた。
周知不足もあるけれど、知っていたのに出した人たちもいる。
傾向的には、あの人も出していた等の理由で、
みんなで渡れば怖くない方式の年代なのか、
高齢者が多かった。(気がする)
小さい子供たちに手本を示す役割の年齢層が身勝手な行動、
外出自粛も構わず、歩き回っていたのも意外と年配の方が。(汗)
人生の先輩に、古着はダメですよ、と声をかけにくい、
そんな若い人の意見もあったが、意見をもとめられたので、
いつも、思っていたことが口から出てしまった。
「池上さんに説明してもらえばいいんじゃない?」
もちろん、テレビでお馴染みの「池上彰さん」のこと。
テレビ大好きの高齢者にとって、安倍総理や有識者の意見よりも、
彼が番組の中で「こういう理由で、古着回収は自粛しましょう」と
一言説明してくれる方が、効果があると思ったから。(笑)
Withコロナの時代、マスメディアに代わる情報伝達手段は、
伝えたいターゲット層が関心を持つような人物と周知方法の選択。
これに尽きるなぁ。



2020年06月06日(土)
あなた生きてるんだから、まぁかわいい、幸せにならなきゃだめね

映画「命みじかし、恋せよ乙女」(ドーリス・デリエ監督)から。
原題「Kirschblüten und Dämonen」は「さくらと悪魔」の意味、
それが、どう解釈したら「命みじかし、恋せよ乙女」になるのか、
ちょっと首を捻りながらの鑑賞となってしまった。
ただ、今の日本とドイツがともに抱える社会問題が満載で、
性同一性障害や、引きこもり、アルコール依存症、単身老人世帯など
あげたらキリがないくらいの現実を突きつけられた気がする。
振り返ると、何気なく撮影されていたドイツの車に書かれていた、
「ドイツがドイツであるために」というフレースが引っかかった。
それはトランスジェンダーでアルコール依存症の主人公が、
男として、夫として、父親として「あるべき自分」や「理想の自分」から
「自分が自分であるために」と悩み続ける葛藤の日々と重なったから。
住んでいるドイツでは、居場所がなかった彼を受け入れてくれたのは、
日本の老舗旅館「茅ヶ崎館」の女将に扮する(故)樹木希林さんだった。
トランスジェンダーを個性として受け入れているようでもあり、
男湯・女湯の場所を案内しながら、こう尋ねた。
「こっちが女の方、こちらが男の方、あなたはどっち?」
そして、部屋に案内し、着替えの着物を選択させる時も、
女性ものを選んだ彼に「あーこれが好きだったのね」と差し出し、
「あなた生きてるんだから、まぁかわいい、幸せにならなきゃだめね」と
何の抵抗もなく話しかけた女将が、とても温かった。
どんな人生を送ってきた人に対しても、差別をせず接すること、
これが彼女の遺作となったからこそ、記憶に留めておきたい。

P.S
スマホの翻訳アプリを通して会話する外国人(ドイツ人)に
「あなた日本語上手ね」と声を掛けるボケぶりは最高だったなぁ。



2020年06月05日(金)
リセットとは、強制的に起動しなおすこと

62歳のテーマを「リセット」と発表したが、
常に意識するために、定義を確認しておこうと思った。
辞書によると「すべてを元に戻すこと。最初からやり直すこと。
また、状況を切り替えるためにいったんすべてを断ち切ること」
または「機械や装置を、作動前の初めの状態に戻すこと。
セットしなおすこと。コンピューターの場合、
特に正常な動作をしなくなった時に、
強制的に起動しなおすことを指し、再起動と区別することがある」
実は、この「強制的」という言葉が気に入った。
今まで「断捨離」を意識し、自分のお気に入りを取捨選択する、
そんなことを続けてきたが、どうも思い出に引っ張られて、
整理整頓下手の私にとっては、向いていないことに気付いた。
Macがフリーズした時に、待ちきれず画面背後の
Resetボタンを押す感覚とちょっと似ているのかもしれない。
「もしかするとデータが壊れてしまう」という恐怖と、
「それでも仕方ないじゃん」という気持ちの切り替えが交差し、
「えい」と押す瞬間、無事に立ち上がってくれ、と願う気持ち。
このリセットするドキドキ感とワクワク感を、
62歳の1年間で、どれくらい味わえるんだろうか。
今までの経験、実績に頼らないで、どこまでやれるかなぁ。



2020年06月04日(木)
62歳のテーマは「リセット」

毎年、誕生日を迎えると、今年はどんな1年にしたい、と決め、
多くの人にコミットメントしながら生活してきた。
60歳のテーマは「お裾分け」61歳のテーマは「収穫」だった。
そして、今年62歳のテーマは「リセット」。
61歳の私は、長年勤めた地方公務員を定年退職し、
身体的にも精神的にも、もがき苦しんだ一年だったけれど、
新型コロナ騒動の関係で、テレワーク、行動自粛を経験し、
自分を見つめる時間が取れたことが、一番大きな「収穫」。
徴兵制のある国の若者は、兵役を経験することで、
国のこと、家族のこと、自分のことを考える時間を与えられ、
愛国心、家族愛、そして自分を大切にすることを学ぶ、
そんな話を耳にしたことがある。
昨年の1年を振り返ると、まさしくそんな感じだった。
どうしても自分の住む町、自分の働いた職場のことが気になり、
口には出さないけれど、不平不満が溢れたことも何度か・・。
その度に「もう、職員じゃないんだから」という台詞を呟き、
行動、発言を押さえてきた気がする。
さらに新年に入り、インフルエンザ罹患、足首の捻挫、
行動自粛と新しい生活様式の模索、で今日の日を迎えた。
今年の行動イメージは「断捨離」ではなく「リセット」。
スゴロクの「振り出しへ戻る」って感じかな。
それくらい、意識を割り切りたいなぁ、と思う62歳。



2020年06月03日(水)
脳及び神経の損傷で突然笑い出します

映画「ジョーカー」(トッド・フィリップス監督)から。
周りから差別され、孤立して、虐められて・・心が壊れていく、
そんな様子が手にとるように伝わり、切なくなってしまった。
彼の心の叫びは、胸が締め付けられる台詞もあった。
「心の病を持つ者にとって、最悪なのは、世間の目だ。
こう訴えてくる、心の病などない。普通の人のようにしてろと」。
表向きでは、差別はいけない・・と言いながらも、
実は、障害者は弱者と決めつけた態度を目にし、台詞を耳にする。
この「バットマン」の悪役「ジョーカー」は、私たちが作り上げ、
成長させてしまったのかもしれないな、と感じてしまった。
さて、気になったのは「バスの中で見せたカード」。
バスの中、突然大声で笑い出し、乗客の誰もが不愉快さを見せた時、
彼がそっと出したメッセージカードにはこう記されていた。
「笑うのは許して。病気です。脳及び神経の損傷で突然笑い出します。
ありがとう。返却して」
笑いだすことを、私たちがしっかり「病気」と理解できるかどうか。
奇怪な声を張り上げる人や、1人で大きな声でブツブツ言う人と
すれ違う時、病気と理解できるけれど・・。
テレビ出演した彼は、こんな台詞を視聴者に向けて発した。
「喜劇なんて主観さ、そうだろ? 
みんなだって、この社会だってそうだ。善悪を主観で決めてる。
同じさ、自分で決めればいい。笑えるか、笑えないか」
う〜ん、重たい言葉だなぁ。



2020年06月02日(火)
猫好きは「猫」が好き、犬好きは「自分の好きな犬」が好き

柿田川公園駐車場を訪れる人たちを眺めていると、
犬好き、猫好きがはっきりしていて面白い。
柿田川公園駐車場のシンボルとなっている大銀杏の下で、
犬と猫を見かけることが多いが、
彼らの姿を撮影している人たちの会話や様子の方が、
私のメモ対象となった。(笑)
「一般論ではないかもしれないが」と前置きをするが、
「猫好き」の人は、どんな種類の猫でも、どんな色の猫でも、
死んでるかのように、脱力感よろしく寝っ転がっている猫でも、
「かわい〜」と近寄り、写真を撮る。
それと比べて、私も含めた犬好きは、どんな犬でも好きではなく、
自分の気に入った犬だけが可愛い。
自分が飼っている犬は可愛いけれど、同じ種類でも、同じ色でも、
自分の犬と同様に可愛い、とあまり感じない気がする。
会話の中で、犬派、猫派という話が出るけれど、
どちらの動物が好きか?ってことではない気がする。
万民を愛せる「猫好き」と、自己愛が強い「犬好き」、
そんな比較なのかもしれないなぁ。



2020年06月01日(月)
「ニーチェ」VS「ブルースリー」

映画「ワイルド・スピード スーパーコンボ」
(デビッド・リーチ監督)から。
スピード感溢れるアクション映画は、
画面に引き込まれてしまいメモを取るのを忘れるが、
今回は、主人公の一人、ルーク・ホブスと
もう一人の主人公、デッカード・ショウの妹ハッティが
交わす会話をメモとして残しておきたい。
筋肉隆々の体型が素晴らしい、ホブスが話しかける。
「哲学より肉体に知恵はある」
それに対して「ブルースリーの言葉?」とハッティ。
「違う、ニーチェだ。知性も鍛えてる、肉体もな」と
筋肉馬鹿ではないよ、言い返すシーンが面白かったが、
さらにこの会話には続きがあった。
ストーリーの後半、またまた二人の会話。
「いい人生を生きていれば、死とは無縁だ」とホブス。
ハッティが、(今度も)「ニーチェ?」と訊くと、
ホブスが「ブルースリーの言葉」と切り返す。
こういうセリフの仕掛けが面白くて、メモする私は、
やはり、普通の映画好きではないなぁ、と苦笑いする。
こんな楽しみ方があることだけは、伝えたいな。