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2005年01月31日(月) 痛みがまたぶり返す

練習から離れて数日。昨日の夕方にはなんとなく調子が良いように思われて、ホールトーンのスケール、フォーレの音程、ドビュッシー(カルテット)など1時間くらい練習をしてみた。

すると今朝はなんだか調子が悪い。たった1時間の練習で…?
前腕の内側の鈍い痛みは背中、肩などにも感じられ、なんだか気分すら重くなる。先生には言われていたとおり、昨日はご自宅へ電話をしメッセージを残し、昨晩にはメールをして状況をお伝えしておいたけれど、今日は痛みがぶり返しているので、オフィスに電話を入れた。結局は、とにかく今は楽器から離れるように、とそれだけだ。

練習ができないと結構時間に余裕ができる。カーテンを直したり、セーターのほころびを繕ったりと今まで放ってあったことができるのはありがたい。楽器から離れることは淋しいことではあるけれど、ふとほっとしている自分がいるのも本当。楽しい、好きだと思って取り組んでいるけれど、と同時にかなりストレスを感じていた自分もいたのだ。少し驚いたけれど、新たな自分を見つけられたようで嬉しいような安堵のような感。

生徒たちへのレッスンを終えてふと考えると明日はブリテンの本番。やはり少しは楽器に触っておかないと、と1時間弱練習をしてみる。といってもCDを聞きながらスコアを見てモチーフのパスやテンポチェンジなどを確認したり、という作業も含めてのこと。今日は姿勢をとにかく正しく、前のめりにならないようにかなり注意した。左手も、今日先生に電話でアドバイスいただいたように、なるべく親指の自然なカーブを保ちながらやわらかく指を置いていった。

すると練習の後も背中などの痛みは何もない。痛みは全て姿勢の悪さから来ていたのだろうか…?


2005年01月28日(金) アレクサンダーテクニック

昨日、練習禁止令が出たにも関わらず、今朝はブリテンのリハーサル。
それも、大学から2,30分のところのヴィオラの先生のご自宅で。
もちろん、あまり弾かないようには努力した。このブリテンは火曜日に演奏会があるので、仕方がないのだ。ヴィオラの先生のご自宅はものすごく素敵なご自宅でした。グランドピアノの置かれている大きなリヴィングはレンガ敷きのお庭と続いていて、いい演奏会ができる広さ。リハーサルは床がコルク敷きになったダイニングで。先生が飼われている2匹の猫も可愛かった。

その後、大学へ戻って1時すぎからピアノマスタークラスを聴講して、3時半のアレクサンダーテクニックのアポイントメントへ。

まずはアレクサンダーの概要が説明され、座った状態で、首を正しい位置へ導いて下さったり、横になって、胸を開いたり、肩、背中、足、手などが正しい位置へと導かれていった。最後には楽器を支えるための左肩のうまい使い方なども教えてくださった。でも、これに関してはあまりにも微妙な筋肉使いで、自分自身ではあまり変化が感じられなかった。

でも、胸が開いて、首も以前よりも楽に支えている感覚は絶対的にあり、それによって、呼吸をしっかりとしている自覚がある。上手く呼吸をすることで、頭がクリアになって、落ち着いて、きちんとものを考えられる、そんな気がする。


2005年01月27日(木) 練習禁止令II

水曜日はかなりヘビーなスケジュール。
レッスン、フォーレのリハーサル、ブリテンのリハーサル、クラス内演奏、カルテットのコーチング、と次から次へと休みなく予定が入っているのだけれど、最後のカルテットなどは疲れていたけれど、とても楽しかった。

けれど、やはり今の私の腕にはこれはこたえるらしい。今朝はなんとなく腕が重くまたかすかな鈍い痛みがあるから。今朝、約束の時間にフォーレのコーチングに行ったら、先生の奥様にばったり出くわして、「将来のことを考えたら、絶対にしばらく弾かないほうがいい」って強く言ってくださった。先生もそこにいて、結局1週間は楽器に触れないということになった。

また、先生にすすめられ、先生のオフィスからアレクサンダーテクニックの先生にも連絡をとって、明日の予約も入れた。

先生や先生の奥様にご心配を頂いて、なんてありがたいのだろう。本当にそう思った。腕が痛いと言っても、他の先生や周囲の学生たちは大したことはないだろうというそぶりしかみせない。こんな風に心配してくださって、夫と二人だけでアメリカという地にいる私には、本当にしみる。


2005年01月25日(火) 急がないこと、きちんと休憩をとること

週末も終わり、しんどかった日々から少し立ち直りつつある。
今日の目標は急がないこと、きちんと休憩をとること。

カルテットのリハーサルの前、30分ほどウォームアップし、1時間のリハーサルの後は、カフェでスープを買って、持参したサンドイッチを食べながらきちんと休憩。その後、2時間ほど練習をし、また30分ほど休憩し(楽器から離れて)、オーケストラのリハーサル。終了後はメディアセンターで1時間半ほど勉強して帰宅。帰るときも、急がないで落ち着いて歩いて。

そんなことばかり考えていたからか、今日、絶対に行きたかったヴィオラの先生のお昼の演奏会のことをすっかり忘れてしまっていた。バロック楽器での演奏だったし、とても興味があったのに、本当にすっかり忘れていた。誰も思い出させてくれなかったし。(溜息)本当に残念。


2005年01月22日(土) 初めて日本の美容室へ

今日は予定していた生徒が来なかったちうハプニングもあり、仕事量が妙に少なかったような。その生徒は私の生徒のなかでもかなり一生懸命取り組んでくれている生徒であるからこそ余計に驚いたけれど、ご両親さまもしっかりしていらっしゃるし、とりあえずメールで連絡は入れておいた。

生徒たちを教え終わるとこちらに来て初めて日本の美容室へ行ってみた。教え始める前に電話を入れてお値段の情報を入手。日本の美容室なので、もう少し高いかな、と心配していたけれど、カットとカラーで70ドルとのことだったので、即予約をいれた。「ご指名は?」と聞かれ「初めてなので、どなたも存じ上げないんです」という風に応えてしまったけれど、電話を切ったあとで、電話で応対してくれた女性の方が感じがよかったし、どちらかというと女性の方にお願いしたい、という希望を言っておけばよかったな、と感じながらも、神様にゆだねての出会いをとあまり考えないことにした。

時間に行ってみると、とても感じよく迎えられ、まずはカラーから。どうやら電話で応対してくださった女性のかたが担当してくださるようだ。「自分の髪の色からあまりかけ離れない感じで明るくなるようにお願いします」と伝え、作業が始まる。実はこれまでカラーも自分でしてばかりだったので、人にお願いするのは初めて。たっぷりとクリーム状の髪染めを塗ってもらい、20分おくという。その間、日本の雑誌を眺めたり、コーヒーを出してもらって私はすっかり気分がよくなってしまった。

その後、シャンプー、カットと移る。美容師さんとおしゃべりをしながら、今後目指す髪型をアドバイスされ、トップや前髪を伸ばすことに決めた。とても話しやすい方だったし、ていねいな作業が気に入ったので、またお願いすることにした。

トータルで約1時間半くらいでした。


2005年01月21日(金) 練習禁止令

今日、練習禁止令がでた。
私の腕の痛みはただの筋肉疲労で、腱鞘炎などのシビアな問題からくるものではないので、痛みが永遠に続くことはあり得ないのだけれど、昨晩、オーケストラのリハーサルの終了後、2時間くらいしてから突然、上腕に鈍い痛みを覚え、ものすごくいやな気分になりました。
また?別の筋肉に疲労を感じている?
そう思うとなんだか情けないというか…楽器を弾くのに支障がでるようなことはあって欲しくないものですから、ついそんな暗い気分になって、ものすごく落ち込んだ。それに最近、夜になると、痛いほどに疲れてしまって、とくに今朝のフォーレのソナタのリハーサルがものすごく負担に感じられていました。

昨晩の時点でそのリハーサルをキャンセルしようかとも考えたのだけれど、とにかく、疲れているので、眠って、朝になってもう一度自分の気持ちを確認しよう、と自分に言い聞かせました。今朝は普通に起きることができたので、とりあえず、リハーサルの前に自分のウォームアップができるようにと1時間ほど早めに行きました。でも、車を運転中に、ぼろぼろと涙がでてきて、やはりかなりのストレスを感じていると気づきました。学校の駐車場についても車から降りる気持ちには全くなれず、車の中で泣きながら、ウォームアップは忘れて、とにかくリハーサルには行こう、と車のなかでぼんやりと、涙をぬぐいながら、コーヒーを飲みながら座っていました。

他の楽譜などが入った大きなバッグは車中に置いて、約束の時間ぎりぎりに車を降り、楽器とフォーレの楽譜だけを持って、練習室に行きました。ピアニストも到着したばかり。「おはよう。どう調子は?」と聞かれると、自分の心の中で何かが崩れて、ぼろぼろと涙がでてきてしまいました。私はコンクールを終えたばかりで本当はゆっくりと休みたいのだけれど、授業や他のアンサンブルのリハーサルがものすごく詰まっていて、とにかく今の自分が非常に疲れていること、楽器を弾くことで痛みを感じる、何か間違った奏法をしているのではないかと心配になったり、落ち込んだりする、ことをを説明しました。もちろん、ピアニストはきちんと私の話に耳を傾けてくれ、1時間のリハーサル予定時間内の3/4はそれらについてのディスカッションとなってしまいました。

「腕の痛みがあるのなら、今日はリハーサルを中止してもいいよ」と彼は言ってくれましたが、私は「ここまで一生懸命来たのに、建設的なことが何もできないで帰宅するのはそれこそ情けない」と、残りの少ない時間で、私も腕の痛みで上手く音が出せないにも関わらず、ポイントを絞ってきちんとリハーサルはしました。

その後、別の授業まで2時間ほどあったので、いつもならば練習を始めるところなのですが、すぐに一度帰宅をし、少し休んでから出直そうと思いました。でも、ふと足が止まり先生のオフィスを訪ねることに。オフィスからはヴァイオリンの音が聞こえ、先生ご自身が練習されているということがわかったので、本当は邪魔をしたくなかったのですが、勇気をだしてノックをしてみました。ドアが開き、「1分だけお時間をいただけますか?」と伺うと、「どうぞどうぞ」と速やかに中に入れてくださいました。

「また痛むんです。今度は別のところが。実は昨日のオーケストラのリハーサルの最中にチャイコフスキーを弾いていたのですが、チャイコフスキーにふさわしいビブラートが出来ているような気がして、嬉しくなって、興奮して、ビブラートを使いすぎていたみたいです。それで今度は上腕が痛むんです…」「それは筋肉が疲労している証拠ですよ。どうして休まないんですか?身体が悲鳴をあげているんですよ。腕だけではないはずです。背中や肩、首にも同じように負担がかかっているはずですから、旦那さんにマッサージをしてもらって、この週末は練習を休んでください」

その後、かなり疲れていること、そして、リサイタルのプログラムに関して抱いている心配(ソナタがふたつも入るととにかくリハーサルの時間などに追われて私の身体、心が危ないような気がしている)も先生にお話しました。すぐに解決策を出すことはしませんでしたが、先生に今の私の状態を知っていただけたので、少し気持ちが楽になりました。

一度自宅に戻り、1時からのクラス(ヴァイオリンの学生が集まって、試奏をしあうクラス)に出席しました。もちろん、今日は私は何も弾きません。クラスの最後に先生は「ではみなさん週末にはしっかり練習してください。Exceptけい。」としっかり念を押されてしまいました。(笑)でも、気にかけていただけるのはとても嬉しいです。

練習をしないというのは私にとってはとても淋しいものがあります。この週末はいろいろなCDを聞いたり、遅れているペーパーを書いたり、3月の卒業筆記試験の勉強をすることになりそう。

…う〜ん…それにしても、弾きたい。今日はとくにバッハが弾きたい…。(笑)


2005年01月18日(火) 早起き

ただいま午前7時40分。こんな時間に起きているのは私にしては珍しい。
昨日はなぜか11時半頃には眠気がもよおし、そのまますっと眠りにつくことができた。目覚ましをかけていなかったのだけれど、今朝は6時45分頃ふと自然に目が覚めました。気分がいい。夜になると、もっとやらなければ、というような気持ちになったり、一日にしたことが不十分に思えたりすることがある私だけれど、昨日は早めに休んで、今日、こうして早起きをして、すがすがしい気分を味わうと、なんだか嬉しくなる。


2005年01月17日(月) 普段の一日に戻って

目標としてがんばってきたコンクールが終わった。
今回は予選落ちしましたが、やはりベートーベンを約4ヶ月という私にしてみれば短期間で仕上げられたし、最後に先生の前、他の学生たちの前でピアノ伴奏で演奏したときは先生はその出来に本当に喜んでくださったので、私はもうすでにそれで満足でした。

今日は明日の室内楽やオーケストラのリハーサルの準備と生徒たちへのレッスンで一日が過ぎていきました。ベートーベンとの熱く激しい対話を繰り返していた日々に比べるとなんと穏やかで余裕のある一日。

演奏会やコンクールがあってもなくても、このように穏やかで余裕のもてる一日を送っているのがいいのだろうな、と思いつつ、自分にとって無理のない、と同時に建設的になれる練習量、勉強量、と同時はいったいどの程度のものなのか、と考える。

コンクール前後の日記はこれから少しづつ加えていきます。


2005年01月07日(金) クラス内演奏:ベートーベン協奏曲(全曲)

一日中雨。今朝は楽器に楽譜やノートの入ったバッグ、そしてコーヒーを片手に、傘をさしながら歩くのはなかなか大変でした。寒いので今日は手袋も忘れずに。先日、手袋をせずに歩いていたら手がものすごく冷たくかじかんでしまって、痛みすら感じるほどだったし、その後、楽器を持ったときにウォームアップにかなり時間がかかったので。

今日はクラスで他のヴァイオリンの学生たちの前でベートーベン演奏。やはり耳の肥えた聴衆を前に演奏するということで、多少の緊張がありました。そういうときは音楽に集中するのが難しくなってしまう。やはりこんなときこそ良い練習のを積み重ねのみが頼り。ベートーベンの冒頭はとくに難しくて有名なので、それを念頭に練習しているけれど、やはりまだまだ充分な練習を積んでいるとはいえないよう。(笑)2楽章ではバリエーションをひとつスキップしてしまうというハプニングがありました。(笑)こんなことはこれまでで初めての経験で、少しびっくり。でも、今日経験できてよかった。

今日の演奏の録音を聴いてみて、なんだか興奮してしまった。私は私自身ののベートーベンを好きだと思えるようになってきたから。今日の演奏は音が美しく、音楽的な意図が大分はっきりと見える、また自然な流れのあるもので、もちろん、音をはずす、音楽をスキップするなどの傷はあったけれど、私の演奏としてはいい出来だったと思った。演奏しているときは少し集中力に欠けていたので、決していい演奏ができたとは思わなかったけれど。(笑)

5日にレッスンを受けたときには音色のことについて注意を受けたので、それ以降それについて考え、実践した。ピアノであっても楽器が鳴っている状態を保つ。あたりまえのことではあるけれど、それができていなかった。やはりししっかりとした音を出そうと思うと弦の表面だけをこするような弾き方はできないし、そうなると自然に音量も少し上がってしまう。以前はそれが怖くて、ピアノとかかれているところがWeakな音になってしまっていたように思う。録音を聞いてみるとその差は歴然。恐ろしいほど印象が違うし、今の方がずっと良い。まだまだ自分のものになっているような感覚は薄いけれど、音色の大切さについては身にしみて感じている。


2005年01月05日(水) 大学院冬学期開始、「あなたは偶然に存在しているのではない」

とうとう大学院が始まってしまった。金曜日から授業が始まるのが常だったけれど、今年は水曜日から。なんとなくいつもと違うリズムに戸惑いを感じながらも、一日が無事に過ぎていった。

今日は先生の前でベートーベンを全楽章演奏する日。とりあえず、今日を目標に毎日一生懸命練習してきたし、その成果を出せたように思う。そのときの録音は後で聞き、細かな点はそのときに反省するとしても(笑)、過度な緊張をすることなく流れをもって弾き通すことができたことをとても喜ばしく思う。先生も「休みの間、いい練習をしてきましたね」と言葉をかけてくださった。

私の生徒のお母様でクリスチャンの方がいるのだけれど、その方からある本を借りている。つい最近になるまで忙しさにかまけて開くことがなかったのだけれど、ここ数日になってようやく少しづつ目を通している。

その一節に「あなたは偶然に存在しているのではない」とあった。「神は私が生まれる前から私をご覧になっておられ、私がまだ呼吸を始めないうちに私の生涯1日1日のスケジュールを作られました。」(詩篇139:16)(LB)とにかく、神は私を神のお望みのようにおつくりになり、また私に対して、緻密なプランがおありになるという。ふと思うとこれは初めて耳にしたことではないけれど、今の時点の私にはとても深くゆっくりと確実に心の奥まで染み通ってくる。

今回のコンクールのことでも、やはり練習を重ね、演奏がある程度のレベルに達するとやはり勝つことが頭の片隅に浮かんできてしまう。けれども、もうこのコンクールの勝者は神によって決定付けられていて、私は私のベストを尽くすのみである、ということがはっきりすると、不安が消え、とてもすがすがしい気持ちになる。

また、外出時、とくに移動の時になると時間を無駄に使っているような気持ちになって、ついつい急いでしまうのだけれど、この瞬間に私が歩くことはすでに神によって予定されていた、と思うと、ではその時間を充分に楽しみたいいう気持ちがでてくる。気持ちが落ち着いて、道端の草花や木々に目が向いたりする。

「主は私に対するご自分の目的を果たされる」ために私を動かしてくださっている。そう思うととても気持ちが楽になる。私がいくらあがいても、辛い、苦しい思いをしても、ある意味では何も変わらない。そう思うと何も心配の必要がなくなる。自分でコントロールしよういとするのではなく、神の与えられた流れにうまく乗りたい、身を任せたい。そう思うと肩の力が自然と抜けてくる。

また私たちには二人のマスターは要らない、というようなこともかかれてあった。ときどき、私は自分の先生の言葉に翻弄されてしまうことがあるけれど、やはりまず神の言葉に耳を傾けなければならない、と感じた。

私はまだ未熟なので、この本に書かれていることを全て理解し、受け入れられているわけではないというのが本当のところで、疑問もたくさんある。けれども、上に書いたような概念を深くAppreciateできるだけでこの本に出会った価値は充分にあると思うし、それこそお導きだったのだろうと思う。この本を貸してくださった生徒のお母様にもお礼を申し上げたいと心から思っている。


2005年01月01日(土) 新しい年を迎えて

何人かの人と言葉を交わし、必ず「あけましておめでとうございます」と新たな年を迎えて喜ばしい挨拶を交わしているけれど、つい先日のインドネシアスマトラ沖でおこった津波の被害は大変なもので、「おめでとう」といいながらもふとそのようなことがおこっている現実を心の片隅で痛みに思っている。

そんなことを心の片隅で感じながらも、私は私なりに新年を迎えている。昨日の大晦日には日系マーケットへ買い物へ行き、おせち料理のようなものを求めてきた。毎年テレビで眺めているニューヨークのタイムズスクエアのカウントダウンに年越しそば。

今朝は夫と新年のあいさつを交わし、お雑煮と巻き寿司ではじまり、午後には日系マーケットへ琴の演奏を聞きに行ったり、アメリカの書店でカレンダーを求めたり、またその店内のカフェでコーヒーをいただきながらのんびりと気になる本に目を通してみたり、夫と持参した新聞のクロスワードを楽しんだり。結局、夫の体調のせいでその後、モールを歩き回ることはあきらめて帰ることになったけれど、愛猫のえさを求めに家の近所の小さなDepartment Storeに立ち寄った。必要なものをカートに入れてうろうろしていると、ふと目についたものがあった。「これは夫へのプレゼントに最適!」とひらめいて求めることにした。

なんだか少し具合が悪いという夫を車のなかで待たせてしまったのは申し訳なかったけれど、これは絶対に喜んでくれるという確信をもっていた。帰宅後早速ラッピングをして、夕食前に、あたかもクリスマスの当日かのように、プレゼントを渡す。それはベッドトレイ。ベッドの上では折りたたみになっている足を出して使えるトレイ。彼は睡眠が不規則になることが多く、そんな眠れぬ時間をベッドの中でクロスワードをしたり、軽食をとりながら過ごすので、とても喜んでくれた。

夕食には昨日求めた大ぶりのえびを調理し、おせちとともに頂いた。

今日は練習も休んで本当にゆっくりして、楽しい一日となりました。


けい |MAIL

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