おぎそんの日記
おぎそん



 幸福はカネで買えない

インパクトあり過ぎです。

まずはこちらの記事を。

幸福はカネで買えないことを科学的に証明

【ロサンゼルス26日】ビートルズやキューバの歌手シルビオ・ロドリゲスも歌ったように、幸福はカネで買えないことが科学的に確認されたと南カリフォルニア大学(USC)の学者たちが言っている。同大学が今週、全米科学アカデミー会報のウェブサイトに掲載する研究報告「幸せの説明」によると、人は、より金持ちになればより幸福になるのでもないことも判明したという。

この中で、1975年以来1500人を対象に毎年実施されている総合的な社会研究のデータを分析したUSCの経済学者リチャード・イースターリン氏は、多くの人はカネが増えれば増えるほど幸せになるという幻想にとらわれていると断定し、カネを持てば持つほど物質的な欠乏感が強まると指摘している。同研究は、幸福は、愛する人たちとクオリティーの高い時間を過ごしたり、健康であることから来ると結論している。〔AFP=時事〕

だそうな。
いやー、おぎそんは、お金があったらとりあえずの(たいていの)ものが手に入ると思うんですが。
いや、皮肉でなく。
なんでかっつうと迷作「幸福の条件」(デミ・ムーアが出てたやつです)とかあるし、結構お金って手段ではあるけれど目的になることが多いですよね。
(まぁ、お水は根源的なものであるのに未だにアダ花的存在であるけれども)

というか、必要十分条件から考えるだけですよね。
「お金を多く所有する」であれば「幸福である」(十分条件の懸案)
「幸福である」であれば「お金を多く所有する」(必要条件の懸案)

で、幸福であるの定義・お金の所有の程度が誰にとっても納得できるかどうかが論点になるでしょう。


で。
科学的にって・・・。
いやはや。それは単なる統計的にってことじゃないのかって突っ込みがいれたかったり。
何を持って「科学的」とするかは疑問ですし。

結構、こういうの(とくに亜米利加)は如何わしくて、以前もお間抜けな心理学者モドキが非在証明なんかをやってしまったからさぁ大変。
非在証明なんてだれもやらないのに。
(ようするに、証明の一種なんですが背理法を使った証明のように、正面からぶつかる問題としては全く持って困難な証明と言えます。で、この非在証明は「いる」と誰かが言い出したらもろくも崩れてしまう全く持ってなんらの効力を持たないトンでも証明といえるでしょう)


よーするに誰かが「私は幸福である」と言っているのに科学的にそれは違うって非難することが可能になるわけです。

プ。

お間抜け過ぎる気がします(とりあえず現時点においては)。
おぎそんは似非科学を非難しています。

お勧めweb
進化論と創造論〜科学と疑似科学の違い〜



2003年08月26日(火)
初日 最新 目次 MAIL HOME


My追加