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しもさんの「気になる一言」
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2017年10月31日(火)
バーチャルな飲み会

実は、月に一度、決まった曜日、決まった時間に飲み会を開催している。
場所は、それぞれの「PC・スマホ・タブレット」の前。
時間も1時間限定。あとは自分の飲みたいアルコールとおつまみ持参だけ。
形式はチャットだが、リアルの飲み会と変わらない雰囲気がある。
「ここで始めますよ」と誰かが声を掛ければ、三々五々集まりはじめ、
お互いの近況報告から始まり、悩み事の相談だったり・・。
誰かの話題に、突っ込んだり、アドバイスしたり、話題は尽きない。
時々「今、何を飲んでます?」「もちろんビール」という人もいれば
「寒いから、お酒に切り替えました」という人もあり。
「ごめん・・ちょっとトイレ」と、PCの前から離れる人も。(笑)
この楽しい時間を、周りの人に説明するとしたら、どう紹介するのか、
気になっていたら、こう答えてくれた人がいた。
「職場の人にはバーチャルな飲み会と言って、なにそれ?と笑われました」
でも、この表現がピッタリで、思わずメモをした。
各々の文字入力が予想以上に速くなったからか、本当にリアル感がある。
しばらく入力が途切れると「しもさん、起きてますか?」と心配され(笑)、
「ごめん、明日早いので、お先にあがります」と書き込めば、
参加者から「おやすみなさい、また来月にね」の書き込みが続く。
割り勘の必要もないし、帰りのタクシーの手配もいらない。
そのまま、布団の中へ直行することさえできる「バーチャルな飲み会」、
飲みすぎると、気持ち悪くなるのは、リアルな飲み会と同じ。
興味がある方は、是非一度試してみてください、けっこう酔えますから。



2017年10月30日(月)
車は要らない、尊敬だけで十分だ

映画「ワイルド・スピード ICE BREAK」
(F・ゲイリー・グレイ監督)から。
この作品が「大ヒット人気カーアクション」というだけで、
今回が「シリーズ8作目」だとは知らなかった。
時々、以前の作品を知らないとわかりにくい場面もあったが、
基本的には、一作完結型で、楽しむことができた。
冒頭、派手なカーアクションで市街地のレースシーンがあり、
「車の速い遅いは、誰が運転するかで決まる」の言葉に触発され、
「負けたら、車をやる」と言いだし、結果、負けてしまう。
そのレーズ後「約束は約束、車をやる。尊敬に値する男だ」と
車のキーを差し出すのもカッコよかったが、
「車は要らない、尊敬だけで十分だ」と言い返し、
車のキーを返すシーンに、グッときてしまった。
派手なカーアクションが見せ場の導入部であるが、
「プライド・矜持」に表現されるものは、モノ・お金ではない。
「尊敬される」という、最高のご褒美が主人公に、こう言わせた。
人間にとって「尊敬される人物」になることは、誰でも嬉しい。
「尊敬されている」から、裏切りと思える行為をしても、
仲間(チーム)は、信じつづけ、見捨てないでついてくる。
ラストシーン「俺を見捨てないでくれて感謝する」の台詞が
とても輝いていたなぁ。



2017年10月29日(日)
観光地は予約ができても、天気は予約できませんから

これだけ秋雨・台風が続くと、イベントの順延、中止が相次ぎ、
観光地にとっても、大打撃となっているに違いない。
(もちろん、農家がいちばん困っているだろうけれど・・)
しかし、お天気だけは誰にも不満をぶつけるところがなく、
天気だけは仕方ないね、と割り切るしかないのだが、
それでも・・せっかく何ヶ月も前から予約したのに、と
口にしたくなる気持ちもわからなくはない。
だからこそ、観光バスのガイドさんがマイク片手に呟いた、
このフレーズが蘇ってきた。
「観光地は予約ができても、天気は予約できませんから」。
特に、週間天気予報で「晴れ」のはずだったのに、
雨雲の動きやその他の条件で変わった、直前の「雨」予報は、
屋外のイベント主催者の心を強く悩ませるとともに、
その「可否」の判断をする立場の人間には、
予想以上のプレッシャーと責任がのしかかってくる。
天気も予約ができればなぁ、とボヤきたくなるのもわかる。
苦渋の決断をした主催者のプレッシャーと心の動揺、
そして、雨中で濡れながら撤収作業するスタッフの無念さにも、
心を留めて欲しい。
いつか、自分がその立場になることもあるのだから。



2017年10月28日(土)
イワシが沢山いるから、鮎が減っている

秋本番を迎え、もうしばらくすると、
アユが産卵のために、柿田川に遡上してくる。
それを楽しみに「今年はどうですかね」と訊ねたら、
「イワシが沢山いるから、鮎が減っている」と言われた。
その意味を理解するのに、ちょっと時間がかかったが、
要は、こういうことではないか、と理解した。
駿河湾は、良質なシラスが多く、量も豊富。
一説には「駿河湾6000トン、愛知、神奈川600トン」と言われ、
その豊富なシラスを狙って、イワシが集まってくる。
その時、シラスと一緒に飲み込んでしまうのが、アユの稚魚。
だから、イワシに飲み込まれる量が多ければ多いほど、
今年、柿田川に遡上してくるアユは少ない、という理屈だ。
また、上ってきたアユをめがけて、サギややカワウなどが、
入れ喰い、食べ放題の状態で待ち受けている自然環境を、
アユが察知すれば、子孫繁栄を前提に、危険回避策として、
上ってこないことも予想される。
いろいろな条件が重なって、柿田川の最上流部が、
アユのオスが真っ黒に埋め尽くされる遡上から始まり、
運が良ければ、柿田川公園(舟付き場)で目にすることができる、
アユの産卵シーンまで、これから楽しみが増えてくる。
まずは、公園エントランス付近の樹木の紅葉からだな。
(公園駐車場、シンボルツリーとなっているイチョウも・・)
毎日、職場への通勤路として公園内を歩いている私のお知らせ、
どこよりも早く、柿田川ファンにお伝えできれば、と思っている。
お楽しみに。



2017年10月27日(金)
何一つ不自由のない、ここの暮らし。吐き気がする。

映画「LION ライオン 25年目のただいま」(ガース・デイビス監督)から。
予告編が語りすぎていて、なんとなくストーリーが想像できてしまう、
それってどうなんだろう?と思いながらも、逆に安心して鑑賞できた。
優しい養父・養母に育てられ、素敵な彼女もいながらも、
小さい頃育ったのインドでの記憶がフラッシュバックして、
主人公の口からこんな台詞が飛び出した。
「何一つ不自由のない、ここの暮らし。吐き気がする」
今の私たちの生活は、インドのスラム街での生活に比べたら、
比較できないほど豊かであることは認めるが、
「吐き気がする」ほどのことではないだろう、とメモをした。
貧しい生活をしている人たちは、不自由ない生活に憧れ、
何一つ不自由のない暮らしをしている人たちは、
もっと貧しい人たちのことを知るべきだ、ということなのだろうか。
Google Earthで故郷を探し出せたことは、豊かな生活の成果、
そんなことを感じながらも、最後の再開シーンは涙腺が緩んだ。
実話に基づく作品とはいえ、エンドロールでの「実写」挿入は、
一気に、ドキュメンタリー映画にしてしまうので参ったな。
放題タイトルも原題どおり「Lion ライオン」でいいのに
「25年目のただいま」が加わることで、面白みを失ったなぁ。
映画「3月のライオン」(大友啓史監督)と公開時期が重なったことは
ちょっとハンデだったけれど・・。



2017年10月26日(木)
どうして自治体同士が競ってるんだろう?

久しぶりに、最近、特に感じることを残しておこうと思った。
それが「どうして自治体同士が競ってるんだろう?」
私が奉職した頃(昭和56年)を思い出しながら振り返ると、
今のように、著しく他の自治体と比較したり、
競ったりするようなことはなかった気がする。
それは、行政職員だけでなく、そこに住む住民もしかり。
しかし、昨今の自治体間競争は、ふるさと納税だけでなく、
産業・観光を始め、イベント、子育て、移住定住促進政策など、
あらゆる分野で、競っている気がする。
それが住民の活動にも反映され、Twitter、Facebookなど、
自分の住むまちが一番好き、という投稿が繰り返されている。
そんな投稿を目にするたびに、個人的な人間関係と同じように、
ギスギスしたものを感じるのは私だけだろうか。
利益を追求せず、公平・公正を基本としていたはずの自治体が、
マスコミに取り上げられることを目標にしてしまったようだ。
同じ地域で行政運営を進め、歩調を合わせてきたはずなのに、
どうしてこんな関係になってしまったのだろう。
国全体、地球全体から考えれば、本当にちっぽけな地域だし、
もっともっと、助け合いながら・・とはいかないものなのかな。



2017年10月25日(水)
「口を大きく」ではなく「口の中を大きく」

中学校の同級生だけで結成した混声合唱団「風の会」を、
同じ同級生というよしみで指導してくれている彼女が、
素人の私たちにアドバイスした台詞。
「口の中を大きく開ける感じで」
今までも「口を大きく開けて」とアドバイスされたと思い、
小さな口を、大きく開ける事に意識を注いできたけれど、
どうやら違っていたようだ。(今頃?と言わないで。(汗))
彼女が求めているのは、大きな声を出すのではなく、
口の中で音を反響させるというか、そんな感じらしい。
その発声の仕方が、音を響かせるコツのようだ。
実際にやってみると、口の中を大きく開けることで、
自然と口も大きく開けることになってしまう。
えっ、合唱の声の出し方って、こんなことだったの?と
思うくらいの気付きだった。
「息の流れに音が入っていく感じで」というアドバイスも、
そのうち、こういうことだったのか・・と気付く時がくる。
そう信じて、これからも続けていきたいと思う。



2017年10月24日(火)
その前に輝いて、その光は今も宇宙を旅してる

映画「インポッシブル」(J・A・バヨナ監督)から。
「impossible」の意味は「不可能な・無理な」
「とてもありえない・信じがたい」など。
2004年のスマトラ島沖地震で発生した津波にのまれ、
離れ離れになりながらも、最後には再会した家族の実話、
その事実が「信じがたい」のだろうか。
東日本大震災のあとに公開されたからか、津波の再現映像は、
見るに堪えなかった。(「映画」とは割り切れないものがある)
私たちは、津波が人々に襲いかかるシーンを見ることもなく、
ヘリコプターなど上空から撮影された映像をテレビで見て、
「すごい、すごい」と驚きの声を挙げていたにすぎなかったな、と
妙に、自己嫌悪に陥ってしまった。
もし「気になる一言」を選ぶとしたら、
家族が災害によって死んだことを子どもに納得させるシーンで
夜空に浮かぶ星を眺めながら話した会話。
「この中にはね、ずっと前に燃え尽きてる星も・・知ってた?」
「死んだってこと?」「そうよ」
「でも、その前に輝いて、その光は今も宇宙を旅してる。
だから、見てるの」「死んだか、生きてるか、見分けられる?」
「それは無理ね。素敵な謎じゃない?」「うん・・」
こんな会話のできる人って、なかなかいないよなぁ、とメモをした。
既に燃え尽きているのに、まだ私たちの目には光が届いている。
それが、偉人たちの伝記かもしれないなぁ。

P.S.
それでも敢えて言うなら、津波で家族を失った人は観ない方がいい。
「impossible」には、耐えられない、我慢できない、どうしようもない、
手に負えない、などの意味もあるのだから。



2017年10月23日(月)
定年退職まで、実質「365日」

私の最近の楽しみは、PCの表計算で作った「あと○○日」。
数字大好き、カウントダウン大好きの私らしいと、独りで苦笑い。
今日は「平成30年元旦まで、70日」「60歳まで224日」
「平成30年度スタートまで160日、休日を除く実質109日」
そして、一番関心ごとだった
「定年退職まで525日、休日を除く実質365日」が目に付いた。
実質とはいえ「1年」に相当する「365」という数字は、
プラス思考で「まだ365日もある」と考えればいいのだが、
やはり「あと365日しかない」という想いが、頭をよぎった。
もっとリアルにいうと「課長」と呼ばれるのも「365日」だし、
飲み会で祝儀を出せるのも「365日」というわけだ。(笑)
何十年もの間、毎日「気になる一言」を書いている私は、
「365日」の短さが、実感としてわかる。
たぶん「あと100日」を迎えたら、こんなことも書かずに、
本当のカウントダウンを楽しんでいるに違いない。
でもこんな話をすると、我が課のスタッフには、
「課長、何くだらないこと数えてるんですか、
もちろん、最後まできっちり働いてもらいますよ」って、
言われちゃうんだよなぁ、きっと。



2017年10月22日(日)
勝つ勝たぬは、毛利家がどちらにつくかによってきまる

書籍「関ヶ原(中)」(司馬遼太郎著・新潮文庫刊・538頁)から。
(上)(中)(下)、合計1,577頁に及ぶ長編は、実はこの(中)がいちばん面白い。
全国の各大名が、いろいろな思惑を抱え、西軍・東軍、どちらにつくか、
それぞれのお家事情も考慮しながら、究極の選択を迫られる。
特に、西軍の諸大名が、東軍・徳川家康側に寝返る様子は、
物語とはいえ、目を覆いたくなる。
家康から寝返りを持ちかけなくても、自ら申し出る大名の多さに驚いた。
これでは、戦いが始まる前から、勝負は決していた、とも言える。
しかし現実は、彼らが東軍に寝返らなければ、西軍が勝利した可能性も高い。
これまた、今回の選挙と似ている。
「公認、推薦」などを受けていても、実は、誰もわからないということ。
「あなたを応援しますよ」と言いながら、対立候補の名前を書くことだって、
実際にはありえることだし、そのまた逆も然りである。
今回、面白かったのは、毛利家の判断。
「(この戦さ)、勝つ勝たぬは、毛利家がどちらにつくかによってきまる。
それゆえ、いまここでそれを決めるわれら二人が、勝負の予想をするのは滑稽だ」
という台詞が示す通り、西軍の大大名である「毛利家」が、どちらにつくかによって
関ヶ原の勝敗が決まるというのに、当の毛利家の中では、まこと真剣に、
どちらが勝つか予想し、勝つ方につこうと決めかねている様子は、
第三者的に観察している読者としては、笑わずにはいられない。
けれど、本人たちは、本領安堵するにはどちらに味方すればいいのか、
真剣に考えた末、どちらにもつかない、という決断を下す。
これこそ、西軍が負けた原因の一つであろう、と私は思うのだが。

P.S.
さて、衆議院議員選挙は、どんな結果が待っているのやら。



2017年10月21日(土)
よし、やった、やったぞ!!・・・まぁ、当然だな

映画「M:i:III」(J・J・エイブラムス監督)から。
往年の人気TVドラマ『スパイ大作戦』をトム・クルーズ主演で
映画化したサスペンスアクションシリーズの第3弾。
お決まりの、手に汗握るアクションと、切れ者のチームメンバー、
大ドンデン返しの結末に、ハラハラドキドキは変わらない。
しかし今回は、冷静なはずのチームメンバーが、
一瞬興奮するシーンがあった。
トムクルーズ扮するイーサン・ハントが、
高層ビルの屋上から、距離の離れたビルの屋上へ飛び移る、
危険きわまりのないシーンなのだが、彼が成功した瞬間、叫ぶ。
「よし、やった、やったぞ!!」・・・そしてしばらくして、言い直す。
「まぁ、当然だな」。(冷静さを取り戻したように・・)
このギャップが私には面白かった。
成功を信じてはいるものの、それほど難しい挑戦だったことが
この台詞で、ひしひしと伝わってきたから。(脚本の妙だなぁ)
「世の中はテクノロジーで滅びる」
「わかっていると思うが、バチカンはバチカンだぞ」
こんな台詞も、私のメモに残された。
「IMF」って「極秘任務実行部隊」の略だったんだなぁ。(笑)



2017年10月20日(金)
宮西作品の絵本翻訳は本当に難しいなぁ

絵本作家の宮西達也さんが、今回、アメリカに出かけ、
何箇所かで、自作の絵本を読み聞かせするというので、
気の置けない仲間が集まって、英訳に挑戦したが・・
予想以上に難しかった。(汗)
彼の作品の多くは「パクパク」「カチカチ」を始め、
「ダダダ・・」とか「ドドド・・」とか「キラキラ」など、
英語にすると、その感覚が違ってしまう言葉が溢れ、
そのたびに、全員で「スマホ」「電子辞書」を片手に、
ああでもない、こうでもない、と頭を悩ませることととなった。
そう、絵本は擬声語、擬態語のオンパレードであり、
その繰り返しで、子供たちは楽しくページをめくる。
擬声語は「ニャンニャン、カーカー」「トントン・ざわざわ」など、
事物の音や人・動物の声などを表す語。
擬態語は「ピカピカ、キラキラ」など、
物事の状態や様子などを感覚的に音声化して表現する語。
わかっていても、その国の言葉に直すと、イメージが変わってしまう。
その場にいた仲間が口を揃えて発した言葉は
「宮西作品の絵本翻訳は本当に難しいなぁ」だった。
特に「うんこ」とか「は〜い」なんて作品を、アメリカの子供たちが、
どんな反応するか、帰国後の報告を楽しみにしたい。

P.S.
宮西さん、「おっぱい」だけは読み聞かせしないほうがいいですよ。
犯罪になったらまずいですから・・は、私たちからのアドバイス。(笑)



2017年10月19日(木)
三成はかみそりであっても、鉈や斧ではないのだ

書籍「関ヶ原(中)」(司馬遼太郎著・新潮文庫刊・538頁)から。
「(大阪にいる東軍の大名たちの)人質をおさえるおさえぬかで、
この戦いの勝負が決まる」と、石田三成は考えた。
しかし、人質であった細川忠興の妻、細川ガラシャが自害した報を耳にして、
その作戦が「愚であることをみずからさとった」として、
「気がつけば、すぐ転換することだ」と、人質作戦を中止した。
その時の判断を、作者は表現している。(信長・秀吉なら)
「とった以上は、その間、細川夫人のような事態がぽつぽつしても、
おどろかなかったにちがいない。
無視し、黙殺し、あくまでもその政策を推しとおし、すくなくとも、
『驚いて中止する』というようなことはなかったであろう。
智謀は、あるいは治部少輔様のほうがすぐれているのかもしれないが、
そこがちがうのだ。やはり器量のちがい、というほかないかもしれない。
刃物でいえば、三成はかみそりであっても、鉈や斧ではないのだ。
鉈や斧ならば、巨木を伐り倒して、どのような大建築を作事することができるが、
かみそりはいくら切れても、所詮はひげをそるだけの用しかできない」
厳しい言い方だが、非常にわかりやすい。
大将には「泰然自若」としていて欲しいのは、いつの世も同じである。



2017年10月18日(水)
なんとも紛らわしい「24」の看板なんだ

時々「情報交換会」と称する「単なる飲み会」が、
日付が変わりそうな時間まで盛り上がると、
酔った勢いに任せて「本当に歩いて帰るの?」の声を背に受け、
帰宅途中の「コンビニ」や「ドラックストア」でコーヒーを買い、
酔い覚ましをしながら歩くのが習慣となっている。
(時には、我慢できないトイレをお借りすることも・・(笑))
先日も「24」の看板を遠くから見つけ、楽しみに近づいたら、
なんと、閉まっていた。
「24時間営業じゃないの?」と、ほろ酔い気分で看板を眺めたら
「24時まで」だった。(汗)
なんとも紛らわしい「24」の看板なんだ、と1人で呟き、
自販機の「缶コーヒー」を飲みながら、メモをした。
こんなことまでメモする自分が可笑しかったが、
以前は「中畑清選手」「高橋由伸選手」の背番号だった「24」が
やっと「時間」として認識するようになっただけでも進歩だな。
街を歩くと「看板」ばかり目についてしまう私。
だから、メモがどんどん増えてしまう、いいのかなぁ。



2017年10月17日(火)
108?、消費税込み

映画「彼らが本気で編むときは、」(荻上直子監督)から。
う〜ん、なんだか違うなぁ・・という感想で鑑賞を終えた。
ではどこが違和感なのか、と訊ねられても、うまく表現できない。
ただ、市民権を得てきた性的マイノリティの「トランスジェンダー」が、
一昔前に逆戻りしてしまった感覚なのかもしれない。
性的マイノリティの人たちを「変態扱い」する時代はすぎたし、
「マツコ・デラックス」さんらの活躍をみれば、違和感は感じない。
今時の小学生が、黒板に「オカマ」という単語を大きく書きだし、
彼・彼女らをいじめの対象にするのだろうか?、それさえわからない。
そんな中で、久しぶりに笑えたメモをご紹介。
トランスジェンダーのリンコは、男性の性とオサラバする儀式として、
毛糸で、男性のシンポルの形をコツコツと編み続け、
「これを108個作ったら燃やすの」と、ある少女に呟く。
それを聞いた彼女が「108?、消費税込み」と返す。
「人間の煩悩の数」「除夜の鐘も108}」「数珠の珠の数も108」
こんな説明よりも「消費税込み」の方が、私にはウケた。
このネタ、またどっかで使わせもらおうっと。



2017年10月16日(月)
庶人には勘がある。

書籍「関ヶ原(中)」(司馬遼太郎著・新潮文庫刊・538頁)から。
当時の「江戸」の様子について、語られる場面がある。
「庶人の数が、増える一方だそうだ。
諸国からこの新興都市をめざして馳せあつまってくる庶人の数は、
あるいは増加率は、京大坂をはるかに凌ぐであろう」
「庶人には勘がある。江戸へくれば職がある。
物が売れるという目さきの利益だけでなく、
江戸がやがては天下の中心になることを、
かれらは皮膚で感じとっているのではあるまいか」という部分。
これは、今の時代にも言えるのではないだろうか。
天下を取るまではいかないが、移住、定住を決める理由として、
将来、その地域の中心になるかどうか、は大きな判断材料だろう。
中心になると、物だけでなく、多くのものが集まってくることを、
庶人(庶民)は、五感で感じているということだ。
それは「人材」であったり「情報」であったりする。
それがまた躍動する契機となり、ますます活性化が進む。
だからこそ、地方には人を集める仕組みが求められるのだろう。
現実のものとして、今でも首都・東京に人が集中しているのは、
その「庶人(庶民)の勘」が働いているに違いない。
「庶人(庶民)の勘」って、結構当たるんだよなぁ。



2017年10月15日(日)
「映画」になれば、「原作」など木っ端微塵

映画「関ヶ原」(原田眞人監督)から。
書籍「関ヶ原」(上・中・下)(司馬遼太郎著・新潮文庫)を
読み切る前に、待ちきれず鑑賞してしまったが、
全くの別もの、という感想を持った。
逆に、原作者の司馬遼太郎さんが生きていたら、
決してOKを出さなかったんじゃないか、と思うほどだった。
あの長編を149分にするところから無理があるのだから、
映画「64 ロクヨン」のように「前編・後編」に分けるとか、
小説のように「3部」に分けるとか、して欲しかった。
それでも「世の中、正義では動かぬ」
「将の上の将になるには、正直すぎる」
「戦さになれば、正義など木っ端微塵」
「動かぬ大軍を動かすことが大将の務め」などをテーマに
「気になる一言」を書こうと思ったが、それさえも気が引けた。
台詞も早口で、なおかつ方言交じりで、うまく聞き取れない始末。
申し訳ないけれど「戦さになれば、正義など木っ端微塵」をもじって
「『映画』になれば、『原作』など木っ端微塵」を残したい。
これだけ期待を外されたのは、珍しいなぁ。(期待しすぎ?)



2017年10月14日(土)
俺は薄化粧より、これでもかってくらいの厚化粧がいいな

農業関係者に随行する形で、山梨・長野へ視察研修に出かけた。
移動手段がバスのため、私の耳にはいろいろな声が耳に入ってきて
それぞれに対して、笑ったりメモしたり、楽しい車中となった。
今年は初冠雪が遅いなぁ、と雪なき富士山を眺めて呟く人に、
バスガイドさんが、富士山を神体山としている富士山本宮浅間大社に
祀ってある「木花咲耶姫」(コノヤサクヤヒメ)を説明しながら、
「祭神が女神ですから」と前置きをして、
富士山は「すっぴんより化粧していた方がいいね」と投げかけた。
「雪のない富士もいいけれど、やはり薄い雪化粧が似合う」
そんな意味に理解し、なるほど、うまいこと言うな、とメモしながら、
以前覚えたことがある「トンコ節」の替え歌、(富士五湖バージョン)
「富士のお山はオシャレもの。前に五つの鏡をおいて
朝な夕なの薄化粧 みなさん来るのを待ってます。
ねぇ、おいで、おいで」の歌を思い出していたら、
もっと面白いことを言った男性がいて「気になる一言」となった。
「俺は薄化粧より、これでもかってくらいの厚化粧がいいな」
もちろん、富士山の雪の話なのだが、メモだけ見ると可笑しい。
そう言う私は、すっぴんも、薄化粧も、厚化粧も大好きだよ。
(もちろん、富士山の雪化粧の話です。(笑))



2017年10月13日(金)
ここが「川」の始まりです

柿田川公園に欲しい看板シリーズ。(笑)
柿田川公園の第1展望台は、国道1号の真下にあり、
湧いている様子が目の前で見ることができる。
「世界遺産の富士山に降った雪や雨が、地下に染み込み、
約28年の長い時間をかけて、ここで湧き出します、
だから、正真正銘、ここが柿田川の始まりなんですよ」
と説明したら、ある方が私にこう教えてくれた。
「国道1号の真下から、これだけの水が湧いているのも凄いけれど、
なんと言っても、川の始まりがわかる川ってすごいですよ」と。
本来、川というのは、山の絞り水のようなものが少しずつ集まり、
だんだん河口に近づくにつれて、広くなっていくのが常識のようだ。
だから「ここが川のはじまりです」と言い切れる「柿田川」が面白い、
そして、少しずつ増えるのではなく、一気に川幅50メートルくらいの
一級河川となる、それも全て湧水、これまた面白い、ということ。
どうして「ここが『川』の始まりです」って看板つけないんですか?
そう言われた気がする。
「あなたは『川』の始まり、見たことありますか?」
そんなキャッチコピーが浮かんできた「柿田川」である。



2017年10月12日(木)
現代の日本における選挙の前の多数派工作に似ている

書籍「関ヶ原(上)(中)(下)」(司馬遼太郎著・新潮文庫刊・1577頁)から。
主にお風呂の中で湯舟に浸かりながらページをめくり、やっと読み終えた。
いろいろな対決が、この「関ケ原」の登場人物に当てはめると、
不思議なくらい、三成はあの人だな、家康はあの人がピッタリ、と感じ、
1人で、想像が膨らみ、不謹慎にもニヤニヤしてしまった。
戦いのシーンはわずかなページで、ほとんどは、各大名の心の動きが中心。
これが、この小説の面白いところであり、映画には表現できない部分でもある。
下巻の巻尾に、日本の国際政治学者の「高坂正堯」氏の解説も、見事であった。
「昭和49年6月30日発行」だから、40年以上前に書いた解説だろうか。
ちょっと長いが、今だからこそ・・の話題として紹介したい。
「関ヶ原の戦いは、軍事的な決戦という性格よりも、政治的な争いという性格の強い
ものであった。すなわち、いかに多くの大名たちを集めうるか、
また、一応集まった大名を、味方に関しては惹きつけ鼓舞し、
敵方については、切り崩すという政治的策謀の成否が関ヶ原の戦いを決した。
関ヶ原に至る状況は、現代の日本における選挙の前の多数派工作に似ている。
たとえば、やがては首相となる自民党の総裁を選出する前の多数派工作、
あるいは、各政党が複雑な形で提携して戦う地方自治体の首長選挙の前の多数派工作と、
それは驚くほど似ている。ただちがうのは、戦闘の代わりに投票があり、
そして負けたものがそうもひどく扱われないといった点だけである」
「三極化」と言われている、今回の衆議院選挙。
水面下で、どんな多数派工作が行われ、味方なのか、敵なのか、
それさえも手探り状態で解散してしまった感じさえする。
さて、どんな結果が待っているのやら。
西軍、小早川秀秋のような、政治家が現れるのかどうか、
これまた注目の選挙である。選挙中に、是非、一読をお勧めする。



2017年10月11日(水)
本当のCIAだったら、CIAだと言うか?

映画「王様のためのホログラム」(トム・ティクバ監督)から。
鑑賞後、台詞のメモも少なく、何を伝えたかったんだろうか、と
考え込んでしまったくらい、何も印象に残らなかった。(汗)
コメディでもないし、ラブストーリーでもないみたい、
なんだか、中途半端感が残った作品になってしまった。
その中で、敢えて探すとしたら、
「3Dホログラム」をプレゼンする現地のサウジアラビアで
「CIA局員」と勘違いされ、銃を向けられた場面。
その前に「CIAか?」と訊かれ「フリーだ、局員じゃない」と
ジョークで返したら、そのジョークが伝わらなかったらしい。
その彼らに「『CIAじゃない』と証明するには?」と詰め寄られ
「本当のCIAだったら、CIAだと言うか?」と答えて難を脱する。
こんな事ありえないだろうし、サウジアラビアの人たちに失礼だ、
そんな感想までもってしまった。
サウジアラビアの国王だから、いつ会えるかわからない・・、
という設定自体が、今の時世にあってない気がするからだ。
タイトルの「王様のためのホログラム」の映像は、ほんの僅か。
仕方ないから、意味不明な作品だった、と残しておきたい。
主演「トム・ハンクス」に騙されちゃったかな。(笑)

P.S.
ラストに教訓めいた「生きる力を待て。再び自分の強さを感じる」
「まだ時間はある。時間は必ずある」が、キーなのかな?



2017年10月10日(火)
「常識」は変化し「良識」は変化しない

以前、紹介した、私が記録したのに覚えていないメモを、
どんなフレーズですか?という、問合せのメールが届いた。
恥ずかしながら、メモの一つを紹介すると・・・
「『常識』は変化し『良識』は変化しない」
改めてインターネット等で調べてみると、
多くの方が、この違いについて、書き込んでいた。
「常識」とは「世界の変化とともに変わっていくもの」
「良識」とは「世界の変化の中でも本質は変わらないもの」
だから昔「常識」は、今では通用しないこともあるが、
昔からある「良識」は、今でも「良識」として残っている。
使い方としては「常識ないけど、良識はあるよね」。
その解釈を拾ってみると、
「アホだけど一生懸命やるよね」
「知識的な意味での常識は無いけど気遣いはできる」
「物知らずだけど考え方はまとも」
「やってることはおかしいけれど、悪どいことはしない」
「めちゃくちゃだけど、根は優しいんだね」など、
中には「善意は認めるが空気を読め」という解釈も。
たぶん、そんな話をしていた時にメモしたんだと振り返る。
これからは、翌日読んでもわかるようにメモを残そうっと。



2017年10月09日(月)
井伊の赤備え

静岡県立美術館の企画展「戦国! 井伊直虎から直政へ」から。
2017年NHK大河ドラマ「おんな城主・直虎」を観ているからか、
展示の前半部分は、今までのストーリーを振り返るようで、
予想以上に楽しめた。
貴重な古文書、刀剣・甲冑などの武具、絵画といった、
多彩な作品が展示されており、よくこんな状態が良いまま、
残っていたなぁと、感心するばかりであった。
後半部分は、NHK大河ドラマと呼応するかのように、
「井伊直政(虎松)」が「徳川四天王」と評価されるに至った、
その活躍ぶりが、いろいろな角度で表現されており、
その井伊直政を育てた養母が「直虎(次郎法師)」となる。
ただし「直虎(次郎法師)と直政(虎松・万千代)の間に、
実母に代わる母子関係があったわけではないから、
「養母」とは直政の前代の当主という意味と理解するらしい。
(番組では「後見」となって居たかもしれない)
今回の展示で印象的だったのは「赤色」が溢れていたこと。
兜や鎧を始めとする戦で使用する全ての装備品を、
赤色で統一した「井伊の赤備え」は、見応えがあった。
これだと、戦場でも目立っただろうなぁ。



2017年10月08日(日)
ビール発明した人に、ノーベル賞あげたい

映画「彼らが本気で編むときは、」(荻上直子監督)から。
ストーリーとは全く関係ないけれど、
このフレーズが、何回も登場するので、メモをしてしまった。
10月だというのに、なにこの暑さ・・という会話を何度もしたので、
気になる一言に取り上げてみた。
ビール好きにはたまらない暑さとなった今日の天気、
これから車で出かける予定もないし・・と久しぶりに、
夕食のだいぶ前の時間から、缶ビールで喉の渇きを潤した。
以前、ぷふぁ〜とばかり、一気に飲み干して一言。
「CM来るね、これだけ美味そうに飲んだら」のフレーズが
私のお気に入りで。よく飲み会で使っていたけれど、
これからは「ビール発明した人に、ノーベル賞あげたい」だな。
ノーベル賞の基準なんて、わからなくてもかまわない。
ノーヘル賞ったって、いろいろなジャンルがあるんだよ、なんて
言い返す奴は、とっても野暮。
飲み干したみんなが、こんなに幸せそうな顔するんだから、
「ノーベル平和賞」に決まっているだろ。(笑)
(アルコールが苦手な人、すみません、勝手なことばかり書いて(汗))



2017年10月07日(土)
ほら、下山さん、メモメモ・・

以前、一緒に働いたスタッフと、久しぶりに宴を開いた。
昔話に花が咲き、時間が経つのもあっという間で、
日付が変わる頃に、お開きとなった。
翌朝、いつものように「スマホのメモ機能」に残された
「気になる一言」を眺めていたら、いくつかのフレーズが
殴り書きのように、打ち込まれていた。
あれっ、どんな話をしていた時にメモしたんだっけかな?と
記憶を呼び戻しているが、なかなか浮かんでこない。
その時は(たぶん)「あっ、それいいですね」と私が頷き、
傍にいた誰かに「ほら、下山さん、メモメモ・・」と促され、
メモアプリを起動して、打ち込んだはずである。
「これ、今日の一言ですか?」と言われたのも覚えているが、
肝心の内容を覚えていない。(笑)
少し前までは走り書きの「単語」だけでも、
そのメモから「気になる一言」が書けたのに、と思いながらも、
まだ「私のメモ癖」を覚えている人たちがいる、
それだけで楽しい気分になった宴席であった。
(それにしても・・このメモ、なんだろう(汗))



2017年10月06日(金)
私を抱擁するか、後ろに座らせるだけか

映画「ブリッジ・オブ・スパイ」
(スティーブン・スピルバーグ監督)から。
米ソ冷戦時代の実話らしいが、冒頭「これは実話に基づいて・・」
という表記はなく、最後のテロップで、これもしかしたら実話?と
考えさせる作品仕立てが、素晴らしいと思う。
さて、今回の私の注目は、両国のスパイ(パイロット)交換シーン。
お互いの祖国に戻ったら、彼らはどんな扱いを受けるだろう・・と、
誰もが興味をもち、歓迎されるか、殺されるかだな、と考えていたら、
ソ連のスパイ・アベルは、こう答えた。「私の迎え方で分かる」
トム・ハンクス演じるドノヴァンが聞き返す。「どうやって?」
アベルは静かに「私を抱擁するか、後ろに座らせるだけか」と答えた。
そして、その瞬間、アメリカ側は思いっきり「抱擁」し、
ソ連側は、大事な秘密をもったスパイが戻ってきたのに、
何もアクションせず、ただ「車の後ろの席」に座らせた。
この両国の「迎え方の違い」が特に印象的だった。
さらに「なるほど、アベルは殺されるんだな」と思っていたら、
私の意に反して、何も処分も受けず、開放されたようだ。
ソ連側は「彼はスパイじゃない」から、抱擁も殺しもしない。
そんな主張をしているようで、可笑しかった。



2017年10月05日(木)
ニッポン、チャチャチャ

「五輪」や「世界選手権」など、世界を相手にした試合、
よく耳にするのは「ニッポン、チャチャチャ」という掛け声。
これは「JAPAN」でもなく「ニホン」でもない。
リズムの問題もあるだろうけれど、やっぱり「ニッポン」。
以前、「日本」を何と読むか、なんて話題にしていたが、
前回の「リオ五輪」で、吹っ切れた気がする。
競技場のスタンドで、一緒に応援してくれた外国人にとって、
「ニッポン、チャチャチャ」が耳に残り、
「JAPAN」イコール「ニッポン」という図式が出来上がった。
日の丸は「ニッポンの国旗」だと理解しただろうし、
出来ることなら「ニッポン」に統一した方がいいと思う。(汗)
昔から口ずさんだ歌も「富士は、にっぽんいちの山」だから。
でも、でも・・「にっぽん国憲法」じゃないし、
柿田川も「にっぽん三大清流」とは言わない。
この使い方の曖昧さが「日本」なんだろうなぁ、きっと。



2017年10月04日(水)
選ぶ神を間違えたんだな

映画「キング・オブ・エジプト」(アレックス・プロヤス監督)から。
神と人間が共存して生きている設定が、どうもわかりにくく、
物語全体を安っぽくしてしまった感じを受けながら、観終わった。
特に、終盤に設定された、神と人間との会話が意味深である。
人間「ザヤはあんたを崇拝してた。
   でも毎日祈ってもあんたは来なかった。
神  (墓にいて、聞こえなかった)
人間「聞かなかったんだ。復讐しか頭になかったんだ」
  「あんたを信じかけたけど・・神は俺らなんかどうでもいいんだ」
神  (やっとわかったか)
人間「選ぶ神を間違えたんだな」
神  (重要なのは、今の人生をどう生きるかだ)
映画「沈黙 サイレンス」(マーティン・スコセッシ監督)と対照的で、
神の存在がとても軽々しくて、拍子抜けした感じさえする。
やはり「神」(Gods)の世界は、神々しく表現して欲しいし、
原題「Gods of Egypt」を邦題「King of Egypt」に変更した理由、
ちょっとだけ気になっている。



2017年10月03日(火)
「ピカチュウ 10万ボルト!」「ボッチャマ バブル光線」

映画「ギラティナと氷空(そら)の花束 シェイミ」(湯山邦彦監督)から。
「ポケモン」に興味のない人に、場面設定を説明しようとすると、
それだけで、多くの字数を使うことになり、解説になってしまうので避けたい。
ところで、いくつかの「劇場版」を鑑賞してきて、気になったこと。
主人公サトシ少年の相棒は、おなじみの「ピカチュウ」、
もう一人の、主人公(ヒロイン)ヒカリの相棒は「ポッチャマ」。
このポケモンたちは、いろいろなポケモンとバトルを繰り返すのだが、
実は対して強くない。(・・気がする。(汗))
ポケモントレーナーの彼らが、相棒のポケモンに技を指令するわけだが、
なぜか毎回決まっている。
サトシは「ピカチュウ 10万ボルト!」、ヒカリは「ポッチャマ バブル光線」。
逆に言うと、これ以外の技は、あまり見たことがない。
あまりこの技ばかり使うので、サプリミナル効果か、頭から離れなくなる。
そのうち職場でも、仕事の指示で「○○くん、10万ボルト」
「○○さん、バブル光線」と言ってしまいそうだ。(笑)
それは冗談としても、スタッフの得意技(長所)を理解していれば、
「○○くん、これ英文にして」とか「○○さん、ペーパー1枚にまとめて」など、
言いやすいのかもしれない。
(ストーリーに関係なく、すみませんでした。(汗))



2017年10月02日(月)
早朝に 地方新聞 目を通し

旅行中の楽しみの一つに、早起きして「早朝散歩」がある。
ただ、雨の場合は、ちょっと違う。
早起きするのは同じだが、まずはお風呂にゆっくり入り、
ロビーで、地方新聞をじっくり読むことにしている。
地方紙比較は、意識して目を通すと、驚くほど違うことに気付く。
当然のことだが、主産業の動向が特集されている気がする。
いや、特集というより、コーナーとして毎日情報提供されている。
この地方紙ならではの「コーナー記事」は、
その地方が、どんなことに興味・関心を示しているか、
それを知るにはもってこい、の情報源である。
「選挙の解散」よりも「りんごの生産高」の方が大見出し。
井上陽水さんの名曲「傘がない」ではないが、
「都会では自殺する若者が増えている・・」話題よりも、
「問題は、今日の雨、傘がない・・」方が大切なこともある。
旅行に行くと、必ず目を通す「地方新聞」は、
私の「気になる一言」のネタ探しには、もってこいだな。



2017年10月01日(日)
そば屋がうどん食っちゃいけない法律なんてないんだから

映画「続・深夜食堂」(松岡錠司監督)から。
テレビドラマ「深夜食堂」は観たことがないが、
映画「深夜食堂」は以前鑑賞し、気になる一言で
「深みってのはね、出そうと思っても出せるものじゃないの」
という、余貴美子さんの台詞を取り上げた。
今回は、蕎麦屋の息子に母親がさらっと言った台詞。
「そば屋がうどん食っちゃいけない法律なんてないんだから」
こういうことって、よくあるよなぁ、と思ってメモをした。
特に、商売をしていると周りの目が気になってしまうらしい。
自分のお店で、お客様に提供しているメニューは、
専門店になればなるほど、そのイメージが一人歩きし、
「朝・昼・晩」の三食とも「蕎麦屋は蕎麦」「寿司屋は寿司」
「ラーメン屋はラーメン」を食べているに違いない、
だから、蕎麦屋の息子が、うどんとかラーメン、パスタなど、
違った「麺類」を食べている姿は、違和感を感じる。(らしい)
実は食べ物屋に関わらず、どんな職業でも同じことが言える。
トヨタ社員が、日産の車に乗っていると違和感だし、
ガス会社の社員は、オール電化の家に住むと違和感。(笑)
そんな世の中だから「深夜食堂」が繁盛するのかも。
早朝まで営業している「深夜食堂」、違和感ないけどなぁ。