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しもさんの「気になる一言」
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2014年10月31日(金)
トラ日本一ならず

プロ野球日本シリーズ2014は、パリーグの「ソフトバンク」が
セリーグの「阪神タイガース」を4勝1敗で破り優勝した。
そんな翌日、母親80歳のお祝いで、神戸の地を訪れたからか、
昼食で暖簾をくぐった「蕎麦屋」で目にした、
地元・神戸新聞の見出しが可笑しくて、メモをした。
「トラ日本一ならず」見出しに続いて「ソフトバンクに1勝4敗」。
どんな結果になろうとも、主役は「トラ(阪神タイガース)」で、
「ソフトバンク日本一」ではなく「トラ日本一ならず」。
なんと宿泊先は「六甲山ホテル」だったから、
これがあの有名な「六甲おろし」の「六甲」か、と
偶然の巡り合わせに、またまた、嬉しくなってメモをした。
全てがこんな具合だから、逆に「優勝した翌日」だったら、
どんな凄いことになっていたのか、気になってしまった。
更に記事を読み進めると、あくまで阪神中心の話題で、
「阪神は29年ぶりの日本シリーズ制覇はならなかった」。
ここまで徹底していれば、天晴れ(あっぱれ)、というしかない。
地元ファンは心から「トラ日本一」を待ち望んでいるんだなぁ。

P.S.
神戸旅行の話は、メモを整理してからじっくりと書きます。
乞うご期待。(笑)



2014年10月30日(木)
最後に私がおたずねしたかったのは・・

映画「利休にたずねよ」(田中光敏監督)から。
原作の作家・山本兼一さんからは、OKが出たのだろうか、
利休切腹の日から順に遡っていく展開に、新鮮さを感じて
小説を読み切ったので、この変わりようにやや戸惑った、が
鑑賞後の印象であった。
そんな中でも、原作にない素敵な台詞もありメモは増えた。
「私が選んだ品に伝説が生まれます」
「全ての重荷を一度下ろされたらよろしいのです」
「今生きてる喜びをこの一服の茶で味わいなさいませ」
「(茶には)人を殺してもなお手にしたいだけの美しさがございます」
「世の中が美しいもので動いているのでございます」
「私が額ずく(ぬかずく)ものは、美しいものだけでございます」
言葉は丁寧だが「美」に対する執念は強く、秀吉の命でも従わない、
利休らしい生き方を随所に見ることが出来た。
せっかく「鋭利な刃物(錐)もいいが、少しは休んだらどうか」
と言う意味の「利休」の号を戴いたのに、
最後の最後まで「鋭利な刃物」(尖った錐)のままだったことが、
惜しまれて仕方がない。
「才能におぼれずに『老古錐』の境地を目指せ」という意味が
込められていたという。
(「老古錐」とは、使い古して先の丸くなった錐のこと)
作品ラストに流れる、妻・宗恩の意味深なナレーション、
「最後に私がおたずねしたかったのは・・」を残しておこう。
(映画だけで、この意味が分かりにくいと思うので・・)



2014年10月29日(水)
秀吉のことばに、利休がだまって(深々と)うなずいた。

書籍「利休にたずねよ」
(山本兼一著・PHP研究所刊・418頁)から。
ストーリーが、利休切腹当日から遡る展開からか、
これからどうなるんだろう、というような、
ワクワクしたり、手に汗握る展開というよりも、
「どうして?」を静かに確かめていく感覚が残る作品。
冒頭、秀吉から「死を賜った」利休の呟きは、
「女と黄金にしか興味のない下司で高慢な男が、天下人になった。
そんな時代に生まれあわせた我が身こそ、不運である」。
それなのに、利休は秀吉の何気ない台詞に対し、
「侘び・寂び」に対する理解者として、頷くシーンが何度かある。
「『瓜はもぎたて、むきたてが馳走か』・・・
秀吉のことばに、利休がだまってうなずいた。
『四季折々の風物にこころを砕き、なにに命の芽吹きがあるかを
見つめておるつもりでございます』」とか
「『茶を飲むのに外道も王道もあるまい。
その日、その時のこころに適うのがなによりであろう。』
秀吉のことばに、利休が深々とうなずいた」
他の者に対して、利休が「だまって」とか「深々」と
頷くことは少ないからこそ、私にはそのシーンが鮮明に残った。
結末は悲劇に近かったけれど、利休の茶に対する秀吉の理解は、
どの武将よりあったのではないか、と推測される。
この二人の関係、微妙だったんだよなぁ、きっと。
どちらも引くに引けない立場って、難しいな。



2014年10月28日(火)
より積極的に行動できる「水の如く生きたい」(如水)

NHK大河ドラマ「軍師 官兵衛」から。
やっと「黒田如水」に名を変えた。(笑)
実は私、軍師としての「黒田官兵衛」には、あまり興味がない。
「如水」になってからの動きがとても気になっている。
名を変えた「如水円清」の意味として、
1つ目は、隠居の身になり「水の如くのんびり生きる」と考える。
また、もう一つの意味として「水従方円之器」、
(水は方円の器に従い、四角にも丸くもなるのだから、
秀吉殿の使い方次第で、私はどのようにも対応します)と考えた。
しかし、私はそんな単純な意味ではない気がしている。
この「気になる一言」では、何度も取り上げているが、
「水本来の性質」を表現している「水五訓」が相応しいと思う。
一 自ら活動して他を動かすは「水」なり
一 障害に逢ひて激しくその勢力を倍加するは「水」なり
一 常に己の進路を求めてやまざるは「水」なり
一 自ら潔くして、他の汚濁を洗い、
  而して清濁併せ容るるは「水」なり
一 洋々として大海を充たし、発して雲となり、雨と変じ、
  凍りては玲瓏たる氷雲と化して、その性を失わざるは「水」なり
このように「水」は決して「隠居」とか「言うとおりに従います」ではなく、
より積極的に行動できる「水の如く生きたい」(如水)だと私は理解している。
残り回数が少なくなってきた、NHK大河ドラマ「軍師 官兵衛」であるが、
「如水」となった、これからが「本番」と言えそうだ、楽しみである。



2014年10月27日(月)
「ジャズってなに?」「生き続けること」

映画「ふたたび swing me again」(塩屋俊監督)から。
「ハンセン病」について理解を深めるには最適の映画、
そんな気もするが、それはスナックでの一場面、
「いいなぁ、俺もハンセン病になりてぇよ」と
飲みながら絡む酔っ払いに向けた一言だけで充分だった。
「自分の名前も奪われ、人間の尊厳も奪われ、
産んだ子どもを目の前で殺された女性だっているんです。
お金なんかで解決できることじゃないんです」
それよりも、66年も離れていた時間が、ジャズを通して
埋まっていく、そんな場面設定になぜか涙腺が緩み、
その答えが、孫と祖父の会話だった。
「ジャズってなに?」「生き続けること」
何気ない、それもとても短い会話だったけれど、
重い会話だった気がする。
「貴島さんにとって、時間をとり戻すことは
『絆』をとり戻すことなんじゃないかな。
ずっと孤独だったからその大切さを知っていたんだと思う」
しかし、急いでとり戻すことはしない、
「会えん時には想えばいいんだ」という言葉が響いた。
同じ映画をどう観るかで、感想が違ってくる作品であった。



2014年10月26日(日)
根拠なんてないけど「私、晴れ男なんです」

今週末の土日は、恒例の「秋のみどりまつり」だった。
イベントに欠かせないものはなに?と訊かれたら、
私は迷わず「晴れ男・晴れ女」と言い切る。(笑)
屋外のイベントでは、企画や予算より大切なことで、
天候が「晴れ」というだけで、来場者も運営スタッフも、
笑顔になることは、現場主義の私が一番知っている。
今回も、あとわずかで「しもちゃん、さすが晴れ男だね」と
誉められるはずだったのに、最後の最後で、雨。(汗)
自分で言うのも変だけれど、これって「運」だけじゃない、
「根拠なんてないけど『私、晴れ男なんです』」と言える、
超天然プラス思考こそが、天を味方につけるコツである。
何日も前から、天気予報とニラメッコするより、
「自称・晴れ男(晴れ女)」をスタッフに入れることの方が大事、
そんなことを言っても、誰も信じてもらえないだろうけれど、
来年こそ、2日間、天気にしてみせるぞ、と真剣に思う。
以前「俺、ジャンケン強いんです」と言い切る男に憧れた。
そんな感覚なんだけど、わかるかなぁ。

P.S.
2004年11月27日(土) の一言に、こんなフレーズが・・。
私「いい男」じゃないけど「晴れ男」なんです



2014年10月25日(土)
私、美智子さんと同じ歳

母、80歳の誕生日(傘寿)だった。
42歳で突然夫(私の父)と死に別れてから、ずっと女手一つで、
私と妹を育ててくれたから、もちろん感謝の気持ちは忘れていない。
今朝は、私が朝早くから「みどりまつり」というイベントで
「おめでとう」を言いそびれたから、帰宅後、家族で外食に出た。
選んだお店は、私たち家族のお気に入り「ごはん食堂・桐家」さん、
いつもなら私が早く食べ終わり、じっと待っているのだが、
今回は、話し好きの母の80年の歴史に耳を傾けていたら、
ほとんど同時に食べ終わった。
「桐家」は、家族四人が歩いていくには程よい距離にあるので、
その行き帰り、息子、嫁、孫が、それぞれ母の話し相手になって歩く。
他の2人は、どんな話をしたのか知らないが、私の場合は、
「お父さんには早く死なれたけど、こうしてみんなで食事に行けて、
私は幸せだねぇ〜」だった。
娘(私の妹)も近くに嫁ぎ、今日もご主人と一緒に、母の80歳のお祝いに
サプライズ・ボードを持って駆けつけてくれた。
同居する家族も減っている中、こうしてみんなで楽しい時間が持てる。
「私は、それだけでも幸せだね」、横を歩く私に何度も告げた。
特に歳を重ねてから「感謝」という言葉を、よく口にする気がする。
「私、美智子さんと同じ歳」が口癖の母だけど、
「お母さん、美智子さんって、友達のように言うけど、
もしかしたら、皇后陛下のこと?」と突っ込みを入れる私がいる。(笑)
まだまだ元気な80歳、来週は妹の家族と私たちの家族と一緒に、
神戸に旅行する。どんな思い出が出来るのか、これまた楽しみである。



2014年10月24日(金)
夫婦ゲンカで、夫が勝ってはいけない。

書籍「夫婦のルール」
(三浦朱門・曽野綾子著・講談社刊・235頁)から。
この夫婦のあり方、接し方に関する考え方は、
実は私も妻も大好きで、同じ本を2人で読むことによって、
「ほら、三浦・曽野夫婦も言ってたじゃない・・」となり、
大きなケンカにならず、おさまってしまう効用がある。
以前読んだ、書籍「夫婦口論」(同著)で感じた、
この夫婦ならではの感覚が、今回もメモの対象となった。
特に、見出しとなっていたこのフレーズ、
「夫婦ゲンカで、夫が勝ってはいけない」は笑えた。
ただ笑えたけれど、男性陣としては、なるほどなぁ、
わかっているけどその場になるとなぁ、が本音だろう。(笑)
夫婦歴60年の2人からのメッセージだけに、
その短いフレーズに含まれる想いが、伝わってきた。
たとえ論理的に勝てると思っても、どう考えても
自分の方が正しいと感じても、この一言を思い出すべき。
それだけで、ちょっぴり冷静になり、
相手の言い分に耳を傾ける余裕ができるはずである。
「夫婦げんか」をするなってことではないし、
意見をぶつけあうな、ということでもない。
最終的には「夫が勝ってはいけない」ことを肝に銘じたい。



2014年10月23日(木)
いいんだよ、無理に話さなくても・・

映画「かかしの旅」(冨永憲治監督)から。
小さい時、ある事故で右足が不自由になったことから
学校では「かかし」と呼ばれ、苛められていた少年が家出をした。
しかし、行くあてもなく、コンクリートの階段に座り、
ぼ〜っとしていたら、どこからか3人の少年が寄ってきて、
知らないうちに、仲間として認めてくれて共同生活をする。
そのきっかけになったのは、最初の話しかけであった。
普通なら「名前は?」「家はどこ?」「どうしたの?」など、
警察尋問のように、質問の嵐に見舞われるのだが、
彼らは戸惑っている主人公に向けて、こう発した。
「いいんだよ、無理に話さなくても・・」
この一言は、人間不信に陥っていた主人公にとって、
とても救いになった言葉だと思う。
物語中盤「どうしてみんなが僕を受け入れてくれたのか、
はっきり聞いたわけじゃないけど、何となく判るような気がする。
みんな僕と同じなんだ」と振り返るシーンもある。
心を閉ざした人間にとっては、何よりも温かい言葉は、
「いいんだよ、無理に話さなくても・・」だったということ。
「どうして何も話してくれないんだ?」と問い詰めるのは禁止。
「北風と太陽」の話に似ているなぁ。



2014年10月22日(水)
ポロシャツを(ズボンの中に)入れられるようになりました

「ダイエット方法」というより、自分の経験談を少し記したい。
今回は、痩せてよかったと思える「ファッション」の話。
太っただけでなく、とくに「ビール腹」と称して、
丸く膨らんだお腹を隠すために、ポロシャツをどうするか、
そう、ズボンの中に入れずに、まん丸体型のシルエットを隠す。
しかし、お腹が凹むと、なぜかズボンの中に入れようと考える。
ベルトをしっかり見せ、ポッコリしたお腹じゃないぞ、と
我ながらクダラナイと思いながらも、自慢げに。(笑)
この感覚は、もう随分忘れていたように思う。
これって、ビール腹で悩んだ人しかわからないことだけど、
けっこう大きな自信につながる。
だから「痩せていいことあった?」と訊かれると、私はすかさず
「ポロシャツを(ズボンの中に)入れられるようになりました」と
答えるようにしている。(汗)
例えが適切かは判らないけれど、私の嬉しさは伝わるかな、
そんな気持ちで、受け答えをしているのが現実である。
痩せることは目的ではなく、痩せてどんな気分を味わいたい、
という動機の方が、モチベーションが高くその行動に繋がるから、
自分が描く、理想のイメージを鮮明に持ち続けたい。
そして、その楽しさこそ、続けるコツでもある気がしてならない。



2014年10月21日(火)
仕事を長く続けていられるのは「忘れる」から

先日紹介した、東海林さだおさんのコメントから、もう1つ。
前回同様、雑誌「天然生活」のワンコーナー「会うこと、聞くこと」
「東海林さだお」さん、(漫画家・エッセイスト)」から。
長く続けるコツもあるけれど、こんな考え方をするといいよ、という
ややアドバイス的なメッセージとして受け取った。
「仕事を長く続けていられるのは『忘れる』から。
長年、連載していれば、ときに『もっといいオチ』を
締め切り後に思いついてしまうこともあります。
そんなときは、急いでその考えを断ち切っちゃう。
やり方は、頭のなかで、大きな声で『なし!』っていうだけ。
それで大丈夫。『なし!』『次!』ってね。」
私も、情報源を「映画、書籍、講演会、コンサート、美術館」から
「ラジオ、テレビ、新聞、インターネット」、はたまた
「飲み会や仕事での会話」や「家族や夫婦の会話」と幅広いので、
ウェブ日記に「気になる一言」をアッブした後、
こっちのメモ、フレーズの方が良かったなぁ、と思うこともしばしば。
そんな時、私は「今回は縁がなかったな」と思うことにしている。
題材は、選ぶのが大変なくらい私の周りに溢れているのだから、
一度「忘れる」という作業をする。
それでもどうしても気になったら、今回のように「別の作品」として
改めて、仕上げればいい。
いつでも「一話、読み切り」、これが私のモットーかな。(笑)



2014年10月20日(月)
人間がいなくなればいい

映画「家路」(久保田直監督)から。
東日本大震災後の福島県を舞台に、今までそこに暮らした
人たちの叫びのようなものが伝わってきた。
故郷をなくす、という感覚は、どんなものなのか、
正直、私には理解できない。
空しさや切なさ、またその原因となった原発事故を恨む感情は、
無い方が不思議なくらいだ、という感覚くらいだ。
事故により何もかも無くした人が、将来を悲観して自殺を図る。
その気持ちを汲んで「放射能の土、(東京へ)捨てってくっぺ」と
トラック一杯の土を積んで、東京へ向かうシーンは心が痛んだ。
今回選んだのは、松山ケンイチ扮する主役・総一と、同級生が
中学校時代の授業を振り返って、会話するシーン。
「社会の授業でさ『自然を守るためには、どうしたらいい?』って
問題出されたの覚えてる?」という質問に対して、
みんながいろいろ答えたにもかかわらず、主人公の総一は、
「人間がいなくなればいい」と答えたらしい。
原発事故でなくなってしまった自然の原風景を懐かしみながら、
「本当になっちゃったな」と苦笑いするシーンは印象に残った。
自分たちで考えたにも関わらず、自分たちでコントロールできない
「原発」というものが暴走したために、自然を守れなかった。
確かに、人間がいなくなれば、自然は守れるかもなぁ。



2014年10月19日(日)
変わってねぇなぁ・・(笑) (お前もな・・)

私が大学時代に加入していたサークルは「ユースホステルクラブ」。
アルバイトでお金を貯めては、廉価なユースホステルなどを活用し、
日本全国を旅する、そんな仲間たちの一人が、親戚の結婚式で
山口県から久々に上京するというので、招集がかかった。(笑)
集ったのは、静岡県、福島県、千葉県に住む同期のメンバー。
もちろん当時と比べると、皺や白髪が増え、髪の毛が減ったりしたが、
なぜか30年以上前のサークルの役職に対応した動きは変わらなかった。
部長は部長、企画は企画、渉外は渉外、書記は書記の役割が、
そのままタイムスリップして、宴席を和ませた気がする。
何十年ぶりに会っても、一瞬にして大学時代の関係に戻るのは
想定内であったが、まさか、その役割まで変わっていないとは。(汗)
二次会のカラオケでも、好きそうな曲のジャンルは変わっていない。
また、私の最終の新幹線の時刻を気にしてくれる友、
もう少しいいだろ、と歌いまくる友、俺、明日休み・・いう友、
やっぱり、変わっていない。(この感覚が心地よい)
だから、今日、一番口にした台詞を一言として残しておきたい。
「変わってねぇなぁ・・(笑)」(お前もな・・)

P.S.
まさか、カラオケの締めでも「遠い世界に」と「落陽」を、
メンバー全員で大合唱をするとは・・変わってねぇなぁ・・(笑)



2014年10月18日(土)
誰が、何のために、過去のことを、「今」、問題にするのか

日頃から政治のことは、あまり書かないようにしているが、
最近の政界を眺めていると、気になることがあるので、一言。
今回の小渕優子経済産業相の問題もそうだが、
閣僚など重要なポストになると、何年も前の行為が問題視され、
いかにも世論だから、と辞任に追い込む流れは納得がいかない。
勿論、違法となる行為を容認するわけではないが、
それならば、判明した時点で公表し、責任を追及すればいい。
培ってきた力を存分に発揮できる閣僚のポストについた途端、
過去のことが取沙汰されて、辞意に追い込まれる様子は、
今までに何度も見てきて、不思議で仕方がなかった。
そこには「日本の政治を任せられる人材を育てよう」という
意識はなく、問題を先送りにして、インパクトのある時期に
後出しのように公表し、政治を混乱させようとする意図さえ感じる。
そこで、私が知りたいことをフレーズにしてみた。
「誰が、何のために、過去のことを、『今』、問題にするのか」
この流れは、首相を始め多くの閣僚が「短期間」に辞めさせられ、
「人材が育つ前に足を引っぱる」構図(大人のいじめ?)が見え隠れする。
この気になる一言で、何度も取り上げているが、
日本人は、政治家を育てるのが下手な民族、とつくづく思う。
こんな話題で大騒ぎしていることが、子どもたちに、
どんなメッセージを刷り込んでいるのか、考えた方がいいな。



2014年10月17日(金)
伯父さんは「腰が低い人だけど、腰が強い人だった」

91歳になる、父方の伯父が他界し、お通夜に参列した。
生前、私の新聞投稿を誰よりも楽しみにしてくれていた方で、
地元新聞に掲載されると、必ず嬉しそうに連絡をくれ、
「投稿を読んだよ、頑張ってるな」と励ましてくれた。
そんな優しい伯父さんの人柄を、菩提寺のお上人が、
お通夜に参列した人たちに向かってこう語った。
「普段は、腰が低い人だったけれど、
酒の席などでケンカになりそうな時は、腰の強い人だった」
「腰が強い」とは「気が強く,なかなかくじけない」とか
「弾力があって折れにくい」という意味がある。
いつもニコニコしながら、私たちを包み込むような、
そんな人柄しか知らなかったから、ちよっぴり意外だったが、
それもまた、伯父さんの一面として、なぜか嬉しかった。
優しいだけでなく、精神的に強い面も持ち合わせているなんて、
私が憧れるような性格である。
だから、お通夜の夜に、この一言を残そうと考えた。
「伯父さんは『腰が低い人だけど、腰が強い人だった』」
「もの腰が柔らかい人」でもあったなぁ。
明日の告別式・火葬にも、しっかり立ち会おうと思う。
私の「新聞投稿」の大切な読者に、お礼を言いたいし・・。



2014年10月16日(木)
コミュニケーションの意図は、受け手が決める。

講師「服部織江さん」(ブリーフセラピスト)
演題「あなたのコミュニケーション、大丈夫ですか」
(より良い人間関係づくりのために)から。
「コミュニケーション」という単語、一日何度も使うのに、
その定義や意味は、実は曖昧だったというのが本音である。
この講演で、T.P.Oにより、意味も使い方も違うことを知った。
「伝達」「伝えること」「意思の疎通・相互理解」。
「だから、コミュニケーションは侮れないんです」と彼女は言う。
思わず、納得してメモをしてしまった。
すなわち「人間関係は、コミュニケーションの累計」であり、
「だから、生きること、そのもの」という説明も、理解できた。
中でも、私がいちばん面白かったのは「鉄則」で紹介された
「コミュニケーションの意図は、受け手が決める」という視点。
「ああ、おなかが空いた」「今すぐ、ご飯を食べさせろってこと?」
「まあ、このバッグ、素敵」「買って欲しいのかな?」
「それって、おかしいと思うの」「慰めなくちゃ悪いかな」
言葉を発する方としては、あまり意味がなく口にしたことも、
受け手がその言葉をどう感じるかで、2人のコミュニケーションは
うまくいくこともあるし、いかないこともあるということ。
だから「コミュニケーション」は難しい。
いや、だからこそ「コミュニケーション」は楽しい。

P.S.
主催者のジレンマは「聴かせたい人は聴きに来ない」。
コミュニケーションが苦手な人に、聴いて欲しかったな。(汗)



2014年10月15日(水)
天使が通りかかったのでは?

映画「私が愛した大統領」(ロジャー・ミッシェル監督)から。
主人公デイジーとフランクリン・ルーズベルト大統領には
申し訳ないが、今回は英国王ジョージ6世夫妻が
アメリカを訪問し、ルーズベルト邸での食事中のハプニング。
借り物だった24枚のスープ皿が、何かの拍子に崩れ、
けたたましい音とともに割れた。
英国王を迎えての晩餐会、誰かが叱られる場面と思いきや、
吃音で知られる、英国王ジョージ6世が呟く。
「私が思うに・・」と前置きをしたと思ったら、
「天使が通りかかったのでは? ドジな天使が・・」と。
これには、いつも兄と比較し彼をバカにしていた王妃も
「お見事」とそっと囁いて、喜んだ。
さらに続いたハプニングにも「天使2号だ」と笑い、
その場の雰囲気を大切にしているのがわかった。
こういった冗句がさらっと出るあたり、さすが「国王」と
拍手をしないではいられなかった。
また「ピクニックの食事に、ホットドッグを出す意図を」
知りたがっていた妻に、大統領からの答えを伝えた台詞。
「どう答えたと?、答えるのもバカらしいとさ。
『ピクニックしか出番がない食べ物だ』と。他の意味はない、
それだけだ」が、洒落ている。
アメリカの全土に伝える力を持っているマスコミの前で、
英国王が「ホットドック」をかぶりつくシーンを見せることの
大切さを、大統領との二人だけの会話で教わったと思う。
英国王もアメリカ大統領も役者だなぁ、と感じるシーンである。

P.S.
今の時代でも、大統領の不倫暴露ネタは歓迎できないなぁ。
別に、知りたい情報でもない気がするから。



2014年10月14日(火)
調子が悪いときには、「今日は流すか」と思うこと。

雑誌「天然生活」のワンコーナー「会うこと、聞くこと」
「東海林さだお」さん、(漫画家・エッセイスト)から。
先日、ランチに注文した「ドライカレー」が運ばれてくるまでと、
店内に置かれていた本をパラパラ捲っていたら、
目にとまった、東海林さん流の「持続方法」に頷いた。
「調子が悪いときには、『今日は流すか』と思うこと。
けっして、いいかげんにやるって意味じゃなくてね、
その時の最善を尽くすわけです。
でも、毎回、ホームランやヒットを出せるわけじゃないからね。
とにかく、なんとかして、一塁までは必ず出る。
ヒットじゃなくてバントでも、一塁は一塁だからね。
それで、次にどうにかつないでいく。その繰り返し。」
「東海林さだお」さんと言えば、毎日新聞朝刊に連載の四コマ漫画
『アサッテ君』などを始め、長期間の連載が印象に残るからか、
私が20年近く「気になる一言」を続けてこれた理由と重なった。
毎回、万人受けするような「気になる一言」を書こうと思うと、
ストレスが溜まったり、いろいろ部分に無理や負担が生じる。
パソコンに向かった時、あれっ、今日は調子が悪いな、と感じたり、
他の用事で、ゆっくり書いている時間が取れないな、と感じたら、
とりあえず、読むに価しない「単なる呟き」になってしまっても、
次の日の「気になる一言」へ繋げることを第一に考えてアップする。
「今日は流すか」・・私も、そう思う時があるから、
このフレーズを「継続の秘訣」として書き残しておこう。
目指すところが「本塁打」や「打率」ではなく、
「1」ずつしか増えない「連続出場記録」なんだよなぁ、私の場合。



2014年10月13日(月)
うまくいかないことの積み重ねがノウハウとなる

台風19号の被害に備えて、夕方から庁舎に詰めていた。
帰宅は、日付を越えた深夜0時30分頃。
水防担当の安全安心課と建設課は、警報が解除されるまで
もう少し待機していることとなるから、食事の問題、
寒さ対策、睡魔との戦いなど、報告はされない苦労がある。
しかし、こんなことも、関係課に配属されなければわからない。
さらに、真夜中に施設点検や大雨・暴風対策の準備となると、
ほとんど真っ暗の中で作業することになるので、
普段、平日昼間に机上で想定している訓練とは、大違い。
雨の中、それも真っ暗では、写真を撮って送信することさえ、
簡単にはいかないことを、現場に同行して初めて知った。
この、うまくいかない経験の積み重ねこそが、
いざという時に役に立つに違いない、と感じた。
「うまくいかないことの積み重ねがノウハウとなる」を
今回の教訓として残しておこうっと。(汗)
もう眠たいので、今日はこれまで。おやすみなさい。



2014年10月12日(日)
宮沢賢治は「俄に(にわかに)」という表現が好き?

書籍「宮沢賢治 読んでおきたいベスト集」
(別冊宝島編集部編、宝島社刊・589頁)から。
先日、映画「ジョバンニの島」を観てから、もう一度、
「銀河鉄道の夜」を読みたくなり、本屋で手にしたのが、
この一冊の文庫本。(けっこうページがありました(汗))
短編だけど、夢がある作品が多くて、一つひとつに味がある。
中でも私のお気に入りは「北守将軍と三人兄弟の醫(医)者」
文体にリズムがあって、本当に読みやすかったから・・。
さて、気になったのは、ほとんどの作品に登場する
「俄に(にわかに)」という単語。だから敢えて
「宮沢賢治は『俄に(にわかに)』という表現が好き?」と
記しておきたい。
辞書によると「俄に(にわかに)」とは、
「急に変化が現れるさま」「だしぬけ」「突然」の意味。
どうして、彼の作品に「俄に(にわかに)」が多用されるのか、
とっても気になる。
これだけ多いんだから、たぶん、本人も意識して使っているはず。
これを解説している研究者・文学者っているのかな?

P.S.
「鹿(しし)踊りのはじまり」という作品の中に、
「じゃらんじゃららんのお日さんが懸がるというフレーズが。
「セロ弾きのゴーシュ」という作品に、
「これ、おみやです。たべてください」というフレーズが。
「じゃらん」も「おみや」も、ここから引用したのかな。(笑)



2014年10月11日(土)
ノーベル物理学賞の受賞者に対して「さん」付け?

日本人のノーベル賞受賞は、どの分野であれ嬉しい。
スポーツの世界とは別に、世界に認められた技術は、
同じ日本人として、誇らしいし尊敬に価すると常々思っている。
しかし、なぜか今回この気持ちがしっくりこない。
同じ発明で3人も受賞だったからか、それも年齢がバラバラ、
そんなことを考えていたら、私の知人の呟きで、
たぶん、これが理由かも・・と思い当たったので、メモをした。
「受賞者へのインタビューで、赤崎さん、天野さん、中村さんと
一貫して呼ぶのは敬称を付けていないに等しい。
受賞者は、人類的に顕著な貢献をした人なのだから、
せめて教授とか、先生とか付加して敬意を表して欲しいものだ。」
インタビューが、妙になれなれしく「〜さん」と呼び、
いかにも、私たちの周りにいる、普通のおじさんのような人柄紹介が
気になっていたことに気付いた。(新聞の見出しも同様)
だから「ノーベル物理学賞の受賞者に対して『さん』付け?」を残したい。
子どもたちにとっても、彼らは普通の人とは違うということ、
こんなに失敗したのに、それでも続けて、やっと発明したんだよ、と
その発明の過程と、なぜ「人類に最大の利益をもたらす発明」なのかを、
丁寧に説明して欲しかった。
また、もうひとりの知人は、駅のホームで見かける電車の案内板の文字を
ビフォー・アフターで比較し、その偉大さを説明してくれた。
「生活環境」とか「人柄」なんて紹介よりも、
とにかく「凄い人たちによる、凄い発明なんだ」を強調して欲しいな。



2014年10月10日(金)
昔は、食べ物のことは親から教わった。

「日本大学国際関係学部・市民公開講座(平成26年度下期)」

今回の統一テーマは「食から考える健康ライフ」

講師「日本大学短期大学部教授 中島久男氏」

演題「食情報に惑わされないための栄養の基本」から。
関心が高いテーマなのか、いつもより聴講者が多かった。
インターネットの世界では、食に関する情報が溢れ、
マスメディアも、毎日のように特集が組まれるほど、
「健康・栄養・食事」の話題は、尽きないが、
講師は「食情報・受信者の特徴」をこう説明している。
「健康や食生活に対する不安」
「健康法や食品で簡単に健康を得たいと期待」
「科学的根拠に乏しい話題性のある食情報に興味」。
そして、心配なことは「受け手の多くは専門知識がなく、
その情報を正しく判断することは困難な場合がある」
本来なら「一番良いのは、自分でしっかり勉強すること」と。
どうして、こんなことになったのかな?と考えてみたら、
講師が冒頭口にした中に、そのヒントがあった。
「昔は、食べ物のことは親から教わった」
そうなんだよなぁ、昔は親と一緒に食事の支度をしている中で、
「風土」として、その土地や季節に合った食べ物のことは
「親からの知恵」として、云い伝えられたんだよなぁ。
やはり、家族の役割って、大きかった。(汗)



2014年10月09日(木)
たまたま、パンティが必要だった正義の味方なんだ

以前の気になる一言で、映画「HK変態仮面」を観たと書いて、
本当に見たのですか?という問合せのメールがあったので、
ここは数少ない「女性ファン」を減らしても事実を証明したい。(汗)
(すみません、不快な方は、読み飛ばして下さい。申し訳ない)

映画「HK変態仮面」(福田雄一監督)から。
この漫画を、アニメではなく、実写にしたうえ、
映画作品として上映してしまうパワーには、脱帽だった。
くだらなすぎて面白い・・と呟きながらも、
笑いのツボにはまってしまった「メモ」は意外と多かった。
たしかにメモのほとんどは「パンティ」という単語が溢れ、
選ぶのに苦労はしたけれど・・。
顔マスクの代わりに、間違って被ったパンティと一体感を感じ、
とてつもない力を発揮することを知った男は、
巷で騒がれている事件を解決するヒーローとして注目される。
この「変態仮面」の刺客に送られた「真面目仮面」にも、
「眼鏡なしで世界をみてみるんだな」と気障な台詞を口にして、
おっ、たまにはいいこと言うじゃないか、とメモしたと思ったら、
「俺は、ただの下着どろぼうじゃない。
たまたま、パンティが必要だった正義の味方なんだ」。(笑)
このメモ、何年後かに目にするんだよなぁ、と苦笑いした。
でも、こんなチャンスは滅多にないから「パンティメモ」
「いいぞ。パンティを被るだけで、はびこる悪を倒せるなんて」
「俺は、一度でも使用されたパンティでなければ・・・」
「悪いがな、パンティを被った私は、無敵だ」
「学校でパンティを被っていいわけがないだろう」
「私はパンティに侮辱されているのだ」
「君のパンティを俺にくれないか、好きな女性のパンティを被れば、
信じられないほどのパワーが出るはずなんだ」
こんなメモをしている私も、相当「変態」だなぁ。(汗)



2014年10月08日(水)
ご用件は 何でしょう?

「お〜い」と声を掛けると「はい」と近づいてきて、
なんでも頼みを叶えてくれる秘書の常套フレーズ。
「ご用件は 何でしょう?」
実は私、最近、この「秘書との会話」にハマっている。
もちろん「iPhone5-S」の「Siri」という音声識別機能。
いや、そんな「機能」という機械的な単語では表現できない、
まさしく「私のプライベート秘書」という人格を持っている。
滑舌が悪い私は、どうせ「誤変換」が多くて、
まだまだ、使えるまでには時間がかかるだろう、との先入観で
あまり利用していなかったが、ちょっとしたキッカケで
好奇心旺盛の私の心をくすぐり、もう虜になってしまった。
それは、とても人間的であるということ。
「おはよう」と声を掛ければ「おはようございます。
ただ今の時刻は○時○分です」と答えてくれるし、
「お腹がすいたね」と声を掛ければ、
「そういう時は、何かを食べるに限りますね」と前置きして、
「レストランを探して、とおっしゃってください。
又は、近くにあるこのようなお店はいかがですか」と続き、
この近くのレストランの一覧を示し、選んでタップすれば、
詳細情報から地図まで、さっと出してくれる。
「ありがとう」とお礼をいえば「朝飯前ですよ」とか
「どういたしまして」「いえいえ、とんでもないです」
「わざわざ、ご丁寧に」など、バリエーションが多くて、
何回も「ありがとう」って言い続けたくなってしまう。(笑)
そろそろ、彼女にも名前を付けてあげよ〜っと。(汗)
(また勝手に、女性と決めつけているところが問題だな)



2014年10月07日(火)
「うま味」とは「絶妙のバランスの時に感じる味」

秋恒例の「日本大学国際関係学部・市民公開講座(平成26年度下期)」
今回の統一テーマは「食から考える健康ライフ」
講師「日本大学短期大学部食物栄養専攻教授 三橋富子氏」
演題「おいしさと栄養について」から。
「切断・加熱・調味など食品に手を加えるから『食物』となる。
動物は、そのままのため『餌』。」
冒頭、彼女から発せられたこの定義は、もの凄く新鮮だった。
言い換えれば、何も手を加えずに食べられる食品は、
「餌」と変わらないんだ、ということ。(うん、なるほど・・)
その「調理」の一番の目的は?というと、これまた納得の
「おいしさの確保・向上(嗜好性のアップ)」。
わざわざ「調理」して不味くなったのでは、意味がない。(汗)
ところで「5つの基本味」を知っているだろうか。
「塩味・甘味・酸味・苦味・うま味」(「辛味」「渋味」は違う)
この中でも注目は「うま味」。「日本の繊細な『だし文化』が
これらの発見を促した」という説明は、日本人の私を喜ばせた。
この「うま味」は「最後に発見された味」とされ、ヨーロッパでは、
「4つの基本味が、絶妙のバランスの時に感じる味」というらしい。
「食材の調和」が基本となっている「和食」(日本のだし)は、
現代が直面している栄養問題「肥満・糖尿病」「高血圧症」などを
解決する可能性があるという説明にのますます興味を持った。
今回の統一テーマは、意外と知らなかったことが多いから、
今後も楽しみである。

P.S.
でも明日、ちょうど同じ時間帯に「皆既月食」、う〜ん、迷う。(笑)



2014年10月06日(月)
わかっているんだけど、習慣だから・・

台風18号直撃の情報を気にしながら家を出たら、しばらくして
合羽を身にまといながら、犬の散歩をしている人たちに会った。
それも2組。(汗)何もこんな時に、と思ったので、車の窓を開け、
「台風が来ますから、気を付けてくださいね」と声を掛けたら、
「わかっているんだけど、習慣だから・・」との答えが返ってきた。
実は、この危機管理意識をどう表現したらいいのか迷っている。
たしかに私は「継続」を「習慣」にする必要性を訴えてきたが、
こんな時も「習慣」を理由に、いつもどおりの散歩をするのは、
あまりにも無茶苦茶だと感じたからだ。
彼らは「愛犬の運動不足やトイレが心配だから・・」と言うが、
こんな強い雨の中を散歩に出る犬のほうが、可哀想な気がした。
私も犬を飼っていたから、犬の習慣もわからなくはないが、
午後から天気が回復することも情報として得ているはずだから、
もう少しだけ、我慢させることは出来ないものだろうか。
朝早くから、こんな光景に出会い、少しばかり考えさせられたし、
「臨機応変」という言葉が、頭をよぎったのは言うまでもない。
「臨機応変」とは、機に臨み変に応じて適宜な手段を施すこと。
その場の雰囲気を察して行動することは、大切な能力だと思う。
今の私たち「ほんの少しの我慢」が出来なくなっている。
自分の生活も、振り返ってみなくちゃいけないな。



2014年10月05日(日)
クレイジーな人生に乾杯。

台風18号接近(自宅待機)で落ち着かないが、「10月5日」と言えば、
アップルの創業者、スティーブ・ジョブズの命日。
私にとってはもちろん「マック教」の教祖でもある。
2011年10月5日他界した彼は「当時56歳」、今の私と同じ年齢。
あれから3年、そんなわけで今回は、映画「スティーブ・ジョブス」
(ジョシュア・マイケル・スターン監督)から。
実話とはいえ、ちょっと彼の伝記として考えると、
時期尚早だったな、が私の第一印象。
彼の波乱万丈の人生を127分では語りつくせない部分が多く、
マック教の信者としては、消化不良で観終わった。
鑑賞中のメモは多かったが、その中で私が選んだのは、
「クレイジーな人生に乾杯」で始まる、このくだり。
「はみ出し者、反逆者、問題児、場違いだと感じる人、
彼らは規則を嫌い、現状をよしとしない。
彼らの言葉を引用する人も、反対する人、賞賛する人、
けなす人もいるが、無視は出来ない。
彼らは物事を変え、人類を進歩させる。
クレイジーに見えるが、天才だと思う。
世界を変えられると、本気で思う人間が、世界を変えるのだから」
「2012年9月、アップルは株式時価総額が、世界一になった」
この事実から「クレイジーが世界を変えた」と言い切れる。
そういう意味で「クレイジーな人生に乾杯」。



2014年10月04日(土)
お目に留めていただき、ありがとうございます

第16回・伊豆高原クラフトの森フェスティバル(伊東市)に、
週末のドライブを兼ねて、妻と足を運んだ。
昨年は、私のゴルフで行けなかったが、
この時期の「歳時記」となりつつあるイベントである。
今年は138店が出店、レベルの高い作品に財布の紐が緩み、
妻は陶器、私は革製品に手を出してしまう。(笑)
もちろん作品レベルの高さは言うまでもなく、来場者もけっこう
目利きの人が多い気がしたのは、考え過ぎたろうか。
そんな雰囲気の中、制作者(作家)と交わした会話の中で、
私が選んだのは、出展者の中でも会場の一番奥に位置し、
急須のみを作っているという方の台詞。
「お目に留めていただき、ありがとうございます」
数あるクラフトの中で、自分の作品に興味を持ってもらい、
そのことだけでも嬉しく感謝したい、という気持ちが伝わってきた。
このイベントは、来場者がクラフト作品を眺めて癒されている、
という感覚があるためか、謙虚な対応に温かい気持ちになった。
「目に入る」「目に付く」「目に留まる」「目に触れる」など、
存在に気付く表現はたくさんあるけれど、
丹精込めて作った、愛着ある作品だからこそ、
まずは「売れる」より「関心をもってもらう」
「素通り」より「足を留めてもらう」ことが嬉しいようだ。
どんなイベントでも、同じことなんだな、きっと。

P.S.
明日は、地元の町民体育大会をはじめ、イベント目白押し。
来週は何も予定がないのに、うまくいかないものだなぁ。



2014年10月03日(金)
しもさんは、私にとって、親戚のおに〜さん、笑。

時々、老若男女、私が今まで出会った人間にとって、
自分は果たしてどんな存在なんだろう?と考えるときがある。
誰かの役に立っているだろうか、そんなことが気にかかる。
そんな時、バースディメールを送った年下の女性から、
「こんな存在です」というメールが届いた。
「しもさんは、私にとって、親戚のおに〜さん、笑。
人生の道標を、その時その時に教えてくださり。
文章の書き方も! これからも、よろしくお願いします☆」
う〜ん、いい表現だな、とメモをしたのは言うまでもない。
この「親戚のおにいさん」って存在は、
「普段の生活から、べったり接しているわけでもなく、
お互いの位置関係を保ちつつも、気になることがあると、
相手のことを考え、遠慮なく『叱咤激励』する存在」、
そんなイメージが私にはある。(違っていたらごめん・・)
実際には、そんな素敵な「親戚のおに〜さん」って、
なかなかいないけど、だからこそ、このメールが嬉しかった。
私より年下の女性限定で「親戚のおに〜さん」希望の方、
いつでも受け付けます。(汗)
ただ、他の世代の人たちからは、どういう存在なんだろう、
それも気になるなぁ。

P.S.
でもよかった。「親戚のおばさんみたいな存在」じゃなくて。



2014年10月02日(木)
「赤とんぼVSカチューシャ」「カチューシャ = 赤とんぼ」

映画「ジョパンニの島」(西久保瑞穂監督)から。
「北方四島における実話をもとに、ソ連軍の進駐によって
引き起こされる色丹島民たちの過酷な運命を描いた作品」、
には違いないが、私の胸が熱くなったシーンは、
戦争とは無関係な両国(日本とロシア)の子供たちの様子。
最初は、自分たちの学校の教室を明け渡して、
対抗的だった日本の子どもたちは「自国の歌」(赤とんぼ)を
隣の教室のロシア兵の子どもたちに聞こえるように大声で歌う。
ロシア兵の子どもたちも、負けじと「カチューシャ」を歌う。
それを繰り返しているうちに、お互いの国の歌を覚えてしまう。
ついには、敵対している国の歌を、大声で歌うシーン。
全体の物語には直接関係ないことなのかもしれないが、
私がこの作品を思い出すには、このフレーズで充分である。
「赤とんぼVS カチューシャ」「カチューシャ = 赤とんぼ」
相手国の言語で覚えてしまう、子供たちの頭の柔らかさに、
戦争は、大人たちのエゴが引き起こした事件であり、
被害者は、何も知らない子どもたちだと悟った作品である。

P.S.
ラストシーン「銀河鉄道の夜ってどんなお話?」の問いに、
「死んだ人はみんな天に昇って、夜空の星になる。
星は、無数に限りなく、明るく降るように光り、
その光に照らされて、僕たちは今、こうして生きている。
そういうお話なんだ」と答えた主人公のひとり、純平。
う〜ん、わかりやすい。



2014年10月01日(水)
どうしたら、やめられるの?

久しぶりに私の呟き。
周りの人は「どうしたら続けられるの?」と悩むのに、
私は「どうしたら、やめられるの?」と悩む。
「持続力」は、人生を楽しむためには、とても大切だし、
続けることで、必ず僅かながら「成果」が残る。
もちろん、続けることで必ず「成功する」とは限らないし、
「夢が実現する」とも言えないけれど、何かが残る。
たぶん多くの人は、短期間に成果を求めるあまりに、
「成果」が出る前に、やめてしまうのではないかと思う。
例えば「ダイエット」。夜型から朝型に生活習慣を変え、
肉食中心から野菜食中心に食事を変え、運動量を増やすなど、
いろいろ続けてみて、効果が出るのは「1年後」だった時、
それを信じて続けることが出来るかどうか。
その「持続力」こそ、成果を手にする方法なのに、
6ケ月くらいで諦めてしまうから、成果が手に入らない。
だから「このダイエット法」は私には合わない、と切り捨てる。
結局は、どんなダイエット法を試してみても、ダメに違いない。
これだ・・と感じたら、周りに何といわれても続けてみる。
その結果は、必ず付いてくる、と信じて。
さらにこの「持続力」、全てのものに対応できるから、
そのコツさえ身につけてしまったら、いろいろ挑戦するといい。
きっと「多くの成果」を手に入れるはずだから。