| 2004年09月17日(金) |
CDのコピーについて考える |
とうとうこんな記事がでました。
CCCDについて
なんといいますか、なにやってんだい(^^;)って感じ。
顧客離れうんぬんを言っておりますが、ワシの場合すでにCCCDが出た頃から、CCCD(コピー・コントロールCD)で発売されるアーティストの音楽は殆ど聴かなくなっております。 だって、レンタルで借りてきてもMDでしかダビングして聞けないし、我が家の場合、コンポがCDを25枚入れられるようなものだから、MDで一枚聞くたびに変えなくちゃいけないのは面倒くさいからです。 おまけに、好きな曲をまとめてオムニバスCDなんかを作るのも好きだから、それができないのも面倒くさいし、そこまでして聴かなくちゃいけないってのも馬鹿馬鹿しいから、自然と聴かなくなった・・・って所でしょうか。ワシ以外にも、すでにそれがネックになって離れている顧客は多いと思うし、音にこだわる人ならCCCDの音質が悪いってことで聴かない人も多いと思う。
それと、売り上げうんぬんのことを言っているけれど、売れるものは売れると思うのです。現に、宇多田なんかCCCDを採用して無いけれど(本人もうたばんで堂々と「自分で好きなようにコピーできないのはヤダ」と言っていただけに)、しっかりオリコンチャートの1位に入る。サザンなんかも、CCCDを採用してないよね。・・・と考えると、CCCDにする必要があるのは、大御所(そりゃ全く無傷というわけではないと分かってるけど)ではなく中堅どころということになるのだろうか? 確かに、すご〜く好きというわけではないけれど、聴けるなら聴こうかな・・・程度のラインだと、ダビングで終了というケースが少なくない。しかし、ダビングが不可能になった時、「じゃあ買ってまで聴くか?」といわれると、「いや、そこまでは・・・(^^;)」というのが現実。 ってことは、結局歌番組なんかも少なくなっている現状では、CCCDの登場によって、 コアなファン(←絶対にCDを買う人たち)と、 興味の無い人たち(←そもそもその音楽を聴く気が無い人たち) の間にいる、 機会があればとりあえず聴きたいと思っている人たち(←レンタルで聴いてみて、よければ買うかもしれない) を、逆に切り捨てた結果になっていたのではないかなぁと思うのです。 確かにね、コピって売られている場合とか、国内外を問わずあるから、それを防止するためってのはあるけれど、今後コアなファンに転じていくかもしれない人たちも一緒に切り捨てていたら、結果として先は尻すぼみだろうし、コピーをかけていてもいなくても、あまり変わりはないんじゃないかなぁと思うのです。長い目でみればね。
自分を振り返ってもそうだけど、いくらコピーできるCDでも、本当に好きなものならオリジナルを買いますって。コアなファンは放っておいてもCDが出れば買うわけで、それはB'zを見てても分かるでしょ(笑)。あの人たちのCDって、決まった人だけが確実に毎回買ってる感じで、浮動票が少ない気がする。でも、その人たちはCDだろうと、CCCDだろうと(確かB’zはCCCDを採用して無いと思うけど)確実に買うわけですよ。オリコン連続チャートイン記録を作るほどに。これはすごいなと思う。別にB’zのことがすごく好きというわけでもすごく嫌いというわけでもないけど(ただ、ある時期から以降の曲が全て同じに聴こえるのはワシだけだろうか・・・)、あれだけの熱いファンを持ち続けられるのはすごいなと思う。それがアーティストとしての引力というものだろうか。
話は変わって、CCCDって厳密に言うとCDではないらしい。だからCDと表記するのも微妙だし、実際にCCCDを見てみると、CDには必ずついている がついていない。レーベルゲートも同じ。 簡単に言うと、基本となる「音楽CDの規格書」であるレッドブックというものがあり、CCCDはそれから外れる、要は規格外なんだそうです。 音源データの中にガード信号が入っているので、それも当然という気もしますが、そのガード信号の所為で音が悪くなっている…という図式らしいです。値段は変わらないのに、音質はさがってるなんて、ちょっと胡散臭いよねぇ。しかも、プレイヤーによっては再生できないなんて・・・(^^;)。
かつて、レコードの世代からCDに変わり始めたころ、CDは邪道だと「音質」にこだわる人たちは叫んでいたわけです。というのも、CDはある一定レベルの音を切り抜いた音盤で、人が無意識に体感しているレベルの音を切り捨てたものだからです。レコードの場合ですと、その一定レベル以上の高音部と一定レベル以下の低音部もそのまま入っているので臨場感が違うというわけですね。 しかし、いま現在、レコードで新曲をプレスする人がどれだけいるでしょうか?たまにレコード盤も同時発売している人もいますが、ある種マニア向けな商品ですよね。結局は便利なCDに世の中全体が移行していったのはワシが言うまでもありません。
しかし、言うなればそのレコードの音質を知っている人たちからすれば、CDのレベルに落ちた(←そう感じている人という意味で)ものを、さらにガード信号を加えて音質を下げるのか??と思うのも無理は無い。それが、昔かたぎな大御所アーティストがCCCDに参加しない理由なのかな?などとも思う。 ワシはというと、気のせいだと言われようとなんだろうと、音にはこだわりたい方で、小学生のころからミキサーをいじっていただけに、グライコ(←これって死語か?)のついていないプレイヤーはプレイヤーじゃないとも思っている。ステレオは音をだせばいいと思っている人から見れば、そんなことに金をかけるのはアホ丸出しなんだろうけど、だからこその「こだわり」ってヤツで。車を買ったら一番こだわりたいのはカーステレオという、的外れな見解を持っているくらいだ。車に乗りたいのも、自分の好きな風景と好きな音楽を合体させたいのが一番の理由だし。移動ジュークボックスのようなものかな(←おい)。 現に乙女にも「し〜ちゃんが車を買ったら、なんかステキな音楽が流れていそうな感じがする・・・」と車に全く関係の無いことを言われたことがある(笑)。まぁ、ステキかどうかはさておき、好きな音楽を存分にかけることは間違いない。とはいえ、周りの人の迷惑になるような大音量でガンガンやってるのは好きじゃないけどね(^^;)
違法コピーでCDを売りさばいたり、ネットで流布したりする人というのは、どんなガードを開発してもそれを解除する方法を探し出すと思うのです(←別に援護容認しているわけではない。もちろん違法は違法なんだから取り締まられるべき)。となると、切り離されていくのは、普通のリスナー。 もしも音質を変えることなくガードできるコピーガードが開発されたら、過去反対していたアーティストも参加するかもしれません。 しかし、著作権うんぬんもわかるけれど、好きな音楽を自分のスタイルで楽しむ権利もリスナーにはあるのではないかと思うのです。その権利を買うためのお金も含まれているのではないのか?CD代には。
1円でも買いたくないCDもあれば、1万円払ってでも買いたいCDもある。リスナーだって、ただの垂れ流しで音楽を聴いているのではないということを、もっとレコード会社の方にも理解してほしい。 儲からなくちゃ会社を続けていけないのも分かるけど、買う人がいなくなってもそれは同じことだと思う。
さて、CCCDはどこへ流れていくのか。
今後が気になるところです・・・。
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