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しもさんの「気になる一言」
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2013年08月31日(土)
覚馬の発案、槇村の決済、明石の実行

NHK大河ドラマ「八重の桜」から。
オープニングの画面が変わったことまでメモして、
ここ数回を振り返り、気になる一言を選んでいるのだが、
なかなかタイムリーな話題がなく、ご無沙汰している。
だが、メモを整理したら、面白いフレーズにぶつかった。
京都のまちづくり(近代化)が、他の地域と比べて、
素早く上手くいった原因だと思えるフレーズ。
「覚馬の発案、槇村の決済、明石の実行」
八重の兄・薩摩の山本覚馬が発案(企画)し、
京都府知事の槇村が判断・決断を下し、
明石博高が、実行に移して形にしていく。
その役割分担は、見事なものだったと言える。
何でもかんでも1人の力でやろうとすると、
そこには大きな壁が立ちはだかり、頓挫してしまう。
しかし、この3人は自分の役割を認識し、
決して、異を唱えないところにあった気がする。
信頼し合っていた、と言っても過言ではない。
この後、いろいろあって決裂するけれど、
この当時の京都には、面白いネタがいっぱいだったな。
このフレーズ、自分の住むまちに当てはめてみてはどうだろう。



2013年08月30日(金)
心臓ガンがないのは、細胞分裂しないから

書籍「ゴボウ茶を飲むと20歳若返る!」
〜Dr.ナグモの奇跡の若返り術〜(南雲吉則著・
ソフトバンククリエイティブ(株)刊・151頁)から。
まずもって、20歳若返ろうと思っていないから、
話題本という程度の認識で、サラッと読み流したけれど、
医師らしい説明はメモに値するものもあった。
その中でも、なるほど・・と思ったことは
「ふくらはぎは、第二の心臓。ウォーキングは、
ふくらはぎを鍛えることになる」という事実と、
「『心臓ガン』がないのは、細胞分裂しないから。
心拍数は、誰でも20億回」という視点。
誰もが「ウォーキングが健康にいい」と言うが、
どうしていいのか、は、実はあまり理解していなかった。
下半身へ流れてきた血を、心臓へ送り返す力は、
ふくらはぎが担っている、この説明、妙に納得できた。
また心臓は、他の臓器のようには細胞分裂しないから、
ガンにもならないけれど、止まる回数が決まっている。
それが「20億回」というわけ。
心拍数(100回/1分)は、1年52,560,000回。
一生の20億回で割ると、38年しか生きられない。
しかし寝ている時間は、心拍数も減るから、平均すると
(50回/1分)は、1年26,280,000回、76年、
(40回/1分)は、1年21,024,000回、95年。
病気や事故で死なない限り、心拍数のあがらない生活こそ、
長生きの秘訣とも言えそうだ。  
心安らかな生活が、それを実現可能にしてくれる。



2013年08月29日(木)
「iPS細胞」で、人間はどこに向かうのか?

講師「松田純」氏、静岡大学人文社会科学部社会学科教授
(人間学、生命倫理学)
演題「「iPS細胞(『夢の治療』それとも人間の変貌?)」
山中教授がノーベル賞を受賞した時、
もちろん「iPS細胞」って凄いらしい、という感覚はあったが、
実は、私にはあまり関係ない、理系(科学)の話と片付けていた。
しかし「哲学」なども含め「生命倫理」の視点から、文系の専門家に
「iPS細胞」について解説を受けたら、す〜っと理解できた。
「遺伝子操作によって『細胞の初期化』に成功」
これは、発生分化のブロセス(細胞の時間)を逆戻しすること、
臓器や組織、細胞になる前の、幹細胞の状態に戻すことらしい。
その技術の詳しい説明よりも、その技術を利用することによって、
「ありえないことがありうる時代」へと突入する。
「技術的には、精子も卵子も作れるが、本当に作っていいのか?」
同性愛者にも、子どもが出来るし、極論、男は必要なくなる。(汗)
いや、人間ひとりで「子ども」が作れることにもなる。
「人間の生殖や誕生についての社会の理解を、
根本から揺るがすことになる」であろう、その技術「iPS細胞」を、
これからどう活用するかは、私たちにかかっていると言えそうだ。
「人間はどこに向かうのか?」など、突きつけられた問題は大きい。
この分野はもう「文系・理系」などとこだわっている場合ではなく、
「諸学を総動員した取組み」が望まれる、とまとめた講演は、
まさしく目からウロコの「iPS細胞」解説だった。



2013年08月28日(水)
読ませる気がないのなら、やめた方がいい

久しぶりに私のボヤキ。
どのテレビ番組というわけではないが(汗)、
終了間際に流れる、制作関係者を記したエンドロール。
映画と比較しては申し訳ないが、
画面の右から左、または下から上ら流れる文字は、
あまりに速いスピードで、逆に驚かされた。
全くと言っていいほど、読む人を意識していない。
文字を追うだけで、眼が疲れることも考えてないようだ。
画面に流れる文字を読もうとするのは、人の本能だから、
読ませる気がないのなら、やめた方がいい。いや、やめて欲しい。
それも番組の途中で流れるから、文字の背景も滅茶苦茶。
何のための、誰のためのエンドロールなのか、説明を求めたい。
映画ではないので、番組の余韻に浸る時間は無理でも、
この作品は、どんな人たちが作ったのかな、と関心を示す人だっている。
番組のラストがあのスピードでは、慌ただしさだけが印象に残り、
「ストレスが溜まった」という感想は、決して本意ではないはず。
製作者の都合ではなく、視聴者の視点を・・なんて、
何度も社内研修で勉強しているはずなんだけどなぁ。



2013年08月27日(火)
「罪の文化」と「恥の文化」

国の文化について、多くの方が、インターネットに
持論を展開しているが、私が気に入っているのは、
「罪の文化」と「恥の文化」。
どこの国の文化か、わかるだろうか?
私は「国の文化」=「道徳の基本」と考えているが、
まさしく「罪の文化」はアメリカ、「恥の文化」は日本。
どちらが正しくて、どちらが間違っている、
そんな話ではなく、国民性の違いについて書いている。
「罪の文化」とは「自律」が前提条件にあり、
誰もみていなくても、自分にも相手にも厳しく接する。
「神が見ているから、悪いことをしたら『罪』だ」と。
それに対して「恥の文化」は、周りの人に対して、
迷惑がかがる行為をすることは恥かしいという考え方で、
そんな行為を人目にさらすことさえ「恥」とする文化。
日本の道徳文化を支えてきた、と言っても過言ではない。
自決(切腹)も、恥をさらしたまま生きていけない、という
「恥の文化」ならではの行為といえないだろうか。
そして私は、この「恥の文化」である日本が好きだ。
「道徳教育」と大上段に構えなくても「恥」という考え方を、
丁寧に浸透させることこそ「道徳心」のある国民になる、
そんな気がしてならない。

P,S.
<サッカーの国際大会>韓国応援席 歴史問題にからむ横断幕
韓国は「恨みの文化」かな(汗)



2013年08月26日(月)
旅行は、自分の住んでいるところの再発見

第162回泉のまちカレッジ(講演会)
講師「斉藤静雄」氏(初代・三島市ふるさとガイドの会会長)
演題「ボランティアで生き甲斐を」
(おもてなしの心は、感謝から)から。
自己紹介で、波乱な人生を語ってくれた後、
観光ボランティアの考え方、おもてなしの定義など、
多岐にわたって説明をしていただき、メモは溢れた。
観光客を受け入れるだけでなく、本人も旅行好きらしく、
旅先の話も交えながら、和やかな雰囲気の講演会だった。
「素晴らしい風景は、おもてなし」と言いきり、
「富士山のおもてなし力」の凄さを私たちに伝えてくれた。
その中で私が選んだフレーズは、
「旅行は、自分の住んでいるところの再発見」。
他の地域を旅行することで、自分の住んでいる場所の良さを
改めて発見する、ということだ。
特に、今まで静岡県東部に住んでいた人で、
「住みにくくて引っ越した人は、皆無」という話に、
私のアンテナが引っかかった。
富士山はいつも見えるし、気候は温暖、水は美味しい。
伊豆・富士・箱根に近く、海の幸、山の幸も味わえる。
どこに旅しても、大満足しないわけがわかった気がする。
「住めば都」って、そういう意味なんだよなぁ。



2013年08月25日(日)
やっぱりワインは分かち合う飲み物だよ

映画「サイドウェイズ」(チェリン・グラック監督)から。
作品中、ワインの話題が飛び交い、面白かった。
カリフォルニアのナパヴァレーが舞台となり、
「ワインは飲むんじゃない、口に含む」とか
「『ナパ』とは、先住民の言葉で『豊かな場所』を意味します」など
一般常識的な知識もあったが、
「ワインにも人生にも、正解はないよ。
それぞれの選択にそれぞれの味わいがある」
「やっぱりワインは分かち合う飲み物だよ」
「何を飲むかなんて重要じゃない。誰と飲むかが大切なんだ」など、
私のアンテナに引っ掛かったフレーズも多かった気がする。
食べ物、飲み物は、いろいろなウンチクがあるけれど、
やはり、一番大切な人と時間をかけて、分かち合うことが、
基本中の基本だって、最近、多くの映画や書籍から学んでいる。
「花がきれいなのは、自分を騙せないから、おばあちゃんが言ってた」
「最短距離がベストな道のりとは限らない」なんて言葉もいいけど、
ワザとらしく日本語を間違える台詞のメモが増えた。
「開けなきゃよかった、ゴンドラの箱ってやつだ」
「ベストカッブル・・割れ鍋に綴じ蓋」
「ひねもす(終日)、ぐったりだよ。(のったりだよ)」
「チャラチャラおかしいよ」「チャンチャラおかしいじゃないの?」・・
鑑賞後、ワインを誰かと分かち合いたくなる映画だった。

P.S.(おまけ・・記録に残しておきたい台詞)
ロミオがジュリエットを失ったのは、大事な手紙を自分で届けなかったからよ



2013年08月24日(土)
マナーを守らないから遊び場が減っていくんだ

子どもたちの遊び場が減ってきた、という話題で、
「公園禁止事項あふれ」の見出しともに、
特集を組んでいる記事を読んだ。
「公園とは、子どもが危険を察知する力を学び、
出来ないことに挑戦して達成する喜びを学ぶ場所だ」と力説し、
その必要性を広く訴える人もいるけれど、
現実は「遊具か消え、手にゲーム機を持った子どもたちばかり」
フェンスには「大声禁止・自転車乗り入れ禁止・ボール遊び禁止」
そんな「禁止」のオンパレードである。
さらに、公園内で事故ある時は
「公園管理の自治体に損害賠償を求める訴訟」が続くとなれば、
危機管理の中で「公園」が減っていくのは当然だろう。
その理由を探っていたら、公園を管理している人の声が響いた。
「マナーを守らないから遊び場が減っていくんだ」
食べ物のゴミを平気で捨てていく、駐車禁止に平気で駐車する、
そんな簡単なマナーを守らないから、遊び場が閉鎖されたり、
〜してはいけないという看板が増える。
そんな現状を知らずに、ただ「遊び場が消えた」と大騒ぎし、
声高に主張するのは、ナンセンスだと言える。
「(利用者が)マナーを守っているのに、減っていく」なら、
その仕組みに問題があると思うが・・。
ルールとマナーを守らない人たちが増えている富士登山者、
そんな少数の人のために、富士登山が禁止にならないことを
同じ問題として、記録に残しておきたい。
どちらのケースも、同じ利用者が利用出来なくなる危機感を持って、
彼らに直接、説得することが一番大切ではないだろうか。



2013年08月23日(金)
あからさまに階級制度を持ち込んでいる飛行機の座席

書籍「野心のすすめ」(林真理子著・講談社現代新書刊・191頁)から。
「野心」という単語に、嫌悪感を示す人がいるが、
彼女のこの本を読めば、その考え方は変わるのではないだろうか。
「人は自覚的に『上』を目指していないと『たまたま』とか『のんびり』では、
より充足感のある人生を生きていくことは、できないのです」と言い切り、
「屈辱感こそ、野心の入り口なのです。
その時点での自分の敗北を認めることができるかどうか」
「何をしたいのかさえわからない。自分の至らなさを、まず自覚することです」
冒頭に、そうアドバイスをいただいた気がした。
私がなるほど・・と思ったのは、「上」の世界を知る方法を知らないから、
「野心」がなかなかわいてこない、という視点だった。
それを端的に表現したのが、
「あからさまに階級制度を持ち込んでいる飛行機の座席」の例え。
「エコノミーは、ファーストクラスは目に出来ないが、
ビジネスはファーストクラスを通り抜けてから、
ビジネスの席に行くことになります」の一文が頭から離れない。
エコノミーの席に座る人は、ビジネスクラス・ファーストクラスの席を
知る機会がないから、ファーストクラスに座りたい、という野心が起きない、
しかし、ビジネスクラスに座る人は、必ず一度、
ファーストクラスを通過して席に着くので、いつか、この席に座りたい、
という野心がわき上がってくる。そんな話としてメモをした。
私たち「エコノミー」は、まず「ビジネス」「ファースト」の世界を知ること。
ここから始めてみたい。



2013年08月22日(木)
ドナ・サマーの夏は、どんなサマー?

ラジオから、酷暑の話、夏休みの話が話題に上り、
「みなさんは、どんなサマーを過ごしてますか?」みたいな
視聴者への問いかけが耳に残った。
そしたらなぜか、急に頭の中でダジャレが浮かんだ。
「ドナ・サマーの夏は、どんなサマー?」。
自分の中では、久しぶりのヒット。(笑)
まぁ、ドナ・サマーを知らなければ、何にも面白くないし、
今考えれば、たいしたダシャレでもないけれど、
その時は、可笑しくて、車を止めてメモをした。
実は最近、時々、こういうことがある。
しばらくして思い出そうと思っても忘れているので、
その場で、携帯のメモ機能をフル活用してメモをすることに。
しかし、スマホになったら、どうやってメモするんだろう、
そんなことを考えながら、もうしばらく長持ちしてくれ、と
携帯のボディを磨いた。
話は戻るが、私は「ダシャレ好き」を、再認識した。
えっ、みんなはとっくに知ってた?

P.S.
ドナ・サマー(Donna Summer)アメリカ合衆国のディスコ歌手、
ディスコ・クイーン。昨年(2012年)に他界した。



2013年08月21日(水)
「オマージュ」と「盗作・パクリ」は紙一重

映画「東京家族」(山田洋次監督)と「東京物語」(小津安二郎監督)。
両作品を続けて鑑賞した。(「東京家族」・「東京物語」の順)
鑑賞後、メモした台詞を比較して驚いたというのが本音。
「東京家族」の説明に「名匠・小津安二郎の『東京物語』(1953)に
オマージュをささげた家族ドラマ」とあったからだ。
オマージュ(仏:hommage)とは、芸術や文学においては、
尊敬する作家や作品に影響を受けて、似たような作品を創作する事。
しばしば「リスペクト」(尊敬、敬意)と同義に用いられるようだ。
しかし、今回は「盗作・パクリ」と紙一重だな、という感想を持った。
家族構成が少し変わっていたり、「熱海の旅館」が「横浜のホテル」に変わり、
宿泊施設の騒音が「麻雀の音」から「中国人のクレーム」に変わった。
もちろん、親・目上の人に対する言葉遣いなども微妙に変化していたが、
そんな生活環境が、60年近くの時の流れで変化しただけで、
物語の大筋とか、ちょっとした台詞まで、ほぼ同じでは、
厳しいようだが「オマージュ」と言えるのかどうか、甚だ疑問が残る。
こんなシーン、こんな台詞に、その想いを取り入れてみた、という
解説があったら、是非、読んでみたいと思う。
そう思うのは「東京物語(1953)」が、今、鑑賞しても見劣りしない、
考えさせられる作品だったからかもしれない。
異論・反論、大歓迎です。



2013年08月20日(火)
やっぱり、子どもの方がええのう

映画「東京物語」(小津安二郎監督)から。
東京で働いている子どもたちに会いに、20年ぶりに上京した老夫婦。
そこで待っていたのは、自分たちの生活が優先で、
久しぶりに会った両親をゆっくり歓迎する余裕のない子どもたち。
これが1953年、60年近く前に製作された映画と知り驚いた。
現在の私たちに警鐘を鳴らしている、と言っても過言ではない。
日本を代表すると言われている映画監督、小津安二郎さんは、
もしかしたら、予言者ではないだろうか、と思わせるほどだった。
それくらいに「家族、親子、兄弟姉妹、嫁姑」について、
「理想と現実」を組み合わせながら、高度成長期の激動を映し出している。
また、これから日本の問題になるであろう「高齢者の孤独感」も、
ラストシーンの「時計の音」と「一人になると、急に日が長くなりますよ」
の台詞だけで、私には充分に伝わってきた。
そんな多くのメモから、私が選んだのは、
やっぱり親だなぁ・・と感じた老夫婦の会話。
東京での10日間を振り返り「孫もおおきゅうなって」と妻、
「ウム・・よう昔から子どもより孫の方が可愛いと言うけぇど、
お前、どうじゃった?」と夫。
それに続けて「お父さんは?」「やっぱり、子どもの方がええのう」
「そうですなぁ」・・ただ、それだけの会話であった。
自分たちの突然の上京に、子どもたちに迷惑がられていたのも感じ、
なおかつ「大きくなって変わってしまった子どもたち」を実感しながら、
それでも「孫より子ども」と言い切った老夫婦に、拍手を送りたい。
映画「東京家族」(山田洋次監督)に続けて観ることをお薦めする。
小津安二郎監督の偉大さが、よりわかるはずだから。



2013年08月19日(月)
こうして空でも眺めてるしかなかろうが・・

映画「東京家族」(山田洋次監督)から。
親はいくつになっても親だから、子どものことが気になる。
だから、3人の子どもに会おうと夫婦で上京したにも関わらず、
子どもたちは自分の生活で精一杯、久しぶりに会った両親を、
素直にいたわれない現実が、待っていた。
みんな一所懸命生きている、それは親に伝わるが、
やはり夫婦の感じた淋しさは、隠し切れなかった。
親子の絆って、人間関係の一番基本的なところにあるのに、
なかなかうまくコミュニケーションがとれないもどかしさがある。
どこにでもいる家族、どこにでもある日常生活、
そして突然の母の死という出来事をを通して、
その理想と現実とのギャツプが、映し出されていた。
楽しみにしていた子どもたちとの再会と、のんびりした時間は、
影も形もなく、東京の空の下、老夫婦だけとなりふたりは戸惑う。
妻が「どないする?」と問いかければ、
夫が「こうして空でも眺めてるしかなかろうが・・」と答える。
「ええ天気じゃねぇ」と言いながら、なぜか淋しさが込み上げる。
私が一番、印象に残ったシーンである。
横浜の高級ホテルに泊まれることで喜ぶと勘違いしている子ども、
それを口に出さず、黙って受け入れる親。
忙しいのはわかっている、でも、もう少しゆっくり話したい、
それが3人の子どもを育て上げた親の気持ちだろう。
家族愛、親子愛、夫婦愛・・
山田監督は、どれを一番伝えたかったのだろうか。



2013年08月18日(日)
アンコール曲が一番良かったって言わないでください

第288回泉のまち音楽会、
今回は「梅原圭ピアノ・コンサート」(伊東市出身)
自他ともに認める、おしゃべりが大好きなピアニスト、
東京のコンサートでは、ほとんど話さないらしい。
今回も「しゃべりすぎないように・・」と言われたようだ。
でも私は、彼のトーク好きだなぁ。
東京藝術大学大学院修士課程ピアノ専攻科、首席で修了し、
イタリア国立トリノ音楽院も首席で修了。
そんな天才肌のおしゃべりは、なにも苦にならないし、
普段、生声を聴くことが少ないピアニストらしい、
ユーモアたっぷりの話題は、観客を喜ばした。
最初に演奏した、ベートーヴェン作曲のエリーゼのために」
声楽の先生から「普通に弾いてもダメ。観客は喜ばないわよ。
この曲は、しっとり・ねちっこく」とアドバイスされた話は、
しばらく忘れることがないだろう。(笑)
「派手じゃなく、地味な曲こそ難しい」と汗を拭きながら演奏、
かと思えば「いつまでも、チャレンジ精神をもって」と、
7曲とか5曲連続で弾いてみたり・・。
そんな彼が、最後にアンコールでおなじみの曲を弾いた後、
私たちに向けて、こう頭を下げた。
「アンコール曲が一番良かったって言わないでください。
思ってても、私に言わないでください。
今までの努力が・・」と笑いを誘ったが、演奏者の本音だろう。
この日のために、何か月もかけて、選曲からプログラム構成まで、
じっくり考えてくれたのだから。
でも、うっかりすると、ついアンコールでサラッと弾いた
「よく耳にする有名な曲」を褒めてしまう人が多いのも事実。
こういうことは、みんなに伝えなくちゃなぁ。



2013年08月17日(土)
歳の数だけ体脂肪なんです

昨日の飲み会で、久しぶりに会った女性に、
「変わらないね、どう調子は?」と声を掛けたら、
「それが・・」とややしんみりした顔つきで、
小さな声で話してきたから、まずいこと訊いちゃったかな?と
気になっていたら、彼女、にこやかに
「歳の数だけ体脂肪なんです」と真面目な顔して呟いた。
はじめは意味が分からず、キョトンとしていたら、
「39歳になったら、体脂肪も39パーセントで」。
これには参った、なんと会話を続けたらいいのか。
それなのに、彼女の先輩たちは、とどめを刺す。(汗)
「えっ? 約4割が脂肪ってこと?」。
まぁ、そんなこと言い合える仲間だからこそ、楽しいのだが・・。
こればかりは誰かに伝えないと、当分忘れそうにないから、
一日遅れで、気になる一言に取り上げることにした。
言われた本人もニコニコしていたから、良しとしようか。
よかった、二人目出来たの?なんて訊かないで。(笑)



2013年08月16日(金)
市町村が自らの領域観を変える時代

講師「関山祐介」氏(一般財団法人 公共経営研究機構)
演題「環境変化と持続可能な地域づくり」
(これからの行政運営のあり方)から。
冒頭「自治体を取り巻く大きな波」の1つに、
「極端に狭くなってしまった世界」を取り上げていた。
「世の中はもの凄い勢いで狭くなっている」と力説し、
「毎年、2,000万人が海外旅行の時代」の事例に、
私は、ただ頷くばかりだった。
どうしても長い経験から、近隣市町と比較して、
自分たちの町は、どの程度かと判断していたけれど、
「比較する視野はもっと拡げるべき」と一喝された。
「いがみ合ってる場合じゃないですよ」とも・・。(汗)
「時間、場所の有利不利は、刻々と変化する」と言いきり、
「犬も歩かなきゃ、棒を発見できない」というユーモアで、
「環境が変わったら、動いてみなければ・・」とアドバイス。
その上で「事務処理だけで無難にやっていれば、
なんとかなる時代ではない。自治政策こそ大事」と纏めた。
(自治体とはいえ)「世界競走なんだ」ということだろう。
私たち行政職員が、自分が奉職している自治体だけでなく、
(「大きなお世話」と言われようが)
近隣自治体の賑わいまで視野に入れた政策が必要だと考える、
そんな職員の意識改革に、メスを入れていただいた。
一言で言うと「市町村が自らの領域観を変える時代」。
「費用対効果」も、小さな事業の判断基準ではなく、
大きな規模で考えるためのものだったんだなぁ、目から鱗。

P.S.
今日は、10年前に広報担当だった近隣市町メンバーと飲み会。
飲み会だけは、市町村の領域を超えているんだけどなあ。(笑)



2013年08月15日(木)
天皇陛下に代わって諸君を歓迎する

終戦記念日だから、と言うわけでもないが、
映画「戦場にかける橋」(デビッド・リーン監督)から。
タイとビルマの国境近くにある日本軍の捕虜収容所で、
連合軍捕虜を使って、国境に流れるクワイ河に橋を架ける
準備が進められていた。(最後は「爆破」されるのだが・・)
その捕虜の行進に合わせて流れる、クワイ河マーチは、
口笛と言えばこの曲、と言われるほど有名であり、
映画音楽らしい、私の好きなシーン、好きな曲でもある。
メモしたのは、捕虜収容所の所長が大勢の捕虜を前に、挨拶した台詞。
その時の台詞が「天皇陛下に代わって諸君を歓迎する」。
日本人の普通の挨拶としては、特に違和感を感じなかったが、
この「天皇陛下」という意味が、英軍兵士の捕虜に伝わるだろうか、と
妙に心配となった。(余計なお世話だが・・)
大統領でも、首相でもない、「天皇陛下」という絶対的な存在が、
彼らに理解できたら、と思ったので、メモをした。
挨拶の中で、笑うに笑えない冗談みたいな台詞。
「山下大将のモットーを伝えておく。『喜んで働け』」
これから働かされる捕虜に向かって、この台詞はないだろう・・と
思いながらも、メモ。
橋に仕掛けられた、ダイナマイトのスイッチ(?)を、
倒れた兵士が偶然、押してしまうシーンは、昔の映画らしい。
時間的には、ちょっと長かったなぁ。(汗)



2013年08月14日(水)
中学2年の時の記憶がない

このお盆の時期、同級生から突然の誘いが嬉しい。
「帰省したから、いっぱいやるか?」の誘いは、
いつでも会える友達とは違う、ノスタルジーな気分に浸れる。
そんなわけで、今年も懐かしい旧友たちとの宴になったが、
今年の話題は「中学2年の記憶」。
1年生と3年生の記憶は鮮明で、同じクラスになった、
担任は誰だったなど、いろいろと盛り上がるのだが、
2年生の時の記憶となると、曖昧になって「う〜ん・・」と
腕を組んで考えてしまう。(汗)
簡単に言えば「中学2年の時の記憶がない」
たしか、朝霧高原にキャンプに行ったなど、
断片的な記憶は甦ったが、とうとう最後までわからず、
私が「夏休みの宿題」として、調べてみることになった。
午後7時から約5時間、気がついたら午前さま。
「どうせ明日、休みだろ?」の言葉に
「公務員は暦どおりです」と返すのが精一杯。
楽しい鼎談(3人)は、あっという間に過ぎるねぇ。

P.S.
携帯電話の赤外線通信は、スマホになると「ふるふる」らしい。
飲み屋のテーブルで、お互いスマホをふる光景は可笑しかった。
私は「55歳のふるふる、結局、失敗」とメモをした。



2013年08月13日(火)
必要なのか、炎天下の「交通量調査」

お盆(夏休み)など国民が大移動する時期に、
車で外に出ると、炎天下の中で、真っ黒に日焼けして
(時には、傘をさしながら)、交通量調査をしている風景と出会う。
調査内容がわからないから、細かく指摘できないけど、
事件が起きた時、定点カメラで犯人の逃走経路を終えるくらい
性能が上がっているカメラの解像度なら、「交通量調査」も、
録画した画像を見ながらカウント出来そう・・
そう思うのは、間違いだろうか。
炎天下に、若い人たちが熱中症を気にしながら、
そして真っ黒に肌を焼きながら、仕事しているのを目にすると、
可哀想になってしまう。
もしかしたら、高性能のコンピュータシステムで、
自動的にカウント出来るのではないか、とも考えられる。
こんなに発達した情報社会で、まだ人力で行う「交通量調査」、
その裏には、なにか意図があるのだろうか。誰か教えて。



2013年08月12日(月)
政府は「計画停電」の検証を

3.11の震災後、東京電力による計画停電が実施された。
前日にならなければ決まらないスケジュールに、
冷蔵庫を利用している食べ物屋の店主は、
商売あがったりですよ、と悩みを口にしながらも、
被災者はもっと大変な思いをしているから、と我慢した、
そんな光景が、昨日のことのように思い出される。
しかし、どうだろう。
日本各地で観測史上初の記録を更新した今年の猛暑には、
「計画停電」の「け」の字も、出てこない。
高知では、41度だって・・文字にしただけで暑い。(汗)
震災後、計画停電のために商売が思うように出来ず、
とうとう店を閉めたなんて話も耳にしたっていうのに、
原発がほとんど止まっている今年の夏は、大丈夫だろうか。
当時、暑いのを我慢していた私でさえ、今年の夏は、
冷房・除湿を繰り返し使いながら、フル稼働状態なのに、
電気が足りなくなるという情報は、あまり耳にしない。
小市民の疑問であるけれど、是非、解決して欲しい。
私のぼやきとして「政府は『計画停電』の検証を」を、
記録として残しておこう。



2013年08月11日(日)
「勇敢」と言っても、いろいろある。

映画「戦火の馬」(スティーブン・スピルバーグ監督)から。
作品中「勇気」「勇敢」という単語が、何度も登場する。
当然「勇気」がテーマの映画だとわかるが、いろいろな
「勇気・勇敢」の形があることを私たちに伝えている。
「勇気」とは、勇ましい意気、物を恐れない気概。
「勇敢」とは、勇ましく果断なこと。
「果敢」とは、決断力が強く、大胆に物事を行うさま。
物語中、戦争を理由にした、卑劣な軍隊の暴力に対して、
何も抵抗せずに屈した祖父をみて、孫の娘が反発する。
(おじいちゃんは、勇敢ではない、勇気がない、と。)
そんな孫に、祖父がじっくり諭すように呟く。
「『勇敢』と言っても、いろいろある。」
誇りに思えることを、誇りに思わないことも、勇気。
戦場の前線で放たれ、帰るために戦場の上を飛ぶ伝書鳩の勇気。
何も考えず、勢いだけで突っ込んでいくことが、
「勇気」とは限らない、そう私には伝わってきた。
「静かな勇気」の持ち方を、主人公の青年や
「戦火の馬」となった「ジョーイ」に教わった気がする。

PS
今回困ったことは、「勇気・勇敢」のシーンが多くて、
書き出しきれなかったことかな。



2013年08月10日(土)
親子の友達化・親子の恋人化

講師「香野毅」氏(静岡大学教育学部特別支援教育准教授)
演題「子育ては親育て」(発達や教育、支援の実践から感じていること)
親子関係にスポットを当てた話は、メモが増えた。
特別支援を必要としている子どもだけでなく、
現代の親子関係が、いろいろな場面で影響を及ぼしている。
現代は「親子密着小規模型」と定義し、
「親子の友達化」と「親子の恋人化」についての話が印象に残った。
「親子の友達化」とは、先生や他人と「両親」について話す時、
(大学生になっても)「父・母」「父親・母親」という単語が使われず、
「お父さんが・・」「お母さんが・・」というように、
友達感覚の親子関係が続いていることに驚いていた。
また「親子の恋人化」とは「裏切られると腹が立つ」など、
親子ならではの「許し」も存在しない。(そんな意味だろう・・)
「親離れ」「子離れ」という言葉があるように、ある時期が来たら離れる。
また親と子どもは、上下・主従の関係ではなく、友達や恋人とは違った
一定の距離が必要であるし、対等ではないと私も思う。
「親が子どもを」「子どもが親を」殺すなんてことは、
生き物の世界ではあり得ない、と何かで読んだ気がする。
親と子が、友達や恋人ではない距離感を保てるようにするには、
地域の人たちの協力が必要なのかもしれないな。



2013年08月09日(金)
雑談は「シュートではなく、パスを回すように」

書籍「雑談力が上がる話し方」〜30秒でうちとける会話のルール〜
(齋藤孝著・ダイヤモンド社刊・182頁)から。
自分の「雑談力」に自信がついた一冊であった。(笑)
内容がほとんど理解できたし、たぶん、実行していることばかり。
そこで、メモした雑談の定義をご紹介。
雑談は「中身がない」ことに、意味がある。
雑談は「だから何?」と言われたら、元も子もない話。
雑談は「シュートではなく、パスを回すように」
雑談は「トークではなく、コミュニケーション」
雑談は「キャッチボール」
雑談は「場の空気を和ませる」
雑談は「寿司と同じく、新鮮なほうが、より盛り上がる」
雑談の練習相手に最適なのは「赤ちゃん・ワンちゃん・オバちゃん」
雑談から透けて見えるのは「その人の育ちのよさ」
雑談は「心がスペースを空けるようにガスを抜いてくれる
心のデトックス」
雑談で大切なのは「共感すること」
雑談とは「生きる力」そのものである。
まぁ、あんまり片意地張らずに、会話を楽しむことだなぁ。



2013年08月08日(木)
沼津駅から富士駅まで、東海道線は、ほとんど一直線

先日、午後からの出張で富士市へ。
それも午前中の会議が長引いたため、公用車ではなく、
東海道線を利用して、沼津駅から富士駅へ。
車内は空いていたけれど、一番前の車輛の一番前、
そう、運転席の真横で、進行方向を眺めていたら、
驚く光景を目にした。
「沼津駅から富士駅まで、東海道線は、ほとんど一直線」
富士駅に到着する直前で、左に少しカーブするが、
それまでほとんど一直線。
これって、乗ってみなくてはわからないことだが、
なにか、まちづくりのヒントにならないかな、と思う。
自動車ばかり乗っているから気付かないことも、
電車や船、飛行機などによって(視界)視点を変えてみると、
意外な発見がある。(座らないで立っていることも・・)
新幹線の利用で、乗ることが少なくなった東海道本線だけど、
たまには、鈍行で静岡に行くのもいいな。
もっといろいろな発見がありそうな気がする。
このまっすぐな線路、きっと役に立つよ。(笑)



2013年08月07日(水)
広島の被爆は人類の未来に大きく貢献するだろう

(昨日、紹介しようかどうか迷ったので、一日遅れですが・・)
映画「核の傷 肥田舜太郎医師と内部被曝」
(マーク・プティジャン監督)から。
「映画」というより、画像を使った「講演会」という感じ。
肥田先生自身の被ばく体験と、長い間、医師として、
被ばく者の治療と核廃絶運動に献身してきた話なので、
なにも映画にしなくても・・という感想がつきまとう。
今では、BOOKにも、DVDやCDが貼付されているし、
より多くの人に伝えたければ、映画はあまりに負担が多いから。
今回の気になる一言は、なるほど・・と思った視点。
「日本は、子どもたちに原爆はなぜ落とされたのかは教えない」
いつ、どこに落とされ、どれくらいの人が死んだか、という結果は
多くの資料に記されているが、どうして落とされたのか、
どうしてこの日・この時間だったのか、という大切な部分は、
あまり語られることはない。
それが「原爆の人体実験&ソビエトへの威嚇」であり、
「夏の暑い日、広島という都市で、一番、屋外に人がいる時間を調べ、
その結果を確かめてから落とした」とも言われている。
だから「8時15分に落とすことが大事」だったという説明は、
今までに聴いたことがなかった、ヒロシマへの原爆投下の裏側である。
もちろん、一方的に信じることもしないが、あり得るな、とも思う。
冒頭、アメリカに残されている記録に書かれている文面の紹介がある。
「広島の被爆は人類の未来に大きく貢献するだろう」
しかしながら、人類の未来に貢献しているだろうか、
戦争兵器「原爆」のかわりに、電気を生み出す「原発」を作って、
その結果、人類を絶滅の危機に追いやっている気さえする。

P.S.
実はこの映画、2006年、原子力発を推進している、フランスで製作。
発せられたメッセージを私が読み間違えたのだろうか。(汗)



2013年08月06日(火)
100年経てば皆死んじゃう、これが「無常」だ

映画「リトル・ブッダ」(ベルナルド・ベルトルッチ監督)から。
チベット仏教を中心に多くの悟りが散りばめられている作品で、
へぇ〜と思うことも多く、メモは定義集となった。
「心が満たされれば、空虚感などない」は監獄で悟る教え。
シッダールタは「善をもたらす者」という意味。
「チベットでは、魂と肉体を、容器と中身と考える。
タオルに吸われても、お茶はお茶のまま」・・
シュダールタが世に広めた「中道」という考え方。
「弦は張りすぎると切れてしまい、緩すぎると音を出さない」
「『学ぶ』とは変わることだ。悟りは、道の真ん中にある、
極端と極端の間にあるものだ」など、メモは増えた。
その中でも、今までなかなかわからなかった「無常」について、
わかりやすい例えだと感じたので、ご紹介。
「周りの人間たちを見なさい。世界中の人々がこの瞬間に生きているが、
100年経てば皆死んじゃう。これが『無常』だ」
だからこそ、いがみ合ったり殺し合うことは意味がない。
そんなことをしなくても、100年経てば皆死ぬのだから・・そう理解した。
「最も大切なことは、他者に対して憐れみをもつことだ」
「死は生の一部だ。呼吸するのはいつか死ぬからです」・・
チベット仏教の奥深さを、再認識させられた作品であり、
もう一度、観たい、と思わせてくれた作品でもあった。



2013年08月05日(月)
男の気持ちと女の意地がぶつかり合った「八重の桜」

NHK大河ドラマ「八重の桜」から。
「わけ」という単語が飛びかった第31回であった。
八重の夫、川崎尚之助から「離縁之書」が届いたとき、
八重は気丈にしながらも、明らかに動揺した。
「私(なにか)まずかったべか?」と、そのわけを考えるが、
愛する妻を不幸にさせたくない、という夫の気持ちは伝わらない。
義姉は八重に「会えば、なんか、わかんべぇ」と慰めるが、
逆に、夫・山本覚馬が京都で生きていたと知って喜んだ義姉が、
確かに生きていたけど、夫を世話をしてくれる女性がいて、
その女性との間に、子どもが生まれた、と知って落ち込む。
今度は「誰にだって何だって、わけがある。
話してみなきゃわかんねぇ」と、義母が嫁に諭す。
女性にとって、わけがわからない男の行動には、わけがある。
ただそれを、いちいち説明したくない。
説明しなくても、わかって欲しい・・それが男心ってもの。
また「廃藩置県」(身分制度の廃止)で200万人の武士が職を失った時、
妻に「(何も言わず)実家に帰れ」と命令した武士も多かったはず。
勿論、これも苦労させたくない気持ちの裏返しなのに、
それを妻は「別れるのは、イヤでございます」と言い返す。
さらに「無理言うな、俺は抜け殻だ」と背を向けて涙する・・。
これら多くのシーンに、私は「うんうん・・」と頷いた。
男の気持ちと女の意地がぶつかり合った「八重の桜」だったなぁ。



2013年08月04日(日)
白ワインのグラスは、小さくて太い

先日、二次会で寄らせてたいただいた、
「ITALIAN FOOD&WINE 弐/弐(にぶんのに)」
一次会で、結構たらふく食べたので、気分を変えてワインを選んだ。
まずは「赤ワイン」を、続いて「白ワイン」(汗)。
ワイングラスを白ワイン用に小ぶりの形に変えてくれたが、
持った瞬間、違和感を感じた。
それは、ワイングラス特有の手に持つ部分が、太いのである。
お店の人に尋ねたら、白ワインは冷やして飲むことが多く、
ワインの形と同様に、手の温度で温まらないような配慮らしい。
ワイン通でない私でも、ワイングラスは何種類もあり、
ワインの種類によって、形や大きさ、高さなどが違うことは、
多少の知識として知っていたが、手に持つ脚の部分だけは
「細い」と決めつけていたためか、新鮮な驚きがあった。
そこで「白ワインのグラスは、小さくて太い」と記録に残したい。
二次会で、それもビールや泡盛で盛り上がった後に飲んだ、
グラスワインに、そこまで気をつかっていただいたなんて、
誠に申し訳ない・・そんな気にもなった。
今度は、ちゃんと一次会から利用したくなったお店でもある。
酔ってたから、もう一度、行けるかなぁ。(汗)



2013年08月03日(土)
目利きとは、本物か偽物がわかることではない

日本全国で「お宝探偵団」ブームである。
(実は番組名は「開運!なんでも鑑定団」なのだが・・)
本物だと信じていたら、実は偽物だった、というパターンが
番組を面白くさせている要因であるが、
それは本来の鑑定(目利き)ではないことを覚えておきたい。
今の時代、偽物が本物と間違えるほどの出来であるから、
そんなことが起きるのだが、昔は偽物という感覚はないはず。
だがら「目利き」と言えば、本物の中でも「上・中・下」、
いや「最上・上」の違いがわかる人が「目利き」と評された。
だから「目利きとは、本物か偽物がわかることではない」を残したい。
これを知ってから「鑑定番組」などを観ていると、
この人は「目利き」、この人は「物知り」ということもわかる。
そうか「美人」の評価も、女か、ニューハーフかを
見極めるのではないんだよなぁ。(汗)
でも・・作られたニューハーフの方が、女性らしかったりして。
難しいもんだな、目利きって。(笑)
ただ、この考え方を知ってから、目利きの役割がわかってきた。
時間がかかってもいいから、本物の目を持ちたいと思う。



2013年08月02日(金)
「カンナミ・ユーイチ」と「クサナギ・スイト」

映画「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」(押井守監督)から。
アニメなのに、妙なリアル感があり、楽しめた。
吹き替えに、声優ではなく俳優を抜擢したことで話題になったが、
たしかに、その効果はあった気がする。
さて、今回の気になる一言は、主人公の名前。
戦闘機のパイロット「函南」、基地の女性司令官「草薙」。
静岡県民でないと、何とも思わないかもしれない。
どちらも静岡県にある地名で、エンドロールで気が付いた。
「田方郡函南町」「静岡市駿河区草薙」(草薙球場)・・
メモした台詞より、この名前に引っかかってしまった。
是非、監督に「主人公の名前」の由来を聞いてみたいと思う。
日本の映画なのに字幕が出て、
「了解」をわざわざ「諒解」とした意図も聞いてみたい。
エンドロール後に、また新たな物語の展開が・・。
終わった・・と思って帰ったり電源切ると損します。お気をつけて。



2013年08月01日(木)
零戦・・「作った日本人」と「乗った日本人」

最近、映画好きの人から「風立ちぬ、観ました?」と訊かれるが、
実はまだ観ていない、と言うよりも、たぶん、映画館では観ないと思う。
というのは、書籍「永遠のゼロ」(百田尚樹著)に書かれていた
こんなフレーズを思い出していたからだ。
「八時間も飛べる飛行機を作った人は、
この飛行機に人間が乗ることを想定していたんだろうか」
性能が良すぎて、1回飛び立てば、八時間は飛行出来る・・
だからこそ、他国のパイロットとは比較にならないほど
身体的にも、精神的にも疲れ果ててしまうようだ。
いつ相手から攻撃されるかわからない緊張感の中、
八時間もの長い間、操縦桿を握り、その間に敵と生死をかけて戦い、
さらにギリギリの燃料で帰還することを要求される。
より美しい、より性能のよい飛行機を作った人に罪はないが、
どうしても手放しに、映画「風立ちぬ」を観れない理由がそこにある。
もの凄い速さで空を飛ぶ戦闘機に、八時間という長さの緊張感、
現場主義の私には、どうしてもパイロットの気持ちの方が心に引っ掛かる。
この冬(12月)に公開予定の、映画「永遠のゼロ」を観てから、
私なりの感想を書きたいと思う。