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しもさんの「気になる一言」
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2001年12月31日(月) ■
深・個・求

そう、私流の「深呼吸」。
昨年末「可能性は試みるだけのもの」と気付き、
今年はいろいろなことにチャレンジしてきた。
今まで使っていなかった筋肉(能力)を動かした後は
やはり一度「深・個・求」(深呼吸)して、リズムを整える。
そして、次の体操(一年)に臨む。そんな年末年始を過ごしたい。
若い頃のように、おもいきり突っ走った一年の勢いで、
次の年に突入するのではなく、
メモでいっぱいになった愛用のシステム手帳で、一年を振り返りながら、
今年の「出会いと別れ」を確認していく作業を楽しみたい。
ただ、そのリズムは「深呼吸」でも、気持ちは
「深く、個人(自分)の成長を求める」(深・個・求)でありたい。
そんなことを考えながら、2001年を締めくくりたいと思う。
そして、新たな気持ちで2002年を迎えたいと願う。



2001年12月30日(日) ■
いい香りのする「色」があります

色ーそれは、暮らしの中で揺れる香り。
そう、カラーキャンドルのパンフレットで見つけた言葉。
アロマテラピーが、癒しとして注目を浴びているが、
なんとなくわかるような気になった。
私は、温かみを感じる「言葉」を目指してきたから、
このフレーズが、私のアンテナに引っかかったのかも知れない。
色に香りがするわけないだろう、
言葉に温度があるわけないだろう、
現実的に、そう言うことは簡単なんだけれど、
一度の人生、科学では説明できないことに挑戦してみよう。
そんなことを思った2001年、大晦日イブである。



2001年12月29日(土) ■
誰でも溺れてみたい時がある

年の瀬、大掃除をしている私は、モノが捨てられず苦労している。
何十年も前の書籍をパラパラめくっていたら、
こんな台詞を見つけた。
「溺れる」は。泳げないために、水中で死にそうになるだけでなく
あることに夢中になって、心をうばわれる、そんな意味もある。
なんだか、妙に引っ掛かる言葉であった。
最近、何かに夢中になり、
寝るのも忘れて没頭することがなくなってきた。
まだ、頑張りがきくうちに溺れてみたい(笑)。
「酒や愛に溺れる」だけが「溺れる」の使い道ではない。
いい意味で、何かに溺れてみたい・・
そんなことを考えた年末である。



2001年12月28日(金) ■
うん 話してよかった。

サブタイトルは
「話してみれば、きっと心は通い合う」
青少年健全育成のキャッチコピーであるが、
自分の一年を振り返って、の私の言葉としたい。
ホームページ、メルマガ、公開日記などを通して、
本当に多くの人との出逢いがあった。
職場関係以外の人との出逢いは、ここ数年では一番多かったと思う。
所詮、メル友はメル友。そう考えていたのに・・・。
こんなおじさんに、メールをくれた若者の男性。
もしかしたら、年齢を知らずメールをくれた女性。(笑)
最初はどうであれ、43歳、男の厄年を終え、
新たな出逢いが、私の人生を変える気がしてならない。
公務員という枠から、一歩抜けた感じがした。
来年の自分が、楽しみである。



2001年12月27日(木) ■
文化とは、ホールのことではなく人のこと

久しぶりに雑感ですが・・。
近隣市町村には文化ホールがある。わが町にはない。
だから、文化のレベルが低い、と声をあげる人が増えてきた。
しかし、それは大きな間違いである。
確かに老朽化している。それは認める。でも・・・。
先日、終了したNHK大河ドラマ「北条時宗」で気になった台詞が
今日の一言の元となった。
蒙古では「国とは領土のことではなく、人の集まりをさす」
なるほど、とメモをした。
さて、自分の仕事に置き換えると・・、それが今日の一言。
バブル時代に建てた文化ホールは、悲鳴をあげていると聴く。
今もランニングコスト(維持費)で苦しんでいるからだろう。
周回遅れのトップ引き、先にソフトを充実させて、最後にハード。
建てた時には、利用者が溢れている施設にしたい。



2001年12月26日(水) ■
第1稿は、ハートで書く

先日見た映画「小説家を見つけたら」で、
主演のショーンコネリーは、黒人の若者に文章を書く秘訣を教える。
その最初がこの一言。
「いいか、第1稿は、ハートで書け」
「そして、リライトで頭を使え」とアドバイスをする。
文章を書くときには、考えず書くこと。
頭に浮かんだことを、どんどん書きなさい、心に感じたことを書きなさい、
そうアドバイスしているようだった。
最初から、上手い文章を書こう、なんて考えてはいけない。
「自分のために書いた文章は、人のために書いた文章より優る」
そう、字幕スーパーを見たときに、嬉しかった。
物書きを職業にしているわけではないのだから、
他人に気に入られる文章ばかり書いていると自分を見失う。
これからの「私の書く姿勢」としていきたい一言であった。



2001年12月25日(火) ■
「マンハッタン」と「アメリカン」

わかる人にはすぐわかる、今回の有馬記念の一着、二着。
毎年、一年の世相を反映した馬名がレース前、話題になる。
今年は、何と言っても「アメリカ同時多発テロ」
今から考えると・・・
「マンハッタンカフェ」と「アメリカンボス」しかない、というわけだ。
そう、馬連1―4の4万8650円の最高配当を記録した。
例年ならそんな話題が飛び交う有馬記念なのに、
不況のせいなのだろうか、一番人気「テイエムオペラオー」で
堅く儲けようとした人達が、またまた撃沈した。
さて、来年の有馬記念はどうだろうか?
嬉しくなるような馬名が、活躍してくれないだろうか・・と願う一人である。



2001年12月24日(月) ■
「家計簿」より「時間簿」

子育てに忙しい主婦が、自分の時間が持てない、と悩んでいた。
テレビでは、その解決策として「時間簿」をつけてみることを勧めている。
どんな時間の使い方をしているのか、現状分析から始まり、
不思議なことに、無駄な時間、意外と自由に出来そうな時間など
浮かび上がってきた。
子どもが寝ている間に、家事を全て片づけてしまうとするから、
自分の時間がなくなる、という指摘を受けた。
子どもの寝ている時間こそ、自分のやりたいことをする。
家事は、子どもの様子を見ながら・・と的確なアドバイスだった。
忙しい、と嘆いている人達に伝えたい。
「土地持ち」より「時持ち」、「家計簿」より「時間簿」。
自分の時間を大切にしたい。



2001年12月23日(日) ■
泣いてすめばいいけれど、泣いてられないでしょう

今年、狂牛病騒ぎで、廃業に追い込まれた焼肉屋が多い。
店名を「たすけ亭」に変えた店もあった、という。
しかし、やめれば済む人たちはいい。そうはいかないもの・・。
このお店の収入を生活の糧としている人達を代表するように
呟いた女性の一言が今日の一言。
この一年間を、象徴するようなメッセージであった。
泣くことで全てご破算になるのなら、いくらでも泣くよ、
でも、世間はそんなに甘くないでしょ、という気持ちが伝わってきた。
何にもしてあげられない彼らに、私が出来ることは
こうやってその思いを文字にすることと、焼肉を食べに行くこと。



2001年12月22日(土) ■
男は連番、女はバラ

宝くじ売り場の人が、しみじみ語った台詞。
こんなわかりやすい男女の傾向がある、なんて・・。
やっぱり「男と女は違う生き物なんだなぁ」と苦笑いした。
「話を聞かない男、地図が読めない女」を読んだときも思った。
前後賞も合わせて一攫千金を狙う男。組番を見ただけで結果が分かる。
現実的な女性。最後の一枚まで、一等当選を諦めない。(笑)
ある本に書いてあった。
男女が仲良く暮らす秘訣、それは男がリモコンを独占すること。
言い換えれば
「男女平等を実現するためには・・・各自が専用のリモコンを持つこと」
私はわかるんだけどなぁ、この感覚。

(こんなこと書くと、また怒られるかな、女性陣に・・・)



2001年12月21日(金) ■
心の経費節減はしないで下さいよ

どんどん近代化が進み、人間の代わりをパソコンがする。
人員削減には、欠かせない作業である。
しかし、なんでもかんでも減らせばいいというものではない、
減らしてはいけない部門もある。
そういう発想をしないと、一律に人減らしをすることによる弊害が出る。
そんな話をしていたら、ある人がこう言った。
「心の経費節減はしないで下さいよ」
コミュニティ不足が叫ばれる中、やはり気付いてくれる人がいた。
正直、嬉しかった。



2001年12月20日(木) ■
「少々」と「多少」は微妙にニュアンスが違う

映画「小説家を見つけたら」のビデオを見た。
久しぶりに、感激した映画であった。
先生が質問すると、主人公が予想外に詳しく答えるシーンがある。
そこで、先生はやや驚き「少々、知ってるらしいね」と呟く。
その答えを受けて、主人公が言い返すシーンが面白かった。(笑)
どちらでもいい、そんなものでもない。
言葉を大切にする主人公らしい、突込みであった。
私も意識して使う台詞がある。
「50歩100歩」は、あまり差がない時に使う。
ちょっと違うときは「50歩200歩」(笑)
微妙にニュアンスが違うでしょ?




2001年12月19日(水) ■
携帯のメールアドレス、変更しました

続けて三件の携帯メールが入った。
どれも、携帯電話のメールアドレス変更の連絡。
あまりの迷惑メールに、耐えきれなかったということらしい。
(私の持っている携帯には、一切入ってこない・・)
なぜ、もっと徹底的に原因究明しないのだろうか?
他人を困らせて喜んでいる愉快犯。
こればかりは許せない気持ちでいっぱいである。
そもそも、なにが面白いのか?
私達には理解できない。
迷惑メールとわかっていながら、誰も解決しようとしないのか
本当に、個人のアドレスしか公開しないのか・・。
仕事の能率も下がるはずなのに・・。
根本的な問題解決をしないと、
またアドレス変更のメールが私に届くことになる。(笑)



2001年12月18日(火) ■
肉って、人と人とが肩車しても超えられないハードル

忘年会が続くと、どうしても一回は「焼肉」に行きたくなる。
話題の狂牛病を無視して、あのにおいを嗅ぐと・・。
この年末、やはり焼肉屋は大打撃らしい。
でも、今回だけは私たちではどうにもならない問題。
だって「肉」って漢字は
「人と人とが肩車しても超えられないハードル」って書く、なんて
ラジオで言っていた。
なるほどな、今度焼肉屋で使おうっと、メモをした(笑)。
こういう雑学?、大好き。
忘年会は、愚痴より駄洒落。これに限る。



2001年12月17日(月) ■
自分の力を出し切る準備をしたか

今年、アメリカ大リーグで大活躍したイチローの一言。
成功した理由について、彼はこう呟いた。
もちろん、シーズン中の調整もあるけれど、シーズンに入る前の心構えを
取り上げていたように思う。
なんとなく、新しい環境に入ってしまうのではなく、
自分として出来る限りの準備、それはどのような環境ならば、
自分の力を出し切れるのか、を考えた準備であったほうがいい。
彼は、そう言いたかったのかもしれない。
暦は、もう既に師走も半ばを過ぎた。
2002年を有意義に過ごしたければ、どのような環境に自分をおけば
力が発揮できるのか、を考えるべきなのだろう。
今一度、新年を迎える前に、自分の力を再点検しておこう。



2001年12月16日(日) ■
今日は掃除と飲み会

私や妻の台詞なら、誰も驚かない。(笑)
しかし、朝から出かけてなかなか帰ってこなかった
高校二年生の娘の台詞だから、気になる一言。
午後六時過ぎ、やや顔を赤くして陽気に帰ってきた娘の姿が
なんだか妙に嬉しかった。
春から自分の意思で行き始めた、美術研究所の打ち上げだという。
どうも、ワインを少し飲んだ様子だが、
そんな行動をするとは思っていなかったから、嬉しかった。(^^;;
親の予想・枠を外れた行動こそ、彼女に必要な部分だと思っていた。
この体験が、構図をはじめとした彼女の絵に、
プラスとして働いてくれれば、と願っている。
(親バカと言われようが、久しぶりに許せる行動であった)



2001年12月15日(土) ■
川って、こんなにキレイなんだ

久しぶりに、柿田川をみようと、のんびり出かけた。
全国から、この湧水を見に多くの観光客が訪れている。
展望台から見る柿田川は、鮎の産卵か、川が真っ黒になるほど
集まっている。驚きのシーンである。
私にとっては、いつも見慣れている風景であるが、
どこまでも透き通っている川を眺めていた観光客の一人が呟いた。
「川って、こんなにキレイなんだ」
えっ?当たり前でしょ、そう思ったがこう続けた。
「こんなきれいな川を私たちは、汚しているんだね」と。
全国の人に、この柿田川を見せること。
それが私たちに出来る、環境教育であるような気がする。



2001年12月14日(金) ■
今日は、年寄りの風邪が強く・・

ラジオで天気予報を聴いていた。
「今日は、年寄りの風邪が強く、寒くなるでしょう」??
よく、考えれば「西よりの風」なんて、誰でもわかることなのに。
久しぶりに、笑いのつぼにはまってしまった。
最近、特に寒くなってきた。富士山は真っ白。忘年会のシーズン。
こういうネタを貯めておこう、と思う。
せっかくの飲み会。仕事の話は無しにして、楽しい宴席にしたい。
「今日は無礼講でいこう」と言われて、本当に無礼講で飲む人がいる(笑)。
飲んだ時の人間ウォッチング、楽しみである。



2001年12月13日(木) ■
自分史は、その土地に生きた人の歴史書

「まちづくり会議」で聴いた町民の台詞。
文化財とか、歴史って、なかなか難しいと思いながらも、
なんとか、その土地の風土を次世代に伝えていきたいと思っていた矢先、
とても貴重なヒントをいただいた。
私に出来ることは、町民(特に高齢者)に、自分史の書き方を教えること。
それが増えることにより、その土地の昔の様子が浮かび上がってくる。
町史って、偉いどこかの先生が書くものと考えていた。
来年度、ボランティアで自分史の書き方、教えてあげようかな。
社会に対して自分ができる貢献って、こういうことなのかな?って
思ってメモをした。



2001年12月12日(水) ■
抱擁に力はいらないよ

相手のことを寛大に受け入れられる心の大きさ。
「包容力のある人」を目指し、
いつからか、「包容力」が欲しいと思い続けてきた。
勿論、いろいろな場面で書いてきた気がする。
しかし最近、漢字変換をしてて、ふと気付いたことがある。
「包容」より先に「抱擁」という単語が先に・・。(笑)
まさか・・・「抱擁力が欲しい」なんて変換して、
そのままメールしたことはなかっただろうか?って。
もらった人は、困ったことだろうねm(_ _)m
まぁ「力強く、ぎゅ〜っと抱きしめる」ということでは、
望んでいる力ではあるが・・・。
やっぱり恥ずかしいね、相手もいないし。
誰かメールくれないかな。
「抱擁に力はいらないよ、知らないの?」って。(笑)



2001年12月11日(火) ■
芸術家の多くは、はめがない

N響アワーで聴いたのを、その時は「なるぼと」と思いメモをした。
ところで「はめを外す」ってなんだろうと、素朴な疑問。
そこで意味を調べた。
調子にのって度をすごす。「つい飲みすぎて―・す」
〔「はめ」は「はみ(馬銜)」の転で、
「はみ」を外して馬を自由にする意からとも〕
芸術家は、最初からはめを嫌う。既成概念とか枠という「はみ」。
秋野不矩さんの「不矩」と同じだと、一人で考えていた。
しかし、そうしなければ芸術家ではないのか?とつい反論したくなる。
与えられたステージで花開いている芸術家も、たくさん知っている。
いやいや、芸術家は「はめを外す」という言葉すら知らないのだろう。
やっぱり私は、芸術家になれないな・・とはめの中でコラムを書く。





2001年12月10日(月) ■
人はいずれ死ぬから、わざわざ殺す必要はない

昨日のNHK大河ドラマ「北条時宗」の最終回。
時宗が、息子たちに伝える遺言である。
この台詞の前に「人を殺すな、誰も殺すな」と前置きをしている。
この言葉は重い。
世界の各地で戦争が起きているのを始め、生活レベルでも殺人事件が相次ぐ。
そんな世相に対して、作者の苦痛の叫びとも受け取れた。
「褒美もいらぬ、休みもいらぬ、生きとうござる」と
兄・時輔にすがりつく姿は、見ている私の胸を熱くした。
34歳という若さで他界した北条時宗のドラマ。
数々の「気になる一言」を私に残してくれたな、と感謝しながら、
最後の台詞を、システム手帳に記録した。




2001年12月09日(日) ■
東海道500年祭に向けて

宿駅制度制定から400年の今年、江戸から京まで、関連する都府県は
ウォーキングを中心に、数々のイベントを繰り返し、
毎日のように、新聞紙上を賑わしてきた。
大切なのは今年を契機に、日本の歴史・文化財に関心をもたせる、
そんな仕組み、雰囲気づくりだと思っていたが、
きっと来年はサッカーのワールドカップへと、
国民、県民、町民の話題が移っていくんだろうな、と諦めていた。
ところが、今日のイベントで
「400年祭は終わっても、100年後には500年祭があるわけで」
とウィットに飛んだ挨拶があった。
嬉しかったのは言うまでもないが、
来年は「東海道401年祭」を規模を縮小しても続けていこうと思う。



2001年12月08日(土) ■
厳重警備より、恨まれないことが大切

「核とテロリズム」という講演を聴いた。
いろいろな角度で、このタイムリーな話題をわかりやすく説明してくれた。
彼の講演を聴いて思ったこと。
今、世界で起きている事件。ほとんどが「恨み」から起きている。
その根本を解決せずに、警備体制を強化しても意味が無い、ということ。
テロから恨まれない行動こそが、一番大切であることを知った。
どんな攻撃をされるか想定して、いろいろな守備を固めるよりも、
攻撃されない関係を築いたほうが、得策である。
これは国際関係だけではない、私たちの人間関係でも同じことが言える。
心がけたい、と思う。



2001年12月07日(金) ■
ねぇ、知ってる?

最近、いろいろな人からメールをいただくが、
こう問い掛けてくる人が増えた。(笑)なぜか、とても嬉しい。
こんな事、聞いたけど、誰かに話したくて・・・
しもさん、聞いてくれる?というメッセージである。
「おわだまさこ・かわしまきこ、縦に書いてジグザグに読んでも同じ」とか
「Q33NY(アメリカテロの飛行機)」を wingdings という書体に
すると、大変な文字が現れる・・なんてね。
「いつか、これがコラムになることを夢見て・・」なんてメッセージ付き。
私を喜ばすコツを知っている人達が増えた(笑)。
泊まりで出掛けると、メールが気になってしまう今日この頃である。



2001年12月06日(木) ■
生まれつきの障害者は障害者と呼ばない

とても厳しい言葉であった。
生まれつきの障害者は、自分が障害者と認知していない。
言い換えれば、本人は比較する対象がない。
だから、周りの人が「障害者」と決め付けていることになるという。
たしかに、そういうケースは多い。
本人は、あまり意識していないことを、周りが決めつけてしまう。
まわりの「小さな親切が大きなお世話になる」ことを、
あらためて知った気がする。
バリアフリーとか、ユニバーサルデザインという言葉に踊らされ、
そっとしておいてあげたい人まで、
太陽の下へ引っ張り出すことがないよう気をつけていきたい、と思う。



2001年12月05日(水) ■
人生の乗り換え切符は簡単には手に入らない

テレビ「ガチンコ」から。
不良たちが大学受験をするという特集。
説明もろくに聞けない彼らに対して、大和はこう言い放った。
昔、暴走族をしてました、番長やってました、という人達がテレビでも活躍し、
簡単に社会でも受け入れられると勘違いしているケースが多い。
しかし、社会はそんなに甘くない。
人とぶつかることが身体に染み付いた人達が、社会になじむためには
それなりの努力がいる。
彼は、そういいたかったのかもしれない。
久しぶりに、特徴のある字体が、私のシステム手帳に書き込まれた。



2001年12月04日(火) ■
この世に不必要な生き物はいない

診察待ちの漫画「東京ラブストーリー」から。
今度は、リカが単純な仕事に飽き「うじむしみたいな仕事」と呟く。
その時、上司がサラット言う。
「うじむしは成長してハエになる。そのハエを鳥たちが食べる・・。
そうやって、うじむしだって役に立っている」
そして「この世に不必要な生き物や意味のない仕事もない」とまとめた。
自然は、うまく循環するようになっている。そして、進化してきた。
組織で動く仕事だって同じ。
お茶出しやコピー作業がつまらない、と愚痴をこぼす新人が多いが、
それすら意味のある仕事なんだ、と考えて欲しい。
逆に、その分、頑張らなくてはならないのが、
私たち管理職のような気がする。役割をしっかり果たしたい。



2001年12月03日(月) ■
男にとって言葉は、力を誇示するための道具

「だからいちいち言葉を定義したがる・・」と続く。
あの「話を聞かない男、地図が読めない女」の教訓集から抜粋。
読んでいて、あいたたた・・って感じ。痛い所をつかれた。
そういえば「テーマ日記」は、まず定義から入る(笑)。
与えられるテーマについて、感覚的に理解できないからだろう。
逆に定義さえ出来れば、あとはスラスラと文が浮かびあがってくる。
今まで、その意味がわからなかったから、
ス〜っと書きたいことに入る女性が羨ましかった。
ちょっと自分の男の部分に触れた気がした。
そんな気はないんだけどなぁ、と思いながらも、
だから「詩」がかけないんだ、と納得してしまう私がいる。




2001年12月02日(日) ■
「女児出産」と「女子出産」

雅子さま、出産の様子がマスコミを通じて、全世界に流された。
しかし、某地方紙の号外を手にしながら、一つ疑問に感じたことがある。
それは「雅子さま、女子出産」と大きく報道されたからだ。
どうやら全国紙をはじめ多くは「女児出産」である。一面を飾るトップ記事。
言葉の使い方が大きな問題を引き起こすことになりかねないから、注意を望む。
じょじ ぢよ― 【女児】 おんなの子。女子。⇔男児
めなご 【女児・女子】〔「めのこ」の転〕女の子。娘
昨日の見出しで「じょじ」と読んだ国民が何人いただろうか?
不思議な国民である気がしてならない。
せっかく長い歴史を持って出来上がった言葉だからこそ、使い方を間違えてはいけない、と。



2001年12月01日(土) ■
不倫はイヤだけど、愛人ならいいよ

ボーリング大会のあと、もんじゃとお好み焼きをつまんで一杯。
メンバーのひとりがつれてきた、ほとんど初対面の独身女性。
酔いにまかせて「おじさんと付き合うか?」と突っ込みを入れる。
「やだぁ・・セクハラ」の台詞を期待していたら冒頭の一言。
不倫って、私もお金かかるじゃん、愛人ならお小遣いもらえる。(^^;;
今まで、その違いすらわからず使っていた単語が、彼女の説明で理解できた。
「そんなこと言うやつを愛人にするわけねぇだろ」と言いながらも
「愛人28号って知ってる?」なんてことば遊びをしてる飲み会。
たまには、こういう機会もいいな。
私だけでは理解できない若者の心理を知るには、いい機会だと思う。
(単に、アルコールが好きという噂もあるが・・・)