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■ 視力回復手術を受けたい!その1〜視力
子供の時から視力は弱かった。 親の話によれば、1年生最初の授業参観で 私が父親の古い眼鏡をかけているのを見て 初めて事態に気づかされたそうだ。 私の記憶によれば、おもちゃ代りにこっそり持っていってみて、 かけてみたらとても便利だったので、そのまま普段使っていた ということだったように思う。
記憶のある限り昔(多分小学1〜2年生)の視力検査の結果は 裸眼視力 左0.2 右0.4
というものだった。 ここから下がり続けて、現在は
裸眼視力 両眼で0.03 矯正視力 左-11.5、右-10.75 乱視度数 右-1.0
という視力である。 つまり、 人間は6歳頃でやっと視力1.0まで出るということなので、 私は生まれてから一度もまともに見ることができていないわけだ。
0.03なんてたいして悪くないと思われることが多いが、 裸眼は0.01 などと言っている人の眼鏡をかけてみると、 実際は大抵ガラスと変わりない度数でしかない。 ただそういう感覚を言っても説得力がないので 最近は、矯正視力という数値で比較することにしている。
「失明のリスクを負ってまで、近視を矯正する必要はない」 他の手術に比べると格段に安全な手術ではあるが、 リスクは当然0%ではない。 今の生活で何とかなっているのに、あえて危険を犯すのか? 全ての器官において、目ほど大切なものはないのだ。 こんな風にずっと考えてきた。
しかし、 最近、視力が未だに低下し続けていることに不安を覚え出した。 数年前に作った眼鏡では、もう道路標識も読めない。 当然、車の運転など怖くてできない。 成人したら、視力低下はストップするはずではなかったのか? 親戚に弱視の人もいる。 これ以上低下したら…という焦りが強くなってきた。 それと同時に、 レーシックという近視矯正手術の価格がかなり安くなってきて、 自分でも支払うことができる金額になってきた。 このまま、始終眼鏡を作り直す一生を考えたら、 手術を受けたほうが安上がりという計算になる。
当然のことだが ちゃんと見えるようになりたい
そう、ずっとずっと思ってきた。
身障者に対しての配慮がまるでない時代だった小学生時には 「(視力表の)一番上が見えないなら、見える位置まで移動しろ」 と言われ、 周囲の注目を浴びながら恥ずかしい思いをして前へ歩いていった という出来事もあれば、 眼鏡をかけているということについて周囲に嘲笑される ということもしばしばあった。 また、分厚い眼鏡からコンタクトにした時、 見てくれを気にするなんてと、親しい友人に非難されたこともある。 (実はこの出来事自体を私は殆ど忘れかけていたが 10数年後、このことについて非難した本人が詫びてきたのだった) まだまだプライドが天井知らずの高さであった子供にとっては 傷つくだけの毎日だった。
「20分程で手術は終わり、終わった直後から見えるようになります」 というキャッチは、何とも言えない甘美な響きをもって誘う。
手術に失敗したら、死ねばいい。 「死ぬ死ぬ言ってるヤツほど死なない」というが、 見えなければ、人生の楽しみが全て失われる。 そんな人生は、私にとって「生きている」とは言わない。 少なくとも、私は、 そんな状態に耐えられるほど楽観的でもないし 柔軟さも持ち合わせていない。 そこまで覚悟を決めて、家族に手術することを宣言したのであった。
(その2 へ続く)
2006年02月16日(木)
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