おぎそんの日記
おぎそん



 なんとかならんものか、この共○主義者たちめ

微妙にタイトルが決め付け。
というかアレだよ、民青にしておけばよかったかしらん。

某講義にてゲストが来てました。
小 笠 毅 (お が さ た け し)つう人です。

なんでも遠山真学塾の主宰してる人らしく

「進路相談」という講義に全く相応しくない一方的なお話をされました(偏見)。
なんかプリントを配る時点から
「あっ、この人は生理的に受けつけないわ」とは思っていたのですが前振りが痛々しいというか。

で、本題においても
スウェーデンの学校教育と進路
のはずが
障害者の話
に偏るお粗末さ。

というか、纏められないならフォローするとかどうなのよ、この授業担当者。(この人もおぎそんは苦手)


端的におぎそんの感想を言いますね。

・教育の(本来の)目的が国策に相応しい人間の養成となるはずだからそれから外れた人に対しての教育って同じラインて語れるものなのか?

・日本(3%)とスウェーデン(30%)の障害者(どこまでを基準とするかで違いますが)の割合が違うから、どこを教育の底辺とするかが異なるは当然のこと(障害の日常接触機会の差も考えなければならない)

・財政学においてもスウェーデンは評価されているとのこと(保護雇用企業であるサムハル社などの高評価)だが、過剰な福祉国家に対する不満が若い世代からでていることもあると聞く。その世代に対するなんらかの有効な反論はあるのか。好景気ならば社会全体に余裕があるのである程度まで障害者の社会進出は可能と思えるが不景気の場合逆差別にもなりかねずその対応策としてなにかあるのか。

などなどとにかくこの方がある一部分だけを評価しているため、トータルのバランスが見えていないように思えて仕方なかったです。

というか、おぎそんすごく思ってしまったのは


なぜ障害者教育に取り組む必要性があるのか

というすごく根本的な問いを考えてしまいました。

そっから議論はスタートしてるのかしら?というか、その前提条件をしっかりと提示してのお話ならまだわかるんですけど健常者(いやな言い方だ)と同レベルの次元で語られても困るなぁ、と。

おぎそんの友人の「あんまん」はとりあえず身体障害者としての扱いを受けています。でも、あんまんのように日常生活を送るうえで負担はあるものの大学にも行ってるし(今は大学院だけど)そのまま普通に就職(いわゆる障害者としての特別枠で受けない/受ける必要性を感じていない)できると思いますし。

なんでも、この人は4/9付けの赤ピ新聞(私の視点)に論文も載ってますし興味が湧いた人はどうぞお読みください。

普通に文を読めばいいのですけど、この支援にかかる金額をどう考えているのも激しく疑問。
やっぱ共○党のように防衛費をうんぬんと言った「夢物語(というか寝言)」ことを言いそうで質問できませんでした。




----今日のハナウタ----
・Darling(V6)
・渚のシンドバット(ピンクレディー)
・いとおしいグレイ(篠原美也子)
・風にあずけて(Advantage Lucy)
・瑠璃色の地球(中森明菜Version)

中森明菜が復活とか言われているけど、90年代(特に後半)の活動に比べなんでしょうな。去年は3枚もアルバムを出してるのになんだかやっぱり印象薄いし、不幸そうだし
セルフカバーアルバム「歌姫〜ダブルディケイド」は時折かっちょえー!とは思うけどやっぱり地味。
参加メンバーがスカパラ呼んだりしても、評判になるのはアレンジャーの武部さんだけとか。

聖子ほど派手派手にする必要もないけどちょっと寂しい。もっと不幸さを前面に出して(ソニンかよ!!)ある種危うさをだして欲しいかも。
そんなこんなでCMで聞くにはよかった明菜の瑠璃色の地球。やっぱり地味。
というか彼女のなんつーか微妙な囁き(微吟)がないんだわな。
これだったら素直に楽曲に取り組んだ辛島美登里の瑠璃色の地球のほうがおぎそん的には好み。
ってどうでもいい話でした。

で、なんでピンクレディーかっていうと最近、車でかけているのがピンクレディーメドレーだから。(ペッパー警部・サウスポー・SOS・UFO・渚のシンドバット・カルメンとか)
今聞くと安っぽい。
というか全く違うっぽいメロを無理やりくっつけた感がある(広瀬香美の「ロマンスの神様」とか)のも微妙にツボ。で、カルメンみたいなしょうもない歌詞とか。
とにかくモーニング娘。とかの源流がここにあるのを再確認できる。

2003年06月16日(月)
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