さて、月曜の欄に書いてはおりますが、ただいま土曜日の午前でございます。 足元ではキナちゃんが寝ております。 その後、なんだかんだいって、夜に我が家にくることにたいして、徐々に慣れてきているようなキナちゃんです(笑)。むしろ「今晩ヨロシクね♪」位の勢いがあります。 いいのか?アサシオは? さっきも深夜だというのにご飯をモシャモシャ食べた後、ワシに腹をなでられて伸びていたし。 幸運を呼ぶという鍵シッポを持つキナちゃんだけに、ワシの病気もひょひょひょ〜いと吹き飛ばして欲しいものです。
さて、とりあえず流動食から半脱出しまして、そのご報告を兼ねまして、日曜日に一体なにが起こったのかという話をしたいと思います。なんといいますか、自分でも忘れないように・・・(苦笑)。
異変に気付いたのは朝でした。
訳の分からない苦しさに目が覚めると、ワシの上に茶々丸が乗って寝ておりました。と同時に、感じる腹部の不快感。痛みと吐き気と、なんとも表現しがたいイヤ〜な感じ。
それが丁度9時半ごろでした。 その日は、夕方に盗難アジアの舞台を見に行く予定があり、もしもこれが風邪の予兆とか、疲れの表れならば「もうちょっと寝て、休養を取るのみだ!」と思い、ひたすら寝ようと試みる。しかし、その胃の変な感じは納まるどころか、ひどくなる一方だったのです。
おまけに、下腹部の痛みにトイレに駆け込むと、トイレに座った瞬間に上から出そうな気配。 態勢を変えて吐こうとするも、間に合わずトイレ内で見事に上から大スプラッシュ。それ以降、胃の中身がからっぽになるまでひたすら、吐いて吐いて吐きまくる。もう吐き終わっただろうと思って、立ち上がろうとすると、その瞬間にまた何もでないのに吐く。 意識は朦朧とし、胃は鷲づかみにされたようにキリキリと痛み、徐々に胃全体に痛みが広がっていく。
これはいくらなんでも変だ。
そう思ったワシは、仕事にでかけた母に電話。すると母が、近所の開業医院が午前中だけ開いている事を教えてくれました。しかも、その医院は胃腸科の医院。まぁ、ヤブとの評判だけども、一応専門医なので診てもらった方が安心だなとの判断から午前中のうちにお医者さんに行ったのです。
医院のお医者さんは 「食あたりだね。なに食べたの?」 と質問。ワシは正直に 「ギョウザとがんもどきです」 ・・・と、恥ずかしながら答えた。この異様な組み合わせに、顔から火が出る思いであったが、事実なのだから仕方が無い。しかも、このギョウザもがんもどきも非常に美味しかった。 お医者さんは「う〜〜〜ん」と唸る。それもそうだろう、だって、どっちも火が通っているし、普通当たるようなものではない。 「その前は?」 「ラーメンです」 そう、昼に食べたものはラーメン。これも当たる要素が思い当たらない。 再び唸るお医者さん。 結局、なにが当たったのかという結論はでないまま、吐き気止めと胃腸薬をもらって帰る。それにしても、泣きそうなほど痛かったので、ワシは帰る前に聞いてみた。 「あの〜、ちなみにこの痛みはどのくらいで無くなるんでしょうねぇ?」 すると、医者はアッサリと答えてくれた。 「ん、無くならないね。当たってるものが腹の中にある限り、痛むね」 ・・・・・・・・・・・・・。 え・・・・えっと、痛み止めとか、そういうものはくれる気が無いのでしょうか?それとも、どんな痛み止めも効かないほどの、強烈なヤツなのでしょうか? それ以前に、ワシがどれほど痛いか、この医者は理解して無いんじゃないか?あまりの痛さに、階段をしゃがんで下りたんだぞ?分かってんのか? しかし、まぁ、医者がそういうのだから 「はぁ・・・。ありがとうございました」 と言って家に帰る。薬を飲まなくちゃいけないものの、当然食欲なんか無い。とりあえずは白湯で胃を温めなければと白湯を飲む。そして、「痛みはなくならない」と言ったくせに「痛み止め」と説明のついている、ある種なんのために飲むんだか分からない薬を飲む。そう、これで痛みが引いたなら、舞台も見に行けるはずと信じて。
・・・・が、そこがワシの第二の間違いだったのかもしれない。
薬を飲んだことで、少々安心したワシは、もはや二階に上る元気もなかったので、一階のリビングで横になり、おなかを温めつつ仮眠を取ろうとした。薬を飲んだら休まないと、やっぱり薬も効かないであろうと思ったので。 しかし、うとうととしかけた時に、またしてもあの衝撃。 這ってトイレに入り、再び吐く。とはいっても、飲んだ薬と白湯の分しかないけれど。 その時点ですでに、胃はキリキリからギリギリのレベルにアップしており、寒気と手足のしびれに自分でも驚く。まともに息ができずに、痛みのために涙がバババ〜〜〜っと出てきた。
なんじゃこりゃ〜!なんでこんなことになるんじゃい!
訳の分からない怒りがこみ上げる。っつーか、段々頭も痛くなってくる。 そして、母親に電話。 「救急車・・・呼んでもいい?」 以前に一度救急車を呼んだことのあるワシだけれども、その時は母親が呼んだし、正直、「救急車を呼んで恥ずかしくない線引きはどこか」っつーのが良く分からない。呼んだ途端に治ったりしたら、恥ずかしい上に申し訳ないような気もし・・・。 すると、母親の出した答えは 「そうねぇ、かなぴんに相談してみたら?」 確かに、いろんな意味で、かなぴんならすぐに答えを出してくれそうだ。というわけで、寝転がりつつかなぴんに電話する。 「ね・・・ねぇ、かなぴん。食あたりで救急車を呼んだら、まずいかなぁ?」 するとかなぴんはアッサリと言ってくれた。 「いいんじゃないの〜?アタシは生理痛で救急車呼んだわよ」 ・・・と。 その一言で心を決め、救急車に電話をし、保険証とさっきもらった薬を用意する。おそらく運ばれた先の病院で聞かれるだろうと思ったので。そして、いつでも出られるように玄関に寝転んだまま待機した。我が家まで救急車がこれないことは、以前呼んだときに知っていたから、おそらく迎えに来るのはタンカだなとも思ったので。 間もなく、遠くに聞こえる救急車の音。それからしばらくして、ピンポンと呼び鈴。玄関を開けると、救急隊員さんが「門まで歩けますか?」と言うので、門まで歩く。こういうとき、玄関から門までが遠い我が家を恨めしく思う。
門を出て、タンカに乗せられ救急車まで運ばれる。ちょっとここで安心したのか、一瞬だけ胃の痛みが薄らいだ。しかし、乗せられた直後に、救急車を呼んだことが正解だったと自覚するほどの痛みがビッグウェイブでやってくる。声が出ないほど痛い。せっかく救急車に乗るのだから、観察でもしてやろうと思っていた気持ちなど、吹っ飛ぶほどの痛みだ。おまけに、痛みの所為なのか自分がどこを見ているのかも分からない。救急隊員さんの顔など、誰一人として覚えていないほどに・・・。
そこで、ワシの第三の間違いが起こる。
「かかりつけの病院はありますか?」 と聞かれ、最近ではあまり大きな病院に行っていなかったことを思い出す。実は横浜市にある栄共済病院が母もワシも好きだし、盲腸の手術もそこでして、未だにその傷跡はどこの医者に見せても「ブラボー!」と大絶賛を受けるほど、非常に小さくて綺麗で且つ目立たない傷跡なんだけれども、最近では行っていない。それに、鎌倉市の救急車で横浜市内まで(とはいえ、栄区なので、すぐ近くなんだけど)運んでもらえるかも微妙だ。 そこで、「最近は特に・・・」と答えると「じゃあ、○○病院でいいですか?」と聞かれる。 そこで「いいです」と言ってしまったのだ。心の中には「救急病院だから、どこでも一緒だろう」という気持ちと、「XX病院よりはマシだろう」という、地元で評判の最悪病院以外ならどこでもいいという気持ちがあったからだ。それが間違いであった。
救急車内で、自分の熱が思いのほか高くなっていることを知る。午前中に医院で図ったときよりも一度もあがっている。「そんなに急に上がるもんか?」とも思ったので、「冗談だろう」と言いたくなったが、この状態で冗談を言うのはドリフくらいである。なによりもこの痛みが「冗談だよと笑って欲しい」と、五輪真弓に歌わせたいくらいマジな痛みだ。
パーポーパーポーとギリギリギリギリの絶妙なコンビネーションの中、病院につく。 診察台の上で、検温、問診、レントゲン、触診、採血。問診なんか、救急車の中で二回もされたので、もうはっきりいって 「救急隊員さんに聞いてください!それよりも早くこの痛みをなんとかしてくれ〜〜〜!」 と叫びたい気分。どうして、違う人が変わるがわる同じ事を何度も何度も聞いてくるのだろうか?こっちは話すのも辛いっちゅーに!!病院に行ってからも医者と看護士の両方に同じ事を二回も聞かれる。頼むから、二人一緒に一度で理解して欲しい。 朦朧とする意識の中で、問診した後に、検査の結果が出るまで結局一時間かかるからと救急外来のベッドに移動になる。腕には点滴。おそらくブスコパン。
泣くほど痛い。 泣くほど痛い。 泣くほど痛い。
三回も繰り返してしまうほど、考えられるのはそれだけ。 この痛みを消すために、悪魔に魂を売りますか?と聞かれたら、売ってしまいそうなほど痛い。 可笑しなもので、懺悔をすれば救われるだろうか?などと、にわか宗教心が芽生えるのもこういうときだ。どうせ長続きはしないのだけどね。
しばしの放置。 周期的に襲ってくる痛みに、時折呻く。
そして、10分もしただろうか。医者がやってきた。 ワシの横で語るに、まだ検査の結果が出ていないのではっきりとは言えないのだけども、白血球の量が増えているので、もっと突っ込んだ検査をすることになるだろうとのこと。しかも、その中には
直腸検査
も含まれているとのこと。
・・・・・・直腸検査だぁ〜〜〜??
<明日の日記に続く>
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